説明

電子銃の電子ビームパワー調整装置

【課題】真空中での溶解、溶接、加工、および蒸着等に用いられる電子源において、電子銃のビームパワーを急速に変化させる。
【解決手段】フィラメントカソード1とブロックカソード2との間に第1の電圧を印加し、ブロックカソード2とアノード3との間に第2の電圧を印加する。第1の閉ループ調整システム8,7を使用してフィラメントカソード1を定電流値に調整することによって、ブロックカソード2の最大ビームパワーに十分なフィラメント温度にする。瞬時ブロック電力値と公称ブロック電力値との間の差に反応するブロック電力調整器13等を含む第2の閉ループ調整システム17、13、12が、フィラメントカソード1とブロックカソード2との間の電圧を調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特許請求項1の前置き部分による装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子銃は、好ましくは真空中で(in vacuo)、あらゆる種類の溶解、溶接、加工、および蒸着に主として用いられる。この場合、しばしば電子ビームのパワーをさまざまな条件に合わせる必要がある。
【0003】
よく使われる電子銃は、フィラメントと、ブロックカソードと、アノードとを備えた3電極の電子銃である。一般に、1次カソードとも呼ばれるフィラメントは、タングステン製ワイヤスパイラルで構成されており、ここを電流が流れる。真空中では、熱放射によって、十分な量の電子がワイヤスパイラルの表面から放出される。フィラメントの手前に、2次カソードとも呼ばれるブロックカソードが配置される。ブロックカソードの目的は、強力な電子ビームを放出することである。
【0004】
これを実現するために、ブロックカソードはフィラメントの場合よりはるかに多くの電子を放出する必要がある。この高い放出効率をブロックカソードで実現するために、フィラメントとブロックカソードとの間に電圧、いわゆるブロック電圧、を印加する。ブロック電圧の大きさは、最大3kV台である。
【0005】
このブロック電圧によってフィラメントとブロックカソードとの間に電子ビームが発生し、ブロックカソードが激しく加熱される。これは、光学的に明るい発光効果として現れる。このようにブロックカソードから放電された電子は、ブロックカソードとアノードとの間に印加された電界から運動エネルギーを吸収することができる。一般に、この電界は40kV台の電圧によって発生する。ここで、ブロックカソードは、所望のビームパワーを出力するために必要なできるだけ多くの電子を放出する必要がある。
【0006】
電子の放出を一定に維持する必要がある場合は、ブロックカソードすなわち2次カソードの温度も一定に維持する必要がある。電子ビームを用いた溶接装置、溶解装置、蒸着装置において電子銃の2次カソードの放出温度を電子衝撃による加熱によって一定に維持する方法はすでに知られている(特許文献1)。この関係においては、1次カソードと2次カソードとの間の加速電圧が一定で、1次カソードのエミッション電流は1次カソードの加熱電流を介して調整される。つまり、[加熱電流]から誘導された、制御された調整変数によって調整される。1次カソードの加熱電流は、それから誘導された、制御された調整変数によって制限される。ここでは、ブロックカソードすなわち、主カソードとも呼ばれる2次カソードのエミッション電流は捕捉も調整もされない。
【0007】
電子ビーム発生器の動作パラメータを調整するための公知の回路においては、個々に独立した3つの調整器をカスケード接続した調整手段がフィラメントカソードのために設けられている(特許文献2)。これらの個々に独立した調整器は、加熱電流調整器、エミッション電流調整器、およびビーム電流調整器である。
【0008】
【特許文献1】旧東ドイツ特許第70674号
【特許文献2】ドイツ国特許第2325808号
【特許文献3】ドイツ国特許出願公開第4031286号
【特許文献4】ドイツ国特許出願公開第10242538号
【特許文献5】ドイツ国特許出願公開第1935710号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
高出力の電子・ビーム銃の運転は、比較的長期間にわたって一定の電圧で、かつ一定のエミッション電流で行われることが多い。ブロックカソードの熱慣性が高いために、ブロックカソードの温度変化によってパワーを急速に変化させることができない。電子ビームのパワーの急速な変化は、ウェーネルト[変調用]円筒の負バイアス電圧によって実現することも可能である。ただし、ブロックカソードの放出領域が極めて広いので、パワー制御を実現するには、ウェーネルト電圧を極めて高くする必要がある(W・ディートリッヒ、H・ランケ、およびH・シュトゥンプ共著『Strahlfuhrung und Leistungsteuerung von Elektronenstrahlkanonen bis 600 kW und deren Einsatz in der industriellen Produktion, Optik』2001年第7巻、p.11)。
