説明

非接触チャック

【課題】高効率な非接触チャックを提供する。
【解決手段】非接触チャック100は、カップ2、ファン8を備える。カップ2は、その底面に断面略円形の凹部4が設けられ、その上面に吸気口6が設けられる。ファン8は、カップ2の凹部4内に設けられており、モータ10の回転軸と取り付けられている。ファン8の回転によってカップ2内に吸気口6から空気が吸い込まれる。そしてカップ2の内部に旋回流を発生し、非接触チャック100と対象物102の間に吸着力を発生させることにより、対象物を非接触で保持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物体を非接触で保持するための非接触チャックに関する。
【背景技術】
【0002】
半導体集積回路やフラットパネルディスプレイの製造工程において、半導体のウェハやガラス基板などの物体を搬送するために、搬送装置が設けられる。かかる搬送装置として従来では対象物が搬送装置と物理的に接触した状態で対象物を搬送するタイプのものが一般的であった。しかしながら接触型の搬送装置は、対象物に傷をつけたり静電気を発生させるおそれがあることから好ましくない。
【0003】
そこで近年、対象物を非接触で搬送を行うことが可能な非接触運搬装置の開発が進んでいる。たとえば特許文献1、2には、円筒状の内周面に沿って旋回流を発生させ、旋回流の中心に生ずる負圧を利用して対象物を浮揚させる技術が開発されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−51260号公報
【特許文献2】特開2007−324382号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、2に記載の従来の非接触運搬装置の内部には、円筒状の空間(円筒室)が設けられる。また円筒室の上面には接線方向にジェット噴流を発生させるノズルが設けられる。圧縮空気をノズルから円筒室内に噴射すると、円筒室の内壁に沿って旋回流が発生する。この旋回流によって遠心力が発生し、円筒室の中心部の圧力は外周部よりも負圧まで低くなり、対象物に対する吸着力(浮揚力)が発生する。
【0006】
この方式では、ノズルから噴射された圧縮空気が円筒室の内壁に沿って旋回し、円筒室内の空気の粘性によるせん断力が発生する。このせん断力は空気の回転を円筒の中心付近に伝搬させていく。しかしながら、円筒室内において空気の高速回転に伴う乱流が発生するため、乱流の影響でせん断力が大きく減衰してしまう。したがって円筒室の中心部付近に旋回流を発生させることが困難であり、この問題は円筒室の直径が大きければ大きいほど著しくなるため、装置の大型化が困難となる。
【0007】
また、空気と固体表面との間に粘性摩擦が存在するため、圧縮空気は接線方向のノズルを通過するときと、高速で噴出した空気は円筒室の壁面と激しく接触するとき、粘性摩擦によって大きなエネルギー損失が生じる。
さらに、従来の装置は接線方向のノズルからのジェット噴流を用いる構造となっているため、圧縮空気源を必要としている。圧縮空気源では、空気の調質・圧縮・輸送・整圧の過程においてエネルギー損失が多く生じる。また、多くの周辺設備(コンプレサー、調質機器、管路、電磁弁、減圧弁など)が必要となる。しかも従来装置は圧縮空気源のある場所にしか使えず、適用範囲は限られている。
【0008】
本発明は係る課題に鑑みてなされたものであり、そのある態様の例示的な目的のひとつは、大浮揚力、および/または省エネルギーが実現可能な非接触チャックの提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のある態様は、非接触チャックに関する。この非接触チャックは、カップ状部材と、ファンと、を備える。カップ状部材は、断面略円形の凹部と、凹部の底面に連通された吸気口を有する。ファンは、カップ状部材の凹部内に設けられ、その回転によって凹部内に吸気口から空気を吸い込み、凹部の内部に旋回流を発生せしめる。
【0010】
この態様によると、ファンの回転によって凹部内に旋回流を発生し、旋回流の中心付近に負圧領域を作り出すことにより対象物を非接触で保持することができる。この態様では、ファンによって直接的に旋回流を発生するため、ジェット噴射を用いた旋回流に比べて、大きな浮揚力を得ることができ、および/またはエネルギー損失を小さくすることができる。
【0011】
ファンはその回転軸を中心として放射状に配置され、かつそれぞれが回転方向に湾曲した形状を有する複数の羽根を有してもよい。
【0012】
なお、以上の構成要素を任意に組み合わせたもの、あるいは本発明の表現を、方法、装置などの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0013】
本発明のある態様によれば、大きな浮揚力を得ることができ、および/またはエネルギー損失が小さな非接触チャックを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施の形態に係る非接触チャックの構成を示す図である。
【図2】図2(a)は、図1の非接触チャックのA−A線端面図を、図2(b)は図1の非接触チャックの平面図を示す図である。
【図3】図3(a)、(b)は、ファンの別の構成例を示す図である。
【図4】図1の非接触チャックが発生する圧力の分布図である。
【図5】カップの底部と対象物との間隔と浮揚力の関係を示す図である。
【図6】複数の非接触チャックを備える非接触運搬装置の構成を示す図である。
