説明

コーティング軸受製造方法および製造装置

【課題】塗布ロールを用いて軸受基材に塗膜を塗布してコーティング層を成膜する場合に、コーティング層の厚さを均一化する。
【解決手段】軸受基材1を治具2の凹部4内に嵌め込んで固定し、外周表面に塗液を展開した塗布ロール3を、軸受基材1の内面に接触させ、塗布ロール3を回転させながら治具2により軸受基材1を回転させる。これにより、塗布ロール3が軸受基材1の内面と接触した状態で、回転(自転)しながら軸受基材1の内面に沿って相対的に公転するので、塗液が軸受基材1の内面に塗布され、コーティング層が成膜される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受基材にコーティング層を成膜するコーティング軸受製造方法および製造装置に係り、特に、円筒状または半円筒状の軸受基材の内面に、塗布ロールを用いてコーティング層を成膜するものに関する。
【背景技術】
【0002】
コーティング軸受のコーティング層は、通常、ポリアミドイミド(PAI)やポリイミド(PI)などの熱硬化性樹脂に、二硫化モリブデン(MoS2)や黒鉛(Gr)などの固体潤滑剤を混合した塗液を用い、この塗液を軸受基材の内面に塗布することによって成膜される。
軸受基材の内面に上述のような塗液を塗布する方法としては、スプレー法、或いは印刷法がある。スプレー法は、塗液をスプレー装置から霧状に噴射して軸受基材の内面に塗布する方法であり、印刷法は、印刷ロールを用いて塗液を軸受基材の内面に塗布する方法である。
【0003】
特許文献1には、印刷法を用いたコーティング層の成膜装置が開示されている。これは、外周表面に塗液が付着された印刷ロールとバックアップロールとを備え、両ロール間に軸受基材を挟み込んで両ロールを回転させると、軸受基材が両ロール間を通過し、その通過過程で印刷ロールの塗液が軸受基材の内面に転写(塗布)されるというものである。
【特許文献1】特開2001−304264号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
スプレー法は、成膜厚さのばらつきが大きく、また、塗液をスプレー装置から霧状にして噴射させるため、塗液が飛散して無駄となる塗液量が多い。印刷法では、スプレー法のような無駄となる塗液量をごく少なくすることができる。
特許文献1に示された印刷法では、軸受基材を印刷ロールとバックアップロールとの間に挟んでその挟持力によって軸受基材を保持する。このように、軸受基材を両ロールに挟み付けて保持するだけでは、保持が不安定となることは否めない。特に、軸受基材の外径に爪等がある場合は、不安定さが増す。そのため、塗液を均一に塗布することが難しく、コーティング層の成膜厚さのばらつきが大きくなるという問題を生ずる。
【0005】
また、塗布する前の軸受基材には、加工に起因した歪み等が生じている場合がある。そのような場合、単に印刷ロールとバックアップロールとにより挟持して塗布する印刷法では、印刷ロールと軸受基材の内面との間の接触圧が一定ではないので、塗液を均一に塗布することが難しく、コーティング層の成膜厚さのばらつきが生じ易い。
【0006】
一般に、軸受基材は、コンロッド等のハウジングに所定の締付力にて組付けられた状態において必要とされる寸法、形状になるように設計されている。そのため、自由状態では前記寸法、形状とは異なる軸受基材を、自由状態のまま、即ち、単に印刷ロールとバックアップロールとにより挟持して塗布する印刷法では、たとえ塗液を均一に塗布することができたとしても、組付けられた状態においてはコーティング層の成膜厚さが均一ではなくなることが考えられる。
【0007】
また、舶用エンジンなどに用いられる大型軸受では、重量のある軸受基材を保持するのに、印刷ロールとバックアップロールとを強く軸受基材に押し付けて挟持力を大きくしなければならない。しかしながら、両ロールによる挟持力を大きくすると、塗液が印刷ロールと軸受基材との間からはみ出る傾向となるから、塗液を一度に厚く塗布すること、更には均一に塗布することが困難となる。このことは、軸受基材に成膜されるコーティング層の最大厚さが、その軸受基材の重量によって左右されることを意味する。
