説明

電子鍵盤楽器及び波形データセット取得方法

【課題】電子鍵盤楽器において、グランドピアノの奥行き感を再現できるようにする。
【解決手段】電子ピアノ1は、手前側の鍵盤近傍に配列されたスピーカ4a、4b、および4cと、これらスピーカ4a,4b,4cからみて電子ピアノ1の奥に配置されたスピーカ4dとを備える。音源に備わる波形メモリには1つの楽音につき4チャンネル波形データセットが記憶される。4チャンネルの波形データのうちスピーカ4a、4b、4cに対応する波形データは、グランドピアノのダンパ上方の位置に配置された第1収音手段で録音され、奥に配置されたスピーカ4dに対応する波形データは、グランドピアノの低音域の弦と中音域の弦とが交差する位置に配置された第2収音手段で録音される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自然楽器の音響特性と同様の音響効果を得るようにした電子鍵盤楽器及び波形データセット取得方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電子楽器の音源方式として、自然楽器が発する楽音を録音し、録音した波形情報をPCM符号化等により符号化されたディジタル波形データとして波形メモリに記憶しておき、該電子楽器で楽音を発生すべきときに該波形メモリに記憶された波形データを読み出す方式が知られている。
【0003】
従来から知られるピアノ型電子鍵盤楽器(以下、「電子ピアノ」という)において、アコースティック(自然楽器)のグランドピアノの音を3チャンネルで録音(サンプリング)することにより、1つの押鍵操作に対応する1つの楽音(1つのノート)について3チャンネルの波形データのセットを記憶した波形メモリを音源として持つものがあった。前記波形データのセットを録音する時には、グランドピアノに対してステレオペアの単一指向性マイク、若しくはステレオペアの無指向性マイクを用いて該ピアノから発音された楽音を該2つのマイクのそれぞれに対応する2チャンネルにステレオ録音し、また、それと同時に発せられた共鳴音などを含む間接音を1つのモノラル無指向性マイクを用いて1チャンネルに録音していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−316358号公報
【0005】
上記特許文献1に記載された電子ピアノにおいては、前記ステレオ録音された2チャンネルの波形データをステレオ方式の2チャンネルのスピーカで再生し、また、1チャンネルの波形データをモノラル方式の1チャンネルのスピーカで再生することだけが決められており、それらスピーカの具体的な位置は演奏音のステレオ効果を専ら考慮して決定されていた。また、2チャンネルステレオの波形データを録音するときには、2つのステレオペアのマイクを用いてステレオ波形をバランス良くピックアップできるよう、グランドピアノの発音源(弦と響板)と該マイクの距離を離すマイク設定(オフマイク)でマイクを配置していた。また、1つのモノラル無指向性マイクについても、間接音を狙う意図から、グランドピアノの発音源(弦と響板)と該マイクの距離を離すマイク設定(オフマイク)でマイクを配置していた。
【0006】
家庭用の電子ピアノにおいて、演奏音の聴取者は、まず第1に、その電子ピアノを演奏する演奏者である。したがって、電子ピアノのピアノ音色(グランドピアノの音色)では、とりわけ演奏者の位置で聴いた時の演奏音が、アコースティックのグランドピアノの音響特性をよりリアルに再現したものであることが望まれる。しかし、従来の電子ピアノのピアノ音色(グランドピアノの音色)では、アコースティックのグランドピアノの音響特性の再現性、特に、演奏者の位置で聴いた時の演奏音のリアルさや、奥行き感が不十分だった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
この発明は、上記の点に鑑みてなされたもので、グランドピアノの音響特性と同様の音響効果を得るようにした電子鍵盤楽器を提供することを目的とし、特に、グランドピアノの奥行き感を再現できるようにした電子鍵盤楽器を提供することを目的とする。また、電子鍵盤楽器において、グランドピアノの音響特性と同様の音響効果、特に、グランドピアノの奥行き感を再現できるようにした波形データセットの取得方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は、複数の鍵からなる鍵盤と、前記鍵盤が手前側に配置され、該鍵盤に対して奥行き方向に広がる面を持つ筐体と、前記筐体の上面に配置された複数のスピーカであって、前記鍵盤の近傍に配置された第1スピーカと、該第1スピーカから見て該筐体の奥に配置された第2スピーカと、1つの楽音について収音する収音手段の数に対応したチャンネル数分の波形データを有する波形データセットを記憶した波形メモリであって、前記波形データセットは、それぞれ演奏操作に応じて振動を発生する複数の弦と該弦の振動を止めるダンパとを有し、前記複数の弦のうち低音域の複数の弦と中音域の弦とが交差するように配置されたグランドピアノ型の自然楽器において、前記ダンパ上方の位置に配置された第1収音手段で録音された第1波形データと、前記低音域の複数の弦と前記中音域の複数の弦とが交差する位置に配置された第2収音手段で録音された第2波形データとからなるセットであるものと、前記鍵盤における打鍵操作によって発音指示された1つの楽音に対応する1つの前記波形データセットを前記波形メモリから読み出して、該読み出した波形データセットに基づいて、それぞれのチャンネルの楽音信号を生成する楽音信号生成手段と、前記楽音生成手段により生成された前記複数チャンネルの楽音信号のそれぞれを、前記複数のスピーカのうち各楽音信号の生成に用いた波形データを録音した収音手段の配置位置に対応する位置に配置されたスピーカに供給する供給手段とを備える電子鍵盤楽器である。
【0009】
上記構成からなる本発明によれば、演奏者の位置で聴こえるピアノ音のうちで一番大きい割合を占める音や、ハンマの打弦によって発生する音を、第1収音手段により録音された第1波形データとして得る一方、第2収音手段によりグランドピアノ型の自然楽器が発する中低音域の音をクリアに録音した第2波形データを得ることできる。そして、鍵盤の打鍵操作に応じて、発音指示された1つの楽音に対応する1つの波形データセットとして記憶された第1波形データ及び第2波形データそれぞれに基づく楽音信号を、それぞれを録音した第1収音手段及び第2収音手段に対応する第1スピーカ及び第2スピーカに供給する。これにより、第1収音手段によりダンパ上方位置で録音された演奏者の位置で聴こえるピアノ音のうちで一番大きい割合を占める音や、ハンマの打弦によって発生する音を、鍵盤近傍に配置された第1スピーカから発音する一方、筐体の奥に配置された第2スピーカからは、グランドピアノ型の自然楽器における低音域の複数の弦と中音域の複数の弦とが交差する位置で中低音域の音をクリアに録音した音を発音できる。これにより、電子鍵盤楽器において、グランドピアノ型の自然楽器の音が持つ奥行き方向の広がり感を再現できる。
