説明

電子顕微鏡用標識

【課題】電子顕微鏡で観察可能な標識法を提供すること。
【解決手段】電子顕微鏡法により観察すべき細胞中の標的タンパク質の二次元または三次元情報を得る方法であって、
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと標的タンパク質との融合タンパク質を発現させうるコンストラクトを提供する工程、
該コンストラクトを、該細胞に導入する工程、
該細胞中で該コンストラクトから該融合タンパク質を発現させる工程、
該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと結合する金属を、該細胞に供給することにより、該細胞中にて該融合タンパク質中の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと、該金属とのクラスターを形成させる工程、および、
該細胞を電子顕微鏡により観察する工程、
を含む方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡法により、標的タンパク質の二次元または三次元情報を得る方法および該方法に使用するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
光学顕微鏡法および透過型電子顕微鏡法は、高分解能でタンパク質局在を調べるために一般に用いられている。免疫標識による検出は光学顕微鏡法および電子顕微鏡法についての常套的アプローチである。
【0003】
特定のタンパク質の細胞における超微細構造的局在もまた、免疫電子顕微鏡法により研究されてきた。
【0004】
これまで構造生物学的なアプローチからタンパク質の生理機能を明らかにするため、受容体やチャネルなどの膜タンパク質と、それらに特異的な結合タンパク質の結晶構造解析を行ってきた。しかし、細胞の重要な機能を担っているのは個々のタンパク質ではなく、細胞内での相互作用によりタンパク質が集合した分子複合体であることが判明してきた。例えばアセチルコリン受容体は、特異的な受容体結合タンパク質であるラプシンや細胞内骨格系タンパク質と相互作用し、ポストシナプスで膜タンパク質複合体を形成し、機能している。したがって、細胞の機能を明らかにするためには、個々のタンパク質の研究を行うと共に、分子複合体としてその構造と機能を研究していく必要がある。
【0005】
細胞内に存在する分子複合体の結晶構造解析は非常に困難であることから、現在注目を集めている構造解析法が、電子顕微鏡法の1つである電子線トモグラフィーである。電子線トモグラフィーは、試料内部の情報も得ることができる透過型電子顕微鏡像の利点を生かし、生物試料の三次元構造を高分解能で解析する手法として、研究が行われてきた。しかし、現在のところ電子線トモグラフィーに適用できる分子標識法がないため、巨大で、その形状が特徴的なアクチンフィラメント[非特許文献1]や粗面小胞体、ミトコンドリア[非特許文献2]などが解析されているにすぎない。
【0006】
さらに実際の細胞では、極めて多数の同じサイズの分子が、組織の三次元構造の中に重なっているため、電子線トモグラフィーにおいて細胞内の分子は見えているのに、その分子が何であるのか同定できず、解析できないという状況にある。また、プロテオーム解析が非常に進んだ今日、細胞内のタンパク質間ネットワークが明らかにされてきている。こうしたタンパク質間相互作用が、実際の細胞で起きていることを証明するためには、それらのタンパク質が細胞内において相互作用できる空間配置に存在することが重要である。
【0007】
電子顕微鏡で観察できる確実な分子標識法が開発されれば、解析の対象が巨大構造や繊維状構造など一部に限られることなく、電子線トモグラフィーから得られる膨大な情報「細胞内に存在するすべてのプロテオームの立体構造情報」を十分に生かせるようになる。そして、細胞あるいは組織内部まで、特異的に分子を標識することができるようになり、細胞内におけるタンパク質間ネットワークを検証することも可能になる。
【0008】
現在、電子顕微鏡による生物試料の観察は、化学固定を施した試料の薄切法が主流であるが、電子線トモグラフィーによる試料の三次元再構成法が開発され、最近では生きた状態に非常に近い急速凍結・無染色試料を用いたクライオ電子線トモグラフィーが検討され始めた。そこで最も大きな問題になるのが、細胞内で分子を確実に同定するための標識法である。電子線トモグラフィーでは、試料を傾斜させることにより垂直方向の情報を得て組織の三次元再構成を行うため、試料を通常よりも厚い切片にして観察する。しかし、試料が厚くなれば、染色剤や標識用抗体などが組織内部まで浸透できなくなり、分子の同定が困難になってしまう。
【0009】
また、電子顕微鏡で観察可能なタンパク質の標識法において最も重要な点は、標的分子と標識とが化学量論的に1対1に確定されることである。
【0010】
オワンクラゲで発見された緑色蛍光タンパク質(GFP)およびそのホモログによる遺伝的標識は、光学顕微鏡法による細胞中の目的のタンパク質観察において迅速な進歩をもたらした。かかる蛍光タグは二次的試薬を使用せずに生細胞中での動的プロセスの可視化を可能にする。
【0011】
光学顕微鏡法による生細胞中の1つの分子を観察する能力は近年大幅に進歩しており、かかる技術は細胞生物学における近年の多くの進展において必要なものである。単分子イメージングの顕著な進歩はGFPに基づく遺伝的コード化タグの使用により促進されてきた。GFP融合タンパク質の発現により、生細胞中のタグ付加分子のリアルタイムでの非常に安定した研究が可能となる。かかる研究により、細胞中のタンパク質の動態、局在および相互作用についての重要な知見が示されてきた。
【0012】
一方、高分解能透過型電子顕微鏡法によるタンパク質の検出は、酢酸ウラニルによるネガティブ染色や金コロイドを結合した抗体による免疫標識が一般的であり、電子顕微鏡法によるタンパク質検出を促進する遺伝的コード化タグは未だに開発されていない。
【0013】
電子線トモグラフィーにより、細胞内に存在する生体分子の三次元情報を得ることができるが、大量の同程度のサイズの分子が細胞中には大量に存在するため、特異的標識なしには標的タンパク質を同定することが出来ない。電子顕微鏡法のための常套的薄切切片においては免疫金コロイド標識が利用可能であるが、金コロイド結合抗体は、特異的に標的タンパク質を標識するために、電子線トモグラフィーに用いて三次元情報を得るための厚い切片の内部に浸透することができない。
【0014】
GFPと同様の遺伝的コード化タグがあれば電子顕微鏡法により厚い切片や、凍結切片における特定のタンパク質の同定が可能になるが、電子顕微鏡で検出可能な重金属を遺伝的にコードさせることは不可能である。
【非特許文献1】Kurner J, Medalia O, Linaroudis A A, and Baumeister W (2004) New insights into the structural organization of eukaryotic and prokaryotic cytoskeletons using cryo-electron tomography. Exp. Cell Res. 301: 38-42
【非特許文献2】Csordas G, Renken C, Varnai P, Walter L, Weaver D, Buttle K F, Balla T, Mannella C A, and Hajnoczky G (2006) Structural and functional features and significance of the physical linkage between ER and mitochondria. J. Cell Biol. 174: 915-921
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
これまで何らかの標識を標的タンパク質の遺伝子に組み込む方法で、電子顕微鏡観察を試みた例は全くない。それは電子顕微鏡で高いコントラストで観察できるのは原子散乱因子が大きな原子(ウランや金)であるために、標識として細胞内で発現させることが不可能であったからである。
【0016】
電子線トモグラフィーを含め電子顕微鏡観察において分子を確実に同定するためには、光学顕微鏡における蛍光標識GFPと同様に、観察したいタンパク質の遺伝子に標識の遺伝子を組み込んで融合タンパク質として細胞内で発現し、標的タンパク質の立体構造と生理機能に影響を与えずに100%確実に共存する、電子顕微鏡で観察可能な標識法の開発が必要不可欠である。
【課題を解決するための手段】
【0017】
蛍光標識GFPのように標的タンパク質の遺伝子に組み込んで融合タンパク質として発現できる、電子顕微鏡で観察可能な分子標識法を提供するため、本発明者らは、金属と結合するタンパク質の結合モチーフやアミノ酸残基を標的タンパク質の遺伝子に組み込んで融合タンパク質として発現させ、そこに生体内に存在する金属が結合することにより細胞内で金属クラスターを形成させることができれば、電子顕微鏡で観察可能な分子標識になるのではないかと考え、検討を行った。
【0018】
そこで本発明者らは、標識となる金属クラスターを形成する金属結合タンパク質やペプチド等の遺伝子を、標的タンパク質の遺伝子に組み込んで融合タンパク質として発現させ、そこに細胞内に存在する金属により金属クラスターを形成させることにより、電子顕微鏡で観察できる細胞内分子標識法を開発し、本発明を完成させるに至った。
【0019】
本発明は第一の態様において、電子顕微鏡法により観察すべき細胞中の標的タンパク質の二次元または三次元情報を得る方法であって、
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと標的タンパク質との融合タンパク質を発現させうるコンストラクトを提供する工程、
該コンストラクトを、該細胞に導入する工程、
該細胞中で該コンストラクトから該融合タンパク質を発現させる工程、
該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと結合する金属を、該細胞に供給することにより、該細胞中にて該融合タンパク質中の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと、該金属とのクラスターを形成させる工程、および、
該細胞を電子顕微鏡により観察する工程、
を含む方法を提供する。
【0020】
本発明の第一の態様において、電子顕微鏡法は、好ましくは透過型電子顕微鏡法である。さらに好ましくは、情報は三次元位置情報であり、電子顕微鏡法は透過型電子顕微鏡による電子線トモグラフィーである。
【0021】
本発明は第二の態様において、電子顕微鏡法により観察すべき標的タンパク質を検出する方法であって、
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと標的タンパク質との融合タンパク質を発現させうるコンストラクトを提供する工程、
該コンストラクトを、細胞に導入する工程、
該細胞中で該コンストラクトから該融合タンパク質を発現させる工程、
該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと結合する金属を、該細胞に供給することにより、該細胞中にて該融合タンパク質中の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと、該金属とのクラスターを形成させる工程、
該金属とクラスターを形成している融合タンパク質を含む試料を調製する工程、
該試料に含まれる融合タンパク質を電子顕微鏡により観察する工程、
を含む方法を提供する。
【0022】
本発明の第一および第二の態様において、金属結合タンパク質は好ましくは少なくとも1つのメタロチオネインを含むものであり、例えば、1〜7個のメタロチオネインを含むものであり、さらに好ましくは金属結合タンパク質は、3〜5個のメタロチオネインを含むものであり、3個のメタロチオネインを含むものであるのが特に好ましい。メタロチオネインが複数個である場合には、それらはタンデムに連結されることが好ましい。好ましくは金属は、カドミウムである。
【0023】
また、標的タンパク質は好ましくは、自己集合する性質を有するタンパク質、特に好ましくはホモ多量体を形成するタンパク質である。
【0024】
本発明はまた、第一の態様の方法に使用するためのキットを提供する。即ち、電子顕微鏡法により観察すべき細胞中の標的タンパク質の二次元または三次元情報を得るための、以下を含むキットを提供する:
(1)金属結合タンパク質または金属結合ペプチドをコードする部分を含み、かつ、所望の標的タンパク質が該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドとインフレームに結合することにより、該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと所望の標的タンパク質との融合タンパク質を発現させることが出来る発現カセット、および、
(2)該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドに結合する金属を含む試薬。
【0025】
さらに本発明は、第二の態様の方法に使用するためのキットを提供する。即ち、電子顕微鏡法により観察すべき標的タンパク質を検出するための、以下を含むキットを提供する:
(1)金属結合タンパク質または金属結合ペプチドをコードする部分を含み、かつ、所望の標的タンパク質が該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドとインフレームに結合することにより、該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと所望の標的タンパク質との融合タンパク質を発現させることが出来る発現カセット、および、
(2)該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドに結合する金属を含む試薬。
【0026】
第一および第二の態様の方法に使用するためのキットにおいて、金属結合タンパク質は、3〜5個のメタロチオネインをタンデムに含むものであるのが好ましく、金属はカドミウムであるのが好ましい。
【0027】
本発明はさらに、標的タンパク質と遺伝的に融合して用いられる、金属結合タンパク質または金属結合ペプチドを含む、電子顕微鏡法による標的タンパク質の検出用マーカーを提供する。
【0028】
本発明の検出用マーカーにおいて、金属結合タンパク質または金属結合ペプチドは好ましくは、少なくとも1つのメタロチオネインを含むものであり、例えば、1〜7個のメタロチオネインを含むものであり、さらに好ましくは、3〜5個のメタロチオネインを含むものであり、特に好ましくは、3個のメタロチオネインを含むものである。メタロチオネインが複数個である場合にはそれらはタンデムに連結されることが好ましい。
【発明の効果】
【0029】
本発明の方法は、高い特異性かつ高い親和性の標的タンパク質に対する抗体を必要としないため、免疫金コロイド標識技術に伴ういくつもの制限を克服する。メタロチオネイン融合タンパク質は、タンパク質の高分解能での細胞内分布の研究に以下のような利点をもたらす。第一に、特異性が高く親和性が高い抗体が入手できないタンパク質を遺伝的コード化タグにより標識することが可能である。第二に、標的分子と標識の化学量論比は1:1に近い。第三に、高電子密度重金属が培養中に取り込まれるので、特異性、コントラスト、および分布の変化を引き起こす可能性のある細胞の固定や抗体の透過のための処理を必要とする免疫電子顕微鏡法とは異なり、標識の程度が影響されにくい。本発明の方法による融合タンパク質アプローチでは、電子顕微鏡法のためにその他の標識を用いることなく細胞における標的タンパク質の検出が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明の方法を詳細に説明する。
なお、本明細書および特許請求の範囲において、「金属」または「重金属」とは、単体としての金属のみならず、イオンの形態のものも含まれる。例えば、「カドミウム」という用語には、カドミウムイオンが含まれる。
【0031】
まず、本発明の第一の態様の方法およびキットについて説明する。なお、電子顕微鏡による観察方法については後述する。
【0032】
本発明の第一の態様の方法は、電子顕微鏡法により観察すべき細胞中の標的タンパク質の二次元または三次元情報を得る方法であって、
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと標的タンパク質との融合タンパク質を発現させうるコンストラクトを提供する工程、
該コンストラクトを、該細胞に導入する工程、
該細胞中で該コンストラクトから該融合タンパク質を発現させる工程、
該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと結合する金属を、該細胞に供給することにより、該細胞中にて該融合タンパク質中の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと、該金属とのクラスターを形成させる工程、および、
該細胞を電子顕微鏡により観察する工程、
を含む方法である。
【0033】
細胞は、標的タンパク質を含むものであり、組織を構成する細胞であっても、培養細胞であってもよい。
細胞の種類も特に限定されず、哺乳類細胞などの真核細胞、細菌などの原核細胞のいずれでもよい。
【0034】
標的タンパク質も特に限定されず、細胞中において位置情報や局在を調べたいいずれのタンパク質を標的としてもよい。
【0035】
好ましくは、標的タンパク質は、細胞中の特定の部分に集積して存在するものや、多量体を形成するものである。かかる自己集合する性質を有するタンパク質や、ホモ多量体を形成するタンパク質は、金属結合タンパク質との融合タンパク質とした場合でも、自己集合する性質およびホモ多量体を形成する能力を維持できるものが好ましい。自己集合またはホモ多量体の形成により、金属結合タンパク質または金属結合ペプチドが集合し、その結果として集積した金属によりコントラストが得られる。
【0036】
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと標的タンパク質との融合タンパク質を発現させうるコンストラクトを提供する工程について以下に説明する。
【0037】
金属結合タンパク質または金属ペプチドは、金属と結合するタンパク質またはペプチドであれば特に限定されず、公知の金属結合タンパク質や、タンパク質中の金属結合ドメインなどがいずれも使用できる。
また、金属結合タンパク質または金属ペプチドは、1つの金属結合タンパク質または金属結合ペプチドであってもよいし、2以上の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドを含むものであってもよい。2以上の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドを含む場合、それらはタンデムに連結されていることが好ましい。例えば、2以上の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドを含む場合、1種類のものを2以上タンデムに含むものでもよく、複数の種類のものを組み合わせてタンデムに連結したものでもよい。
【0038】
金属結合タンパク質として好ましいものは、少なくとも1つ、例えば1〜7個のメタロチオネインを含むものであり、さらに好ましくは、3〜5個のメタロチオネインを含むものであり、特に好ましくは、3個のメタロチオネインを含むものである。メタロチオネインが複数個である場合には、それらはタンデムに連結されるのが好ましい。この場合、金属はカドミウムであるのが好ましい。3個のメタロチオネインを含むタグの付加は、標的タンパク質の分子量を20,600のみ増加させるだけであり、これは1分子のGFP(27,000)と同程度である。したがって、GFPタグの付加後も機能や可溶性を維持するタンパク質であれば3個のメタロチオネインを含むタグ付加を適用可能であると考えられる。
【0039】
標識となる金属結合タンパク質が複数のメタロチオネインを含むなどで、その分子量が大きくなった場合、金属結合タンパク質が標的タンパク質の活性や立体構造に影響を与えないことを確認しておくとよい。
【0040】
かかる確認方法としては、金属結合タンパク質と標的タンパク質との融合タンパク質に特異的な蛍光抗体を用いて、光学顕微鏡により認識できる標的タンパク質の局在が、融合タンパク質とすることにより変化していないかを確認する方法が挙げられる。
また、標的タンパク質と相互作用するタンパク質が知られている場合、免疫沈降法により、融合タンパク質が、標的タンパク質の、その相互作用パートナーとの結合能力を維持しているかを確認することができる。
また、融合タンパク質に、さらに、GFPタグを付加して、光学顕微鏡により認識できる標的タンパク質の局在が、融合タンパク質とすることにより変化していないかを確認する方法が挙げられる。
【0041】
標的タンパク質自体の活性や立体構造、また、集積する能力あるいはフォールディングする能力を妨げないように、金属結合タンパク質の大きさを適宜調節するとよい。例えば、金属結合タンパク質が複数のメタロチオネインを含む場合、標的タンパク質の活性や立体構造に影響を与えない範囲で、より多くの金属と結合するように、メタロチオネインの繰り返し数を決定するとよい。
【0042】
メタロチオネインは、公知の金属結合タンパク質であり、そのアミノ酸およびヌクレオチド配列は、GenBank等から入手できる。メタロチオネインは、Cd2+をはじめ、Hg2+、Cu+、Ag+、Pb2+、Cd2+、Ni2+、Zn2+、Co2+、Au+に結合することが知られている。
【0043】
メタロチオネインは野生型のものであってもよいし、1または数個のアミノ酸配列が欠失、置換または付加された、修飾型のメタロチオネインであってもよい。
メタロチオネインにかかる改変を加えることにより、より金属結合能および結合選択性の強い変異体が得られる場合には、それを用いるのがさらに好ましい。かかる改変を加える方法としては、部位特異的突然変異誘発や、紫外線照射、人為的な遺伝子設計などが挙げられる。
【0044】
他に利用可能な金属タンパク質または金属結合ペプチドとしては、例えば、TiやAg+と結合するminiTBP-1(Small Volume 1, 826-832, 2005)、Cd2+と結合するフィトケラチンの合成アナログであるEC20(Biomacromolecules 3, 462-465, 2002)、Tb2+と結合するカルモデュリンフラグメントのCa2+結合サイト(FEBS Lett., 282, 143-146, 1991)、VO2+(バナジン酸イオン)と結合するバナビンなどが挙げられる。これらを用いる場合も、上記と同様に、標的タンパク質の立体構造および生理機能に影響を与えないことをあらかじめ確認することが好ましい。miniTBP-1、EC20、カルモデュリンフラグメントのCa2+結合サイトの配列は、それぞれ上記各論文から入手することが出来る。
【0045】
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと標的タンパク質との融合タンパク質を発現させうるコンストラクトの作製は、当業者に周知の方法により行うことができる。
【0046】
例えば、金属結合タンパク質をコードする遺伝子を、PCRによりクローニングする。同様に、標的タンパク質をコードする遺伝子を、PCRによりクローニングする。そして得られた金属結合タンパク質をコードする断片と、標的タンパク質をコードする断片を、インフレームとなるように連結させ、導入すべき細胞に応じて適宜選択したベクターに組み込むとよい。
【0047】
もちろん、金属結合タンパク質および標的タンパク質をコードする遺伝子を得る方法はPCR法に限定されず、当業者に周知のハイブリダイゼーション技術など、いずれの方法を用いてもよい。
【0048】
ベクターとしては、導入すべき細胞中で、融合タンパク質を発現させることが可能なものであれば特に限定されない。
ベクターは、細菌性のもの(例えばpET vector, Novagen)であってもよいし、ウイルス性のもの(例えばpAd/CMV/V5-DESTTM Gateway(登録商標) vector, Invitrogen)であってもよく、導入すべき細胞に応じて適宜選択すればよい。ベクターは、プロモーターおよびターミネーターを含むものが好ましい。プロモーターとしては、構成的プロモーターであるCMVプロモーター、誘導性プロモーターであるlacプロモーターなどが挙げられる。
【0049】
次に該コンストラクトを、該細胞に導入する工程について説明する。
上記のようにして得られた、融合タンパク質を発現させうるコンストラクトを観察したい細胞に導入する。コンストラクトの導入方法も、当業者に周知のいずれの方法であってもよく、例えば、リポフェクション法が挙げられる。
【0050】
次に該細胞中で該コンストラクトから該融合タンパク質を発現させる工程について説明する。
該コンストラクトが、構成的プロモーターを有するものである場合、該融合タンパク質は特に誘導をかける必要はないが、誘導性プロモーターを有する場合は、細胞に適宜誘導物質を添加する。
【0051】
