説明

Fe基材料表面のFe化合物の定量方法

【課題】Fe化合物が形成されたFe基材料において、Fe化合物中の元素比率が不明な場合でも非破壊で材料上のFe化合物を確実に定量する。
【解決手段】Fe基材料1のMn及びFe元素の蛍光X線強度を測定する第1ステップと、Fe化合物2が表面に形成されたFe基材料1のMn及びFe元素の蛍光X線強度を測定する第2ステップと、第1ステップで測定したMn元素の蛍光X線強度と第2ステップで測定したMn元素の蛍光X線強度からFe化合物2によるMn元素の減衰比を算出する第3ステップと、前記第3ステップで算出されたMn元素の減衰比からFe化合物2によるFe元素の減衰比を算出する第4ステップと、前記第4ステップで算出されたFe元素の減衰比から前記Fe化合物2から放出されたFe元素の蛍光X線強度を求める第5ステップと、前記第5ステップで求められたFe元素の蛍光X線強度から前記Fe化合物を定量する第6ステップを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fe基材料表面に形成されたFe化合物の重量を蛍光X線を用いて非破壊的に定量する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
腐食は機器構造材で起こる経年劣化事象であり、産業分野を問わず多くの機器で発生する。腐食は機器の破損の原因になるため、腐食を低減することで、経済性、安全性の向上が見込まれる。
【0003】
腐食は材料の表面で起こるため、材料表面状態に大きく影響を受ける。多くの機器において材料表面は、環境中の液体、気体と化学反応し、酸化物等が生成する。生成した酸化物は材料表面で起こる腐食反応を阻害し、腐食抑制効果を発揮する。この抑制効果は材料表面の結晶構造、付着状態、生成量に影響を受け、このうち結晶構造はX線回折装置、付着状態は光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡により非破壊で観察可能である。
【0004】
材料上に生成した酸化物の重量を測定する方法として、以下の方法が知られている。
第1の方法は酸化物厚さと密度の積から酸化物重量を求める方法であり、酸化物の密度については既知である必要がある。酸化物厚さは酸化物の付着した状態の材料を切断し、酸化物の断面を観察することにより測定できる。
【0005】
第2の方法は酸化物中の金属重量、及び皮膜の結晶構造から求める方法である。皮膜の結晶構造はX線回折装置を用いて測定し、金属重量は除錆剤を用いて酸化物のみを溶解させ、その溶解液中の元素濃度を測定する。これらの方法はいずれも試料を破壊する測定法である。
【0006】
非破壊で重量を測定する第3の方法として蛍光X線分析が広く利用されている。これは被測定物中に含まれる各元素に固有の波長であるとともに含有量に比例した強度で放出される蛍光X線の強度を測定し、測定された強度を含有量に換算する測定方法である。金属材料の表面に形成された酸化物は、金属元素と酸素元素で構成されているが、酸素元素は現状の技術では蛍光X線分析での測定が困難であるため、金属元素を被測定物として酸化物重量の定量を行っている(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−10743号公報
【特許文献2】特開2007−218845号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した従来の破壊検査により定量方法は、試料を破壊して検査するため、継続して調査を行う場合や、他の破壊試験を行う場合など、試料を保存したい場合には適用できない。
【0009】
また、蛍光X線を用いた材料表面の酸化物の測定では、蛍光X線測定の結果として得られる強度は測定対象である酸化物から発生した蛍光X線強度と基材料自身から発生した蛍光X線強度の合計である。そのため酸化物から発生した蛍光X線強度を求めるためには、基材料から発生した蛍光X線強度を差し引く必要があるが、基材料から発生した蛍光X線は基材料上の酸化物を透過する際に減衰を起こすため、その際の減衰比を考慮する必要がある。減衰比は酸化物の密度、厚さの影響を受けるため、酸化物の厚さが未知である場合、減衰比を求めることはできないという課題があった。
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、産業機器で最も多く使用されるFe基材料において、Fe基材料上に形成された酸化物等からなるFe化合物中の元素比率が不明な場合でも非破壊で材料上のFe化合物を高精度で定量することができるFe基材料表面のFe化合物の定量方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明に係るFe基材料表面のFe化合物の定量方法は、Fe基材料のMn及びFe元素の蛍光X線強度を測定する第1ステップと、Fe化合物が表面に形成されたFe基材料のMn及びFe元素の蛍光X線強度を測定する第2ステップと、第1ステップで測定したMn元素の蛍光X線強度と第2ステップで測定したMn元素の蛍光X線強度からFe化合物によるMn元素の減衰比を算出する第3ステップと、前記第3ステップで算出されたMn元素の減衰比からFe化合物によるFe元素の減衰比を算出する第4ステップと、前記第4ステップで算出されたFe元素の減衰比から前記Fe化合物から放出されたFe元素の蛍光X線強度を求める第5ステップと、前記第5ステップで求められたFe元素の蛍光X線強度から前記Fe化合物を定量する第6ステップを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、酸化物等からなるFe化合物が表面に形成されたFe基材料において、Fe化合物中の元素比率が不明な場合でも非破壊でFe基材料上のFe化合物を高精度で定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】(a)、(b)は本実施形態に係る定量方法の原理を示す図。
