説明

III族窒化物半導体素子及び多波長発光III族窒化物半導体層

【課題】単層で発光波長が相違する複数の発光を出射するIII族窒化物半導体単層を備えたIII族窒化物半導体素子を提供する。
【解決手段】基体と、基体上に形成され、ドナー不純物とアクセプター不純物が添加され且つガリウムを必須の構成元素として含むガリウム含有III族窒化物半導体層である多波長発光III族窒化物半導体層と、を備え、多波長発光III族窒化物半導体層は、窒素を含む第V族元素よりガリウムを含む第III族元素を化学量論的に富裕に含み、原子濃度が6×1017cm−3以上5×1019cm−3以下の範囲の珪素と、原子濃度が5×1016cm−3以上3×1018cm−3以下の範囲のマグネシウムと、合計の原子濃度が1×1017cm−3以下の範囲の遷移金属元素と、を含み、且つ、バンド端発光とは別に、波長400nm以上750nm以下の波長帯域において波長が異なる3個以上の光を同時に出射することを特徴とするIII族窒化物半導体素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、III族窒化物半導体素子及び多波長発光III族窒化物半導体層に関し、より詳しくは、III族窒化物半導体素子及び数的に単一な層でありながら、波長が相違する複数の可視光(多波長光)を出射できるガリウム(Ga)を含むガリウム含有III族窒化物半導体層である多波長発光III族窒化物半導体層に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN:0<X≦1)等のIII族窒化物半導体層は、可視光を出射する発光層等を構成するために利用されている(例えば、特許文献1参照)。窒化ガリウム・インジウムからは、リン化ガリウム(GaP)、砒化リン化ガリウム(GaAsP)、リン化アルミニウム・インジウム(AlInP)等の化合物半導体材料では得られない深緑色から青色までの発光が得られるとされる(特許文献1参照)。更に、亜鉛(元素記号:Zn)を添加(ドーピング)したGa0.4In0.6N層は赤色発光用の材料として有用であることが示されている(特許文献1参照)。
【0003】
窒化ガリウム・インジウムにあっては、亜鉛等の不純物は、禁止帯幅(band gap)に相当する光子エネルギーとは別のエネルギーの光吸収を発生させると報告されている(特許文献1参照)。このような光吸収を生ずる不純物としては、亜鉛の他に、カドミウム(元素記号:Cd)、マグネシウム(元素記号:Mg)、ベリリウム(元素記号:Be)、ゲルマニウム(元素記号:Ge)、銅(元素記号:Cu)が知られている(特許文献1参照)。
【0004】
また、複数の不純物を添加した窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム(AlGaInN)層から発光層を構成する技術も知れている。例えば、n型とp型の不純物(ドーパント)とを共に添加した形成した窒化ガリウム・インジウム層を発光層としてLEDを構成する技術である(特許文献2〜4参照)。n型不純物としては、珪素(元素記号:Si)、ゲルマニウム(元素記号:Ge)、テルル(元素記号:Te)、セレン(元素記号:Se)が例示されている(特許文献3の段落(0008)参照)。加えて、特許文献4には、硫黄(元素記号:S)がn型不純物として記載されている(特許文献4の段落(0022)参照)。また、p型不純物としては、亜鉛、マグネシウム、カドミウム、ベリリウム、カルシウム(元素記号:Ca)が例示されている(特許文献3の段落(0008)参照)。加えて、特許文献4には、水銀(元素記号:Hg)がp型不純物として記載されている(特許文献4の段落(0022)参照)。
【0005】
n型とp型の双方の不純物を添加した、具体的には珪素と亜鉛とを添加した窒化ガリウム・インジウム層を発光層として、青色光を出射する単色の発光ダイオード(英略称:LED)を構成する技術例が知れている(特許文献2〜4参照)。n型とp型不純物の双方を添加した窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層を発光層とする従来のLEDから出射される発光は、発光ピーク(peak)波長を490ナノメートル(単位:nm)とする青色の単色光である(特許文献2〜4参照)。
【0006】
また、青色光を発するLEDを利用して、白色光を発するLEDを構成する技術も公知となっている。例えば、窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層から出射される青色光により、蛍光体を励起させ、白色の励起光を出射するLEDを構成する技術である(例えば、特許文献5〜8参照)。この蛍光型白色LEDを構成するための蛍光体としては、青色光又は紫外光により励起され、白色蛍光を発する例えば、イットリウム・アルミニウム・ガーネット(YAl12)等が用いられている(例えば、特許文献9〜11参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公昭55−3834号公報
【特許文献2】特許第2560964号公報
【特許文献3】特許第2576819号公報
【特許文献4】特許第3500762号公報
【特許文献5】特開平07−099345号公報
【特許文献6】特許第2900928号公報
【特許文献7】特許第3724490号公報
【特許文献8】特許第3724498号公報
【特許文献9】特許第2927279号公報
【特許文献10】特許第3503139号公報
【特許文献11】特許第3700502号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
窒化ガリウム・インジウムを発光層として利用する上記の蛍光型白色LEDに付随する第一の問題点は、そもそも、青色光等により励起され、波長が相違する蛍光を発する蛍光体を用いる必要があり、LEDの生産工程は冗長となり、また煩雑となることである。また、第二の問題点は、蛍光体を励起して色調の一定した白色光を安定して得るには、窒化ガリウム・インジウム層等からなる発光層からの発光の波長の差異に応じて、蛍光体として用いる希土類(rare−earth)元素を添加したYAl12等の組成を微妙に、精緻に変化させる必要があり、演色性の一定した白色系LEDを得るのが煩瑣となることである。
【0009】
窒化ガリウム・インジウム層を発光層とする従来構造の白色LEDについての技術上の問題点は、例えば、窒化ガリウム・インジウム発光層から出射される青色光と、その青色光により励起され、青色と補色の関係にある黄色の蛍光を発する蛍光体との組み合わせからなる白色LED(「ワイドギャップ半導体光・電子デバイス」(2006年3月31日、森北出版(株)発行、第1版第1刷)、174頁参照)の場合に端的に現れる。
【0010】
このいわば補色光型の白色LEDには、セリウム(元素記号:Ce)を添加したYAG蛍光体が用いられている(「ワイドギャップ半導体光・電子デバイス」、184〜185頁参照)。しかしながら、同様の色調の白色LEDを得るために、この励起光として利用する青色光の波長の差異に応じて、その都度、イットリウム(元素記号:Y)、アルミニウム(元素記号:Al)、ガドリニウム(元素記号:Gd)、又はガリウム(元素記号:Ga)の組成を微妙に変化させたYAG蛍光体を用いて作製されているのが現状である。
【0011】
ましてや、補色型白色LEDにあっては、白色光を得るために混色させるのは、主に、補色の関係にある2色の発光である。このため、補色の関係にある2色の発光の強度の比率に依存して、帰結される白色光の色調が微妙に変化してしまう問題も生じている。従って、補色型白色LEDにあっては、いずれにしても混光により、一定した演色性をもたらす白色LEDを安定して得るには技術上の困難さをともなうものとなっている。
【0012】
従来の蛍光型或いは補色型の白色LEDには、青色光等の励起光よりも長波長側に主たる蛍光を発生させる蛍光体が用いられている(「ワイドギャップ半導体光・電子デバイス」、176〜179頁参照)。即ち、励起光とそれよりも長波長の蛍光とを混光させて白色LEDをなしている。
【0013】
例えば、数的に単一な窒化ガリウム・インジウム単層でありながら、波長が相違する複数の発光を生じさせることが出来れば、上記の蛍光型或いは補色型とは別の型の白色LEDに付随する従来の問題も解決を図れる。例えば、赤色(R)、緑色(G)及び青色(B)の各色光を出射できる窒化ガリウム・インジウム層を発光層とすれば、RGB混光型白色LEDを構成するのに利便となる。即ち、(1)赤色(R)又は緑色(G)又は青色(B)を各々、出射できる発光層をそれぞれ、個別に設け、(2)また、複数の発光層を設ける必要があることに加えて、発光を閉じ込めるためのクラッド(clad)層を上記の各発光層につき各々、個別に設ける必要も無くなり、混光による白色LEDを簡便に得る目的を達成できる。
