説明

ITO透明導電膜の成膜方法およびITO透明導電膜付き基板

【課題】プラズマガンを用いたイオンプレーティング法によるITOの成膜において、0.7mm以下の厚さの基板に成膜する際の基板温度の上昇を低減し、電気的・光学的・機械的な特性が均一なITO透明導電膜付き基板を得る
【解決手段】プラズマガンを用いるイオンプレーティング法によりITO透明導電膜の成膜方法において、基板が補助基板に接触されて保持され、基板がプラズマからの受ける輻射熱を補助基板に伝熱させながら基板にITO透明導電膜を成膜する。基板が有機高分子を主とする基板の場合、厚み0.2〜10mmの補助基板を用い、基板がガラスを主とする基板の場合、厚み0.2〜5mmの補助基板を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラットパネルディスプレイ、電子デバイス、太陽電池、タッチパネル光学素子などに用いられるITO系透明導電膜に関し、特に、厚さが0.7mm以下の厚さの基板に形成されるITO透明導電膜の成膜方法およびITO透明導電膜付き基板に関する。
【背景技術】
【0002】
透明導電膜は光を通しかつ電気を流す特徴から、フラットパネルディスプレイ、タッチパネル、太陽電池において欠かすことができない重要な部材となっている。特に酸化スズを数%含む酸化インジウム(ITO)は、透明導電膜で最も有名なものである。フラットパネルディスプレイ、タッチパネル、太陽電池等に用いられるITO透明導電膜は、真空成膜法で形成することが多い。ITO透明導電膜を真空法で成膜する方法としては、イオンプレーティング法、蒸着法などもあるが、スパッタ法が最も一般的な手法である。
【0003】
このスパッタ法でITO透明導電膜の抵抗値を3×10−4Ω・cm以下に下げるには、ITOの結晶を十分に成長させる必要があり、そのため通常は基板温度を200℃以上に加熱して膜付けするが、プラズマガンを使用するイオンプレーティング法では、成膜粒子のエネルギーが高いことから、基板の加熱温度が100℃程度の比較的低い温度でも、抵抗値が低いITO透明導電膜が得られる事が知られている(特許文献1)。
【0004】
ただし、このプラズマガンを使用するイオンプレーティング法では、原料を蒸発させるためにプラズマビームで原料を高温に加熱するため、高温になった原料からの輻射熱によって基板温度が上昇するという問題があった。特にこの原料蒸発の輻射熱による基板温度の上昇は、基板温度が200℃以下のときに顕著であり、そのために、基板の上方1mmのところに離して冷却板をおいて、基板を冷却する手法が知られている(特許文献2)。
【0005】
また、インライン成膜においては、成膜ゾーンと併設して冷却ゾーンを設置し、成膜中に温度が上昇すると一旦基板を冷却ゾーンに搬送して冷却後、再度成膜ゾーンで膜付けするといった技術がある(特許文献3)。
【0006】
ディスプレイや電子デバイスの分野では、素子の軽量化、薄膜化、フレキシブル化が進んでいる。
【0007】
従来、基板の厚さは0.7mmより厚いものを用いているが、軽量化や薄膜化のために、0.7mm以下のものや、更に薄いフィルムへ置き換える試みがある。また、軽量化、フレキシブル化のためには、従来のガラスなどの無機物の基板から、基板の全体もしくは一部を高分子などの有機物に置き換える試みがある。
【0008】
基板の全体もしくは一部に有機高分子を用いる有機高分子基板の場合では、ガラスなどの無機材料を用いる基板に比べて、基板の熱膨張係数が大きいために加熱すると基板がのび、また、冷却時には熱収縮によって加熱前よりもさらにサイズが小さくなり、いずれも基板が所望のサイズにならないといった問題がある。
【0009】
また、有機高分子では加熱により構造が変化して、弾性率、屈折率、拡散係数、誘電率などの機械的特性や電気的特性が変わるという問題が生じる。
【0010】
また、有機高分子基板の形状が変化すると、有機高分子基板の上に成膜するITO膜にクラックが生じたり基板から剥離したりといった不具合が生まれる。
【0011】
また、成膜時に基板を加熱しすぎると、有機高分子基板の表面もしくは内部から、有機高分子作製時に残留したガス、有機高分子が分解して生成されるガス、有機高分子に吸着している水分などが成膜雰囲気中に放出され、特性の良いITO透明導電膜が安定して得られにくくなる。
【0012】
したがって、基板の全体もしくは一部に有機高分子を用いる場合には、成膜時の基板温度、および成膜中の基板温度の上昇をできるだけ抑えることが重要である。
【0013】
