説明

シリンダブロックめっき処理装置のシール治具及びシール方法

【課題】多気筒シリンダブロックにおける各シリンダのシリンダ内周面の一端部に連通穴が形成されている場合にも、めっき前処理液またはめっき処理液が各シリンダのシリンダ内周面以外に接触することを防止できること。
【解決手段】多気筒シリンダブロック1における各シリンダ2のシリンダ内周面3の一端部4に連通穴8が形成され、この一端部4をシールして、シリンダ内周面3に導かれた処理液によりこのシリンダ内周面をめっき前処理またはめっき処理するためのシリンダブロックめっき処理装置のシール治具21であって、シリンダ内周面3の一端部4をシールすると共に、屈曲または拡開可能に設けられた内周面シール部30と、この内周面シール部30に一体に設けられ、連通穴8をシールする連通穴シール部31と、を有するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダブロックのシリンダにおけるシリンダ内周面の一端部をシールして処理液を循環させ、シリンダ内周面をめっき前処理またはめっき処理するためのシリンダブロックめっき処理装置のシール治具及びシール方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、シリンダブロックのシリンダにおけるシリンダ内周面の一端部(クランクケース面側端部)と他端部(シリンダヘッド面側端部)とをシールして処理液を循環させ、シリンダ内周面にめっき処理するシリンダブロックめっき処理装置が開示されている。このうち、特許文献1には、膨張変形可能なシール部材をクランクケース面側からシリンダ内へ挿入し、このシール部材によりシリンダ内周面のクランクケース面側端部をシールするものが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−53798号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、多気筒シリンダブロックにおいては、各シリンダのシリンダ内周面の一端部に連通穴が形成され、この連通穴によりポンピングロスを低減して、エンジン出力を向上させるものがある。このような連通穴を有するシリンダブロックのシリンダ内周面に対しても、上述のように処理液を用いてめっき処理する場合には、シリンダ内周面の一端部からだけでなく、連通穴を通しても処理液がシリンダ外へ漏出しないように対策を講じる必要がある。
【0005】
本発明の目的は、上述の事情を考慮してなされたものであり、多気筒シリンダブロックにおける各シリンダのシリンダ内周面の一端部に連通穴が形成されている場合にも、めっき前処理液またはめっき処理液が各シリンダのシリンダ内周面以外に接触することを防止できるシリンダブロックめっき処理装置のシール治具及びシール方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係るシリンダブロックめっき処理装置のシール治具は、多気筒シリンダブロックにおける各シリンダのシリンダ内周面の一端部に連通穴が形成され、この一端部をシールして、前記シリンダ内周面に導かれた処理液によりこのシリンダ内周面をめっき前処理またはめっき処理するためのシリンダブロックめっき処理装置のシール治具であって、前記シリンダ内周面の一端部をシールすると共に、屈曲または拡開可能に設けられた内周面シール部と、この内周面シール部に一体に設けられ、前記連通穴をシールする連通穴シール部とを有し、前記内周面シール部を屈曲させてこのシリンダ内周面及び前記連通穴シール部をシリンダ内へ挿入し、前記内周面シール部を拡開させて、この内周面シール部により前記シリンダ内周面をシールすると共に、前記連通穴シール部により前記連通穴をシールするよう構成されたことを特徴とするものである。
【0007】
また、本発明に係るシリンダブロックめっき処理装置のシール方法は、多気筒シリンダブロックにおける各シリンダのシリンダ内周面の一端部に連通穴が形成され、この一端部をシールして、前記シリンダ内周面に導かれた処理液によりこのシリンダ内周面をめっき前処理またはめっき処理するためのシリンダブロックめっき処理装置のシール方法であって、前記シリンダ内周面の一端部と前記連通穴を共にシールするものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係るシリンダブロックめっき処理装置のシール治具及びシール方法によれば、多気筒シリンダブロックにおける各シリンダのシリンダ内周面の一端部に連通穴が形成されている場合にも、シリンダ内周面と連通穴を共にシールすることで、めっき前処理工程においてめっき前処理液が、めっき処理工程においてめっき処理液が、それぞれ各シリンダのシリンダ内周面以外に接触することを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明に係るシリンダブロックめっき処理装置のシール治具における一実施の形態が各シリンダのシリンダ内周面の一端部と連通穴とをシールする状況を示す側断面図。
