説明

ステンレス鋼材とその製造方法

【課題】導電性部品に求められる上記の基本特性を高度に達成しつつ、高い生産性で製造することが可能な、すなわち経済性に優れるステンレス鋼材を提供する。
【解決手段】Cu:1.0〜4.5%以下含有する化学組成を備えるステンレス鋼母材と,いずれもこのステンレス鋼母材の表面に設けられた不動態皮膜,およびステンレス鋼母材に由来するCuを含む導電性物質とを備えるステンレス鋼材であって,ステンレス鋼母材は,質量%で,化学組成を有し,導電性物質は,ステンレス鋼母材に由来するCuを含む物質であって,且つステンレス鋼母材と電気的に接続される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はステンレス鋼材とその製造方法に関する。本発明のステンレス鋼材は、低い接触抵抗、良好な強度と加工性バランス、優れたバネ特性を兼ね備え、電気部品、電子部品などの導電性部品、具体的には配線端子、コネクタなど優れたバネ特性を利用した材料、電池ケースなどの良好な強度と加工性バランスを利用した材料として好適である。
【背景技術】
【0002】
上記用途には、SUS301,SUS304に代表される準安定オーステナイト系ステンレス鋼が用いられてきた。これらのステンレス鋼は、変形部が硬質なマルテンサイト相へ変態し、変形が相対的に軟質な周辺の未変形部へ伝播するため、局所的な変形が抑制される、所謂TRIP効果のために良好な加工性が得られる。しかしながら、近年、電気・電子部品の形状は小型化かつ複雑化してきているため、そのような形状の部品を製造するためには成形性が不十分になってきている。
【0003】
一方、ステンレス鋼は、表面に形成されている不動態皮膜により優れた耐食性を呈する。その反面、この不動態皮膜は、Crを主体とし、その他にSi,Mn等を含む酸化物や水酸化物の皮膜であるため、電気抵抗が高く導電性に劣る。
【0004】
そのため、導電性が必要な用途、すなわち導電性部品としての用途には、不動態皮膜が接触抵抗を高めてしまうステンレス鋼材は通常使用されず、その表面に不動態皮膜が形成されないCu合金からなる材料が一般的に使用されている。ここで、導電性部品の具体例として、配線端子、コネクタ、電池の缶体、電池等を固定するためのバネ材、および電磁リレー等の電気回路接点部材が挙げられる。
【0005】
しかしながら、Cu合金は耐食性が十分でなく、発錆によって導電性が劣化する問題もある。そこで、ステンレス鋼本来の優れた耐食性を活かしつつ導電性部品としての用途にステンレス鋼材を適用すべく、ステンレス鋼材上に例えば、Cu、Ni、Agなどの金属めっきを施して不動態皮膜に由来する欠点、すなわち高い接触抵抗を解消する方法が採用されている。
【0006】
この方法では、ステンレス鋼材の表面にある不動態皮膜上に金属めっきを施しても接触抵抗の低下は達成されないため、不動態皮膜を除去し、ステンレス鋼母材を露出させた状態でめっき処理を行うことが理想的である。ところが、ステンレス鋼母材を露出させてもその表面には不動態皮膜が速やかに形成されてしまうため、一般的には、金属めっき層はステンレス鋼母材上に直接形成されず、ステンレス鋼母材上に薄く再生した不動態皮膜上に形成されてしまう。したがって、得られた金属めっき層を備えるステンレス鋼材は、接触抵抗が期待したほど低下しない、めっき層の密着性が低い、といった問題を有していた。
【0007】
そこで、これらの問題を解決するために、特許文献1〜4には、NiまたはCuの下地めっき処理を行った後に、NiやAgの金属めっき処理を行う技術が提案されている。
しかし、NiやCuの下地めっき処理として無電解めっき処理を行うと、析出速度が遅い、液の寿命が短いなど、生産性が低いという問題を有する。一方、電気めっき処理を行う場合でも、電位や電流密度が高く不適切であると逆に密着性が悪化することが懸念される。さらに、電解条件によっては、水素がステンレス鋼母材中に取り込まれ、耐疲労特性が低下してしまうことも懸念される。
【0008】
特許文献3に開示された発明は、電解酸洗中に、ステンレス鋼板がカソード側となったときにCuめっきを行う技術が開示されている。しかしながら、電解酸洗と同時にCuを析出させるため、Cuの析出に最適な電解条件を設定することが本質的に不可能である。具体的には、Cuめっき処理を単独で行う場合に比べて電位や電流密度が高くなる。このため、電解酸洗により電解液中に溶解したステンレス鋼母材の構成元素、すなわちFe、Cr、Ni、Si等がCuとともに析出してしまう。したがって、こうして得られためっき上にNiめっきを施しても、Cuめっき処理を単独で行う場合に比べて、耐食性の低下、密着性の低下、接触抵抗の上昇などの不具合がめっき層全体について発生しやすい。このようなめっき層を有する導電性部品は、初期の接触抵抗が高いのみならず、接触抵抗が経時的に上昇しやすい。また、Cuめっき処理を単独で行う場合に比べて水素発生量が極めて多くなることから、耐疲労特性の低下も懸念される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2000−282290号公報
【特許文献2】特開2001−11655号公報
【特許文献3】特開2009−84590号公報
【特許文献4】特開2005−133169号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上説明したように、Cuの下地処理を行うに際して、無電解めっき処理では生産性が低く、電気めっき処理を独立の工程として追加することも工程を複雑化し、やはりコストアップをもたらす。電気めっき処理を電解洗浄と同時に行うと、得られためっき層の品質が低下し、そのめっき層を有するステンレス鋼材からなる導電性部品は、導電性部品に求められる基本特性(経時的に安定した接触抵抗、高い耐疲労特性など)を高度に達成することが困難となる。
