説明

バナジウム含有ホスファターゼ阻害剤の増強

【課題】生体試料中のリン酸化タンパク質の検出には、一定時点でのタンパク質のリン酸化状態を保存するために、リン酸エステルの加水分解を防ぐ必要があり、この目的のための組成物、および方法を提供する。
【解決手段】ホスファターゼ活性を有する酵素、オルトバナジン酸塩、マンニトール及びジチオスレイトールを含んで成る液体組成物。また、ホスファターゼを阻害するための該組成物の使用、並びに該組成物を含んで成るキット。ポリオールの存在下において、キレート剤又は還元剤の存在下であっても該阻害剤の効果が増強される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はホスファターゼの生物化学に関係する。特に、本発明は、異なるホスファターゼ酵素のバナジウム含有阻害剤とともに添加剤として使用することができる化合物を扱う。本発明に従う添加化合物は、阻害効果の増強を供する。結果として、低濃度のバナジウム含有化合物は、ホスファターゼの十分な阻害を達成するために使用することができる。
【背景技術】
【0002】
ホスファターゼは、リン酸モノエステルをリン酸イオンと遊離ヒドロキシル基を有する分子に加水分解する酵素である。該作用は、ATPのような化学エネルギー変換分子を使用することによりリン酸基をこれらの基質に付着させる、ホスホリラーゼ及びキナーゼとは正反対である。
【0003】
ホスファターゼは2つの主要なカテゴリー:金属酵素(これは活性のためのこれらの活性部位における2又はそれ以上の金属イオンの存在に依存する)、及び非金属酵素、に分類することができる。これらのカテゴリーは更なるサブカテゴリーに分けることができる。該金属酵素は、最も大量のホスファターゼ含んで成り、そしてアルカリホスファターゼ(3つの金属イオン、そのうち触媒的に活性であるものは2つのみである)、セリンスレオニンホスファターゼ、及びイノシトールモノホスファターゼといった酵素を含有する。最も知られている非金属酵素は、プロテインチロシンホスファターゼであり、これはホスホ−チロシン残基を加水分解する。
【0004】
タンパク質におけるリン酸基の存在又は不存在は、多くの生物化学及び特にシグナル伝達経路において調節的な役割を果たすことが知られている。チロシン残基は、プロテインキナーゼによりリン酸基でタグ化(リン酸化)することができる。そのリン酸化状態において、該チロシン残基はホスホチロシンとして知られる。チロシンリン酸化はシグナル伝達及び酵素活性の制御において重要な工程の1つと考えられる。ホスホチロシンは、特異抗体を介して検出することができる。特定のキナーゼ及びホスファターゼは、一緒に、シグナル伝達経路の酵素、受容体及びほかの成分、転写因子並びにほかの機能性タンパク質の活性を制御する。
【0005】
従って、生体試料中のリン酸化タンパク質を検出することを目的とする多くの生物化学的方法が存在する。例えば、採取された細胞物質を溶解し、そして該タンパク質画分を1次元(例えば、SDS−PAGE)又は2次元(例えば、第1次元:等電点フォーカシング、第2次元:SDS PAGE)分離にかけ、そして個々のバンド又はスポットのリン酸化タンパク質をホスホセリン−又はホスホチロシン−特異抗体により検出する。他のより具体的な検出方法は、特にリン酸化タンパク質と特異的に結合する抗体を使用する。このような抗体は、バイオプシー材料からのホルマリン固定パラフィン包埋組織切片中のリン酸化標的タンパク質の組織細胞化学的な検出のために頻繁に用いられる。
【0006】
使用される検出方法に関わらず、リン酸化タンパク質の分析の結果は、実験が開始された時点、すなわち細胞が溶解されるか、あるいは組織が固定され、そして切片化された時点おけるリン酸化の状態を反映することが望まれる。より一般には、一定の時点においてタンパク質リン酸化の状態を保存することが望ましい。保存は、これらの標的タンパク質から加水分解されるリン酸エステルを防ぐことにより達成される。この目的を達成するために、当業界において、ホスファターゼ活性を阻害することができる多くの物質が供されている。阻害剤は、リン酸化タンパク質の検出のためのアッセイを行うときだけでなく、大量のリン酸化タンパク質を精製されるときにも慣習的に適用される。
【0007】
