説明

高加工性浸炭用鋼板

【課題】歯車、軸受の外輪、プーリー等に用いられる板厚3〜15mmの鋼板であっても、優れた加工性と浸炭焼入れ性を有する鋼板を提供する。
【解決手段】C:0.10〜0.40質量%、Si:0.02〜0.40質量%、Mn:1.00〜2.00質量%、P:0.02質量%以下、S:0.02質量%以下、Cr:0.20〜0.70質量%、B:0.0003〜0.005質量%、Ti:0.03〜0.20質量%を、さらに必要に応じてNi:0.20〜2.00質量%、Mo:0.10〜0.80質量%の1種または2種を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板であって、面積率1%以上を占める構成相はフェライト相とセメンタイト相のみであり、セメンタイト相で0.2μm以上の粒径を有する粒子が1500個/10000μm以下であることに加えて、20〜100nmの粒径を有するTi炭化物粒子が4000〜20000個/10000μmの範囲で分散した組織を有し、180HV未満の硬さを呈する高加工性浸炭用鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形加工が行いやすく、かつ浸炭処理時に異常組織を生成しない鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば歯車、シャフト等の自動車部品には、JIS G 4052、JIS G 4104、JIS G 4105、JIS G 4106などに規定されている中炭素の機械構造用合金鋼が使用されるのが一般的である。通常、棒鋼に対して、熱間鍛造や冷間鍛造、さらにはその後に切削加工を施して所定の形状に整えた後、浸炭焼入れ焼戻し処理を施し、機械的特性を高めて使用されている。
上記歯車、シャフト等の自動車部品は、鍛造後に切削加工を施して作製されているため、製品歩留りと生産性が悪いといった問題点を抱えている。
【0003】
そこで、シャフト等と比べて肉厚が薄い部品である歯車や軸受けの外輪、あるいはプーリー等を、中肉厚の鋼板を素材とし、プレス等の加工を施して所望形状に整えた後に熱処理を施して製造することも検討されている。
例えば、特許文献1で、浸炭焼入れ後に優れた強度と靭性とを備える鋼板部材を得ることが可能な、優れた加工性を有する浸炭焼入れ用鋼板が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−214707号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1で提案された鋼板は、質量%で、C:0.15〜0.30%、Si:0.15%未満、Mn:0.50〜1.5%、S:0.02%以下、Cr:0.05〜0.20%、Al:0.050%以下およびN:0.0050%未満を、さらに必要に応じてMo:0.30%以下を含有し、また、Bの含有量が、NおよびTiの含有量を含む所定の関係式により設定される上下限を満足し、さらにPの含有量が、B、NおよびTiの含有量を含む他の関係式により設定される上限を満足し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有するとともに、穴拡げ率が60%以上である機械特性を有するようにしたものである。
【0006】
上記鋼板は、加工性を考慮して、焼入れ性向上元素であるCrやMoの含有量が低く抑えられている。このため焼入れ性が十分でない。例えば、スラスト軸受、ベアリング外輪、クラッチレリーズ部品等、比較的薄い鋼板からのプレス加工で成形されるものであれば、さほど焼入れ性が良くなくても使用できるが、歯車、軸受の外輪、プーリー等、板厚3〜15mmの鋼板を素材としたものにあっては、上記特許文献1に記載の鋼板程度の焼入れ性では、浸炭焼入れ後に所望の表面硬さを得ることができない。上記特許文献1でも、板厚2.5mm程度の鋼板について浸炭焼入れ前後の特性を確認しているに過ぎない。
【0007】
