説明

ガス検出装置及びガス検出方法、並びに液体試料中のベンゼン濃度及びトルエン濃度の特定方法

【課題】液体試料中に分析対象物質と化学構造が類似する物質を含んでいても、液体試料から当該分析対象物質を検出でき、かつ、液体試料中の当該分析対象物質の濃度を高精度で特定できる装置又は方法の提供。
【解決手段】ガス供給口12及びガス排出口13を有する容器11に、分析対象ガスを含む液体試料を収容すると共に、キャリヤーガスを供給・排出しながら、前記分析対象ガスを前記キャリヤーガス中に分離するガス分離装置10と、ガス分離装置10で分離された前記分析対象ガスの吸収スペクトルを測定するガス分析装置20とを備えたガス検出装置1において、ガス分離装置10は、ガス供給口12とガス排出口13とがパーベーパレーション膜からなるチューブ14で接続されていることを特徴とするガス検出装置1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体試料中に存在する化学構造が類似する物質(たとえばベンゼン、トルエン、キシレン等)の濃度を特定することができる、ガス検出装置及びガス検出方法、並びに液体試料中のベンゼン濃度及びトルエン濃度の特定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ベンゼンは、発癌性が指摘されている物質である。
しかしながら、ベンゼンは、現在においても、たとえば前駆体、溶媒又はガソリンの添加物として化学工業分野で広く使われている。そのため、水質基準において、ベンゼン濃度は、各国で厳しい基準値が設定されている。
【0003】
ガソリンに添加されるベンゼンは、エンジンでガソリンが燃焼した後に排気ガスとなり、大気汚染の原因となっている。また、貯蔵タンクからガソリンが漏洩した場合には、大量のベンゼンが地中に広がり、土壌、河川、海洋汚染の大きな原因となる。
ベンゼンの代替合成物の開発が進められているものの、ベンゼンは、現時点で、ガソリン中に数パーセントのオーダーで含まれている。
【0004】
従来、大気中又は水中のベンゼンを検出するため、UV分光に基づく大気中又は水中ベンゼン検出システムを用いる方法が知られている(たとえば、非特許文献1、2参照)。
【0005】
図8は、非特許文献2に記載された、水中ベンゼン検出システムとして用いられるガス検出装置の概略構成を示す図である。
ガス検出装置50はガス分離装置60とガス分析装置20とを備え、これらは、その途中にポンプ32が設けられた接続流路31を介して接続されている。
【0006】
ガス分離装置60は、容器61と、ガス供給口62及びバルブ65が設けられているガス排出口63を備えた蓋体とから構成されている。
図8において、ガス分離装置60には、容器61にヘッドスペース部64を設けて、分析対象ガスとしてベンゼンを含む液体試料40(水)が収容されている。
ガス分離装置60においては、キャリヤーガスを、ガス供給口62から液体試料40中に連続的に供給し、積極的にキャリヤーガスと液体試料40とを接触させるバブリング処理を施す。これによって、液体試料40から分析対象ガスが分離し、ヘッドスペース部64に存在するキャリヤーガス中の分析対象ガス濃度が高まる。本実施形態では、水中に存在するベンゼンがバブリング処理により揮発してヘッドスペース部64のキャリヤーガス中に分離する。
そして、ヘッドスペース部64に存在する分析対象ガスを含むキャリヤーガスは、バルブ65の調節によりガス排出口63から接続流路31へ流れ、ポンプ32によってガス分析装置20へ送られる。
【0007】
ガス分析装置20は、ガス検出セル21と、ガス検出セルの一端に接続された紫外線源22(重水素灯)と、ガス検出セル21の他方の一端に接続された分光計23と、分光計23に接続されたパソコン24とから構成されている。
ガス検出セル21は、分析対象ガスを含むキャリヤーガスが流れると共に、測定用の紫外線が通過する紫外線光路兼ガス流路25を備えている。またガス検出セル21には、測定し終えたキャリヤーガスを排出するガス排出流路26が、紫外線光路兼ガス流路25の下流側に備えられている。紫外線光路兼ガス流路25の一端(上流側)は、紫外線光路兼ガス流路25に紫外線を入射する紫外線源22と接続流路27を介して接続され、他方の一端(下流側)は、分光計23と接続流路28を介して接続されている。また分光計23にはパソコン24が接続されており、分析結果を解析できるようになっている。
【0008】