基板にガラスなどの無機材料を用いる場合には、基板に有機高分子を用いる場合とは異なり、基板サイズの変化や基板自体の構造変化による機械的特性や電気的特性の変化は少ない。しかし、基板にガラスなどの無機材料を用いる場合でも、
基板の厚さが0.7mm以下の場合では、成膜時に基板が輻射熱を受けて、成膜中の基板温度の著しい上昇が生じる。
【0014】
成膜中に基板温度が上昇すると、基板に、初期に成膜されたITO透明導電膜と基板が温度上昇した後に成膜されるITO透明導電膜とでは、膜厚方向に電気的・光学的・機械的な特性が異なるので、均質な透明導電膜として用いることが困難となる。
【0015】
また、連続生産で用いられるインラインタイプの成膜では、ITO透明導電膜が基板を移動しながら成膜されるので、搬送される基板の先頭から後端に向けて基板温度が上昇し、基板面内で搬送される基板の先頭から後端にかけて、ITO透明導電膜の電気的・光学的・機械的な特性が異なるという問題があった。
【0016】
原料を加熱して蒸発させることにより原料成分を基板表面に運ぶ蒸着法やイオンプレーティング法では、加熱された原料からの輻射熱を基板は受ける。特に、プラズマガンを用いたイオンプレーティング法は、高性能なITO膜を高レートで得られることが知られているが、プラズマガンにより原料は1500℃を超える高温に加熱され、その結果、基板は著しい輻射熱に曝される。基板の厚さが0.7mmを超えるものでは、基板自身の熱容量が大きいため、この温度上昇は比較的抑えられるが、厚さが0.7mm以下の基板、とりわけフィルムなどの厚さが200μmを下回るものでは熱容量が小さいために、基板の温度が成膜前に比べて100℃近く上昇する場合もある。
【0017】
この成膜中での基板温度の上昇は、基板の温度を150℃以下にしてITO透明導電膜を成膜するするときに顕著であり、これらの成膜時の基板の温度を一定に保つことが難しいといった問題があった。
【0018】
また、これらの基板の温度上昇を防ぐ手段として、基板の上方1mmのところに離して冷却板を置く手法があるが、本成膜法による成膜時の圧力は0.05〜0.4Paの真空であり、冷却板を基板から離しておくことでは伝熱効果は期待できず、輻射による冷却のみに頼るため、基板の温度上昇を十分に抑えることは困難である。
【0019】
また、インライン成膜において、成膜ゾーンと冷却ゾーンとを設置し、成膜するゾーンで成膜中に基板の温度が上昇すると、基板を冷却ゾーンに搬送して冷却し、基板の温度が下がった後に再度成膜する、という方法がある。しかしながら、この成膜ゾーンと冷却ゾーンとを設置する成膜方法は、成膜時の基板の搬送が複雑となり、連続成膜を可能とするインライン成膜の良さが、ほとんど無いという結果となり、問題があった。
【特許文献1】特開2000−17430号公報
【特許文献2】特開2002−60929号公報
【特許文献3】特開2003−247067号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、前述したような、熱容量の小さい基板にITO透明導電膜を成膜するするときの温度上昇による問題点に鑑みてなされたものであり、プラズマガンを用いたイオンプレーティング法によるITOの成膜において、0.7mm以下の厚さの基板に成膜する際の基板温度の上昇を低減し、電気的・光学的・機械的な特性が均一なITO透明導電膜付き基板を得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明のITO透明導電膜の成膜方法は、プラズマガンを用いるイオンプレーティング法によるITO透明導電膜の成膜方法において、基板が補助基板に接触されて保持され、基板がプラズマからの受ける輻射熱を補助基板に伝熱させながら基板にITO透明導電膜を成膜することを特徴とするITO透明導電膜の成膜方法である。
【0022】
また、本発明のITO透明導電膜の成膜する方法は、前記ITO透明導電膜の成膜方法において、基板が有機高分子を主とする基板であり、ITO透明導電膜の成膜時において、成膜する前の基板温度が常温から150℃の範囲にあり、厚み0.2〜10mmの補助基板を用いて基板の温度上昇を30℃以下にして成膜することを特徴とするITO透明導電膜の成膜方法であり、また、基板がガラスを主とする基板であり、成膜前の基板の温度が常温から220℃の温度範囲にあり、厚み0.2〜5mmの補助基板を用いて基板の温度上昇を50℃以下にして成膜することを特徴とするITO透明導電膜付き基板および成膜方法である。
【0023】
