説明

ヒアルロン酸の製造方法

【課題】ショ糖を主な炭素源として、食用可能な原料を乳酸菌で発酵させることによりヒアルロン酸を提供することを課題とする。
【解決手段】ブドウ糖、乳糖またはショ糖を、それぞれ同体積濃度[%(w/v)]含有する培地のうち、ショ糖を含有する培地において最も高いヒアルロン酸生産能を有するストレプトコッカス サーモフィルスに属する乳酸菌を、ショ糖を含有する培地で培養することを特徴とする、ヒアルロン酸の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ストレプトコッカス サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)に属する乳酸菌を、ショ糖を含有する培地で培養し、ヒアルロン酸ならびにヒアルロン酸を含有する飲食品および組成物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は、N−アセチル−D−グルコサミンおよびD−グルクロン酸の2糖による繰り返し構造からなる直鎖の多糖であり、高保湿性、高粘弾性、高潤滑性等を示す素材である。それらの特徴を生かして、保湿剤として化粧品に配合されるのみならず、関節症治療剤や眼科手術補助剤等の医療分野への利用も広がっている。また、近年は、ヒアルロン酸の機能への関心の高まりから、ヒアルロン酸が配合されたサプリメントや嗜好食品が多数販売されている。
【0003】
食品や化粧品に利用されるヒアルロン酸としては、鶏冠からの抽出物や、ストレプトコッカス属等の微生物を培地で培養・精製して得たものが一般的に用いられている(例えば、特許文献1参照)。そして、ヒアルロン酸の商品形態を拡大するために、食品原料を微生物を用いて発酵し、ヒアルロン酸含有組成物を提供する技術の開発にも注目が集まっている。このようなヒアルロン酸含有組成物は、食品原料や微生物等を分離せずに、そのまま飲食・塗布することもできると考えられる。近年、ヨーグルトやチーズの製造に利用されているストレプトコッカス サーモフィルスの特定の菌株を、主たる炭素源を乳糖(ラクトース)とするスキムミルク含有培地で培養し、分子量10万〜300万(最大ピークは約100万)のヒアルロン酸を含有する培養物が得られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
一方、食品原料については、一般的な乳酸菌で発酵させた植物性原料を含有する飲食品や化粧品が販売されており、例えば、大豆抽出液またはこの一種である豆乳を乳酸菌で発酵させた原料を飲食品に利用した例(例えば、特許文献2参照)や化粧料に用いた例(例えば、特許文献3参照)が報告されている。また、果実や野菜の処理物に乳酸菌を接種し発酵して、飲食物に利用した例(例えば、特許文献4参照)が報告されている。
【0005】
また、ヒアルロン酸の分子量に関しては、低分子化されたヒアルロン酸について、低粘度であることで新しいヒアルロン酸の用途を開拓する試みがなされているが(例えば、特許文献5参照)、一方で、高分子量のヒアルロン酸も高粘度や高安定性を有する点から依然として需要は大きい(例えば、非特許文献1参照)。また、例えば化学法や酵素法によって高分子品を低分子品に分解することができることが知られており(例えば、特許文献5および非特許文献2参照)、高分子品は分子量を調整できる点において汎用性が広い。品質管理等の観点からは、より分子量分布の狭いヒアルロン酸を得ることも望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−112260号公報
【特許文献2】特開2006−269387号公報
【特許文献3】特開平3−127713号公報
【特許文献4】特開2006−76927号公報
【特許文献5】特開2009−256683号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Brend H.A. Rhem,「Microbial Production of Biopolymers and Polymer Precursors」,Caister Academic Press,(米国),2009年,p.170−171
【非特許文献2】「The Enzymes,2nd edn」,(米国),1960年,4巻,p.447−460
