説明

エンジンの点火制御装置、内燃機関及びそれらを備えた自動二輪車

【課題】簡単な構成でエンジンの回転速度の落ち込み量が所定以上であるか否かを判定できるようにして、エンジンの逆回転によって各部材が受ける衝撃を安価な構成で抑制する。
【解決手段】この点火制御装置は、回転速度検出手段と、回転速度の落ち込み量検出手段と、点火禁止手段と、を備えている。回転速度検出手段は、エンジンにおいて一回転時の一時期における回転速度を検出する。回転速度の落ち込み量検出手段は、回転速度検出手段の検出結果から、エンジンにおいて点火が実行される今回回転時と今回回転時の1回転前の前回回転時との回転速度の落ち込み量を検出する。点火禁止手段は、回転変動検出手段による検出結果により、回転の落ち込みが予め設定された所定の量より大きい場合は今回回転時の点火を禁止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの点火制御装置、内燃機関及びそれらを備えた自動二輪車に関する。
【背景技術】
【0002】
自動二輪車においては、エンジン始動時等においてエンジンのクランク軸が逆回転し、各部に衝撃を与える場合がある(以下、「エンジンのクランク軸の逆回転」を「エンジンの逆回転」と言う)。これは、エンジンの始動時等においてエンジン回転速度が低いときに、点火プラグによる点火がピストンの上死点直前に行われ、その爆発力でピストンが上死点に達する前に押し戻され、エンジンが逆回転しようとして急停止するためである。
【0003】
このような現象を防止するために、エンジンが所定の回転速度に達するまでは点火装置の動作を禁止するエンジン始動装置が提案されている。このような従来装置における制御は、単純に回転速度をしきい値として点火有無の制御を行うものである。ここでは、回転速度の落ち込みの程度とは無関係にしきい値以下での点火を停止するために、エンジンの逆回転が起こらない通常の運転時においても点火が停止される場合があり、継続的な運転に支障をきたす場合がある。一方で、継続的な運転に支障をきたさないようにしきい値の設定をすると、前述のようなエンジンの逆回転を効果的に防止できない恐れがある。
【0004】
また、エンジンの逆回転は、始動時以外にも生じることが知られており、始動時以外における前述のような現象を確実に抑制するためにも対策を取ることが望ましい。
【0005】
そこで、特許文献1には、始動時のみならず全回転速度域においてエンジンの逆回転による衝撃を抑制することを目的とした内燃機関が提案されている。この特許文献1では、エンジンの回転速度の落ち込み量を計算して前述の現象に至るか否かを判定し、この判定に基づきプログラムによらない点火または当該プログラムによらないよりも点火タイミングを遅らせた遅角点火を実行するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−274998号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述のように、特許文献1に記載された内燃機関では、エンジンの回転速度の落ち込み量を計算してエンジンの逆回転が発生するか否かを判定し点火制御を行っている。そして、回転速度の落ち込み量を計算するために、パルサーによって、エンジンの1回転に複数のパルス信号を発生させるようにしている。具体的には、アウタロータ型のマグネト発電機のロータ外周に12個の突起を設け、この12個の突起をパルサーで検出することにより点火が実行される直前の複数のパルス信号を得て、エンジンの回転速度の落ち込み量を計算している。
【0008】
しかし、複数の突起を精度良く設けることは製造コストの上昇を招く。また、1回転中に複数のパルス信号が得られるので点火直前の回転速度の落ち込み量を高精度に検出できるものの、パルス信号の周期が短いので、制御処理を高速に行う必要があり、制御のための構成も高価なものとなる。
【0009】
本発明の課題は、簡単な構成でエンジンの回転速度の落ち込み量が所定以上であるか否かを判定できるようにして、エンジンの逆回転によって各部材が受ける衝撃を、安価な構成で抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るエンジンの点火制御装置は、回転速度検出手段と、回転速度の落ち込み量検出手段と、点火禁止手段と、を備えている。回転速度検出手段は、エンジンにおいて一回転時の一時期における回転速度を検出する。回転速度の落ち込み量検出手段は、回転速度検出手段の検出結果から、エンジンにおいて点火が実行される今回回転時と今回回転時の1回転前の前回回転時との回転速度の落ち込み量を検出する。点火禁止手段は、回転速度の落ち込み量検出手段による検出結果により、回転の落ち込みが予め設定された所定の量より大きい場合は今回回転時の点火を禁止する。