図8に示す構成を備えたガス検出装置50によれば、ガス分離装置60において、水中の分析対象ガスをバブリング処理によってキャリヤーガス中に分離し、ガス分析装置20において、分光法によりキャリヤーガス中のベンゼンの検出を行うことができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Horiuchi T. et al, Portable aromatic VOC gas sensor for onsite continuous air monitoring with 10−ppb benzene detection capability, NTT Technical Review, 2006,Vol.4,No.1,30−37
【非特許文献2】Camou S.et al,Ppb−Level detection of benzene diluted in water with portable device based on bubbling extraction and UV−spectroscopy,Sensors and Actuators B,2008,132,601−607
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
水又はガソリン等の液体試料中にベンゼンが含まれている場合、その液体試料には、一般的に、化学構造が類似するトルエン、キシレンも含まれている。
たとえば、非特許文献2に記載されたガス検出装置を用いてベンゼンとトルエンを含む液体試料からベンゼンを分離する場合、バブリング処理によってベンゼンと共にトルエンもキャリヤーガス中に分離される。
ベンゼンとトルエンとを分離して検出することは、理論的には可能である。すなわち、ベンゼンとトルエンの分光プロファイルの参照波長範囲が分析プロセスの間で一致していれば、一般的な分析手法により、混合ガス中からベンゼンとトルエンを同時に検出することができる。
当該検出には、広範囲なデータベースを正確に構築することが必要である。しかしながら、後述するように、本発明者らの検討によると、バブリング処理においては液体試料から分離される混合ガス中のベンゼン濃度はトルエン濃度に比べて低いため、そのような広範囲なデータベースを正確に構築することは、実際には困難である。さらに、ベンゼン単独の吸収スペクトルは、トルエン単独の吸収スペクトルと重なり合うため、これまでベンゼンとトルエンを含む液体試料からベンゼンのみを検出する精度は著しく低いものであった。
このように、従来のガス検出装置においては、液体試料中にベンゼンと化学構造が類似するトルエン、キシレン等の芳香族化合物が含まれている場合、当該液体試料からベンゼンのみを検出すること、当該液体試料中のベンゼン濃度を高精度で特定することは困難であった。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、液体試料中に分析対象物質と化学構造が類似する物質を含んでいても、液体試料から当該分析対象物質を検出でき、かつ、液体試料中の当該分析対象物質の濃度を高精度で特定できる装置又は方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、以下の解決手段により、上述した課題を解決する。
本発明のガス検出装置は、ガス供給口及びガス排出口を有する容器に、分析対象ガスを含む液体試料を収容すると共に、キャリヤーガスを供給・排出しながら、前記分析対象ガスを前記キャリヤーガス中に分離するガス分離装置と、前記ガス分離装置で分離された前記分析対象ガスの吸収スペクトルを測定するガス分析装置とを備えたガス検出装置において、前記ガス分離装置は、前記ガス供給口と前記ガス排出口とがパーベーパレーション膜からなるチューブで接続されていることを特徴とする。
また本発明のガス検出方法は、上記本発明のガス検出装置を用い、前記容器に前記液体試料を収容すると共に、前記チューブに前記キャリヤーガスを流しながら、前記液体試料中に存在する前記分析対象ガスを前記キャリヤーガス中に分離し、前記の分離された分析対象ガスを含むキャリヤーガスを前記ガス分析装置へ送り、前記キャリヤーガス中に分離した前記分析対象ガスの吸収スペクトルを連続的に測定し、前記吸収スペクトルの時間変化を分析することを特徴とする。
【0013】
