説明

スイッチング素子

【課題】室温で動作可能な有機磁性体を用いたスイッチング素子を提供する。
【解決手段】下記式(I)で示される鉄サレン錯体を含む磁性体膜を備えたスイッチング素子。
【化1】


(I)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の鉄サレン錯体化合物を用いたスイッチング素子に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体集積回路は近年、さらなる高集積化および高密度化が期待されている。しかし、近い将来、従来の素子動作原理による高集積化および高密度化が限界であることも予想され性能向上のための新たな技術が望まれている。
有機磁性体を用いたスイッチング素子は特開2003−86813(特許文献1)に開示されているが、−200℃前後で磁性をもつメトキシアセトニトル重合体やデカメチルフェロセンのような化合物を用いているため、室温では動作しないことが大きな問題となっている。
【特許文献1】特開2003−86813号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで、本発明は、室温で動作可能なスイッチング素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、(1)下記式(I)で示される鉄サレン錯体を含む磁性体膜を備えたスイッチング素子;
【化1】

(I)

(2)さらに、磁性体材料を含み、かつ所定の方向に磁化された陽極及び陰極と、磁場形成部と、を備え、前記磁性体膜は、前記陽極及び前記陰極の間に挟まれ、前記磁場形成部は、前記磁性体膜を所定の方向に磁化する、前記(1)に記載のスイッチング素子;
(3)前記陽極を構成する磁性体のフェルミ準位のスピン偏極の向きと、前記陰極を構成する磁性体のフェルミ準位のスピン偏極の向きと、が平行である、前記(2)に記載のスイッチング素子;
(4)前記陽極と前記陰極とは、同一方向又は反対方向に磁化されている、前記(2)又は(3)に記載のスイッチング素子;
(5)前記陽極と前記陰極とは、同一方向に磁化されており、前記磁場形成部は、前記磁性体膜の磁化の方向を、前記陽極及び陰極の磁化方向と同一方向及び反対方向に変えることにより、前記陽極及び陰極間を移動する電子のトンネル電流量を変える、前記(2)又は(3)に記載のスイッチング素子;
を提供する。
【発明の効果】
【0005】
本発明のスイッチング素子によれば、トランジスタと類似した動作により、室温でスイッチとしての機能を発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
次に、本発明の実施の形態について説明する。以下の実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施形態にのみ限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、さまざまな形態で実施することができる。
【0007】
本発明のスイッチング素子は、下記式(I)で示される鉄サレン錯体を含む磁性体膜を備える。
【化1】

