説明

シリンダ

【課題】ピストンとシリンダ内壁面との往復動摩擦を低減させるとともに、低減効果を維持することができるシリンダを提供すること。
【解決手段】ピストンが内壁面を摺動するシリンダであって、前記シリンダの内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域には、1つの又は複数の面からなる凹部が複数個形成されており、前記1つ又は複数の面の少なくとも一部の最大高さRyが0.1μm以上30μm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンがその内壁面を摺動するシリンダに関し、特には、ピストンとの往復動摩擦を低減させるとともに、当該低減効果を長期にわたって維持することが可能なシリンダに関する。
【背景技術】
【0002】
温暖化をはじめとする環境問題が地球規模で大きくクローズアップされ、大気中のCO削減に向けた内燃機関の燃費改善技術の開発が大きな課題となっており、その一環として、エンジン等に用いられる摺動部材の摩擦損失の低減が求められている。これに鑑み、近年において、耐摩耗性および耐焼付性に優れ、かつ、摩擦力の低減効果を最大限に発現することが可能な摺動部材の材料・表面処理・改質の技術の開発が進められている。
【0003】
内燃機関の燃費改善など、シリンダが用いられる装置のエネルギー効率を向上させるためには、摩擦損失の低減が有効である。特に、往復運動を行なうピストンリングと、シリンダの内壁面との間では、摩擦低減が有効である。上記往復動摩擦の低減のためにはシリンダの内壁面の表面粗さを小さくすることが有効な手段であるとされているが、表面粗さが小さすぎると当該内壁面に保持される潤滑油がほとんどなくなるため、耐焼付性が低下するという不具合があった。耐焼付性を向上させるために特許文献1ではシリンダライナを、その内壁面の表面粗さが、ピストンの上死点側から下死点側に向って粗くなるように形成している。しかしながら、特許文献1においては下死点付近および行程中央部における上記表面粗さが大きいため、往復動摩擦が増大してしまうという不都合が生ずる。
【0004】
また、特許文献2ではシリンダライナの内壁面にくぼみを形成することにより、ピストンリングと、シリンダライナとの往復動摩擦を低減する技術が開示されている。特許文献2においては、摺動速度の違いによってシリンダライナをシリンダの軸方向に複数の領域に分割し、領域ごとにくぼみの形状を異なるものとすることにより、往復動摩擦の低減効果を高めている。しかしながら特許文献2においては、くぼみ内周面は何ら処理がされておらず、燃焼行程中に発生した煤及び未燃燃料を含有した潤滑油の不純物がくぼみ内周面に付着しやすくなる。また、くぼみ内周面に何ら処理がされていない場合には、くぼみ内における潤滑油の流動性が低下し、潤滑油が酸性劣化されることにより生成される煤がくぼみ内周面に付着しやすくなる。このように、くぼみ内周面に不純物や煤が付着し堆積していった場合には、くぼみ内の体積が減少し、目詰まりの状態となって往復動摩擦が増大してしまうという不都合が生ずる場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−200145号公報
【特許文献2】特開2007−46660号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであり、ピストンリングとシリンダ内壁面との往復動摩擦を低減させるとともに、当該効果を長期間にわたって維持することができるシリンダを提供することを主目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための本発明は、ピストンが内壁面を摺動するシリンダであって、前記シリンダの内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域には、1つ又は複数の面からなる凹部が複数個形成されており、前記1つ又は複数の面の少なくとも一部の最大高さRyが0.1μm以上30μm以下であることを特徴とする。
【0008】
前記行程中央部領域は、当該行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1%〜80%の範囲内であり、前記シリンダ内壁面の、当該行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されていなくてもよい。
【0009】
また、前記シリンダは、シリンダ本体とその内側に固着されたシリンダライナとから構成されており、前記シリンダライナの内壁面に前記凹部が複数個形成されていてもよい。
【0010】
また、前記複数の面が、2つの側面と1つの底面であってもよい。
【0011】
また、前記底面の最大高さRyが0.1μm以上30μm以下であってもよい。
【0012】
さらにまた、前記シリンダが、内燃機関に用いられるものであってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、シリンダの内壁面に複数の凹部が形成されていることから、ピストンリングとシリンダ内壁面との往復動摩擦を低減することができる。また、凹部を形成する1つ又は複数の面の少なくとも一部の最大高さRyを所定の範囲内とすることにより、不純物や煤が堆積することによる凹部内の目詰まりを防止することができ、ピストンリングとシリンダ内壁面との往復動摩擦の低減効果を維持することができる。なお、最大高さRyとは、JIS B0601−1994にて規定されているものである。
【0014】
また、本発明のシリンダは、行程中央部領域が当該行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1%〜80%の範囲内であり、前記シリンダ内壁面の当該行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されていない場合であっても同様の効果を得ることができる。
【0015】
また、本発明のシリンダは、シリンダの内壁面とピストンが摺動するタイプであっても、シリンダの内側に固着されたシリンダライナとピストンが摺動するタイプであっても同様の効果を得ることができる。
【0016】
また、本発明のシリンダの内壁面に形成された凹部が2つの側面と1つの底面とから形成される凹部であっても同様の効果を得ることができる。
