説明

PPARδアゴニストによる脳神経変性疾患治療剤

本発明によれば、PPARδアゴニストをthapsigargin,MPP+,staurosporine等の毒素を作用させた培養細胞系に添加して生存率を向上させる化合物を再選択することにより、神経細胞に対して保護作用を有する化合物を再選択することが可能である。このような方法で選択された化合物は、脳梗塞やパーキンソン病などの神経変性疾患治療剤の有効成分として用いることができ、新薬創出の為の研究に極めて有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、PPARδにアゴニスト作用を示す化合物の脳神経変性疾患治療剤の用途に関する。また本発明は、当該化合物を有効成分として含む薬剤を投与することによる脳神経変性疾患の治療方法に関する。
【背景技術】
脳梗塞、パーキンソン病、アルツハイマー病、ハンチントン病等の様々な中枢性疾患では、いずれも神経細胞の変性が原因となり、様々な重篤な障害が生じている。
例えば、周知のように、脳の血管が詰まって血液が流れなくなったり(脳梗塞)、脳の血管が裂けて出血したり(脳出血)して、脳の組織が傷害されることにより、脳の神経細胞が生きていくために必要な量の血流が確保されないと、脳は極めて短時間で壊死に陥いる。これらの虚血に伴う神経細胞死は、直接的に虚血状態にさらされる梗塞巣のコア領域の神経細胞の壊死に始まり、次第に周辺領域(penumbra)に波及して多くの神経細胞に障害を拡大させる。このうちコア領域の壊死は、極めて短期間に不可逆的に生じる為、今日、実質的な治療は不可能と考えられている。しかしながら、周辺領域の神経細胞死は、隣接する神経細胞の壊死による影響を受けながら緩慢に進行する為、初期段階においてはある程度可逆的に抑制可能なものではないかと推測されており、その期待のもとに、様々な治療薬開発の試みがなされて来ている。しかしながら、現在のところ、これら虚血状態における神経細胞変性の分子的メカニズムは十分には解明されておらず、臨床現場ではっきり神経細胞死抑制の治療効果が証明された薬剤は未だ見出されていない。
一方、パーキンソン病(Parkinson’s disease,PD)は、黒質線条体系ドーパミン作動性ニューロン(nigrostriatal dopaminergic neurons)が、長期間に渡って次第に変性することにより、振せんや筋肉の硬直、運動不能などの症状を生じる中枢性疾患である。人口あたりの発症頻度がかなり高い疾患であるが、発病に至る詳しい原因については未だ解明されていない。遺伝的ファクター、内因性及び外因性の毒素、酸化ストレス(oxidative stress)等が微妙に影響して病状の悪化をもたらしているのではないかと推測されている。この疾患においては、数多くの神経細胞の中で黒質線条体系ドーパミン作動性ニューロンだけが選択的に変性されるが、その神経変性を有意に抑制してパーキンソン病の進行そのものを実質的に抑止できることが臨床的に明確に確認された薬剤は今のところ存在しない。
従って、これらの脳梗塞やパーキンソン病等の重篤な疾患を根本的に治療する為には、神経変性を抑制する薬剤や損傷を受けた神経の再生を促す薬剤の開発が切望されている。臨床的に有効な薬剤を見出す為の第1歩として、神経変性過程に関与の疑われる様々な標的蛋白質分子を用いたスクリーニングによって、例えば神経系培養細胞における神経細胞死を抑制するような化合物を見出し、上記の中枢性疾患を模擬したマウスやラットなどの動物モデルにおいて、それら化合物の効果を確認する手法が一般的に行なわれている。新しい標的蛋白質の発見は、新しい治療薬発見の為の重要な一歩と考えられている。現在までに、主として脳梗塞状態を模擬した実験モデル動物を用いた解析から、神経変性過程に関与することが疑われる数多くの遺伝子産物が見出されてきている。
ところで、脂肪分解に関与する細胞内小器官ペルオキシソームを増加させる作用を仲介する蛋白質として見出されたペルオキシソーム増殖薬応答性受容体(peroxisome proliferator−activated receptors:PPAR)は、グルココルチコイド、エストロゲン、プロゲストロン、甲状腺ホルモン、及び脂溶性ビタミンなどをリガンドとする転写因子,核内受容体スーパーファミリーの一員である。これまでの数多くの研究から、PPARは、多くの遺伝子発現を制御する上で極めて重要な機能を担っており、数多くの疾患に関連することが知られているので、神経細胞死との関連も注目される。
これまでに、ヒトPPARには、少なくともα,γ,δの3種のサブタイプが存在することが判明している。PPARの各サブタイプは、9−cisレチノイン酸をリガンドとするRXRとヘテロ二量体を形成し、プロモーター領域にPPAR応答領域(PPAR responsible element:PPRE:5’−AGGTCA−X−AGGTCA−3’)を有する種々の遺伝子の発現制御をつかさどっている。一般に、PPAR/RXRヘテロダイマーにリガンドが結合する際には、co−repressorの解離とco−activatorとの会合が起こり、転写活性化能を発揮すると考えられている。
PPARαは、肝臓、腎臓、心臓、消化管など脂肪酸利用度の高い組織において高発現しており、脂肪酸の代謝、特に脂肪酸の酸化を調節する役割を担っている。また、PPARαノックアウトマウスの研究などによって、PPARαが、高脂肪食下におけるインスリン抵抗性発症に密接に関与していることも推察されている。
PPARγは、脂肪細胞分化に重要な役割を担っていることが知られている。例えば、繊維芽細胞にPPARγを発現させ、PPARγの強力な合成リガンドであるチアゾリジン誘導体(thiazolidinedione:TZD)を処理すると脂肪細胞に分化することが知られている。さらに、チアゾリジン誘導体は、肥満を伴う2型糖尿病のインスリン抵抗性改善薬である。PPARγは、チアゾリジン誘導体投与などの比較的高濃度のリガンドにさらされた場合は、脂肪細胞の分化が誘導され、小型脂肪細胞の増加と肥大脂肪細胞のアポトーシスの結果、インスリン感受性亢進に作用する。しかし、チアゾリジン誘導体の存在しない状態で、高脂肪食負荷(HF)といった比較的低濃度のリガンドにさらされた場合は、脂肪細胞肥大、脂肪蓄積とインスリン抵抗性に作用すると考えられている。
一方、PPARδは、脳、肝臓、腎臓、膵臓、脂肪、骨格筋、消化管、皮膚、胎盤など広範な組織に発現しており、脂肪細胞分化、脳機能、表皮分化などにおける機能が報告されている。PPARδのノックアウトマウスは、約90%が胎生致死で、出生しても野生型と比較し、胎生期及び出産後を通じて発育不良が見られる。また脳が体の大きさに比例して小さく、脳梁のミエリン形成において異常が認められる。また表皮の過形成がノックアウトマウスにおいて有意に増強される。このように、PPARδは、発生、脂質代謝、脳のミエリン形成、表皮細胞増殖に密接に関与していることが示唆されている。また、PPARδ選択的アゴニストにより、コレステロール逆転送系の活性化、リポ蛋白組成比の改善、中性脂肪の低下が見られるという報告がある。PPARδは脳に豊富に発現しているサブタイプであるが、その脳内における生理的役割についてはまだ殆ど解明されていない。
これらのPPARの各サブタイプの役割と神経変性疾患との関係については、まだ十分に解明されているわけではない。しかしながら、これまでに、比較的解析の進んでいるPPARγにおいて、PPARγにアゴニスト活性を示す化合物が、脳梗塞やパーキンソン病の動物モデルにおいてある程度の治療効果を示すことを示唆する報告がなされている。例えば、S.Sundararajan等は、PPARγ agonistが、ラット脳梗塞モデルで有効であることを報告している(S.Sundararajan,W.D.Lust,D.M.D.Landis and G.E.LandrethSoc.Neurosci.Abstr.26(2000),p1808.PPAR gamma agonists reduce ischemic injury and immunoreactivity against inflammatory markers in rats.)。
また、S.Uryu等は、Troglitazoneがcerebellar granule neuronsの細胞死を抑制することを報告しており、神経細胞死の抑制剤としての用途が類推されているが、PPARγagonistが一般的に神経細胞死の抑制に関係するかどうかについては、必ずしも明確ではない。(Shigeko Uryu,Jun Harada,Marie Hisamoto and Tomiichiro Oda.Brain Research 924(2002)p229−236.Troglitazone inhibits both post−glutamate neurotoxicity and low−potassium−induced apoptosis in cerebellar granule neurons)。
また、T.Breidert等は、PPARγ agonistの一種pioglitazoneが、マウスのMPTP誘発パーキンソン病モデルにおける神経変性に対して保護的に働くことを報告している(T.Breidert,J.Callebert,M.T.Heneka,G.Landreth,J.M.Launay and E.C.Hirsch.Journal of Neurochemistry 82(2002)p615−624.Protective action of the peroxisome proliferator−activated receptor−gamma agonist pioglitazone in a mouse model of Parkinson’s disease)。これはPPARγアゴニストの抗炎症効果によるものと考えられる。
WO0249626A2は、PPARγ agonistの、脳梗寒,パーキンソン病など神経変性疾患に対する治療方法を開示している。
また、WO0213812A1は、PPARγアゴニストによる神経変性疾患(neurodegenerative disease),炎症性疾患などの治療法を開示している。その際、神経変性疾患としては、脳梗塞,パーキンソン病,アルツハイマー病などを特定しており、またPPARγ/PPARδ dual agonistについても同様の治療効果のあることを開示している。しかしながら、当該明細書においては、PPARδアゴニスト単独の効果については、何ら言及されていない。これは、サブタイプ選択性の低いPPARγアゴニストにおける効果をPPARγ/PPARδ dual agonistによる効果であると表現したもので、PPARδアゴニストによる作用が、PPARγアゴニストによる作用と区別されて明確に確認されている訳ではない。
ところで、代表的なPPARγアゴニストであるrosiglitazone,pioglitazoneなどのThiazolidinediones系の化合物では、いくつかの重篤な副作用の可能性が示唆されている。中でも、これらの薬剤の2型糖尿病治療薬としての臨床試験や各種の動物実験を通じて、水分貯留の副作用が見出されている(Sood V,Colleran K,Burge MR.Diabetes Technol Ther 2(2000)p429−440.Thiazolidinediones:a comparative review of approved uses.)。水分貯留の増大は、しばしば脳浮腫につながり、脳梗塞に対し増悪的に作用する懸念がある。その為、これらのPPARγアゴニストを脳梗塞治療薬として開発することには、本質的な困難が伴うことが予想される。
他方、現在までのところ、PPARδが、脳梗塞、パーキンソン病など神経変性疾患の発症と直接に関連することを示した報告はない。また浮腫との関連を示す報告も知られていない。しかしながら、PPARδが、アポトーシスや炎症性の細胞死に関係することを示唆する報告が若干存在する。
例えば、T.Hatae等は、ヒト胎児腎臓由来の293細胞にprostacyclin synthase遺伝子発現ベクターを導入、PPARδを活性化させるとアポトーシス(apoptosis)が生じることを報告している(Toshihisa Hatae,Masayuki Wada,Chieko Yokoyama,Manabu Shimonishi,and Tadashi Tanabe.Prostacyclin−dependent Apoptosis Mediated by PPARδ.The Journal of Biological Chemistry 276(2001)pp.46260−46267.)。
