響板の製造装置および製造方法
【課題】 響板の音響特性を向上させることができる響板の製造装置および製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明による響板の製造装置は、響板1の素材となる木質の響板材2を所定の含水率に調湿する調湿手段と、響板材2を所定の温度で加熱する加熱手段11と、響板材2に振動を加える加振手段21と、を備える。また、本発明による響板の製造方法は、響板1の素材となる木質の響板材2を、所定の含水率に調湿する調湿工程と、調湿された響板材2を、所定の温度で加熱する加熱工程と、加熱された響板材2に振動を加える加振工程と、を備える。
【解決手段】 本発明による響板の製造装置は、響板1の素材となる木質の響板材2を所定の含水率に調湿する調湿手段と、響板材2を所定の温度で加熱する加熱手段11と、響板材2に振動を加える加振手段21と、を備える。また、本発明による響板の製造方法は、響板1の素材となる木質の響板材2を、所定の含水率に調湿する調湿工程と、調湿された響板材2を、所定の温度で加熱する加熱工程と、加熱された響板材2に振動を加える加振工程と、を備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピアノや、バイオリン、ギターなどのアコースティックな楽器に用いられる響板の製造装置および製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、響板の製造方法として、例えば特許文献1に記載されたものが知られている。この製造方法では、未加工や成形加工後の、響板の素材となる木質の響板材を、温度120〜200℃、圧力0.2〜1.6MPaの高圧水蒸気が満たされたオートクレーブ内に、1〜60分間、放置することによって響板材が製造される。そのような高圧水蒸気処理によって、響板材が改質される結果、響板材のヤング率の増大や、内部摩擦の低下、密度の低下などが達成され、それにより、響板の音響変換効率が増大することによって、音響特性に優れた響板を得るようにしている。
【0003】
しかし、上記の従来の製造方法では、木質の響板材が単純に高圧水蒸気処理されるだけなので、製造された響板材に内部ひずみが残存しやすく、そのため、響板材の内部摩擦が、比較的、高くなる。その結果、この内部摩擦によって、響板の音響特性が低下するおそれがある。
【0004】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、響板の音響特性を向上させることができる響板の製造装置および製造方法を提供することを目的とする。
【0005】
【特許文献1】特許第3562517号公報
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に係る発明は、アコースティックな楽器に用いられ、振動することにより楽音を発生させる木質の響板を製造する響板の製造装置であって、響板の素材となる木質の響板材を所定の含水率に調湿する調湿手段と、響板材を所定の温度で加熱する加熱手段と、響板材に振動を加える加振手段と、を備えることを特徴とする。
【0007】
この響板の製造装置によれば、響板の素材となる響板材が、加熱手段によって加熱される。この加熱処理により、響板材を構成するセルロースの結晶化度が増大する。具体的には、結晶性セルロースの割合が増大し、非晶質セルロースやヘミセルロースの割合が相対的に減少することによって、平衡含水率が低下し、吸湿性が低下する。これにより、響板材の乾湿による膨張・収縮の度合い(以下「膨張収縮率」という)が減少し、その結果、響板の寸法安定性を向上させることができる。
【0008】
また、この加熱処理により、響板材が改質される結果、響板材のヤング率の増大や、内部摩擦の低下、密度の低下などが達成され、それにより、響板の音響変換効率が増大することによって、音響特性に優れた響板を得ることができる。
【0009】
また、この製造装置によれば、響板材は、加振手段によって加振される。この加振により、響板材の分子配列の安定化が図られるとともに、響板材に残存する内部ひずみが除去され、その結果、響板材の内部摩擦を減少させることができるため、従来の響板と比較してさらに音響特性に優れた響板を製造することができる。
【0010】
また、上記の目的を達成するために、請求項2に係る発明は、アコースティックな楽器に用いられ、振動することにより楽音を発生させる木質の響板の製造方法であって、響板の素材となる木質の響板材を、所定の含水率に調湿する調湿工程と、調湿された響板材を、所定の温度で加熱する加熱工程と、加熱された響板材に振動を加える加振工程と、を備えることを特徴とする。
【0011】
この製造方法によれば、まず、調湿工程において、響板の素材となる響板材を、所定の含水率になるように調湿する。これにより、響板材を、自然乾燥した場合よりも、短時間で効率良く、所望の含水率に調整することができる。