【0014】
しかしながら、現状では、数的に単一な層(単層)でありながら、波長が相違する複数の発光をもたらしつつ、尚更のこと、発光強度に優れるガリウムを含む(ガリウム含有)III族窒化物半導体単層、例えば、窒化ガリウム・インジウム単層を構成するための要件は明確となっていない。
本発明は、本発明の一つの産業上の利用分野であるIII族窒化物半導体白色LEDに係る上記の従来技術の問題点を回避すべくなされたものである。即ち、本発明は、波長が相違する複数の発光をもたらすためにガリウムを含むIII族窒化物半導体単層が備えるべき構成要件を、単層の内部に含まれる遷移金属の濃度を基に明確にすると共に、(i)数的に単一な層、即ち、単層でありながら、発光波長が相違する複数の発光を高い強度で出射できるガリウムを必須の構成元素として含むIII族窒化物半導体単層、(ii)そのガリウム含有III族窒化物半導体単層を、一つ又は二つ以上備えた発光強度に優れるIII族窒化物半導体素子の例とし、蛍光材料からの蛍光を利用しない白色LEDを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
以下、[1]〜[20]に係る発明が提供される。
[1]基体と、前記基体上に形成され、ドナー不純物とアクセプター不純物が添加され且つガリウムを必須の構成元素として含むガリウム含有III族窒化物半導体層である多波長発光III族窒化物半導体層と、を備え、前記多波長発光III族窒化物半導体層は、窒素を含む第V族元素よりガリウムを含む第III族元素を化学量論的に富裕に含み、原子濃度が6×1017cm−3以上5×1019cm−3以下の範囲の珪素と、原子濃度が5×1016cm−3以上3×1018cm−3以下の範囲のマグネシウムと、合計の原子濃度が1×1017cm−3以下の範囲の遷移金属元素と、を含み、且つ、バンド端発光とは別に、波長400nm以上750nm以下の波長帯域において波長が異なる3個以上の光を同時に出射することを特徴とするIII族窒化物半導体素子。
[2]前記波長帯域が、波長500nm以上750nm以下であることを特徴とする前項1に記載のIII族窒化物半導体素子。
[3]前記波長帯域が、波長400nm以上550nm以下であることを特徴とする前項1に記載のIII族窒化物半導体素子。
[4]前記遷移金属が、鉄、モリブデン、タンタル及びクロムから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする前項1乃至3のいずれか1項に記載のIII族窒化物半導体素子。
[5]鉄、モリブデン、タンタル及びクロムから選ばれる少なくとも1種の前記遷移金属の合計の原子濃度が、マグネシウムの原子濃度より低いことを特徴とする前項4に記載のIII族窒化物半導体素子。
[6]鉄の原子濃度が、2×1016cm−3以下であることを特徴とする前項5に記載のIII族窒化物半導体素子。
[7]モリブデンの原子濃度が、5×1016cm−3以下であることを特徴とする前項5に記載のIII族窒化物半導体素子。
[8]タンタルの原子濃度が、2×1016cm−3以下であることを特徴とする前項5に記載のIII族窒化物半導体素子。
[9]クロムの原子濃度が、3×1015cm−3以下であることを特徴とする前項5に記載のIII族窒化物半導体素子。
[10]マグネシウムの原子濃度が珪素の原子濃度より低く、且つ、各遷移金属の原子濃度より高いことを特徴とする前項6乃至9のいずれか1項に記載のIII族窒化物半導体素子。
[11]基体上に形成されたガリウム含有III族窒化物半導体層である多波長発光III族窒化物半導体層であって、ドナー(donor)不純物とアクセプター(acceptor)不純物が添加され、且つ必須の構成元素としてガリウム(元素記号:Ga)を含み、窒素を含む第V族元素よりガリウムを含む第III族元素を化学量論的に富裕に含み、原子濃度が6×1017cm−3以上5×1019cm−3以下の範囲の珪素と、原子濃度が5×1016cm−3以上3×1018cm−3以下の範囲のマグネシウムと、合計の原子濃度が1×1017cm−3以下の範囲の遷移金属元素と、を含み、且つ、バンド端発光とは別に、波長400nm以上750nm以下の波長帯域で波長が異なる3個以上の光を同時に出射することを特徴とする多波長発光III族窒化物半導体層。
[12]前記波長帯域が、波長500nm以上750nm以下であることを特徴とする前項11に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
[13]前記波長帯域が、波長400nm以上550nm以下であることを特徴とする前項11に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
[14]前記遷移金属が、鉄(元素記号:Fe)、モリブデン(元素記号:Mo)、タンタル(元素記号:Ta)及びクロム(元素記号:Cr)から選ばれる少なくとも1種であり、且つ、当該遷移金属の合計の原子濃度が1×1017cm−3以下であることを特徴とする前項11乃至13の何れか1項に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
[15]鉄、モリブデン、タンタル及びクロムから選ばれる少なくとも1種の前記遷移金属の合計の原子濃度が、マグネシウムの原子濃度より低いことを特徴とする前項14に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
[16]鉄の原子濃度が、2×1016cm−3以下であることを特徴とする前項15に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
[17]モリブデンの原子濃度が、5×1016cm−3以下であることを特徴とする前項15に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
[18]タンタルの原子濃度が、2×1016cm−3以下であることを特徴とする前項15に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
[19]クロムの原子濃度が、3×1015cm−3以下であることを特徴とする前項15に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
[20]マグネシウムの原子濃度が珪素の原子濃度より低く、且つ、各遷移金属の原子濃度より高いことを特徴とする前項16乃至19のいずれか1項に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
【発明の効果】
【0016】
本発明に依れば、発光強度の高い各色光を混光させてなる高発光強度のIII族窒化物半導体白色LEDを、従来技術如く蛍光体を用いずとも簡便に提供できる。
また、緑色、赤色又は青色を帯びた白色系光を出射できるIII族窒化物半導体LEDを提供するのに好都合となる。
特に、鉄、モリブデン、タンタル及びクロムから選ばれる少なくとも1種の遷移金属の各原子濃度を少量に規定し、深い不純物準位の密度が小さいことにより、発光強度に優れる白色光を出射するIII族窒化物半導体LEDを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本実施の形態に適する窒素プラズマの発光スペクトルである。
【図2】実施例1における多波長同時発光III族窒化物半導体単層の内部のSIMS分析による遷移金属の原子濃度の深さ方向の分布を示す図である。
【図3】比較例1に記載の窒素プラズマの発光スペクトルである。
【図4】比較例1に記載のGa0.98In0.02N単層の表面から深さ方向の鉄、モリブデン、タンタル及びクロムの濃度分布を示す図である。
【図5】比較例1に記載のLEDの電流ドリフトを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。尚、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することが出来る。また、使用する図面は本実施の形態を説明するための一例である。
【0019】
<多波長発光III族窒化物半導体層>