さらに、WO0107066A1には、PPARδの阻害剤を投与することにより、マクロファージ(macrophage)から泡沫細胞(foam cells)が形成する過程を阻害することができ、様々な血管疾患(vascular disease)を治療可能であることが述べられている。治療可能な血管疾患として脳梗塞(stroke)やアルツハイマー病が例示されている。しかしながら、当該明細書では、マクロファージで発現するPPARδが、炎症反応を引き起こす為にこれら疾患の増悪因子となることが捉えられているにすぎない。逆に、中枢神経系細胞において発現しているPPARδの役割や、PPARδアゴニストの治療薬としての可能性については、全く言及されていない。
【発明の開示】
これまでの研究から、PPARγにアゴニスト活性を示す一部の化合物には、脳梗塞等における神経変性の進行を抑制する作用があることが示唆されている。しかしながら、PPARγにアゴニスト活性を示す個々の化合物については、同時にPPARαやPPARδに対するアゴニスト活性も若干ながら有している場合が多いため、PPAR各サブタイプに対するアゴニスト活性と神経変性疾患に対する治療効果との関連は、まだ十分には解明されていない。PPARγについては、そのアゴニスト自体がニューロンの細胞死を直接抑制しているという報告はなく、むしろPPARγアゴニスト本来のもつ抗炎症作用を通じて間接的に神経細胞死抑制効果がもたらされている可能性が高い。このことは、PPARγアゴニストの治療効果が、炎症を伴う神経変性疾患の炎症期の治療にのみ限定されることを示唆している。また、これまでにPPARγアゴニストの多くは、重篤な水分貯留等の副作用を生じることが知られており、脳神経系の治療に際には、脳浮腫を増悪させる可能性も考えられる為、臨床への応用を困難にしている。従って、PPARアゴニスト作用を有する化合物の中から、直接的にニューロンの細胞死を抑制でき、広く様々な神経変性疾患の治療に有効で水分貯留等の副作用示さない化合物を選択し、臨床現場への応用を可能とする為の優れた方法を提供することが強く求められている。本発明はこのような課題の解決をその目的とするものである。本発明者等の今回の研究から、PPARδに特異的なアゴニストが、単独で脳梗塞やパーキンソン病等の神経変性疾患に有効であることが初めて明らかにされた。さらに、PPARδアゴニストが直接ニューロン細胞に作用して細胞死を抑制することも明らかとなった。これらの結果から、PPARδアゴニストはPPARγアゴニストに比べて、より広範な神経変性疾患の治療に有効と考えられる。
本発明者らは、神経系由来の培養細胞系を鋭意工夫し、様々な神経毒による作用と神経細胞死との関連を研究するなかで、PPARδアゴニストが、thapsigargin,MPP+,staurosporine等による神経細胞死を有意に抑制する事実を初めて見出した。そこで、これらのPPARδアゴニストを用いて、脳梗塞モデル動物での有効性を評価したところ、実際に、これらのPPARδアゴニストには、脳梗塞に伴う虚血状態での神経細胞死に対する抑制作用があることを確認した。また、MPTP誘発パーキンソン病モデル動物においても、MPTPによる脳内ドーパミン含量の低下を回復させることを確認した。そして、PPARδにアゴニスト活性を有する化合物が、脳梗塞やパーキンソン病などの神経変性疾患の治療に有用であり、それらの化合物の中から有用な治療剤を選択しうることを見出した。
すなわち、本発明は、PPARδアゴニストを有効成分として含む神経変性疾患治療剤を投与することによるアルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞、頭部外傷、脳出血、脊髄損傷、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、糖尿病性あるいは薬物誘発性の末梢神経障害または網膜神経障害の治療方法に関する。
また、本発明は、PPARδアゴニストを有効成分として含むアルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞、頭部外傷、脳出血、脊髄損傷、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、糖尿病性あるいは薬物誘発性の末梢神経障害または網膜神経障害の治療剤に関する。
すなわち、本発明は、以下の発明に関する。
《1》 PPARδアゴニストを有効成分として含むアルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞、頭部外傷、脳出血、脊髄損傷、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、糖尿病性あるいは薬物誘発性の末梢神経障害または網膜神経障害の治療剤。
《2》 PPARδアゴニストを有効成分として含む薬剤を投与することによるアルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞、頭部外傷、脳出血、脊髄損傷、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、糖尿病性あるいは薬物誘発性の末梢神経障害または網膜神経障害の治療方法。
《3》 PPARδアゴニストを有効成分として含む脳梗塞の治療剤。
《4》 PPARδアゴニストを有効成分として含むパーキンソン病の治療剤。
《5》 PPARδアゴニストを有効成分として含む薬剤を投与することによる脳梗塞の治療方法。
《6》 PPARδアゴニストを有効成分として含む薬剤を投与することによるパーキンソン病の治療方法。
《7》 PPARδアゴニストが、細胞死抑制活性を指標として特異的に再選択されたPPARδアゴニストである《1》,《3》,《4》に記載の治療剤。
《8》 PPARδアゴニストが、細胞死抑制活性を指標として特異的に再選択されたPPARδアゴニストである《2》,《5》,《6》に記載の治療方法。
《9》 PPARδアゴニストが、L−165041またはGW501516であるところの《1》,《3》,《4》に記載の治療剤。
《10》 PPARδアゴニストが、L−165041またはGW501516であるところの《2》,《5》,《6》に記載の治療方法。
《11》 アルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞、頭部外傷、脳出血、脊髄損傷、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、糖尿病性あるいは薬物誘発性の末梢神経障害または網膜神経障害の治療剤製造の為のPPARδアゴニストの使用。
《12》 脳梗塞治療剤製造の為のPPARδアゴニストの使用。
《13》 パーキンソン病治療剤製造の為のPPARδアゴニストの使用。
《14》 PPARδアゴニストが細胞死抑制活性を指標として特異的に再選択されたPPARδアゴニストである《11》−《13》記載の使用。
《15》 PPARδアゴニストがL−165041またはGW501516である《11》−《13》記載の使用。
《16》 PPARδアゴニストを有効成分として含む中枢神経細胞死抑制剤。
《17》 PPARδアゴニストが、L−165041またはGW501516であるところの《16》に記載の中枢神経細胞死抑制剤。
以下に、本発明について詳細に説明する。
本発明は、PPARδアゴニストを有効成分として含むアルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞、頭部外傷、脳出血、脊髄損傷、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、糖尿病性あるいは薬物誘発性の末梢神経障害または網膜神経障害の治療剤及び治療方法に関する。
上記発明の『PPARδアゴニスト』は、PPARδ作動薬またはPPARδ作用薬ともよばれ、核内受容体であるPPARδ蛋白質に特異的に結合してその構造変化をもたらし、PPARδ−RXR複合体のPPRE(peroxisome proliferator response element)への結合を促進し、PPRE配列をプロモーター領域に有する種々の遺伝子の発現を促すことにより種々の生理作用を示す低分子化合物をいう。
代表的な『PPARδアゴニスト』活性を示す公知の化合物としては、例えば、L−165041及びGW501516をあげることができる。
L−165041(4−[3−[2−propyl−3−hydroxy−4−acetyl]phenoxy]propyloxyphenoxy acetic acid)は、PPARδ及びPPARγの両方に結合活性を有するが、PPARγに対するアフィニティ(Ki 730nM)は、PPARδに対するアフィニティ(Ki 6nM)よりはるかに弱いことが報告されている(Mark D.Leibowitz等.Activation of PPARδ alters lipid metabolism in db/db mice.FEBS Letters 473(2000)333−336.)。
GW501516は、PPARδに強いアフィニティを示す化合物で(Ki=1.1±0.1nM)、GAL4−responsive reporter geneを用いてアゴニスト活性を測定すると高い発現誘導活性(EC50=1.2±0.1nM)を示し、その効果は、PPARの他のサブタイプに比べPPARδに対して1000倍以上の選択性が見られることが報告されている(William R.Oliver,Jr.等.A selective peroxisome proliferator−activated receptor δ agonist promotes reverse cholesterol transport.Proc.Natl.Acad.Sci.USA 98(2001)5306−5311.)。
上記の文献情報は、本発明者等の予備的実験結果からも裏付けられている。すなわち、本発明者等は、L−165041及びGW501516のヒト及びマウス由来のPPAR各サブタイプに対する選択性について、GAL4−各PPARサブタイプの融合蛋白による転写活性化作用をGAL4−responsive reporter geneで評価し、両化合物がヒト及びマウスのPPARδに特に高い選択性を有することを確認した。またその際、GW501516の方がL−165041よりも高い選択性と発現誘導活性を示すことも確認した(参考例1,表7参照)。
PPARδのサブタイプに比較的高い特異性を示す既存のアゴニストとしては、L−165041及びGW501516の両化合物以外にも、既にWO2002100351,WO0200250048,WO0179197,WO0246154,WO0214291,特願2001−354671等に数多くの化合物が報告されている。また、Brown PJ等(Brown PJ,Smith−Oliver TA,Charifson PS,Tomkinson NC,Fivush AM,Sterrnbach DD,Wade LE,Orband−Miller L,Parks DJ,Blanchard SG,Kliewer SA,Lehmann JM and Willson TM.,Chem.Biol.(1997),p909−918.Identification of peroxisome proliferator−activated receptor ligands from a biased chemical library)により、例えばGW2433などの化合物が報告されている。
通常の実験技術を有する当業者であれば、これらの化合物の中から、後述の培養細胞を用いた選択方法により、神経保護作用を有する化合物を再選択することは、容易に実施可能と思われる。
『PPARδアゴニストの選択方法』としては、例えば以下の方法があるが、これらは例示にすぎず、特にこれらの方法に限定されるものではない。通常の技術を有する当業者であれば、これらの方法に基づいて細部をさらに最適化した方法を容易に工夫し実施できる。
