説明

チタン合金鍛造材の製造方法

【課題】材料特性の変動が長手方向及び肉厚方向のいずれの方向へも小さいとともに鍛造後の表面疵が少ないチタン合金鍛造材を、金型を加熱しなくとも製造する。
【解決手段】鍛造素材に与える歪速度が正弦波の周期で変化する機械駆動の高速鍛造機を用い、α+β型のチタン合金からなる鍛造素材に、(圧下前の鍛造素材の幅―圧下後の鍛造素材の幅)として規定される圧下量d(mm)と、圧下後の鍛造素材をずらして未圧下の部分を次パスで圧下する際のずらし量である送り量L(mm)と、1秒当たりの鍛造素材の圧下回数である圧下ピッチp(回/秒)と、(鍛造素材の表面積/鍛造素材の体積)として規定される放熱指数Aとが、4.0≦dLp/100A≦6.0を満足するように、圧下量d、送り量L及び圧下ピッチpのうちの少なくとも一つを制御しながら、自由鍛造を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン合金鍛造材の製造方法に関し、具体的には、材料特性の変動が長手方向及び肉厚方向のいずれの方向へも小さいとともに鍛造後の表面疵が少ないチタン合金鍛造材を、金型を加熱しなくとも製造することができる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン合金は、優れた耐食性を有することから、化学工業用装置、海水用の熱交換器や淡水化装置等の構成部材用材料や、航空機関連部材等の構造用材料として広く用いられている。特に、α+β型チタン合金は、軽量かつ高強度であることから、航空機部品に賞用されている。
【0003】
一般的に、チタン合金は、鋼に比較して割れ感受性が高いとともに、加工性が不芳なα型(細密六方格子)と加工性が良好なβ型(体心立方格子)と前記α型およびβ型の混合組織を有するα+β型の3種類がある。α型およびα+β型は、相構造が完全にβ相へ転移するβ変態点(含有成分によって変化するが、純チタンの場合882℃である。)を有する。このため、α型およびα+β型のチタン合金の鍛造は、良好な加工性を得られる高温域で、且つβ変態点未満の温度域で行われる。しかし、高温域で鍛造を行っても、型との接触による抜熱によって鍛造素材の温度が部分的に低下して割れが発生し易いとともに、加工発熱により素材温度が上昇しβ変態点を超えた部分に、不均一組織(ミクロ組織異常)が発生する。このミクロ組織異常は、β変態点を超えた部分が一旦β相に変態し、冷却中にβ相の中に針状のα相が析出した組織となり、製品の機械的特性を大きく劣化させる原因となる。
【0004】
このため、チタン合金鍛造材を製造する際には、温度低下による鍛造素材の割れを防止しながら、加工発熱を考慮して鍛造パススケジュールを設定する必要がある。しかし、チタン合金の適正な加工条件の温度範囲は広くないため、通常の鍛造方法では、加工発熱が大きいことに起因したミクロ組織の不均一や、金型温度が低いことに起因した温度低下による表面割れ等の欠陥が発生する。
【0005】
特許文献1には、鍛造金型の温度を400℃以上に保ち、鍛造素材の温度を(β変態点−400)℃以上β変態点以下に保つとともに、10−1−1以上1s−1以下の歪み速度で鍛造素材を鍛造することによって、肉厚方向での材料特性の分布が小さく、鍛造後の表面手入れが簡便で、割れ感受性が低く、加工性に優れ、延性及び疲労特性が良好なチタン合金鍛造材を製造する発明が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−146499号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
鍛造素材の放熱性は鍛造素材の表面積や体積、更には金型温度や金型の熱容量により変動するが、特許文献1により開示された発明は、金型を加熱して実施されるために、鍛造素材の放熱は自然放熱のみで、そのために放熱性に劣り、加工発熱を低く抑えるために、低い歪速度で鍛造を行わなければならず、コストアップになるばかりか生産性も低くなる。 また、特許文献1により開示された発明は、鍛造金型の温度を400℃以上に保つために鍛造金型を外部加熱する必要があり、これにより、鍛造金型の強度が低下して摩耗が促進されるとともに、チタン合金鍛造材の製造コストの上昇は避けられない。
【0008】
本発明の目的は、材料特性の変動が長手方向及び肉厚方向のいずれの方向へも小さいとともに鍛造後の表面疵が少ないチタン合金鍛造材を、鍛造金型を外部加熱せずに製造することができるチタン合金鍛造材の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
