説明

β−ジケトン希土類金属錯体、その製造方法および製造中間体、ならびにβ−ジケトン希土類金属錯体を含むインキ組成物

【課題】本発明は、改善された発光性能(発光強度、発光効率、発光輝度など)、インキ溶解性、機械的および化学的耐久性(インキ堅牢性、耐光性など)を有するβ−ジケトン希土類金属錯体及びその製造方法を提供すると共に、人体、環境等に対する負荷、引火性および発火性の危険が少ない、高含水率の水性インキ組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】下記式(1):
【化1】


[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物を加水分解する工程、および
塩基の存在下、希土類金属のハロゲン化物と反応させる工程
を包含する、β−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β−ジケトン希土類金属錯体、その製造方法および製造中間体であるクロロスルホニル基含有β−ジケトン化合物、ならびに発光材料としてβ−ジケトン希土類金属錯体を含むインキ組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、機能性有機化合物という言葉が盛んに用いられるようになり、電子、光学デバイスに有機化合物を利用する研究が盛んになってきている。その中でもフォトルミネッセンス(PL)現象を有する発光材料(自発光材料)が知られており、その中でもβ−ジケトンと希土類金属との錯体(β−ジケトン希土類金属錯体)が注目を集めている。
【0003】
発光材料の用途の一例としてセキュリティーインキが挙げられる。セキュリティーインキとは、可視光線下ではその筆跡が不可視であるが、紫外線、例えば、ブラックライトランプを照射した場合にはその筆跡が発光して、記録情報を読むことができるインキをいう。
【0004】
セキュリティーインキは、秘密保持などの目的で偽造や複写を防止したり、機密情報を記録したりする目的で使用される。例えば、商品のロット番号、暗号等をセキュリティーインキで記録すると、商品の流通経路の追跡、偽造品の防止対策が容易となり、しかも、可視光線下では視認されないため、改竄や損傷の怖れも少なくなる。
【0005】
例えば、ホスフィンオキサイド化合物、ホスフィンサルファイド化合物およびホスフィン化合物の中から選ばれる少なくとも1種のリン酸系化合物を中性配位子とするユウロピウム錯体(特許文献1および2)、4,4,4−トリフルオロ−1−(2−チエニル)−1,3−ブタンジオナートユウロピウムキレート化合物(特許文献3および4)、1−ナフチル−3−フルオロアルキル−1,3−プロパンジオナートユウロピウム錯体(特許文献5)、ビピリジン誘導体やフェナントロリン誘導体が配位したユウロピウム錯体(特許文献6および7)、アンモニウム塩を対イオンとして有するテトラ(ベンゾイルトリフルオロアセトナート)ユウロピウム錯体(特許文献8および9)等のβ−ジケトン希土類金属錯体を用いたインキ組成物が開示されている。
【0006】
セキュリティーインキとして用いるβ−ジケトン希土類金属錯体には、印字し易くするためのインキ溶解性、印字した情報を損傷させないためのインキ堅牢性や耐光性、情報を明瞭に発光させるための発光効率や発光輝度について、一層の向上が求められている。
【0007】
一方、これまで、ユウロピウム錯体を含有するセキュリティーインキ組成物は数多く報告されているが、その大部分は錯体の油溶性に基づく油性インキとして報告されており、水性インキの報告は限られていた。しかし、近年、環境および人体に悪影響を与えるこれら有機溶剤の使用を制限する傾向が一般的になりつつあることやインクジェット方式プリンターによる印字時の引火及び発火を抑止するために、水性インキの開発が望まれている。水系赤色発光性インキ組成物としては、ユーロピウム化合物、カルボキシル基又はスルホン酸基変性ポリビニルアルコール及び水を含有するインキ組成物(特許文献10)などが報告されているが、さらに高含水率のインキ組成物の開発が望まれている。
【0008】
また、β−ジケトン希土類金属錯体は、有機エレクトロルミネッセンス素子や発光色変換膜のような電子・光学デバイスの発光膜に含まれる原料としても用いられる。有機エレクトロルミネッセンス素子の発光層に含まれるβ−ジケトン希土類金属錯体は、直流電圧が印加されると励起し、エレクトロルミネッセンス(EL)現象により、自発光するという性質を有している。ジケトンの置換基にトリフルオロメチル基を有しかつ第二配位子がスルホキシドであるユウロピウム錯体(非特許文献1)、第二配位子にスルホキシドを有するトリスジケトナトユウロピウム錯体(特許文献11)、第二配位子にホスフィンオキシドやフェナントロリンを有するトリスジケトナトユウロピウム錯体(特許文献12および13)等がEL、発光ダイオード(LED)用途として報告されている。
【0009】
なお、有機エレクトロルミネッセンス素子に用いるためのβ−ジケトン希土類金属錯体に対して、機械的・化学的耐久性、発光性能について、一層の向上が求められている。
【0010】
この様に、β−ジケトン希土類金属錯体は、3つのジケトンのみが等価に配位した構造を有する錯体、3つのジケトンとさらに1つの2座配位子あるいは2つの単座配位子が配位した構造を有する錯体、または4つのジケトンが等価に配位した構造を有する錯体が知られており、これら構成要素を組み替えた種々の錯体がこれまで報告されてきた。しかし、これまでのβ−ジケトン希土類金属錯体は、構造の多様性が乏しいために、様々な特性向上のための構造的な改善の余地があまり残されていなかった。そのために、当該分野では、新たな構造を有するβ−ジケトン希土類金属錯体の開発が望まれている。
【0011】
また、特許文献14および15には、クロロスルホニル基を有するβ−ジケトンを用いた臨床検査分野における時間分解蛍光免疫測定法等への応用が開示されているが、これらの文献では、クロロスルホニル基を有するβ−ジケトン化合物は、標識化合物として、生物物質と結合した後、希土類金属と反応して錯体となる。すなわち、β−ジケトン化合物の有するクロロスルホニル基は生物物質が有する水酸基やアミノ基などと反応した後に希土類金属と錯化するので、スルホネート基を有するβ−ジケトンと希土類金属からなる本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体とは構造および用途が明らかに異なる。また、上記の発光材料として使用するβ−ジケトン希土類金属錯体とも構造および用途が異なる。
【特許文献1】特開2000−144029号公報
【特許文献2】特公平6−15269号公報
【特許文献3】特公昭54−22336号公報
【特許文献4】特開2000−160083号公報
【特許文献5】特開2003−26969号公報
【特許文献6】特開平3−50291号公報
【特許文献7】特開2002−173622号公報
【特許文献8】特開昭64−6085号公報
【特許文献9】特開2005−47892号公報
【特許文献10】特開2003−261804号公報
【特許文献11】特開2003−129045号公報
【特許文献12】特許第2505244号公報
【特許文献13】特許第2672325号公報
【特許文献14】特許第3538277号公報
【特許文献15】特開2001−199994号公報
【非特許文献1】Mol.Phys.101、1037(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記従来の課題を解決するために行われたものであり、本発明の課題は、改善された発光性能(発光強度、発光効率、発光輝度など)、インキ溶解性、機械的および化学的耐久性(インキ堅牢性、耐光性など)を有するβ−ジケトン希土類金属錯体及びその製造方法を提供すると共に、人体、環境等に対する負荷、引火性および発火性の危険が少ない、高含水率の水性インキ組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上述の課題を鑑み鋭意研究した結果、β−ジケトン希土類金属錯体の製造中間体として、下記式(1):
【化1】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示されるクロロスルホニル基含有β−ジケトン化合物を用いることによって、改善された発光性能(発光強度、発光効率、発光輝度など)、インキ溶解性、機械的および化学的耐久性(インキ堅牢性、耐光性など)を有するβ−ジケトン希土類金属錯体が得られることを見出した。従って、本発明は以下を提供する。
【0014】
下記式(1):
【化2】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物を加水分解する工程、および
塩基の存在下、希土類金属のハロゲン化物と反応させる工程
を包含する、β−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【0015】
前記加水分解後、式(2):
【化3】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物が得られる、上記β−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【0016】
前記式(2)で示される化合物:希土類金属のモル比が6:4である、上記β−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【0017】
前記式(1)および式(2)中のRが、それぞれ、フッ素化されていてもよい炭素数1〜20の直鎖または分枝の飽和炭化水素基である、上記β−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【0018】
前記希土類金属がランタノイド金属である、上記β−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【0019】
さらに、下記式(3):
【化4】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物をクロロスルホン化して下記式(1):
【化5】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物を調製する工程を包含する、上記β−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【0020】
下記式(3):
【化6】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物をクロロスルホン化する工程を包含する、下記式(1):
【化7】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物の製造方法。
【0021】
上記の製造方法によって得られるβ−ジケトン希土類金属錯体。
【0022】
下記式(1):
【化8】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物。
【0023】
上記β−ジケトン希土類金属錯体を含むインキ組成物。
【発明の効果】
【0024】
本発明によって、改善された発光性能(発光強度、発光効率、発光輝度など)、インキ溶解性、機械的および化学的耐久性(インキ堅牢性、耐光性など)を有するβ−ジケトン希土類金属錯体及びその製造方法を提供することができる。さらに、本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体の製造方法によって製造されたβ−ジケトン希土類金属錯体を発光材料として用いることにより、人体、環境等に対する負荷、引火性および発火性の危険が少ない、インキ安定性の優れた高含水率の水性インキ組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明は、下記式(1):
【化9】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示されるクロロスルホニル基含有β−ジケトン化合物[以下、化合物(1)と略記する場合もある]を加水分解する工程、および
塩基の存在下、希土類金属のハロゲン化物と反応させる工程
を包含する、β−ジケトン希土類金属錯体の製造方法、当該製造方法によって製造されたβ−ジケトン希土類金属錯体、その製造中間体である化合物(1)、ならびに発光材料として本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体を含むインキ組成物に関する。
【0026】
式(1)における置換基Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である。
【0027】
飽和炭化水素基の例としては、例えば、炭素数1〜20の直鎖または分枝の飽和炭化水素基が挙げられる。本発明では、飽和炭化水素基の一部または全てがフッ素化されていてもよい。
【0028】
炭素数1〜20の直鎖または分枝の飽和炭化水素基としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基、i−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、neo−ペンチル基、シクロペンチル基、n−ヘキシル基、シクロヘキシル基、n−ヘプチル基、シクロヘプチル基、n−オクチル基、シクロオクチル基、2−エチルヘキシル基、n−デシル基、ラウリル基、ステアリル基等が挙げられる。なかでも、炭化水素基の炭素数は、好ましくは1〜10、より好ましくは1〜3である。
【0029】
上記飽和炭化水素基は、一部または全てがフッ素化されていてもよく、具体的には、HCF−、H(CF−、H(CF−、H(CF−、H(CF−、H(CF−、H(CF−、H(CF−、(CFCH−、CF−、C−、n−C−、i−C−、n−C−、i−C−、sec−C−、tert−C−、n−C11−、neo−C11−、n−C13−、n−C15−、n−C17−、2−C17−、n−C19−、n−C1021−、n−C1225−、n−C1837−などの基が挙げられる。
【0030】
化合物(1)は、下記式(3):
【化10】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物[以下、化合物(3)と略記する場合もある]をクロロスルホン化することによって製造することができる。
【0031】
式(3)において、置換基Rは上述の式(1)で説明したものと同じである。
【0032】
化合物(3)は、公知であり、種々のものが知られている。その具体例としては、以下の化合物が挙げられる。
【0033】
【化11】

