説明

アモノサーマル法および窒化物結晶

【課題】酸性鉱化剤を使用しながら、アモノサーマル法によって均質な窒化物結晶を実用的な速度で成長させること。
【解決手段】臭化アンモニウムかヨウ化アンモニウムの少なくとも一方が溶解したアンモニア中に原料を溶解する領域の温度と、原料が溶解したアンモニアから窒化物結晶を成長させる領域の温度差を5〜70℃にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化物結晶を成長させるアモノサーマル法に関する。特に鉱化剤の種類に特徴を有するアモノサーマル法に関する。
【背景技術】
【0002】
アモノサーマル法は、超臨界状態および/または亜臨界状態にあるアンモニア溶媒を用いて、原材料の溶解−析出反応を利用して所望の材料を製造する方法である。結晶成長へ適用するときは、アンモニア溶媒への原料溶解度の温度依存性を利用して温度差により過飽和状態を発生させて結晶を析出させる方法である。アモノサーマル法と類似のハイドロサーマル法は溶媒に超臨界および/または亜臨界状態の水を用いて結晶成長を行うが、主に水晶(SiO2)や酸化亜鉛(ZnO)などの酸化物結晶に適用される方法である。一方、アモノサーマル法は窒化物結晶に適用することができ、窒化ガリウムなどの窒化物結晶の成長に利用されている。アモノサーマル法によって単結晶を成長させるためには、十分な量の原料が過飽和状態で存在し析出する必要があるが、そのためには結晶成長用原料が十分に溶媒に溶解することが必要である。しかしながら、例えば窒化ガリウムなどの窒化物は、採用しうる温度圧力範囲において純粋なアンモニアに対する溶解度が極めて低いため、実用的な結晶成長に必要な量を溶解させることができないという問題がある。
【0003】
このような問題を解決するために、窒化ガリウムなどの窒化物の溶解度を向上させる鉱化剤を反応系内に添加することが一般に行われている。鉱化剤は、窒化物と錯体などを形成(溶媒和)することができるため、より多くの窒化物をアンモニア中に溶解させることができる。鉱化剤には、塩基性鉱化剤と酸性鉱化剤があり、塩基性鉱化剤の代表例としてはアルカリ金属アミドを挙げることができ、酸性鉱化剤の代表例としては塩化アンモニウムを挙げることができる(特許文献1参照)。塩基性鉱化剤は反応容器の内面等に対する腐食性が高いため、成長中の結晶に不純物が混入しやすいという問題を有している。一方、酸性鉱化剤に対しては完全防食性を有する材料が存在するため、そのような材料で内面を形成した反応容器内で酸性鉱化剤を用いれば純度が高い結晶が得られる。窒化ガリウムに代表される窒化物結晶は、LEDやLDなどのオプトデバイス、高周波デバイス、パワーデバイスといった電子デバイスに用いられる半導体結晶であることから、高純度化を図りやすい酸性鉱化剤、なかでも塩化アンモニウムを用いて窒化物結晶を成長させることが注目され、種々検討されている。
【0004】
一方、ヨウ化アンモニウムや臭化アンモニウムをアンモニアに溶解させて窒化物結晶を成長させることもわずかではあるが試みられている。ヨウ化アンモニウムや臭化アンモニウムを用いれば反応性が高まることが確認されているが、ヨウ化アンモニウムや臭化アンモニウムを用いた場合、立方晶の窒化ガリウムが高い割合で生成することが報告されている(非特許文献1、2参照)。また、ヨウ化アンモニウムや臭化アンモニウムの存在下で六方晶窒化ガリウム種結晶上に結晶成長させると、種結晶上に立方晶の窒化ガリウム結晶が混入することが報告されている(非特許文献1参照)。また、格子定数が理論値よりも大きくずれている歪んだ結晶が得られることも報告されている(非特許文献1、3参照)。このため、ヨウ化アンモニウムや臭化アンモニウムは、六方晶窒化物結晶の成長に適した実用的な鉱化剤として使用しうるという確証は持たれていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−277182号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Mater. Chem. 2007, 17, 886-893
【非特許文献2】J. Cryst. Growth 310, 2008, 2800-2805
【非特許文献3】J. Cryst. Growth 310, 2008, 891-895
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
典型的な酸性鉱化剤である塩化アンモニウムを用いた従来の結晶成長方法には、解決することが望まれている課題がある。
塩化アンモニウムなどの酸性鉱化剤を用いた場合は、温度上昇とともに窒化物の溶解度が上昇するために、高温域で原料を溶解させて、低温域で結晶を成長させる。塩化アンモニウムを用いて窒化物結晶を成長させるときには、原料溶解領域と結晶成長領域の温度差を100℃程度とらないと実用的な速度で結晶が成長しない。反応を促進して結晶の成長速度を速くするためには結晶成長温度を高くすることが好ましいが、オートクレーブなどの反応容器は一般に耐熱温度が決まっているために上げることができる温度の上限は自ずと限られている。すなわち、塩化アンモニウムを用いた場合は、結晶成長温度を反応容器の耐熱温度よりも100℃以上低い温度に設定せざるを得ず、反応速度を上げるために結晶成長領域の温度を十分に高くすることができないという課題がある。
【0008】
また、塩化アンモニウムを用いる場合には、原料溶解領域と結晶成長領域との間に100℃程度の大きな温度差を確保しながら、結晶成長領域の温度を均一かつ安定に維持することは極めて困難であるという別の課題もある。アモノサーマル法に通常用いられる反応容器は高温高圧条件に耐えうるように壁面の厚みが内径寸法と同程度の厚肉円筒形状を呈する高強度合金でできている。そのような反応容器の原料溶解領域を外側からヒーターで加熱し、結晶成長領域は加熱せずに外側へ放熱することにより温度差をつけることができるが、合金製の厚肉壁面の熱伝導を利用した温度制御であるために領域内に温度ムラが生じることは避けられない。このため、結晶成長領域内で過度に冷却された部分が発生し、そこに自発核生成結晶が大量に析出して種結晶上への結晶成長が妨げられ、歩留まりが低下する問題が生じやすい。また、原料溶解領域と結晶成長領域にまたがる溶液の対流や壁面の熱伝導もあるため、結晶成長領域内に経時的な温度変化が生ずることも避けられない。このような結晶成長領域の温度ムラや温度変化は均質な結晶成長を妨げるものである。このため、塩化アンモニウムを用いたアモノサーマル法では、得られる結晶の品質を改善しにくいという課題がある。