【0008】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたもので、その目的は、塗布ロールを用いて軸受基材に塗液を塗布するものにおいて、塗液を均一に塗布することができ、また、軸受基材に成膜されるコーティング層の最大厚さがその軸受基材の重量により左右されることがなく、大型の軸受基材に対しても均一な厚さに、かつ、効率良く厚く成膜することが可能なコーティング軸受製造方法および製造装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明方法では、軸受基材を治具に取り付け、塗液を付着した塗布ロールを治具に取り付けられた軸受基材の内面に接触させ、この接触状態で、塗布ロールを自転させながら軸受基材の内面に沿って相対的に移動させることにより、塗布ロールに付着された塗液を軸受基材の内面に塗布してコーティング層を成膜する(請求項1)。
【0010】
また、本発明装置は、軸受基材を取り付ける治具と、自転可能な塗布ロールと、この塗布ロールに塗液を均一に付着させる塗液供給手段とを備え、治具および塗布ロールのうちの少なくとも一方を他方に対して接離する方向に移動可能に設けると共に、治具および塗布ロールのうちの少なくとも一方を、塗布ロールが軸受基材の内面に接触した状態で当該軸受基材の内面に沿って相対的に移動するように動作可能に設け、塗液を付着した塗布ロールを、治具に取り付けられた軸受基材の内面に接触させ、この接触状態で、塗布ロールを自転させながら軸受基材の内面に沿って相対的に移動させることにより、塗布ロールに付着された塗液を軸受基材の内面に塗布してコーティング層を成膜するものである(請求項5)。
なお、本発明における塗布ロールの自転の軸心は、治具に取付けられた軸受基材の軸心と平行であることが好ましい。また、本発明の塗布ロールは、印刷ロールとは異なり、自転の速度を制御することが可能である。なお、制御しないものを排除することは意図していない。
【0011】
このように本発明方法および装置では、軸受基材を治具に取り付けるため、軸受基材を安定した保持状態におくことができ、また、軸受基材の内面への塗布ロールの接触圧が軸受基材の重量や大きさになどよって影響を受けることがない。この結果、塗液を均一に塗布することができ、多数のコーティング軸受の相互間でのコーティング層の成膜厚さのばらつきを小さくできると共に、個々のコーティング軸受においても、部分部分でのコーティング層の成膜厚さのばらつきを少なくすることができ、更には、軸受基材に成膜されるコーティング層の最大厚さがその軸受基材の重量により左右されることがなく、大型の軸受基材に対しても均一な厚さに、かつ、効率良く厚く成膜することが可能となる。軸受基材の外径に爪等がある場合であっても、軸受基材を治具に取り付けることによって軸受基材を安定した保持状態におくことができるので、問題はない。
【0012】
更に、本発明では、塗布ロールの自転速度を変えることによって、コーティング層の厚さを変えることができる(請求項2)。被塗布側である軸受基材の相対移動距離に対する塗布ロールによる塗布量を制御できるからである。塗布ロールの自転速度の絶対値は、その塗布ロールに対する前記軸受基材の相対的な移動速度の絶対値よりも大きいことが好ましい。より効率良く厚く成膜することができ、コーティング層の表面をより平滑にする、即ち、表面粗さをより小さくすることができるからである。
【0013】
また、塗布ロールの自転は、その塗布ロールに対する前記軸受基材の相対的な移動方向とは逆方向であることが好ましい(請求項3)。更に効率良く厚く成膜することができる。また、コーティング層の表面をより平滑にすることができる。
また、軸受基材に対する塗布ロールの接触状態での相対的な移動範囲を変えることによって、軸受基材への塗液の塗布範囲を変えることができる(請求項4)。所望の位置に所望の厚さのコーティング層を有するコーティング軸受を、確実に製造することができる。
また、治具及び塗布ロールのうちの少なくとも一方を他方に対して接離する方向に移動可能に設けることによって、軸受基材に対する塗布ロールの接触圧を変えることにより、コーティング層の厚さを変えることも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。