【0034】
[1]クロロスルホニル基含有β−ジケトン化合物[化合物(1)]の製造
化合物(1)は、化合物(3)をクロロスルホン化することによって製造することができる。
【0035】
クロロスルホン化は、具体的には、化合物(3)およびクロロスルホン酸の混合物を加熱撹拌することが一般的であり、化合物(3)の使用量は、100mLのクロロスルホン酸に対して、0.01〜0.5モル、好ましくは0.02〜0.3モル、より好ましくは0.05〜0.2モルであり、0.01モル未満の場合、溶剤をいたずらに多量に使用することになり、0.5モルを超過する場合、固体が完全に溶解しないために収率が低下するなどの問題の恐れがある。
【0036】
クロロスルホン酸を室温以下、好ましくは10℃以下に冷却し、同温度を維持しながら、化合物(3)をクロロスルホン酸に添加し、その後、混合物を加熱撹拌することが好ましい。なお、本明細書中、室温とは、通常15〜25℃を意味する。
【0037】
クロロスルホン化の反応温度は、通常0℃〜50℃、好ましくは20〜40℃、より好ましくは30〜40℃であり、0℃未満の場合、未反応物残存による収率の低下などの問題の恐れがあり、50℃を超過する場合、分解反応に起因する生成物の収率低下および純度低下などの問題の恐れがある。
【0038】
クロロスルホン化の反応時間は、通常1〜8時間、好ましくは2〜6時間、より好ましくは3〜5時間であり、1時間未満の場合、未反応物残存による収率の低下などの問題の恐れがあり、8時間を超過する場合、分解反応に起因する生成物の収率低下および純度低下などの問題の恐れがある。
【0039】
クロロスルホン化反応後の処理としては、特に限定はなく、例えば、反応後、反応混合物を室温に戻し、激しく撹拌しながら、反応混合物を細かく砕いた大量の氷上に注ぎ、次いで、生成したスラリー溶液を60〜100℃、好ましくは70〜100℃、より好ましくは80〜100℃にて0.5〜3時間、好ましくは0.5〜2時間、より好ましくは0.5〜1時間撹拌した後、濾過、洗浄等の通常の処理を施し、目的の化合物(1)を得ることができる。
【0040】
化合物(1)の具体例を以下に示すが、これらに限定されない。
【0041】
【化12】

