説明

タンタル酸リチウム基板の製造方法

【課題】従来法において困難であった高濃度のロジウム(Rh)がドープされたタンタル酸リチウム基板を低コストで容易に製造できる方法を提供すること。
【解決手段】このタンタル酸リチウム基板の製造方法は、基板1の状態に加工されたタンタル酸リチウム単結晶を、Rh板またはPt−Rh合金板2と接触させ、800℃以上、タンタル酸リチウム単結晶の融点未満の温度条件で3時間以上50時間以下熱処理することを特徴とする。尚、熱処理雰囲気は、大気、真空、不活性ガス、還元性ガスの何れでもよく任意である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面弾性波(SAW)デバイス用基板等に用いられるタンタル酸リチウム基板の製造方法に係り、特に、Rh(ロジウム)がドープされたタンタル酸リチウム基板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
タンタル酸リチウム(LT)基板は、携帯電話やテレビ等に搭載されているSAWデバイス用基板として主に用いられている。
【0003】
近年、携帯電話の高周波化に伴い、送受信波の分離機能を持ち、携帯電話のアンテナ部に用いられるデュプレクサにおいては、送信波と受信波の周波数が近接してきている。また、上記デュプレクサとしては、従来、誘電体フィルタが用いられていたが、部品小型化の要請から、現在は送信波を透過させるSAWフィルタと受信波を透過させるSAWフィルタを組み合わせたSAWデバイスが用いられている。ここで、SAWフィルタの中心周波数fは、表面弾性波の音速(伝搬速度)をv、電極の間隔をLとすると、f=v/Lで表される。そして、音速(伝搬速度)、電極間隔は温度に依存するため、温度変化があると中心周波数fのシフトが起る。この温度による周波数シフトのため、例えば、送信波用フィルタの透過周波数帯が受信波の波長域に掛かってしまう等、S/Nを大きく低下させる問題の発生が指摘されている。従って、音速(伝搬速度)の温度依存性がより小さいLT基板が必要とされている。
【0004】
ところで、基板の状態に加工されてLT基板として利用されるLT単結晶は、一般的に引上げ法(チョコラルスキー法:Cz法)を用いて育成されている。Cz法は、坩堝内の原料融液に種結晶を接触させ、種結晶を回転させながらゆっくりと上昇させることにより種結晶と同一方位の単結晶を得る方法である。そして、用いられる坩堝の材質は、育成温度と雰囲気、原料融液との反応性等を考慮して選定されるが、LT単結晶の育成の場合はイリジウム(Ir)製が一般的である。LT単結晶の育成後、冷却され炉から取り出された結晶は、冷却中における結晶内の温度分布に起因した熱応力による残留歪を取り除くため、融点に近い均熱下でアニール処理が施され、更に、結晶全体を単一分極とするため、電圧印加の下で熱処理(ポーリング処理)が施される。そして、ポーリング処理後の結晶は、外周研削、スライス、ラップ、ポリッシュ等の工程を経て製品基板となる。
【0005】
このようにして得られるLT基板において、上記音速(伝搬速度)の温度依存性を抑制する方法として、従来、結晶育成時にロジウム(Rh)を200〜500ppmの範囲でドープさせたRhドープ基板が報告されている(特許文献1参照)。しかし、特許文献1に記載された方法でRhドープのLT基板を製造する場合、現在ではイリジウム(Ir)の3倍以上の価格となった白金(Pt)と、Irの15倍以上の価格となったロジウム(Rh)との合金から成る高価な坩堝を用いる必要があり、非常に製造コストが掛かる問題が存在した。加えて、育成結晶中にドープされるRhの濃度制御が、育成結晶間で困難であることや、1runの結晶成長においても、結晶成長の進行に伴うRhの偏析により結晶内にRh濃度の不均一性を生じさせる問題が存在した。
【0006】
これ等の問題を解決する方法として、特許文献2には、育成雰囲気を還元性若しくは不活性ガス雰囲気とし、坩堝材からのRhの溶解量を抑制する方法が記載されている。しかし、特許文献2の方法を用いた場合、特許文献1に記載の方法と較べ、結晶中に取り込まれるRhの濃度が1/10程度になってしまい、RhドープによるLT基板の温度特性改善効果が不十分となる。加えて、育成結晶中に大量の酸素空孔が生ずるため、育成結晶が黒化し、結晶内に潜熱がこもり易くなって結晶のねじれや曲がり等が発生してしまい、結晶育成の収率が著しく低下してしまう問題があった。
【0007】
