説明

クッション層付グラビア製版ロール及びその製造方法

【課題】印刷版、特に、クッション性を有することにより、硬質な被印刷物に対してブランケットロールを用いないダイレクトなグラビア印刷が可能であり、段ボール印刷等、粗面に対するグラビア印刷が良好に行えて、液晶パネル用ガラスへカラーフィルタを構成するためのマトリックス画像をカラー印刷したり、あるいはコンパクトディスク等に画像をカラー印刷するのに好適であるクッション性を有するグラビア版の製造方法を提供する。
【解決手段】ゴム又はクッション性を有する樹脂からなるクッション層11bを表面に設けた中空ロール11aと、該クッション層11bの表面に設けられかつ表面に多数のグラビアセル14が形成された銅メッキ層12と、該銅メッキ層12の表面に設けられた金属層16と、該金属層16の表面に設けられた当該金属の炭化金属層18と、該炭化金属層18の表面を被覆するダイヤモンドライクカーボン被膜20とを含むようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、段ボール等の粗面に印刷したり、あるいはコンパクトディスク等に画像を印刷したり、あるいは液晶パネル用ガラスへカラーフィルタを構成するためのマトリックス画像をカラー印刷するのに好適なクッション層付グラビア製版ロール及びその製造方法に関し、特に表面強化被覆層としてダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜層を設けるようにしたクッション層付グラビア製版ロール及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、印刷版、特に、液晶パネル用ガラスへカラーフィルタを構成するためのマトリックス画像をカラー印刷したり、あるいはコンパクトディスク等に画像をカラー印刷するには、グラビアオフセット印刷または水なしオフセット印刷が採用されてきており、グラビア印刷は採用されてこなかった。その理由は、グラビア印刷は、クッション性がないので印圧が増大するとガラスを割ってしまったり、コンパクトディスク等に歪みを与える惧れがあるので、ゴムからなるブランケットロールを介して印刷することにより、印圧が増大するときはゴムの変形により印圧の増大を抑制できるグラビアオフセット印刷が適切だからである。
【0003】
液晶パネル用ガラスへカラー印刷するには、ガラスに転移した直後のウエットのインキの膜厚を均一な5〜6μmとして、ドライなインキの膜厚を均一な1〜1.5μmとして、バックライト光を均一に透過しかつ高い透過率を保障する必要がある。また、コンパクトディスク等に画像をカラー印刷するには、画像がシャープに得られる限度にインキの膜厚を可能な限り薄くする必要がある。その理由は、コンパクトディスク等に印刷する画像は、中心に対して偏って印刷されるので、画像を形成しているインキの重量が、次世代のコンパクトディスク装置の流体動圧軸受を採用したスピンドルモータの高速回転化にともなって、アンバランス回転の原因として無視できなくなることが分かった。
【0004】
従来のグラビア印刷版は、銅メッキの表層部に深さが15〜25μmとなるようにセルを形成する必要があり、そうすると、ウエットのインキの膜厚が15〜25μmとなるから、液晶パネル用ガラスへカラー印刷したり、あるいはコンパクトディスク等に画像をカラー印刷するのにはインキの膜厚が厚すぎて適していない。
【0005】
従来のグラビア印刷版において、銅メッキの表面に深さが5〜6μmとなるようにセルをエッチング形成できないのは、銅メッキ被膜が結晶組織であるためエッチングの進行が均一に行われないためである。セルの輪郭や底面に凹凸が生じたり、大きさによって深さが異なったセルができることは避けられない。特にシャドウ部の大きなセルについて、深さが5〜6μmとなるように得ても、ハイライト部の小さなセルについては、輪郭や底面に凹凸が生じる確率が高く、深さが5〜6μmに確実に得ることはほとんど望めない。
【0006】
そこで、セルの深さが5〜6μmのグラビア版を確実に得るには、アルカリガラスに画像を焼き付けて現像しフッ酸によりエッチングすることにより深さが均一なかなり正確なセルを形成することができる。ただし、これは、グラビア印刷とはならず、ブランケットロールを介して印刷を行うグラビアオフセット印刷となる。
