説明

インピーダンススペクトルのデコンボリューション方法

時間依存インピーダンススペクトルのデコンボリューション方法、およびデコンボリューションを行った時間依存インピーダンススペクトルを作業流体の性能状態のインジケータとして使用する方法が開示される。周波数依存インピーダンスデータから得られるレジスタンス比を使用して作業流体の粘度比を決定する方法が更に開示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概括的には作業流体のインピーダンススペクトルのデコンボリューション(deconvolution)に関する。本発明はまた、作業流体の性能状態のインジケータとしてデコンボリューションを行ったインピーダンススペクトルを使用する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
潤滑油、作動油などの作業流体は、多種多様な機械的システムの重要な構成成分であり、そこでそれらは、可動部の潤滑、力またはエネルギーの機械的システムへの伝達、部品の摩耗からの保護、更にはこれらの組み合わせなど、1つまたは複数の機能を提供する。これらの流体は、一般に流体の1つまたは複数の性能特性を増強するように選択される多数の性能添加剤を調合した炭化水素基油からなる。ある期間にわたって使用すると、機械的システムへの夾雑物の進入や、基油の酸化および調合流体に使用される添加剤の化学分解によって、これらの流体は、それらが接触する物質により汚染されることになる。最終的な結果は、流体の性能特性の低下であり、同時にこの流体を使用する機械的システムに否定的な影響が及ぶ。
【0003】
従って、多くの工業環境では、共通の実験室的方法による、一定の流体分析を行うのが標準的な運用方法である。これには、流体の試料を入手し、分析のためにそれを運ぶ(通常、現場から離れたところまで)ことが必要になる。この手続きには、必要な分析が完了し、レポートを入手できるまで通常少なくとも丸3日かかる。かかる時間遅れは極めて望ましくない。潤滑油の品質のオンライン評価に提案される方法の多くは電気的な測定法、例えば、流体の誘電率またはインピーダンスに基づいており、その測定値は、1つの固定周波数、または多数の周波数で取得する。最適感度のための最良の周波数はしばしば、作業流体の特性または運転条件に依存するので、多数の周波数でインピーダンス測定を行うことが好ましい。インピーダンス測定値の1つのサブセットが誘電率の測定である。
【0004】
時間依存インピーダンスの測定から得たデータは、一般に極めて複雑または入り組んでいる。添加剤の劣化、基油の酸化、温度の変化、水その他の極性化学種による汚染および潤滑油の粘度変化が、潤滑油のインピーダンス特性に影響を与える可能性がある。デコンボリューションを行った時間依存インピーダンススペクトルが潤滑油についての情報を提供できるような、時間依存インピーダンススペクトルのデコンボリューション方法が要望されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の一つの目的は、時間依存インピーダンススペクトルのデコンボリューション方法を提供することである。
【0006】
本発明の他の目的は、デコンボリューションを行った時間依存インピーダンススペクトルを、流体の性能状態のインジケータとして利用する方法を提供することである。
【0007】
本発明の更に他の目的は、周波数依存インピーダンススペクトルを測定することによって、流体の粘度比を決定する方法である。
【0008】
これらおよびその他の目的は、以下の説明から明らかになる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一実施形態は、潤滑油の複雑な時間依存インピーダンススペクトルのデコンボリューション方法であって、
ある時間範囲にわたり、複数の時間間隔で、潤滑油の時間依存インピーダンススペクトルを得る工程であって、前記時間依存インピーダンススペクトルは、少なくとも1つのピークを含んでなる工程;
前記時間範囲にわたり、前記複数の時間間隔で、少なくとも1つの潤滑油特性を測定して、少なくとも1つの時間依存潤滑油特性スペクトルを提供する工程であって、前記時間依存潤滑油特性スペクトルは、少なくとも1つのピークを含む工程;および
それぞれのピークの時間が一致する場合、得られた前記時間依存インピーダンススペクトルと測定した前記時間依存潤滑油特性スペクトルを比較して、前記時間依存インピーダンススペクトルのピークに対し、それと一致している測定した前記時間依存潤滑油特性のうちの潤滑油特性を帰属し、デコンボリューションした時間依存インピーダンススペクトルを得る工程
を含むことを特徴とするデコンボリューション方法である。
【0010】
