スラストころ軸受
【課題】低粘度油潤滑などの過酷な条件下でも耐摩耗性、寸法安定性に優れた保持器を備えるスラストころ軸受を提供する。
【解決手段】スラストころ軸受10は、570℃〜630℃の塩浴窒化処理によって、レイヤー状の化合物層34が形成されると共に、オーステナイト層を介することなく化合物層34と拡散層35が連続して形成された保持器13を備える。
【解決手段】スラストころ軸受10は、570℃〜630℃の塩浴窒化処理によって、レイヤー状の化合物層34が形成されると共に、オーステナイト層を介することなく化合物層34と拡散層35が連続して形成された保持器13を備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スラストころ軸受に関し、より詳細には、耐摩耗性に優れた保持器を備え、自動車のトランスミッションやトルクコンバータなどに適用するのに好適なスラストころ軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、スラストころ軸受の保持器は、鋼板(SPCC、SPCE材など)、炭素鋼、クロムモリブデン鋼(SCM材)などの鋼材を用い、その表面にガス窒化や塩浴窒化などの表面硬化処理が施されている。このような処理を施すことにより、母材より硬い、Hv350〜600程度の表面硬さが得られ、耐摩耗性が向上する。また、表面に形成される窒素化合物が、耐高温軟化特性を有することで、滑り摺動面に生じる凝着や溶着が抑制されて耐焼付き性が向上する。このような窒化処理された保持器としては、化合物層中の緻密層厚さを3〜20μm、多孔質層厚さを2〜25μmとした保持器が開示されている(例えば、特許文献1参照。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−90734号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えば、自動車のトランスミッションのギア側面やケース側面(或いはトルクコンバータのステータ部)などに組み付けて使用されるスラストころ軸受は、要素部品の回転と、ギアの噛み合いにより発生する軸方向荷重(或いはトルクコンバータ内潤滑油の循環による流体軸力)を支持する。近年、自動車のトランスミッションには、性能向上のため、全長短縮(インプット軸短化/トルクコンバータ扁平化)による重量軽減、多段化による要素部品の回転高速化、潤滑油の低粘度化による低燃費などが要求されている。しかしながら、トランスミッションの全長を短縮するには、スラストころ軸受が外周側に配置される場合が多く、このためスラストころ軸受が大径となって、表面処理の過程で反りなどの変形が生じる虞があった。また、回転高速化や、潤滑油の低粘度化などの過酷な使用環境によると、摺動面の油膜形成性が低下して耐久性に悪影響を及ぼす。このため、スラストころ軸受の保持器にも、更なる耐摩耗性が要求されている。
【0005】
また、自動車のトランスミッションやトルクコンバータに使用されるスラストころ軸受は、ユニットへの組み付けが簡単で、取扱いが容易であることから、レースと保持器が非分離とされた一体型スラストころ軸受が多用されている。一体型スラストころ軸受は、左右の支持部品間の偏心量が大きい状態で使用すると、保持器にラジアル方向の過大な荷重(圧縮力)が作用し、保持器が異常摩耗する可能性があった。
【0006】
また、高速回転条件下で使用する場合、スラストころ軸受のころには、遠心力により保持器の径方向外方に向いた力が作用する。これにより、ころの径方向外側端面が、保持器のポケットの外径側周縁部に押し付けられた状態で摺接する。この結果、保持器のポケットの外径側周縁部に、異常摩耗が生じる可能性があった。
【0007】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、寸法安定性に優れ、低粘度油潤滑などの過酷な条件下でも耐摩耗性の高い保持器を備えるスラストころ軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1)複数のころと、該複数のころを放射方向に配列する複数のポケットを有し、該複数のころを転動自在に保持する円環状の保持器と、を備えるスラストころ軸受であって、
前記保持器は、570℃〜630℃の塩浴窒化処理によって、表面にレイヤー状の化合物層を形成すると共に、該塩浴窒化処理後に冷却された前記保持器は、前記化合物層と拡散層がオーステナイト層を介さずに連続して形成されることを特徴とするスラストころ軸受。
(2)前記複数のころが転動するレース部を有し、該保持器を非分離に保持する少なくとも一つのレースを有する(1)に記載のスラストころ軸受。
(3)前記保持器の内径寸法が50mm以上であることを特徴とする(1)または(2)に記載のスラストころ軸受。
(4)低粘度油潤滑条件で使用されることを特徴とする(1)から(3)のいずれかに記載のスラストころ軸受。
【発明の効果】
【0009】
本発明のスラストころ軸受によれば、保持器は、570℃〜630℃の塩浴窒化処理が施されて、表面にレイヤー状の化合物層が形成されると共に、塩浴窒化処理後に冷却されて化合物層と拡散層がオーステナイト層を介さずに連続して形成されている。レイヤー状の化合物層は、従来のコロナ状化合物層と比較して摺動摩耗特性に優れている。また、オーステナイト層を介さずに、化合物層と拡散層が連続しているので、化合物層と拡散層との密着性が高く、摺動による化合物層の剥れ落ちが低減して高い耐摩耗性が得られる。
特に、本発明は、保持器とレースを非分離とした場合に、保持器に過大負荷が発生しても保持器の異常摩耗を抑制でき、早期破損を防止することができる。
【0010】
また、保持器の表面にレイヤー状の化合物層が形成されているので、内径寸法が50mm以上のスラストころ軸受でも、熱処理時に生じる反りなどの変形を抑制することができ、従来の処理法では生産性に乏しい大型の保持器であっても精度よく作成することができる。
【0011】
また、スラストころ軸受は、低粘度油潤滑などの過酷な環境でも長期間に亘って性能を維持することができ、自動車のトランスミッションやトルクコンバータなどでの適用に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係るスラストころ軸受の要部断面図である。
【図2】本発明品の被膜断面(a)を従来処理品の被膜断面(b)と比較して示す顕微鏡写真、および本発明品の表層断面(c)を従来処理品の表層断面(d)と比較して示す顕微鏡写真である。
