説明

すぐれた水素透過分離性能を発揮する水素透過分離薄膜

【課題】すぐれた水素透過分離性能を発揮する水素透過分離薄膜を提供する。
【解決手段】水素透過分離薄膜を、Nb:10〜47原子%、Ti:20〜52原子%、を含有し、残りがNiと不可避不純物(ただし、Ni:20〜48原子%含有)からなる成分組成、ロール急冷法による厚さ:0.07mm以下の鋳造箔材の調質熱処理材にして、Ni−Ti金属間化合物におけるTiの一部をNbが置換する状態で固溶含有したNi−Ti(Nb)金属間化合物からなる素地に、NbにNiおよびTiが固溶してなるNb基固溶合金の微細粒が分散分布した合金組織、を有する高強度Ni−Ti−Nb合金で構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高い機械的強度を有するNi−Ti−Nb合金で構成され、したがって、厚さ:0.07mm(70μm)以下の薄膜化を可能とし、この結果実用に際して、薄膜化による水素透過分離性能の著しい向上を可能とした水素透過分離薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、例えば水素燃料電池や水素ガスタービンなどのエネルギーシステムの燃料ガスとして高純度水素ガスが注目されており、この高純度水素ガスが、水を電気分解して得られた混合ガスや液化天然ガス(LNG)を水蒸気改質して得られた混合ガスなどの水素含有原料ガスから、例えば図3に概略説明図で示される通り、外周部を例えばNi製などの枠体で補強され、かつ材質的に水素だけが透過できる機能を有する厚さ:0.1〜3mmの水素透過分離膜で左右両側室に仕切られ、左側室には水素含有原料ガス導入管と排ガス取出管が、右側室には高純度水素ガス取出管が取り付けられた、例えばステンレス鋼製などの反応室を中央部に設けた構造の水素高純度精製装置を用い、前記反応室を200〜300℃に加熱し、前記導入管より水素含有原料ガスを導入し、前記水素透過分離膜を通して分離精製された高純度水素ガスが存在する右側室の内圧を0.1MPaに保持し、一方前記水素含有原料ガスの存在する左側室の内圧を0.2〜0.5MPaに保持した条件で前記水素透過分離膜を通して高純度水素ガスを分離精製することにより生産されることが知られている。
また、上記の水素透過分離膜が、水素の選択的移動を前記水素透過分離膜を通して行なう、例えば炭化水素の水蒸気改質プロセスや、ベンゼン⇔シクロヘキサン反応などの水添/脱水素プロセスなどの化学反応プロセスに広く用いられていることもよく知られるところである。
【0003】
さらに、上記の水素透過分離膜が、
(a) Ni:25〜45原子%、 Ti:26〜50原子%、
を含有し、残りがNbと不可避不純物(ただし、Nb:11〜48原子%含有)からなる成分組成、
(b)鋳造インゴットから放電加工により切り出された厚さ:0.1〜3mmの鋳造薄板材にして、図2に走査型電子顕微鏡による組織写真(倍率:2500倍)で示される通り、Niを固溶したNbTi相とNbを固溶したNiTi相との共晶組織を素地とし、この素地に初晶NbTi相が分散分布した合金組織、
以上(a)の成分組成および(b)の合金組織を有するNi−Ti−Nb合金で構成されることも知られている。
【特許文献1】特開2005−232491号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方、上記の水素高純度精製装置を含め各種の化学反応装置の高性能化に対する要求はきわめて強く、これに伴ない、前記装置の構造部材として用いられている水素透過分離膜にはより一段と高い水素透過分離性能を具備することが求められ、また、一般に前記水素透過分離膜の場合、これの膜厚を薄くすればするほど水素透過分離性能が向上するようになることも知られていることから、前記水素透過分離膜を構成するNi−Ti−Nb合金の高強度化に関する開発が盛んに行なわれているが、上記の従来水素透過分離膜においては、これを構成するNi−Ti−Nb合金の具備する機械的強度が十分でないために、0.1mm以下の厚さに薄膜化することができず、このため満足な水素透過分離性能の向上が図れないのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、上記の各種化学反応装置の高性能化を図るべく、特にこれの構造部材である水素透過分離膜の薄膜化を可能ならしめる目的で、前記水素透過分離膜を構成するNi−Ti−Nb合金の高強度化に着目し、研究を行った結果、前記水素透過分離膜を、原子%(以下、%は原子%を示す)で、
