説明

L−アラビノース利用機能を有するコリネ型細菌形質転換体

【課題】セルロース系バイオマス資源の有効利用を図る上で必要なL−アラビノースを利用できる組換え微生物を提供する。
【解決手段】 以下の(a)〜(d)の遺伝子をコリネ型細菌に導入したことを特徴とする、L−アラビノース利用機能を有するコリネ型細菌形質転換体。
(a)L−アラビノースイソメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子
(b)L−リブロキナーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子
(c)L−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子
(d)L−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター活性を有するタンパク質をコードする外来性遺伝子

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はL−アラビノース利用技術に関する。さらに詳しくは、L−アラビノース利用機能を付与するために特定の遺伝子操作が施されたコリネ型細菌形質転換体及びそれによる効率的な有機化合物の製造技術に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース系バイオマスは、生物的方法による各種の有機酸化合物やエタノール等の製造原料として有用である。コーンデンプンや砂糖などの糖質系バイオマスと異なり、安価に、農産廃棄物や木質廃棄物として多種多様に入手可能であるからである。セルロース系バイオマスは、およそ、35質量%〜45質量%のセルロース、30質量%〜40質量%のヘミセルロース、10質量%のリグニンそして10質量%の他の成分から成っている。セルロースはヘキソース(グルコース)のポリマーであり、ヘミセルロースは大部分がペントースであるD−キシロースからなるが、スウィッチグラスやコーンファイバー等のセルロース系バイオマス原料によっては、ヘミセルロース中にはペントースであるL−アラビノースがおよそ15質量%を占める。従って、セルロース系バイオマスの有効利用を図る上で、生物的方法による効率的なL−アラビノース利用技術が望まれている。
【0003】
セルロース系バイオマスの利用技術においては、まず、これらの原料をヘキソース、ペントース等単糖類への糖化分解が必要であるが、プロセス設計上、有機化合物産生培地にはこれら単糖類が共存することになる。通常、このような場合、ヘキソースによるペントースの所謂“グルコース阻害”が起こり、ヘキソースとペントースの同時利用ができなくなり、ペントース成分を含むセルロース系バイオマスの効率的な工業化利用技術確立の妨げとなっている。この点に関しても改良が望まれている。
【0004】
ヘキソースであるグルコースを利用し、各種の有機化合物を発酵生産する多くの微生物はよく知られているところであるが、ペントースであるL−アラビノースを利用し、エタノール等を産生することのできる微生物も幾つか知られている。
【0005】
特許文献1には、野生型ではL−アラビノースを利用することができないサッカロミセス セレビシアエ(Saccharomyces cerevisiae)にバチラス サブチリス由来のL-アラビノースイソメラーゼをコードする遺伝子(以下、araAと記す)、いずれもがエシェリヒア コリに由来するL-リブロキナーゼをコードする遺伝子(以下、araBと記す)及びL-リブロース-5-ホスフェート4-エピメラーゼをコードする遺伝子(以下、araDと記す)を導入し、さらに、サッカロミセス セレビシアエ内在性のトランスアルドラーゼ(transaldolase)をコードする遺伝子に関して変異させることにより得られる形質転換体サッカロミセス セレビシアエによるL-アラビノース利用機能付与技術が開示されている。しかしながら、本開示技術ではaraAがエシェリヒア コリ由来の遺伝子の場合には、このようにして得られた形質転換体サッカロミセス セレビシアエはL−アラビノース利用機能がなく、L−アラビノース培地中では生育できないことが示され、また、L−アラビノースとヘキソースであるグルコースとの同時利用性に関しても何ら言及されていない。
【0006】
特許文献2には、野生型ではL−アラビノースを利用することができないザイモモナス モビリス(Zymomonas mobilis)をaraA、araB、araDさらに、トランスアルドラーゼ及びトランスケトラーゼ(transketolase)をコードする外来性遺伝子により形質転換することにより、L−アラビノースよりエタノールを産生せしめる技術が開示されている。しかし、L−アラビノースの利用速度が未だ不十分であり、グルコースもL−アラビノースもエタノール産生用原料として利用できることは示されているが、グルコース阻害が解除されてグルコースとL−アラビノースの同時利用性が達成されていることは何ら示されていない。したがって、これらの点に関する改良が望まれている。
【0007】
非特許文献1、非特許文献2そして特許文献3には、エシェリヒア コリ由来のaraA、araB、araDさらに、トランスアルドラーゼ及びトランスケトラーゼをコードする遺伝子をザイモモナス モビリスへ導入し、さらに、エシェリヒア コリ由来のD−キシロース利用機能に関する遺伝子を同時に導入した組換えザイモモナス モビリスによるグルコース、D−キシロースそしてL−アラビノースの同時利用挙動が示されている。これらの公知技術においては、ヘキソースに対するペントースの同時利用性はある程度達成されてはいるものの、L−アラビノースの消費速度はグルコースの消費速度に比し、不十分であり、実用的な意味での同時利用性技術としては更なる改良が求められている。
【0008】
大腸菌はL−アラビノース等のペントースも利用でき、グルコースとL−アラビノースの同時利用性も有するとされているが、グルコース阻害効果が強く、バイオマス糖化液の利用プロセス設計上の問題点の一つとなっている。また、大腸菌はプロセス運転条件の変動により、溶菌作用が起こり易いことも指摘されており、このこともまた、プロセス運転上の問題点である。
【0009】
本発明で、宿主微生物として用いられているコリネバクテリウム グルタミカムR(FERM P-18976)やその組換え株は、嫌気条件下の糖類からの有機酸等の有機化合物へのバイオ変換反応において、増殖することなく、有機化合物の生産が行えるので、糖類の有効利用上、有用な微生物である(特許文献4)。
【0010】
しかしながら、コリネバクテリウム グルタミカムRは、L−アラビノース等のペントースを利用することができない。コリネバクテリウム グルタミカムの中には、コリネバクテリウム グルタミカムATCC31831のように、L−アラビノース等のペントースを利用することができるものも存在するが、その利用速度やグルコースとの同時利用性能等に関して、更なる向上が求められている。
【特許文献1】: 米国 公開特許公報 US 2006/0270008 A1
【特許文献2】: 米国 特許公報 USP 5,726,053
【特許文献3】: 米国 公開特許公報 US 2002/0151034 A1
【特許文献4】: PCT 公開公報 WO01/96573 A1
【非特許文献1】: Applied Biochemistry and Biotechnology、Vols. 98-100、885-898(2002)
【非特許文献2】: web 公開技術資料 http://www.metabolicengineering.gov/me2001/2001Kompala.pdf
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、セルロース系バイオマス資源の有効利用を図る上で必要なL−アラビノースを利用できる組換え微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記の課題を解決すべく、本発明者は研究を重ね、コリネ型細菌に特定の外来遺伝子、すなわち(a)L−アラビノースイソメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、(b)L−リブロキナーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、及び(c)L−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、並びに(d)L−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター活性を有するタンパク質をコードする外来性遺伝子を導入することにより、創製される形質転換体がL−アラビノースから有機化合物を効率よく生産することを見出した。
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、以下の微生物及び有機化合物の製造方法を提供する。本発明の組換え微生物は、優れたグルコースとL−アラビノースの同時利用性能を有しているので、セルロース系バイオマス原料からの有用な有機化合物の生産プロセス設計及び運転が容易な技術を提供することに繋がる技術となるものである。
【0013】
(1)以下の(a)〜(d)の遺伝子をコリネ型細菌に導入したことを特徴とする、L−アラビノース利用機能を有するコリネ型細菌形質転換体。
(a)L−アラビノースイソメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子
(b)L−リブロキナーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子
(c)L−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子
(d)L−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター活性を有するタンパク質をコードする外来性遺伝子
(2)(a)L−アラビノースイソメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、(b)L−リブロキナーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、及び(c)L−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子として、配列番号1もしくは配列番号6で示されるDNA配列、又は配列番号1もしくは配列番号6で示されるDNA配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつL−アラビノースイソメラーゼ活性を有するポリペプチド、L−リブロキナーゼ活性を有するポリペプチド、及びL−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNAを用いる上記(1)記載のコリネ型細菌形質転換体。
(3)(d)L−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター活性を有するタンパク質をコードする外来性遺伝子として、配列番号7で示されるDNA配列、又は配列番号7で示されるDNA配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつL−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター活性を有するポリペプチドをコードするDNAを用いる上記(1)または(2)記載のコリネ型細菌形質転換体。
【0014】
(4)コリネ型細菌が、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R(FERM P-18976)、セロビオース利用性組換え株もしくは変異株(FERM P-18979、FERM P-18977、FERM P-18978)、又はエタノール生産組換え株(FERM P-17887)である上記(1)〜(3)の何れか一項記載のコリネ型細菌形質転換体。