【図7】図7(a)〜(c)は、変形例に係るカップの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。
【0016】
図1は、実施の形態に係る非接触チャック100の構成を示す図である。非接触チャック100は、カップ状部材(以下、単にカップという)2、ファン8、モータ10を備える。図2(a)は、図1の非接触チャック100のA−A線断面図を、図2(b)は図1の非接触チャック100の平面図を示す。
【0017】
カップ2は、その一方の底面に設けられた凹部4と、凹部4の底面に連通された吸気口6を有する。凹部4は、一方の底面が開放された柱状の空間と理解することもできる。凹部4の断面は、後述する旋回流に対する抵抗が小さくなるように略円形、すなわち円形もしくは楕円形あるいはそれらに準ずる多角形であってもよい。カップ2の外観形状は図1に示す円柱体には限定されず、その内部に凹部4が存在すればいかなる形状であってもよい。
【0018】
図1の非接触チャック100において、カップ2は、同一円周上に等間隔に設けられた4個の吸気口6を有する。吸気口6の個数は4に限定されず、その個数は任意であるが、2〜8個が好適である。
【0019】
図2(a)に示すように、ファン8はその回転軸7を中心として放射状に配置された複数の羽根9を有する。羽根9それぞれは矩形の板であり、その上端側を回転方向に湾曲させた形状を有する。ただし、羽根9を径方向に対して湾曲させてもよい。また羽根9の形状も矩形に限定されず、その他の形状のものを用いてもよい。
【0020】
図3(a)、(b)は、ファンの別の構成例を示す図である。図1では、羽根9が緩やかに曲げられているのに対して、図3(a)では羽根9aがある高さにおいて折り曲げられている。図3(b)では羽根9bは湾曲しておらず、平らな板であり、回転軸7に対して回転方向に傾斜して取り付けられている。
【0021】
図2(a)に示すように、羽根9とカップ2の内壁の間には、ファン8の回転が空気抵抗によって妨げられないように所定のクリアランスΔrを設けることが望ましい。
【0022】
また羽根9の回転軸7と平行な断面に着目すると、回転軸7に対して角度θ=0.5〜20°の範囲でわずかに湾曲している。羽根9を湾曲させることにより、吸気口6から空気を吸い込むことができる。
【0023】
羽根9の枚数は、少なくとも4枚あれば足りるが、旋回流を効率的に発生させるためには、6〜20枚の範囲であることが好ましい。
【0024】
モータ10はカップ2の外部に設けられており、その回転軸が回転軸用穴5を介して凹部4の底部に露出している。ファン8は、カップ2の凹部4の内部に設けられ、モータ10の回転軸に取り付けられる。モータ10の回転に応じて、ファン8は矢印12の向きに回転する。ファン8が回転することにより、吸気口6から凹部4に空気が吸い込まれ、旋回流12が発生する。カップ2の底部から排出される空気に対する抵抗を低減するために、カップ2の底面側の内周縁部16を面取りしてもよい。
【0025】
以上が非接触チャック100の構成である。続いてその動作を説明する。対象物102は、カップ2の底部と対向して配置される。この状態でモータ10をたとえば1000〜3000rpm程度の回転数で回転させると、凹部4の内部に旋回流が発生する。この旋回流によってカップ2の中には、負圧の分布が生ずる。図4の破線は、図1の非接触チャック100が発生する圧力の分布図である。横軸は径方向の位置rを、縦軸は圧力を示す。図4の実線は、従来の装置が発生する圧力の分布図である。
【0026】
カップ2中に旋回流が発生すると、遠心力によってカップ内の空気が外側へと引っ張られ、空気の密度が低くなり、圧力は大気圧以下すなわち負圧まで低下する。対象物102を非接触チャック100の下に置くと、対象物102の上表面では、中心では最も低い負圧が形成され、またこの負圧は半径方向に沿って図4に示すように分布する。上下表面の圧力の差によって浮揚力が発生し、対象物102を浮揚させることができる。
【0027】
図5は、カップ2の底部と対象物102との間の間隔hと浮揚力の関係を示す図である。この曲線では、間隔の拡大につれて浮揚力が上昇する部分がある。対象物の重力を表す一点鎖線はこの部分と交差し、つまり、交差点の間隔で重力と浮揚力が釣り合う。定常状態では、対象物はこの位置において安定に浮揚することができる。
【0028】
以上が非接触チャック100の動作である。図1の非接触チャック100は、従来のジェット噴射を用いた非接触搬送装置に比べて以下の利点を有する。
【0029】
1. 従来技術では、空気の粘性によるせん断力を利用して旋回流を作り出す。しかしながら、このせん断力は乱流の影響で減衰するため、装置の中心部において空気の回転を発生させることが困難であり、空気の回転による形成される負圧は小さくなり、浮揚力が弱くなってしまう。一方、本実施の形態では、カップ内に羽根を設けて空気を攪拌することによって旋回流を形成させる。羽根は回転方向において空気に力を与えることからカップ内の空気の全体を高速に回転させることができ、大きな負圧、すなわち大きな浮揚力を得ることができる。
【0030】
図4には、同じ消費エネルギーの場合の、従来のジェット噴射を用いた非接触運搬装置と、図1の非接触チャック100の比較が示される。中心部においては、実施の形態に係る非接触チャック100の方が低い負圧を発生させていることを確認できる。
【0031】