【0009】
このような課題は、典型的な酸性鉱化剤である塩化アンモニウムを用いたアモノサーマル法を採用する限り避けることができない固有の課題であると認識されており、解決策はまったく見いだされていなかった。
【0010】
一方、実用的な酸性鉱化剤として使えるかどうかが明らかでないヨウ化アンモニウムや臭化アンモニウムは、上記のように反応性が高いことが知られている。反応性が小さな塩化アンモニウムを使用した場合でさえ結晶析出を十分に制御できていなかったことを考えると、反応性が高いヨウ化アンモニウムや臭化アンモニウムを用いて結晶析出を制御しうるとは考えにくい。また、均一で良質な結晶が得られるとも考えにくい。さらに、ヨウ化アンモニウムや臭化アンモニウムについては、塩化アンモニウムと同様の溶解度曲線を持つものと予想されているが、実際の溶解度曲線はいまだ明らかにされていない。このため、ヨウ化アンモニウムや臭化アンモニウムは、従来用いられている塩化アンモニウムより優れた酸性鉱化剤となり得るものとは認識されていない。
また、非特許文献1〜3に記載されているように、ヨウ化アンモニウムや臭化アンモニウムの存在下で結晶成長させると立方晶窒化ガリウムが混入するため、例えばデバイス用基板として求められる性能を満足する六方晶窒化ガリウムを成長させることが可能であるとは認識されていない。
このため、上記のアモノサーマル法の課題の解決は困難を極めている。
【0011】
このような従来技術の課題を考慮しつつ、本発明では、敢えて酸性鉱化剤を使用しながらアモノサーマル法によって均質な窒化物結晶を実用的な速度で成長させることができる方法を提供することを目的として検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行なった結果、本発明者らは、従来の示唆に反して特定の酸性鉱化剤を採用して特定の条件を選択することにより、アモノサーマル法によってより均一な窒化物結晶を実用的な速度で成長させ得ることを見出して、本発明を完成するに至った。すなわち、課題を解決する手段として、以下の本発明を提供するに至った。
【0013】
[1] アンモニア中で窒化物結晶を成長させるアモノサーマル法において、
前記アンモニア中に臭化アンモニウムかヨウ化アンモニウムの少なくとも一方が溶解しており、
前記窒化物結晶の原料を前記アンモニア中に溶解する領域の温度と、前記窒化物結晶を成長させる領域の温度の差が5〜70℃であることを特徴とするアモノサーマル法。
[2] 前記窒化物結晶の成長時の圧力が75〜200MPaの範囲内であることを特徴とする[1]に記載のアモノサーマル法。
[3] アンモニア中で窒化物結晶を成長させるアモノサーマル法において、
前記アンモニア中に臭化アンモニウムかヨウ化アンモニウムの少なくとも一方が溶解しており、
前記窒化物結晶の成長時の圧力が75〜200MPaの範囲内であることを特徴とするアモノサーマル法。
[4] ヨウ化アンモニウムが溶解したアンモニア中で窒化物結晶を成長させることを特徴とする[1]〜[3]のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
[5] 臭化アンモニウムが溶解したアンモニア中で窒化物結晶を成長させることを特徴とする[1]〜[3]のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
[6] 前記窒化物結晶を成長させる領域の温度が400〜645℃の範囲内であることを特徴とする[1]〜[5]のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
[7] 前記窒化物結晶を成長させる領域の温度が495〜645℃の範囲内であることを特徴とする[1]〜[5]のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
[8] 前記原料を溶解する領域の温度と前記窒化物結晶を成長させる領域の温度を、下記式(1)で表される過飽和度ΔSが0.03〜0.43の範囲内になるように設定することを特徴とする[1]〜[7]のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
【数1】

[9] 種結晶上に前記窒化物結晶を成長させることを特徴とする[1]〜[8]のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
[10] 前記種結晶の表面粗さ(Rms)が0.03〜1.0nmであることを特徴とする[9]に記載のアモノサーマル法。
[11] 前記窒化物結晶の成長前に、前記種結晶の表面から加工変質層を除去することを特徴とする[9]または[10]に記載のアモノサーマル法。
[12] 前記種結晶が窒化ガリウム結晶であることを特徴とする[9]〜[11]のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
[13] 前記種結晶が六方晶の窒化ガリウム結晶であることを特徴とする[12]に記載のアモノサーマル法。
【0014】
[14] [1]〜[13]のいずれか一項に記載のアモノサーマル法により製造される窒化物結晶。
[15] 臭素元素またはヨウ素元素を含むことを特徴とする窒化物単結晶。
[16] 臭素元素またはヨウ素元素を含むことを特徴とする窒化ガリウム単結晶。
[17] 六方晶であることを特徴とする[16]に記載の窒化ガリウム単結晶。
【発明の効果】
【0015】
本発明のアモノサーマル法によれば、より均一な窒化物結晶を実用的な速度で成長させることができる。また、本発明の窒化物結晶は均一で高品質であるために、電子デバイス用の半導体結晶等として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】ヨウ化アンモニウムを鉱化剤として用いたときの超臨界アンモニアに対する窒化ガリウムの溶解度曲線である。
【図2】臭化アンモニウムを鉱化剤として用いたときの超臨界アンモニアに対する窒化ガリウムの溶解度曲線である。
【図3】実施例および比較例で用いた結晶製造装置の概略図である。
【図4】実施例2で種結晶上に成長させた窒化ガリウム単結晶の電子顕微鏡断面写真である。
【図5】実施例3で種結晶上に成長させた窒化ガリウム単結晶の電子顕微鏡断面写真である。