【0010】
また、この発明は、それぞれ演奏操作により振動を発生する複数の発音体と、該発音体の振動を止めるダンパとを有し、前記複数の弦のうち低音域の複数の弦と中音域の弦とが交差するように配置されたグランドピアノ型の自然楽器の楽音を録音して波形データセットを得る波形データセット取得方法であって、複数の収音手段を自然楽器に対して配置するステップであって、前記ダンパ上方の位置に第1の収音手段を配置し、且つ、前記低音域の複数の弦と前記中音域の複数の弦とが交差する位置に第2の収音手段を配置するステップと、前記自然楽器の演奏音を、前記第1収音手段と前記前記第2収音手段とを用いて収音して、それぞれ別個のチャンネルに録音するステップと、前記録音されたチャンネル毎の演奏音に基づいて、前記第1収音手段により収音された第1波形データと、前記第2収音手段により収音された第2波形データとからなる波形データセットであって、1つの楽音の発音指示に応じて再生されるべき前記第1波形データと前記第2波形データで構成される1つの波形データセットを作成するステップとを有することを特徴とする波形データセット取得方法である。
【0011】
上記構成からなる本発明によれば、演奏者の位置で聴こえるピアノ音のうちで一番大きい割合を占める音や、ハンマの打弦によって発生する音を、第1収音手段により録音された第1波形データとして得る一方、第2収音手段によりグランドピアノ型の自然楽器が発する中低音域の音をクリアに録音した第2波形データを得ることできる。これにより、電子鍵盤楽器において、グランドピアノ型の自然楽器の音が持つ奥行き方向の広がり感を再現可能な、波形データセットを提供することができる。
【発明の効果】
【0012】
この発明よれば、電子鍵盤楽器において、グランドピアノの音響特性と同様の音響効果を得ることができ、特にグランドピアノの奥行き感をリアルに再現することができるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】この発明の一実施形態に係る電子鍵盤楽器(電子ピアノ)を上面から見た図。
【図2】図1の電子ピアノの電気的ハードウェア構成の一例を示すブロック図。
【図3】波形データを録音するときのマイク設定を説明する図であって、(a)はグランドピアノを上から見た図、(b)はグランドピアノを矢印Xから見た側面図。
【図4】弦とマイクの間隔を説明する図であって、(a)は従来のオフマイクのマイク設定、(b)は2本のマイクを弦に近づけたところ、(c)は前記(b)からマイク数を増やしたところを、それぞれ示す。
【図5】(a)〜(c)はオンマイクのマイク設定を説明する図。
【図6】図1の電子ピアノにおいて鍵盤操作に応じてCPU1が実行するノートオンイベント処理の動作手順の一例を示すフローチャート。
【図7】図6のノートオンイベント処理で参照する音色データの構成例を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照して、この発明の一実施形態について詳細に説明する。
【0015】
図1は、この発明に係る電子鍵盤楽器1を上面から見た図である。電子鍵盤楽器1は、演奏者が演奏を行うための複数の鍵からなる鍵盤2と、該鍵盤2を保持する筐体3と、筐体3の上面に配置された4つのスピーカ4a、4b、4c、及び4dを含んで構成され、鍵盤2の操作に応じて、電子回路により構成される音源部を用いて電子的に楽音信号を生成し、該生成した楽音信号に対応するアナログ音響信号をスピーカ4a〜4dから発音する。電子鍵盤楽器1は、主にピアノ音色の楽音を演奏することを意図して設計された「電子ピアノ」である。この明細書では、電子鍵盤楽器1のことを「電子ピアノ」とも言う。また、この明細書では、鍵盤2が配置される側(演奏者が位置する側)を、電子鍵盤楽器(電子ピアノ)1の「手前」と表現し、「手前」に対向する側を電子鍵盤楽器(電子ピアノ)1の「奥」と表現する。従って、図1の図面下側が電子鍵盤楽器(電子ピアノ)1の「手前」に相当し、図1の図面上側が電子鍵盤楽器(電子ピアノ)1の「奥」に相当する。図1に示す通り、鍵盤2は筐体3の手前側に配置される。
【0016】
筐体3は、その手前側に配置された鍵盤2に対して奥行き方向に広がる面を持つ「グランドピアノ」型の形状である。電子ピアノ1は電子楽器であるため、筐体3の奥行きをアコースティック(自然楽器)のグランドピアノの奥行きよりも小さい。4つのスピーカ4a〜4dのうちの3つのスピーカ4a、4b、および4cは、筐体3の手前側に鍵盤2に略平行に一列に並べて配置されており、スピーカ4aは演奏者に対して左側、スピーカ4bは演奏者に対して中央、スピーカ4cは演奏者に対して右側、それぞれ配置される。左側のスピーカ4aおよび右側のスピーカ4cは、中央のスピーカ4bに対して概ね左右均等に配置される。また、スピーカ4dは、演奏者に対して筐体3の奥に配置される。この明細書では、演奏者に対して左側に配置されたスピーカ4aをLチャンネルのスピーカ、演奏者に対して中央に配置されたスピーカ4bをCチャンネルのスピーカ、演奏者に対して右側に配置されたスピーカ4cをRチャンネルのスピーカ、および、演奏者に対して奥に配置されたスピーカ4dをSチャンネルのスピーカという。なお、以下において、「チャンネル」という語を「ch」と省略表記することもある。
【0017】
これら4つのスピーカ4a〜4dの配置位置は、後述する波形メモリに記憶された4チャンネルの波形データのそれぞれを録音(サンプリング)するときの、グランドピアノに対するマイク配置位置(波形データのサンプリング箇所)に対応している。この発明に係る電子ピアノ1においては、これらスピーカ4a〜4dが、それぞれに対応する箇所で録音された波形データに基づくピアノ音を発音することにより、発音されたピアノ音は対応する波形データがサンプリングされた時と同様な空間的広がりを持つ。すなわち、アコースティックのグランドピアノにおいて響板を面で鳴らす雰囲気や、豊かな奥行き感をリアルに再現でき、特に演奏者の位置で聴取する電子ピアノ1の演奏音の音響特性が優れているということが、後述の説明から明らかになるであろう。
【0018】
