説明

エレクトロケミカルマイグレーション評価方法、及び評価システム

【課題】電極間で生じるエレクトロケミカルマイグレーションの評価を行う。
【解決手段】電極2間のインピーダンスを測定し、電極2のアノード及びカソードの電荷移動を考慮した等価回路モデルに基づいて、エレクトロケミカルマイグレーション(ECM)の評価を行う。ECM評価システム1は、ECMが評価される電極2を格納する恒温恒湿器3と、電極2間に電圧を印加する電源装置4と、電極2間に流れる電流を計測し、計測結果に基づいて電極2間のインピーダンスを算出するインピーダンス算出手段5、及びインピーダンスの算出結果に基づいて電極2間のECM評価を行う評価手段6と、電極2の表面を撮影する撮像装置7より構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロケミカルマイグレーション(ECM)の評価方法、及びエレクトロケミカルマイグレーション評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器の小型化・高機能化に伴いプリント配線基板の配線間隔が微細化している。これに伴い、従来問題にならなかった配線(金属電極)間のエレクトロケミカルマイグレーション(以下、ECMとする)による絶縁劣化故障が報告されている。ECMとは以下の過程を経て生じる電気化学的腐食現象である(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
図11を参照して、ECMの発生機構について説明する(非特許文献2)。また、電極間の基板に水が吸着した状態で電圧を印加することにより起こるECMのCCDカメラ画像を図12に示す。
(1)プリント配線基板の金属電極間にバイアス電圧が印加されている状態で、吸湿や結露によって水膜が生成する。
(2)生成した水膜が電解質溶液として働くことで、アノードから金属電極が溶解する。
(3)アノードから溶解した金属イオンが、カソード方向に拡散・泳動する。
(4)拡散・泳動している金属イオンが、基板上で金属若しくは酸化物や水酸化物として還元析出するか、カソードで還元析出する。
【0004】
ECMの発生には、プリント配線基板の金属電極の素材(Ag、Cu及びはんだで起こりやすく、NiやAlでは起こりづらい)、金属電極間の距離(距離が短いほど起こりやすい)、基板の種類、温湿度(温度、湿度が高いほど起こりやすい)、バイアス電圧(電圧が高いほど起こりやすい)、不純物(ハロゲンイオンなど)等が影響することが知られている。
【0005】
また、ECMは、発生場所や見え方によって呼び方が異なる。例えば、基板の表面を樹木の枝状に成長するものはデンドライト(dendrites)という。デンドライトはアノード溶解した金属イオンが電極間を移動し、カソードで析出することにより発生する。また、基板の内部をカソードからアノードに向かって成長するものはCAF(Conductive Anodic Filaments)という。CAFは絶縁基板内部のガラス繊維になどに沿って析出する金属あるいはその酸化物がアノードから繊維状に成長することにより発生する。
【0006】
現在のECM評価法には、脱イオン水滴下法、温湿度定常試験・温湿度サイクル試験等がある。脱イオン水滴下法は、試料電極に直接脱イオン水を滴下し、その後直流電圧を印加し、電極が短絡する時間を測定する方法である。また、温湿度定常試験・温湿度サイクル試験は、JPCA規格(JPCA−ET01−09−2007)やJIS規格(JIS C 60068−2−3)などで規格化された測定環境下で直流電圧を印加して、その時の絶縁抵抗を測定する方法である。
【0007】
また、特許文献1に記載のプリント配線基板の絶縁信頼性試験方法は、プリント配線基板のスルーホールをプラス極、内層回路銅箔をマイナス極として高温で測定した絶縁抵抗値と、スルーホールをマイナス極、内層回路銅箔をプラス極として高温で測定した絶縁抵抗値とを比較することで、プリント配線基板の絶縁信頼性の試験を行っている。
【0008】
さらに、水晶振動子マイクロバランス(QCM)法を用いたECM評価法が開発されている(例えば、非特許文献3)。QCM法によれば、アノード及びカソードの質量変化をin−situに評価することが可能である。
【0009】
他のECM評価方法として、電気化学インピーダンス(EIS:Electrochemical Impedance Spectroscopy)法を用いた方法がある。EIS法は、電極/電解液界面の反応機構に対する有力な解析手法の一つであり、電極反応の伝達関数としてインピーダンスまたはアドミッタンスを求め、電極・溶媒の電気的特性を評価する方法である。EIS法ではインピーダンスの時定数を分離することができるため、電極構造または電極反応プロセスを詳細に調べることができる。