【図2】図1のシール治具を示し、(A)はシール時の斜視図、(B)は挿入時の斜視図。
【図3】図2のシール部材を取り外した状態のシール治具を示す、図2に対応する斜視図。
【図4】図1のシール治具のシール状態を示す側面図。
【図5】図4のV−V線に沿う断面図。
【図6】多気筒シリンダブロックの側断面図。
【図7】図6のVII−VII線に沿う断面図。
【図8】図6の多気筒シリンダブロックの切断斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、図面に基づき説明する。但し、本発明は、これらの実施の形態に限定されるものではない。
【0011】
図1は、本発明に係るシリンダブロックめっき処理装置のシール治具における一実施の形態が各シリンダのシリンダ内周面の一端部と連通穴とをシールする状況を示す側断面図である。エンジンにおけるシリンダブロック1のめっき処理装置20は、多気筒シリンダブロック1の各シリンダ2におけるシリンダ内周面3の一端部(即ちクランクケース面6側の端部)4をシール治具21にてシールし、他端部(即ちシリンダヘッド面7側の端部)5を例えば板形状のシールシート22でシールし、シリンダ内周面3に処理液(めっき前処理液、めっき処理液)を導き、このシリンダ内周面3に対向配置された電極23の作用でシリンダ内周面3を高速でめっき前処理またはめっき処理するものである。これにより、シリンダ内周面3にめっき層(不図示)が形成されてシリンダ内周面3の耐摩耗性が向上する。
【0012】
つまり、めっき前処理工程では、薬液タンク24内のめっき前処理液が送液ポンプ25により、電極23とシリンダ内周面3との間の隙間流路26を図1の下方から上方へ向かって流れ、筒形状の前記電極23の電極内流路27を、矢印Aの如く下方へ向かって流れて薬液タンク24に至り、この経路を循環する。この間に、電源28により、シリンダブロック1がプラス極、電極23がマイナス極になるように電圧が印加されて、各シリンダ2のシリンダ内周面3にめっき前処理(例えば電解エッチング処理、陽極酸化処理)がなされる。
【0013】
めっき処理工程では、薬液タンク24内のめっき処理液が送液ポンプ29の作用で、電極23の電極内流路27内を図1の下方から上方へ向かって流れ、矢印Bの如く、電極23とシリンダ内周面3との間の隙間流路26内へ流入して、この隙間流路26内を上方から下方へ向かって流れて薬液タンク24に至り、この経路を循環する。この間に、電源28により、電極23がプラス極、シリンダブロック1がマイナス極となるように電圧が印加されて、各シリンダ2のシリンダ内周面3にめっき処理がなされてめっき層が形成される。
【0014】
ところで、図6〜図8に示すように、シリンダブロック1には、各シリンダ2のシリンダ内周面3の一端部4に、この一端部4を分断するようにして連通穴8が形成されている。この連通穴8は、エンジン運転時に各シリンダ2を連通させることで、クランクケース内の内圧上昇を防止してポンピングロスを低減させ、エンジン出力を向上させるものである。図1に示すように、この連通穴8は、前記シール治具21により後に詳説するように、シリンダ内周面3の一端部4と共にシールされる。
【0015】
また、シリンダブロック1のクランクケース面6側には、クランク軸受部9を備えた複数のクランクジャーナル10が、クランクケース面6とシリンダ内周面3の一端部4との間に一体成形されている。これらのクランクジャーナル10は、特に図6に示すように、各シリンダ2の内側(シリンダ2の中心軸O側)へ張り出して形成されて、各クランクジャーナル10間の開口部11の距離Lが、シリンダ2の直径Sよりも小さく設定される。
【0016】
これらのクランクジャーナル10には、特に図7に示すように、連通穴8を臨む位置にホーニング逃し面12が形成されている。このホーニング逃し面12は、各シリンダ2のシリンダ内周面3に形成されためっき層を砥石(不図示)を用いてホーニング加工する際に、シリンダ内周面3の一端部4まで十分に加工するために砥石の移動を許容する部分である。従って、このホーニング逃し面12は、その半径が、シリンダ内周面3の半径よりも大きな円柱面の一部として湾曲面形状に形成されている。尚、図6中の符号Kは、隣接するクランクジャーナル10におけるホーニング逃し面12間距離の最大値を示す。
