説明

カーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体およびその製造方法

【課題】直径100nm以下のカーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブを高収率で得られるようにした技術を提供する。
【解決手段】熱分解性ポリマーのマトリックス相と熱炭化性ポリマーの島状独立相からなる前駆体繊維を形成する工程と、前記前駆体繊維を焼成する焼成工程を有し、前記焼成工程の前または途中で割繊処理を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブの集合体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、繊維状炭素のうち直径が100nmのオーダー前後のものをカーボンナノファイバーと呼び、直径が10nmのオーダー前後にまで小さくなるとカーボンナノチューブと呼ばれる(下記、非特許文献1)が、本件特許請求の範囲および明細書では、両者を含めてカーボンナノファイバーと称する。また本件特許請求の範囲および明細書におけるカーボンナノチューブとは、特にグラフェンシートが筒状に丸まった構造が一層または多層複合化された構造を有する繊維状炭素を指すものとする。
カーボンナノファイバーおよびカーボンナノチューブは、樹脂材料に導電性を付与する目的及び/又は機械的性質を向上する目的で添加するフィラーとして有用な材料であり、最近では燃料電池の電極材料やガス吸蔵材料としても期待される材料である。また、比表面積が大きいことから触媒担体材料などへの応用も期待されている。
【0003】
従来、カーボンナノファイバーおよびカーボンナノチューブは、アーク放電法、レーザー昇華法、化学的気相分解法に代表される気相法により製造されていたが、主として金属触媒の混入に起因する純度の問題や直径、長さ等の構造の不均一性が指摘されており、高純度で均一性の高い材料と製造法が望まれていた。更に、従来の気相法では生成物がサブミクロンオーダー以下の短繊維状物からなる粉体であって、製造工程及び加工工程における取扱い性と安全衛生の面から改良が望まれていた。加えて、従来の気相法では生産性が低い為に、より広く工業材料として使用される為には抜本的な低コスト化および高生産性の製造技術が望まれていた。
【0004】
このような課題を解決する技術として、炭素前駆体樹脂を熱分解消失性樹脂に被覆したコアシェルポリマーを熱分解消失性樹脂中に分散し溶融紡糸することにより前駆体繊維を得た後、該前駆体繊維を加熱炭素化することによりカーボンナノファイバーを得る方法が開示されている(下記、特許文献1)。
更に改良技術として、上記のコアシェルポリマーにおいて炭素前駆体樹脂としてポリアクリロニトリルを用い熱分解消失性樹脂としてポリメタクリル酸メチルを用いる方法が開示されている(下記、非特許文献2)。
【0005】
このような紡糸技術により製造されたカーボンナノファイバーは、一般に紡糸法カーボンナノファイバーと呼ばれている。
【0006】
紡糸法カーボンナノファイバーは、金属触媒を用いないという点で純度が高く、更に製造物がカーボンナノファイバーの集合体からなる繊維状物であるという点において、加えて炭素前駆体樹脂が溶融紡糸された繊維であるという点において、純度、構造の均一性、製造・加工工程通過性、安全衛生、品質、コストの問題を抜本的に解決できる糸口を与えたという意味で上述の課題を解決する方向に大きく一歩を踏み出した画期的提案と言える。
【0007】
しかしながら上記の紡糸法カーボンナノファイバーは、ポリアクリロニトリルが元来加熱溶融しない熱環化反応性ポリマーであるために溶融紡糸には向かず、この方法により得られた前駆体繊維は炭素化工程で糸切れを生じやすいために工程通過性もまた良好であるとは言えなかった。このような問題点を解決する手段として、本発明者らは熱分解性ポリマーのマトリックス相と炭化性ポリマーの島状独立相からなる前駆体繊維を形成し、これを耐炎化および炭素化することにより、カーボンナノファイバー集合体を製造する方法を提案した(下記、特許文献2)。
【0008】
また、下記特許文献2〜4には、熱分解性ポリマーのマトリックス相と熱炭化性ポリマーの島状独立相からなる前駆体繊維を形成する方法が記載されている。
【特許文献1】特開2002−29719号公報
【特許文献2】特開2003−336130号公報
【特許文献3】特開2004−36038号公報
【特許文献4】特開2004−36058号公報
【非特許文献1】遠藤守信、「炭素」No.200、p202−205、2001年
【非特許文献2】大谷朝男、「機能材料」2001年11月号、p41−46
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献2記載の方法では前駆体繊維中に形成された炭化性ポリマーから成る独立した筋状相分離構造体が耐炎化および炭素化の過程で融着するという現象がしばしば発生し、最終的に得られる直径100nm以下のカーボンナノファイバーの収率は低く、殆どが乱層構造炭素構造から成るミクロンサイズのファイバー状物となってしまうのが現状であった。
