説明

音響処理装置および音響処理方法

【課題】聴取者に対して左右非対称な音響特性を持つ環境においても、仮想音像定位が左右のどちらかに寄ってしまう、あるいは所望の音像感が得られなくなるのを防止する。
【解決手段】2チャンネルの音声信号に対して、スピーカの実配置位置以外の所定の位置に、音声信号による音像を仮想音像定位させるための処理をする仮想音像定位処理手段10と、スピーカと、聴取者との位置関係に応じた補正用情報を用いて、仮想音像定位させるための処理がなされた音声信号に対して、補正処理をする補正処理手段20とを備える。仮想音像定位処理手段10に供給される2チャンネルの音声信号の、少なくとも1チャネルの音声信号に対して遅延手段31L,31Rを設ける。遅延手段31L,31Rに代えて、ゲイン調整手段を設けても良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、スピーカが、例えば、リビングに置かれるリクライニングチェアや、自動車のヘッドレスト等、椅子の背もたれ部に装着されるヘッドレスト部に設けられて構成される場合に適用して好適な音響処理装置および音響処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リクライニングチェアや自動車の座席シートのヘッドレストに、スピーカを設け、そのスピーカにより、聴取者(リスナ)の耳の近傍において、高品位の音声を放音することができるようにした音響処理装置が提案されている。すなわち、ヘッドホンなどを用いなくても、聴取者の耳の近傍に位置付けられるスピーカを通じて、高品位の音声を聴取者が聴取することができる環境が整えられてきている。
【0003】
しかし、椅子(座席)のヘッドレスト部分にスピーカを設けた場合、聴取者の耳の後ろ側から直接音声が放音されるために、聴取者の意識が聴取者の後方に惹かれ、聴取する音楽によっては、違和感を感じたり、いわゆる聞き疲れが生じたりする場合がある。
【0004】
このため、音声信号に対して仮想音像定位処理を施すことによって、聴取者の後ろ側のスピーカから放音された音声が、聴取者の前方の予め想定した位置から聞こえるようにすることが提案されている(特許文献1(特開2003−301533号公報)参照)。
【0005】
図7は、例えば自動車の運転座席シートのヘッドレスト1に、左右2チャンネル用のスピーカ2L,2Rを設けた状態を示している。そして、この図7の例では、左右2チャンネルの音声信号SL,SRに対して、聴取者3の前方に想定した点線で示す位置VSL,VSRに仮想音像が定位するような仮想音像定位処理を施した後、スピーカ2L,2Rに供給するようにしている。
【0006】
このようにすれば、聴取者3は、仮想音像定位位置(仮想スピーカ位置)VSL,VSRから音声が放音されて聞こえるようになり、聴取者の耳の後ろ側に位置するスピーカ2L,2Rから放音される音声を聴取することによる違和感や聞き疲れを防止することが可能となる。
【0007】
ただし、この場合、スピーカ2L,2Rから放音される音声の音像を、想定した位置に定位させるために重要となるのが、実際に音声を聴取する場所である再生音場におけるスピーカから聴取者の耳までの直接的な音声についての伝達関数である。すなわち、仮想音像定位処理されて、スピーカ2L,2Rから放音される音声については、再生音場における伝達関数の影響を除去しなければ、スピーカ2L,2Rから放音される音声の音像を想定した位置に正確に定位させることができないからである。
【0008】
そこで、前記特許文献1では、スピーカを用いて音声を厳密に再生するようにする方式の1つであるトランスオーラルシステムを用いることによって、再生音場における伝達関数の影響を除去するようにしている。これにより、聴取者3の耳の後ろ側に位置するヘッドレスト1に設けられたスピーカ2L,2Rから放音される音声の音像を、聴取者の前方の、想定された位置VSL,VSRに、正確に定位させるようにすることができる。
【0009】
上記の特許文献は、次の通りである。
【特許文献1】特開2003−301533号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、実際の再生音場においては、聴取者の周囲の壁などからの影響を受けて、聴取者を中心とした左右対称の音響特性となっていない場合が多い。例えば、図7の例のヘッドレスト1が、図8に示すように、自動車の運転席の座席シートのヘッドレストであった場合を考える。この場合には、聴取者3の右側は運転席側のドアのウインドー4が間近に迫り、一方、左側のドアのウインドー5は助手席を介して、比較的離れた状態になっており、聴取者3に対しては、左右非対称の音響特性を持つ環境となる。
【0011】
このため、聴取者3の右耳には運転席側のドアのウインドー4に反射したスピーカ2Lやスピーカ2Rからの音声成分が、左側よりも、より強く飛び込むようになって、聴取者3の右耳で聴取する音声の方が強勢となる。すると、左チャンネルについての仮想音像定位位置が、想定された位置VSLよりも、より左側にシフトした位置VSL´となる用に感ぜられ、仮想音像の定位位置が左側に寄ってしまう、あるいは所望のステレオ音像感が得られないことになる。
【0012】
この発明は、以上の点にかんがみ、自動車の車内のような聴取者に対して左右非対称な音響特性を持つ環境においても、仮想音像定位が左右のどちらかに寄ってしまう、あるいは所望の音像感が得られなくなるのを防止することができる音響処理装置および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、請求項1の発明は、
スピーカと、
2チャンネルの音声信号に対して、前記スピーカの実配置位置以外の所定の位置に、前記音声信号による音像を仮想音像定位させるための処理をする仮想音像定位処理手段と、
前記スピーカと、聴取者との位置関係に応じた補正用情報を用いて、前記仮想音像定位させるための処理がなされた音声信号に対して、補正処理をする補正処理手段と、
