説明

アルミニウム合金導体

【課題】十分な導電率と引張強度を有し、耐屈曲疲労特性に優れたアルミニウム合金導体を提供する。
【解決手段】Feを0.01〜1.5mass%、Mgを0.01〜1.2mass%、及びSiを0.01〜1.2mass%を含有し、残部が実質的にAlと不可避的不純物よりなる合金組成を有し、MgSi針状析出物の分散密度が10〜200個/μmであり、引張強度240MPa未満、かつ、引張破断伸び10%以上を満たすアルミニウム合金線。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気配線体の導体として用いられるアルミニウム合金導体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車、電車、航空機等の移動体の電気配線体として、ワイヤーハーネスと呼ばれる銅または銅合金の導体を含む電線に銅または銅合金(例えば、黄銅)製の端子(コネクタ)を装着した部材が用いられていた。一方、近年の移動体の軽量化の中で、電気配線体の導体として、銅又は銅合金より軽量なアルミニウム又はアルミニウム合金を用いる検討が進められている。
アルミニウムの比重は銅の約1/3、アルミニウムの導電率は銅の約2/3(純銅を100%IACSの基準とした場合、純アルミニウムは約66%IACS)であり、純アルミニウムの導体線材に純銅の導体線材と同じ電流を流すためには、純アルミニウムの導体線材の断面積を純銅の導体線材の約1.5倍にする必要があるが、それでも質量では銅に比べて約半分となるので、有利な点がある。
なお、上記の%IACSとは、万国標準軟銅(International Annealed Copper Standard)の抵抗率1.7241×10−8Ωmを100%IACSとした場合の導電率を表したものである。
【0003】
そのアルミニウムを移動体の電気配線体の導体として用いるためには幾つかの課題がある。そのひとつは耐屈曲疲労特性の向上である。ドアなどに取り付けられたワイヤーハーネスではドアの開閉により繰り返し曲げ応力を受けるためである。アルミニウムなどの金属材料は、ドアの開閉のように荷重を加えたり除いたりを繰り返し行なうと、一回の負荷では破断しないような低い荷重でも、ある繰り返し回数で破断を生じる(疲労破壊)。前記アルミニウム導体が開閉部に用いられたとき、耐屈曲疲労特性が悪いと、その使用中に導体が破断することが懸念され、耐久性、信頼性に欠ける。
一般に強度の高い材料ほど疲労特性は良好と言われている。そこで、強度の高いアルミニウム線材を適用すればよいが、ワイヤーハーネスはその設置時の取り回し(車体への取り付け作業)がしやすいことが要求されているために、一般的には伸びが10%以上確保できる鈍し材(焼鈍材)が使われていることが多い。
【0004】
よって、移動体の電気配線体に使用されるアルミニウム導体には、取扱い及び取り付け時に必要となる引張強度、及び電気を多く流すために必要となる導電率に加えて、耐屈曲疲労特性の優れた材料が求められている。
【0005】
このような要求のある用途に対して、送電線用アルミニウム合金線材(JIS A1060やJIS A1070)を代表とする純アルミニウム系では、ドアなどの開閉で生じる繰り返し曲げ応力に十分耐えることはできない。また、種々の添加元素を加えて合金化した材料は強度には優れるものの、アルミニウム中への添加元素の固溶現象により導電率の低下を招くこと、アルミニウム中に過剰な金属間化合物を形成することで伸線加工中に金属間化合物に起因する断線が生じることがあった。そのため、添加元素を限定、選択して断線しないことを必須とし、導電率低下を防ぎ、強度及び耐屈曲疲労特性を向上する必要があった。
【0006】