【0011】
本発明の装置では、エンジンにおける一回転時の一時期における回転速度が検出される。そして、この検出結果から、点火が実行される今回回転時と今回回転時の1回転前の前回回転時との回転速度の落ち込み量が検出され、回転速度の落ち込み量が予め設定された所定の落ち込み量より大きい場合は今回回転時の点火が禁止される。この点火の禁止によって、エンジンの逆回転に伴って各部材が受ける衝撃を小さいものにすることができる。
【0012】
この場合は、エンジンにおける一回転時の一時期における回転速度を検出して、今回回転時と前回回転時との回転速度の落ち込み量を検出すればよいので、従来のように1回転時に複数のパルス信号を発生して点火時期直前の回転速度の落ち込み量を検出する必要がない。したがって、回転部材に複数の突起を設ける必要がなく、例えば1つの突起のみを有する回転部材を用いて回転速度の落ち込み量を検出すればよい。また、制御の処理速度も高速が要求されず、制御のための処理が容易になる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、簡単な構成でエンジンの回転速度の落ち込み量が所定以上であるか否かを判定することができ、エンジンの逆回転によって各部材が受ける衝撃を、安価な構成で抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】エンジンが逆回転する2通りの現象を説明するための模式図。
【図2】エンジン回転速度の落ち込み量とエンジン逆回転の有無との関係を示す図。
【図3】ロータに設けられた1つの突起とパルサーからの出力信号及びその波形整形後の信号との関係を示す図。
【図4】前回回転時突起通過時間と回転速度の落ち込み量とエンジン逆回転の有無との関係を示す図。
【図5】点火の有無と逆転継続回転角度との関係を示す図。
【図6】エンジンの逆回転を予測し点火制御を実行した場合のエンジン回転速度の落ち込み量を示す図。
【図7】本発明の一実施形態による点火制御装置が採用された自動二輪車の側面図と点火系統の模式図。
【図8】点火系統の模式図。
【図9】点火制御のための処理フローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0015】
ここで、本願発明者による、エンジンの逆回転の発生及び抑制に関する検討及び解析結果について以下に説明する。
【0016】
まず、本件発明の前提となっている技術思想は、回転速度の落ち込み量の程度によってエンジンが逆転するか否かを推測することができる、という点にある。この点について以下により詳細に説明する。
【0017】
通常の運転パターン内の回転速度の落ち込みと、エンジンが逆回転するときの回転速度の落ち込みとの違いを比較検討したところ、エンジンの逆回転発生時の回転速度の落ち込みの方が極端であることがわかった。この違いは、1つ前の燃焼によるクランク回転力が、次の圧縮上死点を乗り越えることができる場合と、できない場合と、に分かれていると考えられる。
【0018】
ここで、エンジンの逆回転が発生しやすい運転パターンとして、アイドリング状態で、スロットルを半分程度まで急激に開けるパターンがある。そこで、このような運転パターンでエンジンの逆回転の発生の有無を確認した結果、ピストンが圧縮上死点を乗り越えられない場合は、大きく次の2つに分かれることが判明した。
【0019】
1つは、図1(a)に示すように、ピストンの勢い(クランク軸の回転力)が圧縮圧力に負けて、ピストンが点火位置(IT)より前で押し返される場合である。この場合は、エンジンの逆回転の開始点は点火位置(IT)の前であり、ピストンを押す力は、圧縮圧力だけである。そのため、クランク軸は概ね1回転に満たない角度まで逆転して停止する。
【0020】
もう1つは、図1(b)に示すような場合である。ここでは、ピストンの勢いが圧縮圧力に負けて押し返される点は図1(a)と同様である。しかし、図1(b)に示す場合は、エンジンの逆回転の開始点が点火位置(IT)と圧縮上死点(TDC)の間である。つまり、エンジンの逆回転の開始点は、点火位置(IT)の後であり、かつ圧縮上死点(TDC)前になっている。そのため、点火は実行される。しかし、点火プラグの点火から燃焼の拡大までに時間がかかる。このため、ピストンが押し返されてから、つまり、エンジンの回転方向が逆になってから燃焼が拡大し、燃焼による回転力が発生する。ピストンを押す力は、圧縮圧力と、燃焼による回転力であり、図1(a)の場合と比較してピストンがより強く押し下げられる。そのため、エンジンは2回転近く逆転する。
