説明

静電アクチュエータ、液滴吐出ヘッド、静電アクチュエータの製造方法及び液滴吐出ヘッドの製造方法

【課題】高いギャップ精度を有し、低電圧駆動が可能な静電アクチュエータを提供することを目的とする。また、この静電アクチュエータを備えた液滴吐出ヘッドを提供し、併せてこれらの製造方法を提供する。
【解決手段】シリコンで構成された振動板4と、振動板4にギャップを隔てて対向する個別電極10とを備え、振動板4を、個別電極10側と反対側に凸の多段形状とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、静電アクチュエータ、液滴吐出ヘッド、静電アクチュエータの製造方法及び液滴吐出ヘッドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液滴を吐出するための液滴吐出ヘッドとして、例えば静電アクチュエータを備えたインクジェットヘッドがある。この種のインクジェットヘッドは、吐出室が形成されてなるキャビティ基板と、キャビティ基板に接合され、振動板にギャップを介して対向配置される個別電極が形成される凹部を有する電極ガラス基板と、電極ガラス基板が接合された面とは反対側の面のキャビティ基板に接合され、ノズル孔が形成されてなるノズル基板とを備えている。そして、吐出室の底壁が弾性変形可能な振動板として形成されており、この振動板と個別電極との間に駆動電圧を印加して静電気力を発生させ、その静電気力により振動板を変形させてノズル孔からインク液滴を吐出させるようにしている。
【0003】
ここで、従来より、駆動電圧の上昇を引き起こすことなく、振動板の変位量を増加させて液滴の吐出エネルギーを増加させ、吐出特性を安定させる構造について検討されてきた。その構造の一つに、振動板と個別電極との間のギャップを階段状又は傾斜状となるようにする方式がある。
振動板と個別電極との間のギャップを傾斜状とする構造として、具体的には、振動板の個別電極側の面に、個別電極の短手方向の中央部に行くに従って連続的にギャップが大きくなる彫り込み部を形成した構造がある(例えば、特許文献1参照)。
また、振動板と個別電極との間のギャップを階段状とする構造として、具体的には、シリコン基板で構成された電極基板に対して階段状の溝を形成する構造(例えば、特許文献2参照)や、ガラス基板で構成された電極ガラス基板に対して階段状の溝を形成する構造(例えば、特許文献3参照)がある。
【特許文献1】特開2002−205409号公報(図1)
【特許文献2】特開2000−318155号公報(第1頁、図2)
【特許文献3】特開2006−289944号公報(図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の技術では、振動板の外側部分の厚みが厚く、内側部分の厚みが薄い構造であるため、外側部分のばね力が強く、それ故、振動板を、その外側から内側の順に個別電極に対して順次当接させる動作とすることができず、駆動電圧を十分に低くできないという課題があった。
【0005】
また、特許文献2に記載の技術では、シリコン基板に階段状の溝を形成しているが、その溝を形成する際、SiO2 膜の成膜/剥離を段の数だけ繰り返す必要があるため、工数が多くなり、コストアップとギャップ精度の低下を招くという課題があった。
【0006】
また、特許文献3に記載の技術では、電極ガラス基板に階段状の溝を形成しているが、ガラス基板として用いられる硼珪酸ガラスは、硼素やナトリウムなど不純物が多く含まれているため、エッチング管理が難しい。このため、高精度のギャップ長管理が困難で、安定した吐出特性を得るのが難しいという課題があった。
【0007】
本発明はこのような点に鑑みなされたもので、高いギャップ精度を有し、低電圧駆動が可能な静電アクチュエータを提供することを目的とする。また、この静電アクチュエータを備えた液滴吐出ヘッドを提供し、併せてこれらの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る静電アクチュエータは、シリコンで構成された振動板と、振動板にギャップを隔てて対向する対向電極とを備え、振動板を、対向電極とは反対側に凸の多段形状とするものである。
この構成によれば、振動板を段差のない平面状に形成した場合に比べて振動板の変位体積を大きくすることができる。また、振動板を駆動する際、振動板の多段形状の1段目、つまり対向電極との距離が一番短い部分が対向電極に当接するのに必要十分な電圧を印加することで、振動板全体を対向電極に当接させることができる。よって、低電圧駆動でありながら、振動板の変位体積を大きくすることが可能となる。また、多段形状を形成する材質がシリコンであるため、ガラス基板に多段形状を形成する場合に比べて高いギャップ精度で形成することができる。