また本発明は、分析対象ガスとしてベンゼン及びトルエンを含む液体試料から分離されたガスを繰り返して分析することにより前記液体試料中のベンゼン濃度及びトルエン濃度を特定する方法であって、前記分離されたガスの吸収スペクトルを測定するステップ(S101)と、予め設定されたベンゼンとトルエンとの混合ガスの吸収スペクトルにおけるベンゼンとトルエンのそれぞれの寄与度に基づいて、前記ステップ(S101)で測定された吸収スペクトルにおけるベンゼンとトルエンのそれぞれの寄与度を算出するステップ(S102)と、前記ステップ(S101)で測定された吸収スペクトルにおいてベンゼン由来のピークの検出を行うステップ(S103)と、前記ステップ(S103)においてベンゼン由来のピークが検出された場合に、予め設定されたベンゼンの標準吸収スペクトルとベンゼン濃度との相関に基づいて、前記ベンゼン由来のピークからベンゼン濃度を算出するステップ(S104)と、当該分析時点における分析回数が、ベンゼン濃度を特定する際に予め設定された最多の分析回数未満であること、及び当該分析時点で測定された吸収スペクトルのSN比(シグナル/ノイズ)が、ベンゼン濃度を特定する際に予め設定された吸収スペクトルのSN比以上であることの条件を満たすか否かを判定するステップ(S105)と、前記ステップ(S105)において前記条件を満たしている場合に、前記ステップ(S104)で算出されたベンゼン濃度を、前記液体試料中のベンゼン濃度として特定するステップ(S106)と、前記ステップ(S103)においてベンゼン由来のピークが検出されなかった場合に、当該分析時点における分析回数が、トルエン濃度を特定する際に予め設定された最少の分析回数以上であるか否かを判定するステップ(S107)と、前記ステップ(S107)において当該分析時点における分析回数が前記最少の分析回数以上である場合に、予め設定されたトルエンの標準吸収スペクトルとトルエン濃度との相関に基づいて、トルエン由来のピークからトルエン濃度を算出し、当該算出のトルエン濃度を、前記液体試料中のトルエン濃度として特定するステップ(S108)とを含むことを特徴とする液体試料中のベンゼン濃度及びトルエン濃度の特定方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明のガス検出装置及びガス検出方法によれば、液体試料中に分析対象物質と化学構造が類似する物質を含んでいても、液体試料から当該分析対象物質を検出でき、かつ、液体試料中の当該分析対象物質の濃度を高精度で特定できる。
また本発明によれば、液体試料中に存在するベンゼン及びトルエンのそれぞれの濃度を高精度で特定できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】ガス検出装置の一実施形態の概略構成を示す模式図である。
【図2】波長230〜290nmにおける、ベンゼン単独、トルエン単独、キシレン単独の標準吸収スペクトルをそれぞれ示す図である。
【図3】液体試料から分離されたベンゼンとトルエンとo−キシレンとの混合ガスの吸収スペクトルを示し、図3(a)は図8に示すガス検出装置で測定された吸収スペクトル、図3(b)は図1に示すガス検出装置で測定された吸収スペクトルをそれぞれ示す図である。
【図4】図3で示した吸収スペクトルにおける波長253nm、267nm、272nmのピーク強度の時間変化を示し、図4(a)は図8に示すガス検出装置で測定した場合のグラフ、図4(b)は図1に示すガス検出装置で測定した場合のグラフをそれぞれ示す図である。
【図5】手順(i)〜(iv)から算出したベンゼンの寄与度の時間変化と、ベンゼンの寄与度/トルエンの寄与度(b/t)の時間変化をそれぞれ示す図である。
【図6】本発明のガス検出方法により液体試料中に存在する分析対象ガスの吸収スペクトルを測定するシーケンスの一例を示す図である。
【図7】液体試料中のベンゼン濃度及びトルエン濃度を特定する方法の手順を示すフローチャートである。
【図8】従来のガス検出装置の一実施形態の概略構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<ガス検出装置>
本発明のガス検出装置は、ガス供給口及びガス排出口を有する容器に、分析対象ガスを含む液体試料を収容すると共に、キャリヤーガスを供給・排出しながら、前記分析対象ガスを前記キャリヤーガス中に分離するガス分離装置と、前記ガス分離装置で分離された前記分析対象ガスの吸収スペクトルを測定するガス分析装置とを備える。
本発明のガス検出装置は、液体試料中の分析対象ガスをキャリヤーガス中に分離するガス分離装置に特徴があり、その他の構成については、公知のガス検出装置を適宜適用できる。
【0017】
図1は、ガス検出装置の一実施形態の概略構成を示す模式図である。
本実施形態のガス検出装置1は、ガス分離装置10とガス分析装置20とを備えている。
ガス分離装置10とガス分析装置20は、その途中にポンプ32が設けられた接続流路31を介して接続されている。
【0018】
ガス分離装置10は、容器11と、バルブ15a、15bがそれぞれ設けられているガス供給口12及びガス排出口13を備えた蓋体とから構成されている。
ガス供給口12とガス排出口13とは、パーベーパレーション膜からなるチューブ14で接続されている。