【0007】
こうして、従来は、液晶パネル用ガラスへカラー印刷したり、あるいはコンパクトディスク等にカラー印刷するには、グラビアオフセット印刷、または水なし平印刷版オフセット印刷が採用されてきており、グラビア印刷は採用されてこなかった。
【0008】
他方、従来のフレキソ版(樹脂凸版)は、光硬化性樹脂にマスクフィルムを重ねて赤外光を照射しエッチングするか、又は光硬化性樹脂にカーボンブラックの被膜を形成し、ポジ型の感光膜を塗ってレーザーによりネガ画像を焼き付けて現像し、次いで赤外光を照射してからエッチングすることにより製版している。
【0009】
しかしながら、従来の印刷法によって製作される液晶パネル用カラーフィルタは、画像のシャープさが低く、線画像のエッジの乱れ、線画像の凹凸があり、フィルム法によって製作される液晶パネル用カラーフィルタに比べて著しく品質が劣り、このため、玩具関係にしか用途が広がらず、コンピュータディスプレイやテレビジョン等の高級品には全く採用されていない。
【0010】
グラビアオフセット印刷によって製作される液晶パネル用カラーフィルタの品質が劣る原因は、次のように考えられる。グラビアオフセット印刷は、ブランケットロールからガラス等の被印刷物にインキを転移させる際に多少なりとも印圧が加わる。該印圧は、インキを押圧するので、インキの輪郭が外側に広がりあるいは乱れ、これが、ラインアンドスペースの値を小さくできない原因の一つである。また、転移するインキが版からブランケットロールに、さらにブランケットロールからガラス等の被印刷物に、それぞれ100%の確率で転移しないときは、インキが引きちぎられる結果となり、ガラス等の被印刷物に印刷されるインキの膜厚は均一でなく表面に凹凸ができる。
【0011】
転移するインキがガラス等の被印刷物に100%の確率で転移できるとした研究結果が論文に発表されている。それによれば、アルカリガラス製の印刷版の0.1μmのシリコンゴムの被膜をコートして離型性を付与すること、及びセルに光硬化性のインキを盛った時点で光を照射してインキを半乾きにして千切れ難いインキにすることによって、版からブランケットロールに100%の確率でインキを転移させることができたとしており、さらに、シリコン誘導体のブランケットロールに転移したインキを液晶パネル用ガラスに印刷する前にもう一度光を照射してインキを半乾きにして千切れ難いインキにするとともに、液晶パネル用ガラスの表面に0.2〜0.3μmの膜厚のアクリル系粘着剤をコートすることにより、ブランケットロールから液晶パネル用ガラスに100%の確率でインキを転移させることができたとしている。
【0012】
しかし、ブランケットロールから液晶パネル用ガラスに100%の確率でインキを転移させるためには、版や印刷装置を超精密に製作することが必須条件である。すなわち、通常の印刷装置の機械精度では、ブランケットロールから液晶パネル用ガラスにインキを転移させる際に印圧が掛りしかも変動することが避けられない。印圧が全く無くしたり、全く変動しないように機械精度を高めることは至難である。
【0013】
仮に、ブランケットロールと液晶パネル用ガラスとの隙間をインキの膜厚と完全に一致させてしかも印刷中に隙間寸法に変動が生じないように、印刷機械を超精密に製作できたとすれば、印圧は殆どかからず変動しない。しかしながら、そのような装置を実用化することはほとんど不可能である。
【0014】
なぜならば、ブランケットロールと液晶パネル用ガラスとの隙間を例えば5.5μmに保持し、ブランケットロールに付着している6μmの膜厚のインキを液晶パネル用ガラスに転移させるときには、インキの膜厚が5.5μmとなるように印圧が発生する。ブランケットロールが回転するとともに、ブランケットロールの表面の速度に完全に一致させて液晶パネル用ガラスを直動させる際に、ブランケットロールと液晶パネル用ガラスとの隙間を全く変動させないようにすることは至難である。
【0015】
ブランケットロールは真円・真円筒となるように超精密に製作する必要があり、液晶パネル用ガラスを全く波動が生じないように直動させる必要がある。ブランケットロールの直径に1μmの偏心があっても、または液晶パネル用ガラスがブランケットロールに対して1μm近づくか遠ざかったりすると、それだけで、インキの膜厚が4.5μmとなり印圧が変動し、または、ブランケットロールと液晶パネル用ガラスとの隙間が5.5μmよりも大きくなってしまい、そのときは、ブランケットロールに付着しているインキが液晶パネル用ガラスに転移できない。
