説明

電界放出陰極の製造方法

【課題】イオンビームを用いてエッチングを行うときに、素子特性に悪影響を及ぼすことのない電界放出陰極の製造方法を提供する。
【解決手段】(a)基板1上に絶縁層2と、ゲート電極層3と、加熱によりHv95〜140の範囲のビッカース硬度を発現する熱硬化性樹脂からなる犠牲層4とをこの順に形成し、犠牲層4を180〜210℃の温度に所定時間保持して硬化させる。(b)集束イオンビームを照射して、犠牲層4とゲート電極層3とに開口部5を形成する。(c)犠牲層4とゲート電極層3とをマスクとして絶縁層2をエッチングして空孔部6を形成する。(d)基板1に対して垂直上方からエミッタ材料7を蒸着させ、空孔部6内の基板1上にエミッタ電極8を形成する。(e)エミッタ材料7を犠牲層4と共にゲート電極層3上から除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電界放出陰極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子放出素子として用いられる電界放出陰極は、熱陰極型と冷陰極型とに大別される。このうち、熱陰極型は、真空管に代表される分野に用いられているが、熱を付与するために集積化が困難とされている。一方、冷陰極型は、熱を用いないために微細構造とすることが可能であり、フラットパネル表示、電圧増幅素子、高周波増幅素子等への応用が期待されている。
【0003】
前記冷陰極型の電界放出陰極として、例えば、スピント(C.A.Spindt)によりシリコンウエハ上に試作されたものが知られている。前記冷陰極型の電界放出陰極は、例えば、図2に示す方法により製造することができる。
【0004】
前記製造方法では、まず、図2(a)に示すように、Si基板11上に熱酸化膜からなる絶縁層12を形成し、その上にNbからなるゲート電極層13を形成する。
【0005】
次に、図2(b)に示すように、ゲート電極層13の上にレジスト14を塗布し、図示しないマスクを介して露光した後に現像を行ない、所定パターンの開口部15を形成する。
【0006】
次に、図2(c)に示すように、SF等を用いた反応性イオンエッチング(RIE)によりゲート電極層13にゲート孔16を形成する。そして、続けて緩衝フッ酸(BHF)により絶縁層12をエッチングしてSi基板11に達する空孔17を形成する。
【0007】
次に、図2(d)に示すように、ゲート電極層13上にAlからなる犠牲層18を斜め蒸着により形成する。前記斜め蒸着は、空孔17内のSi基板11上にAlが蒸着することを避けるために、Si基板11に垂直なゲート孔16及び空孔17の中心軸Xに対してSi基板11にほぼ平行な浅い入射角でAlを蒸着させるものである。
【0008】
次に、図2(e)に示すように、Si基板11の垂直上方からMoからなるエミッタ材料19を蒸着させ、空孔17内のSi基板11上に円錐形状のエミッタ電極20を形成する。そして、図2(f)に示すように、エミッタ材料19を犠牲層18と共にゲート電極層13上から除去することにより、電界放出陰極が完成する。尚、このとき、空孔17内のSi基板11上にAlが蒸着していると、エミッタ電極20もエミッタ材料19及び犠牲層18と同時に除去されることになる。
【0009】
図2(f)に示す電界放出陰極は、Si基板11と、Si基板11上に設けられた絶縁層12と、絶縁層12に設けられた空孔17内のSi基板11上に設けられたエミッタ電極20と、絶縁層12上に設けられたゲート電極層13とを備えている。そして、ゲート電極層13は、空孔17に対応したゲート孔16を備えている。
【0010】
ところで、図2に示す製造方法では、上述のようにエミッタ電極20がエミッタ材料19及び犠牲層18と同時に除去されることを避けるために、Alからなる犠牲層18を斜め蒸着により形成する必要がある。しかし、前記斜め蒸着では、膜質の制御が難しいという問題がある。
【0011】
また、図2に示す製造方法では、ゲート電極層13のエッチングに用いるSFや、絶縁層12のエッチングに用いる緩衝フッ酸由来のフッ素化合物が空孔17に付着し、エミッタ電極20に対するガス吸着汚染物質となるという問題がある。前記ガス吸着汚染物質があると、電界放出陰極の寿命が短くなる。
【0012】
図2に示す製造方法の問題点を解決するために、図3に示す製造方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0013】
