説明

α−ガラクトシダーゼ産生新規菌株、アスペルギルス・カルネウス由来のα−ガラクトシダーゼおよびその製造方法、ならびに同酵素を用いたα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の製造方法

【課題】D−ガラクトースの脱水縮合を効率的に行ない得るα−ガラクトシダーゼを産生する新規な微生物を提供することを課題とする。当該微生物の産生酵素を用いD−ガラクトースを脱水縮合しα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を製造する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】D−ガラクトースに対し脱水縮合能を発揮するアスペルギルス・カルネウス新規菌株S51株、該微生物が産生するα−ガラクトシダーゼおよび該酵素を用いることを特徴とするα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスペルギルス・カルネウス(Aspergillus carneus)新規菌株S51株および同微生物が産生するα−ガラクトシダーゼに関する。また本発明は、同微生物が産生するα−ガラクトシダーゼを用いて脱水縮合反応によりα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を生産させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、オリゴ糖が、従来より知られている整腸作用、抗う虫性およびミネラルの吸収促進作用などに加え、免疫に関わる機能や感染症予防に関わる機能を有することが明らかとなり、食品添加物、医薬品、健康食品等への応用が試みられている。中でも重合度2〜3の、α−ガラクトシル基を有するオリゴ糖は、特に高い薬理活性を有することが知られている(非特許文献1および2参照)。例えば、ラフィノースの、アトピー性皮膚炎改善作用に関する報告(非特許文献3参照)、ラフィノースの免疫細胞に対する影響に関する報告(非特許文献4参照)、α1−3ガラクトビオースの、腸炎の原因菌であるクロストリジウム・ディフィシレ(Clostridium difficile)の毒素中和効果に関する報告(非特許文献5参照)、ならびにα1−4ガラクトビオースの、病原性大腸菌O−157の感染予防およびベロ毒素を中和することによる治療効果に関する報告(非特許文献6、7および8参照)などがあげられる。
【0003】
一方、α−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の製造法としては、植物からの抽出法、化学的合成法、酵素による合成法などがあげられるが、植物からの抽出法はコストが高く原料の確保が困難であるという問題点を有する。また、α−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の食品への用途を考慮すると、化学的合成法についても、安全性の面から好ましいものであるとは言えない。したがって、これらの植物からの抽出方法および化学的合成法よりも酵素による合成法が好ましいと考えられている。
【0004】
これまでに開発されている酵素によるα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の合成法としては、微生物由来の糖転移酵素または加水分解酵素による糖転移反応や脱水縮合反応を利用する方法が報告されている。しかしながら、微生物アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)において培養液1ml中あたりの酵素活性(ブロス力価)は0.5−0.75UPNP/mlと報告されているが、該数値は産業的に使用できるほど高いものではなく(非特許文献9参照)、一方で他の文献などにおいても、培養液中の酵素活性について具体的な記載はない(特許文献1、2および非特許文献1参照)。よって、産業的に使用可能な高効率にα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を生産するさらなる新規な菌株およびα−ガラクトシダーゼの開発が望まれている。
【0005】
【特許文献1】特開平10−201472号公報
【特許文献2】特開2003−160594号公報
【非特許文献1】橋本ら、Appl.Glycosci.,2004,51,p.169−176.
【非特許文献2】橋本ら、化学と生物、2005,43,7,p.431−438.
【非特許文献3】名倉ら、New Food Industry,2000,42,6,p.17−23.
【非特許文献4】清信ら、歯学、1998,85,4,p.551−558.
【非特許文献5】ヘルゼ(Heerze)ら、J.Infect.Dis,1994,169,p.1291−1296.
【非特許文献6】リングウッド(Lingwood)、Adv.Lipid Res,1993,25,p.189−211.
【非特許文献7】篠田ら、ファルマシア、1996,32,8,p.954−958.
【非特許文献8】アームストロング(Armstrong)ら、The Journal of Infectious Diseases,1995,171,p.1042−1045.
