説明

コーティング層を有するインプラント

【課題】複数の材料をインプラントの表面に保持する場合でも、大掛かりな装置を必要とすることなしに、表面性に優れ、剥離などの危険が少ないインプラントを製造する方法を提供する。
【解決手段】溶媒として脱水処理された両親媒性の溶媒を使用したコーティング液を塗布、乾燥してインプラントを形成する、更には、高分子材料と1以上の薬剤を含んで構成される、或いは2以上の薬剤を含んで構成されるコーティング液を塗布、乾燥してインプラントを形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面性の優れたコーティング層を有するインプラントの製造方法、更にはこれにより製造されたインプラントに関する。
【背景技術】
【0002】
体内で血液が循環するための流路である血管に狭窄が生じ、血液の循環が滞ることにより、様々な疾患が発生することが知られている。特に血液の循環の源である心臓自身に血液を供給する冠状動脈に狭窄が生じると、狭心症、心筋梗塞等の重篤な疾病をもたらし、死に至る危険性が極めて高いことが知られている。このような血管の狭窄部分を治療する方法のひとつとして、バルーンカテーテルを用いて狭窄部分を拡張させる血管形成術(PTA、PTCA)があり、バイパス手術のような開胸術を必要としない低侵襲療法であることから広く行われている。しかし、血管形成術の場合、約40%の頻度で拡張した狭窄部分に再狭窄が生じ、大きな問題として指摘されている。再狭窄が発生する頻度(再狭窄率)を低減する治療法として、血管形成術に代わってステント留置術が広く行われている。
【0003】
ステントは、血管、胆管、尿道などの生体内管腔が狭窄した場合に、狭窄部位を拡張し、その状態を維持することを目的として留置される医療用具である。一般的に、ステントは金属や高分子、あるいはそれらの複合体から構成され、最も一般的には、SUS鋼、Co−Cr系合金、Ni−Ti系合金などの金属から構成される。
【0004】
ステントの拡張機構は、ステント自体の形状記憶性や超弾性により拡張する自己拡張型とバルーンカテーテルにより拡張されるバルーン拡張型に大別される。冠状動脈狭窄部の治療には主にバルーン拡張型が使用される。
【0005】
バルーン拡張型ステントにより冠状動脈の狭窄部分を治療する場合、ステントはバルーンカテーテルに保持された状態で挿入され、バルーンの拡張により拡張される。この様なステント留置術後の再狭窄率は、約20%から30%程度とされており、バルーンカテーテルのみによる血管形成術後と比べて有意に低減されているものの、依然として再狭窄は高い頻度で生じている。
【0006】
この原因として、ステントの留置により狭窄部分に物理的な損傷が生じ、この損傷の修復反応として生じる過度の新生内膜の肥厚がステント留置術後の再狭窄を生じるとする考えがある。なお、新生内膜の肥厚は、血管中膜における平滑筋細胞の増殖、増殖した平滑筋細胞の内膜への遊走、T細胞やマクロファージの内膜への遊走等により生じる。
【0007】
近年、移植装置を被覆する方法が各種示されている。例えば、特許文献1では、コーティング液への酸素の影響を抑えるために、コーティング液のキャリアガスを窒素としている。またコーティング作業を行う室内環境を一定条件下とし、ステントへのコーティングのバラツキを抑える方法が記載されている。
【特許文献1】特開2006−43450号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
狭窄部の治療後に生じる再狭窄を低減する目的で、体内に留置するステント等のインプラントの表面に、各種樹脂材料、薬剤などを保持することが検討されている。特に、近年になり複数の材料をインプラントの表面に保持することが検討されているが、本発明は、この様な場合でも、大掛かりな装置を必要とすることなしに、表面性に優れ、剥離などの危険が少ないインプラントを製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を鑑み鋭意検討した結果、溶媒として脱水処理された両親媒性の溶媒を使用したコーティング液を塗布、乾燥して形成することを特徴とするインプラントの製造方法を提供した。これによれば、大掛かりな装置を必要とすることなしに、表面性に優れ、剥離などの危険が少ないインプラントを製造することが可能となる。
【0010】
また、両親媒性の溶媒の粘性率が3.2×10-4Pa・s以上、5.6×10-4Pa・s以下であることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0011】
また、両親媒性の溶媒の表面張力が2.37×10-2Pa・m以上、2.81×10-2Pa・m以下であることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0012】
また、両親媒性の溶媒の沸点が40℃以上、66℃以下であることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0013】
また、両親媒性の溶媒が、アセトン、テトラヒドロフランから選ばれる1以上の溶媒、或いは、酢酸エチルであることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0014】
また、コーティング液が高分子材料を含んで構成されていることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0015】
また、前記高分子材料が生分解性高分子、更には乳酸−グリコール酸共重合体であることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0016】
