ナノ・マイクロ突起体及びその製造方法
【課題】触媒や各種の電子的用途への応用が期待できる新規なナノ・マイクロ突起体、及びその製造方法を提供する。
【解決手段】Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、スパッタされた金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により形成・成長されたことを特徴とするナノ・マイクロ突起体。Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により複数の小突起体が合体されてなる大突起体を形成することを特徴とするナノ・マイクロ突起体の製造方法。
【解決手段】Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、スパッタされた金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により形成・成長されたことを特徴とするナノ・マイクロ突起体。Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により複数の小突起体が合体されてなる大突起体を形成することを特徴とするナノ・マイクロ突起体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低真空下でArイオンビームなどの高エネルギービームを照射して原子の励起反応で形成される新規なナノ・マイクロ突起体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発明者らは2005年以来、金属板にArイオンビームを照射すると、ナノ・マイクロ突起体(以下、突起体ともいう)が形成されることを明らかにしてきた。Cu板ではCu、CuO、Cu2Oからなる突起体が形成され(特許文献1)、Zn板ではZnOからなる突起体が形成され、Cu−Zn合金板ではα及びβCu−Znからなる突起体が形成される。図1には、Cu2Oからなる突起体の例を示す。
【0003】
突起体の形状、Aspect Ratio、先鋭度、最大高さなどは下地材料の種類と照射条件によって異なり、それに応じた突起体特性と応用が考えられる。Arイオン照射による突起体の成長機構は、スパッタされた原子の表面拡散によりイオン源方向にボトムアップ型で成長するので(図2)、速度論的取り扱いが可能である。図2に示すように、小さい針状のロッドを核としてスパッタされた原子が表面拡散によって移動しつつ、真空中の残留酸素を補足しながら突起体は成長する。また、照射するArイオンの加速電圧と照射時間により突起体の元素濃度が変化することなどが分った。
【0004】
これらナノ・マイクロ突起体の応用範囲を拡大するためには、従来と異なる新規な突起体が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−94686号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、触媒や各種の電子的用途への応用が期待できる新規なナノ・マイクロ突起体及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するためになされた本発明のナノ・マイクロ突起体は、Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、スパッタされた金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により形成・成長されたことを特徴とするものである。
【0008】
上記した発明において、ナノ・マイクロ突起体は、複数の小突起体が合体されてなる大突起体であることを特徴とするものであり、貴金属は、Au、Ag、Pd、Ptのうちの何れか1種であることを特徴とする。
【0009】
また、本発明のナノ・マイクロ突起体の製造方法は、Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により複数の小突起体が合体されてなる大突起体を形成することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のナノ・マイクロ突起体は、スパッタリングの閾値エネルギーが小さくかつ表面拡散の活性化エネルギーの小さい貴金属板に高エネルギービームを照射して形成される。よって、スパッタリングして飛ばした多数の原子を移動のバリアを低くして容易に表面拡散させるので、ナノ・マイクロ突起体を大きい成長速度でもって成長させることができる。その結果形成されたナノ・マイクロ突起体は、針状の先端鋭利な小突起体が多数合体して形成された大突起体であるので、活性点が多く触媒に好適である。また、活性点が多く、電子エミッターとして大電流を出力することができる。Au、Ag、Pd、Ptである貴金属は、表面に酸化物が形成されにくく、突起体の形成が酸化物によって邪魔されないため、α―Ti、Nb等と比べてナノ・マイクロ突起体が形成されやすいものと考えられる。
【0011】