移動体の電気配線体に用いられるアルミニウム導体として代表的なものに特許文献1に記載のものがある。このものは細いアルミニウム合金素線を複数本撚り合わせてなる電線導体を用いて必要な引張強度、破断伸び、耐衝撃性等を実現するものである。しかし、特許文献1に記載されている発明のアルミニウム導体は、素線の撚り合わせが必須で、強度が高すぎ、取り回しに難があり、過度な力をかけずに取り回し可能なアルミニウム合金導体が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−112620号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、十分な導電率と引張強度を有し、耐屈曲疲労特性に優れたアルミニウム合金導体の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは種々検討を重ね、成分組成、時効熱処理などの製造条件を制御することによりMgSi針状析出物を制御して、優れた耐屈曲疲労特性、強度、及び導電率を具備するアルミニウム合金導体を製造しうることを見い出し、この知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、上記課題は以下の発明により達成された。
(1)Feを0.01〜1.5mass%、Mgを0.01〜1.2mass%、及びSiを0.01〜1.2mass%を含有し、残部が実質的にAlと不可避的不純物よりなる合金組成を有し、MgSi針状析出物の分散密度が10〜200個/μmであり、引張強度240MPa未満、かつ、引張破断伸び10%以上を満たすアルミニウム合金線。
(2)合金組成が、Cuを0.01〜1.0mass%含むものであることを特徴とする(1)項に記載のアルミニウム合金線。
(3)前記合金組成よりなるアルミニウム合金素材を120〜250℃で時効熱処理を施して作製されたことを特徴とする(1)又は(2)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金線。
(4)上記時効熱処理を、溶体化処理後に施すことを特徴とする(3)に記載のアルミニウム合金線
(5)移動体内のバッテリーケーブル、ハーネス、またはモータ用導線として用いられることを特徴とする(1)〜(4)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金導体。
(6)前記移動体が自動車、電車、または航空機であることを特徴とする(5)項に記載
のアルミニウム合金導体。
(7)Feを0.01〜1.5mass%、Mgを0.01〜1.2mass%、及びSiを0.01〜1.2mass%を含有し、残部が実質的にAlと不可避的不純物よりなる合金組成を有する伸線加工した加工材を溶体化熱処理後、120〜250℃で時効熱処理する、MgSi針状析出物の分散密度が10〜200個/μmであり、引張強度240MPa未満、かつ、引張破断伸び10%以上を満たすアルミニウム合金線の製造方法。
(8)溶体化熱処理が連続通電熱処理であり、下記式を満たす(7)記載のアルミニウム合金線の製造方法。
0.03≦x≦0.73、かつ
22x−0.4+500≦y≦18x−0.4+560
(式中xは焼鈍時間(秒)を、yは線材温度(℃)を示す。)
(9)溶体化熱処理が連続走間熱処理であり、下記式を満たす(7)記載のアルミニウム合金線の製造方法。
1.5≦x≦5、かつ
−8.5x+612≦z≦−8.5x+667
(式中xは焼鈍時間(秒)を、zは焼鈍炉温度(℃)を示す。)
(10)溶体化熱処理がバッチ熱処理であり、温度500〜580℃、時間30分以上6時間以内を満たすように行なうことを特徴とする(7)記載のアルミニウム合金線の製造方法。
本発明で、残部が実質的にAlと不可避的不純物よりなる合金組成とは、残部がAlと不可避的不純物よりなり、その他の添加成分を含まない合金組成を包含する。
【発明の効果】
【0011】