【0021】
一方で、通常の運転状態における回転速度の落ち込みは、次の圧縮上死点を乗り越えることができるケースであるため、エンジンの回転が持続することが多い。
【0022】
以上のようなエンジンの逆回転の有無、及びその逆回転の程度(逆回転角度の大きさ)についての実験結果については、後述する。
【0023】
以上のような検討結果から、まず、ピストンが圧縮上死点を乗り越えられる場合、すなわちエンジンの回転が持続可能な場合と、ピストンが圧縮上死点を乗り越えられない場合、すなわちエンジンの回転が停止、あるいはエンジンが逆回転した後に停止する場合とを、回転速度の落ち込みの程度で切り分けることができると考えられる。そして、ピストンが圧縮上死点を乗り越えられない場合の点火を禁止することで、エンジンの逆回転の程度、ひいてはそれによる各部材への衝撃を抑制することができる、との考えに至った。
【0024】
ここで、エンジンの回転速度の落ち込み量によるエンジンの逆回転の予測メカニズムついては、前述の特許文献1にも類似の内容が開示されている。特許文献1では、エンジン、すなわちクランク軸の1回転に複数のパルス信号を発生させ、エンジンにおける点火直前の回転速度の落ち込み量を計算するものである。より具体的には、特許文献1では、エンジンの吸気工程から圧縮工程に至る間の回転速度の落ち込み量を、その間に発生される複数のパルス信号から計算している。そして、この計算結果に基づいてエンジンが逆回転するか否かを判定し、この判定結果により点火時期を制御している。
【0025】
しかし、本願発明者による検討及び解析結果によれば、点火が実行される当該回転時の変動をきめ細かく検出しなくても、エンジンの逆回転を予測ができることが判明した。すなわち、点火が実行される今回の回転の所定クランクタイミング(以下「今回回転時」という)と、その1回転前の回転の所定クランクタイミング(以下「前回回転時」という)との回転速度の落ち込み量を検出し、この回転速度の落ち込み量を所定のしきい値で切り分けることにより、エンジンの逆回転の発生を高い確率で予測できることが判明した。これについては、本願発明者が、以下の点に思い至ったことから導かれたものである。すなわち、回転速度の落ち込み量は、主に、
(a)爆発による回転力(行程毎の燃焼室の圧力変化)
(b)回転する各部分の摩擦力
に起因している。上記(a)(b)はエンジンの機種によって決まる固有の値である。したがって、エンジンの逆回転を予測するための回転速度の落ち込み量は、点火直前の複数の角度位置における回転速度を検出する必要はなく、前回回転時及び今回回転時における回転速度の差を検出すればよいことが判明した。そして、前回回転時及び今回回転時の回転速度は、具体的には、円周方向に所定の幅を有する1つの突起をクランク軸とともに回転する部材に設け、その1つの突起の通過時間によって算出することができる。
【0026】
図2(a)(b)に、以上の技術的思想の裏付けとなるデータを示す。図2(a)は今回回転時tと前回回転時tn−1の回転速度を複数回測定した結果を示している。図2(a)において、縦軸はエンジンの回転速度を示している。所定の実験時の回転速度の差がわかるように、所定実験時の前回回転時tn−1と今回回転時tの回転速度の結果を線でつないでいる。この図2(a)に示すデータは、単気筒4ストロークガソリンエンジンにおいて、アイドリング状態からスロットルを全開の1/2程度急激に開く操作を行った場合の、エンジンの回転速度変動とエンジンの逆回転の有無を示している。そして、図2(b)における時間T1が、点火が実行される今回回転時の回転速度に対応し、時間T2がその1回転前の前回回転時の回転速度に対応している。図2(a)において、実線はエンジンが逆回転しなかった場合の回転速度の落ち込み量を示し、破線はエンジンが逆回転した場合の回転速度の落ち込み量を示している。この図2(a)からは、エンジンの逆回転が見受けられるのは、T1とT2の差に所定値以上の差があった場合であることがわかる。ここでは、図3に示すように(図7にも同様の構成を示している)、クランク軸23とともに回転するアウタロータ型のマグネト発電機のロータ25に1つの突起26を設け、この突起26をパルサー27によって検出して突起26の通過時間Tを検出し、回転速度を算出している。1つの突起26は、円周方向に60°の幅を有している。