【0011】
本願発明は、導電性部品に求められる上記の基本特性を高度に達成しつつ、高い生産性で製造することが可能な、すなわち経済性に優れるステンレス鋼材およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するために提供される本発明は次のとおりである。
(1)1.0質量%以上4.5質量%以下でCuを含有する化学組成を備えるステンレス鋼母材の表面上に、不動態皮膜および導電性物質を備えるステンレス鋼材であって、前記導電性物質は、前記ステンレス鋼母材に由来するCuを含む物質であって、且つ前記ステンレス鋼母材と電気的に接続されることを特徴とするステンレス鋼材。
(2)前記導電性物質の平均厚さが0.01μm以上0.5μm以下であることを特徴とする上記(1)に記載のステンレス鋼材。
【0013】
(3)ステンレス鋼母材と、いずれも当該ステンレス鋼母材の表面上に設けられた不動態皮膜、および導電性物質とを備えるステンレス鋼材であって、前記ステンレス鋼母材は、質量%で、C:0.15%以下、Si:1.0%以下、Mn:3.0%以下、Cr:10.0%以上22.0%以下、Ni:4.0%以上10.0%以下、Cu:1.0%以上4.5%以下、N:0.15%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、前記導電性物質は、前記ステンレス鋼母材に由来するCuを含む物質であって、且つ前記ステンレス鋼母材と電気的に接続されたことを特徴とするステンレス鋼材。
【0014】
(4)前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、Moを2.0%以下含有する上記(4)に記載のステンレス鋼材。
(5)前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、Nb、V、Tiの少なくとも一種以上を0.5%以下含有する上記(3)または(4)に記載されたステンレス鋼材。
(6)前記ステンレス鋼母材の平均結晶粒径が20μm以下であることを特徴とする上記(3)から(5)のいずれかに記載のステンレス鋼材。
【0015】
(7)前記導電性物質がCuからなる上記(3)から(6)のいずれかに記載のステンレス鋼材。
(8)前記導電性物質は、熱間圧延、酸洗、冷間圧延および焼鈍を経て得られたステンレス鋼基材が酸性溶液と接触することにより前記ステンレス鋼基材に含有されていたCuが当該酸性溶液中に溶解し、このCuが前記ステンレス鋼母材の表面上に析出したものである、上記(1)から(7)のいずれかに記載のステンレス鋼材。
【0016】
(9)前記ステンレス鋼材の表面上に、20μm以下のNiまたはNi合金めっきを備える上記(1)から(8)のいずれかに記載のステンレス鋼材。
【0017】
(10)1.0質量%以上4.5質量%以下でCuを含有するステンレス鋼に対して、熱間圧延、酸洗、冷間圧延および焼鈍を行い、ステンレス鋼基材を得る工程、前記焼鈍により得られたステンレス鋼基材を酸性溶液と接触させることにより、前記ステンレス鋼基材に含有されていたCuを当該酸性溶液中に溶解させ、前記ステンレス鋼基材の母材であるステンレス鋼母材の表面上にこのCuを導電性物質として析出させる工程、および前記導電性物質が析出していない前記ステンレス鋼母材の表面上に不動態皮膜を形成させる工程を備えることを特徴とするステンレス鋼材の製造方法。
(11)前記ステンレス鋼が、質量%で、C:0.15%以下、Si:1.0%以下、Mn:3.0%以下、Cr:10.0%以上22.0%以下、Ni:4.0%以上10.0%以下、Cu:1.0%以上4.5%以下、N:0.15%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有する上記(10)記載の製造方法。
(12)前記導電性物質および前記不動態皮膜を備える前記ステンレス鋼材の表面上に、前記導電性物質と電気的に接続するように、20μm以下のNiまたはNi合金めっきを行う工程をさらに備える上記(10)または(11)記載の製造方法。
【0018】
以下に、本発明において使用される用語の定義を記載する。
「ステンレス鋼母材」とは、本発明に係るステンレス鋼材において、後述する不動態皮膜および導電性物質を含まない母材部分を意味する。
【0019】
「不動態皮膜」とは、ステンレス鋼母材が大気中の酸素などと反応することにより母材表面上に形成される、酸化物などからなる絶縁性の皮膜である。
本発明において「ステンレス鋼基材」とは、導電性物質をステンレス鋼母材の表面上に析出させる処理に供される被処理部材を意味する。
【0020】
本発明において「導電性物質」とは、ステンレス鋼母材に由来するCuを含有する物質であって、不動態皮膜とともにステンレス鋼母材の表面上に存在し、ステンレス鋼材からなる導電性部品に接触する部材とステンレス鋼母材との導電経路をなす。このため、ステンレス鋼材の表面上に上記の導電性物質以外の導電性の物質が形成されている場合でも、その導電性の物質は上記の導電性物質と電気的に接続されている。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、経時変化が少ない優れた導電特性(低い接触抵抗)を有し、しかも経済性に優れた導電性ステンレス鋼材が提供される。かかる導電性ステンレス鋼材を用いてなる導電性部品は、安価でありながら接点抵抗が低く、しかも抵抗の経時変化が少ない。