【0017】
また、本発明のシリンダにおいて、上記の底面の最大高さを所定の範囲内とすることで、ピストンリングとシリンダ内壁面との往復動摩擦の低減効果をより高く維持することができる
さらに、本発明のシリンダライナを、エネルギー効率の向上が特に求められている分野である内燃機関に用いることにより、高い効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明のシリンダに形成される凹部の一例を示す概略断面図である。
【図2】本発明のシリンダに形成される凹部の正面形状の例を示す概略展開図である。
【図3】本発明のシリンダに形成される凹部の内周面に残留する潤滑油の例を示す概略断面である。
【図4】本発明のシリンダに形成される凹部の内周面に付着する不純物の例を示す概略断面図である。
【図5】本発明のシリンダに形成される凹部内周面の調整方法の一例を示す概略断面図である。
【図6】本発明のシリンダを構成するシリンダライナの内壁面の凹部の形成位置の一例を示す説明図である。
【図7】本発明のシリンダにおける、行程中央部領域の範囲の一例を示す説明図である。
【図8】本発明のシリンダにおける、凹部の配置の一例を示す概略展開図である。
【図9】本発明のシリンダに形成される凹部の寸法位置を説明する概略展開図および概略断面図である。
【図10】本発明のシリンダにおける、凹部の配置の他の一例を示す概略展開図である。
【図11】本発明のシリンダにおける、面積率を説明する概略断面図および概略展開図である。
【図12】本発明のシリンダにおける、凹部内周面の最大高さRyの測定方法を示す説明図である。
【図13】本発明の実施例で用いられたシリンダライナの寸法を示す概略図である。
【図14】本発明の実施例において、凹部の形成時の状態を示す概略断面図である。
【図15】本発明の実施例における煤堆積率の測定結果を示すグラフである。
【図16】本発明の実施例における往復動摩擦を測定するために用いられた装置の構成を示す概略断面図である。
【図17】本発明の実施例における測定結果を示すグラフである。
【図18】本発明の実施例における測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明のシリンダは、ピストンが内壁面を摺動するシリンダであって、前記シリンダの内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域には、1つの又は複数の面からなる凹部が複数個形成されており、前記凹部を形成する面のうち少なくとも一部の最大高さRyが0.1μm以上30μm以下であることを特徴とするものである。
【0020】
本発明のシリンダは、この要件を具備するものであれば特に限定されるものではない。具体的には、本発明のシリンダは、上記の凹部内周面の最大高さRyを上記範囲内とするによってピストンリングとの往復動摩擦を低減させ、かつ往復動摩擦の低減効果を維持するものであるため、ピストンと組み合わせて用いられ、当該ピストンがシリンダの内壁面上を摺動するものであれば、シリンダの用途、種類、材質等にかかわらず同様の効果を得ることができる。そのため、本発明のシリンダは、自動車や飛行機のエンジンなどの内燃機関、スターリングエンジンなどの外燃機関に加え、圧縮機などの、熱機関以外のシリンダとしても用いることができる。
【0021】
また、シリンダには、シリンダ本体とその内側に固着されたシリンダライナとから構成されており、前記シリンダライナの内壁面上をピストンが摺動する、「シリンダライナタイプ」と、ピストンがシリンダの内壁面上を直に摺動する、「ライナレスタイプ」とがあるが、本発明はシリンダライナの有無にかかわらず、適用することができる。
【0022】
以下、このような本発明の各態様(シリンダライナタイプとライナレスタイプ)についてそれぞれ説明する。
【0023】
A.第一態様(シリンダライナタイプ)
本発明の第一態様のシリンダは、シリンダ本体とその内側に固着されたシリンダライナとから構成され、前記シリンダライナの内壁面に上記複数の凹部が形成されているものである。本態様においては、シリンダ本体の内壁面とシリンダライナの外壁面とが固着されており、ピストンは上記シリンダライナの内壁面上を摺動するものであるため、上記シリンダライナが固着されているシリンダ本体の内壁面には、凹部は設けられている必要はない。
【0024】
以下、本態様のシリンダについて、図面を用いて説明する。
【0025】
まずはじめに、本態様のシリンダを構成するシリンダライナの内壁面に形成される凹部について説明する。図1は、本発明のシリンダに形成される凹部の一例を示す概略断面図である。
【0026】
シリンダが用いられる装置のエネルギー効率を向上させる、例えば、エンジンの燃費を向上させるためには、ピストンリングと、シリンダの内壁面(本態様においてはシリンダライナの内壁面)との摩擦損失低減が有効である。そこで、本態様のシリンダを構成するシリンダライナにおいては、図1に示すように、その内壁面に1つ又は複数の面からなる凹部3が複数形成されている。シリンダライナ内壁面2に複数の凹部3を形成することで、ピストンリングとシリンダライナの内壁面2との接触面積を小さくすることができ摩擦力を低減することができる。
【0027】
本態様におけるシリンダライナ内壁面2に形成される凹部3は、図1(a)に例示するように、複数の面(図1(a)に示す場合にあっては、2つの側面3aと1つの底面3b)や、図1(b)に例示するように、1つの面(図1(b)に示す場合にあっては、曲面3c)により形成することができ、凹部3を形成する面について特に限定はない。以下、凹部を形成する面(例えば、図1に示す場合にあっては、2つの側面3aと1つの底面3b、もしくは曲面3c)を凹部内周面という。
【0028】
また、本態様において、シリンダライナ内壁面に形成される凹部の正面形状(シリンダ周方向に展開した面)は特に限定されるものではなく、当該凹部の配置等に応じて適宜調整することができる。例えば、図2(a)〜(j)に例示するように、直線および/または曲線から構成される形状の凹部を形成することができる。凹部は、図2(a)〜(c)のような横長の形状でも、図2(d)〜(g)のような縦長の形状でも、図2(h)〜(j)のような縦対横の比率がほぼ等しい形状でもよい。
【0029】
