説明

チタニア結晶体、その製造方法、チタニア積層基板、及び色素増感太陽電池

【課題】一次元構造を有するアナターゼ型のチタニア結晶体、その製造方法、及びこのチタニア結晶体を用いた色素増感太陽電池に関し、その光触媒特性及び光電変換特性に優れる発明を提供する。
【解決手段】疎水性ブロック及び親水性ブロックを有するブロック共重合体(A)を含む水溶液と、チタンアルコキシド(B)を溶解させた有機溶媒(C)とを、混合して混合液にする混合工程と、前記混合液の温度を120℃から180℃までの範囲内に設定し、雰囲気の圧力を設定温度における飽和蒸気圧となるようにし、前記混合液を反応させチタニアゾルにする反応工程と、前記チタニアゾルを加熱しワイヤー形状を有するチタニア粒子を焼成する焼成工程とを、含むチタニア結晶体の製造方法であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アナターゼ型のチタニア結晶体を利用する分野において、その光触媒特性及び光電変換特性を向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
チタニア(二酸化チタン)は、光励起した時の強い酸化力を利用して、生活用品、産業機器、建材製品、レジャー製品等の表面にコーティングされる等して、これら各種製品の抗菌・消臭・防汚等を目的とする光触媒として広く実用化されている。
またチタニアのこの強い酸化力を応用し、このチタニアの表面に色素を吸着させて構成され照射光の光エネルギーを光電変換して発電する色素増感太陽電池の実用化に向けた研究が進められている。
【0003】
チタニアは、同一組成で結晶構造の異なる多形が複数存在することが知られ、その中でアナターゼ(Anatase)型が、他のルチル(Rutile)型又はブルッカイト(Brookite)型に対比して、光触媒特性及び光電変換特性に優れることが知られている。
このアナターゼ型のチタニアは、結晶系が正方晶系に属し、その単位格子(unit cell)のc軸方向に延びる一次元構造をとることが知られている(例えば、非特許文献1)。
【0004】
【非特許文献1】Penn,R.L.,and J.F.Banfield,Geochimica Cosmochimica Acta,63,1549-1557(1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
チタニアの光触媒特性及び光電変換特性が、その結晶構造に依存して変化することは、広く知られているところである。しかし、一次元構造を有するチタニア結晶体について、実用面で有益な特性を実証した報告例は、見当たらない。
本発明は、一次元構造を有しかつ細径のチタニア結晶体を製造する方法を確立するとともに、そのようなチタニア結晶体の有益な光特性を明らかにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、本発明は、チタニア結晶体の製造方法において、疎水性ブロック及び親水性ブロックを有するブロック共重合体(A)を含みpH1からpH5の間に設定した水溶液と、チタンアルコキシド(B)を溶解させた有機溶媒(C)とを、少なくとも混合して混合液にする混合工程と、前記混合液の温度を120℃から180℃の間に設定し、雰囲気の圧力を設定温度における飽和蒸気圧となるようにし、前記混合液を反応させチタニアゾルにする反応工程と、前記チタニアゾルを加熱しチタニア微結晶が一次元に連結してなるチタニア結晶体を焼成する焼成工程とを、含むことを特徴とする。
【0007】
このように発明が構成されることにより、アナターゼ型のチタニア微結晶の複数が結晶軸を揃えて連結した一次元構造を有するとともに略矩形断面の一辺がチタンの原子配列の10〜50周期分に相当する細径のチタニア結晶体が得られる。
このチタニア結晶体の集合物は、球状のチタニア粒子の集合物よりも優れた光特性を有するという実験結果が得られた。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、一次元構造を有しかつ細径のチタニア結晶体を製造する方法が確立されるとともに、チタニア結晶体を利用して光触媒特性及び光電変換特性に優れる製品が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明のチタニア結晶体の製造方法の実施形態についてその具体的な構成要素に関し説明を行う。
【0010】