コーティング軸受は、円筒状または半円筒状の軸受基材の内面に、コーティング層を成膜してなる軸受である。コーティング層は、通常は、固体潤滑剤と樹脂とからなる。他に、必要に応じて硬質粒子などを添加することもできる。潤滑性の高い樹脂を使用する場合には、固体潤滑剤はなくても良い。コーティング軸受の軸受基材としては、例えば鋼板製の裏金の内面をショットブラストなどによって粗面化処理したもの、裏金の内面に例えばCu系合金を焼結もしくは溶射して多孔質金属層を形成したものなどが使用される。また、裏金の内面にアルミ合金や銅合金などの軸受合金層を設けた軸受に対してその軸受合金層の表面にオーバレイ層を形成する場合においても、本発明方法を適用することができる。この場合、裏金の内面に軸受合金層を設けた軸受が本発明にいう軸受基材となる。
【0015】
コーティング層として軸受基材の内面に塗布される塗液としては、一般に、PAIやPIなどの熱硬化性樹脂と、MoS2やGrなどの固体潤滑剤と、必要によりTiO2などの硬質粒子とを混合したものが用いられる。塗液の粘度としては、500〜20000mPa・sec、好ましくは1000〜10000mPa・secである。
【0016】
図1には、塗液を軸受基材に塗布してコーティング層を成膜する本発明方法が示されている。図1は、例えば半円筒状(半割)の軸受基材1を塗布対象としている。塗液を塗布するために、治具2と塗布ロール3とが用意される。塗布ロール3の半径rは、軸受基材1の半円筒状内面の半径をRとしたとき、R/4≦r<Rの範囲に定めることが好ましい。治具2には、半円状の凹部4が形成されており、軸受基材1は、この凹部4に嵌め込まれた状態で治具2に保持(固定)される。
【0017】
一方、塗液は、まず、塗布ロール3の外周表面に均一に展開される。そして、塗布ロール3が、治具2に固定された軸受基材1の内面に接触して回転(自転)しながら該軸受基材1の内面に沿って移動(公転)する。このときの塗布ロール3の自転および公転は、相対的なもので、例えば、静止している軸受基材1に対して塗布ロール3が自転しながら公転移動するようにしても良く、また、例えば、静止している塗布ロール3に対して、軸受基材1が公転するようにしても良い。更には、自転する塗布ロール3が公転し、治具2に固定された軸受基材1も公転する構成でも良い。
【0018】
後に説明するが、図1は、塗布ロール3は定位置で自転し、軸受基材1が回転することにより、塗布ロール3が相対的に公転することとなる例を示している。
このように塗布ロール3が自転しながら軸受基材1の内面に沿って相対的に公転することにより、塗布ロール3の外周表面に展開されている塗液が軸受基材1の内面に塗布される。
【0019】
塗布ロールの自転方向、塗布ロールの公転方向、および、治具に保持された軸受基材の公転方向の関係について説明する。
本実施の形態において、塗布ロール3の自転が、その塗布ロール3に対する軸受基材1の相対的な移動方向とは同方向である場合を正回転という。即ち、塗布ロール3が定位置にある場合に、ロール3の自転方向と軸受基材1の公転方向とが同方向であるときや、軸受基材1が定位置にある場合に、ロール3の自転方向とロール3の公転方向とが逆方向であるときを、正回転という。
【0020】
また、塗布ロール3の自転が、その塗布ロール3に対する軸受基材1の相対的な移動方向とは逆方向である場合を逆回転という。即ち、塗布ロール3が定位置にある場合に、ロール3の自転方向と軸受基材1の公転方向とが逆方向であるときや、軸受基材1が定位置にある場合に、ロール3の自転方向とロール3の公転方向とが同方向であるときを、逆回転という。
塗布ロール3の自転速度は、塗布ロール3の外周での速度である。塗布ロール3の公転速度は、塗布ロール3と軸受基材1の内面との接点の移動速度である。治具2に保持された軸受基材1の公転速度は、軸受基材1の内面の移動速度である。
【0021】
正回転でも逆回転でも、下記式を満たす場合は良好に塗布できる。
|軸受基材公転速度−塗布ロール公転速度|≦|塗布ロール自転速度|
この塗液の塗布時において、軸受基材1の内面に対する塗布ロール3の接触圧は、より均一な膜厚を得るために、0〜1MPaとすることが好ましい。なお、軸受基材1の大きさや重さには影響されない。また、軸受基材1の公転方向と塗布ロール3の公転方向とは同方向であっても良いし、逆方向であっても良い。塗布ロール3の自転速度は、外周表面で30mm/secとすることが好ましい。