本発明は、このような問題を解消すべく案出されたものであり、歯車、軸受の外輪、プーリー等に用いられる板厚3〜15mmの鋼板であっても、優れた加工性と浸炭焼入れ性を有する鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の高加工性浸炭用鋼板は、その目的を達成するため、C:0.10〜0.40質量%、Si:0.02〜0.40質量%、Mn:1.00〜2.00質量%、P:0.02質量%以下、S:0.02質量%以下、Cr:0.20〜0.70質量%、B:0.0003〜0.005質量%、Ti:0.03〜0.20質量%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成と、面積率1%以上を占める構成相はフェライト相とセメンタイト相のみであり、セメンタイト相で0.2μm以上の粒径を有する粒子が1500個/10000μm以下であることに加えて、20〜100nmの粒径を有するTi炭化物粒子が4000〜20000個/10000μmの範囲で分散した組織を有し、180HV未満の硬さを呈することを特徴とする。
なお、本明細書では、粒径は短軸長さと長軸長さの平均としている。
【0009】
また、前記高加工性浸炭用鋼板は、さらにNi:0.20〜2.00質量%、Mo:0.10〜0.80質量%の1種または2種を含む成分組成を有するものであってもよい。
さらに、前記前記高加工性浸炭用鋼板は、さらにNb:0.02〜0.10質量%、V:0.02〜0.20質量%の1種または2種を含む成分組成を有するとともに、20〜100nmの粒径を有するTi、NbおよびVの炭化物が4000〜20000個/10000μmの範囲で分散した金属組織を有するものであってもよい。
Ti,NbおよびVの含有量は、合わせて0.03〜0.35質量%とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、成分組成および金属組織を細かく設定したことにより、プレス加工等の加工性に優れるとともに、浸炭焼入れ後にあっても異常組織が生成せずに表層部と芯部とでバランスの取れた機械的特性を発揮する鋼板となっている。
したがって、本発明により、歯車、軸受の外輪、プーリー等、特性の優れた部品が低コストで提供できることになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
前記したように、特許文献1で提案された鋼板は、加工性を考慮して、焼入れ性向上元素であるCrやMoの含有量が低く抑えられている。このため焼入れ性が十分でない。したがって、歯車、軸受の外輪、プーリー等、板厚3〜15mmの鋼板を素材としたものにあっては、さらなる焼入れ性の向上が求められる。当然ながら、浸炭処理時の結晶粒の異常成長や浸炭材の強度、靭性などの劣化があってはならない。
板厚3〜15mmの鋼板でも十分に焼入れが可能な焼入れ性の確保、浸炭処理時の結晶粒の異常成長や浸炭材の強度、靭性などの特性確保に必要な添加元素は、焼鈍後の硬さを高めて、プレス加工等の加工性を劣化させる傾向がある。加工性は、歯車、軸受の外輪、プーリー等を製造するためには必要不可欠な特性の一つであり、ただ単に元素の添加や、添加量の増量だけでは問題を解決することはできない。
【0012】
そこで、本発明では、
(1)焼入れ性向上のために、Mn,BおよびCrの含有量を、さらには必要に応じて添加するNi,Moの含有量を細かく調整した。
(2)また、浸炭処理時の粗粒化を防止するために、Ti,さらには必要に応じて添加するNb、Vの添加量を細かく調整するとともに、形成されるTi,Nb,Vの炭化物を細かく分散析出させて、この炭化物によるγ粒界のピン止め作用を活用した。
(3)さらに、加工性を良くするために、セメンタイトの粒径を大きく、かつ間隔を広げて分散させた。
以下に、その詳細を説明する。
【0013】
まず、本発明鋼板の成分組成から説明する。
C:0.10〜0.40質量%
Cは鋼に必要な強さ、硬さを与えるのに有効な元素である。0.1質量%に満たないと芯部における必要な機械的特性を確保することができない。C量が多いほど強く、かつ硬くなるが、0.40質量%を超える程に多く含有させると硬くなりすぎてプレス加工性が低下するとともに、浸炭後の芯部靭性が低下することになる。
【0014】
Si:0.02〜0.40質量%
Siは鋼の脱酸に有効な元素であるとともに、鋼に必要な強度、焼入れ性を与え、焼戻し軟化抵抗を向上するのに有効な元素である。その量が、0.02質量%に満たないと十分な効果は得られない。逆に0.40質量%を超える程に多く含ませると硬くなりすぎてプレス加工性が低下するとともに、靭性も低下することになる。