バナジウム含有ホスファターゼ活性阻害剤のなかで、過バナジン酸塩及びバナジン酸塩が最もよく知られており、かつ最も広く利用される物質である。バナジン酸塩は、リン酸加水分解の転移状態を模倣し、一般的なホスファターゼ阻害剤として考えられるリン酸類似体である。しかしながら、バナジン酸塩は、チロシンホスファターゼ(Huyer, G., et al., J. Biol. Chem. 272 (1997) 843-851)及びアルカリホスファターゼ(例えば、Stankiewicz, P. J., et al., Met. Ions Biol. Syst. 31 (1995) 287-324)を阻害するために特に適当であると考えられている。しかしながら、他のホスファターゼ、例えば、ATPアーゼ、グルコース−6ホスファターゼ、酸ホスファターゼ又はフルクトース−2,6−ビスホスファターゼの阻害もまた報告されている。
【0008】
しかしながら、有効量のバナジン酸塩を供するためには、マイクロモル又はミリモル範囲における濃度でなければならないという不利益がある。これに関して、「有効量」は、1×(1回)〜50×(50回)である場合、1×濃度においてホスファターゼの活性を20倍低下させる水溶液中の阻害剤の濃度として理解される。バナジン酸塩に対して、ほかのホスファターゼ活性の阻害剤は、ナノモル濃度において有効であることが知られている。その例はカンタリジンである。
【0009】
しかしながら、該阻害効果は、安定なバナジン酸塩含有錯体を形成する方法により増強できることが報告されている。例えば、ビスペルオキソ(ビピリジン)オキソバナジン酸カリウム(V)及びビスペルオキソ(1,10フェナントロリン)オキソバナジン酸カリウム(V)はともに、オルトバナジン酸塩よりも強力である。しかしながら、バナジン酸塩の錯体形成は、作用強度の改善のために必須というわけではない。例えば、ヒドロキシルアミン又はジメチルヒドロキシルアミンは、自発的にバナジン酸塩と錯体を形成する。これらの錯体の作用強度は、同程度を維持するか、あるいは一定の範囲に低下する(Cuncic, C., et al., Biochem. Pharmacol. 58 (1999) 1859-1867)。細胞型アッセイにおいて、これらの2つの化合物は、細胞ルーメン中のバナジン酸塩の取り込みを増大することが発見された(Nxumalo, F., et al., Biol. Inorg. Chem. 3 (1998) 534-542; Cuncic, C., et al., Biochem. Pharmacol. 58 (1999) 1859-1867)。
【0010】
更に、EDTAのような一定の錯体形成試薬の存在において、バナジン酸塩のホスファターゼ阻害効果は、約1,000倍減少することが知られている(Huyer, G., et al., J. Biol. Chem. 272 (1997) 843-851)。EDTAは安定化剤、及び金属酵素、例えば、ホスファターゼ及びプロテアーゼの阻害剤として生物化学において頻繁に使用されるために、これはとくに不利益となる。細胞溶解液の調製における使用のためのほかの重要な安定化剤はジチオスレイトール(DTT)である。本発明者は、DTTがまた、ホスファターゼにおいてバナジン酸塩の阻害効果を有意な程度に低下することを発見した。
【0011】
当業界における不利益の観点において、本発明の目的は、ホスファターゼ活性を有する酵素においてバナジン酸塩含有化合物の阻害効果を増強するほかの化合物を提供することである。本発明の他の目的は、バナジン酸塩含有化合物におけるEDTA及びDTTの負の効果に反作用する化合物を提供することである。
【0012】
本発明者は、ポリオールの存在下において、ホスファターゼ及び特にホスホチロシン特異性ホスファターゼにおけるバナジン酸塩の阻害効果が増強される、という驚くべき発見をした。この効果は、極めて単純なポリオール、例えば、グリセロールだけでなく、糖アルコール、例えば、マンニトールでも観察された。さらにより驚くべきことには、バナジン酸塩におけるEDTA及びDTTの負の効果が有意に減少するか、あるいは完全に消滅することが発見された。
【発明の開示】
【0013】
本発明の第1の態様は、ホスファターゼ活性を有する酵素を阻害するための、(i)バナジル(II)、バナジン酸塩(IV)、バナジン酸塩(V)、オリゴマーバナジン酸塩(V)、及びこれらの混合物から成る群から選択されるイオン化合物、並びに(ii)ポリオール、を含んで成る組成物の使用である。本発明の第2の態様は、(i)バナジル(II)、バナジン酸塩(IV)、バナジン酸塩(V)、オリゴマーバナジン酸塩(V)、及びこれらの混合物から成る群から選択されるイオン化合物、並びに(ii)ポリオール、を含んで成る組成物であって、該ポリオールとバナジン酸塩含有化合物のモル比が等しいか、あるいは1:1以上であることを特徴とする組成物である。本発明の第3の態様は、ホスファターゼ活性を有する酵素を阻害するための方法であって、(a)(i)バナジル(II)、バナジン酸塩(IV)、バナジン酸塩(V)、オリゴマーバナジン酸塩(V)、及びこれらの混合物から成る群から選択されるイオン化合物、並びに(ii)ポリオールを含んで成る組成物を水性溶媒中に溶解する工程、そして(b)該ホスファターゼ活性を有する酵素を工程(a)の溶液と接触させる工程、を含んで成る方法である。本発明の第4の態様は、包装材料、及び(i)バナジル(II)、バナジン酸塩(IV)、バナジン酸塩(V)、オリゴマーバナジン酸塩(V)及びこれらの混合物から成る群から選択されるイオン化合物、並びに(ii)ポリオール、を含んで成る組成物を含んで成るキットである。