【0022】
軸受基材1の公転速度V1は、塗布ロール3の自転速度をVとしたとき、正回転では、|V1|≦|V|≦2|V1|とすることが好ましい。逆回転では、|V1|≦|V|≦5|V1|とすることが好ましい。 塗液の塗布によりコーティング層が成膜された軸受基材1は、その後、治具2から取り外され、乾燥工程を経て焼成工程へと移される。乾燥工程は、80〜100℃に加熱することによって行われる。その後の焼成は、160〜250℃にて行われ、焼成によりコーティング層が硬化する。
【0023】
さて、図2には、前記治具2と塗布ロール3を用いて塗液を塗布するためのコーティング装置5が示されている。この図2に示されているように、コーティング装置5は、基台6上に、治具駆動装置7、ロール駆動装置8、塗液供給手段としての滴液装置9を配設して構成されている。上記治具駆動装置7は、速度制御および位置制御可能なモータを駆動源とする回転軸10を備えており、この回転軸10に前記治具2が取り付けられている。この場合、治具2は、図3に示すように、凹部4の円弧中心を回転軸10の回転中心と一致させるようにして取り付けられている。
【0024】
上記治具2には、凹部4内に嵌め込まれた軸受基材1を凹部4の内面に押し付けるようにして保持(固定)するための保持手段が設けられている。本実施形態において、保持手段は、図1に示すように、凹部4の周方向両端部に設けられた受け片11と押圧片12とからなる。受け片11は、治具2に固定され、押圧片12は、治具2に支軸13を中心に回動可能に取り付けられている。押圧片12は、その回動によって凹部4内に嵌め込まれた軸受基材1の周方向一端を押圧し、受け片11は、押圧された軸受基材1の周方向他端を受ける。上記の押圧片12の回動は、例えば空圧シリンダ(図示せず)を駆動源にして行われ、空圧シリンダのロッドの進退動作が押圧片12の往復回動に変換されるように構成されている。
【0025】
治具駆動装置7は、図7に示すように、回転制御機構14および保持制御機構15を備えている。そのうち、回転制御機構14は、回転軸10の駆動源である図示しないモータの回転速度および回転位置を制御する。保持制御機構15は、押圧片12の回動のための駆動源である図示しない空圧シリンダの進退動作を制御する。
【0026】
ロール駆動装置8は、基台6上に治具駆動装置7に対して接離する方向およびこれと直交し滴液装置9に対して接離する方向に移動可能に設けられた本体16と、この本体16に上下方向に移動可能に設けられたヘッド17と、このヘッド17から突出する回転軸18とを備えており、回転軸18には、前記塗布ロール3が取り付けられている。本体16は、図7に示すX−Y移動機構19によって移動される。ヘッド17は、同じく図7に示す昇降機構20によって上下方向に移動されるようになっている。また、回転軸18は、速度制御可能な図示しないモータを駆動源とし、そのモータは、図7に示す回転制御機構21によって制御される。
【0027】
滴液装置9は、図4にも示すように、ロール駆動装置8の側方に配置され、回転自在な塗液ロール22と、この塗液ロール22に塗液を供給する塗液ノズル23とを備えている。塗液ロール22は、塗液を塗布ロール3の外周表面に均一に展開するためのもので、塗布ロール3に塗液を展開する際には、図5に示すように、塗布ロール3が塗液ロール22に対して横方向から接する位置に移動される。
【0028】
塗液ノズル23は、例えば、内部に圧縮空気が供給されると、その圧縮空気により加圧されて適量の塗液を滴下させるように構成されている。塗液ノズル23内への圧縮空気の供給は、図7に示す加圧制御機構24の制御の下において行われる。塗液ノズル23から滴下された塗液は、互いに接触して横方向に並ぶ塗布ロール3と塗液ロール22との間に供給される。塗液が滴下されると、塗布ロール3が回転され、その塗布ロール3の外周表面に均一に展開される。このとき、塗液ロール22は回転させても回転させなくても良い。
【0029】
以上の治具駆動装置7の回転制御機構14および保持制御機構15、ロール駆動装置8のX−Y移動機構19、昇降機構20および回転制御機構21、滴液装置9の加圧制御機構24は、図7に示す中央制御装置25により制御されて塗布ロール3への塗液の展開から軸受基材1へのコーティング層の成膜までの工程を順に実行する。