また、コーティング液が、高分子材料と、1以上の薬剤を含んで構成されていることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0017】
また、コーティング液が2以上の薬剤を含んで構成されていることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0018】
また、前記薬剤がタクロリムスを含んでいることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0019】
また、前記高分子材料と1以上の薬剤の組み合わせ、或いは2以上の薬剤の組み合わせが、オクタノール/水分配係数(LogPow)で、0.89以上の物質と、−0.32以下の物質を含んで構成されていることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0020】
また、一旦コーティング液を塗布した後に、更に溶媒を吹付けて、コーティング層表面を滑らかにすることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0021】
また、コーティング液に含有される溶媒と、コーティング液を塗布後に吹付ける溶媒が同一組成であることを特徴とする前記インプラントの製造方法を提供した。
【0022】
更には、前記インプラントの製造方法で製造したことを特徴とするインプラントを提供した。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、複雑化の途をたどるインプラントのコーティング層を、大掛かりな装置を必要とすることなしに、表面性良く形成することが可能となる。特に、表面が滑らかで、均一性が高く、コーティング時の剥離の発生を低減したコーティング層を有するインプラントを形成することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明に係るインプラントの製造方法、更にこれにより製造されるインプラントを、実施形態に基づいて説明する。尚、ここでインプラントとは、ペースメーカー、ステント、人工歯根、人工骨などの、治療を目的に体内に留置する部材のことである。例えば、インプラントの一実施形態となるステントは、ほぼ管状体に形成され、その管状体の半径方向外方に伸長可能な、血管内などに留置される部材である。
【0025】
1.インプラント基材
インプラント基材を形成する材料として、例えば、ステンレススチール、Ni−Ti合金、Cu−Al−Mn合金、タンタリウム、Co−Cr合金、イリジウム、イリジウムオキサイド、ニオブ等の金属材料、セラミックス、ハイドロキシアパタイト等の無機材料を好適に使用することができる。特にステントを形成する場合には、これらの材料からなる筒状のチューブを準備し、レーザーカット等によりステントデザインにカットして作製することができる。また、レーザーカット後に電解研磨等を施しても良い。
【0026】
尚、インプラント基材を形成する材料として、無機材料の他に、ポリオレフィン、ポリオレフィンエラストマー、ポリアミド、ポリアミドエラストマー、ポリウレタン、ポリウレタンエラストマー、ポリエステル、ポリエステルエラストマー、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルエーテルケトン等の高分子材料を使用することが可能である。これらの高分子材料を用いたインプラント基材の作製方法は、それぞれの材料に適した加工方法を任意に選択することができる。
【0027】
2.溶媒
インプラント基材表面に任意の物質をコーティングするためには、通常その物質を溶媒に分散させたコーティング液が使用される。ここでコーティング液は、必ずしも均一に溶解した状態である必要はなく、溶解液以外に、懸濁液などを好適に使用することができる。一方、任意の物質としては、体液の接触、温度、湿度、摩擦などからインプラント基材を保護するために含ませる物質、あるいはインプラントの動作や性能を向上あるいは維持させるために含ませる物質などが挙げられ、例えば、層を形成する構造材料(例えば、高分子材料等)、更には抗菌性材料、薬剤などが挙げられる。これらの物質は、インプラントの必要部位に必要量だけ、制御された分散状態でコーティング層に含ませること、更には表面性よく配置されることが求められる。
【0028】
本発明のインプラントの製造方法においては、使用するコーティング液は両親媒性の溶媒を含有していることが必要である。コーティング液が両親媒性の溶媒を含有していることにより、複雑化の途をたどるインプラント基材の表面に保持する物質に対応し、更には求められる高度な制御に対応してコーティング層を形成することが可能となる。特に、インプラント基材の表面上の同一層中に親水性の物質と、疎水性の物質を固定化する必要のある場合に有効である。尚、この様に親水性の物質と、疎水性の物質を同一層中に固定化する場合に、両親媒性の溶媒に代えて、互いに溶解可能な親水性の溶媒と疎水性の溶媒を混合して用いることも考えられるが、この場合はコーティング液を塗布し乾燥する際に、溶媒の揮発速度の違いにより一方の溶媒の揮発が進み、先にコーティング液中の一方の物質(溶質)の析出が進み、最終的に厚み方向に物質(溶質)の分布が不均一なコーティング層となる。また、ひどい場合には、コーティング層中で構造材料として機能することの多い高分子材料が先に析出し、外側に薬剤リッチな層が形成され、剥離が生じやすく使用できない場合もある。
【0029】