図2は、図1の電子ピアノ1の電気的ハードウェア構成例を説明するためのブロック図である。図2の電子ピアノ1において、CPU10、フラッシュメモリ11、およびRAM12は電子ピアノ1の全体的な動作を制御する制御部(マイクロコンピュータ)である。この制御部に対して、操作子13、表示器14、および音源部20がバスライン17を介して接続される。フラッシュメモリ11は、CPU10が実行する各種制御プログラムが格納される。音源部20には、該音源部20で生成された楽音信号(アナログ音響信号)を増幅するアンプ15が接続され、該アンプ15にはスピーカ16が接続される。また、スピーカ16は、図1に示す4chのスピーカ4a、4b、4c、及び4dに対応しており、アンプ15は該4chのスピーカ16の1chずつに対応する4つの信号処理チャンネルを有する。また、表示器14は、CPU10の制御に基づき各種情報を表示する。
【0019】
操作子13は、複数の鍵(この例では88鍵)からなる鍵盤2やダンパペダルなど、演奏を行うための演奏操作子、および音色パラメータなどのパラメータの設定を行うための設定操作子が含まれる。鍵盤2(操作子13)に含まれる複数の鍵にはそれぞれ固有の音高(ノート)が対応付けられており、演奏者は鍵盤2(操作子13)を操作して、ノートオン、音高(ノート)を指定するノートナンバ、打鍵強さに応じたベロシティデータ等を含む発音指示(ノートオンイベント)を入力する。CPU10は、鍵盤2の操作によるノートオンイベントに対応してノートオンイベント処理を実行し、音源部20の制御レジスタに各種制御パラメータを送出する。
【0020】
音源部20は、波形メモリ21と、該波形メモリ21に接続された波形読み出し及び補間部22と、該波形読み出し及び補間部22に接続された特性制御部23と、該特性制御部23に接続されたミキサ部24と、該ミキサ部24に接続されたデジタル・アナログ変換部(DAC)25と、制御レジスタ26とから構成される。制御レジスタ26は、波形読み出し及び補間部22、特性制御部23、およびミキサ部24の各部に与えられる制御パラメータの値を格納するレジスタであって、音源部20は該制御レジスタ26に格納された各種制御パラメータの値に基づいて、サンプリング周期毎に、所定数の発音チャンネル分(例えば、64チャンネル)の楽音信号を生成する処理を行う。
【0021】
波形メモリ21は、1つの楽音(1つのノート)について4チャンネル分の波形データを1組とする波形データセットを、複数セット記憶している。波形メモリ21に記憶された4チャンネル分の波形データは、アコースティックのグランドピアノの演奏音を1つの音高(ノート)ずつ、所定の4箇所に配置された4つのマイクを用いて4つの録音チャンネルに録音し、該4つのマイクによりピックアップした4チャンネル分のアナログ音響信号(ピアノ音)の電圧値を、それぞれ例えばPCM符号化形式など従来から知られる適宜の符号化形式でデジタルオーディオデータに変換したデータである。この波形メモリ21に記憶された4チャンネルの波形データは、それぞれ、電子ピアノ1に備わる4つのスピーカ4a〜4d(図1参照)に対応付けられている。
【0022】
波形読み出し及び補間部22は、サンプリング周期毎に、複数発音チャンネル分の読み出しアドレス信号を生成し、該読み出しアドレスにより波形メモリ21から複数発音チャンネル分の波形データを読み出し、該読み出した波形データをサンプル間補間して、複数発音チャンネル分の補間済みの波形データを出力する。特性制御部23は、各サンプリング周期毎に、波形読み出し及び補間部22から出力された複数発音チャンネル分の波形データの音色や音量等の特性制御を行う。ミキサ部24とDAC25は、この実施例では、4つの異なるスピーカに対応した4チャンネルの信号処理チャンネルを有している。ミキサ部24では、各サンプリング周期毎に、特性制御部23から出力された複数発音チャンネル分の波形データがそれぞれ4通りにレベル制御され累算されることにより、4つの信号処理チャンネルの波形データが形成される。DAC25は、各サンプリング周期毎に、4つの信号処理チャンネルの波形データ(デジタルデータ)をアナログ音響信号に変換して、4つの信号処理チャンネルの出力信号をそれぞれアンプ15の対応するチャンネルに供給する。
以上の構成により、音源部20では、各サンプリング周期毎に、複数発音チャンネル分の楽音信号が形成され各出力系統(信号処理チャンネル)ごとにレベル制御され累算される。ある発音チャンネルについて、特定の出力系統のレベルのみを所定レベルに設定し、他の系統のレベルをゼロ(−∞デシベル)に設定することにより、その発音チャンネルの楽音信号を特定の系統のみに出力することができる。
詳細は後述するが、本発明では、1つの楽音の発音指示(1つの押鍵操作)に応じて、4つの発音チャンネルで、4チャンネルの波形データに基づく4つの楽音信号が形成され、それぞれ、対応する出力系統に出力されるようになっている。
【0023】
アンプ15は、4チャンネルの信号処理チャンネルの1つずつに入力されたアナログ音響信号を所定のゲイン値で増幅する。アンプ15で該増幅されたアナログ音響信号(楽音信号)を各チャンネルに対応する4chのスピーカ16(図1のスピーカ4a、4b、4c、及び4d)へ供給され、該4chのアナログ音響信号のそれぞれに対応するピアノ音が4つのスピーカ16から略同時に発音される。各スピーカ4a、4b、4c、及び4dからは、各スピーカ4a〜4dの配置位置に対応するグランドピアノ上の4箇所でピックアップした音に対応する楽音信号(電子ピアノ1の演奏音)が発音される。この結果、電子ピアノ1においては、全体として、アコースティックのグランドピアノの演奏音と同様な空間的広がり、つまり演奏者に対して奥行き方向に広がる響板を面で鳴らす雰囲気、あるいは豊かな奥行き感などを再現することができる。
【0024】
図3は、波形メモリ21に記憶される波形データを録音する際の、ピアノに対するマイク(収音手段)の配置を説明する図であって、(a)は録音対象となる自然楽器(アコースティック)のグランドピアノを上側から見た上面図、(b)は(a)のグランドピアノを「矢印X」から見た側面図である。符号30は自然楽器(アコースティック)のグランドピアノである。この実施例では、グランドピアノ30の音をピックアップするために、4つの単一指向性(Cardioid型特性)マイク31a,31b,31c,31dを用いる。マイク31a〜31dは、それぞれ、マルチトラックレコーダ33の録音チャンネルの1チャンネルずつに接続される。4つのマイク31a〜31dの各々によりピックアップされた4系統のグランドピアノ30の音は、マルチトラックレコーダ33の各マイクに対応する録音チャンネルにそれぞれ録音される。
【0025】
グランドピアノ30において、演奏者が位置する筐体手前側に88個の鍵を有する鍵盤32が配置されている。周知の通り、鍵盤32の各鍵は、それぞれに割り当てられた音高が演奏者に対して左から右に向かって半音ずつ高くなるよう配列されている。グランドピアノ30の筐体内には、88個の各鍵の音高に対応する複数の弦(発音体)が、概ねピアノ30の手前から奥に向かう方向(図3(a)では上下方向)で張設されており、1つの鍵が押鍵操作されると、該押鍵された鍵に対応するハンマが対応する弦を打撃(打弦)する。また、グランドピアノ30の筐体内には響板が設けられている。ハンマの打撃によって生じた弦の振動は、響板に伝達され、該響板において共鳴および拡大される。