【0012】
次に、加熱工程において、この調湿された響板材を所定の温度で加熱する。これにより、上述したように、響板材の乾湿による膨張収縮率が減少し、寸法変化が抑制される。その結果、響板の製造時の歩留まりが向上し、製造コストを削減することができる。
【0013】
最後に、加振工程において、この加熱された響板材を加振する。これにより、響板材の分子配列の安定化が図られるとともに、加熱処理によってもなお残存する内部ひずみが除去され、その結果、響板材の内部摩擦を減少させることができるため、従来の響板と比較してさらに音響特性に優れた響板を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい実施形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明を適用することによって製造されたグランドピアノの響板を示している。同図に示すように、この響板1は、複数の木製の響板材2を幅はぎ接合したものであり、グランドピアノの平面的形状と同じ形状を有している。響板1の下面には複数の響棒3が取り付けられており、響板1には、響棒3の長さ方向に沿って、図2に示すような上側に凸状のむくりが形成されている。また、図示しないが、響板1の上面には長駒および短駒が取り付けられ、これらの長駒および短駒に係合した状態で、弦が張られる。
【0015】
この響板1は、押鍵に伴って弦が打弦され、それによって発生した弦の振動が、長駒および短駒を介して伝達されることによって振動し、ピアノ音を発生させる。
【0016】
この響板1を製造する製造装置は、響板材2を加熱するための加熱装置11(図3参照)や、響板材2を加振するための加振装置21(図5参照)などを備えている。
【0017】
図3に示すように、加熱装置11は、平らなボックス状の加熱室12と、加熱室12内に水平に設けられ、響板材2が載せられるメッシュベルト13と、響板材2を加熱する複数の第1ヒータ14aおよび複数の第2ヒータ14bと、響板材1の表面温度T1および裏面温度T2をそれぞれ検出する第1温度センサ15aおよび第2温度センサ15bと、第1ヒータ14aおよび第2ヒータ14bを制御する制御装置16を備えている。
【0018】
複数の第1および第2ヒータ14a、14bはそれぞれ、メッシュベルト13の上下に、それと間隔を隔てて、その長さ方向に沿って並ぶように、等間隔に配置されている。第1および第2ヒータ14a、14bは、例えばON/OFFによって作動する遠赤外線ヒータで構成されている。
【0019】
第1および第2温度センサ15a、15bは、それぞれ響板材1の表面および裏面の中央に、直接、取り付けられている。第1および第2温度センサ15a、15bはそれぞれ、例えば熱電対で構成されており、響板材2の表面温度T1および裏面温度T2を検出し、その検出信号を制御装置16に出力する。
【0020】
制御装置16は、CPUやROM、RAM、入出力回路を備えたマイクロコンピュータで構成されている。図4に示すように、制御装置16は、第1および第2温度センサ15a、15bから出力された表面温度T1および裏面温度T2に応じて、第1および第2ヒータ14a、14bを、後述するように制御する。
【0021】
図5に示すように、加振装置21は、響板材2を水平に吊り下げた状態で支持するための2本のワイヤ22、22と、響板材2の一端部の下面に取り付けられた鉄片23と、鉄片23の下方に設けられ、鉄片23を吸引するための電磁石24と、電磁石24の励磁・非励磁を制御する制御装置25を備えている。
【0022】
電磁石24は、電力が供給されることにより、励磁状態(ON)になる。それにより、響板材2に取り付けられた鉄片23が電磁石24に吸引されるのに伴い、響板材2の一端部が下方に移動する。
【0023】
また、電磁石24は、電力の供給が停止されることにより、非励磁状態(OFF)になる。それにより、鉄片23が電磁石24に吸引された状態から解放されるのに伴い、響板材2の一端部が上方に移動する。
【0024】
したがって、電磁石24のON/OFFを、制御装置25によって交互に切り替えることにより、響板材2の一端部は、電磁石24との間を上下方向に往復運動する。その結果、響板材2は、その全体に自由たわみ振動が発生することによって、加振される。
【0025】
以下、上述した製造装置による響板1の製造方法を詳細に説明する。図6は、その工程の概略の流れを示している。
【0026】
最初のステップ1(「S1」と図示。以下同じ)では、複数の響板材2を調湿する(調湿工程)。響板材2は、スプルスなどから成る無垢の柾目板で構成されており、例えば、長さL=1500mm、幅W=100〜150mm、厚さT=11mmを標準とする長尺状のものである(図7参照)。