PPARアゴニストを選択する為のレポータージーンアッセイ法は公知である。たとえば、酵母が有するGal4転写系及びGal4−PPARδ融合蛋白質を利用したワンハイブリッドレポータージーンアッセイが報告されている。(Lehman JM,More LB,Smith Oliver TA,Wilkinson WO,Willson TM,& Kliewer SA.An antidiabetic thiazolidinedione is a high affinity ligand for peroxisome proliferator−activated receptor γ(PPARγ).J.Biol.Chem.270(1995)12953−12956.)この方法において、PPARδが酵母の転写系を駆動する作用が評価される。
また、PPARアゴニストの選択は、以下の文献に示されるように、PPARδの認識応答配列であるPPREと全長のPPARδを利用するレポーターアッセイ系によって、生体内の転写システムを再現することによっても可能である。
(Dreyer C,Krey G,Keller H,Givel F,Helftenbein G,& Wahli W.Control of the peroxisomal β−oxidation pathway by a novel family of nuclear hormone receptors.Cell 68(1992)879−887.)
(Kliever SA,Forman BM,Blumberg B,Ong ES,Borgmeyer U,Mangelsdorf DJ,Umesono K,& Evans RM.Differential expression and activation of a family of murine peroxisome proliferator−activated receptors.Proc.Nat.Acad.Sci.,USA 91(1994)7355−7359.)
(Devchand PR,keller H,Peters JM,Vazquez M,Gonzalez FJ,& Wahli W.The PPARα−leukotriene B4 pathway to inflammation control.Nature 384(1996)39−43)
(Forman BM,Chen J,& Evans RM.Hypolipidemic drugs,polyunsaturated fatty acids,and eicosanoids are ligands for peroxisome proliferator−activated receptors a and d.Proc.Nat.Acad.Sci.,USA 94(1997)4312−4317.)
(Basu Modak S,Braissant O,Escher P,Desvergne B,Honegger P,& Wahli W.Peroxisome proliferator−activated receptor β regulates acyl−CoA synthetase 2 in reaggregated rat brain cell cultures.J.Biol.Chem.274(1999)35881−35888.)
(He TC,Chan TA,Vogelstein B,& Kinzler KW.PPARδ is an APC−regulated target of nonsteroidal anti−inflammatory drugs.Cell 99(1999)353−345.)
レポーターアッセイ系を構成するにあたっては、通常、プロモーター領域にPPAR応答領域(PPAR responsible element:PPRE:5’−AGGTCA−X−AGGTCA−3’)を配列既知の構成的(constitutive)に発現するプロモーターと連結させた転写制御領域を構築して、この転写制御領域の下流にレポーター遺伝子を人工的に連結させたDNA構築物(DNA construct)を連結させる。また、PPAR遺伝子を既知遺伝子プロモーターと連結させた発現ベクターを構築する。それらのDNA構築物を適当な培養細胞(例えばCV−1細胞)に導入し、種々の化合物を添加した際のレポーター遺伝子の発現量を有意に増大させる化合物を選択する。既知遺伝子プロモーターとしては、例えばSV40ウイルス初期遺伝子やCMVのIE遺伝子のプロモーター等を用いることができるが、特にそれらに限定されるわけではない。通常の発現活性を有する転写制御領域を用いれば良く、そのようなDNA構築物は、通常の実験技術を有する当業者によって、容易に構築可能である。
PPARδ等の転写制御に必須な配列部位については、通常の組換えDNA実験の手法により、それらの必須配列を複数個タンデムに重複させた人工的なDNA構築物を作製することが可能である。このような人工的構築物を天然の配列と入れ換えて用いることにより、当該転写制御領域の転写誘導活性を増強させることができる場合がある。
さらに、PPARδアゴニスト活性を正確に測定する為に、上述の方法をさらに改良して生体内の状態に近づけることが可能である。生体内ではPPARδは、RXRとヘテロダイマーを形成し、さらにPPARδのコアクチベーターと相互作用することによって、転写活性を発揮していることが判明している。従って、これらの蛋白質あるいは各蛋白質と機能的に同等な蛋白質をコードする遺伝子を発現ベクターに連結して細胞に導入することによって、PPARδアゴニスト活性を有する化合物が、より生体内の状態に近い状態でPPARδ転写系を駆動する作用が評価できる。各遺伝子は、同一のベクターに導入されてもよいし、別々のベクターであってもかまわない。RXR遺伝子としては、たとえば、ヒトRXRα遺伝子(GenBank Accession No.NM_002957)を用いることができる。また、コアクチベーターとしては、たとえば、ヒトCBP遺伝子(GenBank Accession No.U47741)やヒトSRC−1遺伝子(GenBank Accession No.U40396)を用いることができる。
PPARレポーター遺伝子やPPARδ遺伝子を含むDNA構築物を動物細胞へ導入する方法としては、通常のりん酸カルシウム法・リポソーム法・リポフェクチン法やエレクトロポーレーション法(electroporation法,電気穿孔法)などのいずれかによる形質転換方法を用いればよく、特に限定されない。より好ましくは、エレクトロポーレーション法を用いればよい。
上述の方法により選択されたPPARδにアゴニスト活性を示す化合物の中から、以下に示す方法により、優れた神経保護作用を有する好ましい性質を有する化合物を再選択することが可能である。即ち、本発明者らによる一連の実験(実施例1〜実施例6)において実施されているように、PPARδアゴニスト由来の被験物質をある種の神経毒物質とともに細胞に添加して培養し、その生細胞数を、当該神経毒物質のみを添加した細胞の場合と比較する。そして、被験物質を作用させることによって、神経系に由来する細胞に対するある種の神経毒性を引き起こす化合物による神経細胞死が有意に抑制され、その致死的影響が緩和されて、細胞の生存率が上昇するような当該被験物質を選択する。
脳梗塞などによる神経細胞死については、未だその分子メカニズムの全貌が十分に判明している訳ではないが、神経毒性を引き起こす物質として例えばthapsigarginを用いることにより、通常の実験技術を有する当業者であれば、容易に、脳梗塞等の治療剤の有効成分としてより最適化された化合物選択の為の培養細胞を用いたアッセイ系を模擬的に構成することが可能である。thapsigargin(タプシガーギン)は、筋小胞体(sarcoplasmic reticulum,SR)や小胞体のカルシウムポンプに対する強力な阻害剤として知られている。カルシウムは細胞の応答の制御に広く使われており、細胞の恒常性を保つために、カルシウムポンプは非常に重要な働きを担っている。脳梗塞急性期の虚血状態において、脳梗塞巣周辺のニューロンにおける細胞内カルシウム濃度の乱れが、細胞死の一因となっていることを示唆する報告がある。
本アッセイ系に用いられるthapsigarginの濃度としては、1nM以上から1μM以下の濃度、より好ましくは100nM程度が考えられる。thapsigarginの添加時期としては、被験化合物の添加時期の前でも同時でも後でも構わない。より好ましくは、被験化合物を添加して2時間後が望ましい。本アッセイ系における被験化合物の神経細胞保護活性は、thapsigargin及び被験化合物が共存した状態で、一晩培養後、例えば次に示すいずれかの方法によって判定することができる。いずれも、通常の実験技術を有する当業者であれば、市販のキット製品のいずれかを用いて容易に実施することができる。
(1)MTT assayによる生細胞数の測定
(2)LDH assayによる死細胞数の測定
(3)Caspase−3/7 assayによるアポトーシス検出
従って、本アッセイ系において、ある被験化合物をthapsigarginとともに細胞に添加して培養した場合に、thapsigarginのみを添加した場合と比較して、有意に細胞の生存率の上昇が見られれば、その被験化合物は、脳梗塞等の神経変性疾患治療に効果的な薬剤の有効成分である可能性を有すると推測される。
本アッセイ系に用いる培養細胞としては、ヒト神経細胞の性質を保持したものが望ましいが、ヒト神経細胞腫由来の株化細胞、より望ましくはSH−SY5Y細胞を用いることができる。この細胞を用いることによって神経細胞の細胞死メカニズムに類似したin vitroの細胞死アッセイ系が成立していると考えられる。実際に本アッセイ系において細胞死抑制効果のある両化合物L−165041及びGW501516はin vivo脳梗塞モデルにおいても有意に細胞死抑制効果を示しておりin vitroとin vivoにおいて非常に良い相関が確認されている。
一方、パーキンソン病による神経細胞死については、未だその分子メカニズムの全貌が十分に判明している訳ではないが、神経毒性を引き起こす物質として例えばMPP+(1−methyl−4−phenylpyridinium ion)などを用いることにより、パーキンソン病の治療剤の有効成分としてより最適化された化合物選択の為の培養細胞を用いた細胞系を模擬的に構成することが可能である。神経毒の一種、1−methyl−4−phenyl−1,2,3,6tetrahydropyridine(MPTP)は、人間や他の霊長類にパーキンソン症候群(Parkinsonism)を引き起こすことが知られており、パーキンソン病の発症機構との関連から注目されている。MPTPは脳内に取り込まれた後,アストロサイトの中でmonoamine oxidase B(MAOB)によりMPP+(1−methyl−4−phenylpyridinium ion)に代謝されると考えられている。MPP+はドーパミン作動ニューロンの細胞膜に存在するドーパミントランスポーターによって,ドーパミンニューロン内に取り込まれる.さらに、ドーパミンニューロンに取り込まれたMPP+は,ミトコンドリアの電子伝達系の複合体Iを強く阻害することにより細胞毒性を発揮し、パーキンソン病症候群に似た症状を引き起こすといわれている。このような理由から、現在、内因性あるいは外因性のMPTP類縁物質は、パーキンソン病の原因物質として疑われており、現在、各方面で、MPTPと類似の物質で,ドーパミン作動性ニューロンを選択的に阻害するような物質が食物などに含まれていないかどうかについて精力的な研究がなされている.またMPP+の神経毒性を緩和する薬剤は、パーキンソン病の治療薬としての可能性が期待される。
本アッセイ系に用いられるMPP+の濃度としては、100nM以上から10mM以下の濃度、より好ましくは3mM程度が考えられる。MPP+の添加時期としては、被験化合物の添加時期の前でも同時でも後でも構わない。より好ましくは、被験化合物を添加して2時間後が望ましい。本アッセイ系における被験化合物の神経細胞保護活性は、MPP+及び被験化合物が共存した状態で、一晩培養後、例えば次に示すいずれかの方法によって判定することができる。いずれも、通常の実験技術を有する当業者であれば、市販のキット製品のいずれかを用いて容易に実施することができる。
(1)MTT assayによる生細胞数の測定
(2)LDH assayによる死細胞数の測定
(3)Caspase−3/7 assayによるアポトーシス検出
本アッセイ系において、ある被験化合物をMPP+とともに細胞に添加して培養した場合に、MPP+のみを添加した場合と比較して、有意に細胞の生存率の上昇が見られれば、その被験化合物は、パーキンソン病治療に効果的な薬剤の有効成分である可能性を有すると推測される。
