説明

電子機器用通電部材用Cr−Cu合金とCr−Cu合金の製造方法、ならびにそのCr−Cu合金を用いたリードフレーム又はバスバーとその製造方法

【課題】低熱膨張率で高電気伝導度の電子機器用通電部材用Cr−Cu合金を提供する。
【解決手段】偏平したCr相を有するCr−Cu合金において、Crを30質量%超え80質量%以下で含有すると共に、不可避的不純物であるO,N,C,Al,Siの混入をそれぞれ、O:0.08質量%以下、N:0.03質量%以下、C:0.03量%以下、Al:0.05量%以下、Si:0.10質量%以下に抑制した組成とし、また該偏平したCr相のアスペクト比が10超えで、かつ該Cr相の厚さ方向の個数密度が10個/mm以上 1000個/mm以下の層状の組織とし、さらに電気伝導度のばらつきを±10%以内に抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体パッケージ等に用いられるリードフレームやバスバーの素材として好適なCr−Cu合金とその製造方法、ならびにそのCr−Cu合金を用いたリードフレーム又はバスバーとその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に半導体(たとえばIC,LSI)等の電子機器は、半導体ペレット,リード,ボンディングワイヤによって構成され、さらにハーメチックシール,セラミックシールあるいはプラスチックシールで封止したものであり、様々な型式のものが使用されている。また、これら電子機器用通電部材としてリードフレームやバスバーが挙げられる。
これら半導体のパッケージに用いられるリードフレームの素材としては、熱膨張率が半導体素子と近似しているFe系合金(たとえば42質量%Ni−Fe合金,29質量%Ni−17質量%Co−Fe合金等)が普及している。このようなFe系合金は、熱膨張率が低いという利点はある反面、熱伝導率(放熱性)が最大で20W/m・Kと低く、それに比例して電気伝導度が低いという問題がある。そのため、リードフレームの素材として、近年著しく進展している半導体素子の高集積化,高出力化に伴うリードフレームの特性改善に十分に対応できないという問題がある。さらに合金成分に高価なNiやCoを多く添加していることから、安価な材料とも言えない。
【0003】
そこで、リードフレームの素材として,放熱性に優れたCu系合金が注目を浴びている。
たとえば、特許文献1には、Cu−Sn合金,Cu−Sn−Ni−Si合金,Cu−Fe−P合金,Cu−Sn−Ni−Si−Zn合金が開示されている。ところが、これらのCu系合金は、熱伝導率が200W/m・K以上,電気伝導度が40%IACS以上と優れているものの、熱膨張率が純Cuとほぼ同等と高く、しかも耐熱性や曲げ加工性が劣るので、リードフレームの特性改善に十分な対応が難しいという問題が依然として残されている。
【0004】
高出力半導体に使用されるリードフレームの場合、半導体が搭載される部分にCu系合金とハンダ付けすると、半導体とCu系合金の熱膨張差により、半導体が破損あるいはハンダ付け部で亀裂が発生するという問題が残されている。さらに、ハンダ付けができても、使用中に負荷される熱サイクルでハンダ付け部に亀裂が発生するという問題があるため、通常、半導体との接合部は熱膨張率の低いAlNやW−Cu材,Mo−Cu材等を使用し、それ以外のリードピン等の部分にCu系合金を使用するなど、部品点数の増加を余儀なくされている。
【0005】
また、一般に電源供給ラインに使用される細長の棒状の金属を総称してバスバーと呼んでいるが、パワー半導体にもこのバスバーが使用されており、通常、純Cuが採用されている。この用途のバスバーでは、ハンダ付け等でDBA基板等の低熱膨張率材と接合する場合、使用中に負荷される熱サイクルにて、純Cu製バスバーとの熱膨張率差によってハンダ付け等の接合部に亀裂が発生するという問題が残されている。
【0006】
以上の通り、電子機器用通電部材(リードフレームやバスバー)として、特に携帯電話等に使用される高出力の無線通信用やハイブリッド車等の高出力パワー半導体に使用する場合には、次の諸特性に優れることが要求される。
(a) 熱膨張率が低いこと。
(b) 熱伝導率(放熱性)、電気伝導度(通電性)が高いこと。
(c) プレス加工性やエッチング性が良好であること。
(d) メッキ性が良好であること。
(e) 適度な硬さ,強度を有すること。
(f) 曲げ加工性が良好であること。
【0007】
