説明

高強度ステンレス鋼線及びその製造方法

【課題】SUS304並の耐食性を確保しながら、ピアノ線並の疲労強度を兼ね備える高強度ステンレス鋼線を安価に提供することにある。
【解決手段】複相のステンレス鋼線を表面から窒素吸収処理を施し、表層から断面径の8分の1までの化学組成が、質量%で、C:0.005〜0.05%、Si:0.1〜3.0%、Mn:0.2〜5.0%、Ni:0.2〜4.0%、Cr:18〜30%、Mo:3.0%以下、Cu:2.0%以下、N:0.35超〜1.0%で残部Feおよび不可避的不純物からなり、表層から断面径の8分の1までのCr炭窒化物の平均含有率が3.0〜10.0質量%で、引張強さが1800MPa〜3000MPaであることを特徴とする疲労強度に優れた高強度複相ステンレス鋼線である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SUS304並の耐食性を有し、高C鋼のピアノ線並の強度と疲労強度を有するワイヤー、ロープ、ばね等の高強度ステンレス鋼線及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ばね用等の高強度ステンレス鋼線は、オーステナイト系ステンレス鋼や準安定オーステナイト系ステンレス鋼を強伸線加工して製造されている(例えば、特許文献1、2を参照)。しかし、上記のステンレス鋼線は、金属組織がピアノ線の共析組織のように微細ではないので、ピアノ線並の強度は得られるものの、ピアノ線並の疲労強度は得られていない。
【0003】
特許文献3では、ロープ用等の疲労強度に優れる2相鋼ステンレス鋼線が提案されている。しかし、2相鋼ステンレス鋼線は、高炭素鋼のパーライト鋼に近い疲労強度が得られるが、ピアノ線並の高強度(≧1800MPa)は得られない。
【0004】
特許文献4では、2相鋼ステンレス鋼線材を窒化させた線材が提案されている。しかし、窒化のみではピアノ線並の強度や疲労強度を有する2相鋼ステンレス鋼線材は得られていない。
【0005】
特許文献5では、高窒素ステンレス鋼線を熱処理してCr窒化物とフェライトの微細共析組織を有する鋼線が提案されている。しかし、フェライト粒を微細化するための製造工程が複雑であり、また。ピアノ線並の強度と疲労強度を兼ね備えるという点でも課題が残っている。
【0006】
以上のように、従来のステンレス鋼線において、ピアノ線並の機械的性質と疲労強度を合わせ持つ安価なステンレス鋼線は得られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−146483号
【特許文献2】特開平11−117045号
【特許文献3】特開平9−202942号
【特許文献4】特開平2−122064号
【特許文献5】特開2007−126709号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前記の事情を踏まえてなされたものであって、その目的は、ピアノ線並の強度と疲労強度を有する高強度ステンレス鋼線を、安価に提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記課題を解決するために、ステンレス鋼線の成分組成、及び製造方法について鋭意検討した。その結果、成分を規定した高N系の微細組織を有する2相ステンレス鋼線に、窒素吸収処理により表層から窒素を吸収させ、その後、オーステナイトから、フェライトとCr炭窒化物からなる組織(以下、適宜、「(フェライト+Cr炭窒化物)」と記す。)へ共析変態させ、表層を微細な複相組織にし、強伸線加工を施すことで、耐食性を確保しながら飛躍的に強度と疲労強度が向上させることができ、ピアノ線並の特性が得られることを見出した。
【0010】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは以下のとおりである。
【0011】