図3に示す製造方法では、まず、図3(a)に示すように、Si基板21上に、SiOからなる絶縁層22、Nbからなるゲート電極層23、Alからなる犠牲層24をこの順に形成する。
【0014】
次に、図3(b)に示すように、犠牲層24上にレジスト層25を塗布し、図示しないマスクを介した露光の後に現像して所定パターンの開口部26を形成する。
【0015】
次に、図3(c)に示すように、開口部26が形成されたレジスト層25をマスクとして、ガスクラスターイオンビームBによって、Si基板21の表面が現れるまでエッチングを行う。そして、絶縁層22の空孔27と、ゲート電極層23の空孔27に対応するゲート孔28を形成する。このとき、エッチング終了後にレジスト層25が剥離層4の上に残るようにすることにより、オーバーエッチングを防止することができる。
【0016】
次に、残存するレジスト層25を除去した後、図3(d)に示すように、Si基板21に対して垂直上方からMoからなるエミッタ材料29を蒸着させ、空孔27内のSi基板21上に円錐形状のエミッタ電極30を形成する。
【0017】
そして、図3(e)に示すように、エミッタ材料29を犠牲層24と共にゲート電極層23上から除去することにより、電界放出陰極が完成する。
【0018】
図3(e)に示す電界放出陰極は、Si基板21と、Si基板21上に設けられた絶縁層22と、絶縁層22に設けられた空孔27内のSi基板21上に設けられたエミッタ電極30と、絶縁層22上に設けられたゲート電極層23とを備えている。そして、ゲート電極層23は、空孔27に対応したゲート孔26を備えている。
【0019】
図3に示す製造方法によれば、犠牲層24を斜め蒸着により形成する必要が無い。また、絶縁層22及びゲート電極層23のエッチングをガスクラスターイオンビームにより行うので、フッ素化合物が空孔27に付着することが無く、ガス吸着汚染物質による電界放出陰極の短命化を防止することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【特許文献1】特開平7−14504号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
しかしながら、図3に示す製造方法によれば、ゲート電極層23を形成するAlがガスクラスターイオンビームBにより溶融して絶縁層22に付着し、ゲート電流を増加させる等、素子特性に悪影響を及ぼすという不都合がある。
【0022】
そこで、本発明は、かかる不都合を解消して、イオンビームを用いてエッチングを行うときに、素子特性に悪影響を及ぼすことのない電界放出陰極の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
イオンビームにより電界放出陰極の素子特性に悪影響を及ぼすことが無いように、Alからなる犠牲層に代えて、レジスト等の樹脂を犠牲層に用いることが考えられる。しかし、前記樹脂からなる犠牲層は、イオンビームを照射すると、形成されたゲート孔や絶縁層の空孔の周囲に落ち込み(ダレ)が生じるという問題がある。前記落ち込みが生じるとゲート孔の壁面に付着物が発生し、基板とゲート電極との絶縁不良を起こすことがある。
【0024】
そこで、前記目的を達成するために、本発明の電界放出陰極の製造方法は、基板上に絶縁層と、ゲート電極層と、加熱によりHv95〜140の範囲のビッカース硬度を発現する熱硬化性樹脂からなる犠牲層とをこの順に形成する工程と、該犠牲層を180〜210℃の範囲の温度に所定時間保持して硬化させる工程と、集束イオンビームを照射して、該犠牲層と該ゲート電極層とに開口部を形成する工程と、該犠牲層と該ゲート電極層とをマスクとして該絶縁層をエッチングして空孔部を形成する工程と、該基板に対して垂直上方からエミッタ材料を蒸着させ、該空孔部内の該基板上にエミッタ電極を形成する工程と、該エミッタ材料を該犠牲層と共に該ゲート電極層上から除去する工程とを備えることを特徴とする。
【0025】
本発明の製造方法によれば、まず、基板上に、絶縁層と、ゲート電極層と、犠牲層とをこの順に形成する。前記犠牲層は、加熱によりHv95〜140の範囲のビッカース硬度を発現する樹脂からなる。
【0026】