前記仮想音像定位処理手段に供給される前記2チャンネルの音声信号の、少なくとも1チャネルの音声信号に対して設けられる遅延手段と、
を備え、前記補正処理後の音声信号を前記スピーカに供給するようにする音響処理装置を提供する。
【0014】
この請求項1の発明による音響処理装置によれば、遅延手段により仮想音像定位位置を、所定の位置に調整することができる、あるいは所望の音像感を得ることができるように調整することができる。
【0015】
また、請求項2の発明は、
スピーカと、
2チャンネルの音声信号に対して、前記スピーカの実配置位置以外の所定の位置に、前記音声信号による音像を仮想音像定位させるための処理をする仮想音像定位処理手段と、
前記スピーカと、聴取者との位置関係に応じた補正用情報を用いて、前記仮想音像定位させるための処理がなされた音声信号に対して、補正処理をする補正処理手段と、
前記仮想音像定位処理手段に供給される前記2チャンネルの音声信号の、少なくとも一方のチャンネルの音声信号に対して設けられ、前記音声信号のゲインを調整するゲイン調整手段と、
を備え、前記補正処理後の音声信号を前記スピーカに供給するようにする音響処理装置を提供する。
【0016】
この請求項2の発明による音響処理装置によれば、ゲイン調整手段により仮想音像定位位置を、所定の位置に調整することができる。
【0017】
そして、請求項3の発明は、請求項1または請求項2に記載の音響処理装置において、
前記仮想音像定位処理手段は、前記所定の位置に仮想音像定位させるために、予め測定された伝達関数を前記音声信号に畳み込む処理を行なうためのフィルタ処理であり、
前記補正処理手段は、前記スピーカからの放音音声の聴取者に対する伝達関数の影響を除去する処理を行なうためのフィルタ処理であり、
前記仮想音像定位させるためのフィルタ処理と、前記補正処理手段におけるフィルタ処理とを、1つのフィルタ部で行なう
音響処理装置を提供する。
【0018】
この請求項3の発明によれば、仮想音像定位処理と、補正処理とを1つのフィルタ部で行なうようにしたので、構成が非常に簡略化できるという効果がある。
【発明の効果】
【0019】
この発明によれば、自動車の車内のような聴取者に対して左右非対称な音響特性を持つ環境においても、仮想音像定位が左右のどちらかに寄ってしまう、あるいは所望の音像感を得られなくなるのを防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、この発明による音響処理装置の幾つかの実施形態を、図を参照しながら説明する。以下の実施形態は、いずれも、スピーカを自動車の座席のヘッドレストに設けるように構成した音響処理装置の場合の例である。
【0021】
[第1の実施形態]
図1は、この発明が適用された第1の実施形態の音響処理装置を説明するためのブロック図であり、図2は、この第1の実施形態の音響処理装置が用いられる椅子の外観を説明するための図である。そして、この第1の実施形態の音響処理装置は、左右2チャンネルの音声信号を処理するものである。
【0022】
図1において、ディスク100は、2チャンネルの音声信号を提供する2ch音源(chはチャンネル略称)である。このディスク100から再生された左右2チャンネルの音声信号が、この第1の実施形態の音響処理装置に供給される。
【0023】
第1の実施形態の音響処理装置は、この2ch音源のディスク100からの左チャンネルの音声信号の供給を受け付ける左チャンネル入力端子Linと、右チャンネルの音声信号の供給を受け付ける右チャンネル入力端子Rinとを有している。
【0024】
また、第1の実施形態の音響処理装置は、仮想音像定位処理を行なう音像定位処理フィルタ部10と、再生音場における伝達関数の影響を除去するためのトランスオーラルシステムフィルタ部20とを備えている。
【0025】
そして、左チャンネル入力端子Linを通じた左チャンネルの音声信号は、遅延部31Lを通じて音像定位処理フィルタ部10に供給される。また、右チャンネル入力端子Rinを通じた右チャンネルの音声信号は、遅延部31Rを通じて音像定位処理フィルタ部10に供給される。遅延部31L、31Rおよび音像定位処理フィルタ部10での処理は、後で詳述する。
【0026】
音像定位処理フィルタ部10からの2チャンネルの音声信号は、それぞれトランスオーラルシステムフィルタ部20に供給される。トランスオーラルシステムフィルタ部20での処理は、後で詳述する。
【0027】
トランスオーラルシステムフィルタ部20からの2チャンネルの音声信号は、左チャンネルスピーカ32Lと右チャンネルスピーカ32Rとにそれぞれ供給される。
【0028】
左、右チャンネルスピーカ32L、32Rとしては、それぞれ1つずつのスピーカからなる場合もあれば、スーパーツィータやウーハーを備えた高品位の音声の放音が可能ないわゆるHiFiスピーカデバイスを用いることも可能である。この第1の実施形態の場合、左、右チャンネルスピーカ32L、32Rは、スーパーツィータやーウハーを備えたHiFiスピーカデバイスである。
【0029】
そして、左、右チャンネルスピーカ32L、32Rを含むこの第1の実施形態の音響処理装置は、図2に示すように、自動車の座席や家庭において用いられる椅子Stの背もたれ部に対して着脱可能とされたヘッドレスト部St1に構成するようにされる。ヘッドレスト部St1は、図2に示すように、自動車の座席や家庭で用いられる椅子などにおいて、使用者の頭部を支持する部分(頭部支持部)に相当する。
【0030】
図2に示すように、自動車の座席やリクライニングシートなどの椅子(座席)Stは、大きく分けると、使用者が腰をおろす腰掛部St2と、使用者が背中をもたせかける背もたれ部St3と、ヘッドレスト部St1とからなっている。
【0031】
