説明

コーティング被膜の形成方法及び金型・工具

【課題】剥離し難く、かつ積層数に依存することなく、100N以上のスクラッチ強度を有し、積層間隔ならびに層比率を変化させることで、ヤング率、硬度などを制御でき、チッピング、部分クラックなどの欠けはほとんど生じない被膜形成方法を提供する。
【解決手段】基材1の表面にダイヤモンドライクカーボン膜3をコーティングするコーティング被膜の形成方法であり、加熱しながらプレスパッタリングを行いターゲット材料の表面及び基材1の表面の汚れを除去する前処理工程Aと、ターゲット材料を用いて基材1の表面にスパッタリングによりインターレイヤーを成膜して中間層2を形成する層形成工程Bと、中間層2の表面にダイヤモンドライクカーボン膜3を成膜するコーティング工程Cとを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、コーティング被膜の形成方法及び金型・工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、DLC(Diamond Like Carbon)の成膜技術の典型は、CVD(Chemical Vapor Deposition)コーティングによるSi含有DLCコーティングである。このコーティングは、金属基材に対して、表面洗浄後、直接に成膜して作製するもので、Si含有のためにはTMSガスをAr、炭素源ガス(例えばメタン)などと混合して使用する。単層膜故に、十分な膜厚を確保することが必要となる。
【0003】
一般に市場で利用されている保護コーティングでも、2〜3μmを超える比較的厚い膜として利用されることが多く、狭隘なクリアランスが求められるマイクロプレスの保護コーティングにほとんど有効に適用されていない。
【0004】
最近、国際的にもナノ積層の有用性が示され、その耐クラック性、硬度制御性が指摘されているが、ほとんどすべてがTiN系などのセラミックコーティングである。また、マイクロ・ナノ積層構造体を得るものとして、所定の細隙が設けられたターゲット材からなるマスクを、5〜500nmの距離を隔てて基板上に配置せしめた状態において、マスクにおける細隙の内壁に対して高エネルギービームを斜め方向から照射することにより、マスクの構成原子又は構成分子からなる超微粒子を離脱させ、この離脱させた超微粒子を、基板におけるマスクの細隙に対応する部位に付着させて基板の上方に向かって突出した形態を有するものがある(特許文献1)。
【0005】
ここで、DLC−Siを含むCVDおよびPVD(Physical Vapor Deposition)法による単層コーティング技術の構成およびそれによるコーテッド金型・工具の動作について述べると、CVD法による単層膜コーティングでは、必要な物質源をキャリアガスから提供し成膜する。例えばDLC−Si膜の場合、キャリアガスとしてアルゴンガスを、炭素源にはメタンなど炭素原子を含むガスを、Si源にはTMSガスを使用する。装置によりプラズマ制御方法は異なるが、一定のバイアス電圧負荷の下、一定プロセス条件で成膜するのが一般的である。
【0006】
一方、PVD法では、キャリアガス以外の主物質源にターゲットを用い、蒸発させたターゲット構成元素を、キャリアガス、反応ガスにより、基材上にコーティングする。この方法にも種々の装置があるが、ほとんどが単層の膜を成膜する。また、スパッタによって高硬度と高い密着性及び靱性を併せ持ったDLCコーティング膜を提供するものとして、ワーク上に金属ターゲットのみをスパッタしてボンド層を形成し、このボンド層上に金属ターゲットとグラファイトターゲットを同時にスパッタしかつターゲット出力を次第に変化させることにより中間層を形成し、この中間層上に金属ターゲットとグラファイトターゲットを同時にスパッタしかつターゲット出力を略一定にすることにより金属の比率を3〜18%の範囲にしたトップ層を形成したものがある(特許文献2)。
【0007】
さらに、鉄系基材の場合、鉄系基材の表面にW層、このW層の上に真空中で同軸プラズマジェットガンにより成膜した第1のUNCD膜、このUNCD膜の上に水素中で同軸プラズマジェットガンにより成膜した第2のUNCD膜が積層されている。第1のUNCD膜のSP3結合は第2のUNCD膜より少なくし、W層が中間層であることが開示されている(特許文献3)。
【0008】
また、基材の表面をプレスパッタリングにより事前に清浄処理した後に、マグネシウム化合物被膜を形成するマグネシウム化合物被膜の形成方法が開示されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−255870号公報