チタン合金からなる鍛造素材に高速鍛造を行うと、加工発熱によって鍛造素材の内部が高温になること、及び、これによりβ変態点を超えた部分でミクロ組織異常が発生することは、いずれも周知である。また、チタン合金からなる鍛造素材の表面の温度が低下すると、その表面が割れることは、チタン合金のみならず金属材料では周知である。このため、従来は、例えば特許文献1にも開示されるように、鍛造金型を外部加熱して恒温鍛造を行う等の対策が採用されてきた。
【0010】
本発明者も、高速鍛造による鍛造素材の温度上昇を抑制するとともに、鍛造素材の温度低下による疵(割れ)の発生を防止するためには、恒温鍛造を行うことが有効であるとの認識のもと、鋭意検討を重ねた。
【0011】
その結果、本発明者は、(圧下前の鍛造素材の幅−圧下後の鍛造素材の幅)として規定される圧下量d(mm)と、圧下後の鍛造素材をその長手方向へ所定距離送って未圧下の部分を次パスで圧下する際の送り量L(mm)と、1秒当たりの鍛造素材の圧下回数である圧下ピッチp(回/秒)と、(鍛造素材の表面積/鍛造素材の体積)として規定される放熱指数Aとからなる、チタン合金の鍛造パラメータ(d・L・p/100・A)が適正な値となるように、圧下量d(mm)、送り量L(mm)及び圧下ピッチp(回/秒)の少なくとも一つを制御することによって、鍛造金型を外部加熱しなくとも、鍛造素材に恒温鍛造を行うことが可能になり、これにより、等軸晶(結晶粒の長辺/短辺:3以下)の金属組織を有するチタン合金鍛造材を製造できることを知見し、さらに検討を重ねて、本発明を完成した。
【0012】
本発明は、鍛造素材に与える歪速度が正弦波の周期で変化する機械駆動の高速鍛造機を用い、α+β型のチタン合金(Ti−6Al−4V)からなる鍛造素材に、(圧下前の鍛造素材の幅−圧下後の鍛造素材の幅)として規定される圧下量d(mm)と、圧下後の鍛造素材をその長手方向へ所定距離移動して未圧下の部分を次パスで圧下する際のずらし量である送り量L(mm)と、1秒当たりの鍛造素材の圧下回数である圧下ピッチp(回/秒)と、(鍛造素材の表面積/鍛造素材の体積)として規定される放熱指数Aとが4.0≦d・L・p/100・A≦6.0を満足するように、圧下量d、送り量L及び圧下ピッチpのうちの少なくとも一つを制御しながら、自由鍛造を行うことを特徴とするチタン合金鍛造材の製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、材料特性の変動が長手方向及び肉厚方向のいずれの方向へも小さいとともに鍛造後の表面疵が少ないチタン合金鍛造材を、鍛造金型を外部加熱しなくとも製造することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、本発明で用いる高速鍛造機の構成の一例を模式的に示す説明図である。
【図2】図2は、本発明で用いる高速鍛造機の動作の特徴を示す説明図である。
【図3】図3は、実施例の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を、発明特定事項に分けるとともに添付図面を参照しながら、説明する。
1.高速鍛造機
本発明では、機械駆動の高速鍛造機を用いる。図1は、この高速鍛造機1の構成の一例を模式的に示す説明図である。この高速鍛造機1は、自由鍛造時の工具である金敷2と、金敷2を機械的に駆動することによって正弦波の周期で変化する歪速度を鍛造素材4に与えるための圧下装置3と、圧下後の鍛造素材4をその長手方向へ所定距離移動させて未圧下の部分を次パスで圧下するための鍛造素材移動装置5とを備える。
【0016】
金敷2は、自由鍛造時の工具であって、鍛造素材4をその中心方向へ圧下することにより、鍛造素材4を所望の寸法へ圧下するものである。金敷2は、後述する慣用の圧下装置3により鍛造素材4を圧下する。
【0017】
圧下装置3は、金敷2がスライド3−1の先端部に取り付けられており、スライド中央部には遥動リンク3−2がピンを介して連結されている。遥動リンク3−2の先端には金敷位置調整用のアジャストシリンダー3−4が接続されており、もう一方の先端には偏芯軸3−5を介したリンク3−6が接続されている。偏芯軸3−5が回転することで、スライドが往復運動を行う。これにより、正弦波の周期で変化する歪速度を鍛造素材4に与えることができる。
【0018】
鍛造素材移動装置5は、素材クランプ装置と、移動装置とにより構成され、金敷2によりその長手方向の一部が圧下された後の鍛造素材4をその長手方向へ所定距離だけ移動させ、未圧下の部分を次パスで圧下するためのものである。