(5)(a)L−アラビノースイソメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、(b)L−リブロキナーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、及び(c)L−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子として、エシェリヒア コリ(Escherichia coli)、コリネバクテリウム グルタミカムATCC31831、バチラス サブチリス(Bacillus subtilis)、サルモネラ ティフィムリウム(Salmonella typhimurium)、バチラス ハロデュランス(Bacillus halodurans)、ゲオバチラス ステアロサーモフィラス(Geobacillus stearothermophilus)、及びマイコバクテリウム スメグマティス(Mycobacterium smegmatis)からなる群より選ばれる微生物由来のaraA遺伝子、araB遺伝子、及びaraD遺伝子を用いる上記(1)記載のコリネ型細菌形質転換体。
(6)(d)L−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター活性を有するタンパク質をコードする外来性遺伝子として、コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831、エシェリヒア コリ、バチラス サブチリス、クレブシエラ オキシトカ(Klebsiella oxytoca)、及びサルモネラ ティフィムリウムからなる群より選ばれる微生物由来のaraE遺伝子を用いる上記(1)または(5)記載のコリネ型細菌形質転換体。
【0015】
(7)グルコースとアラビノースを同時利用することができる上記(1)〜(6)の何れか一項に記載のコリネ型細菌形質転換体。
(8)コリネ型細菌形質転換体が、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBAD(受託番号 FERM P-21332)である上記(1)記載のコリネ型細菌形質転換体。
(9)コリネ型細菌形質転換体が、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Ptac-araBDA(受託番号 FERM P-21333)である上記(1)記載のコリネ型細菌形質転換体。
(10)コリネ型細菌形質転換体が、コリネバクテリウム グルタミカム R/Plac-araBAD(受託番号 FERM P-21331)である上記(1)記載のコリネ型細菌形質転換体。
【0016】
(11)L−アラビノースを含有する糖質培地中で上記(1)〜(10)のいずれか一項記載のコリネ型細菌形質転換体を用いて有機化合物を生成させる工程と、同培地より有機化合物を回収する工程とを含む有機化合物の製造方法。
(12)有機化合物が、乳酸、コハク酸、酢酸、アミノ酸及びエタノールからなる群より選ばれる1種以上である上記(11)記載の有機化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、L−アラビノースの効率的な利用が可能となり、また、グルコースとL−アラビノースとを同時に、かつ、同等の利用速度でもって利用できるので、セルロース系バイオマス資源の有用な有機化合物への有効利用を効率的な合理的プロセスにより実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
(I)L−アラビノース利用機能を有するコリネ型細菌形質転換体
本発明で形質転換されるコリネ型細菌は、糖類の代謝変換機能を有していれば特に限定されない。糖類の種類や目的有機化合物の種類によっては、コリネ型細菌が本来有していない糖類の取り込み、代謝経路または目的有機化合物への変換経路等の新たな機能の導入を必要とする場合があるが、そのような場合には組換え技術や突然変異誘発処理等によりそれらの機能を付与すればよい。
【0019】
本発明で用いられるコリネ型細菌とは、バージーズ・マニュアル・デターミネイティブ・バクテリオロジー〔Bargeys Manual of Determinative Bacteriology、Vol. 8、599(1974)〕に定義されている一群の微生物であり、通常の好気的条件で増殖するものならば特に限定されるものではない。具体例を挙げれば、コリネバクテリウム属菌、ブレビバクテリウム属菌、アースロバクター属菌、マイコバクテリウム属菌またはマイクロコッカス属菌等が挙げられる。
【0020】
さらに具体的には、コリネバクテリウム属菌としては、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R(FERM P-18976)、ATCC13032、ATCC13058、ATCC13059、ATCC13060、ATCC13232、ATCC13286、ATCC13287、ATCC13655、ATCC13745、ATCC13746、ATCC13761、ATCC14020またはATCC31831等が挙げられる。
【0021】
ブレビバクテリウム属菌としては、ブレビバクテリウム ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)ATCC13869、ブレビバクテリウム フラバム(Brevibacterium flavum)MJ-233(FERM BP-1497)もしくはMJ-233AB-41(FERM BP-1498)、またはブレビバクテリウム アンモニアゲネス(Brevibacterium ammoniagenes)ATCC6872等が挙げられる。
【0022】
アースロバクター属菌としては、アースロバクター グロビフォルミス(Arthrobacter globiformis)ATCC8010、ATCC4336、ATCC21056、ATCC31250、ATCC31738またはATCC35698等が挙げられる。
【0023】
マイコバクテリウム属菌としては、マイコバクテリウム ボビス(Mycobacterium bovis)ATCC19210またはATCC27289等が挙げられる。
【0024】
マイクロコッカス属菌としては、マイクロコッカス フロイデンライヒ(Micrococcus freudenreichii)NO. 239(FERM P-13221)、マイクロコッカス ルテウス(Micrococcus leuteus)NO. 240(FERM P-13222)、マイクロコッカス ウレアエ(Micrococcus ureae)IAM1010またはマイクロコッカス ロゼウス(Micrococcus roseus)IFO3764等が挙げられる。
【0025】
好ましくは、細胞の中へ能動的にまたは受動的にL−アラビノースを輸送できるコリネ型細菌であることである。また、形質転換されるコリネ型細菌は、正常に機能する解糖経路とペントースリン酸経路とを有していることが好ましい。さらには、ピルビン酸から目的とする発酵産物、例えばコハク酸、酢酸または乳酸に変換するための酵素を含有することが好ましい。さらに用いるコリネ型細菌は、エタノール;乳酸、酢酸、ギ酸等のような有機酸;フルフラール、ヒドロキシメチルフルフラールのような糖分解産物に対して高い耐性を持っていることが好ましい。このような点から、本発明で用いられるコリネ型細菌としては、コリネバクテリウム グルタミカムR(FERM P-18976)または、コリネバクテリウム グルタミカムATCC31831等が好ましい。
また、これらコリネ型細菌は自然界に存在する野生株の変異株(例えば、FERM P-18977、FERM P-18978など)や人為的な遺伝子組換え体(例えば、FERM P-17887、FERM P-17888、FERM P-18979)であってもよい。本発明において特に好ましいコリネ型細菌は、コリネバクテリウム グルタミカムR(FERM P-18976)である。
【0026】
本発明のコリネ型細菌形質転換体には、L−アラビノース代謝関連酵素をコードする上記(a)〜(c)の遺伝子が導入されている。(a)〜(c)のL−アラビノース代謝関連酵素をコードする遺伝子を含むDNA断片の塩基配列が既知であれば、その配列に従って合成したDNA断片を使用することができる。DNA配列が不明の場合であっても、L−アラビノース代謝関連酵素タンパク質間で保存されているアミノ酸配列をもとにハイブリダイゼーション法、PCR法により断片を取得することが可能である。さらに他の既知のL−アラビノース代謝関連遺伝子配列を基に設計したミックスプライマーを用い、ディジェネレートPCRによって断片を取得することが可能である。
【0027】
上記(a)〜(c)のL−アラビノース代謝関連酵素をコードする遺伝子は、該遺伝子がコードしているポリペプチドのL−アラビノース代謝活性が保持されている限り、塩基配列の一部が他の塩基に置換されていてもよく、削除されていてもよく、また新たに塩基が挿入されていてもよく、さらには塩基配列の一部が転位されていてもよい。これらのL−アラビノース代謝関連酵素をコードする遺伝子の誘導体のいずれも本発明に用いることができる。上記の塩基配列の一部とは、例えばアミノ酸残基換算で1乃至数個(1〜5個、好ましくは1〜3個、さらに好ましくは1〜2個)であってよい。
【0028】
上記(a)〜(c)のL−アラビノース代謝関連酵素をコードする遺伝子の塩基配列は、原核生物由来、すなわち原核生物中に天然に存在するL−アラビノース代謝関連酵素と同じアミノ酸配列を持つL−アラビノース代謝関連酵素をコードしていることが好ましい。真核生物由来のL−アラビノース代謝関連酵素に比べ、原核生物由来のL−アラビノース代謝関連酵素の発現は、細菌においてL−アラビノース代謝関連酵素が活性形態で発現する可能性を高める。
【0029】
微生物におけるL−アラビノースの代謝については、アゾスピリウム ブラシリエンス(Azospirillum brasiliense)以外は、L−アラビノースをD−キシルロース−5−ホスフェートを介して利用する経路が既に報告されている〔Appl. Microbiol. Biotechnol.、Vol. 74、937-953(2007)〕。
【0030】
L−アラビノースからD−キシルロース−5−ホスフェートへの代謝は、具体的にはL−アラビノースからL−リブロースへの反応を触媒するL−アラビノースイソメラーゼ(以下、酵素を「AraA」、遺伝子を「araA」と記す)、L−リブロースからL−リブロース−5−ホスフェートへの反応を触媒するL−リブロキナーゼ(以下、酵素を「AraB」、遺伝子を「araB」と記す)、及びL−リブロース−5−ホスフェートからD−キシルロース−5−ホスフェートへの反応を触媒するL−リブロース−5−ホスフェート−4−エピメラーゼ(以下、酵素を「AraD」、遺伝子を「araD」と記す)の3つの酵素に触媒された3ステップ反応により行われる。本発明のコリネ型細菌形質転換体には、これらの酵素をコードする上記(a)〜(c)の遺伝子が導入されているが、該遺伝子がコードしているポリペプチドがL−アラビノース代謝機能を有する限り、(a)〜(c)の遺伝子の由来微生物の種類、組み合わせ、及び導入の順番等は特に限定されない。
【0031】
上記(a)〜(c)のL−アラビノース代謝関連酵素をコードする遺伝子は、同じ遺伝子座上に存在していてもよく、または、これら3つの遺伝子がそれぞれ別の遺伝子座上に存在していてもよい。3つの遺伝子が同じ遺伝子座上に存在している例としては、例えば、上記(a)〜(c)の遺伝子が連結して形成されたオペロンなどが挙げられる。
【0032】
上記(a)〜(c)の遺伝子は、通常、L−アラビノースの代謝能を有する微生物に保有されている。本発明における(a)〜(c)の遺伝子としては、エシェリヒア コリ(Escherichia coli)、コリネバクテリウム グルタミカムATCC31831、バチラス サブチリス(Bacillus subtilis)、サルモネラ ティフィムリウム(Salmonella typhimurium)、バチラス ハロデュランス(Bacillus halodurans)、ゲオバチラス ステアロサーモフィラス(Geobacillus stearothermophilus)、及びマイコバクテリウム スメグマティス(Mycobacterium smegmatis)からなる群より選ばれる微生物由来のaraA遺伝子、araB遺伝子、及びaraD遺伝子を用いることが好ましい。
【0033】