パーベーパレーション膜としては、分析対象ガスに応じて選択され、液体試料の溶媒分子を透過せず、分析対象物質の分子を選択的に透過して気化させる特性を有するものが用いられる。たとえば分析対象ガスがベンゼンの場合、ポリジメチルシロキサン膜等のシリコーン膜が好適に用いられる。
ガス分析装置20は、上述した図8に示すガス検出装置50におけるガス分析装置20と同一の構成を備える。
【0019】
<ガス検出方法>
上記本発明のガス検出装置を用いて液体試料中の分析対象ガスを検出する方法としては、具体的には以下の方法が挙げられる。
【0020】
図1に示す実施形態のガス検出装置1を用い、容器11に液体試料を収容する。
図1において、容器11は、分析対象ガスを含む液体試料で完全に満たされている。容器11内を液体試料で完全に満たすことにより、たとえば液体試料中の分析対象ガスが容器11内のヘッドスペース部へ分離することがないため、分析対象ガスのチューブ14への透過効率が高まり、分析対象ガスの液体試料からの分離効率が向上する。
分析対象ガスは、パーベーパレーション作用により分離可能であるものであれば特に限定されず、たとえばベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素;メタノール、エタノール等のアルコールなどが挙げられる。
液体試料としては、分析対象ガスを含む液状のものであればよく、たとえば、芳香族炭化水素を含む水、芳香族炭化水素を含むガソリン、前記ガソリンを含む水、アルコールを含む水等が挙げられる。
【0021】
そして、容器11に前記液体試料を収容すると共に、チューブ14に前記キャリヤーガスを流しながら、前記液体試料中に存在する前記分析対象ガスを前記キャリヤーガス中に分離し、前記の分離された分析対象ガスを含むキャリヤーガスをガス分析装置20へ送る。
ガス分離装置10においては、液体試料中の分析対象ガスが、パーベーパレーション作用によってパーベーパレーション膜を透過してチューブ14内へ移動する。これにより、液体試料中に存在する分析対象ガスを分離でき、当該分析対象ガスはチューブ14内を流れるキャリヤーガスと共にガス分析装置20へ送られる。
キャリヤーガスとしては、たとえば空気、窒素等を用いることができる。
チューブ14内を流れるキャリヤーガスの流速、その流路内の温度、液体試料の温度は、ガス分離装置10のスケール、チューブ14の口径、液体試料又はキャリヤーガスの種類等に応じて、好適な条件に適宜設定すればよい。
【0022】
次いで、ガス分析装置20において、前記キャリヤーガス中に分離した前記分析対象ガスの吸収スペクトルを連続的に測定し、前記吸収スペクトルの時間変化を分析する。
本発明において、「分析対象ガスの吸収スペクトル」とは、分析対象ガスを含むキャリヤーガスを測定して得られるスペクトルを意味する。
【0023】
以下、本発明のガス検出方法について、ベンゼン、トルエン及びキシレンを含む液体試料からベンゼンを検出するに際し、図1に示す本発明のガス検出装置1と、図8に示す従来例のガス検出装置50とを用いた場合を比較しながら説明する。
なお、液体試料中の各成分の濃度を、ベンゼン濃度0.45ppm、トルエン濃度3ppm及びo−キシレン濃度3ppmとした。
【0024】
いずれのガス検出装置も、ガス分離装置には、テフロン(登録商標)製の容量1.2Lの容器を用いた。キャリヤーガスをガス分離装置からガス分析装置20へと送るポンプ32にはバイモルポンプを用いた。
ガス分析装置20には、一端が紫外線源22(重水素灯)と接続流路27を介して接続され、他方の一端が分光計23と接続流路28を介して接続されたガス検出セル21を備えたものを用いた。接続流路27、28には、一様にアルミニウムで覆われた中空ファイバー光学導波管をそれぞれ用いた。
【0025】
図1に示すガス検出装置1では、ガス分離装置10におけるガス供給口11とガス排出口12とを、シリコーンからなるチューブ14(内径0.5mm、外径1mm、長さ3200mm)で接続した。液体試料は、容器11を完全に満たすように収容した。
【0026】
図8に示すガス検出装置50では、容量1.2Lの容器61に1Lの液体試料を収容し、ヘッドスペース部64を設けた。
【0027】
図2は、波長230〜290nmにおける、ベンゼン単独、トルエン単独、o−キシレン単独の標準吸収スペクトルをそれぞれ示す図である。
かかる波長の範囲においては、いずれの標準吸収スペクトルも、他の標準吸収スペクトルと重なり合っている。
図2中に付された「▽」は、ベンゼンでは253nm、トルエンでは267nm、o−キシレンでは272nmのピークをそれぞれ示す。