【0010】
非特許文献4に記載のECM評価方法では、EIS法を用いて銅の櫛形電極のECM評価を行っている。非特許文献4では、高温高湿環境下におけるECMの成長過程では、ナイキスト線図に容量性半円が1つ現れることが報告されている。また、インピーダンス測定により得られた容量性半円を電荷移動抵抗Rct、界面容量C、溶液抵抗Rsolからなる等価回路モデルを用いて解析し、インピーダンスの測定中にECMが発生する場合には、Rctが時間の経過とともに徐々に減少する傾向があることが述べられている。
【0011】
また、非特許文献5に記載のECM評価方法では、EIS法とQCM法を組み合わせた装置により、はんだ材料のECM評価を行っている。非特許文献5には、EIS測定においてECMの成長時に、アノード溶解反応及びカソード析出反応に起因する2つの容量性半円が現れることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2003−158361号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】電気化学・イオンマイグレーションの発生特性と防止方法調査専門委員会編、「プリント基板の試験方法」、オーム社、2007年、p.17
【非特許文献2】菅沼克昭、「金属ナノ粒子ペーストのインクジェット微細配線」、シーエムシー出版、2006年、p.216
【非特許文献3】S. Yoshihara、Hyomen Gijutsu、49、1998、p.1196
【非特許文献4】H. Ozeki、S. Yoshihara、T. Shirakashi、J. Jpn. Inst. Electron. Packaging、9、2006、p.199
【非特許文献5】D. Chiba、S. Yoshihara、N. Yokoyama、J. Jpn. Inst. Electron. Packaging、11、2008、p.437
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
ECMの発生のしやすさはプリント配線基板の種類によって全く異なる。また、ECMの成長過程や短絡までの時間も異なる。したがって、ECMによる絶縁劣化故障を抑制、防止するためには、ECMの初期発生や成長状態を検知・評価することが重要な課題である。また、アノードやカソード反応に関するパラメータを分離して評価することも重要である。
【0015】
しかしながら、現在用いられているECM評価方法では、ECMの初期発生や成長状態を検知・評価することはできない。
【0016】
すなわち、脱イオン水滴下法、温湿度定常試験・温湿度サイクル試験、及び特許文献1に記載の絶縁信頼性試験では、ECMの発生情報を得ることはできるが、ECMの初期発生や成長状態及び反応プロセスの詳細な評価を行うことができなかった。
【0017】
また、QCM法を用いたECM評価法では、ECM発生過程における電荷移動過程、物質移動過程などの数多くの素過程の検出を行うことができなかった。
【0018】
そして、非特許文献4、5に記載のEIS法では、アノード反応とカソード反応に起因する電荷移動過程や物質移動過程を分離して評価することができなかった。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題を解決する本発明のエレクトロケミカルマイグレーション評価方法は、複数の周波数で電極間のインピーダンスを測定するステップと、前記インピーダンス測定の測定結果に基づいて算出した、前記電極のアノードまたはカソードの電荷移動抵抗、前記アノードまたはカソードの電気二重層容量、前記電極間の溶液抵抗のいずれかに基づいて、電極間のエレクトロケミカルマイグレーションを評価するステップと、を有することを特徴としている。
【0020】
また、上記エレクトロケミカルマイグレーション評価方法において、前記アノードまたはカソードの電荷移動抵抗、前記電極間の溶液抵抗、前記アノードまたはカソードの電気二重層容量のいずれかの経時変化に基づいて、エレクトロケミカルマイグレーションの成長状態を評価してもよい。
【0021】
また、上記エレクトロケミカルマイグレーション評価方法において、前記カソードの電気二重層容量に基づいて、前記カソード電極面積を算出するステップを備える様態としてもよい。
【0022】