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これまでに豆類(豆乳を含む)、果実、野菜等の食品原料を主たる原料として発酵し、ヒアルロン酸やヒアルロン酸含有飲食品およびヒアルロン酸含有組成物を得たという報告はなされていない。豆類、果実、野菜等を主たる原料として発酵し、ヒアルロン酸やヒアルロン酸含有組成物を得るためには、原料の糖組成が問題となる。例えば、大豆に含まれるオリゴ糖はショ糖(スクロース、5%)、スタキオース(4%)、ラフィノース(1.1%)、ベルバスコース(trace)であるという報告がなされている(例えば、山内文男ら編,「大豆の科学」,朝倉書店,1993年,p.49参照)。その他、柑橘類(ミカン等)、パイナップル、バナナ、モモ、スモモ、カキ、スイカ等の果物やニンジン、カボチャ、ホウレンソウ等の野菜にもショ糖が多く含まれていると報告されている(例えば、伊藤三郎編,「果実の科学」,朝倉書店,1991年,p.63および「FASEB Journal」,(米国),1990年,4巻,p.2652−2660参照)。したがって、このような食品原料を用いてヒアルロン酸発酵を行う場合、ショ糖を炭素源としてヒアルロン酸を高生産する微生物を利用することが極めて有利である。
【0009】
さらに、ヒアルロン酸の分子量に関しては、高分子のヒアルロン酸に対する需要がある。また、品質管理等の観点から、分子量分布の狭い、均質なヒアルロン酸に対する需要もある。
【0010】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、ショ糖を主な炭素源として、食用可能な原料を乳酸菌で発酵させることにより、ヒアルロン酸を得ることを目的とする。本発明はまた、高分子量の、分子量分布の狭い均質なヒアルロン酸を得ることも目的とする。さらに、このようなヒアルロン酸を含有する飲食品や組成物を製造する方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、ヨーグルトやチーズの製造に利用されているストレプトコッカス サーモフィルス乳酸菌の中でも、特にショ糖を資化してヒアルロン酸を生産することができ、さらに生産されるヒアルロン酸の平均分子量が150万〜200万である株が存在することを見出し、これを培養することによって、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は:
(1)ブドウ糖、乳糖またはショ糖を、それぞれ同体積濃度[%(w/v)]含有する培地のうちショ糖を含有する培地において最も高いヒアルロン酸生産能を有するストレプトコッカス サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)に属する乳酸菌を、ショ糖を含有する培地で培養することを特徴とする、ヒアルロン酸の製造方法;
(2)生産されるヒアルロン酸の重量平均分子量が150万〜200万である、上記(1)に記載のヒアルロン酸の製造方法;
(3)培地中のショ糖が、豆類、果実、野菜およびこれらの処理物からなる群から選択される1以上の食品原料由来である、上記(1)または(2)に記載のヒアルロン酸の製造方法;
(4)培地中のショ糖が豆乳由来である、上記(1)または(2)に記載のヒアルロン酸の製造方法;
(5)前記乳酸菌が、ストレプトコッカス サーモフィルスK2511株(FERM P−21969)である、上記(1)〜(4)のいずれかに記載のヒアルロン酸の製造方法;
(6)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法により得られるヒアルロン酸;
(7)上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法により得られる、ヒアルロン酸含有飲食品またはヒアルロン酸含有組成物;および
(8)ブドウ糖、乳糖またはショ糖をそれぞれ同体積濃度[%(w/v)]含有する培地のうち、ショ糖を含有する培地において最も高いヒアルロン酸生産能を有する、ストレプトコッカス サーモフィルスK2511株(FERM P−21969)
に関する。
【0013】
本発明はまた:
〔1〕生産されるヒアルロン酸の多分散度Mw/Mn(重量平均分子量/数平均分子量)が1〜2である、上記(1)〜(5)のいずれかに記載のヒアルロン酸の製造方法;
〔2〕培養が好気的条件下で行われる、上記(1)〜(5)のいずれかに記載のヒアルロン酸の製造方法;
〔3〕培養が30〜45℃で行われる、上記(1)〜(5)のいずれかに記載のヒアルロン酸の製造方法;および
〔4〕ブドウ糖、乳糖またはショ糖を、それぞれ1%(w/v)含有する培地のうち、ショ糖を含有する培地において最も高いヒアルロン酸生産能を有するストレプトコッカス サーモフィルスに属する乳酸菌を、ショ糖を含有する培地で培養することを特徴とする、上記(1)〜(5)のいずれかに記載のヒアルロン酸の製造方法;