【非特許文献9】スマイレイ(Smiley)ら、APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY,1976,p.615−617.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように有望な特性を有するα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の大量かつ安価な供給はまだ十分にはなされておらず、安全性の面からも酵素を用いた製造方法の開発が望まれている。本発明は、微生物が産生するα−ガラクトシダーゼを用いるα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため鋭意研究を行なった結果、富山県南砺市泉沢周辺の山林の土壌から、α−ガラクトシダーゼ産生能力を有するアスペルギルス・カルネウスS51株を単離し、該菌株からα−ガラクトシダーゼを製造し、該酵素を用いて、D−ガラクトースから効率よくα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を製造することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、α−ガラクトシダーゼ産生能力を有するアスペルギルス・カルネウスS51株に関する。
【0009】
本発明はまた、アスペルギルス・カルネウス由来の菌体を培養し、その培養物からα−ガラクトシダーゼを採取することを特徴とするα−ガラクトシダーゼの製造方法にも関し、該製造方法において、アスペルギルス・カルネウスがアスペルギルス・カルネウスS51株であることが好ましい。
【0010】
本発明はまた、次の理化学的性質を有するアスペルギルス・カルネウス由来のα−ガラクトシダーゼに関する。
【0011】
(1)作用:D−ガラクトースを脱水縮合しα−ガラクトシド結合を生成する反応を触媒する。
【0012】
(2)基質特異性:非還元末端にα−ガラクトシル基を有するラフィノース、メリビオース、スタキオースまたはパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシドによく作用する。
【0013】
(3)至適pH:pH4.0〜7.0で優れた脱水縮合能を示す。D−ガラクトースを脱水縮合しα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を生成する反応の至適pHは4.5である。
【0014】
(4)至適温度・温度安定性:D−ガラクトースを脱水縮合しα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を生成する反応の至適温度は20mM酢酸緩衝液(pH6.0)において40〜60℃である。該酵素を各温度で20分処理した後の酵素活性は50℃まで安定である。
【0015】
本発明のα−ガラクトシダーゼは、アスペルギルス・カルネウスS51株由来のものが好ましい。
【0016】
本発明は、前記α−ガラクトシダーゼを用いてD−ガラクトースからα−ガラクトオリゴ糖を製造することを特徴とするα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の製造方法に関する。
【0017】
本発明はまた、アスペルギルス・カルネウスS51株の菌体または菌体処理物を用いてD−ガラクトースからα−ガラクトオリゴ糖を製造することを特徴とするα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の製造方法にも関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、α−ガラクトシダーゼを産生する新規な微生物、ならびに同微生物が産生するα−ガラクトシダーゼを提供することができる。また当該微生物およびその産生酵素を用いることで、D−ガラクトースを含有する基質から脱水縮合反応により、食品添加物、医薬品、健康食品など幅広く利用可能なα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