本発明のアルミニウム合金導体は強度、及び導電率に優れ、移動体に搭載されるバッテリーケーブル、ハーネスあるいはモータ用導線として有用である。また非常に高い耐屈曲疲労特性が求められるドアやトランク、ボンネットなどにも好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例で行なった繰返破断回数を測定する試験の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のアルミニウム合金線の導体は、アルミニウム合金の組成成分、MgSi針状析出物を以下のように規定することにより、優れた耐屈曲疲労特性、強度、伸び、及び導電率を具備したものとすることができる。
【0014】
(合金組成と性状)
本発明の好ましい第1の実施態様の成分構成は、Alに、Feを0.01〜1.5mass%と、Mgを0.01〜1.2mass%と、Siを0.01〜1.2mass%とを含有する。
【0015】
本実施態様において、Feの含有量を0.01〜1.5mass%とする。Feは主にAl−Fe系の金属間化合物を形成することによる様々な効果を利用するため添加する。Feはアルミニウム中には655℃において0.05mass%しか固溶せず、室温では更に少ない。残りはAl−Fe、Al−Fe−Si、Al−Fe−Si−Mgなどの金属間化合物として晶出または析出する。この晶出物または析出物は結晶粒の微細化材として働くと共に、強度、及び耐屈曲疲労特性を向上させる。一方、Feの固溶によっても強度が上昇する。Feの含有量が少なすぎるとこれらの効果が不十分であり、多すぎると晶出物の粗大化により伸線加工性が悪く、目的の耐屈曲疲労特性が得られない。また過飽和固溶状態となり導電率も低下する。Feの含有量は好ましくは0.15〜1.2mass%、さらに好ましくは0.2〜0.4mass%である。
【0016】
本実施態様において、Mgの含有量を0.01〜1.2mass%とする。Mgはア
ルミニウム母材中に固溶して強化すると共に、その一部はSiと析出物を形成して強度、耐屈曲疲労特性、及び耐熱性を向上させることができる。Mgの含有量が少なすぎると上記の作用効果が不十分であり、多すぎると導電率を低下させる。また、Mgの含有量が多いと耐力が過剰となり、成形性、撚り性を劣化させ、加工性が悪くなる。Mgの含有量は好ましくは0.10〜0.90mass%、さらに好ましくは0.30〜0.70mass%である。
【0017】
本実施態様において、Siの含有量を0.01〜1.2mass%とする。上記したようにSiはMgと化合物を形成して強度、耐屈曲疲労特性、及び耐熱性を向上させる働きを示すためである。Siの含有量が少なすぎると効果が不十分であり、多すぎると導電率が低下する。Siの含有量は好ましくは0.10〜0.90mass%、さらに好ましくは0.30〜0.70mass%である。
【0018】
本発明においてAl合金組成において、上記の必須成分以外に任意成分として、Cuから選ばれた少なくとも1種を含有する、残部が実質的にAlと不可避的不純物からなるものでもよい。
本発明の好ましい第2の実施態様は上記の形態の一つであり、第1の実施態様の実質的にAlからなる成分中のAlの一部を置き換えてCu0.01〜1.0mass%をさらに含有させる。
【0019】
この実施態様において、Cuの含有量を0.01〜1.0mass%とすることによって、Cuをアルミニウム母材中に固溶させ強化する。これにより、耐クリープ性、耐屈曲疲労特性、耐熱性の向上に寄与する。Cuの含有量が少なすぎると効果が不十分であり、多すぎると耐食性及び導電率の低下を招く。Cuの含有量は好ましくは0.10〜0.80mass%、さらに好ましくは0.25〜0.50mass%である。
なお、その他の成分組成とその作用に関しては、第1の実施態様と同様である。
【0020】
不可避不純物は製造工程上含まれる含有レベルである。不可避不純物は導電率を若干低下させる要因にはなるが、製造工程上含まれるものであるため、導電率の低下を加味して考えておく必要がある。不可避不純物としては、0.02Mass%以下のMn、0.02mass%以下のTi、0.01mass%以下のZr、などがある。なお、Mn、Tiに関してはJIS H 2102を参照した。
