説明

アルミニウム合金製シリンダーブロック及びその製造方法

【課題】価格の高いハイシリコン・アルミニウム合金を用いずとも、高い耐摩耗性を確保することのできるアルミニウム合金製シリンダーブロック及びその製造方法を提供する。
【解決手段】当該シリンダーブロックにT6熱処理を施す工程と、プラズマ照射処理により、シリンダーボアの表面を急速溶解・凝固させる工程とを通じて、シリンダーボア部分がアルミダイカスト材により形成されたアルミニウム合金製シリンダーブロックを製造することで、シリンダーボア表面の耐摩耗性や硬度を向上するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダーボア部分がアルミダイカスト材により形成されたアルミニウム合金製シリンダーブロック及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、エンジンの軽量化等を目的として、シリンダーブロック材料の、鋳鉄からアルミニウム合金への置換が進められている。一般に、こうしたアルミニウム合金製のシリンダーブロックは、アルミニウム合金製のブロック基体に、鋳鉄製のシリンダーライナーを鋳込みや圧入により一体化して製造されている。こうしたシリンダーブロックでは、鋳鉄製のシリンダーライナーにより、ピストンリングと摺動されるシリンダーボア表面に必要な耐摩耗性が確保されている。
【0003】
一方、そうしたアルミニウム合金製のシリンダーブロックの更なる軽量化やコストダウン等を目的として、鋳鉄製のシリンダーライナーを廃止した、ライナーレス・アルミシリンダーブロックが開発されている。こうしたライナーレス・アルミシリンダーブロックは、シリンダーボア表面の耐摩耗性を確保するため、シリコン含有率の高いハイシリコン・アルミニウム合金を使用して製造するのが一般的となっている。
【0004】
そして従来、特許文献1には、シリコン含有率が18〜22重量パーセントのハイシリコン・アルミニウム合金により形成されたシリンダーブロックにおいて、鋳造後に、T6熱処理を施すことで、シリンダーボア表面を平均粒径12〜50μmの初晶Si結晶で構成したものが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−273654号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
こうした従来のシリンダーブロックは、高い耐摩耗性を有したものとはなる。しかしながら、価格の高いハイシリコン・アルミニウム合金を用いているため、製造コストの高騰は、避けられないものとなっている。
【0007】
本発明は、こうした実情に鑑みてなされたものであり、その解決しようとする課題は、価格の高いハイシリコン・アルミニウム合金を用いずとも、高い耐摩耗性を確保することのできるアルミニウム合金製シリンダーブロック及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、請求項1に記載の発明は、シリンダーボア部分がアルミダイカスト材により形成されたアルミニウム合金製シリンダーブロックにおいて、T6熱処理後のプラズマ照射処理により、急速溶解・凝固されたシリンダーボアの表面を備えるようにしている。
【0009】
シリンダーボアの表面にT6熱処理とプラズマ照射とを併せ行うことで、ハイシリコン・アルミニウム合金を用いずとも、鋳鉄と同等以上の耐摩耗性が得られるようになる。これは、T6熱処理後にプラズマ照射を行うと、急速加熱、急速冷却によりSi粒子が微細に分散強化し、且つCu、Si、Mgの固溶量が増加するようになり、更にその後の時効析出強化により強度が増すためと考えられる。したがって、上記構成によれば、価格の高いハイシリコン・アルミニウム合金を用いずとも、高い耐摩耗性を確保することができるようになる。
【0010】
なお、上記のようなT6熱処理及びプラズマ照射の施されたシリンダーボアの表面は、請求項2によるような、Siの晶出物を17重量パーセント以上、金属間化合物の晶出物を3.5重量パーセント以上含むとともに、マイクロビッカース硬さが210Hv以上とされたものとなる。
【0011】
