説明

ハイパーサーマル水素分子を生成し、それを基材の表面又は表面上の分子のC−H結合及び/又はSi−H結合を選択的に切断するのに使用する方法

ハイパーサーマル分子状水素を生成する方法を開示し、且つ他の結合を切断することなくC-H結合又はSi-H結合を選択的に切断するためのその使用を開示する。水素プラズマを維持し、プロトンを電場で抽出して、適切な運動エネルギーに加速させる。プロトンはドリフト領域に入り込んで、気相の分子状水素と衝突する。衝突カスケードによって、水素プラズマから抽出されたプロトンのフラックスより何倍も大きいフラックスを有する、ハイパーサーマル分子状水素の高フラックスが生成される。ハイパーサーマル分子状水素とプロトンとの公称のフラックス比は、ドリフト領域の水素圧力及びドリフト領域の長さによって制御される。プロトンの抽出エネルギーは、これらのハイパーサーマル分子によって共有され、その結果、ハイパーサーマル分子状水素の平均エネルギーは、プロトンの抽出エネルギー及び公称のフラックス比によって制御される。ハイパーサーマル分子状水素プロジェクタイルは、電荷を帯びていないので、ハイパーサーマル水素のフラックスを使用して、電気絶縁性生成物と導電性生成物の両方の表面改質を達成することができる。このハイパーサーマル分子状水素の高フラックスを生成する方法を適用して、基材上の望ましい一つ/複数の化学官能性を有する有機前駆体分子(又はシリコーン又はシラン分子)を衝撃すると、C-H結合又はSi-H結合は、ハイパーサーマル水素プロジェクタイルから前駆体分子の水素原子へのエネルギー付与の運動学的選択性のため優先的に開裂される。誘導された架橋反応によって、制御可能な架橋度を有し、且つ前駆体分子の望ましい一つ/複数の化学官能性を保持している安定な分子層が生成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、参照によりその内容全体が本明細書に組み込まれている2009年3月3日に出願した米国特許仮出願第61/202,477号の優先権を主張するものである。
【0002】
本発明の実施形態は材料合成の分野に関し、さらに詳細には本発明は、ハイパーサーマル水素分子(hyperthermal hydrogen molecule)を有効に生成し、それをプロジェクタイルとして使用して、基材上の分子のC-H結合及び/又はSi-H結合を選択的に切断した後、そのような分子を架橋する方法に関する。
【背景技術】
【0003】
架橋は、共有結合によって分子を化学的に結合させるプロセスである。これは、単純な低分子から大きな機能特異的分子を構築するための、自然界及び工業界でよく行われる重要なプロセスである。ポリマー業界では、モノマーを高分子鎖に架橋し、それをポリマー網目にさらに架橋することもできる。簡単な例では、CH4分子を、そのC-H結合のうちの一つを開裂することによりCH3ラジカルに変換することができ、次いで二つのCH3ラジカル同士が結合してC2H6を形成することができる。C-Hの開裂と炭素ラジカルの再結合を繰り返すと、大きな架橋炭化水素網目を、ことによると薄膜の形で得ることができる。通常の架橋反応では、架橋を促進する化学反応性単位を含む前駆体分子が合成され、一緒に置かれる。別の反応性試薬を添加して、架橋反応を活性化する。活性化は、典型的には結合の開裂及びラジカルの生成によって起こる。結合を切断するのに、熱又は別のエネルギー源が典型的には必要とされる。この結合の開裂のエネルギー障壁を低減し、且つ反応速度を増大させるには、触媒が通常必要とされる。さらに、他の化学添加剤をしばしば使用して、反応速度を加減し、ある架橋度が達成された後反応を止める。これらの反応性化学試薬の多くには毒性があり、環境上有害である。したがって、これらの化学試薬の使用を低減又はなくすことができるように「環境に配慮した」架橋経路の開発が望まれている。
【0004】
そのような「環境に配慮した」実用的な架橋経路を開発するには、有機前駆体分子のC-Hを開裂するプロセスを検討することが重要である。水素含有分子から水素原子を断裂(rupturing)及び除去することは、化学では通常は水素引抜きと呼ばれる。いくつかの反応物質を水素引抜きにおいて使用することができる。よく使用される反応物質としては、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシルラジカル、及び他のラジカル種が挙げられる。反応物質は反応性を示すが、水素引抜きには、依然として通常は活性化エネルギーが必要であり、したがって一部の反応には十分な熱エネルギーが必要である(A.A. Zavitsas、Journal of American Chemical Society 120(1998)6578-6586)。これらの反応物質のうち、水素原子は、毒性がなく、その生成が比較的容易であるので特に魅力的である。原子状水素を使用して、アルカン分子のC-H結合を切断する水素引抜き反応は、典型的には発熱性又はエネルギー中性であるが、遷移エネルギー障壁が約0.5eVである。したがって、反応速度は室温では比較的低い。実際、両方の反応物質を室温において分圧1×10-3トルで一定供給するH+CH4→H2+CH3・の気相反応では、副反応なしにCH3・が分圧10-3トルまで生成するには、約1か月かかるであろう。反応温度を300℃に上げることによって、約0.3秒で同じ結果を得ることができる。熱エネルギーを使用して、化学反応を進行させる同様の例が、実際に工業界で広範に使用されているが、この熱駆動型手法を、熱によって望ましくない副反応が引き起こされる反応系に適用することはできない。ポリマー製造では、ポリマーをそのガラス転移温度を超える温度に加熱すると、望ましくない変形が引き起こされる。したがって、高生産性であり熱を必要とせずにC-H結合を選択的に開裂する新規で且つ経済的な反応経路が望ましい。
【0005】
有機前駆体低分子をポリマーフィルムに架橋する、広範に採用された別の方法において、有機前駆体分子は、直流(DC)、高周波(RF)、又はマイクロ波(MW)エネルギー源によって作動している気体プラズマにフィードされる。プラズマ重合技術の科学は、Yasuda(H. Yasuda, Plasma Polymerization, Academic Press, Inc., New York, 1985)、Biederman(H. Biederman, edited, Plasma Polymer Films, Imperial College Press, London, 2004)、及びFridman(A. Fridman, Plasma Chemistry, Cambridge University Press, New York, 2008)など当技術分野の先駆者らによって十分に検討されてきた。純粋な有機前駆体分子がプラズマにフィードされたときでさえ、プラズマ化学は複雑であり、多くの様々な結合切断プロセスがプラズマ中で進行していることが通常は認識されている。本質的に、プラズマが気体中で点火していると、気体中の一部の原子及び分子はイオン化して、多数の電子及びイオンが生成される。典型的には、これらの電子は、数電子ボルトの平均エネルギー、及びブロードなエネルギー分布を有することがあり得る。これらの電子は、温度相当値で表わすと、105Kに到達することができる。プラズマ中で、これらの電子は、イオンよりはるかに速く拡散し、プラズマ中の原子及び分子と頻繁に衝突すると、励起、イオン化、及び結合解離に至る。これらの励起種の一部が緩和すると、紫外線を含めて光を発することができ、二次励起、イオン化、及び結合解離を引き起こすこともあり得る。したがって、ポリマー膜をプラズマ重合で実際に形成することができるが、唯一のタイプの化学官能基(例えば、COOH)をある望ましい濃度で有する膜(例えば、ポリアクリル酸におけるものなど、炭素原子3個当たりCOOH基一つ)などの得られる膜を特定の化学的仕様に合わせるように制御することは困難である。実際、Yasudaの記述によれば、「-COOH、-CO-、-OCO-、-OH、-O-などの酸素含有基を有する大部分の有機化合物は、一般にポリマーを生成し難く、プラズマポリマーが元の酸素含有基を含有することはまれである」(H. Yasuda、Plasma Polymerization、Academic Press, Inc.、New York、1985;112〜113頁)。
【0006】
一般的なプラズマ重合方法のこれらの限界に対処するように、いくつかの特殊なプラズマ重合方法が開発されてきた。例えば、パルスの期間、周波数、及びパワーを制御した一連のパルスでプラズマエネルギーを反応ガスに供給することによって、プラズマ中での励起、イオン化、及び解離の複雑なプロセスを利用するパルスプラズマ重合技法が開発されてきた。この技法の概念及び応用例は、Friedrichらによって説明されている(J. Friedrich、W. Unger、A. Lippitz、I. Koprinarov、A. Ghode、S. Geng、G. Kuhn、「Plasma-based introduction of monosort functional groups of different type and density onto polymer surfaces. Part 1:Behaviour of polymers exposed to oxygen plasma」、Composite Interface 10(139〜171頁)2003;及び「Part 2:Pulsed plasma polymerization」、同書、10(173〜223頁)2003)。その研究では、アクリル酸(H2C=CHCOOH)などのC=C結合を有するモノマー前駆体分子は、プラズマエネルギーの短いパルスを受け、励起、イオン化、及び解離を経る。-COOH官能基の損失に至る望ましくない反応が必然的に起こるが、これらの望ましくない反応の大半はパルスオフサイクル時に終わる。しかし、アクリル酸分子を架橋する際の重合連鎖反応は、プラズマパルスがオフのときでさえ持続する。最適化パルスプラズマ重合プロセスにおいて、架橋連鎖反応がストリームを使い果たすと、プラズマパルスを適用して、再び連鎖反応の準備をする。例えば、Friedrichらは、このパルスプラズマ重合方法で生成されたポリマー膜中に、アクリル酸の-COOHの73%までが保持され得ることを実証した。プラズマパルスがオンのときに、依然として有用な官能基の損失及び望ましくない官能基の生成が起こり得るので、これらの問題をなくす代替技法がやはり望ましい。