本発明の他の実施形態は、潤滑油の性能状態のインジケータとして時間依存スペクトルを使用する方法であって、
ある時間範囲にわたり、複数の時間間隔で、潤滑油の時間依存スペクトルを得る工程であって、前記スペクトルは、少なくとも1つのピークを含んでなり、前記スペクトルは、インピーダンススペクトル、アドミタンススペクトル、レジスタンススペクトル、キャパシタンススペクトル、位相角スペクトルおよび誘電率スペクトルよりなる群から選択される工程;
前記時間範囲にわたり、前記複数の時間間隔で、少なくとも1つの潤滑油特性を測定して、少なくとも1つのピークを有する少なくとも1つの時間依存潤滑油特性スペクトルを提供する工程;および
得られた前記時間依存スペクトルと測定した前記時間依存潤滑油特性スペクトルを比較する工程であって、
それぞれのピークの時間が一致する場合、前記時間依存スペクトルのピークに対して、それと一致している測定した前記時間依存潤滑油特性のうちの潤滑油特性を帰属させることにより、前記時間依存スペクトルを、測定した前記潤滑油特性のインジケータとして使用し、
それぞれのピークの時間が一致しない場合、前記時間依存スペクトルを、潤滑油の低下した性能状態のインジケータとして使用される工程
を含むことを特徴とする時間依存スペクトルを使用する方法である。
【0011】
本発明の更に他の実施形態は、機械中の潤滑油の粘度比(VR)を決定する方法であって、
ある周波数範囲およびある時間範囲にわたり、潤滑油の周波数依存インピーダンスデータを測定する工程;
開始時(このときt=0)および前記時間範囲内の特定の時間tにおける潤滑流体のレジスタンス(R)を、時間t=0におけるレジスタンスをRとし、時間tにおけるレジスタンスをRとしたナイキストプロットを使用して決定する工程;
レジスタンス比RR=R/Rを算出する工程;
前記時間tにおいて、500〜1050nmの波長で潤滑油の吸光度(A)を測定する工程;
{RR+C1+C2(A−C3)}/C4(式中、C1、C2およびC3は、絶対値が0〜10,000の範囲にある数であり、C4は、絶対値が0.005〜10,000の範囲にある数である)の値を算出する工程;および
前記決定された値を潤滑油の粘度比(VR)とする工程
を含むことを特徴とする粘度比を決定する方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
AC(交流電流)電気インピーダンス分光法は、良く知られている技術である。それは、解析される材料に、幅広い範囲の周波数にわたりAC信号をかけることを伴う。それらの信号に対する電気的応答が測定され、電気回路理論を適用することによって、材料特性の内容が得られる。
【0013】
AC電気インピーダンス分光法を使用して、作業流体の状態、特に低導電性油の状態を決定することができる。低導電性油の例は、100℃で15センチストークスを超える動粘性係数を有し、約3重量%未満(活性基準)の、分散剤、酸化防止剤、界面活性剤、VI向上剤および減摩添加剤から選択される添加剤を含む油である。AC電気インピーダンス分光法はまた、工業用油の状態を、特にオンラインで、即ち機械的システムに含まれる時に(システムが動作中であっても)決定するのに使用できる。作業流体の限定されない例は、抄紙機用潤滑油、タービン油などの流体である。
【0014】
一般に、流体のAC電気インピーダンススペクトルは、間隔を置いて配置される一対の電極、例えば同軸円筒状の電極を、解析される作業流体の本体の中に置いたときに測定できる。この作業流体は機械的システム内、例えば、機械的システムの油リザーバまたは油溜まり、油供給マニホールド、或いは潤滑または作業流体の使用を必要とする機械的システムのバイパスマニフォールドの中にあることが好ましい。
【0015】
電極の寸法はもちろん、機械的システム内のその位置決めおよび解析される作業流体の性質に依存する。抄紙機油などの工業用潤滑油の場合、一般に、図1に示した電極の長さは約0.5〜約20cm、外側電極の直径は約0.5〜約4cm、内側と外側電極との間のギャップは約0.1〜10mmの範囲である。他の幾何形状の電極、例えば平坦な平行プレート、不活性基材上にエッチングされた平坦な互いに嵌合した電極等も使用できる。
【0016】
機械的システムに含まれる作業流体内に電極を置くと、流体のオンライン、リアルタイム分析が可能になる、即ち、分析のために流体試料をシステムから取り出す必要なしに、機械的システムにおいて使用しながら流体の状態を連続的に測定できる。
【0017】