本発明においては、(a)L−アラビノースイソメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、(b)L−リブロキナーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、及び(c)L−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子として、配列番号1もしくは配列番号6で示されるDNA配列、又は配列番号1もしくは配列番号6で示されるDNA配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつL−アラビノースイソメラーゼ活性を有するポリペプチド、L−リブロキナーゼ活性を有するポリペプチド、及びL−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNAを用いることが好ましい。
【0034】
本発明において「ストリンジェントな条件」は、一般的な条件、例えば、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, Second Edition,1989,Vol2,p11.45等に記載された条件を指す。具体的には、完全ハイブリッドの融解温度(Tm)より5〜10℃低い温度でハイブリダイゼーションが起こる場合を指す。
【0035】
配列番号1の塩基配列のDNAは、大腸菌(Escherichia coli)由来の遺伝子であり、araA遺伝子、araB遺伝子、及びaraD遺伝子を含むDNAの塩基配列である。配列番号6の塩基配列のDNAは、コリネバクテリウム グルタミカムATCC31831由来の遺伝子であり、araA遺伝子、araB遺伝子、及びaraD遺伝子を含むDNAの塩基配列である。
本発明では、エシェリヒア コリ(Escherichia coli)に由来するaraA、araB、及びaraD遺伝子の使用が最も好ましい。
【0036】
本発明のコリネ型細菌形質転換体には、上記(a)〜(c)の遺伝子に加えて、(d)L−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター(L−アラビノースプロトンシンポーター)活性を有するタンパク質をコードする外来性遺伝子が導入されている。これにより、コリネ型細菌形質転換体のL−アラビノース利用能をより向上させることができる。L−アラビノースプロトンシンポーター遺伝子は既知であり、araEと称されている。細菌では、以下に示す菌株等でaraE遺伝子配列や酵素特性が報告されている。バチラス サブチリス(Bacillus subtilis)〔J. Bacteriol.、Vol. 179、7705?7711(1997)〕、クレブシエラ オキシトカ8017(Klebsiella oxytoca 8017)〔J. Bacteriol.、Vol. 177、5379-5380(1995)〕、エシェリヒア コリ〔J. Biol. Chem.、Vol. 263、8003-8010(1988)〕。本発明に適した(d)L−アラビノースプロトンシンポーター活性を有するタンパク質をコードする外来性遺伝子としては、コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831、エシェリヒア コリ、バチラス サブチリス、クレブシエラ オキシトカ(Klebsiella oxytoca)、及びサルモネラ ティフィムリウムからなる群より選ばれる微生物由来のaraE遺伝子を用いることが好ましい。また、(d)の遺伝子として、配列番号7で示されるDNA配列、又は配列番号7で示されるDNA配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつL−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター活性を有するポリペプチドをコードするDNAを用いることが好ましい。配列番号7の塩基配列のDNAは、コリネバクテリウム グルタミカムATCC31831由来の遺伝子であり、araE遺伝子のDNAの塩基配列である。L−アラビノース利用菌株におけるaraE遺伝子の適当な発現量の調節方法は、当業者には良く知られている。本発明においては、上記(a)〜(c)の遺伝子、及び(d)の遺伝子の由来微生物の種類、組み合わせ、及び導入の順番等は特に限定されない。
【0037】
本発明のコリネ型細菌形質転換体は、上記(a)〜(d)の遺伝子、及び(d)の遺伝子をコリネ型細菌に導入して形質転換することによって作製することができる。
ベクターの構築
まず、上記(a)〜(c)の遺伝子、例えば、AraAをコードするDNA(araA)、AraBをコードするDNA(araB)、及びAraDをコードするDNA(araD)の配列をPCR(polymerase chain reaction)法により増幅するためのオリゴヌクレオチドプライマーを作製する。このようなプライマーとしては、例えば配列番号2、3の塩基配列で示されるものなどが挙げられる。PCR法は、公知のPCR装置、例えばサーマルサイクラーなどを利用することができる。PCRのサイクルは、公知の技術にしたがって行なわれてよく、例えば、変性、アニーリング、伸張を1サイクルとし、通常10〜100サイクル、好ましくは、約20〜50サイクルである。PCRの鋳型としては、L−アラビノースを代謝可能な微生物から単離したDNAを用いて、PCR法によりAraAコードするDNA、AraBをコードするDNA、及びAraDをコードするDNAのcDNAを合成することができる。PCR法によって得られた遺伝子は、適当なクローニングベクターに導入することができる。クローニング法としては、pGEM-T easy vector system(Promega社製)、TOPO TA-cloning system(Invitrogen社製)、Mighty Cloning Kit(Takara社製)などの商業的に入手可能なPCRクローニングシステムなどを使用することもできる。また、方法の1つの例を実施例で詳記するが、該領域を含むDNA断片を、既知のAraAをコードするDNA、AraBをコードするDNA、及びAraDをコードするDNAの塩基配列に基づいて適当に設計された合成プライマーを鋳型として用いたハイブリダイゼーション法により取得することもできる。
上記(d)の遺伝子、例えば、araEも、上記(a)〜(c)の遺伝子と同様にPCR法を行うことによって増幅させることができる。araEをPCRにより増幅するためのオリゴヌクレオチドプライマーとしては、例えば、配列番号8、9で示されるものなどが挙げられる。得られた遺伝子は、適当なクローニングベクターに導入される。
【0038】
次いで、PCR法で得られた遺伝子を含むクローニングベクターを、微生物、例えばエシェリヒア コリ JM109菌株などに導入し、該菌株を形質転換する。この形質転換された菌株を適当な抗生物質(例えばアンピシリン、クロラムフェニコールなど)を含む培地で培養し、培養物から菌体を回収する。回収された菌体からプラスミドDNAを抽出する。プラスミドDNAの抽出は、公知の技術によって行なうことができ、また市販のプラスミド抽出キットを用いて簡便に抽出することもできる。市販のプラスミド抽出キットとしては、キアクイックプラスミド精製キット(商品名:Qiaquick plasmid purification kit、キアゲン社製)などが挙げられる。この抽出されたプラスミドDNAの塩基配列を決定することにより、AraAをコードする遺伝子配列、AraBをコードする遺伝子配列、及びAraDをコードする遺伝子配列、並びにaraEの遺伝子配列を確認することができる。DNAの塩基配列は、公知の方法、例えばジオキシヌクレオチド酵素法などにより決定することができる。また、キャピラリー電気泳動システムを用いて、検出には多蛍光技術を使用して塩基配列を決定することもできる。また、DNAシーケンサー、例えばABI PRISM 3730xl DNA Analyzer(アプライドバイオシステム社製)などを使用して塩基配列を決定することもできる。
【0039】
上記の方法は、遺伝子工学実験の常法に基づいて行なうことができる。種々の微生物のベクターや外来遺伝子の導入・発現法は、多くの実験書に記載されているので〔例えば、Molecular Cloning: A Laboratory Manual(3rd Edition)CSHL Press(2001)、またはCurrent protocols in molecular biology. Green Publishing and Wiley Interscience, New York(1987)等〕、それらに従ってベクターの選択、遺伝子の導入、発現を行なうことができる。
【0040】
次に、araA、araB及びaraD遺伝子、並びにaraE遺伝子を、前述したコリネ型細菌において、プラスミド上または染色体上で発現させる。例えば、プラスミドを用いて、これらの遺伝子は発現可能な制御配列下に導入される。ここで「制御配列下」とはこれらの遺伝子が、例えば、プロモーター、インデューサー、オペレーター、リボソーム結合部位及び転写ターミネーター等との共同作業により転写翻訳できることを意味する。このような目的で使用されるプラスミドベクターとしては、コリネ型細菌内で自律複製機能を司る遺伝子を含むものであれば良い。その具体例としては、例えば、ブレブバクテリウム ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)2256由来のpAM330〔特開昭58-67699号公報、Agric. Biol. Chem.、Vol. 48、2901-2903(1984)及びNucleic Acids Symp Ser.、Vol. 16、265-267(1985)〕、コリネバクテリウム グルタミカム ATCC13058由来のpHM1519〔Agric. Biol. Chem.、Vol. 48、2901-2903(1984)〕及びpCRY30〔Appl. Environ. Microbiol.、 Vol. 57、759-764(1991)〕、コリネバクテリウム グルタミカム T250由来のpCG4〔特開昭57-183799号公報、J. Bacteriol.、Vol. 159、306-311(1984)〕、pAG1、pAG3、pAG14、pAG50(特開昭62-166890号公報)pEK0、pEC5、pEKEx1〔Gene、Vol. 102、93-98(1991)〕等、あるいはそれらから誘導されるプラスミドなどが使用可能である。また、ベクターは、種々の制限酵素部位をその内部にもつマルチクローニングサイトを含んでいる、または単一の制限酵素部位を含んでいることが好ましい。
【0041】
本発明においては、広範囲の種類のプロモーターを好適に用いることができる。このようなプロモーターは、酵母、細菌及び他の細胞供給源を含む多くの公知の供給源から得ることができ、コリネ型細菌において目的遺伝子の転写を開始させる機能を有する塩基配列であればいかなるものであってもよい。本発明に使用されるプロモーターとしては、効率の良い、誘導にL−アラビノースを必要としない非グルコース抑制プロモーターが好ましい。そのようなプロモーターの好適な例としては、例えば、コリネ型細菌で強力な構成的なプロモーターとして既知である、lac、trc、tacプロモーター等が挙げられる。本発明に使用されるプロモーターは、必要に応じて、修飾して、その調節機構を変更することができる。また、目的遺伝子の下流に配置される制御配列下のターミネーターについても、コリネ型細菌においてその遺伝子の転写を終了させる機能を有する塩基配列であれば、いかなるものであってもよい。
【0042】
本発明のコリネ型細菌形質転換体の創製に使用されるプラスミドベクターの構築は、例えば、エシェリヒア コリ由来のaraA、araB及びaraD遺伝子を用いる場合では、塩基配列が確認された該遺伝子を、適当なプロモーター、ターミネーター等の制御配列と連結後、上記例示されているいずれかのプラスミドベクターの適当な制限酵素部位に挿入することにより、行うことができる。また、例えば、コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831のaraE遺伝子を用いる場合では、塩基配列が確認された該遺伝子を、適当なプロモーター、ターミネーター等の制御配列と連結後、上記例示されているいずれかのプラスミドベクターの適当な制限酵素部位に挿入することにより、行うことができる。詳細は、実施例に記載している。
【0043】
形質転換
目的遺伝子を含むプラスミドベクターのコリネ型細菌への導入方法としては、電気パルス法(エレクトロポレーション法)やCaC1法等コリネ型細菌への目的遺伝子導入が可能な方法であれば特に限定されるものではない。その具体例として、例えば電気パルス法としては、公知の方法〔Agric. Biol. Chem.、Vol. 54、443-447(1990)〕及び〔Res. Microbiol.、Vol. 144、181-185(1993)〕を用いることができる。