たとえばベンゼンとトルエンとo−キシレンの混合ガスの吸収スペクトルにおいては、波長272nmのピークはほとんどがo−キシレンに由来し、波長267nmのピークはトルエンとo−キシレンの両方に由来し、波長253nmのピークはベンゼンとトルエンとo−キシレンの3成分に由来する。
図2中、3つの波長範囲A〜Cは、いずれもベンゼンとトルエンとo−キシレンの3成分の標準吸収スペクトルが重なり合っている。
【0028】
図3は、液体試料から分離されたベンゼンとトルエンとo−キシレンとの混合ガスの吸収スペクトルを示し、図3(a)は図8に示すガス検出装置50で測定された吸収スペクトル、図3(b)は図1に示すガス検出装置1で測定された吸収スペクトルをそれぞれ示す図である。
図3中で付された「▼」は、低波長側から順に波長253nm、267nm、272nmのピークをそれぞれ示す。
【0029】
図4は、図3で示した吸収スペクトルにおける波長253nm、267nm、272nmのピーク強度の時間変化を示し、図4(a)は図8に示すガス検出装置50で測定した場合のグラフ、図4(b)は図1に示すガス検出装置1で測定した場合のグラフをそれぞれ示す図である。グラフ中、一つの曲線は80秒ごとにプロットされている。
図4(a)に示すグラフでは、波長253nm、267nm、272nmのピーク強度はいずれも、測定時間240秒付近まで右肩上がりで高くなり、測定時間400秒付近を境としてそれ以降ゆるやかに低下している。このことから、バブリング処理によるガス分離では、ガス分離操作を始めた直後から、液体試料中に存在するベンゼンとトルエンとo−キシレンの3成分全部がキャリヤーガス中に分離し、測定時間400秒以降、液体試料から分離する3成分の量はいずれも同様の割合で減少していることが分かる。
図4(b)に示すグラフでは、波長253nmのピーク強度は、測定時間1200秒付近まで高くなった後、それ以降はほぼ一定の強度範囲を示している。波長267nmのピーク強度は、測定時間3200秒まで単調に高くなっている。波長272nmのピーク強度は、測定時間3200秒まで非常に低く、ほとんど確認できない挙動を示している。このことから、パーベーパレーション法によるガス分離では、ガス分離操作を始めてから少なくとも約50分間は、液体試料からo−キシレンがキャリヤーガス中にほとんど分離しないこと、ベンゼンは約20分の間、液体試料から分離しやすいこと、トルエンは時間の経過に伴って分離しやすくなっていることが分かる。このように、図4(b)に示すグラフでは3成分がそれぞれ異なる分離挙動を示している。
【0030】
なお、混合ガスの吸収スペクトルにおいて、図2で示される波長範囲A〜Cにおけるピークは、ベンゼンとトルエンとo−キシレンの3成分に由来する可能性がある。そのため、混合ガスの吸収スペクトルにおける波長253nmのピーク強度へのベンゼンの寄与度を算出する場合、当該寄与度を高目に算出する評価誤差を生じるおそれがある。
また、かかる評価誤差は、キャリヤーガス中の混合ガス濃度の違いによっても大きくなる傾向を示す。
【0031】
かかる評価誤差を小さくするため、次に、測定時間240秒、800秒、1200秒、2080秒、3200秒の5点で、混合ガスの吸収スペクトルに対する、ベンゼンとトルエンとo−キシレンの3成分それぞれの寄与度を評価し、比較した。
混合ガスの吸収スペクトルに対する3成分の寄与度は、下記手順により評価することができる。
【0032】
手順(i):ベンゼン単独、トルエン単独及びo−キシレン単独のそれぞれについて、濃度を変えて標準スペクトルを測定する。
手順(ii):ベンゼンとトルエンとo−キシレンとの混合割合の異なる混合ガス、これら3成分の合計の濃度の異なる混合ガスの吸収スペクトルを測定する。
手順(iii):手順(i)〜(ii)より、波長毎のピーク強度と各成分の濃度との相関についてデータベースを構築する。
手順(iv):手順(iii)で構築したデータベースに基づいて、下記数式(1)により、実測した混合ガスの吸収スペクトルとのフィッティング処理を行い、3成分それぞれの寄与度を決定する。
【0033】
数式(1):
(実測した混合ガスの吸収スペクトル)=b×(ベンゼンの標準スペクトル)+t×(トルエンの標準スペクトル)+x×(o−キシレンの標準スペクトル)
b,t,xは、ベンゼンの寄与度,トルエンの寄与度,o−キシレンの寄与度をそれぞれ表すパラメータである。
【0034】
図5は、上述した手順(i)〜(iv)から算出したベンゼンの寄与度の時間変化と、ベンゼンの寄与度/トルエンの寄与度(b/t)の時間変化をそれぞれ示す図である。
ベンゼンの寄与度は高いほど、混合ガス中のベンゼンの検出感度が高いことを意味する。