このことは、コップの中の液体をかき回すこととのアナロジーによって直感的に説明することができる。すなわち、ジェット噴射を用いたボルテックスカップでは、最外周において空気を旋回させ、それが徐々に内部に伝搬して旋回流となる。つまりコップを回転させて中の液体を回転させることと対応付けることができ、これは非常に効率が悪いといえる。一方、ファンを用いた非接触チャック100では、スプーンを用いて液体をかき回すことと対応付けることができ、効率よく旋回流を発生できることが理解される。
【0032】
2. 次に、ジェット噴射を用いた従来の装置では、圧縮空気は接線方向のノズルを通過するときと、高速で噴出した空気は円筒室の壁面と激しく接触するとき、粘性摩擦によって大きなエネルギー損失が生じる.実施の形態に係る非接触チャック100はこのようなエネルギー損失が発生しないことから、既存発明に比べると省エネルギーである。
【0033】
従来の装置と、図1の非接触チャック100を比較する実験を行ったところ、0.7Nの最大浮揚力を得るために、前者が17Wを要するのに対して、後者は5Wと、およそ1/3で済むという結果が得られた。また1.1Nの最大浮揚力を得るために、前者は23W必要であったのに対して、後者は7Wであった。最大浮揚力1.5Nの場合、前者は28W必要であったのに対して、後者は9Wで足りる。
【0034】
3. 最後に、実施の形態に係る非接触チャック100は、回転軸を設けてファンを回転させる構造となっているので、電動モータによる駆動が可能となる。したがって、実施の形態に係る非接触チャック100は、圧縮空気源を必要とする従来技術にくらべ、空気の調質・圧縮・輸送・整圧におけるエネルギー損失がなくなり、必要な周辺設備も少なくなる。省エネと生産コストの低減につながっている。電源があれば使えるので適用範囲が広くなる。
【0035】
なお、図1の非接触チャック100を単体で用いる場合、旋回流によって対象物102が回転するおそれがある。これを防止するために、複数の非接触チャック100を用いることにより、対象物102を回転させることなく保持することができる。図6は、複数の非接触チャック100を備える非接触運搬装置200の構成を示す図である。非接触運搬装置200は、4個の非接触チャック100a〜100dを備える。図6には対象物102が破線で示される。4個の非接触チャック100a〜100dそれぞれが発生する旋回流の方向は、非接触チャック100a〜100dそれぞれが対象物102に及ぼす回転トルクがキャンセルするように決定される。図6では、非接触チャック100aと100bは同じ第1の向きの旋回流を発生し、非接触チャック100cと100dはそれとは反対の、第2の向きの旋回流を発生する。あるいは非接触チャック100aと100cにより第1の向きの旋回流を発生させ、非接触チャック100bと100dにより第2の向きの旋回流を発生させてもよい。また、非接触チャック100の個数は4個に限定されず、2個、6個、8個など任意の個数を用いることができる。
【0036】
図7(a)〜(c)は、変形例に係るカップ2の回転軸方向の断面図である。図7(a)は、図2の円柱形の凹部4を設けた場合を示す。図7(b)は凹部4を略半球状とした場合を示す。図7(c)は、凹部4を円柱台とした場合を示す。それぞれの場合において、ファン8の羽根の形状は、凹部4に非接触にて嵌合するように定められる。
【0037】
実施の形態にもとづき、具体的な語句を用いて本発明を説明したが、実施の形態は、本発明の原理、応用を示しているにすぎず、実施の形態には、請求の範囲に規定された本発明の思想を逸脱しない範囲において、多くの変形例や配置の変更が認められる。
【符号の説明】
【0038】
2…カップ、4…凹部、5…回転軸用穴、6…吸気口、7…回転軸、8…ファン、9…羽根、10…モータ、12…矢印、14…旋回流、16…内周縁部、100…非接触チャック、102…対象物。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カップ状部材であって、その一方の底面に設けられた断面略円形の凹部と、前記凹部の底部に連通された吸気口と、を有するカップ状部材と、
前記カップ状部材の凹部内に設けられたファンであって、その回転によって前記凹部内に前記吸気口から空気を吸い込み、前記凹部の内部に旋回流を発生せしめるファンと、
を備えることを特徴とする非接触チャック。
【請求項2】
前記ファンはその回転軸を中心として放射状に配置され、かつそれぞれが回転方向に湾曲した形状を有する複数の羽根を有することを特徴とする請求項1に記載の非接触チャック。
【請求項3】
複数の前記吸気口が同一円周上に等間隔に配置されることを特徴とする請求項1または2に記載の非接触チャック。
【請求項4】
前記吸気口はそれぞれ、前記カップ状部材の外周付近に設けられることを特徴とする請求項3に記載の非接触チャック。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−138948(P2011−138948A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−298331(P2009−298331)
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年7月1日 国立大学法人東京工業大学主催の「東京工業大学 2009年度大学院博士後期課程論文発表会」で発表
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】