また、本発明のITO透明導電膜付き基板は、基板の厚さが厚さ0.7mm以下であることを特徴とする前記ITO透明導電膜の成膜方法によるITO透明導電膜付き基板である。
【発明の効果】
【0024】
本発明のITO透明導電膜の成膜する方法は、電気的・光学的・機械的な特性が均一なITO透明導電膜付き基板の作製を可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明のITO透明導電膜付き基板の成膜方法は、プラズマガンを用いるイオンプレーティング法でITOが成膜されることを特徴とし、厚さ0.7mm以下の基板に於いて、成膜時に当該基板の裏面に補助基板を接触させて、プラズマからの輻射熱による基板の加熱を、補助基板への伝熱効果によって熱を補助基板に逃がし、基板の温度上昇を低減させることを特徴とするものである。
図1に示すように、ITO透明導電膜を成膜する基板1を補助基板2に接触させて固定する。
補助基板2には、熱容量の大きい部材を用いることが望ましい。熱容量の大きいものとして、各種金属、各種ガラス、セラミックスおよびそれらの複合部材を用いることができる。なお、ガラスであれば、比較的低コストで得られかつ表面の平滑性が良いフロート法によるソーダライムガラスの使用が簡便である。
【0026】
補助基板2を繰り返し使用する場合は、急激な加熱や冷却に耐え、かつ機械的強度の高い結晶化ガラスを使用することが望ましい。また、補助基板2の熱伝導性の良さは、ITO透明導電膜を成膜する基板1から補助基板への伝熱を良好にするために重要であり、鉄やステンレス鋼、アルミニウム、銅のような金属材料を用いることが好ましい。
また、基板1に入射する輻射熱が小さい場合には、補助基板2に高耐熱性の樹脂が使いやすい。
【0027】
補助基板2への基板1の固定には、基板1の辺部もしくは隅角部を、金属製もしくはセラミックス製の固定具3を用いる。
【0028】
固定具には、ピン、バネあるいは真空用接着テープ等を用いることができる。真空用接着テープとしては、真空中で使用できる耐熱テープ、例えばカプトンテープなどがある。
図2,図3および図4は、図1の破線部における断面図で、図2はピン31を用いて固定する方法を示し、図3はバネ32を用いて固定する方法を示す。また図4は、真空用接着テープ33で固定する方法を示す。
【0029】
補助基板2に基板1を固定する際には、補助基板2と基板1との間に空隙のない状態にして、補助基板2の表面と基板1の裏面が密着した状態にすることが重要であり、基板1の裏面全体を補助基板2に接触させることができる固定方法であれば、いずれの固定方法でもかまわない。
【0030】
ITOを成膜する基板1は、有機高分子フィルムを主とする基板や、ガラスを主とする基板で、厚さが0.7mm以下のものを用いる。
【0031】
有機高分子フィルムを主とする基板としては、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート、ポリエーテルスルフォン、ナイロン、ポリアリレート、シクロオレフィンポリマーなどのフィルム、もしくはこれらのフィルムを複合化したもの、また、シリカ微粒子やアルミナ微粒子などの易滑剤をフィルムの内部もしくは表面に分散させたもの、これらのフィルムの片面あるいは両面に、無機材料を単層もしくは多層コーティングしたものである。
【0032】
ここで、無機材料とは特に制限されるものではないが、SiO(X=1〜2)、SiN(X=1〜4/3)、SiON系、SiOC系、SiOCN系、Al系、SiAlON系材料をベースとしたものであり、フィルム内部や表面からのガスや水分の放出を防ぐためのものや、ITO膜との密着性を改善するためのものが含まれる。
【0033】
ガラスを主とする基板は、ソーダライムガラス、無アルカリガラス、ホウケイ酸ガラス、高歪み点ガラスなどの各種ガラスでなり、また、各種ガラスの表面に有機高分子膜や金属膜を単層もしくは多層コーティングしたもの、例えばカラーフィルターなどである。
【0034】
本発明に係わるプラズマガンを用いたイオンプレーティング法では、ITOの成膜速度が早いために、成膜時間、つまり基板がプラズマにさらされる時間は、おおよそ2分以下である。厚さが1mmを超える基板では基板の熱容量が大きいために、例えば厚さが4mmの基板では、この最大2分間の成膜中での基板の温度上昇は30℃以下となり、温度上昇が小さいので、ITO透明導電膜の
電気的・光学的・機械的な特性が、場所によって大きく異なるような成膜とはならない。
【0035】