【0015】
Mn:1.00〜2.00質量%
Mnは鋼の脱酸に有効な元素であるとともに、鋼に必要な強度、焼入れ性を確保するために重要な元素である。Crを増量することなく焼入れ性を確保するためには、最低でも1.00質量%必要である。しかしながら、2.00質量%を超えるほどに多く含ませると硬くなりすぎてプレス加工性が低下する。
【0016】
P:0.02質量%以下
Pは加工性や靭性を低下させるばかりでなく、焼入れ、焼戻し後の結晶粒界を脆化させることにより疲労強度を低下させるので極力低減することが望ましい。本発明では0.02質量%以下とする。
【0017】
S:0.02質量%以下
Sは鋼中でMnSを形成し、加工性を低下する。また浸炭時に異常組織を生成させ、熱処理後材質の劣化を招くので極力低減することが望ましい。本発明では0.02質量%以下とする。
【0018】
Cr:0.20〜0.70質量%
Crは鋼に強度、焼入れ性を与えるのに有効な元素である。焼入れ性を向上させるためには少なくとも0.20質量%の添加が必要である。Cr添加量が増えるにつれて硬くなり加工性を低下させることになるので、本発明では、Cr添加量は0.70質量%を上限とする。
【0019】
B:0.0003〜0.005質量%
Bは、浸炭焼入れに際して鋼に焼入れ性を付与する。本発明にあっては重要な元素である。また、浸炭材の粒界強度を向上させる作用を有するので、浸炭材としての疲労強度・衝撃強度を向上させることにもなる。これらの作用を引き出すには少なくとも0.0003質量%の添加が必要である。しかしながら、0.005質量%を超えて添加しても効果は飽和する。したがって、Bの添加量は0.0003〜0.005質量%とする。
【0020】
Ti:0.03〜0.20質量%
Bの焼入れ性向上効果を得るためには、BをBNとして析出させてはならない。Tiは鋼中でNと結合してTiNを生成するので、このTiによる固溶Nの固定作用を活用してBNの析出防止、つまり固溶Bを確保する。また、TiNを生成した残りのTiは、鋼中で微細なTiCを生成させ、この炭化物によりピン止め作用により浸炭時のγ粒成長を防止する。固溶Bの確保と形成した炭化物によるピン止め作用を発現させるという点において、Tiは、本発明において極めて重要な元素である。
0.03質量%未満ではその効果は不十分である。逆に、Tiを、0.2質量%を超えて添加すると、TiCによる析出硬化が顕著になって加工性が急激に低下する。したがって、本発明では、Tiの添加量は0.03〜0.20質量%とする。
【0021】
Ni:0.20〜2.00質量%
Niは焼入れ性を向上させる効果と、強靭性を高める効果を有する元素である。したがって、必要に応じて添加する。この効果を発揮させるためには少なくとも0.20質量%の添加が必要である。浸炭用鋼板として利用しようとした場合、2.00質量%を超えて添加しても特性向上は望めない。またNiは高価な元素であるため、過剰の添加は著しいコスト増を招く。
【0022】
Mo:0.10〜0.80質量%
Moも、Niと同様、焼入れ性を向上させる効果と、強靭性を高める効果を有する元素である。したがって、必要に応じて添加する。この効果を発揮させるためには少なくとも0.10質量%の添加が必要である。浸炭用鋼板として利用しようとした場合、0.80質量%を超えて添加しても特性向上は望めない。またMoも高価な元素であるため、過剰の添加は著しいコスト増を招く。
【0023】
Nb:0.02〜0.10質量%、V:0.02〜0.20質量%の1種または2種
Nb,Vは、Tiと同様、炭化物、炭窒化物を形成して硬化作用を呈する元素である。したがって必要に応じて添加する。Tiに加えてNb,Vを複合添加することにより、粒界ピン止め効果をさらに効果的に発揮させることができる。この効果を発揮させるためにはいずれの元素も少なくとも0.02質量%添加するが必要である。しかしながら、Nbの場合は0.10質量%を超えて、またVの場合は0.20質量%を超えて添加すると、炭化物や炭窒化物が多く析出しすぎて焼鈍材が硬くなりすぎ、加工性がかえって低下する。したがって、Nb,Vの添加量は多くしすぎないことが必要である。Ti,NbおよびVの合計量で0.35質量%以下とすることが好ましい。