また上記課題を解決するため、請求項3に記載の発明は、シリンダーボア部分がアルミダイカスト材により形成されたアルミニウム合金製シリンダーブロックにおいて、Siの晶出物を17重量パーセント以上、金属間化合物の晶出物を3.5重量パーセント以上含むとともに、マイクロビッカース硬さが210Hv以上とされたシリンダーボアの表面を備えるようにしている。
【0012】
このような組成及び硬度にシリンダーボア表面が形成されていれば、ハイシリコン・アルミニウム合金を用いずとも、鋳鉄と同等以上の耐摩耗性が確保されるようになる。したがって上記構成によれば、価格の高いハイシリコン・アルミニウム合金を用いずとも、高い耐摩耗性を確保することができるようになる。
【0013】
なお、こうしたアルミニウム合金製シリンダーブロックのシリンダーボアは、請求項4によるようにADC12を用いて製造することができる。
上記課題を解決するため、アルミニウム合金製シリンダーブロックの製造方法としての請求項5に記載の発明は、シリンダーボア部分がアルミダイカスト材により形成されたアルミニウム合金製シリンダーブロックを製造する方法であって、当該シリンダーブロックにT6熱処理を施す工程と、プラズマ照射処理により、シリンダーボアの表面を急速溶解・凝固させる工程と、を備えるようにしている。
【0014】
T6熱処理とプラズマ照射とを併せ行って形成されたシリンダーボアの表面は、ハイシリコン・アルミニウム合金を用いずとも、鋳鉄と同等以上の耐摩耗性となる。したがって、上記製造方法によれば、価格の高いハイシリコン・アルミニウム合金を用いずとも、高い耐摩耗性を確保することができるようになる。
【0015】
なお、上記態様で製造されたシリンダーボアの表面は、請求項6によるように、Siの晶出物を17重量パーセント以上、金属間化合物の晶出物を3.5重量パーセント以上含むとともに、マイクロビッカース硬さが210Hv以上のものとなる。また、こうしたシリンダーブロックのシリンダーボアを構成するアルミダイカスト材としては、請求項7によるように、ADC12を用いることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】摩耗試験の実施態様を模式的に示す略図。
【図2】各試験片の摩耗量と硬度との関係を示すグラフ。
【図3】各試験片の摩耗量を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明のアルミニウム合金製シリンダーブロック及びその製造方法を具体化した一実施形態を、図1〜図3を参照して詳細に説明する。
本実施の形態のアルミニウム合金製シリンダーブロックは、そのシリンダーボア部分に、アルミダイカスト材であるADC12を使用したものとなっている。こうしたアルミニウム合金製シリンダーブロックは、その鋳造後、以下の処理を施して製造されている。
【0018】
(T6熱処理)
鋳造後のシリンダーブロックには、T6熱処理が施される。T6熱処理は、溶体化処理後に、時効化処理を施すことで行われる。ここで溶体化処理とは、金属の合金成分が固溶体に溶解する温度以上に加熱して、十分な時間保持し、急冷して、その析出を阻止する処理であり、固溶化熱処理ともいう。また時効化処理とは、硬さ、強さ又は耐食性などを増進させるために適切な温度、又はある種類の合金や質別に対しては室温で、溶体化処理(固溶化熱処理)した製品を均熱保持する処理である。本実施の形態では、固溶化熱処理として、シリンダーブロックを、500℃に保った炉内に3時間保温した後、急冷するようにしている。また時効化処理として、200℃にてシリンダーブロックを3時間保温するようにしている。
【0019】
(プラズマ照射処理)
T6熱処理後のシリンダーブロックには、そのシリンダーボアの表面にプラズマ照射処理が施される。本実施の形態では、200Wの出力で、20立方ミリメートル毎秒の処理能力でプラズマ照射を行っている。
【0020】
以上のような処理を施して製造されたシリンダーブロックのシリンダーボアは、鋳鉄並みの耐摩耗性を備えたものとなる。以下、そうした耐摩耗性の評価のために行った評価試験について説明する。
【0021】
発明者らは、ADC12の母材、ADC12にT6熱処理のみを施したもの、ADC12にプラズマ照射処理のみを施したもの、ADC12にT6熱処理とプラズマ照射処理との双方を施したもの、との4つの試験片を用意した。そして各試験片の耐摩耗性を、LFW試験により評価した。