(1)表層から断面径の8分の1までの深さの領域が、質量%で、
C :0.005〜0.05%、
Si:0.1〜3.0%、
Mn:0.2〜5.0%、
Ni:0.2〜4.0%、
Cr:18〜30%、
Mo:3.0%以下、
Cu:2.0%以下、及び
N :0.35超〜1.0%、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ、
表層から断面径の8分の1までの深さの領域のCr炭窒化物の平均含有率が3.0〜10.0質量%であるステンレス鋼線であって、
引張強さが1800〜3000MPaであることを特徴とする疲労強度に優れる高強度複相ステンレス鋼線。
【0012】
(2)前記(1)の疲労強度に優れる高強度複相ステンレス鋼線の製造方法であって、
質量%で、
C :0.005〜0.05%、
Si:0.1〜3.0%、
Mn:0.2〜5.0%、
Ni:0.2〜4.0、
Cr:18〜30%、
Mo:3.0%以下、
Cu:2.0%以下、及び、
N :0.15〜0.35%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる、窒素吸収処理用オーステナイト−フェライト系2相ステンレス鋼線に、
1000〜1300℃の窒素雰囲気中で、0.1〜20時間の窒素吸収処理を施し、
その後、窒素吸収処理を施したステンレス鋼線に、600〜900℃で3〜60分間の熱処理を施して、フェライトとCr炭窒化物の2相組織へ共析変態させ、
次いで、前記熱処理を施したステンレス鋼線に、50〜95%の減面率で冷間伸線加工を施すことを特徴とする疲労強度に優れる高強度複相ステンレス鋼線の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明による疲労強度に優れた高強度ステンレス鋼線は、表層が微細な複相組織を有し、SUS304並の耐食性を維持したまま、高強度で飛躍的に優れた疲労強度を付与でき、ばね、ロープ等用の疲労強度に優れる高強度高耐食性品を安価に提供する効果を発揮する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の特徴は、成分組成及び製法を限定することによって、鋼線の表面で微細な複相組織を得ることである。初めに、本発明のステンレス鋼線の、成分組成の限定理由について説明する。
【0015】
Cは、鋼の強度を確保する元素である。Cの含有量が0.005%未満だと、その効果が得られない。Cの含有量が0.05%を超えると、粗大Cr炭化物の生成により耐食性及び伸線加工性が劣化する。そのため、Cの含有量は、0.005〜0.05%とする。好ましくは、0.01〜0.03%である。
【0016】
Siは、脱酸のために必要な元素である。Siの含有量が0.1%未満だと、その効果は得られない。Siの含有量が3.0%を超えると、硬質化により延性が低下して疲労強度も低下する。そのため、Siの含有量は、0.1〜3.0%とする。好ましくは、0.2〜1.0%である。
【0017】
Mnは、脱酸のため、及び窒素吸収用鋼線でフェライト+オーステナイトの2相組織を得て窒化を促進させるために必要な元素である。Mnの含有量が0.2%未満だと、その効果は得られない。Mnの含有量が5.0%を超えると、オーステナイトが安定し、オーステナイトから(フェライト+Cr炭窒化物)への共析変態処理を施すときに、共析変態の進行が不十分となるので、微細複相組織が得られなくなり、疲労強度が低下する。そのため、Mnの含有量は、0.2〜5.0%とする。好ましくは0.5〜3.0%である。
【0018】
Niは、窒素吸収用鋼線でフェライト+オーステナイトの複相組織を得て、延性を確保して冷間伸線加工性を確保するために必要な元素である。Niの含有量が0.2%未満だと、その効果は得られない。Niの含有量が4.0%を超えると、オーステナイトが安定し、オーステナイトから(フェライト+Cr炭窒化物)への共析変態処理を施すときに、共析変態の進行が不十分となるので、微細複相組織が得られなくなり、疲労強度が低下する。そのため、Niの含有量は0.2〜4.0%とする。好ましくは0.5〜2.0%である。