本実施の形態が適用されるガリウム含有III族窒化物半導体層である多波長発光III族窒化物半導体層は、数的に単一でありながら、相違する波長の多波長光を同時に放射するものである。多波長発光III族窒化物半導体層は、半導体材料基板または金属材料基板等の基体上に設ける。基板には、ガラス基板、極性又は無極性の結晶面を表面とするサファイア(α−Al単結晶)や酸化亜鉛(ZnO)等の金属酸化物結晶基板、6H又は4H又は3C型炭化珪素(SiC)、シリコン(Si)、窒化ガリウム(GaN)等の半導体結晶からなる基板を例示できる。基体には、バルク(bulk)結晶基板に限定されず、例えば、GaN等のIII族窒化物半導体やリン化硼素(BP)等のIII−V族化合物半導体からなるエピタキシャル(epitaxial)成長層を用いることができる。
【0020】
上記の材料からなる基板或いはエピタキシャル成長層は、数的に単一の層(単層)でありがら波長が相違する複数の波長の発光を同時に出射するIII族窒化物半導体層(多波長同時発光III族窒化物半導体単層)を井戸層として量子井戸構造の発光層を形成する場合にも利用できる。演色性の高い白色LEDを得るときは、広い波長の範囲で多くの発光(多波長光)を放射する、複数のIII族窒化物半導体単層を井戸層として発光層を形成する。所謂、複数の井戸層を備えた多重量子井戸構造(英略称:MQW)とすると、各多波長発光III族窒化物半導体単層からの発光を混光できて白色LED等を得るに好都合である。
【0021】
本実施の形態では、多波長同時発光III族窒化物半導体単層を、ドナー(donor)不純物とアクセプター(acceptor)不純物とが共に添加されたIII族窒化物半導体材料から構成する。特に、ガリウムを必須の構成元素として含む、窒素等の第V族元素よりも、ガリウム等の第III族元素を化学量論的に富裕に含み、バンド端発光とは別に、バンド(band)端発光より長い波長の領域で、波長が相違する3以上の光を同時に放射できるIII族窒化物半導体材料から構成する。
【0022】
多波長同時発光III族窒化物半導体単層とは、400nm以上で750nm以下の波長の範囲で、波長が相違する3つ以上の光を同時に出射できる機能を有する層である。特に、上記の波長帯域に於いて、隣接する発光との波長の差を10nm以上で60nm以下とする3以上の光を発するガリウム含有III族窒化物半導体単層は白色LEDをなすための白色光を発する発光層として好適に利用できる。
例えば、波長419nmの第1の発光と、第1の発光との発光波長の差を35nmとする波長454nmの第2の発光と、第2の発光との発光波長の差を51nmとする波長505nmの第3の発光と、第3の発光よりさらに長波長側に、第3の発光との発光波長の差を60nmとする波長565nmの第4の発光をもたらせるガリウム含有III族窒化物半導体単層は白色LED用途の発光層として好適に利用できる。
【0023】
また、500nm以上で750nm以下の波長範囲で、波長が相違する3以上の光を同時に出射できるガリウム含有III族窒化物半導体単層は、赤色を帯びたパステル(pastel)色調の白色系LEDをなすための機能層、特に、発光層として利用できる。
【0024】
また、400nm以上で550nm以下の波長範囲で、波長が相違する3つ以上の光を同時に出射できるガリウム含有III族窒化物半導体単層は、青色光や緑色光を発光の成分として含む淡色(パステル色)の白色系LEDを得るための機能層、特に、発光層として利用できる。各発光の波長は、フォトルミネッセンス(英略称:PL)法やカソードルミネッセンス(英略称:CL)法等により測定できる。
【0025】
400nm以上で550nm以下の波長範囲で波長が相違する3つ以上の光を同時に出射できるガリウム含有III族窒化物半導体単層と、500nm以上で750nm以下の波長範囲で波長が相違する3つ以上の光を同時に出射するガリウム含有III族窒化物半導体単層との双方を使用して発光層を構成することもできる。
例えば、400nm以上で550nm以下の波長範囲で波長が相違する3つ以上の光を同時に出射する窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN:0<X≦1)単層を一つの井戸(well)層とし、500nm以上で750nm以下の波長範囲で波長が相違する3つ以上の光を同時に出射するGaIn1−XN単層を別の井戸層とする多重量子井戸(英略称:MQW)構造の発光層を構成すれば、青緑色から赤色の複数の発光を混光でき、より演色性に優れる白色系LEDを得ることができる。
【0026】
波長が相違する3つ以上の多波長光を同時に出射するIII族窒化物半導体単層を(組成式GaIn1−XN:0<X≦1)から構成する場合、GaIn1−XN単層は、インジウム組成を相違する複数の相(phase)からなる多相構造であっても構わない。また、相分離(phase separation)を生じないインジウム(In)組成(=1−X)のGaIn1−XN(0.90<X≦1或いは0≦X≦0.1)からも構成できる。ガリウム(Ga)組成(=X)又はインジウム(In)組成(1−X)の大きな、端的にはGaN又は窒化インジウム(InN)のようなそもそも相分離の無い層では、相分離に起因するGaIn1−XN層内でのインジウム濃度の不均一性に因り、珪素(Si)及びマグネシウム(Mg)が層内で不均一に分布するのを避けることができる。これにより、珪素(Si)及びマグネシウム(Mg)が形成する準位間の光学的遷移に基づく多波長発光をなす各発光の波長を均一とするのに優位となる。
【0027】
III族窒化物半導体単層内の珪素(Si)の原子濃度を6×1017cm−3以上で5×1019cm−3以下とし、且つ、マグネシウム(Mg)の原子濃度を5×1016cm−3以上で3×1018cm−3以下の範囲とすることにより、多波長の発光を同時に出射するIII族窒化物半導体単層を効率的に形成できる。III族窒化物半導体単層内の珪素(Si)及びマグネシウム(Mg)の原子濃度は、例えば2次イオン質量分析法(英略称:SIMS)法等で定量することができる。
【0028】
珪素(Si)とマグネシウム(Mg)を含むIII族窒化物半導体単層は、例えば、有機金属気相堆積(MOCVD又はMOVPE等と略称される)法、分子線エピタキシャル(MBE)法、ハイドライド(hydride)法、ハライド(halide)法等の気相成長法により形成できる。これらの成長手段にあって、多波長同時発光III族窒化物半導体単層内の珪素(Si)及びマグネシウム(Mg)の原子濃度は、同層へのSi及びMgのドーピング(doping)量を調節することをもって調整する。MOCVD法等では、シラン(分子式;SiH)やメチルシラン(分子式:CHSiH)等のシラン類を珪素(Si)のドーピング源として使用できる。また、MOCVD法では、ビスシクロペンタジエニルマグネシウム(略記号:CpMg)等の有機マグネシウム化合物をマグネシウム(Mg)のドーピング源として利用できる。
【0029】
特に、MBE法は、多波長の発光を呈するIII族窒化物半導体単層を上記の他の気相成長法と比較して、より低温で形成できる利点がある。例えば、基体温度にして450℃から520℃の低温でGaIn1−XN層を成長できる。このため、例えば、n型Ga0.94In0.06N井戸層とn型GaN障壁層とからなるMQW構造にあって、アクセプター不純物であるマグネシウム(Mg)の障壁層への拡散、侵入を抑制することができ、障壁層が高抵抗となるのを、または伝導形がp型に変換されるのを回避するのに効果をあげられる。これにより、井戸層と障壁層との間でのpn接合の形成を回避できる。従って、井戸層と同一の伝導形を呈する障壁層とからMQW構造を構成できるため、電気的導通性に優れるMQW構造の発光層を構成できる。
【0030】
珪素(Si)及びマグネシウム(Mg)をドーピングして多波長同時発光III族窒化物半導体単層を形成するに際し、上記のマグネシウム(Mg)のドーピング量を多量とする程、即ち、層内のマグネシウム(Mg)の原子濃度を高める程、或る波長領域に生ずる波長が相違する発光の数を増加させることができる。例えば、珪素(Si)の原子濃度が4×1018cm−3である場合に於いて、マグネシウム(Mg)の原子濃度が5×1016cm−3未満の2×1016cm−3であるGaN層の場合、GaNのバンド端発光は生ずるものの、波長400nm〜700nmの領域に発光は生じない。一方、同様の珪素(Si)の原子濃度を有し、且つ、原子濃度が8×1017cm−3となるように、マグネシウム(Mg)をドーピングすると、波長400nm〜700nmの領域に例えば、合計4つの波長が相違する多波長光を同時に出射するGaN単層を形成できる。