本アッセイ系に用いる培養細胞としては、理想的には、ヒト中脳黒質のドーパミン作動性神経細胞の性質を保持したものが望ましいと考えられるが、細胞死を生じる経路のかなりの部分は、神経系細胞全般に共通のメカニズムに拠っていることが予想される為、取扱いの比較的容易なヒト神経細胞腫由来の株化細胞で代用している。ヒト神経細胞腫由来の株化細胞であれば、いずれの細胞でも使用可能であるが、より望ましくはSH−SY5Y細胞を用いることができる。この細胞を用いることによって、パーキンソン病に伴う神経細胞死のメカニズムの一部に類似したin vitroの細胞死アッセイ系が成立していると考えられる。実際に本アッセイ系において細胞死抑制効果のある両化合物L−165041及びGW501516はin vivoパーキンソン病動物モデルにおいても有意に細胞死抑制効果を示しておりin vitroとin vivoにおいて非常に良い相関が確認されている。
さらに、神経毒性を引き起こす物質として、上記のthapsigarginやMPP+を用いる代わりに例えばstaurosporineを用いることによっても、通常の実験技術を有する当業者であれば、容易に、様々な神経変性疾患治療剤の有効成分としてより最適化された化合物選択の為の培養細胞を用いたアッセイ系を模擬的に構成することが可能である。staurosporineは、Streptomyces staurosporeusが生産する微生物アルカロイドの一種で、数多くの様々なprotein kinase間で相同性の高い触媒領域に作用する非特異的な阻害剤として知られている。その詳しい分子メカニズムの全貌や疾患との関連については、未だ十分に判明している訳ではないが、細胞内情報伝達において重要な機能を担うprotein kinase類を幅広く阻害することによって、神経細胞死をもたらし得ることが知られている。たとえば、脳梗塞急性期の虚血状態においても、脳梗塞巣周辺のニューロンにおける細胞情報伝達経路の乱れが、細胞死の引き金を引く一因と考えられている。このような細胞内情報伝達の乱れは、数多くの神経変性疾患とも共通するメカニズムに収斂して、細胞死に到ると考えられる。
本アッセイ系に用いられるstaurosporineの濃度としては、1nM以上から1μM以下の濃度、より好ましくは150nM程度が考えられる。また、その添加時期としては、被験化合物の添加時期の前でも同時でも後でも構わない。より好ましくは、被験化合物を添加して2時間後が望ましい。本アッセイ系における被験化合物の神経細胞保護活性は、staurosporine及び被験化合物が共存した状態で、一晩培養後、例えば次に示すいずれかの方法によって判定することができる。いずれも、通常の実験技術を有する当業者であれば、市販のキット製品のいずれかを用いて容易に実施することができる。
(1)MTT assayによる生細胞数の測定
(2)LDH assayによる死細胞数の測定
(3)Caspase−3/7 assayによるアポトーシス検出
従って、本アッセイ系において、ある被験化合物をstaurosporineとともに細胞に添加して培養した場合に、staurosporineのみを添加した場合と比較して、有意に細胞の生存率の上昇が見られれば、その被験化合物は、脳梗塞等の神経変性疾患治療に効果的な薬剤の有効成分である可能性を有すると推測される。また、本アッセイ系に用いる培養細胞としては、ヒト神経細胞の性質を保持したものが望ましいが、ヒト神経細胞腫由来の株化細胞、より望ましくはSH−SY5Y細胞を用いることができる。この細胞を用いることによって神経細胞の細胞死メカニズムに類似したin vitroの細胞死アッセイ系が成立していると考えられる。実際に本アッセイ系において細胞死抑制効果のある両化合物L−165041及びGW501516はin vivo脳梗塞モデルにおいても有意に細胞死抑制効果を示しておりin vitroとin vivoにおいて非常に良い相関が確認されている。
即ち、本発明における『細胞死抑制活性を指標として特異的に再選択されたPPARδアゴニスト』とは、前述のreporter gene assay法等の公知の方法により選択されたPPARδアゴニストから、上述のthapsigargin,MPP+,またはstaurosporineを添加した培養細胞を用いる方法によって、さらに顕著な細胞死抑制活性を示すもののみを再選択することによって得られた化合物をいう。細胞死抑制活性の強さとしては、例えば、0.1−100μMの範囲で最適濃度の当該化合物を添加して前述の条件下でMTT assay法で測定した生存細胞の数が、添加しない場合に比較して、少なくとも10%、より好ましくは30%以上、さらに好ましくは50%以上改善するものが望ましい。
本発明は、PPARδアゴニストを有効成分として含むアルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞、頭部外傷、脳出血、脊髄損傷、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、糖尿病性あるいは薬物誘発性の末梢神経障害または網膜神経障害の治療方法及び治療剤に関する。
前述の評価方法に基づいて、PPARδアゴニストを選択することにより得られた化合物は、神経細胞の変性によって発症すると思われる以下のような疾患の治療や予防に有用である。
アルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞、頭部外傷、脳出血、脊髄損傷、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、糖尿病性あるいは薬物誘発性の末梢神経障害または網膜神経障害。
本発明におけるPPARδアゴニストを医薬品として用いる場合には、それ自体として医薬品として用いることも可能であるが、公知の製剤学的方法により製剤化して用いることも可能である。本治療剤は、経口剤、非経口剤または外用剤のいずれの形態でも提供可能であるが、治療対象とする疾患に適合した投与経路や投与対象等に応じた最適の剤型を選ぶことができる。例えば、注射剤、点滴剤、シロップ剤、錠剤、顆粒剤、粉末、トローチ剤、丸剤、ペレット剤、カプセル剤、マイクロカプセル剤、坐剤、クリーム剤、軟膏剤、エアロゾル剤、吸入用散剤、液剤、乳剤、懸濁剤、腸溶コーティング剤、噴霧剤、点眼剤、点鼻剤やその他の使用に適した任意の他の剤型が可能であり、医薬上許容し得る通常の無毒性担体と混合できる。さらに、必要に応じて、補助剤、安定剤、増粘剤、着色剤、香料を用いてもよい。このような医薬製剤は、賦形剤(例えば、スクロース、デンプン、マンニット、ソルビット、ラクトース、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等)、結合剤(例えば、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ポリプロピルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、スクロース、デンプン等)、崩壊剤(例えば、デンプン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルデンプン、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等)、滑択剤(例えば、ステアリン酸マグネシウム、エアロシル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等)、矯味剤(例えば、クエン酸、メントール、グリシン、オレンジ末等)、保存剤(例えば、安息香酸ナトリウム、重亜硫酸ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等)、安定化剤(例えば、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等)、懸濁化剤(例えば、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等)、分散剤(例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等)、希釈剤(例えば水等)、基材ワックス(例えば、カカオバター、白色ワセリン、ポリエチレングリコール等)のような製剤化に慣用の有機または無機の各種担体を用いる常法によって製造することができる。
これらの製剤化にあたっては、医薬組成物には、医薬上許容し得る塩が、疾患の過程または状態に対して所望の医薬的効果を奏するのに十分な量含有されてもよく、それらは、例えば固形、半固形または液状の医薬製剤の形態で使用できる。そのような医薬として許容される塩は、慣用の無毒性の塩であって、具体的には、アルカリ金属塩(例えば、ナトリウム塩またはカリウム塩)およびアルカリ土類金属塩(例えば、カルシウム塩またはマグネシウム塩)のような金属塩、無機酸付加塩(例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、リン酸塩等)、有機カルボン酸またはスルホン酸付加塩(例えば、蟻酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、フマル酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩等)、塩基性または酸性アミノ酸(例えば、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸等)との塩を挙げることができる。
患者への投与は、鼻、眼、外部(局所)、直腸、肺(鼻または口内注入)、経口または非経口(脳室内、皮下、静脈および筋肉内を含む)投与または吸入に適している。注射剤の投与は、例えば、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射等の公知の方法により行なうことができる。
本発明の治療剤の投与量は、所望の治療効果を生じるに足りる量であればよい。当該化合物の治療有効量は、例えば非経口投与による場合には、通常は、1日当たり約0.1〜100mg、好ましくは1〜16mgを投与することが好ましい。有効な1回投与量は、患者の体重1kg当たり0.001〜1mgの範囲、好ましくは0.01〜0.16mgの範囲内で選択される。しかしながら、上記の投与量は、処置すべき各個の患者の体重、年齢及び病状、並びに、用いる投与方法等により変わるものである。通常の実験手法を有する当業者であれば、動物実験等のデータを基にして、より適切な投与量を適宜選択することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【発明を実施するための最良の形態】
以下本発明を実施例として更に具体的に説明するが、本発明は該実施例に限定されない。また本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
実施例1 thapsigargin誘発細胞死モデル(神経変性疾患モデル)におけるPPAR−・アゴニストの細胞死抑制作用(1):<方法>MTT assayによる生細胞数の測定
96−well plateにSH−SY5Y細胞を広げて(70,000cells/well in 100μl DMEM low glucose 10% fetal bovine serum)、一晩培養後、培地をアスピレーターで除きDMEM without Serumを50μl/well加えた。2倍濃度の薬剤(L−165041またはGW501516)を含んだDMEM without Serumを50μl/well加え(BackはDMEM without Serumのみ)、2時間後600nM Thapsigarginを含んだDMEM without Serumを20μl/well加えた。(thapsigargin最終濃度100nM)(controlはDMEM without Serumのみ)
24時間後Celltiter 96 Aqueous one solution cell proliferation assay kit(Promega)を用いて490nmの吸光度から生細胞数を測定した。
表1は、このようにして求めた各種濃度のL−165041またはGW501516の添加と生細胞数の関係を示している。この結果は、thapsigargin誘発細胞死に対するPPARδアゴニストの抑制効果を示している。
【表1】