【0030】
さて、治具2の押圧片12は、軸受基材1の非保持状態では、図6(a)に示す位置(解除位置)にある。そして、軸受基材1の内面にコーティング層を成膜するには、押圧片12を解除位置に位置させた治具2の凹部4内に、図6(b)に示すように軸受基材1を嵌め入れる。凹部4への軸受基材1の嵌め入れが図示しないセンサによって検出されると、中央制御装置25は、治具駆動装置7の保持制御機構15に対して保持指令を発する。これにより、保持制御機構15は、図示しない空圧シリンダを動作させて、押圧片12を図6(b)に矢印Cで示す保持動作方向に回動させる。すると、図6(c)に示すように、押圧片12が軸受基材1の一方の端を押圧し、この一方の端の押圧に伴い、軸受基材1が他方の端を受け片11に当接させるようになる。この結果、軸受基材1が両片11,12によって全体が凹部4の内面に密に接触するように治具2に押さえ付けられた固定状態となる(軸受基材固定工程)。
【0031】
一方、中央制御装置25は、ロール駆動装置8のX−Y移動機構19および昇降機構20に塗液展開準備指令を発する。すると、X−Y移動機構19が本体16を滴液装置9に向けて移動させると共に、塗布ロール3が塗液ロール22と同一高さとなるように、昇降機構20がヘッド17を上下方向に移動させる。これにより、塗布ロール3が塗液ロール22に横方向から接触する位置に移動される。塗布ロール3が塗液ロール22に横方向から接触したことを図示しないセンサが検出すると、中央制御装置25は、滴液装置9の加圧制御機構24に塗液供給指令を発すると共に、ロール駆動装置8の回転制御機構21に塗液展開指令を発する。すると、滴液装置9の加圧制御機構24が塗液ノズル23に圧縮空気を供給し、塗液ノズル23から適量の塗液を滴下させる(図5(a)参照)と共に、ロール駆動装置8の回転制御機構21がモータを起動させて塗布ロール3を回転駆動する。これにより、図5(b)に示すように、塗液が塗布ロール3の外周表面に均一に展開(付着)される(塗液展開工程)。なお、図5(b)で、展開された塗液を太線で示した。
【0032】
塗液を展開するための塗布ロール3の回転が所定時間行われると、次に、中央制御装置25は、ロール駆動装置8のX−Y移動機構19および昇降機構20に塗布準備指令を発する。すると、X−Y移動機構19がロール駆動装置8の本体16を滴液装置9から離れる方向に移動させ、且つ治具駆動装置7に向けて移動させると共に、塗布ロール3の回転中心が治具2の回転中心と同じ高さとなるように、昇降機構20がヘッド17を上下方向に移動させる。これにより、図1(a)に示すように、塗布ロール3が、その回転中心軸線26を治具2(回転軸10)の回転中心軸線28に一致させるようにして、治具2の内側に位置される。
【0033】
この後、昇降機構20によりヘッド17が下降され、図1(b)に示すように、塗布ロール3が軸受基材1の内面の周方向一端に接触する位置に移動される。塗布ロール3が軸受基材1の内面に接する位置に移動されると、中央制御装置25は、治具駆動装置7およびロール駆動装置8の回転制御機構14および21に塗布指令を発する。これにより、軸受基材1および塗布ロール3が所定荷重で接触しながら回転駆動される。このときの軸受基材1と塗布ロール3の回転方向は、互いに同じ方向であっても良いし、互いに逆方向であっても良い。例えば、塗布ロール3の回転(自転)方向が図1において時計回り方向であるとき、同じ方向の回転(正回転)とは、軸受基材1も時計周り方向に回転することをいい、逆方向の回転(逆回転)とは、軸受基材1が反時計回り方向に回転することをいう。この実施形態では、塗布ロール3と軸受基材1は同方向に回転、例えば塗布ロール3が回転中心軸線26を軸にして矢印D方向に回転し、軸受基材1が回転中心軸線28を軸にして矢印E方向に回転するようになっている。
【0034】
塗布指令によって治具2は、矢印E方向に回転され、塗布ロール3は、矢印D方向に回転される。塗布ロール3は、治具2の回転により、軸受基材1に対してその内面に沿って相対的に移動(公転)することとなるので、軸受基材1の内面に接触した状態で回転(自転)しながら相対的に公転することによって、当該塗布ロール3の外周表面に展開されている塗液が軸受基材1の内面に塗液が塗布され、コーティング層として成膜される。そして、図1(c)に示すように、軸受基材1が図1(a)の位置から180度矢印E方向に回転されると、塗布ロール3が軸受基材1の内面の周方向一端から他端まで公転したこととなるので、コーティング層が軸受基材1の内面全体に成膜される(コーティング工程)。