【0044】
本発明のコリネ型細菌形質転換体の取得方法としては、常法に従い、目的遺伝子を含むプラスミドに薬剤耐性遺伝子等を組み入れて、適切な濃度の当該薬剤を含むプレート培地上に目的遺伝子導入処理を行ったコリネ型細菌を塗布することにより形質転換されたコリネ型細菌を選抜することができる。その方法の具体例としては、例えば、〔Agric. Biol. Chem.、Vol. 54、443-447(1990)〕及び〔Res. Microbiol.、Vol. 144、181-185(1993)〕に記載の方法等を挙げることができる。
【0045】
上記の方法により創製されるコリネ型細菌の形質転換体の例としては、具体的には、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBAD(受託番号 FERM P-21332として、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1−1−1つくばセンター中央第6(郵便番号305-8566))に寄託済み。受託日:2007年7月30日)、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Ptac-araBDA(受託番号FERM P-21333として、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1−1−1つくばセンター中央第6(郵便番号305-8566))に寄託済み。受託日:2007年7月30日)、コリネバクテリウム グルタミカム R/Plac-araBAD(受託番号 FERM P-21331として、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1−1−1つくばセンター中央第6(郵便番号305-8566))に寄託済み。受託日:2007年7月30日))などが挙げられる。これらのコリネ型細菌の形質転換体は、グルコースとアラビノースを同時利用するものであるため、後述するようにL−アラビノース及びグルコース資源を含む培地で好適に用いることができる。
【0046】
本発明で創製したコリネ型細菌形質転換体は、有機化合物生産性を向上させるために、ペントースリン酸経路の流量の増加;エタノール、浸透圧または有機酸に対する耐性の増加及び副生物(目的とする生成産物以外の炭素含有分子を意味すると理解される)生産の減少からなる群から選択される特徴の1または2以上を生じる遺伝子修飾をさらに含むことができる。そのような遺伝子修飾は、具体的には、外来性遺伝子の過剰発現及び/または内在性遺伝子の不活化;古典的突然変異誘起;スクリーニング及び/または目的変異体の選別などにより導入することができる。
【0047】
かくして創製された本発明のコリネ型細菌形質転換体は、特定の還元条件下にある反応液中で、糖類を原料として(TCA経路に存在するポリカルボン酸を製造する場合は、炭酸イオン等も原料として)、モノカルボン酸、ジカルボン酸、ケトカルボン酸、ヒドロキシカルボン酸、アミノ酸、モノアルコール、ポリオール及びビタミン等の多様な有機化合物を、糖類の代謝速度を向上させる、または糖類の代謝速度の経時低下を抑制すると同時に、高い生産速度と高い蓄積濃度でもって、反応液中に生成させることができるものである。
【0048】
(II)有機化合物の製造方法
本発明のコリネ型細菌形質転換体を用いて有機化合物を製造する場合は、まず上述したコリネ型細菌形質転換体を好気条件下で増殖培養する。
コリネ型細菌形質転換体の培養は、炭素源、窒素源及び無機塩等を含む通常の栄養培地を用いて行うことができる。培養には、炭素源として、例えばグルコースまたは廃糖蜜等;窒素源として、例えばアンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウムまたは尿素等をそれぞれ単独でまたは2種以上を混合して用いることができる。また、無機塩として、例えば、リン酸一水素カリウム、リン酸ニ水素カリウムまたは硫酸マグネシウム等を使用することができる。この他にも必要に応じて、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー、カザミノ酸;ビオチンまたはチアミン等の各種ビタミン等の栄養素を培地に適宜添加することもできる。
【0049】
培養は、通気攪拌または振盪等の好気的条件下、約15〜45℃、好ましくは約25〜37℃の温度で行うことができる。培養時の培地のpHは5〜10付近、好ましくは6.5〜8.5付近の範囲がよく、培養中のpH調整は酸またはアルカリを添加することにより行うことができる。培養開始時の培地の炭素源濃度は、好ましくは約1〜20%(W/V)、より好ましくは約2〜5%(W/V)である。また、培養期間は通常1〜7日間程度である。
【0050】
次いで、コリネ型細菌形質転換体の培養菌体を回収する。上記の如くして得られる培養物から培養菌体を回収分離する方法としては、特に限定されず、例えば遠心分離や膜分離等の公知の方法を用いることができる。
【0051】
回収された培養菌体に対して処理を加え、得られる菌体処理物を次工程に用いてもよい。前記菌体処理物としては、培養菌体に何らかの処理が加えられたものであればよく、例えば、菌体をアクリルアミドまたはカラギーナン等で固定化した固定化菌体等が挙げられる。
【0052】
上記の如くして得られる培養物から回収分離されたコリネ型細菌形質転換体の培養菌体またはその菌体処理物を用いて、有機化合物を生成させる工程を行う。この工程においては、コリネ型細菌形質転換体またはその菌体処理物は、還元状態下の反応培地での目的有機化合物の生成反応に供せられる。有機化合物生成方式は、回分式、流加式、連続式いずれの生成方式も可能である。
【0053】
本発明における還元状態下の生化学反応による有機化合物製造工程においては、本発明のコリネ型細菌形質転換体の増殖分裂が完全に抑制され、増殖に伴う分泌副生物の実質的な完全抑制を実現することができる。この観点からは、培養増殖工程から回収されたコリネ型細菌形質転換体またはその菌体処理物が反応培地に供せられるときには、コリネ型細菌細胞内外の好気増殖時の環境状態が反応培地にもたらされない方法や条件を用いることが推奨される。つまり、反応培地は、増殖培養過程で生成し、菌体内外に存在する生成物質を実質的に含有しないことが好ましい。より具体的には、増殖培養過程で生成し、菌体外に放出された分泌副生物、及び培養菌体内の好気的代謝機能により生成し菌体内に残存する物質が、反応培地に実質的に存在しない状態であることが好ましい。このような状態は、例えば、増殖培養後の培養液を用いて遠心分離、膜分離等の方法を行うことによって、及び/または培養後の菌体を還元状態下で2時間ないし10時間程度放置することで実現される。
【0054】
本工程においては、還元状態下の反応培地を用いる。反応培地は、還元状態下にあれば、固体状、半固体状または液体状等いずれの形状を有していてもよい。
本発明における還元状態とは、反応系の酸化還元電位で規定され、反応培地の酸化還元電位は、好ましくは約−200mV〜−500mV程度、より好ましくは約−250mV〜−500mV程度である。
【0055】
反応培地の還元状態は簡便にはレサズリン指示薬(還元状態であれば、青色から無色への脱色)である程度推定できるが、正確には酸化還元電位差計(例えば、ORP Electrodes、BROADLEY JAMES社製)を用いて測定する。本発明においては、反応培地に菌体またはその処理物を添加した直後から有機化合物を採取するまで、還元状態を維持していることが好ましいが、少なくとも有機化合物を採取する時点で反応培地が還元状態であればよい。反応時間の約50%以上、より好ましくは約70%以上、さらに好ましくは約90%以上の時間、反応培地が還元状態に保たれていることが好ましい。中でも、反応時間の約50%以上、より好ましくは約70%以上、さらに好ましくは約90%以上の時間、反応培地の酸化還元電位が約−200mV〜−500mV程度に保たれていることがよりより好ましい。
【0056】
このような還元状態の実現は具体的には、前記の培養後の培養菌体調製方法、反応培地の調製方法、または反応途中における還元状態の維持方法等によりなされる。還元状態下の反応培地の調製方法は、公知の方法を用いてよい。例えば、反応培地用水溶液の調製方法は、例えば硫酸還元微生物などの絶対嫌気性微生物用の培養液調製方法〔The dissimilatory sulfate-reducing bacteria, In The Prokaryotes, A Handbook on Habitats, Isolation and Identification of Bacteria, Ed. by Starr, M. P. et. al. Berlin, Springer Verlag、926-940(1981)や(農芸化学実験書 第三巻、京都大学農学部 農芸化学教室編、1990年第26刷、産業図書株式会社出版)〕などが参考となり、所望する還元状態の水溶液を得ることができる。
【0057】
反応培地用水溶液(反応培地)の調製方法として、より具体的には反応培地用水溶液を加熱処理や減圧処理することにより溶解ガスを除去する方法等が挙げられる。より具体的には、約10mmHg以下、好ましくは約5mmHg以下、より好ましくは約3mmHg以下の減圧下で、約1〜60分程度、好ましくは約5〜40分程度、反応培地用水溶液を処理することにより、溶解ガス、特に溶解酸素を除去し、還元条件下の反応培地用水溶液を作製することができる。また、適当な還元剤(例えば、チオグリコール酸、アスコルビン酸、システィン塩酸塩、メルカプト酢酸、チオール酢酸、グルタチオンそして硫化ソーダ等)を添加して還元状態の反応培地用水溶液を調製することもできる。また、場合により、これらの方法を適宜組み合わせることも有効な還元状態の反応培地用水溶液を調製する方法となる。
【0058】
反応途中における還元状態の維持方法としては、反応系外からの酸素の混入を可能な限り防止することが好ましく、反応系を窒素ガス等の不活性ガスや炭酸ガス等で封入する方法が通常用いられる。酸素混入をより効果的に防止する方法としては、反応途中においてコリネ型細菌形質転換体の菌体内の代謝機能を効率よく機能させるために、反応系のpH維持調整液の添加や各種栄養素溶解液を適宜添加する必要が生じる場合もあるが、このような場合には添加する溶液から酸素を予め除去しておくことが有効である。
【0059】
本発明における有機化合物生成反応において、生成反応系の酸化還元電位の規定が目的とする有機化合物の効率的な生産に関してなぜ有効であるかの理由は明らかではないが、下記にその推定理由を記す。ただし、本発明はその選定理由になんら限定されるものではない。
【0060】
本発明の目的生産物である有機化合物はコリネ型細菌形質転換体の代謝機能に基づく生化学反応により産生される化合物である。微生物細胞内の生化学反応には各種の酸化還元反応が関与しており、電子の授受移動が行われている。酸化還元電位は反応系での電子の受容性、供与性の難易度を示す尺度の一つであるが、この電位は微生物細胞内で起こっている代謝経路を構成する各種反応(酸化還元反応)の状態や細胞内外との電子授受の状態を反映している。電位差計により直接測定される酸化還元電位は反応溶液と電極との電位であるが反応溶液の電位は細胞膜を介してある電位勾配を持って細胞内で生じている反応と相関している。即ち、酸化還元電位は細胞内外を含む反応系全体の酸化還元反応の総和を反映(各種反応の内容やその頻度等も含めて)したものである。
【0061】
反応系の酸化還元電位に影響する因子としては、反応系雰囲気ガスの種類と濃度、反応温度、反応溶液pH、反応液中に存在する目的有機化合物生成のために使用される無機及び有機の各種化合物濃度並びに組成等が考えられる。本発明における反応培地の酸化還元電位とは上記各種影響因子が統合されて示されるものである。従って、本発明は、目的とする有機化合物への代謝経路には各種化学反応が関与し、これら化学反応は上記因子群の影響下にあるが、単一の酸化還元電位なる反応状態を規定する尺度により、効率的に目的有機化合物が生成されることを見出したことにより、発明の実施条件の一つとして特定したものである。
【0062】
反応培地には、有機化合物の原料となる有機炭素源(例えば、糖類等)が含まれている。有機炭素源としては、本発明のコリネ型細菌形質転換体が生化学反応に利用できる物質が挙げられる。