【0007】
新規反応経路の研究開発において、科学者らは、反応物質の運動エネルギーが重要な反応属性であり得ることを発見した。それを使用して、化学反応を起こすことができるが、使用しなければ、その化学反応は、反応系に供給された熱エネルギー及び反応性化学試薬の化学ポテンシャルに完全に依存するものである。最良の基礎的証拠は、文献で分子線研究に関する大部分の科学論文に出ている(例えば、M.A.D. Fluendy及びK.P. Lawley、「Chemical applications of molecular beam scattering」、Chapman and Hall、1973を参照のこと)。この研究では、特定の運動エネルギー及び内部エネルギーを有する原子線又は分子線が、標的に向けられている。エネルギー交換及び結果として生じる化学反応が検討される。しかし、このような実験は、技術的に過大の労力を要し、経済的に費用のかかるものである。典型的な分子線実験では、小さいノズルにより不活性ガスと共に断熱膨張するとき、原子又は分子には運動エネルギーが加わる。原子又は分子の速度は、超音速に増速することがある。しかし、この技法は、超音速で進む水素のような軽分子の運動エネルギーがまだ0.1eVをはるかに下回っているので、軽い種には適していない。HIなどの重水素含有分子の速度を上げ、レーザービームでスプリットし、ハイパーサーマル原子状水素を生成することが可能であるが、これは確実に工業界でC-H結合開裂を実施するための実用的な方法ではない。
【0008】
原子又は分子の運動エネルギーについては、原子又は分子をイオン化し、次いで静電イオン加速プロセスを使用して加速することによって増大させることもできる。これらの加速されたイオンを使用して、「イオン衝撃」プロセスで標的を衝撃することができる。多くの工業プロセスでは、実際、イオン衝撃を使用して、合成反応の熱エネルギーへの依存度を低減し、非熱平衡経路で反応を促進する(例えば、O. Auciello及びR. Kelly、「Ion bombardment modification of surfaces」、Elsevier Science、1984を参照のこと)。実際には、電気絶縁表面のイオン衝撃は、表面帯電のため実用的ではない。イオン顕微鏡などの多くの分析装置では、このような表面帯電の問題は、イオン衝撃領域を低エネルギー電子で溢れさせることによって回避しているが、実際の工業生産のために、エネルギー及び線量を正確に制御して高エネルギーイオンと電子の両方を、大きい照射領域に同時に供給することは、技術的に厄介であり、経済的に費用のかかるものである。
【0009】
最近、Lauらは、有機分子をハイパーサーマルプロトンで衝撃することによって、他の結合を切断することなくC-H結合を優先的に切断することができることを示した(R.W.M. Kwok及びW.M. Lau、「Method for selectively removing hydrogen from molecules」、米国特許出願公開第20030165635号、2003年2月25出願;L. Xi、Z. Zheng、N.S. Lam、H.Y. Nie、O. Grizzi、及びW.M. Lau、「Study of the hyperthermal proton bombardment effects on self-assembled monolayers of dodecanethiol on Au(111)」、J. Phys. Chem. C 112、12111〜12115頁(2008);C.Y. Choi CY、Z. Zheng、K.W. Wong、Z.L. Du、W.M. Lau、及びR.X. Du RX、「Fabrication of cross-linked multi-walled carbon nanotube coatings with improved adhesion and intrinsic strength by a two-step synthesis:electrochemical deposition and hyperthermal proton bombardment」、Appl. Phys. A 91、403〜406頁(2008);W.M. Lau、Z. Zheng、Y.H. Wang、Y. Luo、L. Xi、K.W. Wong、及びK.Y. Wong、「Cross-linking organic semiconducting molecules by preferential C-H cleavage via "chemistry with a tiny hammer"」、Can. J. Chem.、85、859〜865頁(2007);L. Xi、Z. Zheng、N.S. Lam、O. Grizzi、及びW.M. Lau、「Effects of hyperthermal proton bombardment on alkanethiol self-assembled monolayer on Au(111)」、Appl. Surf. Sci.、254、113〜115頁(2007);Z. Zheng、K.W. Wong、W.C. Lau、R.W.M. Kwok及びW.M. Lau、「Unusual kinematics-driven chemistry:cleaving C-H but not COO-H bonds with hyperthermal protons to synthesize tailor-made molecular films」、Chem. Euro. J.、13、3187〜3192頁(2007);Z. Zheng、W.M. Kwok、及びW.M. Lau、「A new cross-linking route via the unusual collision kinematics of hyperthermal proton in unsaturated hydrocarbon:the case of poly(trans-isoprene)」、Chem. Comm.、29、3122〜3124頁(2006);X.D. Xu、R.W.M. Kwok、及びW.M. Lau、「Surface modification of polystyrene by low energy hydrogen ion beam」、Thin Solid Films、514、182〜187頁(2006);Z. Zheng、X.D. Xu、X.L. Fan、W.M. Lau、及びR.W.M. Kwok、「Ultrathin polymer film formation by collision-induced cross-linking of adsorbed organic molecules with hyperthermal protons」、J. Amer. Chem. Soc.、126、12336〜12342頁(2004))。
【0010】
この手法の新規性は、導電性固体基材上に吸着させた有機分子にハイパーサーマルプロトンが当たるときの独特の運動学の利用である。この衝撃プロセスでは、入射プロトンは、表面よりまだ>0.5nm高いときに、まず導電性基材で中性化される。数eVの運動エネルギーを有する中性原子状水素プロジェクタイルは、標的有機分子に接近し続け、まず引力性の化学ポテンシャル領域に入り、標的と一緒に過渡分子を形成する。次いで、運動エネルギーによって、プロジェクタイルは反発ポテンシャル領域に追い込まれ、最後にプロジェクタイルはその運動エネルギーを使い切る。プロジェクタイルと標的は、単に二つの硬質な球体である場合、最接近後に飛散し、その最大エネルギー移行量は、二つの質量によって次式:4MpMt/(Mp+Mt)2で決まる。したがって、1原子質量単位のプロジェクタイルは、その運動エネルギーを1原子質量単位の標的(水素原子)に非常に効果的に移行させることができるが、最大運動エネルギー(kinematic energy)移行量は、標的が12原子質量単位を有する場合(炭素原子)、28%に劇的に低下する。有機分子のC-H結合及び他のシグマ結合の典型的な解離エネルギーは4〜5eVであるので、原理的にはこの運動エネルギー(kinematic energy)移行量の差を利用して、C-H結合を優先的に切断することができる。実際、Lauらは、20eV未満のプロトンを使用して、種々の有機分子中の他の結合を切断することなく、C-H結合を切断することによって、この概念の実行可能性を実証した。
【0011】
ポリアクリル酸を前駆体分子としてシリコンウェハ表面に凝縮させることにより、プロトン衝撃方法で、95%を超える-COOH基を保持した安定な分子層に前駆体分子が架橋されることが実証された。公表されたすべての実験データで、プロトンが使用されている。というのは、プロトンを水素プラズマから引きつけることができ、プロトンエネルギーはイオン光学のよく用いられる技法でかなり正確に制御することができるからである。様々な衝突トラジェクトリー条件下、プロトンと単純な炭化水素分子の衝突について、アブイニシオ分子動力学計算法で、概念の理論的妥当性を確認することも行われた。公表された結果は、運動エネルギー(kinematic energy)移行を使用して、C-H結合を切断するという基礎を築く上で有益であるが、プロトン衝撃の手法には、すべてのイオン衝撃技法が抱える同じ表面帯電の問題があり、ポリマー生成物の工業生産向きではない。
【0012】
したがって、C-H結合及び/又はSi-H結合を選択的に切断する方法であって、任意の基材と共に使用することができ、他の分子結合を切断することを回避する方法を提供することは非常に有利なことになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】米国特許出願公開第20030165635号