【0019】
Crは、耐食性を確保し、かつ窒素吸収用鋼線でフェライト+オーステナイトの2相組織を得て、延性を確保して冷間伸線加工性を確保するために必要な元素である。Crの含有量が18.0%未満だと、この効果が得られない。Crの含有量が30.0%を超えると、延性が劣化し、疲労強度が逆に劣化する。そのため、Crの含有量は18.0〜30.0%とする。好ましくは20.0〜26.0%である。
【0020】
Moは、耐食性を向上させ、強度を向上させるのに有効な元素であり、必要に応じて含有させる。Moの含有量が3.0%を超えると、材料が硬質化するばかりか、シグマ相が析出し、疲労強度が著しく劣化する。そのため、Mo含有量の上限は3.0%とする。好ましくは0.1〜1.0%である。
【0021】
Cuは、強度、耐食性を向上させるのに有効な元素であり、必要に応じて含有させる。Cuの含有量が2.0%を超えると、オーステナイトが安定し、オーステナイトから(フェライト+Cr炭窒化物)への共析変態処理を施すときに、共析変態の進行が不十分となるので、微細複相組織が得られなくなり、疲労強度が低下する。そのため、Cu含有量の上限は2.0%にする。好ましくは0.1〜1.0%である。
【0022】
表層のNは、オーステナイトから(フェライト+Cr炭窒化物)への共析変態により微細複相組織を得て、鋼の強度、疲労強度を確保するために必要であり、その効果を得るために、窒素吸収処理により0.35%を超える量を含有させる。表層のNの含有量が1.0%を越えると、粗大なCr炭窒化物が析出して、延性が低下し、疲労強度が低下する。そのため、表層のNの含有量は、0.35超〜1.0%とする。好ましくは0.4〜0.8%である。
【0023】
本発明の鋼線は、所定の化学組成の2相ステンレス鋼線に、高温で表層から窒素吸収させて、その後、オーステナイトから(フェライト+Cr炭窒化物)への共析変態処理を施した鋼線を冷間伸線加工して得られるものである。
【0024】
鋼線の疲労強度は、鋼線の強度に加え、表層の金属組織に大きく影響され、特に、断面径の表層の8分の1までの金属組織に大きく影響される。そのため、本発明では、表層から断面径の8分の1までの金属組織及び金属組織を制御する成分組成を規定する。
【0025】
また、疲労強度に影響を及ぼす因子として、Cr炭窒化物の量、及び、共析変態処理後のラメラ間隔が重要である。
【0026】
Cr炭窒化物は、オーステナイトから(フェライト+Cr炭窒化物)への共析変態処理によって、表層に、微細(ラメラ間隔が平均1μm以下)に析出させる。Cr炭窒化物の量が3.0%未満では、炭窒化物の析出が不均一となり、疲労強度を満足しない。Cr炭窒化物の量が10.0%を超えると、ラメラ間隔が平均1μmを超える粗大な炭窒化物が析出し、延性が劣化して、疲労強度が低下する。そのため、Cr炭窒化物の量は3.0〜10.0質量%に限定する。Cr炭窒化物量は、成分組成と熱処理の条件によって制御される。
【0027】
疲労強度は、鋼線の引張強さにも大きく影響される。鋼線の引張強さが1800MPa未満では、ピアノ線並の疲労強度が得られない。鋼線の引張強さが3000MPaを超えると、延性が低下し、疲労強度が低下する。そのため、本発明の鋼線では、引張強さを1800〜3000MPaに限定する。
【0028】
次に、本発明のステンレス鋼線の製造方法について説明する。
【0029】
本発明のステンレス鋼線は、所定の成分組成の2相ステンレス鋼線を、窒素吸収処理、共析変態処理、及び冷間伸線加工を施して得られる。本発明で重要な点は、微細なオーステナイト組織から、(フェライト+Cr炭窒化物)の共析処変態理を施して、微細複相組織を得ることである。
【0030】