【0027】
この響板材2の調湿は、スプルスなどの原木を板状に切り出した後、調湿室(図示せず)に入れ、所定の温度(例えば50〜100℃)および湿度(例えば30〜90%)の条件で強制乾燥することによって行われる。その結果、響板材2は、所定の含水率(例えば8%)に調整される。
【0028】
次に、ステップ2において、調湿した響板材2を加熱する(加熱工程)。加熱処理を行う際には、ステップ1で調湿された複数の響板材2(図5には1つのみ図示)を、それらの長さ方向が複数の第1および第2ヒータ14a、14bの並び方向に合致するように、メッシュベルト13上に並べ、加熱室12を閉じた後、複数の響板材2を第1および第2ヒータ14a、14bで所定時間加熱する。この所定時間は、例えば30分〜30時間であり、本実施形態では25時間に設定されている。
【0029】
図8は、第1および第2ヒータ14a、14bによる加熱を制御するために、制御装置9によって実行される加熱制御処理を示すフローチャートである。本処理は、所定時間(例えば0.1秒)ごとに繰り返し実行される。本処理では、まずステップ11〜14において第1ヒータ14aを制御する。
【0030】
そのステップ11では、第1センサ15aで検出された表面温度T1が、第1所定温度TREF1(例えば105〜200℃)からヒステリシスに相当する所定値ΔT(例えば2°)を差し引いた温度(TREF1−ΔT)よりも低いか否かを判別する。この判別結果がYESのときには、第1ヒータ14aを作動(ON)させた(ステップ12)後、後述するステップ15に進む。
【0031】
一方、ステップ11の判別結果がNOのときには、ステップ13において、表面温度T1が、第1所定温度TREF1に所定値ΔTを加えた温度(TREF1+ΔT)よりも高いか否かを判別する。この判別結果がYESのときには、第1ヒータ14aを停止(OFF)させた(ステップ14)後、ステップ15に進む。
【0032】
ステップ13の判別結果がNOのときには、直接、ステップ15に進む。
【0033】
以上のような第1ヒータ14aの制御により、第1温度センサ15aで検出された表面温度T1が、第1所定温度TREF1になるように制御される。
【0034】
また、表面温度T1が(TREF1−ΔT)≦T1≦(TREF1+ΔT)の範囲にあるときには(ステップ13:NO)、第1ヒータ14aの直前のON/OFF状態が維持されることによって、第1ヒータ14aのON/OFFの頻繁な切替えが防止される。
【0035】
次に、ステップ15〜18において、第2ヒータ14bを制御する。
【0036】
そのステップ15では、第2センサ15bで検出された裏面温度T2が、第2所定温度TREF2(例えば105〜200℃)から所定値ΔTを差し引いた温度(TREF2−ΔT)よりも低いか否かを判別する。この判別結果がYESのときには、第2ヒータ14bを作動させた(ステップ16)後、本処理を終了する。
【0037】
一方、ステップ15の判別結果がNOのときには、ステップ17において、裏面温度T2が、第2所定温度TREF2に所定値ΔTを加えた温度(TREF2+ΔT)よりも高いか否かを判別する。この判別結果がYESのときには、第2ヒータ14bを停止させた(ステップ18)後、本処理を終了する。
【0038】
ステップ17の判別結果がNOのときには、そのまま本処理を終了する。
【0039】
以上のような第2ヒータ14bの制御により、第2温度センサ15bで検出された裏面温度T2が、第2所定温度TREF2になるように制御される。
【0040】
また、裏面温度T2が(TREF2−ΔT)≦T2≦(TREF2+ΔT)の範囲にあるときには(ステップ17:NO)、第2ヒータ14bの直前のON/OFF状態が維持されることによって、第2ヒータ14bのON/OFFの頻繁な切替えが防止される。
【0041】
図6に戻り、ステップ3において、加熱された響板材2を、前述した加振装置21によって加振する(加振工程)。加振処理を行う際には、ステップ2で加熱され、全乾状態になった響板材2を、ワイヤ22、22で吊り下げた後、電磁石24のON/OFFを切り替える。このときの周波数は、響板材2の基本(第1次)振動に対応する周波数である。
【0042】
その結果、響板材2の一端部が、電磁石24との間を上下方向に往復運動し、響板材2全体が自由たわみ振動することによって、響板材2が加振される。
【0043】
次に、ステップ4において、加振された複数の響板材2を幅はぎ接合することによって、響板1を組み立てる(組立工程)。具体的には、図9に示すように、響板材2の長さを適当に整えた後、複数の響板材2を幅はぎ接合するとともに、その外周部を切り取ることにより、図10に示すような、グランドピアノの外形に合致した所定の形状の響板1が切り出される。
【0044】