ブロック共重合体(A)は、疎水性ブロック及び親水性ブロックを有する高分子界面活性剤であって、例えば、ポリオキシエチレンブロック−ポリオキシプロピレンブロック−ポリオキシエチレンブロックを好適に用いることができる。
このブロック共重合体は、下記一般式で表される。ここで、p及びrは20以上であり、qは10以上であり、全体の分子量が1000以上あることが望ましい。
【0011】
【化1】

【0012】
このブロック共重合体(A)は、水に溶解され、さらに水素イオン指数がpH1からpH5の間に設定された水溶液にされる。
このブロック共重合体(A)は、後で水溶液中に投入されるチタンアルコキシド(B)が加水分解してチタニア微結晶を生じさせる際に、反応空間を制御して、チタニア微結晶の核生成(図3(a)参照)を促すとともにその結晶成長を抑制する機能を果すと考えられている。
従って、このブロック共重合体(A)は、温度が上がると、その熱分子運動が激しくなり、疎水性ブロック及び親水性ブロックの規則構造が崩壊するために、前記した機能が弱まる。逆に、温度が下がるほど、熱分子運動が弱まるために、前記した機能が強く働くようになる。
【0013】
またブロック共重合体(A)の水溶液の水素イオン指数がpH1以上であることにより、加水分解して生成するチタニア微結晶はアナターゼ型の結晶構造をとる。一方、水溶液の水素イオン指数がpH1よりも小さいと、生成するチタニア微結晶はルチル型の結晶構造をとる。
そして、またブロック共重合体(A)の水溶液の水素イオン指数がpH5以下であることにより、加水分解して生成するチタニア微結晶は一次元構造をとるようになる。一方、水溶液の水素イオン指数がpH5よりも大きいと、生成するチタニア微結晶は、シート状、又はシートが巻かれたチューブ状、ロッド状、若しくは花弁状を呈する。
つまり、ブロック共重合体(A)の溶解した水溶液の水素イオン指数がpH1からpH5の間に設定されていることにより、アナターゼ型の結晶構造を有し一次元構造を有するチタニア結晶体が得られることになる。
【0014】
また、ブロック共重合体(A)の分子量が1000以上あることにより、水溶液に適切な粘度を与え、後に混合される有機溶媒(C)及びこれに溶解するチタンアルコキシド(B)を、この水溶液に微細に均一分散させることが可能になるとともに、水溶液と有機溶媒(C)とが分離することを防止する。
さらに、ブロック共重合体(A)の分子量が1000以上あることにより、このようにして混合された混合液が反応して成るチタニアゾルにおいても、所定の粘度となり、後にこのチタニアゾルを基板表面に被覆させる際の塗工性ならびに熱処理後の皮膜の密着性の向上に寄与する。
【0015】
チタンアルコキシド(B)は、アルコールのR−O−HのHをチタンと置換させたアルコール誘導体であって、少なくとも一つのTi−O−C結合を持つ化合物である。
チタンアルコキシド(B)は、チタニアゲルを製造する出発原料であって、例えば、チタンテトラメトキシド、チタンテトラエトキシド、チタンテトライソプロポキシド、チタンテトラ−n−プロポキシド、チタンテトラ−n−ブトキシド、チタンテトライソブトキシド、チタンメトキシプロポキサイド、チタンジクロライドジエトキサイド等が挙げられる。
【0016】
有機溶媒(C)は、アルコールや多座配位子化合物等の有機溶媒が適用され、チタンアルコキシド(B)を化学修飾して、チタンアルコキシド(B)の後記する加水分解が急速に進行して非アナターゼ型チタニアとなることを抑制する機能を有する。
アルコールとしては、イソプロピルアルコール、メトキシプロパノール、ブタノール等を適用することができる。多座配位子化合物としては、例えば、ビアセチル、ベンジル、アセチルアセトン等のジケトン化合物を適用することができ、特に、アセチルアセトンが好適である。これらの多座配位子化合物等は、単独で用いてもよいし、イソプロピルアルコール、メトキシプロパノール、ブタノール等のアルコールと混合して用いてもよい。
有機溶媒(C)の配合量は、チタンアルコキシド(B)に対し、溶媒:チタンアルコキシドがモル比において、3:1〜1:1又はその範囲付近の割合となるようにする。このような割合の配合によりチタンアルコキシドはその溶液中で安定化し、反応工程における加水分解反応の速度調整が容易になる。
【0017】
(混合工程・反応工程の説明)
ブロック共重合体(A)を水溶媒に溶解させた水溶液を作製する。次にチタンアルコキシド(B)を有機溶媒(C)に溶解させた有機溶液を作製する。
そして、このように作製した水溶液と、有機溶液とを混合し充分に撹拌して均一状態にした混合液を作製する(混合工程)。
