説明

ばね用鋼線及びその製造方法、並びにばね

【課題】高強度で高靭性なばね用鋼線及びその製造方法、耐疲労性や耐へたり性に優れるばねを提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.5%〜0.8%、Si:1.0%〜2.5%、Mn:0.20%〜1.0%、Cr:0.5%〜2.5%、V:0.05%〜0.50%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるばね用鋼線であり、400℃〜450℃×20分の低温焼鈍を施したとき、この低温焼鈍後の降伏応力が、当該低温焼鈍前と比較して300MPa以上高い。このばね用鋼線は、ばね加工前において降伏応力が低いことで加工性に優れ、ばねを容易に形成できる。また、このばね用鋼線は、ばね加工後の歪取り熱処理を想定した上記低温焼鈍後の降伏応力が高いことで、耐疲労性や耐へたり性に優れるばねが得られる。このばね用鋼線は、焼き入れ焼戻し後の線素材に特定の減面率の伸線加工を施すことで製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ばね用鋼線及びその製造方法、この鋼線を利用したばねに関するものである。特に、ばねに加工し易く、耐疲労性や耐へたり性に優れるばねが得られる高強度で高靭性なばね用鋼線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の低燃費化に対応して、自動車のエンジンやトランスミッションの小型・軽量化が進められている。それに伴って、エンジンの弁ばねやトランスミッション用のばねに負荷される応力は年々厳しくなっており、用いられるばね材料にも一層の耐疲労性、耐へたり性の向上が求められている。これらのばねには、代表的にはシリコンクロム系のオイルテンパー線(例えば、特許文献1)が用いられている。
【0003】
オイルテンパー線は、一般に、伸線後、焼入れ・焼戻しを行うことで製造される。また、ばねは、例えば、上記オイルテンパー線にばね加工を施した後、加工に伴う歪みを除去するための焼鈍:低温焼鈍(代表的には、400℃〜450℃×20分)が施されて製造される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008-266725号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来のオイルテンパー線では、高い強度を有しつつ、靭性を更に向上させることに限界がある。
【0006】
オイルテンパー線の強度を向上させる手法として、添加元素の含有量を高めた高合金化や、結晶粒径の微細化などが考えられる。しかし、高合金化や結晶の微細化はいずれも、靭性の低下を招くことから、高強度化と高靭性化とを同時に達成させることが難しい。靭性の低下は、ばね加工時の加工性の低下を招き、ばねの生産性が低下する。従って、ばね加工前には、靭性に優れ、ばね加工後には高強度であるようなばね用鋼線の開発が望まれる。
【0007】
そこで、本発明の目的の一つは、高強度で高靭性なばね用鋼線、及びその製造方法を提供することにある。また、本発明の他の目的は、耐疲労性や耐へたり性に優れるばねを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ばね加工前には、ばね加工に望まれる十分な靭性を有し、ばね加工後には、特にばね加工に伴う歪みの除去などを目的として施される低温焼鈍後には、強度に優れるばね用鋼線を開発するにあたり、上記低温熱処理の前後における降伏応力の増加量を大きくすることを目標として検討した。そして、焼入れ焼戻し後の素材に、特定の条件で伸線加工を施すことで、高強度で高靭性なばね用鋼線が得られる、という驚くべき知見を得た。
【0009】