α−ガラクトシダーゼ産生能を有するアスペルギルス・カルネウスは、α−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を主要または唯一の炭素源として生育可能な菌株をスクリーニングすることによって得ることができる。より具体的には、主要なまたは唯一の炭素源として、ラフィノースを0.5〜5%の濃度で含有する固体寒天培地に、自然界から採取した土壌などの固体試料または温泉などの液体土壌を0.8%生理食塩水に適当に希釈したものを広げて、30℃で培養を行った。その結果生育してきた菌株を、ラフィノースを例えば1%の濃度で含有する液体培地に接種し、30℃で振とう培養し、その2〜3日後に生育した菌株の培養液の一部を採取し薄層クロマトグラフィーでラフィノースの分解の有無を調べ、ラフィノース分解活性を有する菌株を単離し、その菌株の中で、パラニトロフェノール−α−ガラクトピラノシド、あるいはメリビオース分解活性をも有する菌株をα−ガラクトシダーゼを保有する候補菌株として単離した。なお、本発明においては、土壌試料として、富山県南砺市泉沢周辺の山林から採取したものを使用した。
【0020】
富山県南砺市泉沢周辺の山林から採取した土壌試料から、前述したようにスクリーニングすることにより得られた本発明のα−ガラクトシダーゼ産生能を有する微生物はNCIMB Japanに同定試験を依頼し、下記の手法によりアスペルギルス・カルネウスとして同定した。
【0021】
α−ガラクトシダーゼを保有する候補菌株よりゲノミックDNAを抽出し、そのゲノミックDNAを鋳型にして、18sリボソームDNAの3’末端〜28sリボソームDNA−D1/D2領域のDNA断片をPCRを用いて増幅させ、増幅した断片の塩基配列をシークエンスした。シークエンスで得られた塩基配列を国際データベース(GenBank/EMBL/DDBJ)から検索するために、BLASTによる相同性検索を行った。その結果、候補菌株はAspergillus terreus、Aspergillus nivea、Aspergillus carneusと99.7%の同一性を有することが見出された。この段階では種は特定されず、アスペルギルス属と示唆された。
【0022】
次に、アスペルギルス属中の種の分類を行うため、候補菌株をアスペルギルス属の種間の特徴が顕著に現れる3種類の培地(CTA、MEA、CY20S)で培養し、巨視的特徴の観察を肉眼、および実体顕微鏡で行った(アスペルギルス属のモノグラフであるレイパーおよびフェンネル(Raper and Fennnell)著、「ザ ジーナス アスペルギルス(The genus Aspergillus)」,(米国)ウイリアムス アンド ウイルキンス バルチモア(Williams & Wilkins Baltimore),1965,p.686およびケリク(Klich)著,「アイデンティフィケーション オブ コモン アスペルギルス スピーシーズ(Identification of common Aspergillus species)」,(オランダ)Centraalbureau voor Schimmelcultures,2002,p.116の報告に従った。
【0023】
アスペルギルス属の属以下の分類では、コロニー性状と形態的特徴(アスペルジラム(分生子・フィアライド・頂嚢など)の特徴、およびヒューレ細胞(厚壁細胞)やテレオモルフの形成の有無)が重視されている。
【0024】
本発明の候補菌株が、赤白色〜ピンク色系のコロニー色調、および二輪性のアスペルジラムを形成するといった特徴を持つので、以上の結果からこの微生物をアスペルギルス・カルネウスと同定した。
【0025】
本発明にかかる当該アスペルギルス・カルネウスS51株に近縁と考えられる、前記ケリクの著書に記載のアスペルギルス・カルネウスとのコロニーと形態的性状の主な特徴の比較を表1および2に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
以上の点から当該アスペルギルス・カルネウスは、アスペルギルス・カルネウスの公知菌株とは異なる新規菌株であると判断し、アスペルギルス・カルネウスS51株と命名した。
【0029】
なお、本発明においてスクリーニングされたアスペルギルス・カルネウスS51株は、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番1号 中央第6)に、平成17年8月22日付で、受託番号FERM P−20631として寄託されている。
【0030】
