説明

魚醤の製造法

【課題】 魚臭,生臭い不快臭を軽減し、風味、呈味の改善された魚醤油を提供する。
【解決手段】 魚醤を公称分画分子量1000〜5000の限外濾過膜で限外濾過した濾液に、醸造粕を10重量部以上分散して20〜70℃で30分以上保持した後、減圧濃縮もしくは乾燥する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する分野】本発明は、調味料、食品加工分野において、新規の調味素材を提供することができる魚醤の製造法に関する。
【0002】
【従来の技術】これまで一般に魚醤と呼ばれている、魚介類を原料とした調味料は、東南アジアではニョクマム、ナン・プラー、パティス、日本ではいしり、しょっつる、いかなご醤油などが著名である。これらは、小魚やエビ等魚介類原料に食塩を20〜30%添加し樽に漬け込み、1〜2年間、放置することにより、内臓に含まれる自己消化酵素によって蛋白質が分解され、液化したものを採取して製品としている。
【0003】この従来の方法によって作られる魚醤は、独特のうまみに富んでいるが、特有の不快臭のために、我国ではそれほど普及していない。歴史的には、日本において大豆醤油が広く利用されるまでは、魚醤が広く利用されていたことが知られている。しかし、江戸時代以後、魚醤は大豆醤油に急速に駆逐されていった。魚醤が大豆醤油に駆逐された最大の原因は、魚醤の有する特徴的な魚臭、生臭さであったと言われている。
【0004】これまで、このような魚醤の不快臭を除去する方法として、限外濾過を用いた方法(特開平4−346767)、魚醤のPHを調製し水蒸気蒸留する方法(特開平5−64563)等が挙げられる。しかし、何れの方法においても、除去される不快臭成分が限定され、完全なる不快臭の除去は達成されない。特開昭54−5057、特公昭34−7591などは、魚醤や魚介類エキス中で酵母を培養することで脱臭を行う例であるが、魚醤は塩を多量に含有することから、十分量の酵母の生育が期待できないこと、また、培養に時間を要すること、酵母の生育に必要な成分の添加が必要であること、培養用の設備を要すること等の欠点を有する。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】従来の魚醤は、その特有の匂いが日本人の嗜好に受け入れられなかったため、エスニック料理や郷土料理に些か使われるのみで、広く一般に受け入れられなかった。本発明は、この日本人に好まれない魚醤特有の臭気を改善すると共に、魚醤のコク味を増強することで、魚醤の用途を広げ、日本人の嗜好に合った魚醤を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明は、上記の課題を解決したもので、本発明により改質された魚醤は、魚醤特有の不快な臭気が無いため、これまで匂いが問題となって使用できなかった様々な用途に魚醤を利用することができる。本発明の構成は、魚醤を公称分画分子量1000〜5000の限外濾過膜を用いて限外濾過し、この濾液に対して醸造粕を10重量部以上分散した後、20〜70℃で30分以上保持し、減圧濃縮もしくは乾燥することを特徴とする魚醤の製造法である。すなわち、限外濾過を用いた第一工程、その濾液と醸造粕を接触、酵素反応の後濾過する第二工程、さらに、この濾液を減圧濃縮または乾燥する第三工程からなる。
【0007】本発明で言う醸造粕とは、清酒、焼酎、泡盛、ワイン、ビール、ウィスキー、ウォッカ、ジン、テキーラ、ラム等アルコール飲料の生産時に副生する発酵粕や味醂粕、醤油粕等、発酵食品の生産時に副生する粕を指す。本発明で用いる醸造粕中には、酵母菌体を乾燥重量当たりで5〜30%含有していることが好ましい。酵母菌体としてサッカロマイセスセレヒ゛シエ、サッカロマイセスパストリアヌス、サッカロマイセスバイナス、サッカロマイセスルキシーなどが挙げられ、特にサッカロマイセスセレビシエが好ましい。
【0008】本発明者らは、魚醤の不快臭を研究した結果、魚醤の不快臭が官能的に二つの画分からなることを見出した。一つの画分は、魚の腐敗臭に似た重たい不快臭、さらにもう一つの画分は、刺激的な魚醤の不快臭に分けられる。前者は第一工程で行う限外濾過により除去できる成分であり、後者は第二工程で行う醸造粕処理によって除去できる成分である。これらの工程を組み合わせることで、これまで不可能であった魚醤の不快臭の完全な除去が可能となった。
【0009】本発明の第一工程では、不快臭を有する魚醤を限外濾過することで、高分子成分に吸着し易い不快臭成分を除去できる。ここで除去される不快臭は、魚の腐敗臭に似た重たい匂いである。本発明で使用できる限外濾過膜の公称分画分子量は1000〜5000であるが、公称分画分子量2500〜3500の限外濾過膜を用いた場合が最も好ましい。公称分画分子量1000未満の濾過膜を用いた場合、不快臭の吸着に関与せず好ましい呈味を示す低分子性成分を失い、5000を越える限外濾過膜を用いると、高分子成分に吸着されている不快臭成分の多くが膜を通過するので、本発明の目的を達成できない。膜材質、型式については、公知のものを使用することで目的は達成される。