【0022】
LFW試験は、図1に示されるように、オイル1に浸されながら回転するピストンリング材2に試験片3を押し付け、一定時間が経過した後の試験片の摩耗量を評価するものである。ここでは、ピストンリング材2の浸されるオイル1として5W−20を使用している。
【0023】
またこうしたLFW試験とは別に各試験片のマイクロビッカース硬さの測定も行っている。ここでのマイクロビッカース硬さの測定条件は、以下の通りとなっている。
荷重 : 5g
保持時間 : 10秒
図2は、こうしたLFW試験及び硬度測定の結果を示している。同図に示すように、T6熱処理のみを施したときには、硬度が92Hvから105Hvに増加するとともに、摩耗量が56μmから52μmに減少した。熱処理前後の試験片の組織を観察すると、組織内のSi粒子が微細分散強化されており、これにより硬度が向上したものと考えられる。
【0024】
一方、プラズマ照射処理のみを施したときには、硬度が92HVから180Hvに増加し、摩耗量は56μmから42μmに減少した。プラズマ照射処理による急速溶融・凝固によっては、Si粒子の微細分散強化が進み、これにより硬度が上昇している。またプラズマ照射前後の試験片表面の元素濃度の調査結果を行ったところ、表1に示すように、プラズマ照射を施した場合、Cu、Siの濃度が上昇しており、マトリクス中のSi粒子やCu析出物が増加したことで、Siの微粒分散強化の効果以上に硬度が上昇したと考えられる。
【0025】
【表1】

更に、T6熱処理とプラズマ照射処理との双方を行った場合には、硬度が92Hvから210Hvに増加するとともに、摩耗量が56μmから35μmまで減少した。この摩耗量の減少幅は、T6熱処理のみを施したときの摩耗量の減少幅とプラズマ照射処理のみを施したときの摩耗量の減少幅とを加算した値よりも大きくなっており、両者の組み合わせによる相乗効果が発揮されたものと考えられる。
【0026】
先の表1には、T6熱処理とプラズマ照射処理との双方を行ったときの試験片表面の元素濃度の調査結果を併せ示されている。プラズマ照射後のSi、Cu濃度の増加量は、T6熱処理を行ったときの方が大きく、これにより、プラズマ照射処理による硬度上昇効果が更に向上されていることが判る。例えばSiは、10.8重量パーセントから17重量パーセントまで増加しており、金属間化合物として存在するCuは、1.6重量パーセントから3.5重量パーセントまで増加している。なお、T6熱処理によっては、固溶していたCu、Si、Mgなどの原子が、マトリクス中にCuAl2 やMg2 Siといった化合物として析出することが知られている。そのため、T6熱処理を予め行っておくことで、プラズマ照射によるCu、Mgの濃度増加幅が更に大きくなると考えられる。
【0027】
図3は、上記各試験片及び鋳鉄のLFW試験による摩耗量の測定結果を示している。同図に示されるように、T6熱処理とプラズマ照射処理との双方を行うことで、鋳鉄と同等以上の耐摩耗性を確保することができる。
【0028】
以上の本実施の形態のアルミニウム合金製シリンダーブロック及びその製造方法によれば、以下のような効果を得ることができる。
(1)本実施の形態では、シリンダーボア部分がアルミダイカスト材により形成されたアルミニウム合金製シリンダーブロックにおいて、T6熱処理後のプラズマ照射処理により、急速溶解・凝固されたシリンダーボアの表面を備えるようにしている。すなわち、本実施の形態では、シリンダーブロックにT6熱処理を施す工程と、プラズマ照射処理により、シリンダーボアの表面を急速溶解・凝固させる工程と、を通じてアルミニウム合金製シリンダーブロックを製造するようにしている。シリンダーボアの表面にT6熱処理とプラズマ照射とを併せ行うことで、ハイシリコン・アルミニウム合金を用いずとも、鋳鉄と同等以上の耐摩耗性が得られるようになる。したがって、本実施の形態によれば、価格の高いハイシリコン・アルミニウム合金を用いずとも、高い耐摩耗性を確保することができるようになる。
【0029】
(2)本実施の形態では、Siの晶出物を17重量パーセント以上、金属間化合物の晶出物を3.5重量パーセント以上含むとともに、マイクロビッカース硬さが210Hv以上とされたシリンダーボアの表面を備えるようにしている。上記のようなT6熱処理とプラズマ照射処理とを施したシリンダーボアの表面は、上記のような組成、硬度となる。したがって、このような組成及び硬度にシリンダーボア表面が形成されていれば、ハイシリコン・アルミニウム合金を用いずとも、鋳鉄と同等以上の耐摩耗性が確保されるようになる。