(I)
【0008】
式(I)で示される鉄サレン錯体(N,N'-BIs(salicylidene)ethylenediamine Iron(II))は、有機磁性体であり、室温で磁性又は強磁性を有する。
【0009】
上記スイッチング素子は、さらに、磁性体材料を含み、かつ所定の方向に磁化された陽極及び陰極と、磁場形成部と、を備え、前記磁性体膜は、前記陽極及び前記陰極の間に挟まれ、前記磁場形成部は、前記磁性体膜を所定の方向に磁化することが好ましい。
【0010】
前記陽極及び前記陰極は、磁性体材料又は強磁性体を含む。
【0011】
本明細書において、磁化されているとは、磁性体を構成する原子の磁気モーメントの方向が所定の方向に揃った状態にあることをいう。
したがって、前記陽極及び陰極を所定の方向に磁化するとは、前記陽極及び陰極において、磁性体を構成する原子の磁気モーメントの方向が所定の方向に揃った状態にすることをいう。
また、前記磁性体膜を所定の方向に磁化するとは、前記磁性体膜において、磁性体を構成する原子の磁気モーメントの方向が所定の方向に揃った状態にすることをいう。
【0012】
前記磁性体膜の磁化は、磁性体膜に磁場を作用させて行う。したがって、前記陽極、陰極、又は磁性体膜の磁化は、陽極、陰極、又は磁性体膜を構成する磁性体に磁場を作用させて行う。
【0013】
上記スイッチング素子は、前記陽極を構成する磁性体のフェルミ準位のスピン偏極の向きと、前記陰極を構成する磁性体のフェルミ準位のスピン偏極の向きと、が平行であることが好ましい。
【0014】
本明細書において、フェルミ準位のスピン偏極の向きとは、スピン偏極している状態において、フェルミ準位にある電子のうち、より多くの電子が有するスピンの向きをいう。また、スピン偏極しているとは、上向きのスピン状態にある電子数と、下向きのスピン状態にある電子数とが異なる状態をいう。
【0015】
上記スイッチング素子においては、前記陽極と前記陰極とは、同一方向又は反対方向に磁化されていることが好ましい。
【0016】
上記スイッチング素子においては、前記陽極と前記陰極とは、同一方向に磁化されており、前記磁場形成部は、前記磁性体膜の磁化の方向を、前記陽極及び陰極の磁化方向と同一方向及び反対方向に変えることにより、前記陽極及び陰極間を移動する電子のトンネル電流量を変えることが好ましい。
【0017】
すなわち、前記磁場形成部は、前記磁性体膜を、相反する2方向のうち一方の方向に磁化する機能を有し、前記相反する2方向は、一対の電極層である前記陽極及び陰極の磁化方向と平行であり、前記磁場形成部により前記磁性体膜の磁化の方向を変えることにより、前記一対の電極層間を移動する電子によるトンネル電流量を変えることができる。
【0018】
磁場形成部によって磁性体膜の磁化の方向を変えることにより、陽極と陰極との間を移動する電子のトンネル電流量を制御する。この電子のトンネル電流量を読み取ることで、本スイッチング素子がオンまたはオフする。
【0019】
この場合、前記磁場形成部によって、前記磁性体膜を、前記相反する2方向のうち一方の方向に磁化することにより、前記陽極及び陰極間を移動する電子のトンネル電流量を多くした場合と、前記磁場形成部によって、前記磁性体膜を、前記相反する2方向のうち他方の方向に磁化することにより、前記陽極及び陰極間を移動する電子のトンネル電流量を少なくした場合と、において、それぞれの前記電子のトンネル電流量が異なるようにすることができる。
【0020】
上記スイッチング素子を構成する各層は、公知の方法で形成することが出来る。たとえば、スイッチング素子を構成する各層は、その材質により好適な成膜方法が選択され、具体的には蒸着法、スピンコート法、LB(Langmuir-Blodgett)法、インクジェット法、スパッタ法などにより形成することができる。
【0021】
(デバイスの構造)
図1は、本発明の一実施形態に係るスイッチング素子を模式的に示す断面図である。
スイッチング素子10は、基板4と、その上に形成された陽極2と、その上に積層された磁性体膜3と、その上に積層された陰極1とを含む。陽極2と陰極1とは、一対の電極層を構成し、その間に磁性体膜3を挟持することにより、磁性体膜3にスピン偏極した電荷を注入する。
なお、磁性体膜3は、陽極2から陰極1へと電子が移動可能となるような膜厚に形成される。
【0022】
陽極及び陰極はいずれも、磁性体材料から形成され、かつ、磁化されている。磁性体材料としては、例えばCo、Ni、Feあるいはそれらの合金からなる強磁性体が挙げられる。
【0023】
陽極及び陰極を磁化する方法としては、スイッチング素子を構成する層(陽極、磁性体膜、及び陰極)を成膜後、例えば磁気ヘッドを接近させる方法が挙げられる。
【0024】
図1に示すように、陽極2及び陰極1は同一方向(X方向)に磁化されており、陽極2と陰極1とにおいて、フェルミ準位においてスピン偏極した電子のスピンの向きと磁化の向きが同一となっている。すなわち、陽極2及び陰極1がX方向に磁化されているため、陽極2及び陰極1において磁性体を構成する原子は下向きのスピン電子をもつ。
一方、図示しないが、陽極及び陰極が−X方向に磁化されている場合には、陽極及び陰極において磁性体を構成する原子が上向きのスピンの電子を有する。
【0025】
図2に、磁性体膜3を陽極2及び陰極1の磁化の方向と同一方向に磁化したスイッチング素子1の模式的断面図を示す。図3に、磁性体膜3を陽極2及び陰極1の磁化の方向と逆方向に磁化したスイッチング素子1の模式的断面図を示す。
図2及び図3に示すように、磁場形成部5は、磁性体膜3の近傍に設けられる。磁場形成部5が磁性体膜3に磁場を与えて、磁性体膜3を陽極2及び陰極1の磁化の方向と同じ方向(図2)あるいは逆方向(図3)に磁化する。
なお、磁場形成部の設置場所は、磁性体膜を有効に磁化することが出来る場所であれば特に限定されない。
【0026】
磁場形成部としては、例えばコイルを用いる。磁場形成部5としてコイルを用いる場合、図2及び図3に示すように、コイルに流す電流の向きを変えることにより、磁性体膜3の磁化の方向を変えることができる。
なお、磁場形成部は、コイルに限定されるわけではなく、コイルの代わりに磁気ヘッド等を用いることができる。
【0027】
(デバイスの動作)
次に、スイッチング素子の動作及び作用について、図2及び図3を参照しながら具体的に説明する。
まず、図2に示すように、磁性体膜3を陽極2と陰極1の磁化の方向と同一方向に磁化する。この状態において、陽極2と陰極1との間に電圧を印加して、磁性体膜3に電流を注入すると、磁性体膜3は、陽極2及び陰極1の磁化方向と同一方向に磁化されているため、磁性体膜3のフェルミ準位の電子が下向きにスピン偏極し、陽極2及び陰極1のフェルミ準位の電子が下向きに偏曲する。このため、電子はスピン(下向きのスピン)の方向を維持したまま、陰極1から陽極2へと移動する。このため、電子がトンネルしやすくなる。したがって陰極1から陽極2へ電子のトンネル電流量が大きくなる。この状態を、スイッチング素子が「オン」した状態とする。
【0028】
一方、図3に示すように、磁性体膜3を陽極2及び陰極1の磁化方向と反対方向に磁化すると、陽極2及び陰極1のフェルミ準位の電子が下向きにスピン偏極するのに対し、磁性膜3のフェルミ準位の電子は上向きにスピン偏極する。このため電子はスピン(下向きのスピン)の方向を維持したまま陰極1から陽極2へと移動することが困難となる。このため、電子がトンネルしにくくなる。したがって、陰極1から陽極2への電子のトンネル電流が小さくなる。この状態をスイッチング素子が「オフ」した状態とする。
【0029】
以上より、スイッチング素子の磁性体膜の磁化方向を制御することで、「オン」または「オフ」の2つの状態を作り出し通常のトランジスタと同様な動作をすることができる。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0031】
(実施例1)
鉄サレン錯体の合成を、次のように行った。
【化2】