具体的には、糖類としては、グルコース、キシロース、アラビノース、ガラクトース、フルクトースまたはマンノースなどの単糖類;セロビオース、ショ糖またはラクトース、マルトースなどの二糖類;デキストリンまたは可溶性澱粉などの多糖類などが挙げられる。特に、C6糖やC5糖などの単糖類が好ましい。コリネ型細菌にはキシロース等のC5単糖類を資化することができない場合もあるが、そのような場合には、それらの糖類を資化する機能を細菌に付与すればよい。なお、本発明においては、2種以上の糖の混合糖を用いることもできる。
【0063】
また、その他の態様において、本発明は、本発明のコリネ型細菌形質転換体がL−アラビノースのようなL−アラビノース資源を含む炭素源からの有機化合物の生産に使用されるプロセスに関係している。この場合、反応培地中の炭素源は、L−アラビノース資源に加えてグルコース資源も含むことができる。L−アラビノースまたはグルコースの資源としては、L−アラビノースまたはグルコースそのものでもよく、例えば、リグノセルロース、アラビナン、セルロース、デンプンなどのようなL−アラビノースまたはグルコース単位からなる炭水化物のオリゴマーまたはポリマーでもよい。そのような炭水化物からL−アラビノースまたはグルコース単位を遊離させるために、適当な炭水化物分解酵素(アラビナナーゼ、グルカナーゼ、アミラーゼなど)を、反応培地に加えてもよく、コリネ型細菌形質転換体に生産させてもよい。好ましいプロセスにおいて、コリネ型細菌形質転換体としては、L−アラビノース及びグルコースを共に、好ましくは同時に利用するものを用い、その場合にはグルコース抑制に非感受性のコリネ型細菌形質転換体を使用する。
【0064】
より好ましくは、有機化合物の生成反応に用いられる反応培地組成は、コリネ型細菌形質転換体またはその処理物がその代謝機能を維持するために必要な成分、即ち、各種糖類等の炭素源;蛋白質合成に必要な窒素源;リン、カリウムまたはナトリウム等の塩類;さらに鉄、マンガンまたはカルシウム等の微量金属塩を含む。これらの添加量は所要反応時間、目的有機化合物生産物の種類または用いられるコリネ型細菌形質転換体の種類等により適宜定めることができる。用いるコリネ型細菌形質転換体によっては特定のビタミン類の添加が好ましい場合もある。炭素源、窒素源、無機塩類、ビタミン、微量金属塩は、公知のもの、例えば増殖培養工程につき例示したものでよい。
培地のpHは、約6〜8が好ましい。
【0065】
コリネ型細菌形質転換体またはその菌体処理物と糖類との反応は、本発明のコリネ型細菌形質転換体またはその菌体処理物が活動できる温度条件下で行なわれることが好ましく、コリネ型細菌形質転換体またはその菌体処理物の種類などにより適宜選択することができる。通常、約25〜35℃である。また、前記の反応系の炭酸ガス封入法にも関連して、反応培地に二酸化炭素または各種の炭酸塩もしくは炭酸水素塩等の無機炭酸塩を糖類などの有機炭素源に加えて注入することが目的有機化合物によっては有効な場合もある。培地中の炭素源濃度としては特に限定されないが、通常、約0.1〜30質量%の濃度で使用される。また、糖類の(L−アラビノース/グルコース)混合比率(質量比)に関しては、糖類由来バイオマス原料種にもよるが、通常その比率は1/5〜1/130程度である。
【0066】
最後に、上述のようにして反応培地で生成した有機化合物を採取する。その方法はバイオプロセスで用いられる公知の方法を用いることができる。そのような公知の方法として、有機化合物生成液の塩析法、再結晶法、有機溶媒抽出法、エステル化蒸留分離法、クロマトグラフィー分離法または電気透析法等があり、生成有機化合物の特性に応じてその分離精製採取法は適宜定めることができる。
【0067】
本発明の方法により製造することができる有機化合物としては、有機酸、アルコール、アミノ酸またはビタミン類等が挙げられる。有機酸としては例えば、酢酸、乳酸、3−ヒドロキシプロピオン酸、アクリル酸、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸、オキサロ酢酸、クエン酸、シスアコニット酸、イソクエン酸、イタコン酸、2−オキソグルタル酸またはシキミ酸などが挙げられる。アルコールとしては、例えば、エタノール、ブタノール、1,3−プロパンジオール、グリセロール、キシリトール、ソルビトールまたは1,4-ブタンジオールなどが挙げられる。アミノ酸としては、例えば、バリン、ロイシン、アラニン、アスパラギン酸、リジン、イソロイシンまたはスレオニンなどが挙げられる。本発明の方法は、乳酸、コハク酸、酢酸、アミノ酸及びエタノールからなる群より選ばれる有機化合物の製造に好適である。
【0068】
本発明はまた、前記の条件下における反応によりL−アラビノースまたはグルコースとL−アラビノースとの混合物を有機化合物にするのに著しい改善を有する組換えL−アラビノース利用コリネ型細菌を提供する。
【実施例】
【0069】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0070】
実施例1 (コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADの創製)
(1)微生物からの染色体DNAの抽出
エシェリヒア コリ(Escherichia coli)JM109を、L培地(トリプトン 10g、イーストエキストラクト 5g、NaCl 5gを蒸留水1Lに溶解)に、白金耳を用いて植菌後、対数増殖期まで37℃で振盪培養し、菌体を集めた。DNAゲノム抽出キット(商品名:GenomicPrep Cells and Tissue DNA Isolation Kit、アマシャム社製)を用いて、取扱説明書に従い、集めた菌体から染色体DNAを回収した。
コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R(FERM P-18976)からの染色体DNAの抽出は、培地として表1に示すA液体培地を使用すること、培養温度が33℃であること以外は、上記と同様の条件で行なった。
コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831からの染色体DNA抽出は、培養温度が30℃であること以外は、上記のコリネバクテリウム グルタミカムRと同様の条件で行なった。
【0071】
【表1】

【0072】
(2)エシェリヒア コリからのL−アラビノースイソメラーゼ(araA)、L−リブロキナーゼ(araB)及びL−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ(araD)のクローニング
エシェリヒア コリのL−アラビノースイソメラーゼ(araA)、L−リブロキナーゼ(araB)及びL−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ(araD)の3つの遺伝子は、araB、araA及びaraDが順に連結したオペロン(araBAD)を形成している〔Gene、Vol. 47、231-244(1986)〕。araBAD遺伝子を含むDNA断片を以下のPCR法により増幅した。
【0073】
PCRに際して、araBAD遺伝子をクローン化するべく、エシェリヒア コリの配列(配列番号1)を基に、下記の一対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製「394 DNA/RNAシンセサイザー(synthesizer)」を用いて合成し、使用した。
araBAD遺伝子増幅用プライマー
Eco_ara_fw4_EcoI; 5’- CTCTGAATTCACCCGTTTTTTTGGATGGAG -3’ (配列番号2)
Eco_ara_Rv2_Sal; 5’- CTCTGTCGACGCCAGTGTCGGGTTAAGATA -3’ (配列番号3)
尚、前者はEcoRIサイトが、後者はSalIサイトがそれぞれ末端に付加されている。
鋳型DNAは、上記(1)項にて抽出したエシェリヒア コリ JM109の染色体DNAを用いた。PCRは、パーキンエルマーシータス社製の「DNAサーマルサイクラー」を用い、反応試薬として、DNAポリメラーゼ(商品名:PrimeSTAR HS DNA polymerase、宝酒造株式会社製)を用いて下記の条件で行なった。
【0074】
反応液:
(5×)PCR緩衝液:10μl
2.5mM dNTP混合液:4μl
鋳型DNA:1μl(DNA含有量200ng以下)
上記の2種のプライマー:各々 1μl(最終濃度0.2μM)
PrimeSTAR HS DNA polymerase:0.5μl
滅菌蒸留水:33.5μl
以上を混合し、この50μlの反応液をPCRにかけた。
【0075】
PCRサイクル:
デナチュレーション過程: 98℃、10秒
アニーリング過程: 55℃、10秒
エクステンション過程: 72℃、5分
以上を1サイクルとし、30サイクル行なった。
上記で生成した反応液の一部を1%(W/V)アガロースゲルにより電気泳動を行ない、araBAD遺伝子を含む、約4.5kbのDNA断片が検出できた。
【0076】
上述の制限酵素EcoRI及びSalIで処理した増幅産物と、EcoRI及びSalIで制限酵素処理をしたコリネ型細菌−大腸菌シャトルベクターpCRB1(特開2006-124440号公報)を混合し、これにライゲーションキット(商品名:Mighty Cloning Kit、宝酒造株式会社製)を添加後、取扱説明書に従い反応させた。
【0077】
このライゲーション溶液を用い、塩化カルシウム法〔Journal of Molecular Biology.、Vol. 53、159(1970)〕によりエシェリヒア コリ JM109を形質転換し、クロラムフェニコール50μg/ml、X-gal(5-Bromo-4-chloro-3-indoxyl-beta-D-galactopyranoside)200μg/ml、IPTG(isopropyl 1-thio-beta-d-galactoside)100μg/mlを含むL寒天培地〔組成:寒天が1.5%(W/V)含まれていることを除けば上記L培地と同一成分組成〕に塗布した。
この培地上で白色を呈する生育株を常法により液体培養し、培養液よりaraBAD遺伝子(配列番号1)を含有する長さ約4.5kbのDNA断片が挿入されたプラスミドを、プラスミド抽出キット(商品名:QIAprep Spin Miniprep Kit、キアゲン社製)を用いて抽出した。
該araBAD遺伝子を含むプラスミドをPlac-araBADと命名した(図1参照)。
【0078】
(3)コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831からのアラビノース代謝関連遺伝子のクローニング
L−アラビノースを単一炭素源として良好な増殖を示したコリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831よりL−アラビノース代謝に関与する遺伝子のクローニングを試みた。データベースのホモロジー検索の結果より、3種のL−アラビノース代謝酵素をコードする遺伝子araA、araB、araDの内、araAが最も異種間での保存性が高かった。そこで、このaraAにおける保存領域の配列から以下の一対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ社製「394 DNA/RNAシンセサイザー」を用いて合成し、PCRに使用した。
araA相同領域増幅用プライマー
primer 1 araA; 5'- GGIGAYAMIATGMGIIAIGTIGCIGTIAC -3' (配列番号4)
primer 2 araA; 5'- GTYTTCCARTCICCYTC -3' (配列番号5)
鋳型DNAは、上記(1)項にて抽出したコリネバクテリウム グルタミカム ATCC 31831の染色体DNAを用いた。PCRは、パーキンエルマーシータス社製の「DNAサーマルサイクラー」を用い、反応試薬として、DNAポリメラーゼ(商品名:Takara LA Taq HS DNA polymerase、宝酒造株式会社製)を用いて下記の条件で行なった。
【0079】
反応液:
(10×)PCR緩衝液:5μl
2.5 mM dNTP混合液:8μl
鋳型DNA:5μl(DNA含有量1μg以下)
上記の2種のプライマー:各々 0.5μl(最終濃度0.25μM)
Takara LA Taq HS DNA polymerase:0.5μl
DMSO:5μl(最終濃度10%)
滅菌蒸留水:26μl
以上を混合し、この50μlの反応液をPCRにかけた。
