説明

オーステナイト系ステンレス鋼を用いた球面すべり軸受

【課題】
引張応力によるボディの塑性変形を抑制可能な球面すべり軸受を提供する。
【解決手段】
ボディ200に引張応力が加わりうる球面すべり軸受10は、ボディ200がオーステナイト系ステンレス鋼により形成されている。このオーステナイト系ステンレス鋼は、重量比で、C:0.09〜0.15%,Si:≦1.0%,Mn:≦2.0%,P:≦0.02%,S:≧0.15%,Ni:8.0〜10.0%,Cr:17.0〜19.0%,N:0.1〜0.3%を含み、残部がFeおよび不純物であり、溶体化処理を1100℃以上かつ1200℃以下で行ったオーステナイト系ステンレス鋼である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、オーステナイト系ステンレス鋼を用いた球面すべり軸受に関し、特に、ボディに引張応力が加わりうる球面すべり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
ロッドエンド球面すべり軸受は、シャフトを取り付けるための貫通孔が設けられた凸球面状の外周面を有するボール(内輪)を、ボディ(「ハウジング」とも呼ばれる)に設けられた凹球面状の内周面を有する貫通孔に回転自在に保持するように構成される。
【0003】
ロッドエンド球面すべり軸受では、ボディに設けられたストレートな貫通孔にボールを挿入した後、当該貫通孔の部分を外部からかしめることにより、ボールがボディの貫通孔に嵌合される(例えば、特許文献1参照)。このように、ロッドエンド球面すべり軸受はボディのかしめにより製造されるため、ボディは、かしめによる割れやひびが発生しにくい材料で形成される。また、ロッドエンド球面すべり軸受は各種産業機械に用いられるため、ボディは、安価で、かつ、優れた耐食性を有しているのが好ましい。そのため、ボディを形成する材料としては、オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS303が使用されてきた。一方、ボールは、摺動による摩耗の抑制と耐食性とを考慮して、通常、強度の高いマルテンサイト系ステンレス鋼であるSUS440Cにより形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−153136号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に、ロッドエンド球面すべり軸受は、ボディに引張応力が加わる状態で使用される。そのため、耐力が低いSUS303をボディに使用すると、ボディが使用中に塑性変形してしまう虞がある。この問題は、ロッドエンド球面すべり軸受のみならず、ボールスタッド付き球面すべり軸受等、一般に、ボディに引張応力が加わりうる球面すべり軸受に共通する。
【0006】
本発明は、上述した従来の課題を解決するためになされたものであり、引張応力によるボディの塑性変形を抑制可能な球面すべり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的の少なくとも一部を達成するために、本発明の球面すべり軸受は、ボディに引張応力が加わりうる球面すべり軸受であって、ボディが、重量比で、C:0.09〜0.15%,Si:≦1.0%,Mn:≦2.0%,P:≦0.02%,S:≧0.15%,Ni:8.0〜10.0%,Cr:17.0〜19.0%,N:0.1〜0.3%を含み、残部がFeおよび不純物であり、溶体化処理を1100℃以上かつ1200℃以下で行ったオーステナイト系ステンレス鋼からなることを特徴とする。
【0008】
この構成によれば、ボディの耐力をSUS303よりも高くすることができるので、ボディに引張応力が加わる状態で使用された場合においても、ボディの塑性変形を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】ロッドエンド球面すべり軸受の構成を示す断面図。
【図2】ロッドエンド球面すべり軸受の製造工程を示す工程図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[ロッドエンド球面すべり軸受の構成]
図1は、本発明を適用するロッドエンド球面すべり軸受の構成を模式的に示す断面模式図である。ロッドエンド球面すべり軸受10(以下、単に「球面すべり軸受10」とも呼ぶ)は、ボール(内輪)100と、ボディ200と、ライナー300とを有している。
【0011】
ボール100は、ストレートな貫通孔110が設けられた凸球面状の外周面120を有する部材である。ボール100は、摺動による外周面120の摩耗を抑制するため、高い強度が要求される。そのため、ボール100は、耐食性に加え耐摩耗性を考慮して、マルテンサイト系ステンレス鋼であるSUS440Cにより形成される。
【0012】
ボディ200は、外輪部210と、ネック220と、取付部230とを有する部材である。外輪部210には、凹球面状の内周面を有する貫通孔212が設けられている。外輪部210および取付部230よりも細いネック220は、後述する球面すべり軸受10の製造工程におけるかしめを容易にするために設けられている。取付部230の外輪部210とは反対側の端部には、ロッドを取り付けるためのねじ部232が形成されたねじ孔234が設けられている。また、当該端部の外面には、球面すべり軸受10とロッドとを締結するための工具が係合する係合部236が設けられている。なお、図1に示す球面すべり軸受10では、ネック220が外輪部210および取付部230よりも細くなっているが、必ずしもネック220は外輪部210および取付部230よりも細くなくてもよい。