【0017】
さて、前記シール治具21は、前述の如く、シリンダ2におけるシリンダ内周面3の一端部4と連通穴8とを共にシールするものであり、図2〜図5に示すように、内周面シール部30、連通穴シール部31及び作動機構部32を有して構成される。
【0018】
内周面シール部30は、シリンダ内周面3の一端部4を図1に示すようにシールすると共に、屈曲または拡開可能な折り畳み可能構造に構成される。また、図2及び図4に示すように、連通穴シール部31は、内周面シール部30と一体に設けられ、図1に示すように、各シリンダ2に対向して形成された連通穴8の図1における略下半部をシールする。この連通穴8の略下半部は、連通穴8においてシリンダ内周面3側の部分である。また、作動機構部32は、内周面シール部30に連結されて、この内周面シール部30を屈曲または拡開させる。
【0019】
つまり、図3に示すように、半円形状の板状体33Aに略円形状の板状体34Aが直交して一体化されて基板部35Aが形成される。同様に、半円形状の板状体33Bに略円形状の板状体34Bが直交して一体化されて基板部35Bが形成される。これらの基板部35Aと35Bは、図3及び図5に示すように、それぞれの板状体33A、33Bに結合された第1リンク36A、36Bがシャフト37を介して連結されることで、一定距離M(図5)だけ隔てて配置される。
【0020】
前記シャフト37は、図3及び図5に示すように、更に昇降ロッド38の端部を貫通し、この昇降ロッド38がベースリンク39を摺動自在に上下方向に貫通する。このベースリンク39の一端と第1リンク36Aとが第2リンク40Aにより回転自在に連結され、ベースリンク39の他端と第1リンク36Bとが第2リンク40Bにより回動自在に連結される。これらの第1リンク36A及び36B、第2リンク40A及び40B、ベースリンク39並びに昇降ロッド38により前記作動機構部32が構成される。
【0021】
図2及び図3に示すように、基板部35Aの板状体33A及び板状体34Aの側縁と基板部35Bの板状体33B及び板状体34Bの側縁にシール部材41が連続して嵌合される。基板部35Aの板状体33A、基板部35Bの板状体33B、並びにこれらの板状体33A及び33Bに嵌合するシール部材41の該当部分によって、内周面シール部30が構成される。更に、基板部35Aの板状体34A、基板部35Bの板状体34B、並びにこれらの板状体34A及び34Bに嵌合するシール部材41の該当部分によって、連通穴シール部31が構成される。
【0022】
図2(B)及び図3(B)に示すように、作動機構部32の昇降ロッド38が上方へ引き操作されることにより、板状体33Aと板状体33Bがシャフト37を中心に回動して接近し、これにより内周面シール部30が屈曲される。この内周面シール部30の屈曲時には、図1に示すように、シール治具21の幅(両連結穴シール部31の幅)W2がクランクジャーナル10間の開口部11の距離Lよりも小さく設定され、シール治具21は、クランクケース面6からクランクジャーナル10間の開口部11を通ってシリンダ2内へ挿入可能に設けられる。
【0023】
また、図2(A)及び図3(A)に示すように、作動機構部32の昇降ロッド38が下方へ押し操作されることにより、板状体33Aと板状体33Bがシャフト37を中心に回動して水平状態となり、内周面シール部30が拡開される。この内周面シール部30の拡開時には、図1に示すように、シール治具21の幅(両連結穴シール部31の幅)W1がシリンダ内周面3の直径Sよりも大きく設定され、シール治具21は、内周面シール部30がシリンダ内周面3の一端部4をシール可能にすると共に、連通穴シール部31が連通穴8の略下半部をシール可能とする。これにより、各シリンダ2は、連通穴8による連通状態が遮断され、各シリンダ2のシリンダ内周面3に導かれた処理液は、隣接する他のシリンダ2のシリンダ内周面3へ流入することが防止される。
【0024】
上述のように、めっき前処理またはめっき処理によって、各シリンダ2におけるシリンダ内周面3の一端部4を連通穴8と共にシールするには、シリンダ2毎にシール治具21を、クランクケース面6側から挿入することにより実施する。この際、各シール治具21における作動機構部32の昇降ロッド38を引き操作して内周面シール部30を屈曲させ、この状態でシール治具21をシリンダ2内へ挿入する。そして、所定高さで昇降ロッド38を押し操作して内周面シール部30を拡開させ、シール治具21の内周面シール部30によりシリンダ内周面3の一端部4をシールすると共に、連通穴シール部31により連通穴8の略下半部をシールする。