【0042】
[2]β−ジケトン希土類金属錯体の製造
本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体は、化合物(1)を加水分解し、次いで、塩基の存在下、希土類金属のハロゲン化物と反応させることによって製造することができる。
【0043】
化合物(1)の加水分解は、水溶性有機溶剤および水の混合溶媒中で実施することができる。
【0044】
水溶性有機溶剤としては、例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブタノール、tert−ブタノールなどのアルコール類;アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類;テトラヒドロフラン、ジオキサン、エチレングリコールメチルエーテルなどのエーテル類;エチレングリコール、プロピレングリコールなどの多価アルコール類;およびそれらの混合溶剤などが挙げられ、なかでも、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノールなどのアルコール類が好ましい。
【0045】
水としては、特に限定はないが、例えば、水道水、工業用水、蒸留水、イオン交換水などが挙げられる。
【0046】
加水分解法としては、特に限定はないが、上記水溶性有機溶剤中に化合物(1)を必要に応じて撹拌しながら溶解した後、水を添加し、反応混合物を同温度で撹拌することが好ましい。
【0047】
化合物(1)1モルに対する水溶性有機溶剤の使用量は、1〜8L、好ましくは2〜7L、より好ましくは3〜6Lであり、1L未満の場合、原料が完全に溶解しないために収率が低下する等の問題の恐れがあり、8Lを超過する場合、反応後の目的物の析出が少なく、収率が低下する等の問題の恐れがある。
【0048】
水の使用量は、水溶性有機溶剤と同程度が好ましく、少なすぎると完全に加水分解を行うことが困難であり、また、最終目的物の析出が少なく、収率の低下が懸念される。また、水溶性有機溶剤に対して水の割合が多すぎると、目的物の純度低下などの問題の恐れがある。
【0049】
水溶性有機溶剤または水の添加は、原料である化合物(1)が析出しない程度の速度で行なうことが好ましい。
【0050】
加水分解の温度は、特に限定的ではないが、通常30〜80℃、好ましくは50〜70℃、より好ましくは55〜65℃であり、30℃未満の場合、原料残存による収率低下などの問題の恐れがあり、80℃を超過する場合、分解による収率の低下などの問題の恐れがある。
【0051】
加水分解時間は、特に限定的ではないが、通常1〜5時間、好ましくは2〜4時間、より好ましくは2.5〜3.5時間であり、1時間未満の場合、加水分解反応が十分に進行していないことによる収率の低下等の問題の恐れがあり、5時間を超過する場合、加水分解物の分解等の問題の恐れがある。
【0052】
加水分解によって、化合物(1)のクロロスルホニル基を全てスルホ基に変換することができる。すなわち、加水分解によって、式(2):
【化13】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基であり、上述の式(1)で説明したものと同じである。]
で示されるスルホ基含有β−ジケトン化合物[以下、化合物(2)と略記する場合もある]を得ることができる。
【0053】
高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって化合物(1)のピーク消失を確認することができ、液体クロマトグラフィー−質量分析(LC−MS)において化合物(2)の分子量ピークを確認するこができる。
【0054】
化合物(2)は、常法に従い、単離精製してもよいが、そのまま次の反応に使用してもよい。化合物(2)を単離精製することなく、そのまま次の反応に使用する場合、錯体分解の防止を目的として、反応混合物を室温に冷却することが好ましい。
【0055】
次いで、塩基の存在下、反応混合物または化合物(2)を希土類金属のハロゲン化物と反応させることによって、本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体を調製することができる。
【0056】
塩基としては、例えば、リチウム、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物またはその塩(例えば、NaOH、KOH、NaHCO、NaCO、KCOなど)、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウムなどのアルカリ土類金属の水酸化物またはその塩(例えば、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウムなど)等が挙げられる。取り扱い易さから、アルカリ金属の水酸化物およびその塩が好ましく、特にNaHCOが好ましい。
【0057】
塩基の使用量は、化合物(1)1モルに対して、1〜3モル、好ましくは2〜3モル、より好ましくは2.5〜3モル、特に好ましくは3モルであり、1モル未満の場合、目的物が析出しない等の問題の恐れがあり、3モルを超過する場合、析出物の再溶解による収率の低下等の問題の恐れがある。
【0058】
本発明で用いる希土類金属のハロゲン化物は公知化合物である。希土類金属としては、例えば、Eu(ユウロピウム)、Gd(ガドリニウム)、Sm(サマリウム)、Tb(テルビウム)、Dy(ジスプロシウム)、Nd(ネオジム)、Yb(イッテルビウム)等のランタノイド金属が挙げられる。ハロゲン化物としては、フッ化物、塩化物、臭化物、ヨウ化物などが挙げられる。希土類金属のハロゲン化物は、好ましくは、ランタノイド金属の塩化物である。発光材料としての性能の観点から塩化ユウロピウムが好適である。
【0059】
希土類金属のハロゲン化物の使用量は、化合物(1)1モルに対して、1/3〜1モル、好ましくは1/2〜1モル、より好ましくは2/3モルであり、1/3モル未満の場合、収率が著しく低下し、1モルを超過する場合、さらなる収率の向上は見られない。
【0060】
また、希土類金属のハロゲン化物の使用量が上記範囲内であると、化合物(2):希土類金属のモル比が6:4である本発明の新規β−ジケトン希土類金属錯体を得ることができる。
【0061】
特に、希土類金属のハロゲン化物の使用量が、化合物(1)3モルに対して、2モルである場合、本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体を最も効率よく得ることができる。
【0062】
β−ジケトン希土類金属錯体の調製は、溶液中で行うのが好適である。使用し得る溶媒としては、化合物(1)の加水分解に用いた水溶性有機溶剤および水の混合溶媒が好適である。
【0063】
錯体化反応の反応温度は、通常20〜80℃、好ましくは30〜50℃、より好ましくは35〜45℃であり、20℃未満の場合、未反応物残存による収率低下等の問題の恐れがあり、80℃を超過する場合、目的物分解による収率低下等の問題の恐れがある。
【0064】
錯体化反応の反応時間は、通常0.1〜8時間、好ましくは0.5〜4時間、より好ましくは1〜3時間であり、0.1時間未満の場合、未反応物残存による収率低下等の問題の恐れがあり、8時間を超過する場合、目的物分解による収率低下等の問題の恐れがある。
【0065】
錯体化反応終了後、室温まで冷却し、析出したβ−ジケトン希土類金属錯体を濾過等の通常の分離手段により回収することができる。
【0066】
また、常法に従い、得られたβ−ジケトン希土類金属錯体をさらに精製してもよい。
【0067】
[3]β−ジケトン希土類金属錯体
本発明の製造方法によって得られるβ−ジケトン希土類金属錯体をエタノールに溶解して飽和溶液を調製し、得られた飽和溶液に水を徐々に加えることによって、β−ジケトン希土類金属錯体の単結晶を得ることができる。得られた単結晶をX線結晶構造解析により構造決定したところ、化合物(2):希土類金属のモル比が6:4である新規錯体であることが分かった。
【0068】
また、本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体は、その構造に基づき、従来よりも優れた発光性能(発光強度、発光効率、発光輝度など)、機械的および化学的耐久性(堅牢性、耐光性など)などを有し、特に、水に対する高い溶解性および安定性を有するので、人体、環境等に対する負荷、引火性および発火性の危険が少ない、高含水率の水性インキ組成物を提供することができる。
【0069】
さらに、本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体は、紫外光を照射すると、励起され、赤色域(610〜630nm)に発色を呈することができ、セキュリティーインキとして有用である。
【0070】
[4]インキ組成物