なお、発明者らは、先に、特許文献2において、Cr−Cu系材料によるプレス加工が可能な放熱板について開示した。しかしながら、特許文献2では、Cr−Cu系材料をリードフレームやバスバーへ適用することについては検討されていない。
【0008】
また、非特許文献1には、溶解鋳造法により15質量%のCrを含むCr−Cu合金に対して、熱間加工にてCr初晶であるデンドライトを粉砕し、さらに冷間で強加工を行って微細Cr相を析出させることにより、低い熱膨張率を達成する技術が開示されている。しかし、30質量%以上のCr相を細かく均一な層状組織を溶解鋳造法で得ることは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許3431139号公報
【特許文献2】特開2008-57032号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】古河電工時報 平成13年1月 p53〜57
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、素材としてCr−Cu系材料を用いることにより、低熱膨張率ではあるが電気伝導度の低いFe系合金の問題点と、高電気伝導度ではあるが熱膨張率の高いCu系合金の問題点を解決した、低熱膨張率で高電気伝導度の電子機器用通電部材用Cr−Cu合金を、その有利な製造方法と共に提供することを目的とする。
また、本発明は、上記したCr−Cu合金を用いることにより、高出力無線通信やハイブリッド車のインバーター等に使用される用途のような高熱サイクル疲労にも使用できるリードフレーム又はバスバーを、その経済的な製造方法と共に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.Cuマトリックスと偏平したCr相からなる粉末冶金で得られたCr−Cu合金であって、Crを30質量%超え80質量%以下で含有すると共に、不可避的不純物であるO,N,C,Al,Siの混入をそれぞれ、O:0.08質量%以下、N:0.03質量%以下、C:0.03量%以下、Al:0.05量%以下、Si:0.10質量%以下に抑制した組成になり、該偏平したCr相のアスペクト比が10超えで、かつ該Cr相の厚さ方向の個数密度が10個/mm以上 1000個/mm以下の層状の組織であり、さらに電気伝導度のばらつきが±10%以内であることを特徴とする電子機器用通電部材用Cr−Cu合金。
【0013】
2.前記偏平したCr相に加えて、前記Cuマトリックス中に長径が100 nm以下でアスペクト比が10未満の粒子状のCr相を有し、該粒子状Cr相の密度が20個/μm2以上であることを特徴とする上記1に記載の電子機器用通電部材用Cr−Cu合金。
【0014】
3.上記1または2に記載のCr−Cu合金を用いたことを特徴とするリードフレーム又はバスバー。
【0015】
4.Cr粉末単独またはCr粉末とCu粉末の混合粉を、金型に充填し、焼結して得たCr基多孔質体に、Cuを溶浸させ、ついで必要に応じて溶体化熱処理を施したのち、冷間圧延または温間圧延を施すことにより、Crを30質量%超え80質量%以下で含有し、かつ不可避的不純物としてO:0.08質量%以下、N:0.03質量%以下、C:0.03量%以下、Al:0.05量%以下、Si:0.10質量%以下に抑制した組成になり、しかも圧延により偏平したCr相を有するCr−Cu合金を製造するに際し、
該Cr粉末として、小さい方の目開きに対する大きい方の目開きの比が2倍以下という目開きが異なる2種の篩により分級したものを用い、かつ冷間圧延または温間圧延における圧下率を75%以上として、偏平したCr相のアスペクト比を10超えとすることを特徴とするCr−Cu合金の製造方法。
【0016】
5.前記溶浸後の冷却時、あるいは前記冷間圧延または前記温間圧延の前の溶体化熱処理後の冷却時に、30℃/分以下の平均冷却速度で冷却し、さらに冷間圧延または温間圧延後に、300〜1500℃の温度範囲で時効熱処理を施すことを特徴とする上記4に記載のCr−Cu合金の製造方法。
【0017】
6.上記4または5に記載の製造方法で製造したCr−Cu合金に冷間プレス加工を施すことを特徴とするリードフレーム又はバスバーの製造方法。
【0018】
7.上記4または5に記載の製造方法で製造したCr−Cu合金にフォトエッチング加工を施すことを特徴とするリードフレーム又はバスバーの製造方法。
【0019】