また、上記課題を解決する本発明のエレクトロケミカルマイグレーション評価システムは、電極が備えられた基板が配置される恒温恒湿器と、前記電極間にエレクトロケミカルマイグレーションを起こさせる直流電圧を印加する直流電圧印加手段と、前記電極間に交流電圧を印加する交流電圧印加手段と、前記交流電圧印加手段により前記電極間に電圧を印加したときに検出される、該電極間に流れる電流値に基づいて、前記電極間のインピーダンスを算出するインピーダンス算出手段と、前記インピーダンス算出手段の算出結果に基づいて、前記電極のアノードまたはカソードの電荷移動抵抗、アノードまたはカソードの電気二重層容量、及び前記電極間の溶液抵抗を算出し、このいずれかの算出結果に基づいて、前記直流電圧印加手段により生じたエレクトロケミカルマイグレーションの評価を行う評価手段と、を備えることを特徴としている。
【0023】
また、前記エレクトロケミカルマイグレーション評価システムが、前記電極を撮影する撮像手段を備えた様態としてもよい。
【0024】
また、前記エレクトロケミカルマイグレーション評価システムが、前記電極の表面温度を制御する温度制御手段を備えるとよい。
【発明の効果】
【0025】
以上の発明によれば、エレクトロケミカルマイグレーションECMの発生や成長状態を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施形態に係るECM評価システムのシステム構成図。
【図2】(a)本発明の実施例で用いた電極、(b)本発明の実施例で用いた電極の拡大図。
【図3】(a)結露発生前のECM評価用電極のインピーダンススペクトル、(b)結露発生前の電極表面のCCDカメラ画像。
【図4】(a)結露発生後のECM評価用電極のインピーダンススペクトル、(b)結露発生後の電極表面のCCDカメラ画像。
【図5】(a)デンドライト析出直後のECM評価用電極のインピーダンススペクトル、(b)デンドライト析出直後の電極表面のCCDカメラ画像。
【図6】(a)デンドライト成長過程のECM評価用電極のインピーダンススペクトル、(b)デンドライト成長過程の電極表面のCCDカメラ画像。
【図7】(a)電極間が短絡したときのECM評価用電極のインピーダンススペクトル、(b)電極間が短絡したときの電極表面のCCDカメラ画像。
【図8】本発明の実施形態に係るECM評価に用いた等価回路。
【図9】(a)結露発生直後のインピーダンススペクトル測定結果に対して、等価回路に基づいたカーブフィッティングを行った図、(b)デンドライト析出直後のインピーダンススペクトル測定結果に対して、等価回路に基づいたカーブフィッティングを行った図。
【図10】(a)アノードの電荷移動抵抗Rct、aの経時変化、(b)カソードの電荷移動抵抗Rct、cの経時変化、(c)溶液抵抗Rsolの経時変化。
【図11】ECM発生反応モデル。
【図12】電極間で生じたECMのCCDカメラ画像。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の実施形態に係るエレクトロケミカルマイグレーション(ECM)評価方法、及び評価システムは、電極間のインピーダンスを測定し、アノード反応及びカソード反応を考慮した等価回路モデルに基づいて、電極間で生じるECMの評価を行うものである。
【0028】
本発明のECM評価方法、及びECM評価システムによれば、ECMの初期発生や成長過程をモニタリングすることができる。さらに、アノード及びカソードの腐食状態や表面形態変化を同時に評価することができる。そして、本発明のECM評価方法、及びECM評価システムは、電極と溶液の界面での素反応や、溶液抵抗、電気二重層容量などを見積もることができ、マイグレーションの初期発生、成長過程における金属の溶解や析出に関するパラメータの変化から基板材料や配線材料のマイグレーション性を詳細に評価することができる。
【0029】
図1に示すように、本発明の実施形態に係るECM評価システム1は、ECMが評価される電極2を格納する恒温恒湿器3と、電極2間に電圧を印加する電源装置4と、電極2間に流れる電流を計測し、計測結果に基づいて電極間のインピーダンスを算出するインピーダンス算出手段5と、インピーダンスの算出結果に基づいて電極2間のECM評価を行う評価手段6と、電極2の表面を撮影する撮像装置7より構成される。
【0030】
電源装置4には、電極2間にECMを起こさせるための直流電圧を印加する直流電圧印加手段8と、電極2間にインピーダンス測定を行うための交流電圧を印加する交流電圧印加手段9が備えられている。なお、直流電圧印加手段8と交流電圧印加手段9を個々の装置を用いて、ECM評価システム1を構成してもよい。