また、本発明のナノ・マイクロ突起体の製造方法は、上記したような特徴を有するナノ・マイクロ突起体を効果的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】従来のCu2Oからなる突起体のSEM写真である。
【図2】自己組織化による突起体の成長を説明する概念図である。
【図3】イオンの入射エネルギーに対する金属との相互作用の状態を説明する模式図である。
【図4】イオンの入射エネルギーと金属のスパッタ率との関係を示すグラフである。
【図5】各種金属の表面拡散係数の温度依存性を示すグラフである。
【図6】Arイオンビームの加速電圧9kV、照射角度30°、照射時間10分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図7】照射時間20分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図8】照射時間30分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図9】照射時間40分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図10】照射時間60分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図11】照射時間80分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図12】照射時間90分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図13】照射時間20分における突起体を拡大して示すSEM写真である。
【図14】金属の表面拡散の活性化エネルギーとスパッタリングの閾値エネルギーと突起体の形成の有無を示す散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0014】
初めに、金属板の表面にナノ・マイクロ突起体を形成する方法について説明する。
【0015】
本発明においては、金属板の表面に低真空下でArイオンビームを照射して、ナノ・マイクロ突起体を形成する。金属板として、鋳造材、熱間鍛造材、熱間圧延材、冷間圧延材を用いることができる。金属板は希塩酸等で酸洗して表面を活性化させておくことも有効である。
【0016】
次に、金属板に真空下でArイオンビームを照射して励起した原子の表面拡散で突起を成長させる。本発明におけるナノ・マイクロ突起体の形成機構は、自己組織化ではなくスパッタにより励起された原子の表面拡散によるものである。真空度は10−2〜10−5Pa程度のいわゆる低真空とする。10−2Paより真空度が低いとArイオンの照射によって金属原子をスパッタリングさせるのが困難になるからであり、10−5Paより真空度が高いとArイオンビームの照射が困難となるからである。
【0017】
さらに、Arイオンビームの照射角度を、板面に対して10〜90°とし、加速電圧は、2−20kV(keV)とするのが望ましい。照射角度が10°未満では、効率よくArイオンビームのエネルギーを供給するのが難しいからであり、90°を超えて照射を行う必要がないからである。また、加速電圧(照射エネルギー)を2−20kV(2−20keV)としたのは、高エネルギービームであるArイオンビームを照射する場合には、点欠陥などの照射欠陥や注入イオンが導入されにくい20kV以下の低電圧とするのが望ましく、一方2kV未満では電圧が弱すぎてスパッタリングが起きにくいからである。また、照射時間は10〜100分が望ましく、Arイオンビームの電流は、0.5〜1.5mAが望ましい。なお、望ましくは加速電圧を5kV以上とするのが、高いスパッタリングが得られて望ましい。
【0018】
なお、本発明において照射せしめられるビームは、Arイオンビームに限定されるものではなく、ナノ・マイクロ突起体を成長させうる高エネルギービームであればよく、Arイオンビームのほかに電子線、レーザービーム、X線、γ線、中性子線、粒子ビーム等を用いることができる。
【0019】
図3には、イオンの入射エネルギーに対する金属との相互作用の変化を模式的に示す。(c)図に示すように、イオンの入射エネルギーが10keV〜数MeVと大きい領域では照射イオンが金属内に注入される現象(イオン注入)が生ずる。入射エネルギーが数100eV〜数10keVの中間領域では金属原子を飛び出させるスパッタリング現象が起こり、数eV〜数100eVの小さい領域では照射イオンは金属内部に深く潜り込むことはできず、金属表面に単に付着・結合するだけである。
【0020】
本発明においてスパッタリング率は、以下のyamamuraの式、〔数1〕によって計算される。Yamamuraの式によりスパッタ源となるArイオンなどによる各種金属のスパッタ率を計算することができる。この式から計算される各金属のスパッタ率は高エネルギービームによる低次元構造体創成における材料選択に重要な指針を与えるものであり、構造体の形状制御や組成制御に大きく寄与するものである。
【0021】
【数1】
【0022】