また、本発明では使用する両親媒性の溶媒は、脱水処理が行われたものであることが必要である。脱水処理が行われていない場合には、両親媒性の溶媒の特徴から吸湿してコーティング液中に水分を含むこととなり、乾燥する際にコーティング層の表面を粗くしたり、或いはインプラント基材の表面に保持する物質の分布を不均一にすることとなる。特に、コーティング液に用いる両親媒性の溶媒は、その乾燥のし易さから比較的低沸点である溶媒が選択されることが多く、乾燥の際に含有する水が最後まで残り、コーティング層を粗い表面とする。尚、本発明においては、コーティング液中に残存する水分量は、上述の理由から、100ppm以下であることが好ましく、その中でも50ppm以下であることが好ましい。尚、表面性の点から水分量は少ないほど好ましいが、一方で、調製の困難さの点から10ppm以上であることが好ましい。
【0030】
また、例えコーティング液を調整する際に脱水処理された両親媒性の溶媒を用いたとしても、使用するまでに、或いはコーティング中、乾燥中に空気中の水分を取り込む可能性があることから、その保存環境、作業環境を低湿度に管理しておくことが好ましく、また、実際に使用するまで、溶媒、コーティング液中にモレキュラーシーブ等の脱水を促す物質を投入し、水分を除去しておくことが好ましい。
【0031】
一方、インプラントの機能等を向上させるため溶媒を残留させる必要がある場合を除き、これらの溶媒は、完成したインプラントにおいては可能な限り除かれることが好ましい。従って、溶媒はコーティング後に適切な処置を施すことで、速やかに除去、あるいは何らかの方法で無害化することが好ましい。尚、コーティング液中の溶媒を除去する方法としては、自然乾燥や熱等を加えて強制的に揮発除去する方法等が挙げられる。また、溶媒の無害化方法としては、熱や光などのエネルギーによる分解などが挙げられる。但し、分解による無害化は、コーティング層に必要としない物質が残る場合があり、一般には溶媒を除去することが好ましい。また、他の溶媒除去方法として、振動、回転、減圧等が挙げられ、これらを複数組み合わせてもよい。
【0032】
また、インプラント基材を体液、湿度、摩擦から保護するために、コーティング層はある一定以上の厚みや凹凸の少ない表面性を有することが求められる。例えばコーティング層に厚みがないと、体液や水分が浸透してインプラントやその基材に容易に到達してしまい、機械的な不具合や錆を発生させる恐れがある。またコーティング層の表面に凹凸があり不均一な場合では、コーティング層やインプラント基材にかかる外部からの圧力や摩擦も不均一にかかり、コーティング層を破損する恐れもある。この様に一定以上の厚みを有し、凹凸の少ない表面性を得る為には、コーティング液がはじかないこと、コーティング後の液の広がりが十分であること、物質の溶媒への溶解性が十分でなお且つ分散の均一性が高いことなどが必要となり、これらは、溶媒の揮発性、粘性、表面張力等に大きく依存する。
【0033】
乾燥、あるいは揮発の進行は、溶媒の沸点や蒸気圧に依存する。ある一定以上の厚みのコーティング層を得たい場合、コーティング液から溶媒が容易に揮発し過ぎないことも求められる。コーティング層から容易にかつ即揮発する溶媒を使用した場合は、コーティング層の厚みが小さくなる場合がある。尚、溶媒が容易に揮発し過ぎない場合は、コーティング溶液は外側から少しずつ乾燥することで速乾性の溶媒より層厚みのあるコーティング層を形成しやすい。従って、溶媒が常温でのコーティング作業で容易に揮発して作業に支障がでないために、沸点は気温や作業環境温度より高温度であることが好ましい。ただし、効率の点からは、揮発性の高い溶媒を用いることが好ましく、更にコーティング層およびそれに含有される物質の物性が変化しない温度で、溶媒を揮発できることが好ましい。以上の理由から、使用する溶媒の沸点は、40℃以上、66℃以下であることが好ましい。尚、コーティング作業およびその前後(乾燥作業など)は、管理可能な条件下で行うことが好ましい。ここで管理可能な条件としては、溶媒またはコーティング液を密閉かそれに近い条件で扱える環境が好ましい。
【0034】
インプラントに対し凹凸の少ないコーティング層を容易に形成するためには、コーティング液あるいはそれを構成する溶媒自体の粘性率が重要な影響を及ぼす。コーティング液の粘性率が低すぎると、コーティング層の一部分が厚くなったり薄くなったりとムラを生じる。またコーティング液の粘性率が高すぎると、インプラントのコーティング層表面に滑らかさや均一性がなくなり、ピンホールなどのコーティング層の欠陥を生み出し易い。コーティング液の粘性率は、液中の物質の溶解量にも依存するが、溶解させる物質が微量の場合は溶媒の粘性率に依存する。またインプラントへコーティング後、コーティング液中の溶媒がわずかに揮発することでも粘性率ムラが生じる可能性はあるため、粘性率の低すぎる溶媒を用いたコーティングは作業時に問題になる場合がある。従って、以上の理由から使用する溶媒の粘性率は、3.2×10-4Pa・s以上、5.6×10-4Pa・s以下であることが好ましい。
【0035】
インプラントのコーティング層の厚みを調節するために、コーティング液あるいはそれに使用する溶媒自体の表面張力を利用することができる。コーティング液の表面張力が低すぎると、乾燥後のコーティング層厚みが薄くなる場合があり、また強度不足でコーティング層が破れてしまう可能性がある。またコーティング液の表面張力が高すぎると、コーティング液がコーティングしたい領域全面に流れ込まず、ムラやピンホールなどの構造上の障害を生じることがある。従って、以上の理由から、使用する溶媒の表面張力は2.37×10-2Pa・m以上、2.81×10-2Pa・m以下であることが好ましい。
【0036】