本発明は、さらに、上記製造方法で得られるβ−ジケトン希土類金属錯体を含むインキ組成物に関する。
【0071】
本発明のインキ組成物は、発光材料として、特に紫外線励起型蛍光発光材料として、上記β−ジケトン希土類金属錯体ならびに溶剤を含有し、さらに、必要に応じて、バインダー樹脂、各種添加剤などを含有していてもよい。
【0072】
本発明のインキ組成物に適した溶剤としては、例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、トリエチレングリコール、ジエチレングリコールモノ−n−ブチルエーテルなどのアルコール系溶剤;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン、4−メトキシ−4−メチルペンタノン等のケトン系溶剤;シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、n−ペンタン、n−ヘキサン、n−ヘプタン等の炭化水素系溶剤;酢酸エチル、酢酸n−プロピル等のエステル系溶剤;2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドンなどのピロリドン系溶剤;テトラヒドロフラン;アセトニトリル;ジメチルホルムアミド(DMF);1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI);ジメチルスルホキシド(DMSO);γ−ブチルラクトンなどのラクトン系溶剤;トルエン、キシレンなどの高沸点石油系溶剤およびこれらの混合溶剤などが挙げられ、なかでも水溶性溶剤が好ましく、より好ましくはジメチルホルムアミド、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、ジメチルスルホキシド、n−プロパノールおよびジエチレングリコールモノ−n−ブチルエーテルが挙げられ、さらに好ましくはジメチルスルホキシド、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、ジメチルホルムアミドが挙げられる。
【0073】
溶剤の使用量は、特に限定はないが、その中に含まれるβ−ジケトン希土類金属錯体および任意のバインダー樹脂の溶解性に依存して適宜決定することができ、β−ジケトン希土類金属錯体および任意のバインダー樹脂が析出しない程度で溶剤を使用することが好ましい。
【0074】
インキ組成物における本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体の含有量は、インキ組成物の重量に基づいて、0.001〜5重量%、好ましくは1〜3重量%であり、0.001重量%未満であると、発光量が少なくなり、発光の読み取りが困難となる等の問題の恐れがあり、5重量%を超過すると、自己吸収が生じて、発光強度が小さくなる等の問題の恐れがある。
【0075】
本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体がその構造に基づいて水に対して優れた溶解性および安定性を有するので、本発明のインキ組成物にさらに水を添加することによって、高含水率の水性インキ組成物を調製することができる。
【0076】
高含水率の水性インキ組成物の場合、本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体の含有量は、インキ組成物の重量に基づいて、0.001〜0.5重量%、好ましくは0.01〜0.3重量%であり、0.001重量%未満であると、発光量が少なくなり、発光の読み取りが困難となる等の問題の恐れがあり、0.5重量%を超過すると、発光材料析出によるインキ安定性の低下等の問題の恐れがある。
【0077】
水性インキ組成物に用いる水としては、特に限定はないが、例えば、水道水、工業用水、蒸留水、イオン交換水などが挙げられる。水の使用量は、上記のβ−ジケトン希土類金属錯体の含有量を達成できる量であり、特に制限はない。
【0078】
本発明のインキ組成物は、さらに、必要に応じて、バインダー樹脂を含んでいてもよく、バインダー樹脂をインキ組成物に添加することによって、本発明のインキ組成物を被着物に良好に定着させることができる。
【0079】
本発明のインキ組成物に添加してもよいバインダー樹脂としては、当業者に公知の各種の水溶性樹脂であれば特に限定はなく、例えば、ビニル樹脂、アクリル樹脂、アミノ樹脂、アルキド樹脂、フェノール樹脂、セルロース樹脂、およびこれらの共重合体などが挙げられる。これらの中でも、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリウレタン、ポリアクリル酸、ポリエーテルおよびそれらの共重合体の少なくとも1種類から選ばれる樹脂が好ましい。
【0080】
本発明のインキ組成物がバインダー樹脂を含有する場合、バインダー樹脂の配合量は、インキ組成物の定着性、インキ安定性、溶解性、粘度調整などに悪影響を及ぼさない範囲であれば特に限定はなく、例えば、インキ組成物の重量に基づいて、0.5〜30重量%、好ましくは1〜20重量%であり、0.5重量%未満の場合、非浸透性の被記録体に対して発光材料を十分に定着できないなどの問題の恐れがあり、30重量%を超過する場合、インキ組成物の吐出安定性が低下するなどの問題の恐れがある。また、発光材料の周囲をバインダー層が厚く覆うこともあり、発光材料の発光の低下を招く恐れがあるばかりか、バインダー樹脂に起因する発光への障害になる可能性がある。
【0081】
また、本発明のインキ組成物は、添加剤として、例えば、界面活性剤(例えば、アルキル硫酸エステル類、リン酸エステル類、ポリオキシエチレンアルキルエーテル類、アルキルアミン塩等のアニオン性、ノニオン性、カチオン性界面活性剤、両イオン性界面活性剤、あるいはフッ素系界面活性剤、あるいはアセチレングリコール系界面活性剤など)、分散剤(例えば、ロジン酸石鹸、ステアリン酸石鹸、オレイン酸石鹸、Na−ジ−β−ナフチルメタンジサルフェート、Na−ラウリルサルフェート、Na−ジエチルヘキシルスルホサクシネートなど)、シクロデキストリン(CD)(例えば、β−CD、ジメチル−β−CD、メチル−β−CD、ヒドロキシエチル−β−CD、ヒドロキシプロピル−β−CDなど)、消泡剤等を含有していてもよい。
【0082】
添加剤の含有量は、インキ組成物の重量に基いて、0.01〜5重量%、好ましくは0.1〜3重量%である。
【0083】
本発明のインキ組成物には、さらに、インキの安定性の向上やペン先やノズルでの乾燥防止を目的として、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル等のエーテル系溶剤;エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール系溶剤(2価のアルコール系溶剤);グリセリン、1,2−ヘキサンジオール、2,4,6−ヘキサントリオール等のポリオール;およびそれらの混合溶剤などを追加溶剤として添加することができる。これらの追加溶剤の使用量は、インキ組成物の重量に基いて、30重量%未満が好ましい。
【0084】
本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体は、その溶解度に基づいて、上述の通り、様々な溶剤と水との混合溶剤に容易に可溶化することができるので、水性インキ組成物における発光材料として処方することができ、また、紫外光で励起すると赤色域(610〜630nm)の発色光を呈すので、セキュリティーインキとして非常に有用である。
【0085】
例えば、本発明のインキ組成物を被着物(例えば、紙、プラスティックフィルム、布、ガラス、金属、セラミックス等が挙げられるが、特にこれらに限定されない)に塗布、乾燥し、ブラックランプなどの紫外線ランプによって紫外光(約365nm)を塗物に照射して、発光材料を励起し、赤色域(610〜630nm)の発光を得ることができる。従って、本発明のインキ組成物の塗物は、可視光のもとでは発光せず、紫外光のもとで赤色に発光し、機密情報のセキュリティーインキとして非常に有用である。
【実施例】
【0086】
[1]クロロスルホニル基含有β−ジケトン化合物(化合物(1))の製造
実施例1
6−(4,4,4−トリフルオロ−3−オキソ−ブチリル)−ナフタレン−1−スルホニルクロリド(NTFAS)の合成
10℃以下に冷却したクロロスルホン酸200mLに、4,4,4−トリフルオロ−1−(ナフタレン−2−イル)−ブタン−1,3−ジオン(NTFA)40g(0.15モル)を投入したのち、40℃で4時間加熱撹拌した。室温に冷却したのち、強撹拌下1kgの氷に滴下した。白色スラリーが得られるがそのまま100℃で1時間加熱することにより、下記式の6−(4,4,4−トリフルオロ−3−オキソ−ブチリル)−ナフタレン−1−スルホニルクロリド(NTFAS)45.2g(82.7%収率、黄色粉末)を得た。
【0087】
【化14】