このような技術的背景の下、本発明者は、Ir製坩堝を適用し、かつ、初期の原料チャージ時にロジウム(Rh)を添加してRhがドープされたLT単結晶の育成を試みた。しかし、温度特性が改善される十分な濃度のRhを結晶中に取り込ませるには、育成雰囲気中における酸素濃度を20%以上にしなければならず、酸化による坩堝材の劣化が激しくなって実用的でなかった。尚、育成雰囲気中の酸素濃度を高くしなければならない原因として以下のことが考えられる。すなわち、Rhは融液中の酸素と反応してRhイオンとして融液中に溶け込むため、育成雰囲気中の酸素濃度が高くないと、それと平衡する融液中の酸素濃度も高くならず、融液中のRh濃度が制限されてしまうためと考えられる。
【特許文献1】特開昭52−111697号公報(特許請求の範囲、公報13頁左下欄6−9行)
【特許文献2】特公昭57−44202号公報(特許請求の範囲、公報2頁左欄下から7−2行)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明はこのような問題点に着目してなされたもので、その課題とするところは、従来法において困難であった高濃度のロジウム(Rh)がドープされたタンタル酸リチウム基板を低コストで容易に製造できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、請求項1に係る発明は、
Rh(ロジウム)がドープされたタンタル酸リチウム基板の製造方法を前提とし、
基板の状態に加工されたタンタル酸リチウム単結晶を、Rh板またはPt−Rh合金板と接触させ、800℃以上、タンタル酸リチウム単結晶の融点未満の温度条件で、3時間以上50時間以下熱処理することを特徴とする。
【0010】
また、請求項2に係る発明は、
請求項1に記載の発明に係るタンタル酸リチウム基板の製造方法を前提とし、
上記Pt−Rh合金板中のRh組成が20〜40重量%であることを特徴とし、
請求項3に係る発明は、
請求項1または2に記載の発明に係るタンタル酸リチウム基板の製造方法を前提とし、
上記熱処理の雰囲気が、大気であることを特徴とし、
請求項4に係る発明は、
請求項1または2に記載の発明に係るタンタル酸リチウム基板の製造方法を前提とし、
上記熱処理の雰囲気が、真空、還元性ガスまたは不活性ガスであることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るタンタル酸リチウム基板の製造方法によれば、
基板の状態に加工されたタンタル酸リチウム単結晶を、Rh板またはPt−Rh合金板と接触させ、800℃以上、タンタル酸リチウム単結晶の融点未満の温度条件で、3時間以上50時間以下熱処理しているため、従来法において困難であった高濃度のロジウムがドープされたタンタル酸リチウム基板を低コストで容易に製造することができる。
【0012】
従って、音速(伝搬速度)の温度特性に優れたタンタル酸リチウム基板を安価に提供できる効果を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0014】
原子の拡散は、一般的に濃度勾配を駆動力とし温度が高いほど容易となる。本発明者の実験によると、LT結晶に対するRhの拡散は、LT結晶のキュリー温度付近の600℃程度では100時間熱処理しても確認されなかったが、800℃以上の温度では生産的に考え実用レベルである50時間程度の熱処理においても比較的容易に起ることが確認されている。これに対し、Pt−Rh合金の一方を構成するPtの拡散は、LT結晶の融点直下の温度1600℃で、50時間熱処理しても結晶中のPt濃度は2ppm以下と無視できるレベルであることが確認された。従って、LT結晶に対してRhを拡散させるには、Rh板以外にPt−Rh合金板も適用することができる。
【0015】
以下、図1に従い、本発明に係るタンタル酸リチウム基板の製造方法を説明する。
【0016】
まず、単結晶インゴットからスライスされて求められたLT基板1を電気炉3内に配置し、このLT基板1の上下面と接触するようにRh板またはPt−Rh板2を配置した後、電気炉3内の温度を、室温から800℃以上、LT結晶の融点(1650℃)未満の範囲内における所望の温度に昇温する。この時、電気炉3内の雰囲気は、大気、真空、不活性ガス、還元性ガスの何れでもよく任意である。
【0017】
電気炉3内を所望の温度(炉内設定温度)に昇温した後、3時間以上50時間以下の範囲から上記炉内設定温度に応じて選定される熱処理時間、電気炉3内の温度を一定に保持することによりLT基板1中にRhを拡散させる。
【0018】