AC信号は、1つの電極に対し、1Hz〜1MHzの範囲において複数の周波数、典型的には2つを超える周波数、好ましくは3つを超える周波数、例えば3〜1000個、好ましくは4〜20個の周波数で印加される。印加された信号は他方の電極で電気出力を発生させ、それが測定される。信号を印加し、出力を測定するデバイスが周波数応答分析計(FRA)である。かかる周波数応答分析計は、商業的に入手可能なデバイスであり、これを使用して、周波数依存インピーダンスデータを取得する。別の流体インピーダンス監視装置が図1に概略的に示されており、ここで、1および2は、油4に浸漬される同軸の電極を表す。デジタル関数発生器5が、予め定められた離散的な信号系列を発生し、デジタル‐アナログ変換器6が、この系列を、小さい振幅Vnおよび周波数ωのアナログ正弦波電圧に変換し、この電圧を外側電極2に印加する。印加された信号は、内側電極1に電荷を発生させる。電荷増幅器7が、この電荷を同じ周波数ωの正弦波電圧Voutに変換する。入力および出力電圧両方の時間ベースの波形は、AD変換器8によって変換され、生成されたデータがデータ処理装置9によって取得され、処理される。
【0018】
データ処理装置9では、デジタル周波数応答分析計を使用して、入力電圧に対する出力電圧の複雑な伝達関数、即ち、複雑な正弦波出力電圧の振幅の、正弦波入力電圧の振幅に対する比を得る。この複雑な伝達関数は、電荷増幅器7のフィードバック・インピーダンスの、解析される作業流体のインピーダンスに対する比に等しい。この伝達関数を既知の増幅器フィードバック・インピーダンスで割ると、作業流体のアドミタンスが得られる。アドミタンスの逆数が作業流体のインピーダンスに等しい。データ取得および処理のプロセスは、全ての操作周波数について一定時間にわたり繰り返すことができる。
【0019】
時間依存インピーダンススペクトル
単純な取得および処理モードでは、データ取得および処理のプロセスは、固定周波数で一定時間にわたり行うことができる。固定周波数での時間の関数としてプロットされたインピーダンスから、時間依存インピーダンススペクトルが提供される。多数の周波数について時間の関数としてプロットされたインピーダンスから、一連の時間依存インピーダンススペクトルが提供される。また、インピーダンスの代わりにアドミタンスをプロットすることができ、一連の時間依存アドミタンススペクトルが得られる。時間依存インピーダンススペクトルが好ましい。
【0020】
周波数依存インピーダンススペクトル
好適な実施形態では、AC信号は、1Hz〜1MHzの範囲において複数の周波数、例えば3〜1000個、好ましくは4〜20個の周波数で印加され、周波数依存のインピーダンスまたはアドミタンスデータが得られる。これらの周波数依存のインピーダンスまたはアドミタンスデータは、作業流体の1つまたは複数のレジスタンス、キャパシタンス、電圧と電流の間の位相角が45°になる周波数(最大オメガ)、時定数および誘電率を決定するのに使用される。これは、例えば、周波数依存インピーダンスデータをナイキストプロット(直角座標において、虚数のインピーダンス(Z’’=im(Z)=[Z]Sin(Θ))を実数のインピーダンス(Z’=re(Z)=[Z]Cos(Θ))に対してプロット、または極座標において、|Z|=[(Z’)+(Z’’)1/2を電圧と電流の間の位相差Θに対してプロット)の形にプロットすることによって得ることができる。抄紙機用潤滑油についてのナイキストプロットの例が図2に示されている。図2では、y軸はインピーダンスの虚数部Z’’の負数であり、x軸はインピーダンスの実数部Z’である。
【0021】
周波数依存インピーダンスデータのナイキストプロットは、データを最適最小二乗法曲線にフィッティングすることによって更に解析することが好ましい。かかる曲線は、多くの標準のデータ分析パッケージを使用してフィッティングできる。次いで、油/電極システムのレジスタンスを、x軸に沿って曲線の直径を決定することによって算出できる。Θが45度に到達する周波数は、最大オメガとして知られている。最大オメガの逆数が時定数RCである。次いで、キャパシタンスを、最大オメガ=1/RCの関係式を使用して決定することができる。或いは、十分に高い周波数を選択することによって、例えば約10,000Hzを超える周波数を選択することによって、キャパシタンスは、単一のインピーダンス測定から近似することができる。誘電率は、流体中の電極のキャパシタンスの、真空中の電極のキャパシタンスに対する比と定義される。キャパシタンスを測定することおよび真空中の電極のキャパシタンスを知ることによって、流体の誘電率が算出される。
【0022】
周波数依存インピーダンスデータは、少なくとも45度の範囲にまたがる3つ、好ましくは4つ以上のΘ値に対して測定することができ、そのデータから部分的なナイキスト曲線が作成される。次いで、曲線のこの一部を、ナイキストプロットは楕円曲線が後に続くと仮定することによって、標準の最小二乗法近似プログラムを用いて解析することができる。次いで、ゼロ度および180度のΘ値に外挿することによって、全体のナイキスト曲線を作成することができる。同時に、キャパシタンス値、レジスタンス値および最大オメガ値も決定することができる。
