説明

バリスティック半導体素子

本発明のバリスティック半導体素子は、n型のエミッタ層(102)と、n型のInGaNで構成されたベース層(305)と、n型のコレクタ層(307)と、前記エミッタ層(102)及び前記ベース層(305)の間に挟まれ、前記ベース層(305)のバンドギャップより大きいバンドギャップを有するエミッタ障壁層(103)、前記ベース層(305)及び前記コレクタ層(307)の間に挟まれ、前記ベース層(305)のバンドギャップより大きいバンドギャップを有するコレクタ障壁層(306)とを備え、10GHz以上で動作する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明はバリスティック半導体素子に関し、特にホットエレクトロントランジスタに関する。
〔技術背景〕
ホットエレクトロンを利用するホットエレクトロントランジスタ(HET)としていくつかの半導体素子が提案されている。第1の従来技術として、横山らにより提案された共鳴ホットエレクトロントランジスタ素子(RHET)がある(ジャパニーズジャーナルオブアプライドフィジックスレター,Vol.24,no.11,p.L853,1985参照)。
図11及び図12は、横山らによる前記文献のFig.1及びFig.3にそれぞれ示された素子構造及び動作原理を示す図である。第1の従来技術では、n−GaAs基板20上に、300nmのAlGaAs層21を成長した後、Siをドープしたn−GaAs層22を100nm、AlGaAs障壁層23を5nm、GaAs井戸層24を5.6nm、alGaAs障壁層25を5nm、Siをドープしたn−GaAs層26を50nmの厚みにそれぞれ成長している。
この第1の従来技術は、HETのエミッタ領域に共鳴トンネル構造を備えたもので、77Kにおける素子動作が報告されている。その動作は以下のようなものである。ベース(Base)12とエミッタ(Emitter)14とが等電位のときは、図12(a)に示すようにエミッタ内の電子エネルギーがエミッタ14とベース12との間に設けられた量子井戸(Quantum well)13の量子準位(E1)より低いので、エミッタに電流は流れない。
ここで、ベース−エミッタ間に電圧を印加すると、図12(b)に示すようにエミッタの電子エネルギーが量子井戸の量子準位に一致し、それにより共鳴トンネルが生じる。
より詳細には、エミッタの電子のエネルギーはある分布をもって広がっているが、この中で量子準位と一致するエネルギーを有する電子のみが共鳴トンネルによりベースに放出される。放出された電子は高いエネルギーを有しているので、ベース層内を、ほとんど散乱を受けずに高速で通過し(バリスティック伝導)、ベース層とコレクタ障壁(Collector barrier)層との間のエネルギー障壁(qΦ)を超えてコレクタ障壁層に注入される。
注入された電子はコレクタ障壁層中でもほとんど散乱されずに走行し、コレクタ層に達する。以上の全過程で電子はほとんど散乱を受けないので、散乱や拡散に依存する通常のトランジスタ素子に比較して高速で動作することが期待される。
しかしながら、第1の従来技術では、室温においては動作温度が制限され、また素子利得が低く、動作速度も期待されるほど高くないという課題があった。例えば、第1の従来技術においては、77Kでの動作が報告されているが、室温での動作や動作速度の改善は示されていない。
そこで、室温で動作するInP系のHET(第2の従来技術)が報告されている(IEEE Electron Device Letters,vol.14,no.9,p.441−443,September,1993参照)。
しかし、この第2の従来技術は、その利得が通常のトランジスタに比較して低く、動作速度も特に高いものではないという課題があった。
〔本発明に関連する先行文献の一覧〕
(1) Naoki Yokoyama et al.,“A New Functional,Resonant−Tunneling Hot Electron Transistor(RHET)”,Japanese Journal of Applied Physics Letters,Vol.24,No.11.p.p.L.853−L854(1985)
(2) Theodore S.Moise,“Room−Temperature Operation of a Resonant−Tunneling Hot−Electron Transistor Based Integrated Circuit”,IEEE ELECTRON DEVICE LETTERS,VOL.14,NO.9,SEPTEMBER 1993
(3) 米国特許第5389798号公報(連合王国特許第2260858号公報、日本国平成5年特許公開第190834号公報(特に
【0045】
))
(4) 日本国2002年特許公開第305204号公報
(5) 佐野 芳明ら、「次世代情報通信を支える高周波電力トランジスタ」 沖テクニカルレビュー 2001年1月第185号Vol.68 No.1 第118ページから第121ページ(この文献には、GaNは、ワイドバンドギャップであることから、GaAsおよびSiと比較した場合、高温(約300℃)で動作できることが開示されている)
【発明の開示】
本発明は上記課題に鑑みてなされたもので、利得が高く、広い温度範囲(80℃以上200℃以下)で高速動作する新規の半導体素子を提供することを目的とする。
そして、これらの目的を達成するために、本発明に係るバリスティック半導体素子は、n型のエミッタ層と、n型のInGaNで構成されたベース層と、n型のコレクタ層と、前記エミッタ層及び前記ベース層の間に挟まれ、前記ベース層のバンドギャップより大きいバンドギャップを有するエミッタ障壁層と、前記ベース層及び前記コレクタ層の間に挟まれ、前記ベース層のバンドギャップより大きいバンドギャップを有するコレクタ障壁層とを備え、10GHz以上で動作する。このような構成とすると、エミッタ障壁層から放出される電子のうち、バリスティックにベース−コレクタ間を通過できる電子の比率が向上して電流利得及び動作速度が向上し、かつバリスティックに伝導する電子のフォノンによる散乱が抑制されてIon/Ioff比が向上する。その結果、バリスティック半導体素子がスイッチング素子又は増幅素子として10GHz以上の高周波においても動作可能になる。