【0026】
4つのマイク31a〜31dのうちの3つのマイク31a,31b,および31cは、グランドピアノ30の筐体内に横一列に配列されたダンパの上方付近(ピアノ筐体の手前側)において、鍵盤32の鍵配列方向に沿って略平行に並べて配置される。マイク31aは演奏者に対して左側、マイク31bは演奏者に対して中央、マイク31cは演奏者に対して右側にそれぞれ配置される。また、マイク31dは、演奏者に対して筐体の奥に配置される。周知の通り、グランドピアノの弦のうちで低音域の弦と、中音域の弦とは一部が上下交差するよう張設されている。マイク31dの配置位置は、低音域の弦と中音域の弦が交差する付近の上方とする。
【0027】
図3(b)に示す通り、4つのマイク31a〜31dは、それぞれ、グランドピアノ30の発音源(弦および響板)に指向方向を向けて配置されており、ピアノ30の発音源(弦および響板)とマイクの受音点の距離を接近させたマイク設定(いわゆる「オンマイク」のマイク設定)になっている。周知の通り、「オンマイク」のマイク設定によれば、ピックアップの対象として狙った特定の部分から発生する音のみを、集中的に、且つ、クリアにピックアップすることができる。
【0028】
マイク31a〜31cが、グランドピアノ30のダンパの上方付近に配置されていることは、前述した。この"ダンパ上方"というマイクの配置位置は、演奏者の位置で聴こえるピアノ演奏音のうちで一番大きい割合を占める音を、ピックアップすることができる位置である。また、このマイク配置位置は、ハンマが弦を打撃したときに発する音を一番良くピックアップできる位置でもある。したがって、ダンパ上方の位置にオンマイクのマイク設定でマイク31a〜31cを配置することにより、高音域、中音域、および低音域の各音域ごとに、上記の通り演奏者の位置で聴こえるピアノ演奏音のうちで一番大きい割合を占める音や、ハンマの打弦によって発生する音など、演奏者の位置でのピアノ音の聴取感覚をリアルに再現するために重要な音を、クリアにピックアップする(間接音の少ない、弦と響板の発する純粋な音を録音する)ことができる。
【0029】
図4及び図5を参照して、手前側に配置されたマイク31a〜31cの設置数と、マイクとマイクと弦(発音源)の距離の関係について説明する。図4及び図5はグランドピアノを手前側から見たところを描いている。符号34の直線は、グランドピアノ内に配列された複数の弦(88個の音高に対応する弦)を手前側から見た様子を模擬的に描いている。直線34の左端が最低音高(音名A0)に対応する弦がある位置に対応し、同右端が最高音高(音名C8)に対応する弦がある位置に対応する。(a)は上記特許文献1に記載されたように左右一対の2つのマイク35を用いてステレオ2チャンネルの波形データを録音する場合のマイク設定の一例を示している。図において符号Aはマイク35の受音部と弦34の最短距離を示し、符号Bはマイク35の受音部と弦34の最長距離を示す。これらは、複数本あるマイクのうちの弦に一番近いマイクと弦の距離である。複数のマイクで弦の音を収音している場合、何れかのマイクでオンマイクの音が拾えればよい。最短距離Aと最長距離Bの距離差が大きいと、マイク35の受音部から近い弦が発する音と遠い弦が発する音とで、録音される波形データの音質差が大きくなる。そのため、複数の音高(弦)でそれぞれ録音した場合に、複数の波形データの音質が音高方向に不均一になる。よって、最短距離Aと最長距離Bの距離差はできるだけ小さいのが望ましい。(a)のように「オフマイク」の設定で録音する場合には、弦34とマイク35の距離を広く離し(60センチ程度)、且つ、2つのマイク35の左右間隔を十分に広げて配置することにより、最短距離Aと最長距離Bの距離差を小さくして、ピアノの全音域にわたりステレオ波形をバランスよく録音できるようにしていた。しかし、その反面、発音源とマイク35の距離が遠くなるため、特定の部分から発生する音(弦と響板から発せられる音のみを、集中的に、且つ、クリアにピックアップすることはできない。
【0030】
グランドピアノ30において、「弦と響板から発せられる純粋な音」を狙って録音するためには、弦34とマイク35の最短距離Aを最長でも25cm程度(最短距離Aと最長距離Bの距離比が2.5倍以下になる距離)まで近づける必要があることが、実験により判った。しかし、(a)のようにマイク35を2本使用する設定のまま弦34とマイク35の距離を接近させる(オンマイクにする)と、(b)に示すように最短距離Aと最長距離Bの距離差が大きくなってしまう。
【0031】
マイクの最短距離Aと最長距離Bの距離差を小さくするには、(c)に示すように、左右方向に並べるマイクの数を増やせばよい。(c)には5本のマイク35を並べた例を示している。マイク35の数が多いほど最短距離Aと最長距離Bの距離差を小さくすることができ、各マイクによりサンプリングされる波形データの音質が音高方向に均質になる。その一方で、マイクの数が多いということは、サンプル箇所が増えて、記憶すべき波形データのチャンネル数も増えることになるので、より多くのメモリ容量が要求されることになる。
【0032】
上記図4(c)に示す5本のマイク35のうちから、中央のマイクと左右両端の2つのマイクの計3本のマイクのみを残すと、図5(a)のようになる。図5(a)に示すマイク35の配置バランスでは、中央のマイクがカバーする範囲と左右両端のマイクがカバーする範囲の境目付近に存在する弦が、いずれのマイクからも遠く離れすぎてしまう。そこで、(b)に示すように、左右両側のマイクを中央寄りに近づければ、全体的に最短距離Aと最長距離Bの距離差を小さくするように3本のマイクを配置することができる。マイク35と発音源(弦34)との距離(最短距離A)を10cmとした場合、マイク設置数が3本であっても、(b)に示すように最短距離Aと最長距離Bの距離比が小さくなるよう3本のマイクの相互間隔を調整すれば、最短距離Aと最長距離Bの距離比を約2倍程度に抑えることができる。現在のマイク性能であれば、例えば10cmほどまで近接させても、音の歪みなく録音することができる。従って、図5(b)に示すマイク配置のバランスであれば、グランドピアノの全音域にわたり均質な音質で、ダンパ上方(ハンマ打撃部分付近)において弦と響板から発せられる純粋な音から発せられる音を狙って録音することができ、且つ、波形データの記憶に必要なメモリ容量も過大にならず最適である。
【0033】
なお、(c)に示すように、(b)のマイク配置から更に左右両側のマイクを更に中央寄りに近づけることで、ピアノ音域の中央付近の音の録音を重視するマイク設定にしてもよい。
【0034】