補助基板の効果は基板の厚みが1mm以下の場合に生じるが、特に、基板1の厚さが0.7mm以下のときには、基板1の熱容量が小さいために、2分間の成膜において、基板1の温度上昇は著しくなる。したがって、補助基板2の効果が最もよく現れるのは、基板1の厚さが0.7mm以下のときである。とりわけ有機高分子フィルムを基板1に用いる場合では、厚さが200μmや100μmと非常に薄いものが使用されるため、本発明のような基板の冷却を行わない場合、成膜条件によっては100℃近い温度上昇が生じることがある。
【0036】
基板が有機高分子を主とするものでは、成膜時の基板温度が成膜開始時に150℃以下であり、成膜開始から成膜終了時の温度上昇が30℃以内であることが好ましい。この理由は、150℃を超える温度に有機高分子を主とする基板を加熱すると、有機高分子の結晶構造が変化して、弾性率、屈折率、拡散係数、誘電率などの機械的特性や電気的特性が変わるという問題が生じる。また、基板を加熱し、成膜した後、基板が常温へ冷却するときの熱収縮によって、加熱前よりも基板のサイズが小さくなって、基板が所望のサイズにならないといった問題がある。
【0037】
また、有機高分子を主とする基板では、加熱によって基板の形状が変化すると、基板上に成膜されるITO透明導電膜にクラックが生じたり、ITO透明導電膜が基板から剥離したりといった不具合が生まれる。
【0038】
また、成膜中に輻射熱によって基板の温度が30℃を超える温度に上昇すると、有機高分子の表面もしくは内部から、フィルム作製時に残留したガス、加熱によって分解生成したガス、吸着水分などが成膜雰囲気中に放出され、特性の良いITO透明導電膜が安定して得られにくくなる。
【0039】
成膜中に基板に入射する単位面積あたりの熱量をQ(J/mm)とし、補助基板によって、この熱量による温度上昇を30℃以下とするには、補助基板の比熱をC(J/(g・K))、密度をm(g/cm)、厚みをt(mm)とすると、補助基板が必要とする厚みtが、t=Q×1000/(30×c×m)によって求められる。
【0040】
ITO透明導電膜をイオンプレーティング法で成膜する場合、基板の温度上昇から、成膜中に基板に入射する単位面積(cm)あたりの熱量は、2〜20J程度である。
有機高分子を主とする基板にITO透明導電膜を成膜する場合、基板の温度上昇は30℃以下にすることが望ましく、基板に入射する成膜中の熱量2〜20Jに対して、基板の温度上昇を30℃以下とするには、鉄やアルミなどの金属製の補助基板では、0.2〜3mmの厚みにすることが好ましい。またガラスやアルミナなどのセラミックス製の補助基板では、厚みを0.3〜4mmとすることが好ましく、PETフィルムを補助基板に用いる場合も0.2〜3mmの厚さにすることが好ましい。補助基板にポリカーボネート板を用いる場合には、0.5〜6mmの厚みとすることが好ましい。
【0041】
補助基板2の厚みは、厚くするほど基板の温度上昇を小さくできるが、厚くすると補助基板2の重量が重くなりすぎて取り扱いや作業性が悪くなり、また、重くなると搬送時に搬送系の構造材への負担が増すといった問題がある。このため、
補助基板2の厚みは、10mm以下の厚さとすることが望ましい。10mm程度の厚みの補助基板を用いると、温度上昇を10℃以下にすることも可能となる。
基板1が、ガラスを主とする基板では、成膜前の基板1の温度が常温から220℃の温度範囲にあり、成膜中の基板1の温度上昇は50℃以下とすることが望ましい。この場合は、温度上昇を小さくするための補助基板2の厚みは、有機高分子を主とする基板の場合に用いる補助基板の半分程度でよく、補助基板の厚みは0.2〜5mmの範囲とすることが望ましい。
基板温度が成膜開始時に220℃以下が望ましい理由は、成膜時に例えば270℃を超える温度で成膜しても、プラズマガンを用いるイオンプレーティング法でITOを成膜する場合、比抵抗はほとんど変わらないためである。
【0042】
また、成膜時の基板の温度上昇が50℃以内であることが望ましい理由は、成膜時に50℃以上の温度上昇が生じると、基板に形成されるITO透明導電膜の厚さ方向に電気的特性の差異が大きく、かつ、連続生産で用いられるインラインタイプの成膜では、搬送される基板の先頭から後端に向けた基板温度の上昇によって、搬送される基板の先頭から後端にかけて、電気的・光学的・機械的に特性が異なるITO透明導電膜付き基板となるからである。
【0043】
