説明

電子線照射装置

【課題】窓枠部の耐蝕性の向上を図ることができる電子線照射装置を提供することを目的とする。
【解決手段】照射室の照射雰囲気に晒される窓枠部34の部分、具体的には、例えば窓枠部の、第一のオーリング38と照射雰囲気を封じることができるような接触している部分及び第二のオーリング39と照射雰囲気を封じることができるような接触している部分の外側に位置する外周部分には、図4に示すように、溶射法により溶射膜40が形成されている。オーリング38,39と照射雰囲気を封じることができるような接触している部分の内側は照射雰囲気が入り込めないので、この内側に位置する窓枠部の部分が照射雰囲気によって腐食されることはない。したがって、この内側に位置する窓枠部の部分には溶射膜を形成していない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線を被処理物に照射して、被処理物に所望の処理を施す電子線照射装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、電子線照射装置では、線状のフィラメントから放出された熱電子を電子線として取り出し、この電子線を加速管内の真空空間で加速した後、照射窓部を介して照射室内に取り出し、照射室内を搬送される被処理物に照射することにより、所望の処理を行う。ここで、照射窓部は、窓箔と、窓枠部と、押え板とを有する。従来、たとえば、プラスチックフィルム等の被処理物に塗布された放射線硬化性樹脂の硬化処理を行う場合には、照射室内を窒素等の不活性ガスで置換している。照射室内に多量の酸素が存在すると、電子線を照射することによって照射室内の照射雰囲気中に活性な酸素が発生し、照射物中に発生したラジカルがこの酸素と反応してしまい、目的の反応が阻害されてしまうからである。しかし、常時、不活性ガスを流す必要があることから、設備費やその運転維持費が高価となってしまう。このため、たとえば殺菌・滅菌処理を行う場合は、照射室内の照射雰囲気を大気として、大気中で電子線の照射による殺菌・滅菌処理を行っている場合が多い。
【0003】
【特許文献1】特開平9−211199号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、大気中で電子線を照射すると、照射室内にオゾンが発生し、発生したオゾンは大気中の窒素と結合して一酸化窒素や二酸化窒素等のNOxガスとなり、更にNOxガスは大気中の水分と結合して硝酸(HNO3 )となって、窓枠部や押え板などを腐食する。このため、照射室内に設けられている窓枠部等は定期的に交換している。
【0005】
しかしながら、たとえば清涼飲料水の製造工場で電子線照射装置を用いて清涼飲料水の容器の殺菌処理を行う場合、殺菌処理工程の前後の処理工程の湿度が高く、照射雰囲気に多量の水分が含まれているので、他の製造工場に比べて窓枠部等の腐食の度合いが激しい。特に、窓枠部は電子線の照射により温度が上昇する窓箔を冷却するために、熱伝導性の良い銅で形成されているので、他の部品に比べて腐食に弱い。このため、清涼飲料水の容器を大気中で電子線照射して殺菌処理を行う場合、他の製造工場に比べて、窓枠部の寿命が短くなり、窓枠部の交換サイクルが短くなる。このように、窓枠部の交換サイクルが短いと、次のような問題が生ずる。
【0006】
窓枠部には、銅の無垢材を機械加工することにより、冷却水を流すための流路や、電子線を通すための多数の開口部が形成されているので、窓枠部は他の部品に比べて製作に時間がかかり、また高価である。しかも、清涼飲料水の容器の殺菌処理の場合、多数の容器を高速搬送することができる大型の搬送装置を用いているので、照射室も大型になり、無垢材から形成される窓枠部も大型で重いものとなる。このため、窓枠部の交換に手間と時間がかかり、交換費用も高額となる。したがって、窓枠部が短寿命で交換サイクルが短いと、電子線照射装置の保守のための手間と時間がかかり、保守費用が嵩むという問題が生ずる。
【0007】