【0009】
また、本発明に係る静電アクチュエータは、振動板が、短辺と長辺を有する長方形状を有し、振動板の長手方向の中央部に行くに従ってギャップが大きくなる多段形状に形成されているものである。
これにより、振動板は、その長手方向の中心部を中心として対称な変形動作となり、静電アクチュエータの安定駆動が可能となる。
【0010】
また、本発明に係る静電アクチュエータは、振動板が、ボロンをドープしたシリコン基板で構成されているものである。
これにより、振動板の厚みを高精度に制御でき、静電アクチュエータの安定駆動が可能となる。
【0011】
また、本発明に係る静電アクチュエータは、対向電極が形成される電極基板が、硼珪酸ガラスからなるものである。
これにより、シリコンで構成された振動板を有する基板(キャビティ基板)と電極基板とを接合しても、それらの膨張率が大きく相違しないので熱によるズレを防止できる。また、それらを陽極接合により容易に接合することができる。
【0012】
また、本発明に係る静電アクチュエータは、対向電極が、ITOからなるものである。
ITOは透明なので、電極基板とシリコン製振動板の陽極接合時に放電状態を確認できるなどの利点がある。
【0013】
本発明に係る液滴吐出ヘッドは、上記の何れかの静電アクチュエータを備え、振動板が、液滴を吐出する吐出室の底壁を構成しているものである。
これにより、低電圧駆動が可能で、吐出特性の安定した液滴吐出ヘッドを得ることができる。
【0014】
本発明に係る静電アクチュエータの製造方法は、上記の何れかの静電アクチュエータの製造方法であって、シリコン基板の一方の面にシリコン窒化膜を形成するシリコン窒化膜形成工程と、シリコン窒化膜を所望の形状にパターニングするマスク形成工程と、パターニングされたシリコン窒化膜をマスクとしてシリコン基板を熱酸化し、マスクで覆われていない部分に熱酸化膜を形成する熱酸化工程と、熱酸化工程により形成された熱酸化膜をエッチング除去するエッチング工程と、マスク形成工程、熱酸化工程及びエッチング工程を所定回数繰り返して、シリコン基板の一方の面を多段形状に形成する工程とを有するものである。
これにより、多段形状を高いギャップ精度で形成することができ、低電圧駆動が可能で、吐出特性の安定した静電アクチュエータを得ることができる。また、シリコン窒化膜を使い回して振動板の多段形状部分を形成するため、コスト低減を図ることができる。
【0015】
本発明に係る静電アクチュエータの製造方法は、シリコン基板の多段形状に形成された一方の面全体にボロンを拡散してボロンドープ層を形成する工程と、シリコン基板の他方の面にエッチングパターンを形成する工程と、エッチングパターンを用いてウェットエッチングを行い、ボロンドープ層でエッチングストップさせて振動板を形成する工程とを有するものである。
このように振動板を形成するに際し、ボロンエッチングストップ技術を用いるため、振動板の厚みを高精度に形成できる。
【0016】
本発明に係る液滴吐出ヘッドの製造方法は、上記の静電アクチュエータの製造方法を適用して、液滴吐出ヘッドのアクチュエータ部分を形成するものである。
これにより、低電圧駆動が可能で、吐出特性の安定した液滴吐出ヘッドを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の静電アクチュエータを備えた液滴吐出ヘッドについて説明する。なお、ここでは液滴吐出ヘッドの一例として、ノズル基板の表面に設けられたインクノズルからインク液滴を吐出するフェイス吐出型のインクジェットヘッドについて図1〜図3を参照して説明する。また、本発明は、以下の図に示す構造、形状に限定されるものではなく、基板の端部に設けられたインクノズルからインク液滴を吐出するエッジ吐出型のインクジェットヘッドにも適用できるものである。
【0018】
図1は、本発明の一実施の形態に係るインクジェットヘッドの分解斜視図である。図2は、図1のインクジェットヘッドの断面図である。図3は、図1のキャビティ基板の吐出室部分の平面図である。なお、図3において一点鎖線は、振動板4の長手方向の境界部分を示している。これらの図1〜図3を含め、以下の図では、構成部材を図示し、見やすくするため、各構成部材の大きさの関係が実際のものと異なる場合がある。また、図の上側を上とし、下側を下とし、ノズルが並んでいる方向を短手方向、短手方向と垂直な方向を長手方向として説明する。
本実施の形態のインクジェットヘッドは、キャビティ基板1と、電極ガラス基板2と、ノズル基板3が積層された三層構造となっている。
【0019】