本発明のアスペルギルス・カルネウスS51株は、通常この技術分野で用いられる培地および培養条件下で培養することができる。炭素源としては、グルコース、D−ガラクトースなどの原料を、窒素源としては硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、酢酸アンモニウムなどのアンモニウム塩、硝酸塩およびペプトン、肉エキス、コーンスチープリカー、コーングルーテンミール、綿実油、脱脂大豆などの有機物を用いることができる。その他微量の無機金属類、ビタミン類、成長促進因子、例えばチアミン、ビオチンを含む酵母エキスなどを添加してもよい。これらの培地成分は本微生物の生育を阻害しない濃度であればよく、炭素源は通常0.5〜10重量%用いるのが適当である。窒素源は通常0.5〜2.0重量%用いるのが適当である。培地は通常pH6.0〜8.0、好ましくはpH6.5〜7.5、さらに好ましくはpH6.7〜7.0に調整し、滅菌して使用する。培養温度の範囲は本微生物が生育し得る温度であればよく、通常20〜30℃が適当である。本微生物を液体培養する場合は、振とう培養または通気撹拌培養するのが好ましい。培養時間は種々の培養条件によって異なるが、振とう培養または通気撹拌培養の場合は2〜5日間、好ましくは3〜4日間が適当である。
【0031】
本微生物において産生されるα−ガラクトシダーゼは菌体の細胞壁に局在するため、α−ガラクトシダーゼの分離は、培地に細胞壁分解酵素を添加し、細胞壁を破壊してα−ガラクトシダーゼを培養液中に遊離させることにより実施される。その後、適宜ろ過または遠心分離することにより、粗酵素溶液を得ることができる。この粗酵素溶液は必要に応じてウルトラフィルトレーションによる濃縮または硫安塩析法、溶媒沈殿法、透析法などの公知の方法を適用して粗酵素粉末としてもよい。
【0032】
また、当該粗酵素溶液および粗酵素は、イオン交換クロマトグラフィーによる吸着および溶出、分子量の差によるゲル濾過法など一般的酵素精製法を適宜選択、組み合わせて精製することもできる。
【0033】
前記粗酵素溶液または精製酵素として得られる本発明のα−ガラクトシダーゼが触媒する反応は、加水分解反応とその逆反応である脱水縮合反応である。
【0034】
該酵素が触媒する脱水縮合反応により、D−ガラクトースを含有する基質からガラクトシル基を有するオリゴ糖が生成される。ガラクトシル基を有するオリゴ糖としては、D−ガラクトース同士が脱水縮合し生成されたガラクト二糖、ガラクト三糖などのオリゴ糖や、D−ガラクトースと他の糖類とが脱水縮合し生成されたラフィノース、メリビオース、スタキオースなどのオリゴ糖があげられる。
【0035】
純粋分離した菌株のα−ガラクトシダーゼ活性は、たとえば、パラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシドを基質とした酵素活性測定によって調べることができる。つまり、パラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシドを含有する溶液に、試料を添加し、単位時間当たりに遊離したパラニトロフェノール量を分光光度計で415nmの吸光度を計測することによって決定することができる。本明細書中においてα−ガラクトシダーゼ活性1単位(UPNP)とは、1分間に1マイクロモルのパラニトロフェノールを生成する酵素量と定義した。
【0036】
本発明のアスペルギルス・カルネウス由来のα−ガラクトシダーゼの理化学的性質をより具体的に示すと、次のとおりである。
【0037】
(1)作用:α−ガラクトシド結合を加水分解し、D−ガラクトースを遊離する加水分解反応、または逆反応である脱水縮合反応を触媒する。
加水分解反応 Gal1α−OR+H2O → Gal−OH+R−OH
脱水縮合反応Gal−OH+R−OH → Gal1α−OR+H2
【0038】
式中、Gal1α−ORはα−ガラクトシル基を含む糖質を示し、Gal−OHは遊離したD−ガラクトースを示し、R−OHは糖質を示す。
【0039】
(2)基質特異性:非還元末端にα−ガラクトシル基を持つラフィノース、メリビオース、スタキオースまたはパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシドによく作用する。
【0040】
(3)至適pH:pH4.0〜7.0で優れた脱水縮合能を示す。D−ガラクトースからガラクトシル基を有するオリゴ糖を脱水縮合する至適pHは4.5である。