Nb:10〜47%、 Ti:20〜52%、
を含有し、残りがNiと不可避不純物(ただし、Ni:20〜48%含有)からなる成分組成に特定した上で、これの合金溶湯を、ロール急冷法により厚さ:0.07mm以下の鋳造箔材とし、この鋳造箔材に、酸化を防止する目的で不活性ガス雰囲気中、または真空雰囲気中で、温度:300〜1100℃に所定時間加熱保持の条件で調質熱処理を施すと、この結果の調質熱処理材は、図1に走査型電子顕微鏡による組織写真(倍率:2500倍)で示される通り、Ni−Ti金属間化合物におけるTiの一部をNbが置換する状態で固溶含有したNi−Ti(Nb)金属間化合物からなる素地(図1に黒色で示されている)に、NbにNiおよびTiが固溶してなるNb基固溶合金の微細粒(図1に白色で示されている)が分散分布した合金組織をもつようになり、この合金組織のNi−Ti−Nb合金は、きわめて高い機械的強度を有し、したがって水素透過分離膜としての実用に際しては、膜厚を0.07mm以下にすることが可能となり、一段とすぐれた水素透過分離性能を長期に亘って発揮するようになる、という研究結果を得たのである。
【0006】
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、
(a) Nb:10〜47%、 Ti:20〜52%、
を含有し、残りがNiと不可避不純物(ただし、Ni:20〜48%含有)からなる成分組成、
(b)ロール急冷法による厚さ:0.07mm以下の鋳造箔材の調質熱処理材にして、Ni−Ti金属間化合物におけるTiの一部をNbが置換する状態で固溶含有したNi−Ti(Nb)金属間化合物からなる素地に、NbにNiおよびTiが固溶してなるNb基固溶合金の微細粒が分散分布した合金組織、
以上(a)の成分組成および(b)の合金組織を有する高強度Ni−Ti−Nb合金で構成してなる、すぐれた水素透過分離性能を発揮する水素透過分離薄膜に特徴を有するものである。
【0007】
つぎに、この発明の水素透過分離薄膜において、これを構成するNi−Ti−Nb合金の組成を上記の通りに限定した理由を説明する。
(a)Nb
Nb成分には、上記の通りNi−Ti金属間化合物におけるTiの一部を置換した形で含有して、素地を構成するNi−Ti(Nb)金属間化合物を形成し、もって、前記素地の水素透過分離性能を向上させるほか、NiおよびTiを固溶含有したNb基固溶合金を形成して、前記素地中に微細粒として分散分布し、すぐれた水素透過分離性能を発揮する作用があるが、その含有量が10%未満では薄膜の厚さを0.07mm以下に薄肉化しても所望のすぐれた水素透過分離性能を発揮させることができず、一方その含有量が47%を越えると、前記の合金組織を安定して確保することができなくなることから、その含有量を10〜47%と定めた。
【0008】
(b)TiおよびNi
TiおよびNi成分には、素地を構成するNi−Ti(Nb)金属間化合物を形成して、薄膜の機械的強度を向上させ、もって、0.07mm以下の厚さでの実用化を可能とするほか、前記素地に微細粒として分散分布するNb基固溶合金に固溶して、これの機械的強度を高める作用があるが、TiおよびNiのいずれかの含有量が、Ti:20%未満、Ni:20%未満になると、薄膜に所望の機械的強度を確保することができず、この0.07mm以下の厚さでの実用化が困難となり、一方TiおよびNiのいずれかの含有量でも、Ti:52%、Ni:48%を越えると、水素透過分離性能の低下が避けられなくなることから、その含有量を、それぞれTi:20〜52%、Ni:20〜48%と定めた。