【0022】
また、Niをめっきした本発明ステンレス鋼板は、大型Liイオン電池ケースのように、強度と耐薬品性(Li電池の非水電解質耐性)が求められる用途にも適用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】ステンレス鋼母材の表面観察像から平均結晶粒径を求積法により求める方法を説明するための図である。
【図2】実施例において使用されたステンレス鋼板の製造方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係るステンレス鋼材およびその製造方法を説明する。以下の説明において鋼組成における各成分元素の含有量を示す「%」は、質量%を意味する。
1.鋼の化学組成
Cuを1.0%以上4.5%以下含有する化学組成を備えるステンレス鋼であれば、本発明の効果を得ることができ、JIS G4304、4305に記載されている、オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系ステンレス鋼であれば問題なく効果が発揮される。また、ばね特性が必要な用途には、例えばJIS G 4313に記載のステンレス鋼を使用すればよい。
このように、使用する環境や必要な機械的特性等に基づいて、Cu以外の成分を適宜選択すればよい。
これは、本発明に係るステンレス鋼材の高い導電性が、脱スケールを目的とした酸洗中にステンレス鋼母材の表面に置換析出するCuによりもたらされるという機構から、容易に理解できる。
以下、一例として、ばね用途に用いられるオーステナイト系ステンレス鋼の好ましい化学組成について説明するが、本発明は以下の説明に限定されない。
[C:0.15%以下]
Cは、固溶強化元素であり、鋼の強度向上に寄与するために、0.01%以上含有させるのが好ましい。しかしながら、C含有量が0.15%超と過度に多くなると、製造過程で粗大な炭化物が多数生成され、これら粗大な炭化物が破壊の起点となって、素材の成形性が劣化することが懸念される。そこで、C含有量は0.15%以下とすることが好ましく、0.03%以下とすればさらに好ましい。
【0025】
[Si:1.0%以下]
Siは、固溶強化元素であるとともに、溶製時の脱酸材としても用いられる。しかしながら、Si含有量が1.0%超と過度に多くなると、製造過程で粗大なSi化合物が生成され、これらの粗大なSi化合物は熱間加工性及び冷間加工性の劣化を招くことが懸念される。そこで、Si含有量は1.0%以下とすることが好ましく、0.5%以下とすればさらに好ましい。
【0026】
[Mn:3.0%以下]
Mnは、溶製時の脱酸材として用いられるとともに、オーステナイト生成元素であるのでオーステナイト相の安定度を調整可能な元素である。しかしながら、Mn含有量が過度に多くなると、製造過程で粗大なMn化合物が生成され、粗大なMn化合物は破壊の起点となって、素材の成形性を劣化させることが懸念される。そこで、Mn含有量は3.0%以下とすることが好ましく、2.5%以下とすればさらに好ましい。
【0027】
[Cr:10.0%以上22.0%以下]
Crは、ステンレス鋼の基本元素であり、ステンレス鋼母材の表面上に金属酸化物層(不動態皮膜)を形成できるように10.0%以上含有させるべきである。Cr含有量は、好ましくは15.0%以上である。しかしながら、Crはフェライト安定化元素であるため、含有量が過度に多くなるとδフェライトが生成し、このδフェライトは素材の熱間加工性を劣化させることが懸念される。そこで、Cr含有量は22.0%以下とすることが好ましく、21.0%以下とすればさらに好ましい。
【0028】
[Ni:4.0%以上10.0%以下]
Niは、オーステナイト生成元素であり、室温で優れた成形性を示すオーステナイト相を安定して得るために、4.0%以上含有させるべきである。しかしながら、Ni含有量が過度に多くなると、オーステナイト相が安定化し過ぎて加工誘起マルテンサイト変態が抑制される。さらに、Niは高価な元素であり、Ni含有量の増加はコストの大幅な上昇を招く。そこで、本発明では、Ni含有量は10.0%以下とすることが好ましく、9.5%以下とすればさらに好ましい。
【0029】
[Cu:1.0%以上4.5%以下]
Cuは、本発明に係るステンレス鋼材において、ステンレス鋼母材の表面上に設けられる導電性物質(詳細は後述する。)の主成分である。このため、Cu含有量が過度に少ないとこの導電性物質が酸洗時にステンレス鋼母材上に析出されにくくなり、ステンレス鋼材からなる導電性部品の接触抵抗の増加をもたらす。したがって、Cu含有量は1.0%以上とする。また、Cuはオーステナイト生成元素であり、オーステナイト相の安定度を調整可能な元素であり、Moが含有されている場合には、Moとの相乗効果で積層欠陥エネルギーを上昇させてオーステナイト母相中の歪の蓄積を抑制する機能も有する。このため、Cuを1.0%以上含有することにより、過度な加工硬化が抑制されて成形性が向上する。しかし、Cu含有量が4.5%超と過度に多くなると、製造過程で粒界に偏析し、この粒界偏析は熱間加工性を顕著に劣化させ、製造を困難にする。そこで、本発明ではCu含有量を1.0%以上4.5%以下とする。Cu含有量は、好ましくは3.0%超である。この範囲でCuを含有することにより、加工の初期から終期にかけてTRIP効果を継続させ、成形性をさらに向上することができる。
【0030】
[N:0.15%以下]
