説明

はんだ接合部の熱疲労寿命診断方法

【課題】実機信頼性評価を必要としない、数値解析による簡便で高精度な熱疲労寿命診断方法を提供する。
【解決手段】はんだバルク試験片を作成し、この試験片で想定されるひずみ範囲の複数のひずみに対応する疲労寿命データを取得し、このデータからそれぞれのひずみに対応するき裂進展速度を求め、これらのき裂進展速度を用いてはんだ接合部のき裂長さに換算した熱疲労寿命曲線を作成し、この熱疲労寿命曲線を用いて数値解析で求めたはんだ接合部のひずみに相当する熱疲労寿命を推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電子機器におけるはんだ接合部(例えば、プリント配線板と電子部品とのはんだ接合部)の熱疲労寿命を診断して、はんだ接合部の信頼性を評価する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、電子機器を稼動させるための電気回路は、プリント配線板に形成される。プリント配線板には電子部品が搭載され、プリント配線板と電子部品とは、はんだ接合によって接続されている。
【0003】
しかしながら、プリント配線板と電子部品とを接続するはんだ接合部は、経年的に劣化し、特に、熱ストレス(プリント配線板と電子部品との熱膨張差に起因する熱ひずみなど)によって、き裂や剥離を発生させる性質を有する。き裂は、接合部のはんだのバルク現象として発生するものであって、最終的にバルク破壊して断線に至る。一方、剥離は、はんだ接合のために形成されているメタライズ層との界面または層内で発生するものであって、メタライズ層が十分に管理されて形成され、且つはんだ付け条件が適切である場合には、き裂の発生の前に発生することはない。また、この種のき裂や剥離は、負荷の大小に応じて発生し、はんだ接合部の寿命は、プリント配線板に実装された電子部品の寿命よりも短く、製品の寿命を短くさせる。
【0004】
そこで、製品動作を保証するためには、熱ストレスを想定した電子部品およびその接合部の信頼性を十分に検討しておくことが重要であり、従来から、実機(プリント配線板など)による様々な信頼性評価(冷熱サイクル試験、冷熱衝撃試験など)が実施されている。
【0005】
また、近年においては、有限要素法などの数値解析法を用いてはんだ接合部の信頼性を評価する取り組みもなされている。
一般的に、有限要素法などの数値解析法を用いたはんだ接合部の寿命推定方法は、Coffin-Manson 則により整理されることが知られている。そのため、図5に示すように、数値解析によってはんだに発生するひずみを算出し〔図5(a)〕、はんだ試験片による低サイクル疲労試験で取得した疲労寿命データから疲労寿命曲線を作成し〔図5(b)〕、算出したひずみと作成した疲労寿命曲線を用いて、製品の寿命を推定する〔図5(c)〕。
【0006】
一般的には、はんだの疲労寿命の定義は、き裂発生時(応力 20〜30%低下時)としている。しかしながら、数値解析で算出したはんだのひずみと疲労寿命データから作成した疲労寿命曲線とを用いて寿命を推定すると、図6に示すように、推定寿命が実機寿命(信頼性評価で実施した断線寿命(N=10))に対して大きく短寿命側に乖離してしまうという問題があった。この乖離要因の一つとしては、疲労寿命が応力の20〜30%低下時で定義しているのに対し、実機寿命は断線寿命としている、という寿命定義の違いが挙げられる。そのため、はんだ接合部の信頼性評価を高精度化するために、実機信頼性評価を主体とした取り組みがなされてきた。
【0007】
このようなはんだ接合部の寿命推定方法として、特許文献1や特許文献2に開示されているものなどがある。前者は、実機にて冷熱サイクル試験を実施し、信頼性評価対象のはんだ接合部に発生したき裂の長さとサイクル数との関係から、所定のき裂長さに達するサイクル数を推定して寿命とする方法であり、後者は、有限要素法と実機信頼性評価による、はんだ接合部のき裂進展速度を考慮した寿命推定方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002-231773号公報
【特許文献2】特開2005-148016号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、これまでの寿命予測方法には、推定寿命と実機寿命が乖離するという問題があり、これを解消するために、有限要素法などの数値解析と実機信頼性評価とを組み合わせた方法が開発されてきている。しかしながら、実機信頼性評価にはコストと時間が必要である。
【0010】