【特許文献2】特開2004−238696号公報
【特許文献3】特開2010−43347号公報
【特許文献4】特開2005−139539号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように、基材上にコーティングする種々の成膜技術があるが、従来の成膜技術によるコーティング被膜では、基材の汚れとターゲットの汚れによって剥離し易い、スクラッチ強度が100Nを下回ることが多い、必然的に数μm以上の膜厚を必要とするなどの問題点があった。
【0011】
また、Siなどをドープしても硬度は、30〜35GPa程度であり、硬度を含め、力学特性を制御することは難しく、さらにチッピング、部分クラックなどの欠けに対しては脆弱であった。
【0012】
この発明は、かかる実情に鑑みてなされたもので、剥離し難く、かつ積層数に依存することなく、100N以上のスクラッチ強度を有し、積層間隔ならびに層比率を変化させることで、ヤング率、硬度などを制御でき、チッピング、部分クラックなどの欠けはほとんど生じないコーティング被膜の形成方法及び金型・工具を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決し、かつ目的を達成するために、この発明は、以下のように構成した。
【0014】
請求項1に記載の発明は、基材の表面にダイヤモンドライクカーボン膜をコーティングするコーティング被膜の形成方法であり、
加熱しながらプレスパッタリングを行いターゲット材料の表面及び前記基材の表面の汚れを除去する前処理工程と、
前記ターゲット材料を用いて前記基材の表面にスパッタリングによりインターレイヤー成膜して中間層を形成する層形成工程と、
前記中間層の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を成膜するコーティング工程とを有することを特徴とするコーティング被膜の形成方法である。
【0015】
請求項2に記載の発明は、前記ターゲット材料が、SiC、SiCOH、Cr、SiCH、SiOまたはカーボンであり、
前記中間層を、SiC、SiCOH、SiCH、SiOまたはダイヤモンドライクカーボンまたはCrを含む金属あるいはセラミック相で形成することを特徴とする請求項1に記載のコーティング被膜の形成方法である。
【0016】
請求項3に記載の発明は、被加工材と擦れあう基材の表面とターゲット材料の表面とを加熱しながらプレスパッタリングを行い前記ターゲット材料の表面及び前記基材の表面の汚れを除去し、 前記表面の汚れが除去された前記基材の表面に、前記表面の汚れが除去された前記ターゲット材料を用いてスパッタリングによりインターレイヤー成膜して中間層を形成し、
前記中間層の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を成膜し、
前記基材の表面にコーティング被膜を形成したことを特徴とする金型・工具である。
【0017】
請求項4に記載の発明は、前記ターゲット材料が、SiC、SiCOH、Cr、SiCH、SiOまたはカーボンであり、
前記中間層を、SiC、SiCOH、SiCH、SiOまたはダイヤモンドライクカーボンまたはCrを含む金属あるいはセラミック相で形成することを特徴とする請求項3に記載の金型・工具である。
【発明の効果】
【0018】
前記構成により、この発明は、以下のような効果を有する。
【0019】
請求項1乃至請求項4に記載の発明では、加熱しながらプレスパッタリングを行いターゲット材料の表面及び基材の表面の汚れを除去し、このターゲット材料を用いて基材の表面にスパッタリングによりインターレイヤー成膜して中間層を形成し、中間層の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を成膜することで、1μm以下においても、層間隔を10nm以下にすることで、積層数に依存することなく、100N以上のスクラッチ強度を有する。また、積層間隔ならびに層比率を変化させることで、ヤング率、硬度などを制御できる。さらに、クラックは水平方向に分断されるため、貫通クラックはほとんど生じないし、耐チッピング性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】コーティング被膜を形成した金型・工具の層構成を説明する図である。
【図2】コーティング被膜の形成方法を説明する図である。
【図3】スパッタリング装置の概略構成図である。