従来、オイルテンパー線は、上述のように最終伸線後焼入れ焼戻しを施すことで製造され、焼入れ焼戻し後に伸線加工を施すことはなされていなかった。この理由は、焼入れ焼戻しにより、鋼線表面には、非常に高硬度な焼戻しマルテンサイト相が形成されており、このような鋼線に伸線加工を施しても更なる高強度化は望めない、と考えられていたためである。また、強度と靭性とはトレードオフの関係にあり、伸線加工に伴う加工硬化により、強度が高まると、一般に靭性が低下する傾向にある。このことからも、焼入れ焼戻しされたオイルテンパー線に更に伸線加工を施すことはなされていなかった。これに対し、上述のように焼入れ焼戻し後、特定の範囲の減面率(加工度)であれば、当該減面率の伸線加工を施すことで、ばね加工時に望まれる十分な靭性を有しながら、ばね加工後においても高強度なばね用鋼線が得られる。本発明は、上記知見に基づくものである。
【0010】
本発明のばね用鋼線は、質量%で、C:0.5%〜0.8%、Si:1.0%〜2.5%、Mn:0.20%〜1.0%、Cr:0.5%〜2.5%、V:0.05%〜0.50%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、400℃〜450℃×20分の低温焼鈍後の降伏応力が、上記低温焼鈍前と比較して300MPa以上高い。
【0011】
上記構成を具える本発明ばね用鋼線は、ばね加工前には、降伏応力が高過ぎず、ばね加工性に優れて、ばね加工を容易に施すことができ、かつばね加工後に歪取り焼鈍を行った場合に降伏応力が向上し、強度に優れる。従って、本発明ばね用鋼線を用いて製造されたばね(代表的には本発明ばね)は、優れた耐疲労性や耐へたり性を有する。
【0012】
本発明のばね用鋼線の一形態として、更に、質量%で、Ni:0.1%〜1.0%、Mo:0.05%〜0.50%、及びCo:0.02%〜1.00%の少なくとも一種の元素を含有する形態が挙げられる。
【0013】
上記特定の範囲でNiを含有する本発明ばね用鋼線は、耐食性及び靭性により優れる。上記特定の範囲でMoを含有する本発明ばね用鋼線は、焼入れ焼戻し時に炭化物を形成して軟化抵抗が向上されるため、この鋼線により得られたばねは、ばね加工後の歪取り焼鈍による軟化が抑制される。上記特定の範囲でCoを含有する本発明ばね用鋼線は、耐熱性が向上されるため、この鋼線により得られたばねは、ばね加工後の歪取り焼鈍による軟化が抑制される。軟化の抑制により、このばねは、強度に優れる。
【0014】
本発明のばね用鋼線の一形態として、上記低温焼鈍前のばね用鋼線の絞りが45%以上である形態が挙げられる。
【0015】
上記形態によれば、上記低温焼鈍前、即ち、ばね加工時において絞りが高く高靭性であることから、ばね加工性に優れる。焼入れ焼戻し後の伸線加工の減面率にもよるが、更に、絞りが50%以上といった高靭性なばね用鋼線とすることができる。
【0016】
本発明のばね用鋼線の一形態として、上記低温焼鈍前のばね用鋼線の残留オーステナイト(γ)量が5体積%以下である形態が挙げられる。
【0017】
上記形態によれば、残留γ相が少ないことで、ばね加工時、γ相が加工誘起マルテンサイト相に変態する、という現象が生じ難い。そのため、上記形態によれば、加工誘起マルテンサイト相により、ばね加工時、ばね用鋼線が折損し易くなったり、靭性に劣るばねが形成されることを抑制できる。即ち、上記形態によれば、ばね加工性により優れる上に、機械的特性により優れるばねが得られる。
【0018】