【0014】
発明の詳細な説明
一定の用語は、特定の意味を伴い使用され、あるいは本発明の説明において最初に定義される。本発明を理解する目的のために、本発明を説明するために使用される用語は、これらの定義が以下に記載される定義と矛盾するか、あるいは部分的に矛盾する場合以外、当業界に許容されるこれらの定義により定義される。定義に矛盾がある場合には、用語の意味は、以下に記載される定義により第1に定義される。
【0015】
本願の明細書及び特許請求の範囲において使用される「含んで成る」の用語は、「制限することなく含む」ことを意味する。化合物、例えば、阻害剤又は添加剤を表す用語との組み合わせにおける「a」の記載は、「1又は複数」を示すように使用される。「ホスファターゼ阻害剤」は、ホスファターゼ酵素活性によりリン酸エステルが加水分解し、これにより標的分子からリン酸イオンの放出を阻害するために有効な物質である。「水性」溶液は、水性溶媒が、少なくとも80[v/v]%、より好ましくは95[v/v]%、よりさらに好ましくは99[v/v]%、なおよりさらに好ましくは100[v/v]%の水を含んで成る水性溶媒である溶液と理解される。当業者は、該溶液が更に、1又は複数の更なる化合物、例えば、塩、緩衝液、阻害剤、添加剤及び生物学的分子を含んで成り、そして該1又は複数の化合物が液体溶媒に溶解することを認識する。
【0016】
本発明の組成物は、バナジル(II)、バナジン酸塩(IV)、バナジン酸塩(V)、オリゴマーバナジン酸塩(V)、及びこれらの混合物から成る群から選択されるイオン化合物を含んで成る。極めて好ましくは、該イオンバナジウム含有化合物は、オルトバナジン酸塩(V)及びそのオリゴマーである。好ましいオリゴマーは、ジ−、トリ、及びテトラバナジン酸イオンから成る群から選択される。本発明の組成物中の他の極めて好ましいイオン化合物は、ペルオキソバナジン酸イオンである。しかしながら最も好ましくはオルトバナジン酸塩(VO43-)である。
【0017】
本発明の組成物中の「ポリオール」は、2又はそれ以上のヒドロキシル基が炭素原子と共有結合している水溶性有機化合物である。本発明のポリオールの2つのヒドロキシル基は2つの隣接炭素原子と結合していることが好ましい。いいかえると、好ましくいポリオールは2つの近接ヒドロキシル基を含んで成る。しかしながら、2以上の近接ヒドロキシル基を有するポリオールが好ましい。極めて周知でありかつ極めて好ましい近接ヒドロキシル基を有するポリオールは、糖アルコールである。「糖アルコール」は、炭水化物の水素付加形態であり、このカルボニル基(アルデヒド又はケトン)は1級又は2級ヒドロキシル基に還元されている。炭水化物の非水素付加形態もまた「還元」糖として好ましい。
【0018】
本発明に従う組成物は、好ましくは4〜100個の炭素原子を有する糖アルコールを含んで成る。この観点において、非還元性のモノ−、ジ−、トリ−及びテトラサッカライドが極めて好ましい。
【0019】
極めて好ましい糖アルコールは、非還元性モノサッカライドである。このような糖アルコールは、C4糖アルコールであってよく、そして好ましくはトレイトール及びエリスリトールから成る群から選択される。また極めて好ましくは、該糖アルコールは、C5糖アルコールであり、そして好ましくはリビトール、アラビトール、キシリトール及びリキシトールから成る群から選択される。また極めて好ましくは、該糖アルコールは、C5デオキシ糖アルコールであり、好ましくはデオキシリビトール及びデオキシアラビトールから成る群から選択される。また極めて好ましくは、該糖アルコールは、C6糖アルコールであり、そして好ましくはアリトール、アルトリトール、マンニトール、グルシトール、グリトール、イジトール、ガラクチトール、及びタリトールから成る群から選択される。
【0020】
本発明に従い、デオキシ糖アルコールは、糖アルコールの用語により包含されるが、ただし、該デオキシ糖は、4又はそれ以上の近接ヒドロキシル基の対を供する必要がある。極めて好ましい糖アルコールは、C6デオキシ糖アルコールであり、好ましくはデオキシグルシトール、及びデオキシマンニトールから成る群から選択される。また極めて好ましくは、該糖アルコールは、C2位においてほかの置換基を有する糖アルコールであり、好ましい例は、N−アセチルグルシトールアミン−2である。