【図6】参考例で温度を変えて成長させた窒化ガリウム多結晶のX線回折測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下において、本発明のアモノサーマル法および窒化物結晶について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施態様に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施態様に限定されるものではない。なお、本明細書において「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0018】
(鉱化剤)
本発明のアモノサーマル法では、臭化アンモニウムかヨウ化アンモニウムの少なくとも一方が溶解したアンモニア中で窒化物結晶を成長させることを特徴とする。臭化アンモニウムやヨウ化アンモニウムは、本発明では酸性鉱化剤として機能する。
本発明では、臭化アンモニウムかヨウ化アンモニウムのいずれか一方を用いてもよいし、両方とも用いてもよい。好ましいのは、少なくともヨウ化アンモニウムを用いる場合である。本発明では、臭化アンモニウムかヨウ化アンモニウムの少なくとも一方を用いさえすれば、その他の酸性鉱化剤をさらに併用してもよい。その他の酸性鉱化剤としては、塩化アンモニウム、フッ化アンモニウムを挙げることができ、なかでも塩化アンモニウムが鉱化剤の溶解性を補うことができるため好ましい。複数の酸性鉱化剤を組み合わせて使用する場合、臭化アンモニウムとヨウ化アンモニウムの合計量が全酸性鉱化剤に占める割合は、1〜100モル%であることが好ましく、5〜100モル%であることがより好ましく、10〜100モル%であることがさらに好ましい。
【0019】
本発明で用いる鉱化剤のアンモニア溶液中における濃度は、通常0.1〜10モル%の範囲内に設定し、0.15〜8モル%の範囲内に設定することが好ましく、0.2〜5モル%の範囲内に設定することがより好ましい。
【0020】
(溶解度曲線)
これまで、臭化アンモニウムとヨウ化アンモニウムに対する窒化物の溶解度の温度による変化を示す溶解度曲線は明らかでなかった。本発明者らは初めて臭化アンモニウムとヨウ化アンモニウムの溶解度曲線の作成に取り組み、これを明らかにした。図1には、本発明者らが明らかにしたヨウ化アンモニウムの溶解度曲線とともに、塩化アンモニウムの溶解度曲線も示す(圧力:100MPa、ハロゲン化アンモニウム濃度:3.1mol%)。図1に示すように、ヨウ化アンモニウムは、塩化アンモニウムと同じくハロゲン化アンモニウムであるにもかかわらず、400〜645℃の実用的な温度範囲において、意外なことに塩化アンモニウムよりも傾きがかなり大きな溶解度曲線を有することが明らかになった。また図2に、本発明者らが明らかにした臭化アンモニウムの溶解度曲線とともに、塩化アンモニウムの溶解度曲線も示す(圧力:100MPa、ハロゲン化アンモニウム濃度:3.1mol%)。臭化アンモニウムについても、ヨウ化アンモニウムと同様に塩化アンモニウムよりも傾きの大きな溶解度曲線が得られたが、その傾きはヨウ化アンモニウムの場合よりも緩やかであった。
【0021】
溶解度曲線の傾きが大きいことは、一定の温度差にある2領域間の溶解度差が大きいことを意味するため、結晶成長を安定に制御することは困難であると予測される。すなわち、安定な結晶成長制御を行うためには不利であると考えられる。しかしながら、本発明にしたがって臭化アンモニウムとヨウ化アンモニウムを用いたところ、予想に反して、塩化アンモニウムを用いた場合よりも安定な結晶成長制御を行えることが明らかになった。
【0022】
(温度制御)
酸性鉱化剤を用いる場合は、温度上昇とともに窒化物の溶解度が上昇するために、原料溶解領域を高温にし、結晶成長領域を低温にする。原料溶解領域の温度をTsとし、結晶成長領域の温度をTgとしたとき、その温度差ΔTは以下の式で表され、正の値をとる。
ΔT = Ts−Tg
原料溶解領域の温度(Ts)は、オートクレーブなどの反応容器の最高使用温度(Tmax)まで高くすることができるため、原料溶解領域の温度を反応容器の最高使用温度(Tmax)にすれば、結晶成長領域の温度(Tg)は以下の式で表される。
Tg = Tmax − ΔT
温度差ΔTは、結晶が十分に成長するように一定の過飽和度が確保できるように設定する。一定の過飽和度を確保するための温度差は、溶解度曲線の傾きが大きいほど小さくなるため、臭化アンモニウムやヨウ化アンモニウムの場合はΔTを小さくすることができる。したがって、本発明によれば、結晶成長領域の温度(Tg)を高く設定することができる。
【0023】
本発明における温度差(ΔT)は、5〜70℃の範囲内に設定することが好ましい。温度差(ΔT)は、10〜65℃の範囲内に設定することがより好ましく、15〜55℃の範囲内に設定することがさらに好ましい。このように温度差を小さくして成長させることによって、自発核発生による微結晶の析出を抑えることができる。また、過飽和度が適切に制御されているため、種結晶上においてもスムーズなエピタキシャル成長が進行し、立方晶窒化ガリウムの混入が抑制された好ましい六方晶窒化ガリウムが成長する。
【0024】
本発明では、結晶成長領域の温度(Tg)を通常400℃以上、好ましくは450℃以上、より好ましくは495℃以上に設定し、上限値は好ましくは645℃以下に設定する。結晶成長領域の温度(Tg)が400℃以上であれば、得られる窒化物結晶が単層の六方晶になりやすく、結晶性に優れるため好ましい。特に495℃以上であれば、下記参考例において立方晶が検出されず単層の六方晶になることが確認されている。ここでいう結晶成長領域の温度(Tg)は、目的とする窒化物結晶を成長させる領域の温度であり、窒化物結晶を種結晶上に成長させる場合は種結晶とその近傍の温度である。原料溶解領域の温度(Ts)は通常405℃以上、好ましくは455℃以上、より好ましくは500℃以上に設定し、上限値は好ましくは650℃以下に設定する。ここでいう原料溶解領域の温度(Ts)は、原料がアンモニア中に溶解する領域の温度であり、広い範囲で溶解する場合は原料溶解量が多い領域の温度である。なお、ここでいう結晶成長領域の温度範囲と原料溶解領域の温度範囲の各上限値は、最高使用温度(Tmax)が高い実用的な反応容器が開発されたときには、その新たに開発された反応容器の最高使用温度に応じて引き上げることができる。
【0025】