【図3】表面からの深さと硬度の関係を従来処理品と開発品で比較したグラフである。
【図4】外輪に設ける係止部の説明図である。
【図5】偏心したハウジングと軸間に配設されたスラストころ軸受の要部断面図である。
【図6】保持器に対するラジアル方向の負荷例を示す説明図である。
【図7】(a)は破断前の保持器の斜視図、(b)は破断後の保持器の斜視図である。
【図8】(a)は保持器の正面図、(b)はころによる保持器の摩耗状態を示す要部拡大図である。
【図9】本発明に係るスラストころ軸受の第1変形例を示す要部断面図である。
【図10】本発明に係るスラストころ軸受の第2変形例を示す要部断面図である。
【図11】本発明に係るスラストころ軸受の第3変形例を示す要部断面図である。
【図12】本発明に係るスラストころ軸受の第4変形例を示す要部断面図である。
【図13】本発明に係るスラストころ軸受の第5変形例を示す要部断面図である。
【図14】(a)はポケットが極端に外周側に設けられた保持器の正面図、(b)は外周側にポケットが、内周側に熱処理変形防止用孔が設けられた保持器の正面図である。
【図15】各種熱処理が施された中型保持器(外径70mm)の熱処理変形防止用孔の有無による熱処理変形を比較して示すグラフである。
【図16】実施例4に使用される大型保持器の正面図である。
【図17】各種熱処理が施された大型保持器(外径135mm)の熱処理変形を比較して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係るスラストころ軸受の各実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0014】
(第1実施形態)
図1は本発明の第1実施形態に係るスラストころ軸受の要部断面図であり、スラストころ軸受10は、放射方向に配列される複数のころ12と、全体を円環状に形成されて複数のころ12を転動自在に保持する保持器13と、保持器13を軸方向両側から挟持するレースとしての外輪14及び内輪15とを備える。
【0015】
保持器13は、それぞれが断面略コの字状で全体を円環状にプレス成形された一対の金属板が最中状に組み合わされて構成され、ころ12と同数のポケット11が放射方向に配列されている。
【0016】
また、外輪14及び内輪15は、それぞれ十分な硬度を有する金属板により円環状に形成されている。外輪14は、円環状の外輪レース部16と、外輪レース部16の外周縁に全周に亘って形成される円筒状の外側フランジ17と、を備える。また、内輪15は、円環状の内輪レース部18と、内輪レース部18の内周縁に全周に亘って形成される内側フランジ19と、を備える。
【0017】
外輪14の外側フランジ17の先端縁には、外側係止部(係止部)20が形成されている。外側係止部20は、外側フランジ17の全周に亘って折り曲げ加工により設けられている(図4(a)参照)。そして、外側係止部20と保持器13の外周縁との係合により、保持器13と外輪14との分離が防止されている。
【0018】
さらに、内輪15の内側フランジ19の先端縁には、内側係止部(係止部)21が形成されている。内側係止部21は、内側フランジ19の全周に亘って折り曲げ加工により設けられる。そして、内側係止部21と保持器13の内周縁との係合により、保持器13と内輪15との分離が防止されている。即ち、スラストころ軸受10は、内外輪レース部16、18と保持器13とが非分離とされた一体型構造のスラストころ軸受である。
【0019】
なお、本実施形態では、外側係止部20(内側係止部21)は、外側フランジ17(内側フランジ19)の全周に亘って折り曲げ加工により設けられるが、これに限定されず、外側フランジ17(内側フランジ19)の円周方向の複数箇所に点在するように押し出し加工により設けられていてもよく(図4(b)参照)、また、円周方向の複数箇所に延在するように折り曲げ加工により設けられていてもよい(図4(c)参照)。また、内側係止部21も同様に、内側フランジ19の全周或いは円周方向の複数箇所に折り曲げ加工或いは押し出し加工により設けられる。さらに、外側係止部20及び内側係止部21の組み合わせは自由である。
【0020】
このように構成されたスラストころ軸受10は、図1に示すように、外輪14の外輪レース部16がハウジング(外輪支持部材)25に支持されると共に、内輪15の内輪レース部18及び内側フランジ19が軸(内輪支持部材)26の段部に支持されている。
【0021】
保持器13は、例えば、鋼板(SPCC、SPCE材など)、炭素鋼、クロムモリブデン鋼(SCM材)などの鋼材をプレス成形し、略350℃で予熱した後、570℃〜630℃での塩浴窒化処理が施され、更に、塩浴窒化処理後に冷却されている。これにより、従来のタフトライド処理を施した保持器の化合物層31がコロナ状であるのに対して(図2(b)、(d)参照)、本発明の保持器13の化合物層34は、図2(a)、(c)に示すように、10μm以上の厚さを有して、レイヤー状となっている。レイヤー状の化合物層34は、コロナ状の化合物層31と比較して摺動方向に対して平行に形成されているため、摺動摩耗性に優れている。なお、図2(c)、(d)中の化合物層31,34を示す水平方向の線、及び鉛直方向の線は、説明のために加えたものである。なお、化合物層がレイヤー状とは、素地面に対し水平に重なるように形成された層であることを表し、コロナ状とは、素地面に対し垂直に整列するように形成された層であることを表す。
【0022】
また、従来のタフトライド処理を施した保持器は、化合物層31と拡散層32との間にオーステナイト層33が形成されているのに対して(図2(d)参照)、本発明の保持器13は、図2(c)に示すように、レイヤー状の化合物層34と拡散層35との間にオーステナイト層の形成が見られず、化合物層34と拡散層35が連続して形成されている。これにより、レイヤー状の化合物層34と拡散層35との密着性が強固となり、摺動による化合物層34が剥がれ難く、耐摩耗性に優れる。
【0023】
また、図3に示すように、従来のタフトライド処理を施した保持器の表面硬度は略Hv500であるのに対して、本発明の保持器13の表面硬度はHv720〜800と、高い硬度が得られている。
【0024】
従って、低粘度油(例えば、40℃における粘度40cSt以下、100℃における粘度10cSt以下)による過酷な潤滑環境下でも、優れた耐摩耗性を維持することができる。
【実施例1】
【0025】