尚、両親媒性の溶媒としては、例えばメタノール、エタノール、イソブタノール、イソプロパノール、tert−ブタノール等の各種アルコール、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン、アセトン、メチルエチルケトン、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、酢酸エチル等が挙げられる。この中でも、アセトン、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、メチルエチルケトン、エタノールが好ましく、特に上記各種特性を満たし、比較的安価に入手可能な点から、アセトン、テトラヒドロフラン、酢酸エチルが好ましい。特に乳酸−グリコール酸共重合体(以下、PLGAという)等のポリ乳酸やタクロリムスを溶質に用いる場合においては、溶媒はアセトン、テトラヒドロフランが好ましい。或いは、両親媒性の溶媒としては、オクタノール/水分配係数(LogPow)で、0.89以上の物質と、−0.32以下の物質を溶解可能な溶媒、更には2.50以上の物質と、−0.50以下の物質を溶解可能な溶媒であることが好ましい。
【0037】
また、これらのほかに種々のインプラントにコーティングするために用いることができる溶媒として、クロロホルム、ジクロロメタン、アセトニトリル、クロロベンゼン、シクロヘキサン、1,2−ジクロロエテン、1,2−ジメトキシエタン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、1,4−ジオキサン、2−エトキシエタノール、エチレングリコール、ホルムアミド、ヘキサン、メタノール、2−メトキシエタノール、メチルブチルケトン、メチルシクロヘキサン、N−メチルピロリドン、ニトロメタン、ピリジン、スルホラン、テトラリン、トルエン、1,1,2−トリクロロエテン、キシレン、酢酸、アニソール、1−ブタノール、2−ブタノール、酢酸n−ブチル、t−ブチルメチルエーテル、クメン、ジメチルスルホキシド、ジエチルエーテル、ギ酸エチル、ギ酸、ヘプタン、酢酸イソブチル、酢酸イソプロピル、酢酸メチル、3−メチル−1−ブタノール、メチルイソブチルケトン、2−メチル−1−プロパノール、ペンタン、1−ペンタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、酢酸プロピル等が挙げられる。
【0038】
3.コーティング層を形成する構造材料
インプラントは生体内に取り込まれ、生命活動や運動をサポートする役割を担う。よって、特にコーティング層を薬剤のみで構成せず、高分子などの構造材料を使用する場合、その構造材料には、生体適合性のある物質を用いることが好ましい。また生体内で消失することを求めるコーティング層の場合には、生分解性の物質をコーティング層に用いることがより好ましい。生分解性物質には金属や高分子から構成される物質が挙げられる。
【0039】
生分解性の物質が生分解性高分子である場合、例えば、乳酸、グリコール酸、γ−ブチロラクトン、δ−バレロラクトン、ε−カプロラクトン、テトラメチレンカーボネート、ジオキサノン等から選択される単量体成分のうち、1種類ないしは数種類を構成成分として含む高分子等が挙げられる。特に、生分解性高分子自体の生体適合性、生分解により生成する分解産物の安全性を考慮すると、乳酸のみから構成されるポリ乳酸、または乳酸およびグリコール酸から構成される乳酸−グリコール酸共重合体のいずれかであることが好ましい。
【0040】
乳酸には2種類の光学異性体が存在することが知られており、それぞれ、D−乳酸、L−乳酸と称される。このため、ポリ乳酸には、D−乳酸のみから構成されるポリ−D−乳酸、L−乳酸のみから構成されるポリ−L−乳酸、D−乳酸とL−乳酸から構成されるポリ−D,L−乳酸の3種類が存在するが(ポリ−D−乳酸およびポリ−L−乳酸は結晶性の高分子であり、ポリ−D,L−乳酸は非晶性の高分子である。)、特に本発明では、D−乳酸とL−乳酸の両方が含まれていることが好ましく、更にこれらが等mol%づつ含まれていることが好ましい。
【0041】
4.薬剤
インプラントのコーティングは種々の治療薬および薬剤を患部に供給するために用いることができる。これらの治療薬および薬剤としては、ビンカ・アルカロイド類(すなわち、ビンブラスチン、ビンクリスチン、ビノレルビン)等のような天然産物、パクリタキセル、エピジポドフィルロトキシン類(すなわち、エトポシド、テニポシド)、各種抗生物質(すなわち、ダクチノマイシン(アクチノマイシンD)、ダウノルビシン、ドキソルビシンおよびイダルビシン)、アントラサイクリン、ミトザントロン、ブレオマイシン、プリカマイシン(ミトラマイシン)およびマイトマイシン、酵素(L− アスパラギンを全身系的に代謝し、自己的にアスパラギンを合成する機能をもたない各種細胞を奪うL−アスパラギナーゼ等)を含む抗増殖/抗有糸分裂剤、G(GP)IIb/IIIa抑制因子およびビトロネクチン受容体拮抗物質等のような抗血小板剤、ナイトロジェン・マスタード(メクロレタミン、シクロホスファミドおよびその類似体、メルファラン、クロラムブシル)、エチレンイミンおよびメチルメラミン(ヘキサメチルメラミンおよびチオテパ)、スルホン酸アルキル類−ブスルファン複合物、ニトロソ尿素類(カルムスチン(BCNU)およびその類似体、ストレプトゾシン)、トリアゼン(triazenes)−ダカルバジン(DTIC)複合物等のような抗増殖/抗有糸分裂アルキル化薬、葉酸類似体(メトトレキサート)、ピリミジン類似体(フルオロウラシル、フロクスウリジンおよびシタラビン)、プリン類似体および関連の抑制因子(メルカプトプリン、チオグアニン、ペントスタチンおよび2−クロロデオキシアデノシン{クラドリビン})、白金配位錯体(シスプラチン、カルボプラチン)、プロカルバジン、ヒドロキシ尿素、ミトーテン、アミノグルテチミド、ホルモン類(すなわち、エストロゲン)等のような抗増殖/抗有糸分裂代謝拮抗物質、抗凝固薬(ヘパリン、合成ヘパリン塩類およびその他のトロンビン抑制因子)、フィブリン溶解剤(組織プラスミノゲン活性化因子、ストレプトキナーゼ、ウロキナーゼ等)、アスピリン、ジピリダモール、チクロピジン、クロピドグレル、アブシキマブ、抗遊走薬(antimigratory)、抗分泌薬(ブレベルジン)、さらに、副腎皮質ステロイド(コルチソル、コルチゾン、フルドロコルチゾン、プレドニゾン、プレドニゾロン、6α−メチルプレドニゾロン、トリアムシノロン、ベタメタゾン、およびデキサメタゾン)、非ステロイド系薬(サリチル酸誘導体、すなわち、アスピリン、パラアミノフェノール誘導体、すなわち、アセトミノフェン)等のような抗炎症薬、インドールおよびインデン酢酸(インドメタシン、スリンダク、エトダラック)、ヘテロアリール酢酸(トルメチン、ジクロフェナクおよびケトロラク)、アリールプロピオン酸(イブプロフェンおよびその誘導体)、アントラニル酸(メフェナム酸およびメクロフェナム酸)、エノール酸(ピロキシカム、テノキシカム、フェニルブタゾン、およびオキシフェンタトラゾン)、ナブメトン、金化合物(オーラノフィン、金チオグルコース、金チオリンゴ酸ナトリウム)、免疫抑制剤(シクロスポリン、タクロリムス(FK−506)、シロリムス(ラパマイシン)、アザチオプリン、ミコフェノール酸モフェチル)、血管形成剤、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、アンギオテンシン受容体遮断薬、酸化窒素供与体、アンチセンス・オリゴヌクレオチド類およびこれらの組み合わせ、細胞周期抑制因子、mTOR抑制因子、および増殖因子受容体信号伝達キナーゼ抑制因子、レテノイド(retenoid)、サイクリン/CDK抑制因子、HMG補酵素レダクターゼ抑制因子(スタチン類)、およびプロテアーゼ抑制因子等を挙げることができる。
【0042】
5.コーティング層
ステント等のインプラントは、前記基材表面の少なくとも一部に、高分子材料等の構造材料と1以上の薬剤を含んで構成されているか、2以上の薬剤を含んで構成されていることが好ましい(言い換えれば、コーティング液がこの様な物質を含む様に構成されていることが好ましい。)。また、コーティング層は、基材の外表面、内表面および側表面のほぼ全面に配置されていることが好ましい。例えば、ステント基材の場合、ほぼ全ての表面にコーティング層を設けることで、ステント拡張時にコーティング層の亀裂やステント基材表面からの剥離が生じにくくなる利点がある。
【0043】
一方、コーティング層における薬剤/生分解性高分子重量比は0.50以上、1.60以下であることが好ましい。0.50未満の場合、薬剤保持量を効率よく高めることが困難であり好ましくない。一方、1.60より大きい場合、ステントの拡張に伴うコーティング層の割れや剥離を生じる可能性が高くなるため好ましくない。
【0044】
また、本発明のインプラントの製造方法では、コーティング液中の前記高分子材料と1以上の薬剤の組み合わせ、或いは2以上の薬剤の組み合わせが、オクタノール/水分配係数(LogPow)で、0.89以上の物質と、−0.32以下の物質を含んで構成されていることが好ましく、更には2.50以上の物質と、−0.50以下の物質を含んで構成されていることが好ましい。本来、この様な系では、溶媒を混合してコーティング液が調整されていたが、本発明ではこの様な系においても、単一の溶媒でコーティング液を調整可能となる。これにより、コーティング液をインプラントの表面に付着させた後の乾燥時に、不均一な溶媒の乾燥による、コーティング層の表面性低下、更にはこれにより生じるコーティング層の剥離を低減することが可能となる。
【0045】
尚、logPowは、製品安全データシート等にも記載される、疎水性・親水性を表す指標で、OECD GUIDELINE FOR THE TESTING OF CHEMICALS lO7, Adopted by the Council on 27th July 1995, Partition Coefficient(n-octanol/water),Shake FIask Methodに記載の方法により個々の薬物について測定した値をいい、logPowの対数の底は10である。より具体的には、水層、n−オクタノール層へ薬物を分配させ、各層の薬物濃度を適当な方法で定量して求められる。薬物の定量は、検量線の直線性を確認するなどして、定量性を確認した方法であれば特に制限はないが、通常、吸光度法、ガスクロマトグラフィー法又は高速液体クロマトグラフィー法を用いる。UV吸収を有しない薬物について測定する場合は、定量性が確認できていれば、滴定法など、他の方法によってもよい。また、薬物が解離性物質である場合は、このガイドラインにしたがい、解離を抑制してlogPowを測定する。すなわち、水層として適当なpHの緩衝液を用いて、遊離の酸、あるいは遊離の塩基の状態でlogPowを測定する。薬物が酸性薬物である場合には、薬物のpKaの数値よりも1以上低いpHの緩衝液を用いる。薬物が塩基性薬物である場合には、薬物のpKaの数値よりも1以上高いpHの緩衝液を用いる。なお、このガイドラインでは、logPowの測定範囲は通常−2〜4となっているが、高速液体クロマトグラフィー法等の高感度分析法の利用により定量感度を上げて、logPowの測定範囲を−2〜5とすることができる。
【0046】
一方、さらなる薬剤保持量の増加、薬剤溶出の徐放性付与(或いは、放出時期と速度の制御)、ステント拡張時のコーティング層の割れや剥がれの抑制等を目的として、コーティング層を多層設けてもよい。
【0047】