【0027】
より具体的には、図3に示すように、まず、クランク軸23は時計回り(回転方向R)に回転している。そして、図3(a)に示すように、突起26がパルサー27を通過し始めたタイミングで、パルサー27からは図3(c)に示す信号uが出力される。また、図3(b)に示すように、突起26がパルサー27を通過し終えたタイミングで、パルサー27からは図3(c)に示すような信号dが出力される。これらの信号u,dは図6に示すCDIユニット28に入力され、ここで波形整形されて図3(d)に示すようなパルス信号が得られる。
【0028】
ここで、図2(b)におけるタイミングT1u,T2uにおいて出力されている信号が図3(c)の信号uに対応し、図2(b)におけるタイミングT1d,T2dにおいて出力されている信号が図3(c)の信号dに対応している。
【0029】
また、図4に、図2(b)のデータに基づいて作成された、前回回転時の回転速度に対応する時間T2と、エンジンの逆回転が発生した場合の回転速度の落ち込み量に対応する時間(T1−T2:図中■)及びエンジンの逆回転が発生しなかった場合の回転速度の落ち込み量に対応する時間(T1−T2:図中●)の関係を示している。すなわち、図4の横軸は時間T2(前回回転時の回転速度に対応)、縦軸は回転速度の落ち込み量に対応する時間(T1−T2)である。この図4から、前回回転時のT2が大きい、つまり、前回回転時の回転速度が小さい場合、エンジンの逆回転が発生しやすいことがわかる。しかし、前回回転速度をしきい値として点火制御を行う場合、不必要な点火制御を行うことになり、エンジンの回転の持続性が低下してしまう。次に、回転速度の落ち込み量に着目した。一点鎖線で示す部分をしきい値として点火制御を行う場合、不必要な点火制御を抑制することができることがわかる。
【0030】
図5は、図1(b)の状態において、点火を行った場合と点火を行わなかった場合の実験結果を示している。図5は、点火制御の有無とエンジンの逆回転が発生した場合に逆回転が継続したクランク回転角度Dr(以下「逆回転継続回転角度」という)の関係を示している。すなわち、図5の横軸はデータ番号、縦軸はエンジンの逆回転継続回転角度Drを示している。領域Aのデータは点火した場合である。領域Bのデータは点火をしなかった場合である。この図から明らかなように、点火した場合のA領域のデータは約2回転(600〜700°)の逆回転が継続したことを示しており、点火を停止した場合のB領域のデータはほぼ1回転以内の逆回転に収まっていることを示している。したがって、エンジンの逆回転の発生が予測された場合に点火を停止すれば、逆回転がほぼ1回転以内に収まり、各部材への衝撃を緩和して各部材の損傷を抑えることができることがわかる。
【0031】
以上をまとめたのが図6である。図6の横軸は時間、縦軸はエンジンの回転速度である。この図6では、エンジンがアイドリング回転速度(IDL)で回転しているときに、時刻tでスロットルを全開の1/2ほど急激に開けるような操作を行っている。図6における特性Sは、急激なスロットル操作を行ってもエンジンの逆回転が発生せず、そのまま正常に回転を継続している状態を示している。それに対し、特性Pと特性Qは、エンジンの逆回転が発生した状態を示している。特性Pは、急激なスロットル操作によって、回転速度の落ち込み量が大きい場合に点火を停止した場合を示している。特性Qは、急激なスロットル操作によって、回転速度の落ち込み量が大きい場合に点火を行った場合を示している。特性Pではエンジンの逆回転速度は低い。また、その逆回転継続回転角度は小さい。具体的には、実験の結果、逆回転は1回転弱継続した。一方で、特性Qではエンジンの逆回転速度は大きい。また、その逆回転継続回転角度が大きい。具体的には、実験の結果、逆回転は約2回転継続した。したがって、回転速度の落ち込み量を検出してエンジンが逆回転するのを予測し、エンジンの逆回転が予測される場合は点火を停止することにより、エンジンの逆回転による衝撃を小さくして各部材の損傷を抑えることができることがわかる。
【0032】
図7に本発明の一実施形態によるエンジンの点火制御装置が採用された自動二輪車を示す。図7は自動二輪車の左側面図であり、点火系統の構成を模式的に併せて示している。
【0033】
[全体構成]
図7に示すように、本実施形態に係る自動二輪車1は、いわゆるモペット型の自動二輪車であり、本体フレーム2と、前輪3及び後輪4と、シート5と、動力ユニット6と、カバー部材7とを備えている。