次に、プラズマガンを用いたイオンプレーティング法について説明する。ITO透明導電膜は、プラズマガンを使用するイオンプレーティング法、より好ましくは圧力勾配型ホロカソードプラズマガンを用いたアークプラズマ蒸着法を用いて成膜する。該アークプラズマ蒸着法は、真空チャンバー内に向けてプラズマビームを生成する圧力勾配型プラズマガンにより発生させた電子ビームを原料に照射・蒸発させ、真空チャンバー内に配置した基板上に薄膜を形成する成膜法であり、例えば、図5あるいは図6に概略を示す成膜装置を用いる。
【0044】
図5に示す成膜装置は、真空チャンバー4と、真空チャンバーの側壁に取り付けられた圧力勾配型プラズマガン5と、真空チャンバー内の底部に配置したルツボ6と、真空チャンバー内の上部に配置した基板支持ホルダー7によって構成されている。
【0045】
圧力勾配型プラズマガン5には、圧力勾配型ホロカソードプラズマガンを用いることが望ましい。圧力勾配型プラズマガン5は、Ta製のパイプ8とLaB製の円盤9とで構成された複合陰極であり、Ta製のパイプ8の内部に放電用アルゴンガス10を導入した際に加熱されたTa、LaBから熱電子が放出され、プラズマビーム11を形成する。
【0046】
圧力勾配型プラズマガン5の内部は、真空チャンバー4より常に圧力が高く保たれており、高温に曝されたTaやLaBが酸素ガスや蒸発ガスによる酸化などの劣化を防ぐ構造になっている。
【0047】
また、基板支持ホルダー7の上部には、基板加熱用ヒーター12と温度計13が配置されている。基板加熱用ヒーター12は、成膜する基板2を成膜前に所定温度に保持するために設けられるもので、温度計13の測定値をもとに基板加熱ヒーター12の出力を制御している。真空チャンバー4の側壁には酸素ガス導入ノズル14が配置されており、この酸素ガス導入ノズル14には、マスフローコントローラを介して酸素ガス15が供給される。また、真空チャンバー4は真空排気装置16に接続されており、真空計17の値をもとに真空チャンバー4内が所定の圧力(真空度)に維持されるようになっている。
【0048】
ルツボ6に、粒状のITO蒸発原料18を充填し、このルツボ6を真空チャンバー4の底部にセットする。ITO蒸発原料18は、ルツボに入れるため粒状であることが好ましいが、その形状を特に限定するものではない。
【0049】
まず、基板1を取り付けた補助基板2を基板支持ホルダー7で真空チャンバー4の中に支持する。
【0050】
次いで、真空チャンバー4内を約2×10−4Paに排気する。この際、基板1を所定の温度に加熱して、表面に吸着したガスや内部から放出されるガスを除去する。排気後、図示しないマスフローコントローラーを用いて流量を制御(10〜40sccm)した放電用アルゴンガス10を、圧力勾配型プラズマガン5を通して真空チャンバー4内に供給する。
【0051】
次に、酸素ガス15を酸素ガス導入ノズル14から真空チャンバー4内に所定量供給するとともに、真空排気装置16で真空チャンバー4内を所定の圧力に調整する。
【0052】
次に、圧力勾配型プラズマガン5を作動させ、プラズマビーム11をルツボ6内のITO蒸発原料18に収束させ、ITOが昇華する温度に蒸発原料18を加熱する。プラズマビーム11をルツボ6中の蒸発原料18に集束させるために、集束コイル19や磁石20などを使用する。
【0053】
プラズマビーム11によって加熱・蒸発したITO原料18と導入された酸素ガス15は、プラズマ雰囲気21によってイオン化される。イオン化したこれらの物質は、プラズマ雰囲気21のもつプラズマポテンシャルと、基板2のもつフローティングポテンシャルとの電位差によって基板1に向かって加速され、ITO蒸発原料18が蒸発して生成される粒子は約20eVという大きなエネルギーをもって基板1の下表面に到達・堆積し、低抵抗のITO透明導電膜が成膜される。
【0054】
図6に示す成膜装置は、基板を連続的に成膜するインラインタイプの成膜装置である。このインラインタイプの成膜機では、成膜時の基板1が、ガイドロール23上を一定速度で移動して成膜される点で、図5に示す1枚毎の成膜を行うバッチタイプの成膜装置とは異なる。
【実施例1】
【0055】
以下、図面を参照しながら本発明を詳細に説明する。
【0056】
実施例1
図5に示す成膜装置を用いた。蒸発原料には、(株)高純度化学研究所製のITO粉粒体(Snの含有量は酸化物換算で5wt%)を使用した。これを、カーボン製のルツボに充填し、真空チャンバーの底部に設置した。20cm角に切り出したPETフィルム(厚さ100μm;東洋紡績(株)製2軸延伸ポリエステルフィルムE5101)を基板1に用いた。別途、補助基板として、同じ大きさのソーダライムガラス基板(厚さ5mmt)を準備した。
【0057】