【0088】
IR (cm-1, KBr): 3435, 3116, 3103, 3084, 1622, 1601, 1581, 1512, 1446, 1375, 1354, 1273, 1248, 1203, 1180, 1153, 1117, 1078, 970, 953, 920, 893, 829, 804, 758, 696, 681, 619, 584, 557, 530, 509, 472, 445.
1H NMR (300MHz, ppm, in CDCl3): 14.96(br), 8.92(d, 1H), 8.66(d, 1H), 8.50(dd, 1H), 8.37(d, 1H), 8.23(dd, 1H), 7.75(dd, 1H), 6.75(s, 1H).
13C NMR (300MHz, ppm, in CDCl3): 183.8(s), 178.4(q), 139.9(s), 138.1(s), 136.5(s), 133.8(s), 131.8(s), 131.7(s), 129.8(s), 126.3(s), 125.5(s), 125.3(s), 117.0(q), 93.0(s).
LC-MS (m/z): 364.8 (M+).
Anal. Calcd. for C14H8O4SClF3: C, 46.10; H, 2.21; S, 8.79; Cl, 9.72.
Found: C, 45.76; H, 1.92; S, 8.98; Cl, 9.84.
【0089】
実施例2
6−(4,4,5,5,6,6,6−ヘプタフルオロ−3−オキソ−ヘキサノイル)−ナフタレン−1−スルホニルクロリド(NPFAS)の合成
10℃以下に冷却したクロロスルホン酸200mLに4,4,5,5,6,6,6−ヘプタフルオロ−1−(ナフタレン−2−イル)−ヘキサン−1,3−ジオン(NPFA)40g(0.11モル)を投入したのち、40℃で4時間加熱撹拌した。室温に冷却したのち、強撹拌下1kgの氷に滴下した。実施例1と同様に、得られたスラリーを100℃で1時間加熱撹拌することにより、下記式の6−(4,4,5,5,6,6,6−ヘプタフルオロ−3−オキソ−ヘキサノイル)−ナフタレン−1−スルホニルクロリド(NPFAS)46.8g(92.3%収率、黄色固体)を得た。
【0090】
【化15】