次に、前記犠牲層を180〜210℃の範囲の温度に所定時間、例えば1〜15分間保持して硬化させる。前記温度が180℃未満では、前記犠牲層にHv95以上のビッカース硬度が発現しない。また、前記温度が210℃を超えると前記犠牲層のビッカース硬度がHv140を超えたものとなる。
【0027】
次に、集束イオンビームを照射して、前記犠牲層と前記ゲート電極層とに開口部を形成する。このとき、前記犠牲層は、前記範囲のビッカース硬度を備えるものとなっているので、前記開口部の周囲に落ち込み(ダレ)を生じることがない。
【0028】
前記犠牲層は、ビッカース硬度がHv95未満であると、前記集束イオンビームの照射により、前記開口部の周囲に落ち込み(ダレ)を生じる。また、前記犠牲層は、ビッカース硬度がHv140を超えていると、硬化時に犠牲層中に亀裂を生じ、後工程において前記絶縁層をエッチングする際に該犠牲層が剥離する。前記犠牲層が剥離すると、それ以降の製造工程を継続することができなくなる。
【0029】
次に、前記犠牲層と前記ゲート電極層とをマスクとして前記絶縁層をエッチングして空孔部を形成する。
【0030】
そして、前記基板に対して垂直上方からエミッタ材料を蒸着させ、前記空孔部内の該基板上にエミッタ電極を形成した後、該エミッタ材料を前記犠牲層と共に前記ゲート電極層上から除去することにより、電界放出陰極を得ることができる。
【0031】
本発明の製造方法によれば、前記集束イオンビームの照射により、前記犠牲層が前記開口部の周囲に生じる落ち込みを低減して許容範囲内とすることができるので、前記基板と前記ゲート電極との絶縁不良を防止して、電子放出電界の値を低くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の電界放出陰極の製造方法の工程を示す説明的断面図。
【図2】従来の電界放出陰極の製造方法の一例の工程を示す説明的断面図。
【図3】従来の電界放出陰極の製造方法の他の例の工程を示す説明的断面図。
【発明を実施するための形態】
【0033】
次に、添付の図面を参照しながら本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。
【0034】
本実施形態の電界放出陰極の製造方法は、まず、図1(a)に示すように、n−Si基板1上に、絶縁層2、ゲート電極層3、犠牲層4をこの順に形成する。絶縁層2は、SiOからなり、CVD法により例えば700nmの厚さに形成する。ゲート電極層3は、例えばNiからなり、絶縁層2上にスパッタ成膜により例えば200nmの厚さに形成する。
【0035】
犠牲層4は、通常、電子線レジストとして用いられる熱硬化性樹脂(日本ゼオン株式会社製、商品名:ZEP520A)からなる。犠牲層4は、前記熱硬化性樹脂をスピンコートするによりゲート電極層3上に塗布した後、加熱硬化させることにより400nmの厚さの塗膜を形成する。
【0036】
前記熱硬化性樹脂のスピンコートは、例えば、2500rpmの回転数で90秒間行う。また、前記熱硬化性樹脂の加熱硬化は、180〜210℃の範囲の温度に、1〜15分間の範囲の時間、例えば10分間保持することに行う。この結果、犠牲層4のビッカース硬度をHv95〜140の範囲とすることができる。
【0037】
犠牲層4を形成したならば、次に、図1(b)に示すように、集束イオンビームBを照射して、犠牲層4とゲート電極層3とをエッチングし、開口部5を形成する。集束イオンビームBは、例えば、ビーム径20nm、引出電圧30kVであり、例えば直径0.6μmの開口部5を10000個形成する。
【0038】
次に、図1(c)に示すように、開口部5が形成された犠牲層4及びゲート電極層3をマスクとして、絶縁層2をフッ素系エッチャントによりエッチングし、Si基板1の表面を露出させる。前記エッチャントは、エッチング終了後、水洗により除去する。この結果、絶縁層2に空孔部6が形成される。
【0039】
次に、基板1に対して垂直上方から炭素イオンビームを照射して、炭素からなるエミッタ材料7を蒸着させ、空孔部6内の基板1上に円錐形状のエミッタ電極8を形成する。前記炭素イオンビームは、例えば、150Vの蒸着エネルギーで照射することができ、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)からなるエミッタ電極8を形成することができる。
【0040】