上記本発明ばね用鋼線は、例えば、以下の本発明ばね用鋼線の製造方法により製造することができる。本発明のばね用鋼線の製造方法は、伸線加工を施した線素材に焼入れ焼戻しを施してばね用鋼線を製造する方法に係るものである。上記線素材は、質量%で、C:0.5%〜0.8%、Si:1.0%〜2.5%、Mn:0.20%〜1.0%、Cr:0.5%〜2.5%、V:0.05%〜0.50%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。或いは、上記の線素材は、質量%で、C:0.5%〜0.8%、Si:1.0%〜2.5%、Mn:0.20%〜1.0%、Cr:0.5%〜2.5%、V:0.05%〜0.50%と、Ni:0.1%〜1.0%、Mo:0.05%〜0.50%、及びCo:0.02%〜1.00%の少なくとも一種の元素とを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。そして、本発明製造方法では、上記焼入れ焼戻し後の線素材に、減面率5%〜25%の最終伸線加工を施す。
【0019】
上記本発明製造方法によれば、高強度と高靭性とをバランスよく兼ね備えるばね用鋼線を得ることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明ばね用鋼線は、高強度かつ高靭性である。本発明ばねは、耐疲労性、耐へたり性に優れる。本発明ばね用鋼線の製造方法は、高強度かつ高靭性なばね用鋼線が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明をより詳細に説明する。
なお、以下の説明において「組成」の含有量は全て「質量%」である。
【0022】
[ばね用鋼線]
<組成>
《C:0.5%〜0.8%》
Cは鋼の強度を決定する重要な元素である。Cの含有量が0.5%以上であることで、十分な強度を有する鋼とすることができ、0.8%以下であることで、Cが高濃度であることによる鋼の靭性の低下を抑制し、伸線時の加工性の低下、疵感受性の増加、疲労限の低下などを抑制できる。Cの含有量は、0.6%〜0.7%がより好ましい。
【0023】
《Si:1.0%〜2.5%》
Siは溶解精錬時の脱酸剤に使用される。また、Siは、フェライト中に固溶して鋼の耐熱性を向上させ、ばね用鋼線をばね加工して得られたばねに施される歪取り焼鈍(テンパー処理)や、表面硬度を向上するための窒化処理といった熱処理により、鋼線内部の硬度の低下を防ぐ効果がある。Siの含有量が1.0%以上であることで、十分な耐熱性を保持する鋼とすることができ、2.5%以下であることで、鋼の靭性の低下を抑制できる。Siの含有量は、1.3%〜2.3%がより好ましい。
【0024】
《Mn:0.20%〜1.0%》
MnはSiと同様に溶解精錬時の脱酸剤として使用される。そのため、脱酸剤に必要な添加量として下限を0.20%とする。また、Mnの含有量が1.0%以下であることで、パテンチング時にマルテンサイト相が生成されることを抑制し、マルテンサイト相に起因する伸線時の断線を抑制できる。Mnの含有量は、0.30%〜0.85%がより好ましい。
【0025】
《Cr:0.5%〜2.5%》
Crは鋼の焼入れ性を向上させ、焼入れ焼戻し後の鋼の軟化抵抗を増加させるため、上述したばね加工後の熱処理(歪み取り焼鈍、窒化処理など)時の軟化防止に効果がある。Crの含有量が0.5%以上であることで、上記効果を十分に得られ、2.5%以下であることで、パテンチング時にマルテンサイト相が生成されることを抑制し、マルテンサイト相に起因する伸線時の断線を抑制すると共に、焼入れ焼戻し後の鋼の靭性の低下を抑制できる。Crの含有量は、0.7%〜1.5%がより好ましい。
【0026】
《V:0.05%〜0.50%》
Vは、焼戻し時に炭化物を生成し、鋼の軟化抵抗を増加させる効果がある。また、Vは、ばね加工後の窒化処理時にα-Feの格子間で窒化物を形成することで、ばねの表面硬度を向上させ、ばねの疲労限の向上に寄与する。Vの含有量が0.05%以上であることで、上記効果を十分に得られ、0.50%以下であることで、適正な靭性を確保できる。Vの含有量は、0.05%〜0.20%がより好ましい。
【0027】
《Co:0.02%〜1.00%》
Coは、少量の含有により鋼の耐熱性を向上させる効果があり、上述したばね加工後の熱処理(歪み取り焼鈍、窒化処理など)時の軟化防止に効果がある。Coの含有量が0.02%以上であることで、上記効果を十分に得られ、1.00%程度で上記効果が飽和するため、Coの含有量の上限を1.00%とする。Coの含有量は、0.05%〜0.5%がより好ましい。