キャビティ基板1は例えば厚さ約50μmの(110)面方位のシリコン単結晶基板(以下、単にシリコン基板という)で構成されている。シリコン基板に異方性ウェットエッチングを施すことにより、底壁が振動板4となる吐出室5、各吐出室共通に吐出する液体を溜めておくためのリザーバ6が形成されている。また、キャビティ基板1には電極端子7が形成され、図2に示す発振回路11と接続される。ここで、キャビティ基板1の下面(電極ガラス基板2と対向する面)には、絶縁膜8が形成される。この絶縁膜8は、本例ではTEOS(Tetraethyl orthosilicate Tetraethoxysilane:テトラエトキシシラン、珪酸エチル)膜を0.1μmでプラズマCVD(Chemical Vapor Deposition)法により成膜している。これは、インクジェットヘッドを駆動させた時の絶縁破壊及び短絡を防止するためである。
【0020】
振動板4は、一定の厚み、例えば0.6μmの厚みで構成されており、振動板4の長手方向の中央部に向かって上(ノズル基板側)に凸の多段(本例では3段)形状となっている。この構造により、以下に詳述するが、後述の個別電極10との間のギャップGが段階的に変化し、インクジェットヘッド駆動時に個別電極10へ連続的に振動板4を当接させることを可能としている。なお、以下では、振動板4において、後述の個別電極10との間に形成するギャップGが小さい方から順に1段目4a、2段目4b、3段目4cと呼ぶことにする。
【0021】
また、振動板4は、高濃度のボロンドープ層41で構成されている。このボロンドープ層41は、ボロンを高濃度(約5×1019atoms/cm3以上)にドープして形成されており、例えばアルカリ性水溶液で単結晶シリコンをエッチングしたときに、エッチング速度が極端に遅くなるいわゆるエッチングストップ層となっている。そして、ボロンドープ層41がエッチングストップ層として機能することにより、振動板4の厚み及び吐出室5の容積を高精度で形成することができるようになっている。
【0022】
電極ガラス基板2は厚さ約1mmであり、図1で見るとキャビティ基板1の下面に接合される。ここで電極ガラス基板2となるガラスには例えばシリコンと熱膨張率が近い硼珪酸ガラスを用いることにする。硼珪酸ガラスを用いた場合、キャビティ基板1と電極ガラス基板2とを接合した際に、それらの膨張率が大きく相違しないので熱によるズレを防止できる。また、電極ガラス基板2には、キャビティ基板1に形成される各吐出室5に対向する位置に、深さ約0.2μmの凹部9が設けられる。また、凹部9の底面には振動板4と対向する個別電極(対向電極)10が形成され、階段状に形成された振動板4と個別電極10との間に3段の階段状のギャップ(空隙)Gを形成している。なお、凹部9は、その底面に個別電極10を設けるので、凹部9のパターン形状は電極の形状よりも少し大きめに作製する。
【0023】
ここで、振動板4と、振動板4に一定距離(ギャップG)を隔てて対向配置された個別電極10とで静電アクチュエータが構成されており、振動板4と個別電極10との間に電圧を印加することにより発生する静電気力によって振動板4を変位させるようにしている。そして、本例では、上述したように階段状のギャップGを形成することで、振動板4の変位量を増加させてインク液滴の吐出エネルギーを増加させ、吐出特性を安定させることを可能としている。この点に関しては後に詳述する。
【0024】
また、電極ガラス基板2には、凹部9から電極ガラス基板2の端部まで延びる深さ約0.2μmの凹部9Aが形成されており、凹部9Aの底面には、個別電極10から延びるリード部10a及び端子部10bが形成されている(以下、個別電極10、リード部10a、端子部10bを合わせて電極部と呼ぶ)。端子部10bは、図2に示すように、配線のためにキャビティ基板1の末端部が開口された貫通穴21内に露出しており、FPC(Flexible Print Circuit)(図示せず)を介して発振回路11に接続されている。発振回路11は、端子部10bを介して個別電極10への電荷の供給及び停止の制御をする。また、ギャップGの端部には封止材12が充填されており、個別電極単位で封止が行われるようになっている。このように封止を行うことにより、振動板4の底面や個別電極10の表面に水分が付着するのを防止し、水分付着に起因した個別電極10と振動板4の貼り付き等の防止を図っている。
【0025】