また、シリンダライナの内壁面に凹部3を形成した場合には、ピストン摺動時にシリンダライナ内壁面が保持する潤滑油の一部が凹部内に流入する。図3、図4に例示するように凹部内周面は微細な凹凸部を有しており、凹部内周面の最大高さRyが30μmより大きい場合、つまり凹部内周面が粗い場合には、凹部内周面(微細な凹凸部)における潤滑油の流動性が低下し、図3(b)に示すように凹部3内に流入した潤滑油が凹部内から放出されることなく凹部内周面に多く残留する。残留した潤滑油12は酸化劣化されることで煤が生成され、発生した煤が凹部内周面に付着し、次いで、凹部内周面に付着した煤を起点として徐々に凹部内に煤が堆積していく。煤が堆積することで凹部3が目詰まりをおこした場合には、ピストンリングとシリンダライナとの接触面積が増大してしまい凹部3を形成することにより発揮される往復動摩擦の低減効果を維持することができなくなる。
【0030】
また、潤滑油には、燃焼行程中に発生する煤や未燃燃料等の不純物11が含まれており、凹部内周面の最大高さRyが30μmより大きい場合には、図4(b)に示すように、煤や未燃燃料等の不純物11が凹部内周面に徐々に堆積し、上記と同様往復動摩擦の低減効果を維持することができなくなる。一方で、最大高さRyが0.1μmより小さい場合には、加工コストが増大し過剰品質となる。
【0031】
そこで、本態様のシリンダライナにおいては、シリンダライナの内壁面に形成される凹部内周面の少なくとも一部の最大高さRyが、0.1μm以上30μm以下の範囲に規定されている。凹部内周面の一部の最大高さを当該範囲とすること、つまり、凹部内周面を平滑にすることで、凹部内周面付近の潤滑油の流動性を高めることができ、図3(a)に示すように凹部内周面に残留する潤滑油12を減少させ、凹部内において酸性劣化される潤滑油量を減少させることができる。また、最大高さRyを当該範囲とすることで、凹部内周面における不純物を含有した潤滑油の流動性を向上させ、図4(a)に示すように凹部内への不純物11の堆積を抑制することができる。
【0032】
なお、最大高さRyはJIS B0601−1994にて規定されているものであり、図12に示すように粗さ曲線から、その平均線の方向に基準長さLだけ抜き取り、この抜き取り部分の平均線から最も高い山頂までの高さYpと最も低い谷底までの深さYvとの和で表わされる。
【0033】
また、本態様において、凹部内周面における上記範囲の最大高さRyとする部分については特に限定はなく、凹部内周面において流入した潤滑油が残留しやすい部分や、不純物等が付着しやすい部分の最大高さRyを0.1μm以上30μm以下とすればよく、必ずしも凹部内周面全面を平滑化する必要はない。また、複数の面からなる凹部、例えば、図1(a)に例示する2つの側面と1つの底面からなる凹部においては、流入した潤滑油や、不純物が底面(他の複数の面からなる凹部にあっては底面、及び底面近傍の面)に残留、付着しやすいことから、底面(底面及び底面近傍の面)の最大高さRyが上記範囲であることが好ましい。また、図1(b)に例示する1の曲面からなる凹部にあっては、曲面の最下点(谷底)付近の最大高さRyが上記範囲であることが好ましい。なお、底面とは、凹部内周面を形成する面のうちシリンダ内壁面2から最も遠い場所に位置する面をいう。
【0034】
(凹部の形成方法)
本態様のシリンダにおける複数の凹部3の形成方法については、特に限定されることはなく、上述した各条件を満たす凹部3を形成することができれば、いかなる方法をも採用することができる。
【0035】
例えば、マスキングした後、砥粒を吹き付けることにより凹部を形成するブラスト加工法(後述する実施例で採用)や、マスキングした後、腐食溶液につけ込むことにより凹部を形成する方法、さらには、凸版印刷において、インクの代わりに腐食液を使用した腐食加工方法などを採用することができる。
【0036】
また、本態様のシリンダにおいては、最終的に凹部が形成されていればよく、必ずしも、製造工程においてシリンダ表面を除去することに凹部とする必要はなく、逆にシリンダ表面に凸部を形成することにより、結果として当該凸部が形成されなかった部分を凹部としてもよい。
【0037】
この場合、具体的には、所定のマスキングした後、各種PVD法によってPVD皮膜を凸部として形成する方法を用いることができる。また、PVD皮膜の他、クロム、銅、錫、亜鉛、ニッケル、ニッケル−リン等のめっき皮膜や、その他、四三酸化鉄、リン酸マンガン、フッ素樹脂、フッ素樹脂とグラファイトからなる皮膜、フッ素樹脂とグラファイトと二硫化モリブデンからなる皮膜等を用いることができる。
【0038】
(凹部内周面の最大高さRyの調整方法)
次に、本態様のシリンダに形成される凹部内周面の調整方法(凹部内周面の平滑化方法)について、図5を参照して説明する。なお、図5(a)は、被覆により凹部内周面の最大高さRyを調整する方法の一例を示す概略断面図であり、図5(b)は、機械加工により凹部内周面の最大高さRyを調整する方法の一例を示す概略断面図である。
【0039】
本態様のシリンダに形成される凹部内周面を平滑化する方法については、特に限定されることはなく、従来公知の方法を適宜選択して調整することができる。例えば、図5(a)に例示するように凹部内周面の微細な凹凸部を表面皮膜21で被覆することにより凹部内周面を平滑化することができる。具体的には、凹部内周面の微細な凹凸部をめっき法、リン酸塩皮膜処理法、蒸着法等により形成される表面皮膜21で被覆することにより、または、所定の材料からなる表面皮膜21を形成するための塗工液をスプレーコーティング等の従来公知の塗工方法により被覆することにより、その表面を最大高さRyが0.1μm以上30μm以下となるように平滑化することができる。
【0040】
めっき法により形成される表面皮膜としては、例えば、硫酸銅溶液へ凹部が加工されたシリンダライナを浸漬させ電解めっきを施すことにより形成される、銅系金属を含有する表面皮膜が挙げられる。
【0041】
リン酸塩皮膜処理法により形成される表面皮膜としては、リン酸塩の処理液を用いて凹部内周面に化学的に生成されるリン酸塩皮膜が挙げられる。例えば、リン酸鉄の処理液を用いて形成されるリン酸鉄皮膜、リン酸マンガンの処理液を用いて形成されるリン酸マンガン皮膜、リン酸亜鉛の処理液を用いて形成されるリン酸亜鉛皮膜、リン酸カルシウムの処理液を用いて形成されるリン酸カルシウム皮膜等を挙げることができる。特に、リン酸塩皮膜処理法は、深さ管理に適した処理方法であり、リン酸塩皮膜処理法により形成される表面皮膜21で凹部内周面の微細な凹凸を被覆することで、容易にその表面を最大高さRyが0.1μm以上30μm以下となるように平滑化することができる。なお、リン酸塩皮膜処理法とは、リン酸塩の処理液を用いて金属の表面に化学的にリン酸塩皮膜を生成させる化成処理をいい、リン酸塩皮膜処理法により形成される表面皮膜21とは、リン酸塩の皮膜を意味する。