8.上記7において、フォトエッチング加工に用いるエッチング液として、25℃の該エッチング液中のCr−Cu合金のpH−電位図において、pHが−2〜8、かつ電位がpH:−2,電位:1.5VとpH:8,電位:0.5Vとを結ぶ線分以上となる範囲内の溶液を用いることを特徴とするリードフレーム又はバスバーの製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、熱膨張率が低くかつ熱伝導率および電気伝導度が高いという特性を有し、かつメッキ性,曲げ加工等のリードフレームやバスバーに要求される諸特性を有するCr−Cu材を得ることができる。しかもリードフレームやバスバーを経済的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明(発明例2)のCr−Cu合金の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明を適用して得られるCr−Cu合金におけるCr含有量の限定理由について説明する。
Crは、本発明のCr−Cu合金において、熱膨張率の低減を達成するための重要な元素である。Cr含有量が30質量%以下では、リードフレームやバスバーに要求される低熱膨張率(約14×10-6K-1以下)が得られない。一方、80質量%を超えると、熱伝達率が低下し、リードフレームやバスバーとして十分な放熱効果が得られない。したがって、Crは30質量%超え80質量%以下とする。
【0023】
残部はCuおよび不可避的不純物である。
不可避的不純物のうち特にO,N,C,Al,Siについては、その混入をO:0.08質量%以下,N:0.03質量%以下,C:0.03量%以下,Al:0.05量%以下,Si:0.10質量%以下に抑制する必要がある。
その理由は、次のとおりである。
すなわち、Alテルミット法でCr原料を製造する場合は、他の製法の場合に比べてより多くAlがCr粉末に混入する可能性がある。Alは、Cr−Cu合金において一部はCu中に固溶する。残りのAlは酸化物粒子として混入し、その酸化物がCr−Cu合金板の冷間プレス加工性を劣化させる。Siも、Alと同様に冷間プレス加工性を劣化させる上、Cu中に固溶したSiはCuの熱伝導率を大きく劣化させる。したがって、Al,Siは、電子部品用放熱部品としては好ましくない元素であり、その含有量は上記の範囲に抑制する必要がある。
また、CとNは、Crと結合して炭化物や窒化物を形成し、Cr−Cu合金板の延性を著しく低下させる。さらに、Oも一部Cu中に固溶して熱伝導率を低下させると共に、Crと結合して酸化物を形成することにより、Cr−Cu合金板の熱特性と延性を低下させる。したがって、C,N,Oも、その含有量は上記の範囲に抑制する必要がある。
【0024】
本発明のCr−Cu合金を得るためには、Crの原料をCr粉末として粉末冶金法を適用することが必要である。粉末冶金法の採用によって、Cr粉末を用い、これを単独で、あるいはCu粉末と混合して、金型に充填し、焼結して多孔質体とし、この多孔質体にCuを溶浸させることによって、30質量%を超えるCrを均一に分布させたCr−Cu合金の製造が可能になる。上記した多孔質体に求められる好ましい気孔率としては、水銀圧下法(JIS規格R1655:2003)で得られる値で15〜65体積%程度である。なお、多孔質体を得るに際し、気孔率を調整するには、原料粉を金型に充填した後、成形する際の圧力を適宜調整すればよく、また圧力を加えず充填したまま(いわゆる自然充填)で、焼結しても良い。
【0025】
使用するCr粉末は、純度99%以上のものを使用することが好ましい。さらに目開きが異なる2種類の篩によりJIS規格Z2510:2004に準拠して分級されたものであり、かつ2種類の篩は、小さい方の目開きに対する大きい方の目開きの比が2倍以下とする必要があり、その大きい方の目開きを通過して小さい方の目開き上に残る粒度とする。たとえば100〜200メッシュ(JIS規格Z8801-1:2006に規定される公称目開き寸法75〜150μm),115〜250メッシュ(63〜125μm),150〜270メッシュ(53〜106μm),170〜325メッシュ(45〜90μm),200〜400メッシュ(38〜75μm)等の範囲の粒度を有する粉末を使用することが好ましい。
【0026】