炉内温度を保持した後、炉内温度を室温まで降温させてLT基板1を取り出す。取り出されたLT基板1は、LT結晶のキュリー温度(約600℃)を超えた温度で熱処理されているので、基板全体の極性を揃えるためにポーリング処理が施され、ラップ処理以降の後工程を行うラインに流される。ここで、LT基板に対するRhの拡散熱処理は、ラップ処理が施されたLT基板に対して行ってもよい。この場合、Rhの拡散熱処理後におけるLT基板は、ポーリング処理後にポリッシュ以降の工程を行うラインに流される。
【0019】
また、図2に示すように、電気炉3内にLT基板1とRh板またはPt−Rh板2を交互に複数配置し、複数枚のLT基板1に対してRhの拡散熱処理を一度に行う方法を採用しても当然のことながらよい。
【0020】
以下、本発明の実施例について具体的に説明する。
【実施例1】
【0021】
Cz法で育成したLT単結晶インゴットをスライスして求めた厚さ0.5mm、直径4インチのLT基板と、厚さ0.1mm、直径4インチのPt70重量%−Rh30重量%の合金板を用い、図1に示した配置構成で、温度1600℃で3時間の熱処理を行った。尚、処理雰囲気は大気とした。
【0022】
そして、熱処理後のLT基板をポーリングした後、LT基板のRh濃度およびPt濃度の分析とキュリー温度の測定を行った。
【0023】
その結果、Rh濃度330ppm、Pt濃度1.5ppm、キュリー温度603.8℃であり、所望のRh濃度が得られた上に、Pt濃度は実用上差し支えないレベルであった。また、キュリー温度は、通常のLT基板の平均値603℃と同レベルであった。
【実施例2】
【0024】
Cz法で育成したLT単結晶インゴットをスライスして求めた厚さ0.5mm、直径4インチのLT基板と、厚さ0.1mm、直径4インチのPt70重量%−Rh30重量%の合金板を用い、図1に示した配置構成で、温度800℃で50時間の熱処理を行った。尚、処理雰囲気は大気とした。
【0025】
そして、熱処理後のLT基板をポーリングした後、LT基板のRh濃度およびPt濃度の分析とキュリー温度の測定を行った。
【0026】
その結果、Rh濃度270ppm、Pt濃度1.1ppm、キュリー温度603.5℃であり、所望のRh濃度が得られた上に、Pt濃度は実用上差し支えないレベルであった。また、キュリー温度は、通常のLT基板の平均値603℃と同レベルであった。
【実施例3】
【0027】
処理雰囲気の条件を除いて、実施例1と同様の配置構成、処理温度、処理時間条件によりLT基板の熱処理を行った。
【0028】
すなわち、Cz法で育成したLT単結晶インゴットをスライスして求めた厚さ0.5mm、直径4インチのLT基板と、厚さ0.1mm、直径4インチのPt70重量%−Rh30重量%の合金板を用い、図1に示した配置構成で、温度1600℃で3時間の熱処理を行った。
【0029】
但し、処理雰囲気については、真空、N2ガス、N2−H2混合ガス、および、Arガスの雰囲気でそれぞれ行った。
【0030】
そして、熱処理後のLT基板をポーリングした後、LT基板のRh濃度およびPt濃度の分析とキュリー温度の測定を行ったところ、真空、N2ガス、N2−H2混合ガス、および、Arガスの全ての雰囲気において、実施例1と同等の結果が得られた。
【実施例4】
【0031】
処理雰囲気の条件を除いて、実施例2と同様の配置構成、処理温度、処理時間条件によりLT基板の熱処理を行った。
【0032】
すなわち、Cz法で育成したLT単結晶インゴットをスライスして求めた厚さ0.5mm、直径4インチのLT基板と、厚さ0.1mm、直径4インチのPt70重量%−Rh30重量%の合金板を用い、図1に示した配置構成で、温度800℃で50時間の熱処理を行った。
【0033】
但し、処理雰囲気については、真空、N2ガス、N2−H2混合ガス、および、Arガスの雰囲気でそれぞれ行った。
【0034】
そして、熱処理後のLT基板をポーリングした後、LT基板のRh濃度およびPt濃度の分析とキュリー温度の測定を行ったところ、真空、N2ガス、N2−H2混合ガス、および、Arガスの全ての雰囲気において、実施例2と同等の結果が得られた。
【実施例5】
【0035】
処理時間のみを50時間とした以外は、実施例1と同様の配置構成、処理温度条件によりLT基板の熱処理を行った。
【0036】
すなわち、Cz法で育成したLT単結晶インゴットをスライスして求めた厚さ0.5mm、直径4インチのLT基板と、厚さ0.1mm、直径4インチのPt70重量%−Rh30重量%の合金板を用い、図1に示した配置構成で大気の雰囲気下、温度1600℃で50時間の熱処理を行った。
【0037】