【0010】第二工程では、醸造粕を第一工程で得られた魚醤中に分散する。醸造粕の成分である食物繊維、酵母菌体が魚醤中に分散されると同時に、酵母菌体由来のプロテアーゼ、エステラーゼ、呈味成分が魚醤中に遊離される。これは、通常工業的に用いられている公知の攪拌装置で攪拌すればよいが、好ましくは醸造粕の分散中または分散後に適切な物理的衝撃を与えることにより、醸造粕由来の酵母菌体を破壊する。醸造粕由来の酵母菌体を破壊する機械として、磨砕機、超音波、ホモジナイザー等が挙げられるが、これら以外に、同様の目的を達成するために、公知の機械を使用することが可能である。また、上記の物理的方法以外に、酵母菌体を化学的に破壊する方法として、グルカナーゼやセルラーゼ、プロテアーゼ等細胞壁溶解酵素を使用することも可能である。また、これらの方法の併用も、本目的を達成するのに有効である。
【0011】刺激的な魚醤の不快臭は、ジエチルアミンを主とするアミン類であり、これらの不快臭は、第一工程で完全に取り除くことは不可能である。アミン類は第二工程で酵母より遊離されるエステラーゼ等により、醸造粕由来のアルコールとエステル化され揮発性の高い物質に変換される。このように不快臭成分を変化させるために、20〜70℃好ましくは20〜40℃の環境下に、30分以上好ましくは7日間以内保持する必要があるが、反応効率、産業上の効率を考慮すれば、3〜24時間がより好ましい。また、撹拌を行うことやエステラーゼ反応の基質物質であるアルコールを添加することで、上記の反応はさらに効率的となる。
【0012】また、酵母菌体から抽出された蛋白は、同時に酵母から抽出されたプロテアーゼによりペプタイドに分解され、コク味のアップに寄与する。また、第一工程では限外濾過によって、魚醤のペプタイドに由来する呈味成分が除去されるが、上記のように第二工程で起こるプロテアーゼの作用でペプタイドが増加し、失われた呈味成分を補強、強化することもできる。第一工程と第二工程を逆にすると、醸造粕に由来するペプタイドが限外濾過により除去されるため、コク味を著しく失う。また、分子量3000以上の魚醤由来の褐変物質前駆体が酵母由来の成分により低分子化し、著しい褐変を起こし、同時に褐変臭を生じる。よって、第一工程と第二工程を逆にすると、上記のように著しく製品の品質を低下させるため、本発明の目的を達成できない。
【0013】上記の魚醤と醸造粕の反応物から、遠心分離機、濾過機などにより、不溶性の食物繊維、酵母菌体を除去する。濾過は、通常食品工業で用いられる公知の濾過機を使用することで達成される。第三工程では、不溶性成分を除去した反応液を濃縮するか、または乾燥することより、エステラーゼ等により変換された不快臭成分由来の揮発性成分を除去できる。
【0014】すなわち、減圧下で反応液を濃縮する方法としては、例えば、減圧濃縮が挙げられ、バスケット型、薄膜型、強制循環型、攪拌液膜型等の真空蒸発缶を利用した公知の濃縮手段を採用できる。乾燥法としては、反応液に必要に応じ賦形剤を添加溶解したものを乾固し、粉砕する方法としても、従来公知の手段をそのまま採用することができる。例えば、該溶解物をドラムドライヤ−等の表面にフィルム状に伸ばし、次いで、加熱乾燥して乾固物とし、これを剥ぎ取り粉砕する方法、凍結乾燥後、粉砕することで粉末化する方法、および減圧または真空下で乾燥した後、粉砕する方法等が挙げられる。また、反応液に必要に応じ賦形剤を添加溶解したものを噴霧乾燥する方法も、従来公知の手段をそのまま採用することができる。以上のようにして作成された魚醤は、魚醤の不快臭が完全に除去される上に、コク味が強化されたものとなっている。
【0015】
【発明の実施の形態】次に、実施例および参考例によって本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例1および比較例1、比較例2】ナンプラー10kgを限外濾過(マイクローザUF SEP−1013 旭化成工業製、公称分画分子量3、000)に供し、濾液を9kg回収した。この濾液を一部分取し、比較例1とした。濾液9重量部に対しビール粕1重量部を混合し、高圧ホモジナイザー(50MPa)に供した。ビール粕中に酵母が占める割合は約8%であった。これを、35℃に保ち、16時間撹拌した。遠心分離により不溶性成分を除去した後、濾紙により濾過した。魚醤処理液は、60℃にて重量が7割となるまで減圧濃縮した。濃縮物は、オリ引き、濾過工程を経て液状製品とした(実施例1)。比較例2として、限外濾過を行わないこと以外は、同様の処理を施したサンプルを作成した。
【0016】よく訓練されたパネラー20名により、上記の3品を3点比較による官能検査したところ、表1のとおり、実施例1は他の比較例に比べて、原料ナンプラー特有の不快臭が全く無く、呈味に優れることが証明された。また、実施例1は強いコク味を有する好ましい呈味と答えたパネラーが多数存在した。
【0017】
【表1】