この状態において、ブロック共重合体(A)が、チタンアルコキシド(B)と水溶媒との間をうまく取り持って、両者を微細に混和させている。
【0018】
次に、作製した混合液を耐圧性のオートクレーブ容器に封入し、温度を120℃から180℃までの間に設定し、その温度を維持したまま所定時間(数時間から数十時間にかけて)保持する。
これにより、オートクレーブ容器の内部の雰囲気は、設定温度における混合液の飽和蒸気圧に設定され、水溶媒及び有機溶媒(C)が蒸発することなく、混合液において水熱反応が進行し、チタニアゾルが生成することになる(反応工程)。
【0019】
つまり、チタンアルコキシド(B)が加水分解するとともに、縮重合反応を繰り返すことにより、チタニアの核が生成し(適宜、図3(a)参照)、さらに成長してチタニア微結晶20となる(適宜、図4,5参照)。
さらにこのチタニア微結晶20は、隣接するもの同士で共通する結晶面において結合し、この結合を一方向において繰り返し、一次元構造を有するチタニア結晶体30を構成する(適宜、図6参照)。なお、有機溶媒(C)は、チタンアルコキシド(B)を化学修飾していることによって、この反応工程における加水分解の安定化に寄与している。
【0020】
ここで、反応工程における設定温度が180℃を超えると、前記したようにブロック共重合体(A)が界面活性剤としての機能を果たせなくなるために、生成したチタニア微結晶はさらに結晶成長してから一次元に連結するために、太径の一次元構造を有するチタニア結晶体が生成することになる。
一方、設定温度が120℃に満たないと、逆にブロック共重合体(A)の界面活性剤としての機能が効き過ぎて、チタニアの生成核の成長が阻害され、互いに連結することもなく、アスペクト比が1に近い球状のチタニア粒子が生成することになる。
つまり、混合液の設定温度が120℃から180℃までの間に設定されていることにより、略矩形断面の一辺が、チタンの原子配列の10〜50周期分に相当する4nm〜20nmである細径の一次元構造を有するチタニア結晶体が得られることになる。
【0021】
(焼成工程の説明)
このように生成したチタニアゾルを基板上に塗工した後に、この基板ごと焼成し、その基板面に、チタニア結晶体を含んで形成される多孔質層43を積層したチタニア積層基板40(図7(a)参照)を作製することができる。
なおチタニアゾルの焼成条件としては、一般的には、400〜500℃の設定温度の下で30分〜2時間の時間をかけて行う。
【0022】
高品質の多孔質層(膜)を基板上に形成させるためには、チタニアゾルは、チタニアの含有量が7重量%から12重量%の間に設定されていることが望ましい。この含有量を調節するのに当り、チタニアを濃縮する場合は減圧下で溶媒を揮発させる方法がとられる一方、希釈する場合はこの溶媒を追加する方法が取られる。
このチタニア含有量が7重量%を下回ると、多孔質層43を構成するチタニア結晶体が緻密になりすぎて所望とする光触媒特性及び光電変換特性が得られない。
またチタニア含有量が12重量%を上回ると、塗工性が低下し、膜厚が不均一になり膜が剥離しやすくなる。
【0023】
図1は、そのようにして得られたチタニア結晶体の集合物のTEM観察像である。図2は、このチタニア結晶体の集合物に対して行った電子線回折像であり、結晶構造がアナターゼであることを示している。
TEM像、電子線回折像に示されるように、本発明の実施形態に係るチタニア結晶体の製造方法により製造されたチタニア結晶体は(適宜、図6参照)、結晶軸が揃ったアナターゼ型の結晶構造を有し、一次元構造を有するものであるといえる。
【0024】
次に図3を参照して、チタニアの原子配列の説明を行う。
図3(a)は、チタニアの基本構造を示す模型(基本構造体)の斜視図であり、(b)はその上面図であり、(c)は(a)のチタン原子の位置を原点にしたそのa−c断面図であり、(d)はそのb−c断面図である。
ここで座標軸を示すa,b,cは、正方晶系に属するアナターゼ型チタニアの単位格子21(図5(b)(c)参照)の結晶軸a,結晶軸b,結晶軸cの方向に対応している。
【0025】
アナターゼ型のチタニア微結晶20は(図5参照)、図3(a)の斜視図に示されるような、1個のチタン原子を中心に6個の酸素原子が配位した八面体の原子配列を示す基本構造体10が、複数組み合わされてれることにより構成される(適宜、図4参照)。
アナターゼ型のチタニアの単位格子21は(図5(b)(c)参照)、格子定数がa=b=0.380nm,c=0.950nmである正方晶系を示し、図3(a)に示す基本構造体10を4個分含む構成となっている
【0026】