結晶成長領域の温度(Tg)、原料溶解領域の温度(Ts)、これらの温度差(ΔT)は、別の観点から規定することもできる。すなわち、アンモニアに対する窒化物の過飽和度(ΔS)が0.03〜0.43の範囲内になるようにこれらの温度条件を決定することもできる。過飽和度は0.06〜0.40の範囲内になるように設定することがより好ましく、0.09〜0.33の範囲内になるように設定することがさらに好ましい。ここでいう過飽和度は、上記式(1)により求められる。
【0026】
塩化アンモニウムを用いた従来法よりも結晶成長領域の温度(Tg)を高く設定しうるため、本発明にしたがって臭化アンモニウムやヨウ化アンモニウムを用いれば、反応性を上げて、結晶成長速度を速めることができる。最高使用温度(Tmax)が高い反応容器を開発するには新たな耐熱耐圧性材料の開発が必要であり、また新たな反応容器を実際に使用するには法規制をクリアする必要もあることから、現在使用されている反応容器をそのまま用いながら結晶成長領域の温度(Tg)を高く設定できることは、実際上の利点が大きい。現在入手可能で本結晶成長に適した反応容器材料としては、RENE41、Inconel625、ハステロイ、ワスパロイなどのニッケル基合金がある。そのなかで最高の高温材力を持つRENE41を用いたとしても、反応容器の最高温度は600〜650℃、圧力は300MPaが上限と考えられる。新たに反応容器材料を開発し最高使用温度を50℃上昇させるのは極めて困難であり、実質的に不可能と考えてよいレベルである。従って本発明により結晶成長領域の温度を大きく上昇させることが可能となったことは、実質的には入手不可能な高温対応オートクレーブを開発したことと同等の価値がある。
【0027】
一方、RENE41などの超高温域での高強度材料は大型の鋼塊を製造することが困難である。このため、大型の反応容器を作製して低コストで量産化を図ろうとすると、代替材料を用いるしかなく、現状では最高使用温度を低くせざるを得ない。本発明によれば、温度差(ΔT)が小さいため、結晶成長領域の温度(Tg)を高く維持したまま、原料溶解領域の温度(Ts)を比較的低く抑えることが可能である。よって、本発明によれば大型反応容器の材料の選択肢が広がり、大型化による量産を図りやすいという利点もある。
【0028】
また、本発明にしたがって臭化アンモニウムやヨウ化アンモニウムを用いて温度差(ΔT)を小さくすれば、結晶成長領域内の温度ムラや温度変動も小さくすることができる。その結果、結晶成長に最適な温度領域が拡大し、結晶成長に最適な温度にある時間も長くなるため、安定した結晶成長が可能になる。本発明における結晶成長領域内の温度分布は小さいほど好ましいが、通常は0〜30℃の範囲内であり、0〜20℃の範囲内であることが好ましく、0〜10℃の範囲内であることがより好ましい。なお、本発明では温度差(ΔT)を小さくするため、比較的小さな反応容器を用いる場合であっても結晶成長に必要な温度差を実現しやすいという利点もある。
【0029】
(結晶成長条件)
本発明における窒化物結晶の成長時の圧力は、通常75MPa以上であり、80MPa以上であることが好ましく、100MPa以上であることがより好ましく、120MPa以上であることがさらに好ましい。窒化物結晶の成長時の圧力は、通常300MPa以下であり、250MPa以下であることが好ましく、200MPa以下であることがより好ましい。
本発明によれば、例えば75〜200MPaといった比較的低い圧力で高品質な窒化物結晶を成長させることができる。塩基性鉱化剤を用いた従来例(例えば特開2003−40699号公報の実施例)では200〜350MPaの高圧下にて窒化物結晶を成長させているが、本発明によれば下記実施例1〜3に示すように92〜157MPaという約半分の圧力で良好な結晶を成長させることが可能である。これは、使用するオートクレーブの耐圧壁の厚みが薄くて済むことを意味しており、炉の大型化や生産性の向上に寄与する面が非常に大きい。
本発明における窒化物結晶の成長時の圧力は、成長に際して重視すべき事項に応じて適宜選択して設定することができる。例えば、120〜250MPaの範囲内の圧力を採用すれば、アンモニアが分解されにくく、原料である窒化物の溶解度をより高く保つことができるという利点がある。
【0030】
本発明の別の要旨としては、アンモニア中で窒化物結晶を成長させるアモノサーマル法において、前記アンモニア中に臭化アンモニウムかヨウ化アンモニウムの少なくとも一方が溶解している場合には、前記窒化物結晶の成長時の圧力を75〜200MPaの範囲とすることができる。窒化物結晶の成長時の圧力は、炉の大型化の容易性や生産性の向上の面から、好ましくは80MPa以上、より好ましくは90MPa以上であって、好ましくは160MPa以下、より好ましくは140MPa以下である。本発明においては、このような比較的低い圧力でも結晶性に優れた、高品質の窒化物結晶を製造することができる。
【0031】
上記以外の本発明における窒化物結晶の成長条件としては、通常のアモノサーマル法における窒化物結晶の成長条件を適宜選択して採用することができる。例えば、結晶成長用原料としては、アモノサーマル法による窒化物結晶の成長に通常用いられる原料を適宜選択して用いることができる。例えば、窒化ガリウム結晶を成長させる場合には、ガリウム源となる原料として金属ガリウム、窒化ガリウム、またはこれらの混合物を用いることができる。
その他の窒化物結晶の成長条件等については、特開2007−238347号公報の製造条件の欄を参照することができる。
【0032】
本発明のアモノサーマル法によれば、通常0.3〜500μm/dayの範囲内の速度で結晶を成長させることができる。成長速度は1〜400μm/dayの範囲内であることが好ましく、10〜300μm/dayの範囲内であることがより好ましく、20〜250μm/dayの範囲内であることがさらに好ましい。ここでの成長速度は、任意の結晶面で切り出された板状種結晶の両面に成長した合計寸法を育成日数で割った値である。
【0033】
(種結晶)
本発明では、結晶成長領域中に種結晶をあらかじめ用意しておき、その種結晶上に窒化物結晶を成長させることが好ましい。種結晶を用いれば、特定のタイプの結晶を選択的に成長させることが可能である。例えば、窒化ガリウム結晶を成長させる場合、種結晶として六方晶の窒化ガリウム結晶を用いれば、種結晶上に六方晶の窒化ガリウム単結晶を成長させることができる。上記のように、従来はヨウ化アンモニウムの存在下で結晶成長させると六方晶窒化ガリウム種結晶上でさえ立方晶の窒化ガリウム結晶が混入して成長してしまうことが報告されており、ヨウ化アンモニウムは六方晶の成長には適さないとされていた。しかしながら、本発明において種結晶として六方晶の窒化ガリウム結晶を用いて小さな温度差で成長させた場合、立方晶は反応容器の壁面などを核として発生する微結晶(自発核発生結晶)中に含まれるにとどまり、六方晶の種結晶上には常に六方晶の窒化ガリウム単結晶が成長しうることが明らかになった。したがって、六方晶の種結晶を用いて、最適な温度圧力条件を選択することによって、立方晶の発生は完全に抑止できる。