【0016】
このことから言えることは、グラビアオフセット印刷機械の超精密化をいくら追求しても、印圧をかける必要があり、印圧の変動を抑えることは不可能である。従って、印圧がかかり、印圧が変動することが必須なので、ブランケットロールから液晶パネル用ガラスに100%の確率でインキを転移させることは、実験ではできたとしても、実用化はとても困難であると考えられる。
【0017】
他方、従来のフレキソ版(樹脂凸版)は、光硬化性樹脂を使用しているので、ちいさなドットを柱状に形成すると容易に折損してしまい、硬化樹脂の脆性を解消できず、高精細な版を作ることができなかった。
【0018】
また、グラビア印刷では、グラビア製版ロール(グラビアシリンダー)に対し、製版情報に応じた微小な凹部(グラビアセル)を形成して版面を製作し当該グラビアセルにインキを充填して被印刷物に転写するものである。一般的なグラビア製版ロールにおいては、アルミニウムや鉄などの金属製又は炭素繊維強化樹脂(CFRP)等の強化樹脂製中空ロールの表面に版面形成用の銅メッキ層(版材)を設け、該銅メッキ層にエッチングによって製版情報に応じ多数の微小な凹部(グラビアセル)を形成し、次いでグラビア製版ロールの耐刷力を増すためのクロムメッキによって硬質のクロム層を形成して表面強化被覆層とし、製版(版面の製作)が完了する。しかし、クロムメッキ工程においては毒性の高い六価クロムを用いているために、作業の安全維持を図るために余分なコストがかかる他、公害発生の問題もあり、クロム層に替わる表面強化被覆層の出現が待望されているのが現状である。
【0019】
一方、グラビア製版ロール(グラビアシリンダー)の製造について、セルを形成した銅メッキ層にダイヤモンドライクカーボン(DLC)を形成し、表面強化被覆層として用いる技術は知られているが(特許文献1〜3)、DLC層は銅との密着性が弱く、剥離し易いという問題があった。また、本願出願人は、中空ロールにゴム又は樹脂層を形成し、その上にダイヤモンドライクカーボン(DLC)の被膜を形成した後、セルを形成し、グラビア印刷版を製造する技術をすでに提案している(特許文献4〜7)。
【特許文献1】特開平4−282296号公報
【特許文献2】特開2002−172752号公報
【特許文献3】特開2002−178653号公報
【特許文献4】特開平11−309950号公報
【特許文献5】特開平11−327124号公報
【特許文献6】特開2000−15770号公報
【特許文献7】特開2000−10300号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、上述した点に鑑み案出したもので、印刷版、特に、クッション性を有することにより、硬質な被印刷物に対してブランケットロールを用いないダイレクトなグラビア印刷が可能であり、段ボール印刷等、粗面に対するグラビア印刷が良好に行えて、液晶パネル用ガラスへカラーフィルタを構成するためのマトリックス画像をカラー印刷したり、あるいはコンパクトディスク等に画像をカラー印刷するのに好適であるクッション性を有するグラビア版の製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題を解決するために、本発明のクッション層付グラビア製版ロールは、ゴム又はクッション性を有する樹脂からなるクッション層を表面に設けた中空ロールと、該クッション層の表面に設けられかつ表面に多数のグラビアセルが形成された銅メッキ層と、該銅メッキ層の表面に設けられた金属層と、該金属層の表面に設けられた当該金属の炭化金属層と、該炭化金属層の表面を被覆するダイヤモンドライクカーボン被膜とを含むことを特徴とする。
【0022】
本発明のクッション層付グラビア製版ロールの製造方法は、ゴム又はクッション性を有する樹脂からなるクッション層を表面に設けた中空ロールを準備する工程と、該クッション層の表面に銅メッキ層を形成する銅メッキ工程と、該銅メッキ層の表面に多数のグラビアセルを形成するグラビアセル形成工程と、該銅メッキ層の表面に金属層を形成する金属層形成工程と、該金属層の表面に当該金属の炭化金属層を形成する炭化金属層形成工程と、該炭化金属層の表面にダイヤモンドライクカーボン被膜を形成するダイヤモンドライクカーボン被膜形成工程とを含むことを特徴とする。