【0023】
時間依存インピーダンススペクトルのデコンボリューション
作業流体の時間依存インピーダンスまたはアドミタンススペクトルは、一般に複雑または入り組んでいる。かかる複雑または入り組んだスペクトルは、有用性が限定される。本発明の一実施形態は、潤滑油の時間依存インピーダンススペクトルのデコンボリューション方法である。潤滑油の時間依存インピーダンススペクトルを、ある時間範囲にわたり、複数の時間間隔で得る。前記時間依存インピーダンススペクトルは、少なくとも1つのピークを含む。好ましくは同時に、同じ時間範囲にわたり複数の時間間隔で、潤滑油の少なくとも1つの潤滑油特性、好ましくは少なくとも2つの潤滑油特性を測定して、少なくとも1つ、好ましくは複数の時間依存の潤滑油特性スペクトルを提供する。次の工程は、得られた前記時間依存インピーダンススペクトルを、測定された少なくとも1つまたは複数の前記時間依存潤滑油特性スペクトルと比較する工程を伴う。それぞれのピークの時間が一致する場合、時間依存インピーダンススペクトルのピークに対し、それと一致している測定した時間依存潤滑油特性のうちの潤滑油特性に帰属して、デコンボリューションした時間依存のインピーダンススペクトルが得られる。
【0024】
一連の潤滑油特性としては、これらに限定されないが、添加剤の劣化、基油の酸化、温度の変化、水その他の極性化学種による汚染、潤滑油の粘度変化などの特性が挙げられる。時間依存インピーダンススペクトルおよび時間依存の潤滑油特性をオンラインで測定することが好ましい。オンラインは、作業流体を含む機械の運転中を意味する。時間依存インピーダンススペクトルは、1つの周波数または多数の周波数で測定することができる。多数の周波数で時間依存インピーダンススペクトルを測定することが好ましく、その場合、多数の時間依存インピーダンススペクトルが生成される。この多数の時間依存インピーダンススペクトルが一定時間にわたり記録され、この場合、それぞれのスペクトルは、測定時の単一特性周波数での時間依存のデータに対応し、これを一連の時間依存インピーダンススペクトルと称する。一般に、時間依存インピーダンススペクトルは、少なくとも1つのピークを示す。このピークは、正のピークでも負のピークでもよい。時間依存インピーダンススペクトルは、複数のピークを示す可能性がある。時間依存インピーダンススペクトルのデコンボリューション方法は、時間依存インピーダンススペクトルの少なくとも1つのピークに対して、測定した潤滑油特性に対応する特徴を帰属させることを伴い、その潤滑油特性は、スペクトル中に時間が一致するピークを有するものである。
【0025】
これらに限定されないが、添加剤の劣化、基油の酸化、温度の変化、水その他の極性化学種の汚染、潤滑油の粘度変化などの特性を含む一連の時間依存潤滑油特性の好ましいオンライン測定の場合、対応する一連の潤滑油特性センサを、潤滑油の中に置くことができる。それぞれのオンラインセンサは、インピーダンス測定が行われる時間に対応する一定時間にわたり、その特徴的な潤滑油特性を測定することができる。時間依存インピーダンススペクトルが測定されるのと同じ時間範囲にわたり、同じ時間間隔で、時間依存潤滑油特性を測定することが好ましい。作業流体を含む機械またはシステムの運転期間および寿命の間、インピーダンススペクトルおよび潤滑油特性を測定することが好ましい。一般にこれは、約1日〜約10年に及ぶ可能性がある。約12時間〜約1年の範囲の時間間隔でインピーダンススペクトルおよび潤滑油特性を測定することが好ましい。好ましい測定時間は、その測定の時間範囲に依存する。当業者なら所望の測定時間を決定することができる。
【0026】
表1および2を使用して本発明を更に例示する。1つの潤滑油特性(例えばP1)を時間の関数として測定すると、対応する潤滑油特性の時間依存スペクトル(例えばTDSP1)が生成される。このスペクトルは、特性P1が変化を受ける特定の時間(例えばt1)で正または負のピークを示す。同様に、この測定と同じ時間に、別の潤滑油特性P2を時間の関数として測定すると、t2でピークを示すP2の時間依存スペクトルTDSP2を発生させる。従って、潤滑油特性P1〜Pnのそれぞれに対して、対応するn個の時間依存スペクトルTDSP1〜TDSPnが発生する。それぞれのTDSPnは、tnのとき特性ピークを示すはずである。特性−時間の表(表1)は、以下に示すように作成できる:
【0027】
【表1】

【0028】
時間依存インピーダンススペクトルは、潤滑油特性が測定されるのと同じ時間範囲の間、同じ時間間隔で発生する。この時間依存インピーダンススペクトルは、時間t1〜tnのとき複数のピークI1〜Inを有するはずである。時間依存インピーダンススペクトルも、以下に示す表の形(表2)で表すことができる。
【0029】
【表2】

【0030】