【0021】
ジサッカライド及びモノサッカライドは共に、糖アルコールを形成することができる;しかしながら、ジサッカライドに由来する糖アルコール(例えば、マルチトール及びラクチトール)は、たった1つのアルデヒド基のグリコシド結合が還元に利用できるために、完全には水素付加されない。同じことは、トリサッカライド及びより高級のサッカライドにも適用できる。従って、非還元性ジ−若しくはトリサッカライド、又は最大100個の炭素原子を有する非還元性高級オリゴサッカライドが、本発明の実施において極めて優れた利点を伴い使用することができる。スクロースは極めて好ましい糖アルコールである。スクロースについて注目すべきことは、大抵のポリサッカライドと異なり、グリコシド結合がグルコース及びフルコースの両方の還元末端間で形成され、そして一方の還元末端と他方の非還元末端間では形成されないことである。この効果は、他のサッカライドユニットに対する更なる結合を阻害する。これは遊離アノマー炭素原子を含有しないことから、非還元糖である。
【0022】
本発明に従い、好ましいポリオールとイオンバナジウム含有化合物のモル比は1:1以上である。極めて好ましくは、該モル比は、100:1〜1:1である。さらにより好ましくは、該モル比は、70:1〜5:1である。さらにより好ましくは、該モル比は、50:1〜10:1である。
【0023】
バナジウム含有阻害剤の不存在下においてホスファターゼ活性(100%)を対照として、本発明に従うバナジル(II)、バナジン酸塩(IV)、バナジン酸塩(V)、オリゴマーバナジン酸塩(V)から成る群から選択されるイオン化合物とポリオール化合物の組み合わせを該試料中に添加すると、実質的に該ホスファターゼ活性を低下することができる。該活性は、好ましくは1.5%〜40%の値、より好ましくは1.5%〜30%の値、更により好ましくは1.5%〜20%の値、更により好ましくは1.5%〜10%の値に低下する。
【0024】
一方で、ポリオールは、ホスファターゼ活性において、イオンバナジウム含有化合物の阻害効果を増強した。他方で、該ポリオールは、錯体形成剤の負の効果を減少した。これは、ホスファターゼ活性が二価又は三価の正電荷金属イオンのためのキレート剤の存在により不利な影響を受けないことを意味する。二価イオンの錯体形成は、従って、例えば、副作用を有することなく、所望されない、いくつかのプロテアーゼの活性を予防することができる。この理由により、本発明の組成物は更に、二価又は三価の正電荷金属イオンのためのキレート剤を含んで成る。好ましいキレート剤は、EDTA、クエン酸塩、EGTA、及び1,10−フェナントロリンから成る群から選択される。本発明に従う組成物中のキレート剤の好ましい濃度は、0.1mM〜50mM、より好ましくは0.2mM〜10mM、そして最も好ましくは約1mMである。
【0025】
更に、該組成物中のポリオールは、イオンバナジウム含有化合物において還元剤の負の効果を低下する。特にDTTはオルトバナジン酸塩によるホスファターゼ活性の阻害を低下する。しかしながら、ポリオールの存在下においてこの低下は逆転する。好ましい還元剤は、DTT(ジチオトレイトール)、β−メルカプトエタノール、グルタチオン、及びチオレドキシンから成る群から選択される。本発明に従う組成物中の還元剤の好ましい濃度は、0.1mM〜30mM、より好ましくは0.2mM〜10mM、そして最も好ましくは約1mMである。
【0026】
本発明の他の態様において、該組成物は、都合の良い形態において消費者に提供される。その例は、一定量の組成物を含有するパッケージ製品である。該包装材料は、好ましくは水蒸気の水との接触を防ぐために選択される。更に1又は複数のパッケージ製品を、乾燥材料、例えば、シリカゲル又は他の適当な物質の存在下で保管することができる。該組成物は、自由流動顆粒の形態において存在することができる。さらにより好ましくは、該組成物は、追加的に、錠剤の処方を促進する更なる物質を含有することができる。
【0027】
更に、本発明の組成物は、バナジウム含有化合物以外の化合物である1又は複数の追加的なホスファターゼ阻害剤を含有することができる。1又は複数の追加的なホスファターゼ阻害剤は、好ましくはイオン阻害剤、例えば、NaFである。また好ましくは、該阻害剤は、カントリジン、ナフチルホスフェート、及びミクロシスチンから成る群から選択される低分子量化合物である。また好ましくは、該組成物は、カルシニューリン自己抑制ペプチド、及びプロテインホスファターゼ阻害因子2から成る群から選択されるペプチド化合物である。
【0028】