【0042】
ここで、製造段階の凹部形成に砥粒を用いる場合(例えば、ブラスト加工法により凹部を形成する場合)には、リン酸塩皮膜処理に際し、凹部内周面を予め酸洗いする前処理を行うことが好ましい。この前処理により、凹部内周面を活性化させることができ、製造段階において、凹部内周面に砥粒が存在している場合であっても、凹部内周面に存在する砥粒を除去することができる。また、その後の化成処理にて、凹部内周面をエッチングしながら表面が成長していくため砥粒が残ることはない。これにより、運転中に砥粒が脱落することを防止することができ、シリンダ内壁面への過大摩耗や縦きずによるオイル消費が増大することを防止することができる。
【0043】
さらには、前処理において砥粒を完全に除去することができなくとも、砥粒は化成処理の際に、リン酸塩皮膜の膜内部に入り込み、リン酸塩皮膜の表面には存在しないことから、運転中に砥粒が脱落することはない。
【0044】
蒸着法(スパッタリング、プラズマCVD法等)により形成される表面皮膜としては硬質炭素皮膜(例えば、ダイヤモンドライクカーボン皮膜)等を挙げることができる。
【0045】
また、従来公知の塗工方法により形成される表面皮膜としては、二硫化モリブデンとグラファイトと樹脂からなる表面皮膜を挙げることができる。二硫化モリブデンとグラファイトと樹脂からなる表面皮膜の形成方法としては、二硫化モリブデンと、グラファイトと、樹脂と、必要に応じて添加される溶媒とを混合した塗工液を調整し、これを塗工・焼成することで形成することができる。二硫化モリブデンとグラファイトに混合される樹脂としては、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、アクリル樹脂、ポリベンゾイミダゾール樹脂等を挙げることができる。
【0046】
また、図5(b)に例示するように凹部内周面の微細な凹凸部をショットピーニング法やブラシ加工等の機械加工により除去又は縮小することにより、その表面を最大高さRyが30μm以下となるように平滑化することができる。なお、図中の破線部分は最大高さRyの調整前の凹部内周面を示し、21は、被覆された領域を示し、22は、除去された領域を示す。
【0047】
(凹部の形成位置)
次に、本態様のシリンダライナにおける凹部の形成位置の一例を、図6、図7を参照して具体的に説明する。なお、図6は、本発明のシリンダを構成するシリンダライナ内壁面の凹部の形成位置の一例を示す説明図であり、図7は、本態様のシリンダ本体の内側に固着されるシリンダライナにおける、上記行程中央部領域4の範囲の一例を示す概略断面図である。
【0048】
以下、行程中央部領域にのみ凹部を形成した場合を中心に説明を行うが、本発明のシリンダは、シリンダ(シリンダライナ)の内壁面に複数の凹部が形成され、凹部内周面の一部の最大高さRyが0.1μm以上30μm以下であることに特徴を有し、シリンダライナの内壁面に形成される凹部の形成位置について以下の例に限定されず、ピストンリングとシリンダライナとの接触面積を小さくし摩擦力を低減させたい位置に凹部を形成することで足りる。
【0049】
図6に例示するように本態様におけるシリンダライナ1の内壁面2には、複数個の凹部3が形成されている。この凹部3は、シリンダライナ1の内壁面2のうち、行程中央部領域4のみに形成されており、当該領域4以外の領域には形成されていない。行程中央部領域4は、シリンダライナ1の内壁面2の全周にわたり、ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、上記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である。
【0050】
図7は、ピストンが往復動する際の、上死点停止位置におけるピストン21aと、下死点停止位置におけるピストン21bとを同一の断面図に示すものである。上記行程中央部領域4は、シリンダライナ1の内壁面2のうち、上死点停止位置におけるピストン21aの最下位のピストンリング22のリング溝23の下面24位置から、下死点停止位置におけるピストン21bにおける最上位のピストンリング26のリング溝25の上面27位置までの間の領域である。図7は、3本のピストンリング(第1圧力リング、第2圧力リング、オイルコントロールリング)が用いられる構成のピストンを示しており、最下位のピストンリング22はオイルコントロールリングであり、最上位のピストンリング26は第1圧力リングである。
【0051】
上記のように、シリンダライナ内壁面に複数の凹部を形成することで、ピストンリングとシリンダライナとの接触面積を小さくでき、摩擦力を低減することができるが、ピストンの移動速度が比較的小さい上死点付近および下死点付近では、シリンダライナの内壁面に凹部を形成しなくともシリンダライナの内壁面の表面粗さを小さくすることにより、往復動摩擦の低減を図ることができる。一方で、シリンダライナの内壁面と、ピストンリングとの摺動速度が大きい領域である行程中央部領域4では、潤滑油のせん断抵抗の影響が大きくなる。このような点を考慮すると、凹部の形成位置は、シリンダライナの内壁面のうち上記行程中央部領域4にのみ凹部が形成されていることが好ましい。行程中央部領域4にのみ凹部を形成することで、ピストンリングとシリンダライナの内壁面との接触面積を小さくし、潤滑油のせん断抵抗の影響を低減することができる。
【0052】
また、ピストンリングが摺動する領域全てに凹部を形成した場合、つまり行程中央部領域以外の領域にも凹部を形成した場合、上記接触面積が小さくなることにより接触面圧が増加し、上死点および下死点の近傍では境界潤滑となるため、摩擦力が増加してしまう。また、このような部分に凹部があると、不要な油だまりとなってしまい、これが燃焼し油の消費量が多くなってしまうこともある。
【0053】