【0031】
インピーダンス算出手段5は、交流電圧印加手段9により正弦波電位変調を電極2に与えたときに測定される応答電流に基づいて、各周波数でのインピーダンスを算出する。なお、インピーダンス算出手段5は、電源装置4に組み込んでもよい。
【0032】
評価手段6は、インピーダンス算出手段5により各周波数で算出されたインピーダンスと後述の等価回路に基づいて、電極2のアノードの電荷移動抵抗、カソードの電荷移動抵抗、カソードの電気二重層容量、及び電極2間の溶液抵抗等のパラメータを個々に算出し、それぞれのパラメータの算出結果に基づいて、電極2におけるECMの評価を行う。
【0033】
以下、具体的な実施例を挙げて、本発明の実施形態に係るECM評価方法、及びECM評価システム1について詳細に説明する。なお、本発明のECM評価方法、及びECM評価システムは、この実施例に限定されるものではなく、ECM評価に用いる電極の材質や形状、基板の種類等は、適宜選択して用いることができる。例えば、ECMの評価に用いた電極2の材質は、一般的な回路基板で用いられる銅やはんだ等を選択し、電極2の形状は櫛型電極とするとよい。さらに、電極の長さは5mm〜50cm、L/S(Line & Space)は、10〜1000μm/10〜1000μmにおいて、再現性よくECMを行うことができる。
【0034】
(実施例)
本発明の実施例に係るECM評価方法は、スクリーン印刷によって作製した銀の櫛形電極2間を電気化学インピーダンス(EIS)法で測定し、測定結果を独自に考案したアノード反応及びカソード反応を考慮した等価回路モデルで解析することを特徴としている。
(1)ECM評価用電極2の作製
本発明の実施例に係るECM評価用電極2を図2に示す。電極2の形状は、ECM評価で最もよく用いられる櫛形を用いた。電極2はスクリーン印刷機(ニューロング精密工業(株)社製LS−150TV)を用いて作製した。電極2はポリイミドフィルム(東レ・デュポン社製 カプトン)基板11上に電極材料である銀ペーストをスクリーン印刷し、120℃で30分間乾燥させることにより作製した。電極2として、長さが8mm、L/S(Line & Space)が100/100、200/200、及び400/400μmの電極2を作製した。銀は同程度の比抵抗を持つ銅に比べ酸化しにくいため扱いやすく、広く利用されている。
【0035】
(2)電気化学インピーダンス測定(EIS)装置
図1のECM評価システム1において、電極2を撮影する撮像装置7としてCCDカメラ7(駿河精機製CS511L)を用いた。そして、恒温恒湿器3(エスペック製LHL−113)内で、電極2間におけるECMの発生及び成長をモニタリングしながら電気化学インピーダンス(EIS)を測定した。電源装置4には、インピーダンスアナライザ(FRA:Frequency Response analyzer)内蔵ポテンシオスタットを用いた。
【0036】
恒温恒湿器3の温度を25℃、湿度を80%RHに設定した。恒温恒湿器3内の温度及び湿度が設定値に達した後、電源装置4の直流電圧印加手段8によって、電極2間に0.65Vの直流電圧を印加した。さらに、電源装置4の交流電圧印加手段9によって、電極2間に振幅50mVの交流電圧を前記直流電圧と重畳させて印加し、電気化学インピーダンスを測定した。測定周波数範囲は1mHz−1MHzとした。
【0037】
その後、サーモプレート10で電極2表面の温度を制御し、電極2上に結露を発生させた。結露が十分に発生し、対向した電極2間を水膜が覆ってから電気化学インピーダンスを連続で測定した。測定は電極2上にデンドライトを成長させ、電極2間が短絡するまで行った。また、その時のデンドライトの成長をCCDカメラ7によりモニタリングした。
【0038】
(EIS測定結果)
(1)結露発生前のECM評価用電極のインピーダンススペクトル
結露発生前のECM評価用電極2で測定したインピーダンスのナイキストプロットを図3(a)に、インピーダンス測定時における電極のCCDカメラ7の撮影画像を図3(b)に示す。1MHz付近の高周波数域で虚数軸に対して平行に伸びる直線が確認できた。
【0039】
図3(a)のAに示すように、ナイキスト線上で虚数軸に対して平行な軌跡を描く回路素子はコンデンサである。コンデンサの挙動を示す要素としては、電気二重層容量若しくは櫛形電極2間の電気容量が挙げられる。
【0040】