次に、ステップ5において、響板1の裏面に複数の響棒3を接合し、取り付ける(響棒取付工程)。これらの響棒3は、スプルスなどから成る無垢の木質材を加工したものであり、図11に示すように、響板1に取り付ける前の状態では、その取付面3aは平らになっている。また、響棒3は、響板材2の長さ方向に対してほぼ直角な方向、すなわち響板材2の木目と直交する方向に沿って延びるように響板1に取り付けられる。
【0045】
最後に、ステップ6において、響棒3を取り付けた響板1を加湿室(図示せず)に入れ、所定の温度(例えば20℃)および湿度(例えば60%)で加湿し、その含水率を所定値まで上昇させる(加湿工程)。これにより、響板1が吸湿によって膨張する一方、裏面側ではその膨張が響棒3によって拘束されるため、表裏面間の膨張差によって、響板1に表面側が凸状のむくりが形成される。これにより、図1および図2に示すような響板1が完成する。
【0046】
以上のように、本実施形態の響板の製造装置および製造方法によれば、前述した調湿処理により、響板材2を、自然乾燥した場合よりも、短時間で効率良く、所望の含水率に調整することができる
【0047】
また、加熱処理により、響板材2を構成するセルロースの結晶化度が増大することによって、響板材2の乾湿による膨張収縮率を減少させることができ、その結果、響板1の寸法安定性を向上させることができる。
【0048】
また、響板材2の寸法変化が抑制されることにより、響板1の製造時の歩留まりが向上し、製造コストを削減することができる。
【0049】
また、響板材2を加熱処理する際、検出された表面温度T1および裏面温度T2が、それぞれ第1所定温度TREF1および第2所定温度TREF2になるように、第1および第2ヒータ14a、14bを互いに独立して制御する。それにより、響板材2の表面温度T1および裏面温度T2をきめ細かく制御でき、したがって、加熱処理により改質された所望の物性を有する響板材2を、精度良く製造することができる。
【0050】
また、加振処理により、響板材2は、自由たわみ振動が発生することにより加振され、それによって、響板材2の分子配列の安定化が図られるとともに、響板材2に残存する内部ひずみが除去される。その結果、響板材2の内部摩擦を減少させることができるため、従来の響板と比較してさらに音響特性に優れた響板1を製造することができる。
【0051】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されることなく、種々の態様で実施することができる。例えば、実施形態では加熱処理の後に加振処理を行っているが、その順序を逆にしてもよい。このように、加熱処理の前に加振処理を行った場合でも、その加振処理により、響板材の分子配列の安定化が図られるとともに、響板材に残存する内部ひずみが除去され、響板材の内部摩擦を減少させることができるので、上記と同様の効果を得ることができる。
【0052】
また、響板材を加振する加振手段として、実施形態で示した加振装置21に代えて、他の構成の加振装置を用いてもよい。
【0053】
また、実施形態は、本発明をグランドピアノの響板に適用した例であるが、アップライトピアノやバイオリン、ギターなどの、任意の楽器の響板を製造するのに適用することが可能である。その他、細部の構成を本発明の趣旨の範囲内で適宜、変更することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明を適用したグランドピアノの響板を示す平面図である。
【図2】図1の線A―A’に沿う断面図である。
【図3】加熱装置を模式的に示す図である。
【図4】加熱装置の制御関係の構成を示す図である。
【図5】加振装置を模式的に示す図である。
【図6】響板の製造工程の流れを示す図である。
【図7】響板材の斜視図である。
【図8】図4の制御装置で実行される加熱制御処理を示すフローチャートである。
【図9】複数の木質材を幅はぎ接合した状態の斜視図である。
【図10】幅はぎ接合した複数の響板材から切り出された後の響板の平面図である。
【図11】響棒の取付工程を説明するための平面図である。
【符号の説明】
【0055】
1 響板
2 響板材
11 加熱装置(加熱手段)
21 加振装置(加振手段)
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピアノや、バイオリン、ギターなどのアコースティックな楽器に用いられる響板の製造装置および製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、響板の製造方法として、例えば特許文献1に記載されたものが知られている。この製造方法では、未加工や成形加工後の、響板の素材となる木質の響板材を、温度120〜200℃、圧力0.2〜1.6MPaの高圧水蒸気が満たされたオートクレーブ内に、1〜60分間、放置することによって響板材が製造される。そのような高圧水蒸気処理によって、響板材が改質される結果、響板材のヤング率の増大や、内部摩擦の低下、密度の低下などが達成され、それにより、響板の音響変換効率が増大することによって、音響特性に優れた響板を得るようにしている。