【0023】
前記炭化金属層としては炭化金属傾斜層が好適であり、該炭化金属傾斜層における炭素の組成比が前記金属層側から前記ダイヤモンドライクカーボン被膜方向に対して炭素の比率が徐々に増大するように設定されている。
【0024】
前記銅メッキ層の厚さが50〜200μm、前記グラビアセルの深度が5〜150μm、前記金属層の厚さが0.001〜1μm、好ましくは0.001〜0.1μm、より好ましくは0.001〜0.05μm、前記炭化金属層の厚さが0.1〜1μm、及び前記ダイヤモンドライクカーボン被膜の厚さが0.1〜10μmであることが好ましい。
【0025】
前記金属層、前記炭化金属層、好ましくは炭化金属傾斜層及び前記ダイヤモンドライクカーボン被膜をスパッタリング法によってそれぞれ形成することが好適である。
【0026】
前記金属が炭化可能でありかつ銅と親和性の高い金属であることが好ましい。
【0027】
前記金属が、タングステン(W)、珪素(Si)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、タンタル(Ta)、及びジルコニウム(Zr)からなる群から選ばれる一種又は二種以上の金属であることが好適である。
【0028】
前記グラビアセルの形成をエッチング法又は電子彫刻法によって行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、印刷版に、クッション性を持たせることができ、硬質な被印刷物に対してブランケットロールを用いないダイレクトなグラビア印刷が可能であり、液晶パネル用ガラスへカラーフィルタを構成するためのマトリックス画像をカラー印刷したり、あるいはコンパクトディスク等に画像をカラー印刷するのに好適であり、また、段ボール印刷等、粗面に対する印刷も良好にできる。また、本発明によれば、表面強化被覆層としてダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜を用いることにより、クロムメッキ工程を省略することができるので、毒性の高い六価クロムを用いることがなくなり、作業の安全性を図るための余分なコストが不要で、公害発生の心配も全くなく、しかもダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜はクロム層に匹敵する強度を有し耐刷力にも優れるという大きな効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、これら実施の形態は例示的に示されるもので、本発明の技術思想から逸脱しない限り種々の変形が可能なことはいうまでもない。
【0031】
図1は本発明のクッション層付グラビア製版ロールの製造工程を模式的に示す説明図で、(a)はゴム又はクッション性を有する樹脂からなるクッション層を中空ロールの表面に設けた版母材の全体断面図、(b)はクッション層の表面に銅メッキ層を形成した状態を示す部分拡大断面図、(c)は銅メッキ層にグラビアセルを形成した状態を示す部分拡大断面図、(d)は銅メッキ層表面に炭化タングステン層を形成した状態を示す部分拡大断面図、(e)は、金属層表面に炭化金属層を形成した状態を示す部分拡大断面図、(f)は炭化金属層表面にダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜を被覆した状態を示す部分拡大断面図である。図2は本発明のグラビア製版ロールの製造方法を示すフローチャートである。図3は本発明のクッション層付グラビア製版ロールの要部の拡大断面図である。
【0032】
本発明方法を図1〜図3を用いて説明する。図1(a)及び図3において、符号10は版母材で、アルミニウム、鉄、又は炭素繊維強化樹脂(CFRP)等の強化樹脂等からなる中空ロール11aの表面にクッション層11bを設けたものが用いられる(図2のステップ100)。該クッション層11bは、ゴム又はクッション性を有する樹脂からなり、1mm〜10cm程度の均一な厚さで表面の平滑度が高いシート状のものを、継ぎ目に隙間が開かないように中空ロール11aに巻き付けて強固に接着し、その後精密円筒研削及び鏡面研磨される。該クッション層11bの表面には銅メッキ処理によって銅メッキ層12が形成される(図2のステップ102)。