【0010】
カソードの動作領域が空間電荷領域の場合は、加速電圧を変化させることによってパワーの急速変化を実現することもできる。この方法の欠点は、加速電圧の変化によって電子ビーム位置が影響されないように、電子ビームの集束を変化後の加速電圧に同時に合わせる必要があることである(W・ディートリッヒら、前掲個所)。
【0011】
さらに、フィラメントの加熱電流および/またはエミッション電流を調整できる調整器を備えた、電子銃用の装置が知られている(特許文献3)。この調整器は、フィラメント加熱電流調整器とエミッション電流調整器とを備え、フィラメント加熱電流の公称値とフィラメント加熱電流の瞬時値との差をフィラメント加熱電流調整器に供給し、エミッション電流の公称値とエミッション電流の瞬時値との差をエミッション電流調整器に供給する。この装置の利点は、フィラメント加熱系の調整を、状況に応じて、加熱電流またはエミッション電流によって行えることである。
【0012】
また、公称電力の調整が0〜200kWで行える、電子源の電子ビームパワーの調整方法が知られている(特許文献4)。この電子源は、間接的に加熱されるカソードと、アノードと、集束電極とを備える。少なくとも2つの独立した補正素子が設けられており、それぞれの補正素子は制御パラメータとして、カソード温度パラメータ、カソード電圧パラメータ、集束電極電圧パラメータ、およびカソード・アノード間距離パラメータのうちの1つを変化させる。
【0013】
最後に、副カソードから放出された電子束によって主カソードが加熱される電子銃を備えた電熱装置の動作状態を自動調整するための装置が知られている(特許文献5)。電子銃の主カソードには第1の構造ユニットから供給され、副カソードには第2の構造ユニットから供給される。また、主カソードの加熱を補正するための回路部が設けられており、この回路部は前記構造ユニットの少なくとも1つに接続されている。この公知の装置によって、電子ビーム装置の動作状態の安定性を向上させることができる。ただし、これには、ビームパワーの急速な変化は伴わない。
【0014】
本発明の目的は、電子銃のビームパワーを急速に変化させることである。
【0015】
この目的は、特許請求項1の特性によって達成される。
【課題を解決するための手段】
【0016】
したがって、本発明は、フィラメントカソードと、ブロックカソードと、アノードとを備えた電子銃の電子ビームパワーの調整用の構成に関する。フィラメントカソードとブロックカソードとの間に第1の電圧を印加し、ブロックカソードとアノードとの間に第2の電圧を印加する。第1の閉ループ調整システムを使用してフィラメントカソードを調整することによって、ブロックカソードの最大ビームパワーに十分なフィラメント温度を有する一定の電流値にする。ブロック電力の瞬時値とブロック電力の公称値との間の差に反応するブロック電力調整器を含む第2の閉ループ調整システムは、フィラメントカソードとブロックカソードとの間の電圧を調整する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によって得られる利点は、特に、3つの調整器をカスケード接続によって設ける必要がないことである。したがって、調整がより高速になり、擾乱をよりよく管理できる。また、[閉]ループ利得が減るので、ブロック電力の小さな擾乱が出力に及ぼす影響が小さくなる。ブロック電力がさらに調整され、温度をブロック電流より良く表す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の一実施例を図面に示し、以下により詳細に説明する。
【0019】
図1の右側には、電子銃が模式的に示されている。この図には、フィラメントすなわちワイヤカソード1、ブロックカソード2、アノード3、並びに坩堝4が明らかである。フィラメントカソード1からブロックカソード2に到達する電子は参照符号5で示されており、ブロックカソード2から坩堝4に到達する電子は参照符号6で示されている。フィラメントカソード1は、調整可能な電流源7に接続されている。この電流源7の電流が増加すると、フィラメントカソード1を通る電流の流れも増加するので、後者がより強く加熱され、より多くの電子を放出する。電流源7の調整は、調整器8を通じて行われる。調整器8は、ワイヤカソード1の電流を一定値に調整する。この方法によって、周囲条件が同じであれば、ワイヤカソード1の温度をほぼ一定にすることができる。