【0034】
種結晶は通常薄板状の平板単結晶を用いるが、主面の結晶方位は任意に選択することができる。ここで主面とは薄板状の種結晶で最も広い面を指す。六方晶窒化ガリウム単結晶の場合は(0001)面、(000−1)面に代表される極性面、(10−12)面、(10−1−2)面に代表される半極性面、(10−10)面に代表される非極性面と様々な方位の主面を有する種結晶を用いることにより任意の方位へ結晶成長させることができる。種結晶の切り出し方位は前記のようなファセット面に限らず、ファセット面から任意の角度ずらした面を選択することもできる。
【0035】
また、種結晶の表面粗さ(Rms)は、0.03〜1.0nmの範囲内であることが好ましく、0.03〜0.5nmの範囲内であることがより好ましく、0.03〜0.2nmの範囲内であることがさらに好ましい。ここでいう表面粗さは、原子間力顕微鏡により測定される値である。表面粗さが上記の好ましい範囲内にあれば、初期成長界面での二次元成長がスムーズに開始され、界面での結晶欠陥の導入を抑制し、立方晶窒化ガリウムの生成を抑えやすくなるという利点がある。このような表面粗さにするためには、例えばCMP(化学機械的研磨)を行なえばよい。
上記表面粗さを有さない種結晶については、表面に対して化学エッチング等を行うことにより加工変質層を除去した後に窒化物結晶を成長させることが好ましい。例えば、100℃程度のKOHあるいはNaOHなどのアルカリ水溶液でエッチングすることにより、好ましく加工変質層を除去することができる。この場合も上記表面粗さを制御した場合と同様の効果がある。
【0036】
(反応容器)
本発明のアモノサーマル法は、反応容器中で行う。本発明に用いる反応容器は、窒化物結晶を成長させるときの高温高圧条件に耐え得るもの中から選択する。本発明では、オートクレーブを用いることが好ましい。本発明に用いる反応容器は、耐圧性と耐腐食性を有する材料で構成されているものが好ましく、特にアンモニア等の溶媒に対する耐腐食性に優れたNi系の合金、ステライト(デロロ・ステライト・カンパニー・インコーポレーテッドの登録商標)等のCo系合金を用いることが好ましい。より好ましくはNi系の合金であり、具体的には、Inconel625(Inconelはハンティントン アロイズ カナダ リミテッドの登録商標、以下同じ)、Nimonic90(Nimonicはスペシャル メタルズ ウィギン リミテッドの登録商標、以下同じ)、RENE41、ハステロイ、ワスパロイが挙げられる。
【0037】
これらの合金の組成比率は、系内の溶媒の温度や圧力条件、および系内に含まれる鉱化剤およびそれらの反応物との反応性および/または酸化力・還元力、pHの条件に従い、適宜選択すればよい。これらを反応容器の内面を構成する材料として用いるには、反応容器自体をこれらの合金を用いて製造してもよく、内筒として薄膜を形成して反応容器内に設置してもよく、任意の反応容器の材料の内面にメッキ処理を施してもよい。
【0038】
反応容器の耐腐食性をより向上させるために、貴金属の優れた耐腐食性を利用して、貴金属を反応容器の内表面をライニングまたはコーティングしてもよい。また、反応容器の材質を貴金属とすることもできる。ここでいう貴金属としては、Pt、Au、Ir、Ru、Rh、Pd、Ag、およびこれらの貴金属を主成分とする合金が挙げられ、中でも優れた耐腐食性を有するPtを用いることが好ましい。
【0039】
本発明の製造方法に用いることができる反応容器を含む結晶製造装置の具体例を図3に示す。図3は、バッフル板6で内部が2つに仕切られたオートクレーブ1を備えた結晶製造装置である。2つに仕切られた内部のうち、下側は原料5をアンモニア中に溶解させるための原料溶解領域であり、上側は種結晶4を装填して窒化物結晶を成長させるための結晶成長領域である。オートクレーブ1は蓋3で密閉され、ヒーター11,12により加熱することができるようになっている。加熱温度は熱電対20,21により測定することができる。オートクレーブの蓋3には導管13が備えられており、そこからバルブ9を通して図示するように真空ポンプ15、アンモニアボンベ16、窒素ボンベ17、廃棄管14へと導かれている。図3に示す製造装置の具体的な使用態様については、後述する実施例を参考にすることができる。
【0040】
バッフル板は、結晶成長領域と原料溶解領域を区画するものであり、開孔率が2〜20%であるものが好ましく、3〜10%であるものがより好ましい。バッフル板の表面の材質は、前記の反応容器の材料と同一であることが好ましい。また、より耐腐食性を持たせ、成長させる結晶を高純度化するために、バッフル板の表面は、Ni、Ta、Ti、Nb、Pd、Pt、Au、Ir、pBNであることが好ましく、Pd、Pt、Au、Ir、pBNであることがより好ましく、Ptであることが特に好ましい。
【0041】
バルブ、圧力計、導管についても、少なくとも表面が耐腐食性の材質で構成されるものを用いることが好ましい。例えば、SUS316(JIS規格)であり、Inconel625を使用することがより好ましい。なお、本発明のアモノサーマル法を実施する際に用いる結晶製造装置には、バルブ、圧力計、導管は必ずしも設置されていなくても構わない。
【0042】
(製造工程)
本発明のアモノサーマル法を実施する際には、まず、反応容器内に、種結晶、窒素元素を含有する溶媒、結晶成長のための原料物質、および鉱化剤を入れて封止する。これらの材料を反応容器内に導入するのに先だって、反応容器内は脱気しておいてもよい。また、材料の導入時には、窒素ガスなどの不活性ガスを流通させてもよい。
【0043】
反応容器内への種結晶の装填は、通常は、原料物質および鉱化剤を充填する際に同時に行うか、または原料物質および鉱化剤を充填した後に行う。種結晶は、反応容器内表面を構成する貴金属と同様の貴金属製の治具に固定することが好ましい。装填後には、必要に応じて加熱脱気をしてもよい。
【0044】