【0024】
本発明鋼板の生地組織は、基本的には焼鈍工程によって得られる軟質化組織であり、フェライト相を基とするものである。鋼中に添加したCは大部分がセメンタイト、一部がTi炭化物として存在する。本発明の成分範囲では、化学量論的にセメンタイトの面積率は最低約1.5%程度存在することになる。セメンタイト相の存在形態は、「球状または板状形態の粒子」として単独で存在する場合と、「パーライト組織やベイナイト組織の下部構造」として存在する場合がある。本発明では、これらの下部構造としてのセメンタイトも含む。ただし、パーライト組織やベイナイト組織の下部構造としてのセメンタイト粒子は極めて微細で個数が多いため、後で述べるセメンタイト粒子の個数を制御する上で、パーライト組織やベイナイト組織の存在は自ずから特性阻害要因になるものである。また、パーライト組織やベイナイト組織が生地組織中に含まれる場合には生地組織硬さが高くなるため、この点でもパーライト組織とベイナイト組織は阻害要因であり、本発明においては自ずから「球状または板状形態の粒子」を対象とするものになる。
なお、本発明においては、金属組織は、熱延・焼鈍板の圧延方向に平行な断面について、鏡面研磨した後、ピクラール溶液(メチルアルコール+ピクリン酸)でエッチングした表面を走査型電子顕微鏡にて観察している。
しかも、炭化物の析出状態を、以下のように細かく調整する必要がある。
【0025】
粒径0.2μm以上のセメンタイト:1500個/10000μm以下
炭素鋼板において、その加工性を高める方法の一つに焼鈍後の硬さを低くすることが挙げられる。焼鈍後の硬さを低減する方法の一つとして、炭化物の粒径を大きく、間隔を広くするよう組織制御する方法がある。本発明者は、焼鈍材の加工性におよぼす炭化物の粒径および炭化物の間隔を調査した結果、粒径が0.2μm以上のセメンタイト粒を、10000μm2当たり1500個以下分散させた組織が肝要であり、焼鈍材中において、規定値よりも粒径が小さいセメンタイト粒が規定値よりも多く分散していると、焼鈍材が硬質化し、脆くなるために所望の形状に加工し難くなることを見出した。
なお、本発明においては、セメンタイトの分散状態は、熱延・焼鈍板の圧延方向に平行な断面を鏡面研磨した後、ピクラール溶液(メチルアルコール+ピクリン酸)でエッチングした表面のセメンタイト粒子を光学顕微鏡にて観察し、粒子の短軸長さと長軸長さを測定し、その平均値を粒子の粒径としている。
【0026】
粒径20〜100nmのTi、Nb,V炭化物:4000〜20000個/10000μm
本発明では、Ti,さらには必要に応じて添加したNb、Vの炭化物を細かく分散析出させて、この炭化物によるγ粒界のピン止め作用により浸炭焼入れ焼戻し処理時の結晶粒の粗粒化防止を図っている。これらの析出分散炭化物の粒径が小さすぎたり、分散量が規定値よりも少なすぎたりすると所望のピン止め効果は得られない。逆に粒径が大きすぎるとTi,Nb,Vの炭化物の個数が少なくなる。その結果、浸炭焼入焼戻し後の旧γ粒径が大きくなり、靭性が低下する。また、分散量が多すぎると焼鈍材が硬質化し、材質の脆化を招くため、加工性が不十分となる。
なお、本発明においては、Ti等の炭化物の分散析出状態は、熱延・焼鈍板の圧延方向に平行な断面について、定電圧電解エッチングを用いた抽出レプリカ法により観察サンプルを作成し、透過型電子顕微鏡を用い、加速電圧200kVにてTi、Nb、V炭化物を観察し、粒子の短軸長さと長軸長さを測定し、その平均値を粒子の粒径としている。
【0027】
硬さ:180HV未満
浸炭用鋼板からプレス加工等で所望の形状に成形するのは、素材鋼板は軟質であることが好ましい。180HVを超える程に硬いと金型の寿命が短くなったりして生産性が低下する。
成分組成を細かく規定し、しかも金属組織を上記のように調整すると硬さが180HV以下の鋼板となる。
なお、本発明においては、熱延・焼鈍板の圧延方向に平行な断面について、ビッカース硬度計にて硬さを測定している。
【0028】
続いて、本発明に係る浸炭用鋼板の製造方法について簡単に説明する。
上記の本発明成分からなる鋼を、転炉、電気炉等の通常の方法によって溶製し、成分調整を行った後、通常の鋳造工程、必要に応じて分塊圧延工程を経て、熱間圧延とその後の焼鈍を行って熱延焼鈍板とする。