【0033】
該銅メッキ層12の表面には多数の微小な凹部(グラビアセル)14が形成される(図2のステップ104)。グラビアセル14の形成方法としては、エッチング法(版胴面に感光液を塗布して直接焼き付けた後、エッチングしてグラビアセル14を形成する)や電子彫刻法(デジタル信号によりダイヤモンド彫刻針を機械的に作動させ銅表面にグラビアセル14を彫刻する)等の公知の方法を用いることができるが、エッチング法が好適である。
【0034】
次に、前記グラビアセル14を形成した銅メッキ層12(グラビアセル14を含む)の表面に金属層16を形成する(図2のステップ106)。さらに、この金属層16の表面に当該金属の炭化金属層、好ましくは炭化金属傾斜層18を形成する(図2のステップ108)。金属層16及び炭化金属層、好ましくは炭化金属傾斜層18の形成方法としては、スパッタリング法、真空蒸着法(エレクトロンビーム法)、イオンプレーティング法、MBE(分子線エピタキシー法)、レーザーアブレーション法、イオンアシスト成膜法、プラズマCVD法等の公知の方法を適用できるが、スパッタリング法が好適である。
【0035】
前記金属としては、炭化可能でありかつ銅と親和性の高い金属が好ましい。この金属としては、タングステン(W)、珪素(Si)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、タンタル(Ta)、及びジルコニウム(Zr)等を用いることができる。
【0036】
前記炭化金属層、好ましくは炭化金属傾斜層18における金属は前記金属層16と同一の金属を用いる。炭化金属傾斜層18における炭素の組成比は金属層16側から後述するダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜20方向に対して炭素の比率が徐々に増大するように設定する。つまり、炭素の組成比は0%〜徐々に(段階状もしくは無段階状に)比率を増し、最後はほぼ100%となるように成膜を行う。
【0037】
この場合、炭化金属層、好ましくは炭化金属傾斜層18中の炭素の組成比の調整方法は公知の方法を用いればよいが、例えば、スパッタリング法(固体金属ターゲットを用い、アルゴンガス雰囲気で炭化水素ガス、例えば、メタンガス、エタンガス、プロパンガス、ブタンガス、アセチレンガス等の注入量を階段状又は無段階状に徐々に増大する)によって、炭化金属層18中の炭素の割合が銅メッキ層12の側からダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜20方向に対して階段状又は無段階状に徐々に増大するように炭素及び金属の両者の組成割合を変化させた炭化金属層、即ち炭化金属傾斜層18を形成することができる。
【0038】
このように炭化金属層18の炭素の割合を調整することによって金属層16及びダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜20の双方に対する炭化金属層18の密着度を向上させることができる。また、炭化水素ガスの注入量を一定とすれば、炭素及び金属の組成割合を一定とした炭化金属層とすることができ、炭化金属傾斜層と同様の作用を行わせることができる。
【0039】
続いて、前記炭化金属層、好ましくは炭化金属傾斜層18の表面にダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜20を被覆形成する(図2のステップ110)。ダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜20の形成方法としては、金属層16及び炭化金属層、好ましくは炭化金属傾斜層18の形成と同様に、スパッタリング法、真空蒸着法(エレクトロンビーム法)、イオンプレーティング法、MBE(分子線エピタキシー法)、レーザーアブレーション法、イオンアシスト成膜法、プラズマCVD法等の公知の方法を適用できるが、スパッタリング法が好適である。
【0040】
上記したダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜20を被覆し、このダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜20を表面強化被覆層として作用させることによって、毒性がなくかつ公害発生の心配も皆無となるとともに耐刷力に優れたグラビア製版ロール10aを得ることができる。