【0034】
本体フレーム2は、ヘッドパイプ10、メインフレーム11及び左右1対のサイドフレーム(図示せず)を有している。ヘッドパイプ10にはステアリングシャフト12が回転自在に支持されており、ステアリングシャフト12の上端部には操向ハンドル13が固定され、ステアリングシャフト12の下端にはフロントフォーク14が取り付けられている。なお、前輪3はフロントフォーク14の下端部に支持されている。そして、本体フレーム2の多くはカバーによって覆われている。
【0035】
動力ユニット6は、メインフレーム11等のブラケットに支持された単気筒4サイクルガソリンエンジン15を含む駆動部16と、駆動部16からの動力を後輪4に伝達する伝達装置17と、を有している。なお、伝達装置17はリヤショックユニット18を介してサイドフレームに支持されている。また、本実施形態では、特に、エンジン15の吸気系にキャブレター(図示せず)が設けられている自動二輪車を対象としているが、吸気系にFI(Fuel Injection)装置が設けられた自動二輪車においても本発明を同様に適用できる。
【0036】
また、駆動部16には、エンジン始動用のスタータモータ20及び減速ギア21が設けられている。減速ギア21は、スタータモータ20の回転を減速するものであり、その出力はワンウェイクラッチ22を介してエンジン15のクランク軸23に連結されている。
【0037】
[点火系の構成]
エンジン15のクランク軸23にはアウタロータ型のマグネト発電機を構成するロータ25が固定されており、ロータ25とクランク軸23とは同期して回転する。そして、ロータ25の外周部には円周方向に60°の角度幅を有する1つの突起26が設けられている。また、この突起26に近接してパルサー27が配置されている。パルサー27は、突起26の通過、すなわち突起26の始端と終端を検出して、図2(b)及び図3に示すようなパルス信号を発生するものである。このパルサー27の出力はCDIユニット28に入力される。CDIユニット28はメインスイッチ29を介してバッテリ30に接続されている。また、CDIユニット28には点火コイル31が接続されており、点火コイル31には点火プラグ32が接続されている。点火タイミングは、突起の終端を検出した時に設定されている。
【0038】
図8にCDIユニット28の概略ブロックを示している。CDIユニット28は、メインスイッチ29を介してバッテリ30に接続された昇圧回路40及び電源回路41と、点火回路42と、波形整形回路43と、制御部44と、を有している。
【0039】
昇圧回路40はバッテリ30からの電圧を点火用の1次電圧まで昇圧する回路である。電源回路41はバッテリ30からの電圧から制御回路用の電源電圧を作る回路である。点火回路42は、コンデンサ及びサイリスタを含み、昇圧回路40の出力を制御部43の制御に応じて点火コイル31に出力する回路である。波形整形回路43は、図3(c)に示すパルサー27からの信号を波形整形して図3(d)に示す信号を出力する回路である。そして、制御部44は、波形整形回路43からの信号を受けて、回転速度に対応する突起26の通過時間(図1のT1,T2・・)を検出するとともに、回転速度の落ち込み量としての、今回回転時の回転速度に相当する通過時間T1と、その1回転前の前回回転時の回転速度に相当する通過時間T2との差を検出する機能を有している。すなわち、制御部44は、回転速度を検出する機能と回転速度の落ち込み量を検出する機能とを有している。
【0040】
以上のような、突起26を有するロータ25、パルサー27及びCDIユニット28の制御部44によって、回転速度検出手段が構成され、また制御部44によって回転速度の落ち込み量検出手段が構成されている。そして、これらによって、点火制御装置が構成されている。また、点火プラグ32を含むエンジン15と、点火制御装置と、点火コイル31と、によって内燃機関が構成されている。
【0041】
[点火制御処理]
次に、エンジンの逆回転を抑制するための点火制御処理について説明する。なお、以下の各点火制御処理は、CDIユニット28の制御部44が実行する処理である。
【0042】
<ピックアップ信号取り込み処理>
まず、図9(a)により、エンジン15の回転速度を検出するためのパルサー27からの信号(ピックアップ信号)取り込み処理について説明する。
【0043】