上記した式において、α*、Kは経験値、QはFitting parameter、Sn(ε)はLindhardの規格化された核阻止能、Se(ε)はLindhardの規格化された電子阻止能、Usは昇華エネルギー(表面結合エネルギー)、Ethはスパッタの閾値エネルギー、Eは高エネルギービームの入射エネルギー[eV]である。
【0023】
図4にArイオンビームを各種の金属表面に照射したときの、yamamuraの式から計算したスパッタ率を示す。Arイオンビーム照射による低次元構造体の創成には、Arイオンビームによる基板金属のスパッタ効果と原子の表面拡散を促す意味での運動エネルギーの授受が非常に大きな役割を担っている。他の金属に対して比較的スパッタ率が大きいAu、Agはスパッタリングに必要なエネルギーの閾値が低く、表面構造が変化しやすいと考えられ、低次元構造体創成の為の基板材料となりうる可能性が高い。また、その電気的、化学的特性からナノ材料としての応用分野も広いと考えられる。
【0024】
本発明に用いる金属は、Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下であると効果的に原子をスパッタできる。スパッタリングの閾値エネルギーが25eVを超えると、より高い入射エネルギーが必要となるからである。
【0025】
また、本発明において用いる金属は、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下のものとする。活性化エネルギーが1.6eVを超える金属では、Arイオンビーム照射で金属の表面拡散が起こりにくくなってナノ・マイクロ突起体の成長が困難になるからである。
【0026】
通常、金属の体拡散係数Dvolは、以下の〔数2〕式で表される。
【0027】
【数2】
Dvol=D0exp(-Evol /kT)
ここで、D0は振動数因子、Evolは体拡散の活性化エネルギー、kはボルツマン定数、Tは絶対温度である。
【0028】
そして、金属の表面拡散係数Dsurfaceは以下の〔数3〕式で表される。
【0029】
【数3】
Dsurface=D0exp(-Evol / 2kT)=D0exp(-Esurface /kT)
ここで、Esurfaceは表面拡散の活性化エネルギーであり、Esurface=Evol/2である。
【0030】
表1に各種金属のEsurfaceとEthの値を掲げる。貴金属の中でもAg、Auは、Esurfaceが1.0eV以下、Ethが15eV以下であって、酸化されにくく本発明に好適な金属である。
【0031】
【表1】
【0032】
図14に、金属の表面拡散における活性化エネルギーEsurfaceとスパッタリングの閾値エネルギーの散布図を示す。Arイオンビームを9kV、照射角度30°、20分照射したときのナノ・マイクロ突起体の形成の有無を併せて示した。活性化エネルギーEsurfaceが1.6eV以下、閾値エネルギーが25eV以下の領域において、ナノ・マイクロ突起体の形成が認められた。特に、表面に酸化物の形成されにくいAu、Ag、Pd、Ptである貴金属においては、Ni、α−Ti、Nbに比べてナノ・マイクロ突起体が形成されやすい傾向が認められた。
【実施例】
【0033】
冷間圧延したAg板から矩形の試料を切り出して基板を作成した。この基板の表面を洗浄したのちに直ちに真空室に装入して、真空度10−3Paに保持するとともに、Arイオンビームを照射角度30°、加速電圧9kV、電流0.5mAの条件下で、10〜90分照射した。照射後に照射面のナノ・マイクロ突起の形状を走査電子顕微鏡にて観察した。
【0034】
図6−12には、照射時間10−90分のAg板の表面の走査電子顕微鏡写真を示す。10分照射で表面に隆起が現れた。その後20分〜90分と照射時間が長くなるにつれて多数のナノ・マイクロ突起体が成長していくことが認められた。
【0035】
図13には、20分照射材のナノ・マイクロ突起体についての拡大写真を示すが、多数の小さいナノ・マイクロ突起体が一つに合体されて、大きなナノ・マイクロ突起体を構成しているのが認められる。すなわち、一つの大きなナノ・マイクロ突起体は多数の先端鋭利な活性点を有する。
【0036】
Au、Pd、Ptについても同様にArイオンビームを照射したが、ナノ・マイクロ突起体が形成されるのを確認した。
【0037】
本発明のナノ・マイクロ突起体は、先端鋭利な多数の活性点を有するので、エタノールや水からのH2生成、排ガス浄化の触媒、燃料電池電極の用途のほか、その特異な形態に基づき、光学材料、電子放出材料、半導体材料、電気接点材料等の多岐に渡る用途が期待される。
【技術分野】
【0001】
本発明は、低真空下でArイオンビームなどの高エネルギービームを照射して原子の励起反応で形成される新規なナノ・マイクロ突起体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発明者らは2005年以来、金属板にArイオンビームを照射すると、ナノ・マイクロ突起体(以下、突起体ともいう)が形成されることを明らかにしてきた。Cu板ではCu、CuO、Cu2Oからなる突起体が形成され(特許文献1)、Zn板ではZnOからなる突起体が形成され、Cu−Zn合金板ではα及びβCu−Znからなる突起体が形成される。図1には、Cu2Oからなる突起体の例を示す。