前記ベース層に含まれるInの濃度は0.1%以上かつ5%以下であることが好ましい。
前記コレクタ障壁層がAlInGaNで構成されていてもよい。
前記コレクタ障壁層に含まれるInの濃度は0.1%以上かつ5%以下であることが好ましい。
前記コレクタ層がInGaNで構成されていてもよい。
前記コレクタ層に含まれるInの濃度は0.1%以上かつ5%以下であることが好ましい。
前記コレクタ障壁層がAlInGaNで構成されており、前記コレクタ層がInGaNで構成されていてもよい。
前記ベース層に含まれるInの濃度、前記コレクタ障壁層に含まれるInの濃度、および前記コレクタ層に含まれるInの濃度が、いずれも0.1%以上かつ5%以下であることが好ましい。
前記エミッタ障壁層が、前記エミッタ層およびベース層のいずれにも接するAlGaN層から構成されていてもよい。
前記AlGaN層が、n型のAlGaN層とアンドープのAlGaN層との積層体から構成されていてもよい。
前記n型のAlGaN層が前記エミッタ層に接しており、前記アンドープのAlGaN層が前記ベース層に接していてもよい。
2層以上の前記エミッタ障壁層を有し、隣接する2層のエミッタ障壁層の間に量子井戸層が挟まれていてもよい。
前記量子井戸層がInGaNで構成されていてもよい。このような構成とすると、透過係数のエネルギー準位の半値幅を3倍に増加することにより高速化してTHz動作を実現することができる。
前記量子井戸層におけるInの濃度が10%以上かつ30%以下であることが好ましい。このような構成とすると、Inの濃度の高いドメインを量子ドット状に形成することができる。
前記量子井戸層に、量子ドットが形成されていてもよい。このような構成とすると、広い範囲で高速動作が可能となる。
前記量子井戸層の厚み方向から見た前記量子ドットの幅が1nm以上かつ100nm以下であることが好ましい。
本発明の上記目的、他の目的、特徴、及び利点は、添付図面参照の下、以下の好適な実施態様の詳細な説明から明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
図1は本発明の第1の実施形態に係るバリスティック半導体素子の断面構造を示す断面図である。
図2は本発明の第1の実施形態における比較例のバリスティック半導体素子の断面構造を示す断面図である。
図3は放出電子のエネルギー分布を示す図であって、(a)はエミッタから放出される電子のエネルギーの方向成分を示す模式図、(b)は第2の従来技術における電子エネルギー分布を示す模式図、(c)は比較例における電子エネルギー分布を示す模式図である。
図4は第2の従来技術及び比較例のバンド構造を示す図である。
図5は本発明の第2の実施形態に係るバリスティック半導体素子の断面構造を示す断面図である。
図6は本発明の第3の実施形態に係るバリスティック半導体素子の断面構造を示す断面図である。
図7はバリスティック半導体素子のエネルギーバンド構造及び透過率の概念を示す図であって、(a)は第1の実施形態のバリスティック半導体素子の場合を示す図、(b)は第3の実施形態のバリスティック半導体素子の場合を示す図である。
図8は量子ドットを示す図であって、(a)は図6のバリスティック半導体素子の量子ドットが形成された状態を模式的に示す平面図、(b)は(a)のVIIIB−VIIIB線断面図である。
図9は図6のバリスティック半導体素子における放出電子のエネルギー分布を示す図である。
図10は本発明の第4の実施形態に係るバリスティック半導体素子の断面構造を示す断面図である。
図11は第1の従来技術に係るバリスティック半導体素子の断面構造を示す断面図である。
図12(a)〜(c)は第1の従来技術に係るバリスティック半導体素子の動作原理を示す模式図である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。
本発明のバリスティック半導体素子を構成する半導体としては、InGaNからなる3元混晶材料が用いられる。また本発明のバリスティック半導体素子の基板として、GaNにより構成された半導体基板、及びこれと格子定数の近いサファイアやシリコンなどの基板、さらには絶縁性基板等を用いることができる。以下、具体的な例をあげて説明する。
(第1の実施形態)
本発明の第1の実施形態においては、従来に比較して、作製が容易でかつ広い温度範囲で高速動作する新規のバリスティック半導体素子を提供できる。
図1は、本実施形態のバリスティック半導体素子の断面構造の一例を示す断面図である。本実施形態のバリスティック半導体素子はRHETである。このバリスティック半導体素子は、サファイヤ基板100を有している。サファイア基板100上には、低温GaNバッファ層(膜厚d=100nm)101、n型GaNエミッタ層(キャリア濃度n=1018cm−3、d=1μm)102、アンドープのAlN障壁層103a、アンドープのGaN量子井戸層109、アンドープのAlN障壁層103b、アンドープのGaNスペーサ層104、n型InGaNベース層(n=1018cm−3)305、アンドープのAlInGaNコレクタ障壁層306、n型InGaNコレクタ層(n=1018cm−3、d=0.5μm)307、及び高濃度n型GaNコレクタ接触層(n=5×1018cm−3、d=0.5μm)108が順に形成されている。なお、本発明においては、エミッタ層102から放出された電子が、コレクタ層307まで到達する必要があるため、エミッタ層102、ベース層305、およびコレクタ層307のいずれもが、n型にドープされている。従って、本発明は、いわゆるバイポーラトランジスタではなく、モノポーラトランジスタである。なお、アンドープのAlN障壁層103a、103bを明瞭に区別する際には、アンドープの第1のAlN障壁層103aおよびアンドープの第2のAlN障壁層103bと呼ぶことにする。
ここで、GaN量子井戸層109は、上下方向(厚み方向)において一対のAlN障壁層103a,103bに挟まれており、このGaN量子井戸層109及び一対のAlN障壁層103a,103bによって共鳴トンネル構造が形成されている。また、ベース層305、コレクタ障壁層306、及びコレクタ層307へのInの添加量は、0.1%以上かつ5%以下であることが好ましく、約2%であることがさらに好ましい。この理由及びIn添加の効果については後で詳しく説明する。