バナジン酸塩含有化合物に追加したポリオールの存在の驚くべき効果のおかげで、本発明の化合物は、ホスファターゼ活性を有する酵素の阻害のために適当である。該組成物は、酸ホスファターゼ、アルカリホスファターゼ、ホスホチロシンホスファターゼ、ATPアーゼ、ホスホセリン/スレオニンホスファターゼ、及びデュアルホスファターゼから成る群から選択されるホスファターゼを阻害するために特に適当である。最も好ましくは、該組成物は、プロテインチロシンホスファターゼ(すなわち、ホスホチロシン残基のリン酸エステルを加水分解すること、ここでホスホチロシン残基はリン酸化ポリペプチドの一部である)を阻害するために使用される。リン酸化チロシン残基を含有することができ、かつホスホチロシン特異性プロテインホスファターゼのための基質であるポリペプチドの例は、エリスロポイエチンのリン酸化受容体、pErk1、pErk2、及びpJak2である。
【0029】
従って、本発明の他の態様は、ホスファターゼ活性を有する酵素を阻害するための方法であって、(a)(i)バナジル(II)、バナジン酸塩(IV)、バナジン酸塩(V)、オリゴマーバナジン酸塩(V)、及びこれらの混合物から成る群から選択されるイオン化合物、並びに(ii)ポリオールを含んで成る組成物を水性溶媒中に溶解する工程、そして(b)該ホスファターゼ活性を有する酵素を工程(a)の溶液と接触させる工程、を含んで成る方法である。
【0030】
本発明の更なる態様は、従って、本発明の組成物及び水性溶媒を含んで成る液体組成物である。液体組成物のpHは、好ましくは、ホスファターゼ酵素(1又は複数の標的ホスファターゼ)が活性であるpH値に相当する。該pHは、好ましくはpH5.5〜pH8.5の範囲、より好ましくはpH6.7〜pH8.0の範囲である。
【0031】
以下の実施例、図及び配列表は、本発明、すなわち付随の特許請求の範囲に記載される真の範囲理解を助けるために提供される。本発明の精神と離れることなく記載される手順において改変できることが理解される。
【実施例1】
【0032】
ホスホチロシン−特異性プロテインホスファターゼの阻害
組換え的に産生したホスホチロシン特異性プロテインホスファターゼの原液(ヒトT細胞;Calbiochem;商品番号539732)を0.1mMのCaCl2、50mMのトリスpH7.0を含有する緩衝液中で1:200の割合に希釈する。分離反応チューブ中で、以下の混合物(a〜e)を調製する:36μlの希釈酵素溶液、及び4μlの(a)水(100%の対照として)、(b)10mMのオルトバナジン酸塩;(c)20mMのオルトバナジン酸塩;(d)10mMのオルトバナジン酸塩、270mMのマンニトール;(e)10mMのオルトバナジン酸塩、540mMのグリセロールの1つの溶液のいずれか。各混合物を室温(RT)で15分間インキュベートする。続いて、10μlのアリコットを各混合物からマイクロウェルプレート中に移す。ホスホチロシン残基を含有する5μlの緩衝液試験ペプチド溶液(配列R−R−L−I−E−D−A−E−pY−A−A−R−Gを有するペプチド;水中1mM)及び0.1mMのCaCl2、50mMのトリスpH7.0を含有する10μlの緩衝液を各ウェルに添加し、そして37℃で30分間インキュベートする。該リン酸エステル結合の酵素加水分解からもたらされる遊離リン酸を0.034%[w/v]のマラカイトグリーン、10mMのモリブデン酸ナトリウム、及び3.4%[v/v]のエタノールを追加的に含有する100μlの1MのHCl溶液の添加に従う検出反応にかける。該検出反応は、室温で10分間行い、その間マイクロウェルプレートを常に撹拌する。リン酸の相対的な濃度は、各反応ウェルの吸光度(620nm)の検出に従い検出する。
【実施例2】
【0033】
EDTA及びDTTの存在下におけるホスホチロシン−特異性プロテインホスファターゼの阻害
組換え的に産生したホスホチロシン特異性プロテインホスファターゼの原液(ヒトT細胞;Calbiochem;商品番号539732)を、25mMのHepes、50mMのNaCl、2.5mMのEDTA、5mMのDTTを含有するpH7.2の緩衝液中で1:200の割合に希釈する。分離反応チューブ中で、以下の混合物(a〜e)を調製する:36μlの希釈酵素溶液、及び4μlの(a)水(100%の対照として)、(b)10mMのオルトバナジン酸塩;(c)20mMのオルトバナジン酸塩;(d)10mMのオルトバナジン酸塩、270mMのマンニトール;(e)10mMのオルトバナジン酸塩、540mMのグリセロールの1つの溶液のいずれか。各混合物を室温(RT)で15分間インキュベートする。続いて、10μlのアリコットを各混合物からマイクロウェルプレート中に移す。