したがって、グランドピアノ30の手前側のダンパ上方付近に配置された3つのマイク31a〜31cを、上記図5(b)に示すように最短距離Aと最長距離Bの距離差が最小になるよう置することで、演奏者の位置で聴こえるピアノのうちで一番大きい割合を占める音や、ハンマの打弦によって発生する音など、演奏者の位置で聴取するグランドピアノの音をリアルに再現するために重要な音を、高音域、中音域、および低音域の各音域別に、クリアに録音することができる。
【0035】
また、周知の通りピアノの弦の長さは、低音域側ほど長く、高音域側では短い。よって、高音域側の弦が発する音は、マイク31aの1本だけでも十分に品質の高い音をピックアップすることができる。一方で、中音域及び低音域については、マイク31b及び31cのみでは、ダンパから遠い箇所(つまりピアノ30の奥)から発せられた音を、十分にピックアップできない。この点については、マイク31dが筐体の奥の低音域の弦と中音域の弦が交差する付近にオンマイクで配置されているので、このマイク31dによりピアノ30の奥で弦と響板が発する中低音域の音をクリアにピックアップすることができる。
【0036】
このように、3つのマイク31a〜31cをオンマイクの設定でピアノ30のダンパ上方付近に鍵盤32の鍵配列方向に沿って並べて配置し、また、1つのマイク31dをピアノの中低域の弦の交差位置付近にオンマイクで配置し、各マイク31a〜31dでピックアップした1つの楽音高ずつのピアノ音をマルチトラックレコーダ33の4つの録音チャンネルの1チャンネルずつに録音することで、全体として、グランドピアノの音が持つ空間的広がり、すなわち演奏者に対して奥行き方向に広がる響板を面で鳴らす雰囲気や、奥行き感などグランドピアノの音響特性を持ち、特に、演奏者の位置で聴取するピアノ音の特性に優れた高品質な波形データを波形メモリ21に記憶することができる。
【0037】
このようにして録音された4チャンネルの波形データ(全波形)を公知の方法で加工して、それぞれアタック部およびそれに続くループ部からなる4つの波形データを作成し、1組の波形データとして波形メモリ21に記憶する。マイク31aで録音した波形データに基づいて、Lchスピーカ4aに対応付けられる波形データ(「Lch用」)が作成され、マイク31bで録音した波形データに基づいて、Cchスピーカ4bに対応付けられる波形データ(「Cch用」)が作成され、マイク31cで録音した波形データに基づいて、Rchスピーカ4cに対応付けられる波形データ(「Rch用」)が作成され、マイク31dで録音した波形データに基づいて、Schスピーカ4dに対応付けられる波形データ(「Sch用」)が作成される。作成される4つの波形データのうちのSch用の波形データについては、そのアタック部の作成時に先頭に数ミリ秒分の無音波形が付加される。これにより、1組の4つの波形データを同時に再生すると、Sch用波形データの楽音波形の立上りが他ch波形データより数ミリ秒遅れるようになる。
【0038】
ピアノ音の特性は音域ごとに異なるので、音域ごとに異なる波形データを用意するのが望ましい。この実施例では、グランドピアノ30の88個の鍵を所定の複数個の鍵を1グループとする音域(例えば3鍵を1グループとする音域)に区分して、該音域ごとに4チャンネルの波形データをサンプリグし、音源用の4つの波形データを作成する。また、ピアノ音は打鍵の強弱(タッチ)に応じて音量ベロシティが異なり、音量ベロシティの違いにより音の特性が異なるので、打鍵の強弱(タッチ)ごとに異なる波形データを用意するのが望ましい。よって、この実施例では、打鍵の強弱(タッチ)を複数通りの範囲に分けて、該複数通りの範囲のタッチのそれぞれごとに4チャンネルの波形データをサンプリグし、音源用の4つの波形データを作成する。この明細書では、1組の波形データセットを用意する音域(音高範囲)や打鍵の強弱(ベロシティ範囲)の区分のことを「リージョン」という。すなわち、波形メモリ21は、グランドピアノ30で録音するピアノ音色について、4チャンネルで1組の波形データ(アタック部+ループ部)のセットを、複数のリージョンに対応する複数セット記憶する。
【0039】
また、周知の通り、ダンパペダル(長音ペダル)を踏んだ状態でピアノを演奏すると、全ての鍵に対応するダンパが一斉に弦から離れ、打鍵した音を延長させることができるとともに、直接打弦されていない弦も含めて全ての弦が開放される結果、打弦されてなる音との間に共鳴を起こし、独特の演奏音を得ることができる。この明細書では、ダンパを操作することにより非操作時のピアノ音(通常音)に付加されるピアノ音を「ダンパ音」とよぶ。電子ピアノ1では、ピアノのダンパ音をリアルに再現するために、該ダンパ音についても、1つの楽音につき4チャンネルで1組の波形データ(ダンパ音の波形データ)のデータセットを、波形メモリ21に記憶する。マイク31aで録音したダンパ音の波形データがLchスピーカ4aに対応付けられるダンパ音の波形データ(「D−Lch用」)であり、マイク31bで録音した波形データがCchスピーカ4bに対応付けられるダンパ音の波形データ(「D−Cch用」)であり、マイク31cで録音した波形データがRchスピーカ4cに対応付けられるダンパ音の波形データ(「D−Rch用」)であり、マイク31dで録音した波形データがSchスピーカ4dに対応付けられるダンパ音の波形データ(「D−Sch用」)である。
【0040】
なお、ダンパ音の波形データは、各鍵ごとに、ダンパを操作していない状態(ダンパオフ状態)で押鍵したときの波形データと、ダンパを操作した状態(ダンパオン状態)で押鍵したときの波形データとをそれぞれサンプリングし、ダンパオン状態の波形データからダンパオフ状態の波形データを減算して得る。このダンパ音の波形データは、音の延長効果や弦の共鳴効果など、ダンパ操作によって生じる効果(響き成分)を表すものである。このダンパ音の波形データも、アタック部とループ部からなる波形データに加工され、波形メモリ21に記憶される。電子ピアノ1でダンパ音を鳴らすときには、指示された音高(ノート)の通常のピアノ音の波形データと、それに対応するダンパ音の波形データを加算合成することで、ダンパ音(ダンパオン状態のピアノ音)を再生する。
【0041】
電子ピアノ1においてCPU10が実行するノートオンイベント処理の一例について説明する。図6は、CPU10が実行するノートオンイベント処理作の手順の一例である。ここでは、1つの鍵の押鍵操作に応じた1つの楽音の発音を指示するノートオンイベントについて説明する。また、図7は、図6のノートオンイベント処理で参照する音色データのデータ構成の一例を示す図である。このデータは、電子ピアノ1の適宜のメモリ(フラッシュメモリ11又はRAM12)に記憶される。
【0042】