【0021】
本発明では、アルミニウム合金導体中に生成するMgSi針状析出物を、10〜200個/μmとする。MgSi針状析出物とは、アルミニウム合金導体中に溶け切れなかったMgおよびSiの添加元素が集合して生成された化合物である。均一な結晶から母結晶とは異なる結晶が生ずることを析出と呼ぶため、その化合物のことを析出物と呼ぶ。針状とはその析出物の形状を表しており、長さ40nm〜500nm、好ましくは40nm〜400nm、最大の横幅(厚み)1nm〜20nmの細長い形状をした析出物をいう。アルミニウム合金導体中にMgSi針状析出物を析出させることによって耐屈曲疲労特性及び強度を向上させること、導電率の低下を防ぐことが出来る。MgSi針状析出物の個数が少なすぎる場合は、これらの効果が不十分であり、多すぎる場合は、析出過剰による伸びの低下、または伸線加工中に断線するなどの恐れがある。MgSi針状析出物は好ましくは、15〜150個/μmであり、更に好ましくは25〜100個/μmである。
【0022】
本発明は、アルミニウム合金導体の引張強度を240MPa未満とする。引張強度が240MPa以上であると、アルミニウム合金導体を取り扱う場合、特にはアルミ合金導体を複数本束ねて構成されるアルミニウム電線を取り扱う場合において、大きな力が必要となり取り付け作業時の取り回し性が不良となる。本発明におけるアルミニウム合金導体の引張強度は、好ましくは220MPa未満であり、さらに好ましくは200MPa未満である。なお、電線を取り扱う際に切れることがないように80MPa以上が好ましい。
【0023】
本発明は、アルミニウム合金導体の伸びを10%以上とする。伸びとは引張破断伸びのことである。伸びが10%未満であると、アルミニウム合金導体を取り扱う場合、特にはアルミ合金導体を複数本束ねて構成されるアルミニウム電線を取り扱う場合において、電線取り付け作業時の曲げや伸ばしといった作業に耐えることが出来ない。本発明におけるアルミニウム合金導体の伸びは、好ましくは12%以上であり、さらに好ましくは15%以上である。なお、伸びの上限は特に限定するものではないが、40%以下が好ましい。
【0024】
このようなMgSi針状析出物を有するアルミニウム合金導体を得るには、合金組成を上述のようにすること、及び、時効熱処理の条件などを以下のように制御することにより実現できる。好ましい製造方法を以下に述べる。
【0025】
(本発明のアルミニウム合金導体の製造方法)
本発明のアルミニウム合金導体は、[1]溶解、[2]鋳造、[3]熱間または冷間加工(溝ロール加工など)、[4]伸線加工、[5]熱処理(中間焼鈍)、[6]伸線加工、[7]熱処理、[8]時効熱処理の各工程を経て製造することができる。以下に、この工程について説明する。
【0026】
溶解は、上述したアルミニウム合金組成のそれぞれの実施態様の濃度となるような分量で溶製する。
【0027】
次いで、鋳造輪とベルトを組み合わせたプロペルチ式の連続鋳造圧延機を用いて、溶湯を水冷した鋳型で連続的に鋳造しながら圧延を行ない、好ましくは直径8〜13mmφの適宜の太さの棒材、例えば、約10mmφの棒材とする。このときの鋳造冷却速度はFe系晶出物の粗大化の防止とFeの強制固溶による導電率低下の防止の上から、好ましくは1〜20℃/秒であるが、これに制限されるものではない。鋳造及び熱間圧延は、ビレット鋳造、及び押出法などにより行なってもよい。
【0028】
次いで、表面の皮むきを実施して、好ましくは直径7.5〜12.5mmφの適宜の太さの棒材、例えば、約9.5mmφとし、これを伸線加工する。加工度は、1以上6以下が好ましい。ここで加工度ηは、伸線加工前の線材断面積をA、伸線加工後の線材断面積をAとすると、η=ln(A/A)で表される。このときの加工度が小さすぎると、次工程の熱処理時、再結晶粒が粗大化し強度及び伸びが著しく低下し、断線の原因にもなることがある。大きすぎると、伸線加工が困難となり、伸線加工中に断線するなど品質の面で問題を生ずることがある。表面の皮むきは、行なうことによって表面の清浄化がなされるが、行なわなくてもよい。