【0010】
本発明の目的は、直径100nm以下のカーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブを高収率で得られるようにした技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、本発明は以下の構成を採用した。
すなわち、本発明は、カーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブの集合体であって、直径が100nm以下でフィブリル状に分散しているカーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブが全体の10質量%以上を占めることを特徴とするカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体を提供する。
また、熱分解性ポリマーのマトリックス相と熱炭化性ポリマーの島状独立相からなる前駆体繊維を形成する工程と、前記前駆体繊維を焼成する焼成工程を有し、前記焼成工程の前または途中で割繊処理を施すことを特徴とするカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、前駆体繊維の焼成工程における熱炭化性ポリマー相の融着を防止することができ、直径が100nm以下でフィブリル状に分散しているカーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブを10質量%以上という高い割合で含むカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体が得られる。
本発明の方法は、高品質のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体を歩留まり良く製造することができる。したがって、低コスト、高生産性を実現することができ、工業的に極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
<カーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体>
本発明のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体には、直径が100nm以下でフィブリル状に分散しているカーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブが全体の10質量%以上の割合で含まれている。
本件特許請求の範囲および明細書において「フィブリル状」とは小繊維の状態を言う。小繊維は、通常、長さが0.5μm以上の繊維を指す。また「分散している」とは、小繊維どうしが一体化されていない状態を言う。
本発明のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体におけるカーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブの長さは、特に制限はないが、現実的には1μm以上10μm未満程度のものが得られ、好ましくは5μm以上10μm未満である。
【0014】
カーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体中に分散しているカーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブの直径が100nm以下であると、カーボンナノファイバーやカーボンナノチューブが有する導電性や機械的性質、比表面積などの特徴が良好に発現される。カーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブの直径の下限値は特に制限されないが、現実的には5nm以上程度である。
【0015】
また、本発明のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体中に存在する直径100nm以下のカーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブの割合(収率)が10質量%以上であると、前述の導電性や機械的特性、比表面積などの特徴が良好に発現される。この割合(収率)は高い方が好ましく、上限は特に制限されないが、本発明によれば、40質量%程度の高収率を達成することが可能である。
前記収率10質量%以上という値は、従来技術による紡糸法カーボンナノファイバーで実現可能な収率に比べて非常に高い値である。本発明によれば前述の特徴的な物性が発現しやすくなるほか、歩留まりの向上や、精製工程が簡略化または省略できるなどの利点も得られる。
【0016】
カーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブの集合体中において、フィブリル状に分散しているカーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブの寸法および存在割合(単位;質量%)は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて評価できる。
すなわち、カーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブの集合体を、例えばイソプロパノール等の分散媒に入れ、超音波振とう等により分散させた分散液を、電子顕微鏡観察用のマイクログリッドに載せて乾燥した後、TEMで観察することにより、カーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブの直径を計測することができる。さらに、画像計測を行うことにより視野中のフィブリル状に分散したカーボンナノファイバーおよびカーボンナノチューブの割合を定量化できる。
【0017】
<カーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体の製造方法>
本発明のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体は、熱分解性ポリマーのマトリックス相と熱炭化性ポリマーの島状独立相からなる前駆体繊維を形成する工程と、前駆体繊維を焼成する焼成工程を有し、焼成工程の前または途中で割繊処理を施す工程を経て製造することができる。
前駆体繊維において、熱炭化性ポリマーは直径100nm以下の筋状構造を形成するように賦形されている。焼成の条件は、通常のPAN(ポリアクリロニトリル)系炭素繊維と同様の条件で行うことができる。具体的には、空気中で加熱して耐炎化処理したのち、不活性雰囲気中で加熱して炭素化処理を施せばよい。
【0018】
耐炎化処理条件は、温度200〜300℃、10〜60分の範囲内が好ましい。耐炎化処理時間が60分を超えると熱炭化性ポリマー同士が融着してしまい、フィブリル状に分散した状態で得られるカーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブの収率が悪くなる。
炭素化処理条件は、最高温度1,000〜3,000℃、1〜60分の範囲内が好ましい。この範囲の条件で炭素化処理することにより、カーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブがフィブリル状に分散している焼成品が得られる。
本発明における焼成工程は上記耐炎化処理と炭素化処理を含む。本件特許請求の範囲および明細書において、前駆体繊維が耐炎化処理されたものを耐炎化繊維、さらに炭素化処理されたものを焼成品ということがある。
割繊処理および焼成工程を経て得られる焼成品が本発明におけるカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体である。
【0019】
(前駆体繊維のモルフォロジーについて)
本発明においては、ポリマーブレンド繊維である前駆体繊維のモルフォロジー制御が重要である。すなわち、前駆体繊維のモルフォロジーが繊維軸方向に沿って筋状相分離構造を有し、且つ、繊維軸垂直方向断面がマトリックス相の中に島状独立相が点在している相分離構造を有することが必要である。そして、前記マトリックス相ポリマーの主成分が熱分解性ポリマーからなり、且つ、前記島状独立相の主成分が熱炭化性ポリマーからなることが必要である。ここで、島状に分散した筋状構造体(島状独立相)は部分的に結節されていてもよいが、筋状部分の繊維軸方向の長さは1μm以上が好ましく、5μm以上がより好ましい。また、前駆体繊維の段階で熱炭化性ポリマーからなる筋状構造の島状独立相の直径が100nm以下となるように制御することにより、焼成後に直径100nm以下のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブを得ることができる。
このようなモルフォロジーは、前駆体繊維の縦断面および横断面の超薄切片を作製し、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察することにより評価できる。
【0020】
かかるモルフォロジーを有する前駆体繊維は、例えば上記特許文献2〜4に開示されている公知の方法を用いて製造することができる。
例えば、概略、熱分解性ポリマーの相と熱炭化性ポリマーの相の2相が相分離状態にある紡糸原液を調製し、これを紡糸することにより前駆体繊維を形成することができる。
【0021】
(熱分解性ポリマーについて)
本発明の前駆体繊維に用いる熱分解性ポリマーの質量平均分子量は3万〜300万であることが好ましい。熱分解性ポリマーとしてはメタクリレート系ポリマーが好ましく、例えばポリメタクリル酸メチルのホモポリマー及び/又は他のモノマーとの共重合体を用いることができる。