この第1の実施形態においては、図2に示すヘッドレスト部St1に相当する部分に、左右2チャンネルのスピーカ32L、32Rを含む図1に示した構成の音響処理装置を構成する。そして、実施形態の音響処理装置は、2ch音源からの音声信号を再生する自動車に搭載された音声再生装置(カーステレオ装置)や家庭内に設けられた音声再生システムからの2チャンネルの音声信号の供給を受けることができるように構成されている。
【0032】
この実施形態の音響処理装置を用いた場合には、図2に示したように、椅子Stに腰をかけた聴取者は、自己の頭部の斜め後方に位置する左、右スピーカ32L、32Rからの放音音声による音像を、聴取者の前方の位置VSL,VSRとして聴取することになる。
【0033】
すなわち、第1の実施形態の音響処理装置においては、音像の定位位置を、実際に固定されたスピーカの位置から、仮想的な音像定位位置にずらすようにしている。これにより、音が聴取者の後頭部付近や耳の後方から聞こえることによる違和感、不快感を除去するようにしている。
【0034】
なお、ヘッドレスト部は、背もたれ部と一体に形成され、ヘッドレスト部分のみを取り外すことができないものもあるが、この実施形態においては、自動車の座席や家庭の椅子などの複数の椅子に対して着脱可能に構成されている。したがって、この実施形態の音響処理装置は、複数の椅子において兼用することができる。
【0035】
この第1の実施形態においては、音像定位処理フィルタ部10、トランスオーラルシステムフィルタ部20とにより、実スピーカ32L、32Rから放音される音声の音像を仮想スピーカVSL、VSRから放音されたもののように感じるように定位させる。つまり、左スピーカ32Lと右スピーカ32Rから放音される音声を、図1、図2において点線で示す左仮想スピーカVSL、右仮想スピーカVSRの位置から放音されたように聞こえるようにする。
【0036】
以下、この第1の実施形態の音響処理装置の各部について詳細に説明する。まず、音像定位処理フィルタ部10を説明するに当たり、音像定位処理の原理について説明する。図3は、音像定位処理の原理を説明するための図である。
【0037】
図3に示すように、所定の再生音場において、ダミーヘッドDHの位置を聴取者の位置とする。このダミーヘッドDHの位置の聴取者に対して、音像を定位させようとする左右の仮想スピーカ位置(スピーカがあるとものと想定する位置)に実際に左チャンネルの実スピーカSPL、右チャンネルの実スピーカ32LRを設置する。
【0038】
そして、左チャンネルの実スピーカSPL、右チャンネルの実スピーカSPRから放音される音声をダミーヘッドDHの両耳部分に置いたマイクロホンにて収音する。そして、スピーカSPLおよびスピーカSPRのそれぞれから放音された音声が、ダミーヘッドDHの両耳部分に到達したときには、どのように変化するか示す頭部伝達関数(HRTF)を、マイクロホンで収音した音声信号から予め測定しておく。
【0039】
図3に示す例では、左チャンネルの実スピーカSPLからダミーヘッドDHの左耳までの音声の伝達関数はM11であり、左チャンネルの実スピーカSPLからダミーヘッドDHの右耳までの音声の伝達関数はM12であるとする。同様に、右チャンネルの実スピーカSPRからダミーヘッドDHの左耳までの音声の伝達関数はM21であり、右チャンネルの実スピーカSPRからダミーヘッドDHの右耳までの音声の伝達関数はM22であるとする。
【0040】
なお、ここでは頭部伝達関数(HRTF)の測定に際し、ダミーヘッドDHを用いるようにしたが、これに限るものではない。頭部伝達関数を測定する再生音場に実際に人間を座らせ、その耳近傍にマイクロホンを置いて頭部伝達関数を測定するようにしてもよい。
【0041】
こうして測定された伝達関数M11,M12,M21,M22を、左右2チャンネルの音声信号に畳み込み処理し、その処理後の音声信号を、ヘッドレスト部St1のスピーカ32L、32Rに供給するようにする。すると、聴取者は、ヘッドレスト部St1のスピーカ32L、32Rから放音される音声が、あたかも仮想スピーカ位置VSL、VSRから音声が放音されているように感じるように、音像を定位させることができる。
【0042】
音像定位処理フィルタ部10は、前述した頭部伝達関数M11,M12,M21,M22を、左右2チャンネルの音声信号に畳み込む処理を行なう。すなわち、この実施形態では、音像定位処理フィルタ部10は、図1に示すように、4つのフィルタ部11、12、13、14と、2つの加算部15、16からなる。
【0043】
フィルタ部11は、左入力端子Linを通じて入力された左チャンネルの音声信号を伝達関数M11で処理するものであり、処理後の音声信号を左チャンネル用の加算部15に供給する。
【0044】
また、フィルタ部12は、左入力端子Linを通じて入力された左チャンネルの音声信号を伝達関数M12で処理するものであり、処理後の音声信号を右チャンネル用の加算部16に供給する。
【0045】
また、フィルタ部13は、右入力端子Rinを通じて入力された右チャンネルの音声信号を伝達関数M21で処理するものであり、処理後の音声信号を左チャンネル用の加算部15に供給する。
【0046】
また、フィルタ部14は、右入力端子Rinを通じて入力された右チャンネルの音声信号を伝達関数M22で処理するものであり、処理後の音声信号を右チャンネル用の加算部16に供給する。
【0047】
そして、加算部15は、フィルタ部11からの音声信号と、フィルタ部13からの音声信号(右チャンネルから左チャンネルへのクロストーク成分)とを加算する。また、加算部16は、フィルタ部14からの音声信号と、フィルタ部12からの音声信号(左チャンネルから右チャンネルへのクロストーク成分)とを加算する。
【0048】
これら加算部15および16の加算結果の音声信号を、スピーカ32Lおよび32Rに供給すれば、当該スピーカ32L,32Rから放音された音声により、仮想音像定位が可能となる。すなわち、スピーカ32L,32Rから放音された音声により、聴取者は、図1、図2に示した左仮想スピーカ位置VSLおよび右仮想スピーカVSRから音が放音されたような音像定位感を得る。