このピックアップ信号取り込み処理では、ステップS1において、ピックアップ信号の立ち上がりを検出したか否かを判断する。ここでのピックアップ信号の立ち上がりは、前回回転時のピックアップ信号の立ち上がりであり、図2(b)おけるタイミングT2uに相当している。このピックアップ信号の立ち上がりを検出すると、ステップS1からステップS2に移行する。ステップS2では、フリーランニングカウンタ(FRC)の値を、1回転前の、すなわち前回回転時のピックアップ信号立ち上がり検出時のカウンタ値(Crn−1)として取り込む。
【0044】
なお、フリーランニングカウンタ(FRC)とは、常に最小単位毎に増加計数し、最大桁まで計数したら再度ゼロから計数を繰り返すカウンタであり、一般的に時間の計数に用いられるカウンタである。
【0045】
ステップS2での処理が終了するとステップS3に移行し、ステップS3において、ピックアップ信号の立ち下がりを検出したか否かを判断する。ここでのピックアップ信号の立ち下がりは、前回回転時のピックアップ信号の立ち下がりであり、図2(b)におけるタイミングT2dに相当している。このピックアップ信号の立ち下がりを検出すると、ステップS3からステップS4に移行する。ステップS4では、フリーランニングカウンタの値を前回回転時のピックアップ信号立ち下がり検出時のカウンタ値(Csn−1)として取り込む。
【0046】
ステップS4での処理が終了するとステップS5に移行する。ステップS5では、次のピックアップ信号の立ち上がりを検出したか否かを判断する。ここでのピックアップ信号の立ち上がりは、今回回転時のピックアップ信号の立ち上がりであり、図2(b)におけるタイミングT1uに相当している。このピックアップ信号の立ち上がりを検出すると、ステップS5からステップS6に移行する。ステップS6では、フリーランニングカウンタの値を、現在の、すなわち今回回転時のピックアップ信号立ち上がり検出時のカウンタ値(Crn)として取り込む。
【0047】
次にステップS7において、ピックアップ信号の立ち下がりを検出したか否かを判断する。ここでのピックアップ信号の立ち下がりは、今回回転時のピックアップ信号の立ち下がりであり、図2(b)におけるタイミングT1dに相当している。このピックアップ信号の立ち下がりを検出すると、ステップS7からステップS8に移行する。ステップS8では、フリーランニングカウンタの値を、今回回転時のピックアップ信号立ち下がり検出時のカウンタ値(Csn)として取り込む。
【0048】
<制御条件判定処理>
以上の処理によって得られた各カウンタ値を用いて、点火制御のための処理が実行される。この点火制御のための処理フローを図9(b)に示す。
【0049】
まず、ステップS10では、今回回転時のピックアップ信号立ち上がり検出時のカウンタ値(Crn)から前回回転時のピックアップ信号立ち上がり検出時のカウンタ値(Crn−1)を減算し、この結果値が制御開始設定値(Te)以上か否かを判断する。すなわち、
Te≦Crn−Crn−1
が成立するか否かを判断する。
【0050】
ここで、今回回転時のピックアップ信号立ち上がり検出時のカウンタ値(Crn)から前回回転時のピックアップ信号立ち上がり検出時のカウンタ値(Crn−1)を減算した値はエンジンの回転速度に対応しており、その減算結果値が大きい場合は回転速度が低く、小さい場合は回転速度が高いことになる。
【0051】
制御開始設定値(Te)は、点火制御処理を規制するために設定されるものである。すなわち、エンジンの逆回転は、一般的にエンジンがある程度の回転数より高い場合には生じない。したがって、本実施形態では、通常、エンジンの逆回転が生じない回転速度領域においては無用の点火制御処理を実行させないようにしている。このため、点火制御を開始する回転速度に相当する制御開始設定値(Te)を設定し、この制御開始設定値以上、すなわち制御開始設定値Teに相当する回転速度より低い場合にのみ、点火制御処理を実行するようにしている。なお、制御開始設定値Teは、例えばエンジン回転速度にすれば600rpmに相当する値である。
【0052】