表1のA490の各測定値は、独立した4実験(n=4)における平均値±標準誤差で示している。PPARδアゴニストで処理していないコントロール群のうち、thapsigargin処理した群と未処理群の2群間については、Student’s t−testにより比較検定を行ない、p<0.01で有意差が見られることを確認した。thapsigargin及び各種濃度のPPARδアゴニスト(L−165041またはGW501516)で処理した各群を比較検定するに際しては、one−way ANOVAで各群の分散の違いを確認後、Dunnett’s testを行なった。表1では、p<0.01で有意差の見られたものを**で示している。
本アッセイ系はニューロブラストーマSH−SY5Yに小胞体Ca2+ATPaseの阻害剤であるthapsigargin(TG)を加えることにより小胞体ストレスが起因となって細胞死を誘発させている。小胞体ストレスによる細胞死は虚血時の神経細胞死の原因であると考えられており、本アッセイ系は虚血時の神経細胞死を模倣して作られたアッセイ系であることが言える。本実験により、L−165041とGW501516が濃度依存的にthapsigargin(TG)によって誘発される細胞死を抑制していることが示された。(GW501516は100μMの濃度においては細胞毒性が観察される。)
実施例2 thapsigargin誘発細胞死モデル(神経変性疾患モデル)におけるPPAR−・アゴニストの細胞死抑制作用(2):<方法>LDH assayによる死細胞数の測定
96−well plateにSH−SY5Y細胞をplating(70,000cells/well in 100μl DMEM low glucose 10% fetal bovine serum)し、一晩培養後、培地をアスピレーターで除きDMEM without Serumを50μl/well加えた。2倍濃度の薬剤(L−165041またはGW501516)を含んだDMEM without Serumを50μl/well加え(BackはDMEM without Serumのみ)、2時間後 600nM thapsigargin DMEM without Serumを20μl/well加えた。(thapsigargin最終濃度100nM)(controlはDMEM without Serumのみ)
24時間後Cytotoxicity detection kit(Roche)を用いて490nmの吸光度を測定することによりLDH活性の測定を行なった。表2は、このようにして求めたLDHアッセイによる死細胞数の定量結果を示す。実施例1においてMTTアッセイにより求めた生細胞数定量による結果とは、明らかな相関が見られた。以上の結果は、thapsigargin誘発細胞死に対してPPARδアゴニストが抑制効果を示すことを明らかにしている。
【表2】