また、エミッタ層102、一対のAlN障壁層103a,103b及びGaN量子井戸層109がエミッタを構成し、InGaNベース層305がベースを構成し、かつコレクタ障壁層306及びInGaNコレクタ層がコレクタを構成している。
コレクタ接触層108上には、コレクタ電極110が設けられ、ベース層105及びエミッタ層102はその一部が露出され、それぞれベース電極111及びエミッタ電極112が設けられている。さらに、ベース層105とエミッタ層102との間に位置する各層の、ベース層105が露出している領域の下方に位置する部分に高抵抗領域113が形成されている。高抵抗領域113は、イオン注入やメサ形状の側面からの選択エッチング、あるいは選択酸化等によって設けることができる。
AlN障壁層103a,103bの膜厚は1.5nm、GaN量子井戸層109の膜厚は2.5nmである。
また、本実施形態ではベース層305及びコレクタ障壁層106の膜厚はいずれも50nmである。
次に、以上のように構成されたバリスティック半導体素子の作製方法を説明する。
まず、MOVPE法を用いて以下の工程を遂行することによりGaN基板を作製した。
すなわち、(0001)面を主面とするサファイア基板100上に530℃で低温GaNバッファ層101を100nm成長し、その後、1050℃に昇温してアンドープGaN層を2μm成長し、その後、Siをドーピングすることによりn型GaNエミッタ層102を1μm成長した。このようにしてGaN基板を作製した。成長速度は0.5μm/hとして、表面状態がさざ波状になるようにした。なお、このGaN基板に代えて、後述するように、GaAs基板などの上にGaN層を成長した後、そのGaAs基板を除去して前記GaN層からなるGaN基板200を作製し、さらにそのGaN基板200の上にAlGaNとGaNとの超格子構造からなる欠陥低減層201とアンドープGaN層を成長したものを用いてもよい(図5参照)。
次いで、上記GaN基板をRF窒素プラズマソースを装備したMBE装置に導入して、HET用混晶のエピタキシャル成長を行った。III族元素及びSiは、いずれも固体ソースとして供給した。窒素原子は、窒素ガスをRF窒素プラズマセルを用いてクラッキングすることによって供給した。プラズマの出力は350Wとし、3ccmから20ccmの窒素を供給した。GaN、AlNの成長温度は720℃とした。
具体的には、GaN基板上を950℃の窒素雰囲気中でアニールして、表面平坦性を向上した後、n型GaNエミッタ層102を1μm成長して、トータルで2μmとした。
さらに継続して、アンドープの第1のAlN障壁層103a、アンドープのGaN量子井戸層109、アンドープの第2のAlN障壁層103b、アンドープのGaNスペーサ層104、n型InGaNベース層(n=1018cm−3)305、アンドープのAlInGaNコレクタ障壁層306、n型InGaNコレクタ層(n=1018cm−3、d=0.5μm)307、高濃度n型GaNコレクタ接触層(n=5×1018cm−3、d=0.5μm)108を連続して成長した。GaN層やInGaN層を成長する場合にはGaやInとNとを同時に供給した。成長速度は1μm/hとした。AlN層を成長する場合には、歪が大きいために3次元成長を起こすことから、Alと窒素原子とを別々に時分割して供給しながら成長した。成長速度は0.2μm/hとした。
次に、トランジスタ構造の形成方法を説明する。
まず、ベース形成工程において、n型InGaNコレクタ層307からn型GaNベース層305までを塩素系ドライエッチングにより一辺が25μmの正方形にエッチングし、次いで、高抵抗化工程において、Arあるいは高濃度Siをベース層305の下方に位置する領域に注入して高抵抗領域113を形成する。
その後、第1の電極形成工程において、酸化膜とレジストとによるリフトオフ法を用いて高濃度n型GaNコレクタ接触層108の上とエッチングしたn型GaNベース層305の表面にTi/Al電極をEB法で蒸着してコレクタ電極110とエミッタ電極111とをそれぞれ形成する。次いで、エミッタ形成工程において、絶縁膜でエミッタ領域とベース領域を保護してn型GaNエミッタ層102まで塩素系ドライエッチングにより一辺が50μmの正方形にエッチング除去し、その後、第2の電極形成工程において、酸化膜とレジストによるリフトオフ法を用いてn型GaNエミッタ層102表面にTi/Al電極をEB法で蒸着してエミッタ電極112を形成する。次いで、素子分離工程において、素子全体を絶縁膜でカバーして、GaN基板100(又はサファイア基板)までエッチング除去する。このようにして、トランジスタ構造を形成した。
次に、本発明によるバリスティック半導体素子の動作を説明するために、まず従来技術による素子が室温で動作しない原因を第2の従来技術を例に挙げて説明する。
第2の従来技術においては上述のように、素子利得が低く、動作速度も期待されるほど高くないという課題があったが、その主な原因は、エミッタから放出される電子のエネルギー分布にあることがわかった。
この原因を説明するために、比較例として、GaNを用いたRHETからなるバリスティック半導体素子を作製した。
図2はこの比較例の構成を示す断面図である。図2に示すように、この比較例は、ベース層105がn型のGaN層で構成され、コレクタ障壁層106がアンドープのAlGaN層で構成され、かつコレクタ層107がn型のGaN層で構成されており、その他の構成は図1に示す本実施形態のバリスティック半導体素子と同じである。
また、第2の従来技術は、InP基板上に形成されたIn0.53Ga0.47Asベース層及びIn0.1Ga0.9Pコレクタ障壁層を有している。以下、この第2の従来技術の材料構成をInP系という。