【0080】
PCRサイクル:
デナチュレーション過程: 94℃、1分
アニーリング過程: 37℃、1分
エクステンション過程: 72℃、1分
以上を1サイクルとし、30サイクル行なった。
上記で生成した反応液を1%(W/V)アガロースゲルにより電気泳動を行ない、araA相同領域を含む、約390bpのDNA断片が検出できた。
PCR増幅産物は、pGEM-T easy vector system(Promega社製)を用いて取扱説明書に従い反応させた。
【0081】
このライゲーション溶液を用い、形質転換体選定用培地の抗生物質をクロラムフェニコールの代わりに、アンピシリン50μg/ml使用すること以外は、上記(2)項と同様の条件、方法にてaraA相同領域を含有する長さ約390bpのDNA断片が挿入されたプラスミド取得した。このように作製されたプラスミドをシーケンスすることでDNA配列を決定した。こうして得た配列は、他の細菌で報告されているaraAの塩基配列と非常に高い相同性を示した。
【0082】
決定した配列から作製したプローブと、上記(1)項にて抽出したコリネバクテリウム グルタミカム ATCC 31831の染色体DNAを用いてサザンハイブリダイゼーションを行なった結果、制限酵素XbaIで処理した断片において約9.9kbの位置にシングルのバンドが検出できた。サザンハイブリダイゼーションの結果を基にコロニーダイハイブリダイゼーションを行ない、araAを含むXbaI断片と連結したプラスミドを作製した。このプラスミドをシーケンスすることでDNA配列を決定した。得られた配列を解析した結果、araB、araD、araAの順に並ぶ約4.0kbのDNA配列を確認できた(配列番号6)。またaraBの約2.5kb上流にはL−アラビノーストランスポーターと相同性が高いaraE(配列番号7)が存在していた。
【0083】
(4)マーカーレスによるaraE遺伝子導入用ベクターInd11-araEの構築
コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831のaraE遺伝子を含むDNA断片を以下のPCR法により増幅した。
PCRに際しては、以下の一対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ社製「394 DNA/RNAシンセサイザー」を用いて合成し、使用した。
araE遺伝子増幅用プライマー
araE(EcoRI)-Fw; 5'-CTCTGAATTCCGGCCAATCGAAGGAGTAAT-3' (配列番号8)
araE(EcoRI)-Rv; 5'-CTCTGAATTCAGGCTAAGGAGTGTTTAAGA-3' (配列番号9)
尚、いずれのプライマーにもEcoRIサイトが末端に付加されている。
鋳型DNAは、上記(1)項にて抽出したコリネバクテリウム グルタミカム ATCC 31831の染色体DNAを用いた。PCRは、パーキンエルマーシータス社製の「DNAサーマルサイクラー」を用い、反応試薬として、DNAポリメラーゼ(商品名:Pyrobest DNA polymerase、宝酒造株式会社製)を用いて下記の条件で行なった。
【0084】
反応液:
(10×)PCR緩衝液:10μl
2.5mM dNTP混合液:8μl
鋳型DNA:2μl(DNA含有量500ng以下)
上記の2種のプライマー:各々 0.5μl(最終濃度0.2μM)
Pyrobest DNA polymerase:0.5μl
滅菌蒸留水:79μl
以上を混合し、この100μlの反応液をPCRにかけた。
【0085】
PCRサイクル:
デナチュレーション過程: 98℃、10秒
アニーリング過程: 55℃、30秒
エクステンション過程: 72℃、2分
以上を1サイクルとし、30サイクル行なった。
上記で生成した反応液を1%(W/V)アガロースゲルにより電気泳動を行ない、araE遺伝子を含む、約1.7kbのDNA断片が検出できた。
【0086】
上述のEcoRI制限酵素で処理した増幅産物と、EcoRIで制限酵素処理をしたpKK223-3(ファルマシア社製)を混合し、これにMighty Cloning Kit(宝酒造株式会社製)を添加した後、取扱説明書に従い反応させた。
このライゲーション溶液を用い、塩化カルシウム法によりエシェリヒア コリ JM109を形質転換し、アンピシリン50μg/mlを含むL寒天培地〔組成:寒天が1.5%(W/V)含まれていることを除けば上記L培地と同一成分組成〕に塗布した。
この培地上の生育株を常法により液体培養し、培養液よりaraE遺伝子(配列番号7)を含有する長さ約1.7kbのDNA断片が挿入されたプラスミドを、QIAprep Spin Miniprep Kit(キアゲン社製)を用いて抽出した。
該araE遺伝子遺伝子を含むプラスミドをpKK223-3-araEと命名した(図2参照)。
【0087】
次に、araE遺伝子をコリネバクテリウム グルタミカム Rにマーカーレスで染色体に導入するために必要なDNA領域を、コリネバクテリウム グルタミカム Rの生育に必須でないと報告されている配列〔Appl. Environ. Microbiol.、Vol. 71、3369-3372(2005)〕を基に決定した。このDNA領域(Indel11領域)を以下のPCR法により増幅した。
PCRに際しては、以下の一対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ社製「394 DNA/RNAシンセサイザー」を用いて合成し、使用した。
araE遺伝子導入用Indel11領域増幅用プライマー
Indel11(XbaI)-Fw1; 5'-CTCTTCTAGACCTCAATAGAGTCTTCAGAT-3' (配列番号10)
Indel11(XbaI)-Rv1; 5'-CTCTTCTAGATGCTCAGTATGAATGGCCTT-3' (配列番号11)
尚、いずれのプライマーにもXbaIサイトが末端に付加されている。
鋳型DNAは、実施例1(1)項にて抽出したコリネバクテリウム グルタミカム Rの染色体DNAを用いた。PCRは、Takara LA Taq HS DNA polymeraseを使用し、反応液にDMSOを使用しないことと、PCRサイクルを以下に示す条件で行なったこと以外は上記と同様の条件で行なった。
【0088】
PCRサイクル:
デナチュレーション過程: 94℃、30秒
アニーリング過程: 55℃、30秒
エクステンション過程: 72℃、3分
以上を1サイクルとし、30サイクル行なった。
上記で生成した反応液を1%(W/V)アガロースゲルにより電気泳動を行ない、Indel11領域を含む、約2.0kbのDNA断片が検出できた。
【0089】
上述の制限酵素XbaIで処理した増幅産物と、XbaIで制限酵素処理をしたマーカーレス遺伝子破壊用プラスミドpCRA725〔J. Mol. Microbiol. Biotechnol.、 Vol. 8、243-254(2004)、(特開2006-124440号公報)〕を混合し、これにMighty Cloning Kit(宝酒造株式会社製)を添加した後、取扱説明書に従い反応させた。
このライゲーション溶液を用い、形質転換体選定用培地の抗生物質をクロラムフェニコールの代わりに、カナマイシン50μg/ml使用すること以外は、上記(2)項と同様の条件、方法にてIndel11領域を含有する長さ約2.0kbのDNA断片が挿入されたプラスミド取得した。
該araE遺伝子導入用Indel11領域を含むプラスミドをInd11LKS2-4と命名した(図2参照)。
【0090】
プラスミドpKK223-3-araEをEcoRIで処理後、アガロース電気泳動で分離し、ゲルから切り出した約2.0kbの遺伝子を含むDNA断片をゲル抽出キット、(商品名:Minelute Gel Extraction Kit、キアゲン社製)を用いて回収した。得られたDNAを、平滑末端処理キット(商品名:DNA Blunting Kit、宝酒造株式会社製)を用いて平滑末端処理を行ない、EcoRVで制限酵素処理をしたInd11LKS2-4を混合し、これにMighty Cloning Kit(宝酒造株式会社製)を添加した後、取扱説明書に従い反応させた。
【0091】
このライゲーション溶液を用い、塩化カルシウム法によりエシェリヒア コリ JM109を形質転換、カナマイシン50μg/mlを含むL寒天培地〔組成:寒天が1.5%(W/V)含まれていることを除けば上記L培地と同一成分組成〕に塗布した。
この培地上の生育株を常法により液体培養し、培養液よりaraE遺伝子(配列番号7)を含有する長さ約1.7kbのDNA断片が挿入されたプラスミドを、QIAprep Spin Miniprep Kit(キアゲン社製)を用いて抽出した。
該araE遺伝子導入用プラスミドをInd11-araEと命名した(図2参照)。
【0092】
(5)マーカーレスによるコリネバクテリウム グルタミカムInd-araEの創製
araE遺伝子導入用プラスミドInd11-araEは、コリネバクテリウム グルタミカム R内で複製不可能なプラスミドである。Ind11-araEを、電気パルス法〔Agric. Biol. Chem.、 Vol. 54、443-447(1990)及びRes. Microbiol.、 Vol. 144、181-185(1993)〕の方法に従って、コリネバクテリウム グルタミカム Rへ導入し、カナマイシン50μg/mlを含むA寒天培地〔組成:寒天が1.5%(W/V)含まれていることを除けば上記A液体培地と同一成分組成〕に塗布した。
さらに、上記の培地で得られた株を、スクロース10%(W/V)を含有した表2に示すBT寒天培地〔組成:寒天が1.5%(W/V)含まれていることを除けばBT液体培地と同一成分組成〕に塗布した。
【0093】
【表2】

プラスミドInd11-araEが染色体上の相同領域と1点相同組換えを起こした場合、Ind11-araE上のカナマイシン耐性遺伝子の発現によるカナマイシン耐性と、バチラス サブチリス(Bacillus subtilis)のsacR-sacB遺伝子の発現によるスクロース致死性を示すのに対し、2点相同組換えを起こした場合は、Ind11-araE上のカナマイシン耐性遺伝子の脱落によるカナマイシン感受性と、sacR-sacB遺伝子の脱落によるスクロース含有培地での生育性を示す。従って、目的とするaraE遺伝子染色体導入株は、カナマイシン感受性、スクロース含有培地生育性を示す。
カナマイシン感受性、スクロース含有培地生育性を示した株をコリネバクテリウム グルタミカム Ind-araEと命名した。
【0094】
(6)コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araEへのL−アラビノース利用能の付与
プラスミドPlac-araBADを上記(5)項に示した電気パルス法に従って、コリネバクテリウム グルタミカムInd-araEへ導入し、クロラムフェニコール5μg/mlを含むA寒天培地〔組成:寒天が1.5%(W/V)含まれていることを除けば上記A液体培地と同一成分組成〕により、形質転換株コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADを得た。コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADは、日本国筑波県つくば市東1丁目1番地1中央第6(郵便番号305-8566)の独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託した(受付日:2007年7月30日、受託番号 FERM P-21332)。
尚、この株はL−アラビノースを唯一の炭素源として含有するBT液体培地で、増殖が可能となった。
【0095】
実施例2 (コリネバクテリウム グルタミカムInd-araE/Plac-araBADを用いたL−アラビノースからの乳酸生成反応実験)
(1)好気培養増殖
冷凍庫にて-80℃で保存してある実施例1で創製したコリネバクテリウム グルタミカムInd-araE/Plac-araBADを、プレート培養用培地であるクロラムフェニコール5μg/mlを含むA寒天培地〔組成:寒天が1.5%(W/V)含まれていることを除けば上記A液体培地と同一成分組成〕に塗布し、33℃、12時間暗所に静置した。
【0096】
上記のプレートで生育したコリネ型細菌株を、10mlのクロラムフェニコール5μg/mlを含むA液体培地が入った試験管に一白金耳植菌し、33℃、12時間、200rpmの条件で好気的に培養した。
