説明

高分子鎖を有するフラーレンの製造方法

【課題】 本発明は、高分子鎖を有する高純度フラーレンを、工業的に有利に製造する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】 本発明は、フラーレンと一般式
【化1】


[式中、Rは高分子鎖を示す。nは1〜10の整数を示す。]
で表されるマクロアゾ開始剤とを反応させて、一般式
HO−R− (2)
[式中、Rは前記に同じ。]
で表される高分子鎖を有するフラーレンを製造する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子鎖を有するフラーレンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1990年にC60の大量合成法が確立されて以来、フラーレンに関して数多くの研究がなされている。これらの研究において、高分子鎖を有するフラーレンを始め、種々のフラーレンが合成され、様々な用途、例えば、電子部品の保護材料、絶縁材料等への適用が検討されている。
【0003】
高分子鎖を有するフラーレンの製造方法としては、各種の方法が開発されている。
【0004】
例えば、非特許文献1は、ラジカル重合開始剤の存在下でビニルモノマーを重合させ、重合反応系内で生長するポリマーラジカルをフラーレンで捕捉する方法を開示している。
【0005】
非特許文献2は、末端にハロゲンを有するポリマーを合成し、該ポリマーに遷移金属錯体(触媒)を作用させてポリマーラジカルを生成せしめ、該ポリマーラジカルをフラーレンで捕捉する方法を開示している。
【0006】
非特許文献3は、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジニルオキシ(TEMPO)末端のポリスチレンを合成し、熱分解によりポリスチレンラジカルを生成せしめ、該ポリスチレンラジカルをフラーレンで捕捉する方法を開示している。
【0007】
これらの方法は、ラジカルトラップ法と称されている。
【0008】
しかしながら、これら非特許文献1〜3に記載のラジカルトラップ法では、生成する高分子鎖フラーレンにラジカル重合開始剤、触媒又はTEMPOが混入するのが避けられず、そのために高純度の高分子鎖フラーレンを製造することができない。
【0009】
更に、非特許文献3の方法は、TEMPO末端ポリスチレンの製造が煩雑である、ポリスチレンラジカルの生成に130℃以上の高温を必要とする、等の欠点を有している。
【0010】
このようなラジカルトラップ法とは異なり、末端にアミノ基を有するポリエチレングリコール又は末端にアミノ基を有するポリスチレンとフラーレンとを反応させて、フラーレンにポリエチレングリコール又はポリスチレンをグラフト化する方法が知られている(例えば、特許文献1、非特許文献4、非特許文献5)。
【0011】
しかしながら、この方法は、原料として用いられるアミノ基末端ポリエチレングリコール又はアミノ基末端ポリスチレンの製造が煩雑であり、工業的に不利である。また、グラフト化して得られる高分子鎖フラーレンの分子内には塩基性アミノ基が入るため、該高分子鎖フラーレンが強塩基性条件下では不安定となり、該高分子鎖フラーレンから高分子鎖が脱離する欠点がある。
【特許文献1】特開平9−235235号公報
【非特許文献1】M. Seno, M. Maeda, T. Sato, J. Poly. Sci.: Part A: Polym. Chem., Vol. 38, 2572(2000)
【非特許文献2】F. Audouin, R. Nuffer, C. Mathid, J. Poly. Sci.: Part A: Polym. Chem., Vol. 42, 3456(2004)
【非特許文献3】W. T. Ford, A. L. Lary, Macromolecules, Vol. 34, 5819(2001)
【非特許文献4】C. Wwis, C. Friedrich, R. Mulhaupt, H. Frey, Macromolecules, Vol. 28, 8868(1995)
【非特許文献5】N. Manolova, I. Rashkov, F. Beguin, H. Damme, J. Chem. Soc. Commun., 1725(1993)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、高純度の高分子鎖を有するフラーレンを、工業的に有利に製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、フラーレンにマクロアゾ開始剤を反応させることにより、高純度の高分子鎖フラーレンを工業的に有利に製造できることを見い出した。本発明は、斯かる知見に基づき完成されたものである。
【0014】
本発明は、下記1〜2に示す方法を提供する。
1. フラーレンと一般式
【0015】
【化1】