ホスホチロシン残基を含有する5μlの緩衝液試験ペプチド溶液(配列R−R−L−I−E−D−A−E−pY−A−A−R−Gを有するペプチド;水中1mM)及び25mMのHepes、50mMのNaCl、2.5mMのEDTA、5mMのDTTを含有する10μlの緩衝液、pH7.2を各ウェルに添加し、そして37℃で30分間インキュベートする。該リン酸エステル結合の酵素加水分解からもたらされる遊離リン酸を0.034%[w/v]のマラカイトグリーン、10mMのモリブデン酸ナトリウム、及び3.4%[v/v]のエタノールを追加的に含有する100μlの1MのHCl溶液の添加に従う検出反応にかける。該検出反応は、室温で10分間行い、その間マイクロウェルプレートを常に撹拌する。リン酸の相対的な濃度は、各反応ウェルの吸光度(620nm)の検出に従い検出する。
【実施例3】
【0034】
EDTAの存在下におけるホスホチロシン−特異性プロテインホスファターゼの阻害(ここでDTTは追加的に存在するか、あるいは存在しない)
組換え的に産生したホスホチロシン特異性プロテインホスファターゼの原液(ヒトT細胞;Calbiochem;商品番号539732)を、25mMのHepes、50mMのNaCl、2.5mMのEDTA、5mMのDTTを含有する緩衝液、pH7.2(酵素溶液(i))中、あるいはDTTが存在しない同じ組成を有する緩衝液(酵素溶液(ii))で1:200の割合に希釈する。分離反応チューブ中で、以下の混合物(a〜f)を調製する:36μlのいずれかの希釈酵素溶液(i)又は(ii)、及び4μlの(a、d)10mMのオルトバナジン酸塩;(b、e)10mMのオルトバナジン酸塩、270mMのマンニトール;(c、f)10mMのオルトバナジン酸塩、540mMのグリセロールの1つの溶液のいずれか。各混合物を室温(RT)で15分間インキュベートする。続いて、10μlのアリコットを各混合物からマイクロウェルプレート中に移す。ホスホチロシン残基を含有する5μlの緩衝液試験ペプチド溶液(配列R−R−L−I−E−D−A−E−pY−A−A−R−Gを有するペプチド;水中1mM)、及び10μlの25mMのHepes、50mMのNaCl、2.5mMのEDTA、5mMのDTTを含有する緩衝液、pH7.2(酵素溶液(i)との反応)又は25mMのHepes、50mMのNaCl、2.5mMのEDTAを含有する緩衝液、pH7.2(酵素溶液(ii)との反応)を含有する緩衝液のいずれかを各ウェルに添加し、そして37℃で30分間インキュベートする。該リン酸エステル結合の酵素加水分解からもたらされる遊離リン酸を0.034%[w/v]のマラカイトグリーン、10mMのモリブデン酸ナトリウム、及び3.4%[v/v]のエタノールを追加的に含有する100μlの1MのHCl溶液の添加に従う検出反応にかける。該検出反応は、室温で10分間行い、その間マイクロウェルプレートを常に撹拌する。リン酸の相対的な濃度は、各反応ウェルの吸光度(620nm)の検出に従い検出する。
【実施例4】
【0035】
オルトバナジン酸塩によるホスホチロシン特異性プロテインホスファターゼの阻害
表1
緩衝水溶液中のオルトバナジン酸塩及び他の化合物を含有する組成物の存在下における残留ホスファターゼ活性を示す。代表されるデータは、図1〜3に与えられるグラフで表されるものである。
【表1】

【表2】

【実施例5】
【0036】
昆虫細胞溶解液中のホスファターゼの阻害
270mgの昆虫細胞(SF9)を回収し、50mMのHepes、50mMのNaCl、pH7.0で3回洗浄し、そして2.5mlのM−Per(Piece)を使用して10分間溶解した。遠心分離後、該溶解液を上清として回収した。
【0037】
ホスホチロシン活性の試験:45μlの溶解液に、5μlの水又はオルトバナジン酸塩(10mM)若しくはオルトバナジン酸塩/マンニトール(10mM/270mM)のいずれかを添加し、そして室温で10分間インキュベートした。
【0038】
続いて、10μlのアリコットを各混合物からマクロウェルプレートのウェル中に移した。5μlの試験ペプチド(R−R−L−I−E−D−A−E−pY−A−A−R−G;水中1mM)の溶液及び0.1mMのCaCl2、50mMのトリスを含有する10μlの緩衝液、pH7.0を各ウェルに添加し、そして37℃で30分間インキュベートした。各酵素加水分解によりもたらされた遊離リン酸を、その後、0.034%[w/v]のマラカイトグリーン、10mMのモリブデン酸ナトリウム、及び3.4%[v/v]のエタノールを追加的に含有する100μlの1MのHCl溶液の添加を介して検出した。該検出は、室温で10分間行い、その間マイクロウェルプレートを常に撹拌した。遊離リン酸の相対的な濃度は、各反応ウェルの吸光度(620nm)の検出に従い検出した。
【0039】
表2