【0022】
熱分解性ポリマーの共重合成分モノマーとしては、特に制限は無いが、例えばアクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸2−ヒドロキシエチル、アクリル酸ヒドロキシプロピルなどに代表されるアクリル酸エステル類、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸n−ブチル、メタクリル酸n−ヘキシル、メタクリル酸シクロヘキシル、メタクリル酸ラウリル、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル、メタクリル酸ヒドロキシプロピル、メタクリル酸ジエチルアミノエチルなどの代表されるメタクリル酸エステル類、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、アクリルアミド、N−メチロールアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、スチレン、ビニルトルエン、酢酸ビニル、塩化ビニル、塩化ビニリデン、臭化ビニル、臭化ビニリデン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデンなどの不飽和モノマー類であり、さらに染色性改良などの目的によっては、p−スルホフェニルメタリルエーテル、メタリルスルホン酸、アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸及びこれらのアルカリ金属塩などが挙げられる。
【0023】
(熱炭化性ポリマー)
本発明の前駆体繊維に用いる熱炭化性ポリマーは、加熱により炭素化されるポリマーであれば特に制限はなくたとえばポリアクリロニトリル、セルロース類、ポリイミド類、ポリ塩化ビニリデン、ポリビニルアルコール、ポリジビニルベンゼンなどが挙げられるが、中でも質量平均分子量3万〜300万のアクリロニトリル系ポリマーが好ましい。直径100nm以下で長さ1μm以上の筋状構造を形成しやすくするためには、質量平均分子量は10万〜200万の範囲がさらに好ましい。アクリロニトリル系ポリマーとしてはアクリロニトリルのホモポリマー及び/又は他のモノマーとの共重合体を用いることができる。この場合、炭素化を良好に行う目的で共重合体中のアクリロニトリル組成は90%以上であることが好ましい。
【0024】
アクリロニトリル系ポリマーの共重合成分モノマーとしては、特に制限は無いが、例えばアクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸2−ヒドロキシエチル、アクリル酸ヒドロキシプロピルなどに代表されるアクリル酸エステル類、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸n−ブチル、メタクリル酸n−ヘキシル、メタクリル酸シクロヘキシル、メタクリル酸ラウリル、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル、メタクリル酸ヒドロキシプロピル、メタクリル酸ジエチルアミノエチルなどの代表されるメタクリル酸エステル類、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、アクリルアミド、N−メチロールアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、スチレン、ビニルトルエン、酢酸ビニル、塩化ビニル、塩化ビニリデン、臭化ビニル、臭化ビニリデン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデンなどの不飽和モノマー類であり、さらに染色性改良などの目的によっては、p−スルホフェニルメタリルエーテル、メタリルスルホン酸、アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸及びこれらのアルカリ金属塩などが挙げられる。
【0025】
アクリロニトリル系ポリマーの共重合成分モノマーとして、炭素化処理における環化反応を促進する目的でカルボン酸基を有するモノマーやアクリルアミド系モノマーを用いることが好ましい。このようなカルボン酸基を有するモノマーとしては、メタクリル酸やイタコン酸が好ましい。又、アクリルアミド系モノマーとしてはアクリルアミドが好ましい。
【0026】
(相分離のサイズを制御するための第三成分)
前駆体繊維の紡糸に用いられる紡糸原液に、相分離のサイズを制御し安定化する目的で、界面活性剤、微粒子、グラフトポリマー、ブロックポリマー等を適宜添加してもよい。これらを添加することにより相分離界面の界面張力を低下させることができる。中でも、熱炭化性ポリマーと熱分解性ポリマーとを成分とするグラフトポリマー及び/又はブロックポリマーを添加する方法が好ましく、たとえばアクリロニトリル系ポリマーとメタクリレート系ポリマーとのグラフトポリマーを用いることができる。この方法は特に、直径10nm以下の均一なカーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブを得る際に非常に有効である。