超臨界状態では一般的には、粘度が低く、液体よりも容易に拡散されるが、液体と同様の溶媒和力を有する。亜臨界状態とは、臨界温度近傍で臨界密度とほぼ等しい密度を有する液体の状態を意味する。例えば、原料溶解領域では、超臨界状態として原料を溶解し、結晶成長領域では亜臨界状態となるように温度を変化させて超臨界状態と亜臨界状態の原料の溶解度差を利用した結晶成長も可能である。
【0045】
超臨界状態にする場合、反応混合物は、一般に溶媒の臨界点よりも高い温度に保持する。アンモニア溶媒を用いた場合、臨界点は臨界温度132℃、臨界圧力11.35MPaであるが、反応容器の容積に対する充填率が高ければ、臨界温度以下の温度でも圧力は臨界圧力を遥かに越える。本発明において超臨界状態とは、このような臨界圧力を越えた状態を含む。反応混合物は、一定の容積の反応容器内に封入されているので、温度上昇は流体の圧力を増大させる。一般に、T>Tc(1つの溶媒の臨界温度)およびP>Pc(1つの溶媒の臨界圧力)であれば、流体は超臨界状態にある。
【0046】
超臨界条件では、窒化物結晶の十分な成長速度が得られる。反応時間は、特に鉱化剤の反応性および熱力学的パラメータ、すなわち温度および圧力の数値に依存する。窒化物単結晶の合成中あるいは成長中、反応容器内は上記の好ましい温度範囲と圧力範囲内に保持することが望ましい。圧力は、温度および反応容器の容積に対する溶媒体積の充填率によって適宜決定される。本来、反応容器内の圧力は、温度と充填率によって一義的に決まるものではあるが、実際には、原料、鉱化剤などの添加物、反応容器内の温度の不均一性、および死容積の存在によって多少異なる。
【0047】
上記の反応容器の温度範囲、圧力範囲を達成するための反応容器への溶媒の注入割合、すなわち充填率は、反応容器のフリー容積、すなわち、反応容器に多結晶原料、および種結晶を用いる場合には、種結晶とそれを設置する構造物の体積を反応容器の容積から差し引いて残存する容積、またバッフル板を設置する場合には、さらにそのバッフル板の体積を反応容器の容積から差し引いて残存する容積の溶媒の沸点における液体密度を基準として、通常20〜95%、好ましくは40〜90%、さらに好ましくは45〜85%とする。
【0048】
反応容器内での窒化物単結晶の成長は、熱電対を有する電気炉などを用いて反応容器を加熱昇温することにより、反応容器内をアンモニア等の溶媒の亜臨界状態または超臨界状態に保持することにより行われる。加熱の方法、所定の反応温度への昇温速度に付いては特に限定されないが、通常、数時間から数日かけて行われる。必要に応じて、多段の昇温を行ったり、温度域において昇温スピードを変えたりすることもできる。また、部分的に冷却しながら加熱したりすることもできる。
【0049】
所定の温度に達した後の反応時間については、窒化物単結晶の種類、用いる原料、鉱化剤の種類、製造する結晶の大きさや量によっても異なるが、通常、数時間から数百日とすることができる。反応中、反応温度は一定にしてもよいし、徐々に昇温または降温させることもできる。所望の結晶を生成させるための反応時間を経た後、降温させる。降温方法は特に限定されないが、ヒーターの加熱を停止してそのまま炉内に反応容器を設置したまま放冷してもかまわないし、反応容器を電気炉から取り外して空冷してもかまわない。必要であれば、冷媒を用いて急冷することも好適に用いられる。
【0050】
反応容器外面の温度、あるいは推定される反応容器内部の温度が所定温度以下になった後、反応容器を開栓する。このときの所定温度は特に限定はなく、通常、−80℃〜200℃、好ましくは−33℃〜100℃である。ここで、反応容器に付属したバルブの配管接続口に配管を接続し、水などを満たした容器に通じておき、バルブを開けてもよい。
さらに必要に応じて、真空状態にするなどして反応容器内のアンモニア溶媒を十分に除去した後、乾燥し、反応容器の蓋等を開けて生成した窒化物結晶および未反応の原料や鉱化剤等の添加物を取り出すことができる。
【0051】
このようにして、本発明の方法により窒化物結晶を製造することができる。所望の結晶構造を有する窒化物結晶を製造するためには、製造条件を適宜調整することが必要である。
【0052】
(窒化物結晶)
本発明のアモノサーマル法により得られる窒化物結晶は、塩化アンモニウムを用いた従来のアモノサーマル法により得られる窒化物結晶に比べて、結晶の均一性が高い。結晶の均一性については、X線ロッキングカーブの半値巾を測定することによって評価することが可能であり、本発明の窒化物結晶は30〜150arcsec程度の均一性を達成することができ、好ましくは15〜50arcsec程度の均一性を達成することができる。
【0053】
本発明のアモノサーマル法により得られる典型的な窒化物結晶は、微量の臭素元素やヨウ素元素を含んでいる。臭素元素またはヨウ素元素の含有量の上限は、通常1.0×1019atoms/cm3以下であり、好ましくは1.0×1018atoms/cm3以下であり、より好ましくは1.0×1017atoms/cm3以下である。臭素元素またはヨウ素元素の含有量の下限は、少ないほうが好ましいが、通常はSIMS分析の検出限界である2×1015atoms/cm3以上である。
さらに、本発明のアモノサーマル法により得られる窒化物結晶は、鉱化剤に塩化アンモニウムを使用して得られた窒化物結晶と比較して、酸素濃度やシリコン濃度が低いという特徴も有する。
【0054】
本発明のアモノサーマル法により得られる窒化物結晶の種類は、選択する結晶成長用原料の種類等によって決まる。本発明によれば、III族窒化物結晶を好ましく成長させることができ、ガリウム含有窒化物結晶をより好ましく成長させることができる。具体的には、窒化ガリウム結晶の成長に好ましく利用することができる。
【0055】
本発明のアモノサーマル法によれば、比較的径が大きな結晶も得ることができる。例えば、最大径が50mm以上である窒化物結晶や、より好ましくは最大径が76mm以上である窒化物結晶や、さらに好ましくは最大径が100mm以上である窒化物結晶を得ることも可能である。
【実施例】
【0056】
以下に実施例と比較例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0057】
(実施例1)
本実施例では、図3に示す反応装置を用いて窒化物結晶を成長させた。
白金を内張りした内寸が直径22mm、長さ290mmのInconel625製オートクレーブ1(内容積約110cm3)を反応容器として用い結晶成長を行った。オートクレーブへの充填作業は蓋3が閉じられるまでは十分に乾燥した窒素雰囲気グローブボックス内にて行った。原料5として多結晶GaN粒子15gを秤量し、白金メッシュ製カゴに充填してからオートクレーブ下部領域(原料溶解領域)内に設置した。次に鉱化剤として十分に乾燥した純度99.99%のNH4Iを2.90g秤量しオートクレーブ1内に投入した。