Nは、Cと同様に固溶強化元素であり、鋼の強度向上に寄与するために0.01%以上含有することが好ましい。しかしながら、N含有量が過度に多くなると、鋼板の製造過程で粗大な窒化物が多数生成され、この粗大な窒化物が破壊の起点となって、素材の成形性を劣化させる。そこで、N含有量は0.15%以下とすることが好ましく、0.12%以下とすればさらに好ましい。
【0031】
[Mo:2.0%以下]
Moは、Cuとの相乗効果で、積層欠陥エネルギーを上昇させてオーステナイト母相中の歪の蓄積を抑制する元素である。したがって、本発明に係るステンレス鋼材が接点部品など二次加工性も求められる用途に使用される場合には、過度な加工硬化を抑制して成形性を向上するためにMoを0.1%以上含有させることが好ましい。また、Moは、材料の耐食性を向上させる効果もある。しかしながら、Mo含有量が過度に多くなると、鋼板の製造工程で粗大なMo化合物が生成し、粗大なMo化合物は破壊の起点となって、素材の成形性を劣化させることが懸念される。そこで、成形性の付与などの目的でステンレス鋼にMoを含有させる場合には、その含有量は2.0%以下とすることが好ましい。
【0032】
[Nb、V、Tiの少なくとも一種以上:0.5%以下]
Nb、VおよびTiは、それぞれ炭化物あるいは窒化物を生成し、ピン止め効果により結晶の粒成長を抑制して、結晶粒の微細化に有効な元素である。しかし、これらの元素の含有量が個々に0.5%超と多くなりすぎると、炭化物あるいは窒化物が粗大にかつ多量に析出し、これらの粗大な炭化物あるいは窒化物が破壊の起点となって、素材の成形性が劣化することが懸念される。そこで、これらの元素を含有する場合には各元素の含有量を0.5%以下とすることが好ましい。各元素の含有量は、さらに好ましくは0.30%以下である。上述した効果を安定的に得るためには、Nb含有量は0.01%以上とすることが好ましい。V含有量は0.01%以上とすることが好ましく、0.02%以上とすればさらに好ましい。Ti含有量は0.02%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすればさらにこのましい。
以上の理由により、Nb、VまたはTiは、その少なくとも1種以上の含有量が0.5%以下であることが好ましい。これにより、特に優れた成形性が得られる。
【0033】
残部はFeおよび不純物である。ステンレス鋼の製造においては、スクラップを使用する場合が多いことから、種々の元素が不可避的に混入する。そのため、これらの含有量を一義的に定めることは困難である。そこで、本発明において、不純物とは本発明の作用効果を阻害しない範囲の元素の含有、を意味する。
【0034】
2.金属組織
本発明に係るステンレス鋼母材は、その平均結晶粒径が20μm以下であることが好ましい。平均結晶粒径が20μm超である場合には、ステンレス鋼基材の酸洗(詳細は後述する。)により導電性物質を形成するときに、ステンレス鋼母材、特に粒界が過度に腐食されることが懸念される。この過度の腐食が発生した場合は、ステンレス鋼材の外観不良を引き起こし、ステンレス鋼材からなる導電性部品と他の部品との接触状態の不安定化の要因となる。したがって、平均結晶粒径は20μm以下であることが安全で好ましく、5μm以下であればさらに好ましい。平均結晶粒径の下限は特に限定されない。しかしながら、過度に小さくすることは製造上の負荷を増大させたり、組成の設計自由度を狭めたりする。このため、通常は1.5μm以上とされる。
【0035】
なお、平均結晶粒径の求め方は特に限定されない。求積法、切断法、比較法などがある。本発明では20μm以下の結晶粒径を測定するため、下記の求積法(測定面積中の結晶粒の数を数えて、平均結晶粒径を計算する方法)により平均粒径を求めることが好ましい。
【0036】
被測定試料を樹脂に埋め込み、エメリー紙研磨およびバフ研磨を行って、研磨面を鏡面に近い状態まで仕上げる。次に、グリセリンで薄めた王水を用いて研磨面のエッチングを行ない、エッチング後の研磨面を観察倍率1500倍で8視野のSEM観察を行う。図1はそのようにして観察されたSEM画像の一つである。図1に示されるように、画像内に設けられた所定の面積の長方形の枠内に結晶全体が含まれる場合(図1では白丸にて示されている。)には結晶を1個単位で数え、枠線が結晶の内部を通過する場合(図1では黒丸にて示されている。)には結晶を0.5個単位で数える。
【0037】
3.導電性物質
本発明では、ステンレス鋼母材の表面上に不動態皮膜とともに導電性物質を存在させ、この導電性物質を、本発明に係るステンレス鋼材からなる導電性部品におけるステンレス鋼母材と、この導電性部品に接触する部材(以下、「相手部材」という。)との電気的経路とする。
【0038】
本発明に係る導電性物質はステンレス鋼母材に含有されていたCuを含有する。Cuは導電性、熱伝導性の双方に優れた材料であるから、上記の電気的経路として作用する際にジュール熱が発生しにくく、しかも発生した熱が散逸しやすい。このため、導電性物質が変質して接触抵抗が経時的に上昇する現象が生じにくい。
【0039】
導電性物質の組成は上記のようにCuを主成分として含有し、残部はCuが置換めっきされたときに混入するC等の不純物である。
このCuを主成分として含有する導電性物質(以下、「Cu層」という。)のステンレス鋼材における厚さは、0.01μm以上0.5μm以下とすることが好ましい。Cu層の厚さが0.01μmを下回ると接触抵抗が上昇することが懸念される。また、Cu層の厚さが0.5μmを超えると、この厚さのCu層を形成するために要する時間が長くなって生産性が低下したり、部品あたりに含有されるCu量が多くなり経済性が低下したりする。さらに、Cu層の形成方法によっては、外観不良などをもたらすことも懸念される。