【0029】
冷間伸線した加工材に中間焼鈍を施す。中間焼鈍は主に伸線加工で硬くなった線材の柔軟性を取り戻すために行なう。中間焼鈍温度が高すぎても低すぎても、後の伸線加工で断線を起し、線材が得られなくなる。中間焼鈍温度は好ましくは300〜450℃、より好ましくは350〜450℃である。中間焼鈍の時間は、10分以上とする。10分未満であると、再結晶粒形成及び成長に必要な時間が足りず、線材の柔軟性を取り戻すことができないためである。好ましくは1〜6時間である。また、中間焼鈍時の熱処理温度から100℃までの平均冷却速度は特に規定しないが、0.1〜10℃/分が望ましい。
【0030】
さらに伸線加工を施す。この際の加工度は1以上6以下が好ましい。加工度は再結晶粒形成及び成長に多大に影響を及ぼす。加工度が小さすぎると、次工程の熱処理時、再結晶粒が粗大化し強度及び伸びが著しく低下し、断線の原因になる場合がある。大きすぎると、伸線加工が困難となり、伸線加工中に断線するなど品質の面で問題を生ずることがある。加工度はより好ましくは2以上6以下である。
【0031】
冷間伸線した加工材に伸び10%が得られるように熱処理を行なう。熱処理は、連続熱処理またはバッチ熱処理のいずれでも行なうことができる。連続熱処理では連続通電熱処理、連続送間熱処理のいずれでも行なうことができる。また、この熱処理は溶体化熱処理であることが好ましい。溶体化熱処理とはアルミニウム合金導体中に前段階で晶出または析出された化合物を、アルミニウム合金導体中に溶かし材料内の組成濃度分布を均一化する熱処理である。
【0032】
連続通電熱処理は、2つの電極輪を連続的に通過する線材に電流を流すことによって自身から発生するジュール熱により焼鈍するものである。急熱、急冷の工程を含み、線材温度と焼鈍時間で制御し線材を焼鈍することができる。冷却は、急熱後、水中または窒素ガス雰囲気中に線材を連続的に通過させることによって行なう。通常は伸び10%以上を得られるように時間0.03秒から0.73秒の範囲で適切な温度を設定し焼鈍する。好ましくは溶体化するため、連続通電熱処理においては線材温度をy(℃)、焼鈍時間をx(秒)とすると、
0.03≦x≦0.73、かつ
22x−0.4+500≦y≦18x−0.4+560
を満たすように熱処理を行なう。
線材温度または焼鈍時間の一方または両方が上記で定義される条件より低い場合は、溶体化が不完全になり後工程の時効熱処理時に析出するMgSi針状析出物が少なくなり、強度、耐屈曲疲労特性、導電率の向上幅が小さくなる。ただ、MgSi針状析出物の分散密度が所定の範囲に有れば本発明に適合する。しかし、線材温度または焼鈍時間の一方または両方が上記で定義される条件より高い場合は、アルミニウム合金導体中の化合物相の部分溶融(共晶融解)が起こり、強度、伸びが低下し、導体の取り扱い時に断線が起こりやすくなる。
なお、線材温度y(℃)は、線材として温度が最も高くなる、冷却工程に通過する直前の温度を表す。y(℃)は通常525〜633(℃)の範囲内である。
【0033】
連続走間熱処理は、高温に保持した焼鈍炉中を線材が連続的に通過して焼鈍させるものである。急熱、急冷の工程を含み、焼鈍炉温度と焼鈍時間で制御し線材を焼鈍することができる。冷却は、急熱後、水中または窒素ガス雰囲気中に線材を連続的に通過させることによって行なう。通常は伸び10%以上を得られるように時間1.5秒から5.0秒の範囲で適切な温度を設定し焼鈍する。好ましくは溶体化するため、連続走間熱処理においては焼鈍炉温度をz(℃)、焼鈍時間をx(秒)とすると、
1.5≦x≦5、かつ
−8.5x+612≦z≦−8.5x+667