【0028】
《Ni:0.1%〜1.0%》
Niは鋼の耐食性及び靭性を向上させる効果がある。Niの含有量が0.1%以上であることで、上記効果を十分に得られ、1.0%以下であることで、適正な靭性を有しつつ、コスト高となることを抑制できる。Niの含有量は、0.1%〜0.5%がより好ましい。
【0029】
《Mo:0.05%〜0.50%》
MoはVと同様に、焼戻し時に炭化物を生成して、鋼の軟化抵抗を増加させる効果や、窒化処理時にばねの表面硬度を向上させる効果がある。Moの含有量が0.05%以上であることで、上記効果を十分に得られ、0.50%以下であることで、適正な靭性を確保できる。Moの含有量は、0.05%〜0.25%がより好ましい。
【0030】
<降伏応力>
ばね用鋼線により得られるばねの耐疲労性や耐へたり性を向上させるためには、ばね用鋼線の降伏応力を高めることが有効である。ここで、ばね用鋼線をばね加工した後、当該加工に伴う歪みを除去するために、得られたばねには低温焼鈍が実施される。従って、ばね用鋼線において、上記低温焼鈍を想定した熱処理を施したとき、当該熱処理後における降伏応力を向上させることが重要である。一方、上記ばね加工を容易に行えるようにするには、ばね加工前のばね用鋼線の降伏応力がある程度小さいことが好ましい。従って、低温焼鈍後に降伏応力がより向上していることが望まれる。上記観点から、本発明では、ばね加工後に施される熱処理を想定した上記低温焼鈍を施した場合に、当該低温焼鈍後の降伏応力が低温焼鈍前の降伏応力に比べて300MPa以上高いことを規定する。上記低温焼鈍前後における降伏応力の増加分は、特に、350MPa以上、更に400MPa以上が好ましい。また、線径にもよるが、本発明ばね用鋼線の一形態として、低温焼鈍前の降伏応力の絶対値が1800MPa以上、低温焼鈍後の降伏応力の絶対値が2100MPa以上である形態が挙げられる。
【0031】
なお、本発明ばね用鋼線は、引張強さも高く、例えば、伸線加工後(低温焼鈍前)において2000MPa以上、特に2100MPa以上、更に2200MPa以上を満たす形態が挙げられる。或いは、例えば、低温焼鈍後の引張強さが2050MPa以上、特に2300MPa以上、更に2400MPa以上を満たす形態が挙げられる。
【0032】
<組織>
本発明ばね用鋼線は、焼入れ焼戻しを行っていることから、従来のオイルテンパー線と同様に、主として焼戻しマルテンサイト相から構成される。そして、焼入れ焼戻し後に更に特定の伸線加工を行うことで、当該伸線加工により、未変態のオーステナイト相(γ相)がマルテンサイト相に変態する。そのため、本発明ばね用鋼線は、γ相が比較的安定する組成でありながら残留γ相の含有量が少なく、代表的には、残留γ相の含有量が5体積%以下である組織から構成される。ここで、ばね用鋼線中の残留γ相は、上述のようにばね加工中に、硬質な加工誘起マルテンサイトに変態し得る。この変態により、ばね加工時にばね用鋼線が折損したり、得られたばねの靭性が低下したりする。従って、ばね用鋼線の残留γ相を低減するために、焼入れ焼戻し時にγ相を焼戻しマルテンサイト相に変態させることが望まれる。しかし、従来、ばね用鋼線を量産する場合、焼戻し時の冷却速度が遅くなるなどして、残留γ相が多く成り易い。これに対して、本発明製造方法は、焼入れ焼戻し後に伸線加工を行うことで、焼入れ焼戻し時の未変態のγ相をこの伸線加工により変態させられるため、残留γ相が少ない組織にできる。残留γ相の含有量は少ないほど好ましく、下限は特に設けない。また、残留γ相の含有量は、焼入れ焼戻し後の伸線加工において、減面率が大きいほど少なくなる傾向にある。残留γ量は、例えば、フェライト相及びオーステナイト相のX線回折ピーク強度を測定し、これらのピーク強度の比から算出することができる。