本発明の効果を確認するため、保持器にラジアル方向の負荷を与え、下記試験条件で保持器の耐久性評価試験を行った。比較のため、タフトライド処理を施した従来保持器と、本発明の窒化処理を施した本発明保持器とを試験に供した。判定基準として、定格寿命L10(条件により異なる)後の保持器側面の摩耗量で判断した。
【0026】
<試験条件>
軸受サイズ :内径φ60mm×外径φ80mm×幅5mm
荷重 :3000〜15000[N](0.1Ca〜0.5Caの軽負荷〜高負荷条件、Ca:動定格荷重[N])
軸受回転数 :5000[min-1](Nmaxの通常回転条件、Nmax:許容回転数[min-1])
潤滑油 :ATF(100℃の時の動粘度5.0[cSt])
試験油温 :120℃
偏心量 :0.5mm
【0027】
尚、試験に供したスラストころ軸受は、図5および図6に示すように、内外輪レース部16、18と保持器13とが非分離とされた一体型構造のスラストころ軸受10であり、内外輪レース部16、18を支持するハウジング25と軸26間に偏心量Eを設定して保持器13にラジアル方向の負荷を付与した。
【0028】
また、図7に示すように、この試験条件は、保持器13の側面に過大なラジアル方向の荷重が負荷される条件であるため、摩耗の促進によって保持器13の外周縁部22が破断する場合がある。この場合、破断発生までの試験時間を確認した。以下、耐久性評価試験の結果を表1に示す。
【0029】
【表1】
【0030】
上記の耐久性評価試験の結果、タフトライド処理を施した従来保持器には著しい摩耗が見られたのに対して、本発明の窒化処理を施した本発明保持器の摩耗は少なく、耐摩耗性が向上していることが確認された。
【実施例2】
【0031】
また、本発明の効果を確認するため、下記試験条件で、高速回転環境下での保持器の耐久性評価試験を行った。上記と同様に、比較のため、タフトライド処理を施した従来保持器と、本発明の窒化処理を施した本発明保持器とを試験に供した。判定基準として、定格寿命L10(条件により異なる)後の保持器側面の摩耗量で判断した。
【0032】
<試験条件>
軸受サイズ :内径φ60mm×外径φ80mm×幅5mm
荷重 :6000[N](0.2Caの通常負荷条件、Ca:動定格荷重[N])
軸受回転数 :5000〜25,000[min-1](Nmax〜5×Nmaxの通常回転〜高速回転条件、Nmax:許容回転数[min-1])
潤滑油 :ATF(100℃の時の動粘度5.0[cSt])
試験油温 :120℃
偏心量 :0mm
【0033】
尚、実施例2においても、試験に供したスラストころ軸受は、図5に示すように、内外輪レース部16、18と保持器13とが非分離とされた一体型構造のスラストころ軸受10とした。高速回転条件下で使用する場合、例えば、図8(a)に示すように、スラストころ軸受のころ12には、遠心力により保持器13の径方向外方に向いた力が作用する。これにより、ころ12の径方向外側端面12aが、ポケット11の外径側周縁部11aに押し付けられた状態で摺接する。この摺接部の面圧Pはスラストころ軸受の回転速度に比例し、また、ころ12の周速Vは外周側ほど速いので、摩耗に対する影響を示すパラメータとして知られている摺接部におけるPV値が大きくなる。この結果、図8(b)に示すように、保持器13の外径側周縁部11aに、摩耗に基づく凹み11bが形成される場合がある。この凹み11bが大きくなると、ポケット11内に保持されたころ12の潜り込みが発生して、ころ12の円滑な転動が阻害され、著しい場合には焼き付き等、スラストころ軸受の損傷の要因となる。以下、高速回転環境下における耐久性評価試験の結果を表2に示す。
【0034】
【表2】
【0035】
上記の耐久性評価試験の結果、実施例2においても、タフトライド処理を施した従来保持器には著しい摩耗が見られたのに対して、本発明の窒化処理を施した本発明保持器の摩耗は少なく、高速回転環境下であっても耐摩耗性が向上していることが確認された。
【0036】
上記説明したように、本実施形態のスラストころ軸受10によれば、保持器13は、570℃〜630℃の塩浴窒化処理によって、表面にレイヤー状の化合物層34を形成すると共に、塩浴窒化処理後に冷却された保持器13は、化合物層34と拡散層35がオーステナイト層を介さずに連続して形成されている。レイヤー状の化合物層34は、従来のコロナ状化合物層と比較して摺動摩耗特性に優れている。また、化合物層34と拡散層35の間にオーステナイト層がないので、化合物層34と拡散層35との密着性が高く、摺動による化合物層34の剥れ落ちが低減して高い耐摩耗性が得られる。
【0037】
このような保持器13が組み込まれたスラストころ軸受10は、低粘度油潤滑条件や、一体型スラストころ軸受10において支持部材間の偏心量が大きい部位に組み付けられて使用する際にラジアル方向の過大負荷が発生するような場合、さらには、高速回転環境下においても、長期間に亘って性能を維持することができ、自動車のトランスミッションや、トルクコンバータなどに適用するのに好適である。
【0038】
なお、本実施形態の第1変形例として、図9に示すように、スラストころ軸受10は、外輪14の外輪レース部16及び外側フランジ17がハウジング25の支持凹部27に支持されると共に、内輪15の内輪レース部18が内輪支持部材26に支持されていてもよい。
【0039】
また、本実施形態の第2変形例として、図10に示すように、内輪を備えていないスラストころ軸受10aに本発明を適用してもよい、このスラストころ軸受10aは、外輪14と内輪相当部材28との間に複数のころ12を保持した保持器13が介装される。そして、外輪14の外輪レース部16及び外側フランジ17がハウジング25の支持凹部27に支持されている。
【0040】
また、本実施形態の第3変形例として、図11に示すように、外輪を備えていないスラストころ軸受10bに本発明を適用してもよい。このスラストころ軸受10bは、外輪相当部材29と内輪15との間に複数のころ12を保持した保持器13が介装される。そして、内輪15の内輪レース部18及び内側フランジ19が内輪支持部材26の段部に支持されている。
【0041】
また、本実施形態の第4変形例として、図12に示すように、外輪及び内輪の両方を備えていないスラストころ軸受10cに本発明を適用してもよい。スラストころ軸受10cは、図11に示すように、外輪相当部材29と内輪相当部材28との間に複数のころ12を保持した保持器13が介装される。そして、保持器13の外周面が外輪相当部材29の支持凹部27の内周面に緩く支持されている。