【0035】
軸受基材1にコーティング層を成膜し終えると、中央制御装置25は、復帰指令を治具駆動装置7の回転制御機構14、ロール駆動装置8の昇降機構20およびX−Y移動機構19に与える。これにより、昇降機構20がヘッド17を上昇させて塗布ロール3を治具2と同心となる位置(図1(a)に示す位置)に移動させ、その後、X−Y移動機構19が本体16を滴液装置9の横の元の位置に移動させる。また、治具2は、図1(d)に示すように更に矢印E方向に回転され、最終的に図1(a)に示す元位置に戻る。
【0036】
ロール駆動装置8の本体16が元位置に復帰すると、中央制御装置25は、治具駆動装置7の保持制御機構15に保持解除指令を発する。これにより、治具駆動装置7の保持制御機能15が空圧シリンダを動作させ、押圧片12を図6に示す矢印Cとは反対方向に回動させて元の解除位置に戻す。これにより、軸受基材1は、治具2への固定を解かれ、取り外される。治具2から取り外された軸受基材1は、その後、乾燥炉および焼成炉に順に搬送され、コーティング層の乾燥(乾燥工程)と焼成(焼成工程)が行われる。
【0037】
このように本実施形態によれば、軸受基材1を治具2の凹部4の内面に押し付けた状態に固定して塗液を塗布する。このため、軸受基材1が歪んでいたような場合、歪が矯正されて、その内面が真円に近くなった状態で塗布ロール3により塗液を塗布するので、コーティング層の膜厚が均一となり、1個の軸受基材1における部分部分間のコーティング層の厚さのばらつきを小さくすることができると共に、個々の軸受基材1相互間でのコーティング層の厚さのばらつきを小さくすることができる。
【0038】
本発明者は、本発明の効果を確認するために、本発明方法、従来のスプレー法、前記特許文献1に開示された従来の印刷法によって、半円筒状の軸受基材の内面にコーティング層を成膜し、その後、乾燥および焼成して試料を製作した。塗液としては、塗液Aと塗液Bの二種類とし、塗液AはPAIにMoS2を混合したもの、塗液BはPAIにGrを混合したものとした。塗液の粘度は、スプレー法のとき塗液A、塗液B共に85mPa・sec、従来の印刷法と本願発明のとき、塗液Aでは1200mPa・sec、塗液Bでは4600mPa・secに調整した。
【0039】
本発明方法によるコーティング層の成膜は、塗布ロールを治具による軸受基材の回転方向と同方向に自転させる場合(ロール(正)と称する。即ち、正回転という場合である。)と、塗布ロールを治具による軸受基材の回転方向と逆方向に自転させる場合(ロール(逆)と称する。即ち、逆回転という場合である。)の二通りの方法で行った。なお、塗布ロールは、正逆回転のいずれも絶対値で外周速度30mm/sec、軸受基材は、内周速度30mm/secで回転させた。従って、塗布ロールを軸受基材と同方向に自転させる場合には、両者の相対速度は0、塗布ロールを軸受基材と逆方向に自転させる場合には、両者の相対速度の絶対値は60mm/secである。
【0040】
スプレー法では、2個の軸受基材を治具に円筒状に組み込み、それらを80〜100℃に予熱した後、円筒状の2個の軸受基材の内側にスプレーを挿入し、治具により軸受基材を回転させながらスプレーから塗液を噴霧して軸受基材の内面にコーティング層を成膜した。その後、治具から軸受基材を取り外し、160〜250℃にてコーティング層を焼成した。
【0041】
従来の印刷法では、塗布ロールの表面に塗液を均一に展開した後、塗布ロールをバックアップロールに接近させ、軸受基材を両ロール間の隙間内に差し入れ、両ロールを回転させた。このとき、軸受基材は自由状態で両ロールによって塗布ロールの回転方向と同方向に送られ、その過程でコーティング層が成膜される。その後、軸受基材を80〜100℃に加熱してコーティング層を乾燥させ、次いで160〜250℃にてコーティング層を焼成した。
【0042】