この基本構造体10は、図3(c)(d)に示されるように、チタニアの結晶軸cに沿うTi−O結合長は197pmであり、結晶軸a,bに沿うTi−O結合長は194pmであってO−Ti−O結合角は155°となっている。
このような基本構造体10の八面が成す12本の稜線は、その長さをp,q,r(p<q<r)の三種類に分類することができる。
【0027】
次に、図4及び図5を参照してアナターゼ型のチタニア微結晶20の説明を行う。
図4は、チタニア微結晶20の構成を各層毎に分離して表した分解斜視図である。
このように、アナターゼ型のチタニア微結晶20は、最短を示す4本の稜線p(図3(a)参照)が互いに共有するように、基本構造体10が立体配置して構成される。
また、アナターゼ型のチタニア微結晶20は、図4に示されるとおり、基本構造体10の二本の稜線q(p<q<r)(図3(a)参照)が交わる頂点部分が、隣接する基本構造体10同士で互いに接触して正方配列している層が、交互に90°回転し積層してなるものである。
【0028】
図4において、チタニア微結晶20を構成する各層は、1×1,1×2,2×2,2×3,3×3,3×4,4×4,4×3,3×3,3×2,2×2,2×1,1×1で基本構造体10が配列し、合計13段が積層しているものが示されているが、これを一般化して、基本構造体10が、m×m,m×m+1,…,m+n−1×m+n,m+n×m+n,m+n×m+n−1,…,m×m+1,m×m(n,m;自然数)で配列した層がで積層されたものと規定することができる。
このチタニア微結晶20の構造を換言して表現すると、基本構造体10が、その最短の稜線pを共有するようにc軸方向に積層して成長して成る八面体形状の単結晶構造と表現することもできる。
【0029】
そして、図5(a)は、基本構造体10が配列し積層してなるチタニア微結晶20の全体斜視図であり、(b)は(a)のb−c面を望むチタニア微結晶20の側面図であり、(c)は(a)のa−c面を望むチタニア微結晶20の側面図である。
このように、アナターゼ型のチタニア微結晶20は、八面体形状を有し、側面視において貫通孔を備える疎な構成を有するのが特徴であり、その特異な光触媒特性及び光電変換特性この特徴的な構造に由来していると考えられている。
また、図5(b)(c)中の破線は、アナターゼ型のチタニアの構造周期を示す単位となる単位格子21である。
【0030】
次に図6を参照し、チタニア微結晶20が連結してなるチタニア結晶体30の形態について説明する。
図6(a)に示す側面図は、複数のチタニア微結晶20,20…を、その結晶軸cに沿って連結させてなるチタニア結晶体30aを示している。図6(a)ではチタニア微結晶20の頂点から数段が、隣接するチタニア微結晶20同士で共有するように一体化した構成となっている。
【0031】
図6(b)(c)に示す側面図は、複数のチタニア微結晶20,20…を、その結晶軸cに対して傾斜角を有する方向に沿って連結させてなるチタニア結晶体30b,30cを示している。図6(b)(c)ではチタニア微結晶20の八面体の斜面の一部を、隣接するもの同士で相互に共有する形式で連結が行われている。
【0032】
以上の、図6(a)(b)(c)では、チタニア結晶体30の長手方向にそって断面積が周期的に変化する一次元構造が得られる。
これに対し図6(d)においては、隣接するチタニア微結晶20が八面体の斜面全面が相互に共有する形式で連結しているために、チタニア結晶体30dの長手方向にそって断面積が一定な一次元構造が得られる。
【0033】
なお、図6(a)から(d)のチタニア結晶体30の構成は例示であり、連結するチタニア微結晶20の個数は任意であり、隣接するチタニア微結晶20同士が共有する部分の位置・大きさも任意である。また、チタニア結晶体30の一本の一次元構造は、図6(a)から(d)に代表して示される単一形式をとる場合に限られず、これらの複合形式をとる場合も含まれる。
また、図示されるこれらチタニア結晶体30は、説明のために矩形断面の一辺がチタンの原子配列の4周期分であるものを例示しているが、10〜50周期分であるものが、前記した製造方法において高収率で得られるとともに、良好な光触媒特性及び光電変換特性(後述)が発揮される点で好ましい。
50周期分を超える範囲においては、チタニア結晶体30の集合体の単位体積当りの表面積が小さくなり、所望する光触媒特性及び光電変換特性が得られないからである。
【0034】