またここで、行程中央部領域4に複数の凹部を無造作に形成した場合、行程中央部領域4全体では、ピストンリングとシリンダライナの内壁面との接触面積が小さくなるが、微視的には、摺動するピストンリングの幅(シリンダの軸方向の長さ)は行程中央部領域4にくらべて非常に短いため、場所によっては、凹部が形成されていない部分も存在する可能性があり、当該部分においては、ピストンリング摺動面とシリンダライナの内壁面とは100%接触をしていることとなってしまい、上記効果を十分に発揮できない可能性がある。このような点を考慮すると、シリンダ周方向の全ての断面に、前記複数の凹部のうち少なくとも一つの凹部が存在していることが好ましい。
【0054】
なお、「行程中央部領域」とは、上述したように、ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である。例えば、図7に例示するように、ピストンの上方から第1圧力リング、第2圧力リング、オイルコントロールリングの順番で3つのピストンリングが配置されている場合、上記行程中央部領域の上端はオイルコントロールリング22のリング溝23の下面24位置であり、下端は最上位のピストンリングである第1圧力リング26のリング溝25の上面27位置である。なお、本態様は、上述したように、3本のピストンリングが用いられる構成に限定されるものではなく、ピストンリングが2本の構成(圧力リング、オイルコントロールリングが1本ずつ)や、ピストンリングが1本の構成(ガスシールと、オイルコントロールとを兼ね備えたピストンリング)においても同様に適用することができる。
【0055】
前述したように、周方向の断面を考えた場合、ある断面に凹部が一つも形成されていないと、当該断面をピストンリングが通過する際は、凹部が複数個形成されている断面を通過する際と比べ、ピストンリングとシリンダライナの内壁面との接触面積が大きくなる。そのため、潤滑油のせん断抵抗の影響が大きくなり、結果として往復動摩擦も大きくなる。
【0056】
これに対し、行程中央部領域におけるシリンダ周方向の全ての断面に凹部を少なくとも一つ形成することにより、行程中央部領域のどの周方向断面をピストンリングが通過する場合であっても、接触面積を確実かつ平均的に低減することができるため、往復動摩擦も確実に低減することができる。
【0057】
また、「シリンダ周方向の全ての断面において、複数個の凹部のうちの少なくとも一つの凹部が形成されている」状態の例としては、図8(a)や(b)の場合を挙げることができる。
【0058】
図8(a)は、上述した図1の行程中央部領域4における、凹部3の配置の一例を示す概略展開図である。図8(a)においては、図面の上下方向がシリンダの軸方向であり、図面の左右方向がシリンダの周方向である。図8(a)に例示するように、シリンダ周方向に引いた線Xは、凹部3aの最下点5aが、その下方に最も近接する凹部3bの最上点6bよりも下側に位置する。また、シリンダ周方向に引いた線Yは、凹部3bの最下点5bが、その下方に最も近接する凹部3cの最上点6cよりも下方に位置する。このように、上下に近接する凹部同士を、シリンダ軸方向に重なるように配置することにより、シリンダ周方向の全ての断面において複数個の凹部のうちの少なくとも一つの凹部を形成することができる。以上より、ピストンが往復した際に、行程中央部領域において、摺動するピストンリングが、シリンダ軸方向のどの位置においてもシリンダ内壁面との接触面積を小さくすることができ、往復動摩擦の低減に効果を奏する。
【0059】
ここで、図8(b)も図8(a)と同様、上述した図1の行程中央部領域4における、凹部3の配置の一例を示す概略展開図である。図8(b)においても図面の上下方向がシリンダの軸方向であり、図面の左右方向がシリンダの周方向である。図8(a)にあっては、凹部3がシリンダ軸方向にわたって均一の面積で形成されているが、この態様に限定されることはなく、図8(b)に示すように、シリンダ軸方向の行程中央部領域4の端部近傍においては凹部3の面積を小さくし、行程中央部領域4の中央部近傍においては凹部の面積を大きくしてもよい。
【0060】
本態様において上記凹部の寸法は特に限定されるものではなく、シリンダや共に用いられるピストンリングの寸法等に応じて適宜調整することができる。凹部は、行程中央部領域をシリンダ軸方向に貫くように形成されていてもよいが、シリンダの気密性保持の観点から、上記凹部のシリンダ軸方向の平均長さが、用いられるピストンリングのうちの、最上位のピストンリングのシリンダ軸方向の長さ以下であることが好ましい。より具体的には、用いられるピストンリングのうちの、最上位のピストンリングのシリンダ軸方向の長さの5〜100%程度とすることが好ましい。
【0061】
凹部のシリンダ周方向平均長さは、0.1mm〜15mmの範囲内が好ましく、0.3mm〜5mmの範囲内が特に好ましい。シリンダ周方向平均長さがこの範囲に満たない場合は、凹部を形成した効果が十分に得られない場合がある。一方で、周方向平均長さがこの範囲を超える場合は、ピストンリングの一部が凹部内へ入り込み、ピストンリングが変形する等の不具合が発生する場合がある。
【0062】
凹部のシリンダ径方向平均長さは、0.5μm〜1000μmの範囲内が好ましく、0.5μm〜500μmの範囲内がさらに好ましく、0.5μm〜50μmの範囲内が特に好ましい。凹部のシリンダ径方向平均長さがこの範囲に満たない場合は、凹部を形成した効果が十分に得られない場合がある。一方で、径方向平均長さがこの範囲を超える場合は、加工が困難であり、また、シリンダライナの径方向平均長さを長くする(肉厚を厚くする)必要がある等の不具合が生じる場合がある。なお、凹部のシリンダ径方向平均長さは、凹部内周面がシリンダ内壁面よりも突出することがないように適宜設定する必要がある。
【0063】
本態様においては、隣り合う凹部間のシリンダ周方向平均長さ(間隔)は、0.1〜15mmの範囲内が好ましく、0.3mm〜5mmの範囲内が特に好ましい。隣り合う凹部間のシリンダ周方向平均長さ(間隔)がこの範囲に満たない場合には、ピストンリングが摺動するシリンダライナの内壁面の幅が小さすぎて、ピストンリングとシリンダライナの内壁面とが安定して摺動できない可能性がある。一方で、この範囲を超える場合には、凹部を形成した効果が十分に得られない可能性がある。
【0064】
なお、本態様において上述した凹部の各平均長さは、図9に例示する各箇所の平均長さを意味するものとする。図9(a)は、シリンダライナの内壁面の、シリンダ軸方向を図面の上下方向に示した概略展開図である。また、図9(b)は、シリンダライナの、周方向における概略断面図である。前記凹部の軸方向平均長さとは、図9(a)に例示するように、シリンダ軸方向における、凹部3の長さの平均である。