【0016】
[式中、Rは高分子鎖を示す。nは1〜10の整数を示す。]
で表されるマクロアゾ開始剤とを反応させて、一般式
HO−R− (2)
[式中、Rは前記に同じ。]
で表される高分子鎖を有するフラーレンを製造する工程を含む、高分子鎖を有するフラーレンの製造方法。
2. 一般式(1)における高分子鎖が、ポリエチレングリコール残基又はポリジメチルシロキサン残基である、上記1に記載の方法。
【0017】
本発明の方法において、高分子鎖を有するフラーレンは、フラーレンと一般式
【0018】
【化2】

【0019】
[式中、Rは高分子鎖を示す。nは1〜10の整数を示す。]
で表されるマクロアゾ開始剤とを反応させることにより製造される。
【0020】
マクロアゾ開始剤
一般式(1)におけるRとしては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)残基、ポリジメチルシロキサン(PDMS)残基等が挙げられる。
【0021】
一般式(1)のマクロアゾ開始剤の具体例を示すと、例えば、次式に示すものを挙げることができる。
【0022】
【化3】

【0023】
【化4】

【0024】
一般式(1a)において、PEGはポリエチレングリコール残基を示す。一般式(1b)において、PDMSはポリジメチルシロキサン残基を示す。
【0025】
ポリエチレングリコール残基としては、具体的には、−(CH2CH2O)p−(pは約4以上、好ましくは約10以上の整数)を例示できる。ポリジメチルシロキサン残基としては、具体的には、−[Si(CH32−O]q−(qは約3以上、より好ましくは約40以上の整数)を例示できる。
【0026】
一般式(1a)及び一般式(1b)において、nは、1〜10の整数、好ましくは3〜5の整数である。
【0027】
一般式(1)における高分子鎖(−R−)の分子量は、通常約200〜約100000の範囲である。Rの種類によって、好ましい分子量が異なる。例えば、高分子鎖がポリエチレングリコール(PEG)残基の場合には、約200〜約8000が好ましく、約450〜約8000がより好ましい。高分子鎖がポリジメチルシロキサン(PDMS)残基の場合には、約200〜約10000が好ましく、約3000〜約10000がより好ましい。
【0028】
本発明で使用されるマクロアゾ開始剤は、入手容易な公知化合物であるか、又は公知の方法により容易に製造される化合物である。
【0029】
例えば、一般式(1a)のマクロアゾ開始剤は、公知の一般式(2)
【0030】
【化5】