【0042】
また、本実施形態の第5変形例として、図13に示すように、プレス成形した2枚の金属板を最中状に組み合わせた構造の保持器13に代えて、一枚の金属板をプレス成形することにより構成した保持器13aであってもよい。
【0043】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係るスラストころ軸受について図14を参照して説明する。図14(a)は第2実施形態の保持器の正面図である。
【0044】
なお、本実施形態のスラストころ軸受は、第1実施形態のスラストころ軸受のものと同様の構成を有するが、硬化処理によって反りなどの変形が生じ易い保持器の内径寸法が50mm以上の大きさのスラストころ軸受を対象としている。また、この軸受に組み込まれる図14(a)に示す保持器41は、ポケット42が保持器の径方向中間位置より径方向外周側に設けられている。
【0045】
この実施形態の保持器41においても、第1実施形態と同様に、塩浴窒化処理により、表面にレイヤー状の化合物層を形成することで、熱処理変形に対して有効である。
【0046】
このように内径寸法が大きく、ポケット42が極端に径方向外周側に配置されて、形状がアンバランスな保持器41(図14(a)参照)は、硬化処理によって反りなどの変形が生じ易い。このため、従来は図14(b)に示すように、ポケット42の径方向内周側に複数の熱処理変形防止用孔43が設けられるのが一般的である。尚、ポケット42の内面は、ころ12が滑らかに転動できるように平坦面となっているが、熱処理変形防止用孔43は、保持器41の全体形状のバランスを取るための孔であるので、必ずしも平坦面である必要はなく、むしろ位置が重要である。
【実施例3】
【0047】
本発明の効果を確認するため、比較的中サイズ、且つ熱処理変形防止用孔のある保持器、および熱処理変形防止用孔のない保持器について、下記試験条件で比較試験を行った。各硬化処理前後の反り変形を、ランクAからランクKまで11ランクに分類し、硬化処理前後の反りを比較した。ここでは、ランクE以下の反りを合格とした。尚、ランクAは最も反りが少なく、ランクKは最も反りが大きい保持器である。
【0048】
<試験条件>
保持器 :熱処理変形防止用孔を設けた保持器、および熱処理変形防止用孔を有しない保持器
保持器サイズ :内径φ50mm×外径φ70mm×厚さ1.5mm
硬化処理 :浸炭窒化処理、タフトライド処理、および本発明処理
【0049】
試験結果は、図15に示すように、熱処理変形防止用孔を有しない保持器は、浸炭窒化処理品、タフトライド処理品共に、基準ラインであるランクEを越える反りが認められた(図15(c)、(d)参照)。また、熱処理変形防止用孔を設けた保持器の浸炭窒化処理品(図15(b)参照)は、辛うじて基準ラインをクリアしており、熱処理変形防止用孔が反り防止に有効であることが分かる。これに対して、本発明品は、図15(e)に示すように、熱処理変形防止用孔を設けなくても、処理前の水準との変化が認められず、反り防止に有効であることが実証された。
【0050】
即ち、レイヤー層は、コロナ層と異なり化合物層が素地面に対し水平に形成される構造のため、表面に形成される窒化膜が均一化され、寸法安定性にも優れる。従って、反りなどの熱処理変形が抑制され、特に薄い板厚(0.3〜1mm程度)を選択するスラストころ軸受用保持器に非常に適している。つまり、レイヤー層の採用により耐摩耗性と変形抑制の両立が図れる。
【実施例4】
【0051】
次に、図16に示すような、内径φ120mm×外径φ135mm×厚さ1.5mmの大径であり、熱処理変形防止用孔を有せず、タフトライド処理および本発明処理を施した保持器41bについて、(実施例3)と同様に反り大きさをランク分けして比較試験を行った。
【0052】
試験結果は、図17に示すように、保持器が大型であるため、タフトライド処理品は基準ライン(ランクE)を大幅に越える反りが認められた(図17(b)参照)のに対して、本発明品は、図17(c)に示すように、処理前の水準との変化は認められず、反り防止に有効であることが実証された。
【0053】
上記したように、本発明のスラストころ軸受によれば、保持器41の内径寸法が50mm以上の大きさでも、熱処理時に生じる反りなどの変形を抑制することができ、従来の処理法では生産性に乏しい大型の保持器であっても精度よく作成することができる。従って、従来のタフトライド処理などでは反りなどの変形が生じる可能性が大きい大径の保持器41に好適に適用することができる。
【0054】
このような保持器41が組み込まれたスラストころ軸受10は、低粘度油潤滑条件や、偏心量が大きく大きなスラスト荷重が付加されるなどの過酷な環境でも長期間に亘って性能を維持することができ、自動車のトランスミッションや、トルクコンバータなどに適用するのに好適である。
【0055】
尚、本発明は、前述した実施形態及び実施例に限定されるものではなく、適宜、変形、改良等が可能である。例えば、第2実施形態の保持器は、第1実施形態の第1〜第5の変形例にも適用可能である。
【符号の説明】
【0056】
10,10a,10b,10c スラストころ軸受
12 ころ
13,13a 保持器
14 外輪
15 内輪
16 外輪レース部(外輪レース)
18 内輪レース部(内輪レース)
33 オーステナイト層
34 レイヤー状の化合物層
35 拡散層
41 保持器
【技術分野】
【0001】
本発明は、スラストころ軸受に関し、より詳細には、耐摩耗性に優れた保持器を備え、自動車のトランスミッションやトルクコンバータなどに適用するのに好適なスラストころ軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、スラストころ軸受の保持器は、鋼板(SPCC、SPCE材など)、炭素鋼、クロムモリブデン鋼(SCM材)などの鋼材を用い、その表面にガス窒化や塩浴窒化などの表面硬化処理が施されている。このような処理を施すことにより、母材より硬い、Hv350〜600程度の表面硬さが得られ、耐摩耗性が向上する。また、表面に形成される窒素化合物が、耐高温軟化特性を有することで、滑り摺動面に生じる凝着や溶着が抑制されて耐焼付き性が向上する。このような窒化処理された保持器としては、化合物層中の緻密層厚さを3〜20μm、多孔質層厚さを2〜25μmとした保持器が開示されている(例えば、特許文献1参照。