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Journal of American Chemical Society 120(1998)6578-6586
【非特許文献2】Plasma Polymerization, Academic Press, Inc., New York, 1985
【非特許文献3】Plasma Polymer Films, Imperial College Press, London, 2004
【非特許文献4】Plasma Chemistry, Cambridge University Press, New York, 2008
【非特許文献5】「Plasma-based introduction of monosort functional groups of different type and density onto polymer surfaces. Part 1:Behaviour of polymers exposed to oxygen plasma」、Composite Interface 10(139〜171頁)2003
【非特許文献6】「Part 2:Pulsed plasma polymerization」、同書、10(173〜223頁)2003
【非特許文献7】「Chemical applications of molecular beam scattering」、Chapman and Hall、1973
【非特許文献8】「Ion bombardment modification of surfaces」、Elsevier Science、1984
【非特許文献9】「Method for selectively removing hydrogen from molecules」
【非特許文献10】「Study of the hyperthermal proton bombardment effects on self-assembled monolayers of dodecanethiol on Au(111)」、J. Phys. Chem. C 112、12111〜12115頁(2008)
【非特許文献11】「Fabrication of cross-linked multi-walled carbon nanotube coatings with improved adhesion and intrinsic strength by a two-step synthesis:electrochemical deposition and hyperthermal proton bombardment」、Appl. Phys. A 91、403〜406頁(2008)
【非特許文献12】「Cross-linking organic semiconducting molecules by preferential C-H cleavage via "chemistry with a tiny hammer"」、Can. J. Chem.、85、859〜865頁(2007)
【非特許文献13】「Effects of hyperthermal proton bombardment on alkanethiol self-assembled monolayer on Au(111)」、Appl. Surf. Sci.、254、113〜115頁(2007)
【非特許文献14】「Unusual kinematics-driven chemistry:cleaving C-H but not COO-H bonds with hyperthermal protons to synthesize tailor-made molecular films」、Chem. Euro. J.、13、3187〜3192頁(2007)
【非特許文献15】「A new cross-linking route via the unusual collision kinematics of hyperthermal proton in unsaturated hydrocarbon:the case of poly(trans-isoprene)」、Chem. Comm.、29、3122〜3124頁(2006)
【非特許文献16】「Surface modification of polystyrene by low energy hydrogen ion beam」、Thin Solid Films、514、182〜187頁(2006)
【非特許文献17】「Ultrathin polymer film formation by collision-induced cross-linking of adsorbed organic molecules with hyperthermal protons」、J. Amer. Chem. Soc.、126、12336〜12342頁(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、これらの問題を、ハイパーサーマル中性分子状水素の高フラックスを生成する新規で実用的な方法を提供することと、大きい照射領域において実際的なC-H結合優先的開裂を行って、電気絶縁基材を含めて任意のタイプの基材上の分子状前駆体が、化学的及び機械的諸特性を正確に制御した分子層に架橋されることを実証することによって解決する。本発明は、官能性のある特定の高分子層を生成する際に、層又は基材の電気伝導率に関わらず適用可能である。背景技術で、荷電粒子を使用する現行法は、電気絶縁基材とは使用することができないと指摘したように、本方法は、基材が電気絶縁であり、したがって中性のプロジェクタイルが使用されるとき特に有利である。
【課題を解決するための手段】
【0016】
したがって、本発明の実施形態は、ハイパーサーマル中性分子状水素を生成する方法であって、
プラズマを生成し、前記プラズマから約50eV〜約1keVの範囲のエネルギーを有するプロトンのフラックスを抽出するステップ、及び前記プロトンのフラックスを水素分子が導入されているチェンバーに向けるステップを含み、前記プロトンのフラックスに由来するプロトンが水素分子と衝突して、前記水素分子に運動エネルギーを付与して、高エネルギー分子状水素を生成し、前記高エネルギー分子状水素と他の水素分子との衝突カスケードが、約1eV〜約100eVの範囲の運動エネルギーを有するハイパーサーマル中性分子状水素のフラックスを生成する方法を提供する。
【0017】
ハイパーサーマル中性分子状水素の好ましい運動エネルギー範囲は約1eV〜約100eVである。
【0018】
本発明の別の実施形態は、約1eV〜約100eVの範囲の運動エネルギーを有するハイパーサーマル中性分子状水素のフラックスで基材表面を衝撃することによって、基材の表面上に存在する又は基材の構成要素である有機分子のC-H結合を選択的に開裂する方法を対象とする。本方法は、基材の表面上に存在する又は基材若しくは基材表面の構成要素であるオルガノシラン及びシリコーン分子のSi-H結合を選択的に開裂するのにも有用である。
【0019】
本発明の実施形態は、C-H結合、Si-H結合、又は両方を含む有機前駆体分子を基材の表面上に被着させるステップを含む。一つの例示的な被着プロセスでは、基材の表面上に分子を一層として吸着させる。次いで、ハイパーサーマル運動エネルギーを有する中性水素分子を使用して、前駆体分子を衝撃する。衝撃は、他の結合を切断することなく、一部のC-H結合を切断する。例えば、衝撃は、アルカンのいずれのC-C結合も切断することなく、アルカンのC-H結合を切断することができる。その後、炭素ラジカルを有する活性化された分子は架橋され、基材上には、基材上の材料の濃いフィルムが形成される。
【0020】
本発明の別の実施形態は、(a)C-H結合を含む表面を有する基材を準備するステップと、(b)50eV未満の運動エネルギーを有する中性水素プロジェクタイル粒子で基材を衝撃するステップと、(c)C-H結合を選択的に切断して、炭素ラジカル部位を形成するステップと、(d)物質を基材に被着させ、炭素ラジカル部位との反応を経由して物質を基材に固定するステップとを含む方法を対象とする。
【0021】
本発明の別の実施形態は、Si-H結合を含むオルガノシラン又はシリコーン前駆体分子を基材の表面上に被着させるステップを含む。一つの例示的な被着プロセスでは、分子を基材の表面上に吸着させる。次いで、ハイパーサーマル運動エネルギーを有する中性水素分子を使用して、前駆体分子を衝撃する。衝撃は、他のタイプの分子結合を切断することなく、一部のSi-H結合又はC-Hを切断する。例えば、衝撃は、オルガノシランのいずれのSi-O結合、Si-C結合、又はC-C結合も切断されることなく、オルガノシランのSi-H結合を切断することができる。その後、ケイ素又は炭素ラジカルを有する活性化された分子は架橋され、基材上には、基材上の材料の濃いフィルムが形成される。
【0022】
本発明は、基材の表面又は表面上の分子のC-H及びSi-H分子結合の任意の一つ又は組合せを選択的に切断する方法であって、
約1eV〜約100eVの範囲の運動エネルギーを有するハイパーサーマル中性分子状水素のフラックスを生成し、基材表面に向けるステップを含み、C-H結合及びSi-H結合の任意の一つ又は組合せを含む、表面又は表面上の分子へのハイパーサーマル中性分子状水素の衝撃時に、C-H結合及びSi-H結合が選択的に断裂される方法を提供する。
【0023】
本発明の上記及び他の実施形態について、以下にさらに詳細に記載する。特定の実施形態の記載は、例示のためのものであって、本発明を限定するものではない。
【0024】
本発明の実施形態の応用例の潜在的な数は、無制限である。本発明の別の特徴は、以下の詳細な説明の過程において説明され、又は明らかになるであろう。
【0025】