【0031】
で表される化合物の両末端を水酸基からCl末端に変換し、次いで得られる化合物にポリエチレングリコールを反応させることにより製造される。
【0032】
水酸基からCl末端への変換は、公知の酸クロライド化反応の反応条件を広く適用できる。引続き行われるポリエチレングリコールとの反応は、一般的な脱塩化水素反応であり、通常、塩基性化合物の存在下で行うのが有利である。
【0033】
一般式(1b)のマクロアゾ開始剤も、上記と同様に、一般式(2)で表される化合物の両末端を水酸基からCl末端に変換し、次いで得られる化合物にポリジメチルシロキサンを反応させることにより製造される。Cl末端化合物とポリジメチルシロキサンとの反応も、一般的な脱塩化水素反応の反応条件下に行われる。
【0034】
フラーレン
フラーレンは球殻状の炭素分子である。本発明で用いられるフラーレンの種類は限定されるものではなく、公知のフラーレンをいずれも使用することができる。
【0035】
このようなフラーレンとしては、例えば、C60、C70、C76、C78、C80、C82、C84、C86、C88、C90、C92、C94、C96、C98、C100等又はこれら化合物の2量体、3量体等を挙げることができる。これらフラーレンの中でも、C60及びC70が好ましく、C60がより好ましい。
【0036】
本発明において、フラーレンは、1種単独で又は2種以上混合して使用される。
【0037】
高分子鎖を有するフラーレンの製造方法
フラーレンとマクロアゾ開始剤との反応は、無溶媒下又は適当な溶剤中で行われる。溶剤中で反応を行う場合、反応液は溶液状態であってもよいし、懸濁もしくは乳化状態であってもよい。
【0038】
本発明においては、フラーレン及びマクロアゾ開始剤を適当な溶剤に溶解し、溶液中でフラーレンとマクロアゾ開始剤とを反応させるのが好ましい。
【0039】
このような溶剤としては、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロルベンゼン、o−ジクロルベンゼン、m−ジクロルベンゼン、p−ジクロルベンゼン、1,2,4−トリクロルベンゼン、1−メチルナフタリン、ジエチルナフタリン、1−フェニルナフタリン、1−クロルナフタリン等の芳香族炭化水素、クロロホルム、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素、ジオキサン、二硫化炭素等を挙げることができる。
【0040】
フラーレン及びマクロアゾ開始剤の使用割合は、特に限定がなく広い範囲内から適宜選択できる。フラーレン1モルに対して、マクロアゾ開始剤を通常1〜10モル程度、好ましくは1〜3モル程度、より好ましくは1〜2モル程度使用する。マクロアゾ開始剤の使用量を増加させると(例えば、フラーレン1モルに対してマクロアゾ開始剤を5モル以上使用すると)、フラーレンにグラフト結合する高分子鎖の数が多くなり、これらの高分子鎖同士が互いに結合することによって、得られる高分子鎖フラーレンは3次元化する。
【0041】
フラーレンとマクロアゾ開始剤との反応は、反応系をマクロアゾ開始剤から高分子鎖ラジカル(HO−R・)が生成する温度に加熱して行われる。該反応は、通常70〜100℃程度、好ましくは70〜80℃程度で行われ、一般に12〜24時間程度で完結する。
【0042】
加熱により生成する高分子鎖ラジカル(HO−R・)は、フラーレンに捕捉される。通常、1個のフラーレンに、2〜5個程度、好ましくは2〜3個の高分子鎖ラジカル(HO−R・)が結合する。この結合は、強固な炭素−炭素結合であるため、フラーレンから高分子鎖が実質的に脱離することはない。
【0043】
高分子鎖ラジカル(HO−R・)がフラーレンに捕捉される際、2個の高分子鎖ラジカルが一緒になって、HO−R−O−R・になり、これがフラーレンに結合したり、更に3個以上の高分子鎖ラジカルが一緒になって、フラーレンに結合する場合がある。
【0044】
上記で得られる高分子鎖フラーレンは、通常行われているポリマーの単離及び精製手段に従い、反応混合物から容易に単離され、精製される。
【0045】
本発明の方法においては、フラーレンとマクロアゾ開始剤とを溶剤中で反応させるだけであり、マクロアゾ開始剤の分解により生成する窒素ガスは高分子鎖フラーレンに取り込まれずに、反応系外に取り出される。
【発明の効果】
【0046】
本発明の方法においては、フラーレンとマクロアゾ開始剤とを溶剤中で反応させるだけであり、マクロアゾ開始剤の分解により生成する窒素ガスは高分子鎖フラーレンに取り込まれずに、反応系外に容易に除去できる。
【0047】
また、本発明の方法では、フラーレンとマクロアゾ開始剤とを単に加熱するだけで反応が進行するため、フラーレンとマクロアゾ開始剤との反応促進のために特別な触媒を必要としない。
【0048】
従って、本発明の方法では、原料として用いられるフラーレン及びマクロアゾ開始剤並びに溶剤を除去するだけで、目的とする高分子鎖フラーレンを高純度で製造することができる。
【0049】
原料としてマクロアゾ開始剤は、入手が容易な公知の化合物であるか、又は公知の方法により容易に製造できる化合物であり、更に他に特別な反応試薬を必要としない。
【0050】
それ故、本発明の方法は、工業的に極めて有利である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0051】
以下に実施例を掲げて、本発明をより一層明らかにする。
【0052】
実施例1
マクロアゾ開始剤として、和光純薬工業(株)製の「VPE−0401」(PEGユニットの分子量約4000、以下「Azo−PEG」という)を使用した。
【0053】