以下、前記コーティング層を例示して詳細に説明する(従って、本発明はこれに限定されるものではなく、各種変形して使用することができる。)。本発明に係る前記生分解性高分子が乳酸−グリコール酸共重合体である場合、乳酸が75mol%以上、100mol%以下(特に85mol%)、グリコール酸が25mol%以上、0mol%以下(特に15mol%)含まれることが好ましい。前記乳酸−グリコール酸共重合体に含まれる乳酸がこの下限より少なく、グリコール酸がこの上限より多い場合は、前記生分解性高分子の生分解に伴う炎症反応の惹起が強くなり好ましくない。尚、前記乳酸−グリコール酸共重合体に含まれる乳酸が90mol%より多く、グリコール酸が10mol%より少ない場合は前記乳酸−グリコール酸共重合体の柔軟性が低くなり、ステントの拡張に伴うコーティング層の割れや剥がれが生じやすくなるので、その際は注意が必要である。尚、乳酸−グリコール酸共重合体に含まれる乳酸成分は、D−乳酸のみでもよく、L−乳酸のみでもよく、D−乳酸とL−乳酸をともに含んでもよいが、特にD−乳酸とL−乳酸が等mol%ずつ含まれることが好ましい。
【0048】
インプラント基材に対しコーティング層を配置する方法としては、コーティング液をインプラント基材表面に付着させ溶媒を除去する方法、または、コーティング液を別途用意したプレート上に塗布、乾燥して予めフィルムを作製しておき、これをインプラント基材に貼り付る方法などが利用できる。尚、前記コーティング層を配置する方法によって本発明の効果は制限されるものではなく、各種方法が好適に使用できる。
【0049】
また、コーティング液をインプラント基材表面に付着させ溶媒を除去する方法において、特にコーティング液を基材表面に付着させる方法としては、本発明を制限するものではなく、各種方法で行うことができる。例えば、コーティング液にステント基材などのインプラント基材をディッピングする方法、コーティング液をスプレーによりステント基材などのインプラント基材に噴霧する方法等の方法が、好適に使用可能である。
【0050】
また、コーティング液における溶質(薬剤、生分解性高分子等の構造材料、あるいはその両方等)の濃度も特に制限を受けず、治療の為に必要となる量、或いはコーティング層の表面性等を勘案して任意の濃度、量とすることができる。尚、表面性を調整するために、コーティング液を一旦付着させた後、或いは付着の途中で、余剰のコーティング液を除去してもよい。また、コーティング液の付着後、或いは付着の途中で、外表面の凹凸を溶解し滑らかにする目的で、溶媒をコーティング層表面に塗布することも好ましい。この時は必ずしも溶媒のみである必要はなく、少量のコーティング層を構成する物質(薬剤、生分解性高分子等の構造材料、あるいはその両方等)が含まれていてもよい。
【実施例】
【0051】
以下の各実施例および各比較例では、薬剤としてタクロリムスを例示して説明する。ただし、タクロリムス以外の上述の薬剤、または免疫抑制剤を使用してもよい。
【0052】
(実験例1)
生分解性高分子として、乳酸−グリコール酸共重合体(製品番号:B6006−1P、ロット番号:A05−003、Durect Corporation社、乳酸/グリコール酸=85mol%/15mol%)を使用した。含まれる乳酸成分のうち半分がD−乳酸であり、残り半分がL−乳酸である。また、当該生分解性高分子をクロロホルムに溶解させ、30℃で測定した固有粘性率は0.62dL/gであった。
【0053】
当該生分解性高分子とタクロリムス(アステラス製薬株式会社)をクロロホルム(和光純薬株式会社、沸点61.2℃、粘性率0.56cP(20℃)、表面張力27.1dyn/cm(20℃、空気))に溶解させ、薬剤濃度/生分解性高分子濃度=0.13wt%/0.50wt%であるコーティング液を作製した。直径100μmのステンレス製ワイヤをステント(SUS製)の一端に固定し、他端を直径2mmのステンレス棒に固定した。ステントを接続していない側のステンレス棒端部をモーター攪拌機に接続することでステントを長さ方向に鉛直に保持した。モーター攪拌機を用いてステントを100rpmで回転させながら、ノズル径0.3mmのスプレーガンを用いて作製したコーティング液をステントに吹き付け、コーティング液をステントに付着させた。スプレーガンのノズルからステントまでの距離は75mm、吹き付け時のエアー圧力は0.15MPaとした。吹き付け後に室温で1時間真空乾燥した。スプレー時間を調整し、ステント1個あたりの生分解性高分子の重量が325μg(ステントの軸方向単位長さあたりの生分解性高分子重量=25.0μg/mm)、薬剤の重量が85μgのコーティング層(薬剤/生分解性高分子重量比=0.26、ステントの軸方向単位長さあたりの薬剤重量=6.5μg/mm)を形成させた。ステントは計3個作製した。
【0054】
比較例1に比べて、クロロホルムを使用し作製したコーティング層は表面性が滑らかで均一であり、ステント表面からのコーティング層の剥離も見られなかった。
【0055】
(実験例2)
実験例1と同じ生分解性高分子を使用した。当該生分解性高分子をモレキュラーシーブで脱水したアセトン(和光純薬株式会社、沸点56.1℃、粘性率0.32cP、表面張力23.7dyn/cm)に溶解させ、生分解性高分子濃度=0.50wt%であるコーティング液を作製した。直径100μmのステンレス製ワイヤをステント(SUS製)の一端に固定し、他端を直径2mmのステンレス棒に固定した。ステントを接続していない側のステンレス棒端部をモーター攪拌機に接続することでステントを長さ方向に鉛直に保持した。モーター攪拌機を用いてステントを100rpmで回転させながら、ノズル径0.3mmのスプレーガンを用いて作製したコーティング液をステントに吹き付け、コーティング液をステントに付着させた。スプレーガンのノズルからステントまでの距離は75mm、吹き付け時のエアー圧力は0.15MPaとした。吹き付け後に室温で1時間真空乾燥した。スプレー時間を調整し、ステント1個あたりの生分解性高分子の重量が290μg(ステントの軸方向単位長さあたりの生分解性高分子重量=22.3μg/mm)のコーティング層を形成させた。ステントは計3個作製した。