【0003】
突起体の形状、Aspect Ratio、先鋭度、最大高さなどは下地材料の種類と照射条件によって異なり、それに応じた突起体特性と応用が考えられる。Arイオン照射による突起体の成長機構は、スパッタされた原子の表面拡散によりイオン源方向にボトムアップ型で成長するので(図2)、速度論的取り扱いが可能である。図2に示すように、小さい針状のロッドを核としてスパッタされた原子が表面拡散によって移動しつつ、真空中の残留酸素を補足しながら突起体は成長する。また、照射するArイオンの加速電圧と照射時間により突起体の元素濃度が変化することなどが分った。
【0004】
これらナノ・マイクロ突起体の応用範囲を拡大するためには、従来と異なる新規な突起体が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−94686号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、触媒や各種の電子的用途への応用が期待できる新規なナノ・マイクロ突起体及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するためになされた本発明のナノ・マイクロ突起体は、Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、スパッタされた金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により形成・成長されたことを特徴とするものである。
【0008】
上記した発明において、ナノ・マイクロ突起体は、複数の小突起体が合体されてなる大突起体であることを特徴とするものであり、貴金属は、Au、Ag、Pd、Ptのうちの何れか1種であることを特徴とする。
【0009】
また、本発明のナノ・マイクロ突起体の製造方法は、Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により複数の小突起体が合体されてなる大突起体を形成することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のナノ・マイクロ突起体は、スパッタリングの閾値エネルギーが小さくかつ表面拡散の活性化エネルギーの小さい貴金属板に高エネルギービームを照射して形成される。よって、スパッタリングして飛ばした多数の原子を移動のバリアを低くして容易に表面拡散させるので、ナノ・マイクロ突起体を大きい成長速度でもって成長させることができる。その結果形成されたナノ・マイクロ突起体は、針状の先端鋭利な小突起体が多数合体して形成された大突起体であるので、活性点が多く触媒に好適である。また、活性点が多く、電子エミッターとして大電流を出力することができる。Au、Ag、Pd、Ptである貴金属は、表面に酸化物が形成されにくく、突起体の形成が酸化物によって邪魔されないため、α―Ti、Nb等と比べてナノ・マイクロ突起体が形成されやすいものと考えられる。
【0011】
また、本発明のナノ・マイクロ突起体の製造方法は、上記したような特徴を有するナノ・マイクロ突起体を効果的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】従来のCu2Oからなる突起体のSEM写真である。
【図2】自己組織化による突起体の成長を説明する概念図である。
【図3】イオンの入射エネルギーに対する金属との相互作用の状態を説明する模式図である。
【図4】イオンの入射エネルギーと金属のスパッタ率との関係を示すグラフである。
【図5】各種金属の表面拡散係数の温度依存性を示すグラフである。
【図6】Arイオンビームの加速電圧9kV、照射角度30°、照射時間10分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図7】照射時間20分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図8】照射時間30分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図9】照射時間40分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図10】照射時間60分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図11】照射時間80分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図12】照射時間90分のAg板に生成された突起体のSEM写真である。
【図13】照射時間20分における突起体を拡大して示すSEM写真である。
【図14】金属の表面拡散の活性化エネルギーとスパッタリングの閾値エネルギーと突起体の形成の有無を示す散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0014】
初めに、金属板の表面にナノ・マイクロ突起体を形成する方法について説明する。
【0015】