本発明は上記事情に基づいてなされたものであり、窓枠部の耐蝕性の向上を図ることができる電子線照射装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するための本発明に係る電子線照射装置は、電子線を発生する電子線発生部と、被処理物に電子線を照射する処理を行う照射室と、電子線発生部内の真空雰囲気と照射室内の照射雰囲気とを仕切ると共に電子線を照射室内に取り出す窓箔と、窓箔を支持するための窓枠部とを備える電子線照射装置であって、窓枠部のうち照射室内の照射雰囲気に晒されている部分に窓枠部の材料より耐蝕性の高い溶射膜を形成したものである。
【0009】
また、本発明にかかる電子線照射装置の前記窓枠部はO字状の第一の気密部材を介して電子線発生部の照射用開口部に着脱自在に取着され、窓箔は照射室の側から枠状の押え板によりO字状の第二の気密部材を介して窓枠部に押し付けるようにして着脱自在に取着され、前記窓枠部は第一の気密部材と接触をしている部分及び第二の気密部材と接触をしている部分の外側に位置する外周部分に前記溶射膜が形成されている。気密部材と接触をしている部分の外側に位置する外周部分に溶射法により溶射膜を形成することにより、窓枠部の耐蝕性の向上を図ることができる。気密部材と接触をしている部分の内側には照射雰囲気が入り込めないので、この内側に位置する窓枠部の部分は腐食されることはない。したがって、この内側に位置する窓枠部の部分には溶射膜を形成していない。
【0010】
また、本発明にかかる電子線照射装置は、前記接触が、照射雰囲気を封じることができるような接触、又は、電子線発生部の真空を維持することができるような気密のための接触である。気密部材の本来の役割は、電子線発生部の真空を維持するためのものであるので、窓枠部と気密部材とは、必ず気密のための接触をしている部分を有する。また、両者は、この気密のための接触の他に、照射雰囲気を封じることができるような接触をしている場合がある。窓枠部と気密部材とが気密のための接触のみしている場合には、窓枠部の、気密部材と気密のための接触をしている部分の外側に位置する外周部分に溶射膜を形成する。窓枠部と気密部材とが気密のための接触をしている部分の内側は真空であるので、この内側に位置する窓枠部の部分には溶射膜を形成する必要はないからである。また、真空に引くことを考慮すれば、気密部材と気密のための接触をしている部分の内側に位置する窓枠部の部分には、余分なものが形成されていない方が望ましいからである。また、窓枠部と気密部材とが照射雰囲気を封じることができるような接触をしている場合には、窓枠部の、照射雰囲気を封じることができるような接触をしている部分の外側に位置する外周部分に溶射膜を形成する。窓枠部の、照射雰囲気を封じることができるような接触をしている部分の内側に位置する部分は照射雰囲気によって腐食されるおそれはないからである。
【0011】
また、本発明にかかる電子線照射装置は、前記溶射膜の上に、更に封孔材の膜が形成されていることが望ましい。溶射膜は微小粒の集まりであり、微小粒と微小粒の間に小孔ができる。この小孔を封孔材の膜によって塞ぐことにより、窓枠部の更なる耐蝕性の向上を図ることができる。
【0012】
また、本発明にかかる電子線照射装置の溶射膜は、ステンレスの膜、ニッケル・クロム系合金の膜或いはセラミックスの膜であることが望ましい。ステンレス、ニッケル・クロム系合金或いはセラミックスは、何れも、窓枠部の材料である銅よりも、耐蝕性が高いので、銅製の窓枠部に比べて耐蝕性の向上を図ることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、照射室内の照射雰囲気に晒されている窓枠部の部分に窓枠部の材料より耐蝕性の高い溶射膜を形成することにより、従来の窓枠部に比べて、耐蝕性の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、図面を参照して、本願に係る発明を実施するための最良の形態について説明する。図1は本発明の一実施形態である電子線照射装置の概略構成図、図2はその電子線照射装置の電子線発生部の概略回路図、図3(a)はその電子線照射装置の窓枠部の概略平面図、同図(b)はその窓枠部の概略断面図、図4はその電子線照射装置の照射窓部の概略構成図である。
【0015】
図1に示す本実施形態の電子線照射装置は、低エネルギー型のものであり、被処理物の殺菌・滅菌処理や被処理物の表面における重合や架橋処理等、いろいろな用途に使用される。本電子線照射装置は、電子線発生部10と、照射室20と、照射窓部30とを備える。