【0091】
IR (cm-1, KBr): 3446, 3109, 1738, 1649, 1626, 1601, 1512, 1458, 1437, 1379, 1365, 1350, 1232, 1180, 1126, 1072, 1043, 964, 943, 924, 897, 858, 822, 798, 754, 737, 725, 679, 652, 592, 561, 532, 513, 476.
1H NMR (300MHz, ppm, in CDCl3): 14.06(br), 8.91(d, 1H), 8.67(d, 1H), 8.49(dd, 1H), 8.40(d, 1H), 8.23(dd, 1H), 7.76(dd, 1H), 6.82(s, 1H).
13C NMR (300MHz, ppm, in CDCl3): 183.4(s), 180.0(t), 139.8(s), 138.1(s), 136.5(s), 133.8(s), 132.0(s), 131.7(s), 129.9(s), 126.3(s), 125.5(s), 125.3(s), 120-110(m), 94.5(s).
LC-MS (m/z): 463.7 (M+-1).
Anal. Calcd. for C16H8O4SClF7: C, 41.35; H, 1.74; S, 6.90; Cl, 7.63.
Found: C, 38.69; H, 1.28; S, 7.73; Cl, 13.12.
【0092】
[2]β−ジケトン希土類金属錯体の製造
実施例3
NTFAS/Eu(発光材料1)の合成
NTFAS 4.38g(12ミリモル)をメタノール40mLに投入し、60℃にて2時間撹拌、完全に溶解したことを確認後、水40mLを投入し、1時間撹拌した。島津高速液体クロマトグラフィーSCL-6A(L-カラム、カラム温度40℃、検出波長280nm、流速0.5ml/min、溶離液組成;テトラヒドロフラン:水:メタノール:トリエチルアミン:酢酸=40:20:40:1:3)にて加水分解の終点及びスルホ基体6−(4,4,4−トリフルオロ−3−オキソ−ブチリル)−ナフタレン−1−スルホン酸の生成(LC−MS m/z=345.6(M−1))を確認したのち、反応溶液を室温に冷却した。塩化ユウロピウム水溶液(8ミリモル)を投入、次いで炭酸水素ナトリウム3.024g(36ミリモル)を投入したのち、40℃で1時間加熱撹拌することにより、β−ジケトン希土類金属錯体[NTFAS/Eu(発光材料1)]を4.0g(64.4%収率)得た。
【0093】
IR (cm-1, KBr): 3425, 1633, 1612, 1593, 1566, 1537, 1512, 1458, 1365, 1348, 1296, 1273, 1248, 1196, 1173, 1147, 1047, 976, 949, 912, 889, 845, 818, 793, 768, 700, 683, 623, 598, 579.
1H NMR (300MHz, ppm, in DMSO-d6): 9-5.5(br), 5-4(br).
13C NMR (300MHz, ppm, in DMSO-d6): 175.0(s), 155.5(q), 143.0(s), 142.9(s), 131.7(s), 131.0(s), 129.7(s), 127.1(s), 126.0(s), 124.7(s), 121.8(s), 95.2(s), 64.2(s), 55.9(q).
Anal. Calcd. for Eu4(NTFAS)6(H2O)12・12H2O: Eu, 19.57; C, 32.48; H, 2.92; S, 6.9.
Found: Eu, 21.44; C, 31.18; H, 2.11; S, 5.70.
【0094】
NTFAS/Euのエタノール飽和溶液に、徐々に水を加えることでNTFAS/Euの単結晶を得、X線結晶構造解析を行った。この単結晶は板状結晶であり、本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体の構造が明らかになった。Euには、6−(4,4,4−トリフルオロ−3−オキソ−ブチリル)−ナフタレン−1−スルホン酸(リガンドL)及び水が配位していることが分かった。Eu原子は8配位であり、1つは配位子Lのジケトンが2個、SOH基のO=基が2個及び水分子が2個配位したもの、もう一つは配位子Lのジケトンが1個、SOH基のO=基が2個及び水分子が4個配位したものである(図1)。本発明のβ−ジケトン希土類金属錯体は、これらの結合によるa軸方向に連続的に連なった構造を有することが判明した(図2)。なお、a軸方向とは、図2の紙面に対して垂直な方向を意味する。Eu原子、配位子L及びEu原子に配位している水分子との比率はEu(HO)12であることも明らかとなった(図3)。なお、図3において、Cは炭素原子を示し、Oは酸素原子を示し、Sは硫黄原子を示し、Fはフッ素原子を示し、Euはユウロピウム原子を示す。
【0095】
得られた結晶データ(Crystal Data)を表1に示す。これらの結果より、実施例3のβ−ジケトン希土類金属錯体[NTFAS/Eu]から得られた単結晶は、EuとLとの組成比が4:6であることが明らかとなった。
【0096】
【表1】