【0033】
<線径>
本発明ばね用鋼線は、所望のばねに応じて適宜な線径を選択できる。例えば、線径φが3.0mm以下とすることができる。更に、線径φが2.0mm以下、特に1.5mm未満、更に1.2mm以下とすることができる。
【0034】
[ばね用鋼線の製造方法]
本発明ばね用鋼線は、代表的には、従来のオイルテンパー線の製造工程と重複する工程を経て得られる。即ち、上述した所定の組成を有する原料鋼を溶製→熱間鍛造→熱間圧延→パテンチング(オーステナイト化)→皮剥ぎ(脱炭層の除去)→焼鈍(皮剥ぎにより生じたマルテンサイト相をなます)→第一伸線加工→焼入れ焼戻しという工程を経る。特に、本発明製造方法では、上記焼入れ焼戻し後の線素材に第二伸線加工(最終伸線加工)を施すことを最大の特徴とする。
【0035】
上記熱間圧延が施された圧延材にパテンチング処理を施すことで、当該圧延材をオーステナイト化し、その後上記焼入れ焼戻しにより、線材の組織を主として焼戻しマルテンサイト組織とする。この主として焼戻しマルテンサイト組織から構成される線素材に更に第二の伸線加工を施すことで、伸線加工が施された焼戻しマルテンサイト組織を有する鋼線が得られる。
【0036】
上記焼入れ焼戻しまでの各工程の条件は、公知の条件を利用できる。例えば、上記第一伸線加工は、冷間にて行える。常温にて行えば、伸線対象の線素材を加熱する必要がなく、ばね用鋼線の生産性に優れる。
【0037】
第二伸線加工工程の減面率は、5%以上25%以下とする。この減面率が5%未満では、低温焼鈍前の鋼線が絞りといった靭性に優れるものの、低温焼鈍前後における降伏応力の向上度合いが小さく、高強度なばねが得られ難い。この減面率が高いほど、上記降伏応力の向上度合いを高められるものの、25%を超えると降伏応力の絶対値が高くなり過ぎて、低温焼鈍前後における降伏応力の差が小さくなる上に、鋼線の靭性の低下を招く。この減面率は、5%〜15%がより好ましい。
【0038】
[ばね]
本発明ばねは、上記本発明ばね用鋼線にばね加工を施すことで得られる。ばね加工後に、公知の条件にて歪取り焼鈍(低温焼鈍)を行ったり、窒化処理を行って表層に窒化層を形成してもよい。
【0039】
[試験例1]
表1に示す組成の鋼(各元素の含有量:質量%、残部:Fe)を真空溶解炉で溶製し、熱間鍛造、熱間圧延を順に行って、線径φ6.5mmの圧延材を作製した。この圧延材に順に、パテンチング→皮剥ぎ→焼鈍→第一伸線加工→焼入れ焼戻し→第二伸線加工(最終伸線加工)を施して、線径φ3.0mmの線材(ばね用鋼線)を得た。
【0040】
【表1】

【0041】
この試験では、表1の鋼種A及び鋼種Hを用意し、第二伸線加工工程の減面率を表3に示す範囲で変化させて、最終線径φ3.0mmの線材を作製した。減面率が0%の試料は、焼入れ焼戻し後に伸線加工を行っていないことを示す。また、最終線径がφ3.0mmとなるように、第一伸線加工の減面率を調整した。
【0042】
得られた各線材に対して、絞り及び降伏応力を測定した。その結果を表2に示す。絞り及び降伏応力はいずれも、JIS Z 2201(1998)の金属材料引張試験片に基づく9号試験片を作製し、JIS Z 2241(1998)の金属材料引張試験方法に基づく引張試験を行って測定した。
【0043】
また、得られた各線材の縦断面をとり、この縦断面に対して、フェライト相(α相)及びオーステナイト相(γ相)のX線回折ピーク強度を測定し、これらのピーク強度の比を用いて残留γ相の含有量を算出した。より具体的には、以下の表2に示す面における強度の組み合わせ1〜6についてそれぞれ、ピーク強度の比:γ/αを求め(例えば、組み合わせ3では、γ(220)/α(200))、6つのピーク強度の比の総和を6で除した値、即ち、6つのピーク強度の比の平均を残留γ相の含有量とした。
【0044】
(測定条件)
使用装置:SmartLab(スマートラボ:登録商標)-2D-PILATUS(株式会社リガク製X線回折装置)