【発明の効果】
【0009】
この発明の水素透過分離薄膜は、高い機械的強度を有する素地のNi−Ti(Nb)金属間化合物によって、0.07mm以下の厚さへの薄肉化が可能となり、この薄肉化による水素透過分離性能の向上と、前記素地に微細粒として均一に分散分布するNb基固溶合金が、すぐれた水素透過分離性能を発揮することと相俟って、これを各種の化学反応装置に用いた場合、すぐれた水素透過分離性能を長期に亘って発揮するようになるのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
つぎに、この発明の水素透過分離薄膜を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0011】
原料として、純度:99.9%の高純度Nbショット材、同99.9%の高純度Niショット材、および同99.5%の高純度Tiスポンジ材を用い、これら原料をそれぞれ表1に示される割合に配合し、高純度Ar雰囲気中でアーク溶解して、鋳塊とし、この鋳塊を20mm角に切断した状態で、底部に長さ:20mm×幅:0.3mmの寸法をもったスリットが形成された黒鉛ルツボに装入し、0.06MPaの減圧アルゴン雰囲気中で高周波誘導加熱炉で再溶解し、この溶湯を前記スリットから20m/secのロール速度で回転する水冷銅ロールの表面に0.05MPaの噴射圧で吹き付けて、いずれも長さ:20m×幅:20mmの平面寸法を有するが、厚さはそれぞれ表1に示される平均厚さ(任意5ヶ所の平均値)をもったNi−Ti−Nb合金の鋳造箔材を形成し、つぎに、これを真空炉に装入し、10−2Pa以下の真空中、それぞれ300〜1100℃の範囲内の所定の温度に5時間保持後炉冷の条件で調質熱処理を施し、調質熱処理後、幅:20mm×長さ:60mmの平面寸法に切り出すことにより本発明水素透過分離薄膜(以下、本発明水素透過薄膜という)1〜24をそれぞれ製造した。
【0012】
また、比較の目的で、同じく原料として、純度:99.9%の高純度Nbショット材、同99.9%の高純度Niショット材、および同99.5%の高純度Tiスポンジ材を用い、これら原料をそれぞれ表2に示される割合に配合し、高純度Ar雰囲気中でアーク溶解し、鋳造して、直径:80mm×厚さ:10mmの寸法をもったNi−Ti−Nb合金鋳塊とし、この鋳塊から、放電加工にて、いずれも幅:20mm×長さ:60mmの平面寸法を有するが、厚さをそれぞれ表2に示される平均厚さ(任意5ヶ所の平均値)とした薄板材に切出すことにより、鋳物切出し薄板材からなる従来水素透過分離膜(以下、従来水素透過膜という)1〜10をそれぞれ製造した。
【0013】
この結果得られた本発明水素透過薄膜1〜24および従来水素透過膜1〜10について、その成分組成をエネルギー分散型蛍光X線分析装置を用いて測定したところ、いずれも表1,2に示される配合組成と実質的に同じ分析値を示し、また、その組織を走査型電子顕微鏡およびX線回折装置を用いて観察したところ、前記本発明水素透過薄膜1〜24では、図1に本発明水素透過薄膜19の合金組織を示す通り、いずれもNi−Ti金属間化合物におけるTiの一部をNbが置換する状態で固溶含有したNi−Ti(Nb)金属間化合物からなる素地に、NbにNiおよびTiが固溶してなるNb基固溶合金の微細粒が分散分布した合金組織を示し、一方、上記従来水素透過膜1〜10では、図2に従来水素透過膜8の合金組織を示す通り、いずれもNiを固溶したNbTi相とNbを固溶したNiTi相との共晶組織を素地とし、この素地に初晶NbTi相が分散分布した合金組織、を示した。
【0014】