【0020】
電流捕捉手段9は、フィラメントカソード1を通る電流を測定し、この方法によって取得した瞬時電流値を比較ポイント10に供給する。比較ポイント10では、ワイヤカソードの公称電流値11とワイヤカソードの瞬時電流値とを比較する。瞬時電流値と公称電流値との差が調整器8に導かれる。
【0021】
ブロックカソード2が最大可能な電子流6を放出するために必要な量の電子5をフィラメントカソード1が放出するように、フィラメントカソード1を流れる電流が調整される。フィラメントカソード1を通る電流が固定値に調整されるので、ブロックカソード2のエミッション電流6はフィラメントカソード1の時間挙動の影響を受けない。
【0022】
フィラメントカソード1とブロックカソード2との間の電圧は、ブロック電力調整器13によって駆動される電圧源12から供給される。電圧源12から供給された電流は、電流捕捉手段14によって測定される。これは、フィラメントカソード1のエミッション電流を含んでいる。乗算器15は、この電流に電圧源12の電圧を掛けて電力を計算する。この電力が比較ポイント16に供給される。比較ポイント16は、エミッション電流調整器17からの信号を受信する。この信号は、ブロックカソード2の公称ブロック電力信号を含んでいる。調整器17の出力部は、ブロックカソード2の公称エミッション電流値とこのブロックカソード2の瞬時エミッション電流値との差から形成された信号を出力する。加速電圧が一定であるとき、この信号はブロック電力に対して(所定の)関係を有する。図2の曲線IIを参照のこと。したがって、この信号は、ブロック電力調整器13に対する公称値として使用できる。調整器17は、ブロックカソード2のエミッション電流を調整するために必要である。このエミッション電流は、ブロックカソード2の放出距離の調整挙動に合わせられる。加速電圧が一定のとき、エミッション電流はブロックカソード2の温度によって決まる。
【0023】
ブロックカソード2から放出される電子6の加速電圧を供給するために、電圧源18が設けられている。ここで、アノード3と坩堝4とは同じ電位である。この電圧源18から供給された電流は電流捕捉手段19によって測定され、比較器20に導かれる。比較器20は、公称エミッション電流値または公称ビーム電流値21に反応する。瞬時電流値と公称電流値との差が調整器17に供給される。
【0024】
電圧源18は調整器22によって調整され、調整されると瞬時加速電圧値と公称加速電圧値23との差に対応する信号が応答する。この差は比較器24によって求められる。調整器22は加速電圧を一定値に調整する。ブロックカソード2上の端子は、ブロックカソード2とアノード3との間の電圧の瞬時値ひいては加速電圧を調整器22の入力側の比較ポイントに導く。
【0025】
ブロックカソード2からの電子放出のために、エミッション電流調整器17の次にブロック電力調整器13が続く。その出力によって、フィラメントカソード1とブロックカソード2との間の加速電圧すなわちブロック電圧のための電圧源12が制御される。ブロック電流とブロック電圧とからブロック電力の瞬時値が形成され、ブロック電力調整器13に供給される。ここで、ブロック電力はブロックカソード2の温度に直接関連付けられ、ブロックカソード2は一定の加速電圧の影響下で放出を生じる。ブロック電力調整器13は、エミッション電流を[調整する]調整器17に対応する方法で、ブロックカソード2のパワーを調整する。ただし、調整器13の応答速度は、調整器17の応答速度より極めて高速である必要がある。したがって、調整器13のリセット時間は調整器17より短く、利得も調整器17とは異なる。
【0026】
この構成においては、2つの調整器17、13だけが直列に接続されている。したがって、調整動作はより安定しており、精度をより高くするためにより大きな利得を設定することができる。サイト11、21、および23における公称値は、必要な処理条件に応じて操作者が電子ビーム装置のユーザインタフェースから入力する。
【0027】
図2において、本発明による調整特性IIを従来の調整特性Iと比較している。従来の調整特性Iは、ブロックカソード2のエミッション電流IEがフィラメントカソード1の加熱電流IFに依存することを示している。これに対して、調整特性IIは、ブロックカソード2の電力PBがフィラメントカソード1のエミッション電流IEに依存することを示している。
【0028】
従来の調整特性Iにおいては、フィラメントカソード1の加熱電流IFのわずかな変化によって、ブロックカソード2のエミッション電流IEが大きく変化する。たとえば、加熱電流IFが40Aから41Aに増加すると、エミッション電流IEが0.5Aから1.5Aに増加する。調整範囲は極めて狭く、調整を開始できる点はフィラメントカソード1の加熱電流が約39Aである点である。