本発明においては、金属板の表面に低真空下でArイオンビームを照射して、ナノ・マイクロ突起体を形成する。金属板として、鋳造材、熱間鍛造材、熱間圧延材、冷間圧延材を用いることができる。金属板は希塩酸等で酸洗して表面を活性化させておくことも有効である。
【0016】
次に、金属板に真空下でArイオンビームを照射して励起した原子の表面拡散で突起を成長させる。本発明におけるナノ・マイクロ突起体の形成機構は、自己組織化ではなくスパッタにより励起された原子の表面拡散によるものである。真空度は10−2〜10−5Pa程度のいわゆる低真空とする。10−2Paより真空度が低いとArイオンの照射によって金属原子をスパッタリングさせるのが困難になるからであり、10−5Paより真空度が高いとArイオンビームの照射が困難となるからである。
【0017】
さらに、Arイオンビームの照射角度を、板面に対して10〜90°とし、加速電圧は、2−20kV(keV)とするのが望ましい。照射角度が10°未満では、効率よくArイオンビームのエネルギーを供給するのが難しいからであり、90°を超えて照射を行う必要がないからである。また、加速電圧(照射エネルギー)を2−20kV(2−20keV)としたのは、高エネルギービームであるArイオンビームを照射する場合には、点欠陥などの照射欠陥や注入イオンが導入されにくい20kV以下の低電圧とするのが望ましく、一方2kV未満では電圧が弱すぎてスパッタリングが起きにくいからである。また、照射時間は10〜100分が望ましく、Arイオンビームの電流は、0.5〜1.5mAが望ましい。なお、望ましくは加速電圧を5kV以上とするのが、高いスパッタリングが得られて望ましい。
【0018】
なお、本発明において照射せしめられるビームは、Arイオンビームに限定されるものではなく、ナノ・マイクロ突起体を成長させうる高エネルギービームであればよく、Arイオンビームのほかに電子線、レーザービーム、X線、γ線、中性子線、粒子ビーム等を用いることができる。
【0019】
図3には、イオンの入射エネルギーに対する金属との相互作用の変化を模式的に示す。(c)図に示すように、イオンの入射エネルギーが10keV〜数MeVと大きい領域では照射イオンが金属内に注入される現象(イオン注入)が生ずる。入射エネルギーが数100eV〜数10keVの中間領域では金属原子を飛び出させるスパッタリング現象が起こり、数eV〜数100eVの小さい領域では照射イオンは金属内部に深く潜り込むことはできず、金属表面に単に付着・結合するだけである。
【0020】
本発明においてスパッタリング率は、以下のyamamuraの式、〔数1〕によって計算される。Yamamuraの式によりスパッタ源となるArイオンなどによる各種金属のスパッタ率を計算することができる。この式から計算される各金属のスパッタ率は高エネルギービームによる低次元構造体創成における材料選択に重要な指針を与えるものであり、構造体の形状制御や組成制御に大きく寄与するものである。
【0021】
【数1】
【0022】
上記した式において、α*、Kは経験値、QはFitting parameter、Sn(ε)はLindhardの規格化された核阻止能、Se(ε)はLindhardの規格化された電子阻止能、Usは昇華エネルギー(表面結合エネルギー)、Ethはスパッタの閾値エネルギー、Eは高エネルギービームの入射エネルギー[eV]である。
【0023】
図4にArイオンビームを各種の金属表面に照射したときの、yamamuraの式から計算したスパッタ率を示す。Arイオンビーム照射による低次元構造体の創成には、Arイオンビームによる基板金属のスパッタ効果と原子の表面拡散を促す意味での運動エネルギーの授受が非常に大きな役割を担っている。他の金属に対して比較的スパッタ率が大きいAu、Agはスパッタリングに必要なエネルギーの閾値が低く、表面構造が変化しやすいと考えられ、低次元構造体創成の為の基板材料となりうる可能性が高い。また、その電気的、化学的特性からナノ材料としての応用分野も広いと考えられる。
【0024】
本発明に用いる金属は、Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下であると効果的に原子をスパッタできる。スパッタリングの閾値エネルギーが25eVを超えると、より高い入射エネルギーが必要となるからである。
【0025】
また、本発明において用いる金属は、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下のものとする。活性化エネルギーが1.6eVを超える金属では、Arイオンビーム照射で金属の表面拡散が起こりにくくなってナノ・マイクロ突起体の成長が困難になるからである。
【0026】
通常、金属の体拡散係数Dvolは、以下の〔数2〕式で表される。
【0027】
【数2】
Dvol=D0exp(-Evol /kT)
ここで、D0は振動数因子、Evolは体拡散の活性化エネルギー、kはボルツマン定数、Tは絶対温度である。
【0028】
そして、金属の表面拡散係数Dsurfaceは以下の〔数3〕式で表される。
【0029】
【数3】
Dsurface=D0exp(-Evol / 2kT)=D0exp(-Esurface /kT)