ベンゼンの寄与度/トルエンの寄与度(b/t)は高いほど、混合ガスに含まれるベンゼンの含有割合が高い(ベンゼン選択性が高い)ことを意味する。
混合ガスの吸収スペクトルに対する3成分の寄与度は、バブリング処理によるガス分離においては測定時間240秒後に測定した吸収スペクトルについて、パーベーパレーション法によるガス分離においては測定時間800秒後に測定した吸収スペクトルについて、それぞれ評価を行った。
【0035】
バブリング処理によるガス分離の場合、ベンゼンの寄与度は、測定時間240秒では高いものの、時間の経過に伴って低下している。このことから、混合ガス中のベンゼンの検出感度が時間の経過に伴って低くなることが分かる。
また、b/tについて、測定時間240〜3200秒で0.16とほとんど変化していない。このことから、ベンゼン選択性は認められないことが分かる。したがって、バブリング処理によるガス分離においては、上述した評価誤差を生じやすい。
【0036】
一方、パーベーパレーション法によるガス分離の場合、ベンゼンの寄与度は、測定時間800秒から1200秒にかけて少し高くなり、それ以降、時間の経過に伴って低下する傾向を示している。
また、b/tについて、測定時間800秒で約0.54と最も高い値を示し、それ以降、時間の経過に伴って減少していることが分かる。パーベーパレーション法によるガス分離は、バブリング処理によるガス分離に比べて、測定時間800秒でb/tが約3.4倍高い値を示している。このことから、ベンゼン選択性が高いことが分かる。したがって、パーベーパレーション法によるガス分離は、上述した評価誤差を生じにくいと云える。また、その評価誤差を、バブリング処理によるガス分離の場合の最高30%まで低減できる。
【0037】
本発明者らは、ベンゼンの寄与度とb/tの時間変化の結果から、測定時間の最適条件を800秒と設定した。
すなわち、パーベーパレーション法によるガス分離によれば、測定時間の最適条件を800秒と設定することにより、液体試料からベンゼンとトルエンとo−キシレンを分離する際、これら3成分に分離速度の違いを生じさせることができる。すなわち、キャリヤーガス中の3成分の濃度が時間の経過と共に変化する。これにより、従来よりもベンゼンの混合割合の高い混合ガスを液体試料から分離できる。ガス分析装置では、波形の異なる吸収スペクトルが連続的に測定される。ここで得られる混合ガスの吸収スペクトルは、混合ガス中のベンゼンの混合割合が高いことから、ベンゼンの寄与度が高いものである。そのため、パーベーパレーション法によるガス分離によれば、予め設定された波長毎のピーク強度と各成分の濃度との相関(データベース)に基づいて、混合ガスの吸収スペクトルからベンゼンのみを検出しやすく、かつ、液体試料中のベンゼン濃度を高精度で特定できる。
【0038】
なお、上記では、パーベーパレーション法によるガス分離において、測定時間の最適条件をベンゼン選択性の点から800秒と設定したが、図4(b)で説明したように、波長253nmのピーク強度の時間変化から、キャリヤーガス中のベンゼン濃度は測定時間1200秒付近で最も高くなる。また、図5で説明したように、測定時間1200秒付近で、ベンゼンの寄与度が最も高く、ベンゼンの検出感度が高い。
キャリヤーガス中のベンゼン濃度が低いと、吸収スペクトルにおいて、ベンゼン由来のシグナルとノイズとの比(SN比)が小さくなり、ベンゼンの検出感度が減少する(図5中、測定時間800秒より短い時間側の低SN比領域)。
したがって、ベンゼンの検出感度が求められる用途では、測定時間の最適条件を800秒より長く(上限を1200秒付近に)設定することが好ましい。
【0039】
<液体試料中のベンゼン濃度及びトルエン濃度の特定方法>
本発明は、分析対象ガスとしてベンゼン及びトルエンを含む液体試料から分離されたガスを繰り返して分析することにより前記液体試料中のベンゼン濃度及びトルエン濃度を特定する方法である。
【0040】
図6は、上記本発明のガス検出方法により液体試料中に存在する分析対象ガスの吸収スペクトルを測定するシーケンスの一例を示す図である。
まず初めに、図1に示すガス検出装置1におけるポンプ32の運転を開始する。ポンプ32は、液体試料から分離した全てのガスの測定が終了するまで運転を継続する。
ついで、リファレンス測定を行う。リファレンス測定では、キャリヤーガスのみをガス分析装置20に送り、背景雑音及びキャリヤーガスのスペクトルを測定し、参照スペクトルとする。
次に、バルブ15bを液体試料側に切り換え、ガス分離装置10で分離した混合ガスをガス分析装置20に送り、吸収スペクトルの本測定を連続的に行う。
得られる吸収スペクトルを、それぞれスペクトル番号N=1、2,3・・・とする。
本実施形態では、1回のスペクトル取得に80秒を要する。