緩衝水溶液中のオルトバナジン酸塩及び他の化合物を含有する組成物の存在下における残留ホスファターゼ活性を示す。代表されるデータは、図4に与えられるグラフで表されるものである。
【表3】

【0040】
COS7細胞溶解液中のホスファターゼの阻害
COS7細胞を回収し、50mMのHepes、50mMのNaCl、pH7.0で3回洗浄し、そして2.5mlのM−Per(Piece)を使用して10分間溶解した。遠心分離後、該溶解液を上清として回収した。
【0041】
ホスホチロシン活性の試験:45μlの希釈溶解液(M−Per(Pierce)で1+4)に、5μlの水又はオルトバナジン酸塩(10mM)若しくはオルトバナジン酸塩/マンニトール(10mM/270mM)のいずれかを添加し、そして室温で10分間インキュベートした。
【0042】
続いて、10μlのアリコットを各混合物からマクロウェルプレートのウェル中に移した。5μlの試験ペプチド(R−R−L−I−E−D−A−E−pY−A−A−R−G;水中1mM)の溶液及び0.1mMのCaCl2、50mMのトリスを含有する10μlの緩衝液 pH7.0を各ウェルに添加し、そして37℃で30分間インキュベートした。酵素加水分解によりもたらされた遊離リン酸を、その後、0.034%[w/v]のマラカイトグリーン、10mMのモリブデン酸ナトリウム、及び3.4%[v/v]のエタノールを追加的に含有する100μlの1MのHCl溶液の添加を介して検出した。該検出は、室温で10分間行い、その間マイクロウェルプレートを常に撹拌した。リン酸の相対的な濃度は、各反応ウェルの吸光度(620nm)の検出に従い検出した。
【0043】
表3
緩衝水溶液中のオルトバナジン酸塩及び他の化合物を含有する組成物の存在下における残留ホスファターゼ活性を示す。代表されるデータは、図5に与えられるグラフで表されるものである。
【表4】

【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】ポリオールの存在又は不存在下におけるオルトバナジン酸塩によるホスホチロシン特異性プロテインホスファターゼの阻害を示す。実施例1の実験原理について言及する。縦軸は残留するホスファターゼ活性を示す。バーは以下の組成について得られた結果を示す:(1)添加した阻害剤なし(コントロール、100%残留活性);(2)1mMのオルトバナジン酸塩;(3)2mMのオルトバナジン酸塩;(4)1mMのオルトバナジン酸塩、27mMのマンニトール;(5)1mMのオルトバナジン酸塩、54mMのグリセロール。
【0045】
【図2】ポリオールの存在下又は不存在下かつEDTA及びDTTの存在下におけるオルトバナジン酸塩によるホスホチロシン特異性プロテインホスファターゼの阻害を示す。実施例2の実験原理について言及する。縦軸は残留するホスファターゼ活性を示す。バーは以下の組成について得られた結果を示す:(1)添加した阻害剤なし(コントロール、100%残留活性);(2)1mMのオルトバナジン酸塩;(3)2mMのオルトバナジン酸塩;(4)1mMのオルトバナジン酸塩、27mMのマンニトール;(5)1mMのオルトバナジン酸塩、54mMのグリセロール。
【0046】
【図3】DTTを伴う又は伴わない、ポリオールの存在下又は不存在下かつEDTAの存在下におけるオルトバナジン酸塩によるホスホチロシン特異性プロテインホスファターゼの阻害を示す。実施例3の実験原理について言及する。縦軸は残留するホスファターゼ活性を示す。バーは以下の組成について得られた結果を示す:(1)1mMのオルトバナジン酸塩、EDTAを伴うHepesバッファー;(2)1mMのオルトバナジン酸塩、EDTA及びDTTを伴うHepesバッファー;(3)27mMのマンニトールの存在下における、1mMのオルトバナジン酸塩、EDTAを伴うHepesバッファー;(4)27mMのマンニトールの存在下における、1mMのオルトバナジン酸塩、EDTA及びDTTを伴うHepesバッファー;(5)54mMのグリセロールの存在下における、1mMのオルトバナジン酸塩、EDTAを伴うHepesバッファー;(6)54mMのグリセロールの存在下における、1mMのオルトバナジン酸塩、EDTA及びDTTを伴うHepesバッファー。
【0047】
【図4】マンニトールの存在又は不存在下におけるオルトバナジン酸塩による昆虫細胞溶解液におけるホスファターゼの阻害を示す。実施例5の実験原理について言及する。縦軸は残留するホスファターゼ活性を示す。バーは以下の組成について得られた結果を示す:(1)添加した阻害剤なし(コントロール、100%残留活性);(2)1mMのオルトバナジン酸塩;(3)1mMのオルトバナジン酸塩、27mMのマンニトール。
【0048】