洗浄・乾燥したPETフィルムでなる基板を補助基板2に、図4に示すように、真空用テープ33を用いて、基板1と補助基板2の間に空隙のないように固定した。固定では、図1に示すように、PETフィルムである基板1の4角を補助基板2に貼り付けた。
【0058】
真空チャンバー4内の基板支持ホルダー7を用いて、基板1を固定した補助基板2を真空チャンバー4内に支持し、真空チャンバー内の圧力が2.0×10−4Paに達するまで、約20分間、真空排気装置で排気した。
次いで、PETフィルムの基板1を約110℃に加熱したのち、圧力勾配型プラズマガン5に放電用アルゴンガスを25sccm流し、さらに、酸素ガス導入ノズル14より酸素ガスを25sccm流した。次に圧力勾配型プラズマガンの出力が2.5kWになるまで徐々に電力を印加し、圧力勾配型ホロカソードプラズマガン4からプラズマビーム11を発生させてITO蒸発原料18に照射し、ITO蒸発原料18を加熱して蒸発させた。このとき、真空チャンバー4内の圧力が0.1Paとなるように真空排気装置16の排気能力を制御した。プラズマビーム、真空チャンバー4内の圧力、ITO蒸発原料18の蒸発が安定した後、真空チャンバー4内のプラズマビーム11が形成され上方に設けられている図示しないシャッターを45秒間開け、PETフィルムの基板1上にITO透明導電膜を成膜した。
【0059】
成膜後、ITO透明導電膜が成膜されたPETフィルムの基板1を補助基板2とともに真空チャンバー4から取り出し、真空用テープを剥がしてITO膜付きPETフィルムを得た。
【0060】
得られたITO透明導電膜付きPETフィルムの外観は良好で、目視検査ではクラックなどの外観不良はなかった。ITO膜の厚さは109nmであり、このITO透明導電膜のシート抵抗値は15.2Ω/□で、比抵抗が1.6×10−4Ω・cmという抵抗の低い膜であった。
【0061】
碁盤目試験でこのITO透明導電膜つきフィルムの密着性を調べたところ、まったくITO透明導電膜の剥離はなく、密着性は良好であった。また、このITO膜付きPETフィルムには湾曲は見られず、ITO透明導電膜にはほとんど応力は入っていなかった。また、波長550nmでの光の透過率は81%と高く、透明であった。
ITO透明導電膜の成膜と併行して、ITO蒸発原料18の蒸発時の輻射熱によるPETフィルムの温度変化を調べたところ、成膜開始時の108℃から成膜の45秒間で、最高温度は117℃で、温度上昇は9℃以下であった。
【0062】
実施例2
実施例1と同じ成膜装置を用いてITO透明導電膜を成膜した。
【0063】
基板1に厚さ0.4mmのカラーフィルター付きソーダライムガラス(300mm×300mm)を用い、補助基板2としてソーダライムガラス基板(サイズ350mm×350mm、厚さ6mmt)を用いた。
【0064】
カラーフィルター付きソーダライムガラスの裏面と補助基板の表面が密着するように、カラーフィルター付きソーダライムガラスの4角を、補助基板2に図2に示すようにピンで固定した。これを基板支持ホルダーに取り付けた。
【0065】
実施例1で使用した装置で、カラーフィルター付きソーダライムガラスを約120℃に加熱したのち、圧力勾配型プラズマガンに放電用アルゴンガスと酸素ガスを、それぞれ25sccm流した。次に圧力勾配型プラズマガンの出力が3.5kWになるまで徐々に電力を印加し、圧力勾配型ホロカソードプラズマガンからプラズマビームを発生させて原料に照射し、原料を加熱して蒸発させた。このとき、真空チャンバー内の圧力が0.15Paとなるように真空排気装置の排気能力を制御した。放電、圧力、原料の蒸発が安定した後、図示しないシャッターを55秒間開け、カラーフィルター付きソーダライムガラス上にITO膜を成膜した。成膜後、カラーフィルター付きソーダライムガラスと補助基板2を真空チャンバーから取り出し、ピンを外してITO膜が成膜されたカラーフィルター付きソーダライムガラス基板を得た。
【0066】
得られたITO膜が成膜されたカラーフィルター付きソーダライムガラスの外観は良好で、目視検査ではITO透明導電膜にクラックなどの外観不良はなかった。
【0067】
ITO透明導電膜の厚さは151nmであり、このITO透明導電膜のシート抵抗値は10Ω/□で、比抵抗が1.5×10−4Ω・cmという抵抗の低い膜であった。
【0068】
成膜に先立ち、原料蒸発時の輻射熱によるカラーフィルター付きソーダライムガラスの温度変化を調べたところ、成膜前に118℃であったものが55秒間の成膜で133℃まで15℃上昇していた。
【0069】
実施例3
図6に示す成膜装置を用いてITO透明導電膜を成膜した。
【0070】