【0016】
電子線発生部10は、電子線を発生するターミナル12と、ターミナル12で発生した電子線を真空空間(加速空間)で加速する加速管14とを有する。電子線発生部10の加速管14は、略円筒形状に形成されており、その中心軸が図1の紙面に略垂直な方向を向くように設置されている。また、電子線発生部10の加速管14の内部は、電子が気体分子と衝突してエネルギーを失うことを防ぐため、及びフィラメント12aの酸化を防止するため、図示しないポンプ等により10-3〜10-5Pa台の真空に保たれている。ターミナル12は、熱電子を放出する線状のフィラメント12aと、フィラメント12aを支持するガン構造体12bと、フィラメント12aで発生した熱電子をコントロールするグリッド12cとを有する。
【0017】
また、図2に示すように、電子線発生部10は、フィラメント12aを加熱して熱電子を発生させるための加熱用電源16aと、フィラメント12aとグリッド12cとの間に電圧を印加する制御用直流電源16bと、グリッド12cと照射窓部30に設けられた窓箔32との間に電圧(加速電圧)を印加する加速用直流電源16cとを備えている。
【0018】
照射室20は、電子線を被処理物に照射する照射空間22を含むものである。被処理物は照射室20内をコンベア等の搬送手段(不図示)により、図1において、例えば左側から右側に搬送される。また、照射室20内には、照射窓部30の下方にビームコレクタ24を設けている。このビームコレクタ24は、被処理物を突き抜けた電子線を吸収するものである。尚、電子線発生部10及び照射室20の周囲は電子線照射時に二次的に発生するX線が外部へ漏出しないように、鉛遮蔽が施されている。
【0019】
また、照射室20内は、処理内容に応じて不活性ガスや大気等の雰囲気とされる。たとえば、被処理物の表面に塗布された放射線硬化性樹脂の硬化処理を行う場合には、照射室20内の雰囲気を窒素等の不活性ガスで置換する。これは、照射室20内に酸素が存在すると、電子線を照射することで生成されたラジカルが酸素と反応してしまい、樹脂の硬化(重合)反応が阻害されてしまうからである。一方、殺菌・滅菌処理を行う場合には、照射室20内の照射雰囲気を大気(酸素のある雰囲気)にしておき、電子線によって被処理物を殺菌する。この場合、電子線により酸素から生成されたオゾンの殺菌効果を利用することもある。また、ラミネート処理をする場合には、照射室20内の照射雰囲気を不活性雰囲気とする必要がないので、多量の窒素ガスを供給するための設備費やその運転維持費を節約するためにも、大気中で処理を行っている。
【0020】
照射窓部30は、図1、図3及び図4に示すように、金属箔からなる窓箔32と、窓枠部34と、クランプ板(押え板)36と、第一のオーリング(第一の気密部材)38と、第二のオーリング(第二の気密部材)39とを備えている。窓枠部34とクランプ板36は窓箔32を支持するためのものである。窓枠部34には、図3に示すように、同一形状の桟34aが複数個並設され、これによりスリット状の開口部34bが複数形成されている。また、窓枠部34の表面と裏面には、図3及び図4に示すように、オーリング38(39)を嵌め込んで気密にするための例えば略台形状のオーリング溝34c(34d)が形成され、更に電子線の照射により温度が上昇する窓箔32を冷却するために、内部に水冷用の流路34eが形成されている。窓枠部34は、第一のオーリング38を介して電子線発生部10の照射用開口部14aに着脱自在に取着される。窓箔32は、第二のオーリング39を介して窓枠部34の下面にクランプ板36により押し付けられるようにして、着脱自在に取着される。なお、図4では、照射窓部30の構造を説明するために、第一のオーリング38と、窓枠部34と、第二のオーリング39と、窓箔32と、クランプ板36とを離して描いているが、実際にはこれらの部品は密着され、一体となって電子線発生部の照射用開口部14aに取着される。
【0021】