【0097】
実施例4
NTFAS/Gdの合成
NTFAS 4.38g(12ミリモル)をメタノール40mLに投入し、60℃にて1時間撹拌、完全に溶解したことを確認後、水40mLを投入し、1時間撹拌した。HPLC(実施例3と同一測定条件)にて加水分解の終点及びスルホ基体6−(4,4,4−トリフルオロ−3−オキソ−ブチリル)−ナフタレン−1−スルホン酸の生成(LC−MS m/z=345.6(M−1))を確認したのち、反応溶液を室温まで冷却した。塩化ガドリニウム水溶液(8ミリモル)を投入、次いで炭酸水素ナトリウム3.024g(36ミリモル)を投入したのち、40℃で1時間加熱撹拌することにより、β−ジケトン希土類金属錯体[NTFAS/Gd]を3.6g(57.6%収率)得た。
【0098】
IR (cm-1, KBr): 3417, 1612, 1593, 1568, 1535, 1514, 1456, 1365, 1346, 1296, 1273, 1250, 1196, 1173, 1146, 1068, 1049, 976, 949, 912, 889, 843, 818, 791, 769, 700, 683, 623, 600, 579.
Anal. Calcd. for Gd4(NTFAS)6(H2O)12・12H2O: Gd, 20.12; C, 32.26; H, 2.90; S, 6.15.
Found: Gd, -; C, 29.26; H, 2.11; S, 5.72.
【0099】
実施例5
NTFAS/Tbの合成
NTFAS 4.38g(12ミリモル)をメタノール40mLに投入し、60℃にて1時間撹拌、完全に溶解したことを確認後、水40mLを投入し、1時間撹拌した。HPLC(実施例3と同一測定条件)にて加水分解の終点及びスルホ基体6−(4,4,4−トリフルオロ−3−オキソ−ブチリル)−ナフタレン−1−スルホン酸の生成(LC−MS m/z=345.6(M−1))を確認したのち、反応溶液を室温まで冷却した。塩化テルビウム水溶液(8ミリモル)を投入、次いで炭酸水素ナトリウム3.024g(36ミリモル)を投入したのち、40℃で1時間加熱撹拌することにより、β−ジケトン希土類金属錯体[NTFAS/Tb]を3.3g(52.7%収率)得た。
【0100】
IR (cm-1, KBr): 3417, 1633, 1614, 1593, 1568, 1537, 1514, 1458, 1365, 1348, 1296, 1273, 1250, 1196, 1173, 1147, 1049, 976, 951, 912, 889, 845, 818, 793, 769, 700, 683, 623, 600, 579.
Anal. Calcd. for Tb4(NTFAS)6(H2O)12・12H2O: Tb, 20.29; C, 32.20; H, 2.89; S, 6.14.
Found: Tb, -; C, 29.37; H, 2.04; S, 5.71.
【0101】
実施例6
NPFAS/Eu(発光材料2)の合成
NPFAS 5.58g(12ミリモル)をメタノール70mLに投入し、60℃にて1時間撹拌、完全に溶解したことを確認後、水70mLを投入し、1時間撹拌した。HPLC(実施例3と同一測定条件)にて加水分解の終点及びスルホ基体6−(4,4,5,5,6,6,6−ヘプタフルオロ−3−オキソ−ヘキサノイル)−ナフタレン−1−スルホン酸の生成(LC−MS m/z=444.9(M−1))を確認したのち、反応溶液を室温まで冷却した。塩化ユウロピウム水溶液(8ミリモル)を投入、次いで炭酸水素ナトリウム3.024g(36ミリモル)を投入したのち、40℃で3時間加熱撹拌することにより、β−ジケトン希土類金属錯体[NPFAS/Eu(発光材料2)]を3.7g(49.5%収率)得た。
【0102】
IR (cm-1, KBr): 3406, 1612, 1568, 1527, 1516, 1506, 1454, 1348, 1259, 1228, 1196, 1182, 1117, 1047, 974, 943, 924, 862, 789, 754, 727, 700, 685, 621, 598, 577, 530, 474.
1H NMR (300MHz, ppm, in DMSO-d6): 9-5(br), 4.5-3.5(br).
13C NMR (300MHz, ppm, in DMSO-d6): 171.6(s), 156.1(t), 142.9(s), 131.6(s), 131.4(s), 130.8(s), 129.4(s), 126.9(s), 125.9(s), 125.5(s), 124.6(s), 121.2(s), 94.4(s), 65.2(s), 120-110(m), 94.7(s), 65.6(s), 54.7(t).
Anal. Calcd. for Eu4(NPFAS)6(H2O)12・12H2O: Eu, 16.40; C, 31.11; H, 2.45; S, 5.19.
Found: Eu, 25.5; C, 25.93; H, 1.76; S, 4.46.
【0103】
比較例1
特許文献5に従って、下記式の比較発光材料1を得た。
【化16】

【0104】
比較例2
特許文献3に従って、下記式の比較発光材料2を得た。
【化17】

【0105】
[3]本発明の発光材料及び比較発光材料の溶解性評価
試験例1
本発明のインキ組成物に用いる発光材料及び比較発光材料の有機溶剤(DMSO、DMIおよびDMF)に対する溶解度を以下の方法で評価した。
発光材料および比較発光材料を有機溶剤(DMSO、DMIまたはDMF)に溶解し、ポアサイズ0.5μmのメンブレンフィルターで濾過し、各有機溶剤における発光材料の飽和溶液を得た。溶解度は有機溶剤10mLと飽和溶液10mLのそれぞれの重量から算出した。
【0106】