このようにして得られたチタニア結晶体30の集合体を基板面に積層させたチタニア積層基板は、光触媒材料として利用することができる。具体的には、ホルムアルデヒド等の有害ガスの分解・除去、大気汚染の除去、殺菌・抗菌、水を分解させて水素を発生させる等を効率よく行うことができる。
【0035】
次に図7を参照して、本発明に係るチタニア結晶体30の集合体を利用した色素増感太陽電池50の実施形態を示すとともに、その優れた光電変換特性について示す。
図示されるように色素増感太陽電池50は、チタニア積層基板40と、これに対向配置し外部負荷Rを通じて電気的に連通する対極52と、スペーサ51に密閉された空間に充填されて対極52からチタニア積層基板40の方向に電子を輸送する電解質Lと、から構成される。
【0036】
チタニア積層基板40は、透明電極基板41と、下地層42と、多孔質層43とから構成されるものであって、照射光Bの透過機能及び電子の集電機能を有するものである。
このように色素増感太陽電池50が構成されることにより、照射光Bの光エネルギーを電気エネルギーに光電変換して、外部負荷Rに電力を供給する。
【0037】
透明電極基板41は、0.1〜4mm厚の板状のガラス製またはプラスチック製の透明基板の片面に、膜厚が0.1〜10μmの導電性光透過膜(例えば、ITO膜:Indium-Tin-Oxide)が公知の方法によりコーティングされている。
この透明電極基板41は、照射光Bを、その光エネルギーを減衰させることなく透過させる機能と、下地層42及び多孔質層43から放出される電子をITO膜にて集電し結線で導いて外部負荷Rに伝達させる機能とを有するものである。
【0038】
下地層42は、透明電極基板41の表面の直上に設けられているものであって、球状のチタニア粒子を含むものである。
この下地層42は、多孔質層43と基板表面との物理的な密着性がよくないことに配慮して、両者の間に介在し密着性を改善して電気的・機械的特性を向上させるものである。
このように、チタニア結晶体30の集合体である多孔質層43と、基板表面との密着性が良くないのは、一次元構造を有するチタニア結晶体30の集合体は、嵩高な性状を示し、平滑面を有する基板表面と物理的に接触する面積が小さいためと考えられている。
よって、下地層42を構成する球状のチタニア粒子は、基板表面との接触面積が充分に確保されるものであって、かつ後記するヨウ素イオンやIイオンが通過することが可能な間隙を形成するものであることが望まれる。具体的には、粒径が1〜5nmのチタニア粒子であるものが好ましい。そして、下地層42を構成する球状のチタニア粒子の表面にも色素が吸着される。
【0039】
多孔質層43は、下地層42の片面に、前記した反応工程で得られたチタニアゾルを塗布し前記した焼成工程を経て積層されているチタニア結晶体30(図6参照)の集合物である。若しくは、下地層42との一体性を具備させるために、この下地層42を構成する球状のチタニア粒子と、一次元構造のチタニア結晶体30(図6参照)とを混合して多孔質層43を構成する場合もある。
【0040】
このように、多孔質層43に含まれるチタニア結晶体30(図6参照)は、その矩形断面の一辺がチタンの原子配列の10〜50周期分に相当する4nm〜20nmの範囲に含まれる微細なものである。
そして、チタニア結晶体30は、その一次元方向に沿って結晶軸が揃っており、さらに結晶の配列が不連続になる粒界が少なくなる分、電子の流通が円滑になるので、色素増感太陽電池50の光電変換特性の向上に寄与する。
【0041】
さらに、一次元構造でかつ細径なチタニア結晶体30の密集構造にあっては、色素を吸着させる表面積を充分に確保することができるとともに、嵩高な性状を備えるので後記するヨウ素イオンやIイオンが抵抗少なく通過するのに充分な大きさの隙間の連続空間を形成する。
このため、多孔質層43を厚くしても、これらヨウ素イオンやIイオンの通過を阻害することがない。
よって、一次元構造のチタニア結晶体30を含んで構成される多孔質層43は、球状のチタニア粒子のみから構成される場合と比較して、厚く構成することができ、照射光Bの単位受光面積当りの色素吸着量を増やすことができる。
このように多孔質層43を構成するチタニア結晶体30の一次元構造に由来して、色素から電子注入を受けて透明電極基板41に放出する電流密度を向上させることができる。
【0042】
このように色素は、多孔質層43の表面に吸着し照射光Bを吸収すると励起して、この多孔質層43に電子を注入するものである。
色素によるこのような電子注入は、照射光Bの光エネルギーを吸収することにより多孔質層43を構成するチタニアの伝導体のレベルよりも約0.2eV高いエネルギーまで励起することにより生じる。