特性−時間の表(表1)を、時間依存インピーダンススペクトルの表(表2)と比較して、それぞれのインピーダンスピークI1〜Inに対して、潤滑油特性P1〜Pnを帰属する。インピーダンススペクトルのそれぞれおよびあらゆるピークを、潤滑油特性に帰属することが絶対必要というわけではない。インピーダンススペクトルの少なくとも1つのピークが潤滑油特性に帰属されることが好ましい。インピーダンススペクトルの少なくとも2つのピークが潤滑油特性に帰属されることがより好ましい。この帰属は、1対1の対応方法によって、ピークが出現する時間t1〜tnに基づいて行われる。時間依存誘電率スペクトルの限定されない例が、図−3の曲線−Aに示されている。この例では、時間t1で出現するピークI1が特性P1に帰属され、即ち約270時間で出現する第1のピークが潤滑油中の水に帰属される。
【0031】
特定の潤滑油特性(P)に帰属される少なくとも1つのピーク(I)を有する時間依存インピーダンススペクトルが、デコンボリューションした時間依存インピーダンススペクトルである。単一周波数の場合の上記デコンボリューション方法を、多数の周波数で測定される一連の時間依存インピーダンススペクトルの各時間依存スペクトルに適用して、デコンボリューションした一連の時間依存インピーダンススペクトルを得ることができる。
【0032】
前述したように、周波数依存インピーダンスを使用して、作業流体の1つまたは複数のレジスタンス(R)、キャパシタンス(C)、誘電率、電圧と電流の間の位相角が45°になる周波数、時定数(または最大オメガ)を決定することができる。開示した時間依存インピーダンススペクトルのデコンボリューション方法は、周波数依存インピーダンススペクトルから誘導される時間依存レジスタンス(R)、キャパシタンス(c)、誘電率および時定数(または最大オメガ)スペクトルのデコンボリューションに適用することができる。インピーダンスおよび潤滑油特性の時間依存スペクトルを、調査中の機械運転のオンラインかつリアルタイムで得ることが好ましい。低導電性工業用油について行われるAC電気インピーダンスおよび潤滑油特性の測定は、好ましくは約50℃を超える温度で、より好ましくは約65℃より上、約150℃までで行われる。1〜30,000Hzの周波数でインピーダンススペクトルを測定することが好ましい。1〜10,000Hzがより好ましい。
【0033】
本発明の他の実施形態は、潤滑油の性能状態のインジケータとして時間依存スペクトルを使用する方法である。潤滑油の時間依存スペクトルを、ある時間範囲にわたり、複数の時間間隔で得る。前記スペクトルは少なくとも1つのピークを含んでなり、また前記スペクトルは、インピーダンススペクトル、アドミタンススペクトル、レジスタンススペクトル、キャパシタンススペクトル、位相角スペクトルおよび誘電率スペクトルよりなる群から選択される。少なくとも1つの潤滑油特性を、前記時間範囲にわたり、前記複数の時間間隔で測定して、少なくとも1つの時間依存潤滑油特性スペクトルを提供する。潤滑油特性の測定は、潤滑油の時間依存スペクトルの測定と同時に行うのが好ましい。次の工程は、得られた時間依存スペクトルを、測定された時間依存潤滑油特性スペクトルと比較する工程を伴う。それぞれのピークの時間が一致する場合、この比較には、時間依存スペクトルのピークに対して、それと一致している測定した時間依存潤滑油特性のうちの潤滑油特性を帰属する工程が含まれ、それによって時間依存スペクトルが、測定された潤滑油特性のインジケータとして使用される。それぞれのピークの時間が一致しない場合、この時間依存スペクトルを、潤滑油の低下した性能状態のインジケータとして使用する。
【0034】
1つの周波数で測定しデコンボリューションした単一の時間依存インピーダンススペクトルを使用して、潤滑油を解析することができる。多数の周波数で測定しデコンボリューションした一連の時間依存のインピーダンススペクトルを使用して、潤滑油流体を解析するのが好ましい。
【0035】
インピーダンススペクトルが複雑または入り組んだ性質のものになる1つの理由は、インピーダンスが、非常に敏感な測定値であり、多くの因子に応答し、その結果多数のピークを有する時間依存スペクトルが得られるためである。水の汚染、温度の変化、油の酸化、粘度の低下などの因子が、インピーダンス測定と同時に測定することができ、これらに対応するピークを、前に開示したように帰属させることができる。例えば、ある種の因子または限界量以上の水の進入による粘度の低下が、デコンボリューションした時間依存インピーダンス、レジスタンス、キャパシタンス、誘電率または位相角スペクトルから示されるとき、低下した潤滑油性能のインジケータになる。帰属されるピーク以外のピークの出現は、潤滑油の性能状態が変ったというインジケータである。
【0036】