鋳造時に生成した炭化物を一旦マトリックス中に固溶させ、熱間圧延時に炭化物を均一微細に分散析出させて、その後の処理と相俟って、所望の組織、特性を発現させるものである。
【0029】
熱延前の加熱は、炭化物がマトリックス中に十分に固溶されるような温度とするべきである。熱間圧延の仕上げ温度、熱間圧延終了後の冷却速度や巻取り温度についても、フェライト相の結晶粒が細かくなるように、また炭化物が所定の大きさ、分散状態で析出するように、さらにベイナイト相の生成を抑えるように調整する必要がある。
本発明では、加工性を良くするためにセメンタイトの分散形態を粗大化していることを大きな特徴点としている。この意味では、熱延板を焼鈍する際の焼鈍条件の調整が大きなポイントとなる。
【0030】
焼鈍条件は、鋼板を(Ac1点−30℃)〜Ac1点未満の温度で10〜30h加熱保持した後、100℃/h以下の冷却速度で冷却するか、もしくは、鋼板をAc1点〜(Ac1点+100℃)の温度で5〜30h加熱保持した後、50℃/h以下の冷却速度で冷却する工程の少なくともいずれかとする必要がある。
望ましくは、後者の工程のほうが、マトリックスへのセメンタイトの固溶が進みやすいので、粒径0.2μm以上のセメンタイトの個数を低減するために効果的である。なお、鋼板を(Ac1点−30℃)〜Ac1点未満の温度で10〜30h加熱保持した後、温度を下げることなく、続いてAc1点〜(Ac1点+100℃)の温度で5〜30h加熱保持した後、50℃/h以下の冷却速度で冷却する2段階の処理を行ってもよい。
【0031】
上記方法で製造された熱延焼鈍板は、プレス加工等、通常の加工手段で歯車や軸受けの外輪、あるいはプーリー等に成形加工され、通常の浸炭処理が施されて所望の浸炭処理製品にされる。
【実施例1】
【0032】
表1、2に示す組成を有する転炉溶製鋼の連続鋳造スラブを、表3に示す条件で熱間圧延し、厚さ約5mmの熱間圧延鋼帯を製造し、その後に同じく表3に示す条件で焼鈍した。表3の10h保持した後の冷却速度は、10〜40℃/hの範囲で実施した。
なお、表1に示す供試鋼が本発明例であり、表2に示す供試鋼が比較例である。
また、本発明に従う高加工性浸炭用鋼板のAc1点は、およそ710〜740℃の範囲にある。各鋼の中でも、比較的Mn量が多いNo.4、18、21はAc1点が低く、Cr量が多い22、28、32〜34はAc1点が高い。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
上記各供試材について、圧延方向に平行な断面を鏡面研磨した後、ピクラール溶液(メチルアルコール+ピクリン酸)でエッチングした表面を走査型電子顕微鏡にて観察し、各供試材の金属組織を判定した。
また、各供試材の圧延方向に平行な断面を鏡面研磨した後、ピクラール溶液(メチルアルコール+ピクリン酸)でエッチングした表面のセメンタイト粒子を光学顕微鏡にて観察し、10000μm2中に含まれるセメンタイトの個数を測定した。
【0037】
さらに、各供試材の圧延方向に平行な断面を、定電圧電解エッチングを用いた抽出レプリカ法により観察サンプルを作成し、透過型電子顕微鏡を用い、加速電圧200kVにてTi、Nb、V炭化物を観察して50μm2中に含まれるTi、Nb、V炭化物の個数を測定した。測定した個数に基づいて、10000μm2中に含まれるTi、Nb,V炭化物の個数に換算した。
さらにまた、各供試材の圧延方向に平行な断面についてビッカース硬度計にて硬さを求めた。荷重は10kgf、測定位置は板厚中心とした。
そして、さらに各供試材について、内径30mm、外径50mmに加工した試験片をバーリング加工、絞り加工し、穴拡げ加工(穴拡げ率:30%)した後、クラック発生の有無により加工性を評価した。
以上の観察、評価結果を合わせて表4に示す。
【0038】
上記の各供試材について、浸炭焼入焼戻し処理を行い、処理後の各種特性を評価した。
なお、浸炭処理は、まず980℃まで加熱し、均熱工程としてその温度で30分保持した。続いて、980℃に保持したまま浸炭性ガスを供給しつつ10分間保持する浸炭ガス供給工程と、浸炭性ガスの供給を止めて40分間保持する拡散工程の操作を3回繰返した後、870℃で20分保持した。次に、870℃から油冷して焼入れを行った(焼入工程)。その後、160℃に120分間保持した後、空冷を行った。浸炭性ガスとしてプロパンガスを用いて、焼入れ後の表面炭素濃度が0.8%になるように調節した。