ところで、本実施形態のように低エネルギー型の電子線照射装置の場合、窓箔に使用する金属箔を薄くしないと、照射室の空間に効率よく電子線を取り出すことができない。一方、窓箔の金属箔を薄くすると、窓箔だけで真空を支えるのは難しい。このため、電子線を通すための幅の狭いスリット状の開口部が形成された窓枠部が必要となる。すなわち、窓枠部は、真空側に吸引される窓箔を支える役割を有する。また、電子線は高い運動エネルギーを持っており、この電子線が窓箔32を通過するときに、その電子線の一部の運動エネルギーが熱エネルギーに変換して、窓箔32の温度が上昇する。窓枠部は、電子線の照射により温度が上昇する窓箔32を冷却する役割も有する。上述したように、窓枠部は二つの役割を持っている。窓枠部がこの二つの役割を果たすには、現状では、窓枠部の材料として銅以外の物を使用するのは難しい。たとえば、窓枠部をステンレスで形成すれば、耐蝕性の向上を図ることはできるが、ステンレスは熱伝導性の点で銅に比べて劣る。また、窓枠部をアルミニウムで形成すれば、熱伝導性の点では銅に近くなるが、加工性や強度の点で問題がある。このため、本実施形態では、窓枠部34の材料としては、熱伝導性等を考慮して銅を用いている。
【0022】
クランプ板36の材料としては、窓枠部34と同程度の熱膨張係数を有する物質、たとえば真鍮や鉄化合物を用いている。窓箔32は、電子線発生部10内の真空雰囲気と照射室20内の照射雰囲気とを仕切るものであり、また窓箔32を介して照射室20内に電子線を取り出すためのものである。窓箔32に使用する金属としては、電子線発生部10内の真空雰囲気を十分維持できる機械的強度があって、電子線が透過しやすいように比重が小さくて肉厚が薄く、しかも耐熱性に優れたものが望ましい。通常は、機械的な取扱いやすさからアルミ箔、チタン(Ti)箔などの金属箔が使用される。
【0023】
また、本実施形態では、照射室20の照射雰囲気に晒される窓枠部34の部分は、溶射法により溶射膜40が形成されている。具体的には以下の通りである。本実施形態の場合、オーリング溝は略台形状に形成されており、オーリング溝が狭くなっている開放端部とオーリングとは、気密のための接触はしていないが、照射用雰囲気がオーリング溝内に入り込めないような接触はなされている。このため、本実施形態では、図4に示すように、オーリング溝の内部には溶射膜を形成していない。すなわち、本実施形態では、窓枠部の、第一のオーリング38と照射雰囲気を封じることができるような接触している部分及び第二のオーリング39と照射雰囲気を封じることができるような接触している部分の外側に位置する外周部分には、図4に示すように、溶射法により溶射膜40が形成されている。オーリング38,39と照射雰囲気を封じることができるような接触している部分の内側は照射雰囲気が入り込めないので、この内側に位置する窓枠部の部分が照射雰囲気によって腐食されることはない。したがって、この内側に位置する窓枠部の部分には溶射膜を形成していない。なお、オーリング溝が狭くなっている開放端部とオーリングとが、気密のための接触をしている場合も、図4に示すように、オーリング溝の内部には溶射膜を形成する必要はない。また、例えばオーリング溝の側壁部がオーリングと照射雰囲気を封じることができるような接触をしていないとき、すなわちオーリング溝の側壁部とオーリングとが全く接触していないか、或いは両者が軽く触れているだけのときには、オーリング38,39と気密のための接触をしている部分(この場合は、オーリング溝の底部の中央部)の外側に位置するオーリング溝の部分にも、溶射膜を形成することが望ましい。
【0024】
また、本実施形態で、窓枠部とオーリングとが接触する部分に溶射膜を形成していないのは、この部分に溶射膜を形成すると、この溶射膜によってオーリングによる気密が損なわれる恐れがあると考えたからである。したがって、溶射膜を形成しても、オーリングによる気密が損なわれない場合には、窓枠部とオーリングとが接触する部分に溶射膜を形成してもよい。また、電子線発生部を真空に引くことを考慮すれば、オーリングと気密のための接触している部分の内側に位置する窓枠部の部分には、溶射膜等の余分なものは形成されていない方が望ましい。
【0025】
また、本実施形態では、クランプ板は安価であるので、腐食したときには交換するようにしている。このため、クランプ板には溶射膜を形成していない。しかしながら、クランプ板に溶射膜を形成することにより、クランプ板の耐蝕性の向上を図るようにしてもよい。なお、本実施形態における溶射法というのは、金属等を加熱・溶融して、対象物に吹き付け対象物に金属等の薄膜を形成する方法である。この溶射法自体は、公知の技術であるので、その詳細な説明は省略する。