この発明の課題は、推定寿命と実機寿命が乖離するという問題を解決でき、且つ実機信頼性評価を必要としない、数値解析による簡便で高精度な熱疲労寿命診断方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、はんだ接合部の破壊形態がはんだ層内のバルク破壊であることに着目し、且つ、疲労寿命データの検討の結果、き裂の発生から破断に至るまでの領域においては、破断に至る前段階に、サイクル数の増加に対応して応力が直線的に低下している部分があることを把握し、この知見に基づいてき裂進展速度を算出し、このき裂進展速度を用いて接合部の長さに対応する熱疲労寿命曲線を求め、熱疲労寿命を予測するという、この発明に至ったのである。
【0012】
請求項1の発明は、電気回路のはんだ接合部の繰返し熱応力に起因する熱疲労を予測するためのはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法であって、はんだ接合部に対応するはんだバルク試験片を作成し、はんだ接合部の想定されるひずみの範囲の複数のひずみに対応する疲労寿命データを取得し、得られた複数の疲労寿命データからそれぞれひずみに対応するき裂進展速度(1サイクル当たりのき裂進展長さ)を算出するき裂進展速度取得工程と、この工程で得られたそれぞれのひずみに対応するき裂進展速度からはんだ接合部のき裂長さに換算した熱疲労寿命曲線を作成する熱疲労寿命曲線作成工程と、数値解析によってはんだ接合部のひずみを算出するはんだひずみ算出工程と、この工程で算出されたはんだ接合部のひずみを、前記熱疲労寿命曲線作成工程で作成した熱疲労寿命曲線に当てはめて、はんだ接合部の熱疲労寿命を推定する熱疲労寿命推定工程と、を有する。
【0013】
はんだバルク試験片を用いて想定されるひずみ範囲の複数のひずみに対応するき裂進展速度を求めて、はんだ接合部の長さに対応する熱疲労寿命曲線を作成し、数値解析によって算出したはんだ接合部のひずみをこれに当てはめて熱疲労寿命を推定するので、実機信頼性評価を必要としない。
【0014】
請求項2の発明は、請求項1に記載のはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法において、前記はんだバルク試験片の組成を、熱疲労を予測するはんだ接合部のはんだの組成と同等とする。
【0015】
はんだバルク試験片の組成を、熱疲労を予測するはんだ接合部のはんだの組成と同等とすることによって、得られるき裂進展速度が実機のはんだ接合部のき裂進展速度に近い値となる。
【0016】
請求項3の発明は、請求項1に記載のはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法において、前記き裂進展速度を所定のひずみ範囲毎に求める。
き裂進展速度を所定のひずみ範囲毎に求めることによって、作成される熱疲労寿命曲線がより正確になる。
【0017】
請求項4の発明は、請求項1に記載のはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法において、前記疲労寿命データからき裂進展速度を算出する方法として、前記はんだバルク試験片でき裂が発生する部分の幅に対するき裂が発生した部分の幅の割合を、疲労寿命データにおける応力の低下割合と同じとし、前記疲労寿命データにおける応力とひずみ繰返し数とが直線関係にある領域の勾配に基づいてき裂進展速度を算出する。
【0018】
このようにすることによって、疲労寿命データを取得したひずみに対応するき裂進展速度を容易に求めることができる。
【発明の効果】
【0019】
請求項1の発明においては、はんだバルク試験片を用いてき裂進展速度を求め、はんだ接合部の長さに対応する熱疲労寿命曲線を算出し、これによって熱疲労寿命を推定するので、実機信頼性評価を必要としない。
【0020】
したがって、この発明によれば、簡便で高精度な数値解析による熱疲労寿命診断方法を提供することができる。
請求項2の発明においては、得られるき裂進展速度が実機のはんだ接合部のき裂進展速度に近い値となるので、熱疲労寿命の推定精度がより高くなる。
【0021】
請求項3の発明においては、作成される熱疲労寿命曲線がより正確になるので、熱疲労寿命の推定精度がより高くなる。
請求項4の発明においては、疲労寿命データを取得したひずみに対応するき裂進展速度を容易に求めることができるので、熱疲労寿命の推定が簡便になる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】この発明の特徴を説明するための工程図
【図2】疲労寿命データの一例を示す線図
【図3】図2の線図の特徴を説明するための線図
【図4】この発明による寿命予測の効果を説明するための熱疲労寿命曲線などを示す線図