【0065】
また、上記凹部3の周方向平均長さとは、図9(a)に例示するように、シリンダ周方向における、凹部3の長さの平均である。図9(b)に例示するように、前記凹部3の周方向平均長さとは、内壁面2を含む面における長さの平均を意味するものとし、前記凹部の面積についても同様とする。
【0066】
また、上記凹部3の径方向平均長さとは、図9(b)に例示するように、凹部3の底面からシリンダライナ1の内壁面2までの長さの平均である。また、上記凹部間のシリンダ周方向平均長さ(間隔)とは、図9(a)および(b)に例示するように、隣り合う凹部3の間隔の平均である。
【0067】
本態様において、凹部の配置は、前述の通り、特に限定されるものではない。例えば図10はシリンダライナの内周を周方向に開いた展開図を示すが、図10(a)に例示するように、凹部が行程中央部領域をシリンダ軸方向に貫くように形成されていてもよいし、図10(b)に例示するように、シリンダライナの内壁面上にらせん状に形成されていてもよい。また、図10(c)および(d)に例示するように、シリンダ軸方向に特定の長さを有する形状の凹部が一定間隔をおいて配置されていてもよい。さらに、凹部は不規則(ランダム)に配置されていてもよい。加えて、1つのシリンダライナの内壁面上に形成される複数個の凹部の形状や寸法は、互いに異なっていても同一であってもよい。
【0068】
本態様においては、上記行程中央部領域のみに複数の凹部を形成した場合には、行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、シリンダ周方向の断面当たりに形成される凹部の個数が少なくとも一つ以上であることが好ましい。また、シリンダ周方向の一断面に形成される凹部の個数が少なすぎる場合には、凹部を形成し、接触面積を低減することによって得られる往復動摩擦力低減効果が十分に得られない可能性がある。したがって、シリンダ周方向の各断面毎に当該効果を十分に発揮できる程度の凹部を形成することが好ましい。
【0069】
往復動摩擦力低減効果が得られる程度の凹部とは、共に用いられるピストンの往復動の速度等によって異なるものであるが、本態様においては、行程中央部領域にのみ凹部を形成した場合には、行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計を1〜80%とすることが好ましく、10〜60%がより好ましく、20〜50%が特に好ましい。上記面積率がこの範囲に満たないと、凹部を形成した効果が十分に得られない場合があり、一方で、上記面積率がこの範囲を超えると、接触面積が小さすぎ、ピストンリングがシリンダライナの内壁面を安定して摺動できなくなる等の不都合が生じる可能性がある。前記往復動摩擦力低減効果の観点から、凹部の寸法の好ましい範囲がある。そのため、1つ1つの凹部の寸法を考慮しつつ、面積率が上記範囲内となるように、かつ、全てのシリンダ周方向断面に少なくとも1つの凹部が形成されるように、凹部の個数およびその配置を調整することが必要である。
【0070】
本態様において、「行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計」とは、図11(a)および(b)に例示するように、凹部3の面積をA、A、A、・・・Aとしたときの、上記行程中央部領域の面積に対するA、A、A、・・・Aの合計の比率を意味するものである。面積率は、行程中央部領域における凹部3の面積A、A、A、・・・Aの合計Atotalと、行程中央部領域における凹部3以外の内壁面2の面積Bの合計Btotalとを用い、下記式で表される。なお、図11(a)に例示するように、ここで凹部3の面積とは、前記凹部3の底面の面積ではなく、内壁面2を含む断面における面積を意味する。
【0071】
【数1】

本態様においては、上述した凹部の形状、寸法、配置、面積率等は、行程中央部領域の全てにおいて同じでもよいし、領域によって異なっていてもよい。例えば、行程中央部領域において、シリンダ軸方向の各領域で上記面積率が異なっていてもよく、行程中央部領域の上方部分および下方部分においては凹部面積が小さく、行程中央部領域の中央部分においては凹部面積が大きくなっていてもよい。上記面積率等は段階的に変化しても、連続的に変化してもよい。
【0072】
本態様におけるシリンダライナは、シリンダ本体の内側に固着して用いられるものであり、ピストンに装着されたピストンリングが、その内壁面上を摺動するものである。本態様のシリンダライナの寸法や材質等は、シリンダ本体の寸法や材質、共に用いられるピストンリング等との相性、さらには運転温度などを考慮し、適宜設計可能である。
【0073】
本態様においては、ピストンリングと、シリンダライナの内壁面との往復動摩擦力低減の観点から、上記行程中央部領域にのみ前記凹部を形成した場合には、上記行程中央部領域の、前記凹部が形成されていない箇所の十点平均粗さRzが4μm以下とすることが好ましく、2μm以下とすることがさらに好ましく、1μm以下とすることが特に好ましい。また、本態様においては、シリンダライナの内壁面における、上死点付近の領域、下死点付近の領域、および行程中央部領域等、ピストンが摺動する全ての領域が上記表面粗さを有することが好ましい。なお、上記十点平均粗さRzとは、JIS B0601−1994にて規定されているものである。
【0074】
(シリンダ本体)
本態様において用いられるシリンダ本体は、前記シリンダライナをその内側に固着することができればよく、その材質や寸法などは用途や運転温度等に応じて適宜設計可能である。
【0075】
(シリンダと組み合わせて用いられるピストンリング)
本態様のシリンダと組み合わせて用いられるピストンリングについては、特に限定されることはなく、現在公知である種々のピストンリングを適宜選択することができる。
【0076】
特に、ピストンリングの外周摺動面は、その目的や用途により種々の形状を呈しているが、本態様のシリンダは、すべての外周摺動面の形状が異なる全てのピストンリングと組み合わせが可能である。
【0077】