【0056】
比較例1にあるように、脱水しなかったアセトンを使用し作製したコーティング層は表面性が粗かったが、脱水したアセトンを使用し作製したコーティング層は表面性が滑らかで均一であり、ステント表面からのコーティング層の剥離も見られなかった。
【0057】
(実験例3)
実験例1と同じ生分解性高分子を使用した。当該生分解性高分子をジクロロメタン(和光純薬株式会社、沸点39.8℃、粘性率0.43cP(20℃)、表面張力28.1dyn/cm(20℃))に溶解させ、生分解性高分子濃度=0.50wt%であるコーティング液を作製した。直径100μmのステンレス製ワイヤをステント(SUS製)の一端に固定し、他端を直径2mmのステンレス棒に固定した。ステントを接続していない側のステンレス棒端部をモーター攪拌機に接続することでステントを長さ方向に鉛直に保持した。モーター攪拌機を用いてステントを100rpmで回転させながら、ノズル径0.3mmのスプレーガンを用いて作製したコーティング液をステントに吹き付け、コーティング液をステントに付着させた。スプレーガンのノズルからステントまでの距離は75mm、吹き付け時のエアー圧力は0.15MPaとした。吹き付け後に室温で1時間真空乾燥した。スプレー時間を調整し、ステント1個あたりの生分解性高分子の重量が256μg(ステントの軸方向単位長さあたりの生分解性高分子重量=19.7μg/mm)のコーティング層を形成させた。ステントは計3個作製した。
【0058】
比較例1に比べて、ジクロロメタンを使用し作製したコーティング層は表面性が滑らかで均一であり、ステント表面からのコーティング層の剥離も見られなかった。
【0059】
(実験例4)
実験例1と同じ生分解性高分子を使用した。当該生分解性高分子とタクロリムス(アステラス製薬株式会社)をクロロホルム(和光純薬株式会社、沸点61.2℃、粘性率0.56cP(20℃)、表面張力27.1dyn/cm(20℃、空気))に溶解させ、薬剤濃度/生分解性高分子濃度=0.13wt%/0.50wt%であるコーティング液を作製した。ステント(Co−Cr製)を直径1.63mmのステンレス棒に固定した。ステントを接続していない側のステンレス棒端部を回転体に接続しステントを85rpmで回転させながらコーティング液をステントにスプレーコーティングし、コーティング液をステントに付着させた。スプレーノズルからステントまでの距離は8mm、吹き付け時のエアー圧力は0.12MPaとした。吹き付け後に55℃で4時間乾燥した。ステント1個あたりの生分解性高分子の重量が417μg(ステントの軸方向単位長さあたりの生分解性高分子重量=23.1μg/mm)、薬剤の重量が109μg(ステントの軸方向単位長さあたりの薬剤重量=6.1μg/mm)のコーティング層を形成させた。ステントは計10個作製した。
【0060】
比較例1に比べて、クロロホルムを使用し作製したコーティング層は表面性が極めて滑らかで均一であり、ステント表面からのコーティング層の剥離も見られなかった。
【0061】
(実験例5)
実験例1と同じ生分解性高分子を使用した。当該生分解性高分子とタクロリムス(アステラス製薬株式会社)をモレキュラーシーブで脱水したテトラヒドロフラン(和光純薬株式会社、沸点66℃、粘性率0.55cP(20℃)、表面張力26.4dyn/cm)に溶解させ、薬剤濃度/生分解性高分子濃度=0.13wt%/0.50wt%であるコーティング液を作製した。ステント(Co−Cr製)を直径1.63mmのステンレス棒に固定した。ステントを接続していない側のステンレス棒端部を回転体に接続しステントを85rpmで回転させながらコーティング液をステントにスプレーコーティングし、コーティング液をステントに付着させた。スプレーノズルからステントまでの距離は8mm、吹き付け時のエアー圧力は0.12MPaとした。吹き付け後に55℃で4時間乾燥した。ステント1個あたりの生分解性高分子の重量が385μg(ステントの軸方向単位長さあたりの生分解性高分子重量=21.4μg/mm)、薬剤の重量が100μg(ステントの軸方向単位長さあたりの生分解性高分子重量=5.6μg/mm)のコーティング層を形成させた。ステントは計8個作製した。
【0062】
比較例1に比べて、モレキュラーシーブで脱水したテトラヒドロフランを使用し作製したコーティング層は表面性が滑らかで均一であり、ステント表面からのコーティング層の剥離も見られなかった。
【0063】
(実験例6)
実験例1と同じ生分解性高分子を使用した。当該生分解性高分子およびタクロリムス(アステラス製薬株式会社)を溶解可能か選定するため、薬剤濃度/生分解性高分子濃度=0.13wt%/0.50wt%のコーティング液を作製した。溶媒はテトラヒドロフラン、エタノール、メチルエチルケトン、酢酸エチル、アセトン:エタノール7:3の配合液、ヘキサンであった。当該生分解高分子、タクロリムス、各種溶媒を混合し、1時間攪拌した後1時間静置し、状態を観察した。観察の結果、ヘキサンとエタノールを除いた溶媒で当該生分解性高分子およびタクロリムスの溶解が確認された。ヘキサンは当該生分解性高分子およびタクロリムスの溶解が認められず、エタノールは当該生分解性高分子の溶解が認められなかった。
【0064】
これより、テトラヒドロフラン以外に、メチルエチルケトン、酢酸エチル、アセトン:エタノール=7:3の配合液、も当該生分解性高分子または/およびタクロリムスのコーティング液として使用可能であることが確認された。以下、表1に結果をまとめる。
【0065】
【表1】

(比較例1)