図7において、符号40で示す通り、複数Ntc個の音色データ1、2・・・Ntcが用意されており、演奏者はその中から使用する音色(カレント音色)をパネル操作子(操作子13)により選択できる。1つの音色データには、当該音色の発音を制御するための制御データ41として、音色を特定するデータ等を含むヘッダ部、波形読み出し制御データ、音色変化制御データ、音量変化制御データ、ダンパ音制御データ、およびその他制御データが含まれる。音色変化制御データ、音量変化制御データ、ダンパ音制御データ、およびその他制御データは、後述する発音チャンネルに各種パラメータの値を設定するためのデータである。波形読み出し制御データには、符号42で示す通り、リージョン管理データと、複数のリージョンのそれぞれに対応して、各リージョンで用いる通常音とダンパ音の各1組の波形データの読み出しに関する情報であるデータセット1、2・・・Ndsが含まれる。
【0043】
1つのリージョンに対応するデータセットには、符号43で示す通り、ピアノ音(ダンパオフ状態)に関するLch用データ、Cch用データ、Rch用データ、およびSch用データと、ダンパ音に関するD‐Lch用データ、D‐Cch用データ、D‐Rch用データ、およびD‐Sch用データがある。各ch用データは、符号44で示す通り、波形メモリ21に記憶された対応する波形データ(アタック部+ループ部)の元になった波形データがサンプリングされたときのオリジナルピッチ(音高)を示すデータ(OP)と、その波形データのアタック部の先頭のアドレスを示す波形開始アドレス(WS)と、そのアタック部に続くループ部の先頭のアドレスを示すループ先頭アドレス(LS)と、波そのループ部の末尾(繰返し読み出しの末尾)のサンプル点データが記憶されたアドレスを示すループ末尾アドレス(LE)が格納されている。
【0044】
演奏者により1つの鍵が押鍵操作されると、該押鍵操作に対応するノートオンイベントデータが発生される。ノートオンイベントデータは、発音開始を指示するノートオンデータと、発音すべき音高を示すノートナンバデータと、および押鍵速度に応じた音量ベロシティを示すベロシティデータを含む。ノートオンイベントデータは、例えばMIDI(「Musical Instrument Digital Iterface」)規格に準拠したデータであって、ノートナンバデータは発音すべき音高(ノート)を0〜127までの128段階の数値で表現し、また、ベロシティデータは押鍵の強さ(ベロシティ)を0〜127までの128段階の数値で表現するものである。
【0045】
ステップS1において、CPU10は、カレント音色のリージョン管理データと前記発生されたノートオンイベントデータに含まれるノートナンバデータ及びベロシティデータに基づき「リージョン」を判定する。具体的には、リージョン管理データによって、ノートナンバの値(0〜127までの128段階の数値)とベロシティの値(0〜127までの128段階の数値)がそれぞれ相互に重複しない複数の区間(リージョン)に区分けされており、図7の符号42に示す通り、複数のリージョンに対応して複数のデータセット1〜Ndsが用意されている。すなわち、各リージョンは1つのデータセットに対応しており、そのデータセットには、そのリージョン(音域や打鍵強弱(ベロシティ)の範囲)に応じて異なる波形データを読み出すために必要な各種データが記憶されている。当該ステップS1においてノートオンイベントデータに含まるノートナンバデータ及びベロシティデータに基づき「リージョン」を判定することで、ノートナンバデータに対応する音域、およびベロシティデータに対応する打鍵強弱(ベロシティ)範囲に対応する波形データのデータセットを発音に用いるのに必要とされるデータセットが指定される。なお、リージョン管理データは音色ごとであり、ノートナンバやベロシティの値の変化範囲内に設定されるリージョンの総数や、その各リージョンの範囲は、各音色ごとに独立である。
【0046】
ステップS2において、CPU10は、前記判定されたリージョンに対応する波形データのデータセットの1チャンネルずつの波形データを、音源部20(波形読み出し及び補間部22)の複数の発音チャンネルの1つずつに割り当てる。ここで、押鍵時にダンパペダルが操作されていない(ダンパオフ)ならば、Lch用、Cch用、Rch用、およびSch用の4チャンネル波形データを4つの発音チャンネルにそれぞれ割り当てる。また、押鍵時にダンパペダルが操作された状態(ダンパオン)ならば、前記Lch用、Cch用、Rch用、およびSch用の4チャンネルの波形データに加えて、D−Lch用、D−Cch用、D−Rch用、およびD−Sch用の4チャンネルのダンパ音の波形データも読み出すので、1つの楽音につき8チャンネルの波形データを8つの発音チャンネルに割り当てる。
【0047】
ステップS3において、CPU10は、前記ステップS2で4チャンネルの通常音の波形データが割り当てられた4つの発音チャンネルに発音用のパラメータを設定し、さらに、ダンパ音も発音をする場合には、前記ステップS2で4チャンネルのダンパ音の波形データが割り当てられた4つの発音チャンネルに発音用のパラメータを設定する。ここで、各発音チャンネルに設定されるパラメータは、波形データの読み出し用のパラメータ、音色変化のパラメータ、音量変化のパラメータ、出力系統ごとのレベルパラメータなどである。
具体的に、通常音の波形データが割り当てられた各発音チャンネルについては、まず、波形データ読み出し用のパラメータとして、ステップS1で指定されたデータセット中の通常音の対応するチャンネルの波形データの波形開始アドレスWS、ループ先頭アドレスLS、ループ末尾アドレスLEを設定するとともに、ノートナンバの値とオリジナルピッチOPとの差に基づく波形データの読み出し速度(Fナンバ)を設定する。次に、音色変化のパラメータとして、カレント音色の音色変化制御データに基づいて、音色変化を制御するためのパラメータ(フィルタエンベロープのパラメータなど)の値を設定する。また、カレント音色の音量変化制御データに基づいて、音量変化を制御するためのパラメータ(振幅エンベロープのパラメータなど)の値を設定する。さらに、対応する信号処理チャンネルのみに楽音信号を出力するよう、各出力系統のレベルを制御するパラメータを設定する。Lch用の波形データが割り当てられた発音チャンネルであれば、Lchに対応した信号処理チャンネルへの出力レベルを所定レベルに設定し、その他の出力レベルをゼロに設定する。他のCch用、Rch用、Sch用の波形データが割り当てれた発音チャンネルも同様に設定される。
一方、ダンパ音の波形データが割り当てられた各発音チャンネルについては、まず、波形データ読み出し用のパラメータとして、ステップS1で指定されたデータセット中のダンパ音の対応するチャンネルの波形データの波形開始アドレスWS、ループ先頭アドレスLS、ループ末尾アドレスLEを設定するとともに、ノートナンバの値とオリジナルピッチOPとの差に基づく波形データの読み出し速度(Fナンバ)を設定する。次に、音色変化と音量変化のパラメータとして、カレント音色のダンパ音制御データに基づいて、音色変化と音量変化を制御するためのパラメータの値を設定する。さらに、対応する信号処理チャンネルのみに楽音信号を出力するよう、各出力系統のレベルを制御するパラメータを設定する。