【0040】
なお、Cu層の厚さは薄いため、その厚さの測定値の正確性を高める観点から、次の方法でCu層の厚さを測定することが好ましい。
ステンレス鋼基材上にCu層を析出させた後、その表面にさらにNiめっきを施し、Cu相がステンレス鋼母材とNiめっき層との間に挟まれた状態とする。続いて、このステンレス鋼材を切断し、表面部の断面観察するための試料を複数作成し、それぞれの試料について、好ましくは樹脂に埋め込んで断面を公知の方法により研磨する。断面観察用の試料を得るべく研磨を行うと、最表層部は研磨時の応力が集中するために過度に研磨されやすく、また硬度が大きく変動する部分では過度に研磨されたりする傾向もあり、表面部がCuのようなステンレス鋼母材よりも相対的に軟質な材料の場合に顕著になるが、上記の方法によればCu層はNiめっきとステンレス鋼母材との間に挟まれているため、Cu層が研磨の過程で過度に研磨されることが抑制される。研磨後の試料については、公知の方法で観察してCu層の厚さを測定すればよい。
ここで、本発明に係るステンレス鋼材では、ステンレス鋼母材の表面上にCu層のみならず不動態皮膜が形成されることから、Cu層を形成する処理が施されたステンレス鋼材であっても、そのステンレス鋼材における母材の表面上にはCu層が形成されない領域も存在する。このため、研磨後の試料の断面を観察すると、Cu層の厚さは観察に係る断面において一定ではなく、Cu層の厚みを十分に計測できる部分と、Cu層の厚みを実質的に計測できない部分とを有する。したがって、本発明に係るCu層の厚みは、観察に係る断面における平均値として求められる。このCu層の平均厚みの計測方法は特に限定されない。断面観察像を画像処理することによって求めてもよいし、次の方法により求めてもよい。すなわち、断面観察像においてCu層または不動態皮膜との界面をなすステンレス鋼母材の末端線上に複数の測定点を任意に設定する。これらの複数の測定点におけるCu層厚さを計測する。このとき、測定点が不動態皮膜とステンレス鋼母材との界面に相当する場合にはCu層厚さは0μmとなる。こうして測定した複数の測定点におけるCu層の厚さを平均してCu層の平均厚さとする。
【0041】
導電性物質と不動態皮膜との構造的な関係は特に限定されない。本発明に係るステンレス鋼材の表面を観察したときに、不動態皮膜からなるマトリックスに導電性物質が離散的に存在していてもよいし、逆に導電性物質がマトリックスとなって不動態皮膜が離散的に存在していてもよい。
【0042】
4.ニッケル系めっき
上記の不動態皮膜と導電性物質とがステンレス鋼母材の表面上に存在するステンレス鋼材の表面上に、さらに、NiまたはNi合金めっき(以下、「ニッケル系めっき」と総称する。)が形成されていて、このニッケル系めっきが導電性物質と電気的に接続されていてもよい。
【0043】
以下、ニッケル系めっきが形成されるステンレス鋼材の表面が、不動態皮膜からなるマトリックスに導電性物質が離散的に存在している構成を有する場合を例として説明する。この場合には、導電性物質が電気的経路であるから、ステンレス鋼材からなる導電性部品と相手部材との接触状態は点接触の集合となる。このため、接触条件が変動すると接触面積が大きく変動する可能性があり、接触状態が不安定になることが懸念される。
【0044】
そこで、導電性物質がその表面に露出するステンレス鋼材の表面をニッケル系めっきで覆うことにより、導電性部品と相手部材との接触状態が面接触となり、接触条件が多少変化しても接触状態が変化しにくくなる。
【0045】
ニッケル系めっきの厚さは20μm以下とすることが好ましい。過度に多くなると生産性が低下する上に、めっき内に発生する応力によってめっきの密着性が低下することが懸念される。めっきの密着性が低下すると、接触抵抗の経時的な安定性が低下する。
【0046】
ニッケル系めっきの組成およびその製造方法は特に限定されない。Niのみでもよいし、耐食性を高めるため、または硬度を調整するために他の元素を含有させてもよい。製造方法は電気めっき、無電解めっき、ドライプレーティングのいずれでも構わないが、経済性の観点からは電気めっきが好ましい。
【0047】
5.製造方法
上記の化学組成および金属組織を有するステンレス鋼母材、不動態皮膜、および上記の導電性物質、さらに必要に応じニッケル系めっきを備える限り、本発明に係るステンレス鋼材の製造方法は限定されない。しかしながら、次の製造方法により製造すれば、本発明に係るステンレス鋼材を安定性かつ経済性に優れて製造することができる。
【0048】
その製造方法の特徴は、ステンレス鋼材の製造における冷間圧延後の最終焼鈍後の酸洗を導電性物質を形成する処理とし、この処理において、ステンレス鋼基材の表面に存在するスケールを除去するとともにステンレス鋼母材の表面上にCu層を形成することである。
【0049】
導電性物質を形成する処理に供されるステンレス鋼基材は、溶製されたステンレス鋼に対して熱間圧延、酸洗、冷間圧延および焼鈍を経たものである。ここで、この冷間圧延に供されるステンレス鋼材は、後述する理由と同様の理由により、表面近傍においてCu濃度が高くなっている。
【0050】
冷間圧延が終了した後、圧延により導入された加工歪の除去などを目的として、冷間圧延後の鋼材に対して焼鈍がなされる。なお、この焼鈍は鋼材の改質工程を兼ねている場合もあるため、複数の工程で構成されることもある。そのような場合も含め、焼鈍における最終工程が終了した段階では、ステンレス鋼基材の表面にはふたたびスケールが存在している。冷間圧延前の段階で鋼材の表面に濃縮されたCuがスケールへと拡散しているため、このスケールは多量のCuを含有する。