【図4】コーティング被膜の形成方法の実施例を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、この発明のコーティング被膜の形成方法及び金型・工具の実施の形態について説明する。この発明の実施の形態は、発明の最も好ましい形態を示すものであり、この発明はこれに限定されない。
【0022】
図1はコーティング被膜を形成した金型・工具の層構成を説明する図である。この実施の形態では、被加工材と擦れあう基材1の表面とターゲット材料20の表面とを加熱しながらプレスパッタリングを行いターゲット材料20の表面及び基材1の表面の汚れを除去し、表面の汚れが除去された基材1の表面に、表面の汚れが除去されたターゲット材料20を用いてスパッタリングによりインターレイヤー成膜して中間層2を形成し、この中間層2の表面にダイヤモンドライクカーボン膜3を成膜し、基材1の表面にコーティング被膜を形成している。
【0023】
基材1は、これが変形するとそこにコーティングしていたダイヤモンドライクカーボン膜3も変形することになり、一般に金属に比べて硬くもろいダイヤモンドライクカーボン膜3はその変形に追従できず、結局剥離してしまう。したがって、基材1は硬質材が適当であり、それは超硬合金、ダイス鋼、粉末ハイス、高速度鋼などの合金工具鋼が代表的なものであるが、それら基材1は表面を硬化処理したものを含んでいる。
【0024】
このコーティング被膜の形成方法は、図2に示すように、加熱しながらプレスパッタリングを行いターゲット材料20の表面及び基材1の表面の汚れを除去する前処理工程Aと、ターゲット材料20を用いて基材1の表面にスパッタリングによりインターレイヤー成膜して中間層2を形成する層形成工程Bと、中間層2の表面にダイヤモンドライクカーボン膜3を成膜するコーティング工程Cとを有する。
【0025】
このコーティング被膜の形成方法を、図3に示すスパッタリング装置に基づいて説明する。
【0026】
前処理工程Aでは、図3(A)に示すように、真空排気されたスパッタ室10にアルゴンなどのスパッタリングガスを導入し電磁界により低圧グロー放電を発生させ、発生したプラズマ中の気体イオンをターゲット材料20に衝突させ、スパッタリングにより放出されたターゲット材料20を基材1の表面に堆積させて薄膜を作成するが、ターゲット材料20と基材1の中間に配設されたシャッタ板11は、成膜の開始時刻以前はターゲット材料20と基材1の中間に挿入されターゲット材料20と基材1の見通しを防止しており、基材1へのターゲット材料20の堆積を防止して基材1の表面の汚れを除去する。
【0027】
次に、ターゲット材料20と基材1の位置を交換して同様に、中間に配設されたシャッタ板11が、ターゲット材料20と基材1の中間に挿入され、ターゲット材料20と基材1の見通しを防止しており、基材1へのターゲット材料20の堆積を防止してターゲット材料20の汚れを除去する。
【0028】
この工程はプレスパッタ工程と呼ばれ、この工程によってスパッタリングの初期にターゲット材料20の表面の汚れなどが放出され、同様に基材1の表面の汚れなどが放出され、汚れが基材1に堆積することが防止される。このプレスパッタ工程では、ターゲット材料20及び基材1を加熱しながらプレスパッタリングを行うことで、より効果的にターゲット材料20及び基材1の表面の汚れを除去することができる。加熱温度は、100〜300℃が好ましく、200〜250℃がより好ましい。
【0029】
ターゲット材料20及び基材1の表面が清浄になった段階でシャッタ板11を移動しターゲット材料20と基材1の中間位置から退避させ、スパッタされた材料を基材1の表面に成膜する。
【0030】
層形成工程Bでは、ターゲット材料20を用いて基材1の表面にアルゴン、窒素などのスパッタリングガスを導入してスパッタリングによりインターレイヤー成膜して中間層2を形成し、ターゲット材料20としては、硬質でダイヤモンドライクカーボン(DLC)との相性のよい中間層2を設ける。
【0031】
中間層を形成するターゲット材料20の材質としては、SiCが最も好適であり、これ以外には、SiCOH、Cr、SiCH、SiOまたはカーボンなどがある。このターゲット材料20の材質は、基材1及びダイヤモンドライクカーボン膜3との密着性を考慮して選定する。中間層を、SiC、SiCOH、SiCH、SiOまたはダイヤモンドライクカーボンまたはCrを含む金属あるいはセラミック相で形成する。
【0032】
コーティング工程Cでは、中間層2の表面にダイヤモンドライクカーボン膜3を成膜し、ダイヤモンドライクカーボン膜3を成膜には特に限定はなく、イオンプレーティング法、イオン蒸着法、スパッタリング法など既知のいずれの方法でもよい。