図3(a)に示すように、一般にRHET(ここでは比較例を例にとる)において、エミッタとベースとの間の共鳴トンネル条件は、電子のエネルギーのz方向成分(ここで量子井戸層109に垂直な方向をz方向とする)が量子井戸層109の量子準位(E1)にほぼ一致していることである。すなわち、量子井戸層109を通過した電子のエネルギーは、そのz方向成分はいずれもほぼE1で揃っているものの、x方向やy方向のエネルギー成分を含む場合にはE2で示されるように制限が無い。この結果、電子の全エネルギー(x成分、y成分、z成分の和)は熱エネルギーやエミッタ−ベース間電圧に対応した分布を有している。低温においては、エネルギー分布の拡がりは小さいので、x方向及びy方向のエネルギーも揃っているが、温度の上昇と共に両者の分布は図3(b)に符号403で示したように拡がってしまう。
図3(b)は、第2の従来技術のRHETにおいて、室温で量子井戸層からベース層中に放出される電子のエネルギー分布を示す。ここで低エネルギー領域(左側斜線部)401は電子エネルギーが低いため、速度が遅くベース層305中及びコレクタ障壁308層中で散乱を受ける領域を示す。また高エネルギー領域(右側斜線部)402は、電子エネルギーが高いため、電子が半導体中のΓ−L谷間遷移による散乱を受けて低速化する領域を示す。従って、低エネルギー領域401以上でかつ高エネルギー領域402以下のエネルギー状態を有する電子のみがバリスティック伝導が可能となる。
低エネルギー領域401及び高エネルギー領域402のいずれも素子構造及び半導体材料に依存する。第2の従来技術のRHETについて見積ると、図3(b)に示すように、バリスティック伝導となる電子の密度を最大にするには、量子井戸層から放射される電子エネルギー分布403のピークのエネルギーをおよそ0.5eV程度とする必要がある。その結果、電子エネルギー分布403は、実線で示したように低エネルギー領域401と高エネルギー領域402との双方の内部にも広がって存在することになる。
これは、電子エネルギー分布403が熱等の影響により拡がった形状となっているためである。量子準位のエネルギーを低下させると、高エネルギー領域402の成分を減少させることができるが、逆に低エネルギー領域401の成分が増大する。この結果、最も良い状態でも全電子エネルギー分布の内約60%が低エネルギー領域401及び高エネルギー領域402のいずれかに分布しており、実際に高速にベース−コレクタ間を通過できる電子の比率は40%程度しかなかった。
また、高周波動作においてベース−エミッタ間の電圧が変調されると、放出電子量が変化するが、電子エネルギーの分布の拡がりにより、その増減は緩慢なものとなる。このとき、電子エネルギーの分布形状が変化するが、さらにベース−エミッタ間の電圧変化に伴う量子準位の変化により分布のピーク位置も変動してしまう。この結果、変調動作の全領域で放出電子エネルギーのピークを高速走行可能なエネルギー領域に保つことは極めて困難となり、高速走行する電子の比率はさらに低下してしまう。高速走行できる電子数に比較して低速電子数が多いと、素子全体としては低速電子の遅延時間を反映し、その応答速度は遅いものとなる。
また低速走行の電子による散乱が生じると、周囲の電子温度及び格子温度が上昇するので、電子散乱確率がさらに増加する問題もある。また散乱を受けた電子の一部は、速度が遅くなり走行時間が長くなるだけでなく、エネルギーを失ってベース−コレクタ障壁層間の障壁を越えることができない。この結果、ベース電流が増加し、ベース電流に対するコレクタ電流の比、すなわち電流利得も低下してしまう。
一方、比較例ではGaN系半導体材料を用いることにより、図3(c)に示すように、低エネルギー領域401と高エネルギー領域402とのエネルギー間隔を大きくすることができる。電子が流れる方向であるZ方向は窒化物系半導体では、六方晶の場合C軸方向となるので、対称表記上はA方向となる。この場合のΓ点の伝導帯エネルギーとA点の伝導帯エネルギーとの差は2eVとなり、第2の従来技術のInP系の場合の0.55eVの4倍程度となる。その結果、高エネルギー領域内部に電子が存在しなくなる。
さらに、電子エネルギー分布のピークを0.5eVから0.6eVに増加することが可能となり、低エネルギー領域401内部の電子も存在しなくなる。これらの結果から、電子エネルギー分布のピークを0.5eVとすると、バリスティックにベース−コレクタ間を通過できる電子の比率は約80%に向上することがわかった。電子分布のピークを0.5eVから0.6eVに増加するには、量子井戸層109の膜厚を3nmから2.5nmに薄くする必要があった。その結果、低エネルギー領域401の内部に存在する電子の密度が低下して、バリスティックにベース−コレクタ間を通過できる電子の比率は約95%に向上することがわかった。
さらに、量子井戸層109の厚みを薄くして2nmとすることにより、電子分布のピークは0.8eVとなり、ベース−コレクタ間を通過できる電子の比率は約99%に向上することがわかった。ただし、量子井戸層109の厚みが薄くなるに従って、結晶成長時の膜厚制御性が低下するため、比較例(本実施形態のRHETも同様)は量子井戸層109の厚みを2.5nmとした。
ところで、図4はGaN及びInGaAsのバンド構造を示す図である。図4において、横軸はK空間を、縦軸はエネルギーをそれぞれ示す。また、符号211は第2の従来技術のベース層を構成するInGaAsのバンド構造を示し、符号212は比較例のベース層を構成するGaNのバンド構造を示す。上述のように、GaNでは、Γ点とA点とのエネルギー差ΔEΓAがInGaAsにおけるΓ点とL点とのエネルギー差ΔEΓLよりかなり大きくなるので、比較例では、バリスティックにベース−コレクタ間を通過できる電子の比率が第2の従来技術に比べて向上し、それにより電流利得及び動作速度が向上することがわかった。
しかしながら、本件発明者が検討した結果、従来、フォノン散乱を受けないと言われていた、バリスティックに伝導する電子がフォノン散乱を受け、特にGaNにおいては、この現象が顕著であることが判明した。すなわち、InGaAsでは、素子の動作速度に対して上述のΓ−L谷間遷移の影響が顕著であるため、このフォノン散乱の影響は目立たなかったが、GaNでは素子の動作速度に対してΓ−A谷間遷移の影響がほとんどなくなるため、フォノン散乱の影響が顕著になり、かつ材料的にもGaNでは電子がフォノン散乱を受けやすいということが判明した。ここで、フォノン散乱とは、電子が物質中を移動している場合に、その物質の格子振動に共鳴して散乱される現象をいう。