現在の回転速度が制御開始設定値Teより低い場合には、ステップS10からステップS11に移行する。ステップS11では、回転速度の落ち込み量が所定の値以上か否かを判断する。具体的には、まず、今回回転時のピックアップ信号立ち下がり検出時のカウンタ値(Csn)から今回回転時のピックアップ信号立ち上がり検出時のカウンタ値(Crn)を減算する。この減算結果は、図2(b)の時間T1、すなわち今回回転時の所定クランクタイミング(1つの突起26がパルサー27を通過するとき)の回転速度に相当している。また、前回回転時のピックアップ信号立ち下がり検出時のカウンタ値(Csn−1)から前回回転時のピックアップ信号立ち上がり検出時のカウンタ値(Crn−1)を減算する。この減算結果は、図2(b)の時間T2、すなわち前回回転時の所定クランクタイミング(1つの突起26がパルサー27を通過するとき)の回転速度に相当している。そして、今回回転時の減算結果から前回回転時の減算結果を減算し(T1−T2)、この減算結果がストール検出設定値(Dn)以上か否かを判断する。すなわち、
Dn≦(Csn−Crn)−(Csn−1−Crn−1
が成立するか否かを判断する。
【0053】
ステップS11では、今回回転時の回転速度と前回回転時の回転速度とを比較してその落ち込み量を求め、得られた落ち込み量が所定の値以上か否かを判断している。
【0054】
ここで、逆回転検出設定値(Dn)は、前述の図2〜図5で説明したように、これ以上の回転速度の落ち込み量があった場合はエンジンが逆回転する場合の回転速度の落ち込み量であって、特に図4の一点鎖線で示すしきい値に相当している。この逆回転検出設定値(Dn)は、前述のように、各機種におけるエンジン固有の値として予め設定されている。
【0055】
以上のような処理によって、回転速度の落ち込み量が所定値以上の場合には、点火が禁止される。したがって、図5及び図6で説明したように、逆回転継続回転角度は1回転弱になり、エンジンの逆回転時の衝撃が抑制されることになる。
【0056】
次にステップS13では、今回回転時のピックアップ信号立ち上がり検出時のカウンタ値(Crn)から前回回転時のピックアップ信号立ち上がり検出時のカウンタ値(Crn−1)を減算し、この結果値が制御リセット設定値(Tr)以上か否かを判断する。
【0057】
すなわち、
Tr≦Crn−Crn−1
が成立するか否かを判断する。
【0058】
このステップS13での判断は、ステップS11及びステップS12によっていったんエンジンが停止した後、再度始動した場合において、エンジンがある回転数を越える(設定値Tr以上)になった場合に、再度正常な点火処理を開始するための処理である。したがって、ステップS13でYesと判断された場合は、ステップS13からステップS14に移行し、予め設定されている点火タイミングで点火を可能にする。
【0059】
[本実施形態の効果]
(a) 前回回転時から今回回転時のエンジンの回転速度の落ち込み量によってエンジンの逆回転を予測し、エンジンの逆回転が予測される場合は今回回転時の点火を禁止するので、エンジンの逆回転継続角度を小さくして各部材に与える衝撃を緩和することができる。また、1サイクル前との回転速度を比較するため、制御処理が容易である。
【0060】
(b) エンジンの回転速度の落ち込み量の検出に際し、1つの突起のみによって回転速度を検出するので、回転速度検出のための構成が簡単になるとともに、制御を高速で処理する必要がなく、制御処理が容易になる。
【0061】
(c) 一般的にエンジンの逆回転が発生しない回転速度領域においては点火制御を規制しているので、無用の制御処理が実行されることはなく、また必要な点火が禁止されるのを防止できる。
【0062】
(d) 4サイクルエンジンでは、1つの気筒に注目すると、クランク軸が2回転するごとに1回点火が行われる。2気筒以上の複数の気筒を有するエンジンでは、それぞれの点火タイミングが異なるように設定されており、クランク軸が2回転する間に、複数の点火が行われる。そのため、クランク軸の回転力が大きい。それに対し、4サイクル単気筒のエンジンでは、爆発による回転力はクランク軸が2回転で1度発生する。そのため、回転速度が小さい領域において、複数の気筒を備えたエンジンと比較して、点火直前のクランク軸の回転力は小さい。そのため、4サイクル単気筒のエンジンでは、回転速度が小さい領域においてエンジンの逆回転が発生する可能性が高い。したがって、今回の発明を4サイクル単気筒エンジンに適用することは有効である。
【0063】
[他の実施形態]
(a) 前記実施形態では、アウタロータ型のマグネト発電機のロータに1つの突起を設けて回転速度を検出するようにしたが、複数の突起が形成されているロータを利用しても良い。この場合は、複数の突起のうちの1つによって回転速度を検出するようにすれば、制御処理の容易化については前記実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0064】