【0049】
しかし、実際の再生音場においては、ヘッドレスト部St1に設けられた左スピーカ32L、右スピーカ32Rからの放音音声が聴取者の両耳に入射することを考慮しなければならない。すなわち、左スピーカ32L、右スピーカ32Rからの放音音声の聴取者の両耳への入射を影響を除去しないと、再生音声の音像を目的とする仮想スピーカ位置に正確に定位させることができない場合がある。
【0050】
そこで、図1に示すように、左スピーカ32L、右スピーカ32Rと、聴取者3との間における実際の再生音場における伝達関数G11、G12、G21、G22を予め測定しておく。そして、その伝達関数G11、G12、G21、G22を用いて、左スピーカ32L、右スピーカ32Rからの放音音声が聴取者の両耳へ入射する影響を除去するようにする。
【0051】
この役割をするのが、トランスオーラルシステムフィルタ部20である。このため、この実施形態では、加算部15は、その加算結果の左チャンネルの音声信号をトランスオーラルシステムフィルタ部20に供給する。また、加算部16は、その加算結果の右チャンネルの音声信号をトランスオーラルシステムフィルタ部20に供給する。
【0052】
トランスオーラルシステムフィルタ部20は、トランスオーラルシステムが適用されて形成された音声フィルタである。トランスオーラルシステムは、ヘッドホンを用いて音声を厳密に再生するようにする方式であるバイノーラルシステム方式と同様の効果を、スピーカを用いた場合にも実現しようとする技術である。
【0053】
トランスオーラルシステムについて、図1の場合を例にして説明する。図1に示すトランスオーラルシステムフィルタ部20は、左スピーカ32L、右スピーカ32Rから放音されることになる音声について、再生音場における伝達関数の影響を除去する。これにより、左スピーカ32L、右スピーカ32Rから放音される音声の音像を正確に仮想スピーカ位置応じた位置に定位させるようにする。
【0054】
具体的にトランスオーラルシステムフィルタ部20は、左スピーカ32L、右スピーカ32Rから聴取者の左右の耳までの伝達関数の逆関数に応じて音声信号を処理するフィルタ部21、22,23、24と、加算部25、26を備えたものである。
【0055】
フィルタ部21は、伝達特性G11の逆関数H1nに応じて音声信号を処理し、その処理結果を加算部25に供給する。フィルタ部22は、伝達特性G12の逆関数H2nに応じて音声信号を処理し、その処理結果を加算部26に供給する。フィルタ部23は、伝達特性G21の逆関数H3nに応じて音声信号を処理し、その処理結果を加算部25に供給する。フィルタ部24は、伝達特性G22の逆関数H4nに応じて音声信号を処理し、その処理結果を加算部26に供給する。
【0056】
そして、加算部25は、フィルタ部21からの音声信号と、フィルタ部23からの音声信号(右チャンネルから左チャンネルへのクロストーク成分)とを加算する。また、加算部26は、フィルタ部24からの音声信号と、フィルタ部22からの音声信号(左チャンネルから右チャンネルへのクロストーク成分)とを加算する。
【0057】
そして、加算部25および26は、それぞれの加算結果の音声信号を、アンプ33Lおよび33Rを通じてスピーカ32Lおよび32Rに供給する。
【0058】
なお、この第1の実施形態において、フィルタ部21、22,23、24においては、逆フィルタ特性をも考慮した処理を行ない、より自然な再生音声を放音できるようにしている。
【0059】
ところで、ヘッドレスト部St1に設けられたスピーカから聴取者の左右の耳までの伝達関数G11、G12、G21、G22は、スピーカ32L、32SRに対する聴取者の頭部の位置が想定した位置よりもずれてしまえば、変化してしまう。このようになると、再生音場における当該伝達関数G11、G12、G21、G22の影響を確実に除去することができなくなり、スピーカ32L、32Rから放音した音声による仮想音像定位効果が十分には得られなくなる。
【0060】
特に、聴取者の頭部が、スピーカの放音面に対して平行に上下方向や左右方向に動いてしまった場合には、スピーカの放音面に対して直交する方向に聴取者の頭部が動いた場合に比べてその影響は大きい。
【0061】
このため、仮想音像定位の効果を十分に得るためには、スピーカに対する聴取者の頭部の位置(耳の位置)を必ず決まった位置となるように規制して、音声を聴取させるようにすることが考えられる。
【0062】
しかし、当該ヘッドレスト部St1を有する椅子に腰をかけた聴取者の頭部の位置を常にスピーカに対して所定の位置の保持するようにすることは難しい。また、保持するようにすることができたとしても、かえって聴取者のリラックス感を阻害することにもなりかねない。
【0063】
そこで、この実施形態では、スピーカ32L,32Rに対する聴取者の頭部の様々な位置における伝達関数G11、G12、G21、G22を予め測定しておき、その測定結果をそれぞれの位置情報と対応付けてデータベース60に保持しておくようにする。
【0064】
そして、スピーカに対する聴取者の耳の位置、換言すればスピーカが設けられたヘッドレスト部からの聴取者の頭部の距離を含むヘッドレスト部に対する聴取者の頭部の位置を計測できるようにする。このために、頭部位置検出部40を設ける。なお、頭部位置検出部40における、ヘッドレスト部に対する聴取者の頭部の位置の検出は、音響処理装置が動作状態にあるときに、あるいは、聴取者からの指示があったときにおいて、行なうようにする。
【0065】
この実施形態においては、ヘッドレスト部St1に設けられるスピーカデバイスのスーパーツイータを聴取者の頭部の位置検出センサとして用いるようにしている。近年、再生オーディオについてのHiFi志向が進み、可聴周波数帯域以上の再生性能を持つスピーカを実装することは珍しいことではないため、これを利用する。
【0066】