本実施の形態では、凹部9の底面に形成する電極部の材料として、酸化錫を不純物としてドープした透明のITO(Indium Tin Oxide:インジウム錫酸化物)を用い、凹部9内に例えば0.1μmの厚さでスパッタ法を用いて成膜する。したがって、振動板4と個別電極10との間に形成される最も浅い部分(振動板4の両端部)のギャップGは、この凹部9の深さ、電極部の厚さにより決まることになる。このギャップGは、吐出特性に大きく影響する。ここで、電極部の材料はITOに限定するものではなく、クロム等の金属等を材料に用いてもよいが、本実施の形態では、透明であるので放電したかどうかの確認が行い易い等の理由でITOを用いることとする。また、電極ガラス基板2には、リザーバ6と連通するインク供給口13が設けられている。
【0026】
ノズル基板3は例えば厚さ約180μmのシリコン基板で構成されており、吐出室5と連通するノズル孔14が形成されている。また、ノズル基板3の図1において下面(キャビティ基板1と接合される接合側の面)には、吐出室5とリザーバ6とを連通させるためのオリフィス15が形成されている。また、ノズル基板3の両端には、キャビティ基板1に形成されているリザーバ6に対向してリザーバ6内の圧力変動を抑制するダイアフラム16が形成されている。ダイアフラム16は、リザーバ6のコンプライアンスを高め、インクジェットヘッド駆動時のクロストークを吸収するために設けられている。
【0027】
上記のように構成されたインクジェットヘッドの動作を説明する。
発振回路11は例えば24kHzで発振し、個別電極10に0Vと30Vのパルス電位を印加して電荷供給を行う。このように発振回路11が駆動し、個別電極10に電荷を供給して正に帯電させると、振動板4は負に帯電し、静電気力により個別電極10に引き寄せられて撓む。これにより吐出室5の容積は広がる。そして個別電極10への電荷供給を止めると振動板4は元に戻る。このとき、吐出室5の容積も元に戻るため、その圧力により差分のインク液滴が吐出する。このインク液滴が、例えば記録対象となる記録紙に着弾することによって印刷等が行われる。なお、このような方法は引き打ちと呼ばれるものであるが、バネ等を用いて液滴を吐出する押し打ちと呼ばれる方法もある。
次に、振動板4が再び下方へ撓むことにより、インクがリザーバ6よりオリフィス15を通じて吐出室5内に補給される。また、インクジェットヘッドへのインクの供給は、電極ガラス基板2上に形成したインク供給口13により行う。
【0028】
ここで、本例のインクジェットヘッドでは、振動板4を、その長手方向の中央部に向かって上(ノズル基板側)に凸の多段形状としたことにより、振動板4の変形時の動作は次の図4のようになる。
【0029】
図4は、振動板の変位動作を示した図である。
(a)振動板4と個別電極10との間に、振動板4の1段目4aが個別電極10に当接するのに必要十分な電圧が印加されると、まず、振動板4の1段目4aが個別電極10に当接する。これにより、振動板4の2段目4bと個別電極10との間のギャップGが電圧印加前の状態に比べて短くなる。このため、振動板4の2段目4bと個別電極10との間に大きな静電気力が働き、(b)振動板4の2段目4bが個別電極10に当接する。この現象が振動板4の3段目4cに対しても起こり、振動板4の3段目4cと個別電極10との間に大きな静電気力が働き、(c)振動板4の3段目4cが個別電極10に当接する。
【0030】
このように、振動板4の1段目4aが個別電極10に当接することにより、2段目4b、3段目4cが順次、個別電極10に当接する。よって、振動板4の1段目4aが個別電極10に当接するのに必要十分な電圧を印加することにより、振動板4全体を個別電極10に当接させることが可能である。なお、上述したように振動板4が個別電極10に連続的に当接することを連続当接と称する。
【0031】
以上説明したように、本実施の形態によれば、振動板4を上(ノズル基板側)に凸の多段形状としているため、振動板4を段差のない平面状に形成した場合に比べてインクの排除体積(振動板4の変位体積)を大きくすることができる。また、振動板4を駆動するに際し、振動板4の1段目4aが個別電極10に当接するのに必要十分な電圧を印加すればよく、これにより振動板4全体を個別電極10に当接させることができる。よって、低電圧駆動でありながら、インクの排除体積(振動板4の変位体積)を大きくすることが可能なインクジェットヘッドを得ることができる。
【0032】
また、振動板4と個別電極10との間のギャップGが、振動板4の長手方向の中央部に行くに従って大きくなる構成としたため、振動板4は、その長手方向の中心部を中心として対称な変形動作となり、静電アクチュエータの安定駆動が可能となる。
【0033】
次に、本実施の形態のインクジェットヘッドの製造方法について、図5〜図8を用いて説明する。なお、以下において示す基板の厚さやエッチング深さ、温度、圧力等の値はあくまでも一例を示すものであり、本発明はこれらの値によって限定されるものではない。また、実際には、シリコン基板から複数個分のインクジェットヘッドの部材を同時形成するが、図5〜図8ではその一部分だけを示している。