にも関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ショ糖を主な炭素源として、ヨーグルト等の製造にも利用されているストレプトコッカス サーモフィルスに属する乳酸菌により資化してヒアルロン酸を製造することができる。また、分子量が大きく、分子量分布の狭い、均質なヒアルロン酸を製造することができる。したがって、豆類、果実、野菜等、ショ等を多く含む食品原料を上記の乳酸菌で発酵させてヒアルロン酸含有組成物を得ることができ、これを直接または加水分解して、安全に、飲食品、化粧品、医薬品等の分野で用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例5で得られたヒアルロン酸および平均分子量の異なるヒアルロン酸標品を、SEC/MALSにより分析した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明で用いられる乳酸菌(以下、「本発明菌」とも称する)は、ブドウ糖、乳糖またはショ糖を、それぞれ同体積濃度[%(w/v)]含有する培地のうち、ショ糖を含有する培地において最も高いヒアルロン酸生産能を有するストレプトコッカス サーモフィルスに属する乳酸菌である。本発明において、乳酸菌とは、発酵によって乳酸を産生する菌であれば特に限定されない。
【0017】
本発明菌は、ブドウ糖、乳糖またはショ糖を、それぞれ同体積濃度(例えば0.1〜5%(w/v)、好ましくは0.5〜2%(w/v)、特に1%(w/v)程度)含有する培地のうち、ショ糖を含有する培地において最も高いヒアルロン酸生産能を有する。ストレプトコッカス サーモフィルスに属する乳酸菌の任意の菌株が、本発明菌であるかを調べる方法を以下に説明する。
【0018】
まず、市販の各種の精製糖(ブドウ糖、乳糖またはショ糖)を同体積濃度ずつ添加した、ストレプトコッカス サーモフィルスが生育可能な一般的な合成培地をそれぞれ調製し、適量の培地に対象菌株を適量接種し、各培地について同条件で培養した後に、得られる培養物中のヒアルロン酸を定量することにより、調べることができる。例えば、ブドウ糖、乳糖またはショ糖を1%(w/v)程度ずつ添加した、ストレプトコッカス サーモフィルスが生育可能な合成培地(上記の各種精製糖1%、トリプトン1%、酵母エキス0.5%、リン酸水素二カリウム0.2%、滅菌前pH7.0の培地)をそれぞれ調製し、3mLの培地に、プレート培地に生育した菌株のコロニーをつまようじ等で採取して接種するか、またはあらかじめ培地で培養した菌株を0.1%(v/v)程度接種し、37℃で1日間培養した後に、得られる培養物中のヒアルロン酸を定量すればよい。
【0019】
良好なヒアルロン酸の生産量は、上記の例示条件での培養後、得られる培養物中のヒアルロン酸量が、例えば5mg/L以上、好ましくは8mg/L以上、さらに好ましくは10mg/L以上、特に好ましくは20mg/L以上である。また、豆乳のみを培地として用いて培養した場合に、得られる培養物中のヒアルロン酸量が、例えば5mg/L以上、好ましくは8mg/L以上、さらに好ましくは10mg/L以上、特に好ましくは20mg/L以上である。さらに、培地の培養中のpHを制御できる場合(例えば実施例5に記載のように、培養中の培地のpHの下限をpH6.5に制御した場合)、得られる培養物中のヒアルロン酸量が、例えば20mg/L以上、好ましくは40mg/L以上、さらに好ましくは60mg/L以上、特に好ましくは80mg/L以上である。
【0020】
ヒアルロン酸の測定方法については特に限定されないが、例えば、サンドイッチ法(ヒアルロン酸結合タンパク質を固相に吸着させ、ついで検体ヒアルロン酸を添加して該タンパク質に結合させ、さらにビオチン等で標識されたヒアルロン酸結合性タンパク質を添加して、検体ヒアルロン酸を固相に吸着した該タンパク質と標識された該タンパク質とで挟み、サンドイッチ状結合体を形成させて、該結合体の標識物質を測定する方法、例えば「Analytical Biochemistry」,(蘭国),2003年,319巻,p.65−72参照)、競合法(固相に結合させたヒアルロン酸、検体ヒアルロン酸、およびビオチン等で標識したヒアルロン酸結合性タンパク質を競合反応させて、固相に結合させたヒアルロン酸と該標識したヒアルロン酸結合性タンパク質の複合体を形成させ、該結合体の標識物質を測定する方法、例えば、「Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry」,(日本),1999年,63巻,p.892−895参照)等が挙げられる。競合法を利用したヒアルロン酸測定キットも販売されており、このようなキットを用いて測定することもできる。