【0031】
また、マグネシウム(Mg)のドーピング量をより多量とする程、即ち、層内のマグネシウム(Mg)の原子濃度をより高める程、より長波長の帯域に多波長光を発生させることができる。例えば、珪素(Si)の原子濃度を1〜4×1019cm−3とし、マグネシウム(Mg)の原子濃度を4×1017cm−3とするGaIn1−XNの場合には、波長を450nmとする単一の発光のみ観測される。これに対し、インジウム組成を同一としながらも、マグネシウム(Mg)が原子濃度にして3×1018cm−3とより多くが含まれるときは、多波長発光の発光が顕現され、その中での最長の波長は580nmに到達する(後述する図1参照)。
【0032】
異なるIII族窒化物半導体単層からMQW構造の発光部を構成する場合には、より短い波長の領域で多波長光を同時に出射できるIII族窒化物半導体単層である程、発光の取り出し方向のより上方に配置させる。より下方にある多波長発光III族窒化物半導体単層からなる井戸層から出射される発光の吸収を避け、LEDの外部へ多波長光を効率的に取り出すためである。例えば、波長600nm〜700nm近傍の領域に多波長光を発するIII族窒化物半導体単層を井戸層とする単一或いは第1の多重量子井戸構造上の、発光の外部への取り出し方向に向かう上方には、波長400nm〜550nmの領域で多波長光を発するIII族窒化物半導体単層を井戸層とする単一或いは第2の多重量子井戸構造を設けて、これにより全体としてMQW構造の発光部を構成する。
【0033】
上記のように多波長の発光を生ずる異なるIII族窒化物半導体単層を井戸層とする第1及び第2の量子構造にあって、第1及び第2の量子井戸構造をなす障壁層の構成材料は、必ずしも同一とする必要はない。第1及び第2の量子井戸構造の障壁層は、多波長同時発光III族窒化物半導体単層からなる井戸層の禁止帯幅に対応して選択された異なるIII族窒化物半導体層から構成できる。例えば、上記の第1の量子井戸構造については、窒化アルミニウム・ガリウム(組成式AlGa1−XN:0≦X≦1)から障壁層を構成し、第2の量子井戸構造を(組成式AlGa1−YN:0≦Y≦1、但し、Y≧X)を構成できる。
【0034】
本実施の形態では、多波長発光を同時に発光できるIII族窒化物半導体単層を、第V族元素に対して、元素周期律表の第III族元素を化学量論的に富裕に含むIII族窒化物半導体層から構成する。第III族元素を第V族元素に対して化学量論的に富裕に含むとは、例えば、窒化アルミニウム(AlN)又は窒化ガリウム(GaN)又は窒化インジウム(InN)等の2元系(2元素)III族窒化物半導体層にあって、ガリウム(Ga)又はインジウム(In)又はアルミニウム(Al)が窒素よりも化学量論的に富裕に含まれていることを云う。例えば、窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム(組成式AlGaInN:0<X,Y,Z<1、X+Y+Z=1)等の多元系(多元素)III族窒化物半導体層にあっては、第III族元素であるアルミニウム(Al)及びガリウム(Ga)及びインジウム(In)の合計の原子の濃度が、窒素原子の濃度を上回っていることを指す。
【0035】
また、砒化窒化ガリウム(組成式GaAs1−αα:0<α<1)やリン化窒化アルミニウム(組成式AlP1−ββ:0<β<1)等の窒素以外の第V族元素(この例では、砒素(元素記号:As)及びリン(元素記号:P))を含むIII族窒化物半導体層では、第III族元素であるガリウム(Ga)又はアルミニウム(Al)の原子濃度が、窒素(N)及び窒素以外の第V族元素の合計の原子濃度よりも高いことを云う。第III族元素と第V族元素の原子濃度の総量の比率が1:1であれば、それは第III族元素富裕でもなく、また第V族元素富裕でもなく、化学量論的組成である。
【0036】
化学量論的な組成のズレは、例えば、高速反射電子線回折(英略称:RHEED)等の電子線回折技法等でIII族窒化物半導体層の表面の再配列構造を調査すれば判定できる。
例えば、固体ソースMBE法やガスソースMBE法等の真空中でIII族窒化物多波長発光層を基体上に堆積する成長手段では、RHEED法を有効に利用することができる。このため、基体上の堆積層が多波長を同時に発光するのに必要なガリウム等の元素周期律表の第III族元素を窒素等の第V族元素よりも化学量論的に富裕とするIII族窒化物半導体層であることをその成長場に於いて、リアルタイム(real−time)で確認できる。
【0037】
RHEED法により得られるIII族窒化物半導体層の表面からの回折パターン(RHEEDパターン)に、堆積中に常時、第III族元素を第V族元素よりも化学量論的に富裕に含む再配列構造に起因する輝線(streak line)を継続して生じつつ、堆積して出来上がるIII族窒化物半導体層は、層全体としても、第III族元素を第V族元素よりも化学量論的に富裕に含むIII族窒化物半導体層であるとみなす。
【0038】
アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)若しくはインジウム(In)等の元素周期律表の第III族元素を窒素等の第V族元素に対して化学量論的に富裕に含むIII族窒化物半導体層、例えば、ガリウム(Ga)を窒素より富裕に含むGaNであれば、RHEEDパターン上には、例えば(2×2)等の再配列を示す回折パターンが現れる。逆に、窒素(N)をガリウム(Ga)よりも化学量論的に富裕に含む窒化ガリウム(GaN)層からのRHEEDパターンは、(3×3)再配列構造である。また、第III族元素であるガリウム(Ga)とインジウム(In)とを窒素より化学量論的に富裕に含む窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN)の場合、インジウム(In)組成比(=1−X)が小さいときは、(2×2)再配列構造が出現し、インジウム(In)組成比が大きいときは、(3×1)再配列構造が出現する。
【0039】
第III族元素を第V族元素と比較して化学量論的に富裕に含むIII族窒化物半導体層からは、化学量論的組成或いは第V族元素を富裕に含むIII族窒化物半導体層よりも高い強度の発光を呈する多波長同時発光III族窒化物半導体単層を構成できる。例えば、珪素単体金属を珪素のドーピング源とし、マグネシウム単体金属をマグネシウムのドーピング源として、固体ソースMBE法により成膜した、ガリウムを化学量論的に富裕に含み、表面を(2×2)再配列構造とするSi及びMgドープ多波長同時発光GaN層からの最大のPL強度を仮に、1とする。これに対し、固体ソースMBE法で成長させた、表面を(3×3)再配列構造とし、窒素を化学量論的に富裕に含むSi及びMgドープGaN層のPL強度は、0.08と極めて微弱なものである。
【0040】
第III族元素を、窒素等の第V族元素より化学量論的に富裕に含み、尚且つ、遷移金属の含有量が少ないIII族窒化物半導体単層は、より高い発光強度を呈する多波長発光層を構成するのに優位となる、III族窒化物半導体内で深い準位(deep level)を形成する遷移金属(JACQUES I. PNKOVE and THEODORE D. MOUSTAKAS (Editors.),”Gallium Nitride (GaN) I, SEMICONDUCTORS AND SEMIMETALS Volume 50”(1998, ACADEMIC PRESS),p.p.361−362.)を低濃度に規定することにより、ディープレベルを形成する不純物の量を低下させれば、より効率的に放射再結合等を生じさせられるからである。即ち、高い強度の発光を呈する多波長同時発光III族窒化物半導体単層をもたらすことができる。
【0041】
本実施の形態における遷移金属とは、通常、一般的に遷移金属として分類されている元素である。即ち、原子番号が22(チタン(元素記号:Ti))から30(亜鉛(元素記号:Zn))、40(ジルコニウム(元素記号:Zr))から42(モリブデン(元素記号:Mo))、44(ルテニウム(元素記号:Ru))から48(カドミウム(元素記号:Cd))、及び72(ハフニウム(元素記号:Hf))から80(水銀(元素記号:Hg))までの元素を云う。本発明では特に、III族窒化物半導体層の成長時に時として不可避的に層内に混入し、深い準位(deep level)を形成する鉄(元素記号:Fe)、クロム(元素記号:Cr)、モリブデン(元素記号:Mo)及びタンタル(元素記号:Ta)の濃度を規定する。
【0042】