【0041】
ここで、スパッタリング法は、薄膜にしたい材料(ターゲット材料)にイオンをぶつけると材料がはね飛ばされるが、このはね飛ばされた材料を基板上に堆積させ薄膜を作製する方法であり、ターゲット材料の制約が少なく、薄膜を大面積に再現性よく作製できるなどの特徴がある。
【0042】
真空蒸着法(エレクトロンビーム法)は、薄膜にしたい材料に電子ビームを照射し加熱蒸発させ、この蒸発させた材料を基板上に付着(堆積)させ、薄膜を作製する方法であり、成膜速度が速く基板へのダメージが少ない等の特徴がある。
【0043】
イオンプレーティング法は、薄膜にしたい材料を蒸発させた後、高周波(RF)(RFイオンプレーティング法)又はアーク(アークイオンプレーティング法)によりイオン化させた基板上に堆積させ薄膜を作製する方法であり、成膜速度が速い、付着強度が大きい等の特徴がある。
【0044】
分子線エピタキシー法は、超高真空中で原料物質を蒸発させ、加熱した基板上へ供給し薄膜を形成する方法である。
【0045】
レーザーアブレーション法は、ターゲットに高密度化したレーザーパルスを入射することによりイオンを放出させ、対向の基板上に薄膜を形成する方法である。
【0046】
イオンアシスト成膜法は、真空容器内に蒸発源とイオン源とを設置し、イオンを補助的に利用して成膜する方法である。
【0047】
プラズマCVD法は、減圧下でCVD法を行う際により低温で薄膜形成を行う目的から、プラズマ励起を利用して原料ガスを分解させ、基板上で反応堆積させる方法である。
【実施例】
【0048】
以下に実施例をあげて本発明をさらに具体的に説明するが、これらの実施例は例示的に示されるもので限定的に解釈されるべきでないことはいうまでもない。
(実施例1)
ブーメランライン(株式会社シンク・ラボラトリー製グラビア製版ロール製造装置)を用いて下記する銅メッキ層の形成及びエッチング処理までを行った。まず、円周600mm、面長1100mmのアルミ中空ロールの表面に厚さ5cmのシリコンゴム層を巻き付けて形成したクッション層付版母材を準備した。この版母材をメッキ槽に装着し、陽極室をコンピューターシステムによる自動スライド装置で20mmまで中空ロールに近接させ、メッキ液をオーバーフローさせ、版母材を全没させて18A/dm2、6.0Vで80μmの銅メッキ層を形成した。メッキ時間は20分、メッキ表面はブツやピットの発生がなく、均一な銅メッキ層を得た。この銅メッキ層の表面を4H研磨機(株式会社シンク・ラボラトリー製研磨機)を用いて12分間研磨して当該銅メッキ層の表面を均一な研磨面とした。
【0049】
上記形成した銅メッキ層に感光膜(サーマルレジスト:TSER−2104E4)を塗布(フオンテインコーター)、乾燥した。得られた感光膜の膜厚は膜厚計(FILLMETRICS社製F20、松下テクノトレーデイング社販売)で計ったところ、4μmであった。ついで、画像をレーザー露光し現像した。上記レーザー露光は、Laser Stream FXを用い露光条件5分/m2/10Wで所定のパターン露光を行った。また、上記現像は、TLD現像液(株式会社シンク・ラボラトリー製現像液)を用い、現像液希釈比率(原液1:水7)で、24℃60秒間行い、所定のパターンを形成した。このパターンを乾燥(バーニング)してレジスト画像を形成した。
【0050】
さらに、シリンダーエッチングを行ってグラビアセルからなる画像を彫り込み、その後レジスト画像を取り除くことにより印刷版を形成した。このとき、グラビアセルの深度を5μmとしてシリンダーを作製した。上記エッチングは、銅濃度60g/L、塩酸濃度35g/L、温度37℃、時間70秒の条件でスプレー方式によって行った。
【0051】
このグラビアセルを形成した銅メッキ層の上面にスパッタリング法によってタングステン(W)層を形成した。スパッタリング条件は次の通りである。タングステン(W)試料:固体タングステンターゲット、雰囲気:アルゴンガス雰囲気、成膜温度:200〜300℃、成膜時間:60分、成膜厚さ:0.03μm。
【0052】