【0021】
また、任意の菌株がストレプトコッカス サーモフィルスに属するかは、例えば当業者に公知の手法を用いて、16S rDNAの部分増幅産物の塩基配列解析および相同性検索を行うことによって判断することができる。
【0022】
本発明菌は、ブドウ糖、乳糖またはショ糖を、それぞれ同体積濃度[%(w/v)]含有する培地のうち、ショ糖を含有する培地において最も高いヒアルロン酸生産能を有することが上記の方法で確認される、ストレプトコッカス サーモフィルスに属する乳酸菌であれば特に限定されない。なかでも、ストレプトコッカス サーモフィルスK2511株が好ましく用いられる。なお、ストレプトコッカス サーモフィルスK2511株は、2010年6月1日付で、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、特許手続上の微生物の寄託の国際的承認に関するブダペスト条約に基づき寄託され、受託番号FERM P−21969が付与されている。
【0023】
本発明において、ヒアルロン酸の生産は上記の本発明菌を、ショ糖を含有する培地に接種して培養することによって行う。ヒアルロン酸の生産に用いる培地の種類や培養条件については、培地にショ糖が含まれ、ヒアルロン酸が生産される条件であれば特に限定されない。培地としては、天然培地、合成培地、半合成培地のいずれを用いてもよく、また、精製されたショ糖ではなく、ショ糖を含有する原料を培地に添加してもよい。例えば、豆乳、果汁、野菜汁、牛乳、トマトジュース、肉汁、酵母エキス、スキムミルク、大豆や乳由来タンパク質の酵素消化物、コーンスティープリカー、廃糖蜜、糖類、アミノ酸類等の栄養源、各種塩類およびビタミン類を適宜組み合わせて含む培地を用いることができる。本発明の一態様において、培地は、本発明菌の培養後、そのまま飲食品等に使用する場合には、安全性を考慮して、食用可能な成分のみで構成されていることが好ましい。
【0024】
培地中の上記各成分の量、入手元等は、本発明菌の培養によりヒアルロン酸が生産される限り限定されない。例えば、一態様において、本発明菌の培養の際、ヒアルロン酸生産量の観点から培地に酵母エキスを添加することが好ましい。添加する酵母エキスとしては、微生物培養の際に通常用いられるものであれば、その原料酵母の種類や製法は特に限定されず、簡便には市販の酵母エキスを用いることができる。酵母エキスの培地への添加量は、本発明菌がヒアルロン酸を生産する量であればよく、培地に対し、例えば0.1〜5%(w/v)、好ましくは0.5〜3%(w/v)程度添加することができる。
【0025】
特に本発明菌は、ショ糖を炭素源として資化してヒアルロン酸を生産できることが一つの特徴であるため、培地中に豆類、果実、野菜およびこれらの処理物からなる群から選択される1以上の食品原料が含まれる場合に、これらの食品原料の含有するショ糖を資化してヒアルロン酸を生産することができ、従来にはなかったヒアルロン酸含有飲食品またはヒアルロン酸含有組成物を培養物として得ることができる。本明細書中において、「豆類、果実、野菜」とは、ショ糖を含有するものであれば特に限定されないが、例えば、大豆、柑橘類(ミカン、オレンジ等)、パイナップル、バナナ、モモ、スモモ、カキ、スイカ、ニンジン、カボチャ、ホウレンソウ等およびこれらの混合物が挙げられる。また、上記の「豆類、果実、野菜」の「処理物」とは、上記の「豆類、果実、野菜」から、食品製造で一般的に用いられる工程(絞汁、ろ過、濃縮、加熱殺菌、酵素処理、発酵等)を経て得られる食品原料であり、例えば、ジュース状、ペースト状、乾燥粉末状のものを用いることができる。具体的な一例として、豆乳は本発明においてヒアルロン酸を生産する良好な培地として好ましく用いられる。培地には、適宜、上述の各種糖類や酵母エキス等を添加してもよい。
【0026】
例えば、ショ糖として豆乳由来のショ糖を培地に用いる場合、豆乳は市販品を用いてもよいし、例えば以下のように常法により調製したものを用いてもよい。生大豆を水に浸漬し、この浸漬大豆と水をグラインダー等で磨砕して、呉を得る。この呉を鍋に入れ、よく撹拌しながらひと煮たちさせた後に、布等で絞ることによっておからを分離し、豆乳を得ることができる。一態様において、本発明は、豆乳由来のショ糖を主な炭素源として含む培地で本発明菌を培養し、豆乳由来のショ糖を資化してヒアルロン酸を得ることを特徴とする、ヒアルロン酸の製造方法に関する。
【0027】
本発明菌の培養温度は、ヒアルロン酸が生産される限り限定されないが、ヒアルロン酸の生産量の観点から、好ましくは、20〜45℃であり、さらに好ましくは30〜45℃である。
【0028】