ついで、上記の本発明水素透過薄膜1〜24および従来水素透過膜1〜10のそれぞれの両面に、スパッタリング法により厚さ:0.1μmのPd薄膜を蒸着形成し(この場合電気メッキ法により形成しても良い)、かつそれぞれ横外寸:20mm×縦外寸:60mm×枠幅:5mm×枠厚:0.5mmの寸法をもった2枚の銅製補強枠体で両側から挟み、前記各種の透過膜を前記補強枠体に固定した状態で、図3に示される構造の水素高純度精製装置と同じ構造の水素透過評価装置の反応室内に設置し、前記反応室内を300℃に加熱し、反応室の左側室に、水素ガスを導入して、まず、反応室の左側室および右側室の内圧を0.1MPaとし、ついで、前記右側室の内圧を0.1MPaに保持しながら、前記左側室の内圧を0.1MPa当たり5分の速度で、本発明水素透過薄膜1〜7および従来水素透過膜1,2については0.7MPaまで、本発明水素透過薄膜8〜24および従来水素透過膜3〜9については0.5MPaまで、そして従来水素透過膜10については0.3MPaまで、それぞれ昇圧し、この条件で1時間保持した時点で、透過した水素ガスの流量(表1,2に初期透過水素流量で示す)をガスフローメーターで測定し、さらにこの条件、すなわち、右側室の内圧を0.1MPa、左側室の内圧をそれぞれ0.7MPa、0.5MPa、および0.3MPaに昇圧し、この条件で1時間保持した時点から、同条件で20時間続行した時点で、同じく透過した水素ガスの流量(表1,2に後期透過水素流量で示す)を測定し、これらの測定結果を表1,2に示した。
【0015】
【表1】

【0016】
【表2】

【0017】
表1,2に示される通り、本発明水素透過薄膜1〜24は、いずれも高い機械的強度が素地のNi−Ti(Nb)金属間化合物によって確保され、0.07mm以下の厚さへの薄肉化が可能となるので、前記素地に微細粒として分散分布するNb基固溶合金が、すぐれた水素透過分離性能を発揮することと相俟って、すぐれた水素透過分離性能を長期に亘って発揮し、
すぐれた耐久性(使用寿命)を示すのに対して、従来水素透過膜1〜10は、いずれも機械的強度の面から膜厚を0.1mm以下にすることができず、このため水素透過分離性能の低いものとなることが明らかである。
【0018】
上述のように、この発明の水素透過分離薄膜は、高い機械的強度を有するNi−Ti−Nb合金で構成され、厚さ:0.07mm以下への薄膜化を可能とするものであり、実用に際して、すぐれた水素透過分離性能を長期に亘って発揮するものであるから、水素透過分離膜が構造部材として用いられている各種の化学反応装置の高性能化の要求に満足に対応できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明水素透過薄膜19を構成するNi−Ti−Nb合金の走査型電子顕微鏡による組織写真(倍率:2500倍)である。
【図2】従来水素透過膜8を構成するNi−Ti−Nb合金の走査型電子顕微鏡による組織写真(倍率:2500倍)である。
【図3】水素高純度精製装置を例示する概略説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a) Nb:10〜47原子%、 Ti:20〜52原子%、
を含有し、残りがNiと不可避不純物(ただし、Ni:20〜48原子%含有)からなる成分組成、
(b)ロール急冷法による厚さ:0.07mm以下の鋳造箔材の調質熱処理材にして、Ni−Ti金属間化合物におけるTiの一部をNbが置換する状態で固溶含有したNi−Ti(Nb)金属間化合物からなる素地に、NbにNiおよびTiが固溶してなるNb基固溶合金の微細粒が分散分布した合金組織、
以上(a)の成分組成および(b)の合金組織を有する高強度Ni−Ti−Nb合金で構成したことを特徴とするすぐれた水素透過分離性能を発揮する水素透過分離薄膜。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−237074(P2007−237074A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−62922(P2006−62922)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(504238806)国立大学法人北見工業大学 (80)
【Fターム(参考)】