リードフレームやバスバー等の用途では、微細なパターン加工が行われるため、板全面にわたって均一な特性が要求される。そのため、Cr粉末を均一に充填し焼結体を製作する必要がある。Cr粉末の粒度範囲が大きいと注意深く充填するように心掛けてもCr粉末が充填中に偏析を起こし、均一な焼結体が得られない。鋭意検討の結果、上記の粒度範囲であれば、リードフレームやバスバーに必要な特性を満足する均一なCr層状組織が得られることを確認した。
【0027】
従って、Cr粉末の粒度は、100メッシュから400メッシュの範囲で、小さい方の目開きに対する大きい方の目開きの比が2倍以下という目開きが異なる2種の篩により分級されたものとすることが好ましい。特に好ましくは100〜200メッシュ(75〜150μm)の範囲である。
50メッシュ(300μm)より粒度が大きくなると、粒度が大きすぎて圧延後のCrの層状組織も大きくなり、リードフレームやバスバーの用途では均一な電気伝導性,放熱性が得にくくなる。また、サブミクロンの粉末のような篩を使用できないほど粒度が小さくなるとCr粉末の表面積が増大して酸化し易くなり、焼結して得た多孔質体にCuを溶浸することが困難になる上、酸素含有量が増加して、後述する温間圧延等の加工性にも悪影響を及ぼす傾向がある。
【0028】
また、Cr粉末中の不純物は、多孔質体にCuを溶浸した溶浸体の加工性向上の観点から、可能な限り低減することが好ましい。
後述の通り、リードフレームやバスバーの用途には温間圧延または冷間圧延を施すことが必要である。リードフレームやバスバーの製品厚さは通常0.05mm〜0.4mm程度である。経済的に製造するためには温間圧延または冷間圧延だけで、途中に焼鈍工程もなく素材厚から製品厚まで圧延することが好ましい。
【0029】
そこで、Cr−Cu合金の冷間圧延技術を検討した。その結果、Cr−Cu合金を製造する過程で不可避的に混入するO,N,Cの含有量を低く抑えることにより、冷間での圧延加工性が著しく向上することを見出した。すなわち、Cr−Cu合金中のO含有量を0.08質量%以下,N含有量を0.03質量%以下,C含有量を0.03質量%以下まで減少させることにより、大きい圧下を加えても割れのない良好なCr−Cu合金板を得ることができる。
【0030】
さらに、鋭意検討した結果、Cr−Cu合金を製造する過程で不可避的に混入するAl,Siの含有量を減少させれば、Cr−Cu合金板をプレス加工する際の延性が向上し、また圧下率:90%以上の圧延が可能であることを見出した。すなわち、Cr−Cu合金中のAl含有量を0.05質量%以下,Si含有量を0.10質量%以下とすることにより、割れのないリードフレームやバスバーを得ることができる。
【0031】
なお、その他の不可避的不純物としては、S:0.03質量%以下,P:0.02質量%以下,Fe:0.3質量%以下が許容される。
Cr粉末は、一般に電解法,Alテルミット法,電気炉精錬法等により製造された金属塊または金属フレークを機械粉砕して得られる。AlとSiは、Cr原料に不可避的不純物として比較的多く含まれる元素であり、C,N,O等のガス成分も不可避的不純物として多く含まれる。また、機械粉砕の過程でFeが混入することがある。
【0032】
Alは、不可避的不純物として含まれるが、特にAlテルミット法でCr原料を製造する場合は、他の製法より多くCr粉末に混入する可能性がある。Alは、Cr−Cu合金において一部はCu中に固溶する。残りのAlは酸化物粒子として混入し、その酸化物がCr−Cu合金板の冷間プレス加工を劣化させることが判明した。Siも、Alと同様に、冷間プレス加工性を劣化させる上、Cu中に固溶したSiはCuの熱伝導率を大きく劣化させる。したがって、Al,Siは、半導体用放熱部品として好ましくない元素であり、その含有量を上記した範囲に抑える必要があるのである。
【0033】
CとNは、Crと結合して炭化物や窒化物を形成し、Cr−Cu合金板の延性を著しく低下させ、Oも一部Cu中に固溶して熱伝導率を低下させるとともに、Crと結合して酸化物を形成することにより、Cr−Cu合金板の熱特性と延性を劣化させる。したがって、C,N,Oの含有量は上記した範囲に抑える必要がある。
Cu粉末は、工業的に生産される電解銅粉,アトマイズ銅粉等を使用することが好ましい。
【0034】
Cr粉末を焼結して得た多孔質体に溶浸させるCuは、工業的に製造されるタフピッチ銅,りん脱酸銅,無酸素銅等の金属Cu板、あるいは電解銅粉,アトマイズ銅粉等のCu粉末を使用するのが好ましい。
さらに、得られた溶浸体に切削加工や研削加工を施して、溶浸体の表面に残留するCuを除去すれば、所定の厚みのCr−Cu合金を得ることができる。