60フラーレン0.050g(7.0×10-5モル)とAzo−PEG 0.280g(7.0×10-5モル)を重合管に入れ、精製したo−ジクロルベンゼン(o−DCB)8mlを加えて溶液とした。凍結−解凍系(ドライアイス−メタノールを使用)で3回脱気後、封管した。重合管を油浴に入れ、70℃で24時間反応を行った。
【0054】
反応終了後、遠心エバポレーターを用いて反応溶媒のo−DCBを除去し、これにテトラヒドロフラン(THF)100mlを加え、未反応のC60フラーレンを沈殿させ、遠心分離した。遠心分離後の溶液から、ロータリーエバポレーターを用いてTHFを除去した。得られる残渣に、再びTHF50mlを加え、未反応のフラーレンC60を沈殿させ、遠心分離した。遠心分離後の溶液から、ロータリーエバポレーターを用いてTHFを除去し、PEG(分子量約4000)を有するC60フラーレン0.30gを得た。
【0055】
この生成物(PEGグラフトC60フラーレン)の分子量をGPCにて測定したところ、平均分子量は約9000であった。PEGの分子量が約4000であることから、C60フラーレンにPEG残基が平均2個置換していることが確認できた。
【0056】
また該生成物のUV−VISスペクトルには、450nm付近に原料のC60フラーレンにはない新しい吸収が認められた。この450nm付近の吸収は、C60フラーレンにPEG残基が2個置換していることを裏付けるものである。
【0057】
PEGグラフトC60フラーレンは、見掛け上、水及びメタノールによく溶解し、水への溶解度は4〜5mg/ml、メタノールへの溶解度は6〜7mg/mlであった。
【0058】
なお、原料として使用したC60フラーレンの水への溶解度及びメタノールへの溶解度は共に0mg/mlであった。
【0059】
上記で得られたPEGグラフトC60フラーレンを、窒素気流(20ml/分)中、10℃/分の昇温速度で加熱し、PEGグラフトC60フラーレンの重量変化を調べた。
【0060】
PEGグラフトC60フラーレンについての熱重量分析曲線を図1に示す。比較のために、Azo−PEG及びAzo−PEGの原料であるPEGについても、上記と同様に熱重量分析を行い、その結果を図1に併せて示す。
【0061】
実施例2
マクロアゾ開始剤として、和光純薬工業(株)製の「VPS−0501」(PDMSユニットの分子量約5000、以下「Azo−PDMS」という)を使用した。
【0062】
60フラーレン0.050g(7.0×10-5モル)とAzo−PDMS 0.350g(7.0×10-5モル)を重合管に入れ、精製したo−ジクロルベンゼン(o−DCB)8mlを加えて溶液とした。凍結−解凍系(ドライアイス−メタノールを使用)で3回脱気後、封管した。重合管を油浴に入れ、70℃で24時間反応を行った。
【0063】
反応終了後、遠心エバポレーターを用いて反応溶媒のo−DCBを除去し、これにテトラヒドロフラン(THF)100mlを加え、未反応のC60フラーレンを沈殿させ、遠心分離した。遠心分離後の溶液から、ロータリーエバポレーターを用いてTHFを除去した。得られる残渣に、再びTHF50mlを加え、未反応のC60フラーレンを沈殿させ、遠心分離した。遠心分離後の溶液から、ロータリーエバポレーターを用いてTHFを除去し、PDMS(分子量約5000)を有するC60フラーレン0.35gを得た。
【0064】
この生成物(PDMSグラフトC60フラーレン)の分子量をGPCにて測定したところ、平均分子量は約11000であった。PDMSの分子量が約5000であることから、C60フラーレンにPDMS残基が平均2個置換していることが確認できた。
【0065】
また該生成物のUV−VISスペクトルには、450nm付近に原料のC60フラーレンにはない新しい吸収が認められた。この450nm付近の吸収は、C60フラーレンにPDMS残基が2個置換していることを裏付けるものである。
【0066】
PEGグラフトC60フラーレンは、見掛け上、テトラヒドロフラン及びメタノールによく溶解し、テトラヒドロフランへの溶解度は2〜3mg/ml、メタノールへの溶解度は2〜3mg/mlであった。
【0067】
なお、原料として使用したC60フラーレンのテトラヒドロフランへの溶解度及びメタノールへの溶解度は共に0mg/mlであった。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】図1は、PEGグラフトC60フラーレン、Azo−PEG及びPEGの熱重量分析曲線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラーレンと一般式
【化1】

[式中、Rは高分子鎖を示す。nは1〜10の整数を示す。]
で表されるマクロアゾ開始剤とを反応させて、一般式
HO−R− (2)
[式中、Rは前記に同じ。]
で表される高分子鎖を有するフラーレンを製造する工程を含む、高分子鎖を有するフラーレンの製造方法。
【請求項2】
一般式(1)における高分子鎖が、ポリエチレングリコール残基又はポリジメチルシロキサン残基である、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−219591(P2006−219591A)
【公開日】平成18年8月24日(2006.8.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−34702(P2005−34702)
【出願日】平成17年2月10日(2005.2.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年9月1日 社団法人高分子学会発行の「高分子学会予稿集 53巻2号」に発表
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】