窒素吸収処理用鋼線の金属組織が、オーステナイト単相、又はフェライト単相組織の場合、窒素吸収処理後の組織が粒径で100μm超に粗大化し、共析変態後のフェライト粒径も100μm超と粗大化するので、目標の疲労強度が得られない。
【0031】
窒素吸収処理用鋼線の金属組織が、オーステナイト+フェライトの2相組織の場合、通常、熱間圧延、伸線加工、熱処理等の鋼線加工工程で、2相組織の結晶粒径が横断面方向に10μm未満と微細化され、窒素吸収処理やCr炭窒化物の析出処理後も、結晶粒径で100μm以下と微細組織が維持されるので、目標の疲労強度が得られる。
【0032】
この時、窒素吸収処理用鋼線の2相組織のフェライト相率が、10〜90体積%であれば、鋼線の横断面の結晶粒径が10μm以下の微細組織となる。フェライト相率が、20〜80体積%であれば、窒素吸収処理やCr炭窒化物の析出処理後の結晶粒径で50μm以下まで組織が微細化され、疲労強度が向上するので、より好ましい。
【0033】
したがって、窒素吸収処理用鋼線の金属組織は、オーステナイト+フェライトの複相組織とする。フェライト相率は、成分組成を限定することにより制御される。
【0034】
窒素吸収用処理鋼線のN量は、窒素吸収処理用鋼線でオーステナイト+フェライトの2相組織を得て、共析変態処理時には、オーステナイト組織を分解させ、(フェライト+Cr炭窒化物)の共析変態を促進させて複相微細組織を得るため、0.15%以上が必要である。
【0035】
N量が0.15%未満の場合、窒素吸収処理用鋼線がフェライト単相となり、組織が粗大化するので、目標の疲労強度が得られない。N量が0.35%を超えると、窒素の溶解限を超えて、溶製時に窒素のブローホールが発生するので、工業的に製造が困難となる。そのため、窒素吸収用処理鋼線のN量は、0.15〜0.35%とする。好ましくは0.18〜0.30%である。
【0036】
冷間伸線加工後のステンレス鋼線の表層から断面径の8分の1までの平均窒素濃度を0.35超〜1%にするための、本発明のステンレス鋼線の製造方法は、以下のとおりである。
【0037】
初めに、窒素吸収処理用オーステナイト+フェライト系2相ステンレス鋼線を、1000〜1300℃の窒素雰囲気中で0.1〜20時間の窒化吸収処理で窒素を鋼材に吸収させる。
【0038】
窒化吸収処理の温度が1000℃未満では、十分に窒素が鋼材に吸収されない。窒化吸収処理の温度が1300℃を超えると、鋼材中の平衡窒素固溶濃度が低くなるので、鋼材中の窒素濃度が0.35%超に達しない。そのため、窒化吸収処理の温度は、1000〜1300℃に限定する。
【0039】
窒素吸収処理の時間が0.1時間未満では、十分に窒素が鋼材に吸収されない。窒素吸収処理の時間が20時間を超えると、結晶粒径が100μm超に粗大化するばかりか、共析変態処理後の炭窒化物も粗大化して疲労強度が低下する。そのため、窒素吸収処理の時間は0.1〜20時間に限定する。
【0040】
ここで、窒素雰囲気とは、窒素分圧が0.1〜3atmの酸素を含まない雰囲気である。鋼材表面を活性させて窒素の吸収を促進させるため、水素ガスを含んでもよい。
【0041】
窒素吸収処理の後、600〜900℃で3〜60分間の共析変態処理を施して、オーステナイトから(フェライト+Cr炭窒化物)への共析変態を伴って、表層を微細な複相組織にする。
【0042】
共析変態処理の温度が、600度未満、又は900℃超であると、共析変態が進行しないため、Cr炭窒化物の析出処理の温度は、600〜900℃に限定する。
【0043】
共析変態処理時間が3分未満であると、共析変態が不十分となる。共析変態処理時間が60分超であると、Cr炭窒化物が粗大化(ラメラ間隔が平均1μm超)して、目標の疲労強度が得られない。そのため、共析変態処理時間は、3〜60分間に限定する。
【0044】