【0035】
切削加工を行う場合は、作業効率を向上する観点から超硬チップによるフライス加工が好ましい。ただし、超硬チップが欠損するとCr−Cu合金板の表面に疵を誘発する原因になるので、超硬チップの保守点検が重要である。超硬チップの耐用性を高めるために、CrN等でコーティングした超硬チップを使用することが好ましい。
得られたCr−Cu合金に冷間圧延または温間圧延を施すことによってCuマトリックス中のCr相は偏平になる。そのCr相のアスペクト比が10以下では、リードフレームおよびバスバー向けの高電気伝導度と熱膨張率の低減効果が得られない。したがって、Cr相のアスペクト比は10超えとする必要がある。より好ましくは50以上である。
【0036】
冷間圧延または温間圧延の圧下率は75%以上とする必要がある。その理由は、圧下率が75%未満では、Cr相がアスペクト比10超えにならない可能性が高く、圧延方向への電気伝導度が高くならないからである。Cr相のアスペクト比が大きくなると、CrとCuの層状の組織となり、圧延方向の電気伝導度が大きく向上する。圧下率:75%以上で冷間圧延または温間圧延を行うと、得られたCr−Cu合金板はリードピンや電極等の通電が必要な部位あるいはバスバーにも使用できる。なお、本発明において圧下率は、100×(t0−t)/t0(%)で示される。t0は初期の板厚、tは圧延後の板厚である。
【0037】
また、偏平したCr相の厚さ方向の個数密度は10個/mm以上,1000個/mm以下とする必要がある。厚さ方向に10個/mm未満では、Cr相の層状組織の形成が不十分になり、圧延方向への電気伝導度が高くなりにくいという問題が生じ、一方、1000個/mmを超えると、Cr相同士が接触して電気伝導度に有効なCu相がCrによって遮断されるため電気伝導度に影響を及ぼすからである。
【0038】
なお、図1に示すように、偏平したCr相の厚さ方向の個数密度は厚さ方向全体の断面観察を行い、厚さ方向1mm当たりの個数密度に換算する。観察は厚さ方向に平行な線20本に交差するCr相の数を測定し、20本の平均値を個数密度とする。
さらに、Cr−Cu合金の電気伝導度のばらつきは±10%以内とする必要もある。このばらつきが±10%を超えると、微細なパターンの加工が行われても板全面にわたって均一な特性を得ることに問題があるからである。ばらつきはその標準偏差から求める。
【0039】
Cr相のアスペクト比は、Cr−Cu合金板の厚み方向を含む断面のうち、偏平したCr相の長径が最大となる方向を含む断面、さらに具体的には溶浸体を冷間圧延または温間圧延した後の断面(圧延方向および圧下方向を含む断面)を光学顕微鏡で観察して求められ、下記の(1)式で算出される値である。そして、100〜400倍の光学顕微鏡で観察した任意の1視野の平均値を求める。なお、観察した視野に全体が入っているCr相について測定する。また複数のCr相が合体して形成されているように見えるものは、複数のCr相に分解し、分解した各Cr相のアスペクト比を求める。
アスペクト比=L1/L2 ・・・(1)
【0040】
なお、(1)式において、L1は、Cr−Cu合金板の厚み方向を含む断面のうち、偏平したCr相の長径が最大となる方向を含む断面において長径が最大となる方向の最大長さを指し、L2は、Cr−Cu合金の厚み方向を含む断面のうち、偏平したCr相の長径が最大となる方向を含む断面において厚み方向の最大長さを指す。冷間圧延または温間圧延を施して得られるCr−Cu合金板の場合には、上記の偏平したCr相の長径が最大となる方向は圧延方向である。また、2方向への圧延を行う場合には、2方向のうち偏平したCr相の長径が最大となる圧延方向である。
【0041】
さらに、圧延前後の熱処理によって、偏平したCr相に加えてCuマトリックス中に、長径が100 nm以下でアスペクト比が10未満の粒子状のCr相を析出させることが、熱膨張率低減の観点から好ましい。このような粒子状のCr相を析出させるには、溶浸後の冷却時、あるいは冷間圧延または温間圧延の前の溶体化熱処理後の冷却時に、30℃/分以下の平均冷却速度で冷却し、さらに冷間圧延または温間圧延後に、300〜1500℃(好ましくは500〜750℃)の温度範囲で時効熱処理を施すことが好ましい。このような熱処理を施すことにより析出させる粒子状のCr相の密度は20個/μm2以上とすることが好ましい。ここでいう粒子状Cr相の密度は、以下の方法で決定される。すなわち、1〜5kVの低加速電圧による走査型電子顕微鏡(いわゆるSEM)観察を1万倍〜30万倍程度で行い、視野中に見えるCr相の数から密度(個/μm2)を算出する。