次に、添付図面を参照しながら、本発明を、単に例によって説明する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1(a)】図1(a)は、ハイパーサーマル中性分子状水素と静止しているC2H6分子との衝突による優先的なC-Hの開裂の計算機によるシミュレーションを示す図表示である。分子軸がC2H6のC1-H3結合に垂直であり、H2のH9がC2H6のH3に当たって、1ステップ当たり5フェムト秒で到達する15eVのH2の分子動力学を示す(H4及びH7のそれぞれの図は、H5及びH8で遮られている):衝突後、H2は、運動エネルギー約8eVを損失し(55%エネルギー移行)、振動及び回転エネルギーが非常にわずかに増大して散乱する。C2H6は、平均運動エネルギー約4eV及び平均内部エネルギー4eVを獲得し、高励起状態となり、H3は緩く結合しており、C1とC2の間で振動している。
【図1(b)】図1(b)は、ハイパーサーマル中性分子状水素と静止しているC2H6分子との衝突による優先的なC-Hの開裂の計算機によるシミュレーションを示す図表示である。分子軸がC2H6のC1-H3結合に垂直であり、H2のH9が、C2H6のH3に当たって、1ステップ当たり5フェムト秒で到着する16eVのH2の分子動力学を示す(H4及びH7のそれぞれの図は、H5及びH8で遮られている):衝突後、H2は、運動エネルギー約9eVを損失し(55%エネルギー移行)、振動及び回転エネルギーが非常にわずかに増大して散乱する。H3はC1からC2に押され、これによって、H6-C2結合の開裂が引き起こされる。H6は、非常に小さい運動エネルギーで脱離していく。C2H5は、結合の開裂及び振動/回転励起のため、小さい平均運動エネルギー、及び高い内部エネルギー7eVを有する。
【図1(c)】図1(c)は、ハイパーサーマル中性分子状水素と静止しているC2H6分子との衝突による優先的なC-Hの開裂の計算機によるシミュレーションを示す図表示である。分子軸がC2H6のC1-C2結合に垂直であり、H2のH9が、C2H6のC2に当たって、1ステップ当たり5フェムト秒で到着する80eVのH2の分子動力学を示す(H4及びH7のそれぞれの図は、H5及びH8で遮られている)。衝突後、H2は、運動エネルギー約7eVを損失し(9%エネルギー移行)、振動及び回転エネルギーが非常にわずかに増大して散乱する。C2H6は、結合開裂を受けず、運動エネルギーが約2eV増大し、回転/振動エネルギーが若干増大する。
【図2】図2は、C-H優先的開裂及びC-C架橋のためのハイパーサーマル水素プロジェクタイルの生成用の例示的で非限定的な反応器システムの概略図を示す:(1)ECR水素プラズマの生成;(2)プロトンの抽出及び加速;(3)分子状水素を含むドリフトチェンバー中で高エネルギープロトンによって開始されたカスケード衝突;(4)吸着された有機分子を試料ステージに打ち付けて、望ましくない結合開裂なしにC-H結合を切断し、C-C架橋を形成するハイパーサーマル分子状水素。
【図3】図3は、図2の反応器システムを使用して、ハイパーサーマル中性分子状水素の高フラックスを生成する本方法の概念を示す。
【発明を実施するための形態】
【0027】
一般的に言えば、本明細書に記載されるシステムは、固体上に吸着させた分子のC-H結合及び/又はSi-H結合を選択的に切断する方法を対象とする。必要に応じて、本発明の実施形態を本明細書に開示する。しかし、開示する実施形態は例示するものにすぎず、本発明は、多くの異なる代替の形で実施することができると理解されたい。数値は一定の縮尺ではなく、一部の特徴を、特定の要素の詳細を示すために誇張しても、又は最小限に抑えてもよいが、新規態様を不明瞭にするのを防ぐために関連した要素をなくしたことがある。したがって、本明細書に開示する特定の構造及び機能の詳細は、限定するものと解釈されるべきでなく、単に特許請求の範囲の基礎として、及び当業者に本発明を様々に使用するよう教示するための代表的基礎として解釈されるべきである。教示する目的であって、限定する目的ではなく、例示された実施形態は、固体上に吸着された分子のC-H結合及び/又はSi-H結合を選択的に切断する方法を対象とする。
【0028】
本明細書では、「約」という用語は、寸法、温度、又は他の物理的諸特性若しくは特徴の範囲に関連して使用されるとき、平均して寸法の大部分が満たされているが、統計的に寸法がこの範囲を超えて存在することがある実施形態を排除しないように、寸法の範囲の上限及び下限に存在する可能性があるわずかな変動を包含することになっている。
【0029】
C-H結合又はSi-H結合を含む分子は、豊富に存在する。大部分の有機分子はC-H結合を含み、大部分のオルガノシラン分子はC-H結合及びSi-H結合を有し、大部分のシリコーン分子はSi-H結合を有する。C-H結合又はSi-H結合が開裂されると、炭素ラジカル又はケイ素ラジカルが形成される。これらのラジカルは反応性を示し、再結合又は挿入によって架橋する結合を形成することができる。活性化された分子が固体基材の表面上に存在する場合、固体基材上の他の分子と架橋することができ、且つ/又は形成された活性反応部位を経て基材に結合することができる。したがって、分子の安定した網目は、架橋後に基材上に形成され得る。また、水素原子が分子から選択的に断裂される場合、分子の主鎖及び主鎖上のいずれの特定の化学官能性も保存することができる。したがって、本発明の実施形態は、特定の所定の化学官能性をもつ分子を有する安定した分子網目の層を生成することができる。
【0030】
背景技術のセクションで示されたように、二つの硬質な球体の衝突を記述する二体衝突理論の教義である運動エネルギー(kinematic energy)移行の質量依存性を用いて、水素プロジェクタイルが、標的分子の炭素原子より同じ標的分子の水素原子にその運動エネルギーの多くを移行させることができる理由を説明することができる。次いで、この質量依存性を、C-C又は他の結合を切断することなく、C-H結合を切断し、したがって有機前駆体分子を、前駆体分子の化学的性質を保持した官能基特異的分子膜に架橋するプロセスの設計に利用することができる。原子及び分子は硬質な球体でなく、実際の原子及び分子の衝突は二体衝突理論では正確に説明することができないので、発明者ら及び共同研究者(Xiaoli Fan教授)は、アブイニシオ分子動力学計算法を用いて、中性分子状水素プロジェクタイルが、C2H6などの単純なアルカン分子とのその衝突の際にそのハイパーサーマル運動エネルギーを使用して、C-C結合を切断することなくC-H結合を切断する方法を正確に追跡することができる。
【0031】
その結果を図1(a)〜図1(c)に要約する。図1(a)では、運動エネルギー15eVの中性H2プロジェクタイルが標的C2H6に当たっており、H2分子軸はC2H6のH3-C1軸に垂直であり、H2のH9はH3に当たっている。H2及びC2H6は、共に安定した分子であり、遭遇したとき、それらの間に化学的引力は事実上ない。代わりに、それらは、位置エネルギーが運動エネルギーの犠牲によって上昇する反発領域に入る。
【0032】
その運動エネルギーを使い果たした後、H2は高励起状態のC2H6から跳ね返る。散乱したH2は、運動エネルギー約7eVを保持しており、H2が遊離H原子に当たるための残留運動エネルギーよりはるかに高い。これは、H2プロジェクタイルが当たったH3が、C2H6のC1に結合しているので妥当である。二体衝突モデルに関連して、質量2の硬質な球体が質量10の硬質な球体に当たることによって、運動エネルギー(kinematic energy)移行が56%になるので、H2プロジェクタイルは、有効質量約10の標的に当たると想定することができる。
【0033】
図1(a)の結果は、二体衝突モデルよりはるかに正確な化学的洞察を与える最先端の量子化学計算法に由来する。それらは、運動エネルギーの損失が並進、回転、及び振動エネルギーの組合せに分割されることを明らかに示すものである。特に、H3は、緩くしか結合しなくなり、C1とC2の間で振動している。それがC2に移動すると、H6はC2から離れざるを得ず、H6-C2結合はまさに切断するところである。実際、結合は、中性H2プロジェクタイルの元のエネルギーが同じ振動条件で15eVから16eVに上がるとき切断する。
【0034】
図1(b)に、16eVの衝突の分子動力学の結果を要約する。図1(a)及び(b)に示す両方の場合に、散乱したH2はその運動エネルギーの約55%を失う。比較して、H2の分子軸をC-C結合軸に垂直にして、H2プロジェクタイルがC2H6のC2原子に当たるとき、運動エネルギー80eVのプロジェクタイルの場合でさえ、標的C2H6は影響を受けないままであり、散乱したH2は、その運動エネルギーの約9%しか損失しない。異なる衝突トラジェクトリー及び条件の場合も同様の計算結果が収集され、衝突誘導C-H優先的開裂が確認された。予想された通り、H2の分子軸が標的分子のC-H結合軸に沿っているとき、散乱したH2の振動励起に分割される運動エネルギーの割合は、他の衝突トラジェクトリーの場合より大きい。プロジェクタイルの初期の運動エネルギー約35eVにおいて、散乱したH2は、ほぼ振動結合-解離状態に励起される。散乱したH2が解離すると、こうして生成されたハイパーサーマル水素原子は、衝突支援水素引抜き(collision-assisted hydrogen abstraction)を行うことができる。これは、C-H結合開裂の可能性をさらに高めるであろう。要するに、アブイニシオ分子動力学計算法は、中性分子状水素がそのハイパーサーマル運動エネルギーを使用して、C-C結合を切断することなくC-H結合を切断することができる方法について物理及び化学を正確に科学的に説明するものである。
【0035】
ハイパーサーマル中性H2を用いた優先的なC-H結合の開裂のハイスループット製造操作方式での工業的利用の場合、本発明は、ハイパーサーマル中性H2の高フラックスを生成する実用的な新規方法を提供する。
【0036】
図2に10で略示した装置を参照して、水素プラズマ16から、プロトン12がドリフト領域14へ抽出される。水素プラズマ16は、DCプラズマ、RFプラズマ、普通のマイクロ波プラズマ、又は電子サイクロトロン共鳴(ECR)マイクロ波プラズマとすることができる。ドリフト領域14は、事実上ドリフト領域14中に電場が存在しないように適切に配置された同じ電位を有するいくつかの電極22及び24で仕切られたチェンバー20に囲まれた体積である。したがって、ドリフト領域14に入ってくるプロトン12の運動エネルギーは、プラズマとドリフト領域14の間の1組のグリッド電極22によって制御される。このようなグリッド電極を使用して、プラズマチェンバー及びドラフト領域を含んでいるチェンバー(ドリフトチェンバー)からのガス流も低減し、したがってドリフトチェンバーのガス圧をポンピング又はガスフィーディングによって調整すると、プラズマチェンバーの適切なガス圧を維持することもできる。例えば、ECR水素プラズマを約1×10-4〜5×10-3トルの圧力範囲に維持することができる。