【図5】従来の寿命予測を説明するための図で、(a)は数値解析の工程図、(b)は低サイクル疲労試験の工程図、(c)は疲労寿命曲線による寿命推定を説明するための線図
【図6】従来の寿命予測と実機試験による寿命(実機寿命)との差を示した図
【図7】信頼性評価(冷熱サイクル試験)後のチップ電子部品のはんだ接合部のき裂進展結果を示す断面写真
【発明を実施するための形態】
【0023】
有限要素法などの数値解析を用いたはんだ接合部の寿命推定方法は、「背景技術」の項で図5を用いて説明したように、数値解析ではんだに発生するひずみを算出し、算出したひずみをはんだ試験片の低サイクル疲労試験などから得られるはんだの疲労寿命曲線に当てはめて推定する方法である。このため、実機を模擬した疲労寿命曲線を如何に作成するかが重要なポイントとなる。
【0024】
この発明は、「課題を解決するための手段」の項で説明したように、はんだ接合部の破壊形態がはんだ層内のバルク破壊であることに着目し、き裂の発生から破断に至るまでの領域の内の破断の前段階において、サイクル数の増加に対応して応力が直線的に低下していることを把握し、この知見に基づいてき裂進展速度を算出して、接合部の長さに対応する熱疲労寿命曲線を求め、数値解析によって得られるひずみを熱疲労寿命曲線に当てはめることで熱疲労寿命を推定すること、を特徴としている。
【0025】
以下において、この発明の実施の形態を詳しく説明する。
図1はこの発明の特徴を説明するための工程図であり、この発明は、熱疲労寿命曲線を作成する工程と、数値計算によってはんだのひずみを算出する工程と、算出したひずみを熱疲労寿命曲線に当てはめて熱疲労寿命を推定する工程と、で構成されている。
【0026】
「熱疲労寿命曲線を作成する工程」は、熱疲労寿命推定対象となるはんだ接合部(以下では、簡単のために「実機のはんだ接合部」という)のはんだの組成に近い組成のはんだバルク試験片を作成し、このはんだバルク試験片を用いて、想定されるひずみの範囲の複数のひずみ(例えば、最大点および最小点、中央点など)のそれぞれに対してはんだバルク試験片が破断するまでの疲労試験(低サイクル疲労試験)を実施し、図2に示すような疲労寿命データを取得し、得られた複数の疲労寿命データからそれぞれのひずみに対応するき裂進展速度を算出する「き裂進展速度取得工程」と、算出されたそれぞれのき裂進展速度と実機のはんだ接合部のき裂長さ(き裂が進展するはんだ接合部の長さ)とによって熱疲労寿命曲線を作成する「熱疲労寿命曲線作成工程」と、で構成される。
【0027】
なお、上記のはんだバルク試験片は、その組成を実機のはんだ接合部のはんだ組成と同等とすることによって、得られるき裂進展速度を実機のはんだ接合部のき裂進展速度に近い値とすることができるが、さらには、凝固組織も同等であることが望ましい。
【0028】
図2に示した疲労寿命データは、はんだとして、Snを主成分とするSnAgCu系はんだを用い、試験片のサイズを実機のはんだ接合部にできる限り近づけ、製品使用環境を考慮して、温度やひずみ速度、ひずみ振幅などの試験条件を選定して取得したものである。
【0029】
ここで、疲労寿命データからき裂進展速度を算出する方法を説明する。
図3は、図2に示した疲労寿命データの特徴を説明するための線図である。
図3において、ひずみ繰返し数の増加に対して緩やかに低減していた応力は、従来技術で寿命と設定されていた応力30%低下部前後で、低下が徐々に急になり、40%低下以降はほぼ一定の勾配で低下し破断に至っている。応力の低下と亀裂の進展は対応するものと考えられるので、一定勾配部分のひずみ繰返し数に対応して、試験片のき裂発生部のき裂発生方向の幅(き裂長さ)の60%(き裂進展長さ)にき裂が進展して破断したとすることによって、き裂進展速度(1サイクル当たりのき裂進展長さ)を算出することができる。すなわち、一定勾配部分のき裂進展長さを一定勾配部分のひずみ繰返し数で除すことによってき裂進展速度が算出される。当然のことながら、負荷される応力やひずみによって、はんだの破壊挙動が変わり、き裂進展速度も異なってくるので、予め評価する実機のはんだ接合部に発生する応力やひずみを把握し、このひずみ付近の複数のひずみに対するき裂進展速度を算出しておくことが必要である。同様に、はんだの組成が変わっても、それに合わせて疲労寿命データを取得し、き裂進展速度を算出することが必要となる。
【0030】
なお、図3の疲労寿命データの場合には、一定勾配部分が応力低下40%以降で現れているが、これははんだの組成や組織、試験条件によって変わる。