実施例3 thapsigargin誘発細胞死モデル(神経変性疾患モデル)におけるPPAR−・アゴニストの細胞死抑制作用(3):<方法>Caspase−3/7 assayによるアポトーシス検出
96−well plateにSH−SY5Y細胞をplating(70,000cells/well in 100μl DMEM low glucose 10% fetal bovine serum)し、一晩培養後、培地をアスピレーターで除きDMEM without Serumを50μl/well加えた。2倍濃度の薬剤(L−165041またはGW501516)を含んだDMEM without Serumを50μl/well加え(BackはDMEM without Serumのみ)、2時間後600nM thapsigarginを含んだDMEM without Serumを20μl/well加えた。(thapsigargin最終濃度100nM)(controlはDMEM without Serumのみ)
3時間後Apo−One homogenous Caspase−3/7 assay kit(Promega)を用いてCaspase−3/7の活性を測定した。表3にその結果を示す。
PPARδアゴニストL−165041及びGW501516は、アポトーシスが誘発された際に活性化されるCaspase−3/7の活性を抑制することから、これら両化合物は直接ないしは間接的にアポトーシスシグナルを抑制することによりthapsigargin誘発細胞死に対する抑制効果を示していることが明らかとなった。
【表3】


実施例4 MPP+誘発細胞死モデル(パーキンソン病モデル)におけるPPAR−・アゴニストの細胞死抑制作用(1):<方法>MTT assayによる生細胞数の測定
96−well plateにSH−SY5Y細胞をplating(70000cells/well in 100μl DMEM low glucose 10% fetal bovine serum)し、一晩培養後、培地をアスピレーターで除きDMEM without Serumを50μl/well加えた。2倍濃度の薬剤(L−165041またはGW501516)を含んだDMEM without Serumを50μl/well加え(BackはDMEM without Serumのみ)、2時間後18mM MPP+を含んだDMEM without Serumを20μl/well加えた。(MPP+最終濃度3mM)(controlはDMEM without Serumのみ)
24時間後Celltiter 96 Aqueous one solution cell proliferation assay kit(Promega)を用いて490nmの吸光度を測定することにより、細胞増殖活性の測定した。表4にその結果を示す。この結果は、MPP+誘発細胞死に対してPPARδアゴニストが抑制効果を示すことを明らかにしている。
本アッセイ系はニューロブラストーマSH−SY5YにMPTPの代謝物であるMPP+を加えることによりミトコンドリアのcomplexIを阻害し活性酸素の発生やATP合成阻害が起因となって細胞死を誘発させている。パーキンソン病のモデルとしてよく使われているマウスのMPTPモデルは脳関門を通過したMPTPが代謝されてMPP+となることによりマウスの黒質細胞特異的に毒性を示して神経脱落を引き起こすとされている。よって今回のアッセイ系はマウスMPTPモデルを模倣したin vitroアッセイであると言える。L−165041とGW501516は濃度依存的にMPP+によって誘発される細胞死を抑制していることが本実験から証明された。
【表4】