【0037】
ドリフト領域14の水素圧力が1×10-3トルに調整された場合、室温における気相中での水素衝突の平均自由行程は約9cmである。加速されたプロトン12があればそれが入る前に、ドリフト領域14中のすべての分子状水素30は、室温で熱平衡状態であるので、平均運動エネルギーはわずか約0.04eVである。これらの水素分子30は、しばしばサーマル分子状水素(thermal molecular hydrogen)と呼ばれる。統計的に、プロトン12がドリフト領域に入り込み、1平均自由行程進行すると、気相中の水素分子30と衝突する可能性が63%ある。その運動エネルギーはサーマル水素分子30と共有されて、ハイパーサーマル中性分子状水素プロジェクタイル32が形成されるが、そのエネルギー移行は、衝突径数(どれだけ近くで衝突するか)によって決まる。これらの二つの散乱したプロジェクタイル12及び32は、気相中の他のサーマル水素分子30よりはるかに高い運動エネルギーを有する。これらの二つの散乱したプロジェクタイル12及び32がそれぞれ、別の平均自由行程を進行すると、別の水素分子30と衝突し、ある量の運動エネルギーを衝突する相手に移行させて、より多くのハイパーサーマル中性分子状水素プロジェクタイル32を形成することができる可能性が63%ある。
【0038】
したがって、衝突カスケードは、ドリフト領域14に入り込む各プロトン12によって開始される。プロトン12はその運動エネルギーを失い続け、ハイパーサーマル中性分子状水素プロジェクタイル32がますます生成される。ドリフト領域の長さがいくつかの平均自由行程長として記述される場合、ドリフト領域14に入り込む各プロトン12によって生成されるハイパーサーマル中性分子状水素32の全数は、2の平均自由行程長の数乗で増加する。したがって、水素圧力及びドリフトチェンバーの長さを調整することによって、試料に到達するハイパーサーマル分子状水素分子32の数を制御することができる。図2の衝突の略線図は、加速されたプロトン12からサーマル分子状水素30への運動エネルギー(kinematic energy)移行によるハイパーサーマル分子状水素32の生成を示すように描かれている。実際には、水素分子30の数は、ハイパーサーマル分子状水素32の数よりはるかに多く、ハイパーサーマル分子状水素32の数は、プロトン12の数よりはるかに多い。例えば、ドリフト領域の水素30の圧力を、平均自由行程が5cmとなるように調整し、試料をプロトン入口から50cm離れて配置している場合、試料に到達するハイパーサーマル分子状水素32の数が、プロトン12の数よりおよそ何桁も多いことがあり得る。
【0039】
各プロトン12がドリフト領域14に入る前に320eVに加速された場合、及びドリフト領域条件が、ドリフト領域に入ってくるプロトン1個当たり平均32個のハイパーサーマル分子状水素分子32を生成するように設定されている場合、ドリフト領域の出口におけるハイパーサーマル分子状水素プロジェクタイル32の平均運動エネルギーは約10eVになるであろう。したがって、プロトン抽出条件及びドリフト領域衝突条件を調整することによって、ハイパーサーマル中性分子状水素プロジェクタイル32の高フラックスを生成することができ、これらが、ドリフト領域の出口にある基材ホルダー36に載せられている基材34の表面を衝撃すると、他の結合の望ましくない切断を行うことなく、C-H開裂を誘導することができる。基材表面に向けられるハイパーサーマル中性分子状水素プロジェクタイル32の高フラックスを生成するこの方法における概念を図3に示す。
【0040】
概して、ハイパーサーマル中性分子状水素プロジェクタイル32は、約1eV〜約100eVの範囲の運動エネルギーを有することができ、より好ましくは約1eV〜約20eVの範囲の運動エネルギーは、C-H結合及び/又はSi-H結合を断裂させるのに十分であろう。ハイパーサーマル中性分子状水素プロジェクタイル32の最終平均運動エネルギーは、抽出されたプロトンの運動エネルギー及びハイパーサーマル中性分子状水素プロジェクタイル32のカスケードにおける平均衝突数によって決まり、その平均衝突数は、平均自由行程によって決まり、その平均自由行程は、圧力によって決まる。
【0041】
C-C架橋を推進するためのC-H開裂に関連して、Hiraokaら(6,472.299 B2, 10-2002)は、プラズマからの水素ラジカル(原子状水素)を使用して、これらのガス分子を分解し、それらの構成要素の薄膜を得ることによる、シラン、ゲルマン、及び有機金属化合物などガス分子の蒸着を教示している。Hiraokaらの主要な目的は、シリコン、ゲルマニウム、又は金属の薄膜を形成することである。Hiraokaらの方法については、吸着された分子から水素原子の断裂及び有機金属化合物の有機成分のC-Hの切断に水素ラジカルを使用するように変更することができるが、このような変更は、原子状水素を使用する一般的な水素引抜き方法と何ら異ならない。さらに、Hiraokaらは、水素ラジカルの運動エネルギーが薄膜形成の特性をいかに変えるか、及び水素ラジカルの運動エネルギーを1〜100eVの範囲にいかに正確且つ精密に調整することができるかを教示していない。この方法には、ハイパーサーマル中性H2の生成、中性H2の運動エネルギーの制御、及びハイパーサーマル中性H2のフラックスの増幅、並びに基材上の前駆体分子を衝撃して、他の結合を切断することなくC-H結合を切断するためのこれらのハイパーサーマル中性H2の利用についても教示されていない。したがって、本発明は、Hiraokaらの方法とは基本的に異なる。
【0042】
プラスチック表面のC-H結合を切断することに関連して、Katoらは、プラスチック表面の水素プラズマ前処理を利用して、SiO2などの誘電体オーバーレイヤーの接着を増大させるように教示している。同様に、Schultz Yamasakiら(6,156,394、12-2000)も、直接(若しくは遠隔)マイクロ波又はRF水素プラズマ(若しくは他のガスプラズマ)を使用して、その後基材上に被着させる誘電体のオーバーレイヤーの接着を増大させる、ポリマー光学基材の前処理を教示している。KatoらとSchultz Yamasakiらは双方とも、プラズマ中の反応性種の正確な特性を教示していないが、当業者は、水素プラズマが中性分子状水素、原子状水素、プロトン、及び電子を含むことを理解することができる。
【0043】
KatoらとSchultz Yamasakiらは双方とも、接着の正確なメカニズムを教示していないが、当業者は、中性分子状水素がプラスチック表面と反応しないことを理解することができる。しかし、原子状水素は、水素引抜きによりC-H結合を切断することができる。さらに、イオン及び電子も基材表面と反応することができる。このような反応は、プラズマの電位によって決まり、10eVにすぎない典型的な電位値では、その周囲に対して典型的には正である。したがって、プラスチック表面に、表面が正に荷電されるまでプロトンが押される。Lauらによって示されるように、このエネルギー範囲でのプラスチック表面のプロトン衝撃は、優先的なC-Hの開裂及び炭素ラジカルの生成に至る可能性がある。プラズマ中の電子の存在下では、プラスチック表面上にプラズマ電位より高い正電位を確立することはできない。したがって、電気絶縁プラスチック表面のプロトン衝撃を維持することができる。
【0044】
しかし、衝撃エネルギーは、常にプラズマ電位より低く、この衝撃エネルギーの制御は困難で且つ不都合である。したがって、Katoらの方法及びSchultz Yamasakiらの方法を、プロトン衝撃でC-H結合を優先的に切断するように変更することができるが、その変更は、Lauらによって教示された方法ほど実用的ではない。Katoらの方法及びSchultz Yamasakiらの方法を、水素プラズマ中の原子状水素による水素引抜きでC-H結合を切断するように変更することができるが、その変更は、原子状水素による一般的な水素引抜き方法と何ら異ならない。これらの二つの方法も、ハイパーサーマル中性H2の生成、中性H2の運動エネルギーの制御、及びハイパーサーマル中性H2のフラックスの増幅、並びに基材上の前駆体分子を衝撃して、他の結合を切断することなくC-H結合を切断するためのこれらのハイパーサーマル中性H2の利用について教示していない。したがって、本発明は、Katoらの方法及びSchultz Yamasakiらの方法とは基本的に異なる。
【0045】
炭化水素分子のC-H結合を切断して、架橋フィルムを形成することに関連して、Grobe,IIIら(6-200-626 B1, 03-2001)は、炭化水素分子をプラズマにフィードして、分子を分解及び活性化し、したがって基材表面上に分子を架橋することができる炭化水素プラズマコーティング方法を教示している。Grobe,IIIらは基本的な物理及び化学を説明していないが、当業者は、典型的なプラズマ状態の一部の炭化水素分子をイオン化し、励起させ、且つ結合解離に推進させ得ることを理解することができる。結合解離はC-Hの開裂にとどまらないが、Grobe,IIIらの方法において、この化学的選択性の欠如は重要ではない。というのは、C-H、C-C、又は他の結合が開裂されているどうかに関わらず、炭素ラジカルが生成されるからである。二つの炭素ラジカルの再結合によって、新しいC-C架橋が形成され、このような架橋の蓄積によって、炭化水素コーティングが形成される。このような炭化水素コーティングの表面の曝露も、結合解離を誘導し、炭素ラジカルを生成する。
【0046】