ここで、Esurfaceは表面拡散の活性化エネルギーであり、Esurface=Evol/2である。
【0030】
表1に各種金属のEsurfaceとEthの値を掲げる。貴金属の中でもAg、Auは、Esurfaceが1.0eV以下、Ethが15eV以下であって、酸化されにくく本発明に好適な金属である。
【0031】
【表1】
【0032】
図14に、金属の表面拡散における活性化エネルギーEsurfaceとスパッタリングの閾値エネルギーの散布図を示す。Arイオンビームを9kV、照射角度30°、20分照射したときのナノ・マイクロ突起体の形成の有無を併せて示した。活性化エネルギーEsurfaceが1.6eV以下、閾値エネルギーが25eV以下の領域において、ナノ・マイクロ突起体の形成が認められた。特に、表面に酸化物の形成されにくいAu、Ag、Pd、Ptである貴金属においては、Ni、α−Ti、Nbに比べてナノ・マイクロ突起体が形成されやすい傾向が認められた。
【実施例】
【0033】
冷間圧延したAg板から矩形の試料を切り出して基板を作成した。この基板の表面を洗浄したのちに直ちに真空室に装入して、真空度10−3Paに保持するとともに、Arイオンビームを照射角度30°、加速電圧9kV、電流0.5mAの条件下で、10〜90分照射した。照射後に照射面のナノ・マイクロ突起の形状を走査電子顕微鏡にて観察した。
【0034】
図6−12には、照射時間10−90分のAg板の表面の走査電子顕微鏡写真を示す。10分照射で表面に隆起が現れた。その後20分〜90分と照射時間が長くなるにつれて多数のナノ・マイクロ突起体が成長していくことが認められた。
【0035】
図13には、20分照射材のナノ・マイクロ突起体についての拡大写真を示すが、多数の小さいナノ・マイクロ突起体が一つに合体されて、大きなナノ・マイクロ突起体を構成しているのが認められる。すなわち、一つの大きなナノ・マイクロ突起体は多数の先端鋭利な活性点を有する。
【0036】
Au、Pd、Ptについても同様にArイオンビームを照射したが、ナノ・マイクロ突起体が形成されるのを確認した。
【0037】
本発明のナノ・マイクロ突起体は、先端鋭利な多数の活性点を有するので、エタノールや水からのH2生成、排ガス浄化の触媒、燃料電池電極の用途のほか、その特異な形態に基づき、光学材料、電子放出材料、半導体材料、電気接点材料等の多岐に渡る用途が期待される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、スパッタされた金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により形成・成長されたことを特徴とするナノ・マイクロ突起体。
【請求項2】
前記ナノ・マイクロ突起体は、複数の小突起体が合体されてなる大突起体であることを特徴とするナノ・マイクロ突起体。
【請求項3】
貴金属は、Au、Ag、Pd、Ptのうちの何れか1種であることを特徴とする請求項1に記載のナノ・マイクロ突起体。
【請求項4】
Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により複数の小突起体が合体されてなる大突起体を形成することを特徴とするナノ・マイクロ突起体の製造方法。
【請求項1】
Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、スパッタされた金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により形成・成長されたことを特徴とするナノ・マイクロ突起体。
【請求項2】
前記ナノ・マイクロ突起体は、複数の小突起体が合体されてなる大突起体であることを特徴とするナノ・マイクロ突起体。
【請求項3】
貴金属は、Au、Ag、Pd、Ptのうちの何れか1種であることを特徴とする請求項1に記載のナノ・マイクロ突起体。
【請求項4】
Arイオンスパッタリングの閾値エネルギーが25eV以下で、表面拡散の活性化エネルギーが1.6eV以下の貴金属からなる板に、低真空下で高エネルギービームを照射して、金属原子のエネルギー源方向への表面拡散により複数の小突起体が合体されてなる大突起体を形成することを特徴とするナノ・マイクロ突起体の製造方法。
【図4】
【図5】
【図14】
【図1】
【図2】
【図3】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図5】
【図14】
【図1】
【図2】
【図3】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2012−223842(P2012−223842A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−91972(P2011−91972)
【出願日】平成23年4月18日(2011.4.18)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年4月18日(2011.4.18)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]