【0041】
図7は、図6に示すシーケンスに従って測定された吸収スペクトルから、液体試料中のベンゼン濃度及びトルエン濃度を特定する方法の手順を示すフローチャートである。
【0042】
ステップ(S101)では、ガス分離装置から送られてくる混合ガスを含むキャリヤーガスの吸収スペクトル(スペクトル番号N=1)の測定を行う。
ステップ(S102)では、予め設定された、ベンゼンとトルエンの単独又は混合ガスの吸収スペクトルにおける波長毎のピーク強度と各成分の濃度との相関に基づいて、前記ステップ(S101)で測定された吸収スペクトルにおけるベンゼンとトルエンのそれぞれの寄与度を算出する。
ステップ(S103)では、前記ステップ(S101)で測定された吸収スペクトルにおいてベンゼン由来のピークの検出を行う。
【0043】
ステップ(S104)では、前記ステップ(S103)においてベンゼン由来のピークが検出された場合に、予め設定されたベンゼンの標準吸収スペクトルとベンゼン濃度との相関に基づいて、前記ベンゼン由来のピークからベンゼン濃度を算出する。
ステップ(S105)では、当該分析時点における分析回数が、ベンゼン濃度を特定する際に予め設定された最多の分析回数未満であること、及び当該分析時点で測定された吸収スペクトルのSN比(シグナル/ノイズ)が、ベンゼン濃度を特定する際に予め設定された吸収スペクトルのSN比以上であることの条件を満たすか否かを判定する。
本実施形態において、最多の分析回数は予め16回(測定時間として1280秒)に設定されている。これは、図4(b)より、キャリヤーガス中のベンゼン濃度が最も高くなるのが測定時間1200秒付近であることに起因する。また、吸収スペクトルのSN比は3に設定されている。
【0044】
ステップ(S106)では、前記ステップ(S105)において前記条件を満たしている場合に、前記ステップ(S104)で算出されたベンゼン濃度を、前記液体試料中のベンゼン濃度として特定する。
前記ステップ(S105)において前記条件を満たしていない場合には、ステップ(S102)に戻り、スペクトル番号N=2の吸収スペクトルにおけるベンゼンとトルエンのそれぞれの寄与度を算出し、その後、ステップ(S103)へと進む。
【0045】
ステップ(S107)では、前記ステップ(S103)においてベンゼン由来のピークが検出されなかった場合に、当該分析時点における分析回数が、トルエン濃度を特定する際に予め設定された最少の分析回数以上であるか否かを判定する。
本実施形態において、最少の分析回数は予め15回(測定時間として1200秒)に設定されている。
【0046】
ステップ(S108)では、前記ステップ(S107)において当該分析時点における分析回数が前記最少の分析回数以上である場合に、予め設定されたトルエンの標準吸収スペクトルとトルエン濃度との相関に基づいて、トルエン由来のピークからトルエン濃度を算出し、当該算出のトルエン濃度を、前記液体試料中のトルエン濃度として特定する。
分析回数が最少の分析回数以上では、トルエン由来のピークによってベンゼン由来のピークが確認できないため、当該算出のトルエン濃度を前記液体試料中のトルエン濃度とする。
前記ステップ(S107)において当該分析時点における分析回数が前記最少の分析回数未満である場合には、ステップ(S102)に戻り、スペクトル番号N=2の吸収スペクトルにおけるベンゼンとトルエンのそれぞれの寄与度を算出し、その後、ステップ(S103)へと進む。
【0047】
以上の手順を適宜繰り返すことにより、液体試料中のベンゼン濃度及びトルエン濃度を特定することができる。
【0048】
(地下水のガソリンによる汚染の評価)
貯蔵タンクからガソリンが漏洩した場合、地下水にガソリンが流れ込んで地下水が汚染される問題がある。
たとえば前記液体試料として「ガソリンが混入した地下水」を用いた場合、本発明に係る濃度の特定方法により特定したベンゼン濃度又はトルエン濃度から、地下水の汚染状態を評価できる。
ステップ(S106)より、地下水中のベンゼン濃度X(ppb)が特定される。
また、ガソリン中のトルエン濃度は、一般に、ベンゼン濃度の7倍と云われている。このことから、前記ステップ(S108)で特定したトルエン濃度Y(ppb)より、地下水中のベンゼン濃度を、トルエン濃度Yの1/7(ppb)として特定することができる。
そして、ベンゼン濃度X(ppb)又はY/7(ppb)がガス分析装置20におけるベンゼンの検出下限(本実施形態では100ppb)より大きい場合、ベンゼンによって地下水が汚染されていると評価できる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明のガス検出装置及びガス検出方法によれば、液体試料中に分析対象物質と化学構造が類似する物質を含んでいても、液体試料から当該分析対象物質を検出でき、かつ、液体試料中の当該分析対象物質の濃度を高精度で特定できる。