【0027】
上記グラフトポリマー又はブロックポリマーの特性としては、特に制限は無いが質量平均分子量は100万以下、グラフト鎖長またはブロック鎖長は質量平均分子量で50万以下が好ましい。
【0028】
(紡糸と紡糸溶剤について)
本発明で用いる前駆体繊維は、溶融紡糸法または溶液紡糸法により得ることができるが、元来熱炭化性ポリマーは加熱溶融しないために溶液紡糸の方が好ましい。溶液紡糸の方法としては、例えば乾式紡糸法、乾湿式紡糸法、湿式紡糸法が挙げられる。紡糸原液の溶剤としては熱分解性ポリマーと熱炭化性ポリマーの両者を溶解する溶剤であることが要求される以外には特に制限は無く、例えばジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシドが挙げられる。本発明に用いる前駆体繊維は、このような溶液紡糸法によって通常のアクリル繊維と同様の紡糸工程で製造することができる。
【0029】
(割繊処理について)
本発明の製造方法においては、上記の前駆体繊維を焼成する工程の前または途中で割繊処理を行う。割繊処理は、マトリックス相を形成している熱分解性ポリマーを除去することによって、筋状構造の島状独立相を分散させるものである。これによって島状独立相を形成している熱炭化性ポリマー同士の間隙が広がり、従来の製造方法で問題となっていた焼成過程での炭化性ポリマー同士の融着を防止することができる。その結果、焼成品中での直径100nm以下のカーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブの収率が10質量%以上となる。
【0030】
本発明の製造方法における割繊処理は、前駆体繊維を焼成する過程で繊維中の炭化性ポリマーが融着する以前に行う必要がある。すなわち、焼成工程前の前駆体繊維に対して割繊処理を施すか、耐炎化処理の途中の耐炎化繊維、または耐炎化処理を終えて炭素化処理される前の耐炎化繊維に対して割繊処理を施すのが好ましい。耐炎化処理の初期の段階で割繊処理を施した場合には、割繊処理後に、さらに耐炎化処理を施すことができる。
【0031】
割繊処理を行う際、マトリックス相を形成している熱分解性ポリマーを除去するには溶媒で溶解除去する方法が用いられる。溶媒の種類としては、マトリックス相の熱分解性ポリマーを溶解し、かつ島状独立相(筋状分散相)の熱炭化性ポリマーを溶解しないものであれば特に制限はなく、たとえば、メチルエチルケトン(MEK)やアセトン等のケトン類、塩化メチレンやクロロホルム等の塩素化炭化水素類、ベンゼン等の芳香族系溶剤などの有機溶剤を用いることができる。
【0032】
また割繊処理を行う際、島状独立相(筋状分散相)を構成している熱炭化性ポリマーを効率的に分散させるために、乳鉢中で叩解する方法やディスクリファイナー等によりせん断応力を与える方法が好適に用いられる。また、上記溶媒に溶解した熱分解性ポリマーと、上記溶媒に不溶の熱炭化性ポリマーとを分離するためには、これらを含む混合液を静置することにより不溶分である熱炭化性ポリマーを沈降させて回収する方法や、該混合液を遠心分離して熱炭化性ポリマーを回収する方法などを用いることができる。
【0033】
割繊処理を経た熱炭化性ポリマー(筋状構造の島状独立相)を乾燥状態で回収するには、例えば室温で溶媒を揮発させればよい。または、熱炭化性ポリマーの化学的/物理的構造が変化しない範囲で加温してもよい。また、凍結乾燥法を用いると、熱炭化性ポリマーが溶媒中に分散した形態を保持したまま乾燥できるので好ましい。
本件特許請求の範囲および明細書においては、割繊処理直後の熱炭化性ポリマー、および割繊処理後に上記のようにして乾燥状態で回収された熱炭化性ポリマーの両方を区別せずに割繊品という。特に乾燥状態で回収された割繊品を乾燥品ということもある。
【0034】
割繊品中には、割繊により周囲のマトリックス相が除去されて分散した島状独立相(筋状分散相)からなるフィブリル状物(小繊維)の他に、島状独立相(筋状分散相)とマトリックス相とが一体化されている未割繊の繊維状物が存在し得る。
割繊品中に存在するフィブリル状物の直径を100nm以下に制御することにより、焼成工程後に直径100nm以下のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブを得ることができる。
具体的には、前駆体繊維の段階で熱炭化性ポリマーからなる筋状構造の島状独立相の直径を100nm以下に制御することによって、割繊品中におけるフィブリル状物の直径を100nm以下に制御することができる。
割繊品中のフィブリル状物の直径は、SEM観察することにより測定することができる。
割繊品中に存在するフィブリル状物の直径の下限値は特に制限されないが、現実的には
10nm以上程度である。