図3(b)から、基板11上に結露は発生しておらず、吸湿による水膜の形成も確認されていない。このことから、図3(a)のナイキストプロットが高周波数域で虚数軸に対して平行な軌跡を描くのは、電極2の電気容量に起因すると考えられる。なお、図3(a)のコンデンサ成分の電気容量を算出した結果、10-11F程度の微小な値であった。それ以外の周波数域では電気化学インピーダンスを測定することはできず、電極2が反応していないことを確認できた。
【0041】
(2)結露発生後のECM評価用電極のインピーダンススペクトル
結露発生後の電極2間のインピーダンスを測定したインピーダンスのナイキストプロットを図4(a)に示す。ナイキスト線図上で、1kHzから1Hz付近に容量性半円が現れた。また、100kHzから1kHz付近で容量性半円の一部が現れた。このとき、電極2の表面状態は目視では変化していなかった(図4(b))。なお、図4(b)において、写真の中央が白く光って見えるのは、電極2の表面を観察するためのCCDカメラ7の光源からの光が水膜に映りこんでいるためである。
【0042】
(3)デンドライト析出過程前期におけるECM評価用電極のインピーダンススペクトル
(2)の結露発生後のインピーダンス測定後、さらに電極2を恒温恒湿器3内に保持したところ、カソード表面にデンドライト状の析出物が観察された(図5(b))。この時のインピーダンス測定結果を図5(a)に示す。
【0043】
図5(a)において電気化学インピーダンスの絶対値は、デンドライト発生前(図4(a))のインピーダンスの絶対値に比べて小さくなった。中間周波数域(10kHzから100Hz付近)において新たなたな容量性半円が確認できた。図4(a)のナイキストプロットを比べると、高周波域の半円の直径はあまり変わらなかった。これに対して、低周波数域の半円の直径が小さくなった。
【0044】
(4)デンドライト析出過程後期におけるECM評価用電極のインピーダンススペクトル
さらに時間が経過すると、デンドライトがアノード方向に成長することが観察された。デンドライト成長過程におけるインピーダンススペクトル測定結果を図6(a)に示す。また、インピーダンス測定直前の電極2の表面写真を図6(b)に示す。デンドライトの成長に伴い電気化学インピーダンスの絶対値は小さくなった。
【0045】
(5)デンドライトの成長による電極短絡時におけるECM評価用電極のインピーダンススペクトル
さらに時間が経過すると、デンドライトの成長により電極2間が短絡した。この時のインピーダンススペクトル測定結果を図7(a)に、電極表面状態の写真を図7(b)にそれぞれ示す。
【0046】
図7(a)に示すように、インピーダンススペクトルは1点に収束した。これは、電極2間が短絡したことにより電極全体が1本の配線(抵抗)になったためである。1つの抵抗成分のインピーダンスはナイキスト線上において実軸上の1点に収束する。インピーダンスの測定値から電極2全体の抵抗値を算出したところ約500Ωとなった。
【0047】
(EIS測定結果の解析)
結露発生直後のインピーダンススペクトル(図4(a))とデンドライト発生直後のインピーダンススペクトル(図5(a))を比較すると、以下の特徴があることがわかる。
(1)結露発生直後のインピーダンススペクトルは2つの容量性半円が観察される。
(2)デンドライト発生直後に中間周波数域に新たな半円が現れる。
【0048】
結露発生直後においては、電極2のカソードでは酸素還元反応が生じる。時間の経過とともに電極2のアノードから溶出した銀イオンが前記カソードに到達することで、カソードで銀のデンドライトの析出反応が生じる。このデンドライトの銀の析出反応が起こった後で、低周波数域の半円の大きさが小さくなる。したがって、低周波数域の半円は、カソード反応に起因するものである。結露発生直後の低周波数域の半円は、カソードにおける酸素の還元反応の電荷移動抵抗とカソードの電気二重層容量に起因する。デンドライト発生後の低周波数域の半円は、銀の還元析出反応と酸素還元反応の電荷移動抵抗とカソードの電気二重層容量に起因する。
【0049】
中間周波数域の半円は、銀のアノード溶解反応の電荷移動抵抗とアノードの電気二重層容量に起因する。一方で、高周波数域の半円の大きさはデンドライトが発生する前後において、ほとんど変化しないため、電極間容量と溶液抵抗に起因する半円である。
【0050】
上記の電極2の時間経過に伴うインピーダンススペクトル測定結果を表1にまとめた。
【0051】
【表1】

【0052】
さらに、上記インピーダンスの測定結果を基に、図8に示す等価回路を用いて、カーブフィッティングを行った。
【0053】