【0042】
観察に用いるサンプルは、以下のような方法でエッチングを行ってから実施する。すなわち、蒸留水:80mlに対し、2クロム酸カリウム:10g,硫酸(濃度96質量%):5ml,塩酸(濃度37質量%):1〜2滴を溶解混合した溶液中に、室温で3〜15秒浸漬後、水洗乾燥を行うことで、微細なCr相の観察が可能となる。
リードフレームの中には曲げ加工が必要な形状もあるが、圧下率:90%以上,厚さ:0.2mm以下で十分曲げ加工が可能である。
【0043】
以上のようにして得られたCr−Cu合金板は、熱膨張率が低く、かつ熱伝導率が高いので、リードフレームやバスバーの素材として好適である。しかも、溶浸体からそのまま冷間圧延または温間圧延工程にて圧下率:75%以上の圧延板とすることができ、かつプレス加工および後述の通りエッチングが可能であるため、リードフレームやバスバーを経済的に製造することができる。
【0044】
なお、Cr−Cu合金板をリードフレームやバスバーに加工する方法は特に限定されることはなく、冷間プレス加工やフォトエッチング加工等の従来から知られている技術が使用できる。
ただし、フォトエッチング加工の場合、エッチング液として塩化第二鉄溶液を用いる通常の方法では、Cr−Cu合金板のCuは溶解するが、Crは溶解しない。まず、塩化第二鉄溶液でCuのみ溶解させ、Crをブラスト処理する方法も考えられるが、偏平なCr相が障害となって塩化第二鉄溶液が浸透せず、Cr−Cu合金板の深奥部のCuの溶解が阻害される。そのため、CuとCrを同時にしかもほぼ同様の溶解速度で溶かすようにする必要がある。Cuのみを溶解する塩化第二鉄等の溶液に加えて、Crを溶解する酸性液(たとえば塩酸,硝酸等)をCuとCrがそれぞれ同様の溶解速度になるような配合比で混合することが好ましい。そのエッチング液として、25℃の該エッチング液中のCr−Cu合金のpH−電位図において、pHが−2〜8、かつ電位がpH:−2,電位:1.5VとpH:8,電位:0.5Vとを結ぶ線分以上となる範囲内の溶液を用いれば、CrとCuの両方を溶解することができる。ここでエッチング液中のCr−Cu合金の電位は銀-塩化銀電極を照合電極としたときの自然電極電位である。例えば、塩化第二鉄1モル/L濃度の溶液に塩酸を添加し、25℃、pHを0とし、自然電極電位を1.5V(vs.銀-塩化銀電極)となるように保つと50質量%Cr-Cu合金板に対してほぼ均一にエッチングすることが可能である。ただし、通常のエッチング方法と同様に溶解速度を速めるため50℃前後の温度に保持しエッチングすることが好ましい。すなわち、被エッチング材、つまりCrとCuの配合比率に応じてpHと被エッチング材の自然電極電位が上記範囲内となるようにエッチング液組成を制御することによりCr相とCu相を同時に溶解させることができる。通常のフォトエッチングでは塩化第二鉄による方法が一般的であり、Cr-Cu合金板をエッチング加工する場合、エッチング槽中の塩化第二鉄溶液に酸を添加し、上記pH−電位範囲とすると目的のエッチングを行なうことができる。よって、塩化第二鉄溶液槽に酸を添加して、エッチングする方法が好ましい。ただ、上記範囲内にエッチング液を調整すれば目的は達成できるので、必ずしも塩化第二鉄溶液を使用する必要はない。
【実施例1】
【0045】
100メッシュの篩下で200メッシュの篩上で分級したCr粉末(粒度75〜150μm)を型に自然充填し、さらに真空中で焼結して、気孔率:45体積%(Cuを溶浸した後のCr含有量に換算すると50質量%に相当する)の焼結体(70mm×70mm×5mm)を作製した。このとき焼結温度は1500℃,焼結時間は60分とした。得られた焼結体の上面にCu板を載置して、真空中にて1200℃に加熱し30分間保持することによってCuを溶解し、焼結体にCuを溶浸させた。引き続き、平均冷却速度:26℃/分で冷却して溶浸体を得た。
【0046】
その後、得られた溶浸体の表面に残留するCuをフライス盤で除去したのち、厚さ:3.5 mmまで切削加工を行った。
次に、厚さ:3.5mmのCr−Cu合金に、25℃で冷間圧延を施し、厚さ:0.8mmまで圧下してCr−Cu合金板とした。このときの圧下率は77%であり、Cr相の平均アスペクト比は10を超えていた。また、厚さ方向のCr相の個数密度は23個/mmであった。これを発明例1とする。なお、厚さ方向のCr相の個数密度とは、厚さ方向断面組織を厚さ方向の1mm直線上に横断するCr相の個数と定義する。