図4において、フォノン散乱は、電子があるエネルギー(以下、フォノン散乱エネルギーという)E以上のエネルギーを有する場合に発生する。GaNではこのフォノン散乱エネルギーEは約0.3Vである。従って、図3(c)を参照すると明らかなように、GaNではバリスティックにベース−コレクタ間を通過できる電子の比率が第2の従来技術に比べて向上するものの、このバリスティック伝導する電子がフォノン散乱を受けてしまう。図2において、ベース層105をバリスティック伝導している電子が散乱を受けた場合には、電子のエネルギーが低下して、コレクタ層107に到達できなくなるために、ベース電流となりIoff値が増大する。その結果、Ion/Ioff比が低下する。Ionは、電流が流れ始めてピークを形成するときの値であり、Ioffはピークを形成後に電流値が低下した時の最低値である。そこで、GaN系のバリスティック半導体素子において、このような散乱を生じなくするために、ベース層の厚み(約50nm)を10分の1程度(約5nm)に薄くすることも考えられる。しかし、GaNから構成されるベース層を薄くすると、それに伴いベース抵抗が反比例的に上昇し、ベース抵抗が著しく(具体的には10倍以上)増大する。その結果、スイッチング素子または増幅素子として高速に動作できない(最大でも2〜3GHz)という課題があることを本発明者らは見出した。
そこで、この課題を解決するために、本発明者らは鋭意推考した結果、InGaNからベース層305を構成すれば、GaN系のバリスティック半導体素子においても、スイッチング素子または増幅素子として10GHz以上の高周波においても動作できることを見出し、本発明を完成させた。
ここで、半導体素子が10GHz以上で動作するとは、エミッタ層を接地した場合(エミッタ接地)においてベース層に流される電流または印加される電圧の少なくとも一方が10GHz以上の交流であるか、ベース層を接地した場合(ベース接地)においてエミッタ層に流される電流または印加される電圧の少なくとも一方が10GHz以上の交流であることを意味する。なお、上限は10THz以下である。
このような構成とすると、以下の理由によりフォノンによる電子の散乱が抑制され、その結果、Ion/Ioff比が向上する。
すなわち、GaN又はAlGaNにInを添加すると、Inが存在する部分の格子間隔が小さくなり、しかもInは偏析しやすいので、バルクのGaN又はAlGaN中に格子間隔の小さい部分が不均一に分布する。その結果、バルクのフォノンの振動モードが1つではなくなりかつ場所的に不均一になり、電子がバルクのフォノンに共鳴し難くなって電子の散乱が抑制される。ここで、Inの添加量(濃度)が0.1%未満であると、In添加の効果が不十分となる傾向があり、Inの添加量が5.0%を超えると、Inの濃度が局所的に変動するためにかえって電子の散乱が増大する傾向があった。従って、Inの添加量は、0.1%以上5.0%以下であることが好ましく、約2%であることがより好ましい。なお、Inを添加しても、比較例と同様に電流利得及び動作速度が向上するという効果を奏するのは言うまでもない。
また、ベース層305がInGaNから構成されることに伴い、コレクタ障壁層306及びコレクタ層307は、アンドープAlInGaN層及びn型InGaNコレクタ層で構成されていることが好ましい。コレクタ障壁層306及びコレクタ層307に含まれるInの量もまた、上記と同じ理由により、0.1%以上5.0%以下であることが好ましい。
以上に説明したように、本実施形態のバリスティック半導体素子においては、ベース層305が、0.1%以上5.0%以下のInを含んだn型InGaN層で構成されているので、エミッタから放出される電子のうち、バリスティックにベース−コレクタ間を通過できる電子の比率が向上して電流利得及び動作速度が向上し、かつバリスティックに伝導する電子のフォノンによる散乱が抑制されてIon/Ioff比が向上する。
なお、本発明のバリスティック半導体素子のスイッチング素子としての動作は、第1の従来技術の動作とほぼ同じである。すなわち、ベース層305とエミッタ層102とが等電位のときは、エミッタ層102内の電子エネルギーが一対のAlN障壁層103a,103bの間に設けられたGaN量子井戸層109の量子準位(E1)より低いので、電子はエミッタ層102からベース層305に移動しない。従って、ベース層305とエミッタ層102とが等電位のときは「オフ状態」となる。
ベース層305とエミッタ層102との間に電圧を印加すると、エミッタ層102の電子エネルギーがGaN量子井戸層109の量子準位に一致し、それにより共鳴トンネルが生じる。すなわち、ある分布をもって広がっているエミッタ層102の電子のうち、GaN量子井戸層109の量子準位と一致するエネルギーを有する電子のみが共鳴トンネルによりベース層305に放出される。放出された電子は高いエネルギーを有しているので、ベース層305の内部を、ほとんど散乱を受けずに高速で通過し(バリスティック伝導)、ベース層305とコレクタ障壁層306との間のエネルギー障壁(qΦ)を超えてコレクタ障壁層307に注入される。従って、ベース層305とエミッタ層102との間に電圧を印加すると、「オン状態」となる。
電子はコレクタ障壁層307の内部でもほとんど散乱されずに走行し、コレクタ層307に達する。以上の全過程で電子はほとんど散乱を受けないので、散乱や拡散に依存する通常のトランジスタ素子に比較して高速で動作する。
(第2の実施形態)
本発明の第2の実施形態においては、GaN基板上に先にコレクタ層107を形成した例を示す。第1の実施形態においては、共鳴トンネル構造を構成する障壁層103a,103b及び量子井戸層109の膜厚の均一性と平坦性とが必要であったために、GaN基板上に先に共鳴トンネル構造を形成したが、寄生容量などを低減するためには、エミッタの大きさが小さいほうがよい。
そこで、本実施形態では、GaN基板上に先にコレクタを形成した。
図5は本実施形態に係るバリスティック半導体素子の断面構造を示す断面図である。図5において、図1と同一符号は同一又は相等する部分を示す。