【0032】
4-nitrophenol (25g, 0.18mol)、hexamethylene tetramine (25g, 0.18mol)、 polyphosphoric acid (200ml)の混合物を1時間100℃で攪拌した。その後、その混合物を500mlの酢酸エチルと1Lの水の中に入れ、完全に溶解するまで攪拌した。さらにその溶液に400mlの酢酸エチルを追加で加えたところその溶液は2つの相に分離し、水の相を取り除き、残りの化合物を塩性溶剤で2回洗浄し、無水MgSO4で乾燥させた結果、compound 2が17g(収率57%)合成できた。
【0033】
【化3】



【0034】
compound 2 (17g, 0.10mol), acetic anhydride (200ml), H2SO4 (少々)を室温で1時間攪拌させた。得られた溶液は、氷水(2L)の中に0.5時間混ぜ、加水分解を行った。得られた溶液をフィルターにかけ、大気中で乾燥させたところ白い粉末状のものが得られた。酢酸エチルを含む溶液を使ってその粉末を再結晶化させたところ、24gのCompound 3(収率76%)の白い結晶を得ることができた。
【0035】
【化4】



【0036】
compound 3 (24g, 77mmol)とメタノール(500ml)に10%のパラジウムを担持したカーボン(2.4g)の混合物を一晩 1.5気圧の水素還元雰囲気で還元した。終了後、フィルターでろ過したところ茶色油状のcompound 4 (21g)が合成できた。
【0037】
【化5】