すなわち、この実施形態の音響処理装置のスピーカ32L、32Rのスーパーツイータは、可聴周波数以上の再生能力を持つものであり、この構成のスピーカ(スピーカデバイス)を聴取者の頭部の位置の測定に用いるようにする。これにより、聴取者の頭部の位置を検出するために、感圧式などの専用のセンサシステムを搭載しなくても済むように構成している。
【0067】
具体的には、ヘッドレスト部St1に設けられたスピーカのスーパーツイータから超音波を送信し、この送信した超音波の聴取者の頭部からの反射波(反射超音波)をスーパーツイータにより受信する。そして、受信した反射波出力を頭部位置検出部(以下、単に検出部という。)40に供給する。検出部40では、左右チャンネルのスピーカのスーパーツイータからの反射波を分析することにより、ヘッドレスト部St1に対する聴取者の頭部の位置を検出する。
【0068】
検出部40は、スーパーツイータから送信した超音波の反射波の受信の有無、超音波を送信してからその反射波を受信するまでにかかった時間、当該時間と超音波の速度とから得られるスピーカと聴取者との距離などに基づいて、ヘッドレスト部St1に対する聴取者の頭部の位置を検出するようにしている。検出部40は、その頭部位置検出結果を、制御部としてのCPU(Central Processing Unit)50に供給する。
【0069】
CPU50は、検出部40からの聴取者の頭部の位置の検出結果の位置情報を用いて、データベース60に記録されている係数データテーブルを参照する。そして、CPU50は、現在の聴取者の頭部の位置に応じたトランスオーラルシステムフィルタ部20の各フィルタ部21、22、23、24に供給する係数データを、データベース60から読み出す。そして、読み出した係数データを、それぞれ対応するフィルタ部21〜24のそれぞれに供給して、設定するようにする。
【0070】
したがって、トランスオーラルシステムフィルタ部20においては、設定された係数データにより、当該再生音場における伝達係数G11,G12,G21,G22の影響を除去するように、補正処理がなされる。
【0071】
これにより、聴取者の頭部の位置がヘッドレスト部St1に対して動いても、トランスオーラルシステムフィルタ部20での補正処理により、聴取者の実際の頭部の測定位置に応じて、再生音場における伝達関数の影響を除去するように行なうことができる。したがって、ヘッドレスト部St1の左右のスピーカ32L、32Rから放音される音声の音像を、聴取者の頭部の位置にかかわりなく、想定された仮想音像定位位置に定位させることができる。
【0072】
そして、この実施形態では、遅延部31Lおよび31Rにより、自動車の車内のような聴取者に対して左右非対称な音響特性を持つ環境においても、仮想音像定位が左右のどちらかに寄ってしまうのを防止することができる。
【0073】
すなわち、例えば、実施形態の音響処理装置が、運転席の座席シートのヘッドレストにスピーカ32L,32Rが設けられたものに対して適用された場合には、前述の図7に示したように、左の仮想スピーカ位置VSLが、位置VSL´のように左にずれる。
【0074】
そこで、このような場合には、遅延部31Lの遅延量を、遅延部31Rの遅延量に対して小さくするように設定する。すると、左右2チャンネルの音声信号において、同じタイミングで聴取されるべき音声信号が、聴取者の左右の耳に到達する時間に差が生じる。聴取者は、ハース効果により、先に到達した音声の方を優勢な音声として聴取する。そのため、この場合には、左チャンネルの音声が優勢となるように調整される。こうして、前記左右チャンネルの遅延量の差により、左にずれた左の仮想音源定位位置VSLが、所期の位置になるように補正される。これにより、聴取者が、所望の音像感が得られなくなるのを防止することができる。
【0075】
なお、この場合に、遅延部31Rの遅延量をゼロとして、遅延部31Lのみを挿入し、その遅延量を調整するようにしてもよい。
【0076】
また、例えば自動車の助手席の座席シートのヘッドレストにスピーカ32L,32Rが設けられたものに対して適用された場合には、右チャンネルの仮想スピーカ位置VSRが、右にずれる。この場合には、遅延部31Rの遅延量を、遅延部31Lの遅延量に対して小さくするように設定する。この場合も、遅延部31Lの遅延量をゼロとして、遅延部31Rのみを挿入し、その遅延量を調整するようにしてもよい。
【0077】
すると、その左右チャンネルの遅延量の差により、右にずれた右の仮想スピーカ位置VSRが、所期の位置になるように補正される。これにより、聴取者が、所望の音像感が得られなくなるのを防止することができる。
【0078】
なお、遅延部31Lおよび31Rを、それぞれ外部から遅延量が調整可能な可変遅延手段により構成し、聴取者がスライド操作などにより、遅延量を可変調整することができるように構成してもよい。その場合には、聴取者は、実際の再生音場において、仮想音源定位位置が適切な位置となるように、実際の再生音で確かめながら調整することが可能になる。
【0079】
[第2の実施形態]
図4は、第2の実施形態の音響処理装置を説明するためのブロック図である。図4に示すように、この第2の実施形態の音響処理装置は、トランスオーラルシステムフィルタ部20に変えて、簡易型トランスオーラルシステムフィルタ部70を用いる。その他は、図1に示した第1の実施形態の音響処理装置と同様に構成される。この図4の第2の実施形態の音響処理装置において、図1に示した第1の実施形態の音響処理装置と同様の構成部分には、同じ参照符号を付し、その詳細な説明は省略する。
【0080】
図2に示したように、スピーカ32L、32Rが設けられるヘッドレスト部St1と、聴取者3の頭部とは通常近接している。このため、スピーカ32L、32Rのそれぞれから、聴取者の反対側の耳に入射する音声のクロストーク成分は、スピーカ32L、32Rのそれぞれから当該スピーカに対応する側の耳に入射する音声成分よりも格段に小さい。