実施例5 MPP+誘発細胞死モデル(パーキンソン病モデル)におけるPPAR−・アゴニストの細胞死抑制作用(2):<方法>LDH assayによる死細胞数の測定
96−well plateにSH−SY5Y細胞をplating(70,000cells/well in 100μl DMEM low glucose 10% fetal bovine serum)し、一晩培養後、培地をアスピレーターで除きDMEM without Serumを50μl/well加えた。2倍濃度の薬剤(L−165041またはGW501516)を含んだDMEM without Serumを50μl/well加え(BackはDMEM without Serumのみ)、2時間後18mM MPP+を含んだDMEM without Serumを20μl/well加えた。(MPP+最終濃度3mM)(controlはDMEM without Serumのみ)
24時間後Cytotoxicity detection kit(Roche)を用いてLDH活性から死細胞数を測定した。表5にその結果を示す。この結果は、MPP+誘発細胞死に対してPPARδアゴニストが抑制効果を示すことを明らかにしている。実施例4による細胞数の定量結果と本実験のLDHアッセイによる死細胞数の結果に相関が見られたことより、L−165041とGW501516が濃度依存的にMPP+によって誘発される細胞死を抑制していることが確認された。(ただし、本アッセイ条件では、100μMの濃度においては、L−165041とGW501516のいずれも細胞毒性を示すことが観察された。)
【表5】

実施例6 MPP+誘発細胞死モデル(パーキンソン病モデル)におけるPPAR−・アゴニストの細胞死抑制作用(3):<方法>Caspase−3/7 assayによるアポトーシス検出
96−well plateにSH−SY5Y細胞をplating(70,000cells/well in 100μl DMEM low glucose 10% fetal bovine serum)し、一晩培養後、培地をアスピレーターで除きDMEM without Serumを50μl/well加えた。2倍濃度の薬剤(L−165041またはGW501516)を含んだDMEM without Serumを50μl/well加え(BackはDMEM without Serumのみ)、2時間後18mM MPP+を含んだDMEM without Serumを20μl/well加えた。(MPP+最終濃度3mM)(controlはDMEM without Serumのみ)
3時間後Apo−One homogenous Caspase−3/7 assay kit(Promega)を用いてCaspase−3/7の活性を測定した。表6にその結果を示す。
PPARδアゴニストL−165041とGW501516は、いずれも濃度依存的にCaspase−3/7の活性を抑制しており、この結果から、これら両化合物は直接ないし間接的にアポトーシスシグナルを抑制することによりMPP+によって誘発される細胞死に対する抑制効果を発揮していることが示唆される。
【表6】

参考例1 in vitro reporter gene assayによるL−165041及びGW501516の作用プロファイルとPPAR選択性:
ヒトPPARα cDNA、ヒトPPARδ cDNA、ヒトPPARγ cDNA、マウスPPARα cDNA、マウスPPARδ cDNA、マウスPPARγ cDNAのそれぞれを、発現ベクターpBIND(Promega社製)のマルチクローニングサイトに導入してGAL4−ヒトPPARα融合蛋白発現ベクターpBINDhPPARα、GAL4−ヒトPPARδ融合蛋白発現ベクターpBINDhPPARδ、GAL4−ヒトPPARγ融合蛋白発現ベクターpBINDhPPARγ、GAL4−マウスPPARα融合蛋白発現ベクターpBINDmPPARα、GAL4−マウスPPARδ融合蛋白発現ベクターpBINDmPPARδ、GAL4−マウスPPARγ融合蛋白発現ベクターpBINDmPPARγを構築した。これらの発現ベクターそれぞれを、レポーター遺伝子発現用のベクターpG5luc(Promega社製)とともに、LipofectAMINE Reagent(GIBCO BRL社製)を用いてAfrican green monkey kidney由来のCV−1細胞に導入し、被験化合物であるL−165041又はGW501516を添加後、37℃、5% CO、飽和湿度条件下で一晩培養し、Dual−Luciferase Reporter Assay System(Promega社製)を用いて、Firefly luciferase活性、及びRenilla luciferase活性を求めた。PPARの各サブタイプによる転写活性化作用は、pG5lucのレポーターであるFirefly luciferaseの活性から求め、pBINDに由来するRenilla luciferase活性を内部標準に用いた。表7に、このようにして測定されたin vitro reporter gene assayによるL−165041及びGW501516の作用プロファイルとPPAR選択性を示す。
【表7】

【実施例7】
ラット脳梗塞モデルにおけるPPAR−・アゴニストの作用:
ラット脳梗塞モデルに対する各種化合物の評価を行ったところ,L−165041(PPAR−δアゴニスト)及びGW501516(PPAR−δアゴニスト)が強い脳梗塞縮小作用を有することが確認された。
<方法>脳梗塞モデル(小泉法)によるPPAR−δアゴニストの評価
L−165041及びGW501516はポリエチレングリコール(PEG300)に溶解した。薬剤は予め無菌的に薬物を充填したALZET浸透圧ミニポンプでWistar系雄性ラット(9週齢)に投与した。脳虚血手術前日に右側脳室内,即ち頭蓋の冠状縫合より後方0.8mm,右側方1.5mm,深さ4.0mmにガイドカニューレを挿入し,1μL/hourの流速で脳室内持続投与を開始した。対照群には溶媒を同様に投与した。投与は屠殺時まで行った。脳梗塞モデルとしては小泉法により中大脳動脈閉塞再開通モデルを用いた。即ち,ハロセン麻酔下(導入4%,維持1.5%)で右総頚動脈分岐部よりシリコンコーティングした長さ19mmの4−0ナイロン栓子を内頚動脈に向けて挿入し,右中大脳動脈を閉塞した。虚血90分後に再麻酔下でナイロン栓子を抜去することにより再開通した。脳虚血再開通の24時間後に脳を摘出し,厚さ2mmの連続冠状切片を作製した。この切片を2% TTC(Triphenyltetrazolium Chloride)溶液で染色し,脳傷害面積を測定し脳傷害率を算出した。
表8にそのようにして得られた脳傷害面積の測定結果、表9に脳梗塞縮小作用の評価結果を示す。
表9の結果は、脳梗塞モデル(小泉法)においてL−165041及びGW501516がいずれも用量依存的に脳傷害縮小作用を示すことを表している。さらに、脳傷害縮小作用は、GW501516により著しく認められた。この両剤による脳梗塞縮小作用の強さの違いは、in vitro reporter gene assayにより測定されたヒト及びマウスPPAR−δアゴニスト作用の強さの違いとよく相関する(表7)。これらの結果は、PPAR−δアゴニストが一般的に脳梗塞縮小作用を有することを示唆している。
【表8】


【表9】

【実施例8】
マウスMPTPパーキンソン病モデルにおけるPPAR−δアゴニストの作用
PPAR・δアゴニストのin vivoでの神経保護作用を探索することを目的として,マウスMPTPパーキンソン病モデルを用いて検討した。
<方法>マウスMPTPパーキンソン病モデルによるPPAR−δアゴニストの評価
9週齢の非絶食C57BL/6系雄性マウスをpentobarbital(60mg/kg,i.p.)にて麻酔後、脳定位固定装置に固定し、L型カニューレを頭蓋骨に固定(0.0mm to Bregma,1.2mm lateral to midline,2.5mm ventral from skull)しALZET浸透圧ポンプを背部皮下に埋め込んだ。PPAR−δアゴニスト(L−165041,GW501516)を、30% DMSO/salineに溶解し、ろ過滅菌後、浸透圧ポンプに無菌的に充填して、0.5μL/hrの速度で、1日当り12μg又は120μgを、脳室内に持続投与した。ポンプ埋め込みの2日後に、MPTP(20mg/kg)を2時間間隔で2回、腹腔内投与した。MPTP投与の4日後に線条体を摘出し,線条体中のdopamine(DA)及びその代謝物である3,4−dihydroxyphenylacetic acid(DOPAC),homovanillic acid(HVA)の含量をHPLC−ECD(high−performance liquid chromatography with electrochemical detection)で測定した。
表10は、このようにして定量されたMPTPパーキンソンモデルにおける線条体湿重量あたりのDA及びその代謝物の含量を示している。また、表11は、表10の結果から計算されるDA及びその代謝物の含量の回復率を示している。これらの結果は、マウスMPTPパーキンソン病モデルにおいて、PPAR−δアゴニストが、MPTPによる線条体中のDA及びその代謝物であるDOPAC,HVAの含量の低下を抑制する作用があることを示している。DA及びその代謝物であるDOPAC,HVAの含量の低下抑制作用は、L−165041では、投与量12μg/head/dayではあまり顕著でないが、120μg/head/dayでは、顕著に認められ、GW501516では、いずれの投与量でも顕著に認められた。これら両剤によるDA含量の低下抑制作用の強さの違いは、in vitro reporter gene assayにより測定されたヒト及びマウスPPAR−δアゴニスト作用の強さの違いとよく相関する(表7)。これらの結果は、これら化合物による線条体DA及びその代謝物の含量の低下抑制作用が、一般的に、PPAR−δに対するアゴニスト活性に拠っていることを示唆している。
【表10】