これらの遷移金属元素の中で、鉄は、MBE法、化学ビーム(beam)エピタキシャル成長(英略称:CBE)法、レーザアブレーション法やMOCVD法等のIII族窒化物半導体層を成長するための成長チャンバー等を構成するのに一般的に用いられているsus304−、sus316−やsus316L−ステンレス鋼の構成元素である。クロムはJIS(日本工業規格)のステンレス鋼の種類の記号による上記のsus304−ステンレス鋼等に添加元素として16%〜18%の重量比率で含まれている。モリブデンはsus316−やsus316L−ステンレス鋼に添加元素として2%〜3%の重量比率で含まれている。
【0043】
また、モリブデンやタンタルの炭化物は、化学的気相堆積(英略称:CVD)法や物理的気相堆積(英略称:PVD)法等の技術手段により成長させるに際し、基体としてのサファイア(Al単結晶)基板やシリコン(Si)基板を保持するためのサセプター(susceptor)等の冶具の構成材料として用いられている(例えば、特開平6−172088号公報参照)。また、タンタルはIII族窒化物半導体層を堆積する成長温度に基体を加熱するためのヒーターエレメントとしても使われている。
【0044】
一般的な高周波プラズマMBE法又はECR(エレクトロンサイクロトロンレゾナンス)方式高周波プラズマMBE法等のPVD法では、窒素プラズマ等の窒素原子を含有するプラズマ(plasma)を窒素源として、上記の基板や半導体層等の基体表面上にIII族窒化物半導体層を成長させる。一方で、特別の配慮をしない限り、窒素プラズマに因り、成長チャンバーの炉壁をなすスンテンレス鋼或いはヒーターを構成するタンタル(Ta)材料等がスパッタ(spatter)されることとなる。このため、炉壁をなすステンレス鋼等を汚染源として、鉄(Fe)、モリブデン(Mo)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)等の遷移金属元素がIII族窒化物半導体層内へ混入する事態を生ずる。
【0045】
本実施の形態では、成長チャンバー又はその内部に配備されている部品を構成する材料からの遷移金属元素によるIII族窒化物半導体層の汚染を抑制するために、MBE法で成長するにあたり、特別な構成の窒素プラズマ雰囲気中でIII族窒化物半導体層を形成するのを得策とする。特別な構成の窒素プラズマとは、窒素分子の第二正帯(second positive molecular series)に由来する発光を殆ど生じない(発生しない場合を含む。)窒素プラズマである。高純度の窒素ガスに高周波を印加して生成した窒素分子の第二正帯の由来する発光を生じない窒素プラズマは、本発明に係る窒素プラズマとして最適である。
【0046】
窒素分子の第二正帯の由来する発光を生じない窒素プラズマを発生させるには、体積濃度にして、酸素ガス(分子式:O)濃度を0.1ppm未満とし、一酸化炭素(分子式:CO)及び二酸化炭素(分子式:CO)の濃度をそれぞれ、0.1ppm未満とし、炭化水素ガス類の濃度を0.05ppm未満とし、水分(分子式:HO)の濃度を0.55ppm未満とする、露点をマイナス(−)80℃を越えて低くする、例えば(−)85℃とする純度99.99995%以上の高純度窒素ガスが適する。
【0047】
窒素プラズマ内での窒素分子の第二正帯に由来する発光の有無は、窒素プラズマからの発光スペクトルから知ることができる。窒素プラズマの発光スペクトルは、一般的な分光器を使用して測定できる。窒素分子の第二正帯に由来する発光は、250nm以上で370nm以下の波長の範囲に生ずる。
図1は、本実施形態に適する窒素プラズマの発光スペクトルである。図1には、回折格子型の分光器を用いて測定した、本実施の形態の多波長発光III族窒化物半導体層を高周波プラズマMBE法で堆積するのに適する窒素プラズマからの発光スペクトルが例示されている。本実施の形態に好適な窒素プラズマとは、図1に示す如く、波長300nm〜370nmの範囲に窒素分子の第二正帯に由来する発光を生じない窒素プラズマである。上記の高純度窒素ガスを使用すれば、窒素分子の第二正帯に由来する発光を生じない窒素プラズマを簡便に発生させることができる。
【0048】
本実施の形態が適用される多波長発光III族窒化物半導体層を形成するための高周波の周波数を13.56メガヘルツ(単位:MHz)とする場合には、入力する電力は、200W以上で600W以下とするのが適する。さらに、250W以上で450W以下の範囲とするのがより適する。図1に例示した発光スペクトルは、流量を毎分0.4ccに設定した高純度窒素ガスに、周波数13.56MHzの高周波を400ワット(単位:W)の電力で入力して発生させた際のものである。600Wを超える電力を入力すると、窒素分子の第二正帯に由来する発光の強度が高まるため不適である。入力する電力が250W未満と小さくては、多波長発光III族窒化物半導体層を安定して形成するのに充分な窒素プラズマを発生させられない。このため、層状ではなく、ガリウムの液滴(droplet)を含む不連続なIII族窒化物半導体層が帰結される確率が高まるため望ましくはない。
【0049】
高いエネルギー状態に励起された(遷移状態:C3Πu→B3Πg)窒素分子の存在を示す窒素分子の第二正帯からの発光を生じないか、又は殆ど生じない窒素プラズマを窒素源として多波長発光III族窒化物半導体層を堆積すると成長チャンバー等を構成する材料のスパッタされる程度を減少させられる。窒素分子の第二正帯からの発光を殆ど生じない窒素プラズマとは、窒素分子の第二正帯による発光の強度が、波長745nmの原子状窒素による発光の強度に比較して、1/10以下であることを云う。このため、窒素プラズマに因り、例えば炉壁をなすsus316L−ステンレス鋼が顕著にスパッタされるのを抑制でき、ステンレス鋼に含まれる鉄、モリブデンやクロム等の遷移金属元素が堆積中のIII族窒化物半導体層内に多く取り込まれるのを回避できる。
【0050】
また、本実施の形態が適用される多波長発光III族窒化物半導体層を形成するのに適する窒素プラズマに係るもう一つの特徴は、波長745nm、821nm及び869nmに出現する3本の原子状(atomic)窒素の発光ピークの強度の相対的関係にある。本発明で窒素源として好適に使用できるのは、波長745nmの発光ピークの強度が最大であり、次に波長869nmの発光ピークの強度が高く、波長821nmの発光ピークの強度が3本の発光ピークの中で最も低いことにある。機構は充分に解明できていないが、このようなピーク強度に於ける相対的関係を有する窒素プラズマを窒素源とすれば、多波長発光III族窒化物半導体層を簡便に安定してもたらすのに効果を上げられる。
【0051】
数的に単一なIII族窒化物半導体単層を基体上に堆積する場合のみならず、III族窒化物半導体単層を複数、用いるに際しても、各単層は、窒素分子の第二正帯による発光を生じないか、又は殆ど発光を発生しない窒素プラズマを窒素源として形成する。例えば、多波長発光III族窒化物半導体単層を一つの井戸(well)層とし、その井戸層を複数、用いて多重量子井戸(英略称:MQW)構造の発光層を形成する場合を例にして説明する。例えば、ドナー不純物とアクセプター不純物の相対的な濃度比率を同一とするか否かに拘わらず、MQW構造の発光層をなす各井戸層は、窒素分子の第二正帯による発光を生じないか、又は殆ど発光を発生しない窒素プラズマ環境内で堆積する。また、例えば、層厚を同一とするか又は異にするかに拘わらず、各井戸層は、窒素分子の第二正帯による発光を生じないか、又は殆ど発光を発生しない窒素プラズマ環境内で堆積する。
【0052】
図1に例示したような窒素分子の第二正帯からの発光のない窒素プラズマを窒素源として、例えば、固体ソース高周波プラズマMBE法で珪素とマグネシウムの双方をドーピングしつつGaN層を成長させると、鉄、モリブデン、タンタル、及びクロムの合計の原子濃度を1×1017cm−3以下とするIII族窒化物半導体層を簡便にしかも安定して形成できる。このような深い準位を形成し得る遷移金属の濃度が低いIII族窒化物半導体層は、高い発光強度を呈する白色LEDを得るのに優位に利用できる。深い準位を形成し得る鉄、モリブデン、タンタル、及びクロムの合計の原子濃度が1×1017cm−3を超えると得られる発光強度は極端に低下するため、高発光強度のIII族窒化物半導体白色LEDを得るに不利となる。
【0053】