【0019】
金敷2は、この種のものとして周知慣用のものでよく、特定のものには限定されない。本発明では、後述する自由鍛造の際に、金敷2を加熱する必要がない。これにより、金敷2の寿命の延長が図られる。
【0020】
図2は、高速鍛造機1の動作の特徴を示す説明図であり、チタン素材に対する圧下量dが40mm(片側20mmずつ)で、圧下ピッチpが1.67の場合の圧下量と歪速度の関係を示している。
【0021】
図2に示すように、高速鍛造機1は、上記構成を有するので、金型がチタン材に接触し圧下初期には、歪速度が大きく大きな加工発熱が発生するが、圧下終了期近くになると、歪速度が小さく加工発熱量も小さい。一方、塑性変形は、圧下初期においては、素材表面が大きな加工を受け、圧下量の増大に伴い、内部まで加工を受けることになる。よって、圧下初期に表面に大きな加工を受けるために、素材表面で温度上昇が大きくなるが、金型温度が低いために抜熱され、素材表面温度の上昇を抑制される。また、圧下終了期近くにおいては、内部まで加工を受けるがその時の歪速度は遅く、内部での加工発熱を抑制できる。
【0022】
例えば、金敷ストロークが片側60mmで一定であり、p=1.67(周期T=0.6s)の場合、金敷は、
y=30sin(10π/3・t) ・・・・・・・(1)
により周期的に動いている。片側20mm圧下する場合、y=10からy=30の間、材料を圧下している。
【0023】
y=10の時(材料の接触し始める時)のtは10π/3・t=sin−1(1/3)であるので、t=3/(10π)・sin−1(1/3)=0.3×0.3398/π=0.0324となる。
【0024】
また、y=30の時(圧下終了時)のtは、同様の計算によりt=0.15となる。
よって、0.15−0.0324=0.1176[s]圧下する。
素材断面寸法が240mmとして40mm圧下した場合、歪量は0.167となるので、平均の歪速度は0.167/0.1176=1.42[1/s]となる。
【0025】
なお、金敷移動速度は(1)式の微分だから、
y’=30・10/3πcos(10π/3・t)=100πcos(10π/3・t)
となり、材料と接触し始める時(t=0.0324)の金敷移動速度は、
y’=100π×0.943=296(mm/s)となる。
【0026】

2. 鍛造素材4
鍛造素材4は、α+β型のチタン合金からなる。具体的には、α相安定化元素として、Al、O、Nの1種以上を10%以下含有し、β相安定化元素として、V、Mo、Fe、Cr、Mnの1種以上を15%以下含有し、その他元素としてSn、Zr、Ta、Si、Nbを必要に応じ含有する。代表的なα+β型合金としては、6Al+4V、8Mn、3Al+5V、6Al+6V+2Sn、6Al+2Sn+4Zr+6Mo等が例示される。
【0027】
鍛造素材4の寸法は、厚み:250〜300mm、幅:250〜300mm、長さ:200〜300mm程度である。

3 自由鍛造
上述した金敷2を備える高速鍛造機1を用いて、鍛造素材4に自由鍛造を行う。自由鍛造は、金敷2により部分的に圧下された後の鍛造素材4をその長手方向へ所定距離だけ移動させ、未圧下の部分を次パスで圧下し、この操作を未圧下の部分がなくなるまで繰り返すことによって、行われる。
【0028】
この自由鍛造において、上述した鍛造パラメータ(d・L・p/100・A)が4.0以上6.0以下となるように、圧下量d、送り量L及び圧下ピッチpのうちの少なくとも一つを制御する。
【0029】
ここで、鍛造パラメータ(d・L・p/100・A)における符号dは、(圧下前の鍛造素材4の幅−圧下後の鍛造素材4の幅)として規定される圧下量(mm)である。ここで、「幅」とは、金敷2による圧延方向(すなわち鍛造素材4の長手方向)と直交する方向の鍛造素材4の寸法(mm)を意味する。
【0030】
鍛造パラメータ(d・L・p/100・A)における符号Lは、圧下後の鍛造素材4を、鍛造素材移動装置5によりその長手方向へ所定距離移動して未圧下の部分を次パスで圧下する際のずらし量である送り量(mm)である。
【0031】
符号pは、金敷2による、1秒当たりの鍛造素材4の圧下回数である圧下ピッチ(回/秒)である。圧下ピッチpは、カム機構3cのカムプロフィールを変更することにより、調整される。
【0032】
鍛造パラメータ(d・L・p/100・A)における符号Aは、(鍛造素材4の表面積/鍛造素材の体積)として規定される放熱指数であって、鍛造素材4の寸法に起因した鍛造素材4の放熱性を意味する。なお、符号Aを規定する表面積及び体積は、いずれも、鍛造前のものを意味する。