また、厚さ:3.5mmのCr−Cu合金に、25℃で冷間圧延を施し、厚さ:0.18mmまで圧下してCr−Cu合金板とした。このときの圧下率は95%であり、Cr相の平均アスペクト比は215であった。また、厚さ方向のCr相の個数密度は105個/mmであった。これを発明例2とする。
【0047】
発明例1,2のCr−Cu合金板(厚さ:0.8mm,0.18mm)から試験片を切り出し、室温〜200℃の範囲の平均熱膨張率(圧延方向)を測定した。また、圧延方向の熱伝導率と厚さ方向(すなわち圧延方向に垂直な方向)の熱伝導率をレーザーフラッシュ法で測定した。さらに、電気伝導度を測定した。電気伝導度は板幅方向に均等な位置に5ケ所、圧延方向に均等な位置に5ケ所、計25ケ所の表裏両面の50ケ所の測定を行い、平均電気伝導度を求めた。
【0048】
一方、比較例1として、厚さ:3.5mmのCr−Cu合金に冷間圧延を行わなかったもの、比較例2として、1.75mmまで圧延したものすなわち圧下率:50%で冷間圧延したものを用意した。また、比較例3として、100メッシュの篩下で270メッシュの篩上で分級したCr粉末(粒度53〜150μm)を用い、その後は発明例1と同様に処理したものを用意した。
【0049】
得られたCr−Cu合金板から、試験片を切り出して、発明例1,2と同様に平均熱膨張率を測定した。また、圧延方向と厚さ方向の熱伝導率をレーザーフラッシュ法で測定した。さらに、電気伝導度を測定した。なお、比較例1では方向性がないので、厚さ方向のみ熱伝導率を測定した。また、発明例、比較例ともに各特性測定に先立ち、真空中にて600℃に、120分間保持する時効熱処理を行った。
さらに、発明例1,2と比較例3については、電気伝導度のばらつきを求めた。電気伝導度は電気伝導度測定装置(日本フェルスター株式会社製 SIGMATEST D2.068)によって測定した。なお、表中の電気伝導度の単位[%IACS]は、International Annealed Copper Standardで表したものであり、100%IACSが58 MS/mである。
【0050】
なお、発明例1,2および比較例1,2,3の成分を分析した結果は、O:0.04質量%,N:0.02質量%,C:0.01質量%以下,Al:0.01質量%以下,Si:0.02質量%,P:0.01質量%以下,S:0.01質量%以下,Fe:0.15質量%であった。
【0051】
さらに、比較例4として、Alテルミット法のCr粉末により発明例2と同じ粒度を使用して、同じ製造方法にて溶浸体を得た。その後も発明例2と同じ条件,方法にて圧下率:95%の冷間圧延を行った。圧延板の分析結果は、O:0.01質量%,N:0.01質量%,C:0.01質量%,Al:0.09質量%,Si:0.06質量%, Fe:0.04質量%であり、圧延板の表面を観察したところ、圧延板の表面にCrとCuの境界付近を中心に目視で分かる亀裂が観察された。
得られた結果を整理して表1に併記する。
【0052】
【表1】

【0053】
表1から明らかなように、発明例1,2は、熱膨張率が比較例より低く、かつ圧延方向の熱伝導率(厚さ方向)、電気伝導度が比較例より高かった。また、発明例1,2は、比較例3に比べて電気伝導度のばらつきが±10%以内と小さく、均一な特性が得られる材料となることが分かった。さらに、発明例1と発明例2を比べると、発明例2は冷間圧延の圧下率が大きいので、熱膨張率が発明例1より低く、かつ熱伝導率(圧延方向)が発明例1より高かった。冷延圧延の圧下率が大きくなるにしたがって、圧延方向の熱伝導率が高くなり、電流が流れるリードフレームやバスバー等に好適な材料となる。
【0054】
また発明例1,2および比較例1,2について、常温の引張り強度および硬さの測定を行った。比較例3については、常温の硬さの測定を行った。その結果も表1に示す。
発明例1,2の引張り強さ,硬さは、ともにリードフレーム用Fe系合金,Cu系合金と同等であり、リードフレームやバスバーに使用できることが確かめられた。発明例2は曲げ加工が可能であり、90°に曲げても有害な亀裂が生じないことが確かめられた。
【0055】