培養は、嫌気性条件、好気性条件のいずれの条件下で行ってもよいが、ヒアルロン酸の生産量の観点から、好気性条件下で行うことが好ましい。
【0029】
培養は、静置培養、攪拌培養等、いずれの手法を用いてもよく、目的に応じて適宜培養方法を選択することができる。例えば培養によって、ヒアルロン酸生産とともに培地を固化させたい場合(例えばヨーグルト用食品を得ようとする場合)には静置培養を行えばよい。また、培養物を振とうさせながら培養を行う際には、振とうが激しすぎてもヒアルロン酸の生産量が低下するため、後述の実施例等の記載も参照し、例えば3mL程度の培地では10〜100min-1の振とう速度、例えば50min-1程度の振とう速度で培養を行うことができる。
【0030】
培地の初発pHや培養中のpHについてもヒアルロン酸が生産される限り特に限定されないが、ヒアルロン酸生産量の観点から、pH3〜8が好ましく、pH6.5〜7.5程度がより好ましく、酸やアルカリを用いてこの範囲に調整することができる。本発明菌の培養中に乳酸が生成することによってpHが低下するため、培養中、アルカリで上記の範囲にpHを制御し続けることがより好ましい。
【0031】
培養時間についても、特に限定されず、培地中のヒアルロン酸含有量の増加が緩やかになった時点で培養を終了することができる。本発明者らは、後述の実施例に示す種々の培養量および培養条件では、いずれも半日〜1日間の培養で培地中のヒアルロン酸含有量の増加が緩やかになることを確認している。培養中に糖などの培地中の成分や培地を追加して、培養時間を延長することもできる。
【0032】
また、本発明菌の培養の際には他の菌と共培養してもよい。各種飲食品等の製造において、乳酸菌と他の菌を共培養することが一般に行われている。他の菌としては、本発明菌のヒアルロン酸産生能を損なわない範囲であれば特に限定されず、培地として用いる原料や得ようとする飲食品または組成物に応じて、適切な菌を用いることができ、例えば、本発明菌以外のストレプトコッカス サーモフィルス細菌やラクトコッカス属細菌(例えば、ラクトコッカス ラクティス等)、ラクトバチルス属細菌(例えば、ラクトバチルス カゼイ、ラクトバチルス アシドフィルス、ラクトバチルス ガッセリ、ラクトバチルス デルブルッキィ サブスピーシズ ブルガリカス、ラクトバチルス デルブルッキィ サブスピーシズ デルブルッキィ等)、ロイコノストック属細菌(例えば、ロイコノストック メセンテロイテス、ロイコノストック ラクティス等)、エンテロコッカス属細菌(例えば、エンテロコッカス フェカーリス、エンテロコッカス フェシウム等)、ビフィドバクテリウム属(例えば、ビフィドバクテリウム ビフィダムやビフィドバクテリウム アドレッセンティス等)、ペディオコッカス属(例えば、ペディオコッカス ペントサセウス、ペディオコッカス ハロフィルス等)、ケフィア酵母(例えば、クルイベロミセス マルキシアヌスやサッカロミセス ユニスポラス等)等を使用することができる。これらは、1種または2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0033】
このようにして得られたヒアルロン酸含有培養物は、そのまままたは乾燥処理等を行うことによって、ヨーグルトやサプリメント等のヒアルロン酸含有飲食品として利用することができ、また化粧品等にヒアルロン酸含有組成物として配合することもできる。
【0034】
例えば、豆乳を培地として、本発明菌を所望により他の菌と組み合わせて培養して得られたヒアルロン酸含有培養物は、培養物の形状により、ヒアルロン酸を含有する豆乳発酵食品(例えばヨーグルト様食品)や豆乳発酵飲料とすることができる。また、化粧品に配合して、豆乳発酵物とヒアルロン酸を含有する化粧品とすることができる。
【0035】
一態様において、本発明は、植物由来原料のみを培地として用いて本発明菌を培養することによってヒアルロン酸含有組成物である培養物を得ることができるため、得られた培養物について、特に精製工程を経ずに、そのまま飲食品や化粧品に利用して、アレルギー(例えば牛乳アレルギー)対応飲食品や、動物由来原料を含まない化粧品を製造することもできる。
【0036】
あるいは、得られたヒアルロン酸含有培養物を、加熱殺菌、各種ろ過処理または遠心分離することによって、菌体や培地由来の不溶性成分を除去してヒアルロン酸の粗精製物を得て、これを飲食品に添加したり化粧品等に配合したりすることもできる。また、エタノール等の溶媒沈殿等、ヒアルロン酸の精製法として一般的に行われる処理によって、純度を高めたヒアルロン酸を得ることもできる(例えば特許文献1、「Biotechnology Progress」,(米国),2007年,23巻,p.1038−1042参照)。