次いで、上記の共析変態処理の後に、50〜95%の減面率で冷間伸線加工を施して高強度複相ステンレス鋼線を得る。減面率が50%未満の場合、1800MPa以上の強度が得られず、目標の疲労強度が得られない。減面率が95%超の場合、3000MPaを超える強度を示すが、延性が低下するので、目標の疲労強度が得られない。そのため、冷間伸線加工の減面率は、50〜95%に限定する。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を用いて、本発明をさらに詳細に説明する。
【0046】
表1に示す成分組成を有する鋼を、150kgの真空溶解炉にて溶解した後、φ180mmの鋳片に鋳造し、その鋳片をφ6mmまで熱間の線材圧延を行い、1050℃で熱間圧延を終了した。その後、1050℃で5分間、水冷の連続熱処理を施して、次いで、酸洗を行い線材とした。その後、通常のプロセスで、φ1.3〜5mmまで1次の冷間伸線加工を施し、Ar雰囲気中で1050℃、5分間のストランド焼鈍を施し、窒素吸収処理用の鋼線とした。
【0047】
【表1】

【0048】
得られた窒素吸収処理用の鋼線を、900〜1350℃、1atmの窒素雰囲気中で、0.05〜30時間の、窒素吸収処理を施し、引き続き、500〜1000℃で1〜100分間の、Cr炭窒化物の析出処理を施した。その後、41〜96%の減面率で、φ1.0mmまで2次の冷間伸線加工を施し、製品評価用の鋼線とした。製造条件を表2、表3に記す。
【0049】
評価は、ストランド焼鈍後の鋼線(窒素吸収処理用素材)及び共析変態処理後のフェライトの結晶粒径、2次の冷間伸線加工後の鋼線の引張強さ、鋼線表層の窒素濃度、鋼線表層の炭窒化物の残渣量及び炭窒化物の平均ラメラ間隔、鋼線の耐食性、並びに疲労強度について行った。評価結果を表2、表3に示す。
【0050】
【表2】

【0051】
【表3】

【0052】
ストランド焼鈍後の鋼線の結晶粒径は、鋼線を横断面に埋め込み研磨して、蓚酸電解エッチングを施し、光学顕微鏡観察により求めた。平均結晶粒径は、画像上に直線を引き、単位長さ当たりの直線上を通過する結晶粒界の個数から求める切断法により測定した。本発明例の窒素吸収処理用の鋼線では、すべて、オーステナイト+フェライトの横断面方向の平均結晶粒径が、10μm以下の微細な複相組織であった。
【0053】
共析変態処理後のフェライト粒径は、鋼線を横断面に埋め込み研磨して、EBSP(Electron Back Scatter Diffraction Pattern)観察後に、EBSP方位解析システム(TSL、OIM4.0)により、結晶粒界の角度10°以上で結晶粒を表示し、平均結晶粒径を計算した。本発明例の共析変態処理後のフェライトの平均粒径は、すべて100μm以下であった。
【0054】
2次の冷間伸線加工後の鋼線の引張強さは、JIS Z 2241の引張試験で評価した。本発明例の鋼線では、すべて、引張強さは1800〜3000MPaの範囲であった。
【0055】
2次の冷間伸線加工後の鋼線表層の窒素濃度は、断面径の表層の8分の1までを酸で溶解して、化学分析で求めた。本発明例の鋼線である、No.2、4、5、8、10、11、17〜25は、表層の窒素濃度が0.35超〜1.0%の範囲であることが確認できた。
【0056】
2次の冷間伸線加工後の鋼線表層のCr炭窒化物量(質量%)は、次のようにして求めた。初めに、表層を#500研磨した3gの伸線材を、非水溶液中(3%のマレイン酸+1%のテトラメチルアンモニウムクロイド+残部メタノール)で電解(100mV定電圧)して、断面径の表層の8分の1までマトリックスを溶解し、0.2μm穴径のフィルターでろ過して、Cr炭窒化物を抽出した。
【0057】
抽出したCr炭窒化物を乾燥した後、質量測定により、Cr炭窒化物の総質量%を算出した。X線回折の同定より、抽出物は実質的にCr炭化物とCr窒化物であることを確認した。本発明例の鋼線である、No.2、4、5、8、10、11、17〜25は、Cr炭窒化物の平均含有率が3〜10質量%の範囲内であることが確認できた。