【0034】
まず、電極ガラス基板2と陽極接合する前のキャビティ基板1の製造方法について図5及び図6を参照して説明する。
(a)(110)を面方位とする酸素濃度の低いシリコン基板100を用意する。そして、シリコン基板100において電極ガラス基板2と接合される接合面100aを鏡面研磨し、220μmの厚みの基板を作製する。次に、酸素雰囲気中、1000℃の条件で3時間酸化することで、シリコン基板100の両面に約0.1μmのSiO2膜101を成膜する。
(b)シリコン基板100の接合面100aの表面に、プラズマCVDを用いてシリコン窒化膜102を成膜する(シリコン窒化膜形成工程)。成膜時の処理温度は、500℃以下、圧力は1.3kPa以下(10Torr以下)、ガス流量比はNH3/SiH4比で15以上の条件で0.1μm成膜する。
(c)シリコン窒化膜102を成膜した面にレジストを塗布し、振動板4の3段目4cに対応する部分が開口したレジストパターニングを施す。そして、RIE(反応性イオンエッチング)装置を用いて、圧力26.6Pa(0.2Torr)、RFパワー200W、CF4ガス流量30cc/minの条件でシリコン窒化膜102をエッチングし、シリコン窒化膜102に、振動板4の3段目4cに対応する開口102aを形成する(マスク形成工程)。この時、下地のSiO2膜101がマスクとなり、シリコン基板100の表面がエッチングガスによって荒れることを防止している。
(d)その後、緩衝ふっ酸水溶液に浸し、開口102aの下地部分のSiO2膜101及び反対面のSiO2膜101をエッチングする。そしてレジストを剥離する。
【0035】
(e)酸素雰囲気中、1000℃の条件で30分間酸化することで、シリコン基板100の両面に約44.4nmのSiO2膜103を成膜する(熱酸化工程)。このとき、シリコン基板100の接合面100a側では、シリコン窒化膜102がマスクとなり、開口102a部分にのみSiO2膜103が形成される。また、シリコン基板100の接合面100aと反対側の面では、全面にSiO2膜103が形成される。シリコン基板100を熱酸化した場合、酸化膜厚の45%のシリコンが消費される。従って、約44.4nmのSiO2膜103を成膜した場合、約20nmのシリコンが消費される。図中点線は消費されたシリコン部分を示している。
(f)シリコン窒化膜102を成膜した接合面100aにレジストを塗布し、振動板4の2段目4bに対応する部分が開口したレジストパターニングを施す。そして、RIE(反応性イオンエッチング)装置を用いて、圧力26.6Pa(0.2Torr)、RFパワー200W、CF4ガス流量30cc/minの条件でシリコン窒化膜102をエッチングし、シリコン窒化膜102に、振動板4の2段目4bに対応する開口102bを形成する(マスク形成工程)。この時、工程(c)同様、下地のSiO2膜101がマスクとなり、シリコン基板100の表面がエッチングガスによって荒れることは無い。
(g)シリコン基板100をふっ酸水溶液に浸し、両面のSiO2膜101,103をエッチングする(エッチング工程)。すると、振動板4の3段目4cに対応する部分に約20nmの窪み110aが形成される。
【0036】
(h)工程(e)同様、酸素雰囲気中、1000℃の条件で30分間酸化することで、シリコン基板100の両面に約44.4nmのSiO2膜104を成膜する(熱酸化工程)。このとき、工程(e)と同様、シリコン基板100の接合面100a側では、シリコン窒化膜102がマスクとなり、開口102b、窪み110a部分にのみSiO2膜104が形成される。また、シリコン基板100の接合面100aと反対側の面では、全面にSiO2膜104が形成される。また、シリコン基板100を熱酸化した場合、上述したように、酸化膜厚の45%のシリコンが消費される。従って、約44.4nmのSiO2膜104を成膜した場合、約20nmのシリコンが消費される。図中点線は消費されたシリコン部分を示している。
(i)シリコン基板100を熱リン酸水溶液(温度180℃)に浸し、残っているシリコン窒化膜102を除去する。
(j)シリコン基板100をふっ酸水溶液に浸し、両面のSiO2膜101,104をエッチングする(エッチング工程)。すると、振動板4の3段目4cに対応する部分に約40nmの窪み110aが形成され、2段目4bに対応する部分には約20nmの窪み110bが形成される。
【0037】