細胞中で融合タンパク質を効果的に発現するために、細胞の培養条件などを検討し、最適化するのが好ましい。
【0052】
例えば、標的タンパク質が、機能、活性および高次構造を保持するような、培地の組成、培養温度、培養時間を適宜検討する。特に、細胞を培養しながら、培地に金属イオンを添加することにより、細胞中の融合タンパク質と金属とを結合させる場合、金属イオンが細胞の増殖、タンパク質の発現、標的タンパク質の構造や機能に悪影響を与えないように、金属イオン濃度や、金属イオンの存在下で培養する時間を適宜設定する。
【0053】
また、標的タンパク質が自己集合するタンパク質である場合、例えば、多量体を形成するものである場合、標的タンパク質を含む融合タンパク質が、機能的な多量体を形成することが出来るように、適宜培地の組成、培養温度、培養時間を設定する。
【0054】
次に、該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと結合する金属を、該細胞に供給することにより、該細胞中にて該融合タンパク質中の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと、該金属とのクラスターを形成させる工程について説明する。
【0055】
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと結合する金属は、金属結合タンパク質または金属結合ペプチドの種類に応じて変わりうる。金属結合タンパク質が、1種の金属に特異的に結合する場合は、その種の金属を細胞に供給する。金属結合タンパク質が2種以上の金属に結合する場合は、結合特異性が高く、融合タンパク質1分子当たりに結合する原子数が多い金属を選択するのが好ましい。
【0056】
例えば、金属結合タンパク質がメタロチオネインの場合は、Cd2+が好ましいが、他の金属であってもよい。
また、金属結合タンパク質が、miniTBP-1の場合はTiやAg+が好ましく、カルモデュリンフラグメントのCa2+結合サイトの場合はTb2+が好ましく、バナビンの場合はVO2+が好ましい。
【0057】
また、細胞に供給する金属は、良好なコントラストを得るためには電子密度の大きな重金属、例えば、金、水銀、銀、鉛、カドミウム等が好ましい。
【0058】
金属を細胞に供給する方法は、細胞中に金属が導入される限り特に限定されない。例えば、細胞を培養している培地に、金属イオンの水溶液を添加する方法、細胞膜透過性を持つ化合物に金属を結合させる方法、マイクロインジェクションにより金属を直接、細胞内に注入する方法等が挙げられる。
【0059】
そして細胞を電子顕微鏡により観察するが、電子顕微鏡による観察方法については後述する。
【0060】
本発明の第一の態様ではまた、電子顕微鏡法により観察すべき細胞中の標的タンパク質の二次元または三次元情報を得るための、以下を含むキットを提供する:
(1)金属結合タンパク質または金属結合ペプチドをコードする部分を含み、かつ、所望の標的タンパク質が該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドとインフレームに結合することにより、該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと所望の標的タンパク質との融合タンパク質を発現させることが出来る発現カセット、および、
(2)該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドに結合する金属を含む試薬。
【0061】
かかるキットにおける(1)発現カセットは、金属に結合することが知られているタンパク質またはペプチドをコードする遺伝子を必須に含み、該金属結合タンパク質またはペプチドと、所望の標的タンパク質がインフレームに結合して融合タンパク質を発現させることが出来るように、1または複数の制限部位を含むものである。
【0062】
発現カセットは、上記金属結合タンパク質またはペプチドをコードする部分、制限部位の他に、プロモーターを含むものが好ましい。プロモーターとしては、構成的プロモーターであるCMVプロモーター、誘導性プロモーターであるlacプロモーターなどが挙げられる。発現カセットには、所望によりターミネーターも含めてもよい。ターミネーターを含めない場合は、カセットに導入する標的タンパク質をコードする遺伝子にターミネーターを付加しておけばよい。
【0063】
また、発現カセットは、細菌性ベクター、例えばpET vector(Novagen)から作製してもよいし、ウイルス性ベクター、例えばpAd/CMV/V5-DESTTM Gateway(登録商標) vector(Invitrogen)などから作製してもよく、目的に応じて適宜設計すればよい。
【0064】
上記キットにおける(2)該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドに結合する金属を含む試薬は、(1)の発現カセットにコードされる金属結合タンパク質または金属結合ペプチドに結合する金属を含む試薬であれば特に限定されず、金属の種類は金属結合タンパク質または金属結合ペプチドの種類に応じて適宜設定すればよい。
【0065】
例えば、金属結合タンパク質が3〜5個のメタロチオネインを含むものである場合、好ましくは金属はカドミウムである。
【0066】
金属を含む試薬の形態は、所望の金属が細胞に供給されるような形態であれば特に限定されず、例えば、金属イオンと陰イオンの塩を固体または溶液の形態で含んでいるものとすればよい。また、試薬には所望により、緩衝剤などのpHを調節する試薬を含めてもよい。
【0067】
次に、本発明の第二の方法およびキットについて説明する。なお、電子顕微鏡による観察方法については後述する。
【0068】
本発明の第二の態様の方法は、電子顕微鏡法により観察すべき標的タンパク質を検出する方法であって、
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと標的タンパク質との融合タンパク質を発現させうるコンストラクトを提供する工程、
該コンストラクトを、細胞に導入する工程、
該細胞中で該コンストラクトから該融合タンパク質を発現させる工程、
該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと結合する金属を、該細胞に供給することにより、該細胞中にて該融合タンパク質中の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと、該金属とのクラスターを形成させる工程、
該金属とクラスターを形成している融合タンパク質を含む試料を調製する工程、
該試料に含まれる融合タンパク質を電子顕微鏡により観察する工程、
を含む方法である。
【0069】
好ましくは、標的タンパク質は、自己集合する性質を有するタンパク質や、ホモ多量体を形成するタンパク質である。かかるタンパク質は、金属結合タンパク質との融合タンパク質とされた場合でも、自己集合する性質およびホモ多量体を形成する能力を維持しているのが好ましい。自己集合またはホモ多量体の形成により、金属結合タンパク質または金属結合ペプチドも集合するため、多数の金属が集積し、集積した金属による良好なコントラストが得られる。
【0070】
検出する目的は、標的タンパク質の存在自体の有無を検出する目的であっても、標的タンパク自体または標的タンパク質を含む複合体の形態や立体構造を観察する目的であってもよい。
【0071】
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと標的タンパク質との融合タンパク質を発現させうるコンストラクトを提供する工程については上記の第一の態様と同様である。
【0072】
また、該コンストラクトを、該細胞に導入する工程も第一の態様と同様である。
【0073】
該細胞中で該コンストラクトから該融合タンパク質を発現させる工程も第一の態様と同様である。
即ち、該コンストラクトから該融合タンパク質を発現させる際、金属結合タンパク質の存在が、標的タンパク質の立体構造、生理機能に影響を与えないよう適宜条件を設定する。
【0074】
設定すべき条件としては、該コンストラクトを含む宿主細胞が、機能、活性、可溶性を保持した状態で目的タンパク質を発現できる、培養時間、培地組成、培養温度などが挙げられる。また、金属結合タンパク質が標的タンパク質の、フォールディング、集積、固有の構造に影響を与えない条件を設定する。
【0075】
該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと結合する金属を、該細胞に供給することにより、該細胞中にて該融合タンパク質中の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと、該金属とのクラスターを形成させる工程も第一の態様と同様である。
【0076】
該金属とクラスターを形成している融合タンパク質を含む試料を調製する工程について説明する。
【0077】
該金属とクラスターを形成している融合タンパク質を含む試料は、細胞を物理的に破砕することにより得られた細胞破砕液であってよい。しかし、標的タンパク質を効率的に観察するためには、細胞から融合タンパク質を精製するとよい。精製方法は、当業者に周知のいずれの方法を用いてもよく、イオン交換クロマトグラフィーや、ゲルろ過クロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて行ってもよい。
【0078】
また、精製を容易にするために、金属結合タンパク質またはペプチドと標的タンパク質を含む融合タンパク質にさらに、精製用のタグを付加すると、アフィニティークロマトグラフィーによる精製が容易となる。かかるタグとしては、FLAGタグ、Hisタグ、Sタグなどが挙げられる。
【0079】
そして該試料に含まれる融合タンパク質を電子顕微鏡により観察するが、電子顕微鏡による観察方法については後述する。
【0080】
本発明の第二の態様ではまた、電子顕微鏡法により観察すべき標的タンパク質を検出するための、以下を含むキットを提供する:
(1)金属結合タンパク質または金属結合ペプチドをコードする部分を含み、かつ、所望の標的タンパク質が該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドとインフレームに結合することにより、該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと所望の標的タンパク質との融合タンパク質を発現させることが出来る発現カセット、および、
(2)該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドに結合する金属を含む試薬。
【0081】
かかるキットにおける(1)および(2)は、第一の態様と同様である。
【0082】
本発明はさらに、標的タンパク質と遺伝的に融合して用いられる、金属結合タンパク質または金属結合ペプチドを含む、電子顕微鏡法による標的タンパク質の検出用マーカーを提供する。標的タンパク質と金属結合タンパク質または金属結合ペプチドとを遺伝的に融合させるための様々な手法が当業者に公知である。
【0083】
本発明の検出用マーカーは、標的タンパク質を電子顕微鏡法により検出するために使用する限り、上記第一および第二の態様のいずれの方法のために用いてもよく、金属結合タンパク質または金属結合ペプチドは好ましくは、少なくとも1つのメタロチオネインを含むものであり、例えば、1〜7個のメタロチオネインを含むものであり、さらに好ましくは、3〜5個のメタロチオネインを含むものであり、特に好ましくは、3個のメタロチオネインを含むものである。メタロチオネインが複数個である場合にはそれらはタンデムに連結されることが好ましい。かかるマーカーの検出方法は上記の通りである。
【0084】
次に電子顕微鏡による観察方法について説明する。電子顕微鏡法は、透過型電子顕微鏡法および走査型電子顕微鏡法に分けられるが、本発明の方法では、透過型電子顕微鏡法が好適に用いられる。また、観察対象の三次元位置情報または三次元構造情報を得る目的には、電子顕微鏡法が透過型電子顕微鏡による電子線トモグラフィーであるのが好ましい。
【0085】
以下に透過型電子顕微鏡法(以下、電子顕微鏡法と称することもある)について説明する。
【0086】
電子顕微鏡法による方法としては、超薄切片法、凍結超薄切片法、急速凍結固定法、高圧凍結固定法、凍結置換固定法などを用いることができ、所望によりこれらの方法に電子染色法を組み合わせてもよい。
【0087】
本発明の第一の態様においては、観察対象は細胞であるが、電子顕微鏡法において観察するためには、0.3μm未満、例えば、0.05〜0.1μmの細胞の超薄切片を観察する。
【0088】