【表11】

【実施例9】
Staurosporine誘発細胞死モデルにおけるPPAR−・アゴニストの細胞死抑制作用(1):
ニューロブラストーマSH−SY5Yにprotein kinaseの阻害剤であるStaurosporineを加えることにより細胞死を誘発させ、PPARδアゴニストによる細胞死抑制効果を調べた。
<方法>MTT assayによる生細胞数の測定
96−well plateにSH−SY5Y細胞を広げて(70,000cells/well in 100μl DMEM low glucose 10% fetal bovine serum)、一晩培養後、培地をアスピレーターで除きDMEM without Serumを50μl/well加えた。2倍濃度の薬剤(L−165041またはGW501516)を含んだDMEM without Serumを50μl/well加え(BackはDMEM without Serumのみ)、2時間後900nM Staurosporineを含んだDMEM without Serumを20μl/well加えた。(staurosporine最終濃度150nM)(controlはDMEM without Serumのみ)
24時間後Celltiter 96 Aqueous one solution cell proliferation assay kit(Promega)を用いて490nmの吸光度から生細胞数を測定した。
表1は、このようにして求めた各種濃度のL−165041またはGW501516の添加と生細胞数の関係を示している。この結果は、staurosporineによって誘発される細胞死に対してPPARδアゴニスト(L−165041,GW501516)が濃度依存的に抑制効果を有することを示している。
【表12】

【実施例11】
staurosporine誘発細胞死モデルにおけるPPAR−・アゴニストの細胞死抑制作用(2):
<方法>LDH assayによる死細胞数の測定
96−well plateにSH−SY5Y細胞をplating(70,000cells/well in 100μl DMEM low glucose 10% fetal bovine serum)し、一晩培養後、培地をアスピレーターで除きDMEM without Serumを50μl/well加えた。2倍濃度の薬剤(L−165041またはGW501516)を含んだDMEM without Serumを50μl/well加え(BackはDMEM without Serumのみ)、2時間後900nM Staurosporine DMEM without Serumを20μl/well加えた。(staurosporine最終濃度150nM)(controlはDMEM without Serumのみ)
24時間後Cytotoxicity detection kit(Roche)を用いて490nmの吸光度を測定することによりLDH活性の測定を行なった。表2は、このようにして求めたLDHアッセイによる死細胞数の定量結果を示す。実施例9においてMTTアッセイにより求めた生細胞数定量による結果とは、明らかな相関が見られた。以上の結果は、Staurosporine誘発細胞死に対してPPARδアゴニストが抑制効果を示すことを明らかにしている。
【表13】

【実施例11】
Staurosporine誘発細胞死モデルにおけるPPAR−・アゴニストの細胞死抑制作用
(3):<方法>Caspase−3/7 assayによるアポトーシス検出
96−well plateにSH−SY5Y細胞をplating(70,000cells/well in 100μl DMEM low glucose 10% fetal bovine serum)し、一晩培養後、培地をアスピレーターで除きDMEM without Serumを50μl/well加えた。2倍濃度の薬剤(L−165041またはGW501516)を含んだDMEM without Serumを50μl/well加え(BackはDMEM without Serumのみ)、2時間後900nM staurosporineを含んだDMEM without Serumを20μl/well加えた。(staurosporine最終濃度150nM)(controlはDMEM without Serumのみ)
3時間後Apo−One homogenous Caspase−3/7 assay kit(Promega)を用いてCaspase−3/7の活性を測定した。表3にその結果を示す。
PPARδアゴニストL−165041及びGW501516は、アポトーシスが誘発された際に活性化されるCaspase−3/7の活性を抑制することから、これら両化合物は直接ないしは間接的にアポトーシスシグナルを抑制することによりstaurosporine誘発細胞死に対する抑制効果を示していることが明らかとなった。
【表14】

【産業上の利用の可能性】
本発明によれば、PPARδアゴニストをthapsigargin,MPP+,staurosporine等の毒素を作用させた培養細胞系に添加して生存率を向上させる化合物を再選択することにより、神経細胞に対して保護作用を有する化合物を再選択することが可能である。このような方法で選択された化合物は、脳梗塞やパーキンソン病などの神経変性疾患治療剤の有効成分して用いることができ、新薬創出の為の研究に極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PPARδアゴニストを有効成分として含むアルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞、頭部外傷、脳出血、脊髄損傷、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、糖尿病性あるいは薬物誘発性の末梢神経障害または網膜神経障害の治療剤。
【請求項2】
PPARδアゴニストを有効成分として含む薬剤を投与することによるアルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞、頭部外傷、脳出血、脊髄損傷、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、糖尿病性あるいは薬物誘発性の末梢神経障害または網膜神経障害の治療方法。
【請求項3】
PPARδアゴニストを有効成分として含む脳梗塞の治療剤。
【請求項4】
PPARδアゴニストを有効成分として含むパーキンソン病の治療剤。
【請求項5】
PPARδアゴニストを有効成分として含む薬剤を投与することによる脳梗塞の治療方法。
【請求項6】
PPARδアゴニストを有効成分として含む薬剤を投与することによるパーキンソン病の治療方法。
【請求項7】
PPARδアゴニストが、細胞死抑制活性を指標として特異的に再選択されたPPARδアゴニストである請求項1,3,4に記載の治療剤。
【請求項8】
PPARδアゴニストが、細胞死抑制活性を指標として特異的に再選択されたPPARδアゴニストである請求項2,5,6に記載の治療方法。
【請求項9】
PPARδアゴニストが、L−165041またはGW501516であるところの請求項1,3,4に記載の治療剤。
【請求項10】
PPARδアゴニストが、L−165041またはGW501516であるところの請求項2,5,6に記載の治療方法。
【請求項11】
アルツハイマー病、パーキンソン病、脳梗塞、頭部外傷、脳出血、脊髄損傷、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、糖尿病性あるいは薬物誘発性の末梢神経障害または網膜神経障害の治療剤製造の為のPPARδアゴニストの使用。
【請求項12】
脳梗塞治療剤製造の為のPPARδアゴニストの使用。
【請求項13】
パーキンソン病治療剤製造の為のPPARδアゴニストの使用。
【請求項14】
PPARδアゴニストが細胞死抑制活性を指標として特異的に再選択されたPPARδアゴニストである請求項11−13記載の使用。
【請求項15】
PPARδアゴニストが細胞死抑制活性を指標として特異的に再選択されたPPARδアゴニストである請求項11−13記載の使用。
【請求項16】
PPARδアゴニストを有効成分として含む中枢神経細胞死抑制剤。
【請求項17】
PPARδアゴニストが、L−165041またはGW501516であるところの請求項16に記載の中枢神経細胞死抑制剤。

【国際公開番号】WO2004/093910
【国際公開日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【発行日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−505723(P2005−505723)
【国際出願番号】PCT/JP2004/005429
【国際出願日】平成16年4月15日(2004.4.15)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【Fターム(参考)】