さらに、発明例2のCr−Cu合金板にフォトエッチング加工を施した。エッチング液は、塩酸と硝酸とフッ酸を15:1:1の体積比率で混合したpH:-1の水溶液を使用し、マスキングしたCr−Cu合金板を40℃で60分浸漬した。その結果、マスキングの通りCrとCuが同時に溶解し、リードフレームとして使用できる程度に加工できた。このときエッチング液の25℃でのCr−Cu合金板の銀-塩化銀照合電極を用いたポエンショメータ電位(自然電極電位)は1.7Vであった。さらに、Niメッキを行ったところ、厚さが一定で表面が平滑なメッキ層が形成され、リードフレームとして支障なく使用できることが確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明に従うCr−Cu合金は、熱膨張率が低くかつ熱伝導率および電気伝導度が高いという特性を有しており、またメッキ性や曲げ加工性にも優れるので、リードフレームやバスバー適用して偉効を奏する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cuマトリックスと偏平したCr相からなる粉末冶金で得られたCr−Cu合金であって、Crを30質量%超え80質量%以下で含有すると共に、不可避的不純物であるO,N,C,Al,Siの混入をそれぞれ、O:0.08質量%以下、N:0.03質量%以下、C:0.03量%以下、Al:0.05量%以下、Si:0.10質量%以下に抑制した組成になり、該偏平したCr相のアスペクト比が10超えで、かつ該Cr相の厚さ方向の個数密度が10個/mm以上 1000個/mm以下の層状の組織であり、さらに電気伝導度のばらつきが±10%以内であることを特徴とする電子機器用通電部材用Cr−Cu合金。
【請求項2】
前記偏平したCr相に加えて、前記Cuマトリックス中に長径が100 nm以下でアスペクト比が10未満の粒子状のCr相を有し、該粒子状Cr相の密度が20個/μm2以上であることを特徴とする請求項1に記載の電子機器用通電部材用Cr−Cu合金。
【請求項3】
請求項1または2に記載のCr−Cu合金を用いたことを特徴とするリードフレーム又はバスバー。
【請求項4】
Cr粉末単独またはCr粉末とCu粉末の混合粉を、金型に充填し、焼結して得たCr基多孔質体に、Cuを溶浸させ、ついで必要に応じて溶体化熱処理を施したのち、冷間圧延または温間圧延を施すことにより、Crを30質量%超え80質量%以下で含有し、かつ不可避的不純物としてO:0.08質量%以下、N:0.03質量%以下、C:0.03量%以下、Al:0.05量%以下、Si:0.10質量%以下に抑制した組成になり、しかも圧延により偏平したCr相を有するCr−Cu合金を製造するに際し、
該Cr粉末として、小さい方の目開きに対する大きい方の目開きの比が2倍以下という目開きが異なる2種の篩により分級したものを用い、かつ冷間圧延または温間圧延における圧下率を75%以上として、偏平したCr相のアスペクト比を10超えとすることを特徴とするCr−Cu合金の製造方法。
【請求項5】
前記溶浸後の冷却時、あるいは前記冷間圧延または前記温間圧延の前の溶体化熱処理後の冷却時に、30℃/分以下の平均冷却速度で冷却し、さらに冷間圧延または温間圧延後に、300〜1500℃の温度範囲で時効熱処理を施すことを特徴とする請求項4に記載のCr−Cu合金の製造方法。
【請求項6】
請求項4または5に記載の製造方法で製造したCr−Cu合金に冷間プレス加工を施すことを特徴とするリードフレーム又はバスバーの製造方法。
【請求項7】
請求項4または5に記載の製造方法で製造したCr−Cu合金にフォトエッチング加工を施すことを特徴とするリードフレーム又はバスバーの製造方法。
【請求項8】
請求項7において、フォトエッチング加工に用いるエッチング液として、25℃の該エッチング液中のCr−Cu合金のpH−電位図において、pHが−2〜8、かつ電位がpH:−2,電位:1.5VとpH:8,電位:0.5Vとを結ぶ線分以上となる範囲内の溶液を用いることを特徴とするリードフレーム又はバスバーの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−163687(P2010−163687A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−285320(P2009−285320)
【出願日】平成21年12月16日(2009.12.16)
【出願人】(593178340)JFE精密株式会社 (17)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】