(k)シリコン基板100のボロンドープ層を形成する面(接合面100a)をB23を主成分とする固体の拡散源に対向させて石英ボートにセットする。縦型炉に石英ボートをセットし、炉内を窒素雰囲気にし、温度を1050℃に上昇させ、そのまま温度を5時間保持し、ボロンをシリコン基板100中に拡散させる。これにより、シリコン基板100の接合面100aにボロンドープ層41が形成される。ボロンドープ工程では、シリコン基板100の投入温度を800℃とし、シリコン基板100の取出し温度も800℃とする。これにより、酸素欠陥の成長速度が速い領域(600℃から800℃)をすばやく通過することができるため、酸素欠陥の発生を抑えることができる。
ボロンドープ層41の表面にはボロン化合物(SiB6)が形成されるが(図示せず)、酸素及び水蒸気雰囲気中、600℃の条件で1時間30分酸化することで、ふっ酸水溶液によるエッチングが可能なB23+SiO2に化学変化させることができる。そしてシリコン基板100をふっ酸水溶液に10分間浸す。すると、B23+SiO2がエッチング除去される。
(l)ボロンドープ層41を形成した面にプラズマCVD法によりTEOS絶縁膜8を、成膜時の処理温度は360℃、高周波出力は250W、圧力は66.7Pa(0.5Torr)、ガス流量はTEOS流量100cm3/min(100sccm)、酸素流量1000cm3/min(1000sccm)の条件で0.1μm成膜する。
【0038】
以上に説明したように、シリコン窒化膜102をマスクとして、熱酸化とエッチングを繰り返すことにより、高精度な多段形状を形成することができる。また、初めに成膜したシリコン窒化膜102を最後まで使い回すため、低コストで多段形状を形成することができる。
【0039】
次に、インクジェットヘッド完成までの製造工程について図7及び図8を用いて説明する。
(a)ここでは電極ガラス基板2を作製する。まず約1mmのガラス基板を用意し、その一方の面に対し、個別電極10の形状パターンに合わせて0.2μmの深さの凹部9及び凹部9Aを形成する。そして、凹部9及び凹部9A内に、例えばスパッタリング法を用いて、0.1μmの厚さの電極部(個別電極10、リード部10a、端子部10b)を形成する。また、インク供給口13をサンドブラスト法または切削加工により形成する。これにより、電極ガラス基板2が作製される。
(b)図5及び図6の製造方法により作製したシリコン基板100と電極ガラス基板2を360℃に加熱した後、電極ガラス基板2に負極、シリコン基板100に正極を接続して、800Vの電圧を印加して陽極接合する。
【0040】
(c)陽極接合後、シリコン基板100の厚みが約60μmになるまで研削加工を行う。その後、加工変質層を除去するために、32w%の濃度の水酸化カリウム溶液でシリコン基板100を約10μmエッチングする。これによりシリコン基板100の厚みは約50μmとなる。
(d)シリコン基板100の電極ガラス基板2と接合されている面とは反対側の面全体にプラズマCVDを用いて、成膜時の処理温度は360℃、高周波出力は700W、圧力は33.3Pa(0.25Torr)、ガス流量はTEOS流量100cm3/min(100sccm)、酸素流量1000cm3/min(1000sccm)の条件でTEOSエッチングマスク200を1.0μm成膜する。
(e)TEOSエッチングマスク200にレジストパターニングを施し、ふっ酸水溶液でエッチングし、吐出室5となる部分201及び貫通穴(電極取出し用貫通穴及び封止用貫通穴)21となる部分202をパターニングする。そしてレジストを剥離する。
【0041】
(f)TEOSエッチングマスク200にレジストパターニングを施し、ふっ酸水溶液で0.7μmだけエッチングし、リザーバ6となる部分203をパターニングする。リザーバ6となる部分203のTEOSエッチングマスク200の残り厚みは0.3μmとなる。これは、最終的にリザーバ6に厚みを持たせ、リザーバ6の剛性を高めるためである。そしてレジストを剥離する。
(g)接合済み基板を35wt%の濃度の水酸化カリウム水溶液に浸し、TEOSエッチングマスク200を用いてエッチングし、吐出室5となる部分111及び貫通穴21となる部分112の厚みが約10μmになるまで行う。リザーバ6となる部分203はまだエッチングが始まらない。
また、このエッチング工程では、電極ガラス基板2のインク供給口13から水酸化カリウム水溶液が侵入し、シリコン基板100の電極ガラス基板2との接合面においてインク供給口13に対応する部分がエッチングされる。なお、シリコン基板100の電極ガラス基板2との接合面にはボロンドープ層41が形成されているため、ボロンドープ層41の部分でエッチングレートが低下するが、ここでのエッチングでは濃度が濃い水酸化カリウム水溶液を用いているため、ボロンドープ層41を突き抜けて更にシリコン基板100の内部へとエッチングが進行していく。