【図5】マンニトールの存在又は不存在下におけるオルトバナジン酸塩によるCOS7細胞溶解液におけるホスファターゼの阻害を示す。実施例6の実験原理について言及する。縦軸は残留するホスファターゼ活性を示す。バーは以下の組成について得られた結果を示す:(1)添加した阻害剤なし(コントロール、100%残留活性);(2)1mMのオルトバナジン酸塩;(3)1mMのオルトバナジン酸塩、27mMのマンニトール。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性溶媒、ホスファターゼ活性を有する酵素、オルトバナジン酸塩、マンニトール及びジチオスレイトールを含んで成る液体組成物であって、該マンニトールの濃度が1mM〜100mMであり、そして該該マンニトールとオルトバナジン酸塩のモル比が等しいか、あるいは1:1以上であることを特徴とする、液体組成物。
【請求項2】
前記オルトバナジン酸塩の濃度が、0.1mM〜10mMであることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記オルトバナジン酸塩の濃度が、0.5mM〜5mMであることを特徴とする、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記組成物が、更に、二価又は三価の正電荷金属イオンのためのキレート剤を含んで成ることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
中性pHを伴い、そして0.7mM〜1.2mMの濃度におけるCa2+イオンを含有する緩衝水溶液中に溶解された配列番号1のペプチド中のホスホチロシン残基のリン酸エステル結合を加水分解可能なホスファターゼ活性を有する酵素における、バナジン酸塩(V)、オリゴマーバナジン酸塩(V)及びこれらの混合物から成る群から選択されるイオン化合物の阻害効果を増強するための糖アルコールのin vitro における使用。
【請求項6】
前記ホスファターゼ活性が1.5%〜40%の値に低下される、請求項5に記載の使用。
【請求項7】
中性pHを伴い、そして0.7mM〜1.2mMの濃度におけるCa2+イオンを含有する緩衝水溶液中に溶解された配列番号1のペプチド中のホスホチロシン残基のリン酸エステル結合を加水分解可能なホスファターゼ活性を有する酵素における、バナジン酸塩(V)、オリゴマーバナジン酸塩(V)及びこれらの混合物から成る群から選択されるイオン化合物の阻害効果を増強するためのin vitro における方法であって、
(a) (i)イオン化合物、及び(ii)糖アルコールを含んで成る組成物であって、ここで該糖アルコールとイオン化合物のモル比が等しいか、あるいは1:1以上である組成物を水性溶媒に溶解する工程、及び
(b) 該ホスファターゼ活性を有する酵素を工程(a)の溶液と接触させる工程、
を含んで成る方法。
【請求項8】
前記溶液中の糖アルコールの濃度が、1mM〜100mMであることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記溶液中のオルトバナジン酸塩の濃度が、0.1mM〜10mMであることを特徴とする、請求項7又は8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
前記イオン化合物及び糖アルコールが、乾燥物質として、ホスファターゼ活性を有する酵素を含有する水性試料に添加されることを特徴とする、請求項7〜9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
包装材料、並びに(i)バナジン酸塩(V)、オリゴマーバナジン酸塩(V)及びこれらの混合物から成る群から選択されるイオン化合物、(ii)糖アルコールを含んで成る組成物であって、ここで該糖アルコールとイオン化合物のモル比が等しいか、あるいは1:1以上である組成物、を含んで成るキット。
【請求項12】
前記組成物が、更に、還元剤及び/又は二価又は三価の正電荷金属イオンのためのキレート剤を含んで成ることを特徴とする、請求項11に記載のキット。
【請求項13】
前記組成物が、錠剤の形態における乾燥物質として供されることを特徴とする、請求項11及び12のいずれか一項に記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−178410(P2008−178410A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2008−12867(P2008−12867)
【出願日】平成20年1月23日(2008.1.23)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】