【0048】
ステップS4にいて、CPU10は、音源部20に対して前記ステップS2で波形データを割り当てた全ての発音チャンネルに発音開始を指示する。各発音チャンネルではそれぞれ波形メモリ中のパラメータWS、LS、LEでアドレス指定される波形データに基づく楽音信号が形成される。すなわち、波形読み出し補間部22は、波形開始アドレスWSを初期値としてFナンバに応じた速度で進行し、かつ、ループ末尾アドレスLEまで達したらループ先頭アドレスにジャンプするアドレス信号に従い、波形データのアタック部を一通り読み出した後、ループ部を繰り返し読み出す処理を行う。読み出し速度(Fナンバ)は、ノートオンイベントにより発音指示された音高(ノート)と、当該発音チャンネルに割り当てられた波形データのオリジナルピッチOPの差(セント単位)に応じた速度に設定されているので、波形メモリに記憶されている該波形データは、読み出され補間される過程で、発音指示された音高の楽音信号となるようピッチシフトされる。ここでの波形メモリの読み出し方式は、一定のサンプリング周期に同期したピッチ非同期方式であるが、本発明はピッチ同期方式でも実現できる。
【0049】
各発音チャンネルにおいて、上記の動作により、各サンプリング周期毎に読み出されサンプル間補間された波形データは、前記ステップS3で設定された音色変化のパラメータや音量変化のパラメータに基づき、特性制御部23において周波数特性や振幅特性が制御され、楽音信号としてミキサ部24に出力される。そして、ミキサ部24では、各サンプリング周期ごとに、各発音チャンネルの楽音信号が、設定されたレベルパラメータに基づいて4つの各系統ごとにレベル制御され、さらに4つの各系統ごとに累算され、4つの信号処理チャンネルの波形データとして出力される。そして、ミキサ部から出力された4つの信号処理チャンネルの各波形データがDAC25を介してアナログ音響信号に変換され、アンプ15により所定のゲイン値で増幅されてから、Lch用、Cch用、Rch用、およびSch用の4チャンネルの波形データに対応するLch、Cch、Rch、およびSchの4つのスピーカ16(図1において符号4a〜4d)に供給される。
【0050】
以上をまとめると、ダンパ音を発音しない場合(ダンパオフ)は、1つの押鍵に応じて、音源部20の4つの発音チャンネルに割り当てられ、その4つの発音チャンネルで通常音の4チャンネルの波形データに基づいて4つの楽音信号が形成され、それぞれ4つの信号処理チャンネルの対応する1つを介して出力される。4つの信号処理チャンネルの波形データは、アナログ信号に変換され電力増幅されて、対応する4つのチャンネルのスピーカに供給される。
また、ダンパ音を発音する場合(ダンパオン)は、1つの押鍵に応じて、音源部20の8つの発音チャンネルに割り当てられ、そのうちの4つの発音チャンネルで通常音の4チャンネルの波形データに基づいて4つの楽音信号が形成され、また、残りの4つの発音チャンネルでダンパ音の4チャンネルの波形データに基づいて4つの波形信号が形成され、形成された計8つの楽音信号は、それぞれ4つの信号処理チャンネルの対応する1つを介して出力される。4つの信号処理チャンネルの波形データは、アナログ信号に変換され電力増幅されて、対応する4つのチャンネルのスピーカに供給される。
【0051】
これにより、電子ピアノ1の手前側において鍵盤2に対して略平行に並べて配置されたLchスピーカ4a、Cchスピーカ4b、およびRchスピーカ4cからは、グランドピアノ30の手前側のダンパ上方付近に配置された3つのマイク31a〜31cにより「オンマイク」のマイク設定で録音された「弦と響板で発する音」に対応する楽音信号(電子ピアノ1の演奏音)が発音され、グランドピアノのピアノ音が持つ横方向の空間性がリアルに再現される。ここで、Lch、Cch、およびRchの各スピーカ4a〜4cから再生される各楽音信号は、演奏者の位置で聴こえるピアノのうちで一番大きい割合を占めるピアノからの直接音に相当し、弦の振動音や響板の共鳴音、ハンマが打弦するときのノイズ音などが含まれる。それらの音が、各サンプリング箇所において高品質で録音した波形データに基づいて再生される。さらに、鍵盤2(演奏者の位置)から遠い奥側に配置されたSchスピーカ4dからは、グランドピアノ30の奥に配置されたマイク31dにより「オンマイク」のマイク設定で録音された「ピアノの奥の位置で弦と響板が発する中低音域の音」に対応する楽音信号が発音されるので、中低域弦の音の奥行き方向の広がり感を再現することができる。また、Schスピーカ4dにより電子ピアノ1の演奏音に奥行き方向の広がりを与えることで、ダンパ音の響きをリアルに再現できる。
すなわち、この実施例にかかる電子ピアノ1においては、鍵盤2に対して奥行き方向に広がる面を持つ筐体3の上面の手前側に配置された3つのスピーカ4a〜4c、および奥に配置されたスピーカ4dという筐体3の上面に分散して配置されたスピーカ4a〜4dのそれぞれから、それぞれに対応する位置でピックアップされた波形データを再生することで、全体として、グランドピアノの音が持つ空間的広がり、すなわち演奏者に対して奥行き方向に広がる響板を面で鳴らす雰囲気や、奥行き感などグランドピアノの音響特性をリアルに再現することができ、特に、演奏者の位置で聴取したときのグランドピアノ音を、極めてリアルに再現することができるという優れた効果を奏する。
【0052】
なお、電子ピアノ1の手前側に並べて配置された3つのスピーカ4a,4bおよび4cの相互間隔は、対応するマイク31a、31b、およびマイク31dの配置間隔よりも、左右方向に広げてもよい。図1に示す電子ピアノ1では、左側及び右側に配置されたスピーカ4aとスピーカ4cが、それぞれ左右方向に間隔を広げて(つまり電子ピアノ1の外側寄りに)配置される。このように、演奏者に対して3つのスピーカ4a,4bおよび4cの配置幅を左右方向に広げることで、該演奏者の位置で聞こえるピアノ音のステレオ感を強調することができる。また、奥に配置されたSchスピーカ4dは、対応するマイク31dの配置箇所に比べると、演奏者に対して手前寄りに配置されるが、十分な奥行き感を再生音に提供する。奥に配置されたSchスピーカ4dに対応するSch用波形データの再生を、手前側のLchスピーカ4a,Cchスピーカ4bおよびRchスピーカ4cの発音よりも若干遅延させることで、より一層奥行き感を更に強調することもできる。例えば、波形メモリ21においてSch用波形データのデータ本体の先頭が記憶されるアドレスを、他の3つのチャンネルの波形データの波形開始アドレスWSよりも若干後にずらすことにより、1組となる他の3チャンネルよりもSch用波形データの読み出しを遅延させることができる。