【0081】
つまり、上述の第1の実施形態においては処理対象とした左から右、また、その逆のクロストーク成分の伝達関数G12、G21は、伝達関数G11、G22よりも格段に影響が小さい。そこで、このクロストーク成分の伝達関数G12、G21は無視することができる。
【0082】
このことにかんがみ、クロストーク成分の考慮を通常のトランスオーラルシステムから省略することにより、簡略化を図ったものが、図4に示した簡易型トランスオーラルシステムフィルタ部70である。
【0083】
この簡易型トランスオーラルシステムフィルタ部70は、図4に示すように、2個のフィルタ部71および72のみからなる簡略化された構成とされる。フィルタ部71は、ヘッドレスト部St1に設けられた左チャンネルスピーカ32Lから、聴取者3の左耳までの音声の伝達関数G1の逆関数で、音声信号をフィルタ処理するものである。また、フィルタ部72は、ヘッドレスト部St1に設けられた右チャンネルスピーカ32Rから、聴取者3の右耳までの音声の伝達関数G2の逆関数で、音声信号をフィルタ処理するものである。
【0084】
このように、クロストーク成分を無視するようにした場合であっても、左右チャンネルのスピーカ32L、32Rから放音される音声の定位感に対する影響は殆どないことは実験により確認されている。
【0085】
そして、この第2の実施形態の場合には、データベース60には、簡易型トランスオーラルシステムフィルタ部70の2つのフィルタ部71、72のそれぞれに対して設定するフィルタ係数が記憶されている。
【0086】
このフィルタ係数は、前述した第1の実施形態の音響処理装置の場合と同様にして、左右2チャンネルのスピーカ32L、32Rが設けられるヘッドレスト部を用いて測定された伝達関数G1,G2に応じて算出された係数データである。この第2の実施形態においても、聴取者の種々の頭部の位置変化に応じた複数の係数データが、その位置情報と対応付けられてデータベース60に記憶されている。
【0087】
そして、CPU50は、検出部40からの聴取者の頭部の位置の検出結果の位置情報を用いて、データベース60に記録されている係数データテーブルを参照する。そして、CPU50は、現在の聴取者の頭部の位置に応じた各フィルタ部71、72に供給する係数データを、データベース60から読み出す。そして、読み出した係数データを、それぞれ対応するフィルタ部71、72のそれぞれに供給して、設定するようにする。
【0088】
この第2の実施形態の音響処理装置によれば、上述した第1の実施形態と同様の作用効果が得られる上に、以下のような効果が得られる。
【0089】
データベース60に用意しておく係数データは、フィルタ部71、72に対するものだけでよいので、第1の実施形態の場合に比較して、データベース60に記憶保持しておくデータ量を少なくすることができる。したがって、データベース60として記憶容量の小さなものを用いることができる。
【0090】
そして、図4に示した第2の実施形態の音響処理装置の場合には、簡易型トランスオーラルシステムフィルタ部70を用いることにより、音響処理装置の構成を簡単にすることができる。
【0091】
[第3の実施形態]
この第3の実施形態は、この発明による第2の実施形態の音響処理装置の構成を、さらに簡略化したものである。
【0092】
図5は、この第3の実施形態の音響処理装置を説明するためのブロック図である。図5に示すように、この第3の実施形態の音響処理装置は、第2の実施形態の簡易型トランスオーラルフィルタ部70を省略する。そして、音像定位処理フィルタ部10の機能と、簡易型トランスオーラルフィルタ部70の機能とを、1つのフィルタ部で実現した合成処理フィルタ部80を設ける。その他は、第2の実施形態と同一の構成とされる。
【0093】
そして、合成処理フィルタ部80は、前述した頭部伝達関数M11,M12,M21,M22を、左右2チャンネルの音声信号に畳み込む処理を行なうと共に、再生音場におけるスピーカからの直接的に聴取者の耳に飛び込む音声の影響を除去する処理を行なう。
【0094】
このため、合成処理フィルタ部80は、4個のフィルタ部81,82,83,84と、2個の加算部85および85を備える。
【0095】
フィルタ部81は、左入力端子Linを通じて入力され、遅延部31Lを通じた左チャンネルの音声信号を伝達関数M11で処理する。これと同時に、フィルタ部81は、仮想音像定位位置VSLに対して、伝達関数G1の逆関数1/G1により、スピーカ32Lからの直接的に聴取者に飛び込む音声の影響を除去する処理をする。このため、このフィルタ部81のフィルタ係数は、M11/G1の伝達関数に対応したものとされる。このフィルタ部81からの音声信号は、左チャンネル用の加算部85に供給される。
【0096】
フィルタ部82は、左入力端子Linを通じて入力され、遅延部31Lを通じた左チャンネルの音声信号を伝達関数M12で処理する。これと同時に、フィルタ部82は、仮想音像定位位置VSRに対して、伝達関数G2の逆関数1/G2により、スピーカ32Rからの直接的に聴取者に飛び込む音声の影響を除去するものである。このため、このフィルタ部82のフィルタ係数は、M12/G2の伝達関数に対応したものとされる。このフィルタ部82からの音声信号は、右チャンネル用の加算部86に供給される。
【0097】
フィルタ部83は、右入力端子Rinを通じて入力され、遅延部31Rを通じた右チャンネルの音声信号を伝達関数M21で処理する。これと同時に、フィルタ部82は、仮想音像定位位置VSRに対して、伝達関数G1の逆関数1/G1により、スピーカ32Lからの直接的に聴取者に飛び込む音声の影響を除去するものである。このため、このフィルタ部83のフィルタ係数は、M21/G1の伝達関数に対応したものとされる。このフィルタ部83からの音声信号は、左チャンネル用の加算部85に供給される。
【0098】