【0035】
(割繊性の評価)
割繊性は走査型電子顕微鏡(SEM)で評価することができる。すなわち、後記実施例で詳述するように、割繊品を電子顕微鏡用試料台に接着固定してSEMにより観察すればよい。画像中に観察される未割繊の繊維状物と割繊分散したフィブリル状物との比率を目視により判定する。割繊分散したフィブリル状物の比率が高いほど割繊性が良好である。
【0036】
(耐熱性ポリマーの付与)
本発明の製造方法において、割繊処理後に得られるフィブリル状物の表面に耐熱性ポリマーを付着させることが好ましい。これにより、フィブリル状物どうしの融着抑制効果を高めることができる。耐熱性ポリマーについては特に制限は無いが、耐熱性の観点からシリコーン系ポリマーが好ましく、中でもアミノ変性シリコーンが更に好ましい。具体的にはアミノ変性シリコーン油剤等の油剤を用いることができる。
耐熱性ポリマーをフィブリル状物の表面に付着させるには、乳化剤を用いて耐熱性ポリマーをエマルジョン化して水中に分散した液に割繊品を浸す方法を用いることができる。また、フィブリル状物の表面に耐熱性ポリマーをより均一に付与するには、耐熱性ポリマーをMEKなどの溶媒に溶解し、この溶液に割繊品を浸漬する方法が好ましい。
【0037】
(カーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体の形態)
本発明のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体の形態は特に限定されず、用途等に応じて各種の形態に適用することができる。
例えば上記焼成工程を経て得られた焼成品を液体に分散することにより、カーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブを含有する分散液が得られる。
また、このような分散液の調製時又は調製後に、その分散液に樹脂を分散・溶解することによりカーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブを含有する樹脂コーティング液を得ることができる。
また、同様の分散液を抄紙することにより、カーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブからなる抄紙物を得ることができる。
さらに、焼成品を樹脂と混合することによりカーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブが分散された樹脂混合物を得ることができる。
上記焼成品、ならびに該焼成品を用いた上記の分散液、樹脂コーティング液、抄紙物、樹脂混合物等も本発明のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体に含まれるものとする。
【実施例】
【0038】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。又、本実施例において、「質量部」及び「質量%」は、それぞれ、単に「部」及び「%」と記す。
【0039】
1)原料ポリマーの合成
<合成例1>グラフトコポリマーの合成
冷却管、熱電対、窒素導入口及び攪拌装置を備えたセパラブルフラスコに、アニオン系乳化剤(花王社製、ラテムルASK、固形分濃度28%)3.0部(固形分換算)、および蒸留水290部を仕込み、窒素雰囲気下に温水浴中で60℃まで加熱した。次いで、硫酸第一鉄0.0004部、エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム塩0.0012部、ロンガリット(スルホキシル酸ソーダ)1.0部を蒸留水5部に溶かして加え、その後メチルメタクリレート50部、t−ブチルヒドロパーオキサイド0.25部、n−オクチルメルカプタン0.5部からなる単量体混合物1を90分かけて滴下した。その後60分間攪拌し、第一段目の重合を完了した。
【0040】
得られたエマルション中に、硫酸第一鉄0.0004部、エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム塩0.0012部、ロンガリット1.0部を蒸留水5部に溶かして加え、その後アクリロニトリル46.7部、アクリルアミド3部、メタクリル酸0.3部、t−ブチルヒドロパーオキサイド0.25部、n−オクチルメルカプタン0.5部からなる単量体混合物2を90分かけて滴下した。その後60分間攪拌し、第二段目の重合を完了した。
【0041】
得られたエマルションの固形分を測定したところ24.2%であった。このエマルションを希硫酸水溶液中に注ぎ、生じた沈殿物を乾燥し、グラフトコポリマーを得た。
【0042】
<合成例2>アクリロニトリル系ポリマーの合成
水とジメチルアセトアミドの混合溶媒中で2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)を開始剤とし、アクリロニトリル単位100%からなる超高分子量アクリロニトリル系ポリマーを得た。このポリマーの質量平均分子量は50万であった。