図8に示すように、本発明の実施形態に係る等価回路は、電極間の電気容量CPEEL、アノードの電気二重層容量CPEdl、a、カソードの電気二重層容量CPEdl、c、アノードの電荷移動抵抗Rct、a、カソードの電荷移動抵抗Rct、c、溶液抵抗Rsolを考慮して仮定された。また、電気二重層容量には、CPEを用いた。CPEは容量性半円の歪を表現するためのパラメータであり、CPEを用いた容量リアクタンス(インピーダンス)Zcは(1)式で与えられる。
c=1/(jω)pT …(1)
ここで、jは虚数単位、ωは角周波、TはCPE定数、PはCPE指数である。Pは無次元の値であり、Tの単位はFsP-1である。P=1のとき、式(1)はコンデンサCによる容量リアクタンスとなり、T=Cとなる。Tは厳密にはキャパシタンスと異なるが、本実施例では、便宜上Tを電気二重層容量として扱い、解析を行った。
【0054】
図9(a)に結露発生直後(図4(a)で示した測定結果)におけるインピーダンススペクトルのカーブフィッティングを行った結果を、図9(b)にデンドライト析出直後(図5(a)で示した測定結果)におけるインピーダンススペクトルのカーブフィッティングを行った結果を示す。図9より、インピーダンス測定結果を基に今回考案した等価回路に基づいてカーブフィッティングを行うと、実験で得られたインピーダンススペクトル(図4(a)、図5(a))とそれぞれ良好に一致することがわかる。
【0055】
(各パラメータの経時変化)
結露発生前から短絡までの間、一定時間ごとにインピーダンススペクトルを測定した。得られたインピーダンススペクトルに対してカーブフィッティングを行い、図8に示す等価回路の各パラメータの時間変化を調べた。
【0056】
アノードの電荷移動抵抗Rct、a、カソードの電荷移動抵抗Rct、c及び溶液抵抗Rsolの経時変化を図10に示す。
【0057】
図10では、本実施例のECMの発生・成長過程を四段階に分けて表示した。すなわち、電極間が結露に覆われる前を第一段階(Stage1)、電極間が結露に覆われた後からデンドライトが析出するまでを第二段階(Stage2)、デンドライトが析出してから電極が短絡するまでを第三段階(Stage3)、そして、電極が短絡した後を第四段階(Stage4)とした。
【0058】
カソードの電荷移動抵抗Rct、cはアノードの電荷移動抵抗Rct、aと比べて著しく減少した。カソードでは、デンドライト析出前では酸素の還元反応が起こるが、デンドライト析出後では銀の析出反応が競合的に生じる。このとき、カソード電流は著しく大きくなる。このため、カソードの電荷移動抵抗Rct、cが著しく減少する。
【0059】
また、アノードの電荷移動抵抗Rct、aは、デンドライト析出後に減少した。つまり、デンドライト析出に伴い、アノード電流が増加し、アノードの電荷移動抵抗Rct、aが減少したと考えられる。また、デンドライトの析出に伴い、アノード電位が貴側にシフトした。溶液抵抗Rsolは溶液中の銀イオンの濃度が高くなるので電極間が結露に覆われた直後(Stage2)に著しく減少する。
【0060】
なお、デンドライトの析出前後において、電極2間の電気容量CPEEL及びアノードの電気二重層容量CPEdl、aはほぼ変化しなかった。一方、カソードの電気二重層容量CPEdl、cはデンドライト析出後に増加した。これは、デンドライトの析出によりカソードの表面積が大きくなるためであると考えられる。
【0061】
これらの結果より、アノード及びカソードの電荷移動抵抗、溶液抵抗、アノード及びカソードの電気二重層容量の経時変化を評価することで、ECMの初期発生までの時間を明確に評価することができる。
【0062】
以上、実施例を挙げて説明したように、本発明のECM評価方法、及びECM評価装置によれば、電気化学インピーダンススペクトル(EIS)を測定し、等価回路に基づいて解析することにより、アノード及びカソードの電荷移動抵抗、溶液抵抗、アノード及びカソードの電気二重層容量等、金属の溶解や析出に関する各パラメータの経時変化を算出することができる。
【0063】
すなわち、本発明に係る等価回路を用いてEIS測定結果を解析することにより、アノード及びカソードの電荷移動抵抗、溶液抵抗、アノード及びカソードの電気二重層容量等のパラメータを個々に評価することができる。
【0064】
したがって、電子機器の基板や配線材料のECMの初期発生・成長の評価・モニタリングをより詳細に行うことができる。また、アノード及びカソードの腐食状態や表面形態変化を同時に評価することもできる。
【0065】
例えば、ECMの成長のしやすさは、アノードの電荷移動抵抗及びカソードの電荷移動抵抗と反比例の関係がある。したがって、アノード及びカソードの電荷移動抵抗の経時変化をそれぞれ算出することにより、基板や配線素材のECMの起こりやすさを評価することができる。