【0051】
このスケールを除去するためにステンレス鋼基材の酸洗を行うと、スケールは酸洗のための処理溶液中に溶解し、その結果、ステンレス鋼板近傍の処理溶液中にはCuが含有されることになり、このCuがステンレス鋼板表面に再析出しCu層となる。
【0052】
ここで、酸洗において用いられる処理溶液は、ステンレス鋼基材表面にあるスケールを溶解するためのものであるから、溶液に含有される酸は、硝酸−ふっ酸の混酸、硫酸等、ステンレス鋼材表面にあるスケールを溶解できる酸であれば特に限定されない。含有される酸の具体例を示せば、質量%で、硝酸:3〜15%、ふっ酸:1〜10%程度の硝酸−ふっ酸の混酸、および5〜30質量%の硫酸が挙げられる。
【0053】
この酸洗において、スケールのみならずステンレス鋼母材も溶解するような条件(例えば処理時間を長くする。)とすれば、Feなどイオン化傾向が水素よりも大きい(相対的に卑な)金属がステンレス鋼母材から溶解するとともに、イオン化傾向が水素よりも小さい(相対的に貴な)Cuが処理溶液からステンレス鋼母材に析出する、つまり置換めっきが生じる。このため、ステンレス鋼母材の表面上にCuが濃縮されるように析出する。こうして、ステンレス鋼母材に由来するCuからなる導電性物質を、厚さに換算して0.01〜0.5μm程度ステンレス鋼母材の表面上に存在させることが容易に達成される。
【0054】
ここで、「析出」とは、ステンレス鋼母材の表面上に析出することによりステンレス鋼母材の表面に存在すること、およびステンレス鋼母材の表面以外で析出した物質がステンレス鋼母材の表面上に付着することによりステンレス鋼母材の表面上に存在することの双方を意味する。
【0055】
しかも、Cuが析出していない部分は、酸洗中若しくは酸洗液から取り出した直後から、ステンレス鋼母材を覆うように不動態皮膜が速やかに形成される。このとき、ステンレス鋼母材上の導電性物質を部分的に覆うように不動態皮膜は成長する。したがって、ステンレス鋼母材から導電性物質が脱落することが不動態皮膜によっても抑制され、密着性の良いCu層が形成される。
【0056】
こうしてステンレス鋼母材の表面上に析出した導電性物質は、腐食性を有する酸溶液中で平衡状態を維持しつつステンレス鋼母材の表面上に置換めっきにより析出した物質であるから、実質的にCuからなるCu層であり、腐食され難い性質を有する。
【0057】
上記の説明では、処理溶液に含有されるCuは全てステンレス鋼基材に由来する場合について説明した。この場合には、外部からCu分を供給することなく、化学的に安定なCuを含む導電性物質をステンレス鋼母材の表面上に形成することができる。この変形例として、Cuの析出を促す目的で、質量%で10%以下の含有量でCu分を酸洗のための処理溶液中に含有させてもよい。溶液中のCu濃度が10%を超えて含有されても問題ないが、コスト的に高価になり好ましくない。この場合のCu分は典型的には硫酸銅または硝酸銅の形で添加され、処理溶液中ではCu2+イオンとして存在する。一方、ステンレス鋼板中にCuが含有されていない場合、酸洗液中のCuイオン濃度をどんなに高めたとしても、析出効率は低く、長時間を要することとなる。そのために、酸洗液中にCuを含有させた場合においても、ステンレス鋼板中のCu含有量は、1.0%以上必要である。これは、ステンレス鋼中に含有されるCuは、酸洗中に一旦溶出しその後すぐに置換めっきされるために、Cuイオンの拡散距離が、元々溶液中に添加されたCuイオンに比べ格段に短いことにより、効率的にCu層を形成させることができるためと推測される。
【0058】
こうしてCu層と不動態皮膜とを備えるステンレス鋼材の表面上に、必要に応じニッケル系めっきを施してもよい。ニッケル系めっきの形成方法として電気めっきが好ましいこと、およびめっきの厚さは20μm以下が好ましいことは前述のとおりである。電気めっきを行うにあたり、ステンレス鋼母材が通電されるようにしながらめっきを行うことにより、形成されたニッケル系めっきがCu層と電気的に接続されることが担保される。この時、Niめっきを低電流密度で行い、下地処理を行うのが通例であるが、本発明では既にCu層が形成され、この層が下地処理の役割を担うために、特別な下地処理は必要としない。
【実施例】
【0059】
以下、本発明の優位性を示すための実施例を示す。
1.実施例に用いるステンレス鋼板の準備
表1に示す組成(単位:質量%、残部Feおよび不可避的不純物)のステンレス鋼を真空雰囲気高周波誘導加熱炉で溶製した。なお、溶解時はAr雰囲気とした。得られたインゴットに対して図2に示す各工程を実施し、本実施例に用いるステンレス鋼板を得た。なお、鋼種Mについては、焼鈍工程における加熱温度を1100℃に代えて1050℃とした。
表1において数値に下線を付した欄は、その欄に示される含有量が本発明の範囲外であることを意味する。
【0060】
【表1】

【0061】
2.評価方法
(1)表面Cu層厚の測定
得られたステンレス鋼板上にNiめっきを施し、めっき後の鋼板の断面を公知の方法で研磨した。こうして得られた試料をSEMにより観察し、測定されたCu層の平均膜厚を求めた。
【0062】
(2)表面抵抗の測定
本発明に係る材料の表面抵抗を下記の装置および方法で測定し、従来技術(特許文献1から3)に係る方法により得られた材料の表面抵抗との比較を行った。