【0043】
ここで色素は、例えば、ルテニウム錯体、特にルテニウムビピリジン錯体、フタロシアニン、シアニン、メロシアニン、ポルフィリン、クロロフィル、ピレン、メチレンブルー、チオニン、キサンテン、クマリン、ローダミン等の金属錯体ないしは有機色素ならびにそれらの誘導体を用いることができる。
また、色素を多孔質層43の表面に吸着させる方法としては、この色素を分散させた溶液中に、透明電極基板41を所定時間浸漬させることにより行うことができる。
【0044】
対極52は、多孔質層43を挟んで透明電極基板41に対向するとともにこの透明電極基板41と外部負荷Rを通じて電気的に連結される白金電極である。
そして、この対極52と透明電極基板41の周縁には、両極の間隔を設定するとともに閉空間が密閉されるように、スペーサ51が設けられている。
【0045】
電解質Lは、透明電極基板41と対極52との間に形成されている閉空間に封入されるとともに対極52から透明電極基板41の方向に電子を輸送するものである。
この電解質Lは、多孔質層43に電子注入を果した色素に電子を供与することができるイオンが含まれていれば特に限定されないが、I/Iを含むヨウ素系の電解液が好ましく用いられる。その他、Br/Br系、キノン/ハイドロキノン系などの電解質をアセトニトリル、炭酸プロピレン、エチレンカーボネートなどの電気化学的に不活性な溶媒(およびこれらの混合溶媒)に溶かしたものを使用してもよい。
【0046】
次に、色素増感太陽電池50の動作原理について説明する。まず、色素増感太陽電池50の透明電極基板41に照射光Bが入射すると、この照射光Bは、透明電極基板41では吸収されることなくほとんどが透過して多孔質層43に到達する。そして、この下地層42及び多孔質層43の表面に吸着する色素に照射光Bが当ると、この色素は照射光Bの光エネルギーを吸収して励起する。この励起が、チタニアの伝導体のレベルよりも約0.2V高いエネルギーまで到達すると、色素からチタニアへ電子が注入される。
【0047】
ところで、色素は、照射光Bを吸収して励起してもそのままの状態で放置されると注入された電子が色素と再結合してしまう。そこで、このような電子の再結合が起こる前に、その周りを取り囲んでいる電解質L中のイオンが移動して色素に電子を供与することになる。このように、イオンが移動する多孔質層43の隙間は、移動抵抗が少ない上に色素が高密度で吸着している特徴を有しているので、チタニアに注入した電子が再結合する前に、イオンから色素に電子供与させることができる。
【0048】
そして、色素に電子を供与して酸化されたイオンは、今度は反対の対極52の方向に向かって、多孔質層43の隙間を大きな抵抗を受けずに移動することができる。そして、酸化されたイオンが、対極52に到達するとそこから電子を受容することにより還元される。
このように、電解質L中のイオンが、色素と対極52との間を何回も往復して、酸化・還元反応を繰り返すことにより、透明電極基板41と対極52との間に電位勾配が発生する。
そして、透明電極基板41と対極52とが外部負荷Rを介して短絡されると、この外部負荷Rに電力が供給されることになる。すると、電解質L中のイオンは、多孔質層43の隙間を連続的に往復するが、移動抵抗が少ないことにより、色素増感太陽電池50における高出力・高効率の発電が実現される。
【実施例】
【0049】
以下に、本発明に係る一次元構造を有するチタニア結晶体を利用した色素増感太陽電池の効果を確認した実施例について説明する。
(下地層42の作製)
まず、粒径が1〜5nmであるチタニア粒子を0.8Mで含むチタニアゲル(以下、「下地ゲル」という)を作製する。
この下地ゲルをシート抵抗が2 Ω/□のITO透明導電膜(Indium-Tin Oxide )(ジオマテック社製)の上にセロテープ(登録商標)を所定の穴を空けて貼り、下地ゲルを空いた部分にのせ、ガラス棒で押し伸ばし、乾燥後10分間450 ℃で焼成して薄膜を得る。この工程を2回繰返し、下地層42(図2参照)を得る。
【0050】
(多孔質層43の作製)
次に一次元構造のチタニア結晶体30を含むチタニアゲル(以下、「発明ゲル」という)と、下地ゲルとを混合し、チタニア濃度が12重量%であるチタニアゲル(以下「実施例ゲル」という)を作製する。
この実施例ゲルを下地層42の部分にのせ、ガラス棒で押し伸ばし、乾燥後10分間450 ℃で焼成して薄膜を得る。この工程を2回繰返して層数2とした多孔質層43を有するチタニア積層基板40を「実施例1」とし、工程を5回繰返して層数5とした多孔質層43を有するチタニア積層基板40を「実施例2」とする。