【0003】
しかし、上記の従来の製造方法では、木質の響板材が単純に高圧水蒸気処理されるだけなので、製造された響板材に内部ひずみが残存しやすく、そのため、響板材の内部摩擦が、比較的、高くなる。その結果、この内部摩擦によって、響板の音響特性が低下するおそれがある。
【0004】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、響板の音響特性を向上させることができる響板の製造装置および製造方法を提供することを目的とする。
【0005】
【特許文献1】特許第3562517号公報
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に係る発明は、アコースティックな楽器に用いられ、振動することにより楽音を発生させる木質の響板を製造する響板の製造装置であって、響板の素材となる木質の響板材を所定の含水率に調湿する調湿手段と、響板材を所定の温度で加熱する加熱手段と、響板材に振動を加える加振手段と、を備えることを特徴とする。
【0007】
この響板の製造装置によれば、響板の素材となる響板材が、加熱手段によって加熱される。この加熱処理により、響板材を構成するセルロースの結晶化度が増大する。具体的には、結晶性セルロースの割合が増大し、非晶質セルロースやヘミセルロースの割合が相対的に減少することによって、平衡含水率が低下し、吸湿性が低下する。これにより、響板材の乾湿による膨張・収縮の度合い(以下「膨張収縮率」という)が減少し、その結果、響板の寸法安定性を向上させることができる。
【0008】
また、この加熱処理により、響板材が改質される結果、響板材のヤング率の増大や、内部摩擦の低下、密度の低下などが達成され、それにより、響板の音響変換効率が増大することによって、音響特性に優れた響板を得ることができる。
【0009】
また、この製造装置によれば、響板材は、加振手段によって加振される。この加振により、響板材の分子配列の安定化が図られるとともに、響板材に残存する内部ひずみが除去され、その結果、響板材の内部摩擦を減少させることができるため、従来の響板と比較してさらに音響特性に優れた響板を製造することができる。
【0010】
また、上記の目的を達成するために、請求項2に係る発明は、アコースティックな楽器に用いられ、振動することにより楽音を発生させる木質の響板の製造方法であって、響板の素材となる木質の響板材を、所定の含水率に調湿する調湿工程と、調湿された響板材を、所定の温度で加熱する加熱工程と、加熱された響板材に振動を加える加振工程と、を備えることを特徴とする。
【0011】
この製造方法によれば、まず、調湿工程において、響板の素材となる響板材を、所定の含水率になるように調湿する。これにより、響板材を、自然乾燥した場合よりも、短時間で効率良く、所望の含水率に調整することができる。
【0012】
次に、加熱工程において、この調湿された響板材を所定の温度で加熱する。これにより、上述したように、響板材の乾湿による膨張収縮率が減少し、寸法変化が抑制される。その結果、響板の製造時の歩留まりが向上し、製造コストを削減することができる。
【0013】
最後に、加振工程において、この加熱された響板材を加振する。これにより、響板材の分子配列の安定化が図られるとともに、加熱処理によってもなお残存する内部ひずみが除去され、その結果、響板材の内部摩擦を減少させることができるため、従来の響板と比較してさらに音響特性に優れた響板を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい実施形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明を適用することによって製造されたグランドピアノの響板を示している。同図に示すように、この響板1は、複数の木製の響板材2を幅はぎ接合したものであり、グランドピアノの平面的形状と同じ形状を有している。響板1の下面には複数の響棒3が取り付けられており、響板1には、響棒3の長さ方向に沿って、図2に示すような上側に凸状のむくりが形成されている。また、図示しないが、響板1の上面には長駒および短駒が取り付けられ、これらの長駒および短駒に係合した状態で、弦が張られる。
【0015】
この響板1は、押鍵に伴って弦が打弦され、それによって発生した弦の振動が、長駒および短駒を介して伝達されることによって振動し、ピアノ音を発生させる。
【0016】
この響板1を製造する製造装置は、響板材2を加熱するための加熱装置11(図3参照)や、響板材2を加振するための加振装置21(図5参照)などを備えている。