(b) 前記実施形態では、フリーランニングカウンタによって回転速度を検出するようにしたが、回転速度の検出のための構成はこれに限定されるものではない。
【0065】
(c) 前記実施形態では、点火タイミングは、ロータの突起の終端の検出時である。しかし、それに限らず、終端を検出後所定時間経過後であってもよいし、終端を検出後所定クランク角度回転した後であってもよい。
【符号の説明】
【0066】
1 自動二輪車
2 本体フレーム
3 前輪
4 後輪
5 シート
6 動力ユニット
15 エンジン
16 駆動部
23 クランク軸
26 突起
27 パルサー
28 CDIユニット
31 点火コイル
32 点火プラグ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの点火制御を行う制御装置であって、
前記エンジンにおいて一回転時の一時期における回転速度を検出する回転速度検出手段と、
前記回転速度検出手段の検出結果から、前記エンジンにおいて点火が実行される今回回転時と前記今回回転時の1回転前の前回回転時との回転速度の落ち込み量を検出する回転速度の落ち込み量検出手段と、
前記回転速度の落ち込み量検出手段による検出結果により、前記回転の落ち込みが予め設定された所定の量より大きい場合は今回回転時の点火を禁止する点火禁止手段と、
を備えたエンジンの点火制御装置。
【請求項2】
前記点火禁止手段における回転速度の落ち込み量の予め設定された所定の落ち込み量は、点火した場合にエンジンの逆回転時に回転が継続するクランク角度が600°以上になることが予測される落ち込み量である、請求項1に記載のエンジンの点火制御装置。
【請求項3】
前記回転速度検出手段は、エンジンとともに回転する回転部材と、前記回転部材に設けられ回転方向に所定の長さを有する速度検出体と、前記速度検出体が通過する時間を検出する検出手段と、を有している、請求項2に記載のエンジンの点火制御装置。
【請求項4】
前記速度検出体は前記回転部材の外周面に設けられた1つの突起である、請求項3に記載のエンジンの点火制御装置。
【請求項5】
前記回転速度検出手段の検出結果から、エンジンの回転速度が所定の回転速度以上の場合に前記点火禁止手段の制御を規制する点火禁止規制手段をさらに備えた、請求項1に記載のエンジンの点火制御装置。
【請求項6】
点火プラグを有する単気筒4サイクルガソリンエンジンと、
前記点火プラグに接続された点火コイルと、
前記点火コイルに接続され、前記点火プラグの点火を制御する点火制御装置と、
を備え、
前記点火制御装置は、
前記エンジンにおいて一回転時の一時期における回転速度を検出する回転速度検出手段と、
前記回転速度検出手段の検出結果から、前記エンジンにおいて点火が実行される今回回転時と前記今回回転時の1回転前の前回回転時との回転速度の落ち込み量を検出する回転速度の落ち込み量検出手段と、
前記回転速度の落ち込み量検出手段による検出結果により、前記回転の落ち込み量が予め設定された所定の量より大きい場合は今回回転時の点火を禁止する点火禁止手段と、
を備えている、
内燃機関。
【請求項7】
車体フレームと、
前記車体フレームに支持された単気筒4サイクルガソリンエンジンを含む駆動部と、
前記駆動部の上方に配置されたシートと、
前記車体フレームに支持された前輪及び後輪と、
前記駆動部から動力を前記前輪又は前記後輪に伝達する駆動伝達部と、
を備え、
前記駆動部は、前記エンジンの点火を制御する点火制御装置をさらに備え、
前記点火制御装置は、
前記エンジンにおいて一回転時の一時期における回転速度を検出する回転速度検出手段と、
前記回転速度検出手段の検出結果から、前記エンジンにおいて点火が実行される今回回転時と前記今回回転時の1回転前の前回回転時との回転速度の落ち込み量を検出する回転速度の落ち込み量検出手段と、
前記回転速度の落ち込み量検出手段による検出結果により、前記回転の落ち込み量が予め設定された所定の量より大きい場合は今回回転時の点火を禁止する点火禁止手段と、
を有している、
自動二輪車。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−59959(P2010−59959A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−140761(P2009−140761)
【出願日】平成21年6月12日(2009.6.12)
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)
【Fターム(参考)】