【0041】
(4)至適温度・温度安定性:D−ガラクトースを脱水縮合しガラクトシル基を有するオリゴ糖を生成する反応の至適温度は20mM酢酸緩衝液(pH6.0)において40〜60℃であり、特に50℃付近で強い酵素活性を示す。該酵素を各温度で20分処理した後の酵素活性は50℃まで安定である。
【0042】
前記α−ガラクトシダーゼの粗酵素溶液または精製酵素を使用したα−ガラクトオリゴ糖の製造は、たとえば、適当な濃度の基質溶液に粗酵素溶液、あるいは精製酵素を直接添加して反応させるなどして実施することができる。
【0043】
前記α−ガラクトシダーゼをシリカゲル、キトパールなどの担体に一般的な手法を用いて固定化させて使用することもできる。
【0044】
この脱水縮合反応において使用できる基質としては、D−ガラクトースを単独、あるいはD−グルコースなどの単糖類、およびシュクロースなどの二糖類と混合した溶液があげられ、縮合率が高い点からD−ガラクトースを単独で用いるのが好ましい。
【0045】
反応における基質濃度としては、30%〜65%が好ましく、55%〜60%がより好ましい。
【0046】
反応における酵素濃度は、10UPNP/g(D−ガラクトース)〜50UPNP/g(D−ガラクトース)が好ましく、20UPNP/g(D−ガラクトース)〜40UPNP/g(D−ガラクトース)がより好ましい。
【0047】
反応溶媒としては水性媒体が適当であり、適当な濃度の緩衝液であってもかまわない。α−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の精製しやすさから水が好ましい。
【0048】
反応におけるpHは、4.0〜7.0の範囲が好ましい。また反応温度は基質が結晶化しない程度であれば問題なく、室温〜50℃が好ましく、酵素の安定性の観点から40〜45℃がより好ましい。
【0049】
本発明のアスペルギルス・カルネウスが産生するα−ガラクトシダーゼは、菌体そのもの、または菌体処理物としてもα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の製造に使用することができる。
【0050】
菌体処理物としては、菌体を超音波処理して得られる菌体破砕物、あるいは細胞壁分解酵素処理して得られる菌体溶解産物、凍結乾燥した菌体や固定化菌体などが使用できる。そのうち、菌体が持つα−ガラクトシダーゼ以外の菌体由来産物が少ない点から、細胞壁分解酵素による菌体溶解産物が好ましい。
【0051】
本発明のα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の製造において、菌体そのものを使用する場合、基質であるD−ガラクトースを含む反応溶液中に、培養後の生の菌体、あるいは一度凍結乾燥した菌体を直接加えて、脱水縮合反応させる方法(菌体反応法)により実施することが可能であるが、菌体そのものを使用すると、酵素活性あたりの菌体の体積が高くなるため、高い酵素活性密度の溶液の作製を考慮すると、菌体から酵素を分離し、粗酵素溶液として使用することが好ましい。
【0052】
粗酵素溶液を用いた方法として、まず、培養液から菌体のみを濾紙を用いて分離し、適当な容量のクエン酸緩衝液(pH5.5)に溶解する。そこに、菌体の重量1gあたり2U程度になるように、細胞壁分解酵素キタラーゼCを添加して、37℃で18時間〜24時間反応させる。得られた細胞壁分解産物を、C5の濾紙でろ過し、ろ液の方を得る。得られたろ液は、α−ガラクトシダーゼの粗酵素溶液となり、この粗酵素溶液を、直接あるいは濃縮した後に、脱水縮合反応に用いる。
【0053】
本発明を以下に実施例をあげて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0054】
菌株の単離
アスペルギルス・カルネウスS51株の単離は、以下のようにして、富山県南砺市泉沢周辺の山林の土壌より、α−ガラクトシド結合分解活性を示す菌株をスクリーニングすることにより分離した。まず、富山県南砺市泉沢周辺の各地より、土壌、植物、コケ類、天然水などの自然物質を採取した。採取した試料を適量の0.8%生理食塩水に懸濁した。それぞれの懸濁液を、1重量%ラフィノースを含む寒天培地プレートに、プレーティングし、30℃で静置培養した。2〜5日後、寒天培地上に生育してきた菌株を、滅菌済みの竹串を用いて、1固体ずつ丁寧に、1重量%ラフィノースを含む液体培地に植菌した。2〜3日後、十分に菌体が生育した段階の培養液を用いて、薄層クロマトグラフィー(以下、TLCと略す)を行い、ラフィノースの分解の有無を調べ、ラフィノースが分解されていた菌株をラフィノース分解菌株とした。さらに、それらのうち、パラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシドを分解した菌株を、α−ガラクトシダーゼ活性を持つ菌株とした。