【0051】
多孔質層43の焼成完了後、3×10−4M の濃度のルテニウム色素N719のエタノール溶液に、チタニア積層基板40を20時間浸漬し、色素をその内部表面に吸着させる。
ITO透明導電膜に白金を蒸着させた対極52とチタニア積層基板40とを向かい合うように重ね合わせて、電極間に電解質Lを満たし色素増感太陽電池50を構成した(図7(a)参照)。なお、セルサイズは5mm×5mmとし、電解質Lは、0.6M DMPII(1,2-Dimethyl-3-propylimidazoliumiodide) 0.1M LiI, 0.05M I2 and 0.5M TBP(tert-butylpyridine) を Acetonitrile に溶解したものを用いた。
【0052】
(比較例)
前記手順において、前記した実施例ゲルに代えて、粒径が1〜5nmであるチタニア粒子を0.4Mで含む下地ゲルに、市販品のチタニア粒子P25(日本アエロジル製)を8重量%加え、チタニア濃度を10.5重量%としたチタニアゲル(以下「比較例ゲル」という)を適用した。
そして、この比較例ゲルを層数2として塗工した多孔質層を有するチタニア積層基板を「比較例」とする。この比較例のチタニア積層基板を用いて色素増感太陽電池を構成する手順は実施例と同じである。
【0053】
(測定結果)
透明電極側から照射光を入射させ、色素増感太陽電池の性能を測定した。この照射光は、山下電装製の擬似太陽光(100 mW/cm2 )を用い、ぺクセル社製のI−V測定システムで電流−電圧曲線を測定した。
【0054】
その結果を図7(b)に示す。
多孔質層43の厚さ(層数)を揃えて比較した比較例(P25のチタニア)と実施例1(一次元構造のチタニア)との対比結果については、短絡電流密度JSC、及び光電変換効率Effの数値が、実施例1において優れた結果が得られた。この結果より、一次元構造のチタニア微結晶を利用したチタニア積層基板40が、優れた光触媒特性及び光電変換特性を備えることが示唆された。
【0055】
次に、多孔質層43の厚さ(層数)を変化させて比較した実施例1(2層)と実施例2(5層)との対比結果については、短絡電流密度JSC、及び光電変換効率Effの数値が、実施例2において優れた結果が得られた。一方、比較例(2層)に対応する(5層)のものについては、実験結果を示さないが、層数を増やしても特性向上は認められなかった。
この結果より、一次元構造のチタニアを用いた多孔質層43は、電解質Lのイオン移動の抵抗が小さい分、厚く構成して照射面に対する色素密度を向上させることができ、色素増感太陽電池50の発電特性を向上させることができるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明に係るチタニア結晶体の実施形態を示す高分解能TEM像であり、観察されるチタニア結晶体は、その構成の繰り返し単位(チタニア微結晶)が結晶軸を揃えて連結した一次元構造を有している。
【図2】図1に示されるチタニア結晶体の集合物に対して行った電子線回折像であり、結晶構造がアナターゼであることを示している。
【図3】(a)はチタニアを組成するチタン原子とこのチタン原子を中心としてその周りに配位する酸素原子とを示すチタニアの基本構造体の斜視図であり、(b)はその上面図であり、(c)は(a)のチタン原子の位置を原点にしたa−c断面図であり、(d)はb−c断面図である。
【図4】図2(a)で示される基本構造体を組み合わせてなるチタニア微結晶の分解斜視図である。
【図5】(a)はチタニア微結晶の全体斜視図であり、(b)は(a)のb−c面を望むチタニア微結晶の側面図であり、(c)は(a)のa−c面を望むチタニア微結晶の側面図である。
【図6】(a)はチタニア結晶体の一次元構造の直線方向とその繰り返し単位構造であるチタニア微結晶の結晶軸cとが、一致するように連結されているものを示す側面図であって、(b)(c)(d)はチタニア結晶体の直線方向に対するチタニア微結晶の結晶軸cの傾斜角度を変化させて連結したものを示す側面図である。
【図7】(a)は本実施形態における色素増感太陽電池の縦断面図を示し、(b)はこの色素増感太陽電池の発電特性を示す実験結果である。
【符号の説明】
【0057】
10 基本構造体
20 チタニア微結晶
21 単位格子
30(30a,30b,30c,30d) チタニア結晶体
40 チタニア積層基板
42 下地層
43 多孔質層
50 色素増感太陽電池
52 対極
B 照射光
L 電解質
ff 光電変換効率
SC 短絡電流密度