まず、基本的な電子顕微鏡法により細胞の切片を観察する方法について説明する。
【0089】
もっとも簡単な方法は、常温にて細胞の超薄切片を作成する方法である。かかる方法としては、化学的に前固定および後固定し、脱水後、樹脂で試料を包埋し、樹脂を重合させた後、超薄切して、酢酸ウラニルなどによる電子染色した後に、観察する方法がよく用いられている。しかし、本発明の方法では、後固定および電子染色をしなくても良好なコントラストが得られる。
【0090】
上記方法の他に、脱水や樹脂包埋を行わない凍結超薄切片法を好適に用いることが出来る。この方法では、脱水、樹脂包埋を行わずに凍結後、低温で切片を作成するため、生体に近い状態の切片が観察できる。
【0091】
かかる方法としては、例えば、パラホルムアルデヒド、グルタールアルデヒドなどで化学固定後、氷晶防止剤(ポリビニルピロニドン等)処理し、急速凍結し、凍結超薄切片をクライオミクロトームで作製する方法が挙げられる。また、氷晶防止剤を用いない方法として、急速凍結固定法、高圧凍結固定法などが挙げられ、いずれも本発明の方法に用いることが出来る。
【0092】
以下に、常套の電子顕微鏡法による常温にて細胞の超薄切片を作製する超薄切片法について説明する。組織、細胞観察において超薄切片法は電子顕微鏡法の基礎である。
【0093】
超薄切片法では、試料を、固定した後、エポキシ系樹脂に包埋し、80nm程度の超薄切片を、超薄切用のダイヤモンドナイフを装着したウルトラミクロトームによって得る。
【0094】
1.化学固定
まず、細胞の構造を保存するために一般に化学固定を行う。化学固定に対する概念として、物理固定、すなわち、急速凍結により、瞬時に動きを停止させ、構造を保持する固定方法があるが、その場合、凍結装置が必要である。この方法については後述する。
【0095】
化学固定としては、グルタールアルデヒド/パラホルムアルデヒド(還元剤)による前固定と、四酸化オスミニウム(酸化剤)による二重固定が一般的である。しかし、本発明の方法では、グルタールアルデヒド/パラホルムアルデヒドによる前固定のみで良好に観察できる。もちろん、四酸化オスミニウムによる後固定を行ってもよい。
【0096】
また、固定には灌流固定と浸漬固定があるが、灌流固定においても、前固定液を被験動物に灌流し、組織を培出した後、浸漬固定する。浸漬固定は、例えば、前固定液に2時間、後固定液に1時間試料を浸漬して行う。
【0097】
前固定液の例としては、緩衝液(カコジル酸またはHEPES)にグルタールアルデヒドおよびパラホルムアルデヒドを含む液が挙げられ、後固定液の例としては、緩衝液に四酸化オスミニウムを含む水溶液が挙げられる。化学固定が終わったら、試料を洗浄して脱水する。
【0098】
2.脱水・包埋
次に、試料中の水分をアルコールなどに置換することにより脱水する。脱水には、アルコール、アセトン、ジメチルホルムアミド等を用いることができるが、エタノール濃度の上昇系列が一般に用いられている。100%脱水することが好ましい。
【0099】
脱水後、包埋用樹脂の試料への浸透を促進するために、浸透処理を行う。浸透には、包埋用樹脂と、酸化プロピレンの1:1混合液が好適に用いられる。
【0100】
次に樹脂による包埋を行う。まず、浸透に用いた酸化プロピレンを含んだ樹脂を除いた後、樹脂、好ましくはエポキシ系樹脂で試料を包埋する。例えば、エポキシ系樹脂であれば、35℃で4時間、45℃で12時間、さらに60℃で24時間放置して硬化させる。
【0101】
3.重合
重合には熱重合と光重合があるが、エポキシ系樹脂の熱重合が薄切しやすいために、一般的である。次いで重合させた試料を薄切する。
【0102】
4.薄切
ウルトラミクロトームにより、厚さ80nm程度の超薄切片を作製する。
【0103】
そして、所望により重金属(ウラン、鉛)などにより電子染色後、観察する。本発明の方法では、電子染色を行ってもよいが、行わなくても良好なコントラストが得られる。
【0104】
観察は、試料をグリッド(銅、ニッケル、金、モリブデン製)に載せて行う。
【0105】
次に、試料を凍結により物理固定する方法について説明する。
【0106】
上記の化学固定を行う常套方法では固定液が必要であるが、物理固定では、瞬時に凍らせて急速凍結することにより試料を固定し、凍結してから超薄切片にする。試料を凍結する場合、無氷晶にする必要がある。無氷晶で凍結させる方法の例としては、急速凍結法、高圧凍結法などが挙げられる。また、凍結後、凍結置換固定して超薄切片とする方法もある。急速凍結法では、試料を液体ヘリウムなどにより、10,000℃/秒以上の速度で急速に凍結させる。
【0107】
また、細胞の二次元情報を得る場合には通常の電子顕微鏡法を用いればよいが、三次元立体情報を得るためには、電子線トモグラフィーを用いる。
【0108】
電子線トモグラフィーは電子顕微鏡を用いたコンピュータ断層撮影の1種であり、試料を100nm〜数μm(例えば、300nmや1μm等)の厚さとする。
【0109】
電子線トモグラフィーは通常の温度で行う場合、試料を上記のように固定、包埋後に超薄切片(例えば、300nm)とし、所望により、ウラン、鉛により電子染色してから観察する。本発明の方法では、電子染色を行わなくても良好なコントラストが得られる。
【0110】
凍結切片を用いる電子線トモグラフィー(クライオ電子線トモグラフィー)では、クライオミクロトームで薄切した切片を低温電子顕微鏡で観察する。
【0111】
本発明の第二の態様においては、観察対象はタンパク質そのものである。以下に、透過型電子顕微鏡法によりタンパク質そのものを観察する方法について説明する。
【0112】
まず、通常の電子顕微鏡法では、検出または形態観察の対象であるタンパク質そのものを含む溶液をグリッドに載せて乾燥させればよい。即ち、溶液中の粒子を見る場合、固定包埋は不要である。酢酸ウラニルなどによるネガティブ染色を施してもよいが、本発明の方法ではネガティブ染色を行わなくてもコントラストが得られる。
【0113】
次に低温電子顕微鏡法では、氷包埋法を用いるとよい。氷包埋法は、電子顕微鏡法の急速凍結法の一種であり、試料を急速凍結し、固定/染色を行わずに、極低温、例えば-270℃程度で電子顕微鏡による観察を行う。-270℃程度での電子顕微鏡観察には、液体ヘリウム冷却ステージを備えた極低温電子顕微鏡を用いるとよい。
【0114】
低温電子顕微鏡法では、親水化処理済みグリッドに載せたタンパク質水溶液をそのまま液体窒素で冷却した液化エタンで急速凍結し、非晶質氷に包埋された試料を観察する。薄膜状に形成された非晶質の氷を支持体として、固定も染色も乾燥もしないで観察出来る。
【0115】
本発明の方法では、上記のように、後固定やネガティブ染色を行わなくても良好なコントラストを得ることが出来る。しかし、所望により、他の増感方法を組み合わせて用いてもよい。
【0116】
以下実施例により本発明を詳細に説明する。
【実施例1】
【0117】
初代培養神経細胞におけるポストシナプス肥厚部タンパク質(PSD-95)とメタロチオネイン(MT)との融合タンパク質の電子顕微鏡的分析(MTを融合させたPSD-95の可視化)
本実施例において、電子顕微鏡法によりトランスフェクションされた培養細胞におけるタンパク質の局在を調べるために遺伝的コード化タグを用いた。本発明者らは3つのタンデムなMTのリピート(3MT)に融合したPSD-95(PDS-95-3MT)を、Cd2+の存在下で培養したCOS7細胞から精製した。PSD-95-3MTは電子顕微鏡法により黒色粒子として検出された。PSD-95-3MTの細胞内局在を可視化するために、この融合タンパク質をコードする発現コンストラクトを初代培養神経細胞にトランスフェクションし、その後培地にCd2+を添加した。Cd2+結合PSD-95-3MTの細胞内蓄積により、電子顕微鏡像において良好なコントラストが得られた。遺伝的に融合された3MTタグが標的タンパク質の局在および/または機能に影響を及ぼしているかを調べたところ、本発明者らは、3MTのPSD-95への融合はそのポストシナプス肥厚部(PSD)への局在、その既知の結合パートナーとの相互作用のいずれも変化させないことを見いだした。これらの結果は、Cd2+を配位する3MTは、電子顕微鏡法によるタンパク質局在研究のための価値ある遺伝的コード化タグであることを示す。
【0118】
PSDに存在するPSD-95は、いくつかのタンパク質相互作用ドメインを持つ足場タンパク質ファミリーのメンバーである。PSD-95は多数のタンパク質とPSDにてクラスター形成し、それらをアンカーすると推定されており、かかるタンパク質としては、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体が挙げられる[Sheng M & Pak D T (2000) Ligand-gated ion channel interactions with cytoskeletal and signaling proteins. Annu Rev Physiol 62: 755-778]。PSD-95遺伝子をノックダウンされたマウスは機能的なNMDA受容体を保持しているが、長期増強の異常と学習障害を起こすことが示された[Migaud M, Charlesworth P, Dempster M, Webster L C, Watabe A M, Makhinson M, He Y, Ramsay M F, Morris R G, Morrison J H, O'Dell T J & Grant S G (1998) Enhanced long-term potentiation and impaired learning in mice with mutant postsynaptic density-95 protein. Nature 396: 433-439]。したがってPSD-95の機能の一つは、シナプス可塑性の機構に寄与する細胞内シグナル伝達タンパク質とNMDA受容体とを共役させることである [Tomita S, Nicoll R A & Bredt D S (2001) PDZ protein interactions regulating glutamate receptor function and plasticity. J Cell Biol 153: F19-24]。PSD-95の詳細な細胞内分布が明らかになれば、シナプス可塑性機構の理解の助けとなるであろう。
【0119】
材料および方法
細胞培養
COS7細胞は10%ウシ胎児血清を追加したDMEM培地に培養した。トランスフェクションの1日前、細胞を100mmペトリ皿に播種した。トランスフェクション時の細胞密度はは80-90%であった。
神経細胞は胎生19日目のラット(Sprague-Dawley ; Japan SLC,Japan)の脳(海馬領域)から調製した。摘出した海馬をトリプシン処理およびピペッティングにより単離した。細胞懸濁液をポリ-L-リジンおよびラミニン-被覆15mm円形カバーグラスに、アデノウイルス形質導入用には2.5x104/cm2で、リポフェクション用には6x104/cm2で播種した。神経細胞はグルタミン酸、B-27(Invitrogen)、GlutaMAXTM(Invitrogen)、ペニシリン、およびストレプトマイシンを追加したNeurobasal培地(Invitrogen)に、5%CO2を含む加湿環境にて培養した。播種の2日後、アラビノシドCを培地に添加してグリア細胞増殖を阻害した。播種の3日後、培地をB-27、GlutaMAX、ペニシリンおよびストレプトマイシンを追加したNeurobasal培地に交換した。その後、培地を週に一度交換した。
【0120】
クローニングおよびプラスミド構築
pcDNA3.1(-)に組み込まれた全長マウスPSD-95ならびにpcDNA3.1(+)に組み込まれたShaker型カリウムチャネル(Kv1.4)およびc-Mycタグ付加NR2B(NMDA受容体のサブユニット)遺伝子は、今村文昭博士(エール大学)および藤吉好則教授(京都大学)から譲り受けた。c-Mycタグ(EQKLISEEDL)は、NR2Bのアミノ酸残基27および28の間に挿入されていた。pCR2.1に組み込まれた全長マウス神経細胞一酸化窒素合成酵素(nNOS)遺伝子は、小倉勤博士(国立がんセンター研究所)から譲り受けた。
【0121】