を満たすように行う。z(℃)は通常570〜654(℃)の範囲内である。
線材温度または焼鈍時間の一方または両方が上記で定義される条件より低い場合は、溶体化が不完全になり後工程の時効熱処理時に析出するMgSi針状析出物が少なくなり、強度、耐屈曲疲労特性、導電率の向上幅が小さくなる。ただ、MgSi針状析出物の分散密度が所定の範囲に有れば本発明に適合する。しかし、線材温度または焼鈍時間の一方または両方が上記で定義される条件より高い場合は、アルミニウム合金導体中の化合物相の部分溶融(共晶融解)が起こり、強度、伸びが低下し、導体の取り扱い時に断線が起こりやすくなる。
また、溶体化熱処理は上記2つの方法の他に、磁場中を線材が連続的に通過して焼鈍させる誘導加熱でもよい。
【0034】
バッチ熱処理の場合では、アルミニウム合金導体をコイルなどに巻きつけるなどして、焼鈍炉にある一定時間保持しておく。温度500〜580℃、時間30分以上6時間以内を満たすように行なう。
線材温度または焼鈍時間の一方または両方が上記で定義される溶体化条件より低い場合は、溶体化が不完全になり後工程の時効熱処理時に析出するMgSi針状析出物が少なくなり、強度、耐屈曲疲労特性、導電率の向上幅が小さくなる。ただ、MgSi針状析出物の分散密度が所定の範囲に有れば本発明に適合する。しかし、線材温度または焼鈍時間の一方または両方が上記で定義される溶体化条件より高い場合は、アルミニウム合金導体中の化合物相の部分溶融(共晶融解)が起こり、強度、伸びが低下し、導体の取り扱い時に断線が起こりやすくなる。
【0035】
次いで、時効熱処理を施す。時効熱処理は、MgSi針状析出物を析出させるために行なう。その温度は好ましくは120〜250℃である。120℃未満であると、MgSi針状析出物を十分に析出させることができず、250℃超であると、MgSi析出物の形状が針状ではなくなり(球状となる)、やはり、MgSi針状析出物を十分に析出させることができない。本発明では、他の形状のMgSiが併存していても、少なくともMgSi針状析出物を上記の密度で析出していればよい。時効熱処理温度は好ましくは140〜230℃であり、更に好ましくは、150〜200℃である。なお、時間は温度によって最適な時間が変化するため特に限定しないが、1〜15時間が好ましく、更に好ましくは、4〜10時間である。また、熱処理時間を短縮し生産性を向上させるため、例えば、200℃、1時間などの高温短時間の時効熱処理を行なう場合もある。
【0036】
本発明のアルミニウム合金線の導体の線径は、特に制限はなく用途に応じて適宜定めることができるが、好ましくは0.15〜1.0mmφ、より好ましくは0.20〜0.8mmφである。本発明の線材はアルミニウム合金線として、単線で細くして使用できることが利点の一つであるが、複数本束ねて使用することもでき、複数本に束ねて撚り合わせた後、[7]熱処理、[8]時効熱処理の工程を行なってもよい。
【実施例】
【0037】
本発明を以下の実施例に基づき詳細に説明する。なお本発明は、以下に示す実施例に限
定されるものではない。
【0038】
実施例1、比較例1
Fe、Mg、Si、Cu、及びAlが表1に示す量(質量%)になるようにプロペルチ式の連続鋳造圧延機を用いて、溶湯を水冷した鋳型で連続的に鋳造しながら圧延を行ない、約10mmφの棒材とした。このときの鋳造冷却速度は1〜20℃/秒である。
次いで、表面の皮むきを実施して、約9.5mmφとし、これを所定の加工度が得られるように伸線加工した。次に、この冷間伸線した加工材に温度300〜450℃で0.5〜4時間の中間焼鈍を施し、さらに、0.43mmφ、0.37mmφ、0.31mmφのいずれかの線径まで伸線加工を行った。
【0039】
次いで表1に示す条件で熱処理を行なった。連続通電熱処理では、ファイバ型放射温度計(ジャパンセンサ社製)で線材の温度が最も高くなる水中を通過する直前の線材温度y(℃)を測定した。連続走間熱処理では、焼鈍炉温度z(℃)を記載した。また、バッチ焼鈍の場合には、熱処理後直ちに、水を入れたバケツに入れ急冷した。