【0013】
ライナー300は、自己潤滑性を有するシート状の部材であり、ボディ200の貫通孔212に接着される。ライナー300は、例えば、テフロンファイバー(テフロンは登録商標)とグラスファイバーとを混紡し、フェノリックレジンを含浸させることにより形成される。なお、グラスファイバーの少なくとも一部を他の合成繊維に置き換えることも可能である。また、ライナーとしては、シート状や繊維状の部材を貫通孔212に接着するのみならず、自己潤滑性を有する樹脂を外輪部210にモールドして形成してもよい。モールドする樹脂としては、自己潤滑性を有していればよく、例えば、ナイロン6やナイロン12をベースとした樹脂を用いることができる。
【0014】
ボール100の凸球面状の外周面120は、貫通孔212の凹球面状の内周面よりもわずかに径が小さくなっており、ボール100がライナー300を介してボディの貫通孔212に嵌合される。上述のように、ライナー300が自己潤滑性を有しているため、摺動面での摩擦が減少し、ボール100がライナー300に対してすべる。このようにボール100がライナー300に対してすべることにより、ボール100は、外輪部210内でスムーズに回転する。なお、ライナー300が自己潤滑性を有しているため、ボール100とボディ200との間に潤滑油を給油することなく、ボール100をスムーズに回転させることが可能である。
【0015】
ボール100が外輪部210内で回転することにより、ボール100は、ボディ200に対して全方向に摺動可能となる。そのため、ボール100の貫通孔110の軸方向は、ボディ200の貫通孔212とは異なる角度にすることができ、ボール100の貫通孔110にシャフトを圧入または嵌合させれば、ボール100の回転によりシャフトがボディ200に対して傾斜する傾斜機構を構成することができる。
【0016】
[ロッドエンド球面すべり軸受の製造工程]
図2(a)ないし図2(d)は、球面すべり軸受10の製造工程の一例を示す工程図である。球面すべり軸受10の製造工程では、まず、図2(a)に示すように、ボディ200aが準備される。ボディ200aは、外輪部210に換えて、ストレートな貫通孔212aが設けられた円筒部210aを有している点で球面すべり軸受10(図1)のボディ200と異なっている。他の点は、球面すべり軸受10(図1)のボディ200と同じである。
【0017】
次いで、ボディ200aの貫通孔212aに自己潤滑性を有する円筒状のライナー300aを挿入し、ライナー300aの外周面と、貫通孔212aの内周面とを熱硬化性接着剤等により接着する(図2(b))。ライナー300aと貫通孔212aとを接着した後、図2(c)に示すように、ライナー300aの内周面にボール100を挿入する。
【0018】
ボール100の挿入後、ネック220側とネック200側と反対側とから円筒部210aに圧力を加えることにより、円筒部210aが外周側から内周側にかしめられる。円筒部210aがかしめられることにより、貫通孔212の内周面は、ライナー300を介してボール100の凸球面状の外周面120に沿った凹球面状となる。
【0019】
[ボディの材質]
球面すべり軸受10は、上述のように、ボディ200aの円筒部210aをかしめることにより製造される。そのため、本実施形態では、かしめによる割れやひびが生じにくく、かつ耐力が高い耐食性の材料として、SUS303をベースとし、微量の窒素を含有させた合金を所定の温度で溶体化処理して得られるオーステナイト系ステンレス鋼を用いてボディ200を形成している。具体的には、次の化学成分を含有するオーステナイト系ステンレス鋼を用いてボディ200が形成される。なお、以下では、各化学成分の含有量は、重量%で表す。
【0020】
C:0.09〜0.15%
Cが多いとCr炭化物が形成され耐食性が低下するため、Cの上限を0.15%とする。なお、Cは、強力なオーステナイト形成元素であり、添加量が少ないとフェライト化が進むため、下限を0.09%とする。
【0021】
Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下
Si及びMnは、σ相等の金属間化合物の析出を促進し、かしめの際に欠陥を生じさせる虞があるため、Siの上限を1.0%とし、Mnの上限を2.0%とする。
【0022】
P:0.02%以下
Pが多いと溶解した合金を凝固させる際に結晶粒の境界に不純物原子が寄り集まる粒界偏析が発生し、材料が脆性破壊することがあるため、上限を0.02%とする。
【0023】
S:0.15%以上
Sは、被削性の向上に寄与する元素であり、ボディ200aの形成を容易にするため、下限を0.15%とする。
【0024】
Ni:8.0〜10.0%
Niは、オーステナイト形成元素であるので、8.0%以上とするのが好ましい。しかしながら、Niは、高価な元素であるので、上限を10.0%とする。
【0025】
Cr:17.0〜19.0%
Crは、耐食性の向上に寄与する元素であるので、17.0%以上とするのが好ましい。但し、Crの過剰添加は、フェライトの形成を促進するので、上限を19.0%とする。
【0026】
N:0.1〜0.3%