PSD-95のcDNAは以下の制限酵素切断部位を付加した特異的プライマー対を用いて増幅した: 5'-TAG CTA GCA TGG ACT GTC TCT GTA TAG TG-3'(配列番号1)および、5'-TAC TCG AGC CTA GGG AGT CTC TCT CGG GCT GGG A-3'(配列番号2)。増幅断片をpET21bのNheIおよびXhoI部位にサブクローニングした(PSD-95-pET21b)。同様に、MTIIのcDNAを、マウス腎臓cDNAライブラリー(宝酒造)から、制限酵素切断部位およびFLAGタグを含む以下の特異的プライマー対を用いたPCRによりクローニングした: 5'-ATG CTA GCC CTA GGG GAA TGG ACC CCA ACT GC-3'(配列番号3)および5'-ATC TCG AGC TAC TTG TCG TCG TCA TCC TTG TAG TCA CTA GTA CCG GCA CAG CAG CTG CAC TTG T-3'(配列番号4)。増幅断片をBlnIおよびXhoIで消化し、PSD-95-pET21bの対応する制限部位に挿入し、PSD-95-MT-FLAG-pET21bを得た。
【0122】
PSD-95-2MT-FLAG-pET21bを構築するために、MTの断片をBlnIおよびSpeIによりPSD-95-MT-FLAG-pET21bから切り出し、BlnIで消化しておいたPSD-95-MT-FLAG-pET21bに挿入した。PSD-95-3MT-FLAG-pET21bはこの手順を繰り返すことにより調製した。PSD-95-FLAG-pET21bは、MT断片をBlnIおよびSpeIにより切り出して自己連結させることにより得た。MT-FLAG-pET21bは、PSD-95-3MT-FLAG-pET21b から、PSD-95断片をNheIおよびBlnIにより切り出して自己連結させることにより得た。PSD-95-3MT-FLAG-pET21b、PSD-95-FLAG-pET21b、およびMT-FLAG-pET21bを、NheIおよびXhoIで消化し、インサート配列をpcDNA3.1(-)(Invitrogen)の対応する制限部位に連結した。クローニングおよびプラスミド構築は大腸菌Top10F'株(Invitrogen)にて行った。以下、簡潔に記載するため、PSD-95-3MT-FLAGはPSD-95-3MTと略称する。
【0123】
トランスフェクション
COS7細胞に、発現ベクターを、Lipofectamine 2000を説明書の指示に従って用いてトランスフェクションした。PSD-95および、Kv1.4、NR2BまたはnNOSを1:1の比でトランスフェクションした。培養13-14日目の神経細胞に、pcDNA3.1(-)中のPSD-95-3MT、PSD-95またはMT遺伝子をトランスフェクションした。トランスフェクションの24時間後、CdCl2を培地に濃度20μM(COS7細胞)または5μM(神経細胞)となるように添加した。COS7細胞または神経細胞をさらに19時間培養した後、免疫共沈降または免疫細胞化学に供した。
【0124】
免疫共沈降
COS7細胞をリン酸緩衝食塩水(PBS)で洗浄し、免疫沈降用緩衝液(50mM Tris、pH8.0、150mM NaCl、0.5% NP-40) に再懸濁し、5秒間氷上で超音波処理した。抽出物を40,000gで30分間4℃で遠心した。その結果得られた上清を抗FLAG(登録商標)M2アフィニティーゲル(Sigma、USA) とともに一晩4℃でインキュベートした。その後、ゲルを氷冷免疫沈降バッファーで5回洗浄した。結合したタンパク質をドデシル硫酸ナトリウム(SDS)サンプルバッファーで溶出し、5分間煮沸した。タンパク質をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)により分離した。電気泳動の後、タンパク質サンプルをセミドライエレクトロブロッティングによりニトロセルロースにトランスファーした。イムノブロットを以下の一次抗体で標識し: ウサギ抗FLAG抗体(1:500、Affinity BioReagents、USA); ウサギ抗Kv1.4抗体(1:2,000、Chemicon、USA); ウサギ抗nNOS抗体(1:2,000、BD Transduction Laboratory、USA);マウス抗Myc抗体(1:200、Santa Cruz Biotechnology、USA)、そしてアルカリ性ホスファターゼ結合二次抗体および発色基質を用いて可視化した。
【0125】
PSD-95-3MTタンパク質の精製
細胞を10μg/mL DNase、10μg/mL RNaseおよび1タブレット/100mL complete protease inhibitor cocktail(Roche、Germany)を含有するTris緩衝液(50mM Tris-HCl、150mM NaCl、pH7.4)に懸濁し、超音波処理により破砕した。細胞破砕液を4℃で1時間インキュベートし、10,000gで1時間4℃で遠心した。可溶性画分をTris緩衝液で平衡化した抗FLAG M2アフィニティーカラム(Sigma)にかけた。カラムを10カラム体積のTris緩衝液で洗浄し、タンパク質を100mM グリシン、150mM NaCl(pH3.5)で溶出した。溶出液を0.5M Tris-HCl(pH8.0)の添加によりすぐに中和した。次いで、タンパク質をvivaspin100(VIVASCIENCE、Germany)を用いて0.05μg/mLに濃縮した。
【0126】
金属含量の分析
精製タンパク質溶液中のカドミウム濃度を、沖エンジニアリング株式会社によりICP発光分光分析法を用いて測定した。タンパク質濃度は牛血清アルブミン(BSA)を標準として用いてSDS-PAGEゲル上でクーマシーブリリアントブルーにより染色したバンドの濃度を定量、比較することにより測定した。
【0127】
アデノウイルス構築および形質導入
PSD-95-3MTの発現コンストラクト(pAdPSD-95-3MT)を含むアデノウイルスをViraPower Adenovirus Expression System(Invitrogen)により説明書の指示に従って調製した。簡単に説明すると、PSD-95-3MTをpENTER Directional TOPOクローニングキット(Invitrogen)を用いてpENTER/D-TOPOベクターにサブクローニングした。次にcDNAインサートをLR Clonaseを用いたGateway systemによりpAd/CMV/V5-DESTベクターに移した。プラスミドを精製し、PacI(New England Biolabs、USA)で消化した。直鎖化したプラスミドをOpti-MEM培地中でLipofectamine2000と混合し、サブコンフルエントな293A細胞にトランスフェクションした。次いで293A細胞を10%ウシ胎児血清を含有するDMEM中で1-2週間培養し、培地を1日おきに交換した。ほとんどの細胞がプレートから剥離したら、細胞および培地を共に収集し、2回凍結融解し、遠心して、アデノウイルスが濃縮された上清を得た。この上清のアリコットを新たな293A細胞に添加し、23日間培養してアデノウイルスを増幅させた。第二ラウンドの増幅の後、結果として得られたアデノウイルス-含有培地をウイルスストックとして用いた。ウイルス力価は50%感染価(tissue culture infection dose)(TCID50=4.4x107)を算出することにより決定した。
【0128】
アデノウイルス含有培地のアリコットを培養9日目の初代培養神経細胞に添加した。ウイルス添加3日後、CdCl2を培地に5μMとなるように添加した。細胞を19時間インキュベートした後、免疫細胞化学または電子顕微鏡法のために固定した。
【0129】
免疫細胞化学
神経細胞を4%パラホルムアルデヒド/PBSで20分間固定し、10mMグリシン/PBSによりクエンチし、0.5% NP-40/PBSを用いて5分間室温で透過処理した。シナプトフィジンを検出するためには、神経細胞をパラホルムアルデヒドではなく-20℃で10分間メタノール処理した。さらに1% BSA、10%ヤギ血清および0.5% Triton X-100/PBSで1時間ブロッキングし、一晩4℃で以下の一次抗体のいずれかとともにインキュベートした: 1:2,000希釈のウサギ 抗FLAG抗体(Affinity BioReagents、USA); 1:1,000希釈のマウス モノクローナル抗シナプトフィジン抗体 (Sigma);または1:1,000希釈のウサギ ポリクローナル抗MT抗体(Transgenic、Japan)。細胞を3回PBSで洗浄した後、細胞をAlexa488結合二次抗体(1:500、Molecular Probes、USA)またはAlexa543結合二次抗体(1:500、Molecular Probes)とともに1時間インキュベートした。細胞を次いでPBSで3回洗浄し、Vectashield(Vector、USA)で封入した。神経細胞をLSM510 共焦点レーザースキャン顕微鏡(Carl Zeiss、Germany)を用いて観察した。
【0130】
生存率の評価
細胞生存率をカルセインおよびヨウ化プロピジウム(PI)二重染色キットである、Cellstain(Dojindo、Japan)を用いて評価した。培地にCd2+を添加した後、COS7細胞および初代培養神経細胞をCellstain 二重染色キットを用いて説明書の指示に従って染色した。カルセイン(0.25μM)およびPI(0.5μM)濃度を最適化した。カルセインで染色される生細胞の数、およびPIで染色される死細胞の数を計数した。
【0131】
透過型電子顕微鏡法
コロジオン膜を貼り付けた銅グリッドにカーボンを蒸着し、グロー放電による親水化処理した直後に、精製タンパク質をグリッドに載せ、水中で洗浄した。グリッドを2%酢酸ウラニルでネガティブ染色するか、あるいは水中で洗浄した。各工程において過剰の溶液は濾紙により除いた。乾燥グリッドを加速電圧100kVに調整したJEM-2010電子顕微鏡(JEOL、Japan)により15,000倍にて観察した。画像はCCDカメラ(TVIPS、Germany)を用いて得、8-bit画像として記録した。
【0132】
神経細胞を2%パラホルムアルデヒド/2.5%グルタールアルデヒド/30mM HEPES緩衝液(pH7.2)で2時間固定し、四酸化オスミニウムによって後固定を行った。固定した後、神経細胞を10分間洗浄し、次いで段階的に濃度を上げたエタノール(50%エタノール:10分間、70%エタノール:10分間、80%エタノール:10分間、90%エタノール:10分間、100%無水エタノール2回、各回それぞれ10分間)により脱水した。神経細胞を酸化プロピレンに10分間浸漬し、次いでEpon 812/酸化プロピレン(1:1)中に18時間浸漬した。神経細胞を次に100% Epon 812に移し、6時間後、プログラムオーブン中で重合させた。80nmの厚さの超薄切片をウルトラミクロトーム EM UC-6(Leica Microsystems、Germany)で切り出し、銅グリッド上に集めて、酢酸ウラニルおよびクエン酸鉛で電子染色した。無染色サンプルは、四酸化オスミウムによる後固定と、酢酸ウラニルおよびクエン酸鉛による電子染色を行わなかった。乾燥グリッド上の細胞を加速電圧200kVに調整した電子顕微鏡を用いて20,000倍で観察した。画像はCCDカメラ(TVIPS)を用いて取得し、8-bit画像として記録した。
【0133】
結果
COS7細胞におけるCd2+の細胞毒性およびPSD-95-3MTの発現
電子顕微鏡法によりMT融合標的タンパク質を検出するために、細胞を重金属イオンとともにインキュベートした。MTはAg+、Cd2+、Cu+、Hg2+、およびZn2+などのいくつかの重金属イオンに結合する[Nielson K B, Atkin C L & Winge D R (1985) Distinct metal-binding configurations in metallothionein. J Biol Chem 260: 5342-5350]。50μM AgNO3または80μM HgCl2を培地に添加したところ、Ag+またはHg2+はMTに結合しなかった(データ未公開)。しかし、20μM CdCl2を添加したところ、Cd2+はMTに特異的に結合した。
【0134】
Cd2+は強力な細胞毒であり、ネクローシスおよびアポトーシスの両方の細胞死を促す可能性がある[Nielson K B, Atkin C L & Winge D R (1985) Distinct metal-binding configurations in metallothionein. J Biol Chem 260: 5342-5350、Lopez E, Figueroa S, Oset-Gasque M J & Gonzalez M P (2003) Apoptosis and necrosis: two distinct events induced by cadmium in cortical neurons in culture. Br J Pharmacol 138: 901-911]。Cd2+への曝露後の細胞生存率を評価するために、COS7細胞に20または40μMのCdCl2を10、20または30時間暴露した。生細胞の割合は20または40μM CdCl2への曝露の30時間後および40μM CdCl2への曝露の20時間後に低下したが、20μM CdCl2への曝露の20時間後には低下しなかった。COS7細胞から精製されたPSD-95-3MTの金属含量の分析により、PSD-95-3MTは、20μM CdCl2への曝露の20時間後にCd2+に結合することが示された。PSD-95-3MTのcDNAをコードするプラスミドをトランスフェクションされ、20μM CdCl2で処置されたCOS7細胞は、トランスフェクションの2日後にはPSD-95-3MTを発現した(図1)。