さらに下部の原料溶解領域と上部の結晶成長領域の間に白金製のバッフル板6(開口率10%)を設置した。種結晶4としてHVPE法により成長したc面を主面とする六方晶系GaN単結晶(10mmx5mmx0.3mm)2枚とHVPE法によって自発核生成した粒子状結晶2個(約5mm×5mm×5mm)を用いた。主面はCMP仕上げされており、表面粗さは原子間力顕微鏡による計測によりRmsが0.5nmであることを確認した。これら種結晶4を直径0.2mmの白金ワイヤーにより白金製種子結晶支持枠に吊るし、オートクレーブ上部の結晶成長領域に設置した。
【0058】
つづいてバルブ9が装着されたオートクレーブの蓋3を閉じ、オートクレーブ1の重量を計測した。次いでオートクレーブに付属したバルブ3を介して導管13を真空ポンプ15に通じるように操作し、バルブ9を開けて真空脱気した。その後、真空状態を維持しながらオートクレーブ1をドライアイスメタノール溶媒によって冷却し、一旦バルブ9を閉じた。次いで導管13をNH3ボンベに通じるように操作した後、再びバルブ9を開け連続して外気に触れることなくNH3をオートクレーブ1に充填した。流量制御に基づき、NH3をオートクレーブ1の有効容積(オートクレーブ容積−充填物容積)の約46%に相当する液体として充填(−33℃のNH3密度で換算)した後、再びバルブ9を閉じた。オートクレーブ1の温度を室温に戻し、外表面を十分に乾燥させオートクレーブ1の重量を計測した。NH3充填前の重量との差からNH3の重量を算出し充填量を確認した。
【0059】
続いてオートクレーブ1を上下に2分割されたヒーター11,12で構成された電気炉内に収納した。オートクレーブ内部の結晶成長領域の温度が540℃、内部の原料溶解領域の温度が570℃(温度差30℃)になるよう6時間かけて昇温し、設定温度に達した後、その温度にて40時間保持した。ここで結晶成長領域の温度は、白金製種子結晶支持枠の中心点(配置された複数の結晶の中心点に等しい)の温度とした。また、原料溶解領域の温度は、白金メッシュ製カゴの中心点(充填した原料の中心点に等しい)の温度とした。ヒーター出力の制御は、オートクレーブ外面温度を熱電対20,21により測定することにより行った。内部温度とオートクレーブ外面温度との相関は、あらかじめ結晶成長運転前に内部に熱電対を挿入し結晶成長領域、原料溶解領域の溶液温度をそれぞれ計測することにより確認してあり、この相関に基づき外面温度制御により内部温度を確定した。オートクレーブ内の圧力は157Mpaであった。また保持中のオートクレーブ外面制御温度のバラツキは±3℃以下であった。
【0060】
その後、オートクレーブ1の下部外面の温度が150℃になるまでおよそ8時間かけて降温した後、ヒーター11,12による加熱を止め、電気炉内で自然放冷した。オートクレーブ1の下部外面の温度がほぼ室温まで降下したことを確認した後、まず、オートクレーブに付属したバルブ9を開放し、オートクレーブ内のNH3を取り除いた。その後オートクレーブ1を計量しNH3の排出を確認した後、一旦バルブ9を閉じ、真空ポンプ15に通ずるように操作した。次いで、バルブを再び開放し、オートクレーブ1のNH3をほぼ完全に除去した。その後、オートクレーブの蓋3を開け、内部を確認したところ、5×10mm角の種結晶全面に均一に窒化ガリウム結晶が析出していた。種結晶4上への析出量は8.7mgであった。また、種結晶上以外に析出した自発核生成結晶はオートクレーブ内壁表面にはほとんど認められず、上部蓋内面部分に僅かに付着するに留まっていた。種結晶上に成長した窒化ガリウム結晶をX線回折測定した結果、結晶系は六方晶系であり、立方晶GaNは含まれていないことが確認された。種結晶上に成長した窒化ガリウム結晶を二次イオン質量分析により測定した結果、6.0×1016atoms/cm3のヨウ素が不純物として検出された。また、酸素が5.2×1018atoms/cm3、シリコンが5.0×1017atoms/cm3検出された。測定装置はCameca製4F型二次イオン質量分析装置を使用した。一次イオン種としてCs+イオンを用い、一次イオンエネルギーを14.5keVとした。本条件における検出限界はヨウ素が2×1015atoms/cm3、酸素が1×1017atoms/cm3、シリコンが2×1015atoms/cm3である。
【0061】
(実施例2、3および比較例1〜6)
表1に示す鉱化剤、鉱化剤濃度、結晶成長領域温度、原料溶解領域温度、圧力を採用して、上記実施例1に記載される工程を実施した。ただし、実施例2、3では設定温度に達した後に96時間保持した。
【0062】
(評価)
実施例1〜3および比較例1〜6を実施した後の結晶の析出状況について、以下の評価を行った。結果を表1に示す。
1)種結晶上の結晶析出状態
種結晶上に析出している結晶の有無を観察し、結晶が析出している場合は析出している結晶が単結晶か多結晶かを判別した。
【0063】
2)自発核発生状況
種結晶上の自発核発生状況を観察し、以下の2段階で評価した。
○: 自発核発生がまったく観察されなかったか、観察されても少なかった。
×: 自発核発生が多く観察された。
【0064】
3)立方晶混入の有無
種結晶上の立方晶混入状況を観察し、以下の2段階で評価した。
○: 立方晶の混入がまったく観察されなかったか、観察されても少なかった。
×: 立方晶の混入が多く観察された。
【0065】
実施例2、3において種結晶上に成長した窒化ガリウム結晶を劈開し、走査型電子顕微鏡で断面を撮影した写真をそれぞれ図4と図5に示す。いずれも種結晶S上に良好な窒化ガリウム単結晶Gが形成されていることが確認された。
【0066】
【表1】

(参考例)
立方晶の混入に関する知見を得るため、結晶成長領域温度をそれぞれ306℃、353℃、385℃、420℃、500℃として実施例1に記載される工程を実施した。オートクレーブ内壁に析出した窒化ガリウム多結晶を回収し、X線回折測定した結果を図6に示す。306〜420℃の温度範囲では六方晶に混じって立方晶に特有の信号(2θ=約40°のピーク)が検出されたが、500℃ではまったく検出されず、単相の六方晶窒化ガリウムが得られていることが確認された(図6)。
【0067】