【0026】
本実施形態では溶射膜40として下記の三種類ものを用いた。
(1)第一溶射膜
ベースとなる銅の窓枠部34上に、第一層として溶射膜であるステンレスSUS316の膜を200μmの厚さで形成し、その上に第二層として封孔材を刷毛塗りして封孔材の膜を形成し、焼き付けを行う。最後に、やすりで表面の小さな凹凸を削って、面仕上げを行った。
【0027】
(2)第二溶射膜
ベースとなる銅の窓枠部34上に、第一層として溶射膜であるNiCr系合金の膜を200μmの厚さで形成し、その上に第二層として封孔材を刷毛塗りして封孔材の膜を形成し、焼き付けを行う。最後に、やすりで表面の小さな凹凸を削って、面仕上げを行った。
【0028】
(3)第三溶射膜
ベースとなる銅の窓枠部34上に、第一層として溶射膜であるNiCr系合金の膜を50μmの厚さで形成し、その上に第二層として溶射膜であるセラミックス(TiO)の膜を150μmの厚さで形成し、更にその上に第三層として封孔材を刷毛塗りして封孔材の膜を形成し、焼き付けを行う。最後に、やすりで表面の小さな凹凸を削って、面仕上げを行った。なお、第三溶射膜を形成する際に、第一層としてNiCr系合金の膜を形成しているのは、溶射膜であるセラミックスの膜を直にベースである銅の上に形成する場合に比べて、NiCr系合金の膜を介在させることによりセラミックスと銅との密着性をより向上させることができると考えられるからである。したがって、セラミックスの膜を窓枠部の上に直に形成するようにしてもよい。
【0029】
なお、本実施形態の場合、上述したように、窓枠部の全体ではなく、窓枠部のオーリング溝より外側に位置する部分(外周部分)にのみ溶射膜を形成するので、溶射膜を形成しない部分に溶射金属等が付着しないように、この部分をマスクで覆ってから溶射する。また、溶射膜の上に更に封孔材の膜を形成するのは、たとえば第一溶射膜は、微小ステンレス粒の集まりであり、溶射膜には微小ステンレス粒と微小ステンレス粒との間に、小孔ができる。この小孔があると、小孔に腐食性のガスが入り込み、ベースとなっている窓枠部の銅を腐食してしまう。この溶射膜の小孔を塞ぐために、溶射膜の上に封孔材の膜を形成している。この封孔材には、セラミック系のものとポリイミド系のものがあるが、本実施形態では、耐蝕性を考慮してセラミック系のものを使用している。
【0030】
本実施形態の電子線照射装置では、加熱用電源16aによりフィラメント12aに電流を通じて加熱すると、フィラメント12aが熱電子を放出し、放出された熱電子はフィラメント12aとグリッド12cとの間に印加された制御用直流電源16bの制御電圧により四方八方に引き寄せられる。このうち、グリッド12cを通過したものだけが電子線として有効に取り出される。そして、このグリッド12cから取り出された電子線は、グリッド12cと窓箔32との間に印加された加速用直流電源16cの加速電圧により加速管14内の加速空間で加速された後、窓箔32を突き抜け、照射窓部30下方の照射室20内を搬送される被処理物に照射される。尚、グリッド12cから取り出された電子線の流れによる電流値はビーム電流と称される。したがって、ビーム電流が大きいほど、電子線の量が多くなる。
【0031】
電子線照射装置では、加速電圧、ビーム電流、被処理物の搬送速度等を所定の値に設定して、被処理物に電子線を照射する処理が行われる。電子線に与えられるエネルギーは加速電圧によって決まる。すなわち、加速電圧を高く設定する程、電子線の得る運動エネルギーが大きくなり、その結果、電子線は被処理物の表面から深い位置まで到達することができるようになる。このため、加速電圧の設定値を変えることにより、被処理物に対する電子線の浸透深さを調整することができる。また、被処理物に電子線が照射されるときに被処理物が受けるエネルギーの量は吸収線量という値で表される。適切な吸収線量を被処理物に与えるためには、ビーム電流を制御することになる。通常は、加熱用電源51と加速用直流電源53とを所定の値に設定し、制御用直流電源52を可変にすることにより、ビーム電流の調整を行っている。被処理物が受ける吸収線量は、ビーム電流に比例し、被処理物の搬送速度に反比例する。このため、ビーム電流や被処理物の搬送速度を変えることにより、電子線の吸収線量を調整することができる。