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−90734号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えば、自動車のトランスミッションのギア側面やケース側面(或いはトルクコンバータのステータ部)などに組み付けて使用されるスラストころ軸受は、要素部品の回転と、ギアの噛み合いにより発生する軸方向荷重(或いはトルクコンバータ内潤滑油の循環による流体軸力)を支持する。近年、自動車のトランスミッションには、性能向上のため、全長短縮(インプット軸短化/トルクコンバータ扁平化)による重量軽減、多段化による要素部品の回転高速化、潤滑油の低粘度化による低燃費などが要求されている。しかしながら、トランスミッションの全長を短縮するには、スラストころ軸受が外周側に配置される場合が多く、このためスラストころ軸受が大径となって、表面処理の過程で反りなどの変形が生じる虞があった。また、回転高速化や、潤滑油の低粘度化などの過酷な使用環境によると、摺動面の油膜形成性が低下して耐久性に悪影響を及ぼす。このため、スラストころ軸受の保持器にも、更なる耐摩耗性が要求されている。
【0005】
また、自動車のトランスミッションやトルクコンバータに使用されるスラストころ軸受は、ユニットへの組み付けが簡単で、取扱いが容易であることから、レースと保持器が非分離とされた一体型スラストころ軸受が多用されている。一体型スラストころ軸受は、左右の支持部品間の偏心量が大きい状態で使用すると、保持器にラジアル方向の過大な荷重(圧縮力)が作用し、保持器が異常摩耗する可能性があった。
【0006】
また、高速回転条件下で使用する場合、スラストころ軸受のころには、遠心力により保持器の径方向外方に向いた力が作用する。これにより、ころの径方向外側端面が、保持器のポケットの外径側周縁部に押し付けられた状態で摺接する。この結果、保持器のポケットの外径側周縁部に、異常摩耗が生じる可能性があった。
【0007】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、寸法安定性に優れ、低粘度油潤滑などの過酷な条件下でも耐摩耗性の高い保持器を備えるスラストころ軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1)複数のころと、該複数のころを放射方向に配列する複数のポケットを有し、該複数のころを転動自在に保持する円環状の保持器と、を備えるスラストころ軸受であって、
前記保持器は、570℃〜630℃の塩浴窒化処理によって、表面にレイヤー状の化合物層を形成すると共に、該塩浴窒化処理後に冷却された前記保持器は、前記化合物層と拡散層がオーステナイト層を介さずに連続して形成されることを特徴とするスラストころ軸受。
(2)前記複数のころが転動するレース部を有し、該保持器を非分離に保持する少なくとも一つのレースを有する(1)に記載のスラストころ軸受。
(3)前記保持器の内径寸法が50mm以上であることを特徴とする(1)または(2)に記載のスラストころ軸受。
(4)低粘度油潤滑条件で使用されることを特徴とする(1)から(3)のいずれかに記載のスラストころ軸受。
【発明の効果】
【0009】
本発明のスラストころ軸受によれば、保持器は、570℃〜630℃の塩浴窒化処理が施されて、表面にレイヤー状の化合物層が形成されると共に、塩浴窒化処理後に冷却されて化合物層と拡散層がオーステナイト層を介さずに連続して形成されている。レイヤー状の化合物層は、従来のコロナ状化合物層と比較して摺動摩耗特性に優れている。また、オーステナイト層を介さずに、化合物層と拡散層が連続しているので、化合物層と拡散層との密着性が高く、摺動による化合物層の剥れ落ちが低減して高い耐摩耗性が得られる。
特に、本発明は、保持器とレースを非分離とした場合に、保持器に過大負荷が発生しても保持器の異常摩耗を抑制でき、早期破損を防止することができる。
【0010】
また、保持器の表面にレイヤー状の化合物層が形成されているので、内径寸法が50mm以上のスラストころ軸受でも、熱処理時に生じる反りなどの変形を抑制することができ、従来の処理法では生産性に乏しい大型の保持器であっても精度よく作成することができる。
【0011】
また、スラストころ軸受は、低粘度油潤滑などの過酷な環境でも長期間に亘って性能を維持することができ、自動車のトランスミッションやトルクコンバータなどでの適用に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係るスラストころ軸受の要部断面図である。
【図2】本発明品の被膜断面(a)を従来処理品の被膜断面(b)と比較して示す顕微鏡写真、および本発明品の表層断面(c)を従来処理品の表層断面(d)と比較して示す顕微鏡写真である。
【図3】表面からの深さと硬度の関係を従来処理品と開発品で比較したグラフである。
【図4】外輪に設ける係止部の説明図である。
【図5】偏心したハウジングと軸間に配設されたスラストころ軸受の要部断面図である。
【図6】保持器に対するラジアル方向の負荷例を示す説明図である。
【図7】(a)は破断前の保持器の斜視図、(b)は破断後の保持器の斜視図である。
【図8】(a)は保持器の正面図、(b)はころによる保持器の摩耗状態を示す要部拡大図である。
【図9】本発明に係るスラストころ軸受の第1変形例を示す要部断面図である。
【図10】本発明に係るスラストころ軸受の第2変形例を示す要部断面図である。
【図11】本発明に係るスラストころ軸受の第3変形例を示す要部断面図である。
【図12】本発明に係るスラストころ軸受の第4変形例を示す要部断面図である。
【図13】本発明に係るスラストころ軸受の第5変形例を示す要部断面図である。
【図14】(a)はポケットが極端に外周側に設けられた保持器の正面図、(b)は外周側にポケットが、内周側に熱処理変形防止用孔が設けられた保持器の正面図である。
【図15】各種熱処理が施された中型保持器(外径70mm)の熱処理変形防止用孔の有無による熱処理変形を比較して示すグラフである。
【図16】実施例4に使用される大型保持器の正面図である。
【図17】各種熱処理が施された大型保持器(外径135mm)の熱処理変形を比較して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係るスラストころ軸受の各実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0014】
(第1実施形態)