【0017】
図3に示すように、加熱装置11は、平らなボックス状の加熱室12と、加熱室12内に水平に設けられ、響板材2が載せられるメッシュベルト13と、響板材2を加熱する複数の第1ヒータ14aおよび複数の第2ヒータ14bと、響板材1の表面温度T1および裏面温度T2をそれぞれ検出する第1温度センサ15aおよび第2温度センサ15bと、第1ヒータ14aおよび第2ヒータ14bを制御する制御装置16を備えている。
【0018】
複数の第1および第2ヒータ14a、14bはそれぞれ、メッシュベルト13の上下に、それと間隔を隔てて、その長さ方向に沿って並ぶように、等間隔に配置されている。第1および第2ヒータ14a、14bは、例えばON/OFFによって作動する遠赤外線ヒータで構成されている。
【0019】
第1および第2温度センサ15a、15bは、それぞれ響板材1の表面および裏面の中央に、直接、取り付けられている。第1および第2温度センサ15a、15bはそれぞれ、例えば熱電対で構成されており、響板材2の表面温度T1および裏面温度T2を検出し、その検出信号を制御装置16に出力する。
【0020】
制御装置16は、CPUやROM、RAM、入出力回路を備えたマイクロコンピュータで構成されている。図4に示すように、制御装置16は、第1および第2温度センサ15a、15bから出力された表面温度T1および裏面温度T2に応じて、第1および第2ヒータ14a、14bを、後述するように制御する。
【0021】
図5に示すように、加振装置21は、響板材2を水平に吊り下げた状態で支持するための2本のワイヤ22、22と、響板材2の一端部の下面に取り付けられた鉄片23と、鉄片23の下方に設けられ、鉄片23を吸引するための電磁石24と、電磁石24の励磁・非励磁を制御する制御装置25を備えている。
【0022】
電磁石24は、電力が供給されることにより、励磁状態(ON)になる。それにより、響板材2に取り付けられた鉄片23が電磁石24に吸引されるのに伴い、響板材2の一端部が下方に移動する。
【0023】
また、電磁石24は、電力の供給が停止されることにより、非励磁状態(OFF)になる。それにより、鉄片23が電磁石24に吸引された状態から解放されるのに伴い、響板材2の一端部が上方に移動する。
【0024】
したがって、電磁石24のON/OFFを、制御装置25によって交互に切り替えることにより、響板材2の一端部は、電磁石24との間を上下方向に往復運動する。その結果、響板材2は、その全体に自由たわみ振動が発生することによって、加振される。
【0025】
以下、上述した製造装置による響板1の製造方法を詳細に説明する。図6は、その工程の概略の流れを示している。
【0026】
最初のステップ1(「S1」と図示。以下同じ)では、複数の響板材2を調湿する(調湿工程)。響板材2は、スプルスなどから成る無垢の柾目板で構成されており、例えば、長さL=1500mm、幅W=100〜150mm、厚さT=11mmを標準とする長尺状のものである(図7参照)。
【0027】
この響板材2の調湿は、スプルスなどの原木を板状に切り出した後、調湿室(図示せず)に入れ、所定の温度(例えば50〜100℃)および湿度(例えば30〜90%)の条件で強制乾燥することによって行われる。その結果、響板材2は、所定の含水率(例えば8%)に調整される。
【0028】
次に、ステップ2において、調湿した響板材2を加熱する(加熱工程)。加熱処理を行う際には、ステップ1で調湿された複数の響板材2(図5には1つのみ図示)を、それらの長さ方向が複数の第1および第2ヒータ14a、14bの並び方向に合致するように、メッシュベルト13上に並べ、加熱室12を閉じた後、複数の響板材2を第1および第2ヒータ14a、14bで所定時間加熱する。この所定時間は、例えば30分〜30時間であり、本実施形態では25時間に設定されている。
【0029】
図8は、第1および第2ヒータ14a、14bによる加熱を制御するために、制御装置9によって実行される加熱制御処理を示すフローチャートである。本処理は、所定時間(例えば0.1秒)ごとに繰り返し実行される。本処理では、まずステップ11〜14において第1ヒータ14aを制御する。
【0030】
そのステップ11では、第1センサ15aで検出された表面温度T1が、第1所定温度TREF1(例えば105〜200℃)からヒステリシスに相当する所定値ΔT(例えば2°)を差し引いた温度(TREF1−ΔT)よりも低いか否かを判別する。この判別結果がYESのときには、第1ヒータ14aを作動(ON)させた(ステップ12)後、後述するステップ15に進む。
【0031】
一方、ステップ11の判別結果がNOのときには、ステップ13において、表面温度T1が、第1所定温度TREF1に所定値ΔTを加えた温度(TREF1+ΔT)よりも高いか否かを判別する。この判別結果がYESのときには、第1ヒータ14aを停止(OFF)させた(ステップ14)後、ステップ15に進む。