例えば、3本リング構成(2本の圧力リングと、1本のオイルリング)のピストンリングの場合にあっては、第一圧力リングの外周摺動面がバレル形状、偏心バレル形状、テーパ形状等が好ましく、第2圧力リングの外周摺動面が、テーパ形状、アンダーカット形状、アンダーフック形状等が好ましく、合口形状は中断アンダーカット形状が好ましく、オイルリングにあっては、コイルエキスパンダとオイルリング本体とからなる2ピース構成オイルリングや2本のサイドレールとスペーサエキスパンダからなる3ピース構成オイルリング等を用いることができ、特に2ピース構成オイルリングの外周摺動面形状をストレート形状、ダブルベベル形状、又はバレル形状とし、オイルリング本体の上レールの上面側及び下レールの下面側をバレル形状とすることが好ましく、このような組み合わせをすることにより大幅なLOCの改善効果が期待できる。
【0078】
(シリンダと組み合わせて用いられるピストン)
本態様のシリンダと組み合わせて用いられるピストンについても、特に限定されることはなく、現在公知である種々のピストンを適宜選択することができる。
【0079】
本態様のシリンダは、その内壁面に複数の凹部を有しているため、当該凹部がオイル溜まりとして機能し、従来のシリンダ(凹部なし)と比べてオイル量が増大することにより、ピストンリングによるオイルのかき残しが生じ、凹部にかき残されたオイルが、摺動面に流れ出し、上昇してきたピストンリングにかき上げられたり、残存するオイルが蒸発してしまうことによるLOCの悪化が懸念される。したがって本態様のシリンダと組み合わせ用いるピストンにあっては、オイルを素早く排出するために、オイルドレイン孔(オイルをクランクケースに排出するための孔)をスラスト方向、反スラスト方向に、それぞれ2〜6箇所形成したり、オイルドレイン孔の直径を大きくするなどの工夫をしてもよい。さらに、スラスト方向のオイルドレイン孔の数や大きさを、反スラスト方向に形成するオイルドレイン孔よりも多く、大きくすることが好ましい。
【0080】
B.第二態様(ライナレスタイプ)
本態様の第二態様のシリンダは、上記「第一態様」のようなシリンダライナは用いられておらず、シリンダ本体の内壁面に直に上記凹部が形成され、ピストンが当該シリンダの内壁面上を直に摺動するものである。
【0081】
本態様において用いられるシリンダ本体は、その内壁面に直に前記内周面の少なくとも一部の最大高さRyが0.1μm以上30μm以下の範囲の凹部が形成されたものであればよく、その寸法や材質については特に限定されることはない。
【0082】
本態様のシリンダは、シリンダライナが用いられず、シリンダ本体の内壁面上に直に凹部が形成されること以外については、上記「A.第一態様」のシリンダライナタイプのシリンダと同様であるため、ここでの説明は省略する。すなわち、「A.第一態様」の凹部については、本態様のライナレスタイプにもそのまま適用することができ、本態様のシリンダは、その内壁面の行程中央部領域に所定の凹部を設けることにより、上記「第一態様」と同様な効果を奏するものである。
【0083】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。たとえば、本発明のシリンダ内壁面の材質は、アルミ、アルミ系合金、鋳鉄、鋳鋼、鋼など、従来より使用されている各種材料を用いることができる。
【実施例】
【0084】
以下に実施例および比較例を示して本発明をさらに具体的に説明する。
【0085】
(実験1)
以下の方法によりシリンダライナを加工し、当該シリンダライナの凹部内の煤堆積率を測定した。
【0086】
<シリンダライナの加工>
図13(a)および(b)に示す寸法(mm)を有するシリンダライナ(材質:FC250)の行程中央部領域に、マスキング板を用い、以下の手順で凹部を形成、及び凹部底面の最大高さRyの調整を行った。凹部は、図9(a)に示す形状および配置で形成した。
【0087】
なお、使用したマスキング板はSUS420製であり、厚さは0.5mmである。
(1)シリンダライナの内壁面に前記マスキング板を固定した。
(2)図14に示すように、シリンダライナ90をブラスト加工機のターンテーブル91に固定した。
(3)図14に示すように、シリンダライナ90の内側にブラスト加工機の砥粒噴出口92を挿入し、ターンテーブル91を回転させ、かつ砥粒噴出口92を上下に移動させながら、砥粒をシリンダライナ90の内壁面に吐出させ(砥粒噴出口92が上昇している時のみ砥粒を吐出させた。)、面積率が行程中央部領域の50%となるように凹部の形成を行った。なお、砥粒材としてはアルミナを用い、砥粒径は53〜74μmのものを用いた。砥粒噴出圧は約2MPaであり、ターンテーブル91の回転数は4rpmとした。また、砥粒噴出口92の上下移動時間は5min×2回とした。
(4)上記ブラスト加工機の条件を適宜調整し、凹部底面を研磨材により研磨することで最大高さRyの調整を行った。なお、研磨材としてはアルミナを用い、研磨材粒径としては10〜200μmのものを使用した。研磨材噴出圧は0.4MPaであり、ターンテーブル91の回転数は8rpmとした。また、砥粒噴出口92の上下移動時間は63.5mm/min×4回とした。
(5)ターンテーブル91からシリンダライナ90を取り外し、ついでマスキング板をシリンダライナから取り外した。
(6)シリンダライナ90の内壁面にホーニング加工を行った。なお、ホーニング加工は、形成された凹部の端部に罵詈が生じている場合があり、これを削除するためである。
(7)形成された凹部の形状は、図9(a)の通り菱形であり、軸方向平均長さ、周方向平均長さともに1.4mmであった。また、凹部のシリンダ径方向平均長さは10μmであった。
【0088】
<煤堆積率の測定>
上記手順で加工した図13(a)に示すシリンダライナの凹部内への煤堆積率の測定を行った。なお、煤堆積率は任意の50mm×50mmの範囲内において、目視にて凹部内に50%以上の煤が堆積している凹部の個数を計数し、計数された凹部の個数を、任意の50mm×50mmの範囲内に存在する凹部の個数で除することにより測定した。なお、エンジンとしては、排気量:9000cc、シリンダ数:6、シリンダ径、112mm、ストローク:150mmのディーゼルエンジンを用い、ディーゼルエンジンの回転数は2700rpmとし、加重は全負荷、水温は90℃の条件で運転を行った。
<評価>
凹部底面の最大高さRyが以下の範囲のシリンダライナの煤堆積率の測定結果を図15に示す。
・比較例1:底面の最大高さRyが40μm
・実施例1:底面の最大高さRyが30μm
・実施例2:底面の最大高さRyが10μm