図1は本発明の第1実施形態に係るスラストころ軸受の要部断面図であり、スラストころ軸受10は、放射方向に配列される複数のころ12と、全体を円環状に形成されて複数のころ12を転動自在に保持する保持器13と、保持器13を軸方向両側から挟持するレースとしての外輪14及び内輪15とを備える。
【0015】
保持器13は、それぞれが断面略コの字状で全体を円環状にプレス成形された一対の金属板が最中状に組み合わされて構成され、ころ12と同数のポケット11が放射方向に配列されている。
【0016】
また、外輪14及び内輪15は、それぞれ十分な硬度を有する金属板により円環状に形成されている。外輪14は、円環状の外輪レース部16と、外輪レース部16の外周縁に全周に亘って形成される円筒状の外側フランジ17と、を備える。また、内輪15は、円環状の内輪レース部18と、内輪レース部18の内周縁に全周に亘って形成される内側フランジ19と、を備える。
【0017】
外輪14の外側フランジ17の先端縁には、外側係止部(係止部)20が形成されている。外側係止部20は、外側フランジ17の全周に亘って折り曲げ加工により設けられている(図4(a)参照)。そして、外側係止部20と保持器13の外周縁との係合により、保持器13と外輪14との分離が防止されている。
【0018】
さらに、内輪15の内側フランジ19の先端縁には、内側係止部(係止部)21が形成されている。内側係止部21は、内側フランジ19の全周に亘って折り曲げ加工により設けられる。そして、内側係止部21と保持器13の内周縁との係合により、保持器13と内輪15との分離が防止されている。即ち、スラストころ軸受10は、内外輪レース部16、18と保持器13とが非分離とされた一体型構造のスラストころ軸受である。
【0019】
なお、本実施形態では、外側係止部20(内側係止部21)は、外側フランジ17(内側フランジ19)の全周に亘って折り曲げ加工により設けられるが、これに限定されず、外側フランジ17(内側フランジ19)の円周方向の複数箇所に点在するように押し出し加工により設けられていてもよく(図4(b)参照)、また、円周方向の複数箇所に延在するように折り曲げ加工により設けられていてもよい(図4(c)参照)。また、内側係止部21も同様に、内側フランジ19の全周或いは円周方向の複数箇所に折り曲げ加工或いは押し出し加工により設けられる。さらに、外側係止部20及び内側係止部21の組み合わせは自由である。
【0020】
このように構成されたスラストころ軸受10は、図1に示すように、外輪14の外輪レース部16がハウジング(外輪支持部材)25に支持されると共に、内輪15の内輪レース部18及び内側フランジ19が軸(内輪支持部材)26の段部に支持されている。
【0021】
保持器13は、例えば、鋼板(SPCC、SPCE材など)、炭素鋼、クロムモリブデン鋼(SCM材)などの鋼材をプレス成形し、略350℃で予熱した後、570℃〜630℃での塩浴窒化処理が施され、更に、塩浴窒化処理後に冷却されている。これにより、従来のタフトライド処理を施した保持器の化合物層31がコロナ状であるのに対して(図2(b)、(d)参照)、本発明の保持器13の化合物層34は、図2(a)、(c)に示すように、10μm以上の厚さを有して、レイヤー状となっている。レイヤー状の化合物層34は、コロナ状の化合物層31と比較して摺動方向に対して平行に形成されているため、摺動摩耗性に優れている。なお、図2(c)、(d)中の化合物層31,34を示す水平方向の線、及び鉛直方向の線は、説明のために加えたものである。なお、化合物層がレイヤー状とは、素地面に対し水平に重なるように形成された層であることを表し、コロナ状とは、素地面に対し垂直に整列するように形成された層であることを表す。
【0022】
また、従来のタフトライド処理を施した保持器は、化合物層31と拡散層32との間にオーステナイト層33が形成されているのに対して(図2(d)参照)、本発明の保持器13は、図2(c)に示すように、レイヤー状の化合物層34と拡散層35との間にオーステナイト層の形成が見られず、化合物層34と拡散層35が連続して形成されている。これにより、レイヤー状の化合物層34と拡散層35との密着性が強固となり、摺動による化合物層34が剥がれ難く、耐摩耗性に優れる。
【0023】
また、図3に示すように、従来のタフトライド処理を施した保持器の表面硬度は略Hv500であるのに対して、本発明の保持器13の表面硬度はHv720〜800と、高い硬度が得られている。
【0024】
従って、低粘度油(例えば、40℃における粘度40cSt以下、100℃における粘度10cSt以下)による過酷な潤滑環境下でも、優れた耐摩耗性を維持することができる。
【実施例1】
【0025】
本発明の効果を確認するため、保持器にラジアル方向の負荷を与え、下記試験条件で保持器の耐久性評価試験を行った。比較のため、タフトライド処理を施した従来保持器と、本発明の窒化処理を施した本発明保持器とを試験に供した。判定基準として、定格寿命L10(条件により異なる)後の保持器側面の摩耗量で判断した。
【0026】
<試験条件>
軸受サイズ :内径φ60mm×外径φ80mm×幅5mm
荷重 :3000〜15000[N](0.1Ca〜0.5Caの軽負荷〜高負荷条件、Ca:動定格荷重[N])
軸受回転数 :5000[min-1](Nmaxの通常回転条件、Nmax:許容回転数[min-1])
潤滑油 :ATF(100℃の時の動粘度5.0[cSt])
試験油温 :120℃
偏心量 :0.5mm
【0027】
尚、試験に供したスラストころ軸受は、図5および図6に示すように、内外輪レース部16、18と保持器13とが非分離とされた一体型構造のスラストころ軸受10であり、内外輪レース部16、18を支持するハウジング25と軸26間に偏心量Eを設定して保持器13にラジアル方向の負荷を付与した。
【0028】
また、図7に示すように、この試験条件は、保持器13の側面に過大なラジアル方向の荷重が負荷される条件であるため、摩耗の促進によって保持器13の外周縁部22が破断する場合がある。この場合、破断発生までの試験時間を確認した。以下、耐久性評価試験の結果を表1に示す。
【0029】
【表1】
【0030】
上記の耐久性評価試験の結果、タフトライド処理を施した従来保持器には著しい摩耗が見られたのに対して、本発明の窒化処理を施した本発明保持器の摩耗は少なく、耐摩耗性が向上していることが確認された。
【実施例2】
【0031】
また、本発明の効果を確認するため、下記試験条件で、高速回転環境下での保持器の耐久性評価試験を行った。上記と同様に、比較のため、タフトライド処理を施した従来保持器と、本発明の窒化処理を施した本発明保持器とを試験に供した。判定基準として、定格寿命L10(条件により異なる)後の保持器側面の摩耗量で判断した。