そして、各浸炭焼入れ材の圧延方向に平行な断面について、上記と同じ方法で観察表面を整えた後、組織観察を行って、JIS G 0551の切断法に従って浸炭層の旧オーステナイト粒径を求めた。
【0039】
また、各浸炭焼入れ材について、転動疲労試験により耐久性を調べた。
各焼鈍材から、丸抜き→粗加工→浸炭焼入焼戻し処理→精加工を行い、最終的に厚み:5.0mm内径:28.7mm、外径:63mmの試験片を作製した。この試験片を使用し、スラスト試験機を用いて耐久性を評価した。
試験条件は、試験温度:25℃、剛球(相手材):SUJ2(φ3/8in(3個))、応力繰返速度:1800cpm、潤滑油:タービン#68、荷重:3.2kN、最大接触応力:4.9GPaである。
各鋼種についてワイブル分布を作成し、10%の確率で破壊する繰返し数が2.0×10回以上である鋼種には耐久試験○とし、それ以下の鋼種は×とした。
各浸炭焼入れ材の評価結果を表5に合わせて示す。
【0040】
【表4】

【0041】
【表5】

【0042】
No.1〜13の本発明例にあっては、焼鈍材の硬さも低く、問題なくプレス加工できた。しかも、浸炭焼入れ後に浸炭層における結晶粒の粗大化もなく、十分な耐久性を備えていた。
これに対して、比較例であるNo.14は、C量が低いため浸炭焼入焼戻し後の芯部硬さが不十分となり、耐久性が不十分となった。また、No.15,No.18,No.22,No.25は、それぞれC,Mn,Cr,Tiの添加量が多過ぎたため、焼鈍硬さが180HV以上と硬質となり、加工性が不十分となった。
【0043】
No.16は、Siの添加量が多過ぎたため、表4中としては示していないが、材質の脆化を招き、加工性が不十分となった。No.17,No.21,No.23もそれぞれMn,Cr,Bの添加量が少ないため、同様に表4中としては示していないが、焼入性が不十分であった。その結果、浸炭焼入焼戻し後の芯部硬さが不十分となり、耐久性が不十分となった。
また、No.19,No.20は、それぞれP,Sの添加量が多過ぎたため、同様に表4中としては示していないが、浸炭処理後の靭性低下を招き、耐久性が不十分となった。
【0044】
さらに、No.26は、Ti+Nb+Vの合計添加量が多過ぎたため、焼鈍硬さが180HV以上と硬質となり、加工性が不十分となった。
No.24は、Ti+Nb+Vの合計添加量が少ないため、浸炭焼入焼戻し後の旧γ粒径が大きくなった。その結果、靭性が低下し、耐久性が不十分となった。
No.27,No.30は、Ti+Nb+Vの合計添加量が少ないため、浸炭焼入焼戻し後の旧γ粒径が大きくなった。旧γ粒径の粗大化による靭性の低下に加えて、焼入性不足による(Mn,CrもしくはBの添加量不足)浸炭焼入焼戻し後の芯部硬さ不足により耐久性が不十分となった。特に、No.30は、Cr添加量は本発明の上限値を超えているが、MnとBの添加量がともに不足しているため、全体としては材料の焼入性が不足した。
【0045】
No.28,No.33は、Crの多量添加により、同様に表4中としては示していないが材質の脆化を招いて、加工性が不十分となっている。加えて、Mn,Bの添加量不足により、焼入性が不十分となり、浸炭焼入焼戻し後の芯部硬さが不十分となったため、耐久性が不十分であった。
No.29,No.32は、Crの多量添加により、同様に表4中としては示していないが材質の脆化を招き、加工性が不十分となった。
【0046】
No.31は、Mn,CrおよびBの添加量不足により、同様に表4中としては示していないが焼入性が不十分となり、浸炭焼入焼戻し後の芯部硬さが不十分となったため、耐久性が不十分であった。
No.34は、Crの多量添加により焼鈍硬さが180HV以上と硬質となり、加工性が不十分となった。加えて、Mn添加量不足により、焼入性が不十分となり、浸炭焼入焼戻し後の芯部硬さが不十分となったため、耐久性が不十分であった。
No.35は、Tiの添加量およびTi+Nb+Vの合計添加量が少ないため浸炭焼入焼戻し後の旧γ粒径が大きくなった。その結果、靭性が低下し、耐久性が不十分となった。
【実施例2】
【0047】
本発明鋼板は、製造条件、特に焼鈍条件の違いによって金属組織、ないしは炭化物の析出状態が変化し、焼鈍材の加工性や浸炭性あるいは浸炭焼入れ後の特性に影響を及ぼす。