本発明の方法により、潤滑油などの作業流体を含む機械の操作者が作業流体の性能状態を決定することが可能になる。作業流体の性能状態が低下すると、操作者に、そのような変化への合図または警告が行われる。かかる警報に対する長期にわたる要求が、本発明の方法によって満たされる。
【0037】
本発明の他の実施形態は、周波数依存インピーダンスデータから潤滑油の粘度比を決定する方法である。潤滑流体の粘度比(VR)は、VR=V/Vで表される。式中、Vは、潤滑機能に付してからの任意の時間tにおける前記流体の粘度であり、Vは、時間t=0における初期粘度である。
【0038】
周波数依存インピーダンススペクトルから潤滑油の粘度比を決定する方法は、まず潤滑油の周波数依存インピーダンスデータを測定し、次いで、前記データを使用しナイキストプロットを使用して、潤滑流体の1つまたは複数のレジスタンス、キャパシタンス、電圧と電流の間の位相角が45°(最大オメガ)になる周波数、時定数および誘電率を決定する工程を含む。潤滑流体のレジスタンス(R)を決定することが好ましい。時間t=0および潤滑流体を含む機械の運転中の任意の時間tにおける、潤滑流体のレジスタンス(R)を決定することが好ましい。時間t=0におけるレジスタンス(R)は、潤滑流体の初期のレジスタンスである。任意の時間tにおけるレジスタンスはRで示される。レジスタンス比が算出され、これはR/Rに等しい。
【0039】
第2の工程では、時間tにおける潤滑油の光学濃度または吸光度(A)を、500〜1050nmの範囲、好ましくは750〜975nmの範囲、より好ましくは約800nmの波長で測定する。吸光度およびレジスタンス測定は同じ温度で行われる。
【0040】
時間tで測定した吸光度(A)およびレジスタンス比(RR)R/Rから、粘度比(VR)を、次式を使用して決定する:
VR={RR+C1+C2(A−C3)}/C4
式中、C1、C2およびC3は、絶対値が0〜10,000の範囲にある数である。C4は、絶対値が0.005〜10,000の範囲にある数である。C1、C2、C3およびC4の絶対値は、作業流体の組成に依存することになる。例えば、本発明を例示するために使用される実施例2の抄紙機油の場合、C1、C2、C3およびC4の値は、それぞれ5.481、0.559、0.221および6.439である。C1、C2、C3およびC4の値は、図4および実施例2に例示したように、算出粘度比対測定粘度比の回帰プロットから決定することができる。
【0041】
周波数依存インピーダンスおよび吸光度測定を使用して決定される粘度比(VR)を使用して、潤滑油の品質を決定することができる。1からの偏差が大きくなるほど、油の品質がより劣悪になる。潤滑油のインピーダンスおよび吸光度データを、オンラインかつリアルタイムで測定することが好ましい。また、同じ温度でインピーダンスおよび吸光度測定を行うことが好ましい。その場合、算出したVRが潤滑油のオンライン粘度比である。従って、潤滑油の品質を、潤滑油を含む機械の作動期間にわたり連続的に監視することができる。
【0042】
また、周波数依存インピーダンスデータから潤滑油の粘度比を決定する方法を使用して、これらに限定されないが、添加剤の濃度、外来の微粒子の進入濃度、水の濃度などの、潤滑油の他の特性を決定することができる。
【0043】
本願にて開示した本発明は、インピーダンス測定を受けることができる適宜の作業流体に適用でき、潤滑油に限定されない。潤滑油は、かかる作業流体のうちの1つの実例である。
【実施例】
【0044】
実施例1
潤滑油リグ試験中の工業用油Xに対し、誘電率、相対湿度および温度の測定を、500時間の期間にわたって行った。この試験結果は図3に示され、それぞれ誘電率、水および温度に対応する曲線A、BおよびCとして表されている。曲線Aは、2つの明瞭な変化またはピークを示している。このピークは、誘電率スペクトルの負のピークであることに注意すべきである(曲線A)。誘電率の信号において最初のピークに対応する最初の変化は汚染(この場合は水)である。次に観測できる変化は第2のピークである。このピークは温度低下に帰属できる。この実験設定において、2つの潤滑油特性センサを組み合わせることによって、この識別が行われ、インピーダンススペクトルのデコンボリューションが得られる。デコンボリューションしたインピーダンススペクトルの解釈から、この潤滑油は、500時間の期間をかけて性能が徐々に低下したという情報が得られる。
【0045】
実施例2
6種の異なる抄紙機油を、銅および鋼ロッドを用いてそれらを140Cのオーブン中12日間加熱することによって酸化した。ロッドは、酸化速度を増大させる触媒としての機能を果たす。定期的に試料を容器から取り出し、厚さ1cmの液体試料を通じて800nmでそれらの光学吸光度(A)を測定することによって解析した。また、ACインピーダンス分光法を使用して多数の周波数で試料を解析し、レジスタンスRを算出した。ASTM D455の方法によってそれぞれの試料の動粘性係数を測定した。図−4は、ASTM D455の方法によって決定された測定粘度比(試料の粘度/精製油(即ち酸化開始前の油)の粘度)の、次式を使用して算出した粘度の比に対するプロットを示す:
VR={RR+C1+C2(A−C3)}/C4
式中、C1、C2、C3およびC4は、それぞれ5.481、0.559、0.221および6.439である。観察されるプロットの直線性は、本発明の一実施形態、即ち周波数依存のインピーダンスデータから潤滑油の粘度比を決定する方法の具体例である。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明による作業流体の状態を監視するシステムの概略図である。
【図2】抄紙機用潤滑油の一連のナイキストプロットである。y軸は、インピーダンスの虚数部Z’’の負数であり、x軸は、インピーダンスの実数部Z’である。
【図3】機械油についての一組の実験データである。曲線Aは、時間依存誘電率スペクトルである。時間(単位:時間)がx軸にプロットされ、誘電率がy軸にプロットされている。図3には更に、水(曲線B)および温度(曲線C)の時間依存スペクトルが含まれる。相対湿度(水)および温度が、同じx軸(時間単位)に関して時間の関数としてプロットされている。
【図4】潤滑油の算出粘度比対測定粘度比の回帰プロットである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑油の時間依存インピーダンススペクトルのデコンボリューション方法であって、
ある時間範囲にわたり、複数の時間間隔で、潤滑油の時間依存インピーダンススペクトルを得る工程であって、前記時間依存インピーダンススペクトルは、少なくとも1つのピークを含んでなる工程;
前記時間範囲にわたり、前記複数の時間間隔で、少なくとも1つの潤滑油特性を測定して、少なくとも1つの時間依存潤滑油特性スペクトルを提供する工程であって、前記時間依存潤滑油特性スペクトルは、少なくとも1つのピークを含む工程;および
それぞれのピークの時間が一致する場合、得られた前記時間依存インピーダンススペクトルと測定した前記時間依存潤滑油特性スペクトルを比較して、前記時間依存インピーダンススペクトルのピークに対し、それと一致している測定した前記時間依存潤滑油特性のうちの潤滑油特性を帰属し、デコンボリューションした時間依存インピーダンススペクトルを得る工程
を含むことを特徴とするデコンボリューション方法。
【請求項2】
前記インピーダンススペクトルは、1〜30,000Hzの周波数範囲で測定されることを特徴とする請求項1に記載のデコンボリューション方法。
【請求項3】
前記インピーダンススペクトルは、2つを超える周波数で測定され、一連の時間依存のインピーダンススペクトルを提供することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記インピーダンススペクトルおよび潤滑油特性は、50〜150℃で測定されることを特徴とする請求項1に記載のデコンボリューション方法。
【請求項5】
前記インピーダンススペクトルおよび潤滑油特性は、潤滑油を含む機械において、オンラインで測定されることを特徴とする請求項1に記載のデコンボリューション方法。
【請求項6】
前記インピーダンススペクトルおよび潤滑油特性は、1日〜10年の時間範囲にわたり測定されることを特徴とする請求項1に記載のデコンボリューション方法。
【請求項7】
前記インピーダンススペクトルおよび潤滑油特性は、12時間〜1年の時間間隔で測定されることを特徴とする請求項1に記載のデコンボリューション方法。
【請求項8】
前記潤滑油特性は、潤滑油添加剤の劣化、潤滑油基油の酸化、潤滑油温度の変化、水の濃度、潤滑油の粘度、潤滑油の色相およびこれらの組み合わせよりなる群から選択されることを特徴とする請求項1に記載のデコンボリューション方法。
【請求項9】
潤滑油の性能状態のインジケータとして時間依存スペクトルを使用する方法であって、
ある時間範囲にわたり、複数の時間間隔で、潤滑油の時間依存スペクトルを得る工程であって、前記スペクトルは、少なくとも1つのピークを含んでなり、前記スペクトルは、インピーダンススペクトル、アドミタンススペクトル、レジスタンススペクトル、キャパシタンススペクトル、位相角スペクトルおよび誘電率スペクトルよりなる群から選択される工程;
前記時間範囲にわたり、前記複数の時間間隔で、少なくとも1つの潤滑油特性を測定して、少なくとも1つのピークを有する少なくとも1つの時間依存潤滑油特性スペクトルを提供する工程;および
得られた前記時間依存スペクトルと測定した前記時間依存潤滑油特性スペクトルを比較する工程であって、