本発明のガス検出装置は、水又はガソリン等に含まれるベンゼンを検出する装置として利用できる。
本発明のガス検出方法によれば、水又はガソリン等に含まれるベンゼン濃度を特定することができ、たとえば地下水の汚染状態を評価できる。
【符号の説明】
【0050】
1 ガス検出装置 10 ガス分離装置 11 容器 12 ガス供給口 13 ガス排出口 14 チューブ 20 ガス分析装置 21 ガス検出セル 22 紫外線源 23 分光計 24 パソコン 25 紫外線光路兼ガス流路 26 ガス排出流路 27 接続流路 28 接続流路 31 接続流路 32 ポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス供給口及びガス排出口を有する容器に、分析対象ガスを含む液体試料を収容すると共に、キャリヤーガスを供給・排出しながら、前記分析対象ガスを前記キャリヤーガス中に分離するガス分離装置と、
前記ガス分離装置で分離された前記分析対象ガスの吸収スペクトルを測定するガス分析装置とを備えたガス検出装置において、
前記ガス分離装置は、前記ガス供給口と前記ガス排出口とがパーベーパレーション膜からなるチューブで接続されていることを特徴とするガス検出装置。
【請求項2】
請求項1記載のガス検出装置を用い、
前記容器に前記液体試料を収容すると共に、前記チューブに前記キャリヤーガスを流しながら、前記液体試料中に存在する前記分析対象ガスを前記キャリヤーガス中に分離し、前記の分離された分析対象ガスを含むキャリヤーガスを前記ガス分析装置へ送り、
前記キャリヤーガス中に分離した前記分析対象ガスの吸収スペクトルを連続的に測定し、前記吸収スペクトルの時間変化を分析することを特徴とするガス検出方法。
【請求項3】
分析対象ガスとしてベンゼン及びトルエンを含む液体試料から分離されたガスを繰り返して分析することにより前記液体試料中のベンゼン濃度及びトルエン濃度を特定する方法であって、
前記分離されたガスの吸収スペクトルを測定するステップ(S101)と、
予め設定されたベンゼンとトルエンとの混合ガスの吸収スペクトルにおけるベンゼンとトルエンのそれぞれの寄与度に基づいて、前記ステップ(S101)で測定された吸収スペクトルにおけるベンゼンとトルエンのそれぞれの寄与度を算出するステップ(S102)と、
前記ステップ(S101)で測定された吸収スペクトルにおいてベンゼン由来のピークの検出を行うステップ(S103)と、
前記ステップ(S103)においてベンゼン由来のピークが検出された場合に、予め設定されたベンゼンの標準吸収スペクトルとベンゼン濃度との相関に基づいて、前記ベンゼン由来のピークからベンゼン濃度を算出するステップ(S104)と、
当該分析時点における分析回数が、ベンゼン濃度を特定する際に予め設定された最多の分析回数未満であること、及び当該分析時点で測定された吸収スペクトルのSN比(シグナル/ノイズ)が、ベンゼン濃度を特定する際に予め設定された吸収スペクトルのSN比以上であることの条件を満たすか否かを判定するステップ(S105)と、
前記ステップ(S105)において前記条件を満たしている場合に、前記ステップ(S104)で算出されたベンゼン濃度を、前記液体試料中のベンゼン濃度として特定するステップ(S106)と、
前記ステップ(S103)においてベンゼン由来のピークが検出されなかった場合に、当該分析時点における分析回数が、トルエン濃度を特定する際に予め設定された最少の分析回数以上であるか否かを判定するステップ(S107)と、
前記ステップ(S107)において当該分析時点における分析回数が前記最少の分析回数以上である場合に、予め設定されたトルエンの標準吸収スペクトルとトルエン濃度との相関に基づいて、トルエン由来のピークからトルエン濃度を算出し、当該算出のトルエン濃度を、前記液体試料中のトルエン濃度として特定するステップ(S108)と
を含むことを特徴とする液体試料中のベンゼン濃度及びトルエン濃度の特定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−58804(P2011−58804A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−205299(P2009−205299)
【出願日】平成21年9月4日(2009.9.4)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】