【0042】
(h)リザーバ6となる部分203のTEOSエッチングマスク200を除去するため、ふっ酸水溶液に接合済み基板を浸す。
(i)接合済み基板を3wt%の濃度の水酸化カリウム水溶液に浸し、ボロンドープ層41でのエッチングレート低下によるエッチングストップが十分効くまでエッチングを続ける。これにより、振動板4が形成されるとともに、吐出室5及びリザーバ6が形成される。このように前記2種類の濃度の異なる水酸化カリウム水溶液を用いたエッチングを行うことによって、振動板4の面荒れを抑制することができる。また振動板4の厚みは0.6μmで、上(ノズル基板側)に凸の3段形状となる。各段差は20nmの高さを持つ。また、ボロンエッチングストップ技術を用いたため、高精度に厚みを制御でき、インクジェットヘッドの吐出性能を安定化することができる。
なお、リザーバ6は約10μmの厚みを持っており、振動板4や貫通穴21となる部分112に比べ剛性が高まっている。
【0043】
(j)エッチングが終了したら、接合済み基板をふっ酸水溶液に浸し、シリコン基板100表面のTEOSエッチングマスク200を剥離する。
(k)貫通穴(電極取出し用貫通穴及び封止用貫通穴)21となる部分112に残っているシリコン薄膜及び絶縁膜8を除去するために、貫通穴21となる部分112に対応した部分が開口したシリコンマスク(図示せず)をシリコン基板100表面に取り付ける。そして、RFパワー200W、圧力40Pa(0.3Torr)、CF4流量30cm3/min(30sccm)の条件で、RIEドライエッチングを1時間行い、貫通穴21となる部分112のみにプラズマを当て、開口する。このとき、ギャップGは大気開放される。
以上によりキャビティ基板1が作製される。
【0044】
(l)ギャップG内の水分除去及び疎水化処理を行った後、ギャップGの端部に例えばエポキシ系樹脂の封止材12を盛り、個別電極10毎の封止を行う。
(m)ノズル基板3をエポキシ系接着剤によりキャビティ基板1の上面に接着する。
(n)ダイシングを行い、個々のヘッドに切断する。
上記製造方法により、振動板4を上(ノズル基板側)に凸の3段形状としたインクジェットヘッドが完成する。
【0045】
以上説明したように、本実施の形態のインクジェットヘッドの製造方法によれば、シリコン窒化膜102をマスクとして熱酸化とエッチングを繰り返して多段形状を形成するため、以下の理由から振動板4と個別電極10とのギャップ精度を高くすることができ、安定した吐出特性を有するインクジェットヘッドを構成することができる。すなわち、多段形状部分を高精度に形成するためには、熱酸化膜(SiO2膜)の膜厚を均一かつ高精度に形成する必要があるが、熱酸化膜を形成する際の熱酸化膜(SiO2膜)の厚み管理は非常に高精度で行える特徴があり、ナノオーダーでの膜厚管理が可能である。また、シリコンウエハ面内の厚みばらつきも数nmと非常に小さいという特徴がある。従って、個々の静電アクチュエータの多段形状部分を高精度に形成することができ、また、各静電アクチュエータ間でのギャップ長のばらつきを小さくでき、インク吐出性能のばらつきを抑えることができる。
【0046】
また、初めに成膜したシリコン窒化膜102を最後まで使い回して振動板4の多段形状部分を形成するため、コスト低減を図ることができる。また、特許文献2に記載の技術に比べて製造工程を簡略化できるため、この面からもコスト低減が可能である。
【0047】
また、本例では、振動板をボロンドープ層で形成しているが、平面状の振動板をボロンドープ層で形成すると、ボロンドープ層部分に圧縮応力が働いて、振動板が波打った形状に形成されるという特徴がある。このように平面状の振動板の表面に凹凸が形成されると、振動板駆動時の振動板の変形量が安定せず、吐出特性が不安定になり好ましくない。また、前記圧縮応力により、主にギャップが広がる方向に振動板が変形するという特徴もある。ここで、本例は、振動板をボロンドープ層で形成したことによる振動板変形方向と同様の方向に、振動板を凸の多段形状としているため、圧縮応力による変形と相俟って、振動板の形状を上(ノズル基板側)に凸の円弧形状に平均化することが期待でき、吐出特性を安定化することが期待できる。
【0048】
また、シリコン基板100と電極ガラス基板2を接合した後に、吐出室5等の各部分を形成する方法を用いているため、基板の取り扱いが容易となり、基板の割れを低減することができ、且つ基板の大型化が可能となる。大型化が可能となれば、一枚の基板から多くのインクジェットヘッドを取り出すことができるため、生産性を向上させることができる。
【0049】