厚さ200μmのPETフィルム(300mm×400mm)を基板1とした。ホウケイ酸ガラス製の補助基板2(サイズ330mm×440mm、厚さ5mmt)と基板1が密着するように、PETフィルムの4角および4辺を図3に示すような耐熱性樹脂でできたバネ上の治具33で補助基板に固定した。これを基板搬送トレイ7´にセットした。
【0071】
成膜機にはインライン成膜装置を用いた。基板を約100℃に保ち、実施例1と同じ条件で原料を蒸発させ、そこに、PETフィルムを取り付けた補助基板を載せた基板搬送トレイを搬送速度0.4m/minで移動させた。
【0072】
得られたITO透明導電膜付きPETフィルムの外観は良好で、目視検査ではクラックなどの外観不良はなかった。ITO透明導電膜の厚さは120nmであり、このITO透明導電膜の中央部のシート抵抗値は15Ω/□で、比抵抗が1.8×10−4Ω・cmという膜であった。また、基板の搬送方向に対して先頭部の比抵抗と後端部の比抵抗は、それぞれ1.9×10−4Ω・cmと1.8×10−4Ω・cmで、ほとんど差は見られず、外観の透過率も一定であった。
【0073】
また、ITO透明導電膜つきフィルムの密着性は良好であり、PETフィルムの湾曲は見られず、ITO膜付きPETフィルムとして良好なものであった。併行して原料蒸発時の輻射熱によるPETフィルムの温度変化を調べたところ(中央部1点で測定)、成膜前に102℃であったものが60秒間の成膜で114℃まで12℃上昇していた。
【0074】
比較例1
実施例1と同じ厚さと大きさのPETフィルムを基板1に用い、補助基板2を用いず、基板1を直接、基板支持ホルダーに真空用テープで貼り付けた。
【0075】
実施例1と同じ成膜装置を用い、同じ条件でITO蒸発原料18を蒸発させ、同じ時間でITO透明導電膜を成膜したところ、得られた膜は目視で確認できるクラックが多数生じており、また、PETフィルムは著しく湾曲しており、透明導電膜付きフィルムとしては到底使用できないものであった。
【0076】
成膜中のPETフィルムの温度変化を調べたところ、成膜前に107℃であったものが45秒間の成膜で192℃まで85℃上昇していた。
【0077】
比較例2
実施例1と同じ厚さと大きさのPETフィルムを補助基板に固定せずに、直接、基板支持ホルダーに真空用テープで貼り付け、実施例1と同じ図5に示す成膜装置を用いた。
【0078】
基板1を加熱せず、実施例1と同じ条件でITO蒸発原料18を蒸発させ、同じ時間で成膜したところ、得られた膜はクラックはないものの褐色に着色しており、波長550nmでの光の透過率は72%と低かった。
【0079】
また、ITO膜の厚さは110nmであり、このITO透明導電膜のシート抵抗値は31Ω/□で、比抵抗が3.4×10−4Ω・cmという実施例1に比べて抵抗が高い膜であった。
【0080】
また、成膜時のPETフィルムの温度変化を調べたところ、成膜前に28℃であったものが45秒間の成膜で133℃まで105℃上昇していた。
【0081】
比較例3
実施例1で使用した成膜装置を用いた。厚さ0.4mmのカラーフィルター付きソーダライムガラスは、直接基板支持ホルダー7に固定した。この際、基板のカラーフィルター付きソーダライムガラスの裏面には何も接触しておらず、カラーフィルター付きソーダライムガラスが受けた輻射熱は、実施例2と異なって伝熱効果による冷却が期待できない構造になっていた。
【0082】
実施例2と同じ条件でITO蒸発原料18を蒸発させ、同じ時間でITO透明導電膜を成膜した。得られたITO透明導電膜は顕微鏡観察により微細なクラックが生じており、カラーフィルター上のITO透明導電膜として使用できないものであった。
【0083】
また、成膜時のカラーフィルター付きソーダライムガラスの温度変化を調べたところ、成膜前に119℃であったものが55秒間の成膜で179℃まで60℃上昇していた。
【0084】
比較例4
実施例3と同じ図6に示す成膜装置を用いた。また、実施例3と同様にPETフィルムを基板1として用いた。
【0085】
基板1は、補助基板2を用いず、直接基板搬送トレイに真空用テープで貼り付けた。この際、基板のPETフィルムの裏面には何も接触しておらず、フィルムが受けた輻射熱は、実施例3と異なって伝熱効果による冷却が期待できない構造になっていた。
【0086】
実施例1と同じ条件で原料を蒸発させ、同じ温度に基板を加熱し、同じ時間成膜したところ、得られた膜は目視で確認できるクラックが多数生じており、また、基板(PETフィルム)1は著しく湾曲しており、透明導電膜付きフィルムとしては到底使用できないものであった。併行して、成膜時の基板(PETフィルム)1の温度変化を調べたところ、成膜前に100℃であったものが60秒間の成膜で174℃まで74℃上昇していた。