【0032】
ステップ13の判別結果がNOのときには、直接、ステップ15に進む。
【0033】
以上のような第1ヒータ14aの制御により、第1温度センサ15aで検出された表面温度T1が、第1所定温度TREF1になるように制御される。
【0034】
また、表面温度T1が(TREF1−ΔT)≦T1≦(TREF1+ΔT)の範囲にあるときには(ステップ13:NO)、第1ヒータ14aの直前のON/OFF状態が維持されることによって、第1ヒータ14aのON/OFFの頻繁な切替えが防止される。
【0035】
次に、ステップ15〜18において、第2ヒータ14bを制御する。
【0036】
そのステップ15では、第2センサ15bで検出された裏面温度T2が、第2所定温度TREF2(例えば105〜200℃)から所定値ΔTを差し引いた温度(TREF2−ΔT)よりも低いか否かを判別する。この判別結果がYESのときには、第2ヒータ14bを作動させた(ステップ16)後、本処理を終了する。
【0037】
一方、ステップ15の判別結果がNOのときには、ステップ17において、裏面温度T2が、第2所定温度TREF2に所定値ΔTを加えた温度(TREF2+ΔT)よりも高いか否かを判別する。この判別結果がYESのときには、第2ヒータ14bを停止させた(ステップ18)後、本処理を終了する。
【0038】
ステップ17の判別結果がNOのときには、そのまま本処理を終了する。
【0039】
以上のような第2ヒータ14bの制御により、第2温度センサ15bで検出された裏面温度T2が、第2所定温度TREF2になるように制御される。
【0040】
また、裏面温度T2が(TREF2−ΔT)≦T2≦(TREF2+ΔT)の範囲にあるときには(ステップ17:NO)、第2ヒータ14bの直前のON/OFF状態が維持されることによって、第2ヒータ14bのON/OFFの頻繁な切替えが防止される。
【0041】
図6に戻り、ステップ3において、加熱された響板材2を、前述した加振装置21によって加振する(加振工程)。加振処理を行う際には、ステップ2で加熱され、全乾状態になった響板材2を、ワイヤ22、22で吊り下げた後、電磁石24のON/OFFを切り替える。このときの周波数は、響板材2の基本(第1次)振動に対応する周波数である。
【0042】
その結果、響板材2の一端部が、電磁石24との間を上下方向に往復運動し、響板材2全体が自由たわみ振動することによって、響板材2が加振される。
【0043】
次に、ステップ4において、加振された複数の響板材2を幅はぎ接合することによって、響板1を組み立てる(組立工程)。具体的には、図9に示すように、響板材2の長さを適当に整えた後、複数の響板材2を幅はぎ接合するとともに、その外周部を切り取ることにより、図10に示すような、グランドピアノの外形に合致した所定の形状の響板1が切り出される。
【0044】
次に、ステップ5において、響板1の裏面に複数の響棒3を接合し、取り付ける(響棒取付工程)。これらの響棒3は、スプルスなどから成る無垢の木質材を加工したものであり、図11に示すように、響板1に取り付ける前の状態では、その取付面3aは平らになっている。また、響棒3は、響板材2の長さ方向に対してほぼ直角な方向、すなわち響板材2の木目と直交する方向に沿って延びるように響板1に取り付けられる。
【0045】
最後に、ステップ6において、響棒3を取り付けた響板1を加湿室(図示せず)に入れ、所定の温度(例えば20℃)および湿度(例えば60%)で加湿し、その含水率を所定値まで上昇させる(加湿工程)。これにより、響板1が吸湿によって膨張する一方、裏面側ではその膨張が響棒3によって拘束されるため、表裏面間の膨張差によって、響板1に表面側が凸状のむくりが形成される。これにより、図1および図2に示すような響板1が完成する。
【0046】
以上のように、本実施形態の響板の製造装置および製造方法によれば、前述した調湿処理により、響板材2を、自然乾燥した場合よりも、短時間で効率良く、所望の含水率に調整することができる
【0047】
また、加熱処理により、響板材2を構成するセルロースの結晶化度が増大することによって、響板材2の乾湿による膨張収縮率を減少させることができ、その結果、響板1の寸法安定性を向上させることができる。
【0048】
また、響板材2の寸法変化が抑制されることにより、響板1の製造時の歩留まりが向上し、製造コストを削減することができる。
【0049】
また、響板材2を加熱処理する際、検出された表面温度T1および裏面温度T2が、それぞれ第1所定温度TREF1および第2所定温度TREF2になるように、第1および第2ヒータ14a、14bを互いに独立して制御する。それにより、響板材2の表面温度T1および裏面温度T2をきめ細かく制御でき、したがって、加熱処理により改質された所望の物性を有する響板材2を、精度良く製造することができる。