【0032】
<試験条件>
軸受サイズ :内径φ60mm×外径φ80mm×幅5mm
荷重 :6000[N](0.2Caの通常負荷条件、Ca:動定格荷重[N])
軸受回転数 :5000〜25,000[min-1](Nmax〜5×Nmaxの通常回転〜高速回転条件、Nmax:許容回転数[min-1])
潤滑油 :ATF(100℃の時の動粘度5.0[cSt])
試験油温 :120℃
偏心量 :0mm
【0033】
尚、実施例2においても、試験に供したスラストころ軸受は、図5に示すように、内外輪レース部16、18と保持器13とが非分離とされた一体型構造のスラストころ軸受10とした。高速回転条件下で使用する場合、例えば、図8(a)に示すように、スラストころ軸受のころ12には、遠心力により保持器13の径方向外方に向いた力が作用する。これにより、ころ12の径方向外側端面12aが、ポケット11の外径側周縁部11aに押し付けられた状態で摺接する。この摺接部の面圧Pはスラストころ軸受の回転速度に比例し、また、ころ12の周速Vは外周側ほど速いので、摩耗に対する影響を示すパラメータとして知られている摺接部におけるPV値が大きくなる。この結果、図8(b)に示すように、保持器13の外径側周縁部11aに、摩耗に基づく凹み11bが形成される場合がある。この凹み11bが大きくなると、ポケット11内に保持されたころ12の潜り込みが発生して、ころ12の円滑な転動が阻害され、著しい場合には焼き付き等、スラストころ軸受の損傷の要因となる。以下、高速回転環境下における耐久性評価試験の結果を表2に示す。
【0034】
【表2】
【0035】
上記の耐久性評価試験の結果、実施例2においても、タフトライド処理を施した従来保持器には著しい摩耗が見られたのに対して、本発明の窒化処理を施した本発明保持器の摩耗は少なく、高速回転環境下であっても耐摩耗性が向上していることが確認された。
【0036】
上記説明したように、本実施形態のスラストころ軸受10によれば、保持器13は、570℃〜630℃の塩浴窒化処理によって、表面にレイヤー状の化合物層34を形成すると共に、塩浴窒化処理後に冷却された保持器13は、化合物層34と拡散層35がオーステナイト層を介さずに連続して形成されている。レイヤー状の化合物層34は、従来のコロナ状化合物層と比較して摺動摩耗特性に優れている。また、化合物層34と拡散層35の間にオーステナイト層がないので、化合物層34と拡散層35との密着性が高く、摺動による化合物層34の剥れ落ちが低減して高い耐摩耗性が得られる。
【0037】
このような保持器13が組み込まれたスラストころ軸受10は、低粘度油潤滑条件や、一体型スラストころ軸受10において支持部材間の偏心量が大きい部位に組み付けられて使用する際にラジアル方向の過大負荷が発生するような場合、さらには、高速回転環境下においても、長期間に亘って性能を維持することができ、自動車のトランスミッションや、トルクコンバータなどに適用するのに好適である。
【0038】
なお、本実施形態の第1変形例として、図9に示すように、スラストころ軸受10は、外輪14の外輪レース部16及び外側フランジ17がハウジング25の支持凹部27に支持されると共に、内輪15の内輪レース部18が内輪支持部材26に支持されていてもよい。
【0039】
また、本実施形態の第2変形例として、図10に示すように、内輪を備えていないスラストころ軸受10aに本発明を適用してもよい、このスラストころ軸受10aは、外輪14と内輪相当部材28との間に複数のころ12を保持した保持器13が介装される。そして、外輪14の外輪レース部16及び外側フランジ17がハウジング25の支持凹部27に支持されている。
【0040】
また、本実施形態の第3変形例として、図11に示すように、外輪を備えていないスラストころ軸受10bに本発明を適用してもよい。このスラストころ軸受10bは、外輪相当部材29と内輪15との間に複数のころ12を保持した保持器13が介装される。そして、内輪15の内輪レース部18及び内側フランジ19が内輪支持部材26の段部に支持されている。
【0041】
また、本実施形態の第4変形例として、図12に示すように、外輪及び内輪の両方を備えていないスラストころ軸受10cに本発明を適用してもよい。スラストころ軸受10cは、図11に示すように、外輪相当部材29と内輪相当部材28との間に複数のころ12を保持した保持器13が介装される。そして、保持器13の外周面が外輪相当部材29の支持凹部27の内周面に緩く支持されている。
【0042】
また、本実施形態の第5変形例として、図13に示すように、プレス成形した2枚の金属板を最中状に組み合わせた構造の保持器13に代えて、一枚の金属板をプレス成形することにより構成した保持器13aであってもよい。
【0043】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係るスラストころ軸受について図14を参照して説明する。図14(a)は第2実施形態の保持器の正面図である。
【0044】
なお、本実施形態のスラストころ軸受は、第1実施形態のスラストころ軸受のものと同様の構成を有するが、硬化処理によって反りなどの変形が生じ易い保持器の内径寸法が50mm以上の大きさのスラストころ軸受を対象としている。また、この軸受に組み込まれる図14(a)に示す保持器41は、ポケット42が保持器の径方向中間位置より径方向外周側に設けられている。
【0045】
この実施形態の保持器41においても、第1実施形態と同様に、塩浴窒化処理により、表面にレイヤー状の化合物層を形成することで、熱処理変形に対して有効である。
【0046】
このように内径寸法が大きく、ポケット42が極端に径方向外周側に配置されて、形状がアンバランスな保持器41(図14(a)参照)は、硬化処理によって反りなどの変形が生じ易い。このため、従来は図14(b)に示すように、ポケット42の径方向内周側に複数の熱処理変形防止用孔43が設けられるのが一般的である。尚、ポケット42の内面は、ころ12が滑らかに転動できるように平坦面となっているが、熱処理変形防止用孔43は、保持器41の全体形状のバランスを取るための孔であるので、必ずしも平坦面である必要はなく、むしろ位置が重要である。
【実施例3】
【0047】