そこで、表1中のNo.1、5、8、13で示す鋼について、表6に示す各種条件で熱延焼鈍板を作製した。焼鈍後の冷却速度は、10〜40℃/hの範囲で実施した。
そして、各熱延焼鈍板について実施例1と全く同様の評価を行った。その結果を表7に示す。
さらに、前記各熱延焼鈍板について実施例1と全く同様に浸炭焼入れ処理を施し、実施例1と同じ評価を行った。その結果を表8に示す。
【0048】
【表6】

【0049】
【表7】

【0050】
【表8】

【0051】
本発明例であるNo.1‐A、No.1‐C、No.1‐D、No.5‐A、No.5‐F、No.8‐A、No.8‐D、No.8−E及びNo.13‐Aにあっては、焼鈍材の硬さも低く、加工性の評価においてもクラックの発生はなく、加工性は良好であった。しかも、浸炭焼入れ後に浸炭層における結晶粒の粗大化もなく、十分な耐久性を備えていた。
これに対して、比較例であるNo.1‐Bは、焼鈍温度が低いため、熱延時の金属組織中に含まれるパーライトが残存し、セメンタイト粒子数が著しく多くなった。また、No.5‐B,No.8‐B,No.13‐Bは、焼鈍温度が低いため、熱延時の金属組織中に含まれるパーライトが残存した。このためセメンタイト粒子数が著しく多くなり、かつ硬さも高くなったため、加工性が十分ではなかった。また、No.5‐C,No.8‐C,No.13‐Cは、焼鈍時の保持時間が短かったため、セメンタイト数が多くなり加工性が不十分となった。
【0052】
No.5‐Dは、炭化物が微細で個数が多くなったため、材質の脆化を招き、加工性が不十分となった。これは、熱延巻取温度が低い(すなわち熱延仕上げ圧延後に急冷された)ために熱延中におけるTi,Nb,Vの炭化物の析出量が少なくなり、焼鈍によってこれら炭化物が均一で微細に析出したためである。
No.5‐Eは、熱延時の保持温度が低く、Ti,Nb,V炭化物が溶解しなかったため、100nmより大きな炭化物が多く存在し、20〜100nmのTi,Nb,V炭化物の個数が少なくなった。その結果、浸炭焼入焼戻し後の旧γ粒径が大きくなり、靭性が低下し、耐久性が不十分となった。
さらに、No.13‐DはC量が高いことに加えて、焼鈍温度が高いために再生パーライトが生成したためにセメンタイト粒子数が多くなり、かつ硬さもやや硬質となったため加工性が不十分となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.10〜0.40質量%、Si:0.02〜0.40質量%、Mn:1.00〜2.00質量%、P:0.02質量%以下、S:0.02質量%以下、Cr:0.20〜0.70質量%、B:0.0003〜0.005質量%、Ti:0.03〜0.20質量%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成と、面積率1%以上を占める構成相はフェライト相とセメンタイト相のみであり、セメンタイト相で0.2μm以上の粒径を有する粒子が1500個/10000μm以下であることに加えて、20〜100nmの粒径を有するTi炭化物粒子が4000〜20000個/10000μmの範囲で分散した組織を有し、180HV未満の硬さを呈することを特徴とする高加工性浸炭用鋼板。
【請求項2】
さらにNi:0.20〜2.00質量%、Mo:0.10〜0.80質量%の1種または2種を含む成分組成を有する請求項1に記載の高加工性浸炭用鋼板。
【請求項3】
さらにNb:0.02〜0.10質量%、V:0.02〜0.20質量%の1種または2種を含む成分組成を有するとともに、20〜100nmの粒径を有するTi、NbおよびVの炭化物が4000〜20000個/10000μmの範囲で分散した金属組織を有する請求項1または2に記載の高加工性浸炭用鋼板。
【請求項4】
Ti+Nb+V:0.03〜0.35質量%である請求項3に記載の高加工性浸炭用鋼板。

【公開番号】特開2010−235977(P2010−235977A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−82728(P2009−82728)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】