図5に示すように、本実施形態のバリスティック半導体素子では、GaN基板200上に、AlGaN/GaN超格子による欠陥抑制層201、n型InGaNコレクタ層307、アンドープのAlInGaNコレクタ障壁層306、n型InGaNベース層305、アンドープのGaNスペーサ層104、アンドープのAlN障壁層103b、アンドープのGaN量子井戸層109、アンドープのAlN障壁層103a、n型GaNエミッタ層102、高濃度n型GaNエミッタ接触層(n=5×1018cm−3、d=0.5μm)208が順に形成されている。
ここで、GaN量子井戸層109は、上下方向(厚み方向)において一対のAlN障壁層103a,103bに挟まれており、このGaN量子井戸層109及び一対のAlN障壁層103a,103bによって共鳴トンネル構造が形成されている。
またエミッタ層102にはエミッタ電極112が設けられ、ベース層305及びコレクタ接触層108上はその一部が露出され、それぞれベース電極111及びコレクタ電極110が設けられている。膜厚やキャリア濃度は第1の実施形態と同様である。
次に、以上のように構成された本実施形態のバリスティック半導体素子の作製方法を説明する。
まず、GaAs基板などの上にGaN層を成長した後、そのGaAs基板を除去して前記GaN層からなるGaN基板200を作製する。次いで、このGaN基板200上にMOVPE法を用いて欠陥低減層201、アンドープGaN層、及びn型InGaNコレクタ層307を順次形成した。具体的には、1050℃で膜厚がそれぞれ10nmのAlGaNとGaNの超格子構造を30周期成長して欠陥低減層201を形成し、その上にアンドープInGaN層を2μm成長し、その後Siをドーピングしてn型InGaNコレクタ層307を1μm成長した。成長速度は0.5hとして、表面状態がさざ波状になるようにした。
これらの各層が形成されたGaN基板200を、RF窒素プラズマソースを装備したMBE装置に導入して、HET用混晶のエピタキシャル成長を行う。成長条件とシーケンスは第1の実施形態と同様である。GaN基板上を950℃の窒素雰囲気中でアニールして、表面平坦性を向上した後、n型InGaNコレクタ層307を1μm成長して、トータルで2μmとした。さらに継続してアンドープのAlInGaNコレクタ障壁層306、n型InGaNベース層305、アンドープのGaNスペーサ層104、アンドープのAlN障壁層103b、アンドープのGaN量子井戸層109、アンドープのAlN障壁層103a、n型GaNエミッタ層102、高濃度n型GaNエミッタ接触層208を連続して成長した。MBE法の成長条件も第1の実施形態と同様である。
次に、トランジスタ構造の形成方法を説明する。
まず、ベース形成工程において、高濃度n型GaNエミッタ接触層208からn型GaNベース層105までを塩素系ドライエッチングにより一辺が25μmの正方形にエッチング除去する。その後、第1の電極形成工程において、酸化膜とレジストによるリフトオフ法を用いてエミッタ接触層208上とエッチングしたn型GaNベース層105の表面上にTi/Al電極をEB法で蒸着してエミッタ電極112とベース電極111を形成する。次いで、コレクタ形成工程において、絶縁膜でエミッタ領域とベース領域を保護してn型GaNコレクタ層307まで塩素系ドライエッチングにより一辺が50μmの正方形にエッチング除去する。次いで、第2の電極形成工程において、酸化膜とレジストによるリフトオフ法を用いてコレクタ層307表面上にTi/Al電極をEB法で蒸着してコレクタ電極110を形成する。次いで、素子分離工程において、バリスティック半導体素子全体を絶縁膜でカバーして、GaN基板200までエッチング除去する。このようにして、トランジスタ構造を形成した。
本実施形態では、障壁層103及び量子井戸層109の膜厚の均一性と平坦性とを向上するために、結晶成長速度を通常の80%程度に低下するとともに、成長温度を通常より20℃程度上昇させて、原子のマイグレーションを大きくして成長した。その結果、エミッタの寄生容量が低減したことにより20%程度素子の動作速度が向上することがわかった。
(第3の実施形態)
本発明の第3の実施形態においては、第1及び第2の実施形態に比較して、より大きな増幅率を実現する新規のバリスティック半導体素子を提供できる。
図6は本実施形態に係るバリスティック半導体素子の断面構造を示す断面図である。図6において図5と同一符号は同一又は相当する部分を示す。
図6に示すように、第2の実施形態においては、量子井戸層109がアンドープGaN層で構成されていたが、本実施形態では、量子井戸層209がアンドープInGaN層で構成されている。その他の点は第2の実施形態と同様である。
アンドープInGaN量子井戸層209において、Inの組成比(濃度)は、10%以上30%以下である。InGaN量子井戸層209は、In、Ga、及び窒素を同時に供給しながら成長した。成長速度は0.1μm/hとして、通常のGaN層の成長速度の1/10程度に低下させた。In組成比が10%の場合には成長温度をAlN障壁層103と同じ720℃で成長できたが、In組成比が30%の場合には、Inの再蒸発を抑えるために成長温度を620℃に低下させた。Inの組成比が10%以下の場合には、In組成比が充分に変化せず、後述する量子ドット効果が得られなかった。また、In組成比が30%以上の場合には、格子不整合率が大きくなり、InGaN量子井戸層209の平坦性が著しく劣化した。従って、In組成比は10%から30%の範囲が望ましいことがわかった。
量子井戸層209をInGaN層で構成した場合には、次に示す3つの効果が得られる。
第1に、バンドギャップが小さくなるために、量子井戸層209を薄くすることが可能となり、第1準位が上昇するため、透過確率が増加して動作速度が増大する。第2に、量子井戸層209を薄くした結果、第2準位が上昇するので、無効電流が減少する。第3に、In組成比を30%程度に増加すると、組成不均一によりIn組成比の高い領域が形成され、量子ドット効果が生じて、Γ−A遷移が減少するだけでなく低エネルギー側の損失が減少するので動作速度が向上する。また、低電圧化も実現される。
まず、第1の効果を、図7(a),(b)を用いて説明する。