さらに、(1)鉄の原子濃度を2×1016cm−3以下とするIII族窒化物半導体単層を備えた発光層を用い例えば、pn接合型のダブルヘテロ(double hetero)構造LEDを構成すると、高い強度の発光を呈し、尚且つ、順方向電流の経時変化(ドリフト)の小さなLEDを得ることができる。多くの場合、順方向電流が通流時間の経過とともに減少する現象が観られるが、鉄の原子濃度を上記範囲とすることでドリフトを抑制することができる。高強度の発光をもたらしつつ、電流ドリフトの小さなIII族窒化物半導体LEDは、モリブデンの原子濃度を5×1016cm−3以下とするIII族窒化物半導体単層を備えた発光層を用いても構成できる。また、電流ドリフトの小さなIII族窒化物半導体LEDは、タンタルの原子濃度を2×1016cm−3以下とするIII族窒化物半導体単層を備えた発光層を用いても構成できる。また、電流ドリフトの小さなIII族窒化物半導体LEDは、クロムの原子濃度を3×1015cm−3以下とするIII族窒化物半導体単層を備えた発光層を用いても構成できる。これらの遷移金属元素の原子濃度は、例えば、一般的なSIMS法等で定量できる。
【0054】
遷移金属の種類に依って、電流ドリフトが顕著に発生する原子濃度の上限に差異があるのは、III族窒化物半導体層の内部での電子等のキャリア(担体)の捕獲効率の差に起因すると推考される。或いは、遷移金属の種類に依って、III族窒化物半導体層の内部で誘引される電子等を捕獲(trap)する結晶欠陥が発生する度合いが異なる等と推考される。いずれにしても、遷移金属でも特に、鉄、モリブデン、タンタル、クロムのIII族窒化物半導体層に含まれる各濃度を、上述した数値範囲内に調整することにより、順方向電流のドリフトを低減することに効果を上げられる。
【0055】
電流のドリフト量(記号ΔIで表す。)は、例えば、素子を動作させるために電圧を印加した直後の電流値(記号Iで表す。)に対する、一定の時間を経過した後の電流値(記号Iで表す。)との差の比率から次の式(1)で表せる。
ΔI=(I−I)/I ・・・・・式(1)
I=Iの場合は、式(1)よりΔI=0となり、電流は経時的に変化しない、即ち、電流ドリフトは無いことを意味する。I>Iの場合は、ΔI>0となり、電流は経時的に増加する増加ドリフトが起っていることを表している。ΔI<0の減少ドリフトとなるのは、I>Iの場合である。
【0056】
素子への電流の通流を長時間に亘り継続すると、深い準位を形成する遷移金属のキャリアの捕獲作用よりも、素子の発熱の影響を受けてIが増減する場合がある。従って、深い準位を形成する遷移金属による電流ドリフトを計測するには、比較的に短い時間を経過した後のIを基に算出するのが妥当である。例えば、素子への電流の通流後、5分間以上で30分間以下を経過した後の電流値をIとするのが妥当である。
【0057】
GaN層に含まれる鉄、モリブデン、タンタル、クロムの各遷移金属の原子濃度を、何れも上述した範囲内(Fe≦2×1016cm−3、Mo≦5×1016cm−3、Ta≦2×1016cm−3、Cr≦3×1015cm−3)に調整し、且つ、多波長発光を呈する当該GaN層を発光層とするpn接合型ダブルヘテロ構造の淡緑色パステル色調のLEDに、順方向に、20mAの電流を通流した場合、順方向に通流を開始した直後の電流値に対し、この通流を開始してから10分間を経過した後の順方向電流値の変化を±5%以内に収めることができる。
【実施例】
【0058】
以下、実施例に基づき本発明を更に詳細に説明する。但し、本発明は、その要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0059】
(実施例1)
本実施の形態が適用される多波長同時発光III族窒化物半導体単層を窒化ガリウム・インジウム(GaInN)単層から構成する場合を例にして、図2を用いて説明する。
図2は、本実施例1における多波長同時発光III族窒化物半導体単層の内部のSIMS分析による遷移金属の原子濃度の深さ方向の分布を示す図である。図2には、本実施例1におけるGa0.98In0.02N単層の表面から深さ方向の鉄、モリブデン、タンタル及びクロムの濃度分布が示されている。
(111)結晶面を表面とするアンチモン(元素記号:Sb)ドープn型(111)−シリコン(Si)基板の表面上に、分子線エピタキシャル(MBE)法により、後記のIII族窒化物半導体各層を成長させた。窒素源には、窒素ガスを高周波(13.56MHz)で励起した(励起電力=330ワット(単位:W))窒素プラズマを用いた。窒素プラズマを発生させるためのセル(cell)の基体と対向する開口部には、直径を0.5mmとした微細な孔を複数、穿孔した円形噴出板を設け、250nm以上で370nm以下の波長領域の窒素分子の第二正帯による発光ピークの強度を減少させた。これにより、波長を745nmとする原子状窒素の発光ピークの強度の1/10以下とする窒素プラズマ雰囲気を形成した(図1参照)。窒素ガスの流量は毎分2.0ccとした。
【0060】
加えて、この窒素プラズマ用セルを用いて発生させた窒素プラズマからは、波長を745nm、821nm、及び869nmとする3本の原子状窒素による発光が観測された。また、波長を745nmとする発光が3本のうちで最大とし、波長を869nmとする原子状窒素による発光ピークが、波長745nmの発光ピークに次いで高く、また、波長を821nmとする原子状窒素による発光ピークの強度が最も低い窒素プラズマとなった(図1参照)。
【0061】
上記のSi基板の表面上には、アルミニウム単体金属をアルミニウム源として、基体温度を780℃としてアンドープ(undope)の高抵抗の窒化アルミニウム(AlN)層(層厚=30nm)を成長した。成長時のステンレス鋼製の成長チャンバー内の圧力は5×10−3Paとした。次に、AlN層上に、珪素(Si)単体をドーピング源として、基板温度を750℃として、珪素(Si)ドープn型窒化ガリウム(GaN)層(層厚=3μm、キャリア濃度=2×1018cm−3)を成長させた。ガリウムのフラックス(flux)量は、1.1×10−4Paとした。成長時の成長チャンバー内の圧力は5×10−3Paとした。
【0062】
次に、GaN層上に、相分離を生じていない、層内のインジウム組成を均一とするインジウム組成を0.02とした窒化ガリウム・インジウム(組成式Ga0.98In0.02N)単層(層厚=800nm)を基板温度を500℃として成長した。成長時の成長チャンバー内の圧力は5×10−3Paとした。ガリウムのフラックス量は、1.1×10−4Paとし、インジウムのフラックス量は1.3×10−6Paとした。
【0063】
Ga0.98In0.02N単層の成長時には、珪素とマグネシウムとをドーピングした。珪素は、珪素単体をドーピング源としてドーピングした。ドーピング源の珪素を収納するクヌードセン(Knudsen)セルの内部のPBN製ルツボ(坩堝)の温度は1150℃とした。マグネシウムのドーピング源には、高純度マグネシウム単体を用いた。特に、クロム、マンガン、鉄、及びニッケルの含有量をそれぞれ、0.2wt.ppm、0.4wt.ppm、0.3wt.ppm、及び0.2wt.ppmとする純度99.9999重量%(=6N)のマグネシウムをドーピング源とした。ドーピング源としたマグネシウムを収納するPBN製クヌードセンセルの内部のルツボの温度は350℃とした。
【0064】
Ga0.98In0.02N単層の成長中には、高速反射電子線回折(RHEED:Reflection High−Energy Electron Diffraction)により、表面の構造をリアルタイムで観察した。成長中の表面からは、インジウムの組成が小さい(=0.02)ため、第III族元素であるガリウムが窒素より化学量論的に富裕であることを示す(2×2)の再配列構造を示すRHEEDパターンが得られた。
【0065】
室温でのフォトルミネッセンス(PL)測光では、Ga0.98In0.02N単層から、バンド端発光に加えて、波長を各々、375nm、392nm、419nm、455nm、505nm、及び565nmとする複数の発光が観測された。即ち、400nmを超え550nm以下の波長の範囲で3つの発光が観測された。フォトルミネッセンス測光時にヘリウム−カドミウム(He−Cd)レーザ励起光を構造体の表面に照射した際の発光色はほぼ白色と視認された。
【0066】
一般的な2次イオン質量分析(SIMS)法により測定したGa0.98In0.02N単層の内部の珪素の原子濃度は、3×1018cm−3であった。また、マグネシウムの濃度は、原子濃度は8×1017cm−3であった。両元素とも層内では、略一様の濃度で分布しており、珪素に対するマグネシウムの原子濃度の比率は、0.27であった。
【0067】