【0029】
これに対して、本発明による調整特性IIでは、エミッション電流IEの同じ変化を実現するためにブロック電力PBのより広い範囲が利用される。この結果、より安定した調整挙動とより高い調整精度が得られる。
【0030】
図3は、ブロックカソード2のエミッション電流の公称値ジャンプにおいて、1アンペアから2アンペアへのジャンプを1秒未満で行えることを示す。フィラメントカソード1の加熱電流が一定に維持されているとき、たとえば、ブロック電力の増加に伴う周囲温度の上昇によってブロック電圧が降下しうる。ブロック電圧の降下によって、特に高パワー時に、ブロックのアークが防止される。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明による調整用の構成である。
【図2】本発明によるブロック電力調整のためのエミッション電流に対するブロック電力と、独国特許第2325808号による従来の調整におけるエミッション電流に対するワイヤスパイラルの加熱電流との比較を示すグラフである。
【図3】エミッション電流のジャンプを経時的に示す。
【符号の説明】
【0032】
1 フィラメントカソード
2 ブロックカソード
3 アノード
4 坩堝
5、6 電子
7 電流源
8 調整器
9、14 電流捕捉手段
10、16 比較ポイント
12、18 電圧源
13 ブロック電力調整器
15 乗算器
17 エミッション電流調整器
20、24 比較器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィラメントカソードと、ブロックカソードと、アノードとを備え、フィラメントカソードとブロックカソードとの間に第1の電圧が印加され、ブロックカソードとアノードとの間に第2の電圧が印加され、第1および第2の閉ループ調整システムが設けられている電子銃の電子ビームパワー調整装置において、
a)フィラメントカソード(1)が第1の閉ループ調整システム(8、7)によって、ブロックカソード(2)の最大ビームパワーに十分なフィラメント温度を発生させる定電流値に調整され、
b)瞬時ブロック電力値と公称ブロック電力値との間の差に反応してフィラメントカソード(1)とブロックカソード(2)との間の電圧を調整するブロック電力調整器(13)が第2の閉ループ調整システム(17、13、12)に含まれることを特徴とする電子銃の電子ビームパワー調整装置。
【請求項2】
公称フィラメント電流値と瞬時フィラメント電流値との差に反応して、制御可能な電流源(7)を駆動する調整器(8)が第1の閉ループ調整システム(8、7)に含まれることを特徴とする請求項1に記載の電子銃の電子ビームパワー調整装置。
【請求項3】
フィラメントカソード(1)とブロックカソード(2)との間の第1の電圧が、ブロック電力調整器(13)によって調整される電圧源(12)から供給されることを特徴とする請求項1に記載の電子銃の電子ビームパワー調整装置。
【請求項4】
ブロックカソード(2)とアノード(4)との間の第2の電圧が、公称加速電圧値と瞬時加速電圧値との間の差がその入力部に供給される調整器(22)によって駆動される調整可能な電圧源(18)から供給されることを特徴とする請求項1に記載の電子銃の電子ビームパワー調整装置。
【請求項5】
フィラメントカソード(1)とブロックカソード(2)との間の瞬時電圧にフィラメントカソード(1)の瞬時エミッション電流を掛ける乗算器(15)から瞬時ブロック電力値が供給されることを特徴とする請求項1に記載の電子銃の電子ビームパワー調整装置。
【請求項6】
ブロックカソード(2)のエミッション電流の公称値とブロックカソード(2)のエミッション電流の瞬時値との差に反応する調整器(17)から公称ブロック電力値が供給されることを特徴とする請求項1に記載の電子銃の電子ビームパワー調整装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−313746(P2006−313746A)
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−123938(P2006−123938)
【出願日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【出願人】(502208722)アプライド マテリアルズ ゲーエムベーハー アンド コンパニー カーゲー (28)
【氏名又は名称原語表記】APPLIED MATERIALS GMBH & CO. KG
【出願人】(506145072)アーエルデー バキューム テクノロジーズ ゲーエムベーハー (1)
【Fターム(参考)】