【0135】
精製PSD-95-3MTの電子顕微鏡像
精製PSD-95-3MTを電子顕微鏡法により検出するために、COS7細胞にPSD-95-3MTをコードする発現プラスミドをトランスフェクションし、20μM CdCl2を処置した(図2a,cおよびe)。またCdCl2を処置しない細胞をコントロールとした(図2b,dおよびf)。PSD-95-3MTを回収した細胞から抗FLAG M2アフィニティーカラムを用いて精製し(図2aおよびb)、精製PSD-95-3MTを電子顕微鏡により観察した(図2c-f)。精製したタンパク質は酢酸ウラニルでネガティブ染色し、電子顕微鏡で確認した(図2cおよびd)。これら粒子はCdCl2を処置した群においてのみ、無染色サンプルにおいても観察された(図2e)。この結果よりCd2+と結合した精製PSD-95-3MTは電子顕微鏡法により観察可能であることが示された。
【0136】
初代培養神経細胞におけるCd2+の細胞毒性およびPSD-95-3MTの発現
培養13または14日目に、終濃度が5または10μMとなるようにCdCl2を神経細胞の培地に添加し、生細胞の割合をCd2+曝露の10、20または30時間後に算出した。生細胞の割合は10μM CdCl2への曝露の30時間後には低下していたが、5μM CdCl2への曝露の30時間後には有意な低下を示さなかった。CdCl2の処置20時間後の金属含量分析により、Cd2+は5μM CdCl2を処置した細胞からの細胞破砕液に存在しており、細胞中およそ7.5-10μMであることが示された(データ未公開)。それゆえ、本発明者らは、初代培養神経細胞を用いる実験には、5μM CdCl2の20時間未満処置を電子顕微鏡法に好適な試料を得るための条件とした。
【0137】
神経細胞におけるPSD-95-3MTの分布を電子顕微鏡法により調べるために、本発明者らはpAdPSD-95-3MTを担持するアデノウイルス(AdPSD-95-3MT)を神経細胞に形質導入した(図3)。最高の感染効率(およそ65%)は、初代培養神経細胞を1.8x107pfu/mLのAdPSD-95-3MTで感染させた場合に得られ、その他のAdPSD-95-3MTの感染最適条件は、感染を培養9日目で開始し、単離した細胞を2.5x104細胞/cm2で播種し、培養13日目で細胞を固定することであった(データ未公開)。
【0138】
PSD-95-3MTの観察
初代培養神経細胞にAdPSD-95-3MTを形質導入し、5μM CdCl2で19時間処置した後の細胞を、電子顕微鏡で観察した。Cd2+結合PSD-95-3MT(Cd-PSD-95-3MT)由来のコントラストを見逃さないように、これらサンプルをオスミウムおよびウラン・鉛染色は行わなかった。薄切試料の画像はオスミウムおよびウラン・鉛染色をしなかったにもかかわらず細胞が背景に比べ明るく見えたため、細胞の存在を確認することができた(図4a-d)。AdPSD-95-3MTを形質導入され、かつCd2+で処置された神経細胞においてのみ、高電子密度沈着物が存在したが(図4a)、無処置対照(図4b)またはCdCl2処置のみを受けた神経細胞(図4c)、さらに、AdPSD-95-3MTを形質導入されたがCdCl2とともにインキュベートされなかった神経細胞(図4d)においてはこのような高電子密度沈着物は認められなかった。これらの結果から、高電子密度沈着はCd-PSD-95-3MTであると結論される。以上に示されるように、Cd-PSD-95-3MT由来のコントラストが電子顕微鏡で観察することが確認されたので、次にこの高電子密度沈着物の局在場所を確認するために、細胞をオスミウムおよびウラン・鉛染色を行って観察した。無染色の細胞と同様に、高電子密度沈着物は、AdPSD-95-3MTを形質導入され、かつCd2+で処置された細胞においてのみ観察され(図4e)、その局在場所は、プレシナプスの特徴的構造であるシナプス小胞を含むシナプス終末(T)と向き合うポストシナプス(S)であった。
【0139】
PSD-95-3MTの局在および結合能
MTのPSD-95への付加が、この足場タンパク質の機能を阻害するかどうかを調べた。PSD-95はPSDに凝集しており、トランスフェクションされた神経細胞において過剰発現したPSD-95はシナプスに局在していた。同様に、PSD-95-3MTは樹状突起棘上のプレシナプスマーカーであるシナプトフィジンと共に局在していた。シナプスへの局在は、神経細胞がトランスフェクションではなくアデノウイルスを形質導入された場合でも観察された。一方、MTはトランスフェクションされた神経細胞全体に分布していた。したがって、MTのPSD-95への融合はPSD-95のシナプスへのターゲティングを阻害するものではないと結論される。
【0140】
PSD-95はシナプスに存在する多数のタンパク質とも相互作用し、かかるタンパク質としては、NMDA受容体、Kv1.4、およびnNOSが挙げられる。3MTの融合が、PSD-95のこれらタンパク質との相互作用に影響を及ぼすかどうか調べるために、プルダウンアッセイを行った(図5)。図5の左および右列は、COS7細胞からのインプットサンプル(インプット)および免疫沈降(IP)をそれぞれ表す。PSD-95およびPSD-95-3MTは、NR2B(上パネル)、Kv1.4(中パネル)およびnNOS(下パネル)に結合したが、MTはそれらに結合しなかった。それゆえ、これらの結果から、PSD-95の結合能は3MTとの融合により変化しないと結論される。
【0141】
内在性MT
Cd2+は様々な組織においてMT発現を誘導する[Ren X Y, Zhou Y, Zhang J P, Feng W H & Jiao B H (2003) Expression of metallothionein gene at different time in testicular interstitial cells and liver of rats treated with cadmium. World J Gastroenterol 9: 1554-1558、Vasconcelos M H, Tam S C, Hesketh J E, Reid M & Beattie J H (2002) Metal- and tissue-dependent relationship between metallothionein mRNA and protein. Toxicol Appl Pharmacol 182: 91-97]。本実験において、内在性MTの5μM CdCl2による誘導を19時間後に抗MT抗体により染色された細胞を用いて調べた。内在性MTはCdCl2を処置しない神経細胞にはほとんど存在せず(図6a)、5μM CdCl2への曝露19時間後の神経細胞においてみ認められた(図6b)。内在性MTは樹状突起全体にわたって分布していた(図6c)。また24時間のCdCl2処置により誘導される内在性MT発現神経細胞は、48時間処置の時よりも少なかった(図6d)。内在性MTの発現を誘導したにもかかわらず、5μM CdCl2を19時間処置した初代培養神経細胞の電子顕微鏡像には、電子顕微鏡法により観察可能な粒子は生じていなかった(図4b)。本発明者らは、内在性MTはCd2+に結合しうるが、電子顕微鏡観察においてコントラストを与えるに十分に高電子密度ではないと結論する。
【0142】
結論
PDS-95-3MTがCd2+の存在下で、COS7細胞中で合成され、精製され、そして電子顕微鏡法により可視化された。初代培養神経細胞において細胞毒性を誘発しないCdCl2処置の条件が確認された(5μM、19時間処理)。この融合タンパク質はトランスフェクションまたは形質導入された初代海馬神経細胞においてシナプス部位に局在していた。Cd-PSD-95-3MTのシナプスでの蓄積により電子顕微鏡法によるこの融合タンパク質の検出が可能となった。さらに、3MTは神経細胞におけるPSD-95の局在またはその既知の結合パートナーとの相互作用に影響を与えなかった。Cd2+結合3MTは免疫反応に基づく標識が利用できない時に有用なアプローチとして提供され、将来、電子顕微鏡法のための一般的手段の一つになる可能性がある。
【実施例2】
【0143】
電子顕微鏡法による効率的なタンパク質検出を可能にする遺伝的コード化メタロチオネイン(MT)タグ
本実施例において、検出したいタンパク質に融合して、Cd2+含有培地を用いて大腸菌で発現可能な、金属結合タンパク質タグが開発され、これは染色工程なしに電子顕微鏡法による効率的なタンパク質検出を可能にした。標的タンパク質としては、大腸菌の14量体シャペロンタンパク質であるGroELを用い、各サブユニットに3〜5個のMTのリピート(3〜5MT)を融合させた。いずれのコンストラクト(GroEL-14(3〜5MT))も大腸菌で大量発現させることができたが、最も効率良く14量体を形成し、Cd2+を多く取り込んだのはGroEL-14(3MT)であり、1分子当たり平均して250原子のカドミウムを取り込んでいた。Cd2+結合GroEL-14(3MT)はカーボングリッド上でネガティブ染色なしに電子顕微鏡法によりコントラストを検出することができた。また、氷包埋して極低温電子顕微鏡で観察した場合は、非タグ付加GroELよりも高いコントラストが得られた。これらの結果から、3MTタグが細胞内で多量体タンパク質を標識し、それによって多量体タンパク質の同定を可能にする有望な手段であることを示す。
【0144】
材料および方法
クローニングおよびプラスミド構築
GroELの各サブユニットのC末端に、4残基をスペーサーとしてタンデムに連結したMTをつなげ、さらにそのC末端に5残基から成るFLAGタグ(DDDDK)を付加したコンストラクトを作製した (図7)。MTIIの遺伝子は、マウス腎臓cDNAライブラリーからPCRによりクローニングした。実施例1に記載のように構築したPSD-95-nMT-pET21b(n=3、4および5)を用いて、PSD-95をGroELに置換した。GroEL cDNAは大腸菌ゲノムから制限酵素切断部位を付加した以下のプライマー(5'-GCC ATA TGG CTA GCA TGG GAG CTA AAG ACG TAA AAT-3'(配列番号5)および5'-GGC CTA GGC ATC ATG CCG CCC ATG-3'(配列番号6))を用いてPCRによりクローニングした。PCRにより得られたGroELの増幅断片をNdeIおよびBlnIで消化し、同様の酵素で消化してPSD-95を切り出したPSD-95-nMT-pET21b(n=3、4および5)と連結してGroEL-nMT-pET21bを作製した。GroEL-pET21bは、GroEL-5MT-pET21bをBlnIおよびSpeIで消化し、5MTを切り出した後、自己連結した。各コンストラクトのC末端にはFLAGタグが付加されている。クローニングおよびプラスミド構築は大腸菌Top10F'(Invitrogen)にて行い、タンパク質発現のためにプラスミドを大腸菌BL21(DE3)(Novagen)に形質導入した。
【0145】
Cd2+含有Luria-Bertani(LB)培地における大腸菌培養
GroELの発現プラスミドを形質導入した大腸菌をアンピシリンを含む2mLのLB培地で一晩37℃で前培養した。この培養液500μLを5mLの培地にスケールアップし、OD600=1.0に達した時点で0.5mMイソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加してGroELの発現を誘導し、IPTG添加30分後にCdCl2を終濃度0.2mMとなるよう添加した。2時間ごとにマイクロプレートリーダー(multi-Spectrophotometer、Viento)を用いてOD600を測定し、14時間18℃で培養を続けた。
【0146】
Cd2+結合GroEL-14(nMT)の発現