・実施例3:底面の最大高さRyが7μm
・実施例4:底面の最大高さRyが2μm
・実施例5:底面の最大高さRyが1μm
・実施例6:底面の最大高さRyが0.1μm
図15から、上記凹部内周面における底面の最大高さRyが、40μmである場合には煤堆積率が40%であるのに対して、最大高さRyが0.1μm以上30μm以下の範囲においては、煤堆積率が1%〜18%と煤堆積率が大幅に低減されていることがわかる。
【0089】
なお、本発明は上記実施例には限定されないことは言うまでもない。例えば、上記実施例においては、凹部底面の最大高さRyの調整にブラスト加工法を用いたが、これに限定されることはなく、上記で説明したメッキ法、リン酸塩皮膜処理法、蒸着法やスプレーコーティングを用いて最大高さRyの調整を行ってもよい。また、上記実施例においてはマスキング板を用いたが、これに限定されることはなく、樹脂からなるマスキングシート等を用いてもよい。
【0090】
(実験2)
<往復動摩擦力の測定>
上記手順で加工した図13(b)に示すシリンダライナの往復動摩擦力(N)を図16に示す装置を用いて測定した。シリンダライナの内壁面の凹部が形成されていない箇所の十点平均粗さRzが2μm、凹部のシリンダ径方向平均長さが10μm、凹部の底面の最大高さRyを1μm〜5μmとし、回転数が750rpmの際に、上述した面積率が、0%、1%、10%、30%、50%、60%、80%である場合の往復動摩擦力の測定結果を図17に示す。図17においては、上記凹部が形成されていない(上記面積率が0%)の従来品の摩擦力を1.00としたときの摩擦力比を示す。なお、この際に用いた試験片ピストンリングの軸方向長さh1は1.2mm、径方向長さa1は3.2mm、ピストンリングの接線方向張力Ftは9.8Nであった。また、往復動摩擦力の測定時の回転数は50〜750rpm、ピストンリング周辺温度は80℃であり、供給油はSAE粘度10W−30のものを用いた。
【0091】
<評価>
図17から、上記面積率が1%〜80%の範囲においては、効果的に摩擦力が低減されており、摩擦力は上記面積率が50%のときに最小となることが分かる。これは、上記面積率を増加させていくと、50%までは接触面積の減少効果により摩擦力が減少し、上記面積率が50%を超えると接触面積が小さくなることによって摺動部の面圧が過剰に高くなり、摩擦力が増加することに起因するものと考えられる。
【0092】
(実験3)
<機械的損失の測定>
図16に示す装置を用いて、摩擦力による機械的損失(FMEP)を求めた。その際の試験方法は、ピストンに試験片ピストンリングをセットし、馴染み運転をした後、オイル温度80℃にてエンジンスピードに相当する回転数を変化させて、摩擦力を測定した。本実施例においては、行程中央部領域にのみ凹部が形成されたシリンダライナ(実施例7)、凹部が形成されていないシリンダライナ(比較例2−1)、摺動端にのみ凹部が形成されたシリンダライナ(比較例2−2)、摺動端及び行程中央部領域に凹部が形成されたシリンダライナ(比較例2−3)について、摩擦力を測定した。なお、上記行程中央部領域に凹部を形成する場合には、上記行程中央部領域の面積を100%としたときに、全凹部の面積の合計が50%となるように形成した。また、上記摺動端とは、図16に例示する装置のシリンダライナの、上記シリンダライナの上端からピストンの上死点における試験片のピストンリングのリング溝の下面位置までの領域(上側摺動端)、及びピストンの下死点における試験片ピストンリングのリング溝の上面位置から上記シリンダライナの下端までの領域(下側摺動端)を意味するものとする。測定結果を図18に示す。図18にお
いては、凹部が形成されていない比較例2−1のシリンダライナの機械的損失を1としたときの、その他のシリンダライナの機械的損失比を示す。
【0093】
<評価>
図18から、行程中央部領域にのみに凹部が形成された実施例7のシリンダライナは、凹部が形成されていない比較例2−1のシリンダライナや、摺動端に凹部が形成されている比較例2−2及び比較例2−3よりも機械的損失が少ないことがわかる。
【符号の説明】
【0094】
1…シリンダライナ
2…内壁面
3…凹部
4…行程中央部領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンが内壁面を摺動するシリンダであって、
前記シリンダの内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域には、1つ又は複数の面からなる凹部が複数個形成されており、
前記1つ又は複数の面の少なくとも一部の最大高さRyが0.1μm以上30μm以下であることを特徴とするシリンダ。
【請求項2】
前記行程中央部領域は、当該行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1%〜80%の範囲内であり、前記シリンダ内壁面の、当該行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されていないことを特徴とする請求項1に記載のシリンダ。
【請求項3】
前記シリンダは、シリンダ本体とその内側に固着されたシリンダライナとから構成されており、前記シリンダライナの内壁面に前記凹部が複数個形成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載のシリンダ。
【請求項4】
前記複数の面が、2つの側面と1つの底面であることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載のシリンダ。
【請求項5】
前記底面の最大高さRyが、0.1μm以上30μm以下であることを特徴とする請求項4に記載のシリンダ。
【請求項6】
前記シリンダが、内燃機関に用いられることを特徴とする請求項1乃至5の何れか一項に記載のシリンダ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2010−255847(P2010−255847A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60825(P2010−60825)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(390022806)日本ピストンリング株式会社 (137)
【Fターム(参考)】