以上の3方法により製作した試料の数は、各方法について50個とした。そして、それら試料について、1個ずつ複数部分のコーティング層の厚さ(膜厚)、コーティング層の表面粗さを測定した。その測定値に対し、平均値と偏差値を求め、次の表1および表2を作成した。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
詳しくは、表1は塗液Aを使用して厚さ5μmのコーティング層を得ようとした場合、表2は塗液Bを使用して厚さ20μmのコーティング層を得ようとした場合である。なお、表1および表2では、スプレー法と従来の印刷法を比較例で表し、本発明方法を実施例で表した。また、表1および表2において、(a)は試料の同一個所(図8のP参照)の膜厚についての各方法50個の試料の平均膜厚と標準偏差、(b)は個々の試料の複数部分(5箇所、図9のP1〜P5参照)の膜厚についての各方法50個の試料の各箇所の平均膜厚の平均値と各箇所の標準偏差の平均値、(c)は試料の表面粗さについての各方法50個の平均値と標準偏差である。
【0046】
ここで、標準偏差は、測定値のばらつきを示すものである。即ち一般に、全ての実験データの95%は、(平均値±1.96δ)の範囲に入るが、各方法において、50個の資料の測定値の95%が含まれるδを演算したときの当該δを標準偏差とした。
【0047】
上記表1および表2から、本発明方法では、コーティング層を目標厚さにより近い厚さに成膜でき、しかも、一個の軸受基材においての部分間および多数の軸受基材間での膜厚のばらつきが小さく、且つ、表面粗さも小さくなっており、均一なコーティング層の成膜にとって本発明方法の優位性が理解される。
【0048】
ところで、本発明では、軸受基材を治具に固定した状態で塗布ロールにより塗液を塗布する。このため、塗布ロールの軸受基材に対する速度を自由に設定することができると共に、塗布ロールの軸受基材に対する接触圧を自由に設定することができる。このような本発明では、塗布ロールの軸受基材に対する速度により、また、塗布ロールの軸受基材に対する接触圧により、コーティング層の厚さを積極的に変えることができる。
【0049】
次の表3は、前記塗液Bを用いて、塗布ロールの自転速度と方向とを変えた場合のコーティング層の厚さを測定した結果を示す。また、表4は、前記塗液Bを用いて、塗布ロールの軸受基材に対する押圧荷重を変えた場合のコーディング層の膜厚を測定した結果を示す。なお、表3において、塗布ロールの自転速度の絶対値は、30、45、60mm/sec、軸受基材の回転速度は、30mm/secであり、表4において、塗布ロールの自転速度の絶対値は、30mm/sec、軸受基材の回転速度は、30mm/secである。
【0050】
【表3】

【0051】
【表4】

【0052】
上の表3から、ロール(正)、ロール(逆)のいずれの場合も、塗布ロールの自転速度が速い程、1コーティング工程の実施でコーティング層を厚くすることができ、また、塗布ロールの速度は同じであっても、ロール(逆)はロール(正)よりも厚いコーティング層を成膜できること、つまり軸受基材に対する塗布ロールの相対的な回転速度が速い程、厚いコーティング層を成膜できることが理解される。
【0053】
一方、表4から、ロール(正)の場合は、軸受基材に対する塗布ロールの押圧荷重が大きい(接触圧が高い)程、コーティング層の厚さを薄くできることが分かる。ロール(逆)の場合は、成膜厚さに対して、押圧荷重による影響が小さいことが分かる。
また、本発明による製造方法では、塗液を塗布する際、塗布ロール3を軸受基材1に接触させる時および離す時の夫々の軸受基材1の円周方向位置(接触状態での公転範囲)を変えることができるので、コーティング層を成膜する範囲を所望の範囲に設定することができる。
【0054】
なお、本発明は上記した実施の形態や図面に示す実施例に限定されるものではなく、以下のような拡張或いは変更が可能である。
治具2に軸受基材1を保持する保持手段は、受け片11と押圧片12とから構成するものに限られない。
塗布ロール3の外周表面に塗液を展開させる展開手段は、塗液ロール22に限られず、ブレードであっても良い。
ロール駆動装置8を固定とし、治具駆動装置7や滴液装置9をロール駆動装置8に対して移動させるように構成しても良い。
軸受基材を治具に取付けるにあたって、1個の軸受基材を1個の治具に取付ける構成に限られず、2個以上の軸受基材を1個の治具に取付ける構成であっても良い。例えば、2個以上の軸受基材をその軸線方向に並べて、1個の治具に取付ける構成である。一度に多数の軸受基材に塗布することができる。
軸受基材固定工程後、塗液展開工程とコーティング工程とを複数回実施してから、軸受基材1を治具2から取外しても良い。1回のコーティング工程において、正回転と逆回転の両方を実施することもできる。コーティング層を、軸受基材の所望の位置に所望の厚さで成膜することができる。また、最後のコーティング工程において逆回転を実施すると、コーティング層をより小さな表面粗さのものにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の一実施形態を示すもので、塗液の塗布法を説明するための正面図
【図2】塗液塗布装置の概略的な側面図
【図3】図2のA−A線の矢印方向から見た断面図
【図4】図2のB−B線の矢印方向から見た断面図
【図5】滴液装置による塗布ロールへの塗液の付着を示す正面図
【図6】治具への軸受基材の取り付けを示す正面図
【図7】制御構成を示すブロック図
【図8】軸受基材の測定箇所を示す図
【図9】軸受基材の測定箇所を示す図
【符号の説明】
【0056】
図面中、1は軸受基材、2は治具、3は塗布ロール、4は凹部、5はコーティング装置、7は治具駆動装置、8はロール駆動装置、9は滴液装置(塗液供給手段)、22は塗液ロール、23は滴液ノズルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状または半円筒状をなす軸受基材の内面に塗液を塗布してコーティング層を成膜するコーティング軸受製造方法において、
前記軸受基材を治具に取り付け、
塗布ロールに塗液を付着させ、
塗液を付着した前記塗布ロールを前記治具に取り付けられた前記軸受基材の内面に接触させ、
この接触状態で、前記塗布ロールを自転させながら前記軸受基材の内面に沿って相対的に移動させることにより、前記塗布ロールに付着された塗液を前記軸受基材の内面に塗布して前記コーティング層を成膜すること
を特徴とするコーティング軸受製造方法。
【請求項2】
塗液を前記軸受基材に塗布する際の前記塗布ロールの自転速度を変えることにより、前記コーティング層の厚さを変えることを特徴とする請求項1記載のコーティング軸受製造方法。
【請求項3】
前記塗布ロールの自転が、その塗布ロールに対する前記軸受基材の相対的な移動方向とは逆方向である請求項1または2に記載のコーティング軸受製造方法。
【請求項4】
前記軸受基材に対する前記塗布ロールの接触状態での相対的な移動範囲を変えることにより、前記軸受基材の内面への前記塗液の塗布範囲を変えることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のコーティング軸受製造方法。
【請求項5】
円筒状または半円筒状をなす軸受基材の内面に塗液を塗布してコーティング層を成膜するコーティング軸受製造装置において、
前記軸受基材を取り付ける治具と、
塗布ロールと、
この塗布ロールに塗液を均一に付着させる塗液供給手段とを備え、
前記治具および前記塗布ロールのうちの少なくとも一方を他方に対して接離する方向に移動可能に設けると共に、
前記治具および前記塗布ロールのうちの少なくとも一方を、前記塗布ロールが前記軸受基材の内面に接触した状態で当該軸受基材の内面に沿って相対的に移動するように動作可能に設け、
塗液を付着した前記塗布ロールを、前記治具に取り付けられた前記軸受基材の内面に接触させ、この接触状態で、前記塗布ロールを自転させながら前記軸受基材の内面に沿って相対的に移動させることにより、前記塗布ロールに付着された塗液を前記軸受基材の内面に塗布して前記コーティング層を成膜すること
を特徴とするコーティング軸受製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−155091(P2008−155091A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−344497(P2006−344497)
【出願日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】