【0066】
また、溶液抵抗は、基板の絶縁性及び電極間の絶縁性を評価する上で非常に重要なパラメータである。絶縁性が高い場合(Stage1の場合)には、アノードから溶解してカソード方向に拡散・泳動している金属イオンが、基板上で金属若しくは酸化物や水酸化物として還元析出するが、金属イオンはカソードで析出しないため溶液抵抗は変化しない。一方、絶縁性が低下してくる(Stage3)と溶解した金属イオンはカソードで還元析出する。このように、溶液抵抗の値の推移からどのようなプロセスでECMが発生するかを予測することができる。
【0067】
そして、カソードの電気二重層容量はデンドライト析出後に増加した。これは、デンドライトの析出によりカソードの表面積が大きくなったためであることから、カソードの電気二重層容量からカソードの電極表面積を見積もることができる。
【0068】
さらに、本発明のECM測定方法、及びECM評価装置によれば、EIS測定からECMの評価(電極の表面形態の変化や、電極間の絶縁性の変化)までを一連の動作として行うことができる。
【符号の説明】
【0069】
1…エレクトロケミカルマイグレーション(ECM)評価システム
2…電極
3…恒温恒湿器
4…電源装置
5…インピーダンス算出手段
6…評価手段
7…撮像装置
8…直流電圧印加手段
9…交流電圧印加手段
10…サーモプレート(温度制御手段)
11…基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の周波数で電極間のインピーダンスを測定するステップと、
前記インピーダンス測定の測定結果に基づいて算出した、前記電極のアノードまたはカソードの電荷移動抵抗、前記アノードまたはカソードの電気二重層容量、前記電極間の溶液抵抗のいずれかに基づいて、電極間のエレクトロケミカルマイグレーションを評価するステップと、を有する
ことを特徴とするエレクトロケミカルマイグレーション評価方法。
【請求項2】
前記アノードまたはカソードの電荷移動抵抗、前記電極間の溶液抵抗、前記アノードまたはカソードの電気二重層容量のいずれかの経時変化に基づいて、エレクトロケミカルマイグレーションの成長状態を評価する
ことを特徴とする請求項1に記載のエレクトロケミカルマイグレーション評価方法。
【請求項3】
前記カソードの電気二重層容量に基づいて、前記カソード電極面積を算出するステップを備える
ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のエレクトロケミカルマイグレーション評価方法。
【請求項4】
電極が備えられた基板が配置される恒温恒湿器と、
前記電極間にエレクトロケミカルマイグレーションを起こさせる直流電圧を印加する直流電圧印加手段と、
前記電極間に交流電圧を印加する交流電圧印加手段と、
前記交流電圧印加手段により前記電極間に電圧を印加したときに検出される、該電極間に流れる電流値に基づいて、前記電極間のインピーダンスを算出するインピーダンス算出手段と、
前記インピーダンス算出手段の算出結果に基づいて、前記電極のアノードまたはカソードの電荷移動抵抗、アノードまたはカソードの電気二重層容量、及び前記電極間の溶液抵抗を算出し、このいずれかの算出結果に基づいて、前記直流電圧印加手段により生じたエレクトロケミカルマイグレーションの評価を行う評価手段と、を備える
ことを特徴とするエレクトロケミカルマイグレーション評価システム。
【請求項5】
前記電極を撮影する撮像手段を備えた
ことを特徴とする請求項4に記載のエレクトロケミカルマイグレーション評価システム。
【請求項6】
前記電極の表面温度を制御する温度制御手段を備えた
ことを特徴とする請求項4または請求項5に記載のエレクトロケミカルマイグレーション評価システム。

【図1】
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【図2】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−153886(P2011−153886A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−15063(P2010−15063)
【出願日】平成22年1月27日(2010.1.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【出願人】(591031212)北斗電工株式会社 (20)
【出願人】(000006105)株式会社明電舎 (1,739)
【Fターム(参考)】