【0037】
本発明において、「ヒアルロン酸」とは、N−アセチル−D−グルコサミンおよびD−グルクロン酸の2糖による繰り返し構造からなる直鎖の多糖であればよく、その特性、分子量、分子量分布等は特に制限されないが、一態様において、本発明は、重量平均分子量(Mw)110万〜240万のヒアルロン酸を提供する。また、一態様において、本発明は、分子量分布の狭い、均質なヒアルロン酸を提供する。分子量分布の広がりを示す指標のひとつとして、多分散度があり、重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn)から算出することができる。ヒアルロン酸の重量平均分子量(Mw)および数平均分子量(Mn)は、例えばサイズ排除クロマトグラフィーと多角度光散乱検出器を組み合わせる方法(SEC/MALS,例えば「国立医薬品食品衛生研究所報告」,(日本),2003年,121巻,p.30−33)を用いて測定することができる。
【0038】
一態様において、本発明の製造方法で得られるヒアルロン酸の分子量は、上記の一般的な手法で分析した場合(例えば後述の実施例5に記載の方法に準じて精製し、実施例6に記載の方法に準じて分析した場合)、Mwが好ましくは110万〜240万であり、さらに好ましくは150万〜200万である。また、一態様において、本発明の製造方法で得られるヒアルロン酸は、Mw/Mnで算出される多分散度が、1〜2であり、好ましくは1.1〜1.6であり、さらに好ましくは1.2〜1.4である。分子量分布の狭いヒアルロン酸は、均質であるため品質管理が容易であるという利点を有する。
【実施例】
【0039】
以下、実施例および比較例(単に「実施例等」という場合がある)により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【0040】
[実施例1]
〔ショ糖含有培地においてヒアルロン酸生産能を有する乳酸菌の探索〕
探索には、各種乳製品、漬物、野菜、果物サンプル等から分離した乳酸菌保存株、および微生物保存機関から分与された乳酸菌保存株、合計約1,500株を用いた。各菌をMRS寒天培地またはM17寒天培地で、30℃、1日間、アネロパック・ケンキ(三菱ガス化学社製)を用いた嫌気条件にて静置培養した。試験管に入ったショ糖含有滅菌培地[水道水に、ショ糖(スクロース、和光純薬工業社製)1.0%(w/v)、トリプトンN1(オルガノテクニー社製)1.0%(w/v)、酵母エキス(べクトン・ディッキンソン社製)0.5%(w/v)、リン酸水素二カリウム0.2%(w/v)を添加。pH7.0]3mLに寒天培地上に生育した各菌のコロニーをつまようじで接種し、30℃、1日間、アネロパック・ケンキ(三菱ガス化学社製)を用いた嫌気条件にて静置培養した。ヒアルロン酸生産能については、全ての実施例等において、得られた培養液を採取し、ヒアルロン酸測定キット(生化学バイオビジネス社製)を用いてヒアルロン酸含有量を調べることで評価した。その結果、K2511株がヒアルロン酸を3.4mg/L生産することがわかった。
K2511株の培養液を顕微鏡観察したところ、連鎖球菌の形状であった。本株について16S rDNA配列に基づく同定を、常法を用いて実施した結果ストレプトコッカス サーモフィルスと同定された。これを2010年6月1日付で独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託した(受託番号FERM P−21969)。
【0041】
[実施例2]
〔K2511株のヒアルロン酸生産における最適培養条件の検討〕
まず、K2511株について、ストレプトコッカス サーモフィルスに好適とされる37℃で、他の条件は実施例1と同様の条件で培養を行った結果、ヒアルロン酸の生産量は10.2mg/Lに向上した。
次いで、実施例1の嫌気条件を、微好気〜好気的な条件(振とう速度 0min-1,50min-1,140min-1)として、37℃にて1日間K2511株を培養した。ヒアルロン酸の生産量は、振とう速度が0min-1のときは12.5mg/L、50min-1のときは20.8mg/L、140min-1のときは8.3mg/Lとなることがわかった。
【0042】
[実施例3]
〔糖の種類によるヒアルロン酸の生産性への影響〕
実施例1の培地について、炭素源としてショ糖の代わりにブドウ糖(D−グルコース、和光純薬工業社製)または乳糖(ラクトース、和光純薬工業社製)を含む培地もそれぞれ作製した。各炭素源を含有する培地にK2511株を接種し、37℃にて1日間、50min-1で振とう培養して、ヒアルロン酸生産量を調べた(表1)。
【表1】

【0043】