GroELおよびGroEL-14(nMT)(n=3、4または5)を発現させた大腸菌は遠心により収菌し、Tris緩衝液(50mM Tris-HCl、150mM NaCl、pH7.4)に懸濁し、超音波処理により破砕した。細胞破砕液は13,000gで15分間4℃で遠心して可溶性画分と不溶性画分に分画し、SDS-PAGEを行った。精製へ向けては、大腸菌を一晩37℃でアンピシリンを含む2mLのLB培地中で培養し、さらに8時間37℃で30mLの同じ培地中で培養した。この培養液を300mLのLB培地にスケールアップし、OD600=1.0となった時点で0.5mM IPTGにより誘導をかけた。30分後に終濃度0.2mMとなるようにCdCl2を添加し、培養をさらに14時間18℃で継続した。細胞を31,000gで10分間、4℃で遠心して大腸菌を回収した。
【0147】
Cd2+結合GroEL-14(3MT)の精製
GroELまたはGroEL-14(3MT)を発現した細胞を10μg/mL DNase、10μg/mL RNase および1タブレット/100mL complete protease inhibitor cocktail(Roche)を含有するTris緩衝液に懸濁し、超音波処理により破砕した。細胞破砕液を4℃で1時間インキュベートし、10,000gで1時間、4℃で遠心した。可溶性画分をTris緩衝液で平衡化した抗FLAG M2アフィニティーカラム(Sigma)に通した。カラムを10カラム体積のTris緩衝液で洗浄し、結合したタンパク質は0.1mg/mL FLAGペプチド(Sigma)を含有するTris緩衝液で溶出した。溶出液をSuperdex200HRゲルろ過カラム(GE Healthcare Bio-Sciences、USA)に載せ、Tris緩衝液を用いて0.5mL/分で溶出した。 ゲルろ過クロマトグラフィーはAKTA Explorer Chromatography workstation(GE Healthcare Bio-Sciences)で行った。
【0148】
Cd2+結合の分析
精製タンパク質をCentricon YM-50(Millipore、USA)を用いて0.2mg/mLまで濃縮した。タンパク質濃度はBSAを標準に用いてブラッドフォード法により測定した。濃縮したタンパク質溶液の紫外吸収スペクトルを分光計(CARY 300 Bio、VARIAN)を用いて測定した。精製タンパク質溶液中のカドミウム濃度は沖エンジニアリング株式会社によりICP発光分光分析法を用いて測定した。
【0149】
電子顕微鏡法
精製タンパク質をTris緩衝液を用いて0.02mg/mLに調整した。コロジオン膜を貼り付けた銅グリッドにカーボンを蒸着し、グロー放電による親水化処理した直後、この溶液をグリッドに載せ、水で1回洗浄した。一部のグリッドは2%酢酸ウラニルによりネガティブ染色し、一部のグリッドは染色しなかった。グリッドは加速電圧200kVに調整した電子顕微鏡(JEM-2010、JEOL)を用いて25,000倍で観察した。画像はCCDカメラ(TVIPS)用いて得、8-bit画像として保存した。氷包埋したサンプルの観察には、0.33mg/mLのタンパク質溶液を親水化処理したマイクログリッド(QUANTIFOIL(登録商標)(Quantifoil、Germany))に載せ、液体窒素で冷却した液化エタン中に入れることにより迅速に凍結させた。氷包埋したグリッドは、トップエントリー型で冷却温度-270℃の液体ヘリウム冷却ステージを備えた電子顕微鏡(JEM-3000、JEOL)を用いて加速電圧200kVで観察した。Kodak SO-163電子顕微鏡用フィルムを用いて、40,000倍で画像を撮影し、PICTROSTAT DIGITAL400(FUJIFILM Corporation、Japan)によりスキャンしてデジタル画像とした。14量体を形成しているすべてのGroEL粒子を、同じ実験条件で得られたいくつかのデジタル画像から拾い上げ、粒子上の領域およびバックグラウンドのガラス状の非晶質氷(vitreous ice)の平均ピクセル強度をScion Image(Scion Corporation、USA)を用いて測定した。粒子のコントラストは各粒子の平均ピクセル強度から隣接領域のバックグラウンドの平均ピクセル強度を差し引くことにより算出した。顕著に異なるコントラストはスミルノフ・グラブス検定により棄却した。
【0150】
結果
Cd2+含有培地中でのGroEL-14(nMT)の発現
重金属は細胞に毒性である可能性があるため、本発明者らはまず大腸菌増殖をCdCl2の存在下または非存在下で調べた。GroELの発現プラスミドを形質導入された大腸菌BL21(DE3) 株を0.2mM CdCl2の存在下または非存在下で培養し大腸菌増殖を経時的に600nmでの濁度をモニターすることにより調べた。この濃度のCdCl2の存在下または非存在下で培養した大腸菌の増殖曲線に相違はなく、Cd2+処理がBL21(DE3)株の増殖に有害作用を与えないことが示された。
【0151】
MTタグの付加は0.2mM CdCl2の存在下、IPTGの誘導によるタンパク質の発現に影響を与える可能性があるので、本発明者らは、次に、0.2mM CdCl2の存在下におけるGroEL、またはGroEL-14(nMT)(n=3、4または5)の発現について調べた。誘導をかけた大腸菌の破砕液を可溶性および不溶性画分に分離し、発現したタンパク質をSDS-PAGEにより調べた。すべての GroEL-14(nMT)(n=3、4または5)コンストラクトは、大腸菌を37℃で培養するか、またはCd2+の非存在下で培養した場合、封入体として発現したが(データ未公開)、Cd2+の存在下で18℃で培養したところ、可溶性タンパク質として過剰発現させることに成功した。GroEL-14(3MT)は大腸菌を1mM CdCl2中で培養した場合、14量体形成が妨げられた。一方、低濃度のCdCl2(0.05mM以下)中で培養した場合、GroEL-14(3MT)の発現量は低下し、可溶性タンパク質として得ることはできかった(データ未公開)。Cd2+非結合GroEL-14(3MT)を可溶性タンパク質として発現および精製することができなかったため、MTタグを付加していないGroELを陰性対照として用いた。
【0152】
GroEL-14(3MT)の精製および特徴決定
GroELおよびGroEL-14(nMT)(n=3、4または5)は大腸菌をTris緩衝液で洗浄して培地中の遊離のCd2+を除き、抗FLAG M2アフィニティーカラム(Sigma)を用いて精製した。さらに、14量体を形成しているGroELオリゴマーを、モノマーから分離するためにゲルろ過クロマトグラフィーを行った。なお、すべての工程でCd2+非含有Tris緩衝液を用いた。いずれのタンパク質も高純度で得られたが、4MTおよび5MTタグの付加は、GroEL 14量体の形成を妨げた(データ未公開)。しかし、3MTタグ付加GroELは、ゲルろ過クロマトグラフィーで3MTタグを付加していないGroELと同様のピークパターンを示した。それゆえ、本発明者らは、GroEL-14(3MT)の14量体画分をさらなる分析のために用いた。
【0153】
本発明者らは、次にGroEL-14(3MT)のCd2+の取り込みを調べた。タグ付加およびタグを付加していないGroELともに、タンパク質で一般的に生じる280nmの吸収を示したが、3MTタグ付加GroELではさらに、Cd2+-メルカプチド結合に特徴的な254nmの吸収を示した[Kito H, Ose Y, Mizuhira V, Sato T, Ishikawa T, and Tazawa T (1982) Separation and purification of (Cd, Cu, Zn)-metallothionein in carp hepato-pancreas. Comp. Biochem. Physiol. C. 73: 121-127] (図8)。これら精製タンパク質のカドミウム含量をICP発光分光分析法により調べたところ、GroEL-14(3MT)では1サブユニットあたり平均して17.8原子のカドミウムを取り込んでいたが、同様のCd2+含有培地で発現させたタグを付加していないGroELにおいては少量のカドミウムが検出されたのみであった(表1)。したがって、これらのデータよりカドミウムは特異的に3MTタグ付加GroELに取り込まれていることが示された。
【0154】
精製GroEL-14(3MT)の紫外吸収スペクトルはタンパク質のチオール基がCd2+とメルカプチド結合を形成したときに特徴的な吸収極大を示し、一方、タグを付加していないGroELのスペクトルではCd2+含有培地で培養したにもかかわらずそのような吸収極大は見られなかった (図8)。したがって、Cd2+はMTタグに存在するチオール基に特異的に結合するのに対し、GroELに存在するチオール基にはCd2+はほどんど結合しなかった。そこで、ICP発光分光分析法を用いて3MTタグ中のCd2+含有量を定量した。1つのMT分子は最大7個のCd2+と結合することが出来、それにより1つの3MTタグ当たり最大21個のCd2+と結合する可能性がある。精製したGroEL-14(3MT)は平均17.8個のカドミウム原子と結合していた。これは86%飽和を示し、いくつかのCd2+が精製途中またはタンパク質ミスフォールディングにより失われた可能性がある。また、タグを付加していないGroELはごく少量のCd2+と結合するが、この量は無視できる程度であった(表1)。
【0155】
表1 精製タンパク質中のCd2+含有量
1つのGroELサブユニット当たりに結合するカドミウム原子の数をICP発光分光分析法により調べた。
【表1】

【0156】
Cd2+結合GroEL-14(3MT)の電子顕微鏡法による観察
タンパク質をカーボン蒸着グリッドに載せて、ネガティブ染色を施し、あるいはネガティブ染色を施さずに、乾燥させて、電子顕微鏡法により観察した。ネガティブ染色を施した場合、GroEL、およびCd2+結合GroEL-14(3MT)ともに14量体GroELに特徴的なリング様構造と4層のラインの入った長方形の構造が観察され、Cd2+結合3MTタグ付加によって14量体形成が阻害されていないことが示された(図9e-j)。一方、ネガティブ染色を施さない場合、タグを付加していないGroELでは何も検出することが出来なかったが(図9aおよびb)、Cd2+結合GroEL-14(3MT)においては、ネガティブ染色像と同程度か、わずかに小さい直径を持つ粒子状のコントラストが検出された(図9cおよびd)。
【0157】
次に、精製タンパク質を氷包埋し、極低温電子顕微鏡を用いて観察した。3μmのアンダーフォーカスでは、GroELとCd2+結合GroEL-14(3MT)の両方の粒子が位相コントラストにより検出されたが (図10a-d)、Cd2+結合GroEL-14(3MT)粒子(図10cおよび d)は、タグを付加していないGroEL(図10aおよびb)より高いコントラストが得られた。アンダーフォーカスを1.5μmにすると、タグを付加していないGroELでは明瞭に粒子を検出することができなかったが(図10eおよびf)、Cd2+結合GroEL-3MTでは粒子を検出することが可能であった(図10gおよびh)。
【0158】
3μmアンダーフォーカスで撮影した極低温電子顕微鏡像をスキャンしてデジタル化処理して、粒子コントラストを算出したところ(図11)、Cd2+結合GroEL-14(3MT)の平均粒子コントラストはGroELの平均粒子コントラストよりもかなり高かった。これらの結果は、MTタグが電子顕微鏡法においてタンパク質標識法として有効であることを示す。
【0159】
3MTタグのGroELへの付加は、染色操作なしにカーボングリッド上で電子顕微鏡法によるその検出を可能とした。一方、タグを付加していないGroELはネガティブ染色を施さなければ検出不可能であった。これらのデータはCd2+結合GroEL-14(3MT)を載せたグリッド上に存在するコントラストが3MTタグによるCd2+の取り込みに直接起因することを示唆する。これらの結果は氷包埋して観察した結果と一致する。氷包埋して観察した場合、位相コントラストにより、ラベルしていないタンパク質でも粒子を検出可能であるが、Cd2+結合GroEL-14(3MT)粒子は3μmおよび1.5μmアンダーフォーカスの両方においてタグを付加していないGroELよりもコントラストが高かった(図10および11)。粒子の位相コントラストは、分子量の大きさにともなっても増加するが、観察されたGroEL-14(3MT)(1,100,000)でのコントラストの上昇はGroEL(800,000)との分子量の差だけでは説明することが出来ない(図11)。
【0160】
結論
電子顕微鏡法において特定のタンパク質の検出を可能にする新規な遺伝的標識法が開発された。この標識は、タンデムに連結させた3つのMTのリピート(3MTタグ)からなり、本発明者らは、多量体標的タンパク質のモデルとしてGroELにこのタグを遺伝的に融合して発現させることに成功した。3MTタグ付加 GroELは大腸菌で14量体(GroEL-14(3MT))として大量に発現し、0.2mMのCdCl2存在下、Cd2+を効率的に取り込んだ。精製したGroEL-14(3MT)は1分子当たり平均して250個のカドミウム原子を含んでいた。