【0058】
2次の冷間伸線加工後の鋼線表層の炭窒化物の平均ラメラ間隔は、鋼線を横断面に埋め込み研磨後に王水によりエッチングし、SEM(走査型電子顕微鏡)にて倍率10000倍で組織観察し、その画像を画像解析することで求めた。平均ラメラ間隔は、10視野でラメラ間隔を測定し、その平均値をとした。本発明の鋼線である、No.2、4、5、8、10、11、17〜25の表層の炭窒化物の平均ラメラ間隔は、すべて1μm以下と微細であることが確認できた。
【0059】
2次の冷間伸線加工後の鋼線の耐食性は、鋼線の表層を#500で研磨後、JIS Z 2371の塩水噴霧試験に従い、100時間噴霧試験を実施し、発銹するか否かで評価した。無発銹及び点錆レベルであれば耐食性を○、流れ錆、前面発銹の場合は、耐食性を×とした。本発明の鋼線は、すべて良好な耐食性を有していた。
【0060】
2次の冷間伸線加工後の鋼線の疲労強度は、2次伸線加工後の鋼線を用いて、中村式疲労試験を行い評価した。評価は、回転数4000rpmで繰り返し応力振幅させ、1×10回で破断しない上限の応力を求め、ピアノ線並の疲労強度である500MPa以上なら○、500MPa未満であれば×とした。本発明の鋼線である、No.2、4、5、8、10、11、17〜25の疲労強度は、いずれも500MPa以上であり、良好であった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、SUS304と同等の高耐食性を確保したまま、ピアノ線と同等又は同等以上の疲労強度を有する高強度ステンレス鋼線を提供できる。本発明のステンレス鋼線を用いれば、ワイヤー、ロープ、バネ等の高強度製品を安価に提供することができ、産業上極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表層から断面径の8分の1までの深さの領域が、質量%で、
C :0.005〜0.05%、
Si:0.1〜3.0%、
Mn:0.2〜5.0%、
Ni:0.2〜4.0%、
Cr:18〜30%、
Mo:3.0%以下、
Cu:2.0%以下、及び
N :0.35超〜1.0%、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ、
表層から断面径の8分の1までの深さの領域のCr炭窒化物の平均含有率が3.0〜10.0質量%であるステンレス鋼線であって、
引張強さが1800〜3000MPaであることを特徴とする疲労強度に優れる高強度複相ステンレス鋼線。
【請求項2】
請求項1に記載の疲労強度に優れる高強度複相ステンレス鋼線の製造方法であって、
質量%で、
C :0.005〜0.05%、
Si:0.1〜3.0%、
Mn:0.2〜5.0%、
Ni:0.2〜4.0、
Cr:18〜30%、
Mo:3.0%以下、
Cu:2.0%以下、及び、
N :0.15〜0.35%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる、窒素吸収処理用オーステナイト−フェライト系2相ステンレス鋼線に、
1000〜1300℃の窒素雰囲気中で、0.1〜20時間の窒素吸収処理を施し、
その後、窒素吸収処理を施したステンレス鋼線に、600〜900℃で3〜60分間の熱処理を施して、フェライトとCr炭窒化物の2相組織へ共析変態させ、
次いで、前記熱処理を施したステンレス鋼線に、50〜95%の減面率で冷間伸線加工を施すことを特徴とする疲労強度に優れる高強度複相ステンレス鋼線の製造方法。

【公開番号】特開2011−214058(P2011−214058A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−82836(P2010−82836)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】