上記の条件で生育した菌株を、好気培養増殖用培地であるクロラムフェニコール5μg/mlを含むA液体培地500mlが入っている容量1Lの三角フラスコに移し、33℃、13時間、200rpmの条件で好気的に培養した。このようにして培養増殖された菌体は、遠心分離(4℃、10分、5,000 × g)によって回収し、次の還元条件下の乳酸生成反応に供した。
【0097】
(2)還元条件下の糖消費及び有機酸生成反応
上記(1)項の好気培養増殖工程により回収された湿潤菌体 4g(Dry cell換算約0.8g)を、BT-U培地(組成:尿素が含まれていないことを除けば上記BT液体培地と同一成分組成)80mlに懸濁後、100ml容のバイアルに入れ、L-アラビノース100mMを利用炭素源として加え、炭酸水素ナトリウム100mMを添加後、密閉した状態で33℃にてゆるく攪拌し、還元条件下の乳酸生成反応を行なった。
この間、2.5N(規定)濃度のNH4OH水溶液(5 N アンモニア水溶液)を使用して反応槽内のpHを7.5に常時維持した。
反応槽内のL−アラビノースと及び乳酸濃度は、逐次少量をサンプリングして液体クロマトグラフィーによる分析を行ない、経時的な消費量及び生成量の変動をそれぞれ調べた。
【0098】
その結果を図3に示す。尚、L−アラビノース消費速度及び乳酸生成速度とは反応開始0時間から4時間後における単位時間当たりの消費量及び生成量である。コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADのL−アラビノース消費速度と乳酸生成速度は、それぞれ24.8mM/h及び20.9mM/hであった。
【0099】
比較例1
実施例2で使用したコリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADに代えて、コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831を用い、好気培養を30℃で行なう以外は、実施例2と同様の条件、方法にて好気培養増殖及び還元条件下の糖消費を行なった。
その結果、コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831のL−アラビノース消費速度は20.8 mM/hであった。
実施例2の結果との比較において、コリネバクテリウム グルタミカム Plac-araBAD/Ind-araEはL−アラビノースを、この株よりも良好に消費できることが明らかとなった。
【0100】
実施例3 (コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADを用いたグルコース及びL−アラビノースの混合糖の同時利用)
実施例2で使用した基質をL−アラビノースからグルコース及びL−アラビノースの混合物(40g/l及び20g/l;存在比率2:1)に代えて行なう以外は、実施例2と同様の条件、方法にて好気培養増殖及び還元条件下の糖消費を行なった。
結果は図4に示すように、グルコースとL−アラビノースを8時間以内に完全に消費することができた。さらにこの株は、グルコースとL−アラビノースを同時利用することが可能であった。
【0101】
比較例2
実施例3で使用したコリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADに代えて、コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831を用い、実施例3と同様の条件、方法にて好気培養増殖及び還元条件下の糖消費を行なった。
結果は図5に示すように、グルコースとL−アラビノースを同時利用することは可能であったが、12時間反応後も両方の基質を完全に消費することはできなかった。
実施例3の結果との比較において、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADはグルコース及びL−アラビノースの両方を、この株よりも、良好に同時利用できることが明らかとなった。
【0102】
実施例4 (コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Ptac-araBDAの創製とL-アラビノース単独利用性能)
(1)コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831からのaraA、araB、araDのクローニング
コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831のaraA、araB、araDの3つの遺伝子はaraB、araD、araAが順に連結したオペロン(araBDA)を形成している。このaraBDA遺伝子を含むDNA断片を以下のPCR法により増幅した。PCRに際して、araBDA遺伝子をクローン化するべく、実施例1(3)項の配列(配列番号6)を基に、下記の一対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製「394 DNA/RNAシンセサイザー(synthesizer)」を用いて合成し、使用した。
araBDA遺伝子増幅用プライマー
araB_Fw_DraI; 5'- CTCTTTTAAAATCGAATGGACCCCAGATCA -3' (配列番号12)
araD_Rv_HindIII; 5'- CTCTAAGCTTTTGACAATGTCACACCACAC -3' (配列番号13)
【0103】
尚、前者はDraIサイトが、後者はHindIIIサイトがそれぞれ末端に付加されている。
鋳型DNAは、実施例1(1)項にて抽出したコリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831の染色体DNAを用いた。PCRは、Takara LA Taq HS DNA polymeraseを使用し、PCRサイクルを以下に示す条件で行なったこと以外は実施例1(4)項と同様の条件で行なった。
【0104】
PCRサイクル:
デナチュレーション過程: 95℃、30秒
アニーリング過程: 55℃、30秒
エクステンション過程: 70℃、4分10秒
以上を1サイクルとし、25サイクル行なった。
上記で生成した反応液を1%(W/V)アガロースゲルにより電気泳動を行い、araBDA遺伝子を含む、約4.1kbのDNA断片が検出できた。
【0105】
次に、tacプロモーター制御下で目的遺伝子の発現が可能なコリネ型細菌-大腸菌シャトルベクターの構築を行なった。コリネ型細菌-大腸菌シャトルベクターpCRB1(特開2006-124440号公報)のlacα遺伝子のATGサイトを削除するため、以下のPCR法により新たにXhoIサイトを付加するようにpCRB1を増幅した。
PCRに際しては、以下の一対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ社製「394 DNA/RNAシンセサイザー」を用いて合成し、使用した。
pCRB1増幅用プライマー
Lsv-s-f2; 5'-CTCGAGAATTCGAGCTCGGTACC-3' (配列番号14)
LSV-S-R1; 5'-CTCGAGCTGTTTCCTGTGTGAAATTG-3' (配列番号15)
【0106】
尚、いずれのプライマーにもXhoIサイトが末端に付加されている。
鋳型DNAは、抽出したプラスミドpCRB1のDNAを用いた。PCRは、Takara LA Taq HS DNA polymeraseを使用し、上記と同様の条件で行なった。
上記で生成した反応液を1%(W/V)アガロースゲルにより電気泳動を行ない、約4.0kbのDNA断片が検出できた。この断片をXhoIで処理後、セルフライゲーションさせて、プラスミドLSVsを作製した(図6参照)。
【0107】
tacプロモーター含むDNA断片を以下のPCR法により増幅した。
PCRに際しては、以下の一対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ社製「394 DNA/RNAシンセサイザー」を用いて合成し、使用した。
tacプロモーター増幅用プライマー
TacF; 5'-GTCGACTAGTTATCGACTGCACGGTGCAC-3' (配列番号16)
TacRfusion; 5'-CCGAGCTCGAATTCTCGAGGTCTTGCCTGCTTTATCAATTC-3' (配列番号17)
尚、前者はSalIサイトが、後者はXhoIサイトがそれぞれ付加されている。
鋳型DNAは、プラスミドpGEX4T-1(アマシャム社製)のDNAを用いた。PCRは、Takara LA Taq HS DNA polymeraseを使用し、PCRサイクルのエクステンション過程を30秒で行なったこと以外は上記と同様の条件で行なった。
上記で生成した反応液を1%(W/V)アガロースゲルにより電気泳動を行ない、約300bpのDNA断片が検出できた。
【0108】
上述の制限酵素SalIとXhoIで処理した増幅産物と、XhoIで制限酵素処理をしたプラスミドLSVsを混合し、これにMighty Cloning Kit(宝酒造株式会社製)を添加した後、取扱説明書に従い反応させた。
このライゲーション溶液を用い、塩化カルシウム法によりエシェリヒア コリ JM109を形質転換し、クロラムフェニコール50μg/mlを含むL寒天培地〔組成:寒天が1.5%(W/V)含まれていることを除けば上記L培地と同一成分組成〕に塗布した。
この培地上の生育株を常法により液体培養し、培養液よりtacプロモーターを含有する長さ約300bpのDNA断片が挿入されたプラスミドを、QIAprep Spin Miniprep Kit(キアゲン社製)を用いて抽出した。
該tacプロモーター制御下で目的遺伝子の発現が可能なコリネ型細菌-大腸菌シャトルベクターをLSVsTacと命名した(図6参照)。
【0109】
上述の制限酵素DraI及びHindIIIで処理したaraBDA遺伝子増幅産物と、SmaI及びHindIIIで制限酵素処理をしたコリネ型細菌-大腸菌シャトルベクターLSVsTac(図6参照)を混合し、これにMighty Cloning Kit(宝酒造株式会社製)を添加後、取扱説明書に従い反応させた。
このライゲーション溶液を用い、実施例1(1)項と同様の条件、方法にてaraBDA遺伝子を含有する長さ約4.1 kbのDNA断片が挿入されたプラスミド取得した。
該araBDA遺伝子を含むプラスミドをPtac-araBDAと命名した(図6参照)。
【0110】
(2)コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araEへのL−アラビノース利用能の付与
上記(1)項のプラスミドPtac-araBDAを実施例1(6)に示した電気パルス法に従って、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araEへ導入し、形質転換株コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Ptac-araBDAを得た。コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Ptac-araBDAは、日本国筑波県つくば市東1丁目1番地1中央第6(郵便番号305-8566)の独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託した(受付日:2007年7月30日、受託番号:FERM P-21333)。
尚、この株はL−アラビノースを唯一の炭素源として含有するBT液体培地で、増殖が可能となった。
【0111】
(3)コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Ptac-araBDAの還元条件下の糖消費及び有機酸生成反応
実施例2で使用したコリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADに代えて、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Ptac-araBDAを用い、実施例2と同様の条件、方法にて好気培養増殖及び乳酸生成反応を行なった。
コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Ptac-araBDAのL−アラビノース消費速度と乳酸生成速度は、それぞれ12.1mM/h及び6.0mM/hであった。