【0018】
【比較例3】実施例1において、ビール粕による処理と限外濾過処理の順番を逆にしたサンプルを作成した。すなわち、ナンプラー9重量部に対しビール粕1重量部を混合し、高圧ホモジナイザー(50MPa)に供した。これを35℃に保ち、16時間撹拌した。遠心分離により不溶性成分を除去した後、濾紙により濾過した。これを限外濾過(マイクローザUF SEP−1013 旭化成工業製)に供し、その濾液を回収した。濾液は、60℃にて重量が7割となるまで減圧濃縮した。濃縮物は、オリ引き、濾過工程を経て液状製品とした。原料魚醤、実施例1と比較例3について、分光光度計を用い420nmにおける吸光度を測定したところ、原料魚醤はAbs=0.87、実施例1はAbs=0.76、比較例3はAbs=6.32であった。目視においても、実施例1が琥珀色であるのに対し、比較例3は黒褐色で、魚醤の色調として違和感のあるものであった。また、比較例3は強い褐変臭を伴い、調味料として著しい品質劣化が観察された。
【0019】
【比較例4】実施例1において、公称分画分子量6000の限外濾過膜(マイクローザUFSIP−1013 旭化成工業製)を用いてサンプルを作成した。限外濾過工程以外は、実施例1と同様の操作で作成した。よく訓練されたパネラー20名により、実施例1と比較例4を2点比較による官能検査したところ、表2のとおり、実施例1は比較例4に比べ、ナンプラー特有の不快臭が殆ど感じられず、好ましいと感じたパネラーが多数存在した。また、実施例1は魚醤本来のコク味を有する好ましい呈味と答えたパネラーが多数存在した。
【0020】
【表2】


【0021】
【比較例5】ナンプラー10kgを限外濾過(マイクローザUF SEP−1013 旭化成工業製、公称分画分子量3000)に供し、濾液を9kg回収した。濾液9重量部に対しビール粕1重量部を混合し、高圧ホモジナイザー(50MPa)に供した。ビール粕中に酵母が占める割合は約8%であった。これを35℃に保ち、16時間撹拌した。遠心分離により不溶性成分を除去した後、濾紙により濾過し、これを比較例5とした。固形分含量を比較例5と合わせるために、実施例1の7重量部に水3重量部を加水したものと、比較例5を比較した。その結果、実施例1に加水したものの方が優位に不快臭が弱いのに比べ、比較例5は多少の不快臭を感じた。
【0022】
【実施例2】実施例1にて作成した液状製品をめんつゆに添加した用途テストを実施した。濃口醤油40重量部、食塩3重量部、砂糖10重量部、ミタス1.3 重量部、VP−K2を1.7 重量部、ぴかいち0.3重量部、力味S10重量部、実施例1または比較例1の魚醤5重量部、水34重量部を混合し、80℃、30分保持した後、冷却した。これを3倍に希釈し、実施例1および比較例1の魚醤を添加しためんつゆについて、二点比較にて官能試験に供した。
【0023】その結果、表3に示すようにナンプラー特有の不快臭が、本発明品の添加区には殆ど感じられず、好ましいと感じたパネラーが多数存在した。また、本実施例は魚醤本来のコク味を有する好ましい呈味と答えたパネラーが多数存在した。なお、濃口醤油はキッコーマン社製、ミタス、VP−K2、ぴかいち、力味Sは旭フーズ社製を用いた。
【0024】
【表3】


【0025】
【実施例3】実施例1において、ビール粕の代わりに焼酎醸造粕(約5%の酵母を含む)を用い、同様の処理を行った。その結果、実施例1と同様魚醤の不快臭が完全に除去され、コク味の強い好ましい製品が得られた。
【0026】
【実施例4】ナンプラー10kgを限外濾過(マイクローザUF SEP−1013 旭化成工業製、公称分画分子量3000)に供し、濾液を9kg回収した。濾液9重量部に対しビール粕1重量部を混合し、溶菌酵素YL−15(天野製薬製)を0.01重量部加えた。pHは7.0に調整した。ビール粕中に酵母が占める割合は約8%であった。これを35℃に保ち、16時間撹拌した。遠心分離により不溶性成分を除去した後、濾紙により濾過した。魚醤処理液は、60℃にて重量が7割となるまで減圧濃縮した。濃縮物は、オリ引き、濾過工程を経て液状製品とした。その結果、実施例1と同様に魚醤の不快臭が完全に除去され、コク味の強い好ましい製品が得られた。
【0027】
【発明の効果】本発明によれば、不快な魚醤臭が完全に除去されると共に、コク味が増強された魚醤を製造できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 魚醤を公称分画分子量1000〜5000の限外濾過膜を用いて限外濾過し、この濾液に対して醸造粕を10重量部以上分散した後、20〜70℃で30分以上保持し、減圧濃縮もしくは乾燥することを特徴とする魚醤の製造法。

【公開番号】特開2000−41619(P2000−41619A)
【公開日】平成12年2月15日(2000.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平10−231134
【出願日】平成10年8月4日(1998.8.4)
【出願人】(000004569)日本たばこ産業株式会社 (406)
【Fターム(参考)】