実験例1と同じ生分解性高分子を使用した。当該生分解性高分子をアセトン(和光純薬株式会社、沸点56.1℃、粘性率0.32cP、表面張力23.7dyn/cm)に溶解させ、生分解性高分子濃度=0.50wt%であるコーティング液を作製した。直径100μmのステンレス製ワイヤをステント(SUS製)の一端に固定し、他端を直径2mmのステンレス棒に固定した。ステントを接続していない側のステンレス棒端部をモーター攪拌機に接続することでステントを長さ方向に鉛直に保持した。モーター攪拌機を用いてステントを100rpmで回転させながら、ノズル径0.3mmのスプレーガンを用いて作製したコーティング液をステントに吹き付け、コーティング液をステントに付着させた。スプレーガンのノズルからステントまでの距離は75mm、吹き付け時のエアー圧力は0.15MPaとした。吹き付け後に室温で1時間真空乾燥した。スプレー時間を調整し、ステント1個あたりの生分解性高分子の重量が315μg(ステントの軸方向単位長さあたりの生分解性高分子重量=24.2μg/mm)のコーティング層を形成させた。ステントは計3個作製した。
【0066】
本工程で作製されたコーティング層は、他のコーティング層よりも表面が粗くなった。従って、コーティング層の強度と薬剤徐放性が安定せず、コーティング層のステント表面からの剥離等、問題が顕著に認められた。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】クロロホルムを溶媒とし、SUS製のインプラント基材にコーティング層を施した実験例1のSEM写真を示す。
【図2】脱水したアセトンを溶媒とし、SUS製のインプラント基材にコーティング層を施した実験例2のSEM写真を示す。
【図3】ジクロロメタンを溶媒とし、SUS製のインプラント基材にコーティング層を施した実験例3のSEM写真を示す。
【図4】クロロホルムを溶媒とし、Co−Cr製のインプラント基材にコーティング層を施した実験例4のSEM写真を示す。
【図5】脱水したテトラヒドロフランを溶媒とし、Co−Cr製のインプラント基材にコーティング層を施した実験例5のSEM写真を示す。
【図6】アセトンを溶媒とし、Co−Cr製のインプラント基材にコーティング層を施した比較例のSEM写真を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒として脱水処理された両親媒性の溶媒を使用したコーティング液を塗布、乾燥して形成することを特徴とするインプラントの製造方法。
【請求項2】
両親媒性の溶媒の粘性率が3.2×10-4Pa・s以上、5.6×10-4Pa・s以下であることを特徴とする請求項1に記載のインプラントの製造方法。
【請求項3】
両親媒性の溶媒の表面張力が2.37×10-2Pa・m以上、2.81×10-2Pa・m以下であることを特徴とする請求項1又は2の何れか1項に記載のインプラントの製造方法。
【請求項4】
両親媒性の溶媒の沸点が40℃以上、66℃以下であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載のインプラントの製造方法。
【請求項5】
両親媒性の溶媒が、アセトン、テトラヒドロフランから選ばれる1以上の溶媒であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載のインプラントの製造方法。
【請求項6】
両親媒性の溶媒が、酢酸エチルであることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載のインプラントの製造方法。
【請求項7】
コーティング液が高分子材料を含んで構成されていることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載のインプラントの製造方法。
【請求項8】
前記高分子材料が生分解性高分子であることを特徴とする請求項7に記載のインプラントの製造方法。
【請求項9】
生分解性高分子が乳酸−グリコール酸共重合体であることを特徴とする請求項8に記載のインプラントの製造方法。
【請求項10】
コーティング液が1以上の薬剤を含んで構成されていることを特徴とする請求項7〜9の何れか1項に記載のインプラントの製造方法。
【請求項11】
コーティング液が2以上の薬剤を含んで構成されていることを特徴とする請求項1〜10の何れか1項に記載のインプラントの製造方法。
【請求項12】
前記薬剤がタクロリムスを含んでいることを特徴とする請求項10又は11の何れか1項に記載のインプラントの製造方法。
【請求項13】
前記高分子材料と1以上の薬剤の組み合わせ、或いは2以上の薬剤の組み合わせが、オクタノール/水分配係数(LogPow)で、0.89以上の物質と、−0.32以下の物質を含んで構成されていることを特徴とする請求項10又は12の何れか1項に記載のインプラントの製造方法。
【請求項14】
一旦コーティング液を塗布した後に、更に溶媒を吹付けて、コーティング層表面を滑らかにすることを特徴とする請求項1〜13の何れか1項に記載のインプラントの製造方法。
【請求項15】
コーティング液に含有される溶媒と、コーティング液を塗布後に吹付ける溶媒が同一組成であることを特徴とする請求項14に記載のインプラントの製造方法。
【請求項16】
請求項1〜15の何れか1項に記載のインプラントの製造方法で製造したことを特徴とするインプラント。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−154884(P2010−154884A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−333485(P2008−333485)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】