さらに、エシェリヒア コリ以外のaraA、araB、araD遺伝子であっても、本発明の効果が生み出されていることも明らかである。
【0112】
実施例5 (コリネバクテリウム グルタミカム R/Plac-araBADの創製とL-アラビノース単独利用性能)
(1)コリネバクテリウム グルタミカム R株へのL−アラビノース利用能の付与
プラスミドPlac-araBADを実施例1(6)に示した電気パルス法に従って、コリネバクテリウム グルタミカム Rへ導入し、形質転換株コリネバクテリウム グルタミカム R/Plac-araBADを得た。コリネバクテリウム グルタミカム R/Plac-araBADは、日本国筑波県つくば市東1丁目1番地1中央第6(郵便番号305-8566)の独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託した(受付日:2007年7月30日、受託番号:FERM P-21331)。
尚、この株はL−アラビノースを唯一の炭素源として含有するBT液体培地で、増殖が可能となった。
【0113】
(2)コリネバクテリウム グルタミカム R/Plac-araBADの還元条件下の糖消費及び有機酸生成反応
実施例2で使用したコリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADに代えて、コリネバクテリウム グルタミカム R/Plac-araBADを用い、実施例2と同様の条件、方法にて好気培養増殖及び乳酸生成反応を行なった。
コリネバクテリウム グルタミカム R/Plac-araBADのL−アラビノース消費速度と乳酸生成速度は、それぞれ11.4mM/h及び4.7mM/hであった。
【0114】
実施例6 (コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADによるグルコース及びL-アラビノース量比を変えた混合糖条件での同時利用挙動)
実施例3で使用した基質のグルコース及びL−アラビノースの混合物40g/l及び20g/l(存在比率2:1)を、40g/l及び20g/l(存在比率5:1)に代えて行なう以外は、実施例2と同様の条件、方法にて好気培養増殖及び還元条件下の糖消費を行なった。
結果は図7に示すように、グルコースとL−アラビノースの比率を変えてもこれらの糖を同時利用することが可能であった。
【0115】
比較例3
実施例6で使用したコリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADに代えて、コリネバクテリウム グルタミカム R/Plac-araBAD株を用い、実施例6と同様の条件、方法にて好気培養増殖及び還元条件下の糖消費を行なった。
結果は図8に示すように、グルコースとL−アラビノースを同時利用することは可能であったが、12時間反応後もグルコースの基質を完全に消費することはできなかった。
実施例6の結果との比較において、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADはグルコース及びL−アラビノースの両方を、この株よりも、良好に同時利用できることが明らかとなった。
【0116】
実施例7 (コハク酸と酢酸の生成挙動実験)
実施例1で創製したコリネバクテリウム グルタミカムInd-araE/Plac-araBADを用い、実施例2と同様の条件、方法にて好気培養増殖及び還元条件下の糖消費及び有機酸生成反応を行なった。
その結果を図9に示す。6時間反応後にコハク酸と酢酸がそれぞれ68.9mM及び32.9mM生成した。
【図面の簡単な説明】
【0117】
【図1】図1は、実施例1(2)項において作製したベクターPlac-araBADを示す模式図である。
【図2】図2は、実施例1(4)項において作製したベクターInd11-araEの作製方法を示す模式図である。
【図3】図3は、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADによるL−アラビノース単一基質におけるL−アラビノース消費及び乳酸生成の経時変化を示す図である。
【図4】図4は、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADによるグルコースと及びL-アラビノースの含有比率2対1の混合糖における糖消費の経時変化を示す図である。
【図5】図5は、コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831によるグルコースと及びL−アラビノースの含有比率2対1の混合糖における糖消費の経時変化を示す図である。
【図6】図6は、実施例4(1)項において作製したベクターPtac-araBDAの作製方法を示す模式図である。
【図7】図7は、コリネバクテリウム グルタミカムInd-araE/Plac-araBADによるグルコースと及びL−アラビノースの含有比率5対1の混合糖における糖消費の経時変化を示す図である。
【図8】図8は、コリネバクテリウム グルタミカム R/Plac-araBADによるグルコースと及びL−アラビノースの含有比率5対1の混合糖における糖消費の経時変化を示す図である。
【図9】図9は、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBADによるL-アラビノース単一基質におけるL−アラビノース消費及びコハク酸及び酢酸生成の経時変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(d)の遺伝子をコリネ型細菌に導入したことを特徴とする、L−アラビノース利用機能を有するコリネ型細菌形質転換体。
(a)L−アラビノースイソメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子
(b)L−リブロキナーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子
(c)L−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子
(d)L−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター活性を有するタンパク質をコードする外来性遺伝子
【請求項2】
(a)L−アラビノースイソメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、(b)L−リブロキナーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、及び(c)L−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子として、配列番号1もしくは配列番号6で示されるDNA配列、又は配列番号1もしくは配列番号6で示されるDNA配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつL−アラビノースイソメラーゼ活性を有するポリペプチド、L−リブロキナーゼ活性を有するポリペプチド、及びL−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNAを用いる請求項1記載のコリネ型細菌形質転換体。
【請求項3】
(d)L−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター活性を有するタンパク質をコードする外来性遺伝子として、配列番号7で示されるDNA配列、又は配列番号7で示されるDNA配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつL−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター活性を有するポリペプチドをコードするDNAを用いる請求項1または2記載のコリネ型細菌形質転換体。
【請求項4】
コリネ型細菌が、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R(FERM P-18976)、セロビオース利用性組換え株もしくは変異株(FERM P-18979、FERM P-18977、FERM P-18978)、又はエタノール生産組換え株(FERM P-17887)である請求項1〜3の何れか一項に記載のコリネ型細菌形質転換体。
【請求項5】
(a)L−アラビノースイソメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、(b)L−リブロキナーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子、及び(c)L−リブロース−5−ホスフェート4−エピメラーゼ活性を有する酵素をコードする外来性遺伝子として、エシェリヒア コリ(Escherichia coli)、コリネバクテリウム グルタミカムATCC31831、バチラス サブチリス(Bacillus subtilis)、サルモネラ ティフィムリウム(Salmonella typhimurium)、バチラス ハロデュランス(Bacillus halodurans)、ゲオバチラス ステアロサーモフィラス(Geobacillus stearothermophilus)、及びマイコバクテリウム スメグマティス(Mycobacterium smegmatis)からなる群より選ばれる微生物由来のaraA遺伝子、araB遺伝子、及びaraD遺伝子を用いる請求項1記載のコリネ型細菌形質転換体。
【請求項6】
(d)L−アラビノース輸送系のプロトンシンポーター活性を有するタンパク質をコードする外来性遺伝子として、コリネバクテリウム グルタミカム ATCC31831、エシェリヒア コリ、バチラス サブチリス、クレブシエラ オキシトカ(Klebsiella oxytoca)、及びサルモネラ ティフィムリウムからなる群より選ばれる微生物由来のaraE遺伝子を用いる請求項1または5記載のコリネ型細菌形質転換体。
【請求項7】
グルコースとアラビノースを同時利用することができる請求項1〜6の何れか一項に記載のコリネ型細菌形質転換体。
【請求項8】
コリネ型細菌形質転換体が、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Plac-araBAD(受託番号 FERM P-21332)である請求項1記載のコリネ型細菌形質転換体。
【請求項9】
コリネ型細菌形質転換体が、コリネバクテリウム グルタミカム Ind-araE/Ptac-araBDA(受託番号 FERM P-21333)である請求項1記載のコリネ型細菌形質転換体。
【請求項10】
コリネ型細菌形質転換体が、コリネバクテリウム グルタミカム R/Plac-araBAD(受託番号 FERM P-21331)である請求項1記載のコリネ型細菌形質転換体。
【請求項11】
L−アラビノースを含有する糖質培地中で請求項1〜10のいずれか一項記載のコリネ型細菌形質転換体を用いて有機化合物を生成させる工程と、同培地より有機化合物を回収する工程とを含む有機化合物の製造方法。
【請求項12】
有機化合物が、乳酸、コハク酸、酢酸、アミノ酸及びエタノールからなる群より選ばれる1種以上である請求項11記載の有機化合物の製造方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−50236(P2009−50236A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−222439(P2007−222439)
【出願日】平成19年8月29日(2007.8.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人日本農芸化学会 日本農芸化学会2007年度(平成19年度)大会講演要旨集 平成19年3月5日〔刊行物等〕 日本農芸化学会2007年度(平成19年度)大会 社団法人日本農芸化学会 平成19年3月25日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「平成18年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 微生物機能を活用した高度製造基盤技術開発バイオリファイナリー技術の開発」産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591178012)財団法人地球環境産業技術研究機構 (153)
【Fターム(参考)】