【0033】
スパッタリング法では、図3(C)に示すように、ダイヤモンドライクカーボンをターゲット材料20として用いて、基材1の表面にアルゴン、エタンなどのスパッタリングガスを導入してスパッタリングによりダイヤモンドライクカーボンを成膜する。
【0034】
図4はコーティング被膜の形成方法の実施例を示す表であり、前処理工程Aでは加熱された状態でプレスパッタリングし、層形成工程B、コーティング工程Cでも加熱された状態でスパッタリングして成膜した。
【0035】
この発明では、加熱しながらプレスパッタリングを行いターゲット材料20及び基材1の表面の汚れを除去し、このターゲット材料20を用いて基材1の表面にスパッタリングによりインターレイヤー成膜して中間層2を形成したことで、基材1の表面と中間層2との接着強度が増し、さらに中間層2の表面にダイヤモンドライクカーボン膜3を成膜することで、1μm以下においても、層間隔を10nm以下にすることで、積層数に依存することなく、100N以上のスクラッチ強度を有する。また、積層間隔ならびに層比率を変化させることで、ヤング率、硬度などを制御できる。さらに、クラックは水平方向に分断されるため、貫通クラックはほとんど生じないし、耐チッピング性が高い。
【産業上の利用可能性】
【0036】
この発明は、コーティング被膜の形成方法及び金型・工具に適用可能であり、剥離し難く、かつ積層数に依存することなく、100N以上のスクラッチ強度を有し、積層間隔ならびに層比率を変化させることで、ヤング率、硬度などを制御でき、チッピング、部分クラックなどの欠けはほとんど生じない。
【符号の説明】
【0037】
1 基材
2 中間層
3 ダイヤモンドライクカーボン膜
A 前処理工程
B 層形成工程
C コーティング工程




【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面にダイヤモンドライクカーボン膜をコーティングするコーティング被膜の形成方法であり、
加熱しながらプレスパッタリングを行いターゲット材料の表面及び前記基材の表面の汚れを除去する前処理工程と、
前記ターゲット材料を用いて前記基材の表面にスパッタリングによりインターレイヤー成膜して中間層を形成する層形成工程と、
前記中間層の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を成膜するコーティング工程とを有することを特徴とするコーティング被膜の形成方法。
【請求項2】
前記ターゲット材料が、SiC、SiCOH、Cr、SiCH、SiOまたはカーボンであり、
前記中間層を、SiC、SiCOH、SiCH、SiOまたはダイヤモンドライクカーボンまたはCrを含む金属あるいはセラミック相で形成することを特徴とする請求項1に記載のコーティング被膜の形成方法。
【請求項3】
被加工材と擦れあう基材の表面とターゲット材料の表面とを加熱しながらプレスパッタリングを行い前記ターゲット材料の表面及び前記基材の表面の汚れを除去し、
前記表面の汚れが除去された前記基材の表面に、前記表面の汚れが除去された前記ターゲット材料を用いてスパッタリングによりインターレイヤー成膜して中間層を形成し、
前記中間層の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を成膜し、
前記基材の表面にコーティング被膜を形成したことを特徴とする金型・工具。
【請求項4】
前記ターゲット材料が、SiC、SiCOH、Cr、SiCH、SiOまたはカーボンであり、
前記中間層を、SiC、SiCOH、SiCH、SiOまたはダイヤモンドライクカーボンまたはCrを含む金属あるいはセラミック相で形成することを特徴とする請求項3に記載の金型・工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−208199(P2011−208199A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−75537(P2010−75537)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、経済産業省、戦略的基盤技術高度化支援事業、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(599016431)学校法人 芝浦工業大学 (109)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】