このようにして取得されたそれぞれのひずみに対応するき裂進展速度を用いて、き裂進展長さをひずみ繰返し数に換算し、この換算したひずみ繰返し数を一定勾配部分に到達するまでのひずみ繰返し数に足し合わせることによって、それぞれのひずみに対応する破断に至るまでのひずみ繰返し数が算出され、き裂長さに対応する熱疲労寿命曲線が作成される。このようにして作成された熱疲労寿命曲線を示したのが、図4に示した「き裂長さW」の熱疲労寿命曲線である。より長いき裂長さの場合には、「き裂長さ長」の熱疲労寿命曲線となる。
【0031】
図7は、信頼性評価(冷熱サイクル試験)後のチップ電子部品のはんだ接合部(SnAgCu系はんだ)のき裂進展結果を示す断面写真であり、図4の「き裂長さW」はこの図に示した「き裂長さW」に対応している。
【0032】
この図を用いて、数値解析で求めた実機のはんだ接合部のひずみ(算出ひずみ)に対応する熱疲労寿命が推定できる。すなわち、図4のひずみ振幅を算出ひずみに合わせ、「き裂長さW」の熱疲労寿命曲線と交差する点を求めれば、この点に相当するひずみ繰返し数が熱疲労寿命となる。き裂長さが更に長い場合(「き裂長さ長」の熱疲労寿命曲線の場合)には、より長寿命となることが分る。また、この図から、はんだ組成が同じであるはんだ接合部の、異なるひずみに対する熱疲労寿命を推定することもできる。
【0033】
なお、図4においては、ひずみをひずみ振幅と記し、参考のために、従来の疲労寿命曲線および実機寿命も記入している。
以上の説明から明らかなように、この発明によれば、実機信頼性評価をすることなく、はんだ接合部の熱疲労寿命を簡便且つ高精度に推定することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気回路のはんだ接合部の繰返し熱応力に起因する熱疲労を予測するためのはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法であって、
はんだ接合部に対応するはんだバルク試験片を作成し、はんだ接合部の想定されるひずみの範囲の複数のひずみに対応する疲労寿命データを取得し、得られた複数の疲労寿命データからそれぞれのひずみに対応するき裂進展速度を算出するき裂進展速度取得工程と、
この工程で得られたそれぞれのひずみに対応するき裂進展速度からはんだ接合部のき裂長さに換算した熱疲労寿命曲線を作成する熱疲労寿命曲線作成工程と、
数値解析によってはんだ接合部のひずみを算出するはんだひずみ算出工程と、
この工程で算出されたはんだ接合部のひずみを、前記熱疲労寿命曲線作成工程で作成した熱疲労寿命曲線に当てはめて、はんだ接合部の熱疲労寿命を推定する熱疲労寿命推定工程と、
を有する
ことを特徴とするはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法。
【請求項2】
請求項1に記載のはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法において、
前記はんだバルク試験片の組成を、熱疲労を推定するはんだ接合部のはんだの組成と同等とする
ことを特徴とするはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法。
【請求項3】
請求項1に記載のはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法において、
前記き裂進展速度を所定のひずみ振幅範囲毎に求める
ことを特徴とするはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法。
【請求項4】
請求項1に記載のはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法において、
前記疲労寿命データからき裂進展速度を算出する方法として、前記はんだバルク試験片でき裂が発生する部分の幅に対するき裂が発生した部分の幅の割合を、疲労寿命データにおける応力の低下割合と同じとし、前記疲労寿命データにおける応力とひずみ繰返し数とが直線関係にある領域の勾配に基づいてき裂進展速度を算出する
ことを特徴とするはんだ接合部の熱疲労寿命診断方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−18107(P2012−18107A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−156352(P2010−156352)
【出願日】平成22年7月9日(2010.7.9)
【出願人】(000005234)富士電機株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】