【0025】
従って、本実施の形態のシール治具21によれば、次の効果(1)〜(4)を奏する。
【0026】
(1)シリンダブロック1における各シリンダ2のシリンダ内周面3の一端部4に連通穴8が形成されている場合にも、シール治具21の内周面シール部30がシリンダ内周面3の一端部4をシールすると共に、連通穴シール部31が連通穴8をシールすることで、めっき前処理工程においてめっき前処理液が、めっき処理工程においてめっき処理液が、それぞれ各シリンダ2のシリンダ内周面3以外(例えば連通穴8の内面やクランクジャーナル10の壁面など)に漏出して接触することを防止できる。
【0027】
(2)シール治具21において、内周面シール部30と連通穴シール部31が一体に設けられたので、各シリンダ2におけるシリンダ内周面3の一端部4のシールと、連通穴8のシールとを単一の操作で同時に実現できる。
【0028】
(3)クランクジャーナル10がシリンダ2の内側に張り出して形成されている場合にも、シール治具21は、内周面シール部30の屈曲時の幅W2がクランクジャーナル10間の開口部11の距離Lよりも小さく設定されたので、このシール治具21を、内周面シール部30を屈曲させた状態で、クランクケース面6から各クランクジャーナル10間の開口部11を通ってシリンダ2内へ挿入することができる。
【0029】
(4)シール部21の内周面シール部30がシリンダ内周面3の一端部4をシールし、連通穴シール部31が連通穴8をシールすることで、各シリンダ2は、連通穴8による連通状態が遮断される。このため、各シリンダ2のシリンダ内周面3のめっき前処理時またはめっき処理時に、処理液の流速や電流・電圧値を異ならせることなどによって、これらのめっき前処理またはめっき処理をシリンダ2毎に独立して実施できる。
【符号の説明】
【0030】
1 シリンダブロック
2 シリンダ
3 シリンダ内周面
4 一端部
6 クランクケース面
8 連通穴
9 クランク軸受部
10 クランクジャーナル
20 めっき処理装置
21 シール治具
30 内周面シール部
31 連通穴シール部
32 作動機構部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多気筒シリンダブロックにおける各シリンダのシリンダ内周面の一端部に連通穴が形成され、
この一端部をシールして、前記シリンダ内周面に導かれた処理液によりこのシリンダ内周面をめっき前処理またはめっき処理するためのシリンダブロックめっき処理装置のシール治具であって、
前記シリンダ内周面の一端部をシールすると共に、屈曲または拡開可能に設けられた内周面シール部と、
この内周面シール部に一体に設けられ、前記連通穴をシールする連通穴シール部とを有し、
前記内周面シール部を屈曲させてこのシリンダ内周面及び前記連通穴シール部をシリンダ内へ挿入し、前記内周面シール部を拡開させて、この内周面シール部により前記シリンダ内周面をシールすると共に、前記連通穴シール部により前記連通穴をシールするよう構成されたことを特徴とするシリンダブロックめっき処理装置のシール治具。
【請求項2】
前記内周面シール部は、屈曲または拡開可能な折り畳み可能構造に構成され、作動機構部により屈曲または拡開されることを特徴とする請求項1に記載のシリンダブロックめっき処理装置のシール治具。
【請求項3】
前記シリンダのシリンダ内周面の一端部は、クランク軸受部を備えたクランクジャーナルが前記シリンダの内側方向に張り出して設けられたシリンダブロックにおけるクランクケース面側の端部であることを特徴とする請求項1に記載のシリンダブロックめっき処理装置のシール治具。
【請求項4】
多気筒シリンダブロックにおける各シリンダのシリンダ内周面の一端部に連通穴が形成され、
この一端部をシールして、前記シリンダ内周面に導かれた処理液によりこのシリンダ内周面をめっき前処理またはめっき処理するためのシリンダブロックめっき処理装置のシール方法であって、
前記シリンダ内周面の一端部と前記連通穴を共にシールするシリンダブロックめっき処理装置のシール方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−285645(P2010−285645A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−139577(P2009−139577)
【出願日】平成21年6月10日(2009.6.10)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】