Nが0.1%以下の場合には、0.2%耐力の向上に十分な効果が得られないため、下限を0.1%とする。一方、Nが0.3%以上の場合には、耐力の向上に十分な効果が得られるが、材料が脆性化するため、上限を0.3%とする。なお、Nを0.1%以上含有させることは、例えば、加圧ESR(エレクトロスラグ再溶解:Electro-Slag Remelting)法により実現することが可能である。
【0027】
上記化学成分を含有する合金の溶体化処理(固溶化処理)は、次の理由により、1100℃以上で、かつ、1200℃以下で行う。溶体化処理温度が1100℃を下回る場合、Cr炭化物がマトリックス中に完全に固溶せず、錆が発生しやすくなる。一方、溶体化処理温度が1200℃を上回る場合、結晶粒が粗大化し、材料が脆くなってしまう。なお、溶体化処理温度は、1100℃以上で、かつ、1150℃以下が好ましい。
【実施例】
【0028】
試料として、化学成分がSUS303をベースとし、Nの添加量および溶体化処理温度が異なる合金(オーステナイト系ステンレス鋼)を準備した。表1は、準備したそれぞれの試料のNの添加量および溶体化処理温度を示している。実施例1〜6および比較例1〜3では、Nの添加量を0.1〜0.3%の範囲とし、比較例4〜7では、Nの添加量を0.3%以上とした。また、実施例1〜6および比較例4〜7については溶体化処理を1100〜1200℃の範囲で行い、比較例1〜3については溶体化処理を1100℃以下で行った。
【0029】
【表1】

【0030】
次に、これらの試料について、0.2%耐力の測定と、耐食性および靱性の評価を行った。耐食性については、JIS Z2371(中性塩水噴霧試験)に従い、温度35℃において、濃度5%のNaCl水溶液を試験片に24時間噴霧した後、錆の発生の有無を目視で確認した。また、靱性については、液体窒素で設定した温度まで冷却したエチルアルコール中にシャルピー衝撃試験片を30分保持して冷却した後、冷却された試験片を用いてシャルピー衝撃試験を行った。そして、シャルピー衝撃値が急激に減少する温度を延性−脆性遷移温度とし、延性−脆性遷移温度に基づいて靱性を評価した。
【0031】
表2は、表1に示す試料およびSUS303のそれぞれの0.2%耐力の測定結果と、耐食性および靱性の評価結果とを示している。
【0032】
【表2】

【0033】
表2に示すように、実施例1〜6では、いずれの試料も0.2%耐力がSUS303の0.2%耐力(205MPa)よりも高く(238〜350MPa)、SUS303に対して明らかに耐力が向上した。また、実施例1〜6では、いずれの試料も塩水噴霧試験による錆の発生が見当たらず、耐食性がSUS303と同等以上であることが確認できた。さらに、実施例1〜6では、いずれの試料も延性−脆性遷移温度が十分低く(−180〜−149℃)、低温においても延性に優れていることが確認できた。
【0034】
これに対し、比較例1〜3では、0.2%耐力がSUS303よりも高く(236〜318MPa)なったものの、錆の発生がみられ、耐食性がSUS303よりも劣っていた。これは、比較例1〜3では、溶体化処理を1100℃より低い温度(1025℃、150℃および1075℃)で行ったため、Cr炭化物がマトリックス中に完全に固溶しなかったためと推定される。
【0035】
また、Nに添加量が0.3%を超える比較例4〜7では、0.2%耐力は実施例1〜6よりもさらに高く(383〜449MPa)、また、錆の発生も見当たらなかった。しかしながら、延性−脆性遷移温度が著しく上昇し(−83〜−51℃)、低温で脆化することが判った。
【0036】
このように、本実施例のオーステナイト系ステンレス鋼は、SUS303に比べて耐力が高いとともに、SUS303と同等以上の耐食性を有している。また、本実施例のオーステナイト系ステンレス鋼は、低温においても良好な延性を備えている。そのため、本実施例のオーステナイト系ステンレス鋼をロッドエンド球面すべり軸受10のボディ200に用いることにより、使用中に引張応力を受けてもボディの塑性変形が起こりにくく、高信頼性を有するロッドエンド球面すべり軸受を提供することが可能となる。また、SUS303をベースとしているため、高信頼性を有するロッドエンド球面すべり軸受10をより安価に提供することができる。
【符号の説明】
【0037】
10…ロッドエンド球面すべり軸受
100…ボール
110…貫通孔
120…外周面
200,200a…ボディ
210…外輪部
210a…円筒部
212,212a…貫通孔
220…ネック
230…取付部
232…ねじ部
234…ねじ孔
236…係合部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボディに引張応力が加わりうる球面すべり軸受であって、
前記ボディは、
重量比で、C:0.09〜0.15%,Si:≦1.0%,Mn:≦2.0%,P:≦0.02%,S:≧0.15%,Ni:8.0〜10.0%,Cr:17.0〜19.0%,N:0.1〜0.3%を含み、残部がFeおよび不純物であり、溶体化処理を1100℃以上かつ1200℃以下で行ったオーステナイト系ステンレス鋼からなる
球面すべり軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−202741(P2011−202741A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70640(P2010−70640)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(000114215)ミネベア株式会社 (846)
【Fターム(参考)】