測定装置:三菱化学(株)製 抵抗率計(低抵抗率計) ロレスターGP
測定プローブ:ASプローブ(4探針 探針間5mm 加圧力210g/本)
測定法:JIS K7194に準拠
【0063】
(3)はんだ濡れ性の評価
本発明で得られる材料のはんだ濡れ性評価は以下の試験装置と評価条件で行った。
評価装置:(株)レスカ製 SAT−5100
はんだ:千住金属工業(株)製 M705 Sn−3Ag−0.5Cu
フラックス:タムラ化研(株)製 Y−20 活性フラックス
試験方法:ウェットバランス法 JEITA ET−7404,JIS C0099に準拠
温度:300℃
浸析深さ:5mm
時間:10秒
速度:20mm/sec
濡れ性は、ウェットバランス法による試験において試片が受ける浮力とはんだの表面張力が一致するまでの時間(ゼロクロスタイム、T0)により評価を行った。
【0064】
(4)コスト
各材料の製造工程を勘案して、次の基準で評価を行った。
○(良好):製造工程が簡素であり、製造コストも低い、
△(不良):製造工程が複雑であり、製造コストは高い、
×(特に不良):製造コストが著しく高く、工業的生産に向かない。
【0065】
(5)総合評価
上記の評価に基づき、次の基準で総合評価を行った。
○(良好):電気的特性およびはんだ濡れ性に優れ、生産性も高く、製造コストは低い、
△(不良):電気的特性およびはんだ濡れ性に優れておらず、生産性は低く、製造コストは高い、
×(特に不良):製造コストが著しく高く、工業的生産に向かない。
【0066】
3.表面処理法
本発明の優位性を確認するため、表1に示した組成のステンレス鋼板に、表2の表面処理を実施し、試験に供した。
【0067】
【表2】

【0068】
4.従来技術の追試
特許文献1から3に開示される技術について追試を行った。以下に試験条件等について詳しく説明する。なお、特許文献4に記載される技術については、追試は行わず、コストの観点での評価のみを行った。
【0069】
(1)特許文献1
素材として、表面粗さRaが0.045μmの0.25mm厚のSUS304材を用いた。
上記素材に対して電解脱脂を実施後、硫酸10g/L、浴温30℃の硫酸液に浸漬することにより酸洗を実施した。その後、下記の条件でNiストライクめっきを行った。
浴組成:硫酸ニッケル300g/L + 硫酸ナトリウム80g/L
浴温度:60℃
pH:2.1
電流密度:0.5kA/m
陰極析出効率:30%
めっき膜厚:0.2μm
Niストライクめっきされた表面を水洗した後、下に掲げるNiめっき条件でNiめっき層を形成した。
浴組成:硫酸ニッケル 300g/L + 硫酸ソーダ 80g/L
浴温度:60℃
pH:3.2
電流密度:1kA/m
めっき膜厚:1μm
ステンレス鋼板の光沢度は460であった。
【0070】
(2)特許文献2
特許文献2は、線材を対象としたものであり、電解酸洗→スマット除去→Niめっき→Cuめっき→水洗→伸線のプロセス手順である。最終の伸線を圧延に置き換え従来技術とした。
素材:板厚0.40mm厚のSUS304材
電解酸洗:15質量%硫酸中で電解酸洗
スマット除去:ふっ酸−硝酸溶液を用いて除去
Niめっき:特許文献1と同じ条件
Cuめっき:
浴組成:硫酸銅200g/L + 硫酸50g/L
対極:銅板
電流密度:3A/dm
最終加工:0.40mm厚を0.25mm厚まで冷間圧延
【0071】
(3)特許文献3
素材として、表面粗さRaが0.045μmの0.25mm厚のSUS304材を用いた。
上記素材に対してアルカリ電解脱脂を行った後、以下の条件でCu下地めっきを行い、その後Niめっきを実施した。
下地Cuめっき
浴組成:硫酸濃度100g/L + 銅濃度5g/L
対極:Ti
浴温度:30℃
電流密度:2A/dm
めっき時間:20秒
Niめっき
浴組成:ワット浴
浴温度:60℃
電流密度5A/dm
めっき時間:20秒
【0072】
5.試験結果
(実施例1)
本発明の優位性を明確にするため従来技術の材料との比較を行った。比較を行った項目は、表面抵抗、表面抵抗の経時変化、ハンダ濡れ性、そしてコストの4点である。
本発明例では、表1に示される鋼種のうちAの組成を有するステンレス鋼基材に対して、表2に示される表面処理aからdのいずれかを実施して、評価用試験片を得た。得られた試験片に対して上記の評価を行った結果を表3に示す。
【0073】
【表3】

【0074】
表3に示される結果から、本発明に係る材料について次の点が確認された。
(A)初期の表面抵抗が2.0×10−3Ω/□未満と低く、経時変化テストでの抵抗上昇が少ない。経時劣化が小さいのは、結晶粒が小さく導電性物質を生成させる際に母材が過度な腐食に晒されないことに起因すると考えられる。
【0075】
(B)ハンダ濡れ性が良好(ゼロクロス時間<1.00秒)である。
(C)従来技術のように高価な銀を使用する必要がなく、さらに複数回めっき処理が不要でありながら、上記のように優れた特性が得られるため、経済性に優れるプロセスである。
【0076】
(実施例2)
本発明の好適な範囲を定めるに至った検討内容を表4に示す。評価を行った項目は、平均結晶粒径、初期表面抵抗、表面抵抗の経時変化、鉛フリーハンダ濡れ性、Cu層厚、Niめっき厚である。
【0077】
【表4】

【0078】
本発明例である実施例2−1〜2−9、2−12〜2−16では、初期の表面抵抗が2.0×10−3Ω/□未満と低く、経時変化テストでの抵抗上昇が少ない。経時劣化が小さいのは、結晶粒が小さく導電性物質を生成させる際に母材が過度な腐食に晒されないことに起因すると考えられる。
【0079】