また、図2に示すGa0.98In0.02N単層の表面から深さ方向の鉄、モリブデン、タンタル及びクロムの濃度分布も、一般的なSIMS法により測定した。Ga0.98In0.02N単層表面の近傍の領域(表面から深さ約100nmに至る領域)での上記の遷移金属元素の急激な原子濃度の増加は、単層の表面の吸着物質による影響(干渉)と解された。上記の遷移金属元素の中では、モリブデンの原子濃度が最も高く、1×1016cm−3であった。鉄及びタンタル及びクロムの原子濃度は概ね、検出限界以下であった(Feの検出限界=1×1015cm−3、Taの検出限界=5×1014cm−3、Crの検出限界=5×1014cm−3)。このように、窒素プラズマを窒素源とする場合であっても、特に、第2正帯に発光を生じない窒素プラズマを使用することにより、上記の遷移金属元素をSIMS法での検出限界以下の低濃度とするGaInN層を成長するのに好適であることが示された。
【0068】
(実施例2)
ここでは、本実施の形態において、波長が相違する複数の光を発する窒化ガリウム・インジウム(GaInN)単層を井戸層とする多重量子井戸構造からなる多波長発光層を構成する場合を例に挙げて説明する。
Ga0.94In0.06N単層を井戸層とするMQW構造は、表面の結晶面方位を(111)とするアンチモン(元素記号:Sb)ドープn型シリコン(Si)を基板表面上に形成した。基板の表面は、弗化水素酸(化学式:HF)等の無機酸を使用して洗浄後、分子線エピタキシャル(MBE)成長装置の成長室に搬送し、その成長室の内部を7×10−5Paの超高真空に排気した。その後、成長室の真空度を維持しつつ、基板の温度を780℃に昇温して、基板の表面が(7×7)構造の再配列構造を呈する迄、継続して加熱した。
【0069】
(7×7)構造の再配列構造を呈するように清浄化された(111)−シリコン基板の表面上には、高周波(=13.56MHz)を印加してプラズマ化させた上記の実施例1に記載の窒素プラズマを用いたMBE法により、アンドープの窒化アルミニウム(AlN)層(層厚=5nm)を760℃で形成した。窒素ガスの流量は毎分0.4ccとし、また、アルミニウム(Al)フラックス量は7.2×10−6Paとした。
【0070】
AlN層上には、上記の高周波窒素プラズマMBE法により、アンドープの窒化アルミニウム・ガリウム(AlGa1−XN)組成勾配層(層厚=300nm)を760℃で堆積した。AlGa1−XN組成勾配層のアルミニウム(Al)組成比(X)は、AlN層との接合面から組成勾配層の表面に向けて、0.30から0(零)へと、組成勾配層の層厚の増加に比例してAl組成を直線的に連続的に減少させた。組成勾配層の成長時には、窒素ガスの流量は毎分0.4ccと一定とし、また、ガリウムのフラックス量も1.3×10−4Paと一定とした。一方で、アルミニウムフラックス量は、組成勾配層の成長開始時には7.2×10−6Paとし、それより成長時間の経過と共に直線的に減少させた。組成勾配層の成長終了時にはAlN層の表面へ向けてのAlのフラックスを遮断した。
【0071】
AlGa1−XN組成勾配層(X=0.3→0)上には、窒素プラズマMBE法により、珪素ドープn型GaN層を堆積した。GaN層の層厚は1800nmとなるように、また、キャリア濃度は4×1018cm−3となるように成長条件を設定した。このGaN層の層厚は1000nmを超える厚い膜のため、この層を成長するときに限り、一つのMBE成長チャンバーに取り付けた2機の高周波窒素プラズマ発生装置から窒素プラズマを発生させた。窒素ガスの流量は各々の発生装置につき毎分1.5ccに設定した。2機のプラズマ装置から発生させた窒素プラズマは何れも図1に示したのと同様のスペクトルを呈した。ガリウムのフラックス量を1.3×10−4Paとして、120分間でGaN層の成長を終了した。GaN層の成長の途中時及び終了時での表面再配列構造は、ガリウムを窒素よりも化学量論的に富裕に含むことを示す(2×2)構造であった。
【0072】
n型GaN層の(2×2)再配列構造を有する表面上には、上記の高周波窒素プラズマMBE法により、基板の温度を550℃として、多重量子井戸構造の障壁層とするアンドープn型GaN層(層厚=26nm)を堆積した。次に、同じく上記の窒素プラズマMBE法により、550℃で、このn型GaN障壁層に接合させて、珪素とマグネシウムを含むn型窒化ガリウム・インジウム混晶(Ga0.94In0.06N)からなる井戸層(層厚=4nm)を設けた。このn型障壁層とn型井戸層とからなる一対の構造単位を8対(8ペア(pair))積層させた後、最上層として上記のn型GaN障壁層を堆積し、全体としてn型の伝導を呈する多重量子井戸(MQW)構造の発光層を形成した。
【0073】
上記の発光層をなす多重量子井戸構造の一井戸層をなすGa0.94In0.06Nからは、波長が相違する多数の発光が出射された。バンド端発光に加え、400nm以上で550nm以下の波長範囲で2個、500nmを超え750nm以下の波長帯域で4個、即ち、400nm以上で750nm以下の波長帯域で合計6個の発光が出射された。
【0074】
上記の多重量子井戸構造の障壁層をなすGaN層の成長途中及び終了時のRHEEDパターンは何れも(2×2)再配列構造を示した。また、上記の多重量子井戸構造の井戸層をなすGa0.94In0.06N層の成長途中及び終了時のRHEEDパターンは何れも(3×1)再配列構造を示した。このことから、上記の多重量子井戸構造に於ける一対の構造単位は、ガリウムを窒素より化学量論的に富裕に含むGaN層と、第III族元素(ガリウムとインジウム)を窒素より化学量論的に富裕に含むGa0.94In0.06N層とから構成されるものとなった。
【0075】
一般的なSIMS分析法に依れば、Ga0.94In0.06N井戸層に含まれる珪素の原子濃度は2×1018cm−3であった。また、マグネシウムの原子濃度は、珪素の原子濃度よりも低く、且つ、窒化ガリウム・インジウム(GaInN)層の表面を急激に乱雑なものとするマグネシウム(Mg)の臨界的な原子濃度(=3×1018cm−3)未満の4×1017cm−3であった。このため、上記の8対の構造単位を積層させた多重量子井戸構造の表面は凹凸が無い良好な平坦面となった。
【0076】
Ga0.98In0.02N井戸層を含め多重量子井戸構造の内部での鉄、モリブデン、タンタル及びクロムの原子濃度を一般的なSIMS法により測定した。その結果、上記の遷移金属元素の原子濃度は、何れも検出限界以下であった。因みに、SIMS測定時のモリブデン及び鉄の検出限界は、いずれも1×1015cm−3であった。また、タンタル及びクロムは、いずれも5×1014cm−3であった。即ち、第2正帯に発光を生じない窒素プラズマを窒素源とすれば上記の遷移金属類の含量の少ない多波長の発光を呈するGaInN層を成長するのに好適であることが示された。
【0077】
(実施例3)
本実施例3では、波長を異にする複数の発光をもたらす多波長発光III族窒化物半導体単層を含む積層体を用いてIII族窒化物半導体LEDを構成する場合を例に挙げて説明する。
本実施例3では、上記の実施例2に記載のMQW構造を発光層として利用し、その発光層上に、520℃でMgドープp型GaN層(層厚=90nm)を設けて、発光ダイオード(LED)用途のpn接合型ダブルヘテロ構造の積層体を形成した。窒素プラズマMBE法により、このp型GaN層を成長させる際にも、窒素分子の第2正帯による発光を生じない窒素プラズマを窒素源として用いた。p型GaN層の内部のマグネシウム(Mg)の原子濃度は1×1019cm−3でとなるように成長条件を設定した。
【0078】
その後、一般的なドライエッチング法により、n型オーミック電極を形成する領域に在るMgドープp型GaN層及びMQW発光層を除去した。これらの層を除去して露出させたn型窒化ガリウム層の表面には、n型オーミック電極を形成した。一方、エッチング後に残置したp型GaN層の表面にはp型オーミック電極とそれに電気的に導通する台座(pad)電極を形成し、発光ダイオード(LED)を作製した。一辺の長さを約350ミクロンメートル(単位:μm)とする正方形の平面形状のLEDチップ(chip)の表面上には、白色光をもたらすための蛍光体を設けることはしなかった。
【0079】
作製したLEDからは、目視で白色の発光色が確認された。また、MQW構造の内部での鉄等の遷移金属の原子濃度は上記の第2実施例に記載の如く、何れも検出限界以下であったため、順方向電圧を3.5Vに固定して20mAの順方向電流の経時変化(電流ドリフト)を測定したところ、通流を開始した後から25分間後の順方向電流に経時的な変化は殆どなかった。
【0080】
(比較例1)
本比較例1では、遷移金属元素を多量に含む発光層を用いて試作したLEDの性能を、上記の実施例3に係るLEDと比較して説明する。