【0043】
2)評価方法
a)割繊性
割繊品を電子顕微鏡用試料台に接着固定し、日本電子(株)製、JSM−6060A走査型電子顕微鏡(SEM)により、加速電圧10kV、観察倍率2,000倍の条件で観察した。画像中に観察される未割繊の繊維状物と割繊分散したフィブリル状物との比率(割繊性)を目視で以下のように判定した。なお、フィブリル状物の直径は、観察倍率30,000倍の画像上で計測した。
◎;分散したフィブリル状物が約70%以上
○;分散したフィブリル状物が50〜70%
×;分散したフィブリル状物が50%未満
【0044】
b)カーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体のモルフォロジー
焼成品をイソプロパノールに分散して超音波振とうにより分散し、電子顕微鏡観察用のマイクログリッドに載せて乾燥した後、(株)日立製、H−7600透過型電子顕微鏡(TEM)により加速電圧120kV、観察倍率50,000倍の条件で観察した。5視野以上観察して、画像計測により視野中において、直径が100nm以下でフィブリル状に分散しているカーボンナノファイバーおよびカーボンナノチューブの割合(以下、焼成品におけるフィブリル状分散体の割合という、単位;%)を求めるとともに、該直径が100nm以下でフィブリル状に分散しているカーボンナノファイバーおよびカーボンナノチューブの長さ(以下フィブリル状分散体の長さということもある)を測定した。
【0045】
3)実施例
以下の実施例では、下記表1に示すように製造条件を変化させてカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体を製造した。
割繊処理後の割繊品におけるフィブリル状物の直径および割繊性、ならびに焼成品におけるフィブリル状分散体の割合および長さを上記2)の評価方法で評価した。
【0046】
(実施例1)
PMMA樹脂(三菱レイヨン社製、ダイヤナールBR−85)12部、合成例2で得られたアクリロニトリル系ポリマー6部、合成例1で得られたグラフトコポリマー2部、及びジメチルアセトアミド80部を130℃で60分よく撹拌しながら加熱溶解し、続いて、ホモジナイザー(特殊機化工業社製、T.K.ホモミクサー)で30分処理した。得られた溶液は、固形分20%のジメチルアセトアミド溶液で、固形分の内訳はPMMA樹脂60%、アクリロニトリル系ポリマー30%およびグラフトコポリマー10%である。
この溶液を紡糸原液とし(温度30℃)、直径0.35mm、孔数50の口金を用いて、一旦空気中に吐出し、約5mmの空間を通して、濃度40%、温度20℃のジメチルアセトアミド水溶液中に吐出し、紡糸ドラフトが30となるように引き取り凝固糸となした。これを温水中で3倍延伸しながら洗浄・脱溶剤した後、1%アミノシリコーン系油剤溶液中に浸漬し、175℃の加熱ローラーにて乾燥緻密化した。続いて、0.2MPaの加圧水蒸気中で2倍延伸して、単糸繊度が0.8dtexの前駆体繊維を得た。
【0047】
得られた前駆体繊維の縦断面および横断面の超薄切片を作製し、(株)日立製、H−7600透過型電子顕微鏡により加速電圧80kVで観察した。その結果、前駆体繊維のモルフォロジーは、PMMA樹脂のマトリックス相中にアクリロニトリル系ポリマーが筋状に独立分散した島状独立相をなす相分離構造であり、島状独立相の直径は10〜100nmで繊維軸方向の長さは10μm以上であった。
【0048】
得られた前駆体繊維をメノウ乳鉢中でメチルエチルケトン(MEK)を滴下しながら叩解して割繊処理し、再度MEKに分散したのち静置して沈降物(割繊品)を回収した。この割繊品を室温で自然乾燥して得られた乾燥品について、フィブリル状物の直径および割繊性を評価した。その結果を表1に示す。
【0049】
得られた割繊品を空気中250℃で60分間加熱して耐炎化処理し、引き続き窒素雰囲気下で最高温度2,000℃にて60分間炭素化処理して焼成品を得た。得られた焼成品中におけるフィブリル状分散体の割合を評価した。その結果を表1に示す。また、焼成品中においてフィブリル状に分散しているカーボンナノファイバーおよびカーボンナノチューブの長さを測定したところ、0.5〜2μm程度であった。
【0050】
(実施例2)
実施例1では割繊処理を耐炎化処理の前の前駆体繊維に対して行ったのに対して、本実施例では耐炎化処理後に割繊処理を行った他は、実施例1と同様にした。
すなわち、実施例1の前駆体繊維を20cmの長さに固定し、実施例1と同じ条件で耐炎化処理して耐炎化繊維を得た。得られた耐炎化繊維に対して実施例1と同様にして割繊処理、割繊品の回収、および乾燥を行った。得られた乾燥品について、フィブリル状物の直径および割繊性を評価した。その結果を表1に示す。
得られた割繊品を、実施例1と同じ条件で炭素化処理して焼成品を得た。得られた焼成品におけるフィブリル状分散体の割合を評価した。その結果を表1に示す。また、焼成品中においてフィブリル状に分散しているカーボンナノファイバーおよびカーボンナノチューブの長さを測定したところ、0.5〜2μm程度であった。