結果、K2511株はショ糖、ブドウ糖および乳糖のいずれを炭素源とする培地でもヒアルロン酸を生産し、特にショ糖を含有する培地において最もヒアルロン酸の生産量が高かった。したがって、ショ糖を含む植物由来の食品原料を用いたヒアルロン酸発酵に有用であることが示された。
【0044】
[実施例4]
〔K2511株の豆乳培地におけるヒアルロン酸の生産〕
無調製豆乳(フードケミファ社製)50mLを、滅菌した150mLフラスコに無菌的に注ぎ、M17寒天培地に生育させたK2511株のコロニーをつまようじで接種してシリコン栓をした。これを37℃で1日間、静置培養した。得られた培養物は固化してカードを形成していた。これを十分に混合した後に採取し、ヒアルロン酸含有量を調べた。なお、ヒアルロン酸の生産量については、K2511株非接種のブランクのヒアルロン酸含量も同時に測定し、これを差し引くことで求めた。本菌株は豆乳のみからなる培地において、ヒアルロン酸を23.3mg/L生産していることがわかった。
【0045】
[比較例1]
乳製品から独自に見出した、ショ糖を含有する培地で微量のヒアルロン酸生産能を有するストレプトコッカス サーモフィルス K1296株を実施例3に記載の方法で培養し、培養液中のヒアルロン酸量を調べた(表1)。本菌株は乳酸菌が資化する最も一般的な糖である乳糖を含有する培地において最もヒアルロン酸の生産量が高く、ショ糖を含有する培地におけるヒアルロン酸の生産量はK2511株の1/10以下であった。
また、K1296株を用いて、実施例4に記載の方法により、豆乳の発酵を行った。同様の手法を用いてヒアルロン酸含有量を調べた結果、5.9mg/Lであった。
【0046】
[実施例5]
〔K2511株のミニジャーによるヒアルロン酸の生産と精製〕
水道水に、ショ糖(スクロース、和光純薬工業社製)1.0%(w/v)、トリプトンN1(オルガノテクニー社製)1.0%(w/v)、酵母エキス(べクトン・ディッキンソン社製)0.5%(w/v)、リン酸水素二カリウム0.2%(w/v)を添加した培地(pH7.0)2Lを121℃にて15分間滅菌し、K2511株の前培養液を0.1%接種した。回転数50rpmにて攪拌し、37℃で1日間培養した。pHは1Nの水酸化ナトリウム水溶液で、下限6.5となるように調整しつづけた。得られた各培養液を採取し、ヒアルロン酸含有量を調べた結果、ヒアルロン酸を80.0mg/L生産していることがわかった。
得られた培養液を遠心処理して上清を回収後、デオキシリボヌクレアーゼI(ウシ脾臓由来、和光純薬工業社製)2mgを添加し、撹拌し、室温で2時間処理した。これに終濃度が10%(w/v)となるようにトリクロロ酢酸を添加し、4℃で2時間静置した。これを遠心処理して上清を回収し、上清にエタノールを等量加えて、4℃で一晩静置した。次いで、遠心処理により沈殿を得て、エタノール100mLで再懸濁して遠心処理を行い、沈殿を回収した。これに純水を300mL添加し、撹拌して、沈殿を再溶解した。これにセチルトリメチルアンモニウムブロミド(和光純薬工業社製)2%(w/v)水溶液を300mL、さらに各種アルコール混合液[エタノール90%(v/v)、メタノール5%(v/v)、2−プロパノール5%(v/v)]を600mL添加し、混合して、沈殿を形成させた。次いで、混合液を遠心処理し、沈殿を回収し、沈殿に1M 食塩水200mLを添加、撹拌して、沈殿を再溶解した。得られた液をろ過して不溶性物質を除去し、ろ液にエタノールを400mL添加して、沈殿を形成させた。これをろ過し、固形分を減圧乾燥して、無色の結晶を129mg得た(回収率81%)。
得られた結晶について、フーリエ変換赤外分光光度計(FT/IR−6000,日本分光社製)分析、および1H−,13C−NMR(AVANCE−500,500MHz,Bruker社製)分析を行った結果、市販のヒアルロン酸サンプル(FCH−200,フードケミファ社製)とスペクトルが一致し、ヒアルロン酸が得られたことが確認された。以下に分析結果を示す。
IR νmax(cm-1)=1604,1409,1377,1320,1149,1037,946,893
1H−NMR(D2O) δ(ppm)=1.94(s),3.2−4.0(m),4.37(d),4.7−4.8(m)
13C−NMR(D2O) δ(ppm)=25.4,57.4,63.3,71.5,75.5,76.5,78.2,79.2,82.9,85.7,103.3,106.2,176.9
【0047】
[実施例6]
〔K2511株が生産するヒアルロン酸の平均分子量測定〕
実施例5で得られたヒアルロン酸の無色結晶及び平均分子量の異なる市販のヒアルロン酸標品を、SEC/MALS(サイズ排除クロマトグラフィー/多角度光散乱検出法)により分析した。結果を図1および表2に示す。また、分析条件を下記に記す。