図7(a)は量子井戸層にGaN層を用いた場合を示しており、図7(b)は量子井戸層にInGaN層を用いた場合を示している。伝導帯のエネルギーは、Inを10%添加した場合には0.3eV、30%添加した場合には0.6eV程度低下する。この場合に、低エネルギー側の損失をきわめて小さくするには電子分布のピークを0.6eVとすればよく、このためには、InGaN量子井戸層209の膜厚Lzを、それぞれ、1.8nm及び1.6nmとすればよいことになる。
これは、InGaN量子井戸層209を薄くすることにより、たとえばInが10%及び30%のときは、基底状態E0と第1準位E1とのエネルギー差ΔE1を、それぞれの膜厚において、0.3eVから0.6eV及び0.3eVから0.9eVにそれぞれ増加することになる。このときの電子の透過係数のエネルギー幅ΔEnは0.4meVから1.2meVに増加し、電子の滞在時間は不確定性原理から0.6psとなり、1.7THzの動作が可能となることがわかった。実際には、寄生容量の影響から回路を構成するデバイスは1THz程度の動作速度になる。
次に、第2の効果について説明する。基底準位E0と第2準位E2とのエネルギー差ΔE2は、ΔE1の4倍となるため、InGaN量子井戸層209を薄くするに従って、ΔE1とΔE2が増加することになる。その結果、第2準位E2をAlN障壁層103a、103bとInGaN量子井戸層209の伝導帯のエネルギーギャップ以上としてInGaN量子井戸層209内に存在しないようにするには、InGaN量子井戸層209の場合にはΔE1は0.5eV程度とすればよく、InGaN量子井戸層209の幅を2nmにすればよい。また、Inを組成比が10%及び30%となるように添加した場合には、それぞれ、ΔE1が0.6eV及び0.7eVあればよく、第1の効果において示した、In組成比が10%及び30%のいずれの場合にもこの条件が満たされていることがわかった。
従って、量子井戸層209の膜厚を2nm以下にした場合には、Inの組成比にかかわらず第2準位がInGaN量子井戸層209内に形成されないために、無効電流は存在しないことがわかった。特に、Inを添加することにより、第2準位のエネルギーレベルはAlN障壁層103a,103bのエネルギーより大きくなるため、より安定して第1準位のInGaN量子井戸層209からの電子の放出が行えることになる。
次に、第3の効果について説明する。Inを10%以上添加することにより、Inの偏析が生じ始め、Inを30%添加することで20%程度の体積密度でInの組成比の高い領域(ドメイン)が量子ドットとしてInGaN量子井戸層209として形成され始める。このときのInGaN量子井戸層209の厚み方向から見たドメインの幅(ここではドメインが後述するように円筒形であるのでその直径)は1nmから100nm程度となる。このドメインは、In組成比が高いため、周辺に比べてエネルギー状態が低くなる。
図8は量子ドットを示す図であって、(a)は図6のバリスティック半導体素子の量子ドットが形成された状態を模式的に示す平面図、(b)は(a)のVIIIB−VIIIB線断面図である。
図8(a),(b)に示すように、ここでは、InGaN量子井戸層209よりもIn組成比の高い円筒形のドメイン(量子ドット)501がInGaN量子井戸層209中に形成されている。従って、このドメイン(量子ドット)501のバンドギャップは、InGaN量子井戸層209よりも小さい。この円筒形のドメイン501はInGaN量子井戸層209の厚み方向に延びるように形成されている。そして、AlN障壁層(エミッタ)103aとベース層305との間に電圧が印加されると、第1のAlN障壁層103a中の電子は、エネルギーが低い量子ドット501の量子準位とまず一致して共鳴トンネル効果により第2のAlN障壁層103bを通ってベース層305に放出される。従って、電子の放出方向は各層に垂直な方向(厚み方向)に絞られることになる。またさらに、量子ドット状態においては、電子のエネルギー分布がフェルミ分布の影響を受けくなるので、電子が非常に狭いエネルギー状態を有しかつ高い密度で放出される状態が形成される。
その結果、バリスティックに伝導する電子のエネルギー状態がさらに急峻になる。図9はGaN量子井戸層の場合及びIn組成比が30%であるInGaN量子井戸層の場合における電子エネルギー分布を示す図である。図9に示すように、In組成比が30%であるInGaN量子井戸層209の場合の電子エネルギー分布405は、GaN量子井戸層109の場合の電子エネルギー分布403に較べて、急峻な分布になっている。この結果、動作温度を60℃と高くしても電子のエネルギー分布が広がりにくいホットエレクトロントランジスタを実現できることがわかった。
以上に説明したように本実施形態の構成を用いることによって、従来に比較して作製が容易でかつ広い温度範囲で高速動作する新規のバリスティック半導体素子を提供できることがわかった。
また本実施形態では量子井戸層209としてInGaN、障壁層としてAlNにより構成されるものを例として示したが、量子井戸層209のバンドギャップが障壁層103よりも小さい限り、電荷に対するエネルギー高さが異なる材料を組み合わせた他の材料系を用いることもできる。
(第4の実施形態)
図10は本発明の第4の実施形態に係るバリスティック半導体素子の断面構造を示す断面図である。図10において図5と同一符号は同一又は相当する部分を示す。
図10に示すように、本実施形態に係るバリスティック半導体素子は、エミッタに共鳴トンネル構造を有せず、その代わりにn型AlGaNエミッタ障壁層121(厚みd=10nm,Al濃度n=5%以上10%以下)とアンドープAlGaNエミッタ障壁層122(厚みd=10nm,Al濃度n=5%以上10%以下)とを有している。また、バリスティック半導体素子がサファイヤ基板100上に形成されている。その他の構成は、第2の実施形態と同様である。このような構成とすると、エミッタ障壁層121,122のエネルギー障壁を超えた電子がエミッタ121,122からベース層305に放出される。その他の動作は第2の実施形態と同様である。従って、第2の実施形態と同様の効果が得られる。