次に、タングステン(W)層の上面に炭化タングステン層を形成した。スパッタリング条件は次の通りである。タングステン(W)試料:固体タングステンターゲット、雰囲気:アルゴンガス雰囲気で炭化水素ガスを徐々に増加、成膜温度:200〜300℃、成膜時間:60分、成膜厚さ:0.1μm。
【0053】
さらに、炭化タングステン層の上面にスパッタリング法によってダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜を被覆形成した。スパッタリング条件は次の通りである。DLC試料:固体カーボンターゲット、雰囲気:アルゴンガス雰囲気、成膜温度:200〜300℃、成膜時間:150分、成膜厚さ:1μm。このようにして、グラビア製版ロール(グラビアシリンダー)を完成した。
【0054】
続いて、得られたグラビアシリンダーに対して印刷インキとしてシアンインキザーンカップ粘度18秒(サカタインクス社製水性インクスーパーラミピュア藍800PR−5)を適用しOPPフィルム(Oriented Polypropylene Film:2軸延伸ポリプロピレンフィルム)を用いて印刷テスト(印刷速度:120m/分)を行った。得られた印刷物は版カブリがなく、50,000mの長さまで印刷できた。パターンの精度は変化がなかった。また、エッチングされた銅メッキシリンダーに対するDLC被膜の密着性は問題がなかった。この本発明のグラビアシリンダーのハイライト部からシャドウ部のグラデーションは、常法に従って作製したクロムメッキグラビアシリンダーと変わらなかったことからインキ転移性は問題ないと判断される。この結果として、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜は従来のクロム層に匹敵する性能を有し、クロム層代替品として充分使用できることを確認した。
(実施例2)
実施例1と同様にしてグラビアセルの深度を5μmとしたシリンダーを作製した。このシリンダーに対してタングステン(W)試料を珪素(Si)試料に変更した以外は実施例1と同様にしてクッション層付グラビア製版ロールを完成し、同様に印刷テストを行ったところ、同様に版カブリがない等の同等の印刷性能を有することが判明した。この結果、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜は従来のクロム層に匹敵する性能を有し、クロム層代替品として充分使用できることを確認した。なお、金属試料として、チタン(Ti)、クロム(Cr)を用いて同様の実験を行い、同様の結果が得られることを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明のクッション層付グラビア製版ロールの製造工程を模式的に示す説明図で、(a)はゴム又はクッション性を有する樹脂からなるクッション層を中空ロールの表面に設けた版母材の全体断面図、(b)はクッション層の表面に銅メッキ層を形成した状態を示す部分拡大断面図、(c)は銅メッキ層にグラビアセルを形成した状態を示す部分拡大断面図、(d)は銅メッキ層表面に炭化タングステン層を形成した状態を示す部分拡大断面図、(e)は、金属層表面に炭化金属層を形成した状態を示す部分拡大断面図、(f)は炭化金属層表面にダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜を被覆した状態を示す部分拡大断面図である。
【図2】本発明のグラビア製版ロールの製造方法を示すフローチャートである。
【図3】本発明のクッション層付グラビア製版ロールの要部の拡大断面図である。
【符号の説明】
【0056】
10:版母材(ゴムロール等)、10a:グラビア製版ロール、11a:中空ロール、11b:クッション層、12:銅メッキ層、14:グラビアセル、16:金属層、18:炭化金属層、好ましくは炭化金属傾斜層、20:ダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴム又はクッション性を有する樹脂からなるクッション層を表面に設けた中空ロールと、該クッション層の表面に設けられかつ表面に多数のグラビアセルが形成された銅メッキ層と、該銅メッキ層の表面に設けられた金属層と、該金属層の表面に設けられた当該金属の炭化金属層と、該炭化金属層の表面を被覆するダイヤモンドライクカーボン被膜とを含むことを特徴とするクッション層付グラビア製版ロール。
【請求項2】