【0032】
ところで、照射室20の照射雰囲気が大気である場合には、次のような問題が生じる。電子線の照射により照射室内に窒素酸化物等の腐食性ガスが発生し、しかも、照射雰囲気中に水分が含まれていると、電子線の照射時に腐食性ガスが水と反応して、硝酸(HNO3 )となる。このため、照射空間22の周辺に位置する構造物に硝酸が付着し、構造物が腐食する。特に、窓枠部は銅で作られているため、他の部品と比べて腐食の度合いが激しい。
【0033】
また、窓枠部の腐食により生成される物質、すなわち緑青等の物質が窓箔32に付着すると、その付着部分からは電子線が照射室20内に取り出しにくくなり、電子線の出力が低下してしまう。しかも、腐食物質が付着した窓箔32の部分は熱を持ち、最終的には窓箔32にピンホールが空き、電子線発生部10内を真空に保てなくなり、装置が停止してしまうと共に、フィラメント12aが酸化して使用できなくなる。
【0034】
そこで、本発明者等は、窓枠部の腐食を防ぐために、窓枠部にニッケルメッキを施してみた。しかし、窓枠部にニッケルメッキを施した場合、窓枠部のエッジ部分のメッキが剥がれたり割れたりして、腐食性ガスがメッキの下に入り込み、ベースの銅を腐食するようになる。このため、耐蝕性の大きな向上はみられなかった。また、窓枠部にフッ素系の塗料を塗ってみたが、塗った塗料が腐食され、この場合も従来の窓枠部に比べて、望ましい結果は得られなかった。したがって、従来は窓枠部にはメッキ等を施したりせずに、窓枠部は腐食したら交換していた。しかし、電子線照射装置により清涼飲料水の容器の殺菌処理をする場合、清涼飲料水の製造工程は湿度が高いので、他の殺菌処理を行う場合に比べて窓枠部の腐食の度合いが激しい。また、窓枠部が腐食されて緑青ができると、この緑青が清涼飲料水の容器に付着したりするので、清涼飲料水の容器の殺菌処理の場合、他の殺菌処理の場合に比べて早目に窓枠部を交換しなければならない。このため、電子線照射装置により清涼飲料水の容器を殺菌処理する場合、従来は、窓枠部の交換サイクルが短く、問題となっていた。これに対して、本実施形態の窓枠部は、照射室の照射雰囲気に晒されている外周部分に溶射膜を形成したことにより、上述した第一溶射膜、第二溶射膜、第三溶射膜の何れの溶射膜を形成した窓枠部も、耐蝕性を飛躍的に向上させることができる。溶射膜は、メッキ膜に比べて膜厚が厚く、しかも銅との接合力がメッキ膜に比べて強固だからではないかと考えている。したがって、本実施形態の電子線照射装置により清涼飲料水の容器の殺菌処理を行う場合、窓枠部の耐蝕性が飛躍的に向上し、寿命が延びるので、腐食による窓枠部の交換サイクルが長くなる。この結果、電子線照射装置により清涼飲料水の容器の殺菌処理をする場合でも、従来の電子線照射装置に比べて、保守のための手間や時間や費用を大幅に減らすことができる。
【0035】
上述したように、本実施形態の電子線照射装置では、照射室内の照射雰囲気に晒されている窓枠部の外周部分に窓枠部の材料より耐蝕性の高い溶射膜を形成したことにより、大気中で電子線を照射する場合でも、従来の窓枠部に比べて、耐蝕性の飛躍的な向上を図ることができる。
【0036】
尚、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内において種々の変形が可能である。たとえば、上記の実施形態では、溶射膜の材料として、ステンレス、ニッケル・クロム系合金、セラミックスを使用する場合について説明したが、本発明はこれらのものに限られるものではなく、窓枠部の材料より耐蝕性の高いもので、溶射できるものであれば、どのようなものであってもよい。たとえば、銅より耐蝕性の良いものであれば、ガラスや樹脂等であってもよい。
【0037】
また、上記の実施形態では、溶射膜の膜厚が約200μmである場合について説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。また、上記の実施形態では、溶射膜の上に封孔材の膜を形成する場合について説明したが、封孔材の膜は省略することも可能である。
【0038】