【図2】Fe元素の質量吸収係数とMn元素の質量吸収係数の比を示す図。
【図3】本実施形態の定量方法を用いて求めた各元素の蛍光X線強度の例。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係るFe化合物の定量方法の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0015】
(構成)
図1(a)、(b)は本実施形態発明に係るFe化合物の定量方法の原理図である。
図1(a)は、Fe化合物が形成されていないFe基材料1からなる被測定物の蛍光X線測定状態を示す図であり、X線発生源3からX線強度I0のX線がFe基材料1に照射される。強度I0のX線が照射されたFe基材料1は蛍光X線を放出し、検出器4で強度I1の蛍光X線が検出される。検出される蛍光X線は被測定物に含まれる各元素に対応したX線が同時に放出され、例えば、被測定物がFe基材料であればFe元素に対応する蛍光X線I1(Fe)、鉄鋼材料に不純物として含まれるMn元素に対応する蛍光X線I1(Mn)が同時に測定される。
【0016】
図1(b)はFe基材料1上に酸化物等のFe化合物2が形成された被測定物の蛍光X線測定状態を示す図であり、X線発生源3から強度I0のX線がFe基材料1及びFe化合物2に照射される。ここで示すFe化合物2は例えば、Fe基材料から生成した酸化皮膜や外部からの付着物等である。強度I0のX線が照射されたFe基材料1及びFe化合物2は蛍光X線を放出し、検出器4でFe基材料1に対応する蛍光X線強度I2及びFe化合物2に対応する蛍光X線強度I3の合計の蛍光X線強度I4が測定値として得られる。
【0017】
その際、Fe基材料1に対応する蛍光X線強度Iは、検出器4に到達する前にFe化合物2を透過する際にその一部が吸収されるため、Fe基材料1のみからなる被測定物の蛍光X線強度I1とは異なる値となっている。
【0018】
次に、本実施形態に係るFe化合物の定量方法の各ステップを以下に説明する。
(Mn元素の減衰比の算出)
図1(b)に示すFe基材料1及びFe基材料1上のFe化合物2からなる被測定物の蛍光X線測定状態では、検出器4で検出される蛍光X線強度I4はFe基材料1に対応する蛍光X線強度I2及びFe化合物2に対応する蛍光X線強度I3の合計(I2+I3)である。この検出された蛍光X線強度I4からFe基材料1に対応する蛍光X線強度I2を減ずることで、Fe化合物2に対応する蛍光X線強度I3を求め、対応する重量に換算することでFe基材料1上のFe化合物2を定量することができる。
【0019】
その際、減ずる蛍光X線強度I2は、図1(a)に示す測定で検出された蛍光X線強度I1とFe化合物2を透過して測定された蛍光X線強度I2の減衰比I2/I1に基づいて算出される。
【0020】
X線の減衰比I/I0は、Beerの式により以下の式(1)で示される。
I/I0=exp(−μρd) ・・・ (1)
ここで、I;透過X線強度、I0;入射X線強度、μ;質量吸収係数、ρ;物質の密度、d;物質の厚さである。
【0021】
Fe元素に対する減衰比I2/I1(Fe)の算出には、図1(b)に示すFe基材料1及びFe基材料1上のFe化合物2からなる被測定物の蛍光X線測定で求められるMnに対応する蛍光X線強度I4(Mn)及び、図1(a)に示すFe基材料1のみからなる被測定物の蛍光X線測定I1(Mn)の測定結果を基に算出する。
【0022】
すなわち、I4(Mn)はFe基材料1に対応する蛍光X線強度I2(Mn)及びFe化合物2に対応する蛍光X線強度I3(Mn)の合計であるが、Fe化合物2内にはMn元素が僅かしか含有されていないため蛍光X線強度I3(Mn)は微小である。一方、Fe基材料におけるMn元素は、Fe基材料からMn元素を完全に除去することが難しいため、Fe基材料に多く含まれている。そのため、被測定物がFe基材料であれば多くの場合で蛍光X線強度I2(Mn)を測定することができる一方、Fe化合物からの蛍光X線強度I3(Mn)は無視できるほど小さい。
【0023】
したがって、図1(b)のFe基材料1及びFe化合物2からなる被測定物の蛍光X線測定で求められるMn元素に対応する蛍光X線強度I4(Mn)は、Fe基材料1に対応する蛍光X線強度I2(Mn)にほぼ等しい値である(I4(Mn)≒I2(Mn))。
【0024】
以上から、Mn元素のFe化合物2における減衰比は、図1(b)に示すFe基材料1及びFe基材料1上のFe化合物2からなる被測定物の蛍光X線測定で求められるMn元素に対応する蛍光X線強度I4(Mn)と図1(a)に示すFe基材料1からなる被測定物の蛍光X線測定強度I1(Mn)を用いてI4(Mn)/I1(Mn)で表すことができる。