【表2】

【0107】
表2より、有機溶剤に対する溶解性は、本発明の発光材料よりも、比較発光材料の方が高いことが分かる。
【0108】
試験例2
種々の有機溶剤−水混合比を有する混合溶液に対する各発光材料の溶解性を評価した。
発光材料を1%含有する有機溶剤(DMSO、DMIおよびDMF)の溶液を調製し、次に、この溶液12mLに水を加え、有機溶剤含有率を80%、60%、40%、20%、1%としたときの発光材料の析出の程度を目視にて判定した。
DMSOおよび水、DMIおよび水、ならびにDMFおよび水の混合溶液において、以下の評価基準に従って、溶解性を評価した結果を、それぞれ、表3、表4および表5に示す。
【0109】
評価基準
○:発光材料が完全に溶解した。
△:発光材料が僅かに析出した。
×:発光材料の大部分が析出した。
【0110】
【表3】

【0111】
【表4】

【0112】
【表5】

【0113】
溶解性は各発光材料により異なるため、初期溶液の発光材料濃度を1%とした。水の添加により溶剤および発光材料の比率が低下する。比較の結果は、比較発光材料よりも当該発光材料の方が、含水率が高くなっても不溶物が析出し難いことを示した。従って、本発明の発光材料を用いたインキ組成物は、水の比率を高くすることが可能であり、高含水率の水性インキ組成物を提供することができる。
【0114】
[4]本発明の発光材料および比較発光材料の発光性能評価
試験例3
発光材料の発光性能を評価するため、100mLのDMSOに発光材料を25mg溶解し、蛍光分光光度計(島津製作所社製RF−5300PC)を用いて蛍光強度(フォトルミネッセンス強度、610〜630nm)を測定した。
比較発光材料1の蛍光強度を100としたときの蛍光強度の相対値を表6に示した。
【0115】
【表6】

【0116】
発光材料1および2は、従来の比較発光材料1および2に比べ、大きな蛍光強度を示した。
【0117】
[5]本発明の発光材料および比較発光材料のDMSO溶液の安定性評価
試験例4
室内、北向き窓側の自然光下、また、暗所(40℃)にて保存したときの、インキ組成物の発光強度の経時変化を追跡し、表7にまとめた。
【0118】
【表7】

【0119】
表7より、本発明の発光材料は、比較発光材料に比べて、発光強度の低下の程度が非常に小さいことが分かる。
【0120】
[6]本発明の水性インキ組成物のインクジェット方式プリンターにおける印字試験
実施例7
発光材料1を3重量%含有したDMSO溶液 5.0g
ジエチレングリコールモノ−n−ブチルエーテル 4.8g
グリセリン 4.8g
トリエチレングリコール 1.4g
界面活性剤 0.2g
水 33.8g
を混合し、0.5μmのメンブレンフィルターにて加圧濾過し、水性インキ組成物(50g)を調製した。これをインキとして、インクジェット方式プリンターを使用して、普通紙、OHP用紙、光沢紙に図4の印字パターンを印刷した。乾燥後、ブラックライトランプによる紫外光(約365nm)を照射したところ、いずれも鮮明な赤色発光印字パターンを視認することができた。
【産業上の利用可能性】
【0121】
従来のβ−ジケトン希土類金属錯体は、その構造の多様性が乏しいために、様々な特性向上のための構造的な改善の余地があまり残されていなかった。しかし、本発明によって、改善された発光性能(発光強度、発光効率、発光輝度など)、インキ溶解性、機械的および化学的耐久性(インキ堅牢性、耐光性など)を有するβ−ジケトン希土類金属錯体及びその製造方法を提供することができ、さらに、人体、環境等に対する負荷、引火性および発火性の危険が少ない、インキ安定性の優れた高含水率の水性インキ組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0122】
【図1】X線結晶構造解析から明らかになった、実施例3のβ−ジケトン希土類金属錯体[NTFAS/Eu(発光材料1)]における、Eu原子と、ジケトン、SOH基及び水分子との配位構造。
【図2】図1に示した配位構造がa軸方向に連続的に連なった構造を示すORTEP図(Oak Ridge Thermal Ellipsoid Plot)。
【図3】X線結晶構造解析から明らかになった実施例3のβ−ジケトン希土類金属錯体[NTFAS/Eu]の構造を示すORTEP図であり、Eu原子、配位子L及びEu原子に配位している水分子との比率がEu(HO)12であることを示す。
【図4】実施例7で用いた印字パターン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1):
【化1】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物を加水分解する工程、および
塩基の存在下、希土類金属のハロゲン化物と反応させる工程
を包含する、β−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【請求項2】
前記加水分解後、式(2):
【化2】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物が得られる、請求項1記載のβ−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【請求項3】
前記式(2)で示される化合物:希土類金属のモル比が6:4である、請求項2記載のβ−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【請求項4】
前記式(1)および式(2)中のRが、それぞれ、フッ素化されていてもよい炭素数1〜20の直鎖または分枝の飽和炭化水素基である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のβ−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【請求項5】
前記希土類金属がランタノイド金属である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のβ−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【請求項6】
さらに、下記式(3):
【化3】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物をクロロスルホン化して下記式(1):
【化4】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物を調製する工程を包含する、請求項1〜5のいずれか1項に記載のβ−ジケトン希土類金属錯体の製造方法。
【請求項7】
下記式(3):
【化5】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物をクロロスルホン化する工程を包含する、下記式(1):
【化6】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法によって得られるβ−ジケトン希土類金属錯体。
【請求項9】
下記式(1):
【化7】

[式中、Rは、フッ素化されていてもよい飽和炭化水素基である]
で示される化合物。
【請求項10】
請求項8記載のβ−ジケトン希土類金属錯体を含むインキ組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−303196(P2008−303196A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−153791(P2007−153791)
【出願日】平成19年6月11日(2007.6.11)
【出願人】(000103895)オリヱント化学工業株式会社 (59)
【Fターム(参考)】