また、本発明の照射室内の照射雰囲気は、大気等に限定されるものではなく、どのような照射雰囲気、例えば不活性ガス雰囲気等であってもよい。更に、上記の実施形態では、窓枠部を銅で形成する場合について説明したが、窓枠部の材料は、銅に限られるものでなく、真鍮等であってもよい。
【0039】
また、上記の実施形態では、窓枠部に略台形状のオーリング溝を形成する場合について説明したが、オーリング溝は台形状のものに限定されるものではなく、四角形状等であってもよい。また、オーリング溝は省略することも可能である。この場合も、窓枠部の、オーリングと気密のための接触をしている部分の外側に位置する外周部分に溶射膜を形成する。
【産業上の利用可能性】
【0040】
以上説明したように、本発明の電子線照射装置では、照射室内の照射雰囲気に晒されている窓枠部の外周部分に、窓枠部の材料より耐蝕性の高い溶射膜を形成することにより、従来の窓枠部に比べて、耐蝕性の向上を図ることができる。したがって、本発明は、特に大気中で容器等の殺菌・滅菌処理等を行う電子線照射装置に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】図1は、本発明の一実施形態である電子線照射装置の概略構成図である。
【図2】図2は、本発明の一実施形態である電子線照射装置の電子線発生部の概略回路図である。
【図3】図3(a)は本発明の一実施形態である電子線照射装置の窓枠部の概略平面図、同図(b)はその窓枠部の概略断面図である。
【図4】図4は、本発明の一実施形態である電子線照射装置の照射窓部の概略構成図である。
【符号の説明】
【0042】
10 電子線発生部
12 ターミナル
12a フィラメント
12b ガン構造体
12c グリッド
14 加速管
14a 照射用開口部
16a 加熱用電源
16b 制御用直流電源
16c 加速用直流電源
20 照射室
22 照射空間
24 ビームコレクタ
30 照射窓部
32 窓箔
34 窓枠部
34a 桟
34b 開口部
34c,34d オーリング溝
34e 流路
36 クランプ板
38 第一のオーリング
39 第二のオーリング
40 溶射膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子線を発生する電子線発生部と、被処理物に前記電子線を照射する処理を行う照射室と、前記電子線発生部内の真空雰囲気と前記照射室内の照射雰囲気とを仕切ると共に前記電子線を前記照射室内に取り出す窓箔と、前記窓箔を支持するための窓枠部とを備える電子線照射装置であって、
前記窓枠部のうち前記照射室内の照射雰囲気に晒されている部分に前記窓枠部の材料より耐蝕性の高い溶射膜を形成したことを特徴とする電子線照射装置。
【請求項2】
前記窓枠部はO字状の第一の気密部材を介して前記電子線発生部の照射用開口部に着脱自在に取着され、前記窓箔は前記照射室の側から枠状の押え板によりO字状の第二の気密部材を介して前記窓枠部に押し付けるようにして着脱自在に取着され、
前記窓枠部は前記第一の気密部材と接触をしている部分及び前記第二の気密部材と接触をしている部分の外側に位置する外周部分に前記溶射膜が形成されていることを特徴とする請求項1記載の電子線照射装置。
【請求項3】
前記接触は、前記照射雰囲気を封じることができるような接触、又は、前記電子線発生部の真空を維持することができるような気密のための接触であることを特徴とする請求項1又は2記載の電子線照射装置。
【請求項4】
前記溶射膜の上に、更に封孔材の膜が形成されていることを特徴とする請求項1、2又は3記載の電子線照射装置。
【請求項5】
前記溶射膜は、ステンレスの膜、ニッケル・クロム系合金の膜或いはセラミックスの膜であることを特徴とする請求項1乃至4の何れか1項記載の電子線照射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−8386(P2010−8386A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−171620(P2008−171620)
【出願日】平成20年6月30日(2008.6.30)
【出願人】(000000192)岩崎電気株式会社 (533)
【Fターム(参考)】