<装置>
HPLC:GPC−101(ポンプ、デガッサ、オーブン、示差屈折計一体型,昭和電工社製)
カラム:Shodex OHpak SB−806M HQ(昭和電工社製)
MALS
光散乱検出器:DAWN HELEOS 8(Wyatt technology社製)
解析ソフト:ASTRA Ver 5.3.4(Wyatt technology社製)
HA水溶液の屈折率増分dn/dc:0.152
第2ビリアル定数A2:0.000cm3・mol/g
(文献値は0.002cm3・mol/gであるが、高分子域で数万程度の分子量差しか与えないので、今回は無視した。)
【0048】
<分析条件>
カラム槽温度:40℃
溶離液:0.2M 硝酸ナトリウム
流量:0.5mL/min
試料濃度:0.01g/dL
注入量:0.1mL
分析時間:30min
【0049】
<試料>
実施例5で調製したサンプル
標品(フードケミファ社製)
標品A(極限粘度より換算した平均分子量 2,040,000)
標品B(極限粘度より換算した平均分子量 1,040,000)
標品C(極限粘度より換算した平均分子量 100,000)
【表2】

【0050】
K2511株が生産するヒアルロン酸の重量平均分子量は重量平均分子量(Mw)で約170万であり、また、分子量分布は、重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn)で算出した多分散度が約1.3であった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明によれば、ショ糖を主な炭素源として、ヨーグルト等の製造にも利用されているストレプトコッカス サーモフィルスに属する乳酸菌により資化してヒアルロン酸を製造することができる。また、分子量が大きく、分子量分布の狭い、均質なヒアルロン酸を製造することができる。したがって、豆類、果実、野菜等、ショ等を多く含む食品原料を上記の食用可能な乳酸菌で発酵させて、ヒアルロン酸含有組成物を得ることができ、これを直接または加水分解して、安全に、飲食品、化粧品、医薬品等の分野で用いることができるという産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブドウ糖、乳糖またはショ糖をそれぞれ同体積濃度[%(w/v)]含有する培地のうち、ショ糖を含有する培地において最も高いヒアルロン酸生産能を有するストレプトコッカス サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)に属する乳酸菌を、ショ糖を含有する培地で培養することを特徴とする、ヒアルロン酸の製造方法。
【請求項2】
生産されるヒアルロン酸の重量平均分子量が150万〜200万である、請求項1に記載のヒアルロン酸の製造方法。
【請求項3】
培地中のショ糖が、豆類、果実、野菜およびこれらの処理物からなる群から選択される1以上の食品原料由来である、請求項1または2に記載のヒアルロン酸の製造方法。
【請求項4】
培地中のショ糖が豆乳由来である、請求項1または2に記載のヒアルロン酸の製造方法。
【請求項5】
前記乳酸菌が、ストレプトコッカス サーモフィルスK2511株(FERM P−21969)である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のヒアルロン酸の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法により得られるヒアルロン酸。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法により得られる、ヒアルロン酸含有飲食品またはヒアルロン酸含有組成物。
【請求項8】
ブドウ糖、乳糖またはショ糖をそれぞれ同体積濃度[%(w/v)]含有する培地のうち、ショ糖を含有する培地において最も高いヒアルロン酸生産能を有する、ストレプトコッカス サーモフィルスK2511株(FERM P−21969)。

【図1】
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【公開番号】特開2012−23996(P2012−23996A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−164203(P2010−164203)
【出願日】平成22年7月21日(2010.7.21)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】