そして、熱処理後のLT基板をポーリングした後、LT基板のRh濃度およびPt濃度の分析とキュリー温度の測定を行ったところ、Rh濃度890ppm、Pt濃度1.9ppm、キュリー温度603.9℃であった。
【0038】
この結果、Pt−Rh製の坩堝が用いられる特許文献1に記載の従来法では、セル成長、多結晶化が生じて得ることが困難であった高濃度Rhドープのタンタル酸リチウム基板を得ることができ、かつ、Pt濃度も実用上差し支えないレベルであり、更に、キュリー温度も通常のLT基板の平均値603℃と大差の無いレベルであることが確認された。
[比較例1]
処理時間のみを2時間とした以外は、実施例1と同様の配置構成、処理温度条件によりLT基板の熱処理を行った。
【0039】
すなわち、Cz法で育成したLT単結晶インゴットをスライスして求めた厚さ0.5mm、直径4インチのLT基板と、厚さ0.1mm、直径4インチのPt70重量%−Rh30重量%の合金板を用い、図1に示した配置構成で大気の雰囲気下、温度1600℃で2時間の熱処理を行った。
【0040】
そして、熱処理後のLT基板をポーリングした後、LT基板のRh濃度およびPt濃度の分析とキュリー温度の測定を行ったところ、Rh濃度190ppm、Pt濃度0.9ppm、キュリー温度603.2℃であった。
【0041】
この結果、温度特性の改善効果が顕著に現れるRh濃度200ppmに達していないことが確認された。
[比較例2]
処理温度のみを750℃とした以外は、実施例2と同様の配置構成、処理時間条件によりLT基板の熱処理を行った。
【0042】
すなわち、Cz法で育成したLT単結晶インゴットをスライスして求めた厚さ0.5mm、直径4インチのLT基板と、厚さ0.1mm、直径4インチのPt70重量%−Rh30重量%の合金板を用い、図1に示した配置構成で大気の雰囲気下、温度750℃で50時間の熱処理を行った。
【0043】
そして、熱処理後のLT基板をポーリングした後、LT基板のRh濃度およびPt濃度の分析とキュリー温度の測定を行ったところ、Rh濃度170ppm、Pt濃度0.8ppm、キュリー温度603.2℃であった。
【0044】
この結果、温度特性の改善効果が顕著に現れるRh濃度200ppmに達していないことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明によれば、高濃度のロジウムがドープされたタンタル酸リチウム基板を低コストで容易に製造することができるため、携帯電話やテレビ等に搭載されているSAWデバイス用基板に適用される産業上の利用可能性を有している。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明に係るタンタル酸リチウム基板の製造方法の一例を示す説明図。
【図2】本発明に係るタンタル酸リチウム基板の製造方法の他の例を示す説明図。
【符号の説明】
【0047】
1 タンタル酸リチウム(LT)基板
2 Rh板またはPt−Rh合金板
3 電気炉

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Rh(ロジウム)がドープされたタンタル酸リチウム基板の製造方法において、
基板の状態に加工されたタンタル酸リチウム単結晶を、Rh板またはPt−Rh合金板と接触させ、800℃以上、タンタル酸リチウム単結晶の融点未満の温度条件で、3時間以上50時間以下熱処理することを特徴とするタンタル酸リチウム基板の製造方法。
【請求項2】
上記Pt−Rh合金板中のRh組成が20〜40重量%であることを特徴とする請求項1に記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法。
【請求項3】
上記熱処理の雰囲気が、大気であることを特徴とする請求項1または2に記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法。
【請求項4】
上記熱処理の雰囲気が、真空、還元性ガスまたは不活性ガスであることを特徴とする請求項1または2に記載のタンタル酸リチウム基板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−120417(P2009−120417A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−293957(P2007−293957)
【出願日】平成19年11月13日(2007.11.13)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】