【0038】
無水ジクロメタン(DCM) (200ml)にcompound 4 (21g, 75mmol), di(tert-butyl) dicarbonate (18g, 82mmol)を窒素雰囲気で一晩攪拌した。得られた溶液を真空中で蒸発させた後、メタノール(100ml)で溶解させた。その後、水酸化ナトリウム(15g, 374mmol)と水(50ml)を加え、5時間還流させた。その後冷却し、フィルターでろ過し、水で洗浄後、真空中て乾燥させたところ茶色化合物がえられた。
得られた化合物は、シリカジェルを使ったフラッシュクロマトグラフィーを2回行うことで、10gのcompound 6(収率58%)が得られた。
【0039】
【化6】

【0040】
無水エタノール400mlの中にcompound 6 (10g, 42mmol)を入れ、加熱しながら還流させ、無水エタノール20mlにエチレンジアミン(1.3g, 21mmol)を0.5時間攪拌しながら数滴加えた。そして、その混合溶液を氷の容器に入れて冷却し15分間かき混ぜた。その後、200mlのエタノールで洗浄しフィルターをかけ、真空で乾燥させたところcompound 7が8.5g (収率82%)で合成できた。
【0041】
【化7】

【0042】
無水メタノール(50ml)の中にcompound 7 (8.2g, 16mmol)、triethylamine (22ml, 160mmol)をいれ、10mlメタノールの中にFeCl3(2.7g, 16mmol)を加えた溶液を窒素雰囲気下で混合した。室温窒素雰囲気で1時間混合したところ茶色の化合物が得られた。その後、真空中で乾燥させた。得られた化合物はジクロロメタン400mlで希釈し、塩性溶液で2回洗浄し、Na2SO4で乾燥させ、真空中で乾燥させたところcomplex Aが得られた。
ジエチルエーテルとパラフィンの溶液中で再結晶させ高速液化クロマトグラフィーで測定したところ、純度95%以上のcomplex A(鉄サレン錯体)5.7g(収率62%)を得た。
【0043】
得られた化合物は、Quantum Design社製 MPMSによるSQUIDによる「磁場−磁化曲線」の測定により−268℃から37℃まで強磁性であることを確認した(図4)。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】一実施形態に係るスイッチングを模式的に示す断面図である。
【図2】磁性体膜を陽極及び陰極の磁化の方向と同一方向に磁化したスイッチング素子の模式的断面図である。
【図3】磁性体膜を陽極及び陰極の磁化の方向と逆方向に磁化したスイッチング素子の模式的断面図である。
【図4】鉄サレン錯体の「磁場−磁化曲線」を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で示される鉄サレン錯体を含む磁性体膜を備えたスイッチング素子。
【化1】

(I)
【請求項2】
さらに、磁性体材料を含み、かつ所定の方向に磁化された陽極及び陰極と、磁場形成部と、を備え、
前記磁性体膜は、前記陽極及び前記陰極の間に挟まれ、
前記磁場形成部は、前記磁性体膜を所定の方向に磁化する、請求項1に記載のスイッチング素子。
【請求項3】
前記陽極を構成する磁性体のフェルミ準位のスピン偏極の向きと、前記陰極を構成する磁性体のフェルミ準位のスピン偏極の向きと、が平行である、請求項2に記載のスイッチング素子。
【請求項4】
前記陽極と前記陰極とは、同一方向又は反対方向に磁化されている、請求項2又は3に記載のスイッチング素子。
【請求項5】
前記陽極と前記陰極とは、同一方向に磁化されており、
前記磁場形成部は、前記磁性体膜の磁化の方向を、前記陽極及び陰極の磁化方向と同一方向及び反対方向に変えることにより、前記陽極及び陰極間を移動する電子のトンネル電流量を変える、請求項2又は3に記載のスイッチング素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−289799(P2009−289799A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−137895(P2008−137895)
【出願日】平成20年5月27日(2008.5.27)
【出願人】(505328683)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】