【0051】
(実施例3)
実施例2において、割繊処理後の割繊品の回収方法および乾燥方法を変えた他は実施例2と同様にした。
すなわち、実施例1の前駆体繊維を20cmの長さに固定し、実施例1と同じ条件で耐炎化処理して耐炎化繊維を得た。得られた耐炎化繊維をメノウ乳鉢中でMEKを滴下しながら叩解して割繊処理した、5,000rpmで10分間遠心分離してペースト状の沈殿物を取り出した。これをt−ブタノールに分散し、−30〜−20℃で凍結して3〜5Paの減圧下で凍結乾燥した。得られた乾燥品について、フィブリル状物の直径および割繊性を評価した。その結果を表1に示す。
【0052】
得られた割繊品を、実施例1と同じ条件で炭素化処理して焼成品を得た。得られた焼成品中におけるフィブリル状分散体の割合を評価した。その結果を表1に示す。また、焼成品中においてフィブリル状に分散しているカーボンナノファイバーおよびカーボンナノチューブの長さを測定したところ、0.5〜5μm程度であった。
【0053】
(実施例4)
実施例2において割繊処理後に耐熱性ポリマーを付与した他は実施例2と同様にした。
すなわち、実施例1の前駆体繊維を20cmの長さに固定し、実施例1と同じ条件で耐炎化処理して耐炎化繊維を得た。得られた耐炎化繊維に対して実施例1と同様にして割繊処理および割繊品の回収を行った。回収した沈殿物(割繊品)をアミノ変性シリコーン系油剤を1%溶解したMEKに浸漬することによって耐熱性ポリマーを付与した後、自然乾燥した。得られた乾燥品について、フィブリル状物の直径および割繊性を評価した。その結果を表1に示す。
【0054】
得られた割繊品を、実施例1と同じ条件で炭素化処理して焼成品を得た。得られた焼成品中におけるフィブリル状分散体の割合を評価した。その結果を表1に示す。また、焼成品中においてフィブリル状に分散しているカーボンナノファイバーおよびカーボンナノチューブの長さを測定したところ、0.5〜2μm程度であった。
【0055】
(比較例1)
実施例1において割繊処理を行わない他は実施例1と同様にした。
すなわち、実施例1の前駆体繊維を20cmの長さに固定して、実施例1と同じ条件で耐炎化処理して耐炎化繊維を得た。得られた耐炎化繊維に対して、割繊処理を施さずに実施例1と同じ条件で炭素化処理して焼成品を得た。得られた焼成品中におけるフィブリル状分散体の割合を評価した。その結果を表1に示す。また、焼成品中においてフィブリル状に分散しているカーボンナノファイバーおよびカーボンナノチューブの長さを測定したところ、0.1〜0.5μm程度であった。
【0056】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、高品質のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体、及び該集合体を低コストかつ高生産性で製造する方法を提供するものであり、工業的に極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノファイバーおよび/またはカーボンナノチューブの集合体であって、
直径が100nm以下でフィブリル状に分散しているカーボンナノファイバー及び/またはカーボンナノチューブが全体の10質量%以上を占めることを特徴とするカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体。
【請求項2】
熱分解性ポリマーのマトリックス相と熱炭化性ポリマーの島状独立相からなる前駆体繊維を形成する工程と、前記前駆体繊維を焼成する焼成工程を有し、前記焼成工程の前または途中で割繊処理を施すことを特徴とするカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体の製造方法。
【請求項3】
前記割繊処理後の割繊品中に存在するフィブリル状物の直径が100nm以下であることを特徴とする請求項2に記載のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体の製造方法。
【請求項4】
前記割繊処理後に凍結乾燥する工程を有することを特徴とする請求項2または3に記載のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体の製造方法。
【請求項5】
前記割繊処理後の割繊品に耐熱性ポリマーを付着させる工程を有することを特徴とする請求項2〜4のいずれか一項に記載のカーボンナノファイバーまたはカーボンナノチューブ集合体の製造方法。

【公開番号】特開2006−152497(P2006−152497A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−346058(P2004−346058)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】