前記炭化金属層が、炭化金属傾斜層であって、該炭化金属傾斜層における炭素の組成比が前記金属層側から前記ダイヤモンドライクカーボン被膜方向に対して炭素の比率が徐々に増大するように設定されていることを特徴とする請求項1記載のクッション層付グラビア製版ロール。
【請求項3】
前記銅メッキ層の厚さが50〜200μm、前記グラビアセルの深度が5〜150μm、前記金属層の厚さが0.001〜1μm、前記炭化金属層の厚さが0.1〜1μm、及び前記ダイヤモンドライクカーボン被膜の厚さが0.1〜10μmであることを特徴とする請求項1又は2記載のクッション層付グラビア製版ロール。
【請求項4】
前記金属が炭化可能でありかつ銅と親和性の高い金属であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載のクッション層付グラビア製版ロール。
【請求項5】
前記金属が、タングステン(W)、珪素(Si)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、タンタル(Ta)、及びジルコニウム(Zr)からなる群から選ばれる一種又は二種以上の金属であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載のクッション層付グラビア製版ロール。
【請求項6】
ゴム又はクッション性を有する樹脂からなるクッション層を表面に設けた中空ロールを準備する工程と、該クッション層の表面に銅メッキ層を形成する銅メッキ工程と、該銅メッキ層の表面に多数のグラビアセルを形成するグラビアセル形成工程と、該銅メッキ層の表面に金属層を形成する金属層形成工程と、該金属層の表面に当該金属の炭化金属層を形成する炭化金属層形成工程と、該炭化金属層の表面にダイヤモンドライクカーボン被膜を形成するダイヤモンドライクカーボン被膜形成工程とを含むことを特徴とするクッション層付グラビア製版ロールの製造方法。
【請求項7】
前記炭化金属層が、炭化金属傾斜層であって、該炭化金属傾斜層における炭素の組成比が前記金属層側から前記ダイヤモンドライクカーボン被膜方向に対して炭素の比率が徐々に増大するように設定することを特徴とする請求項6記載のクッション層付グラビア製版ロールの製造方法。
【請求項8】
前記銅メッキ層の厚さが50〜200μm、前記グラビアセルの深度が5〜150μm、前記金属層の厚さが0.001〜1μm、前記炭化金属層の厚さが0.1〜1μm、及び前記ダイヤモンドライクカーボン被膜の厚さが0.1〜10μmであることを特徴とする請求項6又は7記載のクッション層付グラビア製版ロールの製造方法。
【請求項9】
前記金属層、前記炭化金属層及び前記ダイヤモンドライクカーボン被膜をスパッタリング法によってそれぞれ形成することを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項記載のクッション層付グラビア製版ロールの製造方法。
【請求項10】
前記金属が炭化可能でありかつ銅と親和性の高い金属であることを特徴とする請求項6〜9のいずれか1項記載のクッション層付グラビア製版ロールの製造方法。
【請求項11】
前記金属が、タングステン(W)、珪素(Si)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、タンタル(Ta)、及びジルコニウム(Zr)からなる群から選ばれる一種又は二種以上の金属であることを特徴とする請求項6〜10のいずれか1項記載のクッション層付グラビア製版ロールの製造方法。
【請求項12】
前記グラビアセルの形成をエッチング法又は電子彫刻法によって行うことを特徴とする請求項6〜11のいずれか1項記載のクッション層付グラビア製版ロールの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−118593(P2007−118593A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−264700(P2006−264700)
【出願日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【出願人】(000131625)株式会社シンク・ラボラトリー (52)
【出願人】(591124765)ジオマテック株式会社 (35)
【Fターム(参考)】