使用X線:Cu-Kα、励起条件:45kV 200mA
使用コリメーター:φ0.8mm
【0045】
【表2】

【0046】
更に、得られた各線材に対して、420℃×20分の低温焼鈍を施した。この低温焼鈍の条件は、ばね加工後に行われる一般的な歪取り焼鈍の条件を模擬したものである。そして、低温焼鈍後の各線材の降伏応力を上述と同様にして測定した。その結果を表3に示す。また、各試料において、低温焼鈍後の降伏応力と低温焼鈍前の降伏応力との差(上昇量)を表3に示す。
【0047】
【表3】

【0048】
表3に示すように、特定の組成の鋼種からなり、焼入れ焼戻し後の線素材に、減面率が5%〜25%の第二伸線加工を施した試料No.1-2〜1-4は、低温焼鈍後の降伏応力(絶対値)が高く、かつ、低温焼鈍前後における降伏応力の上昇量が300MPa以上と、上昇度合いが大きいことが分かる。かつ、試料No.1-2〜1-4は、低温焼鈍前の絞りが45%以上と高靭性であることが分かる。
【0049】
これに対して、焼入れ焼戻し後に第二伸線加工を行っていない試料No.1-1,1-11は、低温焼鈍前後における降伏応力の上昇量が20MPa以下と小さいことが分かる。また、第二伸線加工の加工度が25%超であると、低温焼鈍前後において降伏応力(絶対値)が高く高強度であるものの、上記上昇量が少なく、また、低温焼鈍前の絞りが小さく、靭性に劣ることが分かる。
【0050】
更に、表3に示すように、焼入れ焼戻し後に第二伸線加工を行った試料No.1-2〜1-4は、残留オーステナイト量が5体積%以下と非常に少ないことが分かる。換言すれば、試料No.1-2〜1-4は、実質的に焼戻しマルテンサイト相で構成されていると言える。また、第二伸線加工の減面率が大きいほど、残留オーステナイト量を低減できることが分かる。
【0051】
上記試験結果から、特定の組成の鋼からなる素材に対して、第一伸線加工後に焼入れ焼戻しを施し、更に特定の減面率の第二伸線加工を行うことで、靭性に優れる上に、ばね加工に伴う歪み取り焼鈍を想定した熱処理を施した場合、当該熱処理が施された後において高強度であるばね用鋼線が得られることが分かる。このように靭性に優れることで、このばね用鋼線は、ばね加工が行い易く、かつ、ばね加工後に歪み取り焼鈍が行われた後において優れた強度を有すると期待される。また、第一伸線加工後に焼入れ焼戻しを施し、更に特定の減面率の第二伸線加工を行うことで、残留オーステナイト量が少なく、マルテンサイト相に十分に変態したばね用鋼線が得られることが分かる。このばね用鋼線にばね加工を施した場合、折損などが生じ難く、得られたばねも靭性に優れる、と期待される。
【0052】
[試験例2]
表1に示す鋼種A〜Hを用意し、試験例1と同様にして、線径φ3.0mmの線材を作製した。この試験では、焼入れ焼戻し後の第二伸線加工(最終伸線加工)の減面率を15%とした。得られた各線材(ばね用鋼線)の絞り及び降伏応力、試験例1と同様の条件で低温焼鈍(420℃×20分)を施した線材の降伏応力を測定した。その結果を表4に示す。上記絞り及び降伏応力は、試験例1と同様にして引張試験を行って測定した。
【0053】
【表4】

【0054】
表4に示すように、特定の組成の鋼種からなり、焼入れ焼戻し後の線素材に減面率が15%の第二伸線加工を施した試料No.2-1〜2-5は、低温焼鈍後の降伏応力(絶対値)が高く、かつ、低温焼鈍前後における降伏応力の上昇量が300MPa以上と、上昇度合いが大きいことが分かる。かつ、試料No.2-1〜2-5は、低温焼鈍前の絞りが45%以上と高靭性であることが分かる。
【0055】
これに対して、特定の組成の鋼種でない試料No.2-11〜2-13は、焼入れ焼戻し後に特定の減面率の第二伸線加工を施しても、低温焼鈍前後における降伏応力の上昇量が小さいことが分かる。
【0056】