これらの炭素ラジカルの一部が再結合することによって、得られる炭化水素コーティングの架橋度がさらに増大し、その機械的強度が増大する。Grobe,IIIらの方法の科学とGrobe,IIIらの発明の目的とは、プラズマ中で炭化水素分子を活性化して、炭化水素コーティングを形成することであるので、この方法には、他の結合解離のないC-H結合の選択的解離は教示されていない。この方法は、ハイパーサーマル中性H2の生成、中性H2の運動エネルギーの制御、及びハイパーサーマル中性H2のフラックスの増幅、並びに基材上の前駆体分子を衝撃して、他の結合を切断することなくC-H結合を切断するためのこれらのハイパーサーマル中性H2の利用についても教示していない。したがって、本発明は、Grobe,IIIらの方法とは基本的に異なる。
【0047】
特定の化学官能性をポリマー表面に形成することに関連して、パルスプラズマ重合方法においては、前駆体分子がプラズマに直接フィードされ、したがってパルスオンサイクル時に、それらの分解は避けられないので、本発明は、パルスプラズマ重合方法より有意によい。Friedrichらは、パルスプラズマ重合方法でアクリル酸を重合するとき、-COOHの最大の保持率73%を示した。本発明において、最大の保持率は>99%である。
【0048】
本発明の他の特定の実施形態については、以下にさらに詳細に記載されている。一つの特定実施形態に従って、厚さ数ナノメートルの薄膜を生成することができる。薄膜は、C-H結合を有する有機前駆体分子又はSi-H結合を有するシリコーン分子の制御された量を基材の固体表面上に被着させることによって合成される。この特定の実施形態においては、前駆体分子は、例えば単純なアルカン又はシランとすることができる(しかし、他の実施形態においては異なることがあり得る)。ハイパーサーマル中性分子状水素を含む水素プロジェクタイル粒子で、前駆体分子を衝撃する。水素プロジェクタイル粒子は、有機前駆体ではC-H結合を、又はシリコーン前駆体ではSi-H結合を切断するのに十分なほど高いが、他の結合の望ましくない切断に十分なほど高くないエネルギーを有する。
【0049】
別の実施形態によれば、数ナノメートルより大きい厚さの膜を生成することができる。膜は、不飽和結合を含む水素含有前駆体分子の制御された量を基材の固体表面上に被着させることによって合成される。ハイパーサーマル中性分子状水素を含む水素プロジェクタイル粒子で、被着物を衝撃する。水素プロジェクタイル粒子は、C-H及びSi-H結合を切断するのに十分なほど高いが、他の結合を切断するのに十分なほど高くないエネルギーを有する。衝撃後、ダングリングボンドが形成される。ダングリングボンドは、隣接した不飽和結合の一つのπ電子の引抜きによって、膜中においてある原子部位から別の原子部位に移動することができる。元のダングリングボンドは、新しいπ結合又は新しいσ結合の形成によって修正される。新しいダングリングボンドが、元の不飽和結合の部位に形成される。元のダングリングボンドが新しいσ結合の形成によって修正される場合、ダングリングボンドの架橋及び移動は同じプロセスで行われる。ダングリングボンドの移動によって、水素粒子で直接衝撃された部位からはるかに離れた位置で、架橋が起こり得る。水素粒子の侵入長より長い厚さのポリマー膜を調製することができる。
【0050】
別の実施形態によれば、厚さ数ナノメートルの炭化水素膜が生成される。この層は、同じ種類の化学官能基を多数有することができる。炭化水素膜は、同じ種類の化学官能基を有する炭化水素前駆体分子の制御された量を固体表面上に被着させることによって合成される。この実施形態において、炭化水素前駆体分子は、化学官能基を炭素鎖上に有する単純なアルカンとすることができるが、これに限定されるものではない。分子中の水素原子は、ハイパーサーマル中性分子状水素を含む水素プロジェクタイル粒子で衝撃することによって分子から断裂される。粒子は、分子中の水素結合を切断するのに十分なほど高いが、非水素原子間の他の非水素結合を切断するのに十分なほど高くないエネルギーを有する。水素原子が取り除かれた後、水素原子を失った分子は架橋し、官能基を有する炭化水素膜が生成される。
【0051】
もう一つの実施形態によれば、厚さ数ナノメートルの炭化水素膜が生成される。膜は、特定の組合せの化学官能基を多数有する。炭化水素膜は、有機前駆体分子の制御された量を固体表面上に被着させることによって合成される。各前駆体分子は、化学官能基の特定の組合せを有する。C-H結合は、ハイパーサーマル中性分子状水素を含む水素プロジェクタイル粒子で前駆体分子を衝撃することによって優先的に開裂される。粒子は、C-H結合を切断するのに十分なほど高いエネルギーを有するが、そのエネルギーは、他の結合を切断するのに十分なほど高くない。C-H結合開裂後、炭素ラジカルを有する活性化された分子は架橋され、前駆体分子中の化学官能基の組合せを含む炭化水素膜が生成される。
【0052】
別の実施形態によれば、厚さが数ナノメートルであり、且つ基材に密着する膜を生成することができる。膜は、有機分子、シリコーン分子、又はシラン分子などの水素含有前駆体分子の制御された量を基材の固体表面上に被着させることによって合成される。基材表面は、水素原子を有する可能性がある、又は有さない可能性がある。前駆体分子を被着させた後、ハイパーサーマル中性分子状水素を含む水素プロジェクタイル粒子で分子を衝撃する。プロジェクタイル粒子は、C-H結合又はSi-H結合を切断するのに十分なほど高いエネルギーを有するが、そのエネルギーは、他の結合を切断するのに十分なほど高くない。選択的結合開裂によって、炭素ラジカル又はシリコンラジカルなどの活性反応部位が生じ、架橋反応が誘導される。得られる膜を基材に化学的に結合させることができる。
【0053】
別の実施形態によれば、固体表面を含めて固体基材は、M-H結合を含むものであり、ここで、Mは水素より重い原子である。ハイパーサーマル中性分子状水素を含む水素プロジェクタイル粒子で、表面を衝撃する。基材は、他の実施形態においてあるように、ポリマー又は他の電気絶縁材料を含むことができる。粒子の運動エネルギーは、M-H結合を切断するのに十分なほど高いが、通常、他の結合を切断するのに十分なほど高くない。水素プロジェクタイル粒子の運動エネルギーは約1〜100eV、好ましくは約3〜50eVであり得る。M-H結合の選択的開裂によって、活性反応部位(例えば、ダングリングボンドを含む)が形成される。次いで、これらの活性反応部位は、特定量(specific dose)の吸着物と共に化学結合を形成する。吸着物は、表面活性化の前に、スピンコーティング、ジェット印刷、スクリーン印刷、蒸発、若しくは他の一般的な被着方法で、又は表面活性化の後にジェット印刷及び真空ドージング(vacuum dosing)で被着させることができる。この実施形態において、吸着物が表面上に固定されることによって、所定の特性をもつ表面を有する新規材料が生成される。さらに他の実施形態において、第2の固体基材を第1の基材に活性反応部位で積層することができる。第2の固体基材を、活性反応部位を介して第1の基材に結合させることができる。
【0054】
断裂されたC-H結合及びSi-H結合の任意の一つ又は組合せは、それ自体と又は表面特性の変化をもたらす表面の他の化学的部分と架橋できることに留意すべきである。改質することができる表面特性は、ヤング率、硬度、イオン伝導率、電気伝導率、表面エネルギー、界面化学、摩擦、透過率、拡散率、接着性、湿潤性、及び表面の生化学特性の任意の一つ又は組合せである。
【0055】
これらの表面特性において誘導することができる変化の程度は、前記基材表面に当たるハイパーサーマル中性分子状水素分子のエネルギー及びフルエンス、並びに前記基材表面又は表面上の分子の任意の一つ又は組合せを制御することによって制御することができる。
【0056】
さらに、予め選択された分子をチェンバーに導入する一方、ハイパーサーマル中性分子状水素分子が基材表面を衝撃して、断裂されたC-H結合及び/又はSi-H結合と予め選択されたこれらの分子との架橋を誘導し、基材の残部と比べて表面の化学組成を変更することが望ましいことがある。予め選択された分子は、所望の官能性を基材表面に付与するために選択される。
【0057】
さらに、表面が中性水素分子で衝撃されているので、これによって、潜在的バイアスを基材に適用することが可能になる。例えば、ハイパーサーマル中性分子状水素による基材への衝撃時に、正の直流及び交流電気バイアスのどちらか一方又は両方を前記基材に適用することができる。あるいは、ハイパーサーマル中性分子状水素による基材への衝撃時に、負の直流及び交流電気バイアスのどちらか一方又は両方を前記基材に適用することができる。
【0058】
別の実施形態において、高濃度のカルボン酸基を含むが他の化学官能基を含まない密度の高い炭化水素膜(例えば、約5nm以下)が生成される。ドコサン酸(CH3(CH2)20COOH)又はポリアクリル酸など、炭素鎖上にカルボキシル基を有するアルカンが、固体基材上にスピンコーティングされる。吸着された炭化水素分子は、約1〜100eV(好ましくは約4〜6eV)のエネルギー範囲のハイパーサーマル中性分子状水素を含む水素プロジェクタイル粒子を使用して衝撃された後に活性化される。水素プロジェクタイルによって、C-H結合が選択的に切断される。活性化された分子は架橋し、高濃度のカルボン酸基を含むが他の化学官能性を含まない厚さ5nmの密度の高い炭化水素膜を形成する。
【0059】
本発明の実施形態の追加の例を以下に記載する。これらの例では、ハイパーサーマル中性分子状水素を含む水素プロジェクタイル粒子が、図2に示す技法で生成される。ドトリアコンタンCH3(CH2)30CH3を選択して、ハイパーサーマル中性分子状水素衝撃を用いたC-H結合選択的切断について試験した。この分子は、冷却しない場合でさえ真空下で脱着しないように十分大きい。スピンコーティングで、シリコンウェハなどの基材上に均一にコーティングすることができる。さらに、ドトリアコンタンは、線状分子構造をとり、飽和C-C結合及びC-H結合しか含まず、それによって、合成プロセスにおけるいずれの構造変化の決定も容易になる。ポリアクリル酸も選択して、-COOH基のCO-H結合を含めて、他の結合を切断することのないC-H結合の選択的開裂について試験した。
【0060】