上記の実施形態では、インクジェットヘッドの製造方法について述べたが、本発明は上記の実施形態に限定されるものでなく、本発明の思想の範囲内で種々変更することができる。例えば、ノズル孔より吐出される液状材料を変更することにより、インクジェットプリンタのほか、液晶ディスプレイのカラーフィルタの製造、有機EL表示装置の発光部分の形成、遺伝子検査等に用いられる生体分子溶液のマイクロアレイの製造など様々な用途の液滴吐出装置として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の一実施の形態に係るインクジェットヘッドの分解斜視図。
【図2】図1のインクジェットヘッドの断面図。
【図3】図1のキャビティ基板の吐出室部分の平面図。
【図4】振動板の変位動作を示した図。
【図5】キャビティ基板の製造方法を表す図(1/2)。
【図6】キャビティ基板の製造方法を表す図(2/2)。
【図7】図6に続くインクジェットヘッドの製造工程を表す図(1/2)。
【図8】図7に続くインクジェットヘッドの製造工程を表す図(2/2)。
【符号の説明】
【0051】
2 電極ガラス基板、4 振動板、4a 1段目、4b 2段目、4c 3段目、5 吐出室、10 個別電極、41 ボロンドープ層、100 シリコン基板、100a 接合面、101,103,104 SiO2膜、102 シリコン窒化膜、102a 開口、102b 開口、G ギャップ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコンで構成された振動板と、前記振動板にギャップを隔てて対向する対向電極とを備え、
前記振動板を、前記対向電極とは反対側に凸の多段形状としたことを特徴とする静電アクチュエータ。
【請求項2】
前記振動板は、短辺と長辺を有する長方形状を有し、前記振動板の長手方向の中央部に行くに従って前記ギャップが大きくなる多段形状に形成されていることを特徴とする請求項1記載の静電アクチュエータ。
【請求項3】
前記振動板は、ボロンをドープしたシリコン基板で構成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の静電アクチュエータ。
【請求項4】
前記対向電極が形成される電極基板は、硼珪酸ガラスからなることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れかに記載の静電アクチュエータ。
【請求項5】
前記対向電極は、ITOからなることを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れかに記載の静電アクチュエータ。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5の何れかに記載の静電アクチュエータを備え、前記振動板が、液滴を吐出する吐出室の底壁を構成していることを特徴とする液滴吐出ヘッド。
【請求項7】
シリコン基板の一方の面にシリコン窒化膜を形成するシリコン窒化膜形成工程と、
前記シリコン窒化膜を所望の形状にパターニングするマスク形成工程と、
前記パターニングされたシリコン窒化膜をマスクとして前記シリコン基板を熱酸化し、前記マスクで覆われていない部分に熱酸化膜を形成する熱酸化工程と、
前記熱酸化工程により形成された熱酸化膜をエッチング除去するエッチング工程と、
前記マスク形成工程、前記熱酸化工程及び前記エッチング工程を所定回数繰り返して、前記シリコン基板の一方の面を多段形状に形成する工程と
を有することを特徴とする静電アクチュエータの製造方法。
【請求項8】
前記シリコン基板の多段形状に形成された前記一方の面全体にボロンを拡散してボロンドープ層を形成する工程と、
前記シリコン基板の他方の面にエッチングパターンを形成する工程と、
前記エッチングパターンを用いてウェットエッチングを行い、前記ボロンドープ層でエッチングストップさせて振動板を形成する工程と
を有することを特徴とする請求項7記載の静電アクチュエータの製造方法。
【請求項9】
請求項7又は請求項8記載の静電アクチュエータの製造方法を適用して、液滴吐出ヘッドのアクチュエータ部分を形成することを特徴とする液滴吐出ヘッドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−12211(P2009−12211A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−173933(P2007−173933)
【出願日】平成19年7月2日(2007.7.2)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】