【実施例2】
【0055】
酵素の抽出および酵素活性測定
α−ガラクトシダーゼの抽出
まず、アスペルギルス・カルネウスS51株の生育した寒天培地から、1白金耳を取り、ラフィノース1.0%、酵母エキス1.0%、ポリペプトン0.5%、リン酸水素2ナトリウム0.1%、リン酸2水素ナトリウム0.1%、硝酸アンモニウム0.2%、塩化ナトリウム0.05%、硫酸マグネシウム7水和物0.05%を含む100mlの滅菌済み液体培地に接種した。2日間、30℃、150rpmの回転振とう条件で前培養を行った。次に、グルコース1.0%、酵母エキス1.0%、ポリペプトン0.5%、リン酸水素2ナトリウム0.1%、リン酸2水素ナトリウム0.1%、硝酸アンモニウム0.2%、塩化ナトリウム0.05%、硫酸マグネシウム7水和物0.05%を含む滅菌済みの液体培地(400ml×1L坂口フラスコ4本)にそれぞれ4mlの前培養液を接種して、30℃、112rpmの往復振とうで、48時間本培養を行った。その後、ラフィノース15%水溶液50mlを無菌的にそれぞれ加え、さらに30℃で24時間、115rpmで往復振とうした。
【0056】
次に、この培養液を、ペーパーフィルター濾紙(No.5A)(アドバンテック社製)を用いて吸引ろ過して湿菌体を100g得た。下記に示す酵素活性測定方法にしたがって酵素活性を測定したところ、8000UPNPであった。つまり、培養液1mlあたりの酵素活性(ブロス力価)は、5UPNP/mlということであり、これは、非特許文献9記載の公知菌株であるアスペルギルス・アワモリの液体培養によるブロス力価(0.5−0.75UPNP/ml)よりも高い。
【0057】
さらに得られた湿菌体を50gずつ2つに分けて、0.1%D−ガラクトースを含むMcIlvaine緩衝液(0.2M リン酸水素2ナトリウム、0.1Mクエン酸、pH5.5)500mlの入ったバッフル付き1L三角フラスコ2本にそれぞれ加えた。キタラーゼC(ケイアイ化成(株))を菌体湿重量1gあたり2Uとなるようにそれぞれ加えて、37℃で18時間、120rpmの回転振とうした。
【0058】
さらに、2本の反応液をペーパーフィルター濾紙(No.5A)(アドバンテック社製)を用いて吸引ろ過して、ろ液1000mlを得た。1000mlの体積が200mlに減るまで分子量10000の限外ろ過膜で限外ろ過を行った。200mlの粗酵素溶液に800mlの20mMの酢酸緩衝液(pH6.0)を加えて、同様に限外ろ過を行った。この作業を3回繰り返し、McIlvaine緩衝液を20mM酢酸緩衝液(pH6.0)に変換し、粗酵素溶液125mlを得た。
【0059】
酵素活性の測定方法
得られた粗酵素溶液100μlを、20mMの酢酸緩衝液(pH6.0)900μlと混合して、10倍希釈の酵素溶液1mlを得た。その10倍希釈の酵素溶液100μlを、同様に20mMの酢酸緩衝液(pH6.0)900μlと混合して、100倍希釈の酵素溶液1mlを得た。このように、10倍、100倍、1000倍希釈の試験溶液を調製した。10mMパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシド0.5ml(20mMの酢酸緩衝液(pH6.0)に溶解したもの)に、試験溶液0.001mlを加えて、40℃のヒートブロックで10分間静置反応させた。10分間の反応直後に、0.2Mの炭酸ナトリウム溶液0.5mlを加えて反応を停止させ、遊離したパラニトロフェノール量を分光光度計で415nmの吸光度を計測することにより測定した。酵素活性の1単位(UPNP)は、1分間に1μモルのパラニトロフェノールを生成する酵素量と定義した。
【実施例3】
【0060】
酵素の理化学的性質
α−ガラクトシダーゼによるパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシドの分解活性のpH依存性