なお、実施例2−7は結晶粒径が相対的に大きいため、実施例2−8はNiめっき厚が相対的に大きいため、表面抵抗の経時変化が大きくなる傾向にある。これらの結果は、結晶粒径および/またはNiめっき厚を最適化することにより表面抵抗の経時変化を特に抑制することが可能であることを示している。
【0080】
また、本発明例では、鉛フリーハンダ濡れ性評価のゼロクロスタイムが1秒未満である。したがって、本発明に係るステンレス鋼材からなる部品は電気・電子部品として好適に使用することができる。
【0081】
実施例2−10は、Cu含有量が少ないため表面Cu層厚が薄く、表面抵抗が高い。
実施例2−11は、Cu含有量が高く熱間加工時に溶融脆化の問題が発生する。このため量産が困難な問題を有する。
【0082】
実施例2−14、2−15は、フェライト系、マルテンサイト系等のステンレスにおいても本発明効果が得られることを確認した実施例である。
実施例2−16は、Cu量の下限を確認した実施例である。
【産業上の利用可能性】
【0083】
以上説明したように、本発明材料のうち表面にNi層を有するものは、優れた成形・加工性に加え、耐薬品性に優れる特徴を有する。このため、耐薬品性を必要とするNi−水素電池外装缶や大型Liイオン電池の外装缶などの用途にも適用することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1.0質量%以上4.5質量%以下でCuを含有する化学組成を備えるステンレス鋼母材の表面上に、不動態皮膜および導電性物質を備えるステンレス鋼材であって、前記導電性物質は、前記ステンレス鋼母材に由来するCuを含む物質であって、且つ前記ステンレス鋼母材と電気的に接続されることを特徴とするステンレス鋼材。
【請求項2】
前記導電性物質の平均厚さが0.01μm以上0.5μm以下であることを特徴とする請求項1に記載のステンレス鋼材。
【請求項3】
ステンレス鋼母材と、いずれも当該ステンレス鋼母材の表面上に設けられた不動態皮膜、および導電性物質とを備えるステンレス鋼材であって、前記ステンレス鋼母材は、質量%で、C:0.15%以下、Si:1.0%以下、Mn:3.0%以下、Cr:10.0%以上22.0%以下、Ni:4.0%以上10.0%以下、Cu:1.0%以上4.5%以下、N:0.15%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、前記導電性物質は、前記ステンレス鋼母材に由来するCuを含む物質であって、且つ前記ステンレス鋼母材と電気的に接続されたことを特徴とするステンレス鋼材。
【請求項4】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、Moを2.0%以下含有する請求項4に記載のステンレス鋼材。
【請求項5】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、Nb、V、Tiの少なくとも一種以上を0.5%以下含有する請求項3または4に記載されたステンレス鋼材。
【請求項6】
前記ステンレス鋼母材の平均結晶粒径が20μm以下であることを特徴とする請求項3から5のいずれかに記載のステンレス鋼材。
【請求項7】
前記導電性物質がCuからなる請求項3から6のいずれかに記載のステンレス鋼材。
【請求項8】
前記導電性物質は、熱間圧延、酸洗、冷間圧延および焼鈍を経て得られたステンレス鋼基材が酸性溶液と接触することにより前記ステンレス鋼基材に含有されていたCuが当該酸性溶液中に溶解し、このCuが前記ステンレス鋼母材の表面上に析出したものである、請求項1から7のいずれかに記載のステンレス鋼材。
【請求項9】
前記ステンレス鋼材の表面上に、20μm以下のNiまたはNi合金めっきを備える請求項1から8のいずれかに記載のステンレス鋼材。
【請求項10】
1.0質量%以上4.5質量%以下でCuを含有するステンレス鋼に対して、熱間圧延、酸洗、冷間圧延および焼鈍を行い、ステンレス鋼基材を得る工程、
前記焼鈍により得られたステンレス鋼基材を酸性溶液と接触させることにより、前記ステンレス鋼基材に含有されていたCuを当該酸性溶液中に溶解させ、前記ステンレス鋼基材の母材であるステンレス鋼母材の表面上にこのCuを導電性物質として析出させる工程、および前記導電性物質が析出していない前記ステンレス鋼母材の表面上に不動態皮膜を形成させる工程を備えることを特徴とするステンレス鋼材の製造方法。
【請求項11】
前記ステンレス鋼が、質量%で、C:0.15%以下、Si:1.0%以下、Mn:3.0%以下、Cr:10.0%以上22.0%以下、Ni:4.0%以上10.0%以下、Cu:1.0%以上4.5%以下、N:0.15%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有する請求項10記載の製造方法。
【請求項12】
前記導電性物質および前記不動態皮膜を備える前記ステンレス鋼材の表面上に、前記導電性物質と電気的に接続するように、20μm以下のNiまたはNi合金めっきを行う工程をさらに備える請求項10または11記載の製造方法。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−236499(P2011−236499A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−83522(P2011−83522)
【出願日】平成23年4月5日(2011.4.5)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】