上記説明から、当業者にとっては、本発明の多くの改良や他の実施形態が明らかである。従って、上記説明は、例示としてのみ解釈されるべきであり、本発明を実行する最良の態様を当業者に教示する目的で提供されたものである。本発明の精神を逸脱することなく、その構造及び/又は機能の詳細を実質的に変更できる。
【産業上の利用の可能性】
本発明に係るバリスティック半導体素子は、高速動作が可能なトランジスタとして有用である。
参照符号一覧表
100 サファイア基板
101 GaN低温バッファ層
102 n型GaNエミッタ層
103a アンドープAlN障壁層
103b アンドープAlN障壁層
104 アンドープGaNスペーサ層
105 n型GaNベース層
106 アンドープAlGaNコレクタ障壁層
107 n型GaNコレクタ層
108 高濃度n型GaNコレクタ接触層
109 アンドープGaN量子井戸層
110 コレクタ電極
111 ベース電極
112 エミッタ電極
113 高抵抗領域
121 n型AlGaNエミッタ障壁層
122 アンドープAlGaNエミッタ障壁層
200 GaN基板
201 欠陥低減層
208 高濃度n型エミッタ接触層
209 アンドープInGaN量子井戸層
305 n型InGaNベース層
306 アンドープAlInGaNコレクタ障壁層
307 n型InGaNコレクタ層
401 低エネルギー領域
402 高エネルギー領域
403 第1の従来技術に係る電子のエネルギー分布
501 In組成の高いドメイン
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
n型のエミッタ層と、
n型のInGaNで構成されたベース層と、
n型のコレクタ層と、
前記エミッタ層及び前記ベース層の間に挟まれ、前記ベース層のバンドギャップより大きいバンドギャップを有するエミッタ障壁層と、
前記ベース層及び前記コレクタ層の間に挟まれ、前記ベース層のバンドギャップより大きいバンドギャップを有するコレクタ障壁層とを備え、
10GHz以上で動作する、バリスティック半導体素子。
【請求項2】
前記ベース層に含まれるInの濃度が0.1%以上かつ5%以下である、請求の範囲第1項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項3】
前記コレクタ障壁層がAlInGaNで構成されている、請求の範囲第1項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項4】
前記コレクタ障壁層に含まれるInの濃度が0.1%以上かつ5%以下である、請求の範囲第3項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項5】
前記コレクタ層がInGaNで構成されている、請求の範囲第1項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項6】
前記コレクタ層に含まれるInの濃度が0.1%以上かつ5%以下である、請求の範囲第5項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項7】
前記コレクタ障壁層がAlInGaNで構成されており、
前記コレクタ層がInGaNで構成されている、請求の範囲第1項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項8】
前記ベース層に含まれるInの濃度、前記コレクタ障壁層に含まれるInの濃度、および前記コレクタ層に含まれるInの濃度が、いずれも0.1%以上かつ5%以下である、請求の範囲第7項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項9】
前記エミッタ障壁層が、前記エミッタ層およびベース層のいずれにも接するAlGaN層から構成されている、請求の範囲第1項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項10】
前記AlGaN層が、n型のAlGaN層とアンドープのAlGaN層との積層体から構成されている、請求の範囲第9項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項11】
前記n型のAlGaN層が前記エミッタ層に接しており、前記アンドープのAlGaN層が前記ベース層に接している、請求の範囲第10項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項12】
2層以上の前記エミッタ障壁層を有し、
隣接する2層のエミッタ障壁層の間に量子井戸層が挟まれている、請求の範囲第1項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項13】
前記量子井戸層がInGaNで構成されている、請求の範囲第12項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項14】
前記量子井戸層におけるInの濃度が10%以上かつ30%以下である、請求の範囲第13項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項15】
前記量子井戸層に、前記量子井戸層よりもバンドギャップが小さい量子ドットが形成されている、請求の範囲第13項記載のバリスティック半導体素子。
【請求項16】
前記量子井戸層の厚み方向から見た前記量子ドットの幅が1nm以上かつ100nm以下である、請求の範囲第15項記載のバリスティック半導体素子。

【国際公開番号】WO2004/093199
【国際公開日】平成16年10月28日(2004.10.28)
【発行日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−504473(P2005−504473)
【国際出願番号】PCT/JP2004/005282
【国際出願日】平成16年4月14日(2004.4.14)
【特許番号】特許第3708114号(P3708114)
【特許公報発行日】平成17年10月19日(2005.10.19)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】