【0050】
また、加振処理により、響板材2は、自由たわみ振動が発生することにより加振され、それによって、響板材2の分子配列の安定化が図られるとともに、響板材2に残存する内部ひずみが除去される。その結果、響板材2の内部摩擦を減少させることができるため、従来の響板と比較してさらに音響特性に優れた響板1を製造することができる。
【0051】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されることなく、種々の態様で実施することができる。例えば、実施形態では加熱処理の後に加振処理を行っているが、その順序を逆にしてもよい。このように、加熱処理の前に加振処理を行った場合でも、その加振処理により、響板材の分子配列の安定化が図られるとともに、響板材に残存する内部ひずみが除去され、響板材の内部摩擦を減少させることができるので、上記と同様の効果を得ることができる。
【0052】
また、響板材を加振する加振手段として、実施形態で示した加振装置21に代えて、他の構成の加振装置を用いてもよい。
【0053】
また、実施形態は、本発明をグランドピアノの響板に適用した例であるが、アップライトピアノやバイオリン、ギターなどの、任意の楽器の響板を製造するのに適用することが可能である。その他、細部の構成を本発明の趣旨の範囲内で適宜、変更することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明を適用したグランドピアノの響板を示す平面図である。
【図2】図1の線A―A’に沿う断面図である。
【図3】加熱装置を模式的に示す図である。
【図4】加熱装置の制御関係の構成を示す図である。
【図5】加振装置を模式的に示す図である。
【図6】響板の製造工程の流れを示す図である。
【図7】響板材の斜視図である。
【図8】図4の制御装置で実行される加熱制御処理を示すフローチャートである。
【図9】複数の木質材を幅はぎ接合した状態の斜視図である。
【図10】幅はぎ接合した複数の響板材から切り出された後の響板の平面図である。
【図11】響棒の取付工程を説明するための平面図である。
【符号の説明】
【0055】
1 響板
2 響板材
11 加熱装置(加熱手段)
21 加振装置(加振手段)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アコースティックな楽器に用いられ、振動することにより楽音を発生させる木質の響板を製造する響板の製造装置であって、
前記響板の素材となる木質の響板材を所定の含水率に調湿する調湿手段と、
当該響板材を所定の温度で加熱する加熱手段と、
当該響板材に振動を加える加振手段と、
を備えることを特徴とする響板の製造装置。
【請求項2】
アコースティックな楽器に用いられ、振動することにより楽音を発生させる木質の響板の製造方法であって、
前記響板の素材となる木質の響板材を、所定の含水率に調湿する調湿工程と、
当該調湿された響板材を、所定の温度で加熱する加熱工程と、
当該加熱された響板材に振動を加える加振工程と、
を備えることを特徴とする響板の製造方法。
【請求項1】
アコースティックな楽器に用いられ、振動することにより楽音を発生させる木質の響板を製造する響板の製造装置であって、
前記響板の素材となる木質の響板材を所定の含水率に調湿する調湿手段と、
当該響板材を所定の温度で加熱する加熱手段と、
当該響板材に振動を加える加振手段と、
を備えることを特徴とする響板の製造装置。
【請求項2】
アコースティックな楽器に用いられ、振動することにより楽音を発生させる木質の響板の製造方法であって、
前記響板の素材となる木質の響板材を、所定の含水率に調湿する調湿工程と、
当該調湿された響板材を、所定の温度で加熱する加熱工程と、
当該加熱された響板材に振動を加える加振工程と、
を備えることを特徴とする響板の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−107913(P2010−107913A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−282536(P2008−282536)
【出願日】平成20年10月31日(2008.10.31)
【出願人】(000001410)株式会社河合楽器製作所 (563)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年10月31日(2008.10.31)
【出願人】(000001410)株式会社河合楽器製作所 (563)
【Fターム(参考)】
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