【0040】
最後に時効熱処理を温度120〜250℃、時間1〜15時間の条件で施した。時効熱処理後は、炉から試料を取り出し空冷した。
【0041】
作製した各々の実施例及び比較例の線材について以下に記す方法により各特性を測定した。その結果を表1に示す。
【0042】
(a)MgSi針状析出物の分散密度
実施例および比較例の線材をFIB法にて薄膜にし、透過電子顕微鏡(TEM)を用いて電子線をアルミニウム母相に対して<001>方向に入射し、任意の範囲を観察した。MgSi針状析出物は、撮影された写真から上記で規定する、長さ40nm以上の針状析出物をカウントした。このようにすることで球状に析出するAl−Fe系の析出物を除外した。また、撮影された写真に垂直に析出している針状析出物もカウント対象外とした。析出物が測定範囲外にまたがるとき、長さ40nm以上が測定範囲内に含まれていれば、析出物数にカウントした。MgSi針状析出物の分散密度は40個以上をカウントできる範囲を設定して、MgSi針状析出物の分散密度(個/μm) = MgSi針状析出物の個数(個)/カウント対象範囲(μm)の式を用いて算出した。カウント対象範囲は場合によっては複数枚の写真を用いた。40個以上カウント出来ないほど析出物が少ない場合は、1μmを指定してその範囲の分散密度を算出した。
MgSi針状析出物の分散密度は、上記薄膜の試料厚さを0.15μmを基準厚さとして算出している。試料厚さが基準厚さと異なる場合、試料厚さを基準厚さに換算して、つまり、(基準厚さ/試料厚さ)を撮影された写真を基に算出した分散密度にかけることによって、分散密度を算出できる。本実施例および比較例では、FIB法によりすべての試料において試料厚さを約0.15μmに設定し作製した。
(b)引張強度(TS)及び柔軟性(引張破断伸び)
JIS Z 2241に準じて各3本ずつ試験し、その平均値を求めた。引張強度は80MPa以上240MPa未満を合格とした。柔軟性は引張破断伸びが10%以上を合格とした。
(c)導電率(EC)
長さ300mmの試験片を20℃(±0.5℃)に保持した恒温漕中で、四端子法を用いて比抵抗を各3本ずつ測定し、その平均導電率を算出した。端子間距離は200mmとした。導電率は特に限定しないが、50%IACS以上が好ましく、更に好ましくは54%以上である。
(d)繰返破断回数
耐屈曲疲労特性の基準として、常温におけるひずみ振幅は±0.17%とした。耐屈曲疲労特性はひずみ振幅によって変化する。ひずみ振幅が大きい場合疲労寿命は短くなり、ひずみ振幅が小さい場合疲労寿命は長くなる。ひずみ振幅は図1記載の線材1の線径と曲げ冶具2、3の曲率半径により決定することができるため、線材1の線径と曲げ冶具2、3の曲率半径は任意に設定して屈曲疲労試験を実施することが可能である。
藤井精機株式会社(現株式会社フジイ)製の両振屈曲疲労試験機を用い、0.17%の曲げ歪みが与えられる治具を使用して、繰り返し曲げを実施することにより、繰返破断回数を測定した。繰返破断回数は各4本ずつ測定し、その平均値を求めた。図1の説明図に示すように、線材1を、曲げ治具2及び3の間を1mm空けて挿入し、冶具2及び3に沿わせるような形で繰り返し運動をさせた。線材の一端は繰り返し曲げが実施できるよう押さえ冶具5に固定し、もう一端には約10gの重り4をぶら下げた。試験中は押さえ冶具5が動くため、それに固定されている線材1も動き、繰り返し曲げが実施できる。繰り返しは1.5Hz(1秒間に往復1.5回)の条件で行い、線材の試験片1が破断すると、重り4が落下し、カウントを停止する仕組みになっている。繰返破断回数は、10万回以上を合格とした。好ましくは14万回以上であり、より好ましくは16万回である。
【0043】
【表1】

【0044】
上記表1の結果より、次のことが明らかである。