本発明の効果を確認するため、比較的中サイズ、且つ熱処理変形防止用孔のある保持器、および熱処理変形防止用孔のない保持器について、下記試験条件で比較試験を行った。各硬化処理前後の反り変形を、ランクAからランクKまで11ランクに分類し、硬化処理前後の反りを比較した。ここでは、ランクE以下の反りを合格とした。尚、ランクAは最も反りが少なく、ランクKは最も反りが大きい保持器である。
【0048】
<試験条件>
保持器 :熱処理変形防止用孔を設けた保持器、および熱処理変形防止用孔を有しない保持器
保持器サイズ :内径φ50mm×外径φ70mm×厚さ1.5mm
硬化処理 :浸炭窒化処理、タフトライド処理、および本発明処理
【0049】
試験結果は、図15に示すように、熱処理変形防止用孔を有しない保持器は、浸炭窒化処理品、タフトライド処理品共に、基準ラインであるランクEを越える反りが認められた(図15(c)、(d)参照)。また、熱処理変形防止用孔を設けた保持器の浸炭窒化処理品(図15(b)参照)は、辛うじて基準ラインをクリアしており、熱処理変形防止用孔が反り防止に有効であることが分かる。これに対して、本発明品は、図15(e)に示すように、熱処理変形防止用孔を設けなくても、処理前の水準との変化が認められず、反り防止に有効であることが実証された。
【0050】
即ち、レイヤー層は、コロナ層と異なり化合物層が素地面に対し水平に形成される構造のため、表面に形成される窒化膜が均一化され、寸法安定性にも優れる。従って、反りなどの熱処理変形が抑制され、特に薄い板厚(0.3〜1mm程度)を選択するスラストころ軸受用保持器に非常に適している。つまり、レイヤー層の採用により耐摩耗性と変形抑制の両立が図れる。
【実施例4】
【0051】
次に、図16に示すような、内径φ120mm×外径φ135mm×厚さ1.5mmの大径であり、熱処理変形防止用孔を有せず、タフトライド処理および本発明処理を施した保持器41bについて、(実施例3)と同様に反り大きさをランク分けして比較試験を行った。
【0052】
試験結果は、図17に示すように、保持器が大型であるため、タフトライド処理品は基準ライン(ランクE)を大幅に越える反りが認められた(図17(b)参照)のに対して、本発明品は、図17(c)に示すように、処理前の水準との変化は認められず、反り防止に有効であることが実証された。
【0053】
上記したように、本発明のスラストころ軸受によれば、保持器41の内径寸法が50mm以上の大きさでも、熱処理時に生じる反りなどの変形を抑制することができ、従来の処理法では生産性に乏しい大型の保持器であっても精度よく作成することができる。従って、従来のタフトライド処理などでは反りなどの変形が生じる可能性が大きい大径の保持器41に好適に適用することができる。
【0054】
このような保持器41が組み込まれたスラストころ軸受10は、低粘度油潤滑条件や、偏心量が大きく大きなスラスト荷重が付加されるなどの過酷な環境でも長期間に亘って性能を維持することができ、自動車のトランスミッションや、トルクコンバータなどに適用するのに好適である。
【0055】
尚、本発明は、前述した実施形態及び実施例に限定されるものではなく、適宜、変形、改良等が可能である。例えば、第2実施形態の保持器は、第1実施形態の第1〜第5の変形例にも適用可能である。
【符号の説明】
【0056】
10,10a,10b,10c スラストころ軸受
12 ころ
13,13a 保持器
14 外輪
15 内輪
16 外輪レース部(外輪レース)
18 内輪レース部(内輪レース)
33 オーステナイト層
34 レイヤー状の化合物層
35 拡散層
41 保持器
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のころと、該複数のころを放射方向に配列する複数のポケットを有し、該複数のころを転動自在に保持する円環状の保持器と、を備えるスラストころ軸受であって、
前記保持器は、570℃〜630℃の塩浴窒化処理によって、表面にレイヤー状の化合物層を形成すると共に、該塩浴窒化処理後に冷却された前記保持器は、前記化合物層と拡散層がオーステナイト層を介さずに連続して形成されることを特徴とするスラストころ軸受。
【請求項2】
前記複数のころが転動するレース部を有し、該保持器を非分離に保持する少なくとも一つのレースを有する請求項1に記載のスラストころ軸受。
【請求項3】
前記保持器の内径寸法が50mm以上であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のスラストころ軸受。
【請求項4】
低粘度油潤滑条件で使用されることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載のスラストころ軸受。
【請求項1】
複数のころと、該複数のころを放射方向に配列する複数のポケットを有し、該複数のころを転動自在に保持する円環状の保持器と、を備えるスラストころ軸受であって、
前記保持器は、570℃〜630℃の塩浴窒化処理によって、表面にレイヤー状の化合物層を形成すると共に、該塩浴窒化処理後に冷却された前記保持器は、前記化合物層と拡散層がオーステナイト層を介さずに連続して形成されることを特徴とするスラストころ軸受。
【請求項2】
前記複数のころが転動するレース部を有し、該保持器を非分離に保持する少なくとも一つのレースを有する請求項1に記載のスラストころ軸受。
【請求項3】
前記保持器の内径寸法が50mm以上であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のスラストころ軸受。
【請求項4】
低粘度油潤滑条件で使用されることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載のスラストころ軸受。
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【公開番号】特開2012−154396(P2012−154396A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−13242(P2011−13242)
【出願日】平成23年1月25日(2011.1.25)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年1月25日(2011.1.25)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
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