【0087】
比較例5
実施例3と同じ成膜装置を用い、厚さ0.4mmのソーダライムガラスを補助基板に固定せずに、直接、基板搬送トレイ7´に真空用テープで貼り付けた。この際、基板であるソーダライムガラスの裏面には何も接触しておらず、基板1が受けた輻射熱は、実施例3と異なって伝熱効果による冷却が期待できない構造になっていた。
【0088】
実施例1と同じ条件でITO蒸発原料18を蒸発させ、同じ温度に基板1を加熱し、同じ時間成膜した。得られた膜は目視ではクラックなどの外観上の欠陥は見られなかった。
【0089】
ITO膜の厚さは118nmであり、このITO透明導電膜の中央部のシート抵抗値は12.7Ω/□で、比抵抗が1.5×10−4Ω・cmという膜であった。
【0090】
また、基板の搬送方向に対して先頭部の比抵抗と後端部の比抵抗は、それぞれ1.8×10−4Ω・cmと1.4×10−4Ω・cmと、後端部の比抵抗は先頭部の比抵抗の1.3倍という差異が生じ、抵抗分布が不均一なものであった。
【0091】
ITO蒸発原料18の蒸発時の輻射熱による基板(PETフィルム)1の中央部の温度変化を調べたところ、成膜前に102℃であったものが60秒間の成膜中に167℃まで65℃上昇していた。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】補助基板にITOを成膜する基板を接触させて固定したところの概略斜視図である。
【図2】ピンを用いて基板を補助基板に固定するところの、図1の破線部の、断面図である。
【図3】バネを用いて基板を補助基板に固定するところの、図1の破線部の、断面図である。
【図4】真空用接着テープを用いて基板を補助基板に固定するところの、図1の破線部の、断面図である。
【図5】プラズマガンを用いたイオンプレーティング法(圧力勾配型プラズマガンを使用する活性化反応蒸着法)のバッチタイプ装置概略図である。
【図6】プラズマガンを用いたイオンプレーティング法(圧力勾配型プラズマガンを使用する活性化反応蒸着法)のインラインタイプ装置概略図である。
【符号の説明】
【0093】
1 基板
2 補助基板
3 固定具
4 真空チャンバー
5 圧力勾配型プラズマガン
6 ルツボ
7 基板支持ホルダー
7´ 基板搬送トレイ
8 Ta製のパイプ
9 LaB製の円盤
10 放電用アルゴンガス
11 プラズマビーム
12 基板加熱用ヒーター
13 温度計
14 酸素ガス導入ノズル
15 酸素ガス
16 真空排気装置
17 真空計
18 ITO蒸発原料
19 集束コイル
20 磁石
21 プラズマ雰囲気
22 搬送ロール
31 固定ピン
32 固定バネ
33 真空用接着テープ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマガンを用いるイオンプレーティング法によるITO透明導電膜の成膜方法において、基板が補助基板に接触されて保持され、基板がプラズマからの受ける輻射熱を補助基板に伝熱させながら基板にITO透明導電膜を成膜することを特徴とするITO透明導電膜の成膜方法。
【請求項2】
基板が有機高分子を主とする基板であり、ITO透明導電膜の成膜時において、成膜する前の基板温度が常温から150℃の範囲にあり、厚み0.2〜10mmの補助基板を用いて基板の温度上昇を30℃以下にして成膜することを特徴とする請求項1に記載のITO透明導電膜の成膜方法。
【請求項3】
基板がガラスを主とする基板であり、成膜前の基板の温度が常温から220℃の温度範囲にあり、厚み0.2〜5mmの補助基板を用いて基板の温度上昇を50℃以下にして成膜することを特徴とする請求項1に記載のITO透明導電膜の成膜方法。
【請求項4】
基板の厚さが厚さ0.7mm以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載のITO透明導電膜の成膜方法によるITO透明導電膜付き基板。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2006−164818(P2006−164818A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−356329(P2004−356329)
【出願日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】