実施例1の実験No.1〜20の線材は、本発明の合金組成で、MgSi針状析出物の分散密度が10〜200個/μmの範囲にあり、引張強度は240MPa未満で、引張破断伸び10%以上を満たした。そしてこの線材は極めて大きな繰返破断回数を示し耐屈曲疲労特性の優れるものであった。
これに対し比較例1において実験No.1〜4線材は合金組成が本発明の範囲外にあり、伸線加工中に断線した。実験No.5は、冷間伸線した加工材の連続通電熱処理の温度が高すぎ、引張破断伸びが著しく低かった。実験No.6〜11は時効硬化処理温度が低すぎるか、もしくは高すぎて、MgSi針状析出物が十分な個数生成しなかった。そのため実験No.5〜11では実施例1のものに比べ、いずれも線材の繰返破断回数が極めて低かった。
【符号の説明】
【0045】
1 試験片(線材)
2、3 曲げ治具
4 重り
5 押さえ冶具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Feを0.01〜1.5mass%、Mgを0.01〜1.2mass%、及びSiを0.01〜1.2mass%を含有し、残部が実質的にAlと不可避的不純物よりなる合金組成を有し、MgSi針状析出物の分散密度が10〜200個/μmであり、引張強度240MPa未満、かつ、引張破断伸び10%以上を満たすアルミニウム合金線。
【請求項2】
合金組成が、Cuを0.01〜1.0mass%含むものであることを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金線。
【請求項3】
前記合金組成よりなるアルミニウム合金素材を120〜250℃で時効熱処理を施して作製されたことを特徴とする請求項1又は2に記載のアルミニウム合金線。
【請求項4】
上記時効熱処理は、溶体化処理後に施すことを特徴とする請求項3に記載のアルミニウム合金線
【請求項5】
移動体内のバッテリーケーブル、ハーネス、またはモータ用導線として用いられることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のアルミニウム合金導体。
【請求項6】
前記移動体が自動車、電車、または航空機であることを特徴とする請求項5に記載のアルミニウム合金導体。
【請求項7】
Feを0.01〜1.5mass%、Mgを0.01〜1.2mass%、及びSiを0.01〜1.2mass%を含有し、残部が実質的にAlと不可避的不純物よりなる合金組成を有する伸線加工した加工材を溶体化熱処理後、120〜250℃で時効熱処理する、MgSi針状析出物の分散密度が10〜200個/μmであり、引張強度240MPa未満、かつ、引張破断伸び10%以上を満たすアルミニウム合金線の製造方法。
【請求項8】
溶体化熱処理が連続通電熱処理であり、下記式を満たす請求項7記載のアルミニウム合金線の製造方法。
0.03≦x≦0.73、かつ
22x−0.4+500≦y≦18x−0.4+560
(式中xは焼鈍時間(秒)を、yは線材温度(℃)を示す。)
【請求項9】
溶体化熱処理が連続走間熱処理であり、下記式を満たす請求項7記載のアルミニウム合金線の製造方法。
1.5≦x≦5、かつ
−8.5x+612≦z≦−8.5x+667
(式中xは焼鈍時間(秒)を、zは焼鈍炉温度(℃)を示す。)
【請求項10】
溶体化熱処理がバッチ熱処理であり、温度500〜580℃、時間30分以上6時間以内を満たすように行なうことを特徴とする請求項7記載のアルミニウム合金線の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−44038(P2013−44038A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−184178(P2011−184178)
【出願日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】