【0033】
鍛造パラメータ(d・L・p/100・A)が4.0未満であると、鍛造素材4の加工発熱量が小さ過ぎて鍛造素材4の温度低下量が大きくなるため、内部のオーバーヒートは発生しないものの、鍛造素材4の疵(割れ)が発生する。
【0034】
一方、鍛造パラメータ(d・L・p/100・A)が6.0を超えると、鍛造素材4の加工発熱量が大きいために表面疵は発生しないものの、加工発熱量が過大となって鍛造素材4の中心部においてオーバーヒートが発生し、均一な組織が得られなくなる。このため、鍛造パラメータ(d・L・p/100・A)は、4.0以上6.0以下である。
【0035】
鍛造パラメータ(d・L・p/100・A)の下限は、4.4であることが望ましく、4.8であることがさらに望ましい。一方、鍛造パラメータ(d・L・p/100・A)の上限は、5.8であることが望ましく、5.5であることがさらに望ましい。
【0036】
このようにして、本発明では、高速鍛造機1を用いて鍛造素材4に自由鍛造を行う際に、圧下量d(mm)、送り量L(mm)、圧下ピッチp(mm)及び放熱指数(素材表面積/素材体積)Aによって規定される鍛造パラメータ(d・L・p/100・A)が適正な値となるように、圧下量d、送り量L及び圧下ピッチpのうちの少なくとも一つを制御することによって、材料特性の変動が長手方向及び肉厚方向のいずれの方向へも小さいとともに鍛造後の表面疵が少ないチタン合金鍛造材を、鍛造金型を外部加熱しなくとも製造することができるようになる。
【0037】
以上説明したように、本発明によれば、特別な装置を用いずに、素材形状に応じて鍛造条件(圧下量、送り量及び圧下ピッチの少なくとも一つ)を制御することによって、加工熱量及び放熱量(工具抜熱含む)をバランスさせることができるために内部温度と表面温度の差を低減して恒温鍛造を実現でき、これにより、鍛造素材の内部のオーバーヒートを生じることなく、良好な組織を有し、かつ外面の温度低下による疵の発生がないチタン合金鍛造材を、鍛造金型を外部加熱しなくとも製造することができる。
【実施例】
【0038】
図1に示す高速鍛造機1を用いて、表1に示す組成を有するα+β型のチタン合金1〜6からなる鍛造素材4に対して、表2に示す条件で鍛造を行って、チタン合金鍛造材を製造した。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
そして、以下に記載する評価基準で、割れ発生、オーバーヒート発生及び等軸晶程度(結晶粒の長辺/短辺=3以下)を評価した。
割れ発生:鍛造後、外面検査により割れ、クラックが発生していること
オーバーヒート発生:鍛造材の断面ミクロ観察により、β相内に針状α相領域が見られること(機械的性質不芳)
結果を表2にあわせて示すとともに、図3にグラフで示す。
【0042】
表2及び図3のグラフから、本発明の効果が明らかである。
【符号の説明】
【0043】
1 高速鍛造機
2 金敷
3 圧下装置
3−1 スライド
3−2 遥動リンク
3−4 アジャストシリンダー
3−5 偏芯軸
3−6 リンク
4 鍛造素材
5 鍛造素材移動装置
6 素材クランプ装置
7 移動装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鍛造素材に与える歪速度が正弦波の周期で変化する機械駆動の高速鍛造機を用い、α型またはα+β型のチタン合金からなる鍛造素材に、(圧下前の前記鍛造素材の幅−圧下後の前記鍛造素材の幅)として規定される圧下量d(mm)と、圧下後の鍛造素材をその長手方向へ所定距離移動して未圧下の部分を次パスで圧下する際のずらし量である送り量L(mm)と、1秒当たりの前記鍛造素材の圧下回数である圧下ピッチp(回/秒)と、(前記鍛造素材の表面積/前記鍛造素材の体積)として規定される放熱指数Aとが4.0≦d・L・p/100・A≦6.0を満足するように、前記圧下量d、前記送り量L及び前記圧下ピッチpのうちの少なくとも一つを制御しながら、自由鍛造を行うことを特徴とするチタン合金鍛造材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−40592(P2012−40592A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−184228(P2010−184228)
【出願日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】