【0053】
また、上記実施例では、電子ピアノ1において手前側に並べて配置された3つのスピーカ4a〜4cと、奥に配置された1つのスピーカ4dの4チャンネルスピーカを備え、波形メモリ21には該4chスピーカに対応して4chで1組の波形データセットが記憶され、その波形データの録音時には所定の4箇所にマイクを配置する(4点でサンプリングする)例について説明したが、スピーカ数、波形メモリ21に記憶される1つの楽音に対応する波形データのチャンネル数、および該波形データのチャンネル数に対応する波形データ録音時のマイク配置数は、実施例のものに限らず、電子ピアノ1の手前側に3つ以上のスピーカを並べて配置し、奥に少なくともも1つのスピーカを配置し、波形メモリにそれら各スピーカに対応するサンプリング箇所でサンプリグした複数チャンネルの波形データセットを記憶させる構成であれば、上記と同様な効果を得ることができる。
【0054】
また、上記実施例では、波形メモリ21には、複数個の鍵からなる鍵域(リージョン)ごとに4チャンネルの波形データのセットを記憶したが、1つの鍵毎に88鍵の1つずつに対応して4チャンネルの波形データのセットを記憶してもよい。また、上記実施例では、波形メモリ21に記憶させる各波形データは、マイクで録音された波形データ(全波形)そのものではなく、その波形データを加工して作成されたアタック部とそれに続くループ部からなる波形データであったが、加工する前の楽音の立ち上がり部(発音開始)から立ち下がり部(発音終了)までの全波形の波形データを記憶するようにしてもよい。その場合、音源部20の発音チャンネルにおける楽音生成で、波形読み出し及び補間部22が、その波形データの立ち上がり部から立ち下がり分までを一通り読み出すようにすればよい。また、波形メモリ21に記憶する波形データの符号化方式は、前述のPCM方式に限らず、従来から知られる適宜の符号化方式を用いてよい。
【0055】
また、上記実施例では、グランドピアノの音色用の波形データをサンプリングする例について説明したが、図1の電子ピアノ1で用いる他の音色(例えばハープシコードなど)用の波形データをサンプリングするときにも、本発明の技術思想に従い、所定の複数のサンプリング箇所において「オンマイク」のマイク設定で波形データを録音するようにしてもよい。つまり、本発明において、サンプリングする自然楽器は、鍵盤を備えておりその各鍵に対応した弦で発音を行う楽器であれば、グランドピアノ以外であってもよい。例えば、チェンバロやフォルテピアノなどでもよい。
【符号の説明】
【0056】
1 電子ピアノ、2 鍵盤、3 筐体、4a,4b,4c,および4d スピーカ、10 CPU、11 フラッシュメモリ、12 RAM、13 操作子、14 表示器、15 アンプ、16 スピーカ、20 音源部、21 波形メモリ、22 波形読み出し及び補間部、23 特性制御部、24 ミキサ部、25 DA変換部、30 グランドピアノ、31a,31b,31cおよび31d マイク、32 鍵盤、33 マルチトラックレコーダ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の鍵からなる鍵盤と、
前記鍵盤が手前側に配置され、該鍵盤に対して奥行き方向に広がる面を持つ筐体と、
前記筐体の上面に配置された複数のスピーカであって、前記鍵盤の近傍に配置された第1スピーカと、該第1スピーカから見て該筐体の奥に配置された第2スピーカと、
1つの楽音について収音する収音手段の数に対応したチャンネル数分の波形データを有する波形データセットを記憶した波形メモリであって、前記波形データセットは、それぞれ演奏操作に応じて振動を発生する複数の弦と該弦の振動を止めるダンパとを有し、前記複数の弦のうち低音域の複数の弦と中音域の弦とが交差するように配置されたグランドピアノ型の自然楽器において、前記ダンパ上方の位置に配置された第1収音手段で録音された第1波形データと、前記低音域の複数の弦と前記中音域の複数の弦とが交差する位置に配置された第2収音手段で録音された第2波形データとからなるセットであるものと、
前記鍵盤における打鍵操作によって発音指示された1つの楽音に対応する1つの前記波形データセットを前記波形メモリから読み出して、該読み出した波形データセットに基づいて、複数チャンネルの楽音信号を生成する楽音信号生成手段と、
前記楽音信号生成手段により生成された前記複数チャンネルの楽音信号のそれぞれを、前記複数のスピーカのうち各楽音信号の生成に用いた波形データを録音した収音手段の配置位置に対応する位置に配置されたスピーカに供給する供給手段と
を備える電子鍵盤楽器。
【請求項2】
前記波形データメモリに記憶された複数チャンネルの波形データは、それぞれ、前記自然楽器の発音体と前記収音手段の距離を接近させて録音されたものであることを特徴とする請求項1に記載の電子鍵盤楽器。
【請求項3】
前記自然楽器はグランドピアノであることを特徴とする請求項1又は2に記載の電子鍵盤楽器。
【請求項4】
それぞれ演奏操作により振動を発生する複数の弦と、該弦の振動を止めるダンパとを有し、前記複数の弦のうち低音域の複数の弦と中音域の弦とが交差するように配置されたグランドピアノ型の自然楽器の楽音を録音して波形データセットを得る波形データセット取得方法であって、
複数の収音手段を前記自然楽器に対して配置するステップであって、前記ダンパ上方の位置に第1収音手段を配置し、且つ、前記低音域の複数の弦と前記中音域の複数の弦とが交差する位置に第2収音手段を配置するステップと、
前記自然楽器の演奏音を、前記第1収音手段と前記前記第2収音手段とを用いて収音して、それぞれ別個のチャンネルに録音するステップと、
前記録音されたチャンネル毎の演奏音に基づいて、前記第1収音手段により収音された第1波形データと、前記第2収音手段により収音された第2波形データとからなる波形データセットであって、1つの楽音の発音指示に応じて再生されるべき前記第1波形データと前記第2波形データで構成される1つの波形データセットを作成するステップと
を有することを特徴とする波形データセット取得方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−41293(P2013−41293A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−221708(P2012−221708)
【出願日】平成24年10月3日(2012.10.3)
【分割の表示】特願2008−92857(P2008−92857)の分割
【原出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】