フィルタ部84は、右入力端子Rinを通じて入力され、遅延部31Rを通じた左チャンネルの音声信号を伝達関数M22で処理する。これと同時に、フィルタ部82は、仮想音像定位位置VSRに対して、伝達関数G2の逆関数1/G2により、スピーカ32Rからの直接的に聴取者に飛び込む音声の影響を除去するものである。このため、このフィルタ部84のフィルタ係数は、M22/G2の伝達関数に対応したものとされる。このフィルタ部84からの音声信号は、右チャンネル用の加算部86に供給される。
【0099】
そして、加算部85は、フィルタ部81からの音声信号と、フィルタ部83からの音声信号(右チャンネルから左チャンネルへのクロストーク成分)とを加算する。また、加算部86は、フィルタ部84からの音声信号と、フィルタ部82からの音声信号(左チャンネルから右チャンネルへのクロストーク成分)とを加算する。
【0100】
これら加算部85および86の加算結果の音声信号を、アンプ33Lおよび33Rをそれぞれ通じて、スピーカ32Lおよび32Rに供給する。
【0101】
これにより、当該スピーカ32L,32Rから放音された音声によれば、仮想音像定位が可能となると共に、G1,G2の伝達関数の影響が除去される。
【0102】
この第3の実施形態の場合には、データベース60には、合成処理フィルタ部80の4つのフィルタ部81、82、83、84のそれぞれに対して設定するフィルタ係数が記憶されている。
【0103】
このフィルタ係数は、仮想音像定位のためのフィルタ係数と、前述の場合と同様にして、左右2チャンネルのスピーカ32L、32Rが設けられるヘッドレスト部を用いて測定された伝達関数G1,G2とに応じて算出された係数データである。この第2の実施形態においても、聴取者の種々の頭部の位置変化に応じた複数の係数データが、その位置情報と対応付けられてデータベース60に記憶されている。
【0104】
そして、CPU50は、検出部40からの聴取者の頭部の位置の検出結果の位置情報を用いて、データベース60に記録されている係数データテーブルを参照する。そして、CPU50は、現在の聴取者の頭部の位置に応じた各フィルタ部81、82,83、84に供給する係数データを、データベース60から読み出す。そして、読み出した係数データを、それぞれ対応するフィルタ部81、82、83,84のそれぞれに供給して、設定するようにする。
【0105】
この第3の実施形態の音響処理装置によれば、上述した第1の実施形態と同様の作用効果が得られる上に、以下のような効果が得られる。
【0106】
図5に示した第3の実施形態の音響処理装置の場合には、仮想音像定位のためのフィルタ処理部と、簡易型トランスオーラルシステムフィルタ部とを合体させた構成であるので、音響処理装置の構成を非常に簡単にすることができる。
【0107】
[第4の実施形態]
上述の第1〜第3の実施形態では、聴取者に対して左右非対称な音響特性を持つ環境においても、仮想音像定位が左右のどちらかに寄ってしまうのを防止するために、遅延部を設けるようにした。この遅延部の代わりに、ゲイン調整部を用いることもできる。
【0108】
第4の実施形態は、その場合の実施形態である。図6に、この第4の実施形態による音響処理装置のブロック図を示す。この図6の実施形態は、第3の実施形態の場合に、第4の実施形態を適用した場合であるが、第1の実施形態および第2の実施形態に対しても適用できる。
【0109】
すなわち、前述の実施形態における遅延部31Lおよび31Rの代わりに、ゲイン調整部34Lおよび34Rを設ける。このゲイン調整部34Lおよび34Rは、上述の実施形態の遅延部31L,31Rの場合と同様に、実施形態の音響処理装置を設置する環境が固定の場合であれば、固定ゲインを調整することで実現できる。しかし、汎用性を持たせるためには、ゲイン調整部34Lおよび34Rは、可変ゲイン調整部の構成とされる。
【0110】
この場合に、この実施形態では、ゲイン調整部34Lおよび34Rにより、自動車の車内のような聴取者に対して左右非対称な音響特性を持つ環境においても、仮想音像定位が左右のどちらかに寄ってしまうのを防止することができる。
【0111】
すなわち、例えば、実施形態の音響処理装置が、運転席の座席シートのヘッドレストにスピーカ32L,32Rが設けられたものに対して適用された場合には、前述の図7に示したように、左の仮想スピーカ位置VSLが、位置VSL´のように左にずれる。
【0112】
そこで、このような場合には、ゲイン調整部34Lのゲイン量を、ゲイン調整部34Rのゲイン量に対して大きくするように設定する。ゲイン調整部34Rのゲイン量をゼロとして、ゲイン調整部34Lのみを挿入し、そのゲイン量を調整するようにしてもよい。
【0113】
すると、その左右チャンネルのゲイン量の差により、左の仮想スピーカ位置VSLが、左にずれた左の仮想スピーカ位置VSLが、所期の仮想スピーカ位置になるように補正される。
【0114】
また、例えば自動車の助手席の座席シートのヘッドレストにスピーカ32L,32Rが設けられたものに対して適用された場合には、右チャンネルの仮想スピーカ位置VSRが、右にずれる。この場合には、ゲイン調整部34Rのゲイン量を、ゲイン調整部34Lのゲイン量に対して大きくするように設定する。ゲイン調整部34Lのゲイン量をゼロとして、ゲイン調整部34Rのみを挿入し、そのゲイン量を調整するようにしてもよい。
【0115】
すると、その左右チャンネルのゲイン量の差により、右にずれた右の仮想スピーカ位置VSRが、所期の位置になるように補正される。これにより、聴取者が、所望の音像感が得られなくなるのを防止することができる。
【0116】
なお、ゲイン調整部34Lおよび34Rを、それぞれ外部からゲイン量が調整可能な可変ゲイン調整手段により構成した場合には、聴取者がスライド操作などにより、ゲイン量を可変調整することができるように構成するとよい。その場合には、聴取者は、実際の再生音場において、仮想音源定位位置が適切な位置となるように、実際の再生音で確かめながら調整することが可能になる。