本発明にしたがって、鉱化剤としてヨウ化アンモニウムを用いて、温度差を小さくして高い結晶成長領域温度で成長を行った実施例1〜3では、種結晶上に高品質な単結晶を効率よく成長させることができた。これに対して、鉱化剤として臭化アンモニウムまたはヨウ化アンモニウムを用いた比較例1〜4では、実施例1に比べて温度差(すなわち過飽和度)が大きすぎるために種結晶上に高品質な単結晶を得ることができなかった。同時にオートクレーブ内面に自発核生成による大量の微結晶が生成した。鉱化剤として塩化アンモニウムを用いた比較例5〜6のうち、比較例5では比較的高温で大きな温度差をとったため種結晶上に単結晶が析出したが、オートクレーブ内面に大量の微結晶が析出し生産性の低下をもたらした。また、比較例6では温度差が小さく十分な過飽和度が得られなかったために、種結晶上への成長は見られなかった。比較例5で得られた窒化ガリウム結晶中の酸素濃度とシリコン濃度を実施例1と同様の方法で測定した。その結果、酸素が1×1019〜9×1020atoms/cm3、シリコンが4×1018〜3×1020atoms/cm3検出された。
【0068】
以上の実施例1と比較例1〜6の結果から、本発明の方法は従来の塩化アンモニウムを鉱化剤として用いる方法より小さな温度差で六方晶窒化ガリウム単結晶を得られることが分かる。また、本方法によれば、オートクレーブ内面への自発核形成による微結晶析出を抑制することができるため、生産性を向上させることが可能であることが確認された。さらに、酸素濃度やシリコン濃度を従来の方法で得られた結晶よりも低く抑えられることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明のアモノサーマル法によれば、均質な窒化物結晶を実用的な速度で成長させることができる。本発明によれば、従来用いられている反応容器をそのまま用いながら、成長速度を速めて結晶の質を高めることが可能である。また、大型化を図ることも比較的容易である。本発明によって、低価格・大型高品質のバルク窒化物結晶(窒化ガリウムなど)が市場に提供されれば、オプトエレクトロニクスデバイス(固体照明、半導体レーザーなど)、パワーデバイスなど、より高効率なデバイスの登場が期待されエネルギーの効率的使用に貢献する。したがって、本発明は産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0070】
1 反応容器(オートクレーブ)
2 ライニング
3 オートクレーブ蓋
4 種結晶
5 原料
6 バッフル板
8 圧力センサー
9 バルブ
10 保温材
11 結晶成長領域ヒーター
12 原料溶解領域ヒーター
13 導管
14 排気管
15 真空ポンプ
16 アンモニアボンベ
17 窒素ボンベ
19 マスフローメーター
20 熱電対1
21 熱電対2
S 種結晶
G 成長した窒化ガリウム結晶(Ga面)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニア中で窒化物結晶を成長させるアモノサーマル法において、
前記アンモニア中に臭化アンモニウムかヨウ化アンモニウムの少なくとも一方が溶解しており、
前記窒化物結晶の原料を前記アンモニア中に溶解する領域の温度と、前記窒化物結晶を成長させる領域の温度の差が5〜70℃であることを特徴とするアモノサーマル法。
【請求項2】
前記窒化物結晶の成長時の圧力が75〜200MPaの範囲内であることを特徴とする請求項1に記載のアモノサーマル法。
【請求項3】
アンモニア中で窒化物結晶を成長させるアモノサーマル法において、
前記アンモニア中に臭化アンモニウムかヨウ化アンモニウムの少なくとも一方が溶解しており、
前記窒化物結晶の成長時の圧力が75〜200MPaの範囲内であることを特徴とするアモノサーマル法。
【請求項4】
ヨウ化アンモニウムが溶解したアンモニア中で窒化物結晶を成長させることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
【請求項5】
臭化アンモニウムが溶解したアンモニア中で窒化物結晶を成長させることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
【請求項6】
前記窒化物結晶を成長させる領域の温度が400〜645℃の範囲内であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
【請求項7】
前記窒化物結晶を成長させる領域の温度が495〜645℃の範囲内であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
【請求項8】
前記原料を溶解する領域の温度と前記窒化物結晶を成長させる領域の温度を、下記式(1)で表される過飽和度ΔSが0.03〜0.43の範囲内になるように設定することを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
【数1】

【請求項9】
種結晶上に前記窒化物結晶を成長させることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
【請求項10】
前記種結晶の表面粗さ(Rms)が0.03〜1.0nmであることを特徴とする請求項9に記載のアモノサーマル法。
【請求項11】
前記窒化物結晶の成長前に、前記種結晶の表面から加工変質層を除去することを特徴とする請求項9または10に記載のアモノサーマル法。
【請求項12】
前記種結晶が窒化ガリウム結晶であることを特徴とする請求項9〜11のいずれか一項に記載のアモノサーマル法。
【請求項13】
前記種結晶が六方晶の窒化ガリウム結晶であることを特徴とする請求項12に記載のアモノサーマル法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか一項に記載のアモノサーマル法により製造される窒化物結晶。
【請求項15】
臭素元素またはヨウ素元素を含むことを特徴とする窒化物単結晶。
【請求項16】
臭素元素またはヨウ素元素を含むことを特徴とする窒化ガリウム単結晶。
【請求項17】
六方晶であることを特徴とする請求項16に記載の窒化ガリウム単結晶。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−32154(P2011−32154A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−33955(P2010−33955)
【出願日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】