それぞれのピークの時間が一致する場合、前記時間依存スペクトルのピークに対して、それと一致している測定した前記時間依存潤滑油特性のうちの潤滑油特性を帰属させることにより、前記時間依存スペクトルを、測定した前記潤滑油特性のインジケータとして使用し、
それぞれのピークの時間が一致しない場合、前記時間依存スペクトルを、潤滑油の低下した性能状態のインジケータとして使用される工程
を含むことを特徴とする時間依存スペクトルを使用する方法。
【請求項10】
前記時間依存スペクトルは、1〜30,000Hzの周波数範囲で測定されることを特徴とする請求項9に記載の時間依存スペクトルを使用する方法。
【請求項11】
前記時間依存スペクトルは、2つを超える周波数で測定され、一連の時間依存のスペクトルを提供することを特徴とする請求項9に記載の時間依存スペクトルを使用する方法。
【請求項12】
前記時間依存スペクトルおよび潤滑油特性は、50〜150℃で測定されることを特徴とする請求項9に記載の時間依存スペクトルを使用する方法。
【請求項13】
前記時間依存スペクトルおよび潤滑油特性は、潤滑油を含む機械において、オンラインで測定されることを特徴とする請求項9に記載の時間依存スペクトルを使用する方法。
【請求項14】
前記時間依存スペクトルおよび潤滑油特性は、1日〜10年の時間範囲にわたり測定されることを特徴とする請求項9に記載の時間依存スペクトルを使用する方法。
【請求項15】
前記時間依存のスペクトルおよび潤滑油特性は、12時間〜1年の時間間隔で測定されることを特徴とする請求項9に記載の時間依存スペクトルを使用する方法。
【請求項16】
前記潤滑油特性は、潤滑油添加剤の劣化、潤滑油基油の酸化、潤滑油温度の変化、水の濃度、潤滑油の粘度およびこれらの組み合わせよりなる群から選択されることを特徴とする請求項9に記載の時間依存スペクトルを使用する方法。
【請求項17】
機械中の潤滑油の粘度比を決定する方法であって、
ある周波数範囲およびある時間範囲にわたり、潤滑油の周波数依存インピーダンスデータを測定する工程;
開始時(このときt=0)および前記時間範囲内の特定の時間tにおける潤滑流体のレジスタンス(R)を、時間t=0におけるレジスタンスをRとし、時間tにおけるレジスタンスをRとしたナイキストプロットを使用して決定する工程;
レジスタンス比RR=R/Rを算出する工程;
前記時間tにおいて、500〜1050nmの波長で潤滑油の吸光度(A)を測定する工程;
{RR+C1+C2(A−C3)}/C4(式中、C1、C2およびC3は、絶対値が0〜10,000の範囲にある数であり、C4は、絶対値が0.005〜10,000の範囲にある数である)の値を算出する工程;および
前記決定された値を潤滑油の粘度比とする工程
を含むことを特徴とする粘度比を決定する方法。
【請求項18】
前記周波数依存インピーダンスデータは、1〜10,000Hzの周波数範囲で測定されることを特徴とする請求項17に記載の粘度比を決定する方法。
【請求項19】
前記周波数依存インピーダンスデータは、2つを超える周波数で測定され、一連の周波数依存スペクトルを提供することを特徴とする請求項17に記載の粘度比を決定する方法。
【請求項20】
前記周波数依存インピーダンスデータおよび吸光度は、50〜150℃で測定されることを特徴とする請求項17に記載の粘度比を決定する方法。
【請求項21】
前記周波数依存インピーダンスデータおよび吸光度は、潤滑油を含む機械において、オンラインで測定されることを特徴とする請求項17に記載の粘度比を決定する方法。
【請求項22】
前記周波数依存インピーダンスデータおよび吸光度は、1日〜10年の時間範囲にわたり測定されることを特徴とする請求項17に記載の粘度比を決定する方法。
【請求項23】
前記周波数依存インピーダンスデータおよび吸光度は、12時間〜1年の時間間隔で測定されることを特徴とする請求項17に記載の粘度比を決定する方法。
【請求項24】
前記吸光度は、750〜975nmの波長で測定されることを特徴とする請求項17に記載の粘度比を決定する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2007−502411(P2007−502411A)
【公表日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−523201(P2006−523201)
【出願日】平成16年7月21日(2004.7.21)
【国際出願番号】PCT/US2004/023158
【国際公開番号】WO2005/019794
【国際公開日】平成17年3月3日(2005.3.3)
【出願人】(390023630)エクソンモービル リサーチ アンド エンジニアリング カンパニー (442)
【氏名又は名称原語表記】EXXON RESEARCH AND ENGINEERING COMPANY
【Fターム(参考)】