【0117】
[他の実施形態または変形例]
上述の実施形態では、聴取者の頭部の移動を考慮して、伝達関数G11、G12、G21、G22に応じてフィルタ係数を、データベース60に、予め、記憶しておくようにした。しかし、ヘッドレスト部St1の形状、材質、スピーカデバイスの設置位置などスピーカの性能や特性などが異なれば、フィルタ係数も変更すべきである。
【0118】
そこで、すなわち、ヘッドレスト部St1の形状、材質、スピーカデバイスの設置位置などスピーカの性能や特性などに応じた、伝達関数G11、G12、G21、G22に対応するフィルタ係数をも、データベース60に記憶しておくようにしてもよい。その場合には、使用されるヘッドレスト部St1の形状、材質や、スピーカデバイスの設置位置などスピーカの性能や特性に応じたフィルタ係数を選択するように、CPU50に対して、予め設定入力しておくようにする。
【図面の簡単な説明】
【0119】
【図1】この発明による音響処理装置の第1の実施形態の構成例を示すブロック図である。
【図2】この発明による音響処理装置の第1の実施形態におけるスピーカの配置例を示す図である。
【図3】この発明による音響処理装置の第1の実施形態における仮想音像定位処理を説明するための図である。
【図4】この発明による音響処理装置の第2の実施形態の構成例を示すブロック図である。
【図5】この発明による音響処理装置の第3の実施形態の構成例を示すブロック図である。
【図6】この発明による音響処理装置の第4の実施形態の構成例を示すブロック図である。
【図7】従来の音響処理装置を説明するための図である。
【図8】従来の音響処理装置の問題点を説明するために用いる図である。
【符号の説明】
【0120】
10…音像定位処理フィルタ部、20…トランスオーラルシステムフィルタ部、31L,31R…遅延部、32L,32R…スピーカ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピーカと、
2チャンネルの音声信号に対して、前記スピーカの実配置位置以外の所定の位置に、前記音声信号による音像を仮想音像定位させるための処理をする仮想音像定位処理手段と、
前記スピーカと、聴取者との位置関係に応じた補正用情報を用いて、前記仮想音像定位させるための処理がなされた音声信号に対して、補正処理をする補正処理手段と、
前記仮想音像定位処理手段に供給される前記2チャンネルの音声信号の、少なくとも1チャネルの音声信号に対して設けられる遅延手段と、
を備え、前記補正処理後の音声信号を前記スピーカに供給するようにする音響処理装置。
【請求項2】
スピーカと、
2チャンネルの音声信号に対して、前記スピーカの実配置位置以外の所定の位置に、前記音声信号による音像を仮想音像定位させるための処理をする仮想音像定位処理手段と、
前記スピーカと、聴取者との位置関係に応じた補正用情報を用いて、前記仮想音像定位させるための処理がなされた音声信号に対して、補正処理をする補正処理手段と、
前記仮想音像定位処理手段に供給される前記2チャンネルの音声信号の、少なくとも一方のチャンネルの音声信号に対して設けられ、前記音声信号のゲインを調整するゲイン調整手段と、
を備え、前記補正処理後の音声信号を前記スピーカに供給するようにする音響処理装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の音響処理装置において、
前記仮想音像定位処理手段は、前記所定の位置に仮想音像定位させるために、予め測定された伝達関数を前記音声信号に畳み込む処理を行なうためのフィルタ処理であり、
前記補正処理手段は、前記スピーカからの放音音声の聴取者に対する伝達関数の影響を除去する処理を行なうためのフィルタ処理であり、
前記仮想音像定位させるためのフィルタ処理と、前記補正処理手段におけるフィルタ処理とを、1つのフィルタ部で行なう
音響処理装置。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載の音響処理装置において、
前記スピーカは、聴取者が座る椅子のヘッドレストに設けられている
音響処理装置。
【請求項5】
2チャンネルの音声信号の、少なくとも一方のチャンネルの音声信号を遅延させるようにする遅延工程と、
前記遅延工程での遅延がなされた前記2チャンネルの音声信号に対して、スピーカの実配置位置以外の所定の位置に、前記音声信号による音像を仮想音像定位させるための処理をする仮想音像定位処理工程と、
前記仮想音像定位処理工程で、前記仮想音像定位させるための処理がなされた音声信号に対して、前記スピーカと、聴取者との位置関係に応じた補正用情報を用いて、補正処理をする補正処理工程と、
を有し、
前記補正処理工程後の音声信号を前記スピーカに供給するようにする音響処理方法。
【請求項6】
2チャンネルの音声信号のうちの一方のチャンネルの音声信号のゲインを調整するゲイン調整工程と、
前記ゲイン調整工程でのゲイン調整がなされた前記2チャンネルの音声信号に対して、スピーカの実配置位置以外の所定の位置に、前記音声信号による音像を仮想音像定位させるための処理をする仮想音像定位処理工程と、
前記仮想音像定位処理工程で、前記仮想音像定位させるための処理がなされた音声信号に対して、前記スピーカと、聴取者との位置関係に応じた補正用情報を用いて、補正処理をする補正処理工程と、
を有し、
前記補正処理工程後の音声信号を前記スピーカに供給するようにする音響処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−16525(P2010−16525A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−173285(P2008−173285)
【出願日】平成20年7月2日(2008.7.2)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】