【0025】
(Fe元素の減衰比の算出)
次に、上記のステップで求めたMn元素のFe化合物2における減衰比からFe化合物2におけるFe元素の減衰比を求める。
上記Beerの式によれば、同じ密度、及び厚さの物質を透過する際の吸収比は質量吸収係数μに比例する。図2に各元素を透過する際のFeの質量吸収係数とMnの質量吸収係数の比を示す。
【0026】
図2からCrを除く元素ではFe元素の質量吸収係数とMn元素の質量吸収係数の比が約0.8倍の値を示すことが分かる。よって、Beerの式から、Mn元素のFe化合物2による蛍光X線強度の減衰比μMn((I2/I1Mn)とFe元素のFe化合物による蛍光X線強度の減衰比μFe((I2/I1Fe)の関係は次式(2)、(3)で表される。
μFe=μMn ×0.8=0.8×ln(I1/I2Mn/ρd・・・(2)
(I2/I1Fe=exp{−0.8×ln((I1/I2Mn)・ρd}・・・(3)
この式により、Fe基材料1上にFe化合物2が存在する場合においても、Fe基材料中のFeから発生する蛍光X線強度I(Fe)を高精度で求めることができる。
【0027】
(Fe化合物の定量)
次に、上記のステップで求めた減衰後のFe元素の蛍光X線強度I(Fe)を蛍光X線強度I4(Fe)から減算することでFe化合物からの蛍光X線強度I3(Fe)を求めることができる。
【0028】
次に、上記のステップで求めた蛍光X線強度I3(Fe)から、公知の検量線法を用いてFe化合物を定量する。
図3に有機物遮蔽体によるMn元素の実測の蛍光X線強度の減衰比、Fe元素の実測の蛍光X線強度の減衰比、及び上記の方法で求めたFe元素の蛍光X線強度の減衰比の具体例を示す。
この結果から、実測値と計算値の誤差は約0.2%とわずかであり、この方法で求めたFe元素のFe化合物2透過後の蛍光X線強度I3の値が妥当であることが分かる。
【0029】
なお、定量する際には検量線を引くことが必要であるが、検量線の作成に用いる試料は、既知量のFe化合物を有機物など鉄を含まない物質上に堆積させたものを標準試料とする。その際、形状は測定対象のFe基材料1と一致させる。
この考え方を用いれば、鉄の酸化物だけでなく、浸炭処理した鉄の炭化物についても同様に定量できることは自明である。
【0030】
(効果)
以上説明したように、本実施形態によれば、酸化物等からなるFe化合物が表面に形成されたFe基材料において、Fe化合物中の元素比率が不明な場合でも、測定可能なMn元素の減衰比を用いることにより、非破壊でFe基材料上のFe化合物を高精度で定量することができる。
【0031】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、組み合わせ、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0032】
1…Fe基材料、2…Fe化合物、3…X線発生源、4…検出器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe基材料のMn及びFe元素の蛍光X線強度を測定する第1ステップと、Fe化合物が表面に形成されたFe基材料のMn及びFe元素の蛍光X線強度を測定する第2ステップと、第1ステップで測定したMn元素の蛍光X線強度と第2ステップで測定したMn元素の蛍光X線強度からFe化合物によるMn元素の減衰比を算出する第3ステップと、前記第3ステップで算出されたMn元素の減衰比からFe化合物によるFe元素の減衰比を算出する第4ステップと、前記第4ステップで算出されたFe元素の減衰比から前記Fe化合物から放出されたFe元素の蛍光X線強度を求める第5ステップと、前記第5ステップで求められたFe元素の蛍光X線強度から前記Fe化合物を定量する第6ステップを有することを特徴とするFe基材料表面のFe化合物の定量方法。
【請求項2】
前記第4ステップにおいて、Fe元素の質量吸収係数とMn元素の質量吸収係数の比を用いてFe化合物によるFe元素の減衰比を算出することを特徴とする請求項1記載のFe基材料表面のFe化合物の定量方法。
【請求項3】
前記Fe化合物はFeの酸化物、炭化物又は窒化物であることを特徴とする請求項1又は2記載のFe基材料表面のFe化合物の定量方法。
【請求項4】
前記第5ステップにおいて、計量線法によってFe化合物を定量することを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載のFe基材料表面のFe化合物の定量方法。
【請求項5】
前記計量線法における検量線を前記Fe基材料と同形状のFeを含まない物質上に既知量のFe化合物を堆積させた標準試料を用いて作成することを特徴とする請求項4記載のFe基材料表面のFe化合物の定量方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−154727(P2012−154727A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−13082(P2011−13082)
【出願日】平成23年1月25日(2011.1.25)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】