アスペルギルス・カルネウスS51菌株のα−ガラクトシダーゼ粗酵素溶液(850UPNP/ml)を用いて、各pHにおける酵素活性を測定した。まず、この酵素溶液を20mM酢酸緩衝液(pH6.0)を用いて、500倍に希釈した。次いで、50mM酢酸緩衝液により各pH(4.0、4.5、5.0、6.0、および7.0)に調整した10mMのパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシド溶液500μlに、500倍希釈の粗酵素溶液を5μl添加して、40℃のヒートブロックで10分間静置反応させた。反応後、0.2M炭酸ナトリウム500μlを加えて、酵素反応を停止させた。その後、直ちに分光光度計415nmの吸光度を測定した。結果を図1に示す。なお、pH4における酵素活性を1として相対値として示す。
【0061】
α−ガラクトシダーゼによるパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシドの分解活性の温度依存性
アスペルギルス・カルネウスS51菌株のα−ガラクトシダーゼ粗酵素溶液(140UPNP/ml)を用いて、各温度における酵素活性を測定した。まず、この酵素溶液を20mM酢酸緩衝液(pH6.0)を用いて、50倍希釈、100倍希釈、および200倍希釈した。反応温度40℃のときは50倍希釈酵素溶液を使用し、反応温度45℃と50℃の時は100倍希釈酵素溶液を使用し、55℃、および60℃のときは200倍希釈酵素溶液を使用した。それぞれの希釈した酵素溶液1μlを、10mMのパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシド溶液500μlに添加し、各温度のヒートブロックで10分間静置反応させた。反応後、0.2M炭酸ナトリウム500μlを加えて、酵素反応を停止させた。その後、直ちに分光光度計415nmの吸光度を測定した。結果を図2に示す。なお、40℃における酵素活性を1として相対値として示す。
【0062】
α−ガラクトシダーゼの温度安定性
アスペルギルス・カルネウスS51菌株のα−ガラクトシダーゼ粗酵素溶液(850UPNP/ml)を用いて、熱安定性を調べた。まず、粗酵素溶液10μlを、990μlの20mM酢酸緩衝液(pH6.0)(0.1%ガラクトースを含む)に溶解して、100倍希釈する(前記緩衝液にガラクトースを含ませる理由は、酵素は基質と一緒のほうが基本的に安定なためである)。100倍希釈した酵素溶液を、各温度(40,45,50,55,60,65,および70℃)のヒートブロックに、20分間置いた後、直ちに氷冷した。次いで、それぞれ熱処理反応後の酵素溶液1μlを、10mMのパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシド溶液500μlに添加し、40℃のヒートブロックで10分間静置反応させた。反応後、0.2M炭酸ナトリウム500μlを加えて、酵素反応を停止させた。その後、直ちに分光光度計415nmの吸光度を測定した。結果を図3に示す。なお、処理温度40℃における酵素活性を1として相対値として示す。
【実施例4】
【0063】
α−ガラクトオリゴ糖の製造方法
D−ガラクトース60gを滅菌蒸留水に溶解し、100mlの基質溶液(ガラクトース濃度60%(w/v))を得た。そのうち、13.6mlに、アスペルギルス・カルネウスS51菌株のα−ガラクトシダーゼを240UPNP加えた(酵素濃度は約30UPNP/g(D−ガラクトース))。45℃、18時間150rpmで回転振とうし反応させた。反応後、ペーパーフィルター濾紙(No.5A)(アドバンテック社製)を用いてろ過して、ろ液13mlを得た。このろ液を100℃で10分間処理し、この溶液を縮合サンプルとした。縮合サンプルを高速液体クロマトグラフィーにより分析(分析カラム・アミノ80(TOSOH製)、70%アセトニトリル、30%H2O、アイソクラティック、1ml/分、80℃)した結果、約12%が縮合して、α−ガラクト二糖と推定される糖類が合成されていた(図4)。
【0064】