図3は、本比較例1に記載の窒素プラズマの発光スペクトルである。図3には、本比較例1に於いて、上記の実施例3に記載したGa0.98In0.02N井戸層を成長させるのに利用した窒素プラズマのスペクトルが示されている。図4は、本比較例1に記載のGa0.98In0.02N単層の表面から深さ方向の鉄、モリブデン、タンタル及びクロムの濃度分布を示す図である。図4には、窒素に関係するイオンを多量に含む窒素プラズマを用いて成長させた場合の井戸層内部の遷移金属元素の原子濃度の深さ方向の分布を示すSIMS分析図が示されている。
【0081】
上記の第3実施例に記載したLED用途の積層構造体を形成するのに際し、MQW構造の発光層を構成するGaN障壁層とGa0.98In0.02N井戸層を成長させる場合に限り、窒素源として、窒素分子の第2正帯による高強度の発光を生ずる窒素プラズマ(図3参照)を利用した。窒素分子の第2正帯での発光強度は、図1に示した窒素プラズマ(図1参照)の約100倍であった。
【0082】
前述したように、図4には、積層構造体の表面からの深さ方向の鉄等の遷移金属の原子濃度の分布が示されている。図4に示すように、MQW構造発光層の内部に含まれる鉄、モリブデン及びタンタルの原子濃度は、上述した原子濃度の範囲内(Fe≦2×1016cm−3、Mo≦5×1016cm−3、Ta≦2×1016cm−3)であった。しかし、クロムのCrの原子濃度は約1×1016cm−3であり、上述した原子濃度の範囲(Cr≦3×1015cm−3)を超え、クロムが高濃度に存在していた。
【0083】
図5は、本比較例1に記載のLEDの電流ドリフトを示す図である。本比較例1において作製したLEDからは、目視で白色の発光色が確認されるものの、その発光強度は、実施例3に記載したLEDのそれの約70%と弱かった。また、MQW構造の井戸層をなすGa0.98In0.02N単層に含まれるクロムの原子濃度が、上述した原子濃度の範囲(Cr≦3×1015cm−3)を上回っていたため、順方向電圧を3.5Vに固定して20mAの順方向電流を通流し始めてから25分間に亘る経時変化(電流ドリフト)は、(−)8%と大きくなった。
【産業上の利用可能性】
【0084】
多波長光を同時に発光する機能は、換言すれば、波長が相違する複数の光を吸収する機能である。従って、本実施の形態が適用される多波長同時発光III族窒化物半導体単層は、単一の波長の光のみならず、波長が相違する複数の光を効率的に吸収する光電変換のための光吸収層、例えば、太陽電池の受光層を構成するのに優位となる。特に、遷移金属元素の含有量の少ない多波長同時発光III族窒化物半導体単層は、ディープレベルの電子又は正孔の捕獲による励起電流の経時的変化を抑制できるため利便に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と、
前記基体上に形成され、ドナー不純物とアクセプター不純物が添加され且つガリウムを必須の構成元素として含むガリウム含有III族窒化物半導体層である多波長発光III族窒化物半導体層と、を備え、
前記多波長発光III族窒化物半導体層は、
窒素を含む第V族元素よりガリウムを含む第III族元素を化学量論的に富裕に含み、
原子濃度が6×1017cm−3以上5×1019cm−3以下の範囲の珪素と、
原子濃度が5×1016cm−3以上3×1018cm−3以下の範囲のマグネシウムと、
合計の原子濃度が1×1017cm−3以下の範囲の遷移金属元素と、を含み、
且つ、バンド端発光とは別に、波長400nm以上750nm以下の波長帯域において波長が異なる3個以上の光を同時に出射する
ことを特徴とするIII族窒化物半導体素子。
【請求項2】
前記波長帯域が、波長500nm以上750nm以下であることを特徴とする請求項1に記載のIII族窒化物半導体素子。
【請求項3】
前記波長帯域が、波長400nm以上550nm以下であることを特徴とする請求項1に記載のIII族窒化物半導体素子。
【請求項4】
前記遷移金属元素が、鉄、モリブデン、タンタル及びクロムから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のIII族窒化物半導体素子。
【請求項5】
鉄、モリブデン、タンタル及びクロムから選ばれる少なくとも1種の前記遷移金属の合計の原子濃度が、マグネシウムの原子濃度より低いことを特徴とする請求項4に記載のIII族窒化物半導体素子。
【請求項6】
鉄の原子濃度が、2×1016cm−3以下であることを特徴とする請求項5に記載のIII族窒化物半導体素子。
【請求項7】
モリブデンの原子濃度が、5×1016cm−3以下であることを特徴とする請求項5に記載のIII族窒化物半導体素子。
【請求項8】
タンタルの原子濃度が、2×1016cm−3以下であることを特徴とする請求項5に記載のIII族窒化物半導体素子。
【請求項9】
クロムの原子濃度が、3×1015cm−3以下であることを特徴とする請求項5に記載のIII族窒化物半導体素子。
【請求項10】
マグネシウムの原子濃度が珪素の原子濃度より低く、且つ、各遷移金属の原子濃度より高いことを特徴とする請求項6乃至9のいずれか1項に記載のIII族窒化物半導体素子。
【請求項11】
基体上に形成されたガリウム含有III族窒化物半導体層である多波長発光III族窒化物半導体層であって、
ドナー(donor)不純物とアクセプター(acceptor)不純物が添加され、且つ必須の構成元素としてガリウム(元素記号:Ga)を含み、
窒素を含む第V族元素よりガリウムを含む第III族元素を化学量論的に富裕に含み、
原子濃度が6×1017cm−3以上5×1019cm−3以下の範囲の珪素と、
原子濃度が5×1016cm−3以上3×1018cm−3以下の範囲のマグネシウムと、
合計の原子濃度が1×1017cm−3以下の範囲の遷移金属元素と、を含み、
且つ、バンド端発光とは別に、波長400nm以上750nm以下の波長帯域で波長が異なる3個以上の光を同時に出射する
ことを特徴とする多波長発光III族窒化物半導体層。
【請求項12】
前記波長帯域が、波長500nm以上750nm以下であることを特徴とする請求項11に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
【請求項13】
前記波長帯域が、波長400nm以上550nm以下であることを特徴とする請求項11に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
【請求項14】
前記遷移金属が、鉄(元素記号:Fe)、モリブデン(元素記号:Mo)、タンタル(元素記号:Ta)及びクロム(元素記号:Cr)から選ばれる少なくとも1種であり、且つ、当該遷移金属の合計の原子濃度が1×1017cm−3以下であることを特徴とする請求項11乃至13の何れか1項に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
【請求項15】
鉄、モリブデン、タンタル及びクロムから選ばれる少なくとも1種の前記遷移金属の合計の原子濃度が、マグネシウムの原子濃度より低いことを特徴とする請求項14に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
【請求項16】
鉄の原子濃度が、2×1016cm−3以下であることを特徴とする請求項15に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
【請求項17】
モリブデンの原子濃度が、5×1016cm−3以下であることを特徴とする請求項15に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
【請求項18】
タンタルの原子濃度が、2×1016cm−3以下であることを特徴とする請求項15に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
【請求項19】
クロムの原子濃度が、3×1015cm−3以下であることを特徴とする請求項15に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。
【請求項20】
マグネシウムの原子濃度が珪素の原子濃度より低く、且つ、各遷移金属の原子濃度より高いことを特徴とする請求項16乃至19のいずれか1項に記載の多波長発光III族窒化物半導体層。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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