次に、図1(e)に示すように、芳香族炭化水素を主成分とする有機溶媒(東京応化工業株式会社製、商品名:剥離液502A)を用いて、エミッタ材料7を犠牲層4と共にゲート電極層3上から除去することにより、電界放出陰極を得ることができる。前記製造方法により得られる電界放出陰極は、図1(e)に示すように、Si基板1と、Si基板1上に設けられた絶縁層2と、絶縁層2に設けられた空孔6内のSi基板1上に設けられたエミッタ電極8と、絶縁層2上に設けられたゲート電極層3とを備えている。そして、ゲート電極層3は、ゲート孔として開口部5を備えている。
【0041】
次に、犠牲層4を形成する際の前記熱硬化性樹脂の加熱温度を変えて、異なるビッカース硬度を備える犠牲層4を形成し、犠牲層4の状態、開口部3の壁面に対する付着物(キャップ)形成率、電子放出電界を比較した。結果を表1に示す。付着物形成率は、本実施形態で得られた電界放出陰極を走査型電子顕微鏡で観察し、6400個の開口部3のうち、何個の開口部3の壁面に付着物があるかを求め、次式により算出した。
【0042】
付着物形成率(%)=(壁面に付着物のある開口部3の数/6400)×100
【0043】
【表1】

【0044】
表1から、前記熱硬化性樹脂を180〜210℃の温度に10分間保持して硬化させた実施例1〜4によれば、犠牲層4のビッカース硬度をHv95.3〜140とし、開口部5の周囲に生じる落ち込みを許容範囲内とすることができることが明らかである。この結果、実施例1〜4によれば、開口部5の壁面に対する付着物の形成を低減し、電子放出電界を16〜24Vという低い値とすることができることが明らかである。
【0045】
実施例1〜4に対して、前記熱硬化性樹脂を155〜160℃の温度に10分間保持して硬化させた比較例1,2によれば、犠牲層4のビッカース硬度がHv95未満であり、前記落ち込みを許容範囲内とすることができないことが明らかである。この結果、比較例1,2によれば、開口部5の壁面に対する付着物の形成が増大して、基板1とゲート電極層3との間に絶縁不良を生じ、電子放出電界を測定することができなかった。
【0046】
また、前記熱硬化性樹脂を220℃の温度に10分間保持して硬化させた比較例3によれば、犠牲層4のビッカース硬度がHv140を超えるものとなり、犠牲層4に亀裂が発生した。この結果、比較例3では、絶縁層2のエッチング後の水洗の際に犠牲層4が剥離してしまい、それ以降の工程を継続することができず、電界放出陰極を製造することができなかった。
【0047】
尚、本実施形態では、犠牲層4を前記熱硬化性樹脂により形成し、ビッカース硬度をHv95〜140の範囲になるようにしている。しかし、犠牲層4は、集束イオンビームBの照射により開口部5の周囲に生じる落ち込みを低減して許容範囲内にすることができると共に、絶縁層2のエッチングに用いるエッチャントに侵されないものであればよく、例えば、Ni,Cr等の金属材であってもよい。
【符号の説明】
【0048】
1…n−Si基板、 2…絶縁層、 3…ゲート電極層、 4…犠牲層、 5…開口部、 6…空孔部、 7…エミッタ材料、 8…エミッタ電極。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に絶縁層と、ゲート電極層と、加熱によりHv95〜140の範囲のビッカース硬度を発現する熱硬化性樹脂からなる犠牲層とをこの順に形成する工程と、
該犠牲層を180〜210℃の範囲の温度に所定時間保持して硬化させる工程と、
集束イオンビームを照射して、該犠牲層と該ゲート電極層とに開口部を形成する工程と、
該犠牲層と該ゲート電極層とをマスクとして該絶縁層をエッチングして空孔部を形成する工程と、
該基板に対して垂直上方からエミッタ材料を蒸着させ、該空孔部内の該基板上にエミッタ電極を形成する工程と、
該エミッタ材料を該犠牲層と共に該ゲート電極層上から除去する工程とを備えることを特徴とする電界放出陰極の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−129260(P2011−129260A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−283809(P2009−283809)
【出願日】平成21年12月15日(2009.12.15)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】