R 外部負荷

【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水性ブロック及び親水性ブロックを有するブロック共重合体(A)を含みpH1からpH5の間に設定した水溶液と、チタンアルコキシド(B)を溶解させた有機溶媒(C)とを、少なくとも混合して混合液にする混合工程と、
前記混合液の温度を120℃から180℃の間に設定し、雰囲気の圧力を設定温度における飽和蒸気圧となるようにし、前記混合液を反応させチタニアゾルにする反応工程と、
前記チタニアゾルを加熱しチタニア微結晶が一次元に連結してなるチタニア結晶体を焼成する焼成工程とを、含むことを特徴とするチタニア結晶体の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のチタニア結晶体の製造方法において、
前記ブロック共重合体(A)は、分子量が1000以上であるポリオキシエチレンブロック−ポリオキシプロピレンブロック−ポリオキシエチレンブロックであることを特徴とするチタニア結晶体の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のチタニア結晶体の製造方法における前記反応工程で得た前記チタニアゾルは、チタニアの含有量が7重量%から12重量%の間に調節されることを特徴とするチタニア結晶体の製造方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のチタニア結晶体の製造方法によって製造されたチタニア結晶体。
【請求項5】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のチタニア結晶体の製造方法における前記反応工程で得た前記チタニアゾルを塗布し前記焼成工程を経て製造される前記チタニア結晶体を含んで形成される多孔質層が積層しているチタニア積層基板。
【請求項6】
請求項5に記載のチタニア積層基板において、基板表面に設けられている球状のチタニア粒子を含む下地層の上に、前記多孔質層が設けられていることを特徴とするチタニア積層基板。
【請求項7】
請求項5又は請求項6に記載のチタニア積層基板であって照射光の透過機能及び電子の集電機能を有するチタニア積層基板と、
前記多孔質層の表面に吸着するとともに照射光を吸収して励起するとこの多孔質層に電子を注入する色素と、
前記多孔質層を挟んで前記チタニア積層基板に対向するとともにこのチタニア積層基板と外部負荷を通じて電気的に連結する対極と、
前記チタニア積層基板と前記対極との間に封入されるとともに前記対極から前記チタニア積層基板の方向に電子を輸送する電解質と、を備えることを特徴とする色素増感太陽電池。
【請求項8】
アナターゼ型のチタニア微結晶の複数が結晶軸を揃えて連結した一次元構造を有するとともに略矩形断面の一辺がチタンの原子配列の10〜50周期分に相当するチタニア結晶体。
【請求項9】
請求項8に記載のチタニア結晶体を含んで形成される多孔質層が積層しているチタニア積層基板。
【請求項10】
請求項9に記載のチタニア積層基板において、基板表面に設けられている球状のチタニア粒子を含む下地層の上に、前記多孔質層が設けられていることを特徴とするチタニア積層基板。
【請求項11】
請求項9又は請求項10に記載のチタニア積層基板であって照射光の透過機能及び電子の集電機能を有するチタニア積層基板と、
前記多孔質層の表面に吸着するとともに照射光を吸収して励起するとこの多孔質層に電子を注入する色素と、
前記多孔質層を挟んで前記チタニア積層基板に対向するとともにこのチタニア積層基板と外部負荷を通じて電気的に連結する対極と、
前記チタニア積層基板と前記対極との間に封入されるとともに前記対極から前記チタニア積層基板の方向に電子を輸送する電解質と、を備えることを特徴とする色素増感太陽電池。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−40622(P2009−40622A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−205110(P2007−205110)
【出願日】平成19年8月7日(2007.8.7)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【出願人】(000005016)パイオニア株式会社 (3,620)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】