【0030】
(3)本実施の形態では、シリンダーブロックのシリンダーボアを、ADC12を用いて製造するようにしている。こうして安価で入手し易いADC12を用いることで、シリンダーブロックの製造コストを低減することができるようになる。
【0031】
なお、上記実施の形態は、以下のように変更して実施することもできる。
・上記実施の形態では、500℃に保った炉内にシリンダーブロックを3時間保温した後、急冷することで固溶化熱処理を行い、200℃にてシリンダーブロックを3時間保温することで時効化処理を行うことで、T6熱処理を行うようにしていた。こうしたT6熱処理の温度、保温時間の条件は、適宜に変更しても良い。
【0032】
・上記実施の形態では、200Wの出力で、20立方ミリメートル毎秒の処理能力でプラズマ照射を行っていたが、こうしたプラズマ照射処理の条件は、適宜に変更しても良い。
【0033】
・上記実施の形態では、シリンダーボア部分に、アルミダイカスト材であるADC12を使用するようにしていたが、シリンダーブロック全体をADC12で製造するようにしても良い。
【0034】
・上記実施の形態では、少なくともシリンダーボア部分を構成するアルミダイカスト材として、ADC12を用いるようにしていたが、それ以外のアルミダイカスト材を用いるようにしても良い。
【符号の説明】
【0035】
1…オイル、2…ピストンリング材、3…試験片。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダーボア部分がアルミダイカスト材により形成されたアルミニウム合金製シリンダーブロックにおいて、
T6熱処理後のプラズマ照射処理により、急速溶解・凝固されたシリンダーボアの表面を備える
ことを特徴とするアルミニウム合金製シリンダーブロック。
【請求項2】
前記シリンダーボアの表面は、Siの晶出物を17重量パーセント以上、金属間化合物の晶出物を3.5重量パーセント以上含むとともに、マイクロビッカース硬さが210Hv以上とされてなる
請求項1に記載のアルミニウム合金製シリンダーブロック。
【請求項3】
シリンダーボア部分がアルミダイカスト材により形成されたアルミニウム合金製シリンダーブロックにおいて、
Siの晶出物を17重量パーセント以上、金属間化合物の晶出物を3.5重量パーセント以上含むとともに、マイクロビッカース硬さが210Hv以上とされたシリンダーボアの表面を備える
ことを特徴とするアルミニウム合金製シリンダーブロック。
【請求項4】
前記アルミダイカスト材は、ADC12である
請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金製シリンダーブロック。
【請求項5】
シリンダーボア部分がアルミダイカスト材により形成されたアルミニウム合金製シリンダーブロックを製造する方法であって、
当該シリンダーブロックにT6熱処理を施す工程と、
プラズマ照射処理により、シリンダーボアの表面を急速溶解・凝固させる工程と、
を備えることを特徴とするアルミニウム合金製シリンダーブロックの製造方法。
【請求項6】
前記各工程を通じて、Siの晶出物を17重量パーセント以上、金属間化合物の晶出物を3.5重量パーセント以上含むとともに、マイクロビッカース硬さが210Hv以上となるように前記シリンダーボアの表面を形成する
請求項5に記載のアルミニウム合金製シリンダーブロックの製造方法。
【請求項7】
前記アルミダイカスト材として、ADC12を用いる
請求項5又は6に記載のアルミニウム合金製シリンダーブロックの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−12958(P2012−12958A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−147736(P2010−147736)
【出願日】平成22年6月29日(2010.6.29)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】