【0161】
Cd2+結合GroEL-14(3MT)をネガティブ染色して電子顕微鏡観察を行ったところ、MTタグを付加していないGroELと同様の14量体構造が観察された。Cd2+結合GroEL-14(3MT)粒子は、無染色状態でも電子顕微鏡法によりカーボン蒸着グリッド上で黒色スポットとして検出することに成功した。さらに、氷包埋した場合も、Cd2+結合GroEL-14(3MT)粒子はMTタグを付加していないGroELと比べて高いコントラストで検出された。よって、3MTタグは電子顕微鏡で観察可能な標識として使用できる可能性が高く、多量体タンパク質の同定を可能にする有望な手段と成り得る。
【図面の簡単な説明】
【0162】
【図1】図1は、COS7細胞におけるPSD-95-3MTの発現を示す。COS7細胞にPSD-95-3MTの発現コンストラクトをトランスフェクションし、20μM CdCl2で処理した。PSD-95-3MTを抗FLAG抗体および Alexa488結合二次抗体により免疫染色した。
【図2】図2は、精製PSD-95-3MTの電子顕微鏡像を示す。PSD-95-3MTをCdCl2で処理したCOS7細胞から精製した(図2a,cおよびe)。CdCl2を処置しない細胞をコントロールとした(図2b,dおよびf)。aおよびb) 抗FLAG M2アフィニティーカラムにより精製したPSD-95-3MTのSDS-PAGE。Sup:細胞破砕液の上清(可溶性画分); ppt:細胞破砕液の沈殿(不溶性画分); スルー: カラム非結合画分、洗浄;アフィニティーゲルの洗浄液画分; 溶出液:溶出したサンプル。PSD-95-3MTはSDS-PAGEではおおよその分子量125,000を有する(矢印)。溶出液1は電子顕微鏡法のためのサンプルとして回収した。c-f) 酢酸ウラニルによるネガティブ染色(cおよびd)または無染色(eおよびf)精製PSD-95-3MT(溶出液1)を乾燥した電子顕微鏡像。高電子密度粒子が観察された。
【図3】図3は、初代培養神経細胞におけPSD-95-3MTの発現を示す。初代培養神経細胞にPSD-95-3MTの発現コンストラクトを含有するアデノウイルスを形質導入し、5μM CdCl2で処理した。 PSD-95-3MTを抗FLAG抗体およびAlexa543結合二次抗体により免疫染色した。
【図4】図4は、初代培養神経細胞におけるPSD-95-3MTの電子顕微鏡像を示す。a-d) 初代培養神経細胞をパラホルムアルデヒドおよびグルタールアルデヒドで固定したが、オスミウム後固定および電子染色は行わなかった。e-h) オスミウムによる後固定およびウラン・鉛染色を行った。高電子密度沈着が、AdPSD-95-3MTを形質導入し、CdCl2とともにインキュベートした神経細胞において観察されたが(aおよびe)、対照(bおよびf)、CdCl2とともにインキュベートしただけの神経細胞(cおよびg)ならびにAdPSD-95-3MTを形質導入しただけの神経細胞(dおよびh)では観察されなかった。
【図5】図5は、PSD-95-3MTの NR2B、Kv1.4およびnNOSへの結合を示す。COS7細胞を、PSD-95-3MT、PSD-95またはMTにより、NR2B(上パネル)、Kv1.4(中パネル)またはnNOS(下パネル)の存在下または非存在下でトランスフェクションした。NR2B、Kv1.4またはnNOSを免疫沈降した(IP)。MTはNR2B、Kv1.4およびnNOSに結合しなかったが、PSD-95-3MTおよびPSD-95の両方はこれらタンパク質と共に共免疫沈降した。
【図6】図6は、内在性MTを示す。培養14日目の神経細胞を5μM CdCl2で処理し、19時間後に固定しMTを免疫染色した。 a) 対照細胞。b) CdCl2処理細胞。c) 高拡大率でのCdCl2処理19時間後での樹状突起。d) 内在性MT発現細胞数の経時変化。
【図7】図7は、nMT融合GroELコンストラクトの模式図である。nMTタグをGroEL各サブユニットのC末端の付加し、すべてのコンストラクトはC末端にFLAGタグを含む。
【図8】図8は、精製GroEL(a)およびGroEL-14(3MT)(b)の紫外吸収スペクトルを示す。石英キュベットに0.2mg/mLに調整したタンパク質溶液を入れ、吸収スペクトルを測定した。
【図9】図9は、Cd2+結合3MTタグ付加GroELの電子顕微鏡像を示す。GroELおよびCd2+結合GroEL-14(3MT)粒子を電子顕微鏡で200kVにて観察した。無染色のGroEL(aおよびb)、Cd2+結合GroEL-14(3MT)(cおよびd)、ネガティブ染色したGroEL(e-g)、ならびにCd2+結合GroEL-14(3MT)(h-j)の典型的な電子顕微鏡像を示す。(b)、(d)、(f)、(g)、(i)および(j)は、それぞれ低倍率像において四角で囲った領域を拡大したものである。スケールバーは500オングストロームを示す。
【図10】図10は、Cd2+結合3MTタグ付加GroELの極低温電子顕微鏡像を示す。氷包埋したGroELおよびCd2+結合GroEL-14(3MT)粒子を極低温電子顕微鏡で200kVにて観察した。GroEL(a,b,eおよびf)ならびにCd2+結合GroEL-14(3MT)(c,d,gおよびh)の、3μmアンダーフォーカス(a-d)および1.5μmアンダーフォーカス(e-h)での典型的な画像を示す。(b)、(d)、(f)および(h)は、それぞれ低倍率像において四角で囲った領域を拡大したものであり、観察された個々の粒子像を丸で囲ってある。スケールバーは500オングストロームを示す。
【図11】図11は、3μmアンダーフォーカスで撮影した極低温電子顕微鏡像の粒子コントラスト分布を示す。各粒子のコントラストは粒子のピクセル強度から、粒子に隣接した領域のバックグラウンドのピクセル強度を差し引くことにより算出した。他のものと有意に異なるコントラストはスミルノフ・グラブス検定により棄却した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子顕微鏡法により観察すべき細胞中の標的タンパク質の二次元または三次元情報を得る方法であって、
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと標的タンパク質との融合タンパク質を発現させうるコンストラクトを提供する工程、
該コンストラクトを、該細胞に導入する工程、
該細胞中で該コンストラクトから該融合タンパク質を発現させる工程、
該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと結合する金属を、該細胞に供給することにより、該細胞中にて該融合タンパク質中の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと、該金属とのクラスターを形成させる工程、および、
該細胞を電子顕微鏡により観察する工程、
を含む方法。
【請求項2】
電子顕微鏡法が、透過型電子顕微鏡法である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
情報が三次元位置情報であり、電子顕微鏡法が透過型電子顕微鏡による電子線トモグラフィーである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
電子顕微鏡法により観察すべき標的タンパク質を検出する方法であって、
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと標的タンパク質との融合タンパク質を発現させうるコンストラクトを提供する工程、
該コンストラクトを、細胞に導入する工程、
該細胞中で該コンストラクトから該融合タンパク質を発現させる工程、
該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと結合する金属を、該細胞に供給することにより、該細胞中にて該融合タンパク質中の金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと、該金属とのクラスターを形成させる工程、
該金属とクラスターを形成している融合タンパク質を含む試料を調製する工程、
該試料に含まれる融合タンパク質を電子顕微鏡により観察する工程、
を含む方法。
【請求項5】
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドが、少なくとも1つのメタロチオネインを含むものである、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドが、3〜5個のメタロチオネインをタンデムに含むものである、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドが、3個のメタロチオネインをタンデムに含むものである、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドが結合する金属がカドミウムである、請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
標的タンパク質が自己集合する性質を有するタンパク質である、請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
標的タンパク質がホモ多量体を形成するタンパク質である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
電子顕微鏡法により観察すべき細胞中の標的タンパク質の二次元または三次元情報を得るための、以下を含むキット:
(1)金属結合タンパク質または金属結合ペプチドをコードする部分を含み、かつ、所望の標的タンパク質が該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドとインフレームに結合することにより、該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと所望の標的タンパク質との融合タンパク質を発現させることが出来る発現カセット、および、
(2)該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドに結合する金属を含む試薬。
【請求項12】
電子顕微鏡法により観察すべき標的タンパク質を検出するための、以下を含むキット:
(1)金属結合タンパク質または金属結合ペプチドをコードする部分を含み、かつ、所望の標的タンパク質が該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドとインフレームに結合することにより、該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドと所望の標的タンパク質との融合タンパク質を発現させることが出来る発現カセット、および、
(2)該金属結合タンパク質または金属結合ペプチドに結合する金属を含む試薬。
【請求項13】
該金属結合タンパク質が、3〜5個のメタロチオネインをタンデムに含むものであり、金属がカドミウムである、請求項11または12に記載のキット。
【請求項14】
標的タンパク質と遺伝的に融合して用いられる、金属結合タンパク質または金属結合ペプチドを含む、電子顕微鏡法による標的タンパク質の検出用マーカー。
【請求項15】
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドが、少なくとも1つのメタロチオネインを含むものである、請求項14に記載のマーカー。
【請求項16】
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドが、3〜5個のメタロチオネインをタンデムに含むものである、請求項15に記載のマーカー。
【請求項17】
金属結合タンパク質または金属結合ペプチドが、3個のメタロチオネインをタンデムに含むものである、請求項16に記載のマーカー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2008−283892(P2008−283892A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−131007(P2007−131007)
【出願日】平成19年5月16日(2007.5.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、研究課題「細胞内標識による生物分子トモグラフィー」、委託研究「細胞内分子標識法の開発」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】