上記試験結果から、特定の組成の鋼からなる素材に対して、第一伸線加工後に焼入れ焼戻しを施し、更に特定の減面率の第二伸線加工を行うことで、靭性に優れる上に、ばね加工に伴う歪み取り焼鈍を想定した熱処理が施された後において高強度であるばね用鋼線が得られることが分かる。また、このばね用鋼線は、靭性に優れることでばね加工が行い易く、かつ、このばね用鋼線から得られたばねは、ばね加工後に歪み取り焼鈍が行われた後に優れた強度を有すると期待される。
【0057】
なお、上述した実施の形態は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、上述した構成に限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明ばねは、自動車用の各種のばね、より具体的には、エンジンの弁ばね、トランスミッション用のばねなどに好適に利用することができる。本発明ばね用鋼線は、上記本発明ばねの素材に好適に利用することができる。本発明ばね用鋼線の製造方法は、上記本発明ばね用鋼線の製造に好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.5%〜0.8%、Si:1.0%〜2.5%、Mn:0.20%〜1.0%、Cr:0.5%〜2.5%、V:0.05%〜0.50%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
400℃〜450℃×20分の低温焼鈍後の降伏応力が、前記低温焼鈍前と比較して300MPa以上高いことを特徴とするばね用鋼線。
【請求項2】
更に、質量%で、Ni:0.1%〜1.0%、Mo:0.05%〜0.50%、及びCo:0.02%〜1.00%の少なくとも一種の元素を含有することを特徴とする請求項1に記載のばね用鋼線。
【請求項3】
前記低温焼鈍前のばね用鋼線の絞りが45%以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載のばね用鋼線。
【請求項4】
前記低温焼鈍前のばね用鋼線の残留オーステナイト量が5体積%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のばね用鋼線。
【請求項5】
伸線加工を施した線素材に焼入れ焼戻しを施してばね用鋼線を製造するばね用鋼線の製造方法であって、
前記線素材は、質量%で、C:0.5%〜0.8%、Si:1.0%〜2.5%、Mn:0.20%〜1.0%、Cr:0.5%〜2.5%、V:0.05%〜0.50%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
前記焼入れ焼戻し後の線素材に、減面率5%〜25%の最終伸線加工を施すことを特徴とするばね用鋼線の製造方法。
【請求項6】
前記線素材は、質量%で、C:0.5%〜0.8%、Si:1.0%〜2.5%、Mn:0.20%〜1.0%、Cr:0.5%〜2.5%、V:0.05%〜0.50%と、Ni:0.1%〜1.0%、Mo:0.05%〜0.50%、及びCo:0.02%〜1.00%の少なくとも一種の元素とを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする請求項5に記載のばね用鋼線の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のばね用鋼線を用いて製造されたことを特徴とするばね。

【公開番号】特開2012−52218(P2012−52218A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−284993(P2010−284993)
【出願日】平成22年12月21日(2010.12.21)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(302061613)住友電工スチールワイヤー株式会社 (163)
【Fターム(参考)】