この例において、本発明の利用可能性を完全に実証するようにいくつかの基材構成を選択した。デバイスグレードの高研磨Si(100)ウェハを、その平坦な基材表面の再現性のために使用した。典型的には、表面汚染物質及び表面酸化物を除去するのに、メタノール浴中での超音波清浄、UV-オゾン清浄、及びHFエッチングで前処理した。前駆体分子を、典型的には予め清浄したシリコンウェハにスピンキャストにより被着させた。コーティング均一性を原子間力顕微鏡(AFM)によりチェックした。導電性基材を作製するために、シリコンウェハを大面積裏側オーム接点(large-area back ohmic contact)で適切にアースした。電気絶縁基材を作製するために、シリコンウェハを電気的に絶縁した。ポリエチレン及びポリプロピレンシートも使用して、ポリマー基材を作製した。
【0061】
X線光電子分光法(XPS)を使用して、前駆体分子層の厚さを測定した。前駆体分子の溶解及びスピンキャストに使用した有機溶媒に対する衝撃された層の溶解性により、衝撃で誘導したC-H結合の開裂及びその後のC-C架橋を調べた。衝撃された層が架橋していない場合、衝撃された層は完全に溶解した。衝撃された層が低レベルでしか架橋していない場合、衝撃された層は溶解試験により部分除去された。層厚さの変化をXPSで正確に測定した。衝撃エネルギーが高すぎない場合、C-C結合は開裂されず、層厚さは、衝撃によっては変化しないはずである。したがって、XPSによる層厚さの測定を利用して、C-C結合が開裂されたかどうかも判定した。
【0062】
結合切断の選択性の提案により、架橋、及びイオン衝撃前の分子膜には存在しなかった第二級炭素の生成を観察することが期待される。文字通り、本発明者らは、ポリエチレン及びポリプロピレンの価電子帯(VB)XPS(G. Beamson及びD. Briggs、「High resolution XPS of Organic Polymers, The Scienta ESCA 300 Database」、Wiley、England、1992)は共に、14及び19eVに二つのスペクトルバンドを有するが、ポリプロピレンでは17eVに追加のバンドがはっきりとわかり、第二級炭素のスペクトル特性として特定される(R.M. France及びR.D. Short、Langmuir 14、(1998)4827〜4835頁)ことを見出した。未使用のC32H66膜及びイオン衝撃された膜にVB XPSを適用すると、本発明者らは、未使用の膜が14及び19eVに期待された二つのバンドを示し、水素衝撃による処理によって、約17eVに追加のスペクトルバンドが生成し、したがって第二級炭素が生成したことを見出した。前駆体分子の架橋が確認された。XPSのプローブ深さから、架橋された分子膜の厚さが約5nmであることがわかった。
【0063】
飛行時間型二次イオン質量分析(TOF-SIMS)は、衝撃のある層及び無い層に由来する高質量2次イオン質量フラグメントの強度を比較することによって前駆体分子の架橋度を測定するのに適切な技法であることがわかった。この方法は、XPSと組み合わせた溶解試験を補完するものとして、架橋度を評価するために採用された。AFM技法も使用して、衝撃の関数としてヤング率の変化を測定して、架橋度を測定した。
【0064】
次に、例示的なものであって、本発明を限定するものではない非限定的な以下の実施例を用いて、本発明を説明する。
【実施例1】
【0065】
ECRマイクロ波水素プラズマを200Wのローパワー入力で維持し、抽出面積200cm2に及ぶプロトンフラックス3mAを抽出電極で抽出して、プロトンを図2のドリフト領域14中へ運動エネルギー96eVまで加速した。ドリフト領域に、分子状水素を圧力8×10-4トルでフィードした。5nmのドトリアコンタンでコーティングされた基材を、プロトン入口から50cmのドリフト領域に配置した。したがって、公称のフラックス比(ハイパーサーマル中性分子状水素対プロトン)は10を超えると推定され、ハイパーサーマル中性分子状水素の平均エネルギーは、10eV未満であると推定された。ハイパーサーマル中性分子状水素を含む水素プロジェクタイル粒子で、基材を衝撃し、衝撃時間は、シャッターを使用して制御した。架橋は、この一組の条件下、衝撃40秒で完了した。これは、厚さ及び組成のXPS測定と組み合わせた溶解試験で確認した。
【0066】
衝撃誘導のC-C結合の開裂はないという証拠は、前駆体分子層の厚さについて測定可能な変化がないことによって確認された。試料から50cm離れた位置で、プラズマからドリフトしたイオンの効果を判定するために、衝撃時に、正にバイアスされたグリッド電極を試料の上に配置した。試料から50cm離れた位置で、プラズマからドリフトした電子の効果を判定するために、衝撃時に、負にバイアスされたグリッド電極を試料の上に配置した。
【0067】
これらの比較実験によって、これらのイオン及び電子をスクリーニングすると、架橋結果に変化がないことが確認された。したがって、これらのイオン及び電子が基材表面上で分子架橋を誘導することができる場合でさえ、その効果は、本発明の作業条件下でのハイパーサーマル中性分子状水素による架橋効果に比べて無視できるものである。基材が、電気的にアースされたシリコンウェハ、電気的に絶縁されたシリコンウェハ、又はポリマーであるかどうかに関わらず、同じ架橋結果が得られた。したがって、ハイパーサーマル中性分子状水素衝撃がC-H結合を優先的に開裂し、架橋を誘導する有効性が確認される。
【0068】
これらの概念実証実験では、ECRプラズマ条件を、比較的低いプロトンフラックスが生成され、したがって衝撃実験が正確に時間調節できるように意図的に設定した。300cm2を超える面積を有する架橋された層を生成する生産性は、1秒よりはるかに短いことがある。実際、マイクロ波パワーを増大し、ECRプラズマ条件を微細調整することによって、発明者らは、プロトンフラックスを上記の衝撃実験で使用されるフラックスより500倍超高い>5×1016/cm2sと推定した。したがって、架橋された分子膜を生成する際の生産性は非常に高い可能性がある。生産性は、カスケード衝突をH2圧力及びドリフト領域の長さで制御することによってより多くのハイパーサーマルH2を生成することによっても増大することできる。したがって、加工中の製品を、前駆体分子で予めコーティングされたポリマー箔のロールの形で現在の反応器又は反応器をスケールアップしたバージョンのものにフィードし、特定の一つ/複数の化学官能性を有する架橋分子層をポリマー箔上に実用的に速く生成することが考えられる。
【実施例2】
【0069】
試料の位置をプロトン入口からさらに離れたドリフト領域に配置した点以外は同じ条件で、実施例1の実験を繰り返した。フラックス因子を高め、ハイパーサーマル中性分子状水素の平均エネルギーを低下させた。ドリフト距離を75cmに変更すると、同じ衝撃時間では測定可能な架橋は存在しなかった。架橋する際の非有効性は、ハイパーサーマル中性分子状水素プロジェクタイルがC-H結合を切断するのに十分な運動エネルギーを有していないという事実に起因する。この一組の実験の結果から、プラズマから試料にドリフトされた原子状水素が、ドリフト領域で適切に生成されたハイパーサーマル中性分子状水素に比べて、架橋を引き起こす重要な反応物質ではないということも示唆される。というのは、プラズマからの原子状水素のフラックスは、試料の位置を50cmから75cmに移動させると、あまり変化させないはずだからである。原子状水素が架橋を有効に引き起こすことができるならば、75cmに置かれた試料も、何らかの架橋の徴候を示すはずである。
【実施例3】
【0070】
試料位置を50cmとし、ポリアクリル酸を前駆体分子として、実施例1の同じ実験を繰り返した。10nmのポリアクリル酸層の場合、架橋は、公称の平均エネルギー6eVのハイパーサーマル分子状水素で80秒で完了した。-COOH官能基の保持率は、XPSを用いて、90%であることがわかった。抽出電圧を高めることによって、この平均衝撃エネルギーを12eVに上げると、-COOH保持因子は40%に低下した。これは、激しい衝撃が望ましくない-COOH分解を引き起こすという予想と矛盾しない。ポリアクリル酸層の厚さを5nmに低減すると、この公称の平均衝撃エネルギー6eVで10秒の衝撃が、溶解試験を参照して、架橋を完了するのに十分であった。衝撃時間(すなわち、フルエンス)要件の低減は、-COOH保持を>95%にさらに増大させた。予想された通り、衝撃フラックスの低減は、-COOH分解の可能性を低減することができる。
【実施例4】
【0071】
ポリアクリル酸前駆体分子を、不飽和C=C結合を含む短いアルケン側鎖を有するポリアクリル酸に変更した点以外は同じ条件下で、上記の実施例3の実験を繰り返した。これらの新しい前駆体分子の厚さ10nmの膜の場合、公称の平均エネルギー6eVのハイパーサーマル分子状水素で層を完全に架橋するための衝撃時間要件は、1秒未満であった。-COOH保持率は、必要とされた衝撃フルエンスが非常に低いので約99%であった。架橋効率の劇的な増大は、C-Hの開裂及びその後の炭素ラジカル再結合に完全に依存する代わりに、不飽和アルケンアタッチメントを、連鎖反応を経て架橋できることによるものであった。
【実施例5】
【0072】
本発明と従来のプラズマ表面改質方法の違いを実証するための比較トライアルでは、アルケン側鎖を有するポリアクリル酸の10nmの層をプラズマから5cmに配置し、直接プラズマ曝露をモデル化した。別の試料を50cmに配置して、公称の平均エネルギー6eVのハイパーサーマル分子状水素衝撃を与えた。両試料とも、50秒間曝露させた。プラズマ近くに配置した試料は、-COOH官能基の>90%を失い、残留酸素は、酸素含有基の混合物として存在する。それに比べて、50cmに配置され、公称の平均エネルギー6eVのハイパーサーマル分子状水素に曝露された試料は、-COOH基の約99%を保持し、他の何らかの異なる酸素含有基を含まない。このトライアル試験は、本発明が、プラズマ曝露による他の従来の表面改質と基本的に異なることを実証するものである。
【0073】