縮合サンプルを活性炭カラムクロマトグラフィーに供して、オリゴ糖を活性炭に吸着させることで未反応のD−ガラクトースと分離し、溶出液として20%エタノールを用いて生成物であるオリゴ糖を溶出した。得られたオリゴ糖の原料がすべてD−ガラクトースであることは、前記オリゴ糖を含む溶出液を濃縮したもの1mlと1Nの硫酸1mlをあわせたものを、100℃で1時間反応させて分解し、分解物を0.5Mの炭酸バリウム懸濁液で中和したものを、高速液体クロマトグラフィーにより分析(分析カラム・アミノ80(TOSOH製)、70%アセトニトリル、30%H2O、アイソクラティック、1ml/分、80℃)、あるいはTLCにより、確認した。なお、TLCは、TLC板にシリカゲル60 F254、移動層には、酢酸エチル:酢酸:水=3:1:1を使用し、発色は、硫酸メタノール(濃硫酸:メタノール=1:1)を噴霧し、ホットプレートで加熱することによった。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】α−ガラクトシダーゼによるパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシドの酵素活性のpH依存性を示す図である。
【図2】α−ガラクトシダーゼによるパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシドの酵素活性のpH6における温度依存性を示す図である。
【図3】α−ガラクトシダーゼによるパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシドの酵素活性のpH6における温度安定性を示す図である。
【図4】高速液体クロマトグラフィーによるα−ガラクトオリゴ糖の分析結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α−ガラクトシダーゼ産生能力を有するアスペルギルス・カルネウスS51株。
【請求項2】
アスペルギルス・カルネウス由来の菌体を培養し、その培養物からα−ガラクトシダーゼを採取することを特徴とするα−ガラクトシダーゼの製造方法。
【請求項3】
アスペルギルス・カルネウスがアスペルギルス・カルネウスS51株である請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
次の理化学的性質を有するアスペルギルス・カルネウス由来のα−ガラクトシダーゼ。
(1)作用:D−ガラクトースを脱水縮合しα−ガラクトシド結合を生成する反応を触媒する。
(2)基質特異性:非還元末端にα−ガラクトシル基を有するラフィノース、メリビオース、スタキオースまたはパラニトロフェニル−α−ガラクトピラノシドによく作用する。
(3)至適pH:pH4.0〜7.0で優れた脱水縮合能を示す。D−ガラクトースを脱水縮合しα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を生成する反応の至適pHは4.5である。
(4)至適温度・温度安定性:D−ガラクトースを脱水縮合しα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を生成する反応の至適温度は20mM酢酸緩衝液(pH6.0)において40〜60℃である。該酵素を各温度で20分処理した後の酵素活性は50℃まで安定である。
【請求項5】
アスペルギルス・カルネウスS51株が産生するα−ガラクトシダーゼであることを特徴とする請求項4記載のα−ガラクトシダーゼ。
【請求項6】
請求項4または5記載のα−ガラクトシダーゼを用いてD−ガラクトースからα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を製造することを特徴とするα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の製造方法。
【請求項7】
アスペルギルス・カルネウスS51株の菌体または菌体処理物を用いてD−ガラクトースからα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖を製造することを特徴とするα−ガラクトシル基を有するオリゴ糖の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−82432(P2007−82432A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−272762(P2005−272762)
【出願日】平成17年9月20日(2005.9.20)
【出願人】(591014581)日本オリゴ株式会社 (4)
【Fターム(参考)】