本明細書において、実施例の実施形態は、特定の構成及び技法を参照しながら記載されている。しかし、当業者は、他の構成及び方法ステップを含む他の実施形態が可能であることを容易に理解するであろう。例えば、従来の任意の生成技法が所望の組成物を生成することができる限り、その技法を使用して、コーティングの組成物を生成することができる。所望の特性をもたらす能力が依然として存在する場合に限り、例えば、コーティング中の材料の相対濃度はもちろん変えてもよく、不純物は許容されることがある。本明細書によって当業者にもたらされる知識を考慮すれば、他の構成又は技法を含む他の実施形態は、すべて本発明の範囲内である。さらに、一つ又は複数の本発明の実施形態の特徴は、本発明の範囲から逸脱することなく、適切な任意の方式で組み合わせることができる。
【0074】
本明細書では、「含む(comprises)」及び「含んでいる(comprising)」という用語は、排他的ではなく包括的及びオープンであると解釈されるべきである。具体的には、特許請求の範囲を含めて、本明細書で使用されるとき、「含む(comprises)」及び「含んでいる(comprising)」という用語、並びにそれらの変形は、指定された特徴、ステップ、又は成分が包含されることを意味する。用語は、他の特徴、ステップ、又は成分の存在を排除するものと解釈されるべきでない。
【0075】
本発明に関した上記の説明は、例にすぎないことを理解されたい。本発明の多くの変形は、当業者に自明であり、このような自明の変形は、本明細書に記載されたように、明示的に記載されているか否かに関わらず本発明の範囲内である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハイパーサーマル中性分子状水素を生成する方法であって、
プラズマを生成し、前記プラズマから約50eV〜約1keVの範囲のエネルギーを有するプロトンのフラックスを抽出するステップ、及び
前記プロトンのフラックスを水素分子が導入されているチェンバーに向けるステップ
を含み、
前記プロトンのフラックスに由来するプロトンが水素分子と衝突して、前記水素分子に運動エネルギーを付与して、高エネルギー分子状水素を生成し、
前記高エネルギー分子状水素と他の水素分子との衝突カスケードが、約1eV〜約100eVの範囲の運動エネルギーを有するハイパーサーマル中性分子状水素のフラックスを生成する、方法。
【請求項2】
前記プロトンのフラックスが、前記チェンバーにその一端で導入され、前記分子状水素が、前記チェンバーに、前記その一端から間隙を介した位置で導入される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記分子状水素の圧力を、前記分子状水素の平均自由行程が前記チェンバーのサイズより十分に小さくなるような選択された範囲に維持し、その結果、前記プロトンからエネルギーを獲得した前記分子状水素が、他の水素分子との衝突を予め選択された平均回数受けることによって、ハイパーサーマル中性分子状水素の前記フラックスの密度を制御する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
基材の表面又は表面上の分子のC-H及びSi-H分子結合の任意の一つ又は組合せを選択的に切断する方法であって、
約1eV〜約100eVの範囲の運動エネルギーを有するハイパーサーマル中性分子状水素のフラックスを生成し、そのフラックスを基材表面に向けるステップを含み、C-H結合及びSi-H結合の任意の一つ又は組合せを含む、表面又は表面上の分子へのハイパーサーマル中性分子状水素の衝撃時に、C-H結合及びSi-H結合が選択的に断裂される、方法。
【請求項5】
ハイパーサーマル中性分子状水素のフラックスを生成するステップが、
プラズマを生成し、前記プラズマから約50eV〜約1keVの範囲のエネルギーを有するプロトンのフラックスを抽出するステップ、及び
前記プロトンのフラックスを水素分子が導入されているチェンバーに向けるステップ
を含み、
前記プロトンのフラックスに由来するプロトンが水素分子と衝突して、前記水素分子に運動エネルギーを付与して、高エネルギー分子状水素を生成し、
前記高エネルギー分子状水素と他の水素分子との衝突カスケードが、約1eV〜約100eVの範囲の運動エネルギーを有するハイパーサーマル中性分子状水素のフラックスを生成する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記プロトンのフラックスが、前記チェンバーにその一端で導入され、前記分子状水素が、前記チェンバーに、前記その一端から間隙を介した位置で導入される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記分子状水素の圧力を、前記分子状水素の平均自由行程が前記チェンバーのサイズより十分に小さくなるような選択された範囲に維持し、その結果、前記プロトンからエネルギーを獲得した前記分子状水素が、他の水素分子との多重衝突を予め選択された平均回数受けることによって、ハイパーサーマル中性分子状水素の前記フラックスの密度を制御する、請求項4、5、又は6に記載の方法。
【請求項8】
ハイパーサーマル分子状水素の平均運動エネルギーの前記範囲が、約1eV〜約20eVである、請求項4、5、6、又は7に記載の方法。
【請求項9】
基材が、ポリマー、電気絶縁材料、電気半導性材料、及び電気伝導性材料からなる群から選択される、請求項4から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
C-H結合及びSi-H結合の任意の一つ又は組合せを含む、基材の表面又は表面上の前記分子が、前記基材表面上に層状に被着されたポリマー形成分子である、請求項4から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
ポリマー形成分子を含む被着された層が、原子単層から100nm超に及ぶ厚さを有する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
ポリマー形成分子が、飽和又は不飽和の有機分子を含む、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項13】
ポリマー形成分子が、化学官能基を有する飽和又は不飽和の有機分子を含む、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項14】
ポリマー形成分子が、飽和又は不飽和のシラン及びその誘導体を含む、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項15】
C-H結合及びSi-H結合の任意の一つ又は組合せを含む、基材の表面又は表面上の前記分子が、基材自体の一部分を形成する分子である、請求項4から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
C-H結合及びSi-H結合の任意の一つ又は組合せを含む、基材の表面又は表面上の前記分子が、基材自体の一部分を形成する分子及び前記基材表面上に被着された分子の組合せである、請求項4から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
スプレー、スピンコーティング、浸漬キャスティング、ジェット印刷、及びスクリーン印刷の任意の一つ又は組合せを使用して、ポリマー形成分子を含む層を被着させる、請求項4から15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
断裂されたC-H結合及びSi-H結合の任意の一つ又は組合せが、それ自体と又は表面特性の変化をもたらす前記表面の他の化学的部分と架橋する、請求項4に記載の方法。
【請求項19】
前記表面特性が、ヤング率、硬度、イオン伝導率、電気伝導率、表面エネルギー、界面化学、摩擦、透過率、拡散率、接着性、湿潤性、及び表面の生化学特性の任意の一つ又は組合せである、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記表面特性の前記変化の程度を、前記基材表面に当たる前記ハイパーサーマル中性分子状水素分子のエネルギー及びフルエンス、並びに前記基材の表面又は表面上の分子の任意の一つ又は組合せを制御することによって制御する、請求項18に記載の方法。
【請求項21】
予め選択された分子を前記チェンバーに導入する一方、同時にハイパーサーマル中性分子状水素のフラックスを基材表面に向けて、断裂されたC-H結合及び/又はSi-H結合と前記予め選択された分子の架橋を誘導して、基材の残部と比べて表面の化学組成を変更するステップを含む、請求項18、19、又は20に記載の方法。
【請求項22】
ハイパーサーマル中性分子状水素による基材への衝撃時に、正の直流及び交流電気バイアスのどちらか一方又は両方を前記基材に適用するステップを含む、請求項1から21のいずれか一項に記載の方法。
【請求項23】
ハイパーサーマル中性分子状水素による基材への衝撃時に、負の直流及び交流電気バイアスのどちらか一方又は両方を前記基材に適用するステップを含む、請求項1から21のいずれか一項に記載の方法。

【図1(a)】
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【図1(b)】
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【図1(c)】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2012−519143(P2012−519143A)
【公表日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−552288(P2011−552288)
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【国際出願番号】PCT/CA2010/000299
【国際公開番号】WO2010/099608
【国際公開日